【2023/06/10イベ用】リクエスト作品公開所
①【攻め】※受けはスガさんオンリー
②【シチュエーション】
1)付き合ってる(両想い)/付き合ってない(両片想い・攻めの片想い・受けの片想い)
2)体の接触なし/キスまで/エッチあり(R18)
③追加設定
リクエストを送ってくださったみなさま、ありがとうございました!リクエストの内容を、一部伏せて画像で添付してます。今回R18はありません?
ピクブラはスマホでは文字が拡大できない?っぽいので、PCからの閲覧をお勧めします。
※閲覧の際は、カップリングにご注意ください。確認必須です!
イベント終了後は順次pixivでも公開予定です。pixivの方が、文字は読みやすいと思います。この場所も残しておきます。
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2023年06月10日 21:16①松川一静
②キスまでの接触か、お好みお任せで
③お付き合いしている松菅の松川さんが片思い時代を振り返るお話
リクエストありがとうございました。「お付き合いしている~」のリクでしたが、わたしも当初そのつもりで書き進めていたのですが、終わってみたらちゃんとは付き合って……ない??すみません。
ハピエンにはなりましたので、許してください。
冒頭に、及川さんと花巻くんも出てきます。
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『今からでも遅くないから』
「ウソ……でしょ? そんなの、あっていいわけない」
及川が数年ぶりに日本に帰ってくるというので、内輪で飲もうという話になった。集まったのは俺と花巻と、さっきまでは金田一や京谷といった現役Vリーグ選手も及川の凱旋話を聞きに集まっていたのだが、ビール中ジョッキ3杯目の頃合いで及川が「今日はオフ日だから! 仕事の話は振らないで!」と我儘を言い出したせいで、お先に失礼しまーすとそそくさと帰って行った。
酔っぱらいのくだまきには付き合いたくないと、そのはっきりした態度は社会人として素晴らしいと思う。俺たちはまぁ、親友の面倒をみる義務があるというか。一人にさせるのも心配だし、及川の気が済むまで付き合ってやる。
人数が減ったことで、他に呼べるやついねーのかよ~という話になり、花巻が「マッツ、菅原くん呼びなよ」と言い出し、俺が及川の見えないところで花巻の太腿をギリッと抓り上げ、「いででで!」と叫ぶくだりをアルコールの乗ったとろんとした目で見ていた及川が、「菅原くん? 今でも繋がってんの? 呼んでよ。会いたい」とか言い出したので、俺は正直に「ダメ!」と断った。
「なんでだよ! なんでまっつんに断る権利あんの!? まっつんは菅原くんのなんなの!?」
当然、そういう話になる。横でへらへらしている花巻がいつ口を滑らすとも限らないので、俺は余計なこと言うなよという念押しでもう一度花巻の太腿を抓る。
「痛いってバカ、痣になんだろ! 菅原くんは、今こいつと付き合ってんの」
「あ~~~クソが、空気読めっての」
「……は? なんて?」
といったところで、出だしに戻る。そんなの、あっていいわけない。ほんと、そのとおり。
菅原をよく知る人物ならご存じだとは思うが、彼は隙が多い。特に酒の席。男女問わず懐に入り込むし膝枕で寝るし、終電を逃せば「ホテル取れたの~? 俺も行ってい?」「スガっちならいいよぉ」と、女子会のノリで女子数人と一緒にビジホ、ヘタしたらラブホにも泊ったことがあるかもしれない。
もちろん、酔った時に限りだ。さすがに素面では遠慮する、というか「俺も一応健康な男子だし」と断る常識は備えている。
なぜ俺が菅原クンの飲み事情をよく知っているかというと、大学で同じサークルに所属しているからだ。
宮城住みの友人たちは、大抵東京へ行ってしまった。残った地元組で、もともと知らない間柄ではなかった俺たちは大学の構内で再会。話してみれば、お互いバレーボールはちょっと休もうという気持ちで、でも一人でいるのもつまらない。人と交流するのは嫌いじゃない。けど、恋愛のいざこざはめんどくさい。感性と現状が似た者同士で、性格は違えど気が合うし、一緒にいて楽だった。
「まっつん、どこサー入んの? は? 手芸? あみぐるみ? 何その可愛い趣味」
別に団体競技でないなら何でもよかった。黙々とする作業が好きだし、入学式でたまたま渡されたチラシの中から選んだだけだ。そして、肉食系男子が足を踏み入れづらいというところもいい。そういう輩に、俺は何かと好まれて合コンだのなんだのに引き摺り込まれがちだからだ。
「俺、男も好きになっちゃうから、どっちかというと男同士の方が貞操の危機なわけよ」
俺とはまた違う理由で、菅原も男友達とは距離を置きたいようだった。男同士の場合、自分がどっちの役割になるか知ってるんだ。経験あんの?って訊いてみたら「あるわけねーべ」って返ってきた。その時の表情で何となく分かってしまった。古い言い方をすれば、誰かに操を立てているのだと。
それまで彼のことをフラフラしてて節操なしだと思ってたから、一緒にいて楽しい友人ではあったけど、そっち方面で自分が巻き込まれるのは避けたかった。それが実は、まったくそんなことなくて、誰に対しても一定の距離を保ち、女の子たちに混じって恋バナはしても、自分のこととなるとスンと一線を引いてしまう態度にずきゅんとやられてしまった。
それからは、ただただ傍にいた。地元の大学に進んだ知り合いといえば俺には菅原、菅原には俺だけで、それも幸運だった。そして傍にいる分、菅原の生態が徐々に分かってくる。彼のことを恋愛対象にしない相手だけに甘えていること。誰にでも気を持たせるような態度で接していると思っていたのは勘違いで、そういう事態に発展しそうな相手には接触しないようにしていること。それでもすべての輩から逃れることはできない。その場合も即座に妖怪アンテナをビビビと発動させて、告白を受ける前に「俺、カレシいるから」と、すかさずドシャットを決めていた。
「ごめんな。また濡れ衣着せちゃって」
「別に俺は構わないけど」
そう。菅原に「カレシ」といって紹介されているのは俺。今やだいぶ広範囲にその噂は広まっている。
「じゃあ嘘なんじゃん。まっつんは、菅原くんの貞操を守ってあげてるだけなんでしょ? なんでここに呼べないの?」
「及川には紹介できないでしょ」
「え! なんでさ。俺、別に菅原くんに手を出すつもりないよ!? ただ一緒に飲もーってだけじゃん!」
「いやいやいや」
「なるほどねー」
察しの良い花巻はすぐ気付いたようだ。菅原が操を立てている相手。
「もしかしなくても及川か~」
「は? ちげーでしょ。影山くんでしょ」
「は?」
「は?」
「えっ俺!? じゃなくて飛雄!? えっなに、なにが!?」
察しが良いと思っていたが、花巻と俺の意見は食い違った。疎すぎる及川は置いといて。
ある意味、及川も影山も括りとしては同じで似たようなものだ。俺的には菅原は自分の後輩に片想い(もしくは両片想い)しているのだと思ってたけど、及川という可能性もあるのか。現に、当時菅原は及川にかなり絡まれていた。それを喜んで受け入れていたフシがある。影山といい、二人ともバレー馬鹿で、菅原を置いて日本を出ていってしまったところも同じ。菅原が憂い顔を浮かべる原因の相手としては、どちらもあり得る。
「なんの話? うわー、懐かしいなお前ら」
「あーっ、さわやかくん! うっは、ぜんぜん変わんないね。17歳で止まってる?」
「えっ! 孝支、なんで」
居酒屋の座敷の片隅で飲んでいた俺たちをすぐさま見つけ、菅原は靴を脱いで上がってきたところだった。
「ごめん。俺がさっき呼んだ」
「マッキー、呼んでくれてサンキュな。でも悪い、飲んでる時間はないんだわ。課題がちょっと切羽詰まってて。ほれ、松川、帰るぞ」
「え? え? ちょっと」
「えーっ、一杯だけ飲んでけばいーじゃん。おごるよ? 数年ぶりの及川さんに会えて嬉しくない? 俺はすげー話したいんだけど」
「ごめんな、及川。NINEして?」
菅原は座りもしないで俺の腕をぐいぐいと引き、帰り支度を急かす。俺は訳も分からず、でもこの場に菅原も加えて飲むだなんて、どうせ及川にツッコみまくられるだけだし、花巻もそっちに加勢しそうだし、さっさと帰るに限る。
逃げられてよかった。と、立ち上がりざまホッと息をつくと、
「菅原っち、マッツと付き合ってるってほんと?」
と、空気を読まない親友が逃げられない質問を投げてきた。クソ巻、あとで覚えとけよ。
俺が何とか誤魔化そうと、「お前さー」と口にしかけた後ろから、「ほんとだよ」と、菅原があっさりと肯定する。
「じゃあね。及川、バレー頑張れよ。マッキーは……いろいろ頑張れよ」
と、さわやか笑顔を振り撒いて、早く靴履けよ、と再び俺を急かした。
頑張りなよって、俺は最初は単に菅原の秘めた想いを応援する側だった。
菅原は「男も好きになっちゃう」と自分で言ってたけど、俺からしてみれば男にも女にも恋愛という意味での興味はないように感じられた。ただ、菅原に寄ってくる男は確かに多かった。女子よりもそっちに人気なのも分かる。言い方は悪いが、一見清楚な隠れアバズレっぽく見えて近付きやすい。女子と違って男だから、遊びで付き合える。一回お試ししたいな~っていう。大学にはそういう考えの男が多すぎる。俺、選ぶ大学間違えたかな。どこもこんなものか?
もちろん菅原はそんなの相手にしない訳だけど、いつ何時強引に物陰に連れ込まれないとも限らない。心配のあまり構いすぎたのが良くなかった。友人として庇ってたつもりが、もう俺のものになっちゃえよという考えに至る瞬間がそのうち来る。
「久々に“松川”って呼ばれて、なんか大学一年の頃を思い出しちゃったな」
菅原の勢いに乗せられてうまいこと及川と花巻の言及から逃れ、煌々と明るい商店街を抜け、俺たちの住むアパートへ続く道を並んで歩く。
「おまえ、あいつらに何話したんだよ」
菅原はご機嫌斜めだ。そりゃそうだ。自分のいない場所で噂話をされるのは、たとえ良い噂でも気持ちのいいものではない。
俺だって、俺の知る菅原の全部を彼らに話した訳じゃない。話す訳ない。話すんだったら数時間じゃ全然足りないし、俺だけが知っていればいいことだってたくさんある。
「えっと、孝支が男に好かれやすいってことと、だから俺がカレシ(仮)になってることと、」
あと何を話したっけ。ああ、菅原が想いを寄せているのは及川なのか影山なのかってこと。これは口には出せない。
「及川と影山くんだと、どっちが強いかなって話?」
菅原が現れたタイミング的に、その二人の名前は聞こえてしまったかもしれないから適当に付け加えておく。なんでそこで影山が出てくるんだよって話だが、それに対して菅原は「ふーん」としか反応しなかった。
もし、俺か花巻の勘繰りのどちらかが正解なのだとしたら。いや、今は花巻の予想の方を先に考えるべきだ。及川は次いつ日本に戻ってくるのか分からない。直接会える時間なんてそうそうない。菅原の方からあの場を去る選択をしたのだが、本当にそれでいいのか? 事情を知る俺が、取り持つべきなのでは?
「孝支さ、及川のNINE IDなんて知らないじゃん」
話したいことがあるならNINEして。菅原は、自分から話す気のない、もっと言えば用のない相手にはそれを捨て台詞にしている。それで諦めてくれる単純な相手ならいいが、キレて掴みかかってくる輩もいる。ごめんね、悪気はなかったといって治まらない相手にはきっと、その場限りでその身を差し出してしまうのだ。そんな危うさがある。
「あいつなら、俺とか花巻に孝支のID訊きまくるよ? 教えないけどさ。それとも教えた方がいい?」
「ダメ。繋がりたかったら俺の方から訊いてるし」
「なんで拒むの? 友達だったら拒まないでしょ?」
「しつこいな」
「及川、アルゼンチンに帰化するつもりだって、知ってた?」
それを伝えると、ようやく菅原の足が止まった。「……で?」と訊き返してくる。
「だから、話すなら今日しかないってことだよ」
戻るなら今だ。と、俺は菅原に暗に勧めながら、自分に対してもそれを問う。俺でいいじゃん。という想いは当の昔に一度ならず喉元まで上り、ずっとつっかえたまま上下を繰り返し、今もまた飲み下す。
俺の顔をじっと見上げ、俺が何を言うのか黙って聞いていた菅原は、その瞬間何かを諦めたように、強張っていた肩の力を落として眉尻を下げる。
「一静が、俺に及川を勧める意味が分からない」
「それは……。だってさぁ」
「もう、いい加減気付いてくれてもいーじゃん。一静は、俺じゃダメなわけ? 俺ってそんなに分かりにくい?」
あれ? 俺、もしかして及川たちと飲んでた居酒屋で酔っぱらって眠りこけてる? なんか、俺に都合のいいドラマみたいなのが始まったけど。
夜道にぽつんと灯った外灯の下で、誰かに想いを馳せている時のような儚げな趣の菅原が更に続ける。
「及川でも影山でもねーよ。全部聞こえてたし。あいつらのバレーに賭ける情熱は大好きだけど、それを応援したいだけで片想いとかそんなんじゃねーし。一静、俺に夢見すぎじゃね?」
儚げとか、桜に攫われそうとか、知んねーよ。と菅原は言い、これまでいろんな輩にそれを言われ続けてきたのだろう。元からこういう顔なだけだし、雰囲気とか作ろうと思って作ってるわけじゃねーんだよ。すみませんね。とやさぐれた。
「それに、男も好きになるってバラシておいて、おまえをカレシですってダシにしてただろ? 一静なら大丈夫とか思ってねーからな? 俺が今まで、誰かに勘違いさせるようなこと、自分からしてたか? それと俺、両刀だなんて、おまえの他に誰にも言ってねーから」
俺を見守ってずっと傍にいてくれたお前なら分かるだろ? と言って、俺の腹に軽いパンチやジャブをえいえいと打ち込み続けた。
「もう噂もだいぶ広まってるし。あとはおまえが認めてくれるだけなんだけど?」
最後はパチン! と平手で両頬を挟まれた。
あー……どうしよ。そういうことですか。俺の苦労は何だったんだと思わないでもない。でも、それはひとまず置いておいて。
「孝支くんに、ちゅーしてもいいかなぁ」
酔っぱらいの戯言と捉えられてもいい。夢なのだったら、覚めないうちに実行しておかないと。
俺の両頬に添えられていた彼の手をそっと握り込んで外し、背中に腕を回して引き寄せる。仰のいてきょとんとしていた菅原は、ヒヒっと歯を見せていたずらっ子のように笑い、とろんと目元をピンクに染める。そして俺にだけ聴こえるように、「いいよ」と答えた。
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2023年06月10日 20:41①月島
②付き合っているかや接触の有無はお任せ
③月島と2人で会うための服に悩む菅原or菅原に服を選ぶ月島
リクエストありがとうございました。
社会人月菅/付き合ってる/ただいちゃいちゃしてるだけ。接触が少なくてすみません。もうちょっと絡ませたかった。
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『そこがいい。だから好き。』
『うちの家族に紹介されてもいいような恰好をしてきてくれますか』
月島が俺をデートに誘う時は、大抵前もって服装の要望を伝えてくる。たぶん初めての時に、俺があまりにも普段着すぎたのがいけないのだ。
これまでどういうリクエストをされたっけ。
『いつもより小綺麗な格好をしてきてください』→俺の誕生日に、ちょっとお高いレストランを予約してくれていた。俺的には小綺麗=ボタンを前で留めるシャツ、ジーンズ以外のズボンのことだ。おおよそ正解だったようだが、月島には「残念感が拭えない」と言われてしまった。なぜだと訊いたら、「シャツのサイズが合ってない」そうだ。確かに少し大きめだけど、ピチピチよりはいいだろうが。
『今日はジャージでいいですよ』→海よりは山がいいという月島の希望を尊重し、滝を観に行こう! を決行した日。今考えると、月島もよく付き合ってくれたなと思う。ジャージでいいとわざわざ言ってくるってことは、ジャージではダメなのか? とも勘繰ったが、山歩きするのに動きやすい格好はこれ以外ないだろ。と自信をもって烏野ジャージで行ったら、「それはない」と全否定されてしまった。
『帰りは夜になるので、厚手の上着も持ってきてくださいね』→よくよく考えたら、これは服装のリクエストでも何でもなかった。単に俺を気遣って一言伝えてくれたのだ。なのに俺はそれまでの経験上、上着を持って行かなかった。俺が寒そうにしてたら、月島が自分の上着を着せてくれるシチュエーションでは? と深読みしすぎた。「バカなの?」と呆れられてしまった。
さて、来週の菅原さんは――――。俺の誕生日デート。良いとこのレストランにでも連れて行ってくれるのだろうという予想はつく。家族に紹介されてもいいような恰好? 本当に紹介されるのか? それともそういうふうに言えば、俺が成人式のような、いやいや成人式は不正解だな。また呆れられる。会社の重役面接のような服装を選んでくると踏んでのことか? でもそれだと、あまりに気合が入りすぎてて、逆に恥ずかしくないか? そもそも本当に紹介してくれる場合、月島本人はどういう格好をしてくるんだ?
決戦日は来週。まだ日はあるのだが、月島からのメッセージを受け取ってから、俺は毎日のように自分ちのクローゼットの前でうろうろと、あれでもないこれでもないと、普段着ない服を奥の方から引っ張り出してカーテンレールにずらずらと引っ掛け……られる程の枚数を持っていない。俺、ぜんぜん服持ってないな。新しく買うべきかな〜と頭を悩ませていた。
決戦日当日。待ち合わせの場所に先に来ていた月島は、小走りに近寄ってくる俺の服装を一瞥しても何も言わなかった。
「……どお?」
「? どおって、何がですか?」
「いやいや。おまえんちの家族に紹介できそう? 俺。つっても、明光くんとお母さんには会ったことあるしな。ついに父ちゃんに紹介されんのか?」
「何言ってんですか」
「は!? だって、おまえが言ったんだろ!」
「騒がないで。もう入れますから、行きますよ」
そう言って俺に背を向けると、月島が向かったのは格のありそうな英字店名のいかにも海外ブランド! 的な店ではなく、その隣にひっそりと佇む老舗の仕立て屋だった。
「こんにちは。できてますか?」
月島は店に入るなり店主らしき白髪の男性に声をかける。口元には綺麗に整えられた髭。細身の体に、ぴったりとフィットしたスーツ。なのにとても使い込まれた作業着という感じだ。品もあるしカッコイイ。
店主(おそらく)は月島の問いにハイハイと応じ、一度奥へ引っ込むと「どうぞこちらへ」と、俺たちを奥の部屋へ誘導した。
「え、これ、俺が着るの?」
大きな姿見のあるフィッティングルーム。マネキンに着せられたベストと上着は、肩幅的に見ても月島のものではない。勧められるがままベストに腕を通す。
「ああ、シャツはそのままでもいいですね。似合ってる。ほんの少し緩いかな。やっぱり採寸してもらえますか?」
俺はただの着せ替え人形。ベストの次に上着も着せられ、月島と店主とでフムフムと目視してああだこうだと打ち合わせを始める。そして今着せられたものを脱がされ、次はこちらへ、と、店主に鏡前に立たされて両腕をTの字に上げさせられる。利き腕はどちらですか。腕時計ははめますか。外仕事? 内勤? 運動は? と、個人情報やセクハラに引っかからない程度の質問をされ、ようやく採寸から解放された俺が緊張の冷や汗を拭いながら、待合室で寛いでいた月島の元へよろよろと歩み寄ると、どこのご貴族様だよといった風情で長い両足をソファーの前で組み、ティーカップに口吻けていた口元に微笑を浮かべて「お疲れさまでした」と迎えてくれた。
「なに? おまえ、俺をどうしたいの?」
「菅原さん、スリーピースは持ってなかったでしょ。たまにはこういう、業界チックなお遊びしてもいいんじゃないかなと思いまして」
月島の真意は分からない。俺のファッションセンスにほとほと呆れ、オーダーメイドスーツなら間違いないでしょという結論にたどり着いたのかもしれない。
「ってか、オーダーメイドなんて、数十万からするんじゃねぇの」
「僕もさすがに、今の給料では十万単位で貢ぐのは無理ですので……いくら菅原さん相手とはいえ」
よく知らないけど、パターンオーダーだからそこまで高くないですよ。ということだった。へぇ……?
「えっ!? じゃあ、支払いは?」
「そろそろ行きましょうか」
では、また寄らせてもらいます。と、月島は店主に挨拶をし、俺もつられてぺこりと会釈して店を出る。
「せっかく菅原さんが、一張羅着てきてくれたので、どこかお高めのレストランにでも入ります?」
「は? 最初っからそのつもりじゃなかったのかよ?」
「? 別に、どこも予約してませんけど?」
銀座には高級店も多いが、先程のような老舗の小さな店舗も並んでいる。昭和と平成、令和がごっちゃに存在している。
月島はVリーグに所属して日本国内をあちこち飛び回るようになってから、雑誌にも取り上げられるし地方TVの取材もあるし、みるみるうちにスタイリッシュに育っていった。おしゃれメガネと呼ばれるくらい、元からセンスは悪くなかったし、生まれ持っての造形も態度も業界向きといえなくもなかった。そのくせ、浮いた話は一つも聞いたことがない。
「だって、アナタがいるでしょ」
それはそうだけど。こんな地味でイモでどこにでもいる庶民としては、月島に選ばれる方がそわそわしてしまう。俺だってスタイリッシュを目指したいけど限界がある。センスは磨くものって、誰が言ってたんだっけ。
「ここはどうですか?」
どこぞのモデルと一般サラリーマン、もしくはそのマネージャーに見えるかもしれない。でこぼこコンビが銀座の街を闊歩して、月島の足のストロークに合わせる為、時々小走りになりながらついて行くと、先程の仕立て屋と似たような風情の暖簾の前で、月島は立ち止まった。
「おまえの好み、今更わかったかもしんない」
「だってこんなとこ、菅原さんじゃなきゃ入ってくれないでしょ」
フフフと笑いながら、月島はカラリと店の扉を開ける。稀に見る彼の愉し気な表情に俺は一瞬フリーズし、「なにやってんですか」と、いつもどおりのスン顔が迎えに来なければずっと惚けたままだった。
「急に来んだよ。ぎゅうっとさ。おまえが好きだって気持ちが」
広くはない店内の座敷に通され、まだ酒が入る前だっていうのに顔が熱くて仕方ない。
「……なに言ってんの」
店のメニュー表でパタパタと自分の顔を扇ぎながら、すると月島までちょっと照れた。
「なぁなぁ、スリーピース着てさ、ディスティニー・シー行くってのはどお? あそこなら外国気分味わえんじゃん」
「アナタがまた、まともな休みを取れたらね」
とりあえず、お誕生日おめでとう。と月島が言って、そうだった俺の誕生日だったと思い出す。
「もしかして、あれが誕生日プレゼント? え? お高くない?」
「ステディリングよりは安いですから、今回はあれで我慢してください」
我慢もなにも。――――ということは、次回は指輪が来るってこと?
「俺、物には釣られない主義なんだけどなぁ」
「貰えるものは貰っときな?」
月島が時々年上口調になる瞬間が好きだ。ゾクゾクとうなじの辺りがこそばゆくなり、ついデレた顔を晒してしまう。
「はい。ありがとーございマス」
同様に月島は、俺の敬語に弱い。
ああ、座敷じゃなくてカウンター席が良かったな。向かい合うんじゃなく隣に並んで座りたい。今すぐ月島の体温を直に感じたかった。
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2023年06月10日 14:44①黒尾鉄朗
②-1)付き合ってない(攻めの片思い)
②-2)体の接触なし
リクエストありがとうございました。詳細のリクがなかったため、自分でガチャを引いて付け加えました。
高校3年、音駒との出会いから春高、卒業後の二人の行方。
> 菅原に好かれていないのは分かっているけど、好きだと伝えると菅原が顔を真っ赤にして反応するのでその表情が見たい一心で会う度に告白をする黒尾。菅原が首を縦に振る日まで続けるつもりのようです。【片想い/両片想いガチャ https://odaibako.net/gacha/1507】
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『諦めの悪い男vs.頑なに折れない男』
「黒尾~。見すぎ見すぎ。みすぎたかお」
「えっなにが? ってか、みすぎたかおって誰よ」
女子の勘は侮れない。合宿中、昼食をとる席など最初から決まってる。自分ももれなく音駒の面々が囲む食卓へ座るわけだが、その前にどうしても無意識に目で追ってしまう人物がいる。意識して探してなくてもふと目に留まると心臓がドキッと反応して、暫く目が離せなくなるその人。そんな俺の様子を、親子丼を盛り付けてくれていた梟谷のマネージャーにツッコまれてしまった。
「そんなに気になるならさ~。話しかけに行けばいいのに。いっつも澤村くん経由で逃げてんでしょ」
「ちょい~、白福サン。今日は初戦が烏野だから、どんな様子かなって見てただけですけど? 別に、特定の誰かを探してたわけじゃぁありませんけど?」
「えっなに~? いつもみたいに雪っぺって呼べよぉ~」
「ちょ、声がデカいデカい! そんなふうに呼んでんの、木兎だけだろ!」
「そうだったかなぁ?」
ただでさえ女子と話していれば、変に勘繰ってくるのが高校生ってもんだ。あとで山本猛虎辺りからは嫌味を聞かされそうだ。
(そんなのは大したことないんだけど)
トレーを受け取って席へ向かう際、再度ちらりと某座席の方へ視線を送れば、その人物とバチリと目が合ってしまった。心臓が一際大きく跳躍する。
研磨以上に大きく見えるその瞳でじっと見られると、目を逸らした方が負け、という意識にさせられる。俺はだらしなく緩んだ表情にならないよう努め、心を無にして片手をチラッと上げるだけの挨拶をする。そうすると、彼の方からは何も返さず視線を外される。
ぐぐっと胃が締め付けられる。俺嫌われてんのかな……と思ってしまう。
「黒尾さん! 他校の女子マネに手を出したら許さねっすよ!」
席に着くなり、予想どおり山本に釘を刺されるが、ほんとそんなのは大したことではなく。
「マネちゃんズが、俺になびいた試しがないんですよ~。ボクのどこがダメなんですかね」
「胡散臭さじゃねぇか?」「顔が怖い」「中二病ヤバい」
「みなさ~ん。キャプテンは誰? 何する人~? もっと労わって」
悪口言われまくりだが、「フツーに、カノジョいそうだからじゃないですか?」とリエーフが放った一言がずしんと来た。
「俺、ちょいちょいクラスの女子に訊かれますよ。3年のクロ―さんって髪型どうなってんのって」
「それ、カノジョがいるとかいないとかと関係あります?」
間にテーブルをひとつ挟んでいるし、そんな他愛もない俺たち音駒面ツの会話が、烏野面ツの席まで届く訳ないと思っていた。もちろん、俺を堂々無視する彼に全部聞かれているとも思っていなかった。
夏合宿最後の日。全員でバーベキューの片付けをしている中、順番で洗い物作業に入る。殆どが紙コップ紙皿使用でそれ程多くはないのだが、肉を大量に焼いた後の油や焦げでギトギトなトングや網の片付けといった、面倒な仕事は大抵各チームの主将が請け負う。マネージャーはほぼ女子だから、彼女たちばかりに損な役回りをさせてはいけないという、男子目線による配慮=かっこつけでもある。働き者の男子はモテるというし。
「じゃー黒尾、あとやっといて。菅原くん呼んどいたから」
と、気を利かせたつもりの白福サンがそのように言い、よろしく~とおっとり笑顔で立ち去る後ろ姿を目で追って、ようやく理解の追いついた頭が「はっ!? なんで!?」と叫んだ時には既に菅原くんが俺の隣でゴム手袋に腕を通している最中だった。
「スガっ、ワラさん……。おたくの主将はどうしたの?」
「え? 大地が良かった? 別に誰でもいいんだべ? 俺、ちょうど手が空いてたし」
まぁ確かに誰がやってもいい。なんとなく、主将がやるものという伝統が引き継がれていただけだ。今回初参加の烏野は知らない話。
「まぁ黒尾は白福さんが良かったよね。ごめんな、割り込んだみたいになっちゃって」
「は!? ……いやいやいや」
なんでそうなるかな。だいぶ誤解が進んでますけど、俺はどうすればいいの?
それより網ってどうやって洗うの? と訊いてきた菅原に、じゃあまずは……と、流しの横の石段に座ってブラシの使い方の手本を見せる。“それより”って。俺にはそれよりもっと、さっきの言い訳をする方が大事な気がするんですけど。
彼とはこれまで、二人っきりで会話をしたことがなかった。いつも誰かしら、烏野の主将や夜久などが一緒にいた。今もほんの数メートル先には他の部員たちがわらわらと群がり、各々声を掛け合いながら片付けをしているのだが、その景色も騒音も岩に染み入るなんとやらのように、俺には遠景、幻影のようにしか感じられず、騒がしさがいつしか静けさに取って代わる。隣にいる菅原の体温や息遣いだけがリアルに感じられる。
蛇口に反射する日の光。カシカシと心地よい音を立てるブラシ。普段は真ん中分けの菅原の前髪が落ちかかり、一部汗で額に貼り付いてこそばゆそうだ。ゴム手袋で作業中でさえなければ、俺がその前髪を掻き上げてやりたい。
「おい、黒尾。俺にばっかりやらせてないで、手伝えって」
「ああ、ワリ」
俺が菅原の前髪掻き上げ妄想をしている隙に、本人は自分の右腕の甲で額から首に流れ落ちる汗を拭ってしまった。ああ、炭の煤が頬についちゃったし。
「あのさ、」
これ以上イラつかせないように俺もガシガシと金網を擦りながら。
「俺、菅原くんが好きみたい」
恐らくそういうことだ。どうしても目で追ってしまう。こうして隣にいると、触れたい欲求が募る。まだ出会ってから間もないけど、気になるものは仕方がない。彼の何が、俺をこうまで興奮させるのか知らないけど。
告白に対する菅原の返事はない。汚れ削りに懸命になるあまり、聞こえなかったのだろうか?
隣に座っている菅原の顔を、ちらりと覗く。その俯いた顔は真っ赤で、ただそれが俺からの告白のせいなのか、夏の暑さのせいなのかは分からない。
「ええっと」
俺が自分の発言に対して言及しようとしたところ、菅原は慌てたようにさっと立ち上がり、蛇口を勢いよくきゅるきゅると回して、磨いていた金網に流水をばしゃばしゃと浴びせ掛ける。それ以上何も言うなとでもいうように。
その時、「すがわらさーん! 俺、代わります!」と、日向翔陽が元気よく走り込んできた。犬岡も一緒だ。
「菅原さん、顔真っ赤じゃないですか! 日に焼けました? 大丈夫ですか?」
タイミング的に、今ここに来たのが日向と犬岡でよかった。あからさまに漂っている妙な空気にも気付かないでいてくれる。
「じゃあ俺たちは少し休もっか」
ねぇ菅原くん。と、俺が声を掛ける間もなく、彼は「サンキュー日向」と後輩に礼だけ言って走り去ってしまった。
あれれ。俺、玉砕しました?
最終日に告白なんかするんじゃなかった。次に会えるのはいつなんだ。こんな時、同じ圏内に住んでいないのがツラすぎる。せっかくの夏休みなのに。
菅原に逃げられてから、その後は彼らが烏野バスに乗り込むまで姿すら見つけられなかった。また会おうな〜と大きく手を振るも、菅原の視線は俺には向けられなかった。
夏休みとはいえ、すぐに春高予選が始まる。烏野の面々が次に東京に来たのは、8月の最終週だった。
「夏休み、何してた?」
「バレーだろ。あと受験勉強」
「ですよね〜」
声をかける隙はあった。でも、取り付く島もない。
「あのさ、頬についた煤、誰に取ってもらった?」
「……は?」
俺は覚えてる。なんてったって、最後に目に焼き付いた菅原の姿は、頬に煤をつけたままバーベキューの網を洗ってる横顔だったからだ。現実時間は東京も宮城も同じように刻々と過ぎていったようだが、俺の中の菅原はあの瞬間から止まったまま。
「好きだって言ったの、覚えてる?」
「……!」
また逃げられた。俺もあえて引き止めない。そして、
「……っあ〜〜〜〜〜。可愛すぎかよ」
俺の顔を見ながら真っ赤に染まっていく菅原の頬。ぎゅるんと顔を背けて走り去る際、うなじも耳の後ろも真っ赤になっているのが見えてしまった。
いつどんなタイミングで、何を見て菅原のことを好きになったのかわからない。でも、こういうことだよなぁ。
9月が過ぎ、10月に入り、再び森然での合宿。さすがに三度目ともなると、菅原も俺から「スガちゃん、好きだよ♡」と言われても呆れ顔を晒すようになった。でもやっぱり顔は火照ってる。そしてやっぱり何も答えてくれない。
次に会う時は春高だな、と、また東京で必ず会おうと約束する。ゴミ捨て場の決戦を実現させよう。俺たちが。
俺たちより先に、烏野が全国行きを決める。そして11月。俺たちも春高出場決定。12月。そして運命の1月。
顔を合わせる機会はたくさんあった。特に合宿中、俺は毎回菅原の姿を探すし、運悪く菅原が俺に捕まると、逃げられないうちに俺は「やっぱり好きなんだよな〜」「スガちゃん、今日こそは聞いて?」「ス・キ(口パク)」最初の頃は真剣に。気軽に軽く伝えたこともある。“好き”の二文字を言わなくても、勝手に菅原が俺の思考を読み取って目を逸らすこともままあった。
毎回、真っ赤になるのは何で? どんな気持ちなわけ? 俺、恥ずかしいヤツだと思われてる?
俺には好きな相手に対して引く、なんて芸当は持ち合わせていなかった。たぶんこれが俺の初恋。お互いバレーにも真剣だし受験生だし、好き好き言ってバレーも受験も失敗しましたなんて最悪だから、その辺は俺もわきまえている。
顔を合わせば毎回伝えていた言葉も、あれ、今日は伝えてなかったな。そういえば。という日には、菅原の方が様子をおかしくしていた。今日はやけに目に入ってくるな。休憩中はやけに夜っ久んに纏わりついてんな。まるで音駒の生徒ですね。そういう日は俺がまだ“好き”を伝えてない日。
「スガちゃんって、欲しがりさんだよね」
後ろからそっと近づいて耳元でそう囁くと、ぎょっとした大きな瞳が振り返る。そして目が合ったその瞬間に、声に出さず唇だけで“好き”を伝える。以前はぎょっとしてムッとしてさっと翻されていた踵も、今ではしばらくじっと俺の顔を見詰め、ぽぽぽぽと頬を赤らめて、それでもまだ首は縦には振られない。
「春高終わったら、どこかで話せるかな」
そうやって訊くとようやく「うん……」と頷いてくれたものの、春高会場では二人だけの時間は一瞬たりとも取れなかった。
まぁいいさ。あと一押しというところまで来てるのは確か。俺が諦めた試合はひとつもないし、うんざりする程追いかけてやる。
高校を卒業し、俺たちが次に会えたのは、日向翔陽がVリーグ初お目見えのムスビィvs.アドラーズ戦の会場だった。今日こそは、首を縦に振らせてやる。
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2023年06月09日 23:28①月島
②-1 付き合ってない(両片想い)or付き合ってる(両想い)
②-2 いずれでも
③高校時代、放課後かオフの日などに菅原さんが眼鏡をかけているのを見た月島の話
リクエストありがとうございました。武田先生がちょっとだけ出てきます。
リクと共にいただいた感想も、ありがたく読ませていただきました。自分の書いたものが受け入れられるのは、とても嬉しいです。ありがとうございました?♀️?
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『僕の大好きな先生』
「失礼します――――」
遠慮がちにノックをすれば、中から『はい』と返事がしたのでカラカラと横開きのドアを開ける。中にいる養護教諭と目が合うなり絶句してしまったのは、そこにいたのは先生ではなく自分がよく知る2個上の先輩だったからだ。
「何してるんですか」
「……今日はどうしましたか? また突き指でも?」
その人も僕同様一瞬ぎょっとして、それでもすぐに平静さを取り戻し、何か小芝居を始めたようだ。座っていた椅子をキュルリと回転させ、横柄な態度で“お手”とでも言うように手のひらを上に向ける。
「いえ、あなたに処置してもらうつもりありませんから」
じっと見上げてくる目力も伴い、顔の三分の一ほどの面積を占拠しているようにみえる大きな瞳は、黒縁の、大き目のガラスの向こう側で眉間を顰めてこちらを睨みつけている。度が合っていないのだろう。そもそも、
(なんで、あなたがその眼鏡を掛けているんですか?)
自分のものより、一回り大きいサイズの黒縁眼鏡には見覚えがある。その人はようやく“菅原孝支”に戻り、「まぁまぁ、そう言うなって」と砕けた口調で言いながら、痛めて脱力していた僕の左手をさっと握り、どれどれと検分を始める。
「おまえ、練習中は楽してんのかと思ってたけど、旭のスパイクまともに受けてるもんな」だの、「田中も、可愛い後輩たちには遠慮ないもんな。特におまえには」だの、言い出したからには手当てしてくれるのかと思いきや、さすがに処置道具は勝手知ったる訳ではないらしい。僕にとってはどうでもいい話を、嬉しそうに目を細めて独り言のようにあれこれ呟いて、僕の左手を摩ったりひっくり返したり、「痛いのはこの指か?」などと自分の指を絡めてくる。
度が合わない為か眼鏡の上部の隙間からこちらを見上げてくる仕草はとてもあざとい。そして、僕に限ってなのか誰に対してもそうなのか、目の前にいる本人の話をしている割に他の誰かを必ず引き合いに出してくるところも、毎度イライラさせられる。
「それ、武田先生の眼鏡ですよね」
直接問うつもりはなかったのに、思わず口走った。その人はぽかんと半開きの唇で、再び眼鏡の隙間からあざとい視線を投げてよこした後、物憂げに視線を下げてにやりと笑みながら、僕の手を掴んでいたのとは逆の空いた手で、黒縁の眼鏡を正面からそっと外した。
「へへ、びっくりした。おまえの方から、はっきりツッコまれるとは思わなかった」
う~くらくらする! と喚いて、一度頭をぐるりと振ると、
「武セン、今疲れて寝ちゃってるから」
と、保健室の奥にあるベッドをちらりと見遣った。
「……ああ、すみません。養護の先生がいないのなら、手当は谷地さんに頼みますから」
お邪魔しました。と断り、その人の手から逃れようとする。
「おいおい、変に勘繰るなよ? おまえは試合中で見てなかったろうけど、武ちゃん観戦中に倒れちゃってさ。ただの寝不足みたいだけど。コーチに言われて、俺がここまで運んだんだよ」
「――――」
勘繰るって何ですか。すかさず突っ込み返しそうになり、息を呑む。この人の挑発に乗ってしまっては、僕が嫉妬してると認めるようなものだ。
その人は、僕が大きく息を吸い込んだだけでそのあと何も言葉を発しなかったので、その大きな二つの瞳に僅かに浮かべていた期待の色をすっと消し、“何で何も言わないんだ? 責めればいいじゃん? からかったのは俺だし?”とでも言いたげにじっと見つめ返してきた。口数も多い癖に、口を閉じても煩い人だ。
菅原さんが、武田先生に憧れているのは知っている。最初は菅原さんの方が保護者のように、先生にバレーのことをいろいろ教えていた。鳥養コーチがやってきて、地区予選も終わり、日を追うごとにその人の口から「武田先生が」「武ちゃんが」「武センがさ」と、当該人物の名前が挙がることが多くなっていった。
日向にトスやレシーブを教える際、武田先生も一緒に混じり、「菅原くんは、人に教えるのがうまいですね。先生に向いてるかもしれません」「ほんとに!? 俺、ガッコの先生になろっかな~」などという会話を耳にしたこともある。
「はぁ……」
「あっ! 溜息つきやがった。なんで? 何に対して?」
「別に。もう離してください」
もう嫌だ。薄々、自分の気持ちには気付いている。僕はまるで、この人のストーカーだ。この人が同じ空間にいれば、おのずと勝手にその声が耳に入ってくる。他の音はざわざわとしか聞こえないのに、この人の声だけピーンと張った糸から、紙コップなしでも僕の耳にダイレクトに届いて菅原孝支という存在をこれでもかと植え付け、日に日に増長していく。これ以上領土を増やすなと、僕の脳から口から心から溢れ出さないように蓋を固く締めておくにも限界がある。ただでさえこの人はおしゃべりだから、僕の中でも少し押さえつけたくらいでは大人しく引っ込んでくれない。
早くこの場から立ち去りたい。と思っていると、菅原さんはいつまでも握り続けている他人の手を、僕からは抜き去れないのをいいことに、もう片方の手も掴んで引き留める。
「なんで谷地さん? 清水でよくない? あっ、山口の方が甲斐甲斐しいんじゃね?」
ズキズキと、指の痛みが増した気がした。
「あっダメだ。清水もダメ。おまえ、清水には逆らえないだろ。俺も逆らえないし」
「……谷地さんにも逆らいませんけど」
「谷地さんは同級生じゃん。なんか、その分、マシというか」
「何が言いたいんですか」
僕が年上には弱いとでも? 同級生だったら、僕が見向きする筈もないと?
菅原さんは一頻り勝手に焦り、僕に何かを察しろと無言の圧をかけ、そのうちようやく静かになった。
「……引き留めてごめん。早く手当てしてもらえ」
誰でもいいから。と、これまで縋るように掴んでいた僕の腕をそっと離す。
よく分からない。本当に。そういう態度を取るのは僕に対してだけなのか。他の誰に対してもこうなのか。勘違いする。騙される。信じていいのか分からない。
「僕は――――」
あなたが武田先生の眼鏡を掛けているのがイヤダ。清水先輩の眼鏡を掛けていてもイヤダ。たとえ僕の見ている世界を疑似体験しようとして試しに掛けただけだとしても、僕のものでない限りイライラするし勘繰るし嫉妬する。それと同じ想いであなたが僕に「谷地さんはダメ」「清水もダメ」と言っているのであれば、はっきり「俺を選べ」って言ってくれればいいのに。
「菅原くんが、手当してあげればいいんじゃないですか?」
その声は窓際から届き、えっ!? と驚いて、僕たちは同時に奥のベッドへ首を振り向けた。
「すみません。別に聞き耳立ててたわけじゃないんですけど、聞こえちゃって。なんか、清水さんにも谷地さんにも失礼だなーと思って」
山口くんが手当てするのも気に入らないんですよね、菅原くんは。と付け加えてから、するするすると吊りカーテンを片手で半分ほど開けて、寝ていた筈の武田先生が控え目の笑顔を晒す。
「たけっ……せん……いつから」
「さっきまで気絶するように寝てましたよ。運んでくれてありがとう。お世話になりました。おかげですっきりしました」
ぺこりとベッドの上で頭を下げ、武田先生は、ああ、それ返してもらっても? と、菅原さんの傍にある眼鏡を指し示す。菅原さんは慌てて立ち上がり、眼鏡を手渡すと、武田先生は「視力の良い人は、度の入ってる眼鏡なんて冗談でも掛けてはいけませんよ」と言った。
「僕は先に戻りますから、菅原くんは月島くんの手当てをしてから二人で戻ってきてください。救急セットはそこに。僕が許可しますから」
では。と、最初から最後まで笑顔を崩さず、武田先生は保健室のドアを閉めて出ていった。
「……」
「……」
取り残された僕たちはしばらく茫然としたまま、先に動き出した菅原さんが、武田先生が示した引き出しを開ける。
「月島、そっち、座って」
自分は先程まで座っていた教諭用の椅子に座り直し、患者用のもう一つの椅子を僕に勧める。仕方なしに僕も、先程と同じように菅原さんの方へ手を差し出して、大人しく手当てを受ける。取り繕ってはいるが、お互いに取り繕いきれない感情が、ぽろぽろと零れ落ちてしまう。
「武ちゃんってさ、時々怖ぇんだよな。さっきのって、俺に対する当て擦りだと思う?」
「当て擦りなんて、武田先生はしないでしょ」
「わーかってるし!」
突然、強い感情をぶつけられた。ぎょっとしてその人の顔をまじまじと見ると、ほんのり顔が赤らんでいるように見える。そしてまた、取り繕う。
「先生の言うことは、いつも正論だし。確かに、俺の言い方は清水にも谷地さんにも失礼だった。誰ならいいとか、自分が言われても嫌だもんな」
「それって、“本当は自分がしたいんだけど”っていうのが前提ですよね。……痛っ」
僕の言葉に菅原さんは動揺し、手当している僕の指をきゅっと握ってしまう。「ご、ごめん」と即座に謝り、「……それって、俺のこと?」と続ける。
僕は「そうかもしれませんし、」僕のことかもしれない。とも思う。
僕は、菅原さんにだけは手当てして欲しくないと思っていた。それはボロが出るから。たぶん菅原さんは、僕の方からボロを出してくるのを待っている。自分がボロボロだから。
試しに、「眼鏡が掛けたいんなら……ロッカーにある僕の、貸しますけど」と言ってみる。
菅原さんは再び手当てする手をぴたりと止め、「……冗談でも掛けちゃダメだって言われたから、やめとく」と言う。
「武田先生の」
「武田先生に言われたからってわけじゃないから! ……別に、いい。そんなの、違うし」
その人の掠れた声は、言外に含んだ何かを僕に訴えかけているのだけれど、それが何かは僕には分からない。たぶん、はっきり言えないたぐいのもの。
今は、まだ伝えてはダメなのだ。その人からも、僕からも。でもたぶん、お互いの気持ちはもう分かっている。
「――ありがとうございます。菅原さんに、手当してもらえて良かったです」
「うん。いつでも言って」
ここには今、僕たちの他に誰もいないから。
重なり合った手と手を見詰めて、菅原さんが、僅かに指先に力を籠める。僕は、その人の気が済むまで、自分の指先を握らせたまま、じっと動かずにいる。
体育館に二人で戻ると、それに気付いた武田先生がふと安心したような笑顔をくれた。先生はすべてお見通しのようだ。
その後、菅原さんは気まずいからか率先して武田先生に絡みに行くことはなくなり、僕が菅原さんに向けていた誤解も、武田先生は“僕は何にも関係ないですよ~”といった態度で、何気ない言葉でそれとなく断ち切ってしまった。改めて感服する。信頼できる大人だけれど、うまくあしらわれて言い返せない歯痒さも同時に感じる。尊敬するあまり菅原さんが、武田先生のような大人になってしまっても困るし嫌だ。
「菅原さんは、いつまでもそのままでいてくださいね」
「ん? なに?」
数年後、その人は本当に学校の先生になってしまうのだけれど、生徒に遣り込められながら、いつもボロボロで、それ以上に笑顔が溢れているところは僕と知り合った頃からずっと変わらなくて、頼りなくてもそこがまた愛しい。
僕の大好きな先生。
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2023年06月09日 23:26①及川さん
②付き合ってる、キスまで
③ファンタジーな世界観
リクエストありがとうございました。
ファンタジーの知識が少なすぎて、説明文多めになってしまった感が否めませんが、お楽しみいただけましたら幸いです。
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「コーシ!?」
「トオル!?」
俺たちはそれまで、お互いの地位や立場を知らずに出逢い、想いを通じ合わせていた。
カラスノは小さな国だ。5年前に偉大なる王を失ってから相次ぐ戦争で、広大だった土地もみるみるうちに元の3分の1ほどに縮小してしまった。当時幼かった俺は4人兄弟の長男だったが、生まれつきの線の細さとカリスマ性のなさで市民の期待を得られず継承権を剥奪。とまではいかないが、王弟の第一子、第二子の成長と共に実権を脅かされつつあった。副将としての座は残されてはいるが、表舞台からは遠ざかっているのが現状。
そんなこと、彼にまで言う必要はない。
「コーシってさ、こんなに働き者で知恵も回るのに、縁談の話がまったく来ないのが不思議だよね」
居心地の悪い王宮を抜け出し、森はずれの比較的日当たりのよい場所に放置されていた狩猟小屋を手入れして、畑仕事や時には狩りをして過ごしている。狩りといってもウサギかキジを狩るくらいで、お手製の弓矢か罠で仕留める程度の危険の伴わないもの。
ある日ウサギと間違われ、俺の背中に弓矢がヒットした。狩猟小屋も放置されているくらいだから、この森には獲物が少ない。その為、これまでこの場所で自分以外の人間と遭遇することはなかった。
思いもよらぬ衝撃に俺は驚き激しく動揺して、震える体で馬上の人物を見上げると、カラスノにはいないタイプの髪質、肌の色。極めつけは碧眼。一瞬にして誰もを虜にさせる存在感、カリスマ性。
「――――誰」
「ああああ、嘘でしょ、ごめん! 大丈夫!? 俺、デカいウサギかと思って……」
顔やオーラに似合わず、まともな感情を持った人間のようで少し安心する。そして俺はそのまま気を失う。
そんなふうに出逢ったのがトオルだった。訊けば隣国の雇われ騎士で、狩りの最中デカい獲物を深追いしすぎて国境を越えたのにも気付かず、次に目に入ったデカいウサギ(俺)を咄嗟に射ってしまったらしい。
矢は掠っただけで怪我は大したものではなく、トオルは慌てふためいて「人を呼ぶ!」と譲らなかったのだが、俺は「俺がここにいることを、誰にも知られたくない」と断り、トオルにはお手製の薬草を渡してそれを俺に塗れと命じた。彼は「傷口が塞がるまで、俺が面倒見てあげるね」と言ったのだが、彼を探しに、また他の人間がここに辿り着いても困るので、まだ日が高いうちに戻るように言う。
彼は大人しく俺の言うことを聞いて去って行ったものの、次の日に再び姿を現した。昨日よりはだいぶ軽装で、木々の色に近い装飾品のみ纏っている。ただ荷物袋は馬の両サイドと自分の背中と合わせて3つも持参し、中には手当ての道具と食料と着替えなど、思いつくまま雑多に詰め込んできたのが窺える。その様子から、俺は彼を、多少羽振りの良い一介の雇われ騎士だと信じて疑わなかったのだ。
「――――縁談も何も、俺、家族を持つの禁じられてるし」
トオルと出会ってから、数か月が経っていた。俺の怪我が治ると毎日顔を見せることはなくなり、それからは週に2日、時にはひと月まったく来ない日もあって、彼の行動パターンはまったく読めなかった。
彼にも彼の生活があり、騎士の仕事ももちろんあるのは分かっている。それでも、俺も怪我をするまでは小屋に泊まることもなかったし、それ以前も毎日この小屋に来ていた訳でもないのに、トオルが来た時に俺がいないと残念がると思えば、来るか来ないかも分からないのに毎日足を運んでしまった。
トオルは俺の顔を見れば、ぱぁっと顔色を明るくして嬉しそうな笑顔を振り撒き、それなのにここに来ない日を作るなんて。一時は毎日来ていたのだから、来ようと思えば来られるのでは?
彼が俺を好きなのは、接してくる態度で分かった。でもそれは友人としての“好き”で、別の意味で先に好きになったのは、たぶん俺の方。トオルに会えないと寂しいと思っているのは、俺の方。
“縁談”という単語が、重くのしかかった。トオルの口調だと、彼にはそういう話が来ているのかもしれない。年頃の青年なのだから当然だ。俺とは違う。
「コーシ、家族持っちゃいけないの? ……あえて理由は訊かないけど、それなら俺と結ばれても構わないわけ?」
弓矢を射たれた時とはまた別の衝撃が走った。この国では共に暮らすのは性別の違う男女と決まっており、法律で禁じられてはいないものの、子を成せない組み合わせが家族となるのは正式には認められていない。
「でしょ? だから丁度いいじゃん。俺も結ばれるならコーシとがいい」
結ばれる、というのは、一般的に子を成す作業のことをいう。そんなのおかしい。彼と俺とでは、子どもを作れないのに。
「……ダメ?」
そう問われて俺は、“ダメ?”に対する肯定の意味で縦に振りかけた首を、ダメ……じゃない! と、左右にぶんぶんと振り直した。
余談が長くなったが、俺たちは再び相まみえている。顔を合わせる筈もない、隣国W・アオバ城内の一室で。
顔を合わせる筈もない、というのは半分は嘘だ。トオルは騎士なのだから、城へも出入りしているだろう。そして俺は、彼には身分を明かしていなかったが、一応カラスノの王族である。
あまりのことに大声でお互いの名を呼んでしまった為に、何事かと、扉の向こうで待機していた各々のお付きの者たちが中に呼び掛け、無事を確認してくる。「何でもない、大丈夫だから!」とトオルが良く通る声で叫び返し、俺も「大事ない」と返す。
「ちょっと待って、コーシ、何者?」
「トオルだって、下級騎士じゃなかったのかよ?」
「俺は、えーっと、あれです。……えーっと」
「俺は……えーっと、カラスノ関係者で……」
「嘘でしょ、姉ちゃんの婚約者ってコーシなの? ってことは、王子だったの?」
「姉ちゃんって、おい、そういうおまえは、っていうかおまえも王子? しかも第一王女の弟なら、第一王子?」
この国の王の子は、王女と王子がひとりずつとしか聞いてない。
継承権を剥奪された俺がなぜ、婚約者である敵国の王子――――もとい、王女に会いに来ているのか。元は俺の弟に来た婚約話だ。弟は臆病者で、隣国に嫁ぐ(というのも、カラスノが弱小国なので、王子でも相手国に嫁がされる)というだけでビビッて泣いて俺に縋ってきた。仕方なしに、俺は弟の代わりに文を書く。弟はこれこれこうで、とてもそちらの王城へは出向かせられないので、代わりに俺ではどうか。俺には現在何の地位もないが、献上物としてそちらに入国させられるのであれば、カラスノの跡継ぎという名目だけは返還されるとのことだ。W・アオバの属国となるのは、弟が行っても俺が行ってもどちらでも変わらないし、そちらとしても王族の誰でもいいのであれば、俺を受け入れて欲しい。俺は戦力にはなれないが、知将として必ずや御国の為になる筈。
そのような内容の文を送った後、同じように手紙で返答が来た。まずは、“貴公は落ちてもカラスノ第一王子であり、そのように易々と敵国に嫁いでもいいものか?”から始まり、その疑問は当然だ。“弟だって、親元を離れれば覚悟も決まり、私に相応しい夫になるかもしれない。弟を役立たずだと決めつけ愚弄するような貴公に、それ以上の価値があるとは私には思えない”と、手厳しい質問が続いた。その手紙にどう返すのか、試されているような内容だった。やり取りが何通か続き、そして本日ようやく、文ではなく本人にお目通りが叶ったという訳だ。
「俺は王女に呼ばれたのに、なんでおまえがいるんだよ?」
「いや~……。あの文を書いた主を、一目確認したくて」
「は? それをいうなら俺だって。あの文を書いた本人に会いたい」
「俺だし」
「……なんだって?」
「ごめん、姉ちゃんはもういないんだ」
トオルから明かされた話はこうだ。
この国には跡継ぎが二人しかいない。そのうち王子は一人だけ。その王子を、自国より下位の国と結ばせる訳にはいかない。自ずと今回のカラスノとの話は第一王女へ通される。最初は王女も「まぁいいわよ」とあっさりとしたものだったが、先日行われた首脳国会議で図らずも出会ったシラトリザワの王子に惚れてしまったのだ。
「いないっていうのは死んだわけではなくて、姉ちゃん自らシラトリザワに乗り込んじゃったんだよね。で、帰ってこないわけ。あ! 捕らえられてるわけじゃないよ! 王子ゲットするまで帰らないって本人が言ってるだけで」
「……」
無言にもなるというもの。では、本来嫁ぐ予定だった俺の弟がここに来てたらどうするつもりだったんだよ? ていうか、それならそれでうちの妹を呼べば良かったんじゃ? あ、駄目か。トオルはカラスノと結ばれていいような身分じゃなかった。
「おまえ」
もう一つ、一番重要な点。文を書いた相手が俺ではなかった場合。
「会って、どうするつもりだったんだよ?」
俺だったから良かったものの、っていうのもおかしい。トオルは、あの文書を書いた相手を気に入ったんだ。俺というものがありながら。2通、3通とやり取りが続くうち、俺も彼女(彼だったわけだが)とのやり取りはとても楽しかった。ああ、トオルだけを責められないのか。俺は、どうするつもりだったんだっけ。
「コーシは、姉ちゃんと結婚するつもりで来たんだよね」
「それは仕方のないことだろ? 国と国との話だ。……黙ってたのは悪かったよ。でも、俺は、」
どちらにしろ、彼も俺も王子だということは。一度は結びの約束をしたところで、ゆくゆくは離れ離れになる運命だったのだ。お互いの身分を知らないままに。
俺はトオルの国より下位国の王子で、しかも王位継承権はない。トオルよりはまだ自由だ。それでも、隣国の騎士と一生を共にする夢は夢で終わらせて、近い将来確実に彼の元を去らねばならないのは分かっていた。それが今日である筈だった。
首脳国の第一王子であるトオルが、例えばどこかの場末で出会った地位もない市民と結ばれる? 彼だって最初から分かってた筈。分かってただろうし、俺の知らないところで姉の婚約者と楽しそうに文のやり取りなんかしやがって。その婚約者は俺な訳だが。
「くそぉー! なんなんだよ……」
トオルが俺以外の誰かを気に入っただけでこんなにも悔しい。俺だと知らず、俺に一目会いたかっただなんて。悔しくて悲しい。なのに、俺は彼に黙って彼の生まれたこの国に嫁いできたのだ。俺が突然消えてしまったら、トオルはどうしただろうか。悲しんでくれただろうか。俺を探し回ってくれただろうか。いや! 現にこいつは、姉の婚約者と……だから、それは俺なんだけども!
何をどうしたいのか混乱を極めてギィギィ奥歯を噛み締めている俺に対し、トオルは「まぁさ、いいじゃん!」と、明るい声を上げて両手を広げた。
「俺が会いたかったのはコーシで、コーシが会いたかったのも俺だったわけだし。どうせ最初から内内で済まされる結婚だったんだしさ。だったらこの際、俺の知将としてコーシをお迎えしてもいいんじゃない?」
「え……」
「だって、献上物として受け取ったらいいんでしょ? 別に婚姻関係がどーの、跡継ぎがどーのってわけでもないんだしさ」
「……そんな、単純な」
「単純な話だよ? 何も問題ないじゃん。逆に、俺がコーシを追い返しちゃったら、それこそ戦争になるんじゃないの?」
「――――」
アオバの勝手な事情で「すみません、うちには王子しか残ってないので、そちらの王子を受け入れるわけにはいきません」とかいう理由で俺が突っ返されたら、戦争にはならないと思うが、困るのはカラスノだ。
「だけど、」
こんな巧い話があってもいいものか? だって、こんなの、
「すげー……。コーシ、ここでずっと暮らしていーんだ? 姉ちゃんが惨敗して帰ってきても、もう誰にもやらないよ? 俺のものにしていいんだよね?」
広げられた両手が俺を包み込む。いいんだよね? と耳元で確認され、俺はまだトオルほど簡単には納得できず、頭の中はいろいろな感情が渦巻いている。だってこんな、おとぎ話みたいな話。
「信じられない」
「夢かな?」
トオルもそう言うと、確認するように俺の顔を仰のかせる。彼の薄い口唇が降りて来て、初めてのキス。何でこんな時に。何で――――ズルい。
「……夢だった? どっちだった? 夢じゃないって言ってよコーシ」
頭がふわふわする。ウサギと間違えて俺を射ったのもトオルなら、身分を打ち明ける前に「俺と結ばれようよ」と言ってくれたのもトオル。俺を試すような文を返し、俺がそれに応えるとノッてきて更なる挑戦を仕掛けてきたのもトオル。この人になら、この身を捧げてもいいかなと思った相手も、実はトオルだったなんて。
「夢……が、叶っちゃった」
決して結ばれないと分かっていた相手だったのに。嬉しいのか悲しいのか、混乱を極めた脳が、俺の目尻に涙を溜めていく。
叶っちゃったね。と、間近でトオルがへにゃりと笑う。その両腕が俺を抱き締める力はこれまでになく優しくて、けれど、一生離さないよという断固とした決意も感じられる。
王座なんかよりも、ずっと欲しかったもの。何も持っていない俺を、必要としてくれる場所。ずっと一緒に、生きてくれるんだ? トオルが王子だって? ハハ、出来過ぎててあり得ない。ああでも、出会った最初から俺は気付いてた。只者ではないって。
トオルの胸から顔を上げて、両手を伸ばして彼の両頬を挟む。
「……ほんと、ズリィなぁ」
「なにが? コーシ、もっかいキスしよ。コーシからしてよ」
二度目のキスは、カメラの引きの演出指示によりゆっくりと。「HappyEnd」の文字がスクリーン一面に映し出され、幕が下ろされる。
それからトオルは、やっぱり結婚式を挙げたい! と言い出し、なんといっても第一王子。我儘を通せない訳がない。そして俺は世間的にはカラスノの王女として民衆にお披露目され、知将としても未来の王の右腕としても名を上げていく。世間は大いに沸き、そして気付き始める。あれは王女なのか? 男では? 第二幕はここから始まる。
『確定ハッピーエンド』
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