桜葉あきの

成人済。いろいろ好きです
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投稿日:2020年01月16日 00:00    文字数:5,099

愛だろう

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この呪いは俺にも解けないな
1 / 4
 ――好きでいてもいいか?

 やっとの思いで口にした言葉はひどく震えていたと自分でも思う。
 任務中に負った傷は相棒の優秀な治癒術によって塞がれていたが、休息を求めた身体は熱を生んでおり、頭がぼうっとしていた。肉体の不調は精神をも弱らせる。こんなことを言ったら心配そうにこちらを覗き込んでいる相棒に怒られそうだが、「もう駄目かもしれない」と思ってしまった。実際、"もう駄目"かもしれないほどに受けた傷は深かったのだ。相棒による迅速な治療がなければ、こうして宿のベッドに横たわることもなく地面の上で果てていたことだろう。
 とはいえ、地上の人間を守るために天界から遣わされた兵士の身であるから、元よりその覚悟はできている。死ぬことが怖くないと言えば嘘になるが、いつかその日が来るという覚悟は常に持っていた。それが"今"なのかもしれないと、そう思っただけだ。
 そうだとしたら自分はどうすべきなのだろう。身体も頭も碌に動かないが、今際の際にすべきこと。身体が動かない時点で御使いとしての使命はこれ以上果たしようがない。そもそも使命を果たした結果こうなっているのだから、それ以外の点で最期にすべきことはないだろうか。
 朦朧とする頭で視線だけを彷徨わせると、こちらを覗き込む相棒と目が合った。そうだ、そういえばこいつに言っていないことがある。どうせなら言ってしまおうか。今まで隠してきたけれど、これが最後なら伝えてしまってもいいのではないか。お前が好きだと。

(……あぁ、だが――)

 この思いを伝えてしまったら、相手に渡してしまったら、自分がいなくなった後にはきっと何も残らない。自分の言う「好き」が相棒に対する感情以上のものであることを、相棒であるこいつはきっと理解できない。親愛としての「好き」だと受け取るだろう。そうしてただの親愛として受け取られてしまったら、この思いは何処へ行く?相手に正しく受け取られないまま、思いを抱えている自分自身がいなくなればその思いも消えてしまう。きっと何処にも残らない。それはなんだか虚しかった。
 正しく伝わらなくてもいいから伝えることはしたい。それに加え、この思いが消えてしまわないような――そういう証が欲しい。
 今際の際に抱くにしては大きすぎる願いだろうか。けれど、それでも欲しいと思ったのだ。証が。約束が。永遠が。まるで呪いのようなそれが。――問題ない。呪いを解くのは得意だから。
 だから永遠を願うことにした。この思いが消えてしまわないよう、永遠を請うた。

 ――好きでいてもいいか?

 自分がいなくなった後もお前がそれを赦してくれるなら、この思いは自分が抱いた形のまま消えることなく世界に残る気がした。

 問われた相棒はきょとんとした顔をした後で、いつもの穏やかな笑みを浮かべて言った。

「いいよ」

 やはり正しく理解したわけではないのだろうが、それでも赦してくれた。その優しさに、穏やかな碧に、甘えさせてもらう。自分は永遠を得たのだと。


1 / 4
2 / 4

 永遠なんてものがあるとすれば、それはきっと地獄だ。永遠。終わりが無い。ずっと続く。先が見えない。そんなものはただの地獄だと、その地獄の沼に浸かりながら思う。
 もう何度も何度も繰り返した。そしていつも同じ結果に終わる。だからまた始めるのだ。"儀式"が成功するまで、何度も、何度も。
 その度にどれほどの血が流れ、幾つの命が消えたのだろう。それでも、流れた血を無駄にはしない。きっと全て必要なものなのだ。血が流れるのも命が消えるのも、いつかそこに辿り着くための必要な犠牲。

 ――だから必要なものなんだ、これも。

 ビシャ、と踏み出した足に血が跳ねる。もう誰のものともつかない血だが、ここにいる四人の誰かのものであることは間違いない。その血溜まりを進みながら、先程魔術で吹き飛ばした一人の元へと向かう。その一人は、吹き飛ばされた勢いで周囲に乱立する結晶に強く身体を打ち付けていた。そのまま結晶に背中を預ける形で座り込んでいる。もう立つこともできないだろう。
 その眼前に立ち、右手を翳す。気配に気づいた碧色の瞳がゆっくりとこちらを見上げた。そこには既に生気が無い。致命傷を負い、今まさに命の灯が失われようとしているというのもあるだろうが、それ以前に他の仲間を喪った時点からその瞳は光を失っていた。悲しみと絶望――それに諦念。こちらを討つことしか考えていない瞳は、文字通り生きる気力を失っていた。仲間を喪った後で自分一人が生き残っても仕方がないとでも言いたげである。

 ――生きてさえいれば打つ手はあるというのに。

 だが目の前の男はそれを知らない。何せ自分がそれを伝えたときの記憶は無いのだ。否、そもそもこの男にそれを伝えたことは無い。かつて共に地上を駆けた相棒とは違う人間なのだから。
 そしてこれからもそれを知ることはない。ここで終わる命だ。かつて自分が相棒に教えたことは最早自分自身の中にしか残っていない。命が消えるということは、その命が抱えていた思いも記憶も消えるということだ。もう何処にも残っていない。

 右手に魔力を集中させる。直接手を下さなくてもこのまま彼奴は朽ちるだろう。だがこちらとしては一刻も早くその命を――魂を奪わなければならなかった。今この瞬間もあいつは闇に囚われているのだから。

「……いいか?」

 虚ろな碧に問う。
 なぜこんなことを訊いたのだろう。何に対して赦しを求めたのだろう。だがどうしても聞きたいと思った。その答えを。

 問われた相手は最早こちらを見上げる気力もないようだったが、どうやら声は聞こえているらしい。絞り出すように微かに唇が動いた。

「い……い……」 

 ――生きていても仕方がないから。喪ったものは帰ってこないから。
 次に続くのはそんな言葉だろうか。

 その通りだ。喪ったものは帰らない。消えたものはもう何処にも無い。だが、それでも、"それ"を取り戻す為に自分は生き続けている。生きてさえいれば打つ手はあるから。そうして何度も、何度も繰り返している。今もまた。

 収束させた魔術を解き放った。

 こんなことが後何度続くのだろう。永遠なんてものがあるとするならば、やはり地獄だ。


2 / 4
3 / 4

 ――いいか?

 君は何度もそう問う。永遠に続くかと思われる螺旋の中で、何度も、何度も。
 初めて訊かれたのはいつだっただろう。
 遡る。螺旋を下る。過去へ。始まりへ――

「……好きでいてもいいか?」

 あの日の答えを、僕はまだ返せていない。


3 / 4
4 / 4

「いいよ」

 傍らに立ちそう告げると、下りていたはずの瞼がゆっくりと開いた。

「……何がだよ」
 聞き返す声は、寝起きのせいか少し掠れていたが、いつかのような消え入りそうなものではなかった。それに心の奥でほっとする。
「ごめん、起こしちゃったかな」
 そう詫びると相棒はゆっくりと身体を起こした。
「いや……それはいいんだが――何が"いい"んだ?」
 そう言ってこちらに向けられた瞳はしっかりとしていて、あぁまた眠れていないのだなとアレンは思う。
 あの長い長い螺旋の中で、ゼファーは邪龍との契約により力を得ていた。そうして強大な魔力を貸し与えられた身体は休息をあまり必要としなかったのだという。長い間睡眠をとることがなかったため、眠り方自体を忘れてしまったのだと、全てが終わった夜にそう零していた。今は幾らか眠れるようになったようだが、それでも彼の眠りは深くない。
 僅かに眉を下げたアレンを見て、ゼファーは取り繕うように言葉を重ねる。
「……気にするなよ。どうせそろそろ起きる時間だ。それに今日はちゃんと寝てる」
「ならいいんだけど……。もうちょっと寝ててもいいんだよ」
 アレンの言葉に、ゼファーは「あのなぁ」と溜め息を吐いた。
「ならそもそも人が寝ているところに話しかけるなよ……。それともあれか、ひとり言か?」
「ううん。ちゃんと君に言ってるよ」
 そう首を横に振ると、ゼファーは目を瞬かせた。
「……珍しいな」
 ――言いたいことがあるなら、お前はちゃんと言うやつだろう。
 そう、確かにアレンは伝えたいことがあるのなら面と向かって告げる人物だ。そうしたいと思っているし、そうすべきだとも思っている。常時であれば寝ている不意をついて何かを伝えることなどない。だが――
「あのときと似ているなって思ったから、つい」
「あのとき?」
「――君に初めて訊かれたとき」
「……!」
 "初めて訊かれたとき"と先ほどの「いいよ」という言葉がゼファーの脳内で線を結ぶ。自分が初めて「いいか?」と訊ねたとき。
 確かにあのときも自分はベッドに横たわっていて、その傍らにこいつが立っていた。こちらを覗き込む瞳に自分は問い、「いいよ」と答えをもらった。忘れもしないあの日。ずっとずっと遠くに置いてきた日だ。記憶を取り戻したと言っていたから、目の前のこいつがそれを知っていても不思議ではない。だがゼファーの中ではそれはもう遥か遠い日の記憶だった。二度と手の届かない、自分だけが知っている約束。それが"アレン"の口から呼び起こされたことに思わずたじろぐ。
「な……んだよ、急に……。昔のことだろ」
「うん。でも、思い出したから。ちゃんと答えようと思って」
 そう言ってアレンの碧い瞳が、真っ直ぐにゼファーを見据える。

 ――逃れられないと、そう思った。

「……答えなら、もうもらってる」
 アレンの瞳から目を離せないまま、そう告げる。確かにあの日、自分が問うたことに対する答えをもらった。だから思いは消えずに残っているのだ。今も、こうして。
「そうだね。でもきっと――僕は"ちゃんと"答えてない」
 一体この相棒が何を"ちゃんと"答えようとしているのか、ゼファーにはわからなかった。長い付き合いだから、ある程度こいつの考えることは見当がつく。だけどこれは――否、見当は、つくのだ。だがそんなことがあるはずがない。あってはいけない。自分の思いの形を――「好き」の意味を、正しく理解しているなんて。
 ゼファーが言葉を紡げずにいると、アレンはいつもの穏やかな笑みをにこりと浮かべてゼファーの手を握った。人の手をとることに躊躇しない手が、ゼファーの手を包む。二度と触れることのないと思っていた手だ。こんな温かい手を振りほどくなんてゼファーにはできなかった。

「――あのときの僕は、君が僕のことを信頼してくれるんだって、そういう"好き"なんだって思ってた」
 やはりあの日のゼファーの言葉は正しく理解されてはいなかった。それで良かった。それで良かったのに。アレンは言葉を続ける。

「でもわかったんだ――思い出したから。君を失ったあのときに、僕は思ったんだ。君が隣から居なくなるのが怖いって」

 君が闇に飲まれていくのを、見ていることしかできなかった。その手を掴むことができなかった。次に目覚めたときには君が何処にも居なくて。そうして思ったんだ。僕は君の隣にいたかった。君に隣にいてほしかった。ずっと、ずっと。離れることなく。
 でもそんな証はこの世界の何処にも無いと気づいた。君がずっと隣に居てくれる確証なんて本当は何処にも無かった。

 ――あぁ、そうか。君は"それ"が欲しかったんだ。

 ずっと隣に居られる証。消えない何か。永遠。

「……君が僕のことをずっと好きでいてくれるなら、きっとこの思いは永遠だ」

 握った手に力を込める。この熱は、どちらのものだろう。

「だから僕にも――君を好きでいさせてほしい」

 君との永遠が、僕も欲しいんだ。

「……好きでいても、いいかな」

 その証を。約束を。永遠を。君に請う。


「……いいぜ」


 ――そんなの問われるまでもなく決まっている。先に願ったのは自分なのだ。お前もそれを望むのなら、自分が赦されたように、自分も赦そうと、そう思った。誰かを赦すなんて立場にはもう無いけれど。赦すことを赦されるのであれば――。二人でならきっと本当に永遠にできるから。

 アレンに握られた手を、ゼファーもそっと握り返す。見えないけれど、ここに"それ"があるような気がした。ずっとずっと求めていたものが。

 永遠なんてものがあるとすれば、それはきっと――


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 やっとの思いで口にした言葉はひどく震えていたと自分でも思う。
 任務中に負った傷は相棒の優秀な治癒術によって塞がれていたが、休息を求めた身体は熱を生んでおり、頭がぼうっとしていた。肉体の不調は精神をも弱らせる。こんなことを言ったら心配そうにこちらを覗き込んでいる相棒に怒られそうだが、「もう駄目かもしれない」と思ってしまった。実際、"もう駄目"かもしれないほどに受けた傷は深かったのだ。相棒による迅速な治療がなければ、こうして宿のベッドに横たわることもなく地面の上で果てていたことだろう。
 とはいえ、地上の人間を守るために天界から遣わされた兵士の身であるから、元よりその覚悟はできている。死ぬことが怖くないと言えば嘘になるが、いつかその日が来るという覚悟は常に持っていた。それが"今"なのかもしれないと、そう思っただけだ。
 そうだとしたら自分はどうすべきなのだろう。身体も頭も碌に動かないが、今際の際にすべきこと。身体が動かない時点で御使いとしての使命はこれ以上果たしようがない。そもそも使命を果たした結果こうなっているのだから、それ以外の点で最期にすべきことはないだろうか。
 朦朧とする頭で視線だけを彷徨わせると、こちらを覗き込む相棒と目が合った。そうだ、そういえばこいつに言っていないことがある。どうせなら言ってしまおうか。今まで隠してきたけれど、これが最後なら伝えてしまってもいいのではないか。お前が好きだと。

(……あぁ、だが――)

 この思いを伝えてしまったら、相手に渡してしまったら、自分がいなくなった後にはきっと何も残らない。自分の言う「好き」が相棒に対する感情以上のものであることを、相棒であるこいつはきっと理解できない。親愛としての「好き」だと受け取るだろう。そうしてただの親愛として受け取られてしまったら、この思いは何処へ行く?相手に正しく受け取られないまま、思いを抱えている自分自身がいなくなればその思いも消えてしまう。きっと何処にも残らない。それはなんだか虚しかった。
 正しく伝わらなくてもいいから伝えることはしたい。それに加え、この思いが消えてしまわないような――そういう証が欲しい。
 今際の際に抱くにしては大きすぎる願いだろうか。けれど、それでも欲しいと思ったのだ。証が。約束が。永遠が。まるで呪いのようなそれが。――問題ない。呪いを解くのは得意だから。
 だから永遠を願うことにした。この思いが消えてしまわないよう、永遠を請うた。

 ――好きでいてもいいか?

 自分がいなくなった後もお前がそれを赦してくれるなら、この思いは自分が抱いた形のまま消えることなく世界に残る気がした。

 問われた相棒はきょとんとした顔をした後で、いつもの穏やかな笑みを浮かべて言った。

「いいよ」

 やはり正しく理解したわけではないのだろうが、それでも赦してくれた。その優しさに、穏やかな碧に、甘えさせてもらう。自分は永遠を得たのだと。


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 永遠なんてものがあるとすれば、それはきっと地獄だ。永遠。終わりが無い。ずっと続く。先が見えない。そんなものはただの地獄だと、その地獄の沼に浸かりながら思う。
 もう何度も何度も繰り返した。そしていつも同じ結果に終わる。だからまた始めるのだ。"儀式"が成功するまで、何度も、何度も。
 その度にどれほどの血が流れ、幾つの命が消えたのだろう。それでも、流れた血を無駄にはしない。きっと全て必要なものなのだ。血が流れるのも命が消えるのも、いつかそこに辿り着くための必要な犠牲。

 ――だから必要なものなんだ、これも。

 ビシャ、と踏み出した足に血が跳ねる。もう誰のものともつかない血だが、ここにいる四人の誰かのものであることは間違いない。その血溜まりを進みながら、先程魔術で吹き飛ばした一人の元へと向かう。その一人は、吹き飛ばされた勢いで周囲に乱立する結晶に強く身体を打ち付けていた。そのまま結晶に背中を預ける形で座り込んでいる。もう立つこともできないだろう。
 その眼前に立ち、右手を翳す。気配に気づいた碧色の瞳がゆっくりとこちらを見上げた。そこには既に生気が無い。致命傷を負い、今まさに命の灯が失われようとしているというのもあるだろうが、それ以前に他の仲間を喪った時点からその瞳は光を失っていた。悲しみと絶望――それに諦念。こちらを討つことしか考えていない瞳は、文字通り生きる気力を失っていた。仲間を喪った後で自分一人が生き残っても仕方がないとでも言いたげである。

 ――生きてさえいれば打つ手はあるというのに。

 だが目の前の男はそれを知らない。何せ自分がそれを伝えたときの記憶は無いのだ。否、そもそもこの男にそれを伝えたことは無い。かつて共に地上を駆けた相棒とは違う人間なのだから。
 そしてこれからもそれを知ることはない。ここで終わる命だ。かつて自分が相棒に教えたことは最早自分自身の中にしか残っていない。命が消えるということは、その命が抱えていた思いも記憶も消えるということだ。もう何処にも残っていない。

 右手に魔力を集中させる。直接手を下さなくてもこのまま彼奴は朽ちるだろう。だがこちらとしては一刻も早くその命を――魂を奪わなければならなかった。今この瞬間もあいつは闇に囚われているのだから。

「……いいか?」

 虚ろな碧に問う。
 なぜこんなことを訊いたのだろう。何に対して赦しを求めたのだろう。だがどうしても聞きたいと思った。その答えを。

 問われた相手は最早こちらを見上げる気力もないようだったが、どうやら声は聞こえているらしい。絞り出すように微かに唇が動いた。

「い……い……」 

 ――生きていても仕方がないから。喪ったものは帰ってこないから。
 次に続くのはそんな言葉だろうか。

 その通りだ。喪ったものは帰らない。消えたものはもう何処にも無い。だが、それでも、"それ"を取り戻す為に自分は生き続けている。生きてさえいれば打つ手はあるから。そうして何度も、何度も繰り返している。今もまた。

 収束させた魔術を解き放った。

 こんなことが後何度続くのだろう。永遠なんてものがあるとするならば、やはり地獄だ。


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 ――いいか?

 君は何度もそう問う。永遠に続くかと思われる螺旋の中で、何度も、何度も。
 初めて訊かれたのはいつだっただろう。
 遡る。螺旋を下る。過去へ。始まりへ――

「……好きでいてもいいか?」

 あの日の答えを、僕はまだ返せていない。


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「いいよ」

 傍らに立ちそう告げると、下りていたはずの瞼がゆっくりと開いた。

「……何がだよ」
 聞き返す声は、寝起きのせいか少し掠れていたが、いつかのような消え入りそうなものではなかった。それに心の奥でほっとする。
「ごめん、起こしちゃったかな」
 そう詫びると相棒はゆっくりと身体を起こした。
「いや……それはいいんだが――何が"いい"んだ?」
 そう言ってこちらに向けられた瞳はしっかりとしていて、あぁまた眠れていないのだなとアレンは思う。
 あの長い長い螺旋の中で、ゼファーは邪龍との契約により力を得ていた。そうして強大な魔力を貸し与えられた身体は休息をあまり必要としなかったのだという。長い間睡眠をとることがなかったため、眠り方自体を忘れてしまったのだと、全てが終わった夜にそう零していた。今は幾らか眠れるようになったようだが、それでも彼の眠りは深くない。
 僅かに眉を下げたアレンを見て、ゼファーは取り繕うように言葉を重ねる。
「……気にするなよ。どうせそろそろ起きる時間だ。それに今日はちゃんと寝てる」
「ならいいんだけど……。もうちょっと寝ててもいいんだよ」
 アレンの言葉に、ゼファーは「あのなぁ」と溜め息を吐いた。
「ならそもそも人が寝ているところに話しかけるなよ……。それともあれか、ひとり言か?」
「ううん。ちゃんと君に言ってるよ」
 そう首を横に振ると、ゼファーは目を瞬かせた。
「……珍しいな」
 ――言いたいことがあるなら、お前はちゃんと言うやつだろう。
 そう、確かにアレンは伝えたいことがあるのなら面と向かって告げる人物だ。そうしたいと思っているし、そうすべきだとも思っている。常時であれば寝ている不意をついて何かを伝えることなどない。だが――
「あのときと似ているなって思ったから、つい」
「あのとき?」
「――君に初めて訊かれたとき」
「……!」
 "初めて訊かれたとき"と先ほどの「いいよ」という言葉がゼファーの脳内で線を結ぶ。自分が初めて「いいか?」と訊ねたとき。
 確かにあのときも自分はベッドに横たわっていて、その傍らにこいつが立っていた。こちらを覗き込む瞳に自分は問い、「いいよ」と答えをもらった。忘れもしないあの日。ずっとずっと遠くに置いてきた日だ。記憶を取り戻したと言っていたから、目の前のこいつがそれを知っていても不思議ではない。だがゼファーの中ではそれはもう遥か遠い日の記憶だった。二度と手の届かない、自分だけが知っている約束。それが"アレン"の口から呼び起こされたことに思わずたじろぐ。
「な……んだよ、急に……。昔のことだろ」
「うん。でも、思い出したから。ちゃんと答えようと思って」
 そう言ってアレンの碧い瞳が、真っ直ぐにゼファーを見据える。

 ――逃れられないと、そう思った。

「……答えなら、もうもらってる」
 アレンの瞳から目を離せないまま、そう告げる。確かにあの日、自分が問うたことに対する答えをもらった。だから思いは消えずに残っているのだ。今も、こうして。
「そうだね。でもきっと――僕は"ちゃんと"答えてない」
 一体この相棒が何を"ちゃんと"答えようとしているのか、ゼファーにはわからなかった。長い付き合いだから、ある程度こいつの考えることは見当がつく。だけどこれは――否、見当は、つくのだ。だがそんなことがあるはずがない。あってはいけない。自分の思いの形を――「好き」の意味を、正しく理解しているなんて。
 ゼファーが言葉を紡げずにいると、アレンはいつもの穏やかな笑みをにこりと浮かべてゼファーの手を握った。人の手をとることに躊躇しない手が、ゼファーの手を包む。二度と触れることのないと思っていた手だ。こんな温かい手を振りほどくなんてゼファーにはできなかった。

「――あのときの僕は、君が僕のことを信頼してくれるんだって、そういう"好き"なんだって思ってた」
 やはりあの日のゼファーの言葉は正しく理解されてはいなかった。それで良かった。それで良かったのに。アレンは言葉を続ける。

「でもわかったんだ――思い出したから。君を失ったあのときに、僕は思ったんだ。君が隣から居なくなるのが怖いって」

 君が闇に飲まれていくのを、見ていることしかできなかった。その手を掴むことができなかった。次に目覚めたときには君が何処にも居なくて。そうして思ったんだ。僕は君の隣にいたかった。君に隣にいてほしかった。ずっと、ずっと。離れることなく。
 でもそんな証はこの世界の何処にも無いと気づいた。君がずっと隣に居てくれる確証なんて本当は何処にも無かった。

 ――あぁ、そうか。君は"それ"が欲しかったんだ。

 ずっと隣に居られる証。消えない何か。永遠。

「……君が僕のことをずっと好きでいてくれるなら、きっとこの思いは永遠だ」

 握った手に力を込める。この熱は、どちらのものだろう。

「だから僕にも――君を好きでいさせてほしい」

 君との永遠が、僕も欲しいんだ。

「……好きでいても、いいかな」

 その証を。約束を。永遠を。君に請う。


「……いいぜ」


 ――そんなの問われるまでもなく決まっている。先に願ったのは自分なのだ。お前もそれを望むのなら、自分が赦されたように、自分も赦そうと、そう思った。誰かを赦すなんて立場にはもう無いけれど。赦すことを赦されるのであれば――。二人でならきっと本当に永遠にできるから。

 アレンに握られた手を、ゼファーもそっと握り返す。見えないけれど、ここに"それ"があるような気がした。ずっとずっと求めていたものが。

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