桜葉あきの

成人済。いろいろ好きです
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投稿日:2020年06月28日 22:30    文字数:4,522

三度目は運命

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中学生か高校生くらいのヤマ丈
しれっと太光が成立している世界線です
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 丈とキスをした。
「丈と」というより「丈に」という方が正しいかもしれない。帰り道でたまたま会って、二人で歩きながら話をして、その別れ道で立ち止まって、別れの挨拶をして、そして、それから。
 気が付いたら丈の顔が目の前にあった。ヤマトの右手は丈の左腕を掴んでいた。きっと去ろうとする丈の腕を掴んで振り向かせたのだろう。丈の体温が右手と――唇に残っていた。

「ほ、ほら!海外じゃ挨拶にするだろ、オレたち友達だからさ!だから……あぁ、オレ親父の夕飯作らないといけないんだった!じゃあな!!」
 そう矢継ぎ早に告げると全力でその場を立ち去った。残された丈が名前を呼ぶ声が聞こえたけど、聞こえない振りをした。丈はどんな顔をしていたんだろう。そして自分もどんな顔をしていたんだろう。どんな顔で、何を思って「友達」である丈にキスなんてしたんだろう。



「――と、いうわけなんだが」
「いや、「というわけなんだが」って言われてもなぁ……」
 事のあらましを話し終えたヤマトに返ってきたのは太一の呆れた声だった。
「それでその後どうしたんだよ」
「だから言っただろ。そのまま帰ったって」 
「だからその後だよ。丈と話したのか?」
「……会ってない」
「まぁあいつも忙しいからなぁ。でもメールぐらいはしただろ」
「……してない」
「はぁ?」
 再び太一から呆れた声が上がる。こいつに呆れられるなんて相当だなとヤマトは心の中で自嘲した。実際ヤマト自身も自分の行動に呆れていた。丈に突然キスをしたこともそうだが、その後丈に対して全くフォローを入れていないことがだ。というより入れようがなかった。何か言わなければとは思っているのだが、では何を言えばいいのかわからない。謝るべきなのかもしれないが、何に対して謝るというのだろう。ただの友達としてのじゃれあいの延長線であればわざわざ面と向かって謝るものでもないのではないか。けれど、それは違うと直感が告げていた。自分は何かを丈に伝えなければならないのだと思う。その"何か"は"友人とのじゃれあいの延長線"上にはない気がする。じゃあ、何処に?
 答えに行き詰まったヤマトは太一に相談を持ちかけた。正確にはヤマトから持ちかけたわけではなく、明らかに何かに悩んでいる様子のヤマトを太一が連れ出した形である。テスト期間でお互い部活のないこともあり、二人はファーストフード店で向かい合って腰掛けていた。

「……なぁ、友達ならふざけてそういうことするときだってあるよな」
「まぁなくはないけどな。なんなら俺とするか?」
 んー、と太一は唇を突き出しヤマトに迫ってくる。
「誰がするか!顔近付けんなって!!」
 ヤマトがのけぞってそれを拒否すると、太一は大人しく顔を引っ込めた。
「しないのかよ」
「お前とはしない」
「丈とはするのに?」
「……太一だって光子郎とするだろ」
「そりゃ付き合ってるからなぁ。というか、ここで俺と光子郎の話が出るってことはお前だってわかってるんじゃないのか?」
「……わかんねぇよ」
「お前なぁ……」
 三度目の呆れた声を出した太一は、ストローに口をつけた。ズゴーッという間抜けな音を立てて中身を口にする。そろそろ残りも少ないのだろう。ヤマトの買ったコーヒーは、まだ半分以上残っている。
「太一はどうして光子郎とするんだ」
 コーヒーの入ったコップを見つめたままヤマトが問うと、太一はストローから口を離しヤマトを見た。
「好きだからに決まってんだろ」
 あっけらかんと太一は言う。当然だと言わんばかりだ。ヤマトにはそれが眩しいと思えた。いつだって、オレにないものをこいつは持っている。
 ヤマトが応えずにいると、今度は太一がヤマトに問いかける。
「お前が丈にキスしたときってさ、何の話してたんだよ。もうちょっと思い出してみろよ」
 その言葉にヤマトはあの日の記憶を辿っていく。特別これといった話をした覚えはない。互いに近況を話していたぐらいだ。自分のこと、家族のこと、仲間たちのこと、後輩たちのこと。そうして話をしながら歩いて、二人の別れ道に差し掛かる。立ち止まり、程よく話題も切れたところで、丈が口を開いた。

――じゃあ。

 なんてことはない別れの言葉だ。だが、それが無性に――。
 気付けば丈の腕をとり、その唇に自分の唇を重ねていた。

「うわ……」
 思わず声が漏れる。わかってしまった。丈に「じゃあ」と言われたときの自分の気持ちが。昔からよく知っている感情だ――昔から、よく押し込めている感情でもある。
「何かわかったか?」
 頭を抱えるヤマトに太一の声がかかる。顔を上げることができないヤマトからは見えないが、にやついているのだろうということが声音からわかる。

「……別れるのが寂しいからってキスするかよ……」
 溜め息と共に答えを吐き出す。と――

「そうなのかい?」

 頭上から声が降ってきた。今ヤマトが最も思い浮かべていて、最も顔を向けられない相手の声が。
 ギギギ、と錆びついたロボットのような動きで顔を上げると、そこには声の主と――
「すみません、太一さん。遅くなりました」
 一つ下の後輩が並んで立っていた。
「いいって、いいって」
 光子郎に呼ばれた太一は片手をひらひらと振って応える。まさかハメられたのだろうかと、ヤマトは太一の方を今度は勢いよく振り向く。太一はそれを気にも留めず、光子郎の横にいる人物へと視線を滑らせた。
「なんだ、丈も一緒だったのか」
 その言葉にヤマトは毒気を抜かれる。丈が――今ヤマトが最も顔を合わせられない相手がこのタイミングでここにいるのは太一が仕組んだことではないようだ。
「ちょうど光子郎と会ってね。太一のところに行くっていうから顔でも見せようかと思って。ヤマトがいるのは知らなかったけど」
 そう言って丈は視線をヤマトに移す。ヤマトは思わず再び顔を下に向けた。咄嗟だったが、露骨すぎただろうか。決して丈を避けているわけではないのだ。決して。ただ合わせる顔がないだけで。
 そんなヤマトをよそに太一はトレー片手に立ち上がる。
「まーな。じゃ、俺たちはそろそろ行くな」
「え、おい」
 ヤマトが呼ぶも太一は止まらない。そのまま出口の方へと歩き始める。太一の言う「俺たち」が太一と誰を指すのかなんて言われなくてもわかっていた。
「そうですね。それではヤマトさん、丈さん。僕たちはこれで」
 光子郎はヤマトと丈に軽く会釈をすると、太一と共にテーブルから離れていく。きっとこの後二人は太一の家にでも行くのだろう。太一の家に行くのならヤマトだって同じ団地に住んでいるのだが。
「待てって太一!」
 二人を追おうと立ち上がりかけたヤマトを止めたのは丈だった。
「こらヤマト。二人にしてあげようよ」
「いや……そう、だけど」
 太一と光子郎が付き合っていることは仲間内では周知の事実である。向かう場所が同じとはいえ恋人同士の間にヤマトがいては不自然になりかねない。無論、太一も光子郎もそんなことは気にしないだろう。けれど二人きりの時間を作ってやるのも仲間ならではの気遣いだ。
 となると、ヤマトは丈と二人で残されてしまう。ヤマトが視線を泳がせまくっていると、丈が声をかけてきた。
「僕たちもちょっとしたら出ようか。今日は塾休みだけど家に帰って勉強しないと」
「そ、そうだな……」

1 / 2
2 / 2


 ヤマトが残りのコーヒーを飲み切ったところで、ヤマトと丈も店を後にした。
 並んで歩く丈は先程のヤマトの発言などなかったかのように、あれやこれやと世間話に興じている。適当な相槌を打ちはするものの、そのどれもがヤマトの耳を通り過ぎていった。
「――で、ヤマトって寂しくなると人にキスをするのかい?」
「あぁ――あ!?」
 そのまま通り過ぎることができない話題を振られ、ヤマトは立ち止まる。やっぱり先程の発言は無かったことになどなっていないようだ。
「あ、これは聞くのか。今まで僕の話聞いてなかったでしょ」
 図星を突かれてしまいぐうの音も出ない。そういえば丈は周りの人間のことをよく見ている男だった。ヤマトが上の空でいることなどお見通しだったのだろう。
「悪い……」
「それはいいけど、この前から僕のこと避けてない?」
 やはり最近のヤマトの態度は、「避けられている」と丈に感じさせるものだったようだ。ヤマトは首を振ってそれを否定する。
「さ、避けてない!ただ……合わせる顔が無かっただけで……」
「この前のこと?僕は怒ってないよ。まぁびっくりはしたけど。それよりも、きみがどうして僕にキスしたのかそっちの方が気になってね。この前は「挨拶だ」って言ってたけど、本当は寂しかったのかい?」
「……そう、だ」
 自身の態度に丈が怒っていなかったことに胸を撫で下ろしながら、ヤマトは頷いた。丈の言う通りである。あのときは挨拶だと言ったが本当は寂しかった。けど、それだけじゃない。
「久しぶりに会ったお前と、離れるのが寂しかった。でもおかしいだろ?別に一生の別れじゃない。もっと辛い別れだってオレたちは知ってる」
 あの夏。現実世界ではたった三日間のことだったが、あの世界でヤマト達は多くの出会いと別れを経験していた。ずっと共に旅をした大切なパートナーとも別れることになった。身を引き裂かれるような思いだった。あのときだってもちろん寂しかった。それに比べたら同じ世界に住んでいて、いつでも会うことができる丈とのほんの少しの別れがそこまで悲しいものなわけはない。でもそれが寂しいと、ヤマトは思った――否。正確には寂しいというよりも――

「オレはあのとき、もっとお前と一緒にいたいって思ったんだ。もっとそばにいたくて、近付きたくて、それで……」

 あのときの感情を「寂しい」と表現するのも間違いではない。だがその「寂しい」の裏にあったのは別の感情だ。
 ――あぁこれを言わなければならないのか。丈に伝えなければならなかった"何か"は此処にあった。「寂しい」の根源、そばにいたいと思う理由。

「オレ、丈のことが――」

 顔を上げて、丈の顔を見て伝えようと思った。
 が、続きを言うことはできなかった。言おうとした言葉は、言おうとした相手の口の中に吸い込まれていた。
 一瞬重なった熱が離れていく。気が付いたら丈の顔が目の前にあった。
「え……」
 何が起きたか理解すると同時に、顔に熱が集うのがわかる。ヤマトがニの句を継げずにいると、丈はいつもの人の好い笑みを浮かべた。
「友達だからね。挨拶だよ」
「えっ」
「なんてね。――ね、「一度目は偶然」って言葉知ってるかい?」
「……たしか、「一度目は偶然、二度目は必然」ってやつだろ」
 なぜ急にそんなことを話をするのだろうと考えたヤマトは、あぁ、と気付く。そうだ、今のが自分たちの「二度目」だ。
「うん。じゃあ三度目も知ってるよね。三度目は――」

 その続きはヤマトの口の中に吸い込まれていった。
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三度目は運命
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 丈とキスをした。
「丈と」というより「丈に」という方が正しいかもしれない。帰り道でたまたま会って、二人で歩きながら話をして、その別れ道で立ち止まって、別れの挨拶をして、そして、それから。
 気が付いたら丈の顔が目の前にあった。ヤマトの右手は丈の左腕を掴んでいた。きっと去ろうとする丈の腕を掴んで振り向かせたのだろう。丈の体温が右手と――唇に残っていた。

「ほ、ほら!海外じゃ挨拶にするだろ、オレたち友達だからさ!だから……あぁ、オレ親父の夕飯作らないといけないんだった!じゃあな!!」
 そう矢継ぎ早に告げると全力でその場を立ち去った。残された丈が名前を呼ぶ声が聞こえたけど、聞こえない振りをした。丈はどんな顔をしていたんだろう。そして自分もどんな顔をしていたんだろう。どんな顔で、何を思って「友達」である丈にキスなんてしたんだろう。



「――と、いうわけなんだが」
「いや、「というわけなんだが」って言われてもなぁ……」
 事のあらましを話し終えたヤマトに返ってきたのは太一の呆れた声だった。
「それでその後どうしたんだよ」
「だから言っただろ。そのまま帰ったって」 
「だからその後だよ。丈と話したのか?」
「……会ってない」
「まぁあいつも忙しいからなぁ。でもメールぐらいはしただろ」
「……してない」
「はぁ?」
 再び太一から呆れた声が上がる。こいつに呆れられるなんて相当だなとヤマトは心の中で自嘲した。実際ヤマト自身も自分の行動に呆れていた。丈に突然キスをしたこともそうだが、その後丈に対して全くフォローを入れていないことがだ。というより入れようがなかった。何か言わなければとは思っているのだが、では何を言えばいいのかわからない。謝るべきなのかもしれないが、何に対して謝るというのだろう。ただの友達としてのじゃれあいの延長線であればわざわざ面と向かって謝るものでもないのではないか。けれど、それは違うと直感が告げていた。自分は何かを丈に伝えなければならないのだと思う。その"何か"は"友人とのじゃれあいの延長線"上にはない気がする。じゃあ、何処に?
 答えに行き詰まったヤマトは太一に相談を持ちかけた。正確にはヤマトから持ちかけたわけではなく、明らかに何かに悩んでいる様子のヤマトを太一が連れ出した形である。テスト期間でお互い部活のないこともあり、二人はファーストフード店で向かい合って腰掛けていた。

「……なぁ、友達ならふざけてそういうことするときだってあるよな」
「まぁなくはないけどな。なんなら俺とするか?」
 んー、と太一は唇を突き出しヤマトに迫ってくる。
「誰がするか!顔近付けんなって!!」
 ヤマトがのけぞってそれを拒否すると、太一は大人しく顔を引っ込めた。
「しないのかよ」
「お前とはしない」
「丈とはするのに?」
「……太一だって光子郎とするだろ」
「そりゃ付き合ってるからなぁ。というか、ここで俺と光子郎の話が出るってことはお前だってわかってるんじゃないのか?」
「……わかんねぇよ」
「お前なぁ……」
 三度目の呆れた声を出した太一は、ストローに口をつけた。ズゴーッという間抜けな音を立てて中身を口にする。そろそろ残りも少ないのだろう。ヤマトの買ったコーヒーは、まだ半分以上残っている。
「太一はどうして光子郎とするんだ」
 コーヒーの入ったコップを見つめたままヤマトが問うと、太一はストローから口を離しヤマトを見た。
「好きだからに決まってんだろ」
 あっけらかんと太一は言う。当然だと言わんばかりだ。ヤマトにはそれが眩しいと思えた。いつだって、オレにないものをこいつは持っている。
 ヤマトが応えずにいると、今度は太一がヤマトに問いかける。
「お前が丈にキスしたときってさ、何の話してたんだよ。もうちょっと思い出してみろよ」
 その言葉にヤマトはあの日の記憶を辿っていく。特別これといった話をした覚えはない。互いに近況を話していたぐらいだ。自分のこと、家族のこと、仲間たちのこと、後輩たちのこと。そうして話をしながら歩いて、二人の別れ道に差し掛かる。立ち止まり、程よく話題も切れたところで、丈が口を開いた。

――じゃあ。

 なんてことはない別れの言葉だ。だが、それが無性に――。
 気付けば丈の腕をとり、その唇に自分の唇を重ねていた。

「うわ……」
 思わず声が漏れる。わかってしまった。丈に「じゃあ」と言われたときの自分の気持ちが。昔からよく知っている感情だ――昔から、よく押し込めている感情でもある。
「何かわかったか?」
 頭を抱えるヤマトに太一の声がかかる。顔を上げることができないヤマトからは見えないが、にやついているのだろうということが声音からわかる。

「……別れるのが寂しいからってキスするかよ……」
 溜め息と共に答えを吐き出す。と――

「そうなのかい?」

 頭上から声が降ってきた。今ヤマトが最も思い浮かべていて、最も顔を向けられない相手の声が。
 ギギギ、と錆びついたロボットのような動きで顔を上げると、そこには声の主と――
「すみません、太一さん。遅くなりました」
 一つ下の後輩が並んで立っていた。
「いいって、いいって」
 光子郎に呼ばれた太一は片手をひらひらと振って応える。まさかハメられたのだろうかと、ヤマトは太一の方を今度は勢いよく振り向く。太一はそれを気にも留めず、光子郎の横にいる人物へと視線を滑らせた。
「なんだ、丈も一緒だったのか」
 その言葉にヤマトは毒気を抜かれる。丈が――今ヤマトが最も顔を合わせられない相手がこのタイミングでここにいるのは太一が仕組んだことではないようだ。
「ちょうど光子郎と会ってね。太一のところに行くっていうから顔でも見せようかと思って。ヤマトがいるのは知らなかったけど」
 そう言って丈は視線をヤマトに移す。ヤマトは思わず再び顔を下に向けた。咄嗟だったが、露骨すぎただろうか。決して丈を避けているわけではないのだ。決して。ただ合わせる顔がないだけで。
 そんなヤマトをよそに太一はトレー片手に立ち上がる。
「まーな。じゃ、俺たちはそろそろ行くな」
「え、おい」
 ヤマトが呼ぶも太一は止まらない。そのまま出口の方へと歩き始める。太一の言う「俺たち」が太一と誰を指すのかなんて言われなくてもわかっていた。
「そうですね。それではヤマトさん、丈さん。僕たちはこれで」
 光子郎はヤマトと丈に軽く会釈をすると、太一と共にテーブルから離れていく。きっとこの後二人は太一の家にでも行くのだろう。太一の家に行くのならヤマトだって同じ団地に住んでいるのだが。
「待てって太一!」
 二人を追おうと立ち上がりかけたヤマトを止めたのは丈だった。
「こらヤマト。二人にしてあげようよ」
「いや……そう、だけど」
 太一と光子郎が付き合っていることは仲間内では周知の事実である。向かう場所が同じとはいえ恋人同士の間にヤマトがいては不自然になりかねない。無論、太一も光子郎もそんなことは気にしないだろう。けれど二人きりの時間を作ってやるのも仲間ならではの気遣いだ。
 となると、ヤマトは丈と二人で残されてしまう。ヤマトが視線を泳がせまくっていると、丈が声をかけてきた。
「僕たちもちょっとしたら出ようか。今日は塾休みだけど家に帰って勉強しないと」
「そ、そうだな……」

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 ヤマトが残りのコーヒーを飲み切ったところで、ヤマトと丈も店を後にした。
 並んで歩く丈は先程のヤマトの発言などなかったかのように、あれやこれやと世間話に興じている。適当な相槌を打ちはするものの、そのどれもがヤマトの耳を通り過ぎていった。
「――で、ヤマトって寂しくなると人にキスをするのかい?」
「あぁ――あ!?」
 そのまま通り過ぎることができない話題を振られ、ヤマトは立ち止まる。やっぱり先程の発言は無かったことになどなっていないようだ。
「あ、これは聞くのか。今まで僕の話聞いてなかったでしょ」
 図星を突かれてしまいぐうの音も出ない。そういえば丈は周りの人間のことをよく見ている男だった。ヤマトが上の空でいることなどお見通しだったのだろう。
「悪い……」
「それはいいけど、この前から僕のこと避けてない?」
 やはり最近のヤマトの態度は、「避けられている」と丈に感じさせるものだったようだ。ヤマトは首を振ってそれを否定する。
「さ、避けてない!ただ……合わせる顔が無かっただけで……」
「この前のこと?僕は怒ってないよ。まぁびっくりはしたけど。それよりも、きみがどうして僕にキスしたのかそっちの方が気になってね。この前は「挨拶だ」って言ってたけど、本当は寂しかったのかい?」
「……そう、だ」
 自身の態度に丈が怒っていなかったことに胸を撫で下ろしながら、ヤマトは頷いた。丈の言う通りである。あのときは挨拶だと言ったが本当は寂しかった。けど、それだけじゃない。
「久しぶりに会ったお前と、離れるのが寂しかった。でもおかしいだろ?別に一生の別れじゃない。もっと辛い別れだってオレたちは知ってる」
 あの夏。現実世界ではたった三日間のことだったが、あの世界でヤマト達は多くの出会いと別れを経験していた。ずっと共に旅をした大切なパートナーとも別れることになった。身を引き裂かれるような思いだった。あのときだってもちろん寂しかった。それに比べたら同じ世界に住んでいて、いつでも会うことができる丈とのほんの少しの別れがそこまで悲しいものなわけはない。でもそれが寂しいと、ヤマトは思った――否。正確には寂しいというよりも――

「オレはあのとき、もっとお前と一緒にいたいって思ったんだ。もっとそばにいたくて、近付きたくて、それで……」

 あのときの感情を「寂しい」と表現するのも間違いではない。だがその「寂しい」の裏にあったのは別の感情だ。
 ――あぁこれを言わなければならないのか。丈に伝えなければならなかった"何か"は此処にあった。「寂しい」の根源、そばにいたいと思う理由。

「オレ、丈のことが――」

 顔を上げて、丈の顔を見て伝えようと思った。
 が、続きを言うことはできなかった。言おうとした言葉は、言おうとした相手の口の中に吸い込まれていた。
 一瞬重なった熱が離れていく。気が付いたら丈の顔が目の前にあった。
「え……」
 何が起きたか理解すると同時に、顔に熱が集うのがわかる。ヤマトがニの句を継げずにいると、丈はいつもの人の好い笑みを浮かべた。
「友達だからね。挨拶だよ」
「えっ」
「なんてね。――ね、「一度目は偶然」って言葉知ってるかい?」
「……たしか、「一度目は偶然、二度目は必然」ってやつだろ」
 なぜ急にそんなことを話をするのだろうと考えたヤマトは、あぁ、と気付く。そうだ、今のが自分たちの「二度目」だ。
「うん。じゃあ三度目も知ってるよね。三度目は――」

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