シロジクロエ

特殊装丁の小説本を作っている創作BLサークルです。

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投稿日:2020年10月17日 16:45    文字数:4,109

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Jgarden49の無料配布SSです。
四十路同士で和風ファンタジー。ここから二人の関係が始まります。
1 / 1
  ◆

「きみ、しばらくここに住むというのはどうだ」
「はっ?」
 おれは茶碗と箸を持ったまま、目の前の相手を凝視した。
 朝っぱらから突拍子もない提案をしてきた皆本准教授は、表情ひとつ変えず、自分で用意した焼き鮭の骨を器用に取っている。自宅だというのに、しゃんと背筋を伸ばして眠そうな顔もしていない。襟のよれたシャツと豪快な寝ぐせだけが惜しかったが、そんなことよりも。
「どう、とは……」
「前に言っていたじゃないか、今の現場は家から遠くて朝は四時起きだと。急な泊まりも多くて、米を炊いたまま一週間帰れず炊飯器をお釈迦にしたとか。それでなくとも、一人暮らしはなにかとままならないことが多い。せめて今だけでも現場に近ければ、もう少し楽に仕事ができるのではないかと思ったまでだよ」
「いや、炊飯器は……」
 飲みの席でのくだらない話までよく覚えている。大学教員と発掘作業員は基本的には別の世界にいるが、発掘現場が重なったり続いたりすればそれなりに打ち解けることもあるのは事実だ。歳が近いこともあって、彼は最も頻繁に遭遇する研究者だった。
 しかし、さすがにいきなり同居を持ちかけられるほど親しくはない、はずだ。
「遠慮することはない。お互い独り身の四十男だ、気を遣うことはなにもないよ。わたしもきみも、学問の他に趣味はないだろう。仮にサーフボードなんぞ持ち込まれでもしたら考えものだが、本なんかはいくら増えてもかまわないし。そうだ、渡辺くんの専門は中世だったな。わたしの手薄な部分だ、文献がやってくるのはむしろ歓迎だよ」
 根っからの学者肌である皆本のこと、持論をまくし立てることにかけては敵う者などいない。だが今回はいつもの学術談義ではない。
「サーフィンはやりませんが」
 茶碗を置いて今さらながら居住まいを正し、改めて頭を下げた。ヘアゴムがどこかへいってしまったので仕方なく、落ちてきた前髪をかき上げる。
「昨日、現場で倒れたのはほんとうに申し訳ありませんでした。そのまま先生のお宅で休ませていただいたこともたいへん恐縮で、感謝の言葉もありません。これまでもたびたび、事あるごとに泊めていただいていて、わりと勝手知ったる場所になってしまったことも事実です。
 しかし、四十も過ぎて自己管理もまともにできないとご心配をおかけしているのであれば、それこそお気遣い無用で……」
 もそもそと言いつづけているうちに、そもそも断ろうとしているのかも怪しくなってきた。必死に言葉を探していると、相手がどこか緊張した様子で重々しく尋ねてくる。
「その、今は交際相手でもいるのか」
「……いたら、先生とこうして夜明けの味噌汁をすすっていません」
 ため息混じりに答えて、椀を覗き込んだ。豆腐、長葱、小松菜……具だくさんで、合わせ味噌なのも自分の舌に合う。
「先生の朝ごはんはたしかに美味いです。自宅からだと朝は食ってる暇がなくて、車の中でコンビニ飯なんで、インスタントじゃない味噌汁が飲めるだけでも最高にうれしいです。コレが毎日続けばそりゃあいいに決まってます」
 それを聞いた彼は、切れ長の目をさらに細めて大声で笑い出した。
「そいつはもうとどめの文句じゃないか。この味噌汁を毎日、というのは些か古典的に過ぎるがね」
 目つきも語気もきつめの人だけれど、乾いた洗濯物みたいな気持ちのいい笑い声は嫌いじゃなかった。
「そう、ですね……」
 温かい白飯と味噌汁と焼き鮭は、ときに人の思考を拡散させるのだ。おれは肩を落として箸を取りなおした。鮭は冷める前に食いたい。
「……では、先生のメリットはなんですか」
 炊きたてのごはんに塩気の効いた焼き鮭を乗せて口に入れる幸せを噛みしめながら、ついでに尋ねてみる。
 今までこちらが口を挟む隙もないほどぽんぽんと言葉を投げつけてきた男が、今朝初めて沈黙した。ちらと顔色を窺うが、あいかわらず表情に変化はない。ただ、大根の浅漬け二切れ、大きめのを口に放り込んだのが言葉を発しない口実だというのだけはわかった。
 やたら長く感じた漬物の咀嚼のあと、彼はこちらを見ずに答えた。
「さっき言ったとおりだよ。一人暮らしはなにかとままならない。二人なら、どうにかなることもあるのじゃないかとわたしなりに考えた結果だ」
 どうにか、とは具体的にどういう……とこちらが問い返す前に、おれの数倍は回転の速い頭脳が補足説明を加える。
「たまたま今回はきみが介抱される番だったが、次はわたしかもしれない。そうなったとき、だれに世話をしてほしいかということだよ」
「……………」
 昨日、おれは現場で作業中に気を失った、らしい。というのは前後の経緯が全く記憶にないからだ。長時間の運転は危ないと言われ、勧められるがままここへ来た。残業や飲み会で帰りそびれて泊めてもらったことはあっても、体調不良でというのは初めてだった。
 頑丈だけが取り柄みたいな健康体で持病もなく、運ばれた病院での検査にも異常はなし。熱中症になる季節でもない。だからこそ、余計に心配させているのか。
 もしかしたら、おれが倒れたことで自分もと不安になったのかもしれない。幸いこれまでに彼が「どうにか」なったことはないようだが、今後もないとはだれにも断言できない。立場上、ゼミの学生や若手の作業員にはまかせられないという気持ちも、なんとなく理解できる。
 彼は広い手で顔を隠すように眼鏡を押し上げた。自分が言いまちがえたり他人が失敗したりしたとき、つまり決まりが悪いときに見せる癖だと、おれはいつのまにか知っていた。
「もちろん、渡辺くんの体を案じるのはわたしの勝手で、きみがわたしを世話する義理はないわけだが、状況を鑑みて、ひとつの可能性として提示してみたまでだ。味噌汁以外にきみ側のメリットが見つからないようなら、むりにとは言わない。我々は友人でもなんでもないのだからね」
 たしかに友人でも同僚でもない、「たまたま」同じ現場に居合わせているだけの関係にはちがいない。でもこの人にとっては、それだけで十分なのだ。
「おれなんかで、いいんですか?」
 彼は答えず、にっと口角を上げて味噌汁の椀をすすった。
 その表情の意味は全くわからないけれど、特定のだれかに自分が必要とされているという感覚は、それほど悪いものではなかった。

 そうしておれは、彼の真意など……彼に必要とされるほんとうの理由など知らないまま、皆本准教授の家へ転がり込むことになった。

  ◆

 あたりは闇と静寂に包まれ、さっきまで聞こえていた人の声も車が行き交う音もない。日もまだ高い午後二時、国道沿いの空き地だというのに。
「渡辺くん!」
 伸ばした手は空を掴み、彼の体を引き止めることはかなわなかった。皆本はよろめいて湿った地面にひざを着いたが、土を蹴散らして立ち上がる。
 中空に浮かんだ長身は、殊更に大きく見えた。普段はきちんと束ねられている長髪もほどけ、風もないのに広がってなびいている。
「くそっ、なんだこれは!」
 眠ったように閉ざされていた渡辺の目が、ゆっくりと開かれる。青く光る瞳は、彼が彼でなくなったことを示していた。そしてその手にいつのまにか握られていた、刀身の長い剣も。
『……』
 彼の口から彼の声で、未知の言語が発せられる。いや、知らないわけではない。「耳で聞いたことがない」だけだ。古語だとは理解はしたものの、あいにく言語学は専門ではない。必死に単語の断片を拾うが、文脈を理解できるほどの成果はなかった。
 まったくナンセンスだ。夢であってくれたらいいのだが、どうやら目覚める気配もない。混乱する頭で皆本は毒づく。
 そのとき、片手に掴んでいた金属塊が震えた。なにかを訴えるように。
 土と錆にまみれたそれは、形状からして日本刀の鍔と見てとれたが、それだけではないことを皆本はすでに悟っていた。これが出土した直後に異変が起きたのだ。発見した渡辺と、手にした自分だけがこの闇の中に引きずり込まれた。
 苛立ちのあまり、思わずその出土品に向かって叫ぶ。
「これはおまえのせいか!? もしそうなら状況を説明しろ!!」
 長いこと研究者をやっていれば史料に独り言や愚痴を聞かせることもなくはないが、返事を求めて語りかけたのは初めてだった。
 そして、答えが返ってきたのも。
「戦え……だと?」
 錆びた鍔は……その中にいる何者かは、言葉を使わず皆本の意識に自らの意思を伝えてくる。
 どうやら目の前で太刀を握っているのは、こちら側にとって「悪しきもの」……即ち「敵」であるらしい。
「だが彼をどうすればいい……」
 曰く、彼を操っている存在を力ずくで押さえ込む必要があると。そうしなければ、暴走してこの闇の外へ飛び出し人々を傷つけるだけでなく、彼の肉体を内側から崩壊させていくのだという。
 そう告げてひときわ強く震えた鍔は、皆本の手から逃れるように宙へ浮いた。
「これは……」
 鍔を基点にしてゆるやかな弧を描くように、存在しないはずの刀身と柄が現れる。
 渡辺が握っているものよりも細身で短い、日本刀だった。
 刀の形になったそれは、なおも皆本に訴えかけてくる。もはや指示といっていい。拒否権はなさそうだった。
「うるさい、わかった! おまえの言うとおりにすればいいんだな?」
 腕を伸ばすと、刀は自ら手の中に柄を潜り込ませてきた。
 史料としての刀剣はあつかい慣れているが、実際に振るうとなると話は別だ。なにかの講義で居合いの型を少し習った程度の身では、不安しかなかった。
 しかしやるしかない。渡辺の体に入り込んだ「悪しきもの」を、おとなしくさせなければならない。
 皆本は存在しない鞘に刀を収め、うろ覚えながらもかまえをとった。
 青い目の渡辺が長い腕で太刀を振り上げる。
 仕留めるのではない、取り押さえて屈服させるのだ……跪かせ、使役せよ。心に浮かぶ相手の名を以て。
「従え……青龍!」


 To be continued...?
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「きみ、しばらくここに住むというのはどうだ」
「はっ?」
 おれは茶碗と箸を持ったまま、目の前の相手を凝視した。
 朝っぱらから突拍子もない提案をしてきた皆本准教授は、表情ひとつ変えず、自分で用意した焼き鮭の骨を器用に取っている。自宅だというのに、しゃんと背筋を伸ばして眠そうな顔もしていない。襟のよれたシャツと豪快な寝ぐせだけが惜しかったが、そんなことよりも。
「どう、とは……」
「前に言っていたじゃないか、今の現場は家から遠くて朝は四時起きだと。急な泊まりも多くて、米を炊いたまま一週間帰れず炊飯器をお釈迦にしたとか。それでなくとも、一人暮らしはなにかとままならないことが多い。せめて今だけでも現場に近ければ、もう少し楽に仕事ができるのではないかと思ったまでだよ」
「いや、炊飯器は……」
 飲みの席でのくだらない話までよく覚えている。大学教員と発掘作業員は基本的には別の世界にいるが、発掘現場が重なったり続いたりすればそれなりに打ち解けることもあるのは事実だ。歳が近いこともあって、彼は最も頻繁に遭遇する研究者だった。
 しかし、さすがにいきなり同居を持ちかけられるほど親しくはない、はずだ。
「遠慮することはない。お互い独り身の四十男だ、気を遣うことはなにもないよ。わたしもきみも、学問の他に趣味はないだろう。仮にサーフボードなんぞ持ち込まれでもしたら考えものだが、本なんかはいくら増えてもかまわないし。そうだ、渡辺くんの専門は中世だったな。わたしの手薄な部分だ、文献がやってくるのはむしろ歓迎だよ」
 根っからの学者肌である皆本のこと、持論をまくし立てることにかけては敵う者などいない。だが今回はいつもの学術談義ではない。
「サーフィンはやりませんが」
 茶碗を置いて今さらながら居住まいを正し、改めて頭を下げた。ヘアゴムがどこかへいってしまったので仕方なく、落ちてきた前髪をかき上げる。
「昨日、現場で倒れたのはほんとうに申し訳ありませんでした。そのまま先生のお宅で休ませていただいたこともたいへん恐縮で、感謝の言葉もありません。これまでもたびたび、事あるごとに泊めていただいていて、わりと勝手知ったる場所になってしまったことも事実です。
 しかし、四十も過ぎて自己管理もまともにできないとご心配をおかけしているのであれば、それこそお気遣い無用で……」
 もそもそと言いつづけているうちに、そもそも断ろうとしているのかも怪しくなってきた。必死に言葉を探していると、相手がどこか緊張した様子で重々しく尋ねてくる。
「その、今は交際相手でもいるのか」
「……いたら、先生とこうして夜明けの味噌汁をすすっていません」
 ため息混じりに答えて、椀を覗き込んだ。豆腐、長葱、小松菜……具だくさんで、合わせ味噌なのも自分の舌に合う。
「先生の朝ごはんはたしかに美味いです。自宅からだと朝は食ってる暇がなくて、車の中でコンビニ飯なんで、インスタントじゃない味噌汁が飲めるだけでも最高にうれしいです。コレが毎日続けばそりゃあいいに決まってます」
 それを聞いた彼は、切れ長の目をさらに細めて大声で笑い出した。
「そいつはもうとどめの文句じゃないか。この味噌汁を毎日、というのは些か古典的に過ぎるがね」
 目つきも語気もきつめの人だけれど、乾いた洗濯物みたいな気持ちのいい笑い声は嫌いじゃなかった。
「そう、ですね……」
 温かい白飯と味噌汁と焼き鮭は、ときに人の思考を拡散させるのだ。おれは肩を落として箸を取りなおした。鮭は冷める前に食いたい。
「……では、先生のメリットはなんですか」
 炊きたてのごはんに塩気の効いた焼き鮭を乗せて口に入れる幸せを噛みしめながら、ついでに尋ねてみる。
 今までこちらが口を挟む隙もないほどぽんぽんと言葉を投げつけてきた男が、今朝初めて沈黙した。ちらと顔色を窺うが、あいかわらず表情に変化はない。ただ、大根の浅漬け二切れ、大きめのを口に放り込んだのが言葉を発しない口実だというのだけはわかった。
 やたら長く感じた漬物の咀嚼のあと、彼はこちらを見ずに答えた。
「さっき言ったとおりだよ。一人暮らしはなにかとままならない。二人なら、どうにかなることもあるのじゃないかとわたしなりに考えた結果だ」
 どうにか、とは具体的にどういう……とこちらが問い返す前に、おれの数倍は回転の速い頭脳が補足説明を加える。
「たまたま今回はきみが介抱される番だったが、次はわたしかもしれない。そうなったとき、だれに世話をしてほしいかということだよ」
「……………」
 昨日、おれは現場で作業中に気を失った、らしい。というのは前後の経緯が全く記憶にないからだ。長時間の運転は危ないと言われ、勧められるがままここへ来た。残業や飲み会で帰りそびれて泊めてもらったことはあっても、体調不良でというのは初めてだった。
 頑丈だけが取り柄みたいな健康体で持病もなく、運ばれた病院での検査にも異常はなし。熱中症になる季節でもない。だからこそ、余計に心配させているのか。
 もしかしたら、おれが倒れたことで自分もと不安になったのかもしれない。幸いこれまでに彼が「どうにか」なったことはないようだが、今後もないとはだれにも断言できない。立場上、ゼミの学生や若手の作業員にはまかせられないという気持ちも、なんとなく理解できる。
 彼は広い手で顔を隠すように眼鏡を押し上げた。自分が言いまちがえたり他人が失敗したりしたとき、つまり決まりが悪いときに見せる癖だと、おれはいつのまにか知っていた。
「もちろん、渡辺くんの体を案じるのはわたしの勝手で、きみがわたしを世話する義理はないわけだが、状況を鑑みて、ひとつの可能性として提示してみたまでだ。味噌汁以外にきみ側のメリットが見つからないようなら、むりにとは言わない。我々は友人でもなんでもないのだからね」
 たしかに友人でも同僚でもない、「たまたま」同じ現場に居合わせているだけの関係にはちがいない。でもこの人にとっては、それだけで十分なのだ。
「おれなんかで、いいんですか?」
 彼は答えず、にっと口角を上げて味噌汁の椀をすすった。
 その表情の意味は全くわからないけれど、特定のだれかに自分が必要とされているという感覚は、それほど悪いものではなかった。

 そうしておれは、彼の真意など……彼に必要とされるほんとうの理由など知らないまま、皆本准教授の家へ転がり込むことになった。

  ◆

 あたりは闇と静寂に包まれ、さっきまで聞こえていた人の声も車が行き交う音もない。日もまだ高い午後二時、国道沿いの空き地だというのに。
「渡辺くん!」
 伸ばした手は空を掴み、彼の体を引き止めることはかなわなかった。皆本はよろめいて湿った地面にひざを着いたが、土を蹴散らして立ち上がる。
 中空に浮かんだ長身は、殊更に大きく見えた。普段はきちんと束ねられている長髪もほどけ、風もないのに広がってなびいている。
「くそっ、なんだこれは!」
 眠ったように閉ざされていた渡辺の目が、ゆっくりと開かれる。青く光る瞳は、彼が彼でなくなったことを示していた。そしてその手にいつのまにか握られていた、刀身の長い剣も。
『……』
 彼の口から彼の声で、未知の言語が発せられる。いや、知らないわけではない。「耳で聞いたことがない」だけだ。古語だとは理解はしたものの、あいにく言語学は専門ではない。必死に単語の断片を拾うが、文脈を理解できるほどの成果はなかった。
 まったくナンセンスだ。夢であってくれたらいいのだが、どうやら目覚める気配もない。混乱する頭で皆本は毒づく。
 そのとき、片手に掴んでいた金属塊が震えた。なにかを訴えるように。
 土と錆にまみれたそれは、形状からして日本刀の鍔と見てとれたが、それだけではないことを皆本はすでに悟っていた。これが出土した直後に異変が起きたのだ。発見した渡辺と、手にした自分だけがこの闇の中に引きずり込まれた。
 苛立ちのあまり、思わずその出土品に向かって叫ぶ。
「これはおまえのせいか!? もしそうなら状況を説明しろ!!」
 長いこと研究者をやっていれば史料に独り言や愚痴を聞かせることもなくはないが、返事を求めて語りかけたのは初めてだった。
 そして、答えが返ってきたのも。
「戦え……だと?」
 錆びた鍔は……その中にいる何者かは、言葉を使わず皆本の意識に自らの意思を伝えてくる。
 どうやら目の前で太刀を握っているのは、こちら側にとって「悪しきもの」……即ち「敵」であるらしい。
「だが彼をどうすればいい……」
 曰く、彼を操っている存在を力ずくで押さえ込む必要があると。そうしなければ、暴走してこの闇の外へ飛び出し人々を傷つけるだけでなく、彼の肉体を内側から崩壊させていくのだという。
 そう告げてひときわ強く震えた鍔は、皆本の手から逃れるように宙へ浮いた。
「これは……」
 鍔を基点にしてゆるやかな弧を描くように、存在しないはずの刀身と柄が現れる。
 渡辺が握っているものよりも細身で短い、日本刀だった。
 刀の形になったそれは、なおも皆本に訴えかけてくる。もはや指示といっていい。拒否権はなさそうだった。
「うるさい、わかった! おまえの言うとおりにすればいいんだな?」
 腕を伸ばすと、刀は自ら手の中に柄を潜り込ませてきた。
 史料としての刀剣はあつかい慣れているが、実際に振るうとなると話は別だ。なにかの講義で居合いの型を少し習った程度の身では、不安しかなかった。
 しかしやるしかない。渡辺の体に入り込んだ「悪しきもの」を、おとなしくさせなければならない。
 皆本は存在しない鞘に刀を収め、うろ覚えながらもかまえをとった。
 青い目の渡辺が長い腕で太刀を振り上げる。
 仕留めるのではない、取り押さえて屈服させるのだ……跪かせ、使役せよ。心に浮かぶ相手の名を以て。
「従え……青龍!」


 To be continued...?
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ステキ!を送ることで、作品への共感や作者様への敬意を伝えることができます。
また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
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