桜葉あきの

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投稿日:2020年12月17日 20:32    文字数:4,716

ハニータイム

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放送当時に書いていた短編2本再掲です
当時見てくださった方ありがとうございました!
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ハニータイム


ーー甘い。

 ふわりと鼻腔をくすぐる香りに隼翼はすぐ気がついた。その香りのする方へ鼻を向ける。
「隼翼?」
 香りの元ーー隣に座る熊耳は、隼翼の視線に首を傾げた。盲目の隼翼からはそうと見えたわけではないが、人の動く気配でそれとなくわかる。その瞬間にも再びふわりと香った。
「……香水、つけてるのか?」
「よくわかったな」
 視力を失って以来、隼翼の他の感覚は鋭くなっていた。もちろん嗅覚も例外ではない。否、たとえそうでなくともこの距離であれば普通に気がつくだろう。熊耳が持ってきた能力者のデータを共に見ようと、二人はソファーに並んで腰をかけたところだった。
「でもどうしたんだ?急に香水なんて」
 今まで熊耳が香水をつけていたことは一度もなかったし、本人にその興味があるとも思えなかった。熊耳は淡白な性格であるし、何よりここは色恋沙汰とは無縁のーー隼翼と熊耳が恋仲にある以上全く無縁とはいえないのだがーー組織である。他人の関心を引くために香水をつける者はあまりいないだろう。
「目時の提案だ」
 隼翼の問いに、熊耳は溜め息混じりで答えた。
「隼翼が視力を失って俺たちの姿を見ることができない分、他のことで判別がつくようにしようってな。三人で別々の香水をつけることになった」
 正直なところ、香水に比べたら微々たるものだが、人間には元より個々の匂いというものが存在しており、隼翼は熊耳たちのそれを知っていたからわざわざ香水で香りを纏ってもらう必要などない。それに匂いだけでなく声や足音、気配など本人を特定する要素はいくらでもある。彼らもそれはおそらくわかっているはずだ。ただ、それでもより個人を判別しやすいようにという仲間たちの配慮は暗闇の中で生きる隼翼にとっては素直に嬉しいものであった。
「別々の香水……ねぇ」
 ではこの甘い香りは何の香りなのか。それがもっとよくわかるようにと隼翼は熊耳の方に鼻を寄せた。首筋あたりだろうか。そこから香ってくる。隼翼の顔が首元に近づけられたことに熊耳は一瞬身じろぎをしたが、それ以上は特に反応せず隼翼の好きにさせていた。一際強く甘い香りのするそこは、おそらく香水をつけた場所なのだろう。鼻を寄せて数度空気を吸い込めば、すぐに甘く柔らかな香りで頭が、身体が満たされていく。それが何の香りかわかるのに時間はかからなかった。
「……ぷっ」
「なぜ笑う」
「だって……お前これ、蜂蜜の香りだろ」
「……そうだ」
 不機嫌そうに答える熊耳がおかしくて隼翼はくすくすと笑う。
「プゥだけに蜂蜜ってか。良いチョイスじゃないか」
「言っておくが、選んだのは目時だからな」
「だろうな」
 いくら普段隼翼に「プゥ」と呼ばれているからと言って、熊耳が自らその香りを選ぶとは到底考えられない。発案者の目時にこの香水を渡されたときの熊耳の顔を想像すると、またも笑いが込み上げてしまう。
 一人くつくつと笑い続ける隼翼に羞恥心が耐えきれなくなったのか、熊耳は机に置いた紙の束をめくり始めた。
「もういいだろ。いい加減始めるぞ」
 
 ーーこうやって、俺に振り回されて拗ねるのが可愛いんだよな。
 一度そう思ってしまえば、さらに振り回したくなる。
 ーーもっといっぱい、可愛いところを見せておくれよ、プゥ。

 気がつけば、手を伸ばしていた。両腕を熊耳の首に回し、顔を近づける。
「しゅん……っ!?」
 常日頃クールに振る舞っている熊耳も、その不意打ちに驚きを隠すことはできなかったようだ。
 隼翼は先程のように熊耳の首元に顔を寄せると、そこにそっと口付けた。ぴくりと熊耳の身体が揺れる。そのまま舌で首筋をなぞれば、熊耳から声にならない声が漏れた。
「……っ。ふ……っ」
 視界を閉ざされている隼翼には実際にその姿を、その表情を見ることはできない。しかし幾度となく時間を遡り、その度に熊耳と出会ってきた隼翼にとって頭の中でそれらを思い浮かべるのは容易いことだ。間近に感じられる鼓動も、息遣いも、全て記憶の中にある熊耳のものと同じだ。今目の前にいる熊耳もこれまで出会ってきた熊耳と何ら変わらないのだと確信させる。光を失ってもその存在は確かに感じることができるのだ。愛する者はここにいて、自分もその隣にいられる。弟や妹と離れることを選んだであるだけに、それはとても幸福に感じられるのだった。
 首筋から唇を離すと、上から非難の声が降ってきた。
「……なに、するんだよ」
 少しだけ乱れた呼吸に混じる湿った声。これが自分のせいで引き起こされたのだと思うとぞくりとするものがある。
 だがその興奮を悟られないようにするのが隼翼である。あくまでいつもの悠々とした声で答える。
「蜂蜜はなめるものだろ?」
「バカか」
 つけたのは香水であって蜂蜜そのものじゃない、なんて返すものだからならつけたのが蜂蜜だっだらなめてもいいのかと言ったら再びバカかと一蹴された。
 隼翼は腕を首に回したまま再度顔を近づけると、猫が甘えるときのように頬を擦り寄せた。
「……おい」
 相変わらず不機嫌そうな声色だが、邪険に扱う様子はない。その姿に思わず口元が綻ぶ。
「なぁ、プゥ」
「なんだ」
「その香水、俺のためにつけてくれたんだろ?」
「まぁ、そうだな……」
「ならーー」
 口をそっと耳元に寄せ、熊耳にしか聞こえないほどの音量で囁く。

「もっと堪能させてくれよ」

 甘く、優しい香りの中に溺れて、溶けていく。



End.

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2 / 2


ロッキーゲーム


「ロッキーゲームしようぜ!」
「は?」
 突然の提案に思わず頓狂な声が出る。急に何を言い出すんだこの男は。真意を図りかねて言い出した張本人の顔をまじまじと見つめる。当の本人はにこにこと微笑みながら自分の前に立っていたーー右手に赤いパッケージの菓子箱を持って。
 この男はーー乙坂隼翼という男は捉えどころのない人物だと熊耳は思っている。未来からタイムリープしてきたという彼は特殊能力者を束ね、彼らを守る組織を作るリーダーとして動いている。これまでも何度かタイムリープをしてきているらしく、中学生とは思えない落ち着きをその身にまとっていた。何度も繰り返すことで通常の人間よりも多くの経験を積んできているからだろう。にも関わらず、たまに突然年並みかそれ以下のことを言い出すこともある。だから掴みどころがないのだ。
 熊耳が呆れて二の句を継げずにいると、少しむっとした表情で隼翼が尋ね返してきた。
「なんだよ、ノリ悪いなぁ。まさかロッキーゲーム知らないのか?」
「知っているが、俺が訊きたいのは何故俺とお前でそれをしないといけないのかということなんだが」
 ロッキーゲームとはちょっとした余興のようなもので、ロッキーという棒状のビスケットにチョコレートをコーティングしたお菓子の両端を二人でそれぞれ口にくわえ、そのまま同時に食べ進めていくというゲームである。食べ進めるとやがて互いの口の距離が近くなるため「男女で」やると盛り上がるーーらしい。
「ロッキーゲームって普通男と女でやるものじゃないのか?」
「って言っても今は俺とお前しかいないからなぁ」
 そう言うとわざとらしく辺りを見回す。その言葉通り、今アジトーーと呼ぶには少しお粗末な小屋の地下室ーーの中には熊耳と隼翼しかいない。つい先程までは他のメンバーと共に話し合いが行われていたが、たった今お開きとなったところであり、もう少しだけ話し合いを進めておきたい自分たちだけが残っていた。
「大体、今はそれどころじゃないだろ。これからどうするか考えないと」
「まぁまぁ。それはロッキー食ってから考えようぜ」
 言いながら隼翼は熊耳の隣に腰かける。あまりにもあっさりとそう言ってのけるものだから熊耳は再び言葉を失った。能力者たちを救うためにわざわざ未来からタイムリープしてくるような奴が、作戦を立てることよりもロッキーゲームを優先しているのだ。この男についていって大丈夫なのかとさえ思ってしまう。
 見ると、隼翼は鼻歌交じりに菓子箱の開封に取りかかっていた。箱の中から銀色の袋を取り出すと器用にそれを開け、ロッキーを一本取り出した。そしてそのままチョコレートのついている先端を口にくわえると熊耳の方に顔を突き出してきた。
「ん」
 どうやら本気で熊耳とロッキーゲームをするつもりのようである。本当にこのリーダーの行動は時に突飛で読むことができない。
 熊耳がどうしたものかと動かずにいると隼翼は「ん!」とさらに顔を突き出してきた。反射的に熊耳が身体を少し反らせると、それに対抗するかのようにまたも隼翼は顔を突き出してくる。このままでは埒が明かない。むしろさっさと相手をした方が早く終わらせられるのではないだろうか。
「……一回だけだぞ」
 言って、突き出されたロッキーの端を口にくわえる。向かいの隼翼は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの悠々とした顔に戻るとロッキーをかじり始めた。それに倣うように熊耳も端をかじった。
 サクサクと二人が菓子を食べ進める音だけが部屋に響く。側から見たらなんと滑稽な光景だろうと熊耳は心の中で苦笑した。
 やがてお互いの顔が目の前にあるという距離になった。二人を繋ぐ菓子は残り数センチしか残っておらず、次の一口で食べ終わるのは明らかである。この状態になって初めて二人の動きは止まった。隼翼の様子を窺うとすぐに目が合った。この距離なら当然であるが、思わずぱっと目線を下に向けてしまう。するとそこには隼翼の淡いピンク色の唇があった。一般的な人間よりも少しだけ色味の薄いそれは菓子をくわえていたことによって唾液で湿り、艶やかに光っているーー

 プツン

 熊耳の中で何かが切れる音がした。
 相変わらず止まったままの隼翼をよそに熊耳はもう数ミリほど先をくわえ、歯を立てるとそのままーー折った。
 顔を離して距離をとると、口内のロッキーを咀嚼して飲み込む。
「俺の負けだな」
 そう告げると、残りを食べきった隼翼がつまらなさそうに呟いた。
「……案外盛り上がらないな」
「そりゃそうだろう」
 自分が相手で盛り上がるとでも思っていたのだろうか。何がしたかったんだこの男は。
「そろそろ本題に戻ーー」
「でもまぁ、息抜きにはなったよな。疲れたときは甘い物っていうし」
 隼翼から発せられた言葉に熊耳は首を傾げる。
「なんだ、お前疲れてたのか?なら帰ってもよかったんだぞ?」
 熊耳の言葉に今度は隼翼が首を傾げる。
「俺が?俺は大丈夫さ。それよりもお前の方が疲れてるんじゃないかって」
「いやどう考えても俺よりお前の方が大変だろ。少しくらい休めって」
「プゥこそ休めよ」
「隼翼こそ休めよ」
 言い合って、どちらからともなく笑いが漏れた。そうして二人で笑い合う。
「……ふっ。ははははは!」
 ここでようやく熊耳は隼翼が何をしたかったのかを理解した。気遣ってくれたのだ、自分を。そのための方法は突飛なものではあったが、気を遣っているということを熊耳本人に気づかせないようにとする辺りが隼翼らしい。
 前言撤回だ。やっぱりリーダーはこいつしかいない。
「なぁ、もう一本もらっていいか?少し休憩してからにしよう」
「あぁ、そうだな」
 差し出された菓子をかじるとチョコレートの味が口の中に広がる。
 本当に甘いな、と思う。
 菓子も、こいつも、俺も。
 だけど、その甘さが心地いい。


End.
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ーー甘い。

 ふわりと鼻腔をくすぐる香りに隼翼はすぐ気がついた。その香りのする方へ鼻を向ける。
「隼翼?」
 香りの元ーー隣に座る熊耳は、隼翼の視線に首を傾げた。盲目の隼翼からはそうと見えたわけではないが、人の動く気配でそれとなくわかる。その瞬間にも再びふわりと香った。
「……香水、つけてるのか?」
「よくわかったな」
 視力を失って以来、隼翼の他の感覚は鋭くなっていた。もちろん嗅覚も例外ではない。否、たとえそうでなくともこの距離であれば普通に気がつくだろう。熊耳が持ってきた能力者のデータを共に見ようと、二人はソファーに並んで腰をかけたところだった。
「でもどうしたんだ?急に香水なんて」
 今まで熊耳が香水をつけていたことは一度もなかったし、本人にその興味があるとも思えなかった。熊耳は淡白な性格であるし、何よりここは色恋沙汰とは無縁のーー隼翼と熊耳が恋仲にある以上全く無縁とはいえないのだがーー組織である。他人の関心を引くために香水をつける者はあまりいないだろう。
「目時の提案だ」
 隼翼の問いに、熊耳は溜め息混じりで答えた。
「隼翼が視力を失って俺たちの姿を見ることができない分、他のことで判別がつくようにしようってな。三人で別々の香水をつけることになった」
 正直なところ、香水に比べたら微々たるものだが、人間には元より個々の匂いというものが存在しており、隼翼は熊耳たちのそれを知っていたからわざわざ香水で香りを纏ってもらう必要などない。それに匂いだけでなく声や足音、気配など本人を特定する要素はいくらでもある。彼らもそれはおそらくわかっているはずだ。ただ、それでもより個人を判別しやすいようにという仲間たちの配慮は暗闇の中で生きる隼翼にとっては素直に嬉しいものであった。
「別々の香水……ねぇ」
 ではこの甘い香りは何の香りなのか。それがもっとよくわかるようにと隼翼は熊耳の方に鼻を寄せた。首筋あたりだろうか。そこから香ってくる。隼翼の顔が首元に近づけられたことに熊耳は一瞬身じろぎをしたが、それ以上は特に反応せず隼翼の好きにさせていた。一際強く甘い香りのするそこは、おそらく香水をつけた場所なのだろう。鼻を寄せて数度空気を吸い込めば、すぐに甘く柔らかな香りで頭が、身体が満たされていく。それが何の香りかわかるのに時間はかからなかった。
「……ぷっ」
「なぜ笑う」
「だって……お前これ、蜂蜜の香りだろ」
「……そうだ」
 不機嫌そうに答える熊耳がおかしくて隼翼はくすくすと笑う。
「プゥだけに蜂蜜ってか。良いチョイスじゃないか」
「言っておくが、選んだのは目時だからな」
「だろうな」
 いくら普段隼翼に「プゥ」と呼ばれているからと言って、熊耳が自らその香りを選ぶとは到底考えられない。発案者の目時にこの香水を渡されたときの熊耳の顔を想像すると、またも笑いが込み上げてしまう。
 一人くつくつと笑い続ける隼翼に羞恥心が耐えきれなくなったのか、熊耳は机に置いた紙の束をめくり始めた。
「もういいだろ。いい加減始めるぞ」
 
 ーーこうやって、俺に振り回されて拗ねるのが可愛いんだよな。
 一度そう思ってしまえば、さらに振り回したくなる。
 ーーもっといっぱい、可愛いところを見せておくれよ、プゥ。

 気がつけば、手を伸ばしていた。両腕を熊耳の首に回し、顔を近づける。
「しゅん……っ!?」
 常日頃クールに振る舞っている熊耳も、その不意打ちに驚きを隠すことはできなかったようだ。
 隼翼は先程のように熊耳の首元に顔を寄せると、そこにそっと口付けた。ぴくりと熊耳の身体が揺れる。そのまま舌で首筋をなぞれば、熊耳から声にならない声が漏れた。
「……っ。ふ……っ」
 視界を閉ざされている隼翼には実際にその姿を、その表情を見ることはできない。しかし幾度となく時間を遡り、その度に熊耳と出会ってきた隼翼にとって頭の中でそれらを思い浮かべるのは容易いことだ。間近に感じられる鼓動も、息遣いも、全て記憶の中にある熊耳のものと同じだ。今目の前にいる熊耳もこれまで出会ってきた熊耳と何ら変わらないのだと確信させる。光を失ってもその存在は確かに感じることができるのだ。愛する者はここにいて、自分もその隣にいられる。弟や妹と離れることを選んだであるだけに、それはとても幸福に感じられるのだった。
 首筋から唇を離すと、上から非難の声が降ってきた。
「……なに、するんだよ」
 少しだけ乱れた呼吸に混じる湿った声。これが自分のせいで引き起こされたのだと思うとぞくりとするものがある。
 だがその興奮を悟られないようにするのが隼翼である。あくまでいつもの悠々とした声で答える。
「蜂蜜はなめるものだろ?」
「バカか」
 つけたのは香水であって蜂蜜そのものじゃない、なんて返すものだからならつけたのが蜂蜜だっだらなめてもいいのかと言ったら再びバカかと一蹴された。
 隼翼は腕を首に回したまま再度顔を近づけると、猫が甘えるときのように頬を擦り寄せた。
「……おい」
 相変わらず不機嫌そうな声色だが、邪険に扱う様子はない。その姿に思わず口元が綻ぶ。
「なぁ、プゥ」
「なんだ」
「その香水、俺のためにつけてくれたんだろ?」
「まぁ、そうだな……」
「ならーー」
 口をそっと耳元に寄せ、熊耳にしか聞こえないほどの音量で囁く。

「もっと堪能させてくれよ」

 甘く、優しい香りの中に溺れて、溶けていく。



End.

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ロッキーゲーム


「ロッキーゲームしようぜ!」
「は?」
 突然の提案に思わず頓狂な声が出る。急に何を言い出すんだこの男は。真意を図りかねて言い出した張本人の顔をまじまじと見つめる。当の本人はにこにこと微笑みながら自分の前に立っていたーー右手に赤いパッケージの菓子箱を持って。
 この男はーー乙坂隼翼という男は捉えどころのない人物だと熊耳は思っている。未来からタイムリープしてきたという彼は特殊能力者を束ね、彼らを守る組織を作るリーダーとして動いている。これまでも何度かタイムリープをしてきているらしく、中学生とは思えない落ち着きをその身にまとっていた。何度も繰り返すことで通常の人間よりも多くの経験を積んできているからだろう。にも関わらず、たまに突然年並みかそれ以下のことを言い出すこともある。だから掴みどころがないのだ。
 熊耳が呆れて二の句を継げずにいると、少しむっとした表情で隼翼が尋ね返してきた。
「なんだよ、ノリ悪いなぁ。まさかロッキーゲーム知らないのか?」
「知っているが、俺が訊きたいのは何故俺とお前でそれをしないといけないのかということなんだが」
 ロッキーゲームとはちょっとした余興のようなもので、ロッキーという棒状のビスケットにチョコレートをコーティングしたお菓子の両端を二人でそれぞれ口にくわえ、そのまま同時に食べ進めていくというゲームである。食べ進めるとやがて互いの口の距離が近くなるため「男女で」やると盛り上がるーーらしい。
「ロッキーゲームって普通男と女でやるものじゃないのか?」
「って言っても今は俺とお前しかいないからなぁ」
 そう言うとわざとらしく辺りを見回す。その言葉通り、今アジトーーと呼ぶには少しお粗末な小屋の地下室ーーの中には熊耳と隼翼しかいない。つい先程までは他のメンバーと共に話し合いが行われていたが、たった今お開きとなったところであり、もう少しだけ話し合いを進めておきたい自分たちだけが残っていた。
「大体、今はそれどころじゃないだろ。これからどうするか考えないと」
「まぁまぁ。それはロッキー食ってから考えようぜ」
 言いながら隼翼は熊耳の隣に腰かける。あまりにもあっさりとそう言ってのけるものだから熊耳は再び言葉を失った。能力者たちを救うためにわざわざ未来からタイムリープしてくるような奴が、作戦を立てることよりもロッキーゲームを優先しているのだ。この男についていって大丈夫なのかとさえ思ってしまう。
 見ると、隼翼は鼻歌交じりに菓子箱の開封に取りかかっていた。箱の中から銀色の袋を取り出すと器用にそれを開け、ロッキーを一本取り出した。そしてそのままチョコレートのついている先端を口にくわえると熊耳の方に顔を突き出してきた。
「ん」
 どうやら本気で熊耳とロッキーゲームをするつもりのようである。本当にこのリーダーの行動は時に突飛で読むことができない。
 熊耳がどうしたものかと動かずにいると隼翼は「ん!」とさらに顔を突き出してきた。反射的に熊耳が身体を少し反らせると、それに対抗するかのようにまたも隼翼は顔を突き出してくる。このままでは埒が明かない。むしろさっさと相手をした方が早く終わらせられるのではないだろうか。
「……一回だけだぞ」
 言って、突き出されたロッキーの端を口にくわえる。向かいの隼翼は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの悠々とした顔に戻るとロッキーをかじり始めた。それに倣うように熊耳も端をかじった。
 サクサクと二人が菓子を食べ進める音だけが部屋に響く。側から見たらなんと滑稽な光景だろうと熊耳は心の中で苦笑した。
 やがてお互いの顔が目の前にあるという距離になった。二人を繋ぐ菓子は残り数センチしか残っておらず、次の一口で食べ終わるのは明らかである。この状態になって初めて二人の動きは止まった。隼翼の様子を窺うとすぐに目が合った。この距離なら当然であるが、思わずぱっと目線を下に向けてしまう。するとそこには隼翼の淡いピンク色の唇があった。一般的な人間よりも少しだけ色味の薄いそれは菓子をくわえていたことによって唾液で湿り、艶やかに光っているーー

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 熊耳の中で何かが切れる音がした。
 相変わらず止まったままの隼翼をよそに熊耳はもう数ミリほど先をくわえ、歯を立てるとそのままーー折った。
 顔を離して距離をとると、口内のロッキーを咀嚼して飲み込む。
「俺の負けだな」
 そう告げると、残りを食べきった隼翼がつまらなさそうに呟いた。
「……案外盛り上がらないな」
「そりゃそうだろう」
 自分が相手で盛り上がるとでも思っていたのだろうか。何がしたかったんだこの男は。
「そろそろ本題に戻ーー」
「でもまぁ、息抜きにはなったよな。疲れたときは甘い物っていうし」
 隼翼から発せられた言葉に熊耳は首を傾げる。
「なんだ、お前疲れてたのか?なら帰ってもよかったんだぞ?」
 熊耳の言葉に今度は隼翼が首を傾げる。
「俺が?俺は大丈夫さ。それよりもお前の方が疲れてるんじゃないかって」
「いやどう考えても俺よりお前の方が大変だろ。少しくらい休めって」
「プゥこそ休めよ」
「隼翼こそ休めよ」
 言い合って、どちらからともなく笑いが漏れた。そうして二人で笑い合う。
「……ふっ。ははははは!」
 ここでようやく熊耳は隼翼が何をしたかったのかを理解した。気遣ってくれたのだ、自分を。そのための方法は突飛なものではあったが、気を遣っているということを熊耳本人に気づかせないようにとする辺りが隼翼らしい。
 前言撤回だ。やっぱりリーダーはこいつしかいない。
「なぁ、もう一本もらっていいか?少し休憩してからにしよう」
「あぁ、そうだな」
 差し出された菓子をかじるとチョコレートの味が口の中に広がる。
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