ひだかみゆき

超次元サッカーの元陸上部大好きマンです。

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投稿日:2016年05月18日 17:01    文字数:3,582

星形bitter&sweet

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サイトから再掲。
以下、あとがきになってないあとがきです。

久々に円風豪で短い話を思いついたので書いてみました。
やっぱ、この矢印の流れは最強で最高だわw。嫉妬美味しいです。
<2011/6/24脱稿>
1 / 1

 朝。いつものように円堂と一緒に登校する。

 フットボールフロンティア・インターナショナルが無事終わってもうかれこれ数週間になる。

 あの、熱狂的な日々を思うと、いつもの見慣れた通学路や退屈な授業はまるで別世界だ、と風丸は思う。

 それでも日常はぴったりとあつらえた服のように、体と心に馴染んでいった。

 風丸とともに通学路を歩く円堂は、帰ってくるなり大人数の部活動となったサッカー部のキャプテンとしての自覚も涌いたのか、最近はますます風格が増したように思える。

 今日もサッカー部の活動についてああでもない、こうでもないと、頭を悩ましている。風丸はその相談に乗って色々とアドバイスした。



 校舎に辿りついたふたりは、軽いハイタッチを交わすとそれぞれのクラスの下駄箱の前で別れた。

 上靴を脱いで、自分にあてがわれた下駄箱の戸を開けて……。そして風丸は中を覗いて溜息をついた。

 白い上靴の上に被さるように、3通もの封筒が入っていた。

 そのうちふたつは可愛らしい柄の入った、如何にも女生徒が自分にあてたであろう手紙。

 大抵は「がんばってください」とか、「応援しています」とかの、励ましの言葉が綴られた他愛もないものだ。

 こんな手紙はちょっぴり心がくすぐったくはなるが、貰うこと自体はとてもありがたい。こんな自分にも応援してくれる者がいるということが、明日への活力となる。

 まあ、たまに「実はずっと前から好きでした」とか、書かれると思わず恥ずかしくなる。

 それは、いい。それは純粋な好意であろうから。

 ただもうひとつの、無地の封筒は……。

 風丸は恐る恐るそれを開けて、そこに綴られた文字を見てがくりとうなじを垂れた。

 そこに書かれた無骨そうな文字は、「男でもいい。俺と付きあってくれ!」という求愛の言葉だった。

 イナズマジャパンが中学サッカー世界一の名誉を得てからというもの、この手の手紙が妙に風丸の元に届きはじめた。

 陸上部にいた頃はこんな手紙は来なかったし、サッカー部に入ってからも、フットボールフロンティアで優勝しても、そんな求愛は皆無だった。

 ところがあの世界大会での露出は相当のものだったのだろう。日常に帰ってくるなり、毎日のようにその手の告白が増えた。

 いくらなんだって、千人あまりもの生徒を抱える雷門中にだって、数百人もの女生徒がいるだろうに。その中には、例えば夏未や春奈のように、男子生徒からの羨望を集めるほどの、美貌の少女たちが数多の如く存在するのだ。

「なんで、俺なんだよ……」

と、風丸は頭を抱えた。

 俺がそんな男子生徒の目を引くとでも言うんだろうか。

 確かに、小学生の頃は少女と間違われることは頻繁にあった。

 でも、最近は体も成長して、体つきもどんどん角張ってゆく。ましてや周りの女生徒は丸みを帯びた柔らかな肉体で、その中に入るとどうしても、自分がどうしようもなく男なのだと言う実感しか涌かない。

 なのに……。

 風丸はもう一度大きな溜息をつくと、その白い封筒ごと、どこぞのクラスの男子生徒からの手紙を玄関脇のゴミ箱に投げすてた。

 こんな好意はたとえどんなに純粋であれ、ごめん被りたかった。



 その日、2時限と3時限の休みに入ると何故だか廊下がざわめいていた。元々、風丸のクラスはコンピュータ室に移動するからそれだけでも出入りが激しいのだが。

 女生徒たちのきゃぁきゃぁという嬌声が飛びかっている廊下に出ると、いきなり名指しで呼ばれた。

「風丸くん……。これ」

 違うクラスの子だ。手のひらの中にラップで包まれた小さな焼き菓子が乗っていた。

 ああ、そうか。さっきまで家庭科室からかすかな甘い匂いが漂っていたのは、実習があったからか。

「余っちゃったの。よかったら、食べてね」

 じゃあ、と言うとその女生徒はくるりと身を翻すと、隠れるように走って元のクラスの生徒たちの群れへと戻っていってしまった。

 辺りを見回すと、自分と同じように女生徒から実習のおこぼれを貰う男子生徒たちと、それを羨ましそうに見る、所謂モテない男子たちでごった返していた。

 半ば、押しつけられたその小さな焼き菓子の包みを、風丸はふうと小さく息を吐いてぼんやり眺めた。

 いきなりだったから、断りも、軽い礼さえ言えなかった。

 まあ、しょうがない。これは単なる好意。

 そう、心に言い聞かせて、ただそれを大事に持っていても仕方がない、と風丸は捻って閉じられたラップを開くと、小さなきつね色に焼かれた星形のひとつを齧った。

「あ……」

 齧ったそばから、その焼き菓子は口の中でほろりと崩れて、何とも言えない甘さが広がった。

「うまい!」

 中学生が家庭科実習で作ったにしては、奇跡的に美味なその焼き菓子を、風丸はたったひとりで味わう、なんて事はできなかった。

 手の中の甘い菓子をそっとラップで包みなおすと、風丸はふたつぶん離れたクラスの出入り口へ急いだ。

「どうした? 風丸」

 その前に同じサッカー部の同僚が風丸に立ちはだかり、話しかけて来た。

 色素の薄い髪をぴんと立てた、エースストライカーだ。

「豪炎寺か。うん」

 いきなりだったので、思わず差しだした手のひらには、さっきの焼き菓子の包みが乗っかっている。

「他のクラスの女子から貰ってさ。豪炎寺も食うか?」

 引っ込めるのもなんだし、風丸はラップの包みを解いて、豪炎寺に開いてみせた。

「いいのか」

 豪炎寺は遠慮がちな顔をしたが、風丸は笑って首を振った。

「俺ひとりで食うのもなんだし、さ。……あっ」

 ちょうど廊下に目当ての人物が出てくるのが見える。付きあい慣れた、親友の顔が。

「円堂!」

と、呼びかけようとして、風丸は一瞬体が凍りついた。

 件の、家庭科実習があったクラスの別の女子が円堂に話しかけている。

 手には自分と同じように、ラップに包まれた焼き菓子が乗っていた。

 ああ、そっか。

 自分だけじゃなかったのか。

 FFIが終わってから、ちやほやされるのは円堂も、だったのだ。

 ましてや、円堂は雷門サッカー部を引っぱる唯一無二の存在である。自分以上に、学内では目立つ人間になったのだ。

 焼き菓子で甘さが広がった心に、ちくりと苦いものがこみ上げてくる。

 この思いは何なのだろう。

 到底純粋なものとは思えない、この気持ち。円堂と自分とは小さい頃からの付きあいで、しかも男同士だというのに。

 自分に宛てた同性からの恋文を蔑むなんて、滑稽なことなのだと、風丸は思い知らされた。

 心に広がる苦さをなんとか鎮めたくなり、風丸は貰った菓子で紛らわそうとして、そして、手のひらの中身にはっと目を丸くした。

 ラップの中に残されたのは、細かな菓子の屑だけだった。

「あっ……?」

 何度見ても手の中は空っぽのまんまだ。

 側にいる盟友を見上げると、豪炎寺は口元についた菓子の屑を拳で払っていた。

「すまない。ちょうど腹が減って、……全部食ってしまった」

「豪炎寺……!」

 もしかしたら、自分は泣き出しそうな顔をしていたのかもしれない。豪炎寺は風丸の顔を見ると、途端に済まなそうな顔をした。

「悪かった。少し残しておけば良かったか?」

「今さら何を言って……」

 思わず眉間にしわが寄っているのを自覚して、風丸は前髪でそれを覆い隠した。

 いいや。隠したかったのは眉間ではなくて、情けない自分の顔だったかもしれない。

「このクッキーも旨かったが……、俺はどちらかと言えば夕香と一緒に作った焼きたてのクッキーの方が好きだな」

「ん?」

 何故だか、自分の顔から目を逸らす豪炎寺がぼそりと呟く、その言葉に風丸は首をひねった。

「お詫びと言っては何だが、今度ご馳走するから俺の家に来ないか?」

「豪炎寺んちに?」

 風丸が尋ねると、豪炎寺はこくりと頷いた。

「それに……、お前が来ると夕香が喜ぶ」

 耳の辺りを指でいじる仕草は、照れ隠しだろうか。風丸はそれに気づくと、思わずくすっと笑みがこぼれた。

「分かった。ただし倍返し、な」

 拳を豪炎寺の学ランの胸元にあてると、その上にそっと手が置かれた。

「あっ、ちょうどいいや。豪炎寺、風丸!」

 ふたりに円堂の快活な声が飛ぶ。

「これ、別のクラスの女子から貰ったんだ。一緒に食おうぜ!」

 ラップに包まれた焼き菓子を手に掲げて、にっと笑う円堂に風丸と豪炎寺は笑顔で応じた。

「もう食ったからいい」

「それにもっと旨いの食えるし、な」

「え? なんでだよ~?」

 不思議がる円堂の顔を眺めながら、心の苦みは、もう既にどこかへ消えていたのに、風丸は気づく。

 その時、生徒たちを授業の準備へと急かす予鈴が鳴りだした。

 風丸も円堂と豪炎寺に別れを告げ、コンピュータ室へと急ぐ。

 違う甘さを残して廊下を早足で歩く風丸には、豪炎寺が貰った焼き菓子を食べてしまったのは、自分へと宛てた女子に嫉妬していただなんて、気づきもしなかった。 


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 朝。いつものように円堂と一緒に登校する。

 フットボールフロンティア・インターナショナルが無事終わってもうかれこれ数週間になる。

 あの、熱狂的な日々を思うと、いつもの見慣れた通学路や退屈な授業はまるで別世界だ、と風丸は思う。

 それでも日常はぴったりとあつらえた服のように、体と心に馴染んでいった。

 風丸とともに通学路を歩く円堂は、帰ってくるなり大人数の部活動となったサッカー部のキャプテンとしての自覚も涌いたのか、最近はますます風格が増したように思える。

 今日もサッカー部の活動についてああでもない、こうでもないと、頭を悩ましている。風丸はその相談に乗って色々とアドバイスした。



 校舎に辿りついたふたりは、軽いハイタッチを交わすとそれぞれのクラスの下駄箱の前で別れた。

 上靴を脱いで、自分にあてがわれた下駄箱の戸を開けて……。そして風丸は中を覗いて溜息をついた。

 白い上靴の上に被さるように、3通もの封筒が入っていた。

 そのうちふたつは可愛らしい柄の入った、如何にも女生徒が自分にあてたであろう手紙。

 大抵は「がんばってください」とか、「応援しています」とかの、励ましの言葉が綴られた他愛もないものだ。

 こんな手紙はちょっぴり心がくすぐったくはなるが、貰うこと自体はとてもありがたい。こんな自分にも応援してくれる者がいるということが、明日への活力となる。

 まあ、たまに「実はずっと前から好きでした」とか、書かれると思わず恥ずかしくなる。

 それは、いい。それは純粋な好意であろうから。

 ただもうひとつの、無地の封筒は……。

 風丸は恐る恐るそれを開けて、そこに綴られた文字を見てがくりとうなじを垂れた。

 そこに書かれた無骨そうな文字は、「男でもいい。俺と付きあってくれ!」という求愛の言葉だった。

 イナズマジャパンが中学サッカー世界一の名誉を得てからというもの、この手の手紙が妙に風丸の元に届きはじめた。

 陸上部にいた頃はこんな手紙は来なかったし、サッカー部に入ってからも、フットボールフロンティアで優勝しても、そんな求愛は皆無だった。

 ところがあの世界大会での露出は相当のものだったのだろう。日常に帰ってくるなり、毎日のようにその手の告白が増えた。

 いくらなんだって、千人あまりもの生徒を抱える雷門中にだって、数百人もの女生徒がいるだろうに。その中には、例えば夏未や春奈のように、男子生徒からの羨望を集めるほどの、美貌の少女たちが数多の如く存在するのだ。

「なんで、俺なんだよ……」

と、風丸は頭を抱えた。

 俺がそんな男子生徒の目を引くとでも言うんだろうか。

 確かに、小学生の頃は少女と間違われることは頻繁にあった。

 でも、最近は体も成長して、体つきもどんどん角張ってゆく。ましてや周りの女生徒は丸みを帯びた柔らかな肉体で、その中に入るとどうしても、自分がどうしようもなく男なのだと言う実感しか涌かない。

 なのに……。

 風丸はもう一度大きな溜息をつくと、その白い封筒ごと、どこぞのクラスの男子生徒からの手紙を玄関脇のゴミ箱に投げすてた。

 こんな好意はたとえどんなに純粋であれ、ごめん被りたかった。



 その日、2時限と3時限の休みに入ると何故だか廊下がざわめいていた。元々、風丸のクラスはコンピュータ室に移動するからそれだけでも出入りが激しいのだが。

 女生徒たちのきゃぁきゃぁという嬌声が飛びかっている廊下に出ると、いきなり名指しで呼ばれた。

「風丸くん……。これ」

 違うクラスの子だ。手のひらの中にラップで包まれた小さな焼き菓子が乗っていた。

 ああ、そうか。さっきまで家庭科室からかすかな甘い匂いが漂っていたのは、実習があったからか。

「余っちゃったの。よかったら、食べてね」

 じゃあ、と言うとその女生徒はくるりと身を翻すと、隠れるように走って元のクラスの生徒たちの群れへと戻っていってしまった。

 辺りを見回すと、自分と同じように女生徒から実習のおこぼれを貰う男子生徒たちと、それを羨ましそうに見る、所謂モテない男子たちでごった返していた。

 半ば、押しつけられたその小さな焼き菓子の包みを、風丸はふうと小さく息を吐いてぼんやり眺めた。

 いきなりだったから、断りも、軽い礼さえ言えなかった。

 まあ、しょうがない。これは単なる好意。

 そう、心に言い聞かせて、ただそれを大事に持っていても仕方がない、と風丸は捻って閉じられたラップを開くと、小さなきつね色に焼かれた星形のひとつを齧った。

「あ……」

 齧ったそばから、その焼き菓子は口の中でほろりと崩れて、何とも言えない甘さが広がった。

「うまい!」

 中学生が家庭科実習で作ったにしては、奇跡的に美味なその焼き菓子を、風丸はたったひとりで味わう、なんて事はできなかった。

 手の中の甘い菓子をそっとラップで包みなおすと、風丸はふたつぶん離れたクラスの出入り口へ急いだ。

「どうした? 風丸」

 その前に同じサッカー部の同僚が風丸に立ちはだかり、話しかけて来た。

 色素の薄い髪をぴんと立てた、エースストライカーだ。

「豪炎寺か。うん」

 いきなりだったので、思わず差しだした手のひらには、さっきの焼き菓子の包みが乗っかっている。

「他のクラスの女子から貰ってさ。豪炎寺も食うか?」

 引っ込めるのもなんだし、風丸はラップの包みを解いて、豪炎寺に開いてみせた。

「いいのか」

 豪炎寺は遠慮がちな顔をしたが、風丸は笑って首を振った。

「俺ひとりで食うのもなんだし、さ。……あっ」

 ちょうど廊下に目当ての人物が出てくるのが見える。付きあい慣れた、親友の顔が。

「円堂!」

と、呼びかけようとして、風丸は一瞬体が凍りついた。

 件の、家庭科実習があったクラスの別の女子が円堂に話しかけている。

 手には自分と同じように、ラップに包まれた焼き菓子が乗っていた。

 ああ、そっか。

 自分だけじゃなかったのか。

 FFIが終わってから、ちやほやされるのは円堂も、だったのだ。

 ましてや、円堂は雷門サッカー部を引っぱる唯一無二の存在である。自分以上に、学内では目立つ人間になったのだ。

 焼き菓子で甘さが広がった心に、ちくりと苦いものがこみ上げてくる。

 この思いは何なのだろう。

 到底純粋なものとは思えない、この気持ち。円堂と自分とは小さい頃からの付きあいで、しかも男同士だというのに。

 自分に宛てた同性からの恋文を蔑むなんて、滑稽なことなのだと、風丸は思い知らされた。

 心に広がる苦さをなんとか鎮めたくなり、風丸は貰った菓子で紛らわそうとして、そして、手のひらの中身にはっと目を丸くした。

 ラップの中に残されたのは、細かな菓子の屑だけだった。

「あっ……?」

 何度見ても手の中は空っぽのまんまだ。

 側にいる盟友を見上げると、豪炎寺は口元についた菓子の屑を拳で払っていた。

「すまない。ちょうど腹が減って、……全部食ってしまった」

「豪炎寺……!」

 もしかしたら、自分は泣き出しそうな顔をしていたのかもしれない。豪炎寺は風丸の顔を見ると、途端に済まなそうな顔をした。

「悪かった。少し残しておけば良かったか?」

「今さら何を言って……」

 思わず眉間にしわが寄っているのを自覚して、風丸は前髪でそれを覆い隠した。

 いいや。隠したかったのは眉間ではなくて、情けない自分の顔だったかもしれない。

「このクッキーも旨かったが……、俺はどちらかと言えば夕香と一緒に作った焼きたてのクッキーの方が好きだな」

「ん?」

 何故だか、自分の顔から目を逸らす豪炎寺がぼそりと呟く、その言葉に風丸は首をひねった。

「お詫びと言っては何だが、今度ご馳走するから俺の家に来ないか?」

「豪炎寺んちに?」

 風丸が尋ねると、豪炎寺はこくりと頷いた。

「それに……、お前が来ると夕香が喜ぶ」

 耳の辺りを指でいじる仕草は、照れ隠しだろうか。風丸はそれに気づくと、思わずくすっと笑みがこぼれた。

「分かった。ただし倍返し、な」

 拳を豪炎寺の学ランの胸元にあてると、その上にそっと手が置かれた。

「あっ、ちょうどいいや。豪炎寺、風丸!」

 ふたりに円堂の快活な声が飛ぶ。

「これ、別のクラスの女子から貰ったんだ。一緒に食おうぜ!」

 ラップに包まれた焼き菓子を手に掲げて、にっと笑う円堂に風丸と豪炎寺は笑顔で応じた。

「もう食ったからいい」

「それにもっと旨いの食えるし、な」

「え? なんでだよ~?」

 不思議がる円堂の顔を眺めながら、心の苦みは、もう既にどこかへ消えていたのに、風丸は気づく。

 その時、生徒たちを授業の準備へと急かす予鈴が鳴りだした。

 風丸も円堂と豪炎寺に別れを告げ、コンピュータ室へと急ぐ。

 違う甘さを残して廊下を早足で歩く風丸には、豪炎寺が貰った焼き菓子を食べてしまったのは、自分へと宛てた女子に嫉妬していただなんて、気づきもしなかった。 


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