ひだかみゆき

超次元サッカーの元陸上部大好きマンです。

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投稿日:2016年05月19日 10:49    文字数:6,371

昔の話をしよう

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サイトから再掲。
少々ややこしいですが、神童視点の豪風で三拓ですが、メインはそれを取り巻く円堂と霧野みたいな感じなので地雷の方はスルーでお願いします。

以下は当時のあとがきです。

というワケで、初GO小説は三択←霧で豪風→円な三角関係のお話、となりました。
時代設定がGOなんですが、豪風と円風に関しては旧世代の話とゆーw。ちょっとややこしいですね。
個人的にGOでは三択一押しなんで…、でもあんまし見かけないなぁw! 三国さんあんなにカッコいいのに。
円風に付いては、ちょっとばかし友情の方を深めちゃいました。
でもまぁ…、ほんのり円←風残ってる? くらいに。
豪風は別のシリーズの設定まんまでも別のお話と捉えても構わないですけどね。

グリフォン劇場版観て小説版も読破したので、それに沿って加筆修正しました。
<2011/7/18脱稿、2012/1/4加筆修正>
1 / 1

 旧部室の寂れた内部は暗く、天窓から漏れる僅かな光がふたりの姿を象った。

 重く立ちこめた雲は黒い色を秘めていて、今にも雨がこぼれ落ちそうだ。

 サッカー棟の、真新しく清潔な部屋と比べたら、ここは埃と汗の匂いで充満している。それでもホワイトボードに立てかけられた写真は、額縁の埃が拭われていた。誰かが掃除でもしたんだろうか。

 神童の目の前には先輩である正ゴールキーパーの三国の姿があった。

 薄闇の中で立ち尽くす彼が、だが神童にはとても眩しく思える。

 何時の頃からだったろう、いつも自分を優しく見守る目が、とてつもなく心安らぐように感じ始めたのは。そしてその思いが恋へと移り変わるのは、案外容易いものだった。

「三国さん……。良いんですよ、俺は」

「だが……、しかし神童」

 三国の顔は硬く強張っている。震える両手からは汗がにじみ出ていた。

「決めたんです、俺は。全てあなたに捧げるって」

 つい、と神童は三国に一歩近づく。足を踏み出すと、心臓が張り裂けそうに高鳴った。

「俺は、おまえを大事にしたいんだがな……」

 三国はいったん首を真横に振ったが、ふっと息を吐くと近づいた神童の両肩に力強く手を置いた。

 動悸はさらに早く鳴る。

「後悔は、しないな……?」

「はい……」

 震えているのは自分だけじゃなかった。声、暖かい手のひら、心臓の音。

 立っていられないくらい、足ががくがくとなるけれども、まるで全身が心臓と化したかのように鼓動は鳴り続けるけど、でもこの思いは誰にも止められそうになかった。

 神童がゆっくりとまぶたを閉じると、そっと近づく三国の顔が残像となって薄闇に消えた。

 代わりに匂う自分のものではない汗と、背中にまわされた暖かな手のひらが、神童を眩わせる。

 唇に、そっと唇が重ねられた。

 だが触れるか触れんばかりなそれは、がらりと響く異音で遠ざけられた。

「神童……三国、さん?」

 いつの間にか旧部室のドアが開いて、自分たちを見ていたのは誰でもない、親友の霧野だった。

「あっ」

と、声を上げる間もなく、霧野は身を翻した。

「わっ!」

 どん、とにぶい音がする。

 慌てて外を覗くと、霧野が通りかかった円堂に身をぶつけていたのだ。

「おい! 霧野!?」

 何も言わずに走り去る霧野に呼びかけたが、すぐにやれやれと溜息をついた円堂は、次に旧部室の扉に手をかけて中に半身踏み込んだ。抱き合っている自分たちを見て、ぽかんと眼を丸くしていた。

「か、監督!」

 心臓が飛び上がりそうなほど身を震わせると、三国は自分を抱いていた手をさっと引っ込める。

「す、すみません。神童が悪いのではないのです。俺が……」

 慌てて言い取り繕う三国に、円堂は苦笑いして手を振った。

「今のことは見逃してやる。やめろとは言わんが、今度から見つからないようにうまくやれよ」

「は、はぁ……」

「もう下校時刻だ。さっさと帰れ、ふたりとも」

 手をひらひらとさせて、円堂は自分たちを旧部室から追い出す。礼をして埃にまみれた小屋を退散すると、円堂は肩をすくめて、ホワイトボードの立ててあった額縁を手にした。色あせた写真には10年前、フットボールフロンティア・インターナショナルで見事優勝を果たした、当時のOBたちの姿が映り込んでいた。



 神童はサッカー棟に戻ると、ロッカールームでジャージから制服に着替えたが、いつもなら一緒に帰るはずの親友の姿はなかった。

 まだ帰ってなかった車田に尋ねると、急に慌てて走り込んだかと思えば、着替えもせずに制服を鞄に放り込んで帰ってしまったらしい。

 ……ああ、やはり、怒らせてしまったんだ……。

 理由は、分かっていた。三国との仲をいままで知らせずにいたから。

 さっきまで、旧部室で狂いそうに高鳴っていた心は、重く沈み始めた。けれども、そんなことを安易に言いだせるものじゃない。

 それでなくても今、サッカー部には問題が山積みだと言うのに。

 でも自分の思いは止められなかった。誰にも祝福されなくても、それでもいいと覚悟はしていたはずなのだが。

 ふらりとおぼつかない足で帰宅へつく。でも、まっすぐに家に帰る気分にもなれなくて、神童はいつもは通らない河川敷に沿ってとぼとぼ歩いた。

 暗い空が自分の心を映しているようで、神童は肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握りしめた。涙で滲む風景に、背の高いジャージ姿があるのに気がついた。

「監督……?」

 オレンジ色のバンダナで包んだ頭を、円堂は巡らせて自分に振り向いた。

「よっ」

「さっきは、お騒がせしてすみません」

「いやいや」

 苦笑いした円堂が、すぐにはっと何かに思い当たったのか、神童を呼んだ。

「ちょっと、話でもするか? 俺で構わなければ」

 正直、誰とも話などしたくはなかったのだが、気の迷いが生じたのは家に帰りたくなかった所為かもしれない。

 神童が頷くと、円堂は河川敷に設えたベンチを指差した。

「ここも変わったよな。昔は斜面なんか草がボーボーに生えててさ。こんなブロックで整備なんかされてなかったよ」

 河川敷を眺めながら、円堂はぽつりと話し始めた。

「どうだ? キャプテンとしてなんか心配事とかあるか?」

「いいえ……。色々大変なことは大変ですが、それはみんなだってそうですし」

 神童が首を振ると、円堂はにやりと笑う。

「さっきはちょっとヤバかったな」

「すみません……」

 消え入りそうな声で答えると、円堂は「違う違う」と笑った。

「霧野とは確か……小学校が一緒だったんだって?」

 神童が頷くと、こくんと頷き返される。

「俺にもな。小さい頃からの親友がいたんだ」

 円堂の話に思わず首を傾げた。

「俺がサッカー部のキャプテンで、やっとこ部として軌道が乗ってた頃だった。そいつと、もうひとりすげぇサッカーが上手いヤツがうちの部に来てさ。ちょっと色々あったけど、すぐに意気投合した。よく3人で帰りに寄り道とかしてさ。サッカーの話で盛り上がって、俺はその時間がとても楽しかった……」

 円堂は遠く、視線を流れる河へと移している。見ているのはもしかしたら、水の流れではなく、遠い時の彼方だったのかもしれない。

「けれども、気がついたらそのふたりは、いつの間にか互いに好きになってしまったらしくて、俺が気づいたのは、ちょうどあの部室の中で抱き合ってるあいつらを見ちまった時だった」

「えっ?」

 神童が俯いていた顔を上げて、円堂を見るとにやりとした笑顔が返ってきた。

「そう、さっきの霧野みたいにさ。ショックだったな~。ずっと親友だと思ってたヤツが、俺に隠れて好きあってたなんてさ」

「それで……どうなったんですか?」

「1週間くらいはお互いギクシャクしてたな……。けど、やっぱそのまんまなのも辛くて、自然に仲直りした」

「そうですか……」

「そりゃあ、まあ。男同士だしさ。言いにくかったろうだけど、けど、正直言うと一番に相談して欲しかったんだけどな」

 ほほを指で引っ掻いて、円堂は曖昧に笑う。神童は自分を見透かされたように思えた。

「だからさ、神童。おまえも」

「円堂!」

 自分を諭そうとした円堂に、突然斜面の上から呼びかける声があった。ふとそちらを見て、神童は飛び上がった。

 円堂を呼んでいるのは、サッカー日本代表の、俊速のディフェンダーの姿だったからだ。

「かっ、風丸さん!?」

「風丸……!」

 円堂が駆け寄る風丸の姿を見て、とてつもなく顔を綻ばせる。その顔を見て、神童はふたりがただの関係ではないと分かった。

「久し振りだな。円堂」

「おまえ、どうしてここにいるんだよ? 驚くじゃないか!」

 そう言えば今、日本代表チームは海外遠征に行っている筈だ。神童も何故こんな場所に風丸が居るのか、訳が分からないでいた。

「まあ、ちょっとな。ところで彼が今雷門の……?」

 自分を指差す風丸に、神童はベンチから立ちあがると深く礼をした。

「神童拓人です。雷門中サッカー部のキャプテンを務めさせていただいてます!」

 名乗りを上げると、風丸は眼を細めて自分に手を差しだした。

「風丸一郎太だ。宜しく」

「ありがとうございます」

 交わすその手の温もりが、却って神童に緊張感を与えた。

「で、おまえ、こんな時間にキャプテンの精神論でも教えてたのか?」

 風丸が言うと円堂は「いやいや」と首を振った。

「丁度いま、おまえと豪炎寺の話をしてたとこ」

「俺と豪炎寺の……あっ」

 ぽかんとした顔を、一瞬で風丸は紅く染めあげた。

「お、おまえ。教え子になんて話、してるんだ!?」

 神童ははっと気づいた。以前、ゴシップで有名なスクープ雑誌に彼と同じく日本代表の、炎のストライカーと呼ばれる男との関係をすっぱ抜いた記事が掲載されていたのを。

 やはりその選手も、ふたりと同じく10年前イナズマジャパンとして中学サッカー界を支えた存在で、やはり雷門のOBの筈だ。

 だが、その記事が載ってからほんの暫く経った後、その選手は突然失踪してしまい、行方知れずのままでいる。

 もう、2年以上も前の話だ。

 もしかして、さっきの監督の話は風丸さんと豪炎寺さんの……。

 神童は声も出せないまま、円堂と風丸の顔を交互に見ていた。

「いやさぁ。こいつも、あの頃の俺たちと同じ悩みを抱えてるんだよ」

「俺たちと……?」

 風丸の問いに円堂は頷いて応えた。

 再びベンチに並んで座る。今度は円堂を挟んで、ベンチの端に風丸が座った。

「そうか。そう言うことか」

 神童の悩みを聞いて、風丸は河の流れを眺めていた。

「もう10年も経つんだな」

「それでも、たまに思いだすよ」

「そうだな。しこりみたいに、胸の奥に残ってる」

 風丸は河へと向けていた視線を、円堂へ移すといきなり切り出した。

「おまえにはなかなか言えなかった。だって、最初は豪炎寺よりおまえの方が好きだったんだぜ、俺」

「え~~っ!?」

 いきなり素っ頓狂な声を上げたのは、円堂の方だった。

「ちょ、ちょっと待てよ。そんなの、今はじめて聞いたぞ!」

「気がつかなかっただろ? おまえ、あの頃その手の話はてんで疎かったからな」

 にこりとした笑顔を円堂に向けている風丸に、神童は思わず目を見張った。

「……でも、その気持ちも、なかなか表には出せなかった。おまえに伝えてしまうと、親友の関係が壊れてしまいそうで、怖くて」

 とうとうと風丸は語る。それは自分たちより、風丸自身に話しかけているように神童には思えた。

「けれども、いつの間にかあいつの存在が俺の中でどんどん大きくなって、気がついたら、好きになってしまってた。……自分でも自分の気持ちに戸惑っていたのかもしれない」

「そっか」

「でも、おまえにもっと早く話すべきだったと、今でも思うよ。おまえと気まずい思いをするのは、あのことだけでも充分すぎるくらいだったのに」

 いつの間にか河川敷には闇が訪れている。西の空が紅く輝いていたが、東は暗闇に閉ざされていた。

 神童には、風丸の言う「あのこと」の意味は分からないままだったが、それを訊くのは憚れる気がして、黙って彼の話を聞いていた。

 神童には風丸の言葉はまるで、乾いた砂に落ちる一滴の水のように心に沁みていた。

「中学生とは言っても、まだまだ子供だったって思うよ。大胆なくせに、どっか臆病で……。今となっては笑い話で済んじまうけどな」

「そうだな」

 円堂が相槌を打つと、風丸は軽い溜息をついてベンチから立ちあがった。

「……っと、俺は昔話をしにわざわざここに来たんじゃないぜ。円堂!」

「ん?」

 風丸が神妙な顔で円堂を見下ろしていた。

「おまえ、フィフスセクター潰す気なんだろ?」

「ああ」

 円堂も立ちあがって身構える。その瞳は紅く燃えているように見えた。

「微力だと思うが、俺も手を貸すぜ」

「おまえ……いいのか?」

 円堂が真剣な顔で風丸を見る。風丸の顔もまた、決意を秘めていた。頷くと拳を差し出す。

「サッカーはひとりでやるもんじゃない。そうだろ?」

 円堂が、差し出された風丸の拳に己の拳を突き合せた。

「風丸……。おまえに協力してもらえると助かるぜ」

「俺たち親友だろ? いつだって俺はおまえの味方だ。それに俺だけじゃない。壁山も協力してくれるってさ」

「壁山が!? ホントかよ」

 壁山とは、風丸と同じプロリーグで、やはり日本の代表選手だ。彼もまた過去にイナズマジャパンとしてFFIに出場し、雷門のOBでもある。神童は、サッカー棟部室の棚に飾られている写真で彼を見た事がある。

「ああ、俺が話を持ちかけたら、二つ返事でOKしてくれたぜ。それに……不動も」

「え、不動? って、あいつ……」

 円堂が首を傾げると、風丸は苦笑した。不動も同じくイナズマジャパンのメンバーだったが、今、海外のプロリーグで活躍しているはずだ。神童もそれを知っていて、疑問に感じた。

「ああ。日本に帰ってきてるのさ。よりによって、俺んちのマンションに転がり込んでてさ」

「お前の部屋にか?」

「ん。ぶつくさ言ってたけど、承諾してくれた。だから……なんかあったら、俺たちにいつでも言ってくれ」

「そっか。ありがとうな、風丸」

 円堂は頷くとベンチに座ったままの神童に呼びかけた。

「だ、そうだ。風丸たちもおまえたちに協力してくれるって」

「大した力にはなれないかも知れないけどな」

 慌てて神童も立ちあがる。

「そんな。風丸さんに味方についてもらえるだなんて、こんなに心強いことはありませんよ!」

「ありがとう」

 風丸は微笑むと、神童の肩にそっと手を置いた。

「君がその友達と一生親友でいたいって思うのなら、隠し事はしない方が良いかもな」

「あっ、それ。俺がこいつに言う筈だったんだぞ」

 円堂が顔を顰めると、風丸は肩をすくめた。やれやれといった顔で円堂も笑い出した。

「ああ、もう真っ暗だ。神童、もう気は済んだか?」

「え……。は、はい」

「だったらもう帰れ。家の人も心配するだろ」

「はい……。助言、ありがとうございました」

 神童は並んで見送る円堂と風丸に一礼すると、河川敷の階段を上った。辺りは本当に暗闇に閉ざされていて、振り返るとライトで照らされた河川敷の広場には、談笑するふたりの姿が見えた。

 そのとき、ぽつんと制服の肩に雨粒がこぼれ落ちる。とうとう雨雲が孕んだ水滴を降り注ぎはじめたのだ。

 神童は急いで自宅への道を走りだした。もう一角曲がれば自分の屋敷が見える、と言う所まで来て、電柱の影に誰あろう霧野が立っているのに出くわした。

「神童」

 自分に呼びかける霧野は、傘も差さないままだった。明るい、ピンク色がかった髪はしっとり濡れている。

「霧野……!」

 神童の胸に、さっきの円堂と風丸の話が浮かびあがる。

 謝らなきゃ。そして今まで隠していたことを、打ち明けなきゃ。

 そう神童は決心した。

「霧野、済まなかったな。今まで……」

「神童。おまえ三国さんと付きあってたんだな。驚いたよ。おまえ、今まで俺に何も話してくれなかったし」

「あ……。すまない。言いにくかったんだ」

「いいんだ、それくらい。良かったな、おまえ。一年の頃から三国さんに憧れてたもんな。おめでとう」

 霧野は神童に笑顔を見せていた。だが、神童には何故か、霧野が泣いているように見えた。

「霧野……」

 それは雨の所為だったのかも知れない。ちゃんと霧野の顔を確認すると、涙の跡さえ見えなかったからだ。

 さっき聞いた風丸の言葉が妙に胸に沁みた。

『だって、最初はおまえの方が好きだったんだぜ』

 霧野はまさか……。

 自分と三国を祝福する霧野の、本当の思いを垣間みた気がして、神童の目にはいつの間にか、涙の粒が溢れていた。

「神童、どうしたんだよ? 何でお前が泣くんだ?」

 降りしきる雨の中で、神童はただ涙を流していた。

 いつか、10年経てば、この気持ちも笑い話だと思うようになるのだろうか? そう心に秘めながら。 


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 旧部室の寂れた内部は暗く、天窓から漏れる僅かな光がふたりの姿を象った。

 重く立ちこめた雲は黒い色を秘めていて、今にも雨がこぼれ落ちそうだ。

 サッカー棟の、真新しく清潔な部屋と比べたら、ここは埃と汗の匂いで充満している。それでもホワイトボードに立てかけられた写真は、額縁の埃が拭われていた。誰かが掃除でもしたんだろうか。

 神童の目の前には先輩である正ゴールキーパーの三国の姿があった。

 薄闇の中で立ち尽くす彼が、だが神童にはとても眩しく思える。

 何時の頃からだったろう、いつも自分を優しく見守る目が、とてつもなく心安らぐように感じ始めたのは。そしてその思いが恋へと移り変わるのは、案外容易いものだった。

「三国さん……。良いんですよ、俺は」

「だが……、しかし神童」

 三国の顔は硬く強張っている。震える両手からは汗がにじみ出ていた。

「決めたんです、俺は。全てあなたに捧げるって」

 つい、と神童は三国に一歩近づく。足を踏み出すと、心臓が張り裂けそうに高鳴った。

「俺は、おまえを大事にしたいんだがな……」

 三国はいったん首を真横に振ったが、ふっと息を吐くと近づいた神童の両肩に力強く手を置いた。

 動悸はさらに早く鳴る。

「後悔は、しないな……?」

「はい……」

 震えているのは自分だけじゃなかった。声、暖かい手のひら、心臓の音。

 立っていられないくらい、足ががくがくとなるけれども、まるで全身が心臓と化したかのように鼓動は鳴り続けるけど、でもこの思いは誰にも止められそうになかった。

 神童がゆっくりとまぶたを閉じると、そっと近づく三国の顔が残像となって薄闇に消えた。

 代わりに匂う自分のものではない汗と、背中にまわされた暖かな手のひらが、神童を眩わせる。

 唇に、そっと唇が重ねられた。

 だが触れるか触れんばかりなそれは、がらりと響く異音で遠ざけられた。

「神童……三国、さん?」

 いつの間にか旧部室のドアが開いて、自分たちを見ていたのは誰でもない、親友の霧野だった。

「あっ」

と、声を上げる間もなく、霧野は身を翻した。

「わっ!」

 どん、とにぶい音がする。

 慌てて外を覗くと、霧野が通りかかった円堂に身をぶつけていたのだ。

「おい! 霧野!?」

 何も言わずに走り去る霧野に呼びかけたが、すぐにやれやれと溜息をついた円堂は、次に旧部室の扉に手をかけて中に半身踏み込んだ。抱き合っている自分たちを見て、ぽかんと眼を丸くしていた。

「か、監督!」

 心臓が飛び上がりそうなほど身を震わせると、三国は自分を抱いていた手をさっと引っ込める。

「す、すみません。神童が悪いのではないのです。俺が……」

 慌てて言い取り繕う三国に、円堂は苦笑いして手を振った。

「今のことは見逃してやる。やめろとは言わんが、今度から見つからないようにうまくやれよ」

「は、はぁ……」

「もう下校時刻だ。さっさと帰れ、ふたりとも」

 手をひらひらとさせて、円堂は自分たちを旧部室から追い出す。礼をして埃にまみれた小屋を退散すると、円堂は肩をすくめて、ホワイトボードの立ててあった額縁を手にした。色あせた写真には10年前、フットボールフロンティア・インターナショナルで見事優勝を果たした、当時のOBたちの姿が映り込んでいた。



 神童はサッカー棟に戻ると、ロッカールームでジャージから制服に着替えたが、いつもなら一緒に帰るはずの親友の姿はなかった。

 まだ帰ってなかった車田に尋ねると、急に慌てて走り込んだかと思えば、着替えもせずに制服を鞄に放り込んで帰ってしまったらしい。

 ……ああ、やはり、怒らせてしまったんだ……。

 理由は、分かっていた。三国との仲をいままで知らせずにいたから。

 さっきまで、旧部室で狂いそうに高鳴っていた心は、重く沈み始めた。けれども、そんなことを安易に言いだせるものじゃない。

 それでなくても今、サッカー部には問題が山積みだと言うのに。

 でも自分の思いは止められなかった。誰にも祝福されなくても、それでもいいと覚悟はしていたはずなのだが。

 ふらりとおぼつかない足で帰宅へつく。でも、まっすぐに家に帰る気分にもなれなくて、神童はいつもは通らない河川敷に沿ってとぼとぼ歩いた。

 暗い空が自分の心を映しているようで、神童は肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握りしめた。涙で滲む風景に、背の高いジャージ姿があるのに気がついた。

「監督……?」

 オレンジ色のバンダナで包んだ頭を、円堂は巡らせて自分に振り向いた。

「よっ」

「さっきは、お騒がせしてすみません」

「いやいや」

 苦笑いした円堂が、すぐにはっと何かに思い当たったのか、神童を呼んだ。

「ちょっと、話でもするか? 俺で構わなければ」

 正直、誰とも話などしたくはなかったのだが、気の迷いが生じたのは家に帰りたくなかった所為かもしれない。

 神童が頷くと、円堂は河川敷に設えたベンチを指差した。

「ここも変わったよな。昔は斜面なんか草がボーボーに生えててさ。こんなブロックで整備なんかされてなかったよ」

 河川敷を眺めながら、円堂はぽつりと話し始めた。

「どうだ? キャプテンとしてなんか心配事とかあるか?」

「いいえ……。色々大変なことは大変ですが、それはみんなだってそうですし」

 神童が首を振ると、円堂はにやりと笑う。

「さっきはちょっとヤバかったな」

「すみません……」

 消え入りそうな声で答えると、円堂は「違う違う」と笑った。

「霧野とは確か……小学校が一緒だったんだって?」

 神童が頷くと、こくんと頷き返される。

「俺にもな。小さい頃からの親友がいたんだ」

 円堂の話に思わず首を傾げた。

「俺がサッカー部のキャプテンで、やっとこ部として軌道が乗ってた頃だった。そいつと、もうひとりすげぇサッカーが上手いヤツがうちの部に来てさ。ちょっと色々あったけど、すぐに意気投合した。よく3人で帰りに寄り道とかしてさ。サッカーの話で盛り上がって、俺はその時間がとても楽しかった……」

 円堂は遠く、視線を流れる河へと移している。見ているのはもしかしたら、水の流れではなく、遠い時の彼方だったのかもしれない。

「けれども、気がついたらそのふたりは、いつの間にか互いに好きになってしまったらしくて、俺が気づいたのは、ちょうどあの部室の中で抱き合ってるあいつらを見ちまった時だった」

「えっ?」

 神童が俯いていた顔を上げて、円堂を見るとにやりとした笑顔が返ってきた。

「そう、さっきの霧野みたいにさ。ショックだったな~。ずっと親友だと思ってたヤツが、俺に隠れて好きあってたなんてさ」

「それで……どうなったんですか?」

「1週間くらいはお互いギクシャクしてたな……。けど、やっぱそのまんまなのも辛くて、自然に仲直りした」

「そうですか……」

「そりゃあ、まあ。男同士だしさ。言いにくかったろうだけど、けど、正直言うと一番に相談して欲しかったんだけどな」

 ほほを指で引っ掻いて、円堂は曖昧に笑う。神童は自分を見透かされたように思えた。

「だからさ、神童。おまえも」

「円堂!」

 自分を諭そうとした円堂に、突然斜面の上から呼びかける声があった。ふとそちらを見て、神童は飛び上がった。

 円堂を呼んでいるのは、サッカー日本代表の、俊速のディフェンダーの姿だったからだ。

「かっ、風丸さん!?」

「風丸……!」

 円堂が駆け寄る風丸の姿を見て、とてつもなく顔を綻ばせる。その顔を見て、神童はふたりがただの関係ではないと分かった。

「久し振りだな。円堂」

「おまえ、どうしてここにいるんだよ? 驚くじゃないか!」

 そう言えば今、日本代表チームは海外遠征に行っている筈だ。神童も何故こんな場所に風丸が居るのか、訳が分からないでいた。

「まあ、ちょっとな。ところで彼が今雷門の……?」

 自分を指差す風丸に、神童はベンチから立ちあがると深く礼をした。

「神童拓人です。雷門中サッカー部のキャプテンを務めさせていただいてます!」

 名乗りを上げると、風丸は眼を細めて自分に手を差しだした。

「風丸一郎太だ。宜しく」

「ありがとうございます」

 交わすその手の温もりが、却って神童に緊張感を与えた。

「で、おまえ、こんな時間にキャプテンの精神論でも教えてたのか?」

 風丸が言うと円堂は「いやいや」と首を振った。

「丁度いま、おまえと豪炎寺の話をしてたとこ」

「俺と豪炎寺の……あっ」

 ぽかんとした顔を、一瞬で風丸は紅く染めあげた。

「お、おまえ。教え子になんて話、してるんだ!?」

 神童ははっと気づいた。以前、ゴシップで有名なスクープ雑誌に彼と同じく日本代表の、炎のストライカーと呼ばれる男との関係をすっぱ抜いた記事が掲載されていたのを。

 やはりその選手も、ふたりと同じく10年前イナズマジャパンとして中学サッカー界を支えた存在で、やはり雷門のOBの筈だ。

 だが、その記事が載ってからほんの暫く経った後、その選手は突然失踪してしまい、行方知れずのままでいる。

 もう、2年以上も前の話だ。

 もしかして、さっきの監督の話は風丸さんと豪炎寺さんの……。

 神童は声も出せないまま、円堂と風丸の顔を交互に見ていた。

「いやさぁ。こいつも、あの頃の俺たちと同じ悩みを抱えてるんだよ」

「俺たちと……?」

 風丸の問いに円堂は頷いて応えた。

 再びベンチに並んで座る。今度は円堂を挟んで、ベンチの端に風丸が座った。

「そうか。そう言うことか」

 神童の悩みを聞いて、風丸は河の流れを眺めていた。

「もう10年も経つんだな」

「それでも、たまに思いだすよ」

「そうだな。しこりみたいに、胸の奥に残ってる」

 風丸は河へと向けていた視線を、円堂へ移すといきなり切り出した。

「おまえにはなかなか言えなかった。だって、最初は豪炎寺よりおまえの方が好きだったんだぜ、俺」

「え~~っ!?」

 いきなり素っ頓狂な声を上げたのは、円堂の方だった。

「ちょ、ちょっと待てよ。そんなの、今はじめて聞いたぞ!」

「気がつかなかっただろ? おまえ、あの頃その手の話はてんで疎かったからな」

 にこりとした笑顔を円堂に向けている風丸に、神童は思わず目を見張った。

「……でも、その気持ちも、なかなか表には出せなかった。おまえに伝えてしまうと、親友の関係が壊れてしまいそうで、怖くて」

 とうとうと風丸は語る。それは自分たちより、風丸自身に話しかけているように神童には思えた。

「けれども、いつの間にかあいつの存在が俺の中でどんどん大きくなって、気がついたら、好きになってしまってた。……自分でも自分の気持ちに戸惑っていたのかもしれない」

「そっか」

「でも、おまえにもっと早く話すべきだったと、今でも思うよ。おまえと気まずい思いをするのは、あのことだけでも充分すぎるくらいだったのに」

 いつの間にか河川敷には闇が訪れている。西の空が紅く輝いていたが、東は暗闇に閉ざされていた。

 神童には、風丸の言う「あのこと」の意味は分からないままだったが、それを訊くのは憚れる気がして、黙って彼の話を聞いていた。

 神童には風丸の言葉はまるで、乾いた砂に落ちる一滴の水のように心に沁みていた。

「中学生とは言っても、まだまだ子供だったって思うよ。大胆なくせに、どっか臆病で……。今となっては笑い話で済んじまうけどな」

「そうだな」

 円堂が相槌を打つと、風丸は軽い溜息をついてベンチから立ちあがった。

「……っと、俺は昔話をしにわざわざここに来たんじゃないぜ。円堂!」

「ん?」

 風丸が神妙な顔で円堂を見下ろしていた。

「おまえ、フィフスセクター潰す気なんだろ?」

「ああ」

 円堂も立ちあがって身構える。その瞳は紅く燃えているように見えた。

「微力だと思うが、俺も手を貸すぜ」

「おまえ……いいのか?」

 円堂が真剣な顔で風丸を見る。風丸の顔もまた、決意を秘めていた。頷くと拳を差し出す。

「サッカーはひとりでやるもんじゃない。そうだろ?」

 円堂が、差し出された風丸の拳に己の拳を突き合せた。

「風丸……。おまえに協力してもらえると助かるぜ」

「俺たち親友だろ? いつだって俺はおまえの味方だ。それに俺だけじゃない。壁山も協力してくれるってさ」

「壁山が!? ホントかよ」

 壁山とは、風丸と同じプロリーグで、やはり日本の代表選手だ。彼もまた過去にイナズマジャパンとしてFFIに出場し、雷門のOBでもある。神童は、サッカー棟部室の棚に飾られている写真で彼を見た事がある。

「ああ、俺が話を持ちかけたら、二つ返事でOKしてくれたぜ。それに……不動も」

「え、不動? って、あいつ……」

 円堂が首を傾げると、風丸は苦笑した。不動も同じくイナズマジャパンのメンバーだったが、今、海外のプロリーグで活躍しているはずだ。神童もそれを知っていて、疑問に感じた。

「ああ。日本に帰ってきてるのさ。よりによって、俺んちのマンションに転がり込んでてさ」

「お前の部屋にか?」

「ん。ぶつくさ言ってたけど、承諾してくれた。だから……なんかあったら、俺たちにいつでも言ってくれ」

「そっか。ありがとうな、風丸」

 円堂は頷くとベンチに座ったままの神童に呼びかけた。

「だ、そうだ。風丸たちもおまえたちに協力してくれるって」

「大した力にはなれないかも知れないけどな」

 慌てて神童も立ちあがる。

「そんな。風丸さんに味方についてもらえるだなんて、こんなに心強いことはありませんよ!」

「ありがとう」

 風丸は微笑むと、神童の肩にそっと手を置いた。

「君がその友達と一生親友でいたいって思うのなら、隠し事はしない方が良いかもな」

「あっ、それ。俺がこいつに言う筈だったんだぞ」

 円堂が顔を顰めると、風丸は肩をすくめた。やれやれといった顔で円堂も笑い出した。

「ああ、もう真っ暗だ。神童、もう気は済んだか?」

「え……。は、はい」

「だったらもう帰れ。家の人も心配するだろ」

「はい……。助言、ありがとうございました」

 神童は並んで見送る円堂と風丸に一礼すると、河川敷の階段を上った。辺りは本当に暗闇に閉ざされていて、振り返るとライトで照らされた河川敷の広場には、談笑するふたりの姿が見えた。

 そのとき、ぽつんと制服の肩に雨粒がこぼれ落ちる。とうとう雨雲が孕んだ水滴を降り注ぎはじめたのだ。

 神童は急いで自宅への道を走りだした。もう一角曲がれば自分の屋敷が見える、と言う所まで来て、電柱の影に誰あろう霧野が立っているのに出くわした。

「神童」

 自分に呼びかける霧野は、傘も差さないままだった。明るい、ピンク色がかった髪はしっとり濡れている。

「霧野……!」

 神童の胸に、さっきの円堂と風丸の話が浮かびあがる。

 謝らなきゃ。そして今まで隠していたことを、打ち明けなきゃ。

 そう神童は決心した。

「霧野、済まなかったな。今まで……」

「神童。おまえ三国さんと付きあってたんだな。驚いたよ。おまえ、今まで俺に何も話してくれなかったし」

「あ……。すまない。言いにくかったんだ」

「いいんだ、それくらい。良かったな、おまえ。一年の頃から三国さんに憧れてたもんな。おめでとう」

 霧野は神童に笑顔を見せていた。だが、神童には何故か、霧野が泣いているように見えた。

「霧野……」

 それは雨の所為だったのかも知れない。ちゃんと霧野の顔を確認すると、涙の跡さえ見えなかったからだ。

 さっき聞いた風丸の言葉が妙に胸に沁みた。

『だって、最初はおまえの方が好きだったんだぜ』

 霧野はまさか……。

 自分と三国を祝福する霧野の、本当の思いを垣間みた気がして、神童の目にはいつの間にか、涙の粒が溢れていた。

「神童、どうしたんだよ? 何でお前が泣くんだ?」

 降りしきる雨の中で、神童はただ涙を流していた。

 いつか、10年経てば、この気持ちも笑い話だと思うようになるのだろうか? そう心に秘めながら。 


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