ひだかみゆき

超次元サッカーの元陸上部大好きマンです。

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投稿日:2016年05月19日 11:00    文字数:8,570

ツバメの季節

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サイトから再掲。
雷門1年生と風丸さんメイン。

以下は当時のあとがきです。

1期はじまりの1年たちのお話、でした。
一応ゲーム設定ですけど、アニメ設定でも全然構わないな、これ。
風丸さんが1年から慕われて、裏のキャプテンになるまでになんかあったんではないか、とこんな話を考えてみました。
とにかく、1年たちを可愛く描くことだけに集中しましたが、どんなもんか。そういや、キャラポス2の1年組も可愛いよねっ?
一応健全路線ではありますが、ほんのり円風なのと栗松の風丸さんへの矢印が見え隠れしてるような気がしないでもw。
<2010/5/22脱稿>
1 / 1



 見事なほどに綺麗に澄みわたった青空を見上げて、みんなはふうと溜息をついた。

 少し離れたグラウンドで、別の運動部の部長と交渉中なのは、我らがキャプテンの姿。

 だってしょうがねーじゃん。誰かがぼそりと呟いた。うちの部7人しかいねーもん。サッカーは11人でやるもんだぞ。

 それに釣られて他の3人ももう一度溜息をついた。

 壁山と栗松と宍戸と少林寺の、雷門中サッカー部1年生部員の4人は、嫌になるくらい青く高い空を見上げた。何処からか鳥のさえずる声が聞こえる。

「今日もダメなんでやんすね、グラウンド使えるの」

 こう、毎度毎度「やんす」と語尾にくっつけて話すのは栗松。名前通りのいがぐり頭をぐるりと回した。

「キャプテン、頑張ってるんスけどねぇ……」

 大きな体を揺すりながら壁山がこぼす。

「頑張ってても結果が出ないんじゃなぁ」

 一番背の小さい少林寺──みんなからは『少林』と呼ばれている──はそう憎まれ口を叩いた。

「言うなよ、そういうの。あ~あ、今日も河川敷コースかなぁ」

 目元が隠れるほどのカーリーヘアーが印象的な宍戸がそばかす顔を顰めてそう呟くと、さぁっと一陣の風が吹いた。それと共に威勢のいいかけ声の一群が校舎の周りに沿って近づいてくる。皆、揃いのオレンジ色のランニングシャツ姿だ。

「あれ、陸上部の連中っスよ」

 壁山が右手を望遠鏡のように目の上に当てて、こちらへ駈けてくる彼らを眺めた。他の3人も一緒にそっちを見る。

「あ、あの先頭の青いポニーテールの人。知ってる?」

「知ってるも何も。風丸センパイっスよね?」

「あの人、陸上部のエースだってさ。めちゃめちゃ足速いらしいぜ。こないだの大会でも総嘗めでトップ取ったって話」

 宍戸がそう言うと他のみんなも「へぇ~」と感嘆の息を漏らした。

「でもなんか、髪が長いせいか……女の子みたいにキレイでやんすよねー」

 栗松がうっとりとして風丸を眺めながらそう言うと、宍戸が聞き捨てならない風に拳を震わせた。

「おいっ、栗松。そういうこと、風丸さんの前で言うなよっ? どこの世界に『女子みたいにキレイ』とか言われて喜ぶ男子がいるんだよっ!?」

「そ、そういうつもりじゃないでやんす!」

 壁山と少林は呆れ顔で二人のやり取りを見る。そうこうしているうちに、陸上部の部員たちは4人の目の前を去ってグラウンドの方へ行ってしまった。

「あ~あ、いいなぁ。他のクラブは忙しそうで……」

 少林が心底羨ましそうに、去ってゆく陸上部員たちの背中を見送った。と、そこへ、グラウンド使用交渉に失敗したらしくしょげた仕草をしていたキャプテンの円堂が、陸上部のランニング部隊の先頭に呼びかけるのが見えた。

「あ! 風丸ー!!」

「あれっ?」

と1年生たちが驚いてそっちを見た。円堂が駆け寄ると風丸もランニングの列から離れて、二人で差し向かいになって何か話し始めている。少々距離がある所為か、何の話をしてるのかは聞こえない。

「キャプテンと風丸さん、知り合いなんスかねぇ?」

「同じクラスだったっけ?」

「いや。別のハズだけど」

「キャプテンと風丸さんが知り合い……これは大きな謎でやんす」

 二人を結びつけるイメージが想像出来ない1年たちが首を傾げていると、軽く手を挙げて風丸が元のランニングの列に帰って行ってしまった。代わりに円堂が1年たちの方へ駈けてくる。

「おまたせ! 悪いなぁ……、今日もグラウンドは無理だってさ。でも、河川敷に行けば練習は出来るからさ。早速行こうぜ!」

 苦笑いして頭をかきながら、円堂がそう言う。

「また小学生のチームと一緒っスかぁ?」

「そう言うなよ。お前たちだって、ふた月前までは小学校だったろ。さ! やろうぜ、サッカー」

 円堂は1年たちに発破をかけた。みんなは溜息をひとつ付くと、河川敷へと走り出す円堂の後をのろのろとついて行った。



 次の日、ユニフォームに着替え終わった1年たちが部室から出てくると、不意に頭上からピィピィという小鳥のけたたましいさえずりが聞こえてきた。見上げると軒下にツバメの巣が出来ていて、そこから数匹の雛たちが顔を出し、餌を運んできた親鳥に催促をしているのだった。

「あー、ツバメの巣だ」

「いつの間に作ったんだ。こんなトコに」

「でも可愛いっス」

 壁山が巨体を揺すってにこにこと笑って見ている。少林が一所懸命背を伸ばして巣の中を見ようとするので、壁山が手を貸して背中に背負わせてやると、やっと雛たちを見ることが出来た。

「ホントだ。頭ばっか大きいけど」

「何匹でやんすか?」

「ん~。ひぃふぅみぃ……4匹だよ」

 少林は指差しながら数えると栗松に教えてやった。

「4匹……オレたちと同じか」

 宍戸が感慨深げにそう言うと、目の前をヒュウと旋回して翳めた親鳥が巣へ飛んできた。途端に雛たちがやかましく鳴き出す。

「エサが待ち遠しいんでやんすねぇ」

 4匹の雛たちを眺めながら、いつの間にか1年たちは自分たちの境遇と比べていた。

「オレたちもさ……そろそろ練習だけじゃなく、試合、やりたいよなぁ」

「そうっスよ。でも、毎日練習してるのって、オレら以外はキャプテンだけだし」

 思わず部室の窓から内部を覗く。机に向かい合わせになって、もう二人の先輩が座っていた。ピンクの五分刈り頭の染岡は心底詰まらなそうな顔をして、腕組みをしてるだけだし、極めて凡庸な風貌の半田はユニフォームに着替えもせずに、漫画を読みながらゲラゲラ笑っている。

 また溜息が1年たちを襲った。そこへ円堂が大きく手を振りながら、部室へ走ってくる。

「おお~い! 今日はちょっとだけグラウンド借りれるってさ! 行こうぜ、みんな!!」

「マジでやんすか?」

「久々のグラウンドか!」

 喜び勇んで1年たちが円堂と共にグラウンドへ急ぐと、そこに普段なら見かけない筈の人間がいることに気付いて仰天した。

「やあ、円堂」

 雷門中特有の、稲妻を象った模様の入ったジャージの上下姿の風丸がそこに居た。

「風丸? どうしたんだ」

 円堂が訝しげな顔で訊くと、風丸はにこりと笑って応える。

「いや。今日もお前と1年だけなんだろ? ちょっとだけ付き合ってやるよ」

「ホントか! おい、風丸も一緒に練習してくれるってさ」

 円堂が漫然の笑みで振り返ると、逆にぽかんとした1年たちを見て首を傾げた。

「あの~。いいんですか? 陸上部は?」

 不思議そうに宍戸が訊くと、風丸は

「いいんだ。たまにはな」

と、ふっと微笑む。

「風丸さん。キャプテンとはどういう関係なんでやんす?」

「1年の時、同じクラスだったとかですか?」

 いきなり根掘り葉掘り二人の関係を訊かれて、円堂と風丸は「えっ?」と互いに顔を見合わせた。

「あ、そっか。まだお前たちは知らないんだったな」

 腰に手を当てて考え込んで、円堂がやっと気付いた。

「オレたち、ガキの頃からの付き合いなんだ」

「そう。小学校が同じでな。……初めて会った時って覚えてるか? 円堂」

「ああ。河川敷の広場だったろ。よく覚えてるよ」

「あの時さ、オレに話しかけてきた第一声が『サッカーやろうよ』だったんだぜ」

「そうだったっけ?」

 自分たちのキャプテンが昔からの『サッカーバカ』と分かり、1年たちは納得して頷いた。

「そうだったんでやんすか。キャプテンと言えばまずサッカーでやんすからね」

「どうりで風丸さんとキャプテンが知り合いっていうイメージがなくて、ピンと来なかったんですよ」

「そっかぁ?」

 首を捻る円堂に風丸は苦笑いで促す。

「オレと円堂の話はいいからさ。やるんだろ、サッカー」

 みんなはにっこりと頷いた。

 久し振りの学校のグラウンドでの練習。そして頼もしい先輩たち。1年たちは夢中になってボールを蹴った。それは至福のひとときと言っても過言ではなかった。

「ありがとうな、風丸。お陰でみんな大喜びだよ」

 円堂が昔からの友人に礼を言うと、風丸は神妙な面持ちで振り向いた。少し言い渋るように話しかける。

「……あのな、円堂。実は」

 だがその続きの言葉はグラウンドの向こうで風丸の姿を見つけた、陸上部の後輩によって遮られた。

「風丸さ~ん!」

 小麦色に日焼けした肌を、オレンジ色のランニングシャツから覗かせている後輩が駈けてきた。

「こんな所にいたんですか? 陸上部のみんなが待ってますよ」

「宮坂……」

 風丸は言い淀んだが、結局ふっと吐息を漏らすと円堂たちに顔だけを向けた。

「すまない、円堂。オレ、もう行かなきゃ」

「ん? いいって。部活終わったら一緒に帰ろうぜ、風丸」

「ああ。じゃあな!」

 宮坂と共にグラウンドを去ってゆく風丸に1年たちは、

「ありがとうございましたー!」

 と声を揃えて礼をする。振り返って風丸は片手を振った。

「円堂くん!」

 今度はサッカー部マネージャーの秋が円堂を呼んだ。

「なんだ?」

「うん。ちょっと消耗品のことで相談があるんだけど……」

「分かった。みんな! マネージャーと話してるから休憩取っててくれ」

 秋と一緒に何やらノートを覗きながら話を始めた円堂を見て、1年たちはとりあえず水分でも摂ろうと水飲み場へと向かった。

「いい人でしたっスね。風丸さん」

「そうそう。マジメだし、熱心だし」

「ああ、あれこそ先輩としてのかくあるべき姿、って奴だよな」

 みんなが口々に風丸の態度を褒めちぎっていると、栗松が余計なことを言い出す。

「いや~、意外に男っぽい人でやんしたね。あんな可愛い顔してるのに」

 すると宍戸が栗松を睨んだ。

「言うなよ、そういうの!」

「そんなおっかない顔しないで欲しいでやんす、宍戸~!」

 おどけた調子の栗松にみんなが笑い出す。だが、その笑みはすぐに溜息に変わった。

「それにひきかえ、うちの先輩たちって……」

 部室に居るであろう、二人の2年生は未だにサボりを決め込んでいるのだろう。それを思うと気分が妙にざわめいた。

「……風丸さんがうちの先輩だったら良かったのに」

 少林がぼそりと呟く。

「そうっスねぇ。風丸さんが先輩だったらうちの部も……」

「な、何言ってるんだよ、お前ら!」

 宍戸が慌てて、神妙な顔をしている同輩たちを諌める。

「バカなこと言うなよ。……そりゃあ、そりゃあオレだってさっき一緒にサッカーやってて、風丸さんがうちの部に来てくれたらいいな、って思ったさ! でもあの人陸上部のエースなんだぜ? それを捨ててまで廃部寸前のうちになんて……来てくれるハズねーだろっ」

 宍戸の言葉は次第に湿っぽくなった。

「夢見てるんじゃねーよ。現実見ろよ。……うちの先輩は染岡さんと半田さんとキャプテンだけだろ。それに万が一、風丸さんがうちに来てくれたって、8人ぽっちじゃ試合にすら出れねーよ……」

 宍戸は既に涙声になってしまった。前髪で隠れた目元を拳で押さえているのは、滲んだ涙を拭っているのだろう。それを見て栗松がおろおろと取り繕うとする。

「宍戸ぉ……、泣いちゃダメでやんす」

 少林と壁山はしゅんとして肩を落とす。

「なんかさ。戻ろうか、部室」

「うん。そうした方がいいっス。やる気……なくなったっス」

 さっきまでの至福の時間が彼らに取って、どんなにか喜ばしいものだったか。だがその分だけ、いつもの現実に戻された時の落胆といったら言葉ではとても表せそうにもない。とぼとぼとした足取りで4人は部室へと歩き出した。たどり着いたおんぼろ小屋の部室の軒下では、ツバメの番いがせっせと雛たちに餌を運んでいる。それを眺めて4人は更に溜息を深くした。

 秋の相談を終えた円堂がグラウンドに戻ったが、部室に帰ってしまった4人の姿がないので、惚けて顔を顰めたのはそのすぐ後の事だ。



 それから暫くの間、4人の1年生たちの日課は部室へ来ると真っ先に、軒下のツバメの巣を覗くのが習慣になった。雛たちは日に日に育ってゆき、灰色だった羽毛は次第に黒地になり、黄色いくちばしの周りもはっきりとした赤い模様が見えて来るようになった。

 日々の練習も相変わらずで、キャプテンの円堂だけが張り切るだけで染岡と半田は部室で無精面をしているか、漫画雑誌を捲っているだけ。1年たちのやる気はだんだんと失せていき、たまにグラウンドを借りられた時だけのろのろとした動きでボールを蹴るのであった。それを時々、陸上部の練習の合間に風丸が見ていた事も知らずに。

 そんなある日、部室へやって来た4人が軒下を見上げると、ツバメの巣はもぬけの殻で、餌を運ぶ親鳥もピィピィとやかましくさえずる雛たちの姿もなかった。

「ツバメ……いなくなっちゃったね」

「巣立ったんだろ。もう飛べるようになったから」

「寂しくなったでやんす……」

 栗松がぽつりと言うと、壁山がはぁと溜息をついて腹を擦った。

「おなかすいたっス。部室でお菓子でも食べるっス」

「オレも拳法の練習でもしようかな?」

「あ。ゲーム持って来たからちょっとやってみるでやんす」

「それ、昨日買った新作か?」

「そうでやんす。宍戸、見たいでやんすか?」

「おう、見せろ」

 空になった巣に背を向けると1年たちは、部室へ上がってしまった。染岡と半田もやって来たが、相変わらず練習をする気配はなく、詰まらなそうにしている。円堂がやって来て、練習を始めようと声をかけたが、みんなは一瞥をくれただけだった。



 そんなある日の事だった。雷門中生徒会長の夏未が顧問の冬海と共に部室へやって来たのは――。

「帝国学園と練習試合?」

「そうです。但し、一つ条件があるわ。きちんと試合出来るだけの部員を揃えること。それが叶わなければ、試合は出来ないどころか、サッカー部は廃部となります。出来るかしら? 熱血キャプテンさん」

 夏未の通達に、円堂はうきうきと沸き上がる気分に燃え上がった。

「ああ、やってやるさ! 残りの部員4人、絶対1週間以内に集めてやるからな」

 夏未はそんな円堂に対してすました顔でつんと横を向いた。

「まあ、精々頑張ることね」

 部室を出てゆく夏未にへつらいながら、顧問の冬海は、

「わざわざうちを指名して下さった帝国の皆さんの為、恥などかかせないようにして下さいよ」

と、言い残すと一緒に出て行ってしまった。

 残されたのは、自信満々の円堂と呆気にとられた残りの部員たちだ。

「帝国……だってよ」

「なんだってそんな所がうちを指名してくるんだ?」

 首を捻る半田と染岡。1年たちもひそひそと顔を見合わせる。

「帝国って、去年のフットボールフロンティアの優勝校っスよね?」

「えー? ムリだって、そんな所と!」

「大体部員をあと4人集めないとならないなんて……」

「大丈夫だっ!」

 円堂が確信ありげに張り上げた胸を拳で叩く。

「大丈夫って、宛てはあるんでやんすか、キャプテン?」

「いるぜ! ひとり、すっげぇ奴がうちのクラスに転校して来たからさ!!」

「転校生……?」

 ますます意味が分からないという風情のみんなに対し、円堂は頷きながら言い放つ。

「ああ。だからあと3人だけだろ。じゃ、早速残りの部員集めてくるからな! みんなは試合に備えて練習な!」

 それだけ言うと、円堂は部室を後にし、外へ駆け出して行ってしまった。

「行っちゃったよ、キャプテン」

「で、どうすんの? オレら」

 1週間後に試合となれば、今からでも練習するべきだろう。でも相手は40年もの間、フットボールフロンティアで優勝し続けている、あの帝国学園である。

「どうせ、仮に部員が集まったって、うちの負けに決まってるだろ。やるだけ無駄じゃねぇか」

 染岡が机に頬杖をつくと、「だよな~」と半田が椅子に座り込んだ。1年たちも躊躇し始める。

「どうする?」

「相手が相手でやんすしね……」

 期待以上に不安の方が大きかったのだ。だがそんな気分も吹っ飛ぶ事態は翌日に起こった。

 授業を終えて4人揃って部室へと向かう1年たちに話しかけて来たのは、鞄を肩からかけた風丸だった。

「よう」

 にっこりと笑いかける風丸が足を向ける場所は、どう見ても自分たちのおんぼろの部室で。

「あの~。風丸さん、陸上部はあっちでやんすよ?」

 栗松は部室の更に向こうにある、子綺麗に並ぶクラブハウスを指差したが、風丸は、

「いや、いいんだ」

 と首を降ると、さっさと1年たちを追い越し、サッカー部のおんぼろ小屋に入ってしまった。

「何で風丸さんがうちに……?」

「キャプテンに用でもあるんスかね?」

 首を傾げながら部室のドアを開けるとそこに居たのは、自分たちが普段着ているユニフォーム姿の陸上部エースの姿だった。

「ええ――っ!?」

 1年たちの驚き声が部室内に響いたのは無論の事だった。

「な、なんで……?」

「ウソだ……。こんなの夢だ……!」

「おー! 風丸、もう着替えたのか! うちのユニフォーム似合うじゃないか」

 部室に入って来た円堂がユニフォーム姿の風丸を見て、破顔する。1年たちは一斉に円堂に振り向いた。

「ど、どうなってるっスか、キャプテン……」

「ああ、ごめん。まだお前たちに話してなかったな」

「おいおい、円堂」

 呆れ顔の風丸の横に、頭をかきながら円堂は並んだ。

「風丸は帝国との試合の為に、うちの助っ人に来てくれたのさ」

「改めて、宜しくな」

 そう挨拶して微笑む風丸に、1年たちはわあっと諸手を上げた。

「やった! 風丸さんがうちに来てくれた~!」

「夢じゃないよな? 栗松。オレのほっぺ、つねってくれ」

「はいでやんす、宍戸!」

 栗松にぎゅぅっと頬をつねられ、痛そうに宍戸は涙声で、

「ゆ、夢じゃない! ホントの現実だ~!」

と、ガッツポーズを取った。1年たちの態度に、風丸は逆にぽかんと口を開けた。円堂はそれを見て背中をポンと叩く。

「風丸。みんな大歓迎だってさ」

「そ、そうか」

 そこに遅れて入って来たのは、染岡と半田だ。勿論二人も風丸を見て仰天する。

「か、風丸?」

「なんで、お前がここにいるんだ!?」

 二人を見て、風丸は真顔になった。眉を吊り上げ、両手を腰に当てる。

「遅いじゃないか、お前ら。オレがサッカー部に入ったからにはもう、サボりなんか許さないからな!」

「風丸。お前がうちに?」

 半ば呆れ顔の半田に対し、染岡は風丸の言葉にむっとなる。

「何だと?」

 厳つい顔を鼻先に向け睨むが、風丸も負けてはいない。毅然とした態度を取る。

「陸上部エースだかなんだか知らねぇが、サッカーで通用すると思うなよ!」

「さあ、どうだかな?」

 染岡は舌打ちすると、慌ててユニフォームに着替え始めた。

「染岡? どうしたんだよ」

「うっせぇ! サッカー部の神髄ってやつを思い知らせてやるんだよ!!」

 そう言い残すと、染岡はグラウンドへ走り出てゆく。残った1年たちがほうと感心した。

「すごい。キャプテンがいくら言っても練習なんてしようとしなかったのに……」

「さすが風丸さん、でやんす」

「円堂が悪い訳じゃないぜ。多分、染岡は何かきっかけが欲しかっただけさ」

 そんな風丸に1年たちはますますきらきらとした目を向ける。残され肩を竦める半田に、風丸が更に言う。

「で、半田。お前はどうするんだ?」

「どうするって……。そりゃ、するしかないだろ、練習」

「へぇ……?」

「お、オレだってさ。そろそろ、本気出そうと思ってたとこなんだよ!」

 そう返すと、ばつが悪そうに着替えを始めた。それを見て1年たちもユニフォームに袖を通した。動き始めたみんなを見てうんうん頷いた円堂は、

「じゃ、オレもそろそろ残りのメンバー集めに回るから」

と言うと、風丸が、

「円堂、声かけるならマックスにいっぺん会ったらどうだ?」

と持ちかけて来た。

「マックス?」

「ああ。うちのクラスの隣りの松野。あいつ、いろんな運動部に出入りしてるんだけど、器用だから何でもこなすらしいぜ」

「おう、サンキューな。会ってみる。じゃ、行ってくるぜ!」

 円堂は部室を出ようとして、気付いたように振り返る。

「あ。分かんないことあったら何でも、1年たちに訊いてくれ。頼むぜ、お前たち」

 あたふたと忙しそうな円堂に、みんなは声を揃えて返事した。

「ルールとか、オレまだよく分からないんだよな」

 そう言う風丸に1年たちは取り囲んで、色々案内した。

「ルールブックありますよ。見ますか」

「ああ、ありがとう。でもまず、準備運動だ」

 とりあえずみんなで部室を出た先に、鳥のさえずる声が軒下から聞こえて来た。

「あっ! 見てよ、みんな」

 ツバメの巣に、新しく若い番いがやってきて巣ごもりの準備をしていたのだ。

「また違うのが来たんだ」

 風丸も軒下を見上げて、微笑んだ。

「ツバメか。そっとしておいた方がいいぜ。なにせ、ツバメは幸運の使者、って言われてるからな」

 なるほどと、みんなは頷いて風丸を見た。

「それにしても、あのツバメたち、キャプテンと風丸さんみたいでやんすねぇ」

 へへへ、と笑う栗松に宍戸が小声で拳を振り上げる。

「おいっ、メスの方が風丸さんって言うなよ。言うなよ?」

「そこまで言ってないでやんす~!」

 慌てる栗松に他の二人が笑う。風丸と半田は訳が分からずに、苦笑いして小首を傾げた。ツバメが若いサッカー部員たちを応援するように、声高らかにさえずる。

 これから後、円堂の言う凄い転校生がサッカー部に入部して、それこそ幸運が舞い降りたようにサッカー部の繁栄が始まるのだが、それを1年たちが知るのはまだ先の話だ。


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 見事なほどに綺麗に澄みわたった青空を見上げて、みんなはふうと溜息をついた。

 少し離れたグラウンドで、別の運動部の部長と交渉中なのは、我らがキャプテンの姿。

 だってしょうがねーじゃん。誰かがぼそりと呟いた。うちの部7人しかいねーもん。サッカーは11人でやるもんだぞ。

 それに釣られて他の3人ももう一度溜息をついた。

 壁山と栗松と宍戸と少林寺の、雷門中サッカー部1年生部員の4人は、嫌になるくらい青く高い空を見上げた。何処からか鳥のさえずる声が聞こえる。

「今日もダメなんでやんすね、グラウンド使えるの」

 こう、毎度毎度「やんす」と語尾にくっつけて話すのは栗松。名前通りのいがぐり頭をぐるりと回した。

「キャプテン、頑張ってるんスけどねぇ……」

 大きな体を揺すりながら壁山がこぼす。

「頑張ってても結果が出ないんじゃなぁ」

 一番背の小さい少林寺──みんなからは『少林』と呼ばれている──はそう憎まれ口を叩いた。

「言うなよ、そういうの。あ~あ、今日も河川敷コースかなぁ」

 目元が隠れるほどのカーリーヘアーが印象的な宍戸がそばかす顔を顰めてそう呟くと、さぁっと一陣の風が吹いた。それと共に威勢のいいかけ声の一群が校舎の周りに沿って近づいてくる。皆、揃いのオレンジ色のランニングシャツ姿だ。

「あれ、陸上部の連中っスよ」

 壁山が右手を望遠鏡のように目の上に当てて、こちらへ駈けてくる彼らを眺めた。他の3人も一緒にそっちを見る。

「あ、あの先頭の青いポニーテールの人。知ってる?」

「知ってるも何も。風丸センパイっスよね?」

「あの人、陸上部のエースだってさ。めちゃめちゃ足速いらしいぜ。こないだの大会でも総嘗めでトップ取ったって話」

 宍戸がそう言うと他のみんなも「へぇ~」と感嘆の息を漏らした。

「でもなんか、髪が長いせいか……女の子みたいにキレイでやんすよねー」

 栗松がうっとりとして風丸を眺めながらそう言うと、宍戸が聞き捨てならない風に拳を震わせた。

「おいっ、栗松。そういうこと、風丸さんの前で言うなよっ? どこの世界に『女子みたいにキレイ』とか言われて喜ぶ男子がいるんだよっ!?」

「そ、そういうつもりじゃないでやんす!」

 壁山と少林は呆れ顔で二人のやり取りを見る。そうこうしているうちに、陸上部の部員たちは4人の目の前を去ってグラウンドの方へ行ってしまった。

「あ~あ、いいなぁ。他のクラブは忙しそうで……」

 少林が心底羨ましそうに、去ってゆく陸上部員たちの背中を見送った。と、そこへ、グラウンド使用交渉に失敗したらしくしょげた仕草をしていたキャプテンの円堂が、陸上部のランニング部隊の先頭に呼びかけるのが見えた。

「あ! 風丸ー!!」

「あれっ?」

と1年生たちが驚いてそっちを見た。円堂が駆け寄ると風丸もランニングの列から離れて、二人で差し向かいになって何か話し始めている。少々距離がある所為か、何の話をしてるのかは聞こえない。

「キャプテンと風丸さん、知り合いなんスかねぇ?」

「同じクラスだったっけ?」

「いや。別のハズだけど」

「キャプテンと風丸さんが知り合い……これは大きな謎でやんす」

 二人を結びつけるイメージが想像出来ない1年たちが首を傾げていると、軽く手を挙げて風丸が元のランニングの列に帰って行ってしまった。代わりに円堂が1年たちの方へ駈けてくる。

「おまたせ! 悪いなぁ……、今日もグラウンドは無理だってさ。でも、河川敷に行けば練習は出来るからさ。早速行こうぜ!」

 苦笑いして頭をかきながら、円堂がそう言う。

「また小学生のチームと一緒っスかぁ?」

「そう言うなよ。お前たちだって、ふた月前までは小学校だったろ。さ! やろうぜ、サッカー」

 円堂は1年たちに発破をかけた。みんなは溜息をひとつ付くと、河川敷へと走り出す円堂の後をのろのろとついて行った。



 次の日、ユニフォームに着替え終わった1年たちが部室から出てくると、不意に頭上からピィピィという小鳥のけたたましいさえずりが聞こえてきた。見上げると軒下にツバメの巣が出来ていて、そこから数匹の雛たちが顔を出し、餌を運んできた親鳥に催促をしているのだった。

「あー、ツバメの巣だ」

「いつの間に作ったんだ。こんなトコに」

「でも可愛いっス」

 壁山が巨体を揺すってにこにこと笑って見ている。少林が一所懸命背を伸ばして巣の中を見ようとするので、壁山が手を貸して背中に背負わせてやると、やっと雛たちを見ることが出来た。

「ホントだ。頭ばっか大きいけど」

「何匹でやんすか?」

「ん~。ひぃふぅみぃ……4匹だよ」

 少林は指差しながら数えると栗松に教えてやった。

「4匹……オレたちと同じか」

 宍戸が感慨深げにそう言うと、目の前をヒュウと旋回して翳めた親鳥が巣へ飛んできた。途端に雛たちがやかましく鳴き出す。

「エサが待ち遠しいんでやんすねぇ」

 4匹の雛たちを眺めながら、いつの間にか1年たちは自分たちの境遇と比べていた。

「オレたちもさ……そろそろ練習だけじゃなく、試合、やりたいよなぁ」

「そうっスよ。でも、毎日練習してるのって、オレら以外はキャプテンだけだし」

 思わず部室の窓から内部を覗く。机に向かい合わせになって、もう二人の先輩が座っていた。ピンクの五分刈り頭の染岡は心底詰まらなそうな顔をして、腕組みをしてるだけだし、極めて凡庸な風貌の半田はユニフォームに着替えもせずに、漫画を読みながらゲラゲラ笑っている。

 また溜息が1年たちを襲った。そこへ円堂が大きく手を振りながら、部室へ走ってくる。

「おお~い! 今日はちょっとだけグラウンド借りれるってさ! 行こうぜ、みんな!!」

「マジでやんすか?」

「久々のグラウンドか!」

 喜び勇んで1年たちが円堂と共にグラウンドへ急ぐと、そこに普段なら見かけない筈の人間がいることに気付いて仰天した。

「やあ、円堂」

 雷門中特有の、稲妻を象った模様の入ったジャージの上下姿の風丸がそこに居た。

「風丸? どうしたんだ」

 円堂が訝しげな顔で訊くと、風丸はにこりと笑って応える。

「いや。今日もお前と1年だけなんだろ? ちょっとだけ付き合ってやるよ」

「ホントか! おい、風丸も一緒に練習してくれるってさ」

 円堂が漫然の笑みで振り返ると、逆にぽかんとした1年たちを見て首を傾げた。

「あの~。いいんですか? 陸上部は?」

 不思議そうに宍戸が訊くと、風丸は

「いいんだ。たまにはな」

と、ふっと微笑む。

「風丸さん。キャプテンとはどういう関係なんでやんす?」

「1年の時、同じクラスだったとかですか?」

 いきなり根掘り葉掘り二人の関係を訊かれて、円堂と風丸は「えっ?」と互いに顔を見合わせた。

「あ、そっか。まだお前たちは知らないんだったな」

 腰に手を当てて考え込んで、円堂がやっと気付いた。

「オレたち、ガキの頃からの付き合いなんだ」

「そう。小学校が同じでな。……初めて会った時って覚えてるか? 円堂」

「ああ。河川敷の広場だったろ。よく覚えてるよ」

「あの時さ、オレに話しかけてきた第一声が『サッカーやろうよ』だったんだぜ」

「そうだったっけ?」

 自分たちのキャプテンが昔からの『サッカーバカ』と分かり、1年たちは納得して頷いた。

「そうだったんでやんすか。キャプテンと言えばまずサッカーでやんすからね」

「どうりで風丸さんとキャプテンが知り合いっていうイメージがなくて、ピンと来なかったんですよ」

「そっかぁ?」

 首を捻る円堂に風丸は苦笑いで促す。

「オレと円堂の話はいいからさ。やるんだろ、サッカー」

 みんなはにっこりと頷いた。

 久し振りの学校のグラウンドでの練習。そして頼もしい先輩たち。1年たちは夢中になってボールを蹴った。それは至福のひとときと言っても過言ではなかった。

「ありがとうな、風丸。お陰でみんな大喜びだよ」

 円堂が昔からの友人に礼を言うと、風丸は神妙な面持ちで振り向いた。少し言い渋るように話しかける。

「……あのな、円堂。実は」

 だがその続きの言葉はグラウンドの向こうで風丸の姿を見つけた、陸上部の後輩によって遮られた。

「風丸さ~ん!」

 小麦色に日焼けした肌を、オレンジ色のランニングシャツから覗かせている後輩が駈けてきた。

「こんな所にいたんですか? 陸上部のみんなが待ってますよ」

「宮坂……」

 風丸は言い淀んだが、結局ふっと吐息を漏らすと円堂たちに顔だけを向けた。

「すまない、円堂。オレ、もう行かなきゃ」

「ん? いいって。部活終わったら一緒に帰ろうぜ、風丸」

「ああ。じゃあな!」

 宮坂と共にグラウンドを去ってゆく風丸に1年たちは、

「ありがとうございましたー!」

 と声を揃えて礼をする。振り返って風丸は片手を振った。

「円堂くん!」

 今度はサッカー部マネージャーの秋が円堂を呼んだ。

「なんだ?」

「うん。ちょっと消耗品のことで相談があるんだけど……」

「分かった。みんな! マネージャーと話してるから休憩取っててくれ」

 秋と一緒に何やらノートを覗きながら話を始めた円堂を見て、1年たちはとりあえず水分でも摂ろうと水飲み場へと向かった。

「いい人でしたっスね。風丸さん」

「そうそう。マジメだし、熱心だし」

「ああ、あれこそ先輩としてのかくあるべき姿、って奴だよな」

 みんなが口々に風丸の態度を褒めちぎっていると、栗松が余計なことを言い出す。

「いや~、意外に男っぽい人でやんしたね。あんな可愛い顔してるのに」

 すると宍戸が栗松を睨んだ。

「言うなよ、そういうの!」

「そんなおっかない顔しないで欲しいでやんす、宍戸~!」

 おどけた調子の栗松にみんなが笑い出す。だが、その笑みはすぐに溜息に変わった。

「それにひきかえ、うちの先輩たちって……」

 部室に居るであろう、二人の2年生は未だにサボりを決め込んでいるのだろう。それを思うと気分が妙にざわめいた。

「……風丸さんがうちの先輩だったら良かったのに」

 少林がぼそりと呟く。

「そうっスねぇ。風丸さんが先輩だったらうちの部も……」

「な、何言ってるんだよ、お前ら!」

 宍戸が慌てて、神妙な顔をしている同輩たちを諌める。

「バカなこと言うなよ。……そりゃあ、そりゃあオレだってさっき一緒にサッカーやってて、風丸さんがうちの部に来てくれたらいいな、って思ったさ! でもあの人陸上部のエースなんだぜ? それを捨ててまで廃部寸前のうちになんて……来てくれるハズねーだろっ」

 宍戸の言葉は次第に湿っぽくなった。

「夢見てるんじゃねーよ。現実見ろよ。……うちの先輩は染岡さんと半田さんとキャプテンだけだろ。それに万が一、風丸さんがうちに来てくれたって、8人ぽっちじゃ試合にすら出れねーよ……」

 宍戸は既に涙声になってしまった。前髪で隠れた目元を拳で押さえているのは、滲んだ涙を拭っているのだろう。それを見て栗松がおろおろと取り繕うとする。

「宍戸ぉ……、泣いちゃダメでやんす」

 少林と壁山はしゅんとして肩を落とす。

「なんかさ。戻ろうか、部室」

「うん。そうした方がいいっス。やる気……なくなったっス」

 さっきまでの至福の時間が彼らに取って、どんなにか喜ばしいものだったか。だがその分だけ、いつもの現実に戻された時の落胆といったら言葉ではとても表せそうにもない。とぼとぼとした足取りで4人は部室へと歩き出した。たどり着いたおんぼろ小屋の部室の軒下では、ツバメの番いがせっせと雛たちに餌を運んでいる。それを眺めて4人は更に溜息を深くした。

 秋の相談を終えた円堂がグラウンドに戻ったが、部室に帰ってしまった4人の姿がないので、惚けて顔を顰めたのはそのすぐ後の事だ。



 それから暫くの間、4人の1年生たちの日課は部室へ来ると真っ先に、軒下のツバメの巣を覗くのが習慣になった。雛たちは日に日に育ってゆき、灰色だった羽毛は次第に黒地になり、黄色いくちばしの周りもはっきりとした赤い模様が見えて来るようになった。

 日々の練習も相変わらずで、キャプテンの円堂だけが張り切るだけで染岡と半田は部室で無精面をしているか、漫画雑誌を捲っているだけ。1年たちのやる気はだんだんと失せていき、たまにグラウンドを借りられた時だけのろのろとした動きでボールを蹴るのであった。それを時々、陸上部の練習の合間に風丸が見ていた事も知らずに。

 そんなある日、部室へやって来た4人が軒下を見上げると、ツバメの巣はもぬけの殻で、餌を運ぶ親鳥もピィピィとやかましくさえずる雛たちの姿もなかった。

「ツバメ……いなくなっちゃったね」

「巣立ったんだろ。もう飛べるようになったから」

「寂しくなったでやんす……」

 栗松がぽつりと言うと、壁山がはぁと溜息をついて腹を擦った。

「おなかすいたっス。部室でお菓子でも食べるっス」

「オレも拳法の練習でもしようかな?」

「あ。ゲーム持って来たからちょっとやってみるでやんす」

「それ、昨日買った新作か?」

「そうでやんす。宍戸、見たいでやんすか?」

「おう、見せろ」

 空になった巣に背を向けると1年たちは、部室へ上がってしまった。染岡と半田もやって来たが、相変わらず練習をする気配はなく、詰まらなそうにしている。円堂がやって来て、練習を始めようと声をかけたが、みんなは一瞥をくれただけだった。



 そんなある日の事だった。雷門中生徒会長の夏未が顧問の冬海と共に部室へやって来たのは――。

「帝国学園と練習試合?」

「そうです。但し、一つ条件があるわ。きちんと試合出来るだけの部員を揃えること。それが叶わなければ、試合は出来ないどころか、サッカー部は廃部となります。出来るかしら? 熱血キャプテンさん」

 夏未の通達に、円堂はうきうきと沸き上がる気分に燃え上がった。

「ああ、やってやるさ! 残りの部員4人、絶対1週間以内に集めてやるからな」

 夏未はそんな円堂に対してすました顔でつんと横を向いた。

「まあ、精々頑張ることね」

 部室を出てゆく夏未にへつらいながら、顧問の冬海は、

「わざわざうちを指名して下さった帝国の皆さんの為、恥などかかせないようにして下さいよ」

と、言い残すと一緒に出て行ってしまった。

 残されたのは、自信満々の円堂と呆気にとられた残りの部員たちだ。

「帝国……だってよ」

「なんだってそんな所がうちを指名してくるんだ?」

 首を捻る半田と染岡。1年たちもひそひそと顔を見合わせる。

「帝国って、去年のフットボールフロンティアの優勝校っスよね?」

「えー? ムリだって、そんな所と!」

「大体部員をあと4人集めないとならないなんて……」

「大丈夫だっ!」

 円堂が確信ありげに張り上げた胸を拳で叩く。

「大丈夫って、宛てはあるんでやんすか、キャプテン?」

「いるぜ! ひとり、すっげぇ奴がうちのクラスに転校して来たからさ!!」

「転校生……?」

 ますます意味が分からないという風情のみんなに対し、円堂は頷きながら言い放つ。

「ああ。だからあと3人だけだろ。じゃ、早速残りの部員集めてくるからな! みんなは試合に備えて練習な!」

 それだけ言うと、円堂は部室を後にし、外へ駆け出して行ってしまった。

「行っちゃったよ、キャプテン」

「で、どうすんの? オレら」

 1週間後に試合となれば、今からでも練習するべきだろう。でも相手は40年もの間、フットボールフロンティアで優勝し続けている、あの帝国学園である。

「どうせ、仮に部員が集まったって、うちの負けに決まってるだろ。やるだけ無駄じゃねぇか」

 染岡が机に頬杖をつくと、「だよな~」と半田が椅子に座り込んだ。1年たちも躊躇し始める。

「どうする?」

「相手が相手でやんすしね……」

 期待以上に不安の方が大きかったのだ。だがそんな気分も吹っ飛ぶ事態は翌日に起こった。

 授業を終えて4人揃って部室へと向かう1年たちに話しかけて来たのは、鞄を肩からかけた風丸だった。

「よう」

 にっこりと笑いかける風丸が足を向ける場所は、どう見ても自分たちのおんぼろの部室で。

「あの~。風丸さん、陸上部はあっちでやんすよ?」

 栗松は部室の更に向こうにある、子綺麗に並ぶクラブハウスを指差したが、風丸は、

「いや、いいんだ」

 と首を降ると、さっさと1年たちを追い越し、サッカー部のおんぼろ小屋に入ってしまった。

「何で風丸さんがうちに……?」

「キャプテンに用でもあるんスかね?」

 首を傾げながら部室のドアを開けるとそこに居たのは、自分たちが普段着ているユニフォーム姿の陸上部エースの姿だった。

「ええ――っ!?」

 1年たちの驚き声が部室内に響いたのは無論の事だった。

「な、なんで……?」

「ウソだ……。こんなの夢だ……!」

「おー! 風丸、もう着替えたのか! うちのユニフォーム似合うじゃないか」

 部室に入って来た円堂がユニフォーム姿の風丸を見て、破顔する。1年たちは一斉に円堂に振り向いた。

「ど、どうなってるっスか、キャプテン……」

「ああ、ごめん。まだお前たちに話してなかったな」

「おいおい、円堂」

 呆れ顔の風丸の横に、頭をかきながら円堂は並んだ。

「風丸は帝国との試合の為に、うちの助っ人に来てくれたのさ」

「改めて、宜しくな」

 そう挨拶して微笑む風丸に、1年たちはわあっと諸手を上げた。

「やった! 風丸さんがうちに来てくれた~!」

「夢じゃないよな? 栗松。オレのほっぺ、つねってくれ」

「はいでやんす、宍戸!」

 栗松にぎゅぅっと頬をつねられ、痛そうに宍戸は涙声で、

「ゆ、夢じゃない! ホントの現実だ~!」

と、ガッツポーズを取った。1年たちの態度に、風丸は逆にぽかんと口を開けた。円堂はそれを見て背中をポンと叩く。

「風丸。みんな大歓迎だってさ」

「そ、そうか」

 そこに遅れて入って来たのは、染岡と半田だ。勿論二人も風丸を見て仰天する。

「か、風丸?」

「なんで、お前がここにいるんだ!?」

 二人を見て、風丸は真顔になった。眉を吊り上げ、両手を腰に当てる。

「遅いじゃないか、お前ら。オレがサッカー部に入ったからにはもう、サボりなんか許さないからな!」

「風丸。お前がうちに?」

 半ば呆れ顔の半田に対し、染岡は風丸の言葉にむっとなる。

「何だと?」

 厳つい顔を鼻先に向け睨むが、風丸も負けてはいない。毅然とした態度を取る。

「陸上部エースだかなんだか知らねぇが、サッカーで通用すると思うなよ!」

「さあ、どうだかな?」

 染岡は舌打ちすると、慌ててユニフォームに着替え始めた。

「染岡? どうしたんだよ」

「うっせぇ! サッカー部の神髄ってやつを思い知らせてやるんだよ!!」

 そう言い残すと、染岡はグラウンドへ走り出てゆく。残った1年たちがほうと感心した。

「すごい。キャプテンがいくら言っても練習なんてしようとしなかったのに……」

「さすが風丸さん、でやんす」

「円堂が悪い訳じゃないぜ。多分、染岡は何かきっかけが欲しかっただけさ」

 そんな風丸に1年たちはますますきらきらとした目を向ける。残され肩を竦める半田に、風丸が更に言う。

「で、半田。お前はどうするんだ?」

「どうするって……。そりゃ、するしかないだろ、練習」

「へぇ……?」

「お、オレだってさ。そろそろ、本気出そうと思ってたとこなんだよ!」

 そう返すと、ばつが悪そうに着替えを始めた。それを見て1年たちもユニフォームに袖を通した。動き始めたみんなを見てうんうん頷いた円堂は、

「じゃ、オレもそろそろ残りのメンバー集めに回るから」

と言うと、風丸が、

「円堂、声かけるならマックスにいっぺん会ったらどうだ?」

と持ちかけて来た。

「マックス?」

「ああ。うちのクラスの隣りの松野。あいつ、いろんな運動部に出入りしてるんだけど、器用だから何でもこなすらしいぜ」

「おう、サンキューな。会ってみる。じゃ、行ってくるぜ!」

 円堂は部室を出ようとして、気付いたように振り返る。

「あ。分かんないことあったら何でも、1年たちに訊いてくれ。頼むぜ、お前たち」

 あたふたと忙しそうな円堂に、みんなは声を揃えて返事した。

「ルールとか、オレまだよく分からないんだよな」

 そう言う風丸に1年たちは取り囲んで、色々案内した。

「ルールブックありますよ。見ますか」

「ああ、ありがとう。でもまず、準備運動だ」

 とりあえずみんなで部室を出た先に、鳥のさえずる声が軒下から聞こえて来た。

「あっ! 見てよ、みんな」

 ツバメの巣に、新しく若い番いがやってきて巣ごもりの準備をしていたのだ。

「また違うのが来たんだ」

 風丸も軒下を見上げて、微笑んだ。

「ツバメか。そっとしておいた方がいいぜ。なにせ、ツバメは幸運の使者、って言われてるからな」

 なるほどと、みんなは頷いて風丸を見た。

「それにしても、あのツバメたち、キャプテンと風丸さんみたいでやんすねぇ」

 へへへ、と笑う栗松に宍戸が小声で拳を振り上げる。

「おいっ、メスの方が風丸さんって言うなよ。言うなよ?」

「そこまで言ってないでやんす~!」

 慌てる栗松に他の二人が笑う。風丸と半田は訳が分からずに、苦笑いして小首を傾げた。ツバメが若いサッカー部員たちを応援するように、声高らかにさえずる。

 これから後、円堂の言う凄い転校生がサッカー部に入部して、それこそ幸運が舞い降りたようにサッカー部の繁栄が始まるのだが、それを1年たちが知るのはまだ先の話だ。


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