ひだかみゆき

超次元サッカーの元陸上部大好きマンです。

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投稿日:2016年05月20日 21:37    文字数:9,615

週末はいつものところ

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サイトから再掲。
BL要素はないです。
以下は当時のあとがき。

偶然と必然https://pictbland.net/items/detail/159031の続きです。
なんか自然に続きの話が浮かんだのですが。いつもの長編脳が働きました。B型の水平思考舐めんなw!
風丸さんの円堂の気持ちはホモ的なあれじゃなくて、親友が女子と付きあうようになったら、なんか寂しいな……って感情だと思います。飽くまで。
しかし、風丸さんの対女子スキルなさ過ぎ。文字打ってて、情けないやら可哀想やらですが、かと言って軽くあしらえる風丸さんはもっと違うな~と思いますです。
<2011/7/23脱稿>
1 / 1

 土曜日のサッカー部はいつも午後3時までなので、それからの時間は基本自由だ。

 まだまだ特訓をつづけるもの、これから勉強にいそむもの、どこかへ寄り道しようと話し合うもの、……と、部室の中は部員たちの声が飛び交っていた。

 そんな中、兼ねてからの希望もあり、今日は雷門中に転校して来た冬花が風丸の自宅を訪れることになっていた。

 とは言っても、彼女ひとりだけという訳ではない。

 だいたいがまだ男女の仲とか意識しようがしまいが、男子の家に女子がひとりだけ訪れるなどと、やましく思われることこの上ない訳で。

「フユッペ、風丸ん家に行くんだって? じゃあ、俺も一緒に行くよ」

 円堂が何の気もなしにそう言うと、聞き捨てならないと秋が加わった。

「だったら私も行くわ」

「アキもか?」

「だって、ほら。やっぱり男の子の家に女の子がひとりだけで行くなんて……。マズいでしょう? 色々と」

「ん。そうなのか?」

 円堂が首を捻ると、秋はうんうんと頷いた。

「ね。一緒に行きましょう。冬花さん」

「うん。秋さんと一緒だと心強いかも」

 和気あいあいと秋と冬花が微笑んでいると、それを耳にした春奈がひょいと顔を出した。

「何のお話ですか? えっ、風丸さんの家に遊びに行くんですか? はいはーい! だったら私もご一緒させてくださいっ!」

「私たちは構わないけど」

 秋と冬花が声を揃えて言うと、何故かそれに乗ったのは、他ならない、春奈の兄だった。

「俺も行こう」

 いつの間にか鬼道が春奈の背後に立っていた。

「おにいちゃん……」

 親バカならぬ兄バカ丸出しの鬼道は、やはり春奈が気にかかったのだろう。いくら他の女子が一緒だろうと、同じチームの仲間だろうと、男の家に大事な妹を自分の目の届かぬ状態で行かせる訳にはいかなかった。

 冬花に同行する仲間に鬼道が加わった所で、最後に豪炎寺が同意した。

「ならば、俺も行く」

「豪炎寺もか。じゃあ、この……6人で決まりだな」

「だ、そうだ。風丸」

 肝心のホストである風丸の意見なんか全く訊かずに、まとまった話を豪炎寺は改めて振った。

「ま、まあ。いいけどさ。どうせ、うちは誰もいないし。でも、大したもてなしはできないぞ」

 腕組みしてジャージを羽織った風丸は、半ば呆れた顔をしてにこにこ顔の6人の顔を見渡した。



 冬の陽射しはとても短く、それでも年明け前よりは幾分かは長くなっている。午後3時過ぎの太陽はほんのり暖かで、コート姿の女子たちは汗をかいているくらいだった。

「あ、そうそう。私、ちょっと家まで取りに行くものがあるから」

と、7人がぞろぞろと歩いている最中、秋は自宅の方を指差すと、ぱっと通りを駈けだした。

「先行ってて! すぐに追いつくから」

「なんなんだろ」

 大きく手を振ったかと思えばすぐに背を向けた秋の姿を目にし、円堂は首を捻った。

「さあ。少し待った方がいいか?」

「だったら、俺も少し」

 いきなり鬼道が願いだした。

「何だ?」

「ちょっと買うものがあってな」

「まぁ……いいけど」

 風丸が冬花を伺うと、彼女がこくんと頷いたので、鬼道にそう返事した。

「すまんな。……春奈」

 冬花の隣りで首を傾げていた妹に、鬼道はひそひそと耳元で呼びかける。

「アイスクリームは何が好きだ?」

「えっ、私? え~っと、クッキー&クリームも捨てがたいけど、やっぱりバニラかなぁ?」

「そうか」

 鬼道は春奈にそれだけを訊くと、通り道のコンビニへと行ってしまった。きょとんとした顔で春奈は兄の姿を追う。

「おまたせ~!」

 秋が手に紙の手提げ袋を抱えて戻って来た頃、鬼道も買い物を済ませてしまった。

「じゃ、みんな揃った所で、行くぞ」

 時間は既に3時半を回っている。風丸は6人の顔を見渡すと自宅へと歩き出した。

 女子3人は固まって、お喋りを交わしながら。豪炎寺は黙ったまま歩き、円堂と鬼道がサッカー部のことについて相談しているのに、時折、風丸は先導しながら相槌を打った。

「着いたぜ。ここが俺の家だ」

『稲妻ニュータウン』のアーチ状の看板がかかった通りに入って3軒目、青い屋根に、クリーム色の壁の家の前で、風丸は立ち止まって着いてきた6人に振りむいた。

「わぁ……」

 秋と春奈が感嘆の息を漏らす。冬花が眼を大きく見張って見上げる。

 小振りではあるが風丸の家は、庭先から通りに沿った塀越しにかけて、様々な緑や花々で溢れていた。

「スゴいです! 緑が一杯なんですねぇ!」

「キレイ……。お花のいい匂いが漂ってる。お手入れ大変でしょう、風丸くん」

 秋がプランターで咲き乱れるパンジーを眺めながら訊いた。

「いや。普段面倒見てるのうちの母親だからさ」

「じゃあ、お母さんの趣味なんだ?」

「まあな。たまには俺も手伝うけど」

「成る程……。道理がいったぞ」

 秋と風丸の会話を聞いて、鬼道が納得したように頷いた。

「何がだ?」

「この間の朝練の時、おまえの髪に小さな花びらが付いていただろう。冬なのに変だとは思ったんだが……」

「よく見てるな。俺が水やりした時付いたヤツじゃないかな、それ」

「フッ」

 当然だ、とでも言うように鬼道はにやりと返した。

 秋と春奈が風丸の家の花壇で盛り上がってるとき、冬花は家の外観を門の所からずっと見上げていた。円堂はそれに気づいて、彼女に話しかけた。

「どうした、フユッペ」

「うん、あのね。見覚えはあるんだけど、ちょっとこのお家……」

 ああ、そっか。と円堂は思いだす。風丸の家は元々は冬花の一家が住んでいたらしい。

「7年経ってるからな。う~ん」

「ううん。そうじゃなくって。なんて言えばいいのかな?」

 冬花が小首を傾げる。

「そろそろ中、入るぞ。寒くないか?」

 冬の陽射しは急激に遠くなる。さっきまでは少し暖かさを感じられたのに、寒さが次第に漂っていた。

 風丸が手招きして、みんなを玄関へ通した。ぞろぞろと6人が後につづく。

 風丸の家の中も、玄関とリビングと問わずたくさんの植木鉢やプランターの中で緑や色とりどりの花が乱舞していた。

「ほほぅ。お部屋の中も花だらけなんですね」

 春奈が携帯を取り出すと、カメラでリビングに置いてある植木鉢の一群を撮りだした。それから何やら凄い速さで指を動かして文字を打ち込みはじめる。

「音無、なにやってるんだ?」

「ツイッター始めたんですよ。『風丸さんのおうち、なう』っと」

「へんなもんまで撮るなよ……」

 風丸は春奈の携帯の画面を覗いて呆れた顔をすると、他のみんなにソファーに座るよう勧めた。

 秋はちょこんとソファーの端に座ると、ここに来る途中自宅から持って来た紙袋を取りだした。

「私ゆうべ、ブラウニー焼いたの。良かったらみんなで食べない?」

「アキはそれとりに行ってたのか?」

 円堂が尋ねると秋は照れたように頷いた。

「そうか。じゃあなんか飲み物でも……」

 風丸がみんなにお茶でも出そうと台所に行きかけた所、今度は冬花がカバンから何かを取り出した。小さいが四角いそれは、見る人が見れば納得いくだろうブランドのマークがプリントされた缶だった。

「私もこれを持ってきたの。お気に入りの紅茶なんだけど……」

「ああ! ありがとう。丁度紅茶を切らしてたとこだったんだ」

 全員コーヒーか、それとも緑茶にするべきかと思案に暮れていた風丸がこれ幸いにと手を差しだしたが、冬花は一瞬目を丸くして、そして首を振った。

「あの……私が淹れてもいい? かな」

と、小首を傾げる彼女に、風丸はどう対処すべきか、混乱してしまい困ったように円堂の顔を見た。

「へえ。フユッペの紅茶いっぺん飲んでみたいと思ったんだ。いいじゃん、風丸。淹れてもらえば?」

「あっ? あ、ああ……。じゃ、カップ用意するよ」

 風丸が台所へ冬花を案内しようとすると、ふたりに続いて秋が立ちあがった。

「私もお手伝いするわ」

 今度は春奈が慌てる番だった。他のふたりが手みやげを持ってきていると言うのに、自分は何も用意していない。すると、鬼道が待ち構えたように呼びかけた。

「ああ、そうだ。これも一緒に頼む」

 鬼道が途中で購入した包みを風丸たちに手渡す。

「春奈が選んだんだ」

「へぇ。アイスクリームか。ありがとう」

 ポリ袋の中を覗いて、ちょっと高級なブランドのアイスクリームのロゴを発見し、風丸は鬼道と春奈に礼を言った。

「わ、私もお手伝いしますー!」

 春奈も立ちあがる。途中、ひとりがけのソファーに座っている鬼道にそっと、

「おにいちゃん……ありがとう」

と、囁いて。

 ほどなくして、台所から7人分の紅茶とお菓子が伴われてみんなの前に現れた。数が足りなくて、カップと皿がまちまちなのはご愛嬌だ。

 ソファに座るには席が足りなくて、風丸と円堂だけは台所の食卓の椅子でティータイムが始まった。

 銘々がブラウニーとアイスクリーム、そして冬花が心を込めて淹れた紅茶で口を綻ばせる。

 風丸は程よい熱さの、紅茶の清廉な味を心良く味わいながらみんなの顔をふと見渡した。楽しそうに談笑する女子と、そして円堂の顔とを見比べて、思わず下を向いた。

「ところで、お訊きしたいんですけど。今日はなんで風丸さんのおうちで集まる、って話になったんですか。そもそも」

 春奈が突拍子に疑問を投げかけたので、風丸と円堂がかくんと肩を落とし、秋が苦笑した。

「そんなことも知らなかったの……?」

「いえ。なんか楽しそうだなーと思いましてっ!」

 周りの反応を見て、当の春奈が苦笑いした。

「俺は、春奈が行くと言ったから、ついてきただけだ」

 鬼道が保護者然として言う。円堂はカップの紅茶を飲み干しテーブルに置くと春奈と鬼道に説明しはじめた。

「風丸の家がさ。実は昔、フユッペが住んでた家らしいんだ」

「えー! 凄い偶然なんじゃないですか、それ!」

 素っ頓狂な声を上げると、春奈は部屋の中を見回し、そして冬花へと視線を向ける。

「で、どうなんだ? 見覚えあるか?」

 風丸が尋ねたが、冬花は首を捻った。

「うん。さっきもマモルくんに言おうとしたんだけど、このお家……風丸くんの匂いがする」

 冬花の一言で、突然みんなは困惑の表情になった。

「風丸さんの匂いって……」

「お花の匂いしかしないわよ、ねえ……」

 秋と春奈が苦笑すると、冬花が肩をすくめた。

「あ、あの……。ごめんなさい。変なこと言っちゃった」

「冬花さんをバカにしたワケじゃないのよ」

 秋は慌てて、しゅんとなった冬花に取り繕うとした。すると円堂がくんくんと鼻をひくつかせた。

「うん。フユッペの言う通りだ。するぜ。風丸の匂い」

「何やってんだよ、円堂。恥ずかしい!」

 風丸が顔を真っ赤にして、立ちあがると未だに匂いを嗅いでいる円堂の頭を押さえだす。秋と春奈がくすくす笑った。冬花もそれにつられて微笑む。

「つまり……、こう言いたいんだろう、久遠は。この家は自分が覚えていた以上に、自分の家というよりも風丸の家という感じがする、と」

 豪炎寺がそう切り出すと、鬼道が頷いた。

「7年も経ってはいてな。月日の流れと言うものは残酷だ」

 鬼道の言う、時間の重みにみんながはっと息を呑んだ。いきなり重くなった空気を感じ、風丸は流れを変えようと向き直った。

「あ……。俺の部屋でも見るか。大してキレイでもないけど」

「見ましょう見ましょう。風丸さんのお部屋も興味津々です!」

と言う、春奈の声で2階にある風丸の自室へと、みんなは移動しだした。入ると、風丸が言うほど部屋の中は散らかっていず、むしろきちんと整頓されている。特に目を引くのは、低めの棚にずらりと飾ってある、トロフィーや賞状だった。

「何ですか、これ~! トロフィー凄い数ですよ!」

 携帯を取り出して、春奈がカメラのレンズを向ける。風丸が呆れた顔をした。

「あんまり撮るなよ。音無」

「いいじゃないですか。これ全部、陸上で取ったヤツなんですか?」

「まあ、そうだけどな。小学校の頃のもあるから……」

 風丸が照れくさそうに言うと、秋がトロフィーのひとつを指差した。

「これ、1年の頃私たちが応援に行った時のじゃない?」

「ん? ああ。見覚えあるような、ないような」

 円堂がそれを見て首を傾げるのを、春奈は見逃さなかった。

「1年の頃って……、風丸さんの応援しに行ったんですか?」

「そうなのか?」

「俺も初耳だ」

 豪炎寺と鬼道も一緒になって尋ねた。

「そっか。お前たちは知らないんだよな」

「サッカー部始めた頃、風丸くんはよく練習に付きあってくれたの。だから、陸上の大会があるからって時、染岡くんと半田くんも一緒に応援しに行ったのよね」

「あの頃はサッカー部4人しか居なかったから、わざわざ風丸が付きあってくれたのはスッゲー嬉しかったしさ」

「いや。俺も楽しかったからいいんだ。円堂や木野さんが大会に来てくれたのは、心強かったんだぜ」

 風丸の昔話にみんなが感心していた時、冬花はひとり部屋の中を見回していて、そして遂に何かを発見した。

「……あ。これ!」

「どうした、フユッペ?」

 歓喜の表情をした冬花を目敏く見て、円堂は話しかけた。

「あのね……。見て、これ」

 冬花が風丸の部屋の壁を指差すのを、みんなは凝視した。細い指の先に、壁に真横に刻まれた小さな傷跡があった。

「私がパパに背を測ってもらった時のあと。私、これ覚えてる」

 みんながそれを見直す。風丸が「あっ」と声を上げた。

「俺がここに越してきた時から、ずっと気になってたんだ、それ。うちの両親が前に住んでた人のだろうって。ちょうど俺の背と同じくらいだったしな」

 ほんの、120センチ程度の高さに刻まれた傷跡は、確かにその記憶を漂わせていた。冬花はそれに懐かしそうに指を這わせている。

「7年前の風丸はこれくらいの背丈だったんだな」

 鬼道がそう言うと、風丸は苦笑いした。

「当たり前だろ。円堂も、俺と同じくらいだったぜ」

「ん? みんなだってそのくらいの時はこんぐらいだろっ?」

 円堂が真顔でみんなの顔を見渡す。それぞれがこくんと頷いた。冬花は過去の思い出の傷跡をそっと撫でると、こう呟いた。

「でもこれで……、ここにパパやママの思い出が残ってるって分かって、良かった。これで私、さよならできる……」

「フユッペ?」

 円堂が彼女を見て首を捻った。冬花は振り向いて微笑む。

「今は、私にはお父さんがいるもの」

「監督はフユッペのこと、大事にしてるって分かるよ」

 彼女の養父である久遠監督は、普段そんなことはおくびにも出さないが、今の冬花の表情を見るにその気持ちはみんなも充分伝わった。

「思い出は確かに懐かしいけどさ。でもそれがあるから今の俺たちがあるんだし」

 円堂がみんなの顔を見渡してそう言うと、風丸もそれに続いた。

「そうだな。俺も昔貰ったトロフィー飾ってるけど、今一番大切なのはこの、FFIで優勝して貰ったこのメダルだ」

 棚の真ん中に飾られた、イナズマジャパンが優勝した時に撮った写真の横に置かれてるメダルを手に取って、風丸は眼を細めた。



 冬花と秋、そして鬼道と春奈が帰って、さっきまで賑やかだった風丸の家はほんのちょっと静寂が訪れた。流しでカップや皿を洗ってる風丸を手伝いながら、円堂は感慨深げに話しだした。

「楽しかったな、今日は。普段できないような話もいっぱいしたし」

「ああ。あんまりマネージャーたちとは話しないしな」

「ん? そうだっけ」

「お、おまえは普段してるかも知れないけどさ。キャプテンだし。でも、俺は……」

 急にうろたえた風丸を、円堂は不思議そうな目で見た。

「そういやいっつもはあいつらと話してないな、風丸は」

「正直言うと、ちょっと、その……苦手なんだ。特に久遠と木野は」

「なんで?」

 円堂が首を捻る。風丸は洗い桶の中でティーカップをスポンジで泡立てながら答えた。

「……だって、あいつらはなんか、如何にも『女子』って感じだし。あの中で普通に話せるのって、音無くらいだな。あ、一番気楽に話せるのは塔子かも」

「そっか? 俺は別に気になんないけど」

 気軽にそう言える円堂に、風丸はふと溜息を漏らす。風丸はリビングでのひとときを思い返した。時折、冬花と秋がちらちらと円堂の顔に視線を向けているのに気がついたのを。

「円堂、おまえさ。……あいつらの中で、一番気になるっていうか、その……つきあいたいのって誰なんだ? 久遠か、木野か? それとも今日来なかった……」

 遠回しに言うべきか迷って、結局ズバリと円堂の気持ちを確かめようと、風丸は尋ねた。言われた円堂は一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに噴き出すように笑った。

「なに言ってるんだ、風丸は。フユッペもアキも、春奈も夏未もサッカー部になくてならない仲間だろ!」

「いや、それはそうだけど。その」

 向き直った風丸は顔をしかめたが、肩を軽く落とす。

「……まあ、おまえらしいと言えばおまえらしいよ。でも、おまえだっていつかはその気持ちに気がつくぜ……。いつかは」

 いつまでも子供のままではいられない。そう、去来する思いを胸にこみ上げて風丸は思わず下を向いた。

「どうした? 風丸。いきなり変なこと言って」

 円堂が俯いてしまった風丸の肩にそっと手を置いて、訳を訊こうとすると戻ってきた豪炎寺が玄関から顔を出した。

「今戻った。……どうした?」

 漂う奇妙な空気に、豪炎寺が戸惑って言う。円堂は苦笑いで首を振った。

「いや、なんでもないさ。ところで、フユッペとアキを送ってくの、ずいぶん早かったんだな」

 春奈は鬼道と共に帰宅したが、6時前とはいえ真っ暗の道を女子だけで帰らせる訳にも行かず、豪炎寺が彼女たちを送って行くことにしたのだ。

「いやそれが、途中で監督が迎えにきたんだ。俺だと変な噂が立つかも知れないからって、監督がふたりを送ってくことになった」

「そっか。気が利くな、久遠監督は」

 その時、リビングの電話がベルを鳴らした。出ようとして、風丸は泡のついたスポンジを手にしたままなのに気づいた。

「悪い、円堂。代わりに出てくれないか」

「いいのか? って、これ家からじゃん!」

 電話機のディスプレーに映る電話番号が自宅からのものだと分かり、すかさず円堂が取った。

「はい。母ちゃん? なんだよ。えっ? うん。聞いてみる。豪炎寺もいるけど……うん」

 まだ洗い終えてなかった分の皿を片付けようとした風丸に、円堂は受話器を持ったまま声をかけた。

「なあ、風丸。今日おまえんちのおばさん帰ってくるの遅いんだろ? 母ちゃんが晩飯用意してるから食いに来ないか、って。豪炎寺、おまえも」

「俺も?」

 風丸を手伝おうとした豪炎寺が怪訝な顔をする。円堂が頷いたのを見て、風丸の顔を伺った。

「ああ、行くよ。円堂んちのおばさん、料理上手いんだぜ。行こうぜ、豪炎寺」

 円堂に答えるすがら、促す風丸に、豪炎寺もそれに同意して頷いた。

「決まりだな。さあ、今度は俺んちに行こうぜ!」

 さっさと洗い物を済ませて、3人は風丸の家を出た。特有の冷ややかな空気に、思わず身を縮めた。

「なあ、風丸。さっきは何に心配してたのか分かんないけどさ。今が幸せなら、これからだって乗り越えられるんじゃないのか?」

 冬の夜空はくっきりと一番星を映し出す。それを見上げながら、円堂が風丸の肩をぽんと叩いた。

「そんなんじゃないぜ。まあ、今が一番なのは確かだけど」

「おまえが迷ってるんなら、いつでも言ってくれ。俺が引っぱってやるからさ!」

 円堂の瞳に一番星が映って煌めく。風丸はそれをじっと見つめた。

「何の話かは俺には分からんが……、円堂がそう言うんなら、信じられるんじゃないか」

 円堂の横にいた豪炎寺がそう言うので、風丸も否定しようとした言葉を引っ込めた。

「……そうだな。円堂にばっかり頼るわけにはいかないけれども、俺もおまえがいると気が楽になる」

 星の煌めきを眺めながら、3人は円堂の家へと向かいだした。

「確かに、今が一番、俺たちにとっては幸せな時なのかもな」

 そう心に思いながら。



「……でね、今日はこれ焼いてきたの」

「わぁ。秋さんのクッキー美味しそう」

「冬花さんの紅茶も美味しいです! これリンゴの匂いしますね!」

「うん。このフレーバーティー、とっておきなの」

 目の前のソファーに陣取り、きゃぁきゃぁと会話する女子3人を見て、風丸は呆れた顔をした。

 あれから1週間後、学年末試験の準備でサッカー部は休みだ。なのに、何故この3人は風丸の家のリビングを占拠しているのか。

「おまえら……どうして俺んちに来たんだ?」

「ああ、風丸さん。私たちにおかまいなく!」

「構うよ! っていうか、鬼道はどうしたんだよ音無!」

 彼女の保護者は来ていないので、不審に思っていた所だ。

「だって、おにいちゃんがいると台無しですし」

「やっぱりこう言うのは女子だけでないと。ねぇ……」

「いや、俺は男子だし! てかおまえら平気なのかよ? 男の家だぞ?」

 風丸が顔を引きつらせると、3人のマネージャーは笑いながら顔を見合わせた。

「大丈夫です! 今日は3人とも秋さんの家にいる事になってますから!」

「だったら、木野さんの家でやればいいだろ」

「それがダメなのよ。だって、風丸くん、私の家にひとりで来れる?」

「えっ? それは……流石に無理……」

「でしょう。だから風丸くんの家じゃなきゃダメなの」

「何がダメなんだ?」

 まるで酸素が足りない魚のように、風丸は口をぱくぱくさせて尋ねた。

「実はですね。冬花さんのヘヤスタイルをちょっとイメチェンしようと思いまして、それで風丸さんの協力が必要なんです!」

「協力……?」

 風丸が眉をひそめると、3人の女子がくすくす微笑んだ。

「冬花さんくらいの髪の長さの人って、風丸くんだけなのよね。私たちじゃ短いし」

「えっ?」

 とてつもなく嫌な予感がして風丸は顔を青ざめた。いつの間にか春奈が台所から食卓の椅子を持ってくる。

「そう、だからね。風丸くんにヘヤモデルになって欲しくて」

「やっ、俺は嫌だ」

 嫌がる風丸を、秋と春奈が無理矢理椅子に座らせる。冬花が「ごめんね」と苦笑いして謝った。

「髪が長いヤツなら、夏未さんや影野だっているだろ!」

 慌てて首を真横に振る風丸に、春奈は両手でバッテンを形作った。

「ブッブ~~! 夏未さんには用事がありますし、影野先輩は枝毛あるからダメなんです~」

 秋が高い位置で括っている風丸のポニーテールをほどいた。さらりと長い髪が肩と背中で揺れる。

「わ~。風丸さん、髪の毛サラッサラです!」

「ほんと髪の毛キレイ。風丸くん……どこのシャンプー使ってるの?」

 春奈と秋が枝毛ひとつない風丸の髪に指を通し、そのつややかさに感嘆した。

「い、いや……。家族で使ってるごく普通のシャンプーだけど」

「じゃあ、食べるものが違うのかしら」

「うっ、うらやましい! 私、風丸さんみたいな髪質に生まれてきたかったです~!」

 ちょっと縮れ気味の自髪を指で引っぱり、春奈は風丸の髪と比べて心底羨ましそうな顔をした。

 そんなこと言われたって、自分としては髪の毛なんか何の気にも止めてなかったから、風丸にとって彼女たちの言い分は疑問でしかない。

 そう思ってると、今度は秋が風丸の髪に櫛を通しはじめた。

「なっ、何してるんだ?」

「とりあえず始めましょう。冬花さん、どんなのがいいかな? ツインテールなんか、どう?」

「うん……。どうしようかな」 「おだんごにするのも、いいんじゃないですか?」

 二人の女子が寄ってたかって、風丸の髪を引っぱったり、纏めたり、色んな型に形作ったりした。

(前言撤回する! やっぱり女子は苦手だ!)

 可哀想なくらい女子に良いようにされながら、風丸は心で円堂に助けを求めた。

 だが、そんな風丸の心とは裏腹に、その頃円堂はいつもの鉄塔広場でひとり、古タイヤ相手に特訓の最中だった。

(今すぐ助けてくれよ! 円堂~~~!!)

 勿論、風丸の心の叫びなんか、円堂に届く訳はなかった。 

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 土曜日のサッカー部はいつも午後3時までなので、それからの時間は基本自由だ。

 まだまだ特訓をつづけるもの、これから勉強にいそむもの、どこかへ寄り道しようと話し合うもの、……と、部室の中は部員たちの声が飛び交っていた。

 そんな中、兼ねてからの希望もあり、今日は雷門中に転校して来た冬花が風丸の自宅を訪れることになっていた。

 とは言っても、彼女ひとりだけという訳ではない。

 だいたいがまだ男女の仲とか意識しようがしまいが、男子の家に女子がひとりだけ訪れるなどと、やましく思われることこの上ない訳で。

「フユッペ、風丸ん家に行くんだって? じゃあ、俺も一緒に行くよ」

 円堂が何の気もなしにそう言うと、聞き捨てならないと秋が加わった。

「だったら私も行くわ」

「アキもか?」

「だって、ほら。やっぱり男の子の家に女の子がひとりだけで行くなんて……。マズいでしょう? 色々と」

「ん。そうなのか?」

 円堂が首を捻ると、秋はうんうんと頷いた。

「ね。一緒に行きましょう。冬花さん」

「うん。秋さんと一緒だと心強いかも」

 和気あいあいと秋と冬花が微笑んでいると、それを耳にした春奈がひょいと顔を出した。

「何のお話ですか? えっ、風丸さんの家に遊びに行くんですか? はいはーい! だったら私もご一緒させてくださいっ!」

「私たちは構わないけど」

 秋と冬花が声を揃えて言うと、何故かそれに乗ったのは、他ならない、春奈の兄だった。

「俺も行こう」

 いつの間にか鬼道が春奈の背後に立っていた。

「おにいちゃん……」

 親バカならぬ兄バカ丸出しの鬼道は、やはり春奈が気にかかったのだろう。いくら他の女子が一緒だろうと、同じチームの仲間だろうと、男の家に大事な妹を自分の目の届かぬ状態で行かせる訳にはいかなかった。

 冬花に同行する仲間に鬼道が加わった所で、最後に豪炎寺が同意した。

「ならば、俺も行く」

「豪炎寺もか。じゃあ、この……6人で決まりだな」

「だ、そうだ。風丸」

 肝心のホストである風丸の意見なんか全く訊かずに、まとまった話を豪炎寺は改めて振った。

「ま、まあ。いいけどさ。どうせ、うちは誰もいないし。でも、大したもてなしはできないぞ」

 腕組みしてジャージを羽織った風丸は、半ば呆れた顔をしてにこにこ顔の6人の顔を見渡した。



 冬の陽射しはとても短く、それでも年明け前よりは幾分かは長くなっている。午後3時過ぎの太陽はほんのり暖かで、コート姿の女子たちは汗をかいているくらいだった。

「あ、そうそう。私、ちょっと家まで取りに行くものがあるから」

と、7人がぞろぞろと歩いている最中、秋は自宅の方を指差すと、ぱっと通りを駈けだした。

「先行ってて! すぐに追いつくから」

「なんなんだろ」

 大きく手を振ったかと思えばすぐに背を向けた秋の姿を目にし、円堂は首を捻った。

「さあ。少し待った方がいいか?」

「だったら、俺も少し」

 いきなり鬼道が願いだした。

「何だ?」

「ちょっと買うものがあってな」

「まぁ……いいけど」

 風丸が冬花を伺うと、彼女がこくんと頷いたので、鬼道にそう返事した。

「すまんな。……春奈」

 冬花の隣りで首を傾げていた妹に、鬼道はひそひそと耳元で呼びかける。

「アイスクリームは何が好きだ?」

「えっ、私? え~っと、クッキー&クリームも捨てがたいけど、やっぱりバニラかなぁ?」

「そうか」

 鬼道は春奈にそれだけを訊くと、通り道のコンビニへと行ってしまった。きょとんとした顔で春奈は兄の姿を追う。

「おまたせ~!」

 秋が手に紙の手提げ袋を抱えて戻って来た頃、鬼道も買い物を済ませてしまった。

「じゃ、みんな揃った所で、行くぞ」

 時間は既に3時半を回っている。風丸は6人の顔を見渡すと自宅へと歩き出した。

 女子3人は固まって、お喋りを交わしながら。豪炎寺は黙ったまま歩き、円堂と鬼道がサッカー部のことについて相談しているのに、時折、風丸は先導しながら相槌を打った。

「着いたぜ。ここが俺の家だ」

『稲妻ニュータウン』のアーチ状の看板がかかった通りに入って3軒目、青い屋根に、クリーム色の壁の家の前で、風丸は立ち止まって着いてきた6人に振りむいた。

「わぁ……」

 秋と春奈が感嘆の息を漏らす。冬花が眼を大きく見張って見上げる。

 小振りではあるが風丸の家は、庭先から通りに沿った塀越しにかけて、様々な緑や花々で溢れていた。

「スゴいです! 緑が一杯なんですねぇ!」

「キレイ……。お花のいい匂いが漂ってる。お手入れ大変でしょう、風丸くん」

 秋がプランターで咲き乱れるパンジーを眺めながら訊いた。

「いや。普段面倒見てるのうちの母親だからさ」

「じゃあ、お母さんの趣味なんだ?」

「まあな。たまには俺も手伝うけど」

「成る程……。道理がいったぞ」

 秋と風丸の会話を聞いて、鬼道が納得したように頷いた。

「何がだ?」

「この間の朝練の時、おまえの髪に小さな花びらが付いていただろう。冬なのに変だとは思ったんだが……」

「よく見てるな。俺が水やりした時付いたヤツじゃないかな、それ」

「フッ」

 当然だ、とでも言うように鬼道はにやりと返した。

 秋と春奈が風丸の家の花壇で盛り上がってるとき、冬花は家の外観を門の所からずっと見上げていた。円堂はそれに気づいて、彼女に話しかけた。

「どうした、フユッペ」

「うん、あのね。見覚えはあるんだけど、ちょっとこのお家……」

 ああ、そっか。と円堂は思いだす。風丸の家は元々は冬花の一家が住んでいたらしい。

「7年経ってるからな。う~ん」

「ううん。そうじゃなくって。なんて言えばいいのかな?」

 冬花が小首を傾げる。

「そろそろ中、入るぞ。寒くないか?」

 冬の陽射しは急激に遠くなる。さっきまでは少し暖かさを感じられたのに、寒さが次第に漂っていた。

 風丸が手招きして、みんなを玄関へ通した。ぞろぞろと6人が後につづく。

 風丸の家の中も、玄関とリビングと問わずたくさんの植木鉢やプランターの中で緑や色とりどりの花が乱舞していた。

「ほほぅ。お部屋の中も花だらけなんですね」

 春奈が携帯を取り出すと、カメラでリビングに置いてある植木鉢の一群を撮りだした。それから何やら凄い速さで指を動かして文字を打ち込みはじめる。

「音無、なにやってるんだ?」

「ツイッター始めたんですよ。『風丸さんのおうち、なう』っと」

「へんなもんまで撮るなよ……」

 風丸は春奈の携帯の画面を覗いて呆れた顔をすると、他のみんなにソファーに座るよう勧めた。

 秋はちょこんとソファーの端に座ると、ここに来る途中自宅から持って来た紙袋を取りだした。

「私ゆうべ、ブラウニー焼いたの。良かったらみんなで食べない?」

「アキはそれとりに行ってたのか?」

 円堂が尋ねると秋は照れたように頷いた。

「そうか。じゃあなんか飲み物でも……」

 風丸がみんなにお茶でも出そうと台所に行きかけた所、今度は冬花がカバンから何かを取り出した。小さいが四角いそれは、見る人が見れば納得いくだろうブランドのマークがプリントされた缶だった。

「私もこれを持ってきたの。お気に入りの紅茶なんだけど……」

「ああ! ありがとう。丁度紅茶を切らしてたとこだったんだ」

 全員コーヒーか、それとも緑茶にするべきかと思案に暮れていた風丸がこれ幸いにと手を差しだしたが、冬花は一瞬目を丸くして、そして首を振った。

「あの……私が淹れてもいい? かな」

と、小首を傾げる彼女に、風丸はどう対処すべきか、混乱してしまい困ったように円堂の顔を見た。

「へえ。フユッペの紅茶いっぺん飲んでみたいと思ったんだ。いいじゃん、風丸。淹れてもらえば?」

「あっ? あ、ああ……。じゃ、カップ用意するよ」

 風丸が台所へ冬花を案内しようとすると、ふたりに続いて秋が立ちあがった。

「私もお手伝いするわ」

 今度は春奈が慌てる番だった。他のふたりが手みやげを持ってきていると言うのに、自分は何も用意していない。すると、鬼道が待ち構えたように呼びかけた。

「ああ、そうだ。これも一緒に頼む」

 鬼道が途中で購入した包みを風丸たちに手渡す。

「春奈が選んだんだ」

「へぇ。アイスクリームか。ありがとう」

 ポリ袋の中を覗いて、ちょっと高級なブランドのアイスクリームのロゴを発見し、風丸は鬼道と春奈に礼を言った。

「わ、私もお手伝いしますー!」

 春奈も立ちあがる。途中、ひとりがけのソファーに座っている鬼道にそっと、

「おにいちゃん……ありがとう」

と、囁いて。

 ほどなくして、台所から7人分の紅茶とお菓子が伴われてみんなの前に現れた。数が足りなくて、カップと皿がまちまちなのはご愛嬌だ。

 ソファに座るには席が足りなくて、風丸と円堂だけは台所の食卓の椅子でティータイムが始まった。

 銘々がブラウニーとアイスクリーム、そして冬花が心を込めて淹れた紅茶で口を綻ばせる。

 風丸は程よい熱さの、紅茶の清廉な味を心良く味わいながらみんなの顔をふと見渡した。楽しそうに談笑する女子と、そして円堂の顔とを見比べて、思わず下を向いた。

「ところで、お訊きしたいんですけど。今日はなんで風丸さんのおうちで集まる、って話になったんですか。そもそも」

 春奈が突拍子に疑問を投げかけたので、風丸と円堂がかくんと肩を落とし、秋が苦笑した。

「そんなことも知らなかったの……?」

「いえ。なんか楽しそうだなーと思いましてっ!」

 周りの反応を見て、当の春奈が苦笑いした。

「俺は、春奈が行くと言ったから、ついてきただけだ」

 鬼道が保護者然として言う。円堂はカップの紅茶を飲み干しテーブルに置くと春奈と鬼道に説明しはじめた。

「風丸の家がさ。実は昔、フユッペが住んでた家らしいんだ」

「えー! 凄い偶然なんじゃないですか、それ!」

 素っ頓狂な声を上げると、春奈は部屋の中を見回し、そして冬花へと視線を向ける。

「で、どうなんだ? 見覚えあるか?」

 風丸が尋ねたが、冬花は首を捻った。

「うん。さっきもマモルくんに言おうとしたんだけど、このお家……風丸くんの匂いがする」

 冬花の一言で、突然みんなは困惑の表情になった。

「風丸さんの匂いって……」

「お花の匂いしかしないわよ、ねえ……」

 秋と春奈が苦笑すると、冬花が肩をすくめた。

「あ、あの……。ごめんなさい。変なこと言っちゃった」

「冬花さんをバカにしたワケじゃないのよ」

 秋は慌てて、しゅんとなった冬花に取り繕うとした。すると円堂がくんくんと鼻をひくつかせた。

「うん。フユッペの言う通りだ。するぜ。風丸の匂い」

「何やってんだよ、円堂。恥ずかしい!」

 風丸が顔を真っ赤にして、立ちあがると未だに匂いを嗅いでいる円堂の頭を押さえだす。秋と春奈がくすくす笑った。冬花もそれにつられて微笑む。

「つまり……、こう言いたいんだろう、久遠は。この家は自分が覚えていた以上に、自分の家というよりも風丸の家という感じがする、と」

 豪炎寺がそう切り出すと、鬼道が頷いた。

「7年も経ってはいてな。月日の流れと言うものは残酷だ」

 鬼道の言う、時間の重みにみんながはっと息を呑んだ。いきなり重くなった空気を感じ、風丸は流れを変えようと向き直った。

「あ……。俺の部屋でも見るか。大してキレイでもないけど」

「見ましょう見ましょう。風丸さんのお部屋も興味津々です!」

と言う、春奈の声で2階にある風丸の自室へと、みんなは移動しだした。入ると、風丸が言うほど部屋の中は散らかっていず、むしろきちんと整頓されている。特に目を引くのは、低めの棚にずらりと飾ってある、トロフィーや賞状だった。

「何ですか、これ~! トロフィー凄い数ですよ!」

 携帯を取り出して、春奈がカメラのレンズを向ける。風丸が呆れた顔をした。

「あんまり撮るなよ。音無」

「いいじゃないですか。これ全部、陸上で取ったヤツなんですか?」

「まあ、そうだけどな。小学校の頃のもあるから……」

 風丸が照れくさそうに言うと、秋がトロフィーのひとつを指差した。

「これ、1年の頃私たちが応援に行った時のじゃない?」

「ん? ああ。見覚えあるような、ないような」

 円堂がそれを見て首を傾げるのを、春奈は見逃さなかった。

「1年の頃って……、風丸さんの応援しに行ったんですか?」

「そうなのか?」

「俺も初耳だ」

 豪炎寺と鬼道も一緒になって尋ねた。

「そっか。お前たちは知らないんだよな」

「サッカー部始めた頃、風丸くんはよく練習に付きあってくれたの。だから、陸上の大会があるからって時、染岡くんと半田くんも一緒に応援しに行ったのよね」

「あの頃はサッカー部4人しか居なかったから、わざわざ風丸が付きあってくれたのはスッゲー嬉しかったしさ」

「いや。俺も楽しかったからいいんだ。円堂や木野さんが大会に来てくれたのは、心強かったんだぜ」

 風丸の昔話にみんなが感心していた時、冬花はひとり部屋の中を見回していて、そして遂に何かを発見した。

「……あ。これ!」

「どうした、フユッペ?」

 歓喜の表情をした冬花を目敏く見て、円堂は話しかけた。

「あのね……。見て、これ」

 冬花が風丸の部屋の壁を指差すのを、みんなは凝視した。細い指の先に、壁に真横に刻まれた小さな傷跡があった。

「私がパパに背を測ってもらった時のあと。私、これ覚えてる」

 みんながそれを見直す。風丸が「あっ」と声を上げた。

「俺がここに越してきた時から、ずっと気になってたんだ、それ。うちの両親が前に住んでた人のだろうって。ちょうど俺の背と同じくらいだったしな」

 ほんの、120センチ程度の高さに刻まれた傷跡は、確かにその記憶を漂わせていた。冬花はそれに懐かしそうに指を這わせている。

「7年前の風丸はこれくらいの背丈だったんだな」

 鬼道がそう言うと、風丸は苦笑いした。

「当たり前だろ。円堂も、俺と同じくらいだったぜ」

「ん? みんなだってそのくらいの時はこんぐらいだろっ?」

 円堂が真顔でみんなの顔を見渡す。それぞれがこくんと頷いた。冬花は過去の思い出の傷跡をそっと撫でると、こう呟いた。

「でもこれで……、ここにパパやママの思い出が残ってるって分かって、良かった。これで私、さよならできる……」

「フユッペ?」

 円堂が彼女を見て首を捻った。冬花は振り向いて微笑む。

「今は、私にはお父さんがいるもの」

「監督はフユッペのこと、大事にしてるって分かるよ」

 彼女の養父である久遠監督は、普段そんなことはおくびにも出さないが、今の冬花の表情を見るにその気持ちはみんなも充分伝わった。

「思い出は確かに懐かしいけどさ。でもそれがあるから今の俺たちがあるんだし」

 円堂がみんなの顔を見渡してそう言うと、風丸もそれに続いた。

「そうだな。俺も昔貰ったトロフィー飾ってるけど、今一番大切なのはこの、FFIで優勝して貰ったこのメダルだ」

 棚の真ん中に飾られた、イナズマジャパンが優勝した時に撮った写真の横に置かれてるメダルを手に取って、風丸は眼を細めた。



 冬花と秋、そして鬼道と春奈が帰って、さっきまで賑やかだった風丸の家はほんのちょっと静寂が訪れた。流しでカップや皿を洗ってる風丸を手伝いながら、円堂は感慨深げに話しだした。

「楽しかったな、今日は。普段できないような話もいっぱいしたし」

「ああ。あんまりマネージャーたちとは話しないしな」

「ん? そうだっけ」

「お、おまえは普段してるかも知れないけどさ。キャプテンだし。でも、俺は……」

 急にうろたえた風丸を、円堂は不思議そうな目で見た。

「そういやいっつもはあいつらと話してないな、風丸は」

「正直言うと、ちょっと、その……苦手なんだ。特に久遠と木野は」

「なんで?」

 円堂が首を捻る。風丸は洗い桶の中でティーカップをスポンジで泡立てながら答えた。

「……だって、あいつらはなんか、如何にも『女子』って感じだし。あの中で普通に話せるのって、音無くらいだな。あ、一番気楽に話せるのは塔子かも」

「そっか? 俺は別に気になんないけど」

 気軽にそう言える円堂に、風丸はふと溜息を漏らす。風丸はリビングでのひとときを思い返した。時折、冬花と秋がちらちらと円堂の顔に視線を向けているのに気がついたのを。

「円堂、おまえさ。……あいつらの中で、一番気になるっていうか、その……つきあいたいのって誰なんだ? 久遠か、木野か? それとも今日来なかった……」

 遠回しに言うべきか迷って、結局ズバリと円堂の気持ちを確かめようと、風丸は尋ねた。言われた円堂は一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに噴き出すように笑った。

「なに言ってるんだ、風丸は。フユッペもアキも、春奈も夏未もサッカー部になくてならない仲間だろ!」

「いや、それはそうだけど。その」

 向き直った風丸は顔をしかめたが、肩を軽く落とす。

「……まあ、おまえらしいと言えばおまえらしいよ。でも、おまえだっていつかはその気持ちに気がつくぜ……。いつかは」

 いつまでも子供のままではいられない。そう、去来する思いを胸にこみ上げて風丸は思わず下を向いた。

「どうした? 風丸。いきなり変なこと言って」

 円堂が俯いてしまった風丸の肩にそっと手を置いて、訳を訊こうとすると戻ってきた豪炎寺が玄関から顔を出した。

「今戻った。……どうした?」

 漂う奇妙な空気に、豪炎寺が戸惑って言う。円堂は苦笑いで首を振った。

「いや、なんでもないさ。ところで、フユッペとアキを送ってくの、ずいぶん早かったんだな」

 春奈は鬼道と共に帰宅したが、6時前とはいえ真っ暗の道を女子だけで帰らせる訳にも行かず、豪炎寺が彼女たちを送って行くことにしたのだ。

「いやそれが、途中で監督が迎えにきたんだ。俺だと変な噂が立つかも知れないからって、監督がふたりを送ってくことになった」

「そっか。気が利くな、久遠監督は」

 その時、リビングの電話がベルを鳴らした。出ようとして、風丸は泡のついたスポンジを手にしたままなのに気づいた。

「悪い、円堂。代わりに出てくれないか」

「いいのか? って、これ家からじゃん!」

 電話機のディスプレーに映る電話番号が自宅からのものだと分かり、すかさず円堂が取った。

「はい。母ちゃん? なんだよ。えっ? うん。聞いてみる。豪炎寺もいるけど……うん」

 まだ洗い終えてなかった分の皿を片付けようとした風丸に、円堂は受話器を持ったまま声をかけた。

「なあ、風丸。今日おまえんちのおばさん帰ってくるの遅いんだろ? 母ちゃんが晩飯用意してるから食いに来ないか、って。豪炎寺、おまえも」

「俺も?」

 風丸を手伝おうとした豪炎寺が怪訝な顔をする。円堂が頷いたのを見て、風丸の顔を伺った。

「ああ、行くよ。円堂んちのおばさん、料理上手いんだぜ。行こうぜ、豪炎寺」

 円堂に答えるすがら、促す風丸に、豪炎寺もそれに同意して頷いた。

「決まりだな。さあ、今度は俺んちに行こうぜ!」

 さっさと洗い物を済ませて、3人は風丸の家を出た。特有の冷ややかな空気に、思わず身を縮めた。

「なあ、風丸。さっきは何に心配してたのか分かんないけどさ。今が幸せなら、これからだって乗り越えられるんじゃないのか?」

 冬の夜空はくっきりと一番星を映し出す。それを見上げながら、円堂が風丸の肩をぽんと叩いた。

「そんなんじゃないぜ。まあ、今が一番なのは確かだけど」

「おまえが迷ってるんなら、いつでも言ってくれ。俺が引っぱってやるからさ!」

 円堂の瞳に一番星が映って煌めく。風丸はそれをじっと見つめた。

「何の話かは俺には分からんが……、円堂がそう言うんなら、信じられるんじゃないか」

 円堂の横にいた豪炎寺がそう言うので、風丸も否定しようとした言葉を引っ込めた。

「……そうだな。円堂にばっかり頼るわけにはいかないけれども、俺もおまえがいると気が楽になる」

 星の煌めきを眺めながら、3人は円堂の家へと向かいだした。

「確かに、今が一番、俺たちにとっては幸せな時なのかもな」

 そう心に思いながら。



「……でね、今日はこれ焼いてきたの」

「わぁ。秋さんのクッキー美味しそう」

「冬花さんの紅茶も美味しいです! これリンゴの匂いしますね!」

「うん。このフレーバーティー、とっておきなの」

 目の前のソファーに陣取り、きゃぁきゃぁと会話する女子3人を見て、風丸は呆れた顔をした。

 あれから1週間後、学年末試験の準備でサッカー部は休みだ。なのに、何故この3人は風丸の家のリビングを占拠しているのか。

「おまえら……どうして俺んちに来たんだ?」

「ああ、風丸さん。私たちにおかまいなく!」

「構うよ! っていうか、鬼道はどうしたんだよ音無!」

 彼女の保護者は来ていないので、不審に思っていた所だ。

「だって、おにいちゃんがいると台無しですし」

「やっぱりこう言うのは女子だけでないと。ねぇ……」

「いや、俺は男子だし! てかおまえら平気なのかよ? 男の家だぞ?」

 風丸が顔を引きつらせると、3人のマネージャーは笑いながら顔を見合わせた。

「大丈夫です! 今日は3人とも秋さんの家にいる事になってますから!」

「だったら、木野さんの家でやればいいだろ」

「それがダメなのよ。だって、風丸くん、私の家にひとりで来れる?」

「えっ? それは……流石に無理……」

「でしょう。だから風丸くんの家じゃなきゃダメなの」

「何がダメなんだ?」

 まるで酸素が足りない魚のように、風丸は口をぱくぱくさせて尋ねた。

「実はですね。冬花さんのヘヤスタイルをちょっとイメチェンしようと思いまして、それで風丸さんの協力が必要なんです!」

「協力……?」

 風丸が眉をひそめると、3人の女子がくすくす微笑んだ。

「冬花さんくらいの髪の長さの人って、風丸くんだけなのよね。私たちじゃ短いし」

「えっ?」

 とてつもなく嫌な予感がして風丸は顔を青ざめた。いつの間にか春奈が台所から食卓の椅子を持ってくる。

「そう、だからね。風丸くんにヘヤモデルになって欲しくて」

「やっ、俺は嫌だ」

 嫌がる風丸を、秋と春奈が無理矢理椅子に座らせる。冬花が「ごめんね」と苦笑いして謝った。

「髪が長いヤツなら、夏未さんや影野だっているだろ!」

 慌てて首を真横に振る風丸に、春奈は両手でバッテンを形作った。

「ブッブ~~! 夏未さんには用事がありますし、影野先輩は枝毛あるからダメなんです~」

 秋が高い位置で括っている風丸のポニーテールをほどいた。さらりと長い髪が肩と背中で揺れる。

「わ~。風丸さん、髪の毛サラッサラです!」

「ほんと髪の毛キレイ。風丸くん……どこのシャンプー使ってるの?」

 春奈と秋が枝毛ひとつない風丸の髪に指を通し、そのつややかさに感嘆した。

「い、いや……。家族で使ってるごく普通のシャンプーだけど」

「じゃあ、食べるものが違うのかしら」

「うっ、うらやましい! 私、風丸さんみたいな髪質に生まれてきたかったです~!」

 ちょっと縮れ気味の自髪を指で引っぱり、春奈は風丸の髪と比べて心底羨ましそうな顔をした。

 そんなこと言われたって、自分としては髪の毛なんか何の気にも止めてなかったから、風丸にとって彼女たちの言い分は疑問でしかない。

 そう思ってると、今度は秋が風丸の髪に櫛を通しはじめた。

「なっ、何してるんだ?」

「とりあえず始めましょう。冬花さん、どんなのがいいかな? ツインテールなんか、どう?」

「うん……。どうしようかな」 「おだんごにするのも、いいんじゃないですか?」

 二人の女子が寄ってたかって、風丸の髪を引っぱったり、纏めたり、色んな型に形作ったりした。

(前言撤回する! やっぱり女子は苦手だ!)

 可哀想なくらい女子に良いようにされながら、風丸は心で円堂に助けを求めた。

 だが、そんな風丸の心とは裏腹に、その頃円堂はいつもの鉄塔広場でひとり、古タイヤ相手に特訓の最中だった。

(今すぐ助けてくれよ! 円堂~~~!!)

 勿論、風丸の心の叫びなんか、円堂に届く訳はなかった。 

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