【カム隼 R18】but beautiful
2023/2/25 INFINITE MULTIVERSE発行 R18/文庫/108P/オンデマンド 神隼人の一生を見届けるカムイの天国と地獄の三年間について。 アフター13話を全力で捏造しています。何でも許せる方向け。
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「今回は随分とかかったな」
部屋へ入ると、右手の壁際に置かれたカウチに寝そべっていた彼が、傍らにいくつも置いた大きなクッションに埋もれ隙間からかろうじて見える目だけを向け問い掛けてくる。
それなりに久しぶりなのだから顔が見たいと思うが、ここからでは投げ出された足の裏しか見えない。仕方なく反対側の壁に目を向けると、二日前にここを出た時と同じようにモニターには古いドラマだか映画だかが映し出されていた。自分が居ない間ずっとこれを見ていたのだろうか? そんなものを見ていたことがあったろうかと記憶を掘り起こそうとして、それよりも彼の質問に答える方が先だと思い返す。
「ええ、どうしても探さなければいけないものがあって」
目的のものが中々見つからなくて、思ったよりも時間がかかってしまいましたと付け加えるが、カムイの行き先に然程興味があって聞いたわけではないのだろう。
「そうか」と一声返すだけで、それ以上追及しようとはしてこなかった。
自分に取ってはほんの数日でも、彼に取っては数週間、数か月に値するはずだ。だが恐らく、そんなことは彼にとって大したことではない。
いつも通りの声で「コーヒーを淹れるがお前も飲むか」と言って彼はカウチから立ち上がり、奥のキッチンへと向かおうとする。
「いえ、今は結構です」
それより、と言って自身に背を向ける彼の髪に指を伸ばす。
さらりとした、少し不思議な癖のある長い髪は背の中ほどまで伸びていて、何か言ったわけでもないのに切ろうとはしなかった。指の隙間から零れ落ちた黒髪が持ち主の元へと戻るタイミングで背後から腕を回し抱えると、当たり前のようにトン、と背を預けてくる。
もたれかかってくる身体はカムイの肩ほどまでしかなくて、旋毛を見下ろせてしまうことになんだか物足りなさを感じてしまう。
声はもっと低かった。背は頭半分以上は高く、結局最後まで見上げることしか出来なかった。完璧に計算された上で無駄なく鍛え上げられた筋肉質な体は厚みはあるが形良くしなやかで、こんなに軽くなかった。
簡単に背を空けたりなどしない人だった。
(……駄目だ)
そこまで考えて、思考を止める。
あの人と重ねてはいけない。それは彼を傷つける。
(いや)
そんなことはない。それはカムイの幻想、もしくはただの願望に過ぎない。
「カムイ」
その証拠に、彼はく、と顎を上げるとカムイを見上げる。
この目。この底の見えない黒い瞳だけが、あの頃と変わらないままだ。この目が含むものが、伝えようとしていることが何なのかわからなくて知りたくて仕方がなかった頃と違い、今はその色の意味がわかってしまう。それがあの頃と同じかは、知る術もないけれど。
(それで構わない)
「カムイ」
答えないカムイをどう思ったのか。再度呼びかけながら、ほんの少し背を伸ばしカムイの首に腕を回すと、その目が色を持って細められ、彼の望みを明確に伝えてきた。
それにカムイは答えるだけだ。そう、望まれるまま。
もたれかかる厚みの足りない身体をくるりと返し、腰に手を回す。少し屈んで目線の高さを合わせると、薄い唇が誘うように開く。そこから覗く咥内は湿度の高い淫靡な色をしていた。
舌を伸ばし、彼の肉厚なそれを絡めとる。
深く唇を合わせるように何度も角度を変えると、受け止めきれない唾液がつ、と彼の滑らかな顎から咽喉へと伝った。
堪えきれないのか、もぞりと動く身体を強く抱き締める。腕の中に収まってしまうその身体は記憶よりも柔く温かで、それが無性に寂しくなった。
二年目
寝室にしている部屋へ入ると、中は照明をほぼ落としてあり思いのほか薄暗い。
「暗くないですか」
カムイはそう問い掛けながら、部屋の中央に置かれたベッドへと近付き足元の空いている場所へと座るが、ヘッドボードに寄りかかり、枕元の僅かな照明の明かりだけで本を読んでいたらしい隼人は何か気に食わないことでもあるのか、ふい、と体を傾け顔を隠してしまう。
何かしたろうか。先日の(彼にとって)長期の不在については納得してもらったと思っていたが、まだ何かあったろうか。考えてみるが、今日は本当に心当たりがない。
「こんなに暗いと、目を悪くしますよ」
再び声を掛けるが、返事はない。
「神さん」
呼びかけながら、ドアの横にあるスイッチで部屋の照明をもっと明るくすべきか考える。
このまま本を読むのならその方が良いのだろうが、恐らくそうはならない。
そう判断して、カムイはもう少しだけ体を寄せ声を掛けた。
「神さん」
再び呼びかけながら更に距離を詰めると、宥めるように隣に横たわっている彼の人の髪を梳く。黒く艶やかな髪は初めて彼を見た時のようだが、当時のあの人は自分よりも遥かに大きくて、文字通り手の届かない存在だった。
その隼人が。今は目線をちらりと向けカムイの姿を確認すると、ゆるりと動いて寄りかかる先をヘッドボードからカムイの膝に替える。そしてまた読んでいるのかいないのか、腹の上に広げた本の文字を目で追い始めた。しかしその頁が進んでいる様子がないことを、指摘しても良いものだろうか。そう考えながら腕を伸ばし、本に添えられている手を取ると、指先に口付けた。
自分の記憶よりも遥かに細い指の感触は、何度触れてもまるで現実味がなかった。弄ぶように機嫌を取るように持ったままの指を軽く口に含むと、ぴくりと反応が返ってくるがやはりカムイへは目を向けようとしない。そんな様子を、何だかかわいらしいと思ってしまう。これから何をするか、お互いわかっているというのに。
では、と含んだ指にかぷりと歯を立て舌で先端を突くと、カムイの膝に半ば乗った背が、ほんの少しだけ強張った。
「俺の方を向いてください」
乞うように声を掛ければ、折れるのは彼の方であることがここでの常だったが、どうして今日は中々に手強い。
「神さん」
三度名を呼び、背後から腹の方へ抱えるように腕を回すと、ようやく諦めたのか機嫌が直ったのか背中の力が抜け、カムイの腕の中にすっぽりと納まっている。
それでも顔を上げようとしない彼の矜持は、愛おしいものでしかなくて。
「お願いです」
じんさん、と尚も呼べば、あからさまに渋々と言った様子ではあるが、ようやくこちらへと視線を向けた。カムイはその目と目を合わせ、そこに含まれた意味を読み解こうとする。
研究所で暮らしていた頃から、カムイも隼人も口数が多いわけでもなく、言葉でのコミュニケーションは普段からあまりなかった。そんな中で、偶に語る言葉がどこまで本心かわからないのはお互い様だと思っていたし、それは今の生活でも変わりはない。二人きりしかいないこの場所で口から漏れる言葉は嘘ではないが、かといって本音というほどでもなく。カムイも隼人も、そんなものに必要性を感じていないというだけのことだった。
だから、大抵のことは態度で示される。
膝に半ば乗った隼人の体を収まりの良いように両脇から抱えると、ずるりと引き上げる。嫌がるでも手を貸すでもない隼人は全体重を預けたままで、背中からその体温が伝わってくる。
そのじんわりと少し高い熱に不埒な気持ちしか湧いてこないが、そんなことはどうせ承知の上でのこの態度だ。
カムイはそんな面倒な駆け引きを好むわけではないし隼人自身もそうなのだろうが、この煩雑な手順が必要なことは理解していた。
だから、宥めるように懇願するように、背後から軽く耳輪を食む。
隼人はそれがどうした? と問うようにちらりと視線を向けてはくるが、特に拒むこともなく。
カムイの好きなようにさせてくれるので、そのままなぞるように耳に舌を這わせた。
「……ふっ、ん」
ちゅく、とまた耳を噛むと微かに声が漏れるのが聞こえた。もう少し、と歯を立てると強く膝を叩かれる。
「あぁ、すみません」
無言の抗議に、悪戯しすぎたと耳を離す。
ここが弱いのは知っているが、堪える声が聞きたいのと感触が好きなのとで、ついやりすぎてしまう。それでもここで止めることなど全く頭にはなく。抱きかかえたままの腕を解きシャツの襟元を緩めると、隼人はようやく観念したように手に持っていた本をぱたりと閉じて、サイドチェストに置いた。それを待ってでは、と顎に手を掛けると、それまでの渋った様子は何だったのか、首を反らし雛鳥のようにぱかりと口を開く。
あぁ、何て。
開かれた口腔が、天井からの人工的な明かりを反射して、ぬらりと光る。
そこに舌だけを差し入れゆっくりと中を荒らすと、カムイの胸に預けられた背中が堪えきれないのかびくびくと痙攣していた。
無防備な姿にぞくりとするのと、それでも油断をしていると噛みちぎられるのではないかという若干の警戒心はあるが、絡めた舌を少し緩めて先端を突くと、また肩が跳ねている。
昔からこの舌の感触も好きだったので、遊ぶようにそれを楽しんでいると、隼人が体を捻って両手を伸ばしカムイの頭を掴んできた。そして足りないとでもいうように更に顔を寄せてくると、そのまま深く口付けられる。
誰も居ない静かな空間に、ただ水音が響く。
好きなようにさせていると、カムイの両頬に当てた手に力が入り、さらに咥内を荒らされた。
「は……」
「ん、あっ……」
ここで、このベッドの上でカムイが教えたことしか知らないはずなのに。口付けの仕方や触れる時の癖が、あの頃の隼人と同じであることが時折あった。それは偶然か、それとも。
(俺の頭がおかしくなっているのか)
ただの偶然を、以前の彼と無理やり結び付けようとしているのではないか。カムイにはわからない。それでもこの人を離すことなど出来なくて、カムイの腕の中に収まる……収まってしまう細い体を力任せに抱き締めると、苦しかったのだろう、どん、と突き飛ばすように胸を押された。
体が離れたところでちょうど良いと、隼人が制服のように毎日着ている白いシャツのボタンを一つずつ外す。外気にさらされた傷一つない体は滑らかで、ここで暮らすようになるまで見たことがなかったものだ。それを見るといつも不可思議な気持ちになる。
あの体中無数に残る傷痕は、隼人の戦い続けてきた人生そのものだ。隼人本人に直接そう言ったこともあるが、その時はそんな大層なもんじゃないと苦笑いされた。
それでも、カムイはそう思っている。
肩からシャツを落とすと、薄明りの中、白いシーツの上に横たえた成長途中の体をまじまじと見る。形良く筋肉がついてはいるが、これはまだ戦うためのものではない。
(ここにあったはずだ)
そう思いながら、脇腹の下をつ、と指でなぞる。
あの体の傷は、全て覚えている。
以前そう伝えたら、そんなに俺の体に興味があるなら内臓も見るか? と検査用の写真を見せてくれようとしたことがあった。あの時は揶揄われているのだと思って反射的に断ってしまったが、今考えるとあの人のことだから、本気で言っていたのだろう。それなら見せてもらっておけば良かったと少し後悔していることは、とてもじゃないが目の前の人には言えない。
首筋、胸元から腹へと順に舌を這わせる。確かここと、ここにもあったはずだと記憶を辿りながら見えない傷をなぞるように赤い痕を残した。
「何を……、確かめている」
腹の上のカムイの髪をさらりと梳きながら、隼人がその意図を問うてきた。それは特にカムイの答えを知りたいからではなく、単にその行動原理に興味があってのことだろう。
「……きれいな体だと思って」
少し笑いながらちゅく、と臍の真下の柔い皮を吸い上げると、びくりと腰が震えて小さく声が上がる。
「う、嘘をつけ……」
掠れた声と少しだけ荒くなる息が、彼の反応を正確に伝えてくれる。
顔を見たいと思ったけれど腕で隠されてしまっていて、無理に暴こうとすると機嫌を損ねた猫のように爪を立てられるのは既に経験済だ。そんなところも変わらないのだな、と執拗に反応のある周辺に痕を付けると髪を掴まれぐっと握りこまれた。さすがに少し痛くて緩めるようにと手を握ると、それで伝わったのか僅かに力が弱まった。
「本当です」
腕の隙間から覗き込むように目を合わせ、ずっときれいだと思っていました、と伝える。
機嫌を損ねたかのようにふいと逸らされた目元は、良く見なければ気付かぬほど、微かに赤く色づいていた。
ここでの隼人との生活は、静かなものだった。
そういったところは、早乙女研究所に居た頃とあまり変わりないようにも思っている。
違う点といえば、これまで日常的にあった戦闘がないので、必然的にそのための会議や指示出しなどに時間を取られることがなく、隼人がほぼ一日中研究に没頭していることぐらいだろうか。
今テーマにしているのは、改めてのハチュウ人類と人間の違いだそうだ。それは身体的な特徴や能力、思想、それぞれの歴史についてなど多岐に渡る。
そんなものは今となっては意味のあるものではなかったが、知りたい、というただその一点だけで研究を続けているようだった。
現在二人が住居にしてしまっている地上調査用の小型マシンランドは、そのために作られたものだということもあり基本的にはハチュウ人類がすごしやすいようになっているが、当時の研究に必要だったとのことで、人間のための設備や部屋も多くある。その中の一区画を、彼が自由に過ごせるようにと改造した。
カムイも人のことは言えたものではなかったが、研究所での隼人の部屋は生活のために必要な最低限のものしかなく、殺風景であまり私室らしくなかった。そしてそれは、ここでもあまり変わりはない。
「何か部屋に飾るもの……、絵や写真のパネルか、スクリーンでも用意しましょうか」
「必要ない」
一応、と聞いてはみたが予想通りの答えが返ってくる。ここはどの部屋にも外に向けた窓がないので息が詰まるのではないかと考えたが、特にそれは気にならないらしい。
「……そうだな。絵はいらんが、音楽が聴けると良い」
それでも少しは考えてくれたのか、要望を教えてくれる。
音楽……ここのメインライブラリに入っているものを、スピーカーに繋げれば流せるだろうか。それなら外で探せば、使えるものを見つけられそうな気がする。
(音楽か)
音楽など、あの部屋で過ごしていた時に流れていたことがあったろうかと考えるが、あの頃はそんなことに気付く余裕もなかったので、あまり覚えていない。研究所で聞こえる音といえば、呼び出し音と警報と時間を告げるサイレンの音。常にそれらに気を取られていたので、カムイの耳には入っていなかっただけかもしれないが。
今の隼人は研究所所長でも司令官でもない。以前の彼と、同じ思考かどうかもわからない。
普通に考えれば、辿ってきた時間も生活環境も違うのだから、同じ人格になるなどあり得ないだろう。ただこうやって傍で過ごしていて、近しいと思える部分もかなり多い。カムイが知らなかっただけで、こうだったのかもしれないと考えることが出来るのは、嬉しいことに思えた。
研究所跡地や麓の町などあちこち探して、ようやく使えそうなスピーカーを何とか手に入れることが出来た。それとは別に、部屋に設置する時に、もう一つ。
「これはなんだ」
「アスプレニウムというらしいです」
カムイが部屋に持ち込んだ観葉植物を、隼人は不審そうな目で見ている。
「名前はいい。聞いてもわからん。何故ここに置く」
「……気に入ったので」
カムイの間が気にはなったようだが、隼人はそれ以上追及することはなかった。
問い掛けは本当にただの疑問だったらしく、何で俺が世話をしなければならんのだと言いつつも、カムイが不在の時は水やりをしてくれているようだった。
「ここまで進められるとは思いませんでした」
感心したようにそう言うと、何を言っていると言わんばかりにふんと鼻を鳴らされた。始めの頃は、カムイが端末を操作しているのを椅子の後ろから興味深そうに眺めているだけだったが、今ではすっかり使いこなしている。
そして最近隼人は息抜きだと言って、自分の趣味の研究の合間にカムイの解析作業を手伝うようになっていた。おかげで当初の想定よりも、かなり進捗が良い。
バグのテラフォーミングは進んではいたが、それでもゲッター線の濃度が高すぎる早乙女研究所の跡地に近寄れるのは、恐竜帝国ではカムイしかいなかった。今の立場でそんなことはと止められもしたが、ドラゴンが飛び去ったからといって、このまま研究所を放置しておくのは危険すぎると調査を続けている。
「少し休みますか」
「そうだな」
今日やるべき作業の目途は立ったしきりも良かったので、咽喉が乾いたと言う隼人の言葉で休憩を取ることにした。カムイはコーヒーを入れると、四人掛けの大きな金属製のダイニングテーブルに向かい合わせになるようにカップを置く。隼人は定位置となっているカムイの正面に座り、テーブルに設置した端末に目を通し始めた。本当にただ何か飲みたかっただけで、休憩を取るつもりはないらしい。
この隼人は恐竜帝国とも百鬼帝国とも戦っていないし、ハチュウ人類の存在についても当初は教えていなかった。
しかし何かの折に……確か隼人とカムイの外見上の違いについて聞かれたことがきっかけだったろうか? 興味を持った隼人がそれらのことを知りたがるので、差し障りのない範囲で教えた。与える知識は飛び飛びのものだったが、隼人は驚くべき洞察力と推理力で自力で空いた隙間を埋め、今ではほぼ正解に近いだろう答えを導き出していた。
「さすがですね」
「何がだ」
隼人にとって、知ることは何よりの暇つぶしのようだった。
閲覧制限をかけてはいるが、それでも膨大なデータを持つここのライブラリで見られる範囲のもの全てに目を通したのだという。
それを記憶、整理し、求める答えを探し出す。その術に非常に長けていた。
「俺だってここまで詳しく聞いたことがありません。ですが、過去の研究結果と合わせてもこの内容は恐らく正しいでしょう」
誰に読ませるでもなく、ただ興味だけで隼人が書き綴った分厚いレポートを読んだカムイは、溜め息を吐く。
「神さんは、過去の恐竜帝国を見たことがあるんじゃないですか」
「何を馬鹿なことを言っている」
お前は俺をいくつだと思っている、と軽く言われ言葉に詰まる。それはカムイが決して口にしてはいけないことだった。
しかし元々回答が返ってくると想定してのことではないらしく、隼人は既に別のことに興味を引かれたのか、飲み終えたカップを置くと、凄まじい速さで端末を叩き始めた。
こんな知の化け物のような人が。あれだけの年月をかけてもなお、ゲッターについての全てを知ることは叶わなかったのか。
改めてゲッター線を発見し、研究を続けゲッターロボを作り出したという早乙女博士の恐ろしさを実感する。
そんなことを考えながら、カムイはふと思いついたことを口にした。
「地上について、知りたいと思いますか」
問い掛けはひどく曖昧だった。
知りたいと言う答えを得たところで、自分はそれを是とするのだろうか。彼に外の世界を見せることが出来るだろうか。そんな迷いを見透かされているのか、
「いや……」
それはもう充分だ、と彼の人は言う。
必要なものは全てここにある、と。
カムイには、その言葉の真意を問うことが出来なかった。
「そうですか」
絞り出すように小さな声で呟きながら、カムイはゆっくりと椅子から立ち上がると、対面に座っていた隼人の隣へと立つ。
隼人は特にそれを気にすることもなく、恐ろしい速さで画面を流れる文字を追っていた。雑務に時間を取られることなく好きなだけ研究に没頭できる今の生活に、本当に不満はないのだろう。
(それなら、良かった)
そんな安堵を口にはせずに、隼人へと腕を伸ばす。その輪の中に閉じ込めてみるが、隼人は少し邪魔そうな気配を醸し出しながらも抗うことはなく、当たり前のようにそこに収まっていた。
しかしそれは、その行動は本当に彼の意思によるものだろうか。
この人は彼ではないと理解しているはずなのに、その疑念はことあるごとに湧いてくる。
(……考えたところで)
カムイに正解を知る術などなかった。
肯定と否定。
否定する権利は、自分にはない。ただ彼を受け入れ、少しでも長く共に居られるようにと考えるだけだ。そう思いながら、眼下の彼の長い黒髪を梳き、指で首筋を辿る。隼人は咎めるでもなく端末から指を離し、その手を軽く掴むと、「するのか」と一言問い掛けてきた。
「いやですか」
滑らかな黒い髪を梳きながらの言葉は問い掛けに対する答えではなかった。甘えのようなそれに気付いているはずなのに、彼はその言葉を否定するように首を振った。それは同情か欲情か。
もうどちらでも構わなかった。
以前の自分なら、同情など決して許さなかったろう。それが変わったのは、この人のせいだ。
どちらでも良い。それでも良いと。
椅子の向きを変え、座ったままの彼の前で片膝を着くと、恭しくその足を取る。
その姿を見下ろす何の感情もないような顔へと視線を向けながら、踝から足の甲へと舌を這わせた。その感触に隼人の眉がぴくりと上がるが、言葉を発することはなかった。
幼い姿で自分の庇護下にいても、彼は決して従順なわけではない。
気に入らないことは気に入らないと、はっきりと態度で示してくる。これで蹴り飛ばされないのは、カムイが危害を加えることがないと理解しているからだろう。だから、目線を合わせると彼は微かに笑う。カムイを試すかのように。
「どうした」
頭上からの声を確認するとカムイは大事に手に持っていた足をそっと床に戻し、椅子から隼人を抱き上げる。そして代わりに自分が椅子に座ると、向かい合わせになるように彼を膝に置いた。
「わかりませんか?」
そう問うと、
「いや、」
隼人は、その幼い外見に不釣り合いな艶やかさで笑う。
自分よりも遥かに柔らかな体躯の彼を犯すことに罪悪感がないかと言えば、嘘になる。
けれど、そのカムイの逡巡すら鼻で笑い踏み越えてくるのは、彼の方だ。
脚を開き、椅子に座るカムイに跨るように乗った彼のしどけない姿から目が離せない。
はだけられたシャツは肩からずり下がり肘に引っかかったままで、服としての意味を為していなかった。
それでも隠そうとするかのように僅かばかり体を丸めるのは逆効果でしかなかったが、そのことを彼に教えるつもりはなかった。肩を掴み軽く後ろに引くと、白い肌にぴんと張った赤い突起が嫌になるほど目についた。顔を近付け、つんと立つ先端の片方を舌先で嬲ると、膝に置いた体が嫌がるように暴れ出す。
「じっとしててください」
落ちると危ないですよ、と言いながら背を支えるように押さえると、唾液で濡れそぼったものをまた口に含みじゅっ、と強く吸い上げた。同時にもう片方もこり、と指で軽く摘む。
「……っ!」
体をしっかりと固定するように回した腕で拘束してしまっているので、上半身は逃げ場がないのだろう。びくびくと痙攣するように足先が震えているのが見えて、気持ち良いと思っているのか、良かったと安堵する。
以前は経験値が違い過ぎて、カムイには隼人が自分に抱かれて本当に感じているのかすらよくわからなかった。けれど今は……、今だからわかることがある。
(あぁ良かった、これは合っていた)
顔に傷は浮かばないが、赤く染まる頬と、意地を張るように固く閉じられた瞼を見ればわかる。
ちょうど良いと、顔を上げ瞼に唇を落とすと、ぴくりと痙攣するように長い睫毛が震えている。
皮膚に触れるカムイの舌の感触が気になるのか、おずおずといったていで目が開かれる。そのタイミングでつんと勃ちあがった先端を摘み繰り返し指で転がすと小さな声が漏れ、何をすると言わんばかりに睨まれた。
かわいらしい、と。そんな感情を彼に向けることがあるなど、思いもしなかった。
けれどカムイの腕に抱えられ、そこから抜け出す術もないのに墓穴を掘るように仕掛けてくる姿は、そうとしか形容しようがない。口に出したら嫌がられるのがわかっているので直接伝えることはないが、その代わりのように腰をずらし、硬く勃ちあがった自身を押し付けた。
「……っ」
その感触に彼の腰がびくりと揺れ、しがみつくようにカムイのシャツを掴んでくる。口から洩れる息は、衝動を抑えるように浅い。そして力が入りすぎて固まってしまった上半身とは対照的に、ゆるゆると動く腰に手を添えズボンと下着をずらすと、直接肌に触れるカムイの指の感触に柔い臀部がまたふるりと震えている。
「……カムイ」
「はい」
呼びはしたものの、後の言葉が続くことはなく。くちゅりと小さな水音がする口の端から零れた唾液が首筋を薄く伝った。
彼の体はまだ未成熟で、カムイを受け止めきることは容易ではない。だから加減しなければ、と思うが止めることは難しかった。
「ん、カム、イ……」
「はい、神さん」
乞うように何度も呼ばれるのが嬉しかった。彼の両手をしがみつくように首に回させると、行き場なく指先までぴんと伸びた足を掴み左右に押し広げる。猫が伸びをしたような綺麗な弧を描く背に長い髪がすっと流れて、それを追う視線の先には。
「あ……」
曝されたそこを確かめようと指をあてがうと、誘うようにひくりと蠢いている。
「あなたは……」
吸いつくようなそこは、ぬるく湿っていた。
楽に、とまではいかなかったがあまり苦も無く侵入を許してくれる。その意味に気付いて、彼は自分で受け入れる用意をしていたのだと、そのことを理解して頭がおかしくなりそうだった。
部屋へ入ると、右手の壁際に置かれたカウチに寝そべっていた彼が、傍らにいくつも置いた大きなクッションに埋もれ隙間からかろうじて見える目だけを向け問い掛けてくる。
それなりに久しぶりなのだから顔が見たいと思うが、ここからでは投げ出された足の裏しか見えない。仕方なく反対側の壁に目を向けると、二日前にここを出た時と同じようにモニターには古いドラマだか映画だかが映し出されていた。自分が居ない間ずっとこれを見ていたのだろうか? そんなものを見ていたことがあったろうかと記憶を掘り起こそうとして、それよりも彼の質問に答える方が先だと思い返す。
「ええ、どうしても探さなければいけないものがあって」
目的のものが中々見つからなくて、思ったよりも時間がかかってしまいましたと付け加えるが、カムイの行き先に然程興味があって聞いたわけではないのだろう。
「そうか」と一声返すだけで、それ以上追及しようとはしてこなかった。
自分に取ってはほんの数日でも、彼に取っては数週間、数か月に値するはずだ。だが恐らく、そんなことは彼にとって大したことではない。
いつも通りの声で「コーヒーを淹れるがお前も飲むか」と言って彼はカウチから立ち上がり、奥のキッチンへと向かおうとする。
「いえ、今は結構です」
それより、と言って自身に背を向ける彼の髪に指を伸ばす。
さらりとした、少し不思議な癖のある長い髪は背の中ほどまで伸びていて、何か言ったわけでもないのに切ろうとはしなかった。指の隙間から零れ落ちた黒髪が持ち主の元へと戻るタイミングで背後から腕を回し抱えると、当たり前のようにトン、と背を預けてくる。
もたれかかってくる身体はカムイの肩ほどまでしかなくて、旋毛を見下ろせてしまうことになんだか物足りなさを感じてしまう。
声はもっと低かった。背は頭半分以上は高く、結局最後まで見上げることしか出来なかった。完璧に計算された上で無駄なく鍛え上げられた筋肉質な体は厚みはあるが形良くしなやかで、こんなに軽くなかった。
簡単に背を空けたりなどしない人だった。
(……駄目だ)
そこまで考えて、思考を止める。
あの人と重ねてはいけない。それは彼を傷つける。
(いや)
そんなことはない。それはカムイの幻想、もしくはただの願望に過ぎない。
「カムイ」
その証拠に、彼はく、と顎を上げるとカムイを見上げる。
この目。この底の見えない黒い瞳だけが、あの頃と変わらないままだ。この目が含むものが、伝えようとしていることが何なのかわからなくて知りたくて仕方がなかった頃と違い、今はその色の意味がわかってしまう。それがあの頃と同じかは、知る術もないけれど。
(それで構わない)
「カムイ」
答えないカムイをどう思ったのか。再度呼びかけながら、ほんの少し背を伸ばしカムイの首に腕を回すと、その目が色を持って細められ、彼の望みを明確に伝えてきた。
それにカムイは答えるだけだ。そう、望まれるまま。
もたれかかる厚みの足りない身体をくるりと返し、腰に手を回す。少し屈んで目線の高さを合わせると、薄い唇が誘うように開く。そこから覗く咥内は湿度の高い淫靡な色をしていた。
舌を伸ばし、彼の肉厚なそれを絡めとる。
深く唇を合わせるように何度も角度を変えると、受け止めきれない唾液がつ、と彼の滑らかな顎から咽喉へと伝った。
堪えきれないのか、もぞりと動く身体を強く抱き締める。腕の中に収まってしまうその身体は記憶よりも柔く温かで、それが無性に寂しくなった。
二年目
寝室にしている部屋へ入ると、中は照明をほぼ落としてあり思いのほか薄暗い。
「暗くないですか」
カムイはそう問い掛けながら、部屋の中央に置かれたベッドへと近付き足元の空いている場所へと座るが、ヘッドボードに寄りかかり、枕元の僅かな照明の明かりだけで本を読んでいたらしい隼人は何か気に食わないことでもあるのか、ふい、と体を傾け顔を隠してしまう。
何かしたろうか。先日の(彼にとって)長期の不在については納得してもらったと思っていたが、まだ何かあったろうか。考えてみるが、今日は本当に心当たりがない。
「こんなに暗いと、目を悪くしますよ」
再び声を掛けるが、返事はない。
「神さん」
呼びかけながら、ドアの横にあるスイッチで部屋の照明をもっと明るくすべきか考える。
このまま本を読むのならその方が良いのだろうが、恐らくそうはならない。
そう判断して、カムイはもう少しだけ体を寄せ声を掛けた。
「神さん」
再び呼びかけながら更に距離を詰めると、宥めるように隣に横たわっている彼の人の髪を梳く。黒く艶やかな髪は初めて彼を見た時のようだが、当時のあの人は自分よりも遥かに大きくて、文字通り手の届かない存在だった。
その隼人が。今は目線をちらりと向けカムイの姿を確認すると、ゆるりと動いて寄りかかる先をヘッドボードからカムイの膝に替える。そしてまた読んでいるのかいないのか、腹の上に広げた本の文字を目で追い始めた。しかしその頁が進んでいる様子がないことを、指摘しても良いものだろうか。そう考えながら腕を伸ばし、本に添えられている手を取ると、指先に口付けた。
自分の記憶よりも遥かに細い指の感触は、何度触れてもまるで現実味がなかった。弄ぶように機嫌を取るように持ったままの指を軽く口に含むと、ぴくりと反応が返ってくるがやはりカムイへは目を向けようとしない。そんな様子を、何だかかわいらしいと思ってしまう。これから何をするか、お互いわかっているというのに。
では、と含んだ指にかぷりと歯を立て舌で先端を突くと、カムイの膝に半ば乗った背が、ほんの少しだけ強張った。
「俺の方を向いてください」
乞うように声を掛ければ、折れるのは彼の方であることがここでの常だったが、どうして今日は中々に手強い。
「神さん」
三度名を呼び、背後から腹の方へ抱えるように腕を回すと、ようやく諦めたのか機嫌が直ったのか背中の力が抜け、カムイの腕の中にすっぽりと納まっている。
それでも顔を上げようとしない彼の矜持は、愛おしいものでしかなくて。
「お願いです」
じんさん、と尚も呼べば、あからさまに渋々と言った様子ではあるが、ようやくこちらへと視線を向けた。カムイはその目と目を合わせ、そこに含まれた意味を読み解こうとする。
研究所で暮らしていた頃から、カムイも隼人も口数が多いわけでもなく、言葉でのコミュニケーションは普段からあまりなかった。そんな中で、偶に語る言葉がどこまで本心かわからないのはお互い様だと思っていたし、それは今の生活でも変わりはない。二人きりしかいないこの場所で口から漏れる言葉は嘘ではないが、かといって本音というほどでもなく。カムイも隼人も、そんなものに必要性を感じていないというだけのことだった。
だから、大抵のことは態度で示される。
膝に半ば乗った隼人の体を収まりの良いように両脇から抱えると、ずるりと引き上げる。嫌がるでも手を貸すでもない隼人は全体重を預けたままで、背中からその体温が伝わってくる。
そのじんわりと少し高い熱に不埒な気持ちしか湧いてこないが、そんなことはどうせ承知の上でのこの態度だ。
カムイはそんな面倒な駆け引きを好むわけではないし隼人自身もそうなのだろうが、この煩雑な手順が必要なことは理解していた。
だから、宥めるように懇願するように、背後から軽く耳輪を食む。
隼人はそれがどうした? と問うようにちらりと視線を向けてはくるが、特に拒むこともなく。
カムイの好きなようにさせてくれるので、そのままなぞるように耳に舌を這わせた。
「……ふっ、ん」
ちゅく、とまた耳を噛むと微かに声が漏れるのが聞こえた。もう少し、と歯を立てると強く膝を叩かれる。
「あぁ、すみません」
無言の抗議に、悪戯しすぎたと耳を離す。
ここが弱いのは知っているが、堪える声が聞きたいのと感触が好きなのとで、ついやりすぎてしまう。それでもここで止めることなど全く頭にはなく。抱きかかえたままの腕を解きシャツの襟元を緩めると、隼人はようやく観念したように手に持っていた本をぱたりと閉じて、サイドチェストに置いた。それを待ってでは、と顎に手を掛けると、それまでの渋った様子は何だったのか、首を反らし雛鳥のようにぱかりと口を開く。
あぁ、何て。
開かれた口腔が、天井からの人工的な明かりを反射して、ぬらりと光る。
そこに舌だけを差し入れゆっくりと中を荒らすと、カムイの胸に預けられた背中が堪えきれないのかびくびくと痙攣していた。
無防備な姿にぞくりとするのと、それでも油断をしていると噛みちぎられるのではないかという若干の警戒心はあるが、絡めた舌を少し緩めて先端を突くと、また肩が跳ねている。
昔からこの舌の感触も好きだったので、遊ぶようにそれを楽しんでいると、隼人が体を捻って両手を伸ばしカムイの頭を掴んできた。そして足りないとでもいうように更に顔を寄せてくると、そのまま深く口付けられる。
誰も居ない静かな空間に、ただ水音が響く。
好きなようにさせていると、カムイの両頬に当てた手に力が入り、さらに咥内を荒らされた。
「は……」
「ん、あっ……」
ここで、このベッドの上でカムイが教えたことしか知らないはずなのに。口付けの仕方や触れる時の癖が、あの頃の隼人と同じであることが時折あった。それは偶然か、それとも。
(俺の頭がおかしくなっているのか)
ただの偶然を、以前の彼と無理やり結び付けようとしているのではないか。カムイにはわからない。それでもこの人を離すことなど出来なくて、カムイの腕の中に収まる……収まってしまう細い体を力任せに抱き締めると、苦しかったのだろう、どん、と突き飛ばすように胸を押された。
体が離れたところでちょうど良いと、隼人が制服のように毎日着ている白いシャツのボタンを一つずつ外す。外気にさらされた傷一つない体は滑らかで、ここで暮らすようになるまで見たことがなかったものだ。それを見るといつも不可思議な気持ちになる。
あの体中無数に残る傷痕は、隼人の戦い続けてきた人生そのものだ。隼人本人に直接そう言ったこともあるが、その時はそんな大層なもんじゃないと苦笑いされた。
それでも、カムイはそう思っている。
肩からシャツを落とすと、薄明りの中、白いシーツの上に横たえた成長途中の体をまじまじと見る。形良く筋肉がついてはいるが、これはまだ戦うためのものではない。
(ここにあったはずだ)
そう思いながら、脇腹の下をつ、と指でなぞる。
あの体の傷は、全て覚えている。
以前そう伝えたら、そんなに俺の体に興味があるなら内臓も見るか? と検査用の写真を見せてくれようとしたことがあった。あの時は揶揄われているのだと思って反射的に断ってしまったが、今考えるとあの人のことだから、本気で言っていたのだろう。それなら見せてもらっておけば良かったと少し後悔していることは、とてもじゃないが目の前の人には言えない。
首筋、胸元から腹へと順に舌を這わせる。確かここと、ここにもあったはずだと記憶を辿りながら見えない傷をなぞるように赤い痕を残した。
「何を……、確かめている」
腹の上のカムイの髪をさらりと梳きながら、隼人がその意図を問うてきた。それは特にカムイの答えを知りたいからではなく、単にその行動原理に興味があってのことだろう。
「……きれいな体だと思って」
少し笑いながらちゅく、と臍の真下の柔い皮を吸い上げると、びくりと腰が震えて小さく声が上がる。
「う、嘘をつけ……」
掠れた声と少しだけ荒くなる息が、彼の反応を正確に伝えてくれる。
顔を見たいと思ったけれど腕で隠されてしまっていて、無理に暴こうとすると機嫌を損ねた猫のように爪を立てられるのは既に経験済だ。そんなところも変わらないのだな、と執拗に反応のある周辺に痕を付けると髪を掴まれぐっと握りこまれた。さすがに少し痛くて緩めるようにと手を握ると、それで伝わったのか僅かに力が弱まった。
「本当です」
腕の隙間から覗き込むように目を合わせ、ずっときれいだと思っていました、と伝える。
機嫌を損ねたかのようにふいと逸らされた目元は、良く見なければ気付かぬほど、微かに赤く色づいていた。
ここでの隼人との生活は、静かなものだった。
そういったところは、早乙女研究所に居た頃とあまり変わりないようにも思っている。
違う点といえば、これまで日常的にあった戦闘がないので、必然的にそのための会議や指示出しなどに時間を取られることがなく、隼人がほぼ一日中研究に没頭していることぐらいだろうか。
今テーマにしているのは、改めてのハチュウ人類と人間の違いだそうだ。それは身体的な特徴や能力、思想、それぞれの歴史についてなど多岐に渡る。
そんなものは今となっては意味のあるものではなかったが、知りたい、というただその一点だけで研究を続けているようだった。
現在二人が住居にしてしまっている地上調査用の小型マシンランドは、そのために作られたものだということもあり基本的にはハチュウ人類がすごしやすいようになっているが、当時の研究に必要だったとのことで、人間のための設備や部屋も多くある。その中の一区画を、彼が自由に過ごせるようにと改造した。
カムイも人のことは言えたものではなかったが、研究所での隼人の部屋は生活のために必要な最低限のものしかなく、殺風景であまり私室らしくなかった。そしてそれは、ここでもあまり変わりはない。
「何か部屋に飾るもの……、絵や写真のパネルか、スクリーンでも用意しましょうか」
「必要ない」
一応、と聞いてはみたが予想通りの答えが返ってくる。ここはどの部屋にも外に向けた窓がないので息が詰まるのではないかと考えたが、特にそれは気にならないらしい。
「……そうだな。絵はいらんが、音楽が聴けると良い」
それでも少しは考えてくれたのか、要望を教えてくれる。
音楽……ここのメインライブラリに入っているものを、スピーカーに繋げれば流せるだろうか。それなら外で探せば、使えるものを見つけられそうな気がする。
(音楽か)
音楽など、あの部屋で過ごしていた時に流れていたことがあったろうかと考えるが、あの頃はそんなことに気付く余裕もなかったので、あまり覚えていない。研究所で聞こえる音といえば、呼び出し音と警報と時間を告げるサイレンの音。常にそれらに気を取られていたので、カムイの耳には入っていなかっただけかもしれないが。
今の隼人は研究所所長でも司令官でもない。以前の彼と、同じ思考かどうかもわからない。
普通に考えれば、辿ってきた時間も生活環境も違うのだから、同じ人格になるなどあり得ないだろう。ただこうやって傍で過ごしていて、近しいと思える部分もかなり多い。カムイが知らなかっただけで、こうだったのかもしれないと考えることが出来るのは、嬉しいことに思えた。
研究所跡地や麓の町などあちこち探して、ようやく使えそうなスピーカーを何とか手に入れることが出来た。それとは別に、部屋に設置する時に、もう一つ。
「これはなんだ」
「アスプレニウムというらしいです」
カムイが部屋に持ち込んだ観葉植物を、隼人は不審そうな目で見ている。
「名前はいい。聞いてもわからん。何故ここに置く」
「……気に入ったので」
カムイの間が気にはなったようだが、隼人はそれ以上追及することはなかった。
問い掛けは本当にただの疑問だったらしく、何で俺が世話をしなければならんのだと言いつつも、カムイが不在の時は水やりをしてくれているようだった。
「ここまで進められるとは思いませんでした」
感心したようにそう言うと、何を言っていると言わんばかりにふんと鼻を鳴らされた。始めの頃は、カムイが端末を操作しているのを椅子の後ろから興味深そうに眺めているだけだったが、今ではすっかり使いこなしている。
そして最近隼人は息抜きだと言って、自分の趣味の研究の合間にカムイの解析作業を手伝うようになっていた。おかげで当初の想定よりも、かなり進捗が良い。
バグのテラフォーミングは進んではいたが、それでもゲッター線の濃度が高すぎる早乙女研究所の跡地に近寄れるのは、恐竜帝国ではカムイしかいなかった。今の立場でそんなことはと止められもしたが、ドラゴンが飛び去ったからといって、このまま研究所を放置しておくのは危険すぎると調査を続けている。
「少し休みますか」
「そうだな」
今日やるべき作業の目途は立ったしきりも良かったので、咽喉が乾いたと言う隼人の言葉で休憩を取ることにした。カムイはコーヒーを入れると、四人掛けの大きな金属製のダイニングテーブルに向かい合わせになるようにカップを置く。隼人は定位置となっているカムイの正面に座り、テーブルに設置した端末に目を通し始めた。本当にただ何か飲みたかっただけで、休憩を取るつもりはないらしい。
この隼人は恐竜帝国とも百鬼帝国とも戦っていないし、ハチュウ人類の存在についても当初は教えていなかった。
しかし何かの折に……確か隼人とカムイの外見上の違いについて聞かれたことがきっかけだったろうか? 興味を持った隼人がそれらのことを知りたがるので、差し障りのない範囲で教えた。与える知識は飛び飛びのものだったが、隼人は驚くべき洞察力と推理力で自力で空いた隙間を埋め、今ではほぼ正解に近いだろう答えを導き出していた。
「さすがですね」
「何がだ」
隼人にとって、知ることは何よりの暇つぶしのようだった。
閲覧制限をかけてはいるが、それでも膨大なデータを持つここのライブラリで見られる範囲のもの全てに目を通したのだという。
それを記憶、整理し、求める答えを探し出す。その術に非常に長けていた。
「俺だってここまで詳しく聞いたことがありません。ですが、過去の研究結果と合わせてもこの内容は恐らく正しいでしょう」
誰に読ませるでもなく、ただ興味だけで隼人が書き綴った分厚いレポートを読んだカムイは、溜め息を吐く。
「神さんは、過去の恐竜帝国を見たことがあるんじゃないですか」
「何を馬鹿なことを言っている」
お前は俺をいくつだと思っている、と軽く言われ言葉に詰まる。それはカムイが決して口にしてはいけないことだった。
しかし元々回答が返ってくると想定してのことではないらしく、隼人は既に別のことに興味を引かれたのか、飲み終えたカップを置くと、凄まじい速さで端末を叩き始めた。
こんな知の化け物のような人が。あれだけの年月をかけてもなお、ゲッターについての全てを知ることは叶わなかったのか。
改めてゲッター線を発見し、研究を続けゲッターロボを作り出したという早乙女博士の恐ろしさを実感する。
そんなことを考えながら、カムイはふと思いついたことを口にした。
「地上について、知りたいと思いますか」
問い掛けはひどく曖昧だった。
知りたいと言う答えを得たところで、自分はそれを是とするのだろうか。彼に外の世界を見せることが出来るだろうか。そんな迷いを見透かされているのか、
「いや……」
それはもう充分だ、と彼の人は言う。
必要なものは全てここにある、と。
カムイには、その言葉の真意を問うことが出来なかった。
「そうですか」
絞り出すように小さな声で呟きながら、カムイはゆっくりと椅子から立ち上がると、対面に座っていた隼人の隣へと立つ。
隼人は特にそれを気にすることもなく、恐ろしい速さで画面を流れる文字を追っていた。雑務に時間を取られることなく好きなだけ研究に没頭できる今の生活に、本当に不満はないのだろう。
(それなら、良かった)
そんな安堵を口にはせずに、隼人へと腕を伸ばす。その輪の中に閉じ込めてみるが、隼人は少し邪魔そうな気配を醸し出しながらも抗うことはなく、当たり前のようにそこに収まっていた。
しかしそれは、その行動は本当に彼の意思によるものだろうか。
この人は彼ではないと理解しているはずなのに、その疑念はことあるごとに湧いてくる。
(……考えたところで)
カムイに正解を知る術などなかった。
肯定と否定。
否定する権利は、自分にはない。ただ彼を受け入れ、少しでも長く共に居られるようにと考えるだけだ。そう思いながら、眼下の彼の長い黒髪を梳き、指で首筋を辿る。隼人は咎めるでもなく端末から指を離し、その手を軽く掴むと、「するのか」と一言問い掛けてきた。
「いやですか」
滑らかな黒い髪を梳きながらの言葉は問い掛けに対する答えではなかった。甘えのようなそれに気付いているはずなのに、彼はその言葉を否定するように首を振った。それは同情か欲情か。
もうどちらでも構わなかった。
以前の自分なら、同情など決して許さなかったろう。それが変わったのは、この人のせいだ。
どちらでも良い。それでも良いと。
椅子の向きを変え、座ったままの彼の前で片膝を着くと、恭しくその足を取る。
その姿を見下ろす何の感情もないような顔へと視線を向けながら、踝から足の甲へと舌を這わせた。その感触に隼人の眉がぴくりと上がるが、言葉を発することはなかった。
幼い姿で自分の庇護下にいても、彼は決して従順なわけではない。
気に入らないことは気に入らないと、はっきりと態度で示してくる。これで蹴り飛ばされないのは、カムイが危害を加えることがないと理解しているからだろう。だから、目線を合わせると彼は微かに笑う。カムイを試すかのように。
「どうした」
頭上からの声を確認するとカムイは大事に手に持っていた足をそっと床に戻し、椅子から隼人を抱き上げる。そして代わりに自分が椅子に座ると、向かい合わせになるように彼を膝に置いた。
「わかりませんか?」
そう問うと、
「いや、」
隼人は、その幼い外見に不釣り合いな艶やかさで笑う。
自分よりも遥かに柔らかな体躯の彼を犯すことに罪悪感がないかと言えば、嘘になる。
けれど、そのカムイの逡巡すら鼻で笑い踏み越えてくるのは、彼の方だ。
脚を開き、椅子に座るカムイに跨るように乗った彼のしどけない姿から目が離せない。
はだけられたシャツは肩からずり下がり肘に引っかかったままで、服としての意味を為していなかった。
それでも隠そうとするかのように僅かばかり体を丸めるのは逆効果でしかなかったが、そのことを彼に教えるつもりはなかった。肩を掴み軽く後ろに引くと、白い肌にぴんと張った赤い突起が嫌になるほど目についた。顔を近付け、つんと立つ先端の片方を舌先で嬲ると、膝に置いた体が嫌がるように暴れ出す。
「じっとしててください」
落ちると危ないですよ、と言いながら背を支えるように押さえると、唾液で濡れそぼったものをまた口に含みじゅっ、と強く吸い上げた。同時にもう片方もこり、と指で軽く摘む。
「……っ!」
体をしっかりと固定するように回した腕で拘束してしまっているので、上半身は逃げ場がないのだろう。びくびくと痙攣するように足先が震えているのが見えて、気持ち良いと思っているのか、良かったと安堵する。
以前は経験値が違い過ぎて、カムイには隼人が自分に抱かれて本当に感じているのかすらよくわからなかった。けれど今は……、今だからわかることがある。
(あぁ良かった、これは合っていた)
顔に傷は浮かばないが、赤く染まる頬と、意地を張るように固く閉じられた瞼を見ればわかる。
ちょうど良いと、顔を上げ瞼に唇を落とすと、ぴくりと痙攣するように長い睫毛が震えている。
皮膚に触れるカムイの舌の感触が気になるのか、おずおずといったていで目が開かれる。そのタイミングでつんと勃ちあがった先端を摘み繰り返し指で転がすと小さな声が漏れ、何をすると言わんばかりに睨まれた。
かわいらしい、と。そんな感情を彼に向けることがあるなど、思いもしなかった。
けれどカムイの腕に抱えられ、そこから抜け出す術もないのに墓穴を掘るように仕掛けてくる姿は、そうとしか形容しようがない。口に出したら嫌がられるのがわかっているので直接伝えることはないが、その代わりのように腰をずらし、硬く勃ちあがった自身を押し付けた。
「……っ」
その感触に彼の腰がびくりと揺れ、しがみつくようにカムイのシャツを掴んでくる。口から洩れる息は、衝動を抑えるように浅い。そして力が入りすぎて固まってしまった上半身とは対照的に、ゆるゆると動く腰に手を添えズボンと下着をずらすと、直接肌に触れるカムイの指の感触に柔い臀部がまたふるりと震えている。
「……カムイ」
「はい」
呼びはしたものの、後の言葉が続くことはなく。くちゅりと小さな水音がする口の端から零れた唾液が首筋を薄く伝った。
彼の体はまだ未成熟で、カムイを受け止めきることは容易ではない。だから加減しなければ、と思うが止めることは難しかった。
「ん、カム、イ……」
「はい、神さん」
乞うように何度も呼ばれるのが嬉しかった。彼の両手をしがみつくように首に回させると、行き場なく指先までぴんと伸びた足を掴み左右に押し広げる。猫が伸びをしたような綺麗な弧を描く背に長い髪がすっと流れて、それを追う視線の先には。
「あ……」
曝されたそこを確かめようと指をあてがうと、誘うようにひくりと蠢いている。
「あなたは……」
吸いつくようなそこは、ぬるく湿っていた。
楽に、とまではいかなかったがあまり苦も無く侵入を許してくれる。その意味に気付いて、彼は自分で受け入れる用意をしていたのだと、そのことを理解して頭がおかしくなりそうだった。
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