プロフィールタグ

投稿日:2023年05月24日 12:38    文字数:6,237

雨上がりの空

ステキ数:2
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
コメントはあなたと作品投稿者のみに名前と内容が表示されます
両片想いな鶴燭です。極の修行に行った鶴さんが遡行軍の襲撃にあって、からのゆめうつつな話。タイトル変えました!
1 / 1
 雨が降っていた。辺りは暗く転がった地面はぬかるんでいる。目の前の押さえつけている体が暴れるたびにぴちゃり、と泥が跳ねて双方の服を、顔を汚した。お互い刀は手にしていない。頭の中の荒れ狂う激流に叫びだしたいのに声は声にならずにひどいしゃがれた呻きが飛び出す。押さえつけているものが誰かを呼んでいる。縋りつきたくなって、伸ばした手は自分の意志とは反対に近くにある相手のうなじを思い切り噛みついていた。

 声は止まない。黒く塗りつぶされた視界に時折光る粒子が声の大きさに比例して大きさを変えて……名前を呼ばれているような気がして必死に手を伸ばしてみる。ふと、自分の右腕の手首から10㎝ほど離れた位置に黒い紐が巻き付けられているのに気付いた。
(これは、なんだったか)
 頭の中が雷を受けたかのようにビリビリと痺れた。しがみついている体から頬に体温が伝わってくる。苦しくて息が荒れている。雨は一層強くなりもつれあう二振りの上に降り注ぐ。誰かを叫んでいた声は今は聞こえない。黒い瘴気が自分の身体を取り巻いている。だが、視界は少し晴れた。今自分の体の下にあるものが何なのか認識できるくらいには。自分の吐く息が震えた。雨粒がまるで涙のように落ちている。
「光坊……?」
 しゃがれてはいたがさっきまで出せなかった声が出せた。声に反応して閉じられていた瞼がピクリと震えた。一つきりの蜜色の瞳が小さく瞬きをして、鶴丸の方を見上げる。「あぁよかった」と手を伸ばして、そしてまた意識を手離した。

 まだ自分に纏わりつく瘴気が邪魔して思考が追いつかない。鶴丸は燭台切の息を確かめてひとまず安心した。近くに二振りの刀が転がっている。状況を整理しようと自分の身体を見た。
「こりゃあ、なんだ」
 極の修行に行ったはずだ。無事に修行が終わり帰路に付く途中、遡行軍の襲撃を受けた。一振り逃がしてしまったが探す間もなく修行帰還のゲートが開いた。中に入った時逃がした遡行軍が一振り付いてきたようだ。本丸へ帰還する装置は異物を察知して鶴丸もろともどこかの時代に飛ばした、ということだろうか。
 問題は鶴丸の体が遡行軍の意識と融合されかけていたことだ。今の自分に遡行軍の気配はない。そして、倒れている燭台切光忠。
(やっつけてくれたのか?)
 白い衣装は鈍色にくすみぼろぼろであるし、鶴丸の顔も半分ほど灰色に変色してる。自分の意識が戻ったということは、ゲートから吐き出された時よりは瘴気はましになっているのか。雨の降りが弱くなってきた。鶴丸は右腕に巻き付いていた黒い紐をいじった。それは修行に行く前に燭台切から預かった眼帯だった。
「ほんとにお守りになるとはね、ありがとな光坊」
 どうやってどこの時代に飛ばされたかも分からない自分を見つけ出せたのか、隣で寝てしまっている彼に聞きたかったが、襲い来る眠気に抗うことが出来なかった。

 雨はあがり朝が来た。頬に柔らかな肉球が当たる、ぺたりと。
「起きてください!」
 先に起きたのは燭台切だ。隣のまだ寝ている鶴丸を見やってほっと息をついた。
「こんのすけ? 僕の本丸の、ではないよね。この状況をどう説明したらいいかな」
 困ったように眉を下げている燭台切に、一匹の管狐はぴんと耳を立て胸を張って言った。
「あなた方の本丸の主から報告を受けて調査にやってきました、政府の調査班です!修行に行って帰還ゲートを潜った後行方知らずの鶴丸国永を探しに行った燭台切光忠と双方連絡が取れていないと」
 こんのすけの声に反応して鶴丸が目を覚ました。こんのすけは起き上がった鶴丸の姿を見て「これは……」と言葉を濁した。極の衣装は灰色に染まり、白い顔も半分灰に染まっている。
「鶴さん、起きたんだね。僕が見つけた時、鶴さんは遡行軍の一体と同化しかけていてね、うまく行くか分からなかったけど分離させてくっついてたやつは倒したと思ったんだけど……」
「この感じじゃあ、まだ遡行軍の瘴気が残ってるかもなぁ」
 鶴丸は自分の姿を検分しながらぼやいた。
「でも、昨日よりずっと瘴気が薄れているよ鶴さん」
 二振りの会話を聞いていたこんのすけが「政府に今後の対応を確認してきます、おふたりはしばしこちらで待機をお願いします」と言い、近くにあった二振りの刀を器用に風呂敷に包みしょった。
「分かったよ」「待ってるぜ」と返事を聞いたこんのすけはすぐに転送ゲートを開いて行ってしまった。
 
 立ち上がった燭台切から「ぐっ…」と声がする。鶴丸は慌てた。
「おい大丈夫か? 俺だよな、やったの」
「はは、鶴さんと遡行軍の合体技は強かったなぁ」
「すまん。全く覚えてないんだが、俺はこの通り無傷ってことは」
「同じの二体いたんだ。本物の鶴さんは右腕に僕が渡したやつつけてたでしょ、だから敵はどちらか分かったんだよ。でも二振り相手にするのは大変だった。一体倒しても鶴さんは正気に戻らないし」
 あの時の転がっていた刀を思い出した。お互い刀を持っていたら切り合いになるから鶴丸から刀を離させて自分も放り投げたのだろう。それでもみ合いになって……
(俺の意識は完全に闇に飲まれていた)
「食べられるかと思ったよ」
「本当にすまない!」
 鶴丸の焦った顔に「ふふっいいんだと鶴さんが正気に戻ってくれたんだもの」と笑った。左側のうなじがちらりと見えた。歯型のうっ血の跡が赤黒くなっている。何かに縋りつきたくて必死に掴んで離すまいとしがみついて……何度も自分を呼ぶ声が光の粒になって降り注いで来たのだ。
「光坊、迎えに来てくれてありがとう」
 鶴丸の言葉に燭台切は「どういたしまして」と言いながら目元を拭った。朝の光は夜半に降った雨の粒を映してきらきらと輝いている。こんのすけはまだ帰らない。刀を持っていかれたからここで何かあったら大変である。でも何かバリアのようなものをここに張っているのが分かる。また眠気が襲ってくる。隣を見やれば木の幹に背を預け目を瞑っている。

 小さな建屋がある。急に視界に現れたこんのすけから「政府の回答が来るまでこちらで二振り待機をお願いします」と言われた。二振りは顔を見合わせた。
「こんのすけはもう帰っちゃうのかい?」と燭台切が尋ねればこくりと頷きこちらを、と連絡用の端末を手渡した。
「何かあればこちらを操作してご連絡ください。この建物には特殊な結界が張ってありますので、ここから出ませんよう」
「分かったよ、連絡があるまで待機だね」
 こんのすけとさよならをした後、建屋の中に入り探索した。平屋で部屋は四つ、小さいが庭に池があるし風呂の作りは自分たちがいた本丸によく似ている。
「ミニ本丸ってとこかい。神気を整え元の状態に戻せるよう頑張りますか」
「鶴さんひとりじゃないよ、僕もいるからね! 一緒に頑張ろう」
「光坊には迷惑ばかりかけちまうなぁ。じゃあ、もし万全の状態に戻って本丸に帰れたら俺がなんでもわがまま聞いてやる!」
 鶴丸の言葉に燭台切は目を見開き「楽しみにしてるね」とほほ笑んだ。

 最近の遡行軍は修行中の道中にも現れるらしい、という話をこの本丸の鶴丸が聞いたのは修行に行く前日だった。直接出てくる場合もあるし、修行の最中に「人間」の不条理な部分を見せてこちら側に寝返る様仕向けることもあるのだとか。守るべき歴史が本当に善であるのか……人の子と同じように心があるというのなら「迷い」は必ず生まれるだろう。そこを突いてくるのだとか。同じようにこの話を聞いて心配したのは同室の燭台切だった。太鼓鐘と大倶利伽羅は極の修行を済ませてもう随分経っている。半年前には燭台切も修行を済ませた。同じ伊達のよしみで同室のこの刀は太鼓鐘や大倶利伽羅より顕現した時から近くにいる。伊達の家にあった頃は燭台切はもう水戸の徳川家にあったから、鶴丸が燭台切と話すようになったのはこの本丸に来てからだ。色々な家を渡り歩いたからだろうか、馬が合った。
「君達は伊達では共にいなかっただろう、なのにお互い勝手知ったる仲なんて言ったり、いやこれを言ったのは鶴丸か……とそれは置いといて燭台切、仲が良いのは分かるが貴殿は鶴丸を甘やかしすぎてないか?」と歌仙に燭台切は言われていたりする。

「これをくれるのかい?」
 鶴丸は燭台切が「お守りだよ」と右腕に器用にぐるぐる巻きつけて蝶々結びされた彼の愛用の眼帯を見ながら言った。
「そう、迷いが生じた時これを見れば『これ返さないと』って思い出すだろ?」
 いつも少し上にある燭台切の頭が今は鶴丸の鼻先あたりをぴょんと跳ねた髪がくすぐる。近い視線や吐息に心臓が跳ねた。「ありがとな」と声を掛ければ嬉しそうににこりとしてくれる。また小さく胸がざわついた。だけどなぜ燭台切の私物を、だろう。
「迷いが生じた時って、ここに帰りたいって強く思う事が重要なんじゃないかなぁって」
 そう言って取り出したのは鶴丸の衣装についてる梵天だ。
「これを修行に行く前に通りで落ちてて拾ったんだけど、鶴さんに返さなきゃって思いながらポケットに入れっぱなしだったんだよね。こんな感じに何かあった時に思い出すきっかけになるかなって。あ、伽羅ちゃんのペンダントとか貞ちゃんの頭の羽とかの方が良かったら、今からでもふたりに借りてくるよ!」
「いやいやこれでいい!」と鶴丸は早口で言った。
「はぁぁーお前はかわいいなほんと」という言葉が思わずこぼれそうになるのをぐっとこらえる。外は雨が降っている。紫陽花の花が雨に濡れて蛙の鳴き声が聞こえる。

 一通り建屋の中を散策して、最後に庭に面した部屋に腰を降ろした。庭に紫陽花が咲いている。本丸のと違って赤紫色やピンク色のそれは降り続いてる雨に濡れている。蛙の鳴き声は聞こえない。
「体、大丈夫かい?」
 鶴丸の問いに「そういえば全然痛くないよ不思議だね。声も普通に出る」
 鶴丸も声を出すとき痛かった気がするが治っている。
「鶴さん、顔……治ってる」
 鶴丸は近くにあった鏡台で確認した。灰色になっていた部分が元に戻っている。
「うーんいつ治ったんだ?」
「あぁそうださっき渡された端末! ちょっと見て見ようよ」
 燭台切はこんのすけに渡されたものを取り出し、電源を入れようと試みたが画面は暗いままうんともすんともいわない。これではなにかあっても連絡が取れない。
「壊れてるのか? なんだなんだ狐にでも化かされてる気分だぜ」
「うーん……、そうだ! お風呂あったよね入ってみるかい?」
「まぁ考えても仕方ないよな、俺が先に行ってもいいかい?」
「オーケー」
 湯船にお湯をためて浸かる。外から「着替え見つけたから、ここに置いておくね」という声がする。返事をしながらふとお腹が空かないものだなぁと思った。
 鶴丸の後に風呂に入った燭台切は首筋にあったはずの歯形がきれいさっぱり無くなっていることに気付いた。名残惜し気に指でさすって、ここは何なのかと考えた。

 本当に似た造りになっている、と二振りは思った。本丸では太鼓鐘と大倶利伽羅に鶴丸、燭台切の四人が同室なのだが似た位置にある部屋の押し入れに布団が四つ入っていた。だからいつものように布団を敷いて寝転がる。外はすっかり暗くなっていて雨が降る音だけが聴こえる。
 何かがおかしい、と思う。寝ていたはずだ。なのに時間が戻ったようにあの時の光景が目の前で繰り広げられている。一体倒した。貫いた刃の先の遡行軍の身体が黒い瘴気となって霧散していく。後は本物の鶴丸を正気に戻さなければ。まだこちらを敵と認識している彼は戦闘態勢を崩していない。さっきの戦いで負傷した体でどこまで持ちこたえるか。お互い真剣で切り合えばどうなるか分からない。咄嗟に足で鶴丸の構えてる腕を蹴り上げ刀を払い落した。躊躇したが自分も刀を放り相手を押さえ込もうとした。鶴丸の瘦身はびうともせず逆にのしかかってきた。必死で「鶴さんっ……!」と叫ぶ。目を覚ましてくれ、と。何度も名前を呼ぶ。振りかかってくる拳を防ぎながらもつれ合い転がる。雨が強さを増してくる。鶴丸の目は紅く光り口からは唸り声と荒々しい息遣いがする。燭台切は呼び続けた、腕を伸ばして思い出してほしくて、元に戻ってほしくて暴れる身体に縋りつく。縋りついたと思ったのは自分だったのに気付いたら鶴丸の身体がピタリとくっつき首筋に鋭い痛みを感じた。食われると思った。押さえつけられた肩に腕にぎりぎりと指が食い込む。それでも名前を呼び続けた。大好きなひとの名を。

 話をするのが嬉しかった、遠征に行くのもぼやきながらそれでもしっかり畑当番をしてくれるのも、いたずら好きでなにか仕掛けてくる打ち合いも。厨当番だって驚きのメニューを提案してきたり一緒に万屋に買い物に行くのだって、何もかも大事な時間だった。だけど極の修行に行ってから、ただ楽しいと過ごしてきた日々に変化が生まれた。不意に抱き着かれたり、髪を梳くように撫でられる(鶴さんはいい子ってやってるつもりだよね、あれ)ことに胸がざわつきはじめた。これってなんだろうと貞ちゃんに相談してみたら神妙な顔つきで「人の子で言う所の『恋』ってやつ、じゃね?」と言われた。それから度々貞ちゃんには相談に乗ってもらってるけど、いつも近くで話を聞いている伽羅ちゃんには「鶴丸に直接聞け」と言われる始末だ。そういえば最近鶴さん伽羅ちゃんと話し込んでいる。気になるな。

「光坊……?」
 雨が二振りの体に降り注いでいる。名前を呼ばれて見上げれば鶴丸の紅く光っていた両の目はいつもの薄い黄色の穏やかな光を取り戻している。安心して手を伸ばす、また意識が遠のくと思った瞬間「ちょっと待て! 寝るな頼むから!」という必死の声掛けに目を開いた。
「鶴さん?」
「おいおかしくないか、さっきまで俺たちこんのすけが案内してくれた建物の中で布団敷いて寝てたよな」
 鶴丸の言葉に我に返る。そうだお風呂に入って布団に入り眠った。でもここは外だ。雨が降っている。
「あれ? 鶴さん顔きれいになってる、あと衣装も」
「ん? 本当だ。光坊も衣装直ってないか?」
 鶴丸に言われて身体を確認すると、戦闘でぼろぼろになっていたはずの衣装がもとに戻っている。
 雲の隙間から光が差し込む。夜は明けていたようだ。まだ降り続ける雨が二振りに降り注ぐ。
「お天気雨ってやつか」
 ほどなくしてなにも無い空間の裂け目からこんのすけが飛び出してきた。
「修復完了しました、どうぞ元の本丸にお戻りください」
 ふたりは顔を見合わせた。どこまでが夢だったのだろう。
「さぁ戻るか」と差し出された手を取り転送ゲートに向かって歩き出す。
「ねぇ鶴さんあの時言ったこと覚えてる? なんでもわがまま聞いてくれるって」
「ついさっき言ったこと忘れるわけないだろー光坊が言うわがままってなんだろうなちょっと楽しみだぜ」
「貞ちゃんと同じこと言うんだから。うん! でもちゃんと伝えたかったことあるんだ」
「それってわがままなお願いなのかい? あぁそうだ俺も帰ったら光坊に言いたいな」
「なぁちょっとかかんでくれないか」と言った鶴丸の腕が首に回りぐっと顔が近づく。軽く口と口が触れ合いそっと離れた。

1 / 1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました

コメント

ログインするとコメントを投稿できます

あなたのひとことが作者の支えになります。
コメントを投稿する事で作者の支えとなり次作品に繋がるかもしれません。
あまり長いコメントを考えずひとこと投稿だけでも大丈夫です。
コメントは作品投稿者とあなたにしか表示されないため、お気軽に投稿頂ければ幸いです。

この作品に関連のあるpictSQUAREのイベント

    • 2026年07月07日 00:00〜翌23:50
      受付中
    俺とキミが辿る旅路4 -小竜景光と審神者webオンリーー
    刀剣乱舞 小竜景光 審神者
     サークル参加受付期間
    3 / 50sp

    11月22日 00:00 〜 06月20日 00:00
    • 2026年10月31日 00:00〜翌23:50
      受付中
    うぐいす日和
    刀剣乱舞 鶯丸 二次創作
     サークル参加受付期間
    7 / 24sp

    03月28日 00:00 〜 10月17日 00:00
雨上がりの空
1 / 1
 雨が降っていた。辺りは暗く転がった地面はぬかるんでいる。目の前の押さえつけている体が暴れるたびにぴちゃり、と泥が跳ねて双方の服を、顔を汚した。お互い刀は手にしていない。頭の中の荒れ狂う激流に叫びだしたいのに声は声にならずにひどいしゃがれた呻きが飛び出す。押さえつけているものが誰かを呼んでいる。縋りつきたくなって、伸ばした手は自分の意志とは反対に近くにある相手のうなじを思い切り噛みついていた。

 声は止まない。黒く塗りつぶされた視界に時折光る粒子が声の大きさに比例して大きさを変えて……名前を呼ばれているような気がして必死に手を伸ばしてみる。ふと、自分の右腕の手首から10㎝ほど離れた位置に黒い紐が巻き付けられているのに気付いた。
(これは、なんだったか)
 頭の中が雷を受けたかのようにビリビリと痺れた。しがみついている体から頬に体温が伝わってくる。苦しくて息が荒れている。雨は一層強くなりもつれあう二振りの上に降り注ぐ。誰かを叫んでいた声は今は聞こえない。黒い瘴気が自分の身体を取り巻いている。だが、視界は少し晴れた。今自分の体の下にあるものが何なのか認識できるくらいには。自分の吐く息が震えた。雨粒がまるで涙のように落ちている。
「光坊……?」
 しゃがれてはいたがさっきまで出せなかった声が出せた。声に反応して閉じられていた瞼がピクリと震えた。一つきりの蜜色の瞳が小さく瞬きをして、鶴丸の方を見上げる。「あぁよかった」と手を伸ばして、そしてまた意識を手離した。

 まだ自分に纏わりつく瘴気が邪魔して思考が追いつかない。鶴丸は燭台切の息を確かめてひとまず安心した。近くに二振りの刀が転がっている。状況を整理しようと自分の身体を見た。
「こりゃあ、なんだ」
 極の修行に行ったはずだ。無事に修行が終わり帰路に付く途中、遡行軍の襲撃を受けた。一振り逃がしてしまったが探す間もなく修行帰還のゲートが開いた。中に入った時逃がした遡行軍が一振り付いてきたようだ。本丸へ帰還する装置は異物を察知して鶴丸もろともどこかの時代に飛ばした、ということだろうか。
 問題は鶴丸の体が遡行軍の意識と融合されかけていたことだ。今の自分に遡行軍の気配はない。そして、倒れている燭台切光忠。
(やっつけてくれたのか?)
 白い衣装は鈍色にくすみぼろぼろであるし、鶴丸の顔も半分ほど灰色に変色してる。自分の意識が戻ったということは、ゲートから吐き出された時よりは瘴気はましになっているのか。雨の降りが弱くなってきた。鶴丸は右腕に巻き付いていた黒い紐をいじった。それは修行に行く前に燭台切から預かった眼帯だった。
「ほんとにお守りになるとはね、ありがとな光坊」
 どうやってどこの時代に飛ばされたかも分からない自分を見つけ出せたのか、隣で寝てしまっている彼に聞きたかったが、襲い来る眠気に抗うことが出来なかった。

 雨はあがり朝が来た。頬に柔らかな肉球が当たる、ぺたりと。
「起きてください!」
 先に起きたのは燭台切だ。隣のまだ寝ている鶴丸を見やってほっと息をついた。
「こんのすけ? 僕の本丸の、ではないよね。この状況をどう説明したらいいかな」
 困ったように眉を下げている燭台切に、一匹の管狐はぴんと耳を立て胸を張って言った。
「あなた方の本丸の主から報告を受けて調査にやってきました、政府の調査班です!修行に行って帰還ゲートを潜った後行方知らずの鶴丸国永を探しに行った燭台切光忠と双方連絡が取れていないと」
 こんのすけの声に反応して鶴丸が目を覚ました。こんのすけは起き上がった鶴丸の姿を見て「これは……」と言葉を濁した。極の衣装は灰色に染まり、白い顔も半分灰に染まっている。
「鶴さん、起きたんだね。僕が見つけた時、鶴さんは遡行軍の一体と同化しかけていてね、うまく行くか分からなかったけど分離させてくっついてたやつは倒したと思ったんだけど……」
「この感じじゃあ、まだ遡行軍の瘴気が残ってるかもなぁ」
 鶴丸は自分の姿を検分しながらぼやいた。
「でも、昨日よりずっと瘴気が薄れているよ鶴さん」
 二振りの会話を聞いていたこんのすけが「政府に今後の対応を確認してきます、おふたりはしばしこちらで待機をお願いします」と言い、近くにあった二振りの刀を器用に風呂敷に包みしょった。
「分かったよ」「待ってるぜ」と返事を聞いたこんのすけはすぐに転送ゲートを開いて行ってしまった。
 
 立ち上がった燭台切から「ぐっ…」と声がする。鶴丸は慌てた。
「おい大丈夫か? 俺だよな、やったの」
「はは、鶴さんと遡行軍の合体技は強かったなぁ」
「すまん。全く覚えてないんだが、俺はこの通り無傷ってことは」
「同じの二体いたんだ。本物の鶴さんは右腕に僕が渡したやつつけてたでしょ、だから敵はどちらか分かったんだよ。でも二振り相手にするのは大変だった。一体倒しても鶴さんは正気に戻らないし」
 あの時の転がっていた刀を思い出した。お互い刀を持っていたら切り合いになるから鶴丸から刀を離させて自分も放り投げたのだろう。それでもみ合いになって……
(俺の意識は完全に闇に飲まれていた)
「食べられるかと思ったよ」
「本当にすまない!」
 鶴丸の焦った顔に「ふふっいいんだと鶴さんが正気に戻ってくれたんだもの」と笑った。左側のうなじがちらりと見えた。歯型のうっ血の跡が赤黒くなっている。何かに縋りつきたくて必死に掴んで離すまいとしがみついて……何度も自分を呼ぶ声が光の粒になって降り注いで来たのだ。
「光坊、迎えに来てくれてありがとう」
 鶴丸の言葉に燭台切は「どういたしまして」と言いながら目元を拭った。朝の光は夜半に降った雨の粒を映してきらきらと輝いている。こんのすけはまだ帰らない。刀を持っていかれたからここで何かあったら大変である。でも何かバリアのようなものをここに張っているのが分かる。また眠気が襲ってくる。隣を見やれば木の幹に背を預け目を瞑っている。

 小さな建屋がある。急に視界に現れたこんのすけから「政府の回答が来るまでこちらで二振り待機をお願いします」と言われた。二振りは顔を見合わせた。
「こんのすけはもう帰っちゃうのかい?」と燭台切が尋ねればこくりと頷きこちらを、と連絡用の端末を手渡した。
「何かあればこちらを操作してご連絡ください。この建物には特殊な結界が張ってありますので、ここから出ませんよう」
「分かったよ、連絡があるまで待機だね」
 こんのすけとさよならをした後、建屋の中に入り探索した。平屋で部屋は四つ、小さいが庭に池があるし風呂の作りは自分たちがいた本丸によく似ている。
「ミニ本丸ってとこかい。神気を整え元の状態に戻せるよう頑張りますか」
「鶴さんひとりじゃないよ、僕もいるからね! 一緒に頑張ろう」
「光坊には迷惑ばかりかけちまうなぁ。じゃあ、もし万全の状態に戻って本丸に帰れたら俺がなんでもわがまま聞いてやる!」
 鶴丸の言葉に燭台切は目を見開き「楽しみにしてるね」とほほ笑んだ。

 最近の遡行軍は修行中の道中にも現れるらしい、という話をこの本丸の鶴丸が聞いたのは修行に行く前日だった。直接出てくる場合もあるし、修行の最中に「人間」の不条理な部分を見せてこちら側に寝返る様仕向けることもあるのだとか。守るべき歴史が本当に善であるのか……人の子と同じように心があるというのなら「迷い」は必ず生まれるだろう。そこを突いてくるのだとか。同じようにこの話を聞いて心配したのは同室の燭台切だった。太鼓鐘と大倶利伽羅は極の修行を済ませてもう随分経っている。半年前には燭台切も修行を済ませた。同じ伊達のよしみで同室のこの刀は太鼓鐘や大倶利伽羅より顕現した時から近くにいる。伊達の家にあった頃は燭台切はもう水戸の徳川家にあったから、鶴丸が燭台切と話すようになったのはこの本丸に来てからだ。色々な家を渡り歩いたからだろうか、馬が合った。
「君達は伊達では共にいなかっただろう、なのにお互い勝手知ったる仲なんて言ったり、いやこれを言ったのは鶴丸か……とそれは置いといて燭台切、仲が良いのは分かるが貴殿は鶴丸を甘やかしすぎてないか?」と歌仙に燭台切は言われていたりする。

「これをくれるのかい?」
 鶴丸は燭台切が「お守りだよ」と右腕に器用にぐるぐる巻きつけて蝶々結びされた彼の愛用の眼帯を見ながら言った。
「そう、迷いが生じた時これを見れば『これ返さないと』って思い出すだろ?」
 いつも少し上にある燭台切の頭が今は鶴丸の鼻先あたりをぴょんと跳ねた髪がくすぐる。近い視線や吐息に心臓が跳ねた。「ありがとな」と声を掛ければ嬉しそうににこりとしてくれる。また小さく胸がざわついた。だけどなぜ燭台切の私物を、だろう。
「迷いが生じた時って、ここに帰りたいって強く思う事が重要なんじゃないかなぁって」
 そう言って取り出したのは鶴丸の衣装についてる梵天だ。
「これを修行に行く前に通りで落ちてて拾ったんだけど、鶴さんに返さなきゃって思いながらポケットに入れっぱなしだったんだよね。こんな感じに何かあった時に思い出すきっかけになるかなって。あ、伽羅ちゃんのペンダントとか貞ちゃんの頭の羽とかの方が良かったら、今からでもふたりに借りてくるよ!」
「いやいやこれでいい!」と鶴丸は早口で言った。
「はぁぁーお前はかわいいなほんと」という言葉が思わずこぼれそうになるのをぐっとこらえる。外は雨が降っている。紫陽花の花が雨に濡れて蛙の鳴き声が聞こえる。

 一通り建屋の中を散策して、最後に庭に面した部屋に腰を降ろした。庭に紫陽花が咲いている。本丸のと違って赤紫色やピンク色のそれは降り続いてる雨に濡れている。蛙の鳴き声は聞こえない。
「体、大丈夫かい?」
 鶴丸の問いに「そういえば全然痛くないよ不思議だね。声も普通に出る」
 鶴丸も声を出すとき痛かった気がするが治っている。
「鶴さん、顔……治ってる」
 鶴丸は近くにあった鏡台で確認した。灰色になっていた部分が元に戻っている。
「うーんいつ治ったんだ?」
「あぁそうださっき渡された端末! ちょっと見て見ようよ」
 燭台切はこんのすけに渡されたものを取り出し、電源を入れようと試みたが画面は暗いままうんともすんともいわない。これではなにかあっても連絡が取れない。
「壊れてるのか? なんだなんだ狐にでも化かされてる気分だぜ」
「うーん……、そうだ! お風呂あったよね入ってみるかい?」
「まぁ考えても仕方ないよな、俺が先に行ってもいいかい?」
「オーケー」
 湯船にお湯をためて浸かる。外から「着替え見つけたから、ここに置いておくね」という声がする。返事をしながらふとお腹が空かないものだなぁと思った。
 鶴丸の後に風呂に入った燭台切は首筋にあったはずの歯形がきれいさっぱり無くなっていることに気付いた。名残惜し気に指でさすって、ここは何なのかと考えた。

 本当に似た造りになっている、と二振りは思った。本丸では太鼓鐘と大倶利伽羅に鶴丸、燭台切の四人が同室なのだが似た位置にある部屋の押し入れに布団が四つ入っていた。だからいつものように布団を敷いて寝転がる。外はすっかり暗くなっていて雨が降る音だけが聴こえる。
 何かがおかしい、と思う。寝ていたはずだ。なのに時間が戻ったようにあの時の光景が目の前で繰り広げられている。一体倒した。貫いた刃の先の遡行軍の身体が黒い瘴気となって霧散していく。後は本物の鶴丸を正気に戻さなければ。まだこちらを敵と認識している彼は戦闘態勢を崩していない。さっきの戦いで負傷した体でどこまで持ちこたえるか。お互い真剣で切り合えばどうなるか分からない。咄嗟に足で鶴丸の構えてる腕を蹴り上げ刀を払い落した。躊躇したが自分も刀を放り相手を押さえ込もうとした。鶴丸の瘦身はびうともせず逆にのしかかってきた。必死で「鶴さんっ……!」と叫ぶ。目を覚ましてくれ、と。何度も名前を呼ぶ。振りかかってくる拳を防ぎながらもつれ合い転がる。雨が強さを増してくる。鶴丸の目は紅く光り口からは唸り声と荒々しい息遣いがする。燭台切は呼び続けた、腕を伸ばして思い出してほしくて、元に戻ってほしくて暴れる身体に縋りつく。縋りついたと思ったのは自分だったのに気付いたら鶴丸の身体がピタリとくっつき首筋に鋭い痛みを感じた。食われると思った。押さえつけられた肩に腕にぎりぎりと指が食い込む。それでも名前を呼び続けた。大好きなひとの名を。

 話をするのが嬉しかった、遠征に行くのもぼやきながらそれでもしっかり畑当番をしてくれるのも、いたずら好きでなにか仕掛けてくる打ち合いも。厨当番だって驚きのメニューを提案してきたり一緒に万屋に買い物に行くのだって、何もかも大事な時間だった。だけど極の修行に行ってから、ただ楽しいと過ごしてきた日々に変化が生まれた。不意に抱き着かれたり、髪を梳くように撫でられる(鶴さんはいい子ってやってるつもりだよね、あれ)ことに胸がざわつきはじめた。これってなんだろうと貞ちゃんに相談してみたら神妙な顔つきで「人の子で言う所の『恋』ってやつ、じゃね?」と言われた。それから度々貞ちゃんには相談に乗ってもらってるけど、いつも近くで話を聞いている伽羅ちゃんには「鶴丸に直接聞け」と言われる始末だ。そういえば最近鶴さん伽羅ちゃんと話し込んでいる。気になるな。

「光坊……?」
 雨が二振りの体に降り注いでいる。名前を呼ばれて見上げれば鶴丸の紅く光っていた両の目はいつもの薄い黄色の穏やかな光を取り戻している。安心して手を伸ばす、また意識が遠のくと思った瞬間「ちょっと待て! 寝るな頼むから!」という必死の声掛けに目を開いた。
「鶴さん?」
「おいおかしくないか、さっきまで俺たちこんのすけが案内してくれた建物の中で布団敷いて寝てたよな」
 鶴丸の言葉に我に返る。そうだお風呂に入って布団に入り眠った。でもここは外だ。雨が降っている。
「あれ? 鶴さん顔きれいになってる、あと衣装も」
「ん? 本当だ。光坊も衣装直ってないか?」
 鶴丸に言われて身体を確認すると、戦闘でぼろぼろになっていたはずの衣装がもとに戻っている。
 雲の隙間から光が差し込む。夜は明けていたようだ。まだ降り続ける雨が二振りに降り注ぐ。
「お天気雨ってやつか」
 ほどなくしてなにも無い空間の裂け目からこんのすけが飛び出してきた。
「修復完了しました、どうぞ元の本丸にお戻りください」
 ふたりは顔を見合わせた。どこまでが夢だったのだろう。
「さぁ戻るか」と差し出された手を取り転送ゲートに向かって歩き出す。
「ねぇ鶴さんあの時言ったこと覚えてる? なんでもわがまま聞いてくれるって」
「ついさっき言ったこと忘れるわけないだろー光坊が言うわがままってなんだろうなちょっと楽しみだぜ」
「貞ちゃんと同じこと言うんだから。うん! でもちゃんと伝えたかったことあるんだ」
「それってわがままなお願いなのかい? あぁそうだ俺も帰ったら光坊に言いたいな」
「なぁちょっとかかんでくれないか」と言った鶴丸の腕が首に回りぐっと顔が近づく。軽く口と口が触れ合いそっと離れた。

1 / 1
ステキ!を送ってみましょう!
ステキ!を送ることで、作品への共感や作者様への敬意を伝えることができます。
また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
ステキ!は匿名非公開で送ることもできますので、少しでもいいなと思ったら是非、ステキ!を送ってみましょう!

PAGE TOP