桑野みどり

半ナマ:真田丸(昌幸総受け)、おんな城主直虎(小野政直受けメイン)、緊急取調室(郷原受け)、ハリポタ&ファンタビ(ダンブルドア受け)、民王(蔵本受け)、ドクターX(内神田受け)
アニメ系:鬼太郎誕生ゲゲゲの謎(父受け)、サイボーグ009(42中心に2総受け)
ピクログ:https://pictbl.net/blogs/detail/10467
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投稿日:2024年04月06日 15:06    文字数:11,958

桑野みどり活動紹介と作品サンプル(非会員も閲覧可)

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【自己紹介】
HN:桑野みどり  サークル名:ハイドロカルタ
成人済み。字書き。ゲ謎にハマって久しぶりに同人誌出しました。
活動傾向:ゲ謎 水父、目岩/岩目、長父、モブ父 ※父は右固定
【作品投稿先】
X:https://twitter.com/KuwanoMidori
短い小説や年齢制限なしのものはXに上げていることが多いです。
ピクブラ:https://pictbland.net/Kuwanomidori(原則、会員のみ閲覧可)
ピクブラには、どエロい小説や、Xに載せた文章をまとめて読めるようにしたものを載せています。えっちシーン加筆することもあります。
ポイピク:https://poipiku.com/9434862/
ぷらいべったー+:https://privatter.me/user/kuwano
※ポイピク、べったー+は補助的に使ってます。

【同人誌通販】
自家通販サイト(ピクスペ):https://pictspace.net/kuwanomidori
ピクスペは会員登録なしで同人誌を購入できます。

pixiv:やってません
書店委託:やってません

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ピクブラは原則、会員限定サイトなのですが、このページは特別に「会員以外の方にも公開」設定としてあります。
サンプルとして1作品置いておきます。お楽しみください。
水父、鬼→父、オリ妖怪、父流血描写あり。
全年齢作品です。


妖界一武道会

「よっ、水木のダンナ! えらいことになったなぁ。これ本当かい?」
ねずみが持ってきたチラシを見て、水木は「……あ?」と間の抜けた声を漏らした。
そのチラシには、『妖界一武道会』とか何とか、水木には半分ほどしか読み取れない毛筆文字が踊っている。とにかく武術大会を開催するという告知であるらしい。気になるのは、浮世絵風のタッチで描かれた人物の絵が、どう見ても水木のよく知る男であることだった。
「これゲゲ郎だよな?」
「とぼけちゃってぇ〜、ゆうれい族の親父さんが主催者だろ?」
「はあ⁉︎ なんだそれ知らないぞ」
水木は驚いた。
「『腕に覚えのある妖怪は集まるがよい。予選を勝ち抜いた数人は主催者である幽霊族の男と手合わせができる。主催者に勝利した者には栄誉と褒美が与えられる』……って書いてあるぜ」
ねずみはチラシに書かれた文章を読み上げた。
「なんだよそれ」
「ちなみに褒美ってのは親父さん自身だと」
「あ? 何言ってんだコラ」
水木はひたいに青筋を立ててねずみの胸ぐらを掴んだ。
「いやいやいやいや、本当にそう書いてあんの! 親父さんの発案だろぉ?」
「ゲゲ郎ーっ! どういうことだ!」
水木は家の奥に向かって怒鳴り込んだ。
「その通り。褒美はわしじゃ。正確には、わしが何でも望みを叶えてやるぞ♪ということじゃな」
ゲゲ郎は悪びれずに答えた。
「はあー⁉︎ なんだってそんなこと……!」
「強い者たちと手合わせしてみたいんじゃよ」
「お前そういう感じの性格だった⁉︎ 争い事は好まないんじゃなかったのかよ」
どこぞの少年漫画の主人公のようなことを言い出したゲゲ郎に対し、水木は戸惑っていた。
「争い事は好まぬが、純粋な力比べは好きなのじゃ。殺しは御法度というのがこの大会のルールじゃよ。強い妖怪がたくさん来るとよいのう!」
ゲゲ郎はあっけらかんと言う。しかし水木は気が気でない。
「お前がそういうつもりでも、お前目当てに純粋じゃない動機の奴らも来るだろうが!」
『褒美はわし!』などと笑って言い放つ男があまりにも無防備に見えて、水木はめまいがしてきた。
「ただいま……何かあったんですか?」
「鬼太郎! お前はこれ知ってたのか⁉︎」
「え?」
ちょうど帰宅した鬼太郎の眼前に武道会のチラシが突きつけられる。鬼太郎は無表情で内容を読んでいたが、やがて大きなため息をついた。
「はあ……まったく父さんったら……」
「な! お前からも言ってやってくれよ」
水木は鬼太郎が父を説得してくれることを期待していたのだが……。
「本気出していいんですよね?」
グッグッとストレッチをしながら鬼太郎は言った。
「おお! お前も参戦するか鬼太郎!」
ゲゲ郎は嬉しそうな声を上げる。
「父さんは誰にも渡しませんから……」
ゆうれい族の少年は完全に据わった目をしていた。

「皆さーん、選手控え室はこちらですよ!」
水木は爽やかな営業スマイルで妖怪たちを誘導していた。はじめは自分も参戦すると言ってごねていたのだが、「出場は妖怪に限る、人間はダメじゃ」と断られたので、今日は裏方に徹している。
「このドリンクは主催者からのサービスです、飲んでくださいね」
「おお、気が利くなあ。いただこう」
水木が差し出す飲み物を次々と参加選手が受け取っていく。

「どうしたんだろう、棄権者が続々と……」
鬼太郎は異変に気づいた。大会に出る予定だった妖怪たちの中から体調不良者が続出しているのだ。聞けば、皆、急に腹を下してしまったのだと言う。
「集団食中毒かも……? 共通して食べたものはありますか」
鬼太郎は、ぐったりと倒れている妖怪たちに尋ねた。
「うう……あの親切そうな人間から受け取ったドリンクを飲んだら急に腹が……」
妖怪たちは『親切そうなニンゲン』を指差した。
「まさか……水木さん⁉︎ あの飲み物に何か……」
鬼太郎は水木を問い詰める。
「いやあ、本当に妖怪にも効くんだなあ。だいぶ数減らせたろ」
水木は悪びれずに言う。
「そ、そんな卑怯な……!」
「うん……俺も、俺にできることで役に立ちたいと思ってな……」
「はにかんだ顔で言うことじゃないんですよ」
「人間! さすが人間、きたない!」
卑劣な毒入りジュースの被害者たちが一斉に罵声を飛ばした。
「うおえええ……」
「ゲゲ郎ッ⁉︎ なんでお前まで飲んでるんだよ!」
うずくまって嘔吐している男を見つけ、水木は仰天した。
「だ……だって水木が差し入れ配ってると聞いて……わしも欲しくて……」
「ばかやろーっ!!」
本末転倒ではないかと水木は慌ててゲゲ郎の背中をさする。
「ふう〜、吐いたらスッキリしたわい」
ゲゲ郎はもうケロリとした顔をしていた。
「猫みたいなやつだな……」
水木は呆れつつ、ほっと安心した。

「本線はバトルロイヤルじゃ」
予選を勝ち抜いた選手たちを前に、ゲゲ郎はみずから説明した。
「皆で結託してわしを倒してから勝者を決めてもよいし、互いに闘って最後に残った勝者が挑んでくるのでもよいぞ。やり方はおのおのに任せよう。それでは、試合開始じゃ」
「ヒャハハッ! そんなの、親父さんを倒すまでは手を組むのがいいに決まってるよな〜?」
妖怪たちが舌舐めずりしてゲゲ郎に襲いかかろうとする。
「それはどうかな」
サッと父親の前に駆けつけた鬼太郎が、妖怪たちを迎え討つ。
「鬼太郎がんばれー!」
観客席最前列から水木の声援が飛んだ。

数分後。鬼太郎の攻撃で闘技場は死屍累々となり、ほぼすべての妖怪たちが薙ぎ倒されていた。バトルロイヤルの場内に残っているのは、ゲゲ郎と鬼太郎、そして一名の妖怪だけとなった。
(この妖怪……強い……!)
頭のアンテナが、対峙する相手の妖気に反応する。
実質上、唯一の挑戦者となったその妖怪は、腕組みをして余裕の表情である。
「ゆうれい族の小童よ、お前は親父と闘わなくてよいのか?」
「僕は父さんを守るために来た。闘う理由なんて……」
「それはもったいない。お前が我に立ち向かってくるなら、一瞬で負けて終わりだぞ。しばし待っていてやるから、親父と手合わせするがよい。そのあとで、我がお前の親父を負かしてやろう」
見下すような言い方に、鬼太郎はムッとする。
「僕が父さんに勝てるわけないと言いたいんですか」
「勝てるわけがない」
「馬鹿にするな!」
「ではせいぜい頑張ってみろ。もし親父を負かすことができたら、その時点で我は棄権しよう。お前が優勝でいい。息子にわざと勝ちを譲るような腑抜けと闘っても意味はないからな」
「くっ……!」
鬼太郎がその妖怪と睨み合っていると、
カラン……。
ゲゲ郎が下駄を鳴らした。
「そやつの言う通りじゃよ鬼太郎」
「父さん……」
「可愛い息子相手じゃ、手加減くらいはしてやるが……勝ちを譲るつもりはない。さあ、いつでもよいぞ。かかってきなさい」
幼い子供と遊んでやろうと言うかのような、慈愛に満ちた態度だった。子供扱いされていることに鬼太郎は苛立つ。
「だって……! もしあいつが父さんより強かったら、父さんは……!」
何を要求されるか分からない。ひどいことを無理やりされるかもしれないのにと思うと、鬼太郎は心配でたまらなかった。
「鬼太郎。闘う気がないなら去れ」
一転して、冷ややかな声だった。鬼太郎はハッと息を飲む。大人の勝負に割り込んできたのはお前だと、突きつけられるかのようだった。
「……分かりました。僕が父さんに勝てばいいんですよね」
「ふ、良い目つきじゃ」
ゲゲ郎は嬉しそうに、赤い瞳をらんらんと輝かせた。

「はあっ、はあっ、はあっ……」
鬼太郎は地面に転がされたまま、荒い息をついていた。
(ぜんぜんかなわない……)
父の強さは予想以上だった。汗ひとつ浮かべず、息も乱さず、涼しい顔で鬼太郎の攻撃をすべてかわしてみせる。鬼太郎は翻弄され、体力を消耗するばかりだ。
「もうしまいか?」
白髪を風になびかせて父は言う。
(まともにやり合っていては勝てない……)
鬼太郎は諦めていなかった。実力でかなわないなら、どんな手段でも使えるものはすべて使って勝ちをもぎ取らなければならない。それこそ、養父のように卑怯な手を使ってでも。
「う……ゴホッ……痛い……」
まるで重傷を負ったかのようにうめき、血を吐いて見せれば、父の顔色が変わった。
「鬼太郎⁉︎ すまぬ、加減を誤ったか……」
「ひどいよ……父さん」
鬼太郎は恨みがましく涙を浮かべる。駆け寄ってきた父はおろおろと動揺し、鬼太郎を助け起こそうとした。
(そう、父さんは騙されやすい。あと僕には甘い)
抱きつくように体を密着させ、鬼太郎はゼロ距離から指鉄砲を放った。
ドンッ!
鬼太郎の指先から撃ち出された霊気の塊が、鬼太郎の父の胴体を貫いた。
「がっ……」
腹部に風穴を開けられた衝撃に父がよろめく。
(ごめんなさい父さん……!)
ふらついた体を抱きしめ、鬼太郎は思わずぎゅっと目を閉じた。
「っ⁉︎」
ふわり、と鬼太郎の体が浮く。
ダンッ!
投げられ、地面に叩きつけられたのだと悟った。
「ぐう……う!」
すかさず背後を取った父が鬼太郎の首に腕を絡め、後ろから締めつける。鬼太郎が必死にふりほどこうとしても、父の腕はびくともしなかった。
「たくましゅうなったなあ鬼太郎……父は嬉しいぞ」
騙し討ちを仕掛けられたというのに、父の声は穏やかだった。
「惜しかったのう。ああいう時は間を置かずにもう一発撃ち込むとよいぞ」
鬼太郎は薄れゆく意識の中で、頭を優しく撫でてくれる手のぬくもりを感じた。

「と……父さん!」
はっと目を覚ますと、父の姿が間近にあった。鬼太郎は反射的にがばりと抱きついた。
「おお、鬼太郎や。気分は悪くないか?」
父はよしよしと抱きしめ返してくれた。
ここは控え室であるらしい。近くには水木もいて、複雑そうな表情でタバコをふかしている。
(父さんに怪我させて、それなのに負けて、結局こんなふうに優しく気遣われて……何をしてるんだ僕は)
情けなさで涙が込み上げてくる。
「とうさん……」
恐る恐る、父の腹の傷を確かめる。驚いたことにすでに風穴は塞がっていたが、いびつな円状に薄赤い傷跡になっているのが分かる。至近距離から貫通したのだ。いかに頑丈な父といえども、ダメージは大きかったのではないかと思えた。
「大丈夫じゃよ」
安心させるように父は鬼太郎の頭を撫でた。
「し……試合は⁉︎」
本戦の途中であったことを思い出し、鬼太郎は尋ねる。
「今は休憩タイムじゃ」
「え? あの妖怪は……」
「せいぜい家族団欒を楽しめとか言ってよ、あの妖怪が休憩を提案してきたんだ」
水木が補足する。
「ゲゲ郎の傷が塞がってから手合わせしたいんだと。『手負いだったから負けたなどと言い訳をされたら気分が悪いから』とか言ってたな。ちっ、余裕ぶっこいてたこと、後悔するがいいさ。ゲゲ郎、絶対勝てよ」
「勝つとも」
ゲゲ郎は静かな決意を秘めたように微笑む。
「なあ、あの妖怪は……もしもお前に勝ったら、何を要求するつもりなんだ……?」
水木は不安げに尋ねた。
「さあてのう。あやつが出したアンケート用紙もその部分は空欄であったし……」
「そんなんアンケートしてんのか⁉︎ ていうか素直に書くやついるのかよ」
「結構書いてくれるのじゃよ。ほら、ここに集計結果がある」
ゲゲ郎は紙を取り出した。円グラフが描かれており、妖怪たちの『ゆうれい族の親父殿に求めたいご褒美』アンケート結果がランキング形式で紹介されている。
「妖怪って馬鹿正直なやつ多いのか?」
水木は呆れながらそのランキングを眺めた。膝枕してほしい、抱きしめて頭よしよししてほしい、生きてるだけで褒めてほしい……等、案外ほのぼのとしたものが上位を占めている。しかし中には、『体』『血と肉』『一夜を共にする』『しゃぶってほしい』など、いかがわしい回答もある。
「正直に書くのすげーな……おい、この変態どもはどうなった?」
「半分くらいは水木さんの毒入りジュースでやられて、もう半分は予選で敗退してます」
鬼太郎が答えた。
「はっ、口ほどにもねえな」
ざまあみろとばかりに水木は鼻で笑った。
「さて、傷も塞がったし鬼太郎も目を覚ました。そろそろ行くかのう」
ゲゲ郎が立ち上がる。
「父さん……まだ体の中は治ってないんじゃ……?」
鬼太郎は心配そうに言った。
「なぁに、哭倉村で狂骨に串刺しされた時に比べれば、これくらいかすり傷じゃよ」
ゲゲ郎の言葉に、息子は目を見開く。
「串刺し……? 何ですかそれ……聞いてないんですけど」
「そ、そうじゃったかの〜」
「哭倉村の話は何回も聞きました。でもそんな話は初耳なんですが? 父さん? どういうことですか」
鬼太郎は背伸びして父の着物を掴み、問い詰めた。
「いや、その……狂骨の指でな、ザクッと体に大穴を開けられたんじゃよ……」
「父さんは強いから大きな怪我はしたことないって言ってましたよね」
「そ、それは……」
ゲゲ郎の目が泳ぐ。
「父さんの嘘つき。僕もう父さんの言うこと信用できなくなっちゃいました」
「ええ……そんな……」
「今まで誰にどんな傷付けられたのか、全部教えてください」
「きたろぉ……」
「全部教えてください」
「そんなの数え切れぬよ……」
「父さん……!」

怖い顔をする息子をなだめすかし、ようやくのことでゲゲ郎は試合の場へ戻った。そこには、挑戦者の妖怪が仁王立ちで待ってた。
「待たせたのう」
ゆうれい族の男は飄々とした態度で相手に向き合った。
「では始めるか」
「うむ」
一瞬で場の空気が変わった。対峙する両者が凄まじい闘気を放つ。
ドゴッ!
ゲゲ郎のこぶしが相手の妖怪に打ち込まれた。鍛え抜かれた巨体は動じず、逆にゲゲ郎の腕を掴んでひねり上げようとする。すかさず地面を蹴ってふわりと空中へ舞ったゲゲ郎は、掴まれた腕を振りほどきつつ、相手の首へ鋭い蹴りを入れた。
ばきっ!
人間であれば首が切断されていたであろう容赦ない攻撃だったが、巨体の妖怪は非常に頑丈であるらしい。ぐらりと体勢を崩しはしたが、致命傷には至らなかったようだ。
ヒュッ、ガッ!
相手が体勢を整える前にと、ゲゲ郎は攻撃を畳み掛ける。冷酷なまでに激しい闘い方だった。
ドンッ!
怪力のゆうれい族渾身の一撃を食らい、敵の巨体が地面に倒れた。
「これが……父さんの本気……」
格の違いを思い知らされ、鬼太郎はぞくっと寒気を感じた。
「ワン、ツー……」
審判がカウントを取り始める。10カウント以内に立ち上がれなければ負けとなる決まりだ。
「そんなものか?」
驚いたことに、巨体の妖怪は悠々と立ち上がった。
「では今度はこちらから行くぞ」
挑発するように言うと、意外なほどの身軽さで距離を詰めてきた。
ブンッ!
すんでのところで攻撃を避けたゲゲ郎は、相手の懐に飛び込んだ。
がぶり。
肩に噛みつく。刀の刃を折るほどの顎の力だ。噛みつかれた妖怪は流石に顔をしかめた。
ドガッ!
「ぐっう……」
無防備になった横腹を思い切り殴りつけられ、ゲゲ郎は吹き飛ぶ。地面に叩きつけられた。起き上がる前に重い打撃が降ってくる。
「う……」
再び倒れたゲゲ郎は、防御の構えを取ることもできないまま、胸ぐらを掴まれ引きずり起こされた。
ドボッ!
みぞおちに特大の一撃を受け、ゲゲ郎は数メートル飛ばされて仰向けに倒れた。
「が……はっ……」
血を吐き、苦悶の表情を浮かべる。
「とうさ……」
「ゲゲ郎!」
鬼太郎と水木は思わず駆け寄ろうとした。
バシッ!
試合の場内と場外を隔てる結界が乱入を阻止する。勝敗がつくまで、外にいる者は中にいる者に指一本ふれられないのだ。
「カウントを取れ」
ゲゲ郎を地面に沈めた妖怪が審判に促す。ハッとしたように審判はカウントを取り始めた。
「く……! はぁっ、はぁ……」
ゲゲ郎は苦しげに荒い息をつきながらも、10カウントを取られる前に立ち上がった。
「降参したらどうだ?」
対峙する妖怪はあざ笑うように言う。
「嫌……じゃよ……」
ゲゲ郎は不敵に笑ってみせた。
そのあとは一方的な展開だった。
ゲゲ郎は必死に反撃しようとするも、体のキレは目に見えて落ちており、敵の攻撃を食らっては倒れるばかりだった。
(父さん……さっきから体術しか使ってない……。もしかして霊力が……)
見守る鬼太郎は、父が霊力を使った攻撃を一切繰り出さないことに気づいていた。
(僕が撃ち抜いた傷のせいなんじゃ……?)
ゆうれい族は体内に、霊力を制御する器官を持っている。それが傷ついて、今、父は霊力のコントロールができない状態なのではないかと鬼太郎は推測した。
(そんな……! 僕のせいで……父さんが負ける……)
自分が余計なことをしたせいだと思い込み、鬼太郎は絶望した。

「おい……まだ立つのか? 悪あがきは、よせ。もう勝負はついたろう」
何度倒れても立ち上がってくる満身創痍の男に、巨体の妖怪は呆れたような視線を向けた。
「まだ……負けとらんよ」
ボロボロに傷ついてもなお、ゲゲ郎は勝負を諦めていなかった。口元についた血を手の甲でぬぐい、不屈の闘志をたたえた目で相手を睨む。
「もういい。これ以上は試合にならん」 
妖怪はゆうれい族の男の体を乱暴に掴むと、投げ飛ばそうとした。場外負けで試合を終わらせようとする動きだった。
シュルルッ! ぎりっ……!
ゆうれい族の男の白い髪が伸びて妖怪に絡みつき、投げられるのを阻止した。
「ちっ、諦めの悪い……」
舌打ちした妖怪は、放り投げる代わりに、白い髪の男を殴りつけた。絡みつく髪の毛は投げ技を阻止する一方、攻撃を避けることも不可能にしていた。
「倒れてもしぶとく立ち上がる、場外も拒否……それでは気絶するまで痛めつけるしかないな。それが望みか?」
巨体の妖怪はゆうれい族の男の首を片手で掴み、持ち上げた。地面に付かなくなった男の足がむなしく宙を掻く。
「ぐっ……、う……」
無防備にさらされた男の胴に、容赦なくこぶしが打ち込まれる。
サンドバッグのように殴られながら、それでもなお、男は髪の毛を解こうとしない。

(父さんがここまで抵抗するなんて……やっぱり負けたら酷いことされるんだ……)
鬼太郎は結界に張り付くようにして、もどかしい思いで試合の行方を見ていた。『もうやめて。終わりにして』と叫びたい気持ちだった。しかし、負けが確定すれば、父は約束通りこの妖怪の望みに応えなければならない。
(それだけはダメだ……! でも、このままじゃ……)
一方的に痛めつけられる父の姿を、これ以上直視できなかった。

「まだ続けるか?」
妖怪はうんざりしたように言った。殴り続けるのも飽きたと見える。ほんの少し隙ができた。瞬間、ゆうれい族の男が動いた。
ガンッ!
相手の顎を狙った強烈な頭突きである。
「うっ……」
顎を突き上げられた妖怪はよろめき、一歩あとじさる。
バチバチッ!
ゆうれい族の体内電気が炸裂した。
「ぐああっ……!」
妖怪は雷に打たれたかのようなダメージを受けながらも、とっさに相手を殴り飛ばした。
どさっ。
ゆうれい族の男が地面に倒れる。力を使い切ったためか、もう起き上がることができない。
ドウッ……。
巨体の妖怪も仰向けに倒れた。こちらはまだ余力があり、うめきながら体を起こそうとする。
「カウントだ……」
促され、審判が数を数え始める。1、2、3……まで数えたところで妖怪は立ち上がった。
「父さん……!」
「ゲゲ郎っ! 立て!」
鬼太郎と水木は必死に呼びかける。
「5、6、7……」
「くっ……」
ゲゲ郎は地面に手をつき、懸命に身を起こそうとしたが、ダメージの蓄積で体が動かない。
「9……10!」
カウントが終わった。その瞬間、ゲゲ郎のカウント負けが確定した。
「ゲゲ郎……!」
「そんな……父さん……」
水木と鬼太郎は絶望の声を上げる。
「おい。勝敗を宣言しろ」
勝利者となった妖怪は、地に伏した男を見下ろして言った。
「はあ……おぬしの勝ち、じゃ……。優勝じゃ。おぬしに、栄誉と褒美を与える」
試合の主催者であるゆうれい族の男は、ぐったりと倒れたまま、力の入らない手をふらりと持ち上げ、優勝者を讃えた。
「褒美として、わしに何を望む?」
その質問に相手が何と答えるのか、周囲の観客すべてが固唾を飲んで見守っていた。
グイッ……。
勝利した妖怪は、倒れた男の手を掴み、引っ張り上げた。
「何も要らぬ。望みはもう叶ってしまったからな」
「叶った?」
「お前と本気の手合わせがしたかった。そのために来た。それだけだ。楽しかったぞ」
「ふふ、わしも楽しかった」
ぱしん、と両者は互いの手のひらを打ち合わせた。
「また一段と強くなったのう」
「また一段と諦めが悪くなったものだ」
「むふふ」
大型の獣がじゃれるように、両者は抱き合って互いの健闘を讃えていた。
「せっかくじゃ、やはり望みを言え」
「そうだな。では酒を酌み交わしたい」
「もちろんじゃ!」
二人はいそいそと連れ立ってどこかへ消えていった。そうして妖界一武道会、メインイベントは終了したのである。

(はあ〜⁉︎ なんだこれ……何を見せつけられてるんだ……?)
水木は呆然と立ち尽くしていた。ふと隣を見れば、鬼太郎が放心状態で体育座りしている。
「お疲れ〜! はい、焼きそば」
ねずみ男がフードコーナーで買ってきたらしきものを差し出した。
「ねずみ……お前知ってたのか……?」
水木は怒りの表情で問い詰めた。
「へ? 何を?」
「あの妖怪……あれは何なんだ、ゲゲ郎と元々ダチ公なのか?」
「そうなの? いやいや、俺が知るわけねえよ」
ねずみはキョトンとしている。
「知らなかったのに、てめえはのんきに屋台で焼きそば買ってたのかよ!」
「ええ⁉︎ 何がダメなんだよ……。あ、たこ焼きがよかった?」
「てめえーっ!」
水木は八つ当たりしていた。
「なんだよぉ水木のダンナ……焼きそばは食わねえのかい」
「食う。急に腹減ってきた」
「お代」
ねずみは手を差し出す。
「いくらだ? ……チッ、絶対ぼってるだろ」
金額を聞くと水木は顔をしかめたが、ポケットを探ってクシャクシャの紙幣を取り出し、焼きそばと飲み物代を払った。
「念のためちょっと食べろ」
水木はねずみに、自分と鬼太郎の分の焼きそばを少し取るように言った。
「はあ〜、やだねえ、自分が汚い真似するから他人もそうだと思ってやがる」
ぶつぶつ言いながらもねずみは毒味をした。
「鬼太郎、とりあえず食べようぜ。ほい割り箸」
「はい……」
二人は互いに慰め合うようにして、もそもそと焼きそばを食べた。
「僕……参戦した意味なかったな……」
鬼太郎がぽつりと独り言のように言った。
「僕が父さんを守るだなんて、思い上がりだったんだ……」
「鬼太郎……」
水木はぽんぽんと鬼太郎の頭を撫でた。
「それを言うなら俺なんか毒入りジュース配ってただけだったからな……」
「あれは本当に卑怯だと思いました」
「まあな」
「しかも、なぜか父さんまで飲んでるし……ふふっ」
その時の大騒ぎを思い出して、鬼太郎は小さく笑った。
「あいつ警戒心ねえんだよなあ」
「やっぱりそこは僕たちが見張っとかないと」
「だな」
二人は少しだけ気を取り直した。

「ただいま」
夜、ゲゲ郎は上機嫌で帰ってきた。ほんのりと顔を赤らめて、泣き上戸の痕跡か目が少し腫れている。
「よ〜お、随分遅いお帰りで。お楽しみだったみたいだな」
ひとりヤケ酒をあおっていた水木は、嫌味を込めた口調で相棒を迎えた。
「すまんすまん、百年ぶりの再会であったから、話が弾んでな……。鬼太郎は?」
ゲゲ郎は水木の苛立ちに気づかないのか、悪びれた様子がなかった。
「出かけてる。頭冷やしに行ったんだろ。……あのな、鬼太郎のやつ、めっちゃくちゃ拗ねてるぞ。さっきまで泣いてたんだからな」
水木は、嘘ではないがかなり大袈裟な言い方をした。
「え?」
「え、じゃないんだよ。ちょっと座れ」
水木は手招きしてゲゲ郎を自分の正面に座らせた。
「お前さ……、鬼太郎の気持ちを想像しなかったのか。あいつが今日、どんな気持ちだったと思ってるんだ」
「どんな……?」
ゲゲ郎は困ったように首をかしげる。
「あのな、俺たちは、あの妖怪がお前と古いダチ公だなんてこと知らなかったんだ。お前ひとことも言わなかったよな」
「ああ……言うておらんかったかの」
「聞いてない。何も知らなかった」
「そうであったか……」
それが何か?と言いたげな顔でゲゲ郎は水木を見ている。水木はふつふつと腹が立ってきた。
「そんであの妖怪がただの戦闘ジャンキーだなんてことも俺らは知らなかったから、お前に何を要求するつもりなのか……血をよこせとか、体を好きにさせろとか言い出すんじゃないかって、気が気じゃなかったんだよ」
「あやつが?」
ふふっとゲゲ郎はおかしげに笑う。
「笑い事じゃねえんだよ」
バンッ!
水木がちゃぶ台を叩いた。ガチャリと酒器が跳ねる。
ゲゲ郎は驚いたように目を丸くした。
水木はゲゲ郎の着物の襟を掴み、ぐっと引き寄せた。
「お前が……ボコボコにやられて、それを指咥えて見てるしかなかった俺たちがどんな気持ちだったか分かるかって聞いてるんだ!」
「そ……それは……すまぬ」
ゲゲ郎がしゅんとしおらしげな顔をしたので、水木はため息をついて、手を離した。
「すまなかった……。その……言い訳にしかならぬが……」
水木の顔色をうかがうように上目遣いしながら、ゲゲ郎はもごもごと言った。
「わし、前回あやつと闘った時より、うんと強くなっておる……本当じゃよ……今回は勝てると思うたのじゃが……あやつはもっともっと強くなっとったから……。はあ……不甲斐ないところを見せて、がっかりさせてしもうたな。お前たちにかっこいいところを見せたくて頑張ったのじゃが……力及ばずであった。申し訳ない」
「そ……そうじゃねえーっ!」
がっしゃーん!
水木はちゃぶ台をひっくり返した。
「水木さん、近所迷惑」
ちょうど帰ってきた鬼太郎がやれやれとため息をつき、転がったものを拾う。
「あのね、父さん……。父さんは僕が血を吐いて倒れてたら心配してくれるでしょ」
「当たり前じゃ!」
「僕だって、父さんがそんな目に遭ってたら心配で泣いちゃいますよ。水木さんだってそうです」
「む、むう……」
「僕たちがどんなに父さんを大切に思ってるか、分かってほしいなあ」
「そうだぞゲゲ郎。分からないって言うなら、時間をかけてじっくり分からせてやるからな……」
「え……」
ぐいぐいと二人に迫られ、ゲゲ郎は戸惑った顔をした。



おまけの話

(父さん、もう帰ってきたかな……)
墓場をぶらぶらと徘徊しながら、鬼太郎は父のことを考えていた。なんとなく顔を合わせづらくて、夜の散歩に出てきてしまった。父は、あの古い知り合いの妖怪……しかし鬼太郎にとっては他人でしかない者と、遅くまで酒を酌み交わして、きっと上機嫌で帰ってくるのだろう。大好きな父を横取りされたような気がして、鬼太郎はモヤモヤとした思いだった。
(誰か来る……)
ハッと気配に気づいた。この墓場を突っ切っていけば住宅街への近道になるから、昼間であればたまに人が通ることもあるが、こんな夜更けに墓場を通る人間は滅多にいない。
(父さん……と、あの妖怪……)
よりによって今一番会いたくない相手が連れ立って近づいてきたのを悟り、鬼太郎は木の上に身を隠した。気配を殺して様子をうかがう。
「あとは一人で帰れるな? ここで別れよう」
「ん……家に寄って行かぬのか?」
「そこまで図々しくはなれぬ」
二人の会話が聞こえる。はからずも盗み聞きする形になってしまい、鬼太郎は後ろめたさを感じたが、それよりも二人の様子が気になってたまらなかった。
「今日は本当に楽しかった……」
父のはずんだ声に、鬼太郎は胸がざわつく。父が幸せなら自分も嬉しいはずなのに、今回は同じ気持ちになれない。
「またいつか会おう」
「うむ、またな」
カランコロンと父の下駄の音が遠ざかっていく。妖怪はその後ろ姿を見送っていた。
「……さて、小童。降りてこい」
「っ……!」
鬼太郎はぎくりとした。最初から気づかれていたのだ。仕方なく木から飛び降りる。どんな顔をしたらいいのか分からないまま立ち尽くしていると、妖怪が手招きした。
「おいで」
まるで父のような、優しい口調だった。鬼太郎は黙ってそばへ寄った。
「親父殿を長い時間借りていて、すまなかったな」
妖怪は穏やかな声で言った。
「あの……父さん、は……」
(あなたとはどういう関係なんですか。いつからの知り合いですか。どんな話をしたんですか)
聞いてみたいことは色々あったが、何を聞いても野暮な気がして、鬼太郎は口ごもった。
「ずっとお前たちの話ばかりしていたぞ」
妖怪は言った。
「え……?」
「妻のこと、息子のこと、そしてあの人間のこと。それはもう幸せそうな顔でな。こちらはのろけ話に付き合わされたようなものだ」
「そ……そうだったんですか」
鬼太郎は気恥ずかしくなった。
「良い家族を持ったのだな」
「えっと……はい」
「ではな」
妖怪は立ち去ろうとした。
「あ……あの!」
鬼太郎はその後ろ姿を引き止めるように呼びかけた。
「どうすれば……強くなれますか」
言ってしまってから、馬鹿な質問だと思い、鬼太郎はうつむいた。
「力を求めれば果てしがない。我もずっと探している」
妖怪は分かるような分からないようなことを言い、去っていった。
(僕は……父さんを守れるくらい強くなりたい……)
鬼太郎はむしょうに父が恋しくなり、家路についた。
がっしゃーん!
玄関を開けた瞬間、何か激しい物音と、養父の怒鳴り声が聞こえた。
(あーあ、やっぱりね)
予想通りだと思いながら鬼太郎は下駄を脱いだ。
「水木さん、近所迷惑」
分かりやすく拗ねている人がいると、逆に冷静になれるものだと感じた。



 

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サンプルとして1作品置いておきます。お楽しみください。
水父、鬼→父、オリ妖怪、父流血描写あり。
全年齢作品です。


妖界一武道会

「よっ、水木のダンナ! えらいことになったなぁ。これ本当かい?」
ねずみが持ってきたチラシを見て、水木は「……あ?」と間の抜けた声を漏らした。
そのチラシには、『妖界一武道会』とか何とか、水木には半分ほどしか読み取れない毛筆文字が踊っている。とにかく武術大会を開催するという告知であるらしい。気になるのは、浮世絵風のタッチで描かれた人物の絵が、どう見ても水木のよく知る男であることだった。
「これゲゲ郎だよな?」
「とぼけちゃってぇ〜、ゆうれい族の親父さんが主催者だろ?」
「はあ⁉︎ なんだそれ知らないぞ」
水木は驚いた。
「『腕に覚えのある妖怪は集まるがよい。予選を勝ち抜いた数人は主催者である幽霊族の男と手合わせができる。主催者に勝利した者には栄誉と褒美が与えられる』……って書いてあるぜ」
ねずみはチラシに書かれた文章を読み上げた。
「なんだよそれ」
「ちなみに褒美ってのは親父さん自身だと」
「あ? 何言ってんだコラ」
水木はひたいに青筋を立ててねずみの胸ぐらを掴んだ。
「いやいやいやいや、本当にそう書いてあんの! 親父さんの発案だろぉ?」
「ゲゲ郎ーっ! どういうことだ!」
水木は家の奥に向かって怒鳴り込んだ。
「その通り。褒美はわしじゃ。正確には、わしが何でも望みを叶えてやるぞ♪ということじゃな」
ゲゲ郎は悪びれずに答えた。
「はあー⁉︎ なんだってそんなこと……!」
「強い者たちと手合わせしてみたいんじゃよ」
「お前そういう感じの性格だった⁉︎ 争い事は好まないんじゃなかったのかよ」
どこぞの少年漫画の主人公のようなことを言い出したゲゲ郎に対し、水木は戸惑っていた。
「争い事は好まぬが、純粋な力比べは好きなのじゃ。殺しは御法度というのがこの大会のルールじゃよ。強い妖怪がたくさん来るとよいのう!」
ゲゲ郎はあっけらかんと言う。しかし水木は気が気でない。
「お前がそういうつもりでも、お前目当てに純粋じゃない動機の奴らも来るだろうが!」
『褒美はわし!』などと笑って言い放つ男があまりにも無防備に見えて、水木はめまいがしてきた。
「ただいま……何かあったんですか?」
「鬼太郎! お前はこれ知ってたのか⁉︎」
「え?」
ちょうど帰宅した鬼太郎の眼前に武道会のチラシが突きつけられる。鬼太郎は無表情で内容を読んでいたが、やがて大きなため息をついた。
「はあ……まったく父さんったら……」
「な! お前からも言ってやってくれよ」
水木は鬼太郎が父を説得してくれることを期待していたのだが……。
「本気出していいんですよね?」
グッグッとストレッチをしながら鬼太郎は言った。
「おお! お前も参戦するか鬼太郎!」
ゲゲ郎は嬉しそうな声を上げる。
「父さんは誰にも渡しませんから……」
ゆうれい族の少年は完全に据わった目をしていた。

「皆さーん、選手控え室はこちらですよ!」
水木は爽やかな営業スマイルで妖怪たちを誘導していた。はじめは自分も参戦すると言ってごねていたのだが、「出場は妖怪に限る、人間はダメじゃ」と断られたので、今日は裏方に徹している。
「このドリンクは主催者からのサービスです、飲んでくださいね」
「おお、気が利くなあ。いただこう」
水木が差し出す飲み物を次々と参加選手が受け取っていく。

「どうしたんだろう、棄権者が続々と……」
鬼太郎は異変に気づいた。大会に出る予定だった妖怪たちの中から体調不良者が続出しているのだ。聞けば、皆、急に腹を下してしまったのだと言う。
「集団食中毒かも……? 共通して食べたものはありますか」
鬼太郎は、ぐったりと倒れている妖怪たちに尋ねた。
「うう……あの親切そうな人間から受け取ったドリンクを飲んだら急に腹が……」
妖怪たちは『親切そうなニンゲン』を指差した。
「まさか……水木さん⁉︎ あの飲み物に何か……」
鬼太郎は水木を問い詰める。
「いやあ、本当に妖怪にも効くんだなあ。だいぶ数減らせたろ」
水木は悪びれずに言う。
「そ、そんな卑怯な……!」
「うん……俺も、俺にできることで役に立ちたいと思ってな……」
「はにかんだ顔で言うことじゃないんですよ」
「人間! さすが人間、きたない!」
卑劣な毒入りジュースの被害者たちが一斉に罵声を飛ばした。
「うおえええ……」
「ゲゲ郎ッ⁉︎ なんでお前まで飲んでるんだよ!」
うずくまって嘔吐している男を見つけ、水木は仰天した。
「だ……だって水木が差し入れ配ってると聞いて……わしも欲しくて……」
「ばかやろーっ!!」
本末転倒ではないかと水木は慌ててゲゲ郎の背中をさする。
「ふう〜、吐いたらスッキリしたわい」
ゲゲ郎はもうケロリとした顔をしていた。
「猫みたいなやつだな……」
水木は呆れつつ、ほっと安心した。

「本線はバトルロイヤルじゃ」
予選を勝ち抜いた選手たちを前に、ゲゲ郎はみずから説明した。
「皆で結託してわしを倒してから勝者を決めてもよいし、互いに闘って最後に残った勝者が挑んでくるのでもよいぞ。やり方はおのおのに任せよう。それでは、試合開始じゃ」
「ヒャハハッ! そんなの、親父さんを倒すまでは手を組むのがいいに決まってるよな〜?」
妖怪たちが舌舐めずりしてゲゲ郎に襲いかかろうとする。
「それはどうかな」
サッと父親の前に駆けつけた鬼太郎が、妖怪たちを迎え討つ。
「鬼太郎がんばれー!」
観客席最前列から水木の声援が飛んだ。

数分後。鬼太郎の攻撃で闘技場は死屍累々となり、ほぼすべての妖怪たちが薙ぎ倒されていた。バトルロイヤルの場内に残っているのは、ゲゲ郎と鬼太郎、そして一名の妖怪だけとなった。
(この妖怪……強い……!)
頭のアンテナが、対峙する相手の妖気に反応する。
実質上、唯一の挑戦者となったその妖怪は、腕組みをして余裕の表情である。
「ゆうれい族の小童よ、お前は親父と闘わなくてよいのか?」
「僕は父さんを守るために来た。闘う理由なんて……」
「それはもったいない。お前が我に立ち向かってくるなら、一瞬で負けて終わりだぞ。しばし待っていてやるから、親父と手合わせするがよい。そのあとで、我がお前の親父を負かしてやろう」
見下すような言い方に、鬼太郎はムッとする。
「僕が父さんに勝てるわけないと言いたいんですか」
「勝てるわけがない」
「馬鹿にするな!」
「ではせいぜい頑張ってみろ。もし親父を負かすことができたら、その時点で我は棄権しよう。お前が優勝でいい。息子にわざと勝ちを譲るような腑抜けと闘っても意味はないからな」
「くっ……!」
鬼太郎がその妖怪と睨み合っていると、
カラン……。
ゲゲ郎が下駄を鳴らした。
「そやつの言う通りじゃよ鬼太郎」
「父さん……」
「可愛い息子相手じゃ、手加減くらいはしてやるが……勝ちを譲るつもりはない。さあ、いつでもよいぞ。かかってきなさい」
幼い子供と遊んでやろうと言うかのような、慈愛に満ちた態度だった。子供扱いされていることに鬼太郎は苛立つ。
「だって……! もしあいつが父さんより強かったら、父さんは……!」
何を要求されるか分からない。ひどいことを無理やりされるかもしれないのにと思うと、鬼太郎は心配でたまらなかった。
「鬼太郎。闘う気がないなら去れ」
一転して、冷ややかな声だった。鬼太郎はハッと息を飲む。大人の勝負に割り込んできたのはお前だと、突きつけられるかのようだった。
「……分かりました。僕が父さんに勝てばいいんですよね」
「ふ、良い目つきじゃ」
ゲゲ郎は嬉しそうに、赤い瞳をらんらんと輝かせた。

「はあっ、はあっ、はあっ……」
鬼太郎は地面に転がされたまま、荒い息をついていた。
(ぜんぜんかなわない……)
父の強さは予想以上だった。汗ひとつ浮かべず、息も乱さず、涼しい顔で鬼太郎の攻撃をすべてかわしてみせる。鬼太郎は翻弄され、体力を消耗するばかりだ。
「もうしまいか?」
白髪を風になびかせて父は言う。
(まともにやり合っていては勝てない……)
鬼太郎は諦めていなかった。実力でかなわないなら、どんな手段でも使えるものはすべて使って勝ちをもぎ取らなければならない。それこそ、養父のように卑怯な手を使ってでも。
「う……ゴホッ……痛い……」
まるで重傷を負ったかのようにうめき、血を吐いて見せれば、父の顔色が変わった。
「鬼太郎⁉︎ すまぬ、加減を誤ったか……」
「ひどいよ……父さん」
鬼太郎は恨みがましく涙を浮かべる。駆け寄ってきた父はおろおろと動揺し、鬼太郎を助け起こそうとした。
(そう、父さんは騙されやすい。あと僕には甘い)
抱きつくように体を密着させ、鬼太郎はゼロ距離から指鉄砲を放った。
ドンッ!
鬼太郎の指先から撃ち出された霊気の塊が、鬼太郎の父の胴体を貫いた。
「がっ……」
腹部に風穴を開けられた衝撃に父がよろめく。
(ごめんなさい父さん……!)
ふらついた体を抱きしめ、鬼太郎は思わずぎゅっと目を閉じた。
「っ⁉︎」
ふわり、と鬼太郎の体が浮く。
ダンッ!
投げられ、地面に叩きつけられたのだと悟った。
「ぐう……う!」
すかさず背後を取った父が鬼太郎の首に腕を絡め、後ろから締めつける。鬼太郎が必死にふりほどこうとしても、父の腕はびくともしなかった。
「たくましゅうなったなあ鬼太郎……父は嬉しいぞ」
騙し討ちを仕掛けられたというのに、父の声は穏やかだった。
「惜しかったのう。ああいう時は間を置かずにもう一発撃ち込むとよいぞ」
鬼太郎は薄れゆく意識の中で、頭を優しく撫でてくれる手のぬくもりを感じた。

「と……父さん!」
はっと目を覚ますと、父の姿が間近にあった。鬼太郎は反射的にがばりと抱きついた。
「おお、鬼太郎や。気分は悪くないか?」
父はよしよしと抱きしめ返してくれた。
ここは控え室であるらしい。近くには水木もいて、複雑そうな表情でタバコをふかしている。
(父さんに怪我させて、それなのに負けて、結局こんなふうに優しく気遣われて……何をしてるんだ僕は)
情けなさで涙が込み上げてくる。
「とうさん……」
恐る恐る、父の腹の傷を確かめる。驚いたことにすでに風穴は塞がっていたが、いびつな円状に薄赤い傷跡になっているのが分かる。至近距離から貫通したのだ。いかに頑丈な父といえども、ダメージは大きかったのではないかと思えた。
「大丈夫じゃよ」
安心させるように父は鬼太郎の頭を撫でた。
「し……試合は⁉︎」
本戦の途中であったことを思い出し、鬼太郎は尋ねる。
「今は休憩タイムじゃ」
「え? あの妖怪は……」
「せいぜい家族団欒を楽しめとか言ってよ、あの妖怪が休憩を提案してきたんだ」
水木が補足する。
「ゲゲ郎の傷が塞がってから手合わせしたいんだと。『手負いだったから負けたなどと言い訳をされたら気分が悪いから』とか言ってたな。ちっ、余裕ぶっこいてたこと、後悔するがいいさ。ゲゲ郎、絶対勝てよ」
「勝つとも」
ゲゲ郎は静かな決意を秘めたように微笑む。
「なあ、あの妖怪は……もしもお前に勝ったら、何を要求するつもりなんだ……?」
水木は不安げに尋ねた。
「さあてのう。あやつが出したアンケート用紙もその部分は空欄であったし……」
「そんなんアンケートしてんのか⁉︎ ていうか素直に書くやついるのかよ」
「結構書いてくれるのじゃよ。ほら、ここに集計結果がある」
ゲゲ郎は紙を取り出した。円グラフが描かれており、妖怪たちの『ゆうれい族の親父殿に求めたいご褒美』アンケート結果がランキング形式で紹介されている。
「妖怪って馬鹿正直なやつ多いのか?」
水木は呆れながらそのランキングを眺めた。膝枕してほしい、抱きしめて頭よしよししてほしい、生きてるだけで褒めてほしい……等、案外ほのぼのとしたものが上位を占めている。しかし中には、『体』『血と肉』『一夜を共にする』『しゃぶってほしい』など、いかがわしい回答もある。
「正直に書くのすげーな……おい、この変態どもはどうなった?」
「半分くらいは水木さんの毒入りジュースでやられて、もう半分は予選で敗退してます」
鬼太郎が答えた。
「はっ、口ほどにもねえな」
ざまあみろとばかりに水木は鼻で笑った。
「さて、傷も塞がったし鬼太郎も目を覚ました。そろそろ行くかのう」
ゲゲ郎が立ち上がる。
「父さん……まだ体の中は治ってないんじゃ……?」
鬼太郎は心配そうに言った。
「なぁに、哭倉村で狂骨に串刺しされた時に比べれば、これくらいかすり傷じゃよ」
ゲゲ郎の言葉に、息子は目を見開く。
「串刺し……? 何ですかそれ……聞いてないんですけど」
「そ、そうじゃったかの〜」
「哭倉村の話は何回も聞きました。でもそんな話は初耳なんですが? 父さん? どういうことですか」
鬼太郎は背伸びして父の着物を掴み、問い詰めた。
「いや、その……狂骨の指でな、ザクッと体に大穴を開けられたんじゃよ……」
「父さんは強いから大きな怪我はしたことないって言ってましたよね」
「そ、それは……」
ゲゲ郎の目が泳ぐ。
「父さんの嘘つき。僕もう父さんの言うこと信用できなくなっちゃいました」
「ええ……そんな……」
「今まで誰にどんな傷付けられたのか、全部教えてください」
「きたろぉ……」
「全部教えてください」
「そんなの数え切れぬよ……」
「父さん……!」

怖い顔をする息子をなだめすかし、ようやくのことでゲゲ郎は試合の場へ戻った。そこには、挑戦者の妖怪が仁王立ちで待ってた。
「待たせたのう」
ゆうれい族の男は飄々とした態度で相手に向き合った。
「では始めるか」
「うむ」
一瞬で場の空気が変わった。対峙する両者が凄まじい闘気を放つ。
ドゴッ!
ゲゲ郎のこぶしが相手の妖怪に打ち込まれた。鍛え抜かれた巨体は動じず、逆にゲゲ郎の腕を掴んでひねり上げようとする。すかさず地面を蹴ってふわりと空中へ舞ったゲゲ郎は、掴まれた腕を振りほどきつつ、相手の首へ鋭い蹴りを入れた。
ばきっ!
人間であれば首が切断されていたであろう容赦ない攻撃だったが、巨体の妖怪は非常に頑丈であるらしい。ぐらりと体勢を崩しはしたが、致命傷には至らなかったようだ。
ヒュッ、ガッ!
相手が体勢を整える前にと、ゲゲ郎は攻撃を畳み掛ける。冷酷なまでに激しい闘い方だった。
ドンッ!
怪力のゆうれい族渾身の一撃を食らい、敵の巨体が地面に倒れた。
「これが……父さんの本気……」
格の違いを思い知らされ、鬼太郎はぞくっと寒気を感じた。
「ワン、ツー……」
審判がカウントを取り始める。10カウント以内に立ち上がれなければ負けとなる決まりだ。
「そんなものか?」
驚いたことに、巨体の妖怪は悠々と立ち上がった。
「では今度はこちらから行くぞ」
挑発するように言うと、意外なほどの身軽さで距離を詰めてきた。
ブンッ!
すんでのところで攻撃を避けたゲゲ郎は、相手の懐に飛び込んだ。
がぶり。
肩に噛みつく。刀の刃を折るほどの顎の力だ。噛みつかれた妖怪は流石に顔をしかめた。
ドガッ!
「ぐっう……」
無防備になった横腹を思い切り殴りつけられ、ゲゲ郎は吹き飛ぶ。地面に叩きつけられた。起き上がる前に重い打撃が降ってくる。
「う……」
再び倒れたゲゲ郎は、防御の構えを取ることもできないまま、胸ぐらを掴まれ引きずり起こされた。
ドボッ!
みぞおちに特大の一撃を受け、ゲゲ郎は数メートル飛ばされて仰向けに倒れた。
「が……はっ……」
血を吐き、苦悶の表情を浮かべる。
「とうさ……」
「ゲゲ郎!」
鬼太郎と水木は思わず駆け寄ろうとした。
バシッ!
試合の場内と場外を隔てる結界が乱入を阻止する。勝敗がつくまで、外にいる者は中にいる者に指一本ふれられないのだ。
「カウントを取れ」
ゲゲ郎を地面に沈めた妖怪が審判に促す。ハッとしたように審判はカウントを取り始めた。
「く……! はぁっ、はぁ……」
ゲゲ郎は苦しげに荒い息をつきながらも、10カウントを取られる前に立ち上がった。
「降参したらどうだ?」
対峙する妖怪はあざ笑うように言う。
「嫌……じゃよ……」
ゲゲ郎は不敵に笑ってみせた。
そのあとは一方的な展開だった。
ゲゲ郎は必死に反撃しようとするも、体のキレは目に見えて落ちており、敵の攻撃を食らっては倒れるばかりだった。
(父さん……さっきから体術しか使ってない……。もしかして霊力が……)
見守る鬼太郎は、父が霊力を使った攻撃を一切繰り出さないことに気づいていた。
(僕が撃ち抜いた傷のせいなんじゃ……?)
ゆうれい族は体内に、霊力を制御する器官を持っている。それが傷ついて、今、父は霊力のコントロールができない状態なのではないかと鬼太郎は推測した。
(そんな……! 僕のせいで……父さんが負ける……)
自分が余計なことをしたせいだと思い込み、鬼太郎は絶望した。

「おい……まだ立つのか? 悪あがきは、よせ。もう勝負はついたろう」
何度倒れても立ち上がってくる満身創痍の男に、巨体の妖怪は呆れたような視線を向けた。
「まだ……負けとらんよ」
ボロボロに傷ついてもなお、ゲゲ郎は勝負を諦めていなかった。口元についた血を手の甲でぬぐい、不屈の闘志をたたえた目で相手を睨む。
「もういい。これ以上は試合にならん」 
妖怪はゆうれい族の男の体を乱暴に掴むと、投げ飛ばそうとした。場外負けで試合を終わらせようとする動きだった。
シュルルッ! ぎりっ……!
ゆうれい族の男の白い髪が伸びて妖怪に絡みつき、投げられるのを阻止した。
「ちっ、諦めの悪い……」
舌打ちした妖怪は、放り投げる代わりに、白い髪の男を殴りつけた。絡みつく髪の毛は投げ技を阻止する一方、攻撃を避けることも不可能にしていた。
「倒れてもしぶとく立ち上がる、場外も拒否……それでは気絶するまで痛めつけるしかないな。それが望みか?」
巨体の妖怪はゆうれい族の男の首を片手で掴み、持ち上げた。地面に付かなくなった男の足がむなしく宙を掻く。
「ぐっ……、う……」
無防備にさらされた男の胴に、容赦なくこぶしが打ち込まれる。
サンドバッグのように殴られながら、それでもなお、男は髪の毛を解こうとしない。

(父さんがここまで抵抗するなんて……やっぱり負けたら酷いことされるんだ……)
鬼太郎は結界に張り付くようにして、もどかしい思いで試合の行方を見ていた。『もうやめて。終わりにして』と叫びたい気持ちだった。しかし、負けが確定すれば、父は約束通りこの妖怪の望みに応えなければならない。
(それだけはダメだ……! でも、このままじゃ……)
一方的に痛めつけられる父の姿を、これ以上直視できなかった。

「まだ続けるか?」
妖怪はうんざりしたように言った。殴り続けるのも飽きたと見える。ほんの少し隙ができた。瞬間、ゆうれい族の男が動いた。
ガンッ!
相手の顎を狙った強烈な頭突きである。
「うっ……」
顎を突き上げられた妖怪はよろめき、一歩あとじさる。
バチバチッ!
ゆうれい族の体内電気が炸裂した。
「ぐああっ……!」
妖怪は雷に打たれたかのようなダメージを受けながらも、とっさに相手を殴り飛ばした。
どさっ。
ゆうれい族の男が地面に倒れる。力を使い切ったためか、もう起き上がることができない。
ドウッ……。
巨体の妖怪も仰向けに倒れた。こちらはまだ余力があり、うめきながら体を起こそうとする。
「カウントだ……」
促され、審判が数を数え始める。1、2、3……まで数えたところで妖怪は立ち上がった。
「父さん……!」
「ゲゲ郎っ! 立て!」
鬼太郎と水木は必死に呼びかける。
「5、6、7……」
「くっ……」
ゲゲ郎は地面に手をつき、懸命に身を起こそうとしたが、ダメージの蓄積で体が動かない。
「9……10!」
カウントが終わった。その瞬間、ゲゲ郎のカウント負けが確定した。
「ゲゲ郎……!」
「そんな……父さん……」
水木と鬼太郎は絶望の声を上げる。
「おい。勝敗を宣言しろ」
勝利者となった妖怪は、地に伏した男を見下ろして言った。
「はあ……おぬしの勝ち、じゃ……。優勝じゃ。おぬしに、栄誉と褒美を与える」
試合の主催者であるゆうれい族の男は、ぐったりと倒れたまま、力の入らない手をふらりと持ち上げ、優勝者を讃えた。
「褒美として、わしに何を望む?」
その質問に相手が何と答えるのか、周囲の観客すべてが固唾を飲んで見守っていた。
グイッ……。
勝利した妖怪は、倒れた男の手を掴み、引っ張り上げた。
「何も要らぬ。望みはもう叶ってしまったからな」
「叶った?」
「お前と本気の手合わせがしたかった。そのために来た。それだけだ。楽しかったぞ」
「ふふ、わしも楽しかった」
ぱしん、と両者は互いの手のひらを打ち合わせた。
「また一段と強くなったのう」
「また一段と諦めが悪くなったものだ」
「むふふ」
大型の獣がじゃれるように、両者は抱き合って互いの健闘を讃えていた。
「せっかくじゃ、やはり望みを言え」
「そうだな。では酒を酌み交わしたい」
「もちろんじゃ!」
二人はいそいそと連れ立ってどこかへ消えていった。そうして妖界一武道会、メインイベントは終了したのである。

(はあ〜⁉︎ なんだこれ……何を見せつけられてるんだ……?)
水木は呆然と立ち尽くしていた。ふと隣を見れば、鬼太郎が放心状態で体育座りしている。
「お疲れ〜! はい、焼きそば」
ねずみ男がフードコーナーで買ってきたらしきものを差し出した。
「ねずみ……お前知ってたのか……?」
水木は怒りの表情で問い詰めた。
「へ? 何を?」
「あの妖怪……あれは何なんだ、ゲゲ郎と元々ダチ公なのか?」
「そうなの? いやいや、俺が知るわけねえよ」
ねずみはキョトンとしている。
「知らなかったのに、てめえはのんきに屋台で焼きそば買ってたのかよ!」
「ええ⁉︎ 何がダメなんだよ……。あ、たこ焼きがよかった?」
「てめえーっ!」
水木は八つ当たりしていた。
「なんだよぉ水木のダンナ……焼きそばは食わねえのかい」
「食う。急に腹減ってきた」
「お代」
ねずみは手を差し出す。
「いくらだ? ……チッ、絶対ぼってるだろ」
金額を聞くと水木は顔をしかめたが、ポケットを探ってクシャクシャの紙幣を取り出し、焼きそばと飲み物代を払った。
「念のためちょっと食べろ」
水木はねずみに、自分と鬼太郎の分の焼きそばを少し取るように言った。
「はあ〜、やだねえ、自分が汚い真似するから他人もそうだと思ってやがる」
ぶつぶつ言いながらもねずみは毒味をした。
「鬼太郎、とりあえず食べようぜ。ほい割り箸」
「はい……」
二人は互いに慰め合うようにして、もそもそと焼きそばを食べた。
「僕……参戦した意味なかったな……」
鬼太郎がぽつりと独り言のように言った。
「僕が父さんを守るだなんて、思い上がりだったんだ……」
「鬼太郎……」
水木はぽんぽんと鬼太郎の頭を撫でた。
「それを言うなら俺なんか毒入りジュース配ってただけだったからな……」
「あれは本当に卑怯だと思いました」
「まあな」
「しかも、なぜか父さんまで飲んでるし……ふふっ」
その時の大騒ぎを思い出して、鬼太郎は小さく笑った。
「あいつ警戒心ねえんだよなあ」
「やっぱりそこは僕たちが見張っとかないと」
「だな」
二人は少しだけ気を取り直した。

「ただいま」
夜、ゲゲ郎は上機嫌で帰ってきた。ほんのりと顔を赤らめて、泣き上戸の痕跡か目が少し腫れている。
「よ〜お、随分遅いお帰りで。お楽しみだったみたいだな」
ひとりヤケ酒をあおっていた水木は、嫌味を込めた口調で相棒を迎えた。
「すまんすまん、百年ぶりの再会であったから、話が弾んでな……。鬼太郎は?」
ゲゲ郎は水木の苛立ちに気づかないのか、悪びれた様子がなかった。
「出かけてる。頭冷やしに行ったんだろ。……あのな、鬼太郎のやつ、めっちゃくちゃ拗ねてるぞ。さっきまで泣いてたんだからな」
水木は、嘘ではないがかなり大袈裟な言い方をした。
「え?」
「え、じゃないんだよ。ちょっと座れ」
水木は手招きしてゲゲ郎を自分の正面に座らせた。
「お前さ……、鬼太郎の気持ちを想像しなかったのか。あいつが今日、どんな気持ちだったと思ってるんだ」
「どんな……?」
ゲゲ郎は困ったように首をかしげる。
「あのな、俺たちは、あの妖怪がお前と古いダチ公だなんてこと知らなかったんだ。お前ひとことも言わなかったよな」
「ああ……言うておらんかったかの」
「聞いてない。何も知らなかった」
「そうであったか……」
それが何か?と言いたげな顔でゲゲ郎は水木を見ている。水木はふつふつと腹が立ってきた。
「そんであの妖怪がただの戦闘ジャンキーだなんてことも俺らは知らなかったから、お前に何を要求するつもりなのか……血をよこせとか、体を好きにさせろとか言い出すんじゃないかって、気が気じゃなかったんだよ」
「あやつが?」
ふふっとゲゲ郎はおかしげに笑う。
「笑い事じゃねえんだよ」
バンッ!
水木がちゃぶ台を叩いた。ガチャリと酒器が跳ねる。
ゲゲ郎は驚いたように目を丸くした。
水木はゲゲ郎の着物の襟を掴み、ぐっと引き寄せた。
「お前が……ボコボコにやられて、それを指咥えて見てるしかなかった俺たちがどんな気持ちだったか分かるかって聞いてるんだ!」
「そ……それは……すまぬ」
ゲゲ郎がしゅんとしおらしげな顔をしたので、水木はため息をついて、手を離した。
「すまなかった……。その……言い訳にしかならぬが……」
水木の顔色をうかがうように上目遣いしながら、ゲゲ郎はもごもごと言った。
「わし、前回あやつと闘った時より、うんと強くなっておる……本当じゃよ……今回は勝てると思うたのじゃが……あやつはもっともっと強くなっとったから……。はあ……不甲斐ないところを見せて、がっかりさせてしもうたな。お前たちにかっこいいところを見せたくて頑張ったのじゃが……力及ばずであった。申し訳ない」
「そ……そうじゃねえーっ!」
がっしゃーん!
水木はちゃぶ台をひっくり返した。
「水木さん、近所迷惑」
ちょうど帰ってきた鬼太郎がやれやれとため息をつき、転がったものを拾う。
「あのね、父さん……。父さんは僕が血を吐いて倒れてたら心配してくれるでしょ」
「当たり前じゃ!」
「僕だって、父さんがそんな目に遭ってたら心配で泣いちゃいますよ。水木さんだってそうです」
「む、むう……」
「僕たちがどんなに父さんを大切に思ってるか、分かってほしいなあ」
「そうだぞゲゲ郎。分からないって言うなら、時間をかけてじっくり分からせてやるからな……」
「え……」
ぐいぐいと二人に迫られ、ゲゲ郎は戸惑った顔をした。



おまけの話

(父さん、もう帰ってきたかな……)
墓場をぶらぶらと徘徊しながら、鬼太郎は父のことを考えていた。なんとなく顔を合わせづらくて、夜の散歩に出てきてしまった。父は、あの古い知り合いの妖怪……しかし鬼太郎にとっては他人でしかない者と、遅くまで酒を酌み交わして、きっと上機嫌で帰ってくるのだろう。大好きな父を横取りされたような気がして、鬼太郎はモヤモヤとした思いだった。
(誰か来る……)
ハッと気配に気づいた。この墓場を突っ切っていけば住宅街への近道になるから、昼間であればたまに人が通ることもあるが、こんな夜更けに墓場を通る人間は滅多にいない。
(父さん……と、あの妖怪……)
よりによって今一番会いたくない相手が連れ立って近づいてきたのを悟り、鬼太郎は木の上に身を隠した。気配を殺して様子をうかがう。
「あとは一人で帰れるな? ここで別れよう」
「ん……家に寄って行かぬのか?」
「そこまで図々しくはなれぬ」
二人の会話が聞こえる。はからずも盗み聞きする形になってしまい、鬼太郎は後ろめたさを感じたが、それよりも二人の様子が気になってたまらなかった。
「今日は本当に楽しかった……」
父のはずんだ声に、鬼太郎は胸がざわつく。父が幸せなら自分も嬉しいはずなのに、今回は同じ気持ちになれない。
「またいつか会おう」
「うむ、またな」
カランコロンと父の下駄の音が遠ざかっていく。妖怪はその後ろ姿を見送っていた。
「……さて、小童。降りてこい」
「っ……!」
鬼太郎はぎくりとした。最初から気づかれていたのだ。仕方なく木から飛び降りる。どんな顔をしたらいいのか分からないまま立ち尽くしていると、妖怪が手招きした。
「おいで」
まるで父のような、優しい口調だった。鬼太郎は黙ってそばへ寄った。
「親父殿を長い時間借りていて、すまなかったな」
妖怪は穏やかな声で言った。
「あの……父さん、は……」
(あなたとはどういう関係なんですか。いつからの知り合いですか。どんな話をしたんですか)
聞いてみたいことは色々あったが、何を聞いても野暮な気がして、鬼太郎は口ごもった。
「ずっとお前たちの話ばかりしていたぞ」
妖怪は言った。
「え……?」
「妻のこと、息子のこと、そしてあの人間のこと。それはもう幸せそうな顔でな。こちらはのろけ話に付き合わされたようなものだ」
「そ……そうだったんですか」
鬼太郎は気恥ずかしくなった。
「良い家族を持ったのだな」
「えっと……はい」
「ではな」
妖怪は立ち去ろうとした。
「あ……あの!」
鬼太郎はその後ろ姿を引き止めるように呼びかけた。
「どうすれば……強くなれますか」
言ってしまってから、馬鹿な質問だと思い、鬼太郎はうつむいた。
「力を求めれば果てしがない。我もずっと探している」
妖怪は分かるような分からないようなことを言い、去っていった。
(僕は……父さんを守れるくらい強くなりたい……)
鬼太郎はむしょうに父が恋しくなり、家路についた。
がっしゃーん!
玄関を開けた瞬間、何か激しい物音と、養父の怒鳴り声が聞こえた。
(あーあ、やっぱりね)
予想通りだと思いながら鬼太郎は下駄を脱いだ。
「水木さん、近所迷惑」
分かりやすく拗ねている人がいると、逆に冷静になれるものだと感じた。



 

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