星降る夜に
七夕開催のため、七夕の日の猗窩煉をテーマに書きました。
以前発行した「空言-そらごと」の続きの話ですが、これだけでも読めると思います。
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空には見事な天の川が広がっている。今までこんなにはっきりと見える天の川は初めてじゃないだろうか……。
こんな風にのんびりと、夜に星を眺めることなんてなかった。あの日々を除いては……。
無限列車での戦い後、猗窩座にここに連れてこられた。杏寿郎の意識が戻った時は記憶がなくて、何の疑問も抱かずに猗窩座と共に過ごした。
治療と機能回復訓練をしながらだったから苦しい思いをしたこともあるが、それでもとても穏やかで、幸せな日々だった。
鬼殺隊に連れ戻され、記憶が戻り、最終決戦に挑み、となんやかんやあったが、こうして今また猗窩座と共にここで暮らしている。
鬼のいない平和な日をずっと願っていた。だけど、自分が今その平和な世にいて、こうして穏やかな日々を過ごすことは想像もしていなかった。
「杏寿郎!できたぞ」
「ありがとう。うむ、美味そうだ!」
目の前に芋きんとんがたくさん乗っている。去年の12月に収穫したさつま芋を保管しておいて、猗窩座がそのさつま芋を使って作ってくれたのだ。
「いっぱい作ったからな。たくさん食べろよ」
「君も。一緒に食べよう!」
「ああ」
猗窩座も杏寿郎の隣に座った。
「わっしょい!!」
「そうか。良かった」
満足気に笑って猗窩座も芋きんとんに手を伸ばして食べる。
「なかなかいけるな」
モグモグと食べながら猗窩座がそう呟いた。
猗窩座は元は鬼だった。鬼は人間と同じ物は食べれない。記憶がない間に猗窩座と共に過ごしていた時は、同じご飯を食べれないのが少し寂しかった。
でも今は違う。
猗窩座は杏寿郎のために人間に戻ることを決意し、人間に戻る薬を飲み無事に人間に戻った。
猗窩座が人間に戻ることなんて考えられもしなかった時、鬼殺隊で、柱であるのに、猗窩座に恋をしてしまい、猗窩座と過ごした日々も、この恋心も誰にも打ち明けず、全てが終わったら死のうと決意するほど苦しんだ。
違う道を示してくれた仲間にとても感謝している。こんな未来なんて想像もしていなかった。
「どうした?口に合わなかったか?」
手を止めていた杏寿郎を猗窩座が心配気に覗いてくる。その瞳にはもう上弦の参の文字はない。
「とても美味しいぞ。ちょっと昔のことを思い出していたんだ」
「昔……か……」
猗窩座も何か思うことがあるのだろうか。どこか懐かし気に空を見上げている。
「お前がここを去った後、何度も星を見上げていた。お前もこの星をどこかで見ているんじゃないかと、ずっと杏寿郎のことばかり考えていた」
そうだったのか……。初めて聞いた。
「俺も……同じだ」
そう言うと猗窩座が杏寿郎の方へと目線を戻した。少し驚いた顔をしている。
鬼殺隊に発見され、連れ戻された時、杏寿郎の記憶はまだ戻っていなかった。何が何だか分からず、ただ心細くてよく泣いていた。
夜になるとよく空を見上げた。空に浮かぶ星や月。特に満月は猗窩座の瞳によく似ているから見る度に余計に切なくなった。
「夜になる度に、星を見て、君を思っていた」
必ず迎えに来てくれる。そう信じて待っていた。
「星にいつも願っていた。君に会わせてほしいと。ここに帰りたい、と」
暖かな温もりに包まれる。
「杏寿郎」
唇が合わさる。
「今夜は星を見させてくれ」
猗窩座の瞳の奥に熱情が見えて、あらかじめ制した。
前に月見をしていた時にそのまま猗窩座に抱かれたことがある。嫌ではなかったのだが、せっかくのお月見の夜だったのだからもう少し月を堪能したかったのだ。
「星が降る下で情を交わすのも悪くないと思わないか?」
本気とも冗談とも取れない。
「君の提案は、鬼だった時からまともじゃないな」
そう言うと猗窩座が少しだけがっかりした表情をした。だから猗窩座の耳にこっそりと呟いた。
「もう少しこの星を見た後で……」
猗窩座の瞳が真ん丸に見開いた。そして手を添えてきた。
「じゃあもう少しだけこの星を堪能しよう」
空に浮かぶ見事な天の川を2人並んで見上げる。杏寿郎の実家からではここまではっきりと天の川は見れない。
山に囲まれた他に誰もいない土地で、遮るものが他にないこの家だから見える風景だ。
「杏寿郎は何を願ったんだ?」
しばらく黙って手を繋いだまま星を眺めていたら猗窩座が突然聞いてきた。
「この天の川が広がる日に願い事をすると叶うのだろう?」
部屋には笹の葉が飾られている。猗窩座が竹を切って作ってくれた手作りだ。
「……今年は何も祈らない」
2人で折り紙を折って飾った笹の葉。そこの短冊に、杏寿郎の願いは書かれていない。
「何故だ?」
猗窩座はさっそくお願い事を書いていた。
「いっぱい叶えてもらったから、今年はありがとうという気持ちだけに留めようと思ったんだ」
ずっと星に願っていた。
そしてその願いは今こうして叶えられた。
「欲のない奴だな。お前はこれまで誰よりも頑張ってきたんだ。もっと願い事を言ってもいいと思うぞ」
そうなんだろうか……。
願い事が何もないわけではない。
でも、たくさんお願い事をして、叶えてくれた。だからこれ以上は……。
「ないのか?願い事は」
「ないわけじゃ……」
「じゃあ願え。お前の願いを聞かせろ」
「それは……」
さすがに猗窩座の前で言うのはちょっと恥ずかしい。
「何だ?俺には聞かせられない願いなのか?」
「いや……恥ずかしいだけだ……」
そう言うと猗窩座の顔がニンマリと笑った。この笑い方は人間になっても変わらず、しかも人間になっても犬歯は長いままのようで、牙が口から覗いて見える。
鬼だった時の名残りが残ってるその牙が実は好きだったりするのだが、これは猗窩座には言えない。
「杏寿郎、素晴らしい提案をしよう」
「よもや!?」
猗窩座が立ち上がり、急に杏寿郎を抱き上げたものだから持っていた芋きんとんを落としそうになった。
「上を見ろ、杏寿郎」
上を見上げると一面の満点の星が輝いている。
「この素晴らしい星の下で、一緒に願い事を叫ぼう」
一緒に、ということは猗窩座も願い事を言うのだ。
猗窩座は既に短冊に願い事を書いていた。何を書いていたのか気になっていたが、見るのは失礼かと見ずにいたのだ。
「どうだ?」
満月のような瞳が杏寿郎を見下ろし、優しく微笑んでいる。その顔に見惚れてついうん、と言ってしまった。
「よし。じゃあ、せーので言うぞ」
せーの
「猗窩座「杏寿郎と ずっと一緒にいられますように!」」
星に向かって叫んだと同時に互いに顔を見合わせた。
「やはり同じ願い事だったな」
自信に満ちた表情で猗窩座が言ってのける。
「そうだな」
猗窩座も同じ想いだったのが嬉しかった。
これからもずっと一緒に──。
それが杏寿郎の、そして猗窩座の願いだ。
お互いに笑い合う。そして唇を重ねた。だんだんと口づけが深いものに変わり、そのまま地面に押し倒された。
「杏寿郎、もういいだろう?」
欲が篭った熱い眼差しを向けられ、杏寿郎も熱が上がる。
返事をしない代わりに猗窩座の逞しい首に腕を回した。猗窩座はまたニンマリと笑った後、杏寿郎の肌に吸いついた。
着物を脱がされながら、あちこちに印をつけられていく。その度に熱が昂り、猗窩座が欲しいと訴える。
空から星が降り始めた。
その星達を眺めながら、内で猗窩座の熱を感じる。
星降る夜空の下で愛を確かめ合う。
「猗窩座……」
熱い吐息を溢しながら名を呼ぶと、猗窩座が嬉しそうに笑った。
「杏寿郎」
愛しいと目が語りかけてくる。
猗窩座の手が優しく杏寿郎の頬を撫でてくる。
「愛してる」
それはどちらが言ったのか。はたまた同時に言ったのか。
「ずっと一緒にいよう」
猗窩座がそう言ってきたから杏寿郎も頷いた。
「ずっと、一緒だ」
これからもずっと一緒にいられますように。
星降る夜に誓い合ったのだった──。
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