もにゃ

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Caligula-カリギュラ-(鍵主鍵、主鍵主中心)
Persona4(主花主、花主花、足主中心)

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投稿日:2017年09月03日 14:28    文字数:10,952

白銀の御柱と陽の神子

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どうしても書きたかった神子パロ主花。知識は中途半端です。聞きかじったなんちゃって情報にコウダッタライイナ設定を盛りまくってます。/パロディ・NTRっぽい何か・女装・蛇姦っぽいエロがあります。苦手な方はUターンお願いします。
1 / 1

 ――その日は唐突にやってきた。
 いつか、来るような気はしていたが、それが今日だとは思わずにただ呆然とした。
 ぱしゃりと裸足が水を踏む。その畏ろしさに、そしてその怖ろしさに、無意識に後ずさったためだ。その様子にも、「それ」は気分を悪くした様子もなく自分を見つめている。
 「(白銀の髪と、銀の瞳)」
 「それ」は、青年の姿で顕現した。
 そこにおわすだけで何という美しさか。人が生み出したその美しいという言葉すら、恥じて逃げ出すほどの精緻と清麗。巫子でなくとも感じられるであろう絶大な力。ああこれが人智を越える存在というものなのだと、一瞬で理解させてくる。
 声は出ない。空気さえも畏れて凍り付いたかのようなその中で、青年の姿をした「それ」が、陽介の手を掴んだ。
 「痛っ……」
 その力に思わず呻いた。
 「――――――、」
 「それ」が……この国で「神」と名付けられた「甚だしきもの」が、陽介の声に反応する。その瞬間、全ての空気が、時間が、神の御前から逃げ出すように動き出した。
 ああ、自分はもしかしたらあの時逃げ遅れたのかも知れないと、陽介はあとになって思い出した。
 『……巫子か』
 神に一度問われた。はい、と口は勝手に答える。その精緻な唇が、優しく笑みの形に上がる。
 『名は』
 「陽、介……」
 二度。間を置かず、嘘偽りを述べず、口は素直に答える。笑みは崩れないまま、今度はその手がこちらに伸ばされた。
 『おいで』
 三度。迷わず頷いた。今度は、口ではなくて足が、身体が応えた。優しく甘く招くその力に、その身体を預けてされるままに。
 まるで夢の中に居るような心地がした。地に足が着いていないような、そんな高揚があった。一切の疑問はなく、拒絶は封じられた。畏ろしさを内包したその美貌が、ゆっくりと陽介の視界を遮っていく。
 唇が触れる。冷たい。清らかな冷たさが触れた。それと同時に、身体が一瞬だけ酷く熱くなる。
 (誰にも触れさせぬ)
 声が自分の内側から聞こえた。声もまた美しい。そんなことを、熱さの中で考える。
 (誰にも渡さぬ)
 私だけのものであるように、その印を。契約は成された。必ず――――
 夢心地の中で、その最後通告を見送って、次の瞬間。
 ばしゃん、という激しい水音で陽介は覚醒した。
 「…………っ…………!」
 はた、と動きを止める。息を吐く。
 大丈夫、生きている。まだ自分はこの世にいる。
 しばらく、それを何度も心の中で繰り返して、現実感を取り戻そうと躍起になっていた。
 水音は自分が倒れ込んで尻餅をついた時の音だった。倒れ込んだ自覚すら無かったが、多分そうだ。
 「今のは……」
 神。甚だしきもの。人智の及ばぬ高みにおわす力。本能と、巫子として培った知識が間違いないと告げていた。身体がまだ熱い。自分の内に、その力が残っているのが分かった。
 ――――必ず、迎えにゆく。
 その御声が、内側に反響していた。





 ……神に遇った時、人が取れる行動は三つ。逃げるか、帰すか、応えるか。もちろん、帰すにも応えるにも、相応の手順が要る。
 帰す時には、対象となる神によって様々な手順や祝詞が必要になる。間違えれば怒りをかい、自分に返って死ぬこともある。
 だが、応える時は全て同じだ。ただ三度、神からの問いや言葉、行動に反応する。それだけでいい。応える内容が是でも非でも関係はない。神を見とめ、存在を認識し、応える。それで契約は成立する。
 つまり、神と関わるという行為全ては、すべからく人間側にのみ危険が着いて回るのだ。だから人間は神を畏れ、神の興味を引くべきではない時には逃げるべきだった。
 「(見るのと聞くのじゃ大違い、か……)」
 過ごし慣れた部屋に戻り、戸を、窓を閉じて陽介は思う。
 とある、由緒正しい神社の奥間だ。一般の人間は出入りを禁止され、神社の関係者でさえ、限られた、かつ御祓を終えた者だけが立ち入れる最奥の部屋だった。
 一年中物忌みを続けているようなこの薄暗い部屋が、陽介の居場所だ。一切の穢れを寄せ付けないように、神職たちが最善を尽くした部屋だった。
 「(……どうしよう)」
 その部屋の中央に座り込み、陽介は項垂れた。
 ――応えてしまった。あの美しい神の言葉に。巫子としてここに引き取られた時から、ずっと学んできたはずだった。
 神に安易に応えてはいけない、普通の人間でもそうだが、お前は特に。応えればお前は必ず、災いを呼ぶ。
 だが、あの力に、あの美貌に、どうやって抗えば良かったのだろう。今になっても、逃げられたとは到底思えない。
 陽介は生まれつき陰陽の「陽」の力が強すぎたため、生まれてまもなく両親から引き離され、この神社に引き取られた。神や妖怪を「甚だしきもの」と呼び、その区別を曖昧にしているように、強すぎる力は妖と同一視される。また、その強すぎる力は神や妖怪を引き寄せる性質を持っていた。
 だからこそ、一切の穢れを寄せないように隔離され、夜風にさえ当たらぬようにと生かされてきたのだ。
 自分の身体を見下ろすと、そこにはあの「神」が言っていた通りの「印」が刻まれている。まだ薄く熱を帯びているそれは、あの体験が決して夢ではないことを思い知らせた。
 「言わないわけには、いかないよな……」
 はあ、と溜息が漏れる。多分、酷く叱られるだろう。しかし、世話役に打ち明けないわけにはいかない。どうせ、湯浴みの時には印が見えてばれるのだから。





 そうやって陽介が深く溜息をついたのを、かの「神」は……イザナギはずっと見ていた。
 白銀の髪に、透き通るような銀色の瞳。ゆったりとした衣服に身を包み、そこに在るだけで強烈な存在感を生む神だ。
 「叱られるはずもない。何をそんなに案じているのか」
 くすくすと楽しそうに微笑う。まあ無理もない、あの強い力のせいで、人間たちにはずっと疎まれてきたのだろう。叱られ癖というか、怯える癖がついているのだ。
 イザナギはふと、自らの身体にも刻まれた「印」を見下ろして溜息をついた。
 力が強いというのも考え物だ。ここと違い、人間の世というものの容量は酷く小さくて、ひとはしらの神が顕現するのも簡単なことではない。それが、イザナギのような高位の神ともなると尚更だ。
 イザナギが存分に力を振るいつつもう一度顕現するためには……もっと具体的に言うと、あの巫子をこの場所へと連れてくるためには、その準備が必要だった。それがあの「印」だ。
 あの御印は、神の力の断片そのものだ。人の身にあればそこから神の力を受け入れ、その存在が徐々に神に近くなっていく。そうなれば、その手を引いて傍へ招くのも容易い。
 「(せいぜい七日というところか)」
 元々神との親和性の高い神職だ。一月はかかるまいと踏んでいた。
 神にとっては時間などあってもなくても同じ。千年は一日よりも短く、万年は一瞬に等しい。だが、イザナギは久しく、「待ち遠しい」という感情に胸を躍らせていた。
 あの蠱惑的な香り。人とは思えないほど澄んだ存在感。あんなものがまだ人の間に存在していたとは。
 あんな力と香りを纏っていたのでは、さぞ人間の世では扱いあぐねられていることだろう。あのまま閉じこめられ、縛られて一生を終えるくらいなら、ここに招いてやった方が幸福というものだ。
 それに何より、イザナギはあの巫子が欲しかった。哀れだとか人のためだとか、そういう理由は全て後付けだ。
 「早くおいで」
 ここへ。私の元へ。そうしたら、もう二度と離さずに永遠に――時間のないここで、永遠に愛で続けてやろう。
 珍しいこともあるもんだ、と、「それ」は内心笑いが止まらなかった。
 「ふーん……『あれ』にご執心なわけ。はは、おっかしい。あのイザナギがねぇ」
 くすくすと、意地悪げな含み笑いをしながら、「それ」はひとりごちる。蛇のように鋭い双眸は、イザナギ神と同じく、陽介に向けられていた。
 ……蛇のような、というのは瞳だけではなかった。そこかしこにまとわりつく使いの蛇たち。肌の一部には、やはり蛇の鱗が見え隠れする。
 それは蛇神――の、頂点に立つひとはしら。禍津大蛇神と呼ばれる神だった。太古より災いを好んで寄せると言われ、同じように絶大な力を持ちつつも、どちらかといえば世を律するイザナギ神とは、ことあるごとに対立してきた。
 強い力は強い力を寄せる。それが正の力であれ、負の力であれ。人に選ぶ権利はない。
 「まあ、確かに人間離れした逸材だけどね。あんなにがっちがちに隠されてたんじゃ、そりゃイザナギでも見落とすはずだよ」
 神域の奥深く。一切の穢れから引き離し、そもそも存在すら認識させずに隠されていたのだろう。イザナギや大蛇神が今回彼を見つけられたのは、幸運な偶然としか言いようがない。
 今回の「偶然」が無ければ、彼はこのまま一生、あの穢れも変化もない部屋で生きながら殺されていたかも知れない。しかもそれを、陽介自身は仕方のないことと思いこまされたまま。
 人ってのは本当に残酷だねぇ、と、大蛇神は皮肉たっぷりに嘲笑った。
 その瞳には、類い希な巫子の姿が映っている。その姿を認識するだけでも微かに香る、その甘く、「甚だしきもの」を誘う蠱惑的な香り。まるで麻薬のような、神を狂わせるほどの神聖な力だ。
 「(あと七日、か)」
 くす、と、大蛇神は口の端を持ち上げてまた笑った。







 その日は新月だった。星明かりしかない空はいつもよりも暗く、人々は足早に家へと戻り暖を取る。
 陽介のいる場所は、そういう意味ではあまり影響はない。いつも窓は閉め切られ、外が晴れているのか雨なのか、明るいのか暗いのかなどはほとんど分からないからだ。
 だが、それでも最近は外の様子がよくわかる方だった。あの「神」に印を刻まれてからの六日間、毎日外へ出る機会があったからだ。
 あの日、叱られるだろうと怯えながら、御祓の最中に起こったことを神主に話した。しかし神主は驚き、神妙な顔をして陽介に待つように告げただけだった。その後、半日ほど戻らず、ようやく戻ったかと思えば、七日間毎日の御祓を命じられただけで終わった。
 陽介には一切事情も理由も説明はない。だが、世話役や神主が「贄」という言葉を漏らすことが多くなった。
 巫子としての知識もある陽介には、その言葉の意味も分かる。生贄。神への捧げもののことだ。
 陽介はふと、自分の身に刻まれた印を、あの美しい神の跡を見下ろす。暗いこの部屋でも、何故かくっきりとその輪郭が見えた。そして、ずいぶん薄れてしまったものの、ほんのりと温かい。
 「(おいで、って言ってた)」
 迎えに来る、とも。なるほど、だから贄なのだ。それはそのための目印というわけか。
 贄になった人間が、その後どうなるかは誰にも分からない。神の一部になるのか、神に生まれ変わるのか、ただ消えるのか。確かなのは、人としては確実に死ぬということだ。人の世には二度と戻ってこられない。それは、人として死ぬのと同じことだった。
 神主も世話役も、それでどこか安心したような様子だったのだ。
 「(もうすぐ……いなくなるから)」
 災いを寄せる巫子。神社の最奥で、それでも細心の注意を払って閉じこめておかなければならないほどの存在。面倒に決まっているし、怖いに決まっている。それがいなくなり、重荷がなくなるのだから、さぞ嬉しいだろう。
 陽介もそれは同じだった。この力のせいで、生まれたときから両親に、そして周りに迷惑をかけていたことは分かっている。それが最善の形で解消されるのなら――例え不安でたまらなくても――それが一番いいのだと思った。それに――
 ……その時、背後でものすごい音がした。ばん、と何かが叩き付けられるような音だ。思わず振り返ると、固く閉じられていたはずの窓が開いていた。
 「………………?」
 鍵を、閉め忘れたのだろうか? そんなはずはないのにと思いながら、とにかく閉め直そうと陽介は窓へと近づき、夜風に頬を撫でられながら、もう一度鍵をかける。
 『やあ、こんばんは』
 「…………ッ!?」
 刹那、聞き覚えのない声が、また背後から陽介の耳を撫でた。再び思わず振り返ると、そこには一人の男が立っている。
 今度こそ、そんなはずはないと思った。この部屋に、決められた時間以外に誰かが存在出来るはずがないのだ。窓は小さく、入り口は厳重に閉じられ、出入りには必ず許可が要る。
 何より、入り口である扉は一度も開いていない。開いたのは、先ほどの窓だけだ。まさか、夜風に紛れて入ってきたとでも言うのだろうか?
 まさかそんな、妖でもあるまいし――
 目の前の男が、まっすぐに陽介の目を見据えた。陽介も思わず見つめ返す。金色の目だった。美しい、この前見た銀色とはまた違う、鈍く深く昏い金。まるで蛇の双眸のように、鋭く心を抉るような目。その身には無数の鱗と、使いだろう蛇の影。
 気が付けば動けなくなっていた。するすると、何かが地面を這う音がする。空気の重みと冷たさが増す。酷く暗い部屋の中で、男の輪郭だけがぽっかりと、非現実的に浮かび上がっていく。
 この空気には覚えがあった。そう、丁度六日前、この印を受けた時とよく似ていた。つまり目の前のこの男は、あの神と同じ存在なのだ。
 かみさま、と陽介の心がそれを認識した。
 そして認識された「神」――禍津大蛇神が、薄く笑う。
 『名前を、教えてくれる?』
 神の口から問いが降りる。応えてはいけない。逃げなければいけない。応えてはいけない!
 これが最後だ。この神が窓を開けたなら、それに反応した一回。挨拶に応えて振り返った二回。そしてこれが最後の一回、逃げ出せる最後の機会だ。
 陽介の中に焦りが渦巻く。かろうじて口は動かなかったが、身体が勝手に、一歩、二歩と大蛇神へと近づこうとする。
 唐突に、警告を発するように身体に刻まれた印が熱を帯びた。初めてその身に刻まれた時のように、熱いほどに存在を主張する。そして、陽介はそれを辿って身体の制御を取り戻し――
 その瞬間。鈍い痛みが身体を貫いた。床を這って陽介の足下へたどり着いた一匹の蛇が、その印にきつく噛みついていたのだ。は、と陽介の口から吐息が漏れる。
 二本の長い牙は容赦なく肌を貫き、印も貫いて陽介の中へと侵入している。その牙から流れ出るのは毒ではなく、毒よりも甚だしく人を蝕む神の力。
 『名前を』
 神からの問いが耳に届く。熱い。鈍い熱さが体中を巡っている。その力が、陽介を突き動かす。唇は微かに震えて、そして。
 「陽介……」
 応えは返った。大蛇神は、薄く笑う。
 『良い子だ。おいで』
 その声は酷く甘く聞こえた。もう制止する声は聞こえない。先ほどまで感じていたぬくもりは、もうどこにも感じられなかった。印に噛みついていた蛇が、名残惜しそうに、ようやくその牙を抜いて離れる。
 そこには、先ほどとは別の印が刻まれていた。
 その肌に触れると、痺れるような満足感を覚える。柔らかな髪に指を這わせ、透き通った瞳を覗き込むと、なんとも言えず征服欲をそそられる。間近で香るその甘い香りに、自分でも驚くほど惑わされる。
 「まさかこんなに上手く行くとはね」
 暗い部屋で仰向けに倒れ、ぼんやりとこちらを見つめている陽介を見下ろして、大蛇神はほくそ笑む。
 イザナギ神がこの巫子を招くために要する時間は七日。印は魔除けと破邪の役割も持っているため、自分を含め他の神々は基本的に陽介には近づけない。
 だが、印は七日間、巫子に力を送り続けて徐々にその力を薄めていく。つまり、六日目の夜がもっとも弱くなる。他の力無い神々ならともかく、大蛇神ほどの存在ならば、ギリギリその力を越えられる。
 加え、陽介と大蛇神との相性は最悪に悪い――大蛇神にとっては最高に良いとも言える。
 陽介の力は強烈な「陽」の力。相反するのは大蛇神の「陰」の力。陰陽の力は互いに引き合うものだ。つまり、強すぎる「陽」の力は、大蛇神が何もせずとも、向こうから招いてくる。足りない分を補おうとする。
 つまり、イザナギ神の印さえ失せれば、大蛇神が帰される要因はなくなる。
 「しかし本当に、珍しい……こんなのがまだ生まれるんだねぇ」
 人間の世界なんて、もう汚れきってどうしようもなくて、滅びる以外に道なんてないと思っていたのに。触れるその巫子は、驚くほど澄んだ存在感を持っていた。
 神も妖も、善悪関係なく寄せるその力は畏れられ、疎まれ、閉じこめられてきたために保たれた美しさ。だが、元々の素質があってのことだ。
 その甘美な香りと、何者にも染まらない存在を独り占めにしたいと願うのは、イザナギ神だけではない。きっと力及ぶのならばほとんど全ての神々が思うに違いない。
 自分だって思うのだから。
 その白い肌に指を這わせる。緩く開いた唇に唇を合わせ、舌を差し入れて口内を侵す。
 「んっ、んんんっ……」
 陽介はきつく目を閉じて、戸惑いの声を上げて僅かに抵抗した。人にほとんど触れられたことのない触感が悲鳴を上げ、性行為など教えられもしていない理性が、抵抗を促す。
 だが、そんなものに意味はない。大蛇神の印を刻まれ、堕ちた巫子には抵抗する権利がない。その身は全て神のために。いつか捧げられるために存在している。
 唇が離れ、銀糸が二人を繋ぎ、その指がまた肌を這い回る。床を這い、あるいは大蛇神の腕に巻き付いてた蛇たちが動き出し、陽介の肌の上を滑って行く。
 「冷た……っあ!」
 ぴくん、とその華奢な身体が跳ねた。人肌の上を鱗に覆われた胴体が滑り、腕に足に巻き付きながら、時折細い舌が舐める。地面に縫いつけられたように身体の重みは増して、ただ与えられる刺激に反応することしか出来なくなっていく。
 「っや、なに、こ……れ……! ひっ、ああぁ……」
 無数の蛇に絡みつかれ、肌を這われ、愛撫されるたびに、陽介は恐怖と快楽の入り交じった悲鳴を上げる。蛇たちは大蛇神の使いであり分身でもあるので、よく言うことを聞く。脇腹や腋、首筋に鎖骨と、わざと感じる場所を狙ってちろちろと舐めていた。
 『良い格好。ほら、もっとよく見せてよ』
 「っあ……あぁ、や、だめ、そこ……舐めるな……っああ!」
 するりと細い蛇が内股を撫で、別の蛇が二の腕から腋の辺りを舐める。執拗なほど性感帯を責められて、身体の震えは一瞬も止まらなかった。
 白と赤の装束は乱れ、白い肌はあられもなく晒されている。明かりが無くとも、大蛇神にはその痴態がよく見えた。
 真っ白な雪を最初に踏むのは楽しい。出来たばかりの霜柱を壊していくのも。誰の手垢にも触れない存在を穢していくことは、本当に楽しい遊びだった。
 ましてそれが、人間共に手間暇かけて守られ閉じこめられ、あのイザナギ神が目をかけた巫子なら尚更。
 蛇たちに嬲られ執拗に責め立てられて、陽介は生理的な涙を浮かべながら喘いでいる。だが肝心な部分は全く触れられず、熱はどこにも行けずにまた陽介自身を追いつめていた。
 「あ、あ……あ、たす、けて……これ……な、に……? とまんなっ……ひっ……」
 足の裏、首筋、鎖骨を這われ舐められて、びくびくと震える白い肢体。それが一体なんの疼きなのかもこの子は知らない。知らないものに恐怖して、唯一助けを求められる存在にその手を伸ばしている。
 誘うように、その甘い香りが強まって酔いそうになった。
 『怖い?』
 「こ、こわ……い……う、あ……んんっ……っは……たすけて……っ」
 甘い声が神を呼ぶ。ならば応えてやらなければ。くすくすと笑いが漏れて止まらない。
 『ほんっと、思った以上に最高、君』
 いいよ助けてあげよう。その疼きから救ってあげよう。ただし一緒に教えてあげる、二度と忘れられない快楽を。穢れを一切知らないその真っ白な身体に刻んで刻んで刻みつけて、僕だけのものにしてやる。
 イザナギが踏むはずだった新雪を。清らかなその身体を。僕が染め上げて塗り替えてやる。





 甘い声がひっきりなしに部屋に響き渡っていた。水音と声と肌が触れ合う音。
 「あっ、あ……そ、こ……ッ」
 『ここ? もうおねだり出来るんだ? へぇ。良い子じゃない』
 くすくすと忍び笑って、大蛇神はおねだりの通りにしてやることにした。すっかり衣服は乱れ、あちこちに染みを作っている。白い肌は上気し赤く染まり、衣服に付いた染みと同じ白濁が飛び散っていた。
 陽介の秘部を探り入り口をなぞっていた手が、すっかり柔らかくなったそこに押し入って奥へ奥へと入り込む。それだけで陽介はもう甘い吐息を漏らしていた。これから自分を襲う快楽を、彼はもう知っている。
 「あッ……あ、あ……! あぁ……んんっ、は……そこ……っ」
 びくん、と身体が跳ねて、潤んだ瞳が大蛇神を見返す。秘部の奥、ひときわ敏感な部分をぐりぐりと刺激され、憚ることなく甘い声を漏らす。もちろん蛇たちも下がらせてはいない。陽介の身体を拘束しつつ、敏感な部分を責め続けている。
 性的な刺激に固くなった陽介自身にも、細い蛇が絡みつき、裏側を舐め、先端の穴をちろちろと刺激する。
 「んんっ、ん……は……あぁ、い、い……気持ち、い……」
 『そう。じゃ、もっとおねだりしないとね?』
 暗い征服欲が、飽きることなく刺激される。最初はもちろん、痛がって泣き叫んでいたが、逃げ出すことなど許すはずもない。部屋の主である陽介はすでに大蛇神の所有物。部屋そのものは神通力で外界から遮断されている。
 もう、この神が満足するまでは、時さえもこのひとはしらを急かさない。
 夜は、明けない。陽介が何を叫ぼうと拒絶しようと、大蛇神本人以外は、誰も彼を助けない。だから、屈服する以外の選択肢は無い。
 「ッああああぁあっ、あ、あ……! だ、め……また……なんか……っ」
 暫く内側からの刺激に酔い、甘い快楽に身を浸していたが、次第にそれが均衡を崩していく。幾度と無く体験した、内側の熱が中心に集まっていく感覚。
 絶頂の前触れに、陽介の精神は悦ぶところまで壊れていた。
 『ねえ』
 陽介くん、と神はその濡れて快楽にふやけた瞳を覗き込んだ。光に乏しく、快楽に濁っている。そして、自分の力を止めどなく受け入れる身体を見下ろした。
 『もう、あのカミサマとの約束、果たせないね』
 「……っ……ぁ……?」
 その瞬間、陽介の瞳が、一瞬、揺れた。
 今まで忘れていた。いや、忘れさせられていたような気がする、ひとつなぎの約束。
 脳裏に浮かぶあの日の情景。目の覚めるような水の冷たさ。目の前に顕現したその尊きひとはしらの、あまりの美しさに、言葉を無くした。全てを放り出して、あの銀の髪と目をこの目に焼き付けて、夢中でその言葉に応えた。
 『――必ず、迎えにゆく』
 その声は、凛として勇ましい。でも優しく温かく、愛情に満ちていて――
 その表情に、その声に、その呼びかけに。自分は確かに恋い焦がれた。その腕にもう一度優しく抱かれる日を、待ちわびた。
 「っあ、ああぁぁぁぁぁあああぁぁあぁッッッ!」
 その瞬間、指ではない何かが中に押し入ってきた。指などとは比べものにならないほどの質量が、陽介の体内を犯し、今まで届かなかった場所を蹂躙する。
 『……っは……ほら、ここでしょ、欲しかったんじゃないの』
 悦べよと煽る声に、涙が落ちた。それは快楽に咽び泣くものなのか、それとも別の涙だったのか、もう心も体もぐちゃぐちゃで分からない。心が待ってくれと何度叫んでも、身体は壊れていて言うことを聞かない。
 「い、や、あぁあぁっ、あ、あぁぁあ、っう……! や、だぁ……ッ」
 お願いだ止めて、もう止めて、お願い。ぼろぼろと落ちる涙を、拭うことさえ許されない。つい昨日まで欠片も知らなかった快楽を全身に教え込まれ、身体に無数の傷と跡と印を刻まれて。心が軋む。声にならない悲鳴を上げて、引き裂かれる。
 そして陽介の感情が激しく揺れるたび、彼から香る甘い香りが強さを増す。
 『……っはは、ほんっと……期待通りの反応』
 やっぱり君最高だよ、と大蛇の神は嘲笑った。奥を打ち付ける動作は止まず、陽介自身を刺激する蛇たちも休まない。
 「いや、いやああぁぁあああ、やめ、て、ゆるして、おねがい、やめ……っ」
 『……はは、馬鹿だね』
 止めるわけないでしょ、と嘲笑う。低く耳元で囁くその声に、ぞくりと背筋が凍り付いて、そして、限界が訪れた。
 「あ、あ、あああああぁぁぁあダメ、だめ、だめだめだめぇあぁあぁあッッ」
 びくびくと身体が跳ね、一瞬視界が真っ白に染まる。意識も一緒に飛びかけて、体内に燻っていた熱が強烈な快楽と共に外へと殺到した。それと同時に、秘部から奥を犯しているものの質量も増し、熱いものが陽介の中に流れ込んだのが分かった。
 あ、と声が漏れる。見開いたその鳶色の宝石から、透明な涙が一滴、頬を流れて落ちた。





 夜風が吹き込んでいた。部屋に一つだけの窓が開け放たれ、風がそこから入り込んでいるのだ。新月の今日は陰の力が最も強い。星明かりだけの夜空は酷く暗かった。
 床に仰向けに投げ出され、汚れた身体のまま気を失っている陽介を見下ろしながら、大蛇神は「ああこのままじゃ風邪を引きそうだなぁ」と考えていた。
 『……やあ、いい夜だね、イザナギ』
 そして、「それ」に呼びかける。その瞬間、窓際に白銀のひとはしらが顕現した。
 『……………………』
 かの神は、黙りこくったまま大蛇神を睨み付けている。その姿に以前の余裕は一切無く。衣服のあちこちは破れすすけて、頬や露出した肌には無数の傷や噛み跡があった。まるで大蛇に噛まれたような、痛々しい傷跡だった。
 『その窓一つ開けるのに、ずいぶん苦労したみたいだね? まぁ無理もない』
 今夜は新月。大蛇神の力が最も増す日だ。いかな尊きイザナギ神とは言え、その力を破るのには骨が折れただろう。相手は並の神々ではない、ことある事にイザナギ神と対立してきた、あの禍津大蛇神だ。
 イザナギは大蛇神をもうひと睨みして、それから部屋を見渡す。床に投げ出され、気を失っている陽介を認めるまでには、一瞬もかからなかっただろう。
 その瞬間の双眸と来たら。陽介が気を失っていて本当に良かったと大蛇神は思った。人間が見たら、恐怖のあまり精神が狂うだろうという程だった。だが、大蛇神自身はその反応に、大いに満足した。
 『……ざまあ見ろ』
 『滅してやる。今度こそ』
 ……ぶわ、と部屋中に神力が充満した。
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白銀の御柱と陽の神子

キーワードタグ 主花  足花  パロディ  R18 
作品の説明 どうしても書きたかった神子パロ主花。知識は中途半端です。聞きかじったなんちゃって情報にコウダッタライイナ設定を盛りまくってます。/パロディ・NTRっぽい何か・女装・蛇姦っぽいエロがあります。苦手な方はUターンお願いします。
白銀の御柱と陽の神子
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 ――その日は唐突にやってきた。
 いつか、来るような気はしていたが、それが今日だとは思わずにただ呆然とした。
 ぱしゃりと裸足が水を踏む。その畏ろしさに、そしてその怖ろしさに、無意識に後ずさったためだ。その様子にも、「それ」は気分を悪くした様子もなく自分を見つめている。
 「(白銀の髪と、銀の瞳)」
 「それ」は、青年の姿で顕現した。
 そこにおわすだけで何という美しさか。人が生み出したその美しいという言葉すら、恥じて逃げ出すほどの精緻と清麗。巫子でなくとも感じられるであろう絶大な力。ああこれが人智を越える存在というものなのだと、一瞬で理解させてくる。
 声は出ない。空気さえも畏れて凍り付いたかのようなその中で、青年の姿をした「それ」が、陽介の手を掴んだ。
 「痛っ……」
 その力に思わず呻いた。
 「――――――、」
 「それ」が……この国で「神」と名付けられた「甚だしきもの」が、陽介の声に反応する。その瞬間、全ての空気が、時間が、神の御前から逃げ出すように動き出した。
 ああ、自分はもしかしたらあの時逃げ遅れたのかも知れないと、陽介はあとになって思い出した。
 『……巫子か』
 神に一度問われた。はい、と口は勝手に答える。その精緻な唇が、優しく笑みの形に上がる。
 『名は』
 「陽、介……」
 二度。間を置かず、嘘偽りを述べず、口は素直に答える。笑みは崩れないまま、今度はその手がこちらに伸ばされた。
 『おいで』
 三度。迷わず頷いた。今度は、口ではなくて足が、身体が応えた。優しく甘く招くその力に、その身体を預けてされるままに。
 まるで夢の中に居るような心地がした。地に足が着いていないような、そんな高揚があった。一切の疑問はなく、拒絶は封じられた。畏ろしさを内包したその美貌が、ゆっくりと陽介の視界を遮っていく。
 唇が触れる。冷たい。清らかな冷たさが触れた。それと同時に、身体が一瞬だけ酷く熱くなる。
 (誰にも触れさせぬ)
 声が自分の内側から聞こえた。声もまた美しい。そんなことを、熱さの中で考える。
 (誰にも渡さぬ)
 私だけのものであるように、その印を。契約は成された。必ず――――
 夢心地の中で、その最後通告を見送って、次の瞬間。
 ばしゃん、という激しい水音で陽介は覚醒した。
 「…………っ…………!」
 はた、と動きを止める。息を吐く。
 大丈夫、生きている。まだ自分はこの世にいる。
 しばらく、それを何度も心の中で繰り返して、現実感を取り戻そうと躍起になっていた。
 水音は自分が倒れ込んで尻餅をついた時の音だった。倒れ込んだ自覚すら無かったが、多分そうだ。
 「今のは……」
 神。甚だしきもの。人智の及ばぬ高みにおわす力。本能と、巫子として培った知識が間違いないと告げていた。身体がまだ熱い。自分の内に、その力が残っているのが分かった。
 ――――必ず、迎えにゆく。
 その御声が、内側に反響していた。





 ……神に遇った時、人が取れる行動は三つ。逃げるか、帰すか、応えるか。もちろん、帰すにも応えるにも、相応の手順が要る。
 帰す時には、対象となる神によって様々な手順や祝詞が必要になる。間違えれば怒りをかい、自分に返って死ぬこともある。
 だが、応える時は全て同じだ。ただ三度、神からの問いや言葉、行動に反応する。それだけでいい。応える内容が是でも非でも関係はない。神を見とめ、存在を認識し、応える。それで契約は成立する。
 つまり、神と関わるという行為全ては、すべからく人間側にのみ危険が着いて回るのだ。だから人間は神を畏れ、神の興味を引くべきではない時には逃げるべきだった。
 「(見るのと聞くのじゃ大違い、か……)」
 過ごし慣れた部屋に戻り、戸を、窓を閉じて陽介は思う。
 とある、由緒正しい神社の奥間だ。一般の人間は出入りを禁止され、神社の関係者でさえ、限られた、かつ御祓を終えた者だけが立ち入れる最奥の部屋だった。
 一年中物忌みを続けているようなこの薄暗い部屋が、陽介の居場所だ。一切の穢れを寄せ付けないように、神職たちが最善を尽くした部屋だった。
 「(……どうしよう)」
 その部屋の中央に座り込み、陽介は項垂れた。
 ――応えてしまった。あの美しい神の言葉に。巫子としてここに引き取られた時から、ずっと学んできたはずだった。
 神に安易に応えてはいけない、普通の人間でもそうだが、お前は特に。応えればお前は必ず、災いを呼ぶ。
 だが、あの力に、あの美貌に、どうやって抗えば良かったのだろう。今になっても、逃げられたとは到底思えない。
 陽介は生まれつき陰陽の「陽」の力が強すぎたため、生まれてまもなく両親から引き離され、この神社に引き取られた。神や妖怪を「甚だしきもの」と呼び、その区別を曖昧にしているように、強すぎる力は妖と同一視される。また、その強すぎる力は神や妖怪を引き寄せる性質を持っていた。
 だからこそ、一切の穢れを寄せないように隔離され、夜風にさえ当たらぬようにと生かされてきたのだ。
 自分の身体を見下ろすと、そこにはあの「神」が言っていた通りの「印」が刻まれている。まだ薄く熱を帯びているそれは、あの体験が決して夢ではないことを思い知らせた。
 「言わないわけには、いかないよな……」
 はあ、と溜息が漏れる。多分、酷く叱られるだろう。しかし、世話役に打ち明けないわけにはいかない。どうせ、湯浴みの時には印が見えてばれるのだから。





 そうやって陽介が深く溜息をついたのを、かの「神」は……イザナギはずっと見ていた。
 白銀の髪に、透き通るような銀色の瞳。ゆったりとした衣服に身を包み、そこに在るだけで強烈な存在感を生む神だ。
 「叱られるはずもない。何をそんなに案じているのか」
 くすくすと楽しそうに微笑う。まあ無理もない、あの強い力のせいで、人間たちにはずっと疎まれてきたのだろう。叱られ癖というか、怯える癖がついているのだ。
 イザナギはふと、自らの身体にも刻まれた「印」を見下ろして溜息をついた。
 力が強いというのも考え物だ。ここと違い、人間の世というものの容量は酷く小さくて、ひとはしらの神が顕現するのも簡単なことではない。それが、イザナギのような高位の神ともなると尚更だ。
 イザナギが存分に力を振るいつつもう一度顕現するためには……もっと具体的に言うと、あの巫子をこの場所へと連れてくるためには、その準備が必要だった。それがあの「印」だ。
 あの御印は、神の力の断片そのものだ。人の身にあればそこから神の力を受け入れ、その存在が徐々に神に近くなっていく。そうなれば、その手を引いて傍へ招くのも容易い。
 「(せいぜい七日というところか)」
 元々神との親和性の高い神職だ。一月はかかるまいと踏んでいた。
 神にとっては時間などあってもなくても同じ。千年は一日よりも短く、万年は一瞬に等しい。だが、イザナギは久しく、「待ち遠しい」という感情に胸を躍らせていた。
 あの蠱惑的な香り。人とは思えないほど澄んだ存在感。あんなものがまだ人の間に存在していたとは。
 あんな力と香りを纏っていたのでは、さぞ人間の世では扱いあぐねられていることだろう。あのまま閉じこめられ、縛られて一生を終えるくらいなら、ここに招いてやった方が幸福というものだ。
 それに何より、イザナギはあの巫子が欲しかった。哀れだとか人のためだとか、そういう理由は全て後付けだ。
 「早くおいで」
 ここへ。私の元へ。そうしたら、もう二度と離さずに永遠に――時間のないここで、永遠に愛で続けてやろう。
 珍しいこともあるもんだ、と、「それ」は内心笑いが止まらなかった。
 「ふーん……『あれ』にご執心なわけ。はは、おっかしい。あのイザナギがねぇ」
 くすくすと、意地悪げな含み笑いをしながら、「それ」はひとりごちる。蛇のように鋭い双眸は、イザナギ神と同じく、陽介に向けられていた。
 ……蛇のような、というのは瞳だけではなかった。そこかしこにまとわりつく使いの蛇たち。肌の一部には、やはり蛇の鱗が見え隠れする。
 それは蛇神――の、頂点に立つひとはしら。禍津大蛇神と呼ばれる神だった。太古より災いを好んで寄せると言われ、同じように絶大な力を持ちつつも、どちらかといえば世を律するイザナギ神とは、ことあるごとに対立してきた。
 強い力は強い力を寄せる。それが正の力であれ、負の力であれ。人に選ぶ権利はない。
 「まあ、確かに人間離れした逸材だけどね。あんなにがっちがちに隠されてたんじゃ、そりゃイザナギでも見落とすはずだよ」
 神域の奥深く。一切の穢れから引き離し、そもそも存在すら認識させずに隠されていたのだろう。イザナギや大蛇神が今回彼を見つけられたのは、幸運な偶然としか言いようがない。
 今回の「偶然」が無ければ、彼はこのまま一生、あの穢れも変化もない部屋で生きながら殺されていたかも知れない。しかもそれを、陽介自身は仕方のないことと思いこまされたまま。
 人ってのは本当に残酷だねぇ、と、大蛇神は皮肉たっぷりに嘲笑った。
 その瞳には、類い希な巫子の姿が映っている。その姿を認識するだけでも微かに香る、その甘く、「甚だしきもの」を誘う蠱惑的な香り。まるで麻薬のような、神を狂わせるほどの神聖な力だ。
 「(あと七日、か)」
 くす、と、大蛇神は口の端を持ち上げてまた笑った。







 その日は新月だった。星明かりしかない空はいつもよりも暗く、人々は足早に家へと戻り暖を取る。
 陽介のいる場所は、そういう意味ではあまり影響はない。いつも窓は閉め切られ、外が晴れているのか雨なのか、明るいのか暗いのかなどはほとんど分からないからだ。
 だが、それでも最近は外の様子がよくわかる方だった。あの「神」に印を刻まれてからの六日間、毎日外へ出る機会があったからだ。
 あの日、叱られるだろうと怯えながら、御祓の最中に起こったことを神主に話した。しかし神主は驚き、神妙な顔をして陽介に待つように告げただけだった。その後、半日ほど戻らず、ようやく戻ったかと思えば、七日間毎日の御祓を命じられただけで終わった。
 陽介には一切事情も理由も説明はない。だが、世話役や神主が「贄」という言葉を漏らすことが多くなった。
 巫子としての知識もある陽介には、その言葉の意味も分かる。生贄。神への捧げもののことだ。
 陽介はふと、自分の身に刻まれた印を、あの美しい神の跡を見下ろす。暗いこの部屋でも、何故かくっきりとその輪郭が見えた。そして、ずいぶん薄れてしまったものの、ほんのりと温かい。
 「(おいで、って言ってた)」
 迎えに来る、とも。なるほど、だから贄なのだ。それはそのための目印というわけか。
 贄になった人間が、その後どうなるかは誰にも分からない。神の一部になるのか、神に生まれ変わるのか、ただ消えるのか。確かなのは、人としては確実に死ぬということだ。人の世には二度と戻ってこられない。それは、人として死ぬのと同じことだった。
 神主も世話役も、それでどこか安心したような様子だったのだ。
 「(もうすぐ……いなくなるから)」
 災いを寄せる巫子。神社の最奥で、それでも細心の注意を払って閉じこめておかなければならないほどの存在。面倒に決まっているし、怖いに決まっている。それがいなくなり、重荷がなくなるのだから、さぞ嬉しいだろう。
 陽介もそれは同じだった。この力のせいで、生まれたときから両親に、そして周りに迷惑をかけていたことは分かっている。それが最善の形で解消されるのなら――例え不安でたまらなくても――それが一番いいのだと思った。それに――
 ……その時、背後でものすごい音がした。ばん、と何かが叩き付けられるような音だ。思わず振り返ると、固く閉じられていたはずの窓が開いていた。
 「………………?」
 鍵を、閉め忘れたのだろうか? そんなはずはないのにと思いながら、とにかく閉め直そうと陽介は窓へと近づき、夜風に頬を撫でられながら、もう一度鍵をかける。
 『やあ、こんばんは』
 「…………ッ!?」
 刹那、聞き覚えのない声が、また背後から陽介の耳を撫でた。再び思わず振り返ると、そこには一人の男が立っている。
 今度こそ、そんなはずはないと思った。この部屋に、決められた時間以外に誰かが存在出来るはずがないのだ。窓は小さく、入り口は厳重に閉じられ、出入りには必ず許可が要る。
 何より、入り口である扉は一度も開いていない。開いたのは、先ほどの窓だけだ。まさか、夜風に紛れて入ってきたとでも言うのだろうか?
 まさかそんな、妖でもあるまいし――
 目の前の男が、まっすぐに陽介の目を見据えた。陽介も思わず見つめ返す。金色の目だった。美しい、この前見た銀色とはまた違う、鈍く深く昏い金。まるで蛇の双眸のように、鋭く心を抉るような目。その身には無数の鱗と、使いだろう蛇の影。
 気が付けば動けなくなっていた。するすると、何かが地面を這う音がする。空気の重みと冷たさが増す。酷く暗い部屋の中で、男の輪郭だけがぽっかりと、非現実的に浮かび上がっていく。
 この空気には覚えがあった。そう、丁度六日前、この印を受けた時とよく似ていた。つまり目の前のこの男は、あの神と同じ存在なのだ。
 かみさま、と陽介の心がそれを認識した。
 そして認識された「神」――禍津大蛇神が、薄く笑う。
 『名前を、教えてくれる?』
 神の口から問いが降りる。応えてはいけない。逃げなければいけない。応えてはいけない!
 これが最後だ。この神が窓を開けたなら、それに反応した一回。挨拶に応えて振り返った二回。そしてこれが最後の一回、逃げ出せる最後の機会だ。
 陽介の中に焦りが渦巻く。かろうじて口は動かなかったが、身体が勝手に、一歩、二歩と大蛇神へと近づこうとする。
 唐突に、警告を発するように身体に刻まれた印が熱を帯びた。初めてその身に刻まれた時のように、熱いほどに存在を主張する。そして、陽介はそれを辿って身体の制御を取り戻し――
 その瞬間。鈍い痛みが身体を貫いた。床を這って陽介の足下へたどり着いた一匹の蛇が、その印にきつく噛みついていたのだ。は、と陽介の口から吐息が漏れる。
 二本の長い牙は容赦なく肌を貫き、印も貫いて陽介の中へと侵入している。その牙から流れ出るのは毒ではなく、毒よりも甚だしく人を蝕む神の力。
 『名前を』
 神からの問いが耳に届く。熱い。鈍い熱さが体中を巡っている。その力が、陽介を突き動かす。唇は微かに震えて、そして。
 「陽介……」
 応えは返った。大蛇神は、薄く笑う。
 『良い子だ。おいで』
 その声は酷く甘く聞こえた。もう制止する声は聞こえない。先ほどまで感じていたぬくもりは、もうどこにも感じられなかった。印に噛みついていた蛇が、名残惜しそうに、ようやくその牙を抜いて離れる。
 そこには、先ほどとは別の印が刻まれていた。
 その肌に触れると、痺れるような満足感を覚える。柔らかな髪に指を這わせ、透き通った瞳を覗き込むと、なんとも言えず征服欲をそそられる。間近で香るその甘い香りに、自分でも驚くほど惑わされる。
 「まさかこんなに上手く行くとはね」
 暗い部屋で仰向けに倒れ、ぼんやりとこちらを見つめている陽介を見下ろして、大蛇神はほくそ笑む。
 イザナギ神がこの巫子を招くために要する時間は七日。印は魔除けと破邪の役割も持っているため、自分を含め他の神々は基本的に陽介には近づけない。
 だが、印は七日間、巫子に力を送り続けて徐々にその力を薄めていく。つまり、六日目の夜がもっとも弱くなる。他の力無い神々ならともかく、大蛇神ほどの存在ならば、ギリギリその力を越えられる。
 加え、陽介と大蛇神との相性は最悪に悪い――大蛇神にとっては最高に良いとも言える。
 陽介の力は強烈な「陽」の力。相反するのは大蛇神の「陰」の力。陰陽の力は互いに引き合うものだ。つまり、強すぎる「陽」の力は、大蛇神が何もせずとも、向こうから招いてくる。足りない分を補おうとする。
 つまり、イザナギ神の印さえ失せれば、大蛇神が帰される要因はなくなる。
 「しかし本当に、珍しい……こんなのがまだ生まれるんだねぇ」
 人間の世界なんて、もう汚れきってどうしようもなくて、滅びる以外に道なんてないと思っていたのに。触れるその巫子は、驚くほど澄んだ存在感を持っていた。
 神も妖も、善悪関係なく寄せるその力は畏れられ、疎まれ、閉じこめられてきたために保たれた美しさ。だが、元々の素質があってのことだ。
 その甘美な香りと、何者にも染まらない存在を独り占めにしたいと願うのは、イザナギ神だけではない。きっと力及ぶのならばほとんど全ての神々が思うに違いない。
 自分だって思うのだから。
 その白い肌に指を這わせる。緩く開いた唇に唇を合わせ、舌を差し入れて口内を侵す。
 「んっ、んんんっ……」
 陽介はきつく目を閉じて、戸惑いの声を上げて僅かに抵抗した。人にほとんど触れられたことのない触感が悲鳴を上げ、性行為など教えられもしていない理性が、抵抗を促す。
 だが、そんなものに意味はない。大蛇神の印を刻まれ、堕ちた巫子には抵抗する権利がない。その身は全て神のために。いつか捧げられるために存在している。
 唇が離れ、銀糸が二人を繋ぎ、その指がまた肌を這い回る。床を這い、あるいは大蛇神の腕に巻き付いてた蛇たちが動き出し、陽介の肌の上を滑って行く。
 「冷た……っあ!」
 ぴくん、とその華奢な身体が跳ねた。人肌の上を鱗に覆われた胴体が滑り、腕に足に巻き付きながら、時折細い舌が舐める。地面に縫いつけられたように身体の重みは増して、ただ与えられる刺激に反応することしか出来なくなっていく。
 「っや、なに、こ……れ……! ひっ、ああぁ……」
 無数の蛇に絡みつかれ、肌を這われ、愛撫されるたびに、陽介は恐怖と快楽の入り交じった悲鳴を上げる。蛇たちは大蛇神の使いであり分身でもあるので、よく言うことを聞く。脇腹や腋、首筋に鎖骨と、わざと感じる場所を狙ってちろちろと舐めていた。
 『良い格好。ほら、もっとよく見せてよ』
 「っあ……あぁ、や、だめ、そこ……舐めるな……っああ!」
 するりと細い蛇が内股を撫で、別の蛇が二の腕から腋の辺りを舐める。執拗なほど性感帯を責められて、身体の震えは一瞬も止まらなかった。
 白と赤の装束は乱れ、白い肌はあられもなく晒されている。明かりが無くとも、大蛇神にはその痴態がよく見えた。
 真っ白な雪を最初に踏むのは楽しい。出来たばかりの霜柱を壊していくのも。誰の手垢にも触れない存在を穢していくことは、本当に楽しい遊びだった。
 ましてそれが、人間共に手間暇かけて守られ閉じこめられ、あのイザナギ神が目をかけた巫子なら尚更。
 蛇たちに嬲られ執拗に責め立てられて、陽介は生理的な涙を浮かべながら喘いでいる。だが肝心な部分は全く触れられず、熱はどこにも行けずにまた陽介自身を追いつめていた。
 「あ、あ……あ、たす、けて……これ……な、に……? とまんなっ……ひっ……」
 足の裏、首筋、鎖骨を這われ舐められて、びくびくと震える白い肢体。それが一体なんの疼きなのかもこの子は知らない。知らないものに恐怖して、唯一助けを求められる存在にその手を伸ばしている。
 誘うように、その甘い香りが強まって酔いそうになった。
 『怖い?』
 「こ、こわ……い……う、あ……んんっ……っは……たすけて……っ」
 甘い声が神を呼ぶ。ならば応えてやらなければ。くすくすと笑いが漏れて止まらない。
 『ほんっと、思った以上に最高、君』
 いいよ助けてあげよう。その疼きから救ってあげよう。ただし一緒に教えてあげる、二度と忘れられない快楽を。穢れを一切知らないその真っ白な身体に刻んで刻んで刻みつけて、僕だけのものにしてやる。
 イザナギが踏むはずだった新雪を。清らかなその身体を。僕が染め上げて塗り替えてやる。





 甘い声がひっきりなしに部屋に響き渡っていた。水音と声と肌が触れ合う音。
 「あっ、あ……そ、こ……ッ」
 『ここ? もうおねだり出来るんだ? へぇ。良い子じゃない』
 くすくすと忍び笑って、大蛇神はおねだりの通りにしてやることにした。すっかり衣服は乱れ、あちこちに染みを作っている。白い肌は上気し赤く染まり、衣服に付いた染みと同じ白濁が飛び散っていた。
 陽介の秘部を探り入り口をなぞっていた手が、すっかり柔らかくなったそこに押し入って奥へ奥へと入り込む。それだけで陽介はもう甘い吐息を漏らしていた。これから自分を襲う快楽を、彼はもう知っている。
 「あッ……あ、あ……! あぁ……んんっ、は……そこ……っ」
 びくん、と身体が跳ねて、潤んだ瞳が大蛇神を見返す。秘部の奥、ひときわ敏感な部分をぐりぐりと刺激され、憚ることなく甘い声を漏らす。もちろん蛇たちも下がらせてはいない。陽介の身体を拘束しつつ、敏感な部分を責め続けている。
 性的な刺激に固くなった陽介自身にも、細い蛇が絡みつき、裏側を舐め、先端の穴をちろちろと刺激する。
 「んんっ、ん……は……あぁ、い、い……気持ち、い……」
 『そう。じゃ、もっとおねだりしないとね?』
 暗い征服欲が、飽きることなく刺激される。最初はもちろん、痛がって泣き叫んでいたが、逃げ出すことなど許すはずもない。部屋の主である陽介はすでに大蛇神の所有物。部屋そのものは神通力で外界から遮断されている。
 もう、この神が満足するまでは、時さえもこのひとはしらを急かさない。
 夜は、明けない。陽介が何を叫ぼうと拒絶しようと、大蛇神本人以外は、誰も彼を助けない。だから、屈服する以外の選択肢は無い。
 「ッああああぁあっ、あ、あ……! だ、め……また……なんか……っ」
 暫く内側からの刺激に酔い、甘い快楽に身を浸していたが、次第にそれが均衡を崩していく。幾度と無く体験した、内側の熱が中心に集まっていく感覚。
 絶頂の前触れに、陽介の精神は悦ぶところまで壊れていた。
 『ねえ』
 陽介くん、と神はその濡れて快楽にふやけた瞳を覗き込んだ。光に乏しく、快楽に濁っている。そして、自分の力を止めどなく受け入れる身体を見下ろした。
 『もう、あのカミサマとの約束、果たせないね』
 「……っ……ぁ……?」
 その瞬間、陽介の瞳が、一瞬、揺れた。
 今まで忘れていた。いや、忘れさせられていたような気がする、ひとつなぎの約束。
 脳裏に浮かぶあの日の情景。目の覚めるような水の冷たさ。目の前に顕現したその尊きひとはしらの、あまりの美しさに、言葉を無くした。全てを放り出して、あの銀の髪と目をこの目に焼き付けて、夢中でその言葉に応えた。
 『――必ず、迎えにゆく』
 その声は、凛として勇ましい。でも優しく温かく、愛情に満ちていて――
 その表情に、その声に、その呼びかけに。自分は確かに恋い焦がれた。その腕にもう一度優しく抱かれる日を、待ちわびた。
 「っあ、ああぁぁぁぁぁあああぁぁあぁッッッ!」
 その瞬間、指ではない何かが中に押し入ってきた。指などとは比べものにならないほどの質量が、陽介の体内を犯し、今まで届かなかった場所を蹂躙する。
 『……っは……ほら、ここでしょ、欲しかったんじゃないの』
 悦べよと煽る声に、涙が落ちた。それは快楽に咽び泣くものなのか、それとも別の涙だったのか、もう心も体もぐちゃぐちゃで分からない。心が待ってくれと何度叫んでも、身体は壊れていて言うことを聞かない。
 「い、や、あぁあぁっ、あ、あぁぁあ、っう……! や、だぁ……ッ」
 お願いだ止めて、もう止めて、お願い。ぼろぼろと落ちる涙を、拭うことさえ許されない。つい昨日まで欠片も知らなかった快楽を全身に教え込まれ、身体に無数の傷と跡と印を刻まれて。心が軋む。声にならない悲鳴を上げて、引き裂かれる。
 そして陽介の感情が激しく揺れるたび、彼から香る甘い香りが強さを増す。
 『……っはは、ほんっと……期待通りの反応』
 やっぱり君最高だよ、と大蛇の神は嘲笑った。奥を打ち付ける動作は止まず、陽介自身を刺激する蛇たちも休まない。
 「いや、いやああぁぁあああ、やめ、て、ゆるして、おねがい、やめ……っ」
 『……はは、馬鹿だね』
 止めるわけないでしょ、と嘲笑う。低く耳元で囁くその声に、ぞくりと背筋が凍り付いて、そして、限界が訪れた。
 「あ、あ、あああああぁぁぁあダメ、だめ、だめだめだめぇあぁあぁあッッ」
 びくびくと身体が跳ね、一瞬視界が真っ白に染まる。意識も一緒に飛びかけて、体内に燻っていた熱が強烈な快楽と共に外へと殺到した。それと同時に、秘部から奥を犯しているものの質量も増し、熱いものが陽介の中に流れ込んだのが分かった。
 あ、と声が漏れる。見開いたその鳶色の宝石から、透明な涙が一滴、頬を流れて落ちた。





 夜風が吹き込んでいた。部屋に一つだけの窓が開け放たれ、風がそこから入り込んでいるのだ。新月の今日は陰の力が最も強い。星明かりだけの夜空は酷く暗かった。
 床に仰向けに投げ出され、汚れた身体のまま気を失っている陽介を見下ろしながら、大蛇神は「ああこのままじゃ風邪を引きそうだなぁ」と考えていた。
 『……やあ、いい夜だね、イザナギ』
 そして、「それ」に呼びかける。その瞬間、窓際に白銀のひとはしらが顕現した。
 『……………………』
 かの神は、黙りこくったまま大蛇神を睨み付けている。その姿に以前の余裕は一切無く。衣服のあちこちは破れすすけて、頬や露出した肌には無数の傷や噛み跡があった。まるで大蛇に噛まれたような、痛々しい傷跡だった。
 『その窓一つ開けるのに、ずいぶん苦労したみたいだね? まぁ無理もない』
 今夜は新月。大蛇神の力が最も増す日だ。いかな尊きイザナギ神とは言え、その力を破るのには骨が折れただろう。相手は並の神々ではない、ことある事にイザナギ神と対立してきた、あの禍津大蛇神だ。
 イザナギは大蛇神をもうひと睨みして、それから部屋を見渡す。床に投げ出され、気を失っている陽介を認めるまでには、一瞬もかからなかっただろう。
 その瞬間の双眸と来たら。陽介が気を失っていて本当に良かったと大蛇神は思った。人間が見たら、恐怖のあまり精神が狂うだろうという程だった。だが、大蛇神自身はその反応に、大いに満足した。
 『……ざまあ見ろ』
 『滅してやる。今度こそ』
 ……ぶわ、と部屋中に神力が充満した。
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