sungen

お知らせ
思い出語りの修行編、続きをpixivで更新しています。
旅路③まで書きました。
鯰尾と今剣は完結しました(^^)pixivに完全版が投稿してあります。
刀剣は最近投稿がpixivメインになりつつありますのでそちらをご覧下さい。
こちらはバックアップとして置いておこうと思ってます。

ただいま鬼滅の刃やってます。のんびりお待ち下さい。同人誌作り始めました。
思い出語り続きは書けた時です。未定。二話分くらいは三日月さん視点の過去の三日鯰です。

誤字を見つけたらしばらくお待ちください。そのうち修正します。

いずれ作品をまとめたり、非公開にしたりするかもしれないので、ステキ数ブクマ数など集計していませんがステキ&ブクマは届いています(^^)ありがとうございます!

またそれぞれの本丸の話の続き書いていこうと思います。
いろいろな本丸のどうしようもない話だとシリーズ名長すぎたので、シリーズ名を鯰尾奇譚に変更しました。

よろしくお願いします。

妄想しすぎで恥ずかしいので、たまにフォロワー限定公開になっている作品があります。普通のフォローでも匿名フォローでも大丈夫です。sungenだったりさんげんだったりしますが、ただの気分です。

投稿日:2018年07月24日 08:43    文字数:9,846

鯰尾奇譚1 今剣と鯰尾①

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今剣×鯰尾(鯰尾×今剣?)という珍しい感じでひとつ。
今剣の破壊のセリフとか、泣ける…。ネタバレは無いですがワンクッション。
今剣極とか、そういうことがあるなら、不思議な事があっても良いかなって妄想で書きました。
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注意

・一応ほのぼのです。この二人って仲よさそうという妄想。
・今剣の刀剣破壊(過去の出来事)があります。
・破壊セリフなどのネタバレは無いです。
・この本丸の鯰尾はこじらせた系。
・男審神者が良く喋る。
・加州と大和守の出番が多い。
・このお話には明確なあれそれは無いですが、有りか無しかはよく分からないです。
・一応女性向けとしておきます。
・シリーズ名の通り、いろいろな本丸のどうしようも無い色々な話、と言う事でお願いします。

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今剣と鯰尾


「鯰尾さん、おかえりなさい!」
鯰尾が遠征から帰ると今剣が駆け寄って、飛びついてきた。
「ただいま、今剣!」
鯰尾は抱き留めてくるりと回転、そして下ろして今度は肩車。
今剣はきゃっきゃと笑って、部隊長の鯰尾は、じゃあ主さんの所まで、と走り出す。

「……今日も雅だねぇ」
遠征から帰った歌仙が笑った。
「相変わらずだね、二人とも。――さあ、資材を片付けようか」
堀川も微笑む。
これは鯰尾が遠征から戻った時の、一連の流れだ。

「じゃあここまで。主さん、遠征部隊、戻りました」
鯰尾は今剣をおろし、障子を開けて、主の元へ。

「ああ、お帰り、遠征はどうだった」
「大成功です。けどなかなか資材たまりませんね。あ小判持って帰って来ましたよ」

その間、今剣は障子の外で座り込んで、鯰尾を待っている。

「あ、今剣、おかえり」
近侍の加州清光が今剣に声を掛ける。
「はい」
今剣が微笑んで。

消えた。

「……」
加州は目を細める。

今剣が破壊されてしまったのは。もう大分前になるか。

加州が初めて鍛刀したのが、今剣で、今剣がはじめて鍛刀したのが鯰尾だ。
二振りはとても仲が良かった。

鯰尾は主と話したらしい。

主はそれまでは、無理に手柄を立てようとしていたが、無邪気な刀剣を失ってから、つきものが落ちたように己を正した。
虚栄心をとっぱらってしまったら、主には貧乏な本丸が見えはじめ。そこにいる刀剣達も見えはじめて……。

今では、加州はこの本丸を誇る事が出来る。

――まだ、皆、弱いんだけどね。
遠征用の第二部隊を作るのがやっと。練度も低く、演習ではほとんど勝てない。

鯰尾は主にいつものように、主に土産話をしている。
鯰尾の話は、道ばたにたんぽぽが咲いていてきれいだった、とか、あやしげなきのこが生えていたとか、帰りは風があたたかくて、馬の上で寝そうになったとか、雉がいたとか。

「じゃあ、俺はこれで。失礼します」
鯰尾が、部屋の外にいた加州を見つけた。
「おつかれ」
加州は鯰尾に声を掛けた。
「ただいま、そうだ、お土産が台所にありますよ。美味しそうだったから沢山取って来ました」
「へえ、土産ね。何?」
「きのこですけど?」
鯰尾が笑った。
「どんな?」
「たぶん、椎茸です!」
鯰尾は笑顔で言った。

「――げっ。ちょっと待った!」「えぇ!?」
それを聞いた加州はバタバタと、主もばたばたと出て行った。

台所では、留守番だった大和守安定が、あやしげなきのこを眺めていた。
「とりあえず、塩で茹でれば食べられるんだっけ?でも、これ…大丈夫なのかな。たまに紫の斑点があるけど」
他は出陣で、残った加州が近侍、大和守が家事当番。
堀川と歌仙はきのこを置いて、馬を置きに行ったり、刀装を返しに行ったり。

「とりあえず…先に切っておこうかな」
「ぼくもてつだいます。これですね」
ひょっこりと今剣が顔を出す。作業台に乗った、きのこの山の、向こう側にいた。

「いしづきをほうちょうでとってから、あらうとらくです」
「ああ、ありがと助かる」
気が付いた大和守は言って、まないたと包丁で、適当に切り始めた。

「あ――大和守さん、これ、たべられないきのこがまざってます」
「えっ、うそ、どれ!?」
「うっかりやさんですね」
大和守安定は、つい一昨日鍛刀されたばかりだ。

「これは、だいじょうぶです。こっちはだめです」
今剣が匂いをかいで、見て、分ける。だが見た目はどれも変わらないように見えた。
「じゃあ分けるのお願いしていいかな?」
「はい。ぼくがこのかごに、たべられるものをおきますよ!」

「大和守!大丈夫?」
しばらくして、加州と主が入って来た。

「あ。大丈夫、ほら、今剣が手伝ってくれたから」
大和守がそう言った時には、もう食べられるきのこと、たべられないきのこが分けられていた。

「……いまの、つるぎよ…」
主が泣き出す。

「主……」
大和守は苦笑した。大和守は顕現したときに、この本丸の事情を聞いていた。
今剣は破壊されてしまったが、なぜか、よく本丸の中にいるらしい。
ふしぎだなぁ、と思った。

だが主は今剣に会えない。
刀剣達には見えるが、主にだけは、姿が見えないのだ。

「いただきます」
食卓にも今剣は良く現れて、鯰尾の隣に陣取っている。
今剣も手を合わせてあいさつして、その後は、皆がたべるのを眺めている。
「ぼくが、みわけてあげたんですよ」
「うわ…。食べられないのあったんですか?ありがとう」
鯰尾が微笑んだ。
「はい」

その後は、喧騒の間にふっと消えてしまう。

大和守を入れて、ようやく十二振。数に入らないけれどやさしい今剣を入れて十三振。
遠征部隊を出したら、出陣は休みとなる。
これは残ったものが炊事洗濯、掃除、畑の管理などをするためだ。

主はまだ就任したばかりで戦や本丸の運営に慣れていないし、資源も少ない。
しばらくはこのままだろう。

主は食卓を共にして、皆と語らう。
「明日は出陣しようか。資源も少したまったし、これから皆で頑張ろう。編成は加州にまかせるよ」

「うん、まかせて。そうだ主、出陣が火急じゃないなら。明日、最初は演習に行きたいな。大和守を初陣の前に、少しくらい鍛えないと」
加州が嬉しげに言った。

「演習か…。うーん…。じゃあ…行こうか」
「主、しっかりしてよ。皆、ばんばん闘って、強くなりたいんだから」
もちろん演習ではほとんど負けるが、皆、強くなりたいと思っていた。

「分かった分かった。頑張ってお役目を果たそう」

「はい!」という声が重なる。
主は声の中に、今剣の声を聞いた気がした。


翌日、鯰尾、歌仙、加州、大和守、五虎退、乱。この構成で演習に臨んだ。
これでも本丸の中で練度の高い者が来ている。

「ずお兄~!いきなり相手が練度99って勝てないよ~」
乱が言った。
「初めに負けたら、開き直れるだろ。負けたって演習だし、実戦で勝つために頑張ろう」
鯰尾がよい笑顔で言った。
「はーい…」

――結局ほとんど負けたが、なんとか一勝することが出来た。
その後出陣。

「ただいま~。疲れた~」
乱が言う。
「おかえりなさい!大和守さん、けがはないですか」
今剣が出迎える。
「ありがとう、何とか大丈夫だったよ」
今剣の頭に手を置こうとして、すり抜けた。大和守は首を傾げた。
「ああ、今剣には、鯰尾しか触れないの。残念だよね」
加州が少し寂しげに言った。
「……」
今剣は、あわく微笑んでいた。

「あの時代は、もう大丈夫かもしれないね」
歌仙が鯰尾に言った。
――主は今剣の事があったので、慎重に進軍している。
「ええ。物足り無いくらいですね。次の合戦場も開放されたし。主さんに聞いてみます。五虎退と乱もおつかれさま。また行こうな。歌仙さん、刀装、お願いします」
そうして鯰尾はいつものように先に報告へ向かう。
「了解」
歌仙が頷く。

鯰尾の少し後ろを、今剣がついていくのが見えた。
気が付いた鯰尾は、少し振り返って今剣の手を引いた。

「ああ、今日も雅だね…。じゃあ、加州、私はお守りと刀装を返してくるよ」
歌仙が立ち話をしている加州達に言って、加州がよろしくという。

「五虎退、乱。おつかれさま、結構頑張ったね」
加州が五虎退と乱をねぎらう。
「…はい」
五虎退が少し浮かない様子で言った。
「どうしたの?」
加州は、なんとなく分かったが、あえて聞いた。

「……、今剣さん、大丈夫でしょうか」
「――鯰尾に甘えられなくて、寂しい?」
五虎退に加州が言った。
「い、いえ!――ち、ちがいます……」
五虎退が俯く。

……五虎退が、足元の虎を一匹抱き上げた。
「そうじゃなくて……あの。いままで、全然考えて無かったんですけど。今日、演習で、そう言えばって。僕たち、粟田口は、とても兄弟が多いんです。もし、これから皆が本丸にきたら、今剣さんが……どう思うかなって……すみません」
乱、加州、大和守が顔を見合わせる。

演習で見た粟田口の短刀は、多いと言うより多い。
「確かに、賑やかだった」
加州が言った。
鯰尾と、極前田、極平野、極乱…、という構成と闘った。あちらの鯰尾もどの鯰尾も、弟達の世話をよく焼いているようだった。
――今はまだこの本丸は小さいが、ゆくゆくは大きくなるだろう。
資材も少しずつ増え、加州は手応えも感じている。

粟田口の短刀が増えれば…鯰尾は、兄弟達の世話に追われる。
――今剣は、おそらくその輪には入れない。

「そうだね。それは、少し寂しいって思うかも」
大和守がぽつりと言った。
「……あの子、いつまでここに居られるんだろう」
分かってはいたけど……、と加州が言う。
今剣は折れた刀なのに。なぜ残っていてくれるのか。分からない。
そんな話が他にあるとも思えない。

加州も浮かない顔をした。
――乱は涙を浮かべていた。
「僕はずっといて欲しいと思ってる。だって、今剣は僕を守ってくれたんだ。だから、僕はだれより強くなりたい」

「…僕も、頑張ります」
五虎退が言った。五虎退も、今剣が折れる様を見た。

五虎退は今剣の、最後の言葉を思い出し……泣いた。

それを見た大和守が、顎に手を当てた。
「ねえ、…清光、鯰尾はどう思ってるのかな…」
「さあ…。そもそも、何で出てくるのか、どうして鯰尾だけ触れるのか。――主もわからないって。俺も、いきなり鯰尾と一緒にいて、腰抜かしそうになったし」

今剣が折れ、本丸が悲しみに沈む中。鯰尾が今剣の手を引いて、食卓に現れた来た時。
その場にいた者達は凍り付いた。
今剣はあまりに普段通り。

あっ、おいしそうなはんばーぐですね。たべないんですか?等と言われた。
生き返ったのかと思ったが、……抱きつこうとしたら…触れられない。
鯰尾は、主さんは、もう無理な行軍はしないと誓ってくました。と言った。

その時の鯰尾が本当に恐ろしくて、誰も何も聞けなかった。

翌日、主が皆を集め、土下座した。その場には今剣は現れなかった。
次に今剣を見たのは、鯰尾が出陣から帰った後。それからは所々で、頻繁に見る。
主には見えず、刀剣達は見えるものの、鯰尾以外は触れられない。
――そう言えば、今剣自身は物に触れられるらしい。
――物を食べている様子は無い。

「今剣は霊力も強そうだし、そういうこともあるかなって、皆思ってたけど……これからの事を考えると」
加州が身震いをした。
今剣は言ってしまえば幽霊のようなもの。
このままだと、鯰尾や本丸に何らかの影響が出てたりはしないのか。
「鯰尾に、聞いてこようか?僕なら、ごめんで済ませられるし」
大和守が言う。
「――え」

「……だって清光とかだと、逆に聞きにくいでしょ?」
大和守が苦笑する。
「……いや。だったら、俺も一緒に行く。一応、この本丸の初期刀だし、悪いから」
「分かった。乱と五虎退には、後で話そう」
大和守が笑う。

本丸の廊下を加州と大和守が進む。鯰尾は主の部屋だろう。
「どうして鯰尾なんだろう?」
大和守が言った。
「さぁ。――今剣が近侍の時に鯰尾が来たし。仲が良かったから…?」
加州にも分からないようだった。

「主、鯰尾いますか?」
主の部屋をのぞくと、鯰尾は居なかった。
「――ああ、お帰り。お疲れ様」
主が座って、茶を飲んでいた。

「ちょっと、主、茶なんて飲んでる場合じゃない」
加州が言った。
「ん、どうしたんだ?何か問題か」
「――ねえ主、今剣の事だけど。あれって幽霊…ですか?」
大和守が、膝をついて言った。

「今までは良かったけど、これから、粟田口が増えたら、寂しいんじゃないかって、五虎退が言ってた」
加州が言う。
「……ああ……。確かに。そうかもなぁ……粟田口かぁ」
審神者は溜息を付いた。

「私には見えない。だから、今剣がどんな様子か、分からないが……鯰尾が言うには、あれは時間が経てば自然と消える物らしい。他の審神者に聞いたが、そんな事はあり得ないと言われたし。…私は怪異のような物、ととらえる事にした……いや」

「この本丸の、守り神か。鯰尾は、自分がそう望んでしまったから、引き留めてしまった、と言っていた。今剣はちゃんとわかっていて、消える時が来るまで一緒にいると鯰尾に言った、……らしい。私には見えないから、少し恐い」
審神者は俯いた。

「こんな業を皆に背負わせてしまった自分を、心底恥じている。歴史の改変を止めたくて、審神者となったが、私には、たいした霊力もない……皆を大切にし、他の本丸の露払いするくらいが、精一杯だ」

「――主ぃ、そんな事は無いよ…!主はいつも頑張ってる。俺達が、強くなるからっ!」
加州が涙目で主に言った。
「加州……」
主の鼻声が聞こえた。この二人は涙もろい。

「そうだね。……主、鯰尾は何処へ行ったの?」
大和守が困ったように言った。

「さあ、鯰尾はせわしないからなぁ。大和守、初陣はどうだった?」
主に問われて、大和守は戸惑った。
「――、大丈夫です」
「赤い」
加州が笑う。

「ほら、鯰尾を探しに行くよ!」
大和守は加州を引っ張り、審神者の部屋を出た。
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そう言うときに限って、鯰尾は見当たらなかった。
廊下を通ったときに、虎を追いかける五虎退を見つけたので聞くと、風呂に入っているらしい。
「こんな時間に?まだ早いのに」
大和守が言った。確かに出陣したが、相手も弱く、軽く汗を拭くくらいで十分だった。

その五虎退も風呂上がりだ。
「僕も入って来ました。出陣後はやっぱりお風呂だねって言ってました。鯰尾兄さんは、今、髪を乾かしてるので、もう少し掛かりそうです…」
五虎退が抱えた虎をタオルで拭きながら言った。

「鯰尾ってたまに理解不能だわー…。いや、美意識が高いのかもしれないけど」
加州が呆れた。
「それ、お前が言う?」
大和守が呆れた。同室だが、加州の支度の長いこと。

「鯰尾兄さんは、運悪く、髪に返り血を浴びてしまったみたいで…あ、虎君!だめ」
虎を捕まえながら、五虎退が言った。そしてぺこりと頭を下げて、逃げた虎をタオルを持って追いかける。床が少し濡れていた。

「よし。これから俺もそうしよ。大和守もそうすれば?もう出陣後は風呂ルールでも作る?」
「俺は夜でいいや」
「あんたって、相変わらず結構ズボラだよね―それじゃあ駄目」
「はいはい。あ」

加州が説教を始めようとしたとき、一風呂浴びた鯰尾が出て来た。
当然のごとく今剣も一緒だ。

「鯰尾…ちょっと貴方に話があるんだけど、いい?」
加州が言った。

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鯰尾の部屋で、今剣がすやすやと眠り始めた。
「――って、ここが住処だったの?」
加州が言った。
…加州はその布団の柄に見覚えがあった。今剣の布団だ。

「まあ、姿が見えないときは、だいたいここにいるみたいですよ」
布団を敷いてやった鯰尾が言った。

「ずいぶん懐かれたもんだ」
加州が少し呆れた。

「……」
鯰尾は微笑んだ。

そしてふっと目を伏せ、布団を今剣の肩までかけなおしてやる。

「で、用件って何ですか?」
「今剣の事だけど、大丈夫?」
加州が言った。

「この先、粟田口が増えたら、今剣が寂しがるんじゃないかって。粟田口の事はよく知らないけど、大所帯なんでしょ?」
大和守が言った。

「……ああ…」
鯰尾は察したらしい。
「そもそも、どうしてこんな事になってるの?仲は良かったけど……まさか」
加州がはっと言った。

「今剣って、あんたに取り憑いてる?」

加州の言葉に、鯰尾がくすくすと笑った。
「――いえ。そんな悪霊じゃ無いんだから。今剣はもうすぐ、力がなくなったら…自然に消えるって言ってたので、そっとしておいてもらえませんか?」

「ねえ、後どのくらい、とか分かる?」
大和守が尋ねた。
「あ――ごめん」
そして続けた。

鯰尾は腰を下ろした。
「いえ。意外と長くて、俺も驚いてるんです。今剣が折れたとき、俺は一緒にいられなくて……。あの頃の編成は目茶苦茶でしたから」

今剣は俺が呼んだような物かも。と鯰尾は言った。

「俺、よく知らなくて……。聞かせて貰える?」
大和守が、折れた今剣が、鯰尾の元へ来た時の事を尋ねた。


■  ■ ■ 

今剣が折れた。

その知らせを。鯰尾は乱藤四郎から聞いた。

その日の編成は少し不味い、と鯰尾は思っていた。
新しい、合戦場の敵は鯰尾にしてもやや手強かった。
主は早く練度を上げるために、多少の疲労状態であれば構わずに出陣させていた。

鯰尾は遠征へ向かわされ、一足先に帰って来ていた。
胸騒ぎとか、そういう物はなかったが、遠征先の空があまりに綺麗だった。

それで急いで戻って来たのだ。


「ずおにい…」
乱も、五虎退も、泣いている。
歌仙、加州。この二人も。

加州が、震える手で、布に包まれた、物を差し出す。

「今剣が、折れた」

「――」

鯰尾は目の前が真っ暗になった。

主がいつのまにかそこにいた。
霊力がある主は、今剣が折れたと知っていたのだろう。
その表情を、鯰尾は見た。

「……」
その後悲嘆に暮れる皆を残し、鯰尾は一人立ち去った。

過去を振り返っても仕方無い。
鯰尾は部屋で一人、泣きながら、頭を抱えた。

鯰尾が顕現したのは三番目。
加州が今剣を鍛刀し、今剣が鯰尾を鍛刀した。

始まったばかりの本丸で、大変だったけど、――楽しかった。
これはああした方がいい、こうしようなどと言って。
食事は初め握り飯ばかりで。慣れない畑に戸惑ったり。
少しずつ賑やかになって……。

いつも隣にいた短刀。
兄弟ではないけど、兄弟みたいで。
これからも一緒に強くなっていけると思っていたのに……。

鯰尾は、考えた。

「――」
そして思った。

主は、道を間違えて進もうとしている。
――刀剣を物として扱う、正しいけど間違った道に。

主は、ただ驚いているだけに見えた。
少しは悲しむだろうが…役目に忠実な主の事だ。
今剣が『死んで』、そのうち二振り目が顕現させられるだろう。

いっそ俺も後を追ってしまおうか。

主の刀としては、自分は失格だ。
この程度の事で、主を殺したいと思ってしまうような自分は――。

残される者の事?どうでもいいよ。

だって、俺を呼んだ今剣がいないんだから。

俺だけ生きてる意味ないですよね?

鯰尾は苦笑した。
これじゃまるで、今剣が俺の主だったみたいじゃないか。

鯰尾は刀を抜いた。

「切腹かー」

ああ、この感じは、覚えてるなぁ。
もう仕方無い、と思った感じ……。

本当は着物が良いのだろうが、出陣服でも構わないだろう。
ネクタイを取って、合わせを外し。
シャツのボタンをはずして、ひと思いに突き立てた。

だが刃が止まった。

「だめですよ」

真横で今剣が、鯰尾の手を止めていた。

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加州と大和守は、言葉も無かった。

「って言うかアンタ切腹しようとしたの…?」
ようやく加州が言った。
「だって、そういうものじゃ無いですか?」
加州と大和守を見て、鯰尾は言った。

鯰尾が、足を崩して卓袱台に肘をつく。
「で、今剣が現れてくれて、俺は大泣きして、今剣に、少しの間、一緒にいますから、死なないで下さいって言われて……。…全部俺の我が儘なんですよね…ー」

鯰尾は溜息を付いた。

「その後、開き直って、主さんに一筆書いてもらって。またやっていこうって思えた……。本当に、今剣には…感謝してます。出来れば、ずっといて欲しいけど、そろそろ、在るべき場所に返してあげないと。刷り込みかなぁ。――俺、この役目が向いてないのかも。他の本丸の俺はどうか知りませんけど、個体差とかあるのかな」
参ったなぁ、とでも言いたげに頭を掻く。

「けど、今の主は好きですから、今剣の為にも、やっていこうと思いますよ。……彼が消えたら…寂しいけど、…いつか心の整理が付くときが来るだろうって思います」

加州と大和守は少しほっとした。
この分なら、今剣が去っても受け入れられるだろう。

「……今剣に感謝しないとね」
加州が言った。
「はい」
鯰尾は笑って、だがすぐに俯いた。

「加州さん…俺は……顕現したとき、『過去なんて振り返っても、仕方無い』って思ったんですよ。けど今剣が死んで、今剣は過去になった。じゃあ振り返らない?――それは矛盾してる……。けど何とかなる?もう今剣は帰ってこないのに?そう思ったら、全部、自分が嫌になって。ははは。もう死んでいいやって気分に――」
鯰尾が自嘲した。

「……鯰尾、あんた主なみに暗いわ…」
加州がげんなりと言った。

「ぼくと鯰尾さんは、きっとおんねんがつよいんです」

今剣の声がいきなり聞こえて、加州と大和守、鯰尾も驚いた。
いつの間にか起きていたらしい。
もとのあるじさまをころしたかたなですから。

と。今剣が鯰尾の隣でにっこりと笑った。

「元の主……そうだった?鯰尾も?」
加州が首を傾げる。

「はい。鯰尾さんがよんでくれたおかげでぼくはこうして、みなさんにあいにこられます」
今剣が笑った。

「俺は呼んだ覚えも無いし、昔の事もそんなに覚えて無いんですけどね」
「――」
今剣が不満げに鯰尾の髪を引っ張った。
「いたた。ごめん」
「かなしいうそはよくないです」
そのまま膝の上に乗る。

鯰尾は目をうるませて、今剣を抱きしめた。

「分かった、じゃあ、アンタ達の事はほっとくわ」
加州が言って、大和守も今剣を撫でた。
「主にも伝えておくね。鯰尾はそれなりに主が好きだって。――いい?」

「ええ。もちろん、主さんも大好きです」
鯰尾が涙をこぼして笑った。

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加州と大和守は主に報告して、その後、大和守は、主とゆっくり話したら?と言って去って行った。

「主、刀剣男子って個体差があるのかな。それとも鯰尾って皆あんな根暗なの?」
残った加州は思った事を尋ねた。

「基本的な性格は一緒みたいだが…、他の審神者に聞いた話では、基本は同じで…、環境による物があるらしい。顕現したときの面子とか、経験、体験とか、そういう感じの…」
主が言った。
「そっか。鯰尾はいきなり今剣が折れて、運が悪かったのかもね――けど、これから頑張るって言ってたから、主も頑張ろう?」
加州は言う。
「ここの加州は厳しいなぁ」
主が苦笑した。

主が障子を見る。
「大和守は、何だろうなぁ、思いやりがあるが、あれは多分、相当さっぱりしているな。五虎退は少し大人っぽいし。不思議な程しっかり者になった。乱はまだよく分からない――お年頃だからかな?」
「乱はアレで結構―」
加州と主はその後も、刀剣達の話に花を咲かせた。

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ある本丸に、第一部隊が帰還する。

「お帰りなさーい!」「どうだった?」「お風呂沸いてます」
少し増えた本丸留守番組が出迎えた。
その中には今剣もいる。

「おかえりなさい、鯰尾さん!」
ぱっと、一番に飛びつく。

その本丸ではしばらく、鯰尾と今剣の仲むつまじい様子が見られた。


「あれ?豆のさやが取ってある」「ああ、それは――」
……しばらくの後は、時折こっそりと。

〈おわり〉
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鯰尾奇譚1 今剣と鯰尾①
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注意

・一応ほのぼのです。この二人って仲よさそうという妄想。
・今剣の刀剣破壊(過去の出来事)があります。
・破壊セリフなどのネタバレは無いです。
・この本丸の鯰尾はこじらせた系。
・男審神者が良く喋る。
・加州と大和守の出番が多い。
・このお話には明確なあれそれは無いですが、有りか無しかはよく分からないです。
・一応女性向けとしておきます。
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今剣と鯰尾


「鯰尾さん、おかえりなさい!」
鯰尾が遠征から帰ると今剣が駆け寄って、飛びついてきた。
「ただいま、今剣!」
鯰尾は抱き留めてくるりと回転、そして下ろして今度は肩車。
今剣はきゃっきゃと笑って、部隊長の鯰尾は、じゃあ主さんの所まで、と走り出す。

「……今日も雅だねぇ」
遠征から帰った歌仙が笑った。
「相変わらずだね、二人とも。――さあ、資材を片付けようか」
堀川も微笑む。
これは鯰尾が遠征から戻った時の、一連の流れだ。

「じゃあここまで。主さん、遠征部隊、戻りました」
鯰尾は今剣をおろし、障子を開けて、主の元へ。

「ああ、お帰り、遠征はどうだった」
「大成功です。けどなかなか資材たまりませんね。あ小判持って帰って来ましたよ」

その間、今剣は障子の外で座り込んで、鯰尾を待っている。

「あ、今剣、おかえり」
近侍の加州清光が今剣に声を掛ける。
「はい」
今剣が微笑んで。

消えた。

「……」
加州は目を細める。

今剣が破壊されてしまったのは。もう大分前になるか。

加州が初めて鍛刀したのが、今剣で、今剣がはじめて鍛刀したのが鯰尾だ。
二振りはとても仲が良かった。

鯰尾は主と話したらしい。

主はそれまでは、無理に手柄を立てようとしていたが、無邪気な刀剣を失ってから、つきものが落ちたように己を正した。
虚栄心をとっぱらってしまったら、主には貧乏な本丸が見えはじめ。そこにいる刀剣達も見えはじめて……。

今では、加州はこの本丸を誇る事が出来る。

――まだ、皆、弱いんだけどね。
遠征用の第二部隊を作るのがやっと。練度も低く、演習ではほとんど勝てない。

鯰尾は主にいつものように、主に土産話をしている。
鯰尾の話は、道ばたにたんぽぽが咲いていてきれいだった、とか、あやしげなきのこが生えていたとか、帰りは風があたたかくて、馬の上で寝そうになったとか、雉がいたとか。

「じゃあ、俺はこれで。失礼します」
鯰尾が、部屋の外にいた加州を見つけた。
「おつかれ」
加州は鯰尾に声を掛けた。
「ただいま、そうだ、お土産が台所にありますよ。美味しそうだったから沢山取って来ました」
「へえ、土産ね。何?」
「きのこですけど?」
鯰尾が笑った。
「どんな?」
「たぶん、椎茸です!」
鯰尾は笑顔で言った。

「――げっ。ちょっと待った!」「えぇ!?」
それを聞いた加州はバタバタと、主もばたばたと出て行った。

台所では、留守番だった大和守安定が、あやしげなきのこを眺めていた。
「とりあえず、塩で茹でれば食べられるんだっけ?でも、これ…大丈夫なのかな。たまに紫の斑点があるけど」
他は出陣で、残った加州が近侍、大和守が家事当番。
堀川と歌仙はきのこを置いて、馬を置きに行ったり、刀装を返しに行ったり。

「とりあえず…先に切っておこうかな」
「ぼくもてつだいます。これですね」
ひょっこりと今剣が顔を出す。作業台に乗った、きのこの山の、向こう側にいた。

「いしづきをほうちょうでとってから、あらうとらくです」
「ああ、ありがと助かる」
気が付いた大和守は言って、まないたと包丁で、適当に切り始めた。

「あ――大和守さん、これ、たべられないきのこがまざってます」
「えっ、うそ、どれ!?」
「うっかりやさんですね」
大和守安定は、つい一昨日鍛刀されたばかりだ。

「これは、だいじょうぶです。こっちはだめです」
今剣が匂いをかいで、見て、分ける。だが見た目はどれも変わらないように見えた。
「じゃあ分けるのお願いしていいかな?」
「はい。ぼくがこのかごに、たべられるものをおきますよ!」

「大和守!大丈夫?」
しばらくして、加州と主が入って来た。

「あ。大丈夫、ほら、今剣が手伝ってくれたから」
大和守がそう言った時には、もう食べられるきのこと、たべられないきのこが分けられていた。

「……いまの、つるぎよ…」
主が泣き出す。

「主……」
大和守は苦笑した。大和守は顕現したときに、この本丸の事情を聞いていた。
今剣は破壊されてしまったが、なぜか、よく本丸の中にいるらしい。
ふしぎだなぁ、と思った。

だが主は今剣に会えない。
刀剣達には見えるが、主にだけは、姿が見えないのだ。

「いただきます」
食卓にも今剣は良く現れて、鯰尾の隣に陣取っている。
今剣も手を合わせてあいさつして、その後は、皆がたべるのを眺めている。
「ぼくが、みわけてあげたんですよ」
「うわ…。食べられないのあったんですか?ありがとう」
鯰尾が微笑んだ。
「はい」

その後は、喧騒の間にふっと消えてしまう。

大和守を入れて、ようやく十二振。数に入らないけれどやさしい今剣を入れて十三振。
遠征部隊を出したら、出陣は休みとなる。
これは残ったものが炊事洗濯、掃除、畑の管理などをするためだ。

主はまだ就任したばかりで戦や本丸の運営に慣れていないし、資源も少ない。
しばらくはこのままだろう。

主は食卓を共にして、皆と語らう。
「明日は出陣しようか。資源も少したまったし、これから皆で頑張ろう。編成は加州にまかせるよ」

「うん、まかせて。そうだ主、出陣が火急じゃないなら。明日、最初は演習に行きたいな。大和守を初陣の前に、少しくらい鍛えないと」
加州が嬉しげに言った。

「演習か…。うーん…。じゃあ…行こうか」
「主、しっかりしてよ。皆、ばんばん闘って、強くなりたいんだから」
もちろん演習ではほとんど負けるが、皆、強くなりたいと思っていた。

「分かった分かった。頑張ってお役目を果たそう」

「はい!」という声が重なる。
主は声の中に、今剣の声を聞いた気がした。


翌日、鯰尾、歌仙、加州、大和守、五虎退、乱。この構成で演習に臨んだ。
これでも本丸の中で練度の高い者が来ている。

「ずお兄~!いきなり相手が練度99って勝てないよ~」
乱が言った。
「初めに負けたら、開き直れるだろ。負けたって演習だし、実戦で勝つために頑張ろう」
鯰尾がよい笑顔で言った。
「はーい…」

――結局ほとんど負けたが、なんとか一勝することが出来た。
その後出陣。

「ただいま~。疲れた~」
乱が言う。
「おかえりなさい!大和守さん、けがはないですか」
今剣が出迎える。
「ありがとう、何とか大丈夫だったよ」
今剣の頭に手を置こうとして、すり抜けた。大和守は首を傾げた。
「ああ、今剣には、鯰尾しか触れないの。残念だよね」
加州が少し寂しげに言った。
「……」
今剣は、あわく微笑んでいた。

「あの時代は、もう大丈夫かもしれないね」
歌仙が鯰尾に言った。
――主は今剣の事があったので、慎重に進軍している。
「ええ。物足り無いくらいですね。次の合戦場も開放されたし。主さんに聞いてみます。五虎退と乱もおつかれさま。また行こうな。歌仙さん、刀装、お願いします」
そうして鯰尾はいつものように先に報告へ向かう。
「了解」
歌仙が頷く。

鯰尾の少し後ろを、今剣がついていくのが見えた。
気が付いた鯰尾は、少し振り返って今剣の手を引いた。

「ああ、今日も雅だね…。じゃあ、加州、私はお守りと刀装を返してくるよ」
歌仙が立ち話をしている加州達に言って、加州がよろしくという。

「五虎退、乱。おつかれさま、結構頑張ったね」
加州が五虎退と乱をねぎらう。
「…はい」
五虎退が少し浮かない様子で言った。
「どうしたの?」
加州は、なんとなく分かったが、あえて聞いた。

「……、今剣さん、大丈夫でしょうか」
「――鯰尾に甘えられなくて、寂しい?」
五虎退に加州が言った。
「い、いえ!――ち、ちがいます……」
五虎退が俯く。

……五虎退が、足元の虎を一匹抱き上げた。
「そうじゃなくて……あの。いままで、全然考えて無かったんですけど。今日、演習で、そう言えばって。僕たち、粟田口は、とても兄弟が多いんです。もし、これから皆が本丸にきたら、今剣さんが……どう思うかなって……すみません」
乱、加州、大和守が顔を見合わせる。

演習で見た粟田口の短刀は、多いと言うより多い。
「確かに、賑やかだった」
加州が言った。
鯰尾と、極前田、極平野、極乱…、という構成と闘った。あちらの鯰尾もどの鯰尾も、弟達の世話をよく焼いているようだった。
――今はまだこの本丸は小さいが、ゆくゆくは大きくなるだろう。
資材も少しずつ増え、加州は手応えも感じている。

粟田口の短刀が増えれば…鯰尾は、兄弟達の世話に追われる。
――今剣は、おそらくその輪には入れない。

「そうだね。それは、少し寂しいって思うかも」
大和守がぽつりと言った。
「……あの子、いつまでここに居られるんだろう」
分かってはいたけど……、と加州が言う。
今剣は折れた刀なのに。なぜ残っていてくれるのか。分からない。
そんな話が他にあるとも思えない。

加州も浮かない顔をした。
――乱は涙を浮かべていた。
「僕はずっといて欲しいと思ってる。だって、今剣は僕を守ってくれたんだ。だから、僕はだれより強くなりたい」

「…僕も、頑張ります」
五虎退が言った。五虎退も、今剣が折れる様を見た。

五虎退は今剣の、最後の言葉を思い出し……泣いた。

それを見た大和守が、顎に手を当てた。
「ねえ、…清光、鯰尾はどう思ってるのかな…」
「さあ…。そもそも、何で出てくるのか、どうして鯰尾だけ触れるのか。――主もわからないって。俺も、いきなり鯰尾と一緒にいて、腰抜かしそうになったし」

今剣が折れ、本丸が悲しみに沈む中。鯰尾が今剣の手を引いて、食卓に現れた来た時。
その場にいた者達は凍り付いた。
今剣はあまりに普段通り。

あっ、おいしそうなはんばーぐですね。たべないんですか?等と言われた。
生き返ったのかと思ったが、……抱きつこうとしたら…触れられない。
鯰尾は、主さんは、もう無理な行軍はしないと誓ってくました。と言った。

その時の鯰尾が本当に恐ろしくて、誰も何も聞けなかった。

翌日、主が皆を集め、土下座した。その場には今剣は現れなかった。
次に今剣を見たのは、鯰尾が出陣から帰った後。それからは所々で、頻繁に見る。
主には見えず、刀剣達は見えるものの、鯰尾以外は触れられない。
――そう言えば、今剣自身は物に触れられるらしい。
――物を食べている様子は無い。

「今剣は霊力も強そうだし、そういうこともあるかなって、皆思ってたけど……これからの事を考えると」
加州が身震いをした。
今剣は言ってしまえば幽霊のようなもの。
このままだと、鯰尾や本丸に何らかの影響が出てたりはしないのか。
「鯰尾に、聞いてこようか?僕なら、ごめんで済ませられるし」
大和守が言う。
「――え」

「……だって清光とかだと、逆に聞きにくいでしょ?」
大和守が苦笑する。
「……いや。だったら、俺も一緒に行く。一応、この本丸の初期刀だし、悪いから」
「分かった。乱と五虎退には、後で話そう」
大和守が笑う。

本丸の廊下を加州と大和守が進む。鯰尾は主の部屋だろう。
「どうして鯰尾なんだろう?」
大和守が言った。
「さぁ。――今剣が近侍の時に鯰尾が来たし。仲が良かったから…?」
加州にも分からないようだった。

「主、鯰尾いますか?」
主の部屋をのぞくと、鯰尾は居なかった。
「――ああ、お帰り。お疲れ様」
主が座って、茶を飲んでいた。

「ちょっと、主、茶なんて飲んでる場合じゃない」
加州が言った。
「ん、どうしたんだ?何か問題か」
「――ねえ主、今剣の事だけど。あれって幽霊…ですか?」
大和守が、膝をついて言った。

「今までは良かったけど、これから、粟田口が増えたら、寂しいんじゃないかって、五虎退が言ってた」
加州が言う。
「……ああ……。確かに。そうかもなぁ……粟田口かぁ」
審神者は溜息を付いた。

「私には見えない。だから、今剣がどんな様子か、分からないが……鯰尾が言うには、あれは時間が経てば自然と消える物らしい。他の審神者に聞いたが、そんな事はあり得ないと言われたし。…私は怪異のような物、ととらえる事にした……いや」

「この本丸の、守り神か。鯰尾は、自分がそう望んでしまったから、引き留めてしまった、と言っていた。今剣はちゃんとわかっていて、消える時が来るまで一緒にいると鯰尾に言った、……らしい。私には見えないから、少し恐い」
審神者は俯いた。

「こんな業を皆に背負わせてしまった自分を、心底恥じている。歴史の改変を止めたくて、審神者となったが、私には、たいした霊力もない……皆を大切にし、他の本丸の露払いするくらいが、精一杯だ」

「――主ぃ、そんな事は無いよ…!主はいつも頑張ってる。俺達が、強くなるからっ!」
加州が涙目で主に言った。
「加州……」
主の鼻声が聞こえた。この二人は涙もろい。

「そうだね。……主、鯰尾は何処へ行ったの?」
大和守が困ったように言った。

「さあ、鯰尾はせわしないからなぁ。大和守、初陣はどうだった?」
主に問われて、大和守は戸惑った。
「――、大丈夫です」
「赤い」
加州が笑う。

「ほら、鯰尾を探しに行くよ!」
大和守は加州を引っ張り、審神者の部屋を出た。
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そう言うときに限って、鯰尾は見当たらなかった。
廊下を通ったときに、虎を追いかける五虎退を見つけたので聞くと、風呂に入っているらしい。
「こんな時間に?まだ早いのに」
大和守が言った。確かに出陣したが、相手も弱く、軽く汗を拭くくらいで十分だった。

その五虎退も風呂上がりだ。
「僕も入って来ました。出陣後はやっぱりお風呂だねって言ってました。鯰尾兄さんは、今、髪を乾かしてるので、もう少し掛かりそうです…」
五虎退が抱えた虎をタオルで拭きながら言った。

「鯰尾ってたまに理解不能だわー…。いや、美意識が高いのかもしれないけど」
加州が呆れた。
「それ、お前が言う?」
大和守が呆れた。同室だが、加州の支度の長いこと。

「鯰尾兄さんは、運悪く、髪に返り血を浴びてしまったみたいで…あ、虎君!だめ」
虎を捕まえながら、五虎退が言った。そしてぺこりと頭を下げて、逃げた虎をタオルを持って追いかける。床が少し濡れていた。

「よし。これから俺もそうしよ。大和守もそうすれば?もう出陣後は風呂ルールでも作る?」
「俺は夜でいいや」
「あんたって、相変わらず結構ズボラだよね―それじゃあ駄目」
「はいはい。あ」

加州が説教を始めようとしたとき、一風呂浴びた鯰尾が出て来た。
当然のごとく今剣も一緒だ。

「鯰尾…ちょっと貴方に話があるんだけど、いい?」
加州が言った。

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鯰尾の部屋で、今剣がすやすやと眠り始めた。
「――って、ここが住処だったの?」
加州が言った。
…加州はその布団の柄に見覚えがあった。今剣の布団だ。

「まあ、姿が見えないときは、だいたいここにいるみたいですよ」
布団を敷いてやった鯰尾が言った。

「ずいぶん懐かれたもんだ」
加州が少し呆れた。

「……」
鯰尾は微笑んだ。

そしてふっと目を伏せ、布団を今剣の肩までかけなおしてやる。

「で、用件って何ですか?」
「今剣の事だけど、大丈夫?」
加州が言った。

「この先、粟田口が増えたら、今剣が寂しがるんじゃないかって。粟田口の事はよく知らないけど、大所帯なんでしょ?」
大和守が言った。

「……ああ…」
鯰尾は察したらしい。
「そもそも、どうしてこんな事になってるの?仲は良かったけど……まさか」
加州がはっと言った。

「今剣って、あんたに取り憑いてる?」

加州の言葉に、鯰尾がくすくすと笑った。
「――いえ。そんな悪霊じゃ無いんだから。今剣はもうすぐ、力がなくなったら…自然に消えるって言ってたので、そっとしておいてもらえませんか?」

「ねえ、後どのくらい、とか分かる?」
大和守が尋ねた。
「あ――ごめん」
そして続けた。

鯰尾は腰を下ろした。
「いえ。意外と長くて、俺も驚いてるんです。今剣が折れたとき、俺は一緒にいられなくて……。あの頃の編成は目茶苦茶でしたから」

今剣は俺が呼んだような物かも。と鯰尾は言った。

「俺、よく知らなくて……。聞かせて貰える?」
大和守が、折れた今剣が、鯰尾の元へ来た時の事を尋ねた。


■  ■ ■ 

今剣が折れた。

その知らせを。鯰尾は乱藤四郎から聞いた。

その日の編成は少し不味い、と鯰尾は思っていた。
新しい、合戦場の敵は鯰尾にしてもやや手強かった。
主は早く練度を上げるために、多少の疲労状態であれば構わずに出陣させていた。

鯰尾は遠征へ向かわされ、一足先に帰って来ていた。
胸騒ぎとか、そういう物はなかったが、遠征先の空があまりに綺麗だった。

それで急いで戻って来たのだ。


「ずおにい…」
乱も、五虎退も、泣いている。
歌仙、加州。この二人も。

加州が、震える手で、布に包まれた、物を差し出す。

「今剣が、折れた」

「――」

鯰尾は目の前が真っ暗になった。

主がいつのまにかそこにいた。
霊力がある主は、今剣が折れたと知っていたのだろう。
その表情を、鯰尾は見た。

「……」
その後悲嘆に暮れる皆を残し、鯰尾は一人立ち去った。

過去を振り返っても仕方無い。
鯰尾は部屋で一人、泣きながら、頭を抱えた。

鯰尾が顕現したのは三番目。
加州が今剣を鍛刀し、今剣が鯰尾を鍛刀した。

始まったばかりの本丸で、大変だったけど、――楽しかった。
これはああした方がいい、こうしようなどと言って。
食事は初め握り飯ばかりで。慣れない畑に戸惑ったり。
少しずつ賑やかになって……。

いつも隣にいた短刀。
兄弟ではないけど、兄弟みたいで。
これからも一緒に強くなっていけると思っていたのに……。

鯰尾は、考えた。

「――」
そして思った。

主は、道を間違えて進もうとしている。
――刀剣を物として扱う、正しいけど間違った道に。

主は、ただ驚いているだけに見えた。
少しは悲しむだろうが…役目に忠実な主の事だ。
今剣が『死んで』、そのうち二振り目が顕現させられるだろう。

いっそ俺も後を追ってしまおうか。

主の刀としては、自分は失格だ。
この程度の事で、主を殺したいと思ってしまうような自分は――。

残される者の事?どうでもいいよ。

だって、俺を呼んだ今剣がいないんだから。

俺だけ生きてる意味ないですよね?

鯰尾は苦笑した。
これじゃまるで、今剣が俺の主だったみたいじゃないか。

鯰尾は刀を抜いた。

「切腹かー」

ああ、この感じは、覚えてるなぁ。
もう仕方無い、と思った感じ……。

本当は着物が良いのだろうが、出陣服でも構わないだろう。
ネクタイを取って、合わせを外し。
シャツのボタンをはずして、ひと思いに突き立てた。

だが刃が止まった。

「だめですよ」

真横で今剣が、鯰尾の手を止めていた。

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加州と大和守は、言葉も無かった。

「って言うかアンタ切腹しようとしたの…?」
ようやく加州が言った。
「だって、そういうものじゃ無いですか?」
加州と大和守を見て、鯰尾は言った。

鯰尾が、足を崩して卓袱台に肘をつく。
「で、今剣が現れてくれて、俺は大泣きして、今剣に、少しの間、一緒にいますから、死なないで下さいって言われて……。…全部俺の我が儘なんですよね…ー」

鯰尾は溜息を付いた。

「その後、開き直って、主さんに一筆書いてもらって。またやっていこうって思えた……。本当に、今剣には…感謝してます。出来れば、ずっといて欲しいけど、そろそろ、在るべき場所に返してあげないと。刷り込みかなぁ。――俺、この役目が向いてないのかも。他の本丸の俺はどうか知りませんけど、個体差とかあるのかな」
参ったなぁ、とでも言いたげに頭を掻く。

「けど、今の主は好きですから、今剣の為にも、やっていこうと思いますよ。……彼が消えたら…寂しいけど、…いつか心の整理が付くときが来るだろうって思います」

加州と大和守は少しほっとした。
この分なら、今剣が去っても受け入れられるだろう。

「……今剣に感謝しないとね」
加州が言った。
「はい」
鯰尾は笑って、だがすぐに俯いた。

「加州さん…俺は……顕現したとき、『過去なんて振り返っても、仕方無い』って思ったんですよ。けど今剣が死んで、今剣は過去になった。じゃあ振り返らない?――それは矛盾してる……。けど何とかなる?もう今剣は帰ってこないのに?そう思ったら、全部、自分が嫌になって。ははは。もう死んでいいやって気分に――」
鯰尾が自嘲した。

「……鯰尾、あんた主なみに暗いわ…」
加州がげんなりと言った。

「ぼくと鯰尾さんは、きっとおんねんがつよいんです」

今剣の声がいきなり聞こえて、加州と大和守、鯰尾も驚いた。
いつの間にか起きていたらしい。
もとのあるじさまをころしたかたなですから。

と。今剣が鯰尾の隣でにっこりと笑った。

「元の主……そうだった?鯰尾も?」
加州が首を傾げる。

「はい。鯰尾さんがよんでくれたおかげでぼくはこうして、みなさんにあいにこられます」
今剣が笑った。

「俺は呼んだ覚えも無いし、昔の事もそんなに覚えて無いんですけどね」
「――」
今剣が不満げに鯰尾の髪を引っ張った。
「いたた。ごめん」
「かなしいうそはよくないです」
そのまま膝の上に乗る。

鯰尾は目をうるませて、今剣を抱きしめた。

「分かった、じゃあ、アンタ達の事はほっとくわ」
加州が言って、大和守も今剣を撫でた。
「主にも伝えておくね。鯰尾はそれなりに主が好きだって。――いい?」

「ええ。もちろん、主さんも大好きです」
鯰尾が涙をこぼして笑った。

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加州と大和守は主に報告して、その後、大和守は、主とゆっくり話したら?と言って去って行った。

「主、刀剣男子って個体差があるのかな。それとも鯰尾って皆あんな根暗なの?」
残った加州は思った事を尋ねた。

「基本的な性格は一緒みたいだが…、他の審神者に聞いた話では、基本は同じで…、環境による物があるらしい。顕現したときの面子とか、経験、体験とか、そういう感じの…」
主が言った。
「そっか。鯰尾はいきなり今剣が折れて、運が悪かったのかもね――けど、これから頑張るって言ってたから、主も頑張ろう?」
加州は言う。
「ここの加州は厳しいなぁ」
主が苦笑した。

主が障子を見る。
「大和守は、何だろうなぁ、思いやりがあるが、あれは多分、相当さっぱりしているな。五虎退は少し大人っぽいし。不思議な程しっかり者になった。乱はまだよく分からない――お年頃だからかな?」
「乱はアレで結構―」
加州と主はその後も、刀剣達の話に花を咲かせた。

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ある本丸に、第一部隊が帰還する。

「お帰りなさーい!」「どうだった?」「お風呂沸いてます」
少し増えた本丸留守番組が出迎えた。
その中には今剣もいる。

「おかえりなさい、鯰尾さん!」
ぱっと、一番に飛びつく。

その本丸ではしばらく、鯰尾と今剣の仲むつまじい様子が見られた。


「あれ?豆のさやが取ってある」「ああ、それは――」
……しばらくの後は、時折こっそりと。

〈おわり〉
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