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投稿日:2018年08月11日 23:37    文字数:1,535

「淡片集」サンプル

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8月19日開催「或る図書館にて5」発行の『淡片集』サンプル。
「一人寝」「知らないこと」「終末未来」のもりしきのごくごく短いお話3つで出来ています。
気づいたら全部ベッドの上で話が終わっていたので性癖だなあと思いました。反省します。

本文24ページ/文庫本/全年齢/300円
1 / 3
「一人寝」

瞼を開けて広がった視界はまだぼんやりとした暗闇に包まれている。頭だけを動かして窓に目を向ければ、床についた時にはまだ見えなかった満月がこうこうと夜空を青白く照らしていた。紛れもない夜の景色を見れば、眠りについてからまだ数時間程度しか経っていないことは明らかだった。別段、起き上がって何かをする気にはなれない。このままじっとしているうちにまた瞼は降りて再び眠りに落ちるものだと判断して、窓から顔を背けた他は何もしないで眠気がやってくるのを待っていた。
しかし眠気は中々にやってくる気配がなかった。耐えかねて寝返りを打てば薄暗がりに慣れた目は文机や畳に積まれた本、積み重ねられた紙束、飾り棚を映した。それらをなんとはなしに眺めているうちに、ふと己が寝返りを打てること、そして何の痛みもない身体であることに気づいて、かつてはそうではなかったことを思い出した。今となっては昔の話だと、しみじみと思われるだけの遠い過去の話だった。
肺腑に棲み付いた死、そう遠くない何時かにやってくるそれを思わない日は前世において一日となかった。己に残された時間はあまりにも少ないと嘆くことも少なくはなかった。なかった、と言い切ってしまえるのは、(有碍書の潜書で深手を追えば意識せざるを得ないものの)今の己にとって死というものが遠のいたからだ。不意に訪れるかもしれない、いつ来るのか分からないものにまで遠ざかったからだった。それは今生において健康な体を得たからに他ならない。

1 / 3
2 / 3

「知らないこと」

 新緑の映える季節がやって来た。心地いい風が頬を撫ぜ、爽やかな空気が辺りに満ちている。良い朝だ、と宿舎の玄関口に出た森は、青々と茂った木々を、その頭上に広がる雲一つない澄み渡った空を見上げ引き結んでいた唇を僅かに緩めた。
 郵便受けに入っている新聞数紙を引っ張り出すと、底にあったのか、一枚の葉書も一緒にひょいと顔を出した。もう片方の手でそれを取り上げると、差出人はここ数日休暇を取って実家に戻っている司書の名前があり、そして宛先には「帝国図書館 森林太郎様」と書かれている。司書が手紙を外から出してくれたことを喜ばしく思いながら、裏返せば風景写真の下半分の白地を埋めるように細かく整った字が行儀よく整列していた。皆さんにもよろしく頼みますと最後に書かれているのだけ目を通すと、詳しくは後で読もうと新聞を持つ手の親指と新聞の間に葉書を挟み込んだ。最後に郵便受けを軽く覗き込む。今度こそ何も残っていないのを確かめると、森は食堂へと足を向けた。
2 / 3
3 / 3

「終末未来」
闇夜を照らす白々とした月明かりは何時か見た光景によく似ている。違うのは俺の隣には人肌のぬくもりを分け与えてくれる恋人がいて、そして寝起きではなく今までずっと彼と一緒に起きているということだった。
肌を触れ合わせ、睦み合い、何もかもをし終えた身体には満ち足りた気だるさが漂っている。事後の余韻に浸りながら、何をするわけでもなく、下穿きの他は身につけていないほとんど裸のまま身を横たえてお互いの顔を見つめあっている。青白い月明かりに晒された色白の肌は白磁のように美しい。落ちくぼんだ目元の影の色濃さと相まって、顔に深い陰影をつけていた。
空に浮かぶ月と自分たちの他は皆眠りについているような、または自分たちだけしかこの世界には存在していない様な錯覚に陥る中で、頭に浮かんだとりとめのないことに思わずふと息を吐いて笑んだ。目の前の彼は少しばかり顔を動かしてどうしたのかと静かに眼差しで問う。いいえ、と返しはしたがそれは答えというわけではなかった。
「今度はどちらが先に逝くのでしょうね」
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「淡片集」サンプル
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「一人寝」

瞼を開けて広がった視界はまだぼんやりとした暗闇に包まれている。頭だけを動かして窓に目を向ければ、床についた時にはまだ見えなかった満月がこうこうと夜空を青白く照らしていた。紛れもない夜の景色を見れば、眠りについてからまだ数時間程度しか経っていないことは明らかだった。別段、起き上がって何かをする気にはなれない。このままじっとしているうちにまた瞼は降りて再び眠りに落ちるものだと判断して、窓から顔を背けた他は何もしないで眠気がやってくるのを待っていた。
しかし眠気は中々にやってくる気配がなかった。耐えかねて寝返りを打てば薄暗がりに慣れた目は文机や畳に積まれた本、積み重ねられた紙束、飾り棚を映した。それらをなんとはなしに眺めているうちに、ふと己が寝返りを打てること、そして何の痛みもない身体であることに気づいて、かつてはそうではなかったことを思い出した。今となっては昔の話だと、しみじみと思われるだけの遠い過去の話だった。
肺腑に棲み付いた死、そう遠くない何時かにやってくるそれを思わない日は前世において一日となかった。己に残された時間はあまりにも少ないと嘆くことも少なくはなかった。なかった、と言い切ってしまえるのは、(有碍書の潜書で深手を追えば意識せざるを得ないものの)今の己にとって死というものが遠のいたからだ。不意に訪れるかもしれない、いつ来るのか分からないものにまで遠ざかったからだった。それは今生において健康な体を得たからに他ならない。

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「知らないこと」

 新緑の映える季節がやって来た。心地いい風が頬を撫ぜ、爽やかな空気が辺りに満ちている。良い朝だ、と宿舎の玄関口に出た森は、青々と茂った木々を、その頭上に広がる雲一つない澄み渡った空を見上げ引き結んでいた唇を僅かに緩めた。
 郵便受けに入っている新聞数紙を引っ張り出すと、底にあったのか、一枚の葉書も一緒にひょいと顔を出した。もう片方の手でそれを取り上げると、差出人はここ数日休暇を取って実家に戻っている司書の名前があり、そして宛先には「帝国図書館 森林太郎様」と書かれている。司書が手紙を外から出してくれたことを喜ばしく思いながら、裏返せば風景写真の下半分の白地を埋めるように細かく整った字が行儀よく整列していた。皆さんにもよろしく頼みますと最後に書かれているのだけ目を通すと、詳しくは後で読もうと新聞を持つ手の親指と新聞の間に葉書を挟み込んだ。最後に郵便受けを軽く覗き込む。今度こそ何も残っていないのを確かめると、森は食堂へと足を向けた。
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「終末未来」
闇夜を照らす白々とした月明かりは何時か見た光景によく似ている。違うのは俺の隣には人肌のぬくもりを分け与えてくれる恋人がいて、そして寝起きではなく今までずっと彼と一緒に起きているということだった。
肌を触れ合わせ、睦み合い、何もかもをし終えた身体には満ち足りた気だるさが漂っている。事後の余韻に浸りながら、何をするわけでもなく、下穿きの他は身につけていないほとんど裸のまま身を横たえてお互いの顔を見つめあっている。青白い月明かりに晒された色白の肌は白磁のように美しい。落ちくぼんだ目元の影の色濃さと相まって、顔に深い陰影をつけていた。
空に浮かぶ月と自分たちの他は皆眠りについているような、または自分たちだけしかこの世界には存在していない様な錯覚に陥る中で、頭に浮かんだとりとめのないことに思わずふと息を吐いて笑んだ。目の前の彼は少しばかり顔を動かしてどうしたのかと静かに眼差しで問う。いいえ、と返しはしたがそれは答えというわけではなかった。
「今度はどちらが先に逝くのでしょうね」
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