ひだかみゆき

超次元サッカーの元陸上部大好きマンです。

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投稿日:2018年10月24日 16:11    文字数:6,117

it’s a wonderful day!

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2018年5月30日に発表したモノです。
まさかイナズマキャラに誕生日が設定されるとは思わなかったですね、10年前は。
風丸さんが出張ってますが、これを書いたときは後にふたり並んでFFの観客席にいるとはまだ知らずw
アレス世界線で一緒に居すぎじゃないですかね…。
お話自体にCP要素はありません。
1 / 1
 電車を降りると、既に陽は地平線へ近づいていた。駅前のロータリーは家路へと急ぐ人々で混み合いはじめている。
 豪炎寺もまた、自宅のマンションへ向かおうとしたが、ふと顔をめぐらせ、視界にとびこむ鉄塔のシルエットに考えを変えた。
 踵をかえしてなだらかなラインを描く小山へ足を向けると、辺りはしだいにオレンジ色に染まっていく。どこかで夕食の支度をする匂いが漂う。
 鉄塔のある場所は、駅前から河川敷をたどってすぐそこにある。階段を登ると、鉄塔が建っているふもとに、ささやかだが広場があった。斜面をさえぎるように柵が設けられ、ベンチもいくつか並んでいる。この高台からは稲妻町が一望できるのだ。
 豪炎寺は柵に手をかけると、夕陽にそめられた景色を眺めた。
 懐かしいな……。
 豪炎寺は思わず胸の内でつぶやいて、苦笑いした。
 自分が稲妻町に引っ越してきたのは、ほんの一年前のことだ。それまでは生まれてから木戸川清修中のある区域で暮らしていたというのに。たった数ヶ月、強化委員として、元の木戸川中に派遣していた間だけ、ここから離れていただけなのに。
 豪炎寺は無性に懐かしく感じてしまったことに、我ながら驚いていた。
 ちょうど一年前、ここで同じように稲妻町を照らす夕陽を眺めていた。そう、この町で。
 円堂に出会わなければ。
 雷門中サッカー部のみんなに出会わなければ、今の自分はなかったかもしれない。
 幼いころから続けていたサッカーを、完全に辞めていたなら、木戸川清修中のみんなとも仲直りはできなかったし、強化委員として指導することもなかったのだ。
 小さいころから……あんなに熱心だった……。


 豪炎寺がサッカーを始めたのは、彼の父親が母校の試合中継をたまたまテレビで一緒に観たのがきっかけだ。
「おとうさん、これなぁに?」
「サッカーだ、修也。この試合は母校の……私が昔通っていた学校のチームが出ている」
「がっこう?」
 きょとんとして、豪炎寺は首をひねる。
「ああ。しかも決勝戦まで勝ち進んだんだ。凄いことだぞ」
「ふ〜ん?」
 父の言っている言葉は幼い豪炎寺にはよく理解できなかった。だが、液晶テレビの画面の中の、揃って赤いユニフォームを着た選手たちは白地に黒い模様のボールを蹴って、走って、時には相手から奪ってゴールネットに叩き込む。その姿が、とても格好良い。豪炎寺がサッカーに魅了されたのはそのときだった。
「ゴールだ! どうだ、修也! 凄いだろう⁉︎」
「すごい! すごーい‼︎」
 父の母校が決勝点を決めた瞬間、豪炎寺の体は雷を受けたかのように、ビリビリと痺れた。だがそれは、心地のよい震えだった。
 そしてその冬のころ、豪炎寺のもっぱらの遊びはゴムでできた子供用のボールを蹴ることに熱中した。テレビの中の選手のように、ボールを足でさばき、ゴールに撃ち込むように蹴る。それだけを心に浮かべた。
 やがて春が来て、豪炎寺がひとつ歳をとる日。誕生日のプレゼントとして贈られたのは、本物のサッカーボールだった。
 バースデーケーキを食べるのもそこそこに手にした、両親から贈られたボール。黒い五角形と白の六角形が組み合わせてできたボールは、持つと皮の感触がしっとりとして、手に馴染んだ。
「修也は本当にサッカーが大好きなのね……」
 目を細めて言う、まだ生きていたころの母親の言葉は、豪炎寺の胸に今でも響いている。


 はっとして豪炎寺は我に返った。昔の思い出に、つい浸ってしまった。陽はどんどん地平線へと沈んでゆく。この赤い夕陽が郷愁に誘っているのだと気がついた。
 ああ、そうか。ここはもう、俺の故郷なんだ……。
 眼前に広がる稲妻町の景色を、感慨深くながめた。
 もう、自宅へ戻ろう。眺めを惜しみながら踵を返す。ちょうどその時だった。夕暮れの闇が混じりはじめる鉄塔広場に、規則正しい呼吸で、こちらに走ってくる姿が目に入った。
 橙と紺の景色に染められる、蒼く長い髪。頭のてっぺんで括られ、毛先が走るたびに揺れている、その姿は豪炎寺がよく知る人物だった。
「風丸……?」
 彼もまた、豪炎寺に気がついて不思議そうに首を傾げた。
「豪炎寺! お前、どうしてここにいるんだ⁉︎」
「風丸、お前こそ」
 同じ雷門中サッカー部の風丸は、今は帝国学園に強化委員として出向している筈だ。だが、今の彼は、帝国の制服でもジャージでもなく、ましてや雷門中のジャージ姿でもない。今、学生たちに人気のスポーツブランドの黒地に青いコンビのジャージを着ている。
「おい。こっから帝国まで、電車で20分もかからないだろ?」
 同じように豪炎寺も首をひねっていると、わずかに呆れた声で教えられた。
「じゃあ、お前は自分の家から帝国に行ってるのか」
「そうだ」
 なるほどと、相槌を打つと、やっと風丸は微笑んだ。
「ちょっと、気晴らしに走ってきたんだ」
 風丸は階段を上がったすぐ先にある、自動販売機でスポーツドリンクを買うと、豪炎寺にも同じボトルを一本渡してくれた。
「いいのか?」
 問うと、こくんと頷く。豪炎寺は礼を言うと遠慮なくボトルを開けた。広場のベンチに並んで座り、黄昏どきへ暮れる町並みを眺める。
「豪炎寺、木戸川はどんな感じだ?」
「ああ。新入生も入って、いい調子だ」
 お互い、派遣先のチームについてぽつりぽつりと話しはじめる。
「帝国も佐久間がキャプテンになった。あいつ、すげえ頑張ってんだぜ」
 豪炎寺は、喉を潤しながら語る風丸に、ほんのわずかに憂いが忍んでいるのに気づいた。
 前から思っているが、風丸は本当に分かりやすい奴だ。口にしなくても、心に悩みがあるのが手に取るようにわかった。
「風丸」
「ん?」
「お前、帝国で何かあったんじゃないのか?」
 思いきって訊ねると、あからさまに溜息をつかれた。
「なんで……わかるんだよ。お前……」
「お前はすぐ顔に出る」
 そう答えると、風丸は焦ったように手で顔をおおう。それを見て、豪炎寺は吹き出した。
「あ〜、マジか。変な顔しないようにしてるんだがな……」
 ベンチに腰掛けた膝の上に突っ伏して、風丸が頭を横にふる。長い髪で隠れて、表情が読めない。声こそおどけた調子だが、その奥底に言いようがしれない昏い闇を感じた。
「帝国じゃ、誰もわからなかったのに……」
 ボソリと呟く声に、豪炎寺はやっと、ああ……と気づいた。
 風丸の心がわかるのは、恐らく自分も、誰にも言えない悩みを抱えていた過去があるからだ。全く意識していなかったが、豪炎寺と風丸は似た部分があるのかもしれない。
 大切な妹が、夕香が、怪我を負って昏睡状態だったあのころ。豪炎寺が絶望の淵にいたころ。木戸川のチームメイトたちには一生わかるまい、と彼らに心を、閉ざしてしまっていた。
 それでも、夕香の入院先に近い雷門中へ転校して以来、円堂やサッカー部のみんなのお陰で、やっと自分を取り戻せた。風丸も、その一人だ。
「風丸」
「……ん?」
 顔を伏せたまま風丸は答える。
「言いたいことがあったら、いつでも相談にのる。帝国の奴らや、……円堂にも言えないときでも」
 そう、気遣ってなるだけ優しく語りかけると、風丸はやっと体を起こした。手に持っていたスポーツドリンクをひとくち飲む。
「ありがとう。でも、すまん。今は言えない」
 風丸のその表情はさっきより影が薄まっていた。
「……いつか、そうだな。雷門のみんながまた戻ってきたら、そのとき、ちゃんと言う」
「そうか」
 こくんと風丸は頷く。豪炎寺は彼の中に、何か決意めいたものを感じた。
「それにしても……。お前、なんで稲妻町に戻ってるんだ?」
 まだ残っているドリンクを飲み干しながら風丸が問う。豪炎寺は何の気なしに答えた。
「ああ。今日は俺の誕生日だからな。夕香とフクさんがお祝いしてくれるって」
「はぁっ⁉︎」
 豪炎寺の答えに、風丸が驚く。ドリンクでむせたのか、苦しそうに咳きこんだ。
「待て待て待て! なんでそんな大切なことみんなに言ってないんだ?」
「俺の誕生日なんか知りたい奴いるのか?」
「いるに決まってるだろ! ってか、去年は?」
 風丸の慌てように呆気に取られながらも、豪炎寺は去年の今日の記憶を辿った。
「その時はまだ、サッカー部に入ってなかったな」
「だったら。こないだの鬼道の誕生日パーティ! そんとき言ってくれれば、プレゼント用意したのに!」
「いや。俺のまで催促することもないだろうって」
「ああもう! 欲がないのかよ、お前」
 風丸は完全に呆れてる。そんな反応されるとは、思ってもみなかった。
「すまない」
 頭を下げると風丸は、
「いや。だから、謝んなくていいだろ……」
と、困ったように目尻を下げた。
「雷門中のみんな、お前の誕生日を祝いたかったと思うぜ?」
 そう言う風丸に、豪炎寺は胸が熱くなるのを感じた。
「改めて言うな? 誕生日おめでとう。豪炎寺」
 はにかんだ笑顔で、風丸は豪炎寺を見あげる。心をくすぐられた感じがして、こそばゆい、と豪炎寺は思った。
「ありがとう」
 思わず、首元を指で掻いた。
「ホントに突然だったから、プレゼント、用意できなくてすまん。あとでなんか贈るよ」
 風丸の心遣いに、豪炎寺はなぜだか涙が出そうになって、誤魔化そうと持っていたスポーツドリンクをひとくち飲む。ああ、そうだ。
「いや。もう、もらってる」
 ボトルをかざすと、風丸が苦笑いした。
「おい! スポドリだぜ?」
「どっちかと言うと、お前に今日、ここで会えたのが、一番のプレゼントかもな」
 思わずそう言ってしまって、豪炎寺は頬が熱くなった。地平線に落ちる夕陽が最後の光を放って、風丸の顔を赤く染める。その瞳も、どことなく揺れていた。
「俺も、お前に会えて良かった……」
 それきり、何も言葉が出ないでいると、鉄塔につけられた電飾がチリチリと音を立てて、光が灯る。と、同時に豪炎寺のスマホが着信音を鳴らした。
「もう! お兄ちゃんたら! 早く帰ってきてよ。夕香、待ってるんだからね」
 家で待ちわびてる妹からの電話だった。それを見て、風丸はベンチを立った。
「夕香ちゃん、待ってるんだろ? 行けよ」
 風丸が立ち去ろうとしている。豪炎寺は携帯をしまって、彼に礼を言った。
「風丸、ありがとう」
 登ってきた階段から逆の方にある別の出口に向かって、風丸も大きく手を振って応えた。そのままくるりと背を向けると再び走りだした。
 眼下に広がる稲妻町にひとつ、またひとつと家の灯りが灯ってゆく。まるで夜空の星のようだった。

 自宅のマンションへ戻ると、夕香とお手伝いのフクさんが揃って豪炎寺を出迎えた。食卓のテーブルには、フクさん心づくしのご馳走が並んでいる。
「お兄ちゃん、誕生日おめでとう! これ、私からのプレゼント」
 夕香が手渡してくれた小さな包みを開けると、中には赤と黒の糸でできたミサンガが入っていた。
「クラスの子に教えてもらって編んだの。夕香、お兄ちゃんに次の試合、勝って欲しいんだから!」
 なるほど、手作りらしく、ミサンガはほんのちょっぴり歪んでいる。豪炎寺は心から感謝の気持ちでいっぱいになった。
「ありがとう、夕香。お兄ちゃん、喜んで付けるよ」
 まだあどけない妹の頭を撫でる。
「お兄ちゃんは絶対、負けない」
「ホントだよ。勝って勝ちまくって! じゃないと、承知しないんだから!」
「ああ!」
「そして、あの、バルセロナのチームにも勝って! 絶対だよ」
 数ヶ月前、豪炎寺のいる雷門中はスペインの少年サッカーチームとの親善試合に、どうしようもない敗北を喫した。はりきって応援していた夕香は、心底がっかりしていた。だからこそ、次にあのチームと戦う機会があるのなら、今度こそ一矢報いたい。豪炎寺にその気概はあった。それ以上に、夕香が心をこめて編んだミサンガには、彼女の願いがあふれているのだろう。
「夕香。お前の気持ち、受け取ったよ」

 久しぶりに訪れた家族からの心ばかりの祝いの宴を終えて、豪炎寺は自室に戻った。ふと机を見ると、充電していたスマホの画面に、SNSの新着情報が示されていた。
 何だろうと開くと、それは風丸からのメッセージだった。
『さっきはどうもな。
 おせっかいかも知れないけど
 みんなにお前の誕生日知らせておいた。
 俺からのささやかなプレゼントだ』
「風丸のやつ……」
 ふっ、と豪炎寺は笑みを浮かべた。風丸自身、なにか問題を抱えているだろうに、自分を気遣ってくれてることはありがたい。
 そう思っていると、すぐに次の新着を示す音が鳴りだす。
 今度は星章学園に派遣されている鬼道からだ。
『風丸から聞いたぞ。
 誕生日おめでとう、豪炎寺。
 お前という仲間であり、ライバルでもある存在に出会えたことに感謝したい。
 FF予選でお前のチームに当たることになった。
 共に全力で戦うことを期待する』
 多少堅苦しい文章だが、鬼道らしいと豪炎寺は思った。
 その後、SNSの着信は次々と鳴りだした。後輩やマネージャーたち、日本各地に散らばった、愛すべき仲間たちからの祝いの言葉は、豪炎寺の心をくすぐる。
『おめでとうございます! 豪炎寺さん』
『豪炎寺さんはずっと俺のあこがれです。誕生日おめでとう!』
『俺だよ★ happy birthday! 豪炎寺』
 アメリカの一之瀬から着信があった後、次に木戸川のチームメイトからもメッセージは届いた。
『なんで、アメリカの一之瀬たちのメールでお前の誕生日知るハメになるんだよ?
 言ってくれたら直に祝えたのに。
 豪炎寺、誕生日おめでとう』
『豪炎寺!
 明日は木戸川でお前を祝ってやるから
 ちゃんと来やがれ!
 みたいな〜』
 西垣や武方三兄弟からのメッセージに、吹き出しながらも彼らの本心を伺い知れて胸が熱くなった。
 最後に届いたのは、利根川東泉にいる円堂からのものだ。
『豪炎寺、悪い!
 今日は俺が待たせたみたいだ。
 ともかく、誕生日おめでとう!
 いつかまた、一緒にサッカーしようぜ‼︎』
 いつのまにか、視界がかすんでいるのは、目に浮かぶ涙のせいなのか。豪炎寺はスマホの画面を閉じると、机に飾ってある写真立てに目をやった。ひとつは、幼いころの自分と夕香と両親。もうひとつは、昨年雷門中がFFで優勝したときの記念写真だ。
 みんな、ありがとう。
 みんなのお陰で、俺はサッカーに向き合えた。
 そして俺にサッカーを教えてくれた父さん、いつも俺を応援してくれる、夕香とフクさん。
 そして俺を産んでくれた母さん。今の俺があるのも、あなたのお陰です。
 本当に、ありがとう……。
 こんな素晴らしい日を、俺にくれて。

 浮かぶ涙をぬぐって、そう、ひとりごちると豪炎寺は写真を見つめる。写真の中のみんな誰もが、豪炎寺に微笑みかけていた。
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 電車を降りると、既に陽は地平線へ近づいていた。駅前のロータリーは家路へと急ぐ人々で混み合いはじめている。
 豪炎寺もまた、自宅のマンションへ向かおうとしたが、ふと顔をめぐらせ、視界にとびこむ鉄塔のシルエットに考えを変えた。
 踵をかえしてなだらかなラインを描く小山へ足を向けると、辺りはしだいにオレンジ色に染まっていく。どこかで夕食の支度をする匂いが漂う。
 鉄塔のある場所は、駅前から河川敷をたどってすぐそこにある。階段を登ると、鉄塔が建っているふもとに、ささやかだが広場があった。斜面をさえぎるように柵が設けられ、ベンチもいくつか並んでいる。この高台からは稲妻町が一望できるのだ。
 豪炎寺は柵に手をかけると、夕陽にそめられた景色を眺めた。
 懐かしいな……。
 豪炎寺は思わず胸の内でつぶやいて、苦笑いした。
 自分が稲妻町に引っ越してきたのは、ほんの一年前のことだ。それまでは生まれてから木戸川清修中のある区域で暮らしていたというのに。たった数ヶ月、強化委員として、元の木戸川中に派遣していた間だけ、ここから離れていただけなのに。
 豪炎寺は無性に懐かしく感じてしまったことに、我ながら驚いていた。
 ちょうど一年前、ここで同じように稲妻町を照らす夕陽を眺めていた。そう、この町で。
 円堂に出会わなければ。
 雷門中サッカー部のみんなに出会わなければ、今の自分はなかったかもしれない。
 幼いころから続けていたサッカーを、完全に辞めていたなら、木戸川清修中のみんなとも仲直りはできなかったし、強化委員として指導することもなかったのだ。
 小さいころから……あんなに熱心だった……。


 豪炎寺がサッカーを始めたのは、彼の父親が母校の試合中継をたまたまテレビで一緒に観たのがきっかけだ。
「おとうさん、これなぁに?」
「サッカーだ、修也。この試合は母校の……私が昔通っていた学校のチームが出ている」
「がっこう?」
 きょとんとして、豪炎寺は首をひねる。
「ああ。しかも決勝戦まで勝ち進んだんだ。凄いことだぞ」
「ふ〜ん?」
 父の言っている言葉は幼い豪炎寺にはよく理解できなかった。だが、液晶テレビの画面の中の、揃って赤いユニフォームを着た選手たちは白地に黒い模様のボールを蹴って、走って、時には相手から奪ってゴールネットに叩き込む。その姿が、とても格好良い。豪炎寺がサッカーに魅了されたのはそのときだった。
「ゴールだ! どうだ、修也! 凄いだろう⁉︎」
「すごい! すごーい‼︎」
 父の母校が決勝点を決めた瞬間、豪炎寺の体は雷を受けたかのように、ビリビリと痺れた。だがそれは、心地のよい震えだった。
 そしてその冬のころ、豪炎寺のもっぱらの遊びはゴムでできた子供用のボールを蹴ることに熱中した。テレビの中の選手のように、ボールを足でさばき、ゴールに撃ち込むように蹴る。それだけを心に浮かべた。
 やがて春が来て、豪炎寺がひとつ歳をとる日。誕生日のプレゼントとして贈られたのは、本物のサッカーボールだった。
 バースデーケーキを食べるのもそこそこに手にした、両親から贈られたボール。黒い五角形と白の六角形が組み合わせてできたボールは、持つと皮の感触がしっとりとして、手に馴染んだ。
「修也は本当にサッカーが大好きなのね……」
 目を細めて言う、まだ生きていたころの母親の言葉は、豪炎寺の胸に今でも響いている。


 はっとして豪炎寺は我に返った。昔の思い出に、つい浸ってしまった。陽はどんどん地平線へと沈んでゆく。この赤い夕陽が郷愁に誘っているのだと気がついた。
 ああ、そうか。ここはもう、俺の故郷なんだ……。
 眼前に広がる稲妻町の景色を、感慨深くながめた。
 もう、自宅へ戻ろう。眺めを惜しみながら踵を返す。ちょうどその時だった。夕暮れの闇が混じりはじめる鉄塔広場に、規則正しい呼吸で、こちらに走ってくる姿が目に入った。
 橙と紺の景色に染められる、蒼く長い髪。頭のてっぺんで括られ、毛先が走るたびに揺れている、その姿は豪炎寺がよく知る人物だった。
「風丸……?」
 彼もまた、豪炎寺に気がついて不思議そうに首を傾げた。
「豪炎寺! お前、どうしてここにいるんだ⁉︎」
「風丸、お前こそ」
 同じ雷門中サッカー部の風丸は、今は帝国学園に強化委員として出向している筈だ。だが、今の彼は、帝国の制服でもジャージでもなく、ましてや雷門中のジャージ姿でもない。今、学生たちに人気のスポーツブランドの黒地に青いコンビのジャージを着ている。
「おい。こっから帝国まで、電車で20分もかからないだろ?」
 同じように豪炎寺も首をひねっていると、わずかに呆れた声で教えられた。
「じゃあ、お前は自分の家から帝国に行ってるのか」
「そうだ」
 なるほどと、相槌を打つと、やっと風丸は微笑んだ。
「ちょっと、気晴らしに走ってきたんだ」
 風丸は階段を上がったすぐ先にある、自動販売機でスポーツドリンクを買うと、豪炎寺にも同じボトルを一本渡してくれた。
「いいのか?」
 問うと、こくんと頷く。豪炎寺は礼を言うと遠慮なくボトルを開けた。広場のベンチに並んで座り、黄昏どきへ暮れる町並みを眺める。
「豪炎寺、木戸川はどんな感じだ?」
「ああ。新入生も入って、いい調子だ」
 お互い、派遣先のチームについてぽつりぽつりと話しはじめる。
「帝国も佐久間がキャプテンになった。あいつ、すげえ頑張ってんだぜ」
 豪炎寺は、喉を潤しながら語る風丸に、ほんのわずかに憂いが忍んでいるのに気づいた。
 前から思っているが、風丸は本当に分かりやすい奴だ。口にしなくても、心に悩みがあるのが手に取るようにわかった。
「風丸」
「ん?」
「お前、帝国で何かあったんじゃないのか?」
 思いきって訊ねると、あからさまに溜息をつかれた。
「なんで……わかるんだよ。お前……」
「お前はすぐ顔に出る」
 そう答えると、風丸は焦ったように手で顔をおおう。それを見て、豪炎寺は吹き出した。
「あ〜、マジか。変な顔しないようにしてるんだがな……」
 ベンチに腰掛けた膝の上に突っ伏して、風丸が頭を横にふる。長い髪で隠れて、表情が読めない。声こそおどけた調子だが、その奥底に言いようがしれない昏い闇を感じた。
「帝国じゃ、誰もわからなかったのに……」
 ボソリと呟く声に、豪炎寺はやっと、ああ……と気づいた。
 風丸の心がわかるのは、恐らく自分も、誰にも言えない悩みを抱えていた過去があるからだ。全く意識していなかったが、豪炎寺と風丸は似た部分があるのかもしれない。
 大切な妹が、夕香が、怪我を負って昏睡状態だったあのころ。豪炎寺が絶望の淵にいたころ。木戸川のチームメイトたちには一生わかるまい、と彼らに心を、閉ざしてしまっていた。
 それでも、夕香の入院先に近い雷門中へ転校して以来、円堂やサッカー部のみんなのお陰で、やっと自分を取り戻せた。風丸も、その一人だ。
「風丸」
「……ん?」
 顔を伏せたまま風丸は答える。
「言いたいことがあったら、いつでも相談にのる。帝国の奴らや、……円堂にも言えないときでも」
 そう、気遣ってなるだけ優しく語りかけると、風丸はやっと体を起こした。手に持っていたスポーツドリンクをひとくち飲む。
「ありがとう。でも、すまん。今は言えない」
 風丸のその表情はさっきより影が薄まっていた。
「……いつか、そうだな。雷門のみんながまた戻ってきたら、そのとき、ちゃんと言う」
「そうか」
 こくんと風丸は頷く。豪炎寺は彼の中に、何か決意めいたものを感じた。
「それにしても……。お前、なんで稲妻町に戻ってるんだ?」
 まだ残っているドリンクを飲み干しながら風丸が問う。豪炎寺は何の気なしに答えた。
「ああ。今日は俺の誕生日だからな。夕香とフクさんがお祝いしてくれるって」
「はぁっ⁉︎」
 豪炎寺の答えに、風丸が驚く。ドリンクでむせたのか、苦しそうに咳きこんだ。
「待て待て待て! なんでそんな大切なことみんなに言ってないんだ?」
「俺の誕生日なんか知りたい奴いるのか?」
「いるに決まってるだろ! ってか、去年は?」
 風丸の慌てように呆気に取られながらも、豪炎寺は去年の今日の記憶を辿った。
「その時はまだ、サッカー部に入ってなかったな」
「だったら。こないだの鬼道の誕生日パーティ! そんとき言ってくれれば、プレゼント用意したのに!」
「いや。俺のまで催促することもないだろうって」
「ああもう! 欲がないのかよ、お前」
 風丸は完全に呆れてる。そんな反応されるとは、思ってもみなかった。
「すまない」
 頭を下げると風丸は、
「いや。だから、謝んなくていいだろ……」
と、困ったように目尻を下げた。
「雷門中のみんな、お前の誕生日を祝いたかったと思うぜ?」
 そう言う風丸に、豪炎寺は胸が熱くなるのを感じた。
「改めて言うな? 誕生日おめでとう。豪炎寺」
 はにかんだ笑顔で、風丸は豪炎寺を見あげる。心をくすぐられた感じがして、こそばゆい、と豪炎寺は思った。
「ありがとう」
 思わず、首元を指で掻いた。
「ホントに突然だったから、プレゼント、用意できなくてすまん。あとでなんか贈るよ」
 風丸の心遣いに、豪炎寺はなぜだか涙が出そうになって、誤魔化そうと持っていたスポーツドリンクをひとくち飲む。ああ、そうだ。
「いや。もう、もらってる」
 ボトルをかざすと、風丸が苦笑いした。
「おい! スポドリだぜ?」
「どっちかと言うと、お前に今日、ここで会えたのが、一番のプレゼントかもな」
 思わずそう言ってしまって、豪炎寺は頬が熱くなった。地平線に落ちる夕陽が最後の光を放って、風丸の顔を赤く染める。その瞳も、どことなく揺れていた。
「俺も、お前に会えて良かった……」
 それきり、何も言葉が出ないでいると、鉄塔につけられた電飾がチリチリと音を立てて、光が灯る。と、同時に豪炎寺のスマホが着信音を鳴らした。
「もう! お兄ちゃんたら! 早く帰ってきてよ。夕香、待ってるんだからね」
 家で待ちわびてる妹からの電話だった。それを見て、風丸はベンチを立った。
「夕香ちゃん、待ってるんだろ? 行けよ」
 風丸が立ち去ろうとしている。豪炎寺は携帯をしまって、彼に礼を言った。
「風丸、ありがとう」
 登ってきた階段から逆の方にある別の出口に向かって、風丸も大きく手を振って応えた。そのままくるりと背を向けると再び走りだした。
 眼下に広がる稲妻町にひとつ、またひとつと家の灯りが灯ってゆく。まるで夜空の星のようだった。

 自宅のマンションへ戻ると、夕香とお手伝いのフクさんが揃って豪炎寺を出迎えた。食卓のテーブルには、フクさん心づくしのご馳走が並んでいる。
「お兄ちゃん、誕生日おめでとう! これ、私からのプレゼント」
 夕香が手渡してくれた小さな包みを開けると、中には赤と黒の糸でできたミサンガが入っていた。
「クラスの子に教えてもらって編んだの。夕香、お兄ちゃんに次の試合、勝って欲しいんだから!」
 なるほど、手作りらしく、ミサンガはほんのちょっぴり歪んでいる。豪炎寺は心から感謝の気持ちでいっぱいになった。
「ありがとう、夕香。お兄ちゃん、喜んで付けるよ」
 まだあどけない妹の頭を撫でる。
「お兄ちゃんは絶対、負けない」
「ホントだよ。勝って勝ちまくって! じゃないと、承知しないんだから!」
「ああ!」
「そして、あの、バルセロナのチームにも勝って! 絶対だよ」
 数ヶ月前、豪炎寺のいる雷門中はスペインの少年サッカーチームとの親善試合に、どうしようもない敗北を喫した。はりきって応援していた夕香は、心底がっかりしていた。だからこそ、次にあのチームと戦う機会があるのなら、今度こそ一矢報いたい。豪炎寺にその気概はあった。それ以上に、夕香が心をこめて編んだミサンガには、彼女の願いがあふれているのだろう。
「夕香。お前の気持ち、受け取ったよ」

 久しぶりに訪れた家族からの心ばかりの祝いの宴を終えて、豪炎寺は自室に戻った。ふと机を見ると、充電していたスマホの画面に、SNSの新着情報が示されていた。
 何だろうと開くと、それは風丸からのメッセージだった。
『さっきはどうもな。
 おせっかいかも知れないけど
 みんなにお前の誕生日知らせておいた。
 俺からのささやかなプレゼントだ』
「風丸のやつ……」
 ふっ、と豪炎寺は笑みを浮かべた。風丸自身、なにか問題を抱えているだろうに、自分を気遣ってくれてることはありがたい。
 そう思っていると、すぐに次の新着を示す音が鳴りだす。
 今度は星章学園に派遣されている鬼道からだ。
『風丸から聞いたぞ。
 誕生日おめでとう、豪炎寺。
 お前という仲間であり、ライバルでもある存在に出会えたことに感謝したい。
 FF予選でお前のチームに当たることになった。
 共に全力で戦うことを期待する』
 多少堅苦しい文章だが、鬼道らしいと豪炎寺は思った。
 その後、SNSの着信は次々と鳴りだした。後輩やマネージャーたち、日本各地に散らばった、愛すべき仲間たちからの祝いの言葉は、豪炎寺の心をくすぐる。
『おめでとうございます! 豪炎寺さん』
『豪炎寺さんはずっと俺のあこがれです。誕生日おめでとう!』
『俺だよ★ happy birthday! 豪炎寺』
 アメリカの一之瀬から着信があった後、次に木戸川のチームメイトからもメッセージは届いた。
『なんで、アメリカの一之瀬たちのメールでお前の誕生日知るハメになるんだよ?
 言ってくれたら直に祝えたのに。
 豪炎寺、誕生日おめでとう』
『豪炎寺!
 明日は木戸川でお前を祝ってやるから
 ちゃんと来やがれ!
 みたいな〜』
 西垣や武方三兄弟からのメッセージに、吹き出しながらも彼らの本心を伺い知れて胸が熱くなった。
 最後に届いたのは、利根川東泉にいる円堂からのものだ。
『豪炎寺、悪い!
 今日は俺が待たせたみたいだ。
 ともかく、誕生日おめでとう!
 いつかまた、一緒にサッカーしようぜ‼︎』
 いつのまにか、視界がかすんでいるのは、目に浮かぶ涙のせいなのか。豪炎寺はスマホの画面を閉じると、机に飾ってある写真立てに目をやった。ひとつは、幼いころの自分と夕香と両親。もうひとつは、昨年雷門中がFFで優勝したときの記念写真だ。
 みんな、ありがとう。
 みんなのお陰で、俺はサッカーに向き合えた。
 そして俺にサッカーを教えてくれた父さん、いつも俺を応援してくれる、夕香とフクさん。
 そして俺を産んでくれた母さん。今の俺があるのも、あなたのお陰です。
 本当に、ありがとう……。
 こんな素晴らしい日を、俺にくれて。

 浮かぶ涙をぬぐって、そう、ひとりごちると豪炎寺は写真を見つめる。写真の中のみんな誰もが、豪炎寺に微笑みかけていた。
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また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
ステキ!は匿名非公開で送ることもできますので、少しでもいいなと思ったら是非、ステキ!を送ってみましょう!

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