sungen

お知らせ
思い出語りの修行編、続きをpixivで更新しています。
旅路③まで書きました。
鯰尾と今剣は完結しました(^^)pixivに完全版が投稿してあります。
刀剣は最近投稿がpixivメインになりつつありますのでそちらをご覧下さい。
こちらはバックアップとして置いておこうと思ってます。

ただいま鬼滅の刃やってます。のんびりお待ち下さい。同人誌作り始めました。
思い出語り続きは書けた時です。未定。二話分くらいは三日月さん視点の過去の三日鯰です。

誤字を見つけたらしばらくお待ちください。そのうち修正します。

いずれ作品をまとめたり、非公開にしたりするかもしれないので、ステキ数ブクマ数など集計していませんがステキ&ブクマは届いています(^^)ありがとうございます!

またそれぞれの本丸の話の続き書いていこうと思います。
いろいろな本丸のどうしようもない話だとシリーズ名長すぎたので、シリーズ名を鯰尾奇譚に変更しました。

よろしくお願いします。

妄想しすぎで恥ずかしいので、たまにフォロワー限定公開になっている作品があります。普通のフォローでも匿名フォローでも大丈夫です。sungenだったりさんげんだったりしますが、ただの気分です。

投稿日:2018年10月28日 17:27    文字数:26,756

鯰尾奇譚11 鶴丸と鯰尾

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その10で出てきた本丸の、鶴丸の話です。鶴鯰です。

思い出語りから出張組がいます。
もう増えすぎて敬称とか一人称とか間違ってるかも…。
一覧表でも作ってまとめたい物です…。
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加州清光は初期刀だった。

今、この本丸には加州の他に鯰尾がいる。

毎朝加州は鯰尾の部屋を訪ねた。
鯰尾は振り返る。
「あ、加州さん。おはよう御座います」

主は。――今も現世にいる。
実質、鯰尾と加州二振だけ。

加州は持っていた桶を置く。沸かし、冷ました水が入った木の桶だ。
布は鯰尾の部屋にたっぷりと置いてある。
「具合はどう?」
加州は微笑んだ。
「悪くは無いです」
鯰尾は苦笑し髪を体の前に垂らした。寝間着を肩から落として背中を見せる。
殆ど真っ白――包帯が巻かれている。
包帯を慎重に解くと、その下に四角形の布が何枚も貼られている。
その布の合わせ目からのぞく肌は赤くただれている――火傷だ。
首筋、肩、背中。腰の下まで。
すねから下と、足の甲、足先。
五日間という長い手入れが終わってもこの火傷は癒えなかった。
鯰尾はずいぶん長く、痛みで横になることさえできなかった。
……これでも良くなった方だ。

「手は綺麗に治ったんですけどねー」
鯰尾は自分の両手を見た。両手、両肩まで。ここは比較的火傷が軽かった。
「そうだね。本当に良かった。これなら刀も握れるし」
加州は鯰尾の体中に張り付いていた布を剥がし、新しい布にへらで薬を塗って貼り付け、慎重に、丁寧に包帯を巻いた。

「主が、そろそろ戻ってくるって。連絡があったよ」
加州は言った。

「あんたのおかげだって、だから頑張るって。良かったね!まあこれから、なんとかやっていこ!」
加州は鯰尾に言った。
「そうですね」
鯰尾は頷いた。

『これは……?何かの間違いでしょうか』
初鍛刀で鯰尾が顕現したとき、こんのすけはそう言った。
『俺の名前は鯰尾藤四郎――』
鯰尾は首を傾げて名乗った。

『この配合では、脇差は鍛刀できないはずですが……』
こんのすけは鍛刀の式神を見たが、式神も首を傾げていた。
『脇差……?まあいい。鯰尾か、ちょうどいいかな。加州、一通り教えてやってくれ』

数日後、主は顕現したばかりの鯰尾だけを伴い現世に帰った。
現世に妻と幼い娘がいるのだという。無事着任したという報告だ。

勝手知ったる道、それでも短刀では護衛とするにはいささか心許ない――それで主は、脇差、丁度良いと言ったらしい。
俺じゃ無いの?と加州は言ったが、主は『規則上、本丸を空にはできない。かといって鯰尾を残すのは不安があし、本丸の事は加州の方が知っているから』と言った。
確かに顕現して数日の鯰尾が本丸に残っても、何が出来るわけでも無い。自分ならその間も畑仕事や洗濯、空き部屋の掃除くらいはできる。
加州も納得し、こんのすけと共に残った。

予定では一泊。
加州は畑を耕し、資源の整理などをして過ごした。

明け方、こんのすけが血相を変え加州を起こした。
現世でひどい事件、歴史修正派のテロがあり、主と、主の家族が巻き込まれた。
……護衛をしていた鯰尾が主と、主の家族を守り、代わりに大けがをした!
聞いた加州は飛び起きた。

五日後。鯰尾は政府の布をかぶった金髪の刀剣男子、――山姥切というらしい――に付き添われ、こんのすけと共に戻ってきた。
鯰尾は既に手入れを終えているはずなのだが……。肩を借りていた。

刀剣男子、山姥切国広の話では、主の手入れではないため、完全に治らなかったと言うことで。後日慌てて来た主が手入れしたのだが。その後、残った傷が膿みだした。
『あれは。不浄の炎だった』
主が言った。
『鯰尾は、私達を守り、恐ろしい呪いを受けたのだ……!』
無残な姿で眠る鯰尾の横で。主は憤怒の形相で俯き、泣き、拳を握りしめ歯ぎしりをした。
現世の医者を呼び、治療を繰り返し、いくらかは良くなったところで、鯰尾は主の家族を見て来るように主に言った。

そうして、一月。主は現世と本丸を往復していたが、ようやく家族の容態も落ち着いたらしい。病院を出て、主の家族は安全な場所にかくまわれる事となった。

「ねえ鯰尾。主はあんたに感謝してたよ。俺も感謝してる」
加州は鯰尾に着物を着せて笑った。
鯰尾は座ったまま、困ったように笑った。
「もー。嫌ですねぇ。そういうの。たまたま、偶然が重なって助かったって感じですし。でも良かったなぁ」
「そうだね。ホント。主が来たらさ、新しい刀、鍛刀してもらお」
「あーすみません……大変ですよね」
鯰尾が俯いた。
「誰が来るかな。ほら、俺遠征に行って、結構資源集めたんだ。いきなり大太刀とか来ちゃったりして」
「まさか。最初はやっぱり短いのからじゃないです?」
鯰尾が笑う。
「短刀なら三、四振は欲しいかな。出陣できるし。あ。まあ鯰尾はもう少し待つかもだけどさ。そのうち出られるって」
「そうですね。あー。そうだ加州さん刀剣男子入門ノ書、読み飽きて、もう凄い退屈なんですけど、他に何かありません?」
鯰尾に言われ、加州は本丸を思い浮かべる。
この本丸にはまだほどんど物が無い。空き部屋だらけでどこもかしこも真っ暗だ。
出陣も無いので一応一通り調べたのだが、蔵はほぼ空で、図書室も無い。
二ノ蔵にあったのは米が一俵。三ノ蔵には馬の餌、つまり草があった。四の蔵はおそらく刀剣の保管場所。一ノ蔵は資材置き場になっている。

「本?あ。うーん、ごめん気が回らなかった。っていうかここ、本当に何も無いんだよね。主に頼んでみる。迷惑じゃなかったら、俺も合間にしょっちゅう顔出すからさ。ホント言うと、俺も暇だし。なんか話でもしよう。お昼何食べたい?」
加州は言った。
「じゃあ、えっと……やわらかめで味のある物、とかそういう感じので」
鯰尾が言った。鯰尾は数日前にようやく粥を卒業し、炊いた米を食べられるようになっていた。
米の炊き方を調べて、加州に教えたのはこんのすけだ。
加州は端末で調べながらだが、基本的な卵料理、炒め物、味噌汁、簡単な和え物、焼き魚まで作れるようになっていた。どうやら器用らしい。
「まだ食欲無い?」
「あるんですけど、何か胃がもたれて。あまり動かないからかな。足は大丈夫だから、少し歩きたいんですけど……」
鯰尾は言った。少し疲労の色が見える。
加州は鯰尾の頭を撫で、微笑んだ。
「もう少し待ってって、政府の人間も言ってたし、もう少し安静に。心配しなくても良くなってるから、そのうち普通に出陣もできるよ。ほら、横になりな」

「はい……」
鯰尾は横になって眠った。

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「加州、こんのすけ。だたいま。永らく留守にして済まなかった。妻と娘も生活に支障は無くなったし、政府に保護してもらえる事になった。これからは審神者の役目に専念するよ」
主は二十代半ばの青年だった。
現世に家庭のある身で、多少…そちらを優先し役目に集中できない感があったが、今回の事で襟を正したようだった。加州にとっては歓迎するべき変化だ。

「鯰尾は食事を取ったか?……具合は」
加州は笑った。
「うん。まだちょっと胃もたれしてるって言ってたけど。まあ、傷も大分良くなってる。火傷跡は……手入れで消えればいいけど。やっぱり無理かもね。本人は手が無事でよかったって言ってた。そうだ。退屈だから書物でも欲しいって。刀剣男子入門はもう読み飽きたって。主、ご飯は?食べてきた?」
「まだだな。今日は見舞いの後、すぐ政府に顔を出したから」
ぐうう、と主の腹が鳴って、加州は苦笑しかけて、口を押さえた。
くぅぅ、とこんのすけが腹を鳴らしてフォローした。単に腹が減っていただけだが。
「……主様。実はこんのすけも腹ぺこです」
恥ずかしそうに呟いた。

「今日は食べたら鍛刀しよう。資材に少し余裕ができたから――というか、いつもありがとう。凄く助かる……、無理はしないでくれよ。そうだな、鯰尾入れて一部隊って事で、一気に四振顕現させようか!資材的に、短刀三振りと、後は、太刀か打刀を一振狙って。誰が来てくれるかなぁ。短刀は粟田口だと良いんだが」
「そうだね。それ俺も思ってた。弟がいたらいい話相手になるだろうし」
加州は言った。
こんのすけもおにぎりを囓りながら頷く。
「そうですね。粟田口の鍛刀は多いので、おそらく一振は顕現できると思います。鯰尾殿も気が紛れるでしょう。同じ男子が来る可能性もありますが、その場合は連結と言う事で」

「ああ。そういう事もあるんだったな。鯰尾か……加州にくっつけるか。短刀は、誰が来てくれるだろう。楽しみだなぁ」
主が目を細めた。

■    ■ ■

そうして顕現したのは、今剣、前田、平野だった。

「これは、不思議な組み合わせですね」
こんのすけが驚いた。
「前田藤四郎です」「平野藤四郎と申します」

前田と平野は挨拶をした後、お互いに顔を見合わせた。
「――平野?」「前田ですか?」
一足先に顕現した今剣は、主の側で目を丸くしている。
加州はよく分からず見ていた。

「あるじさま、そっくりなこがきましたよ!そろいごですか?」
「ええと、こんのすけ?不思議って?双子が?」
主がこんのすけに尋ねた。

「いえ。実は……こういう言い方は良くありませんが、平野殿は顕現が少し難しいとされています。どの本丸でも大抵前田殿が先にいらして、そのしばらく後に平野殿、という様子だそうです。こうして、お二人がいきなりそろうのはかなり珍しい方だと思います」
こんのすけが言った。
「……なるほど。主って、ちょっと個性的なんじゃ無い?」
加州は言った。
「そんな事は無いと思うけど。よし、そうだみんな、今からもう一振鍛刀するから、見ててくれ。今度は資材を多めにして、誰かやってみたい子は――、そうだな、今剣は?」
「えっ。ぼくですか!?わぁい!?やりたいです」

「じゃあ、手伝ってくれ。難しくはないよ。前田と平野も一応覚えておいてくれ」
主は今剣、前田、平野に鍛刀のしくみと手順を説明した。三振はきまじめに話を聞いた。

「で――ここ触って、数字を入力した後、札と素材を鍛刀の式神に渡して、後はお願いします、って言えばいい。できそう?」
「ええと……。はい!あるじさま、しざいのりょうはどうしますか?」
「まあ今回は少なめで……いや少なすぎでも良くないか。打刀狙いで行こう。手入れ用は残してうーん、そうだな――」
主は今剣に資材の量を告げた。
「おねがいします!」
今剣が資材を鍛刀の精霊に渡す。精霊は頷いた。

かちっ、と表示板の時計が回る。
――四時間。

「え?」
主はあっけにとられた。
「……え?」
こんのすけもあっけにとられた。
一拍後。
「っ、札を……!」
こんのすけはそう言った。
「ふ、ふだ?」
「手伝い札です!!レア刀ですよこの時間は!」
「え、ええ?レア?あ、ああ。あれか。加州!」
「あ、うん!」
加州は鯰尾の手入れで慣れていたので、すぐに札を手入れ部屋の前から持って来た。
「そうだった、札は鍛刀でも使えるんだった。誰だろうな……、よし」

主は札の力を解放した。

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「三日月宗近だ。うちのけが多い故、そう呼ばれる」

「……」
加州は無言になった。
今剣は目を丸くして、三日月ですね!久しぶりです。と言った。
「ん?お主は――」
「今剣です!ぼくもさんじょうのかたななんですよ!」
「おお、そうか?ああ。そういえば、聞き覚えがある。はっはっは。よろしく頼む」
三日月は笑った。

「こんのすけ。これは……バグか?」
主はあっけに取られている。
こんのすけが何やら検索をする。
「いいえ。認証されていますし。ラッキーか、偶然か……とにかく、希少刀の初顕現、おめでとうございます」
「え、あ、うん……」
主は上の空で返事をした。
三日月は微笑み、今剣を抱き上げ主を見た。

「そなたが俺の主か?」
「え、ああ、えっとはい……、いや、そうです」
主の様子に加州は苦笑した。主は初日にもしレア刀が顕現したら、格好良く出迎えたいよなぁとか軽い調子語っていた。
「あいわかった。よろしく頼む」

それにしてもものすごく美しい刀だ。恐ろしい程の霊力を感じる。
今剣と並ぶとさらに神々しい。前田と平野はまぶしさに目を見開いたままだ。

「っと、皆、――そうだ。前田、平野!先に鯰尾兄さんが来てるから、会いに行くといい!」
主は言った。
鯰尾の名を聞いた途端に、二人がぱっと主を見た。
「「鯰尾兄さんがいらっしゃるのですか!」」
声がそろい大変可愛らしかった。

「ああ。加州の次に来てくれて。今は色々あって、療養しているんだ。まだ本調子では無いけど、よくなったら一緒に出陣もできるだろう。加州、先に案内してやってくれ。いや、俺達もすぐ行くけど、先に三日月と今剣にちょっと話が――、なんかこう、軽く事情説明とか、兄弟?保護者的な?」
加州は主の言わんとする所を読み取った。
ここで来た三条の年長、三日月は――どう考えても今剣の保護者役にするのが良い。
ついでに事情も説明しておけば、後が楽だ。

「分かった、じゃあ行こ、二人とも」
加州は三日月の存在に心強さを感じながら、前田と平野を促した。
「「はいっ!」」

■    ■ ■

主が三日月と今剣に事情を説明する。
「そういうわけで、詳しい事はまた話しあおう。加州は料理が上手いんだ。でも加州だけじゃ家事とか色々、大変だから、皆でうまく分担して、三日月には、できれば小さい子の面倒とかを見て貰えたら助かるんだけど……?」

「ふむ。そういう事なら構わんぞ」
三日月は今剣の頭を撫でた。
「あ今剣、腕に乗ってたら三日月が疲れるかも。降りてやってくれ」
「あ、そうですね!」
「おっと」
三日月が微笑んだ。

「あるじさま!じゃあ、ぼくたちもいきましょう!――あれ、どっちですか?」
今剣が廊下に飛び出して言う。
「ははは。愛いものだなぁ。どれ、じじいも行くとするか。――あな。どちらだ?」
三日月が首を傾げた。
「こっちだよ、行こう」
主が言った。
「おお、では行こう」

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加州は、歩きながら、鯰尾が火傷を負って療養していると言う事を伝えた。
「そういう訳で、まあ前より良いんだけど、まだ……具合良くないから気遣ってやって。風呂に入れないくらいだから」
「「――はい」」
前田と平野は慎重に、という様子でついてきた。その様子に苦笑する。

「――鯰尾、起きてる?」
加州は部屋の外から声をかけた。

「ん……、あ、はい……?すみません寝てた。何かありましたか?」
眠そうな声が聞こえて来た。

「入ってもいい?あんたの弟が来たんだけど」
「――ぇ?弟――?」

鯰尾の声がはっきりしたので、加州は障子を開けた。
鯰尾は身を起こしている所で、前田と平野は加州の後ろから顔を出した。
「あ」

鯰尾が口を開けた。

「――前田、平野!」

鯰尾はぱっと顔を輝かせた。
「「なまずおにいさん!」」
二振はどっと押し寄せ、布団の側に膝をついた。
「ああ、お久しぶりです」「お久しぶりです、とっ、お加減はいかがでしょうか?!」
「うわーー!懐かしい!良く来たな!」
「あっ起きてよいのですか…?」
「ああ、うん、もういいよ、まだちょっと痛いくらい!いやもういいけど!」
前田と平野が鯰尾を気遣う様子を見て、鯰尾の元気な様子を見て、加州はほっと息をついた。少し涙ぐむ。

気配がして主と三日月と今剣が入って来た。
「お待たせ。皆。ちょうど良いから、とりあえずざっと必要なことを説明しようか」
主が言って、役目と、厠と睡眠と食事、ヒトの体に関する最低限の事を説明した。

「後でまとめた本を渡すから、各々、一回は読んでくれ。しばらくはこの皆で出陣とか内番とか回して、その後にまた少しずつ仲間を増やしていこうと思う。鯰尾は見ての通りのだけど、私の妻と娘を救ってくれた恩人だ。もちろん良くなったらまた出陣して貰うよ。いいね?」
「はい。もちろんです!任せて下さい!」
鯰尾が目を輝かせる。

加州は腰に手を当て、微笑んだ。
「よーし、じゃあ、本とって来る。そうだ三日月は手伝って、あ。ついでに厠も皆案内しようか、厠トレーニングは恒例行事……?今剣もついてきて」
「あいわかった」
「はぁい!」
「前平はどうする?」
加州が尋ねた。
「ついでに二人も行くといい」
主が前田と平野に言った。
「「あ、はい!」」

鯰尾と主、こんのすけだけになり、ふっと笑った。
「急に賑やかになりましたね。それに三日月さんがいるなんて」
「ん?知り合いだったか?」
「えっと、よく覚えて無いんですけど、確か一緒にいた事がある……と思います。見たらすぐに思い出しました。明日から、ちょっと歩こうかな。前より調子も良いんですよ」
「そうだなそろそろ。無理は禁物だ。これから前田と平野に世話をしてもらうから、……みんな、その為に来てくれたのかもなぁ……。俺は……、縁あって来てくれた刀剣達を、大切にしようと思う。私は良い審神者になるから、手伝ってくれ。歴史は必ず守る」

「はい。……この身の果てるまで。お供します」
鯰尾は微笑んだ。

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この本丸の刀剣男子は、非常に良く笑う。
その筆頭が三日月だ。
短刀達の保護者的な、おじいちゃん的な立場に収まった三日月は、たまに短刀に世話をされつつ、面倒をよく見た。
「三日月さんー、遅い」
「おっと、逃げられたか」
時に鬼ごっこにまじり、時に縁側で眺め、時に絵本を読み一緒に眠り。時に手習いを見て。
「あっはっは。よきかな、よきかな」
と笑っている。
初期に顕現し、短刀の面倒見係に任命されたせいかもしれないが――いや、どうやら元々、非常に子煩悩な性格らしい。目に入れても痛くないぞ、と三日月自身が言っていた。

この本丸の短刀達は一様に子供っぽく、まさに見た目のままだ。
男前な薬研ですらずいぶん可愛げがある。

加州は主の補佐として本丸の運営に務めている。
近頃、参謀に長谷部が加わった。

前田と平野。この二振りは常に鯰尾に付いている。そのことについて、二振は。
「なんでしょう。離れると落ち着かないのです」
「お役目のような……?いえ、鯰尾兄さんが好きなのです」
と言って微笑んだ。

「ご迷惑なら、離れますが……」
前田が言うので、鯰尾は頭を撫でた。
「そんな事ないよ。仲が良いのは良い事だ。それに出陣別の時もあるし、暇な時くらい良いだろ」
と言って甘やかす。
結局、火傷の跡は酷く残ってしまった。
鯰尾は他の刀剣達と風呂の時間をずらし、肌を見せないようにしていたから、後から来た者は知らない者もいる。

加州と鯰尾はだいぶ前に話し、あえて言う事もないだろう、と結論を付けた。
骨喰も来て、骨喰には主が事情を話した。
傷のことがあり、骨喰と鯰尾ははじめ少しぎこちなかったものの、程なく打ち解けた。

念願だった一期一振も鍛刀で顕現した。
どうやら主の霊力が高いらしい。

刀剣がそろうにつれ、主の意外な有能さが分かるようになって来た。
時が経つと、それはますます顕著になった。

――頼りないように見えても胆が座っている。
しかも、他の審神者が尻込みする時代へと、先陣を切る勇猛さも備え、冷静さもあり、徳もある。まだ若いのに術に達者で、頭が切れる。主の機転で窮地を脱した事が何度もあった。

まさに驚きの逸材だった。

刀剣達には、政府の要求通りの成果を求めたが、さりとて無理な進軍はしない。
一人で出来る事には限りがある。適材適所、なるべく任せる。そういう采配を常として、それでいて細かな無駄が無い。
これはよほどの人物だと政府内でも一目を置かれ始めた。

鯰尾はそんな主の元で、主を誇りに思い。他の男子よりゆっくりと、だが着実に力を付けていった。
――そして、恋もした。

刀剣男子のほとんどは、男色がたしなみだった時代に生きていた。だから希にそういう事も出てくる。
政府は刀剣同士の恋愛を禁止したが、主の考えは違った。

「政府はこう言ってるが、まあ、私も家庭を持ってるからな……。ウチでは大目に見よう。何、戦いに支障が出なければ良いさ」
そう言って笑った。

そのふれを聞く前から、鯰尾は心温まるような、密やかな恋をしていた。
その後、思いは通じ合い、おそるおそる、という感じに、ふれあうようになった。
二振きりの時、そっと手を握ったり。髪を梳いてもらったり。ふざけ合ったり。
――鯰尾は『彼』の事を愛していた。

出陣できるようになるまでは良き話相手、出陣するようになったら、同部隊で戦い。
お互い無二の存在となった。

(温かく、優しい……)

(この体を綺麗だと言った……)

部屋に朝日が差し込み、鯰尾は目を明けた。

――涙で目元がぬれていた。

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……鶴丸国永が顕現したのは、希少な刀剣としてはやや早めの十五番目だった。

「よっ。俺みたいなのが来て、驚いたか?」

口上を述べた鶴丸を見て、こんのすけが首を傾げた。
この鶴丸は、長襦袢の色が違う。
それを聞いた審神者は首を傾げた。彼はまだ鶴丸国永を見た事が無かった。
こんのすけは説明した。鶴丸の襦袢は普通は黒だが……この鶴丸国永の襦袢は鮮やかな赤色だ。

「へえ、そいつは驚きだな!色違いってやつか?ところで、」
鶴丸は目を輝かせた。鶴は鶴でも、個性があるとは。胸が高鳴った。

鶴丸国永は、ある思いを持って顕現した。
しかし、それを口にしようとした途端。

「この本丸に――」
その思いがなんだったのか、忘れてしまった。ぽかんと、口を開ける。

「……は、いるか?」
残った言葉はそれだけだった。

「?へ?何がいるかって?」
審神者は首を傾げた。
「いや。悪い。こっちの話だ。……?いや、うん?どうも寝ぼけているらしい。これからよろしくな。主」
鶴丸は苦笑した。

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「はぁ……」
鶴丸は縁側で、草履を脱ぐ為の踏石に足を置き。片膝を立てあぐらを掻いていた。
頰を肘で支える、だらしない格好だ。

鶴丸は内番着を着ている。が、どういう訳か、彼は内番着の襦袢も赤色だ。
血のような紅色ではなく、装飾だと主張するような赤。しかも透かしは鶴模様。
……この襦袢はもはや彼のアイデンティティとなっている。

鶴丸の表情は冴えない。鶴丸と言えば常に驚き桃の木、好奇心旺盛。明朗快活。
そういう刀剣で、この鶴丸にも当然、そういった部分はあるのだが……。

「はぁー……」
この鶴丸は、ここの所、ずっとこんな感じである。
その原因というのが――。

ざっ、ざっ、ざっ。
庭を掃除している、鯰尾藤四郎だ。

「長谷部さん、籠くださいー」
「ああ」
秋の景色は落ち葉がよく溜まる。
それにめざとく気づいた長谷部が、鯰尾を誘い掃除を始めた。
この後は焼き芋を焼いて皆に振る舞うらしい。
……おかげで非番の鶴はこうなった。

(――まったく、本当に仲の良いことで……)

鶴丸はそう思いながら足を伸ばして、手を廊下について。空を仰いだ。
「あー……」

「おいそこの鶴。暇なら手伝え」
長谷部が声を掛けてきた。

「あいにく……そんな気分じゃ無くてな。腹具合も良くない」
鶴丸は言った。確かに良くないが、空腹のせいだろう。
ここの所、食事もろくに喉を通らない。

「鶴丸さん、今日もあまり食べてませんでしたよね……。やっぱり、具合悪いんですか?」
少し離れた所から、鯰尾が言った。
「いや。まあ、焼き芋食うくらいの元気はあるさ。多分な」
鶴丸は苦笑した。

鯰尾は気が利くので、もしかしたら、自分を思って焼き芋でもやろうと思ったのかも知れない。
いや、そんな事は無いか――。

「はぁ……」
鶴丸は溜息を付いた。
ここにいても気が沈むだけだ。かといって、部屋にいるのも退屈だ。

「ちょっと出かけてくる。夕飯には帰る」
言い残して、縁側から立ち去った。

だいぶ冷えるようになって来たため、どの部屋も障子が閉められている。
鶴丸は近侍部屋の前に着いた。
「主、今入っても良いか?」
「ん?ああ鶴か。いいよ」
主が返事をしたので、鶴丸は立ったまま障子を開けた。

「なあ、ちょっと街に出かけたいんだが。門をつないでくれるか?」
鶴丸は言った。
「ん。ああ。いいよ。どこがいい?」
「いつもの所でいい。ちょっと小腹が減ってな。団子でも食ってくる」
「鯰尾達が焼き芋やるって言ってたけど、そっちは?」
「悪いが。誰かにやってくれ。今日はちょっと外に出たい気分なんだ。夕飯までには戻るつもりだが、遅くなるなら連絡を入れる」
「ん。分かった。気を付けて」
主が端末を操作した。
「つないだよ。戻るまでそのままにしとく。帰ったら来てくれ」
「分かった。そうだ。何かいる物があれば買おうか?土産はどうする?」
「そうだなぁ。今日は特にないかな――。あ、そうだ消しゴム買って来てくれるか?これの新しいヤツ。土産は、まあ芋もあるしいいかな。金あるか?」
「大丈夫だ」
鶴丸は言った。鶴丸は消費というものをあまりしないので、小遣いが貯まっている。

そもそも本丸にいれば食にも住にも困らないし、衣は手入れで事足りる。
――この鶴丸は手入れをする度、この赤い襦袢に白い着物になる。つまりめでたい色合わせだ。衣はそれで十分だ。
そうなると、金を使うのは菓子や身の回りの小物くらいだが、歌仙のように壺を集めている訳でも無い。酒も本丸にある分で足りるし、あまり飲む方でも無い。

伊達の面々など、親しい仲間はいるのだが、年嵩な彼等は土産にそう執着しない。
欲しければ自分で買いに行くだろう。
仲が悪いわけでは無く、結束は固いし、よく飲む。

鶴丸はというと、普段から結構ブラブラしていて、大倶利伽羅、和泉守と合わせて放蕩息子と呼ばれている。
――という感じだから、酒の肴を持てば喜ばれる程度だ。

「まあ、短刀達になにかあったら買ってくるか……」
とは言っても、鶴丸は短刀に軽い驚きを与えるのは嫌いでは無い。
「気にせんでいいよ。気晴らしに行ってこいって」
主が苦笑した。
「……そうか?なら、そうさせてもらう」
鶴丸は障子を閉め、一度自屋に戻った。

殺風景な部屋だ。
内番着から出陣服に着替え、刀を佩いた。
財布と、一応風呂敷も持ち、玄関から出て、庭を歩き正門をくぐった。

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街は活気に満ちていた。
刀剣男子がいて、審神者がいて、お使いらしいこんのすけも歩いていたりする。

「さて」
鶴丸は適当に歩き、まず主のお使いの字消しを買った。
「ああ、袋はいらない」
そう言って、大した大きさでは無いので懐にしまう。

「お座敷にどうぞ」
目に付いた茶店に入ると、奥の座敷に案内された。
土間をはさんで、黒い机がいくつか置いてある。

「何になさいますか」
布で顔を隠した、式神の娘が茶を運んで来た。
「そうだな、この汁粉と、みたらし団子を二本頼む」
鶴丸は長居するつもりで二品頼んだ。
「はーい。おっとさん、汁粉、みたらし一丁」「あいよ」
注文を流し、去って行った。

ちょうどそこに、客が入って来た。にっかり青江、三日月宗近、前田藤四郎だ。
鶴丸は、変わった組み合わせだ、と思ってぼんやり眺めた。

三振りは鶴丸の座敷の向かい、一番奥の四人掛けの席につくなり。
「それで、三日月さん、良い返事を貰えましたか?」「いい加減、皆が焦れているんだよ」
……恋バナをはじめた。

「…………」
どうやら、三日月が標的のようだ。
三日月はしばらく黙り込んだ後。

「そ……それが、さっぱり……」
と小さく呟いた。
前田と青江が、ああやっぱり、という顔をした。

「……」
じわ、と涙ぐんで、目元を押さえた三日月を見て、前田は小さく溜息をついた。
青江は天を仰いだ。
「そもそもです、……兄さんに、きちんと思いを伝えたのですか?」
「日取りの事もあるし、そろそろ出した方がいいんじゃないかな?予定のことだよ?」
「……それが……」

「ご注文は?」
茶が運ばれてくる。前田が顔を上げた。
「あ、ではぜんざい三つで。――とにかく、皆でそれとなくチャンスを作りますから。というか内番、毎日一緒なんですから、そろそろ頑張って下さらないと……」
「し、しかしな」
三日月はモジモジしている。

「……その、鯰尾がきわめてから、あまりにまぶしくて……。つい見とれているうちに、時が過ぎてゆくのだ……。ところで、今日は何日だった?」
「今日は二十七日です。……三日月さん、鯰尾兄さんと祝言を挙げたいとおっしゃったのは、先月の事でしたよね……?」
前田の言葉を聞き、三日月は唸った。
「そうか……そうだったな……」
「その時は、君、格好良かったのにねぇ……」
青江が苦笑している。
前田がこぶしを握る。
「三日月さんは、もっとご自分に自信を持って下さい!!三日月さんはお美しいです!格好いいです!顔面偏差値も、能力も、平均的な三日月さんと同じくらいはあります!ただ、鯰尾兄さんが極められて。その遙か上に行ってしまったと言うだけで――」
「………」
三日月は絶望的、という顔で硬直した。

「あっ、す、すみません。失礼しました。ですが三日月さんの素晴らしい努力は皆が知るところです。鯰尾兄さんだって、きっと受け入れて下さいますよ!」

前田は力説して、その後目を泳がせた。
「……おそらく、ですが」

耐えかねた青江がふきだし、小さくむせて。咳払いをする。
「くっ、ぶっ。――ゴホン。分かるよ。彼、前からかな?ちょっと話しかけにくい時があるよね……。でも、きっと話しがしたいって思ってるよ。この前だって、三日月さんの事を探してたし」
「そうです。兄さんの外出が増え、すれちがいになってしまうのは、今は仕方無い事です。それもそのうち落ち着くでしょうし……。……やはり、明日の内番の時にでも、それとなく、話題を向けて――いいえ、まず、話かけてみては?……このままでは一向に、話が進みません」

三日月がうっ、と顔をゆがめた。
途端にわぁああっ、と机に突っ伏した。
「っそれができれば苦労せぬ……!苦労せぬ!くろうせぬのだ!ああぁああううう!」
三日月は机をこぶしで叩いている。

「彼が通る度、跪くのを止めた方が良いね」
「ぁあぁああああ、ちがうのだ。体が勝手に、ぁあああぁああ」
頭を抱えて嘆いている。

鶴丸は微妙な気持ちになった。
……仮にも天下五剣だろうに、なんだか変わった刀剣だ。
それとも俺が知らなかっただけで、三日月ってのはこうだったのか?

鶴丸の本丸にはまだ三日月はいない。
そこで、前田と目が合って、前田が頭を下げた。
「あっ。申し訳ありません!静かにします」
「あ、いや……」
鶴丸は首を振った。

(こういうのはどうでしょう)(そういえばきみ、手紙作戦はどうなったんだい?)
(手が震えてかけぬ)(なさけなっ)
その後はひそひそ話しながら、作戦を練っているようだった。

「うむ、……うむ、あいすまぬ……うむ……そうだな」
どこかの三日月は、終始涙声だった。

そうか、恋というのは大変なんだな……。
そう思いながら、鶴丸は団子を食べて、汁粉を飲んで、代金を払って店を出た。

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(あれほどうろたえる三日月は、珍しいかもしれない)
店を出ると、面白いものを見た、という実感が沸いてきた。
これだから街巡りは楽しい。

沈んだ気持ちもだいぶ軽くなった。鶴丸はもう少し街をぶらつく事にした。
皆を驚かす土産でも買って帰ろう。

鶴丸はそれがいいな、と思ったのだが、ただの土産というなら、皆、今ごろ芋を食べて腹一杯だろう。午前中、厨房で短刀達が洗っているのを見たが、ずいぶん立派な芋だった。
鶴丸達の本丸はそう裕福では無いが、別段困っている訳でも無い。今回、主と有志は奮発したようだ。

(土産か……)
土産は土産でも、土産話はどうだろう?
意外とそういうものも喜ばれるのだ。
――今の話も十分土産になるのだが、さすがに天下五剣が可愛そうだ。
――高嶺の花の、鯰尾極?
(……鯰尾の極は見た事が無いが、どんなのだろうな)

そう思っていると、ちょうど前から極らしき派手な一団が歩いて来た。
(お)
見れば、骨喰極と、鯰尾極、青江極、堀川極、極薬研、極乱と極がなんと六振り勢揃いだ。
これは相当な手練れの本丸だろう。
先日、脇差の修行が許可されたばかりだ。それでもうあれだけ脇差を極めているのはすごい。
おかげでやたら目立つ。女性審神者にザッと付き従う様子を、皆が珍しそうに見ている。
一団のお目当ては鶴丸の眼前にある、表通りに面した書店。鶴丸は通せんぼされた格好だ。
軒先に書物が並んでいるのだが――。

「えっと……あ!あった!」
女審神者が言った。
「欲しいものとは、これか」
骨喰極が言った。
「そう!これ!」
「これぇ!?主、少年チャン○オンならお使い行きますって!」
鯰尾極があー、という顔をしている。
「いやごめんすぐ読みたくて」
どうしても欲しかったらしい。
鶴丸含め見ていた面々はずっこけそうになった。
極を連れて買い物の理由がそれか。なんで部隊全員で来ちゃったかな。
……古参ってこういう物なのかもな……という空気だ。

「んーちょっと暑い。……着替えてくればよかったかな」
堀川が襟巻きを外した。
「僕たち、思いっきり目立ってるね」「まあ、この面子ならそうなるだろうな」
乱は肩身が狭そうだ。狭い書店では確かに装飾が邪魔になる。薬研が苦笑した。
(だがずお兄が普段着でお使いに出て目立つよりマシだろう)(そうかも、さすが主さん。こっちのほうがまだマシだね)
何やらヒソヒソと話をしている。

「ついでにジ○ンプとサ○デーも買って行こうか」
「ガン○ンは?もう売り切れたのかな――?あ。あったこれもお願いします」
青江極と堀川極が話している。六振りはさっと会計を終えた。
「じゃ、お団子でも買って帰ろっかー」「やった!主、俺、鯛焼き食べたい!」
主の言葉に鯰尾極が言った。

すれ違い様に見ると、鯰尾極は確かに堂々とした様子であった。
高い位置でくくった髪。右肩を覆う白い外套。鎧。

(へぇ。立派なもんだ。あの鯰尾がああなるのか?)
鶴丸は目を見張った。
鶴丸の本丸はまだ若いので、極がいない。
池田屋は過ぎて修行の許可も出たのだが、主はまだまだ先だと言った。

あれは確かに少し話掛けにくい……?のかもしれない。
……太刀の修行はまだまだ先だろうし。
確かに三日月でも……気後れするのかもしれない。

脇差極はまだ演習でもあまり見かけない。また面白い物が見られた、と思い、鶴丸は微笑んだ。
土産話もできたし、そろそろ帰るか、と思ったその時。

「あ、ねえっ!ずお兄と鶴丸さんが話してた、恋占いの店、どこだっけ!?」

ふっと声が聞こえてまた振り返った。
乱藤四郎がすぐ近くの軒下で、で手に持った端末に向かって話掛けている。
『え?鶴丸さんは?』
端末から声がした。
「遠征中!街に来て曲がる場所が全然わかんないんだけど……今、招き猫屋さんの前だけど、この辺りだよね?」

端末の向こうで、少し急いた声がする。
『ああ、そこなら、ええと、確かそこから一本入って、確かEの四の二十八。乱のいる所からだと、その通りの鳥居の方に少し歩くと青い看板の骨董店があるから、そこを右に入って、突き当たりの三本道の一番右。そこからまたとにかく三回右に行けば、店に出るから!あ、ごめん、もう行かないと。見つからなかったら、あきらめて、今度また一緒に行こう』

「分かった、そうする!青い看板ね!さっきあったよ」
『気を付けて』

乱藤四郎は端末をしまった。そして何を思ったか、鶴丸の方――鳥居とは逆に走り出した。
「わっ!」「っと」
鶴丸は避けたのだが、乱はふらついた拍子に、紙の地図を落とした。
鶴丸は拾って渡した。
「あっ、ごめんなさい、ありがとう!」
乱は去ろうとする。
「いや。あおい――そっちでいいのか?」

「え?」
「いや、理由があるなら悪いが。聞こえたのだと、鳥居の方、だったような……」
鶴丸が言うと、乱はえ?!と言ってうろたえた。地図を目で追う。

「――Eの四の、二十八。Eの四の……!本当だ!」
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう。真逆に行くところだった……!さっき青い看板のお店があって。それかと思ったんだ。助かったよ」
乱は目を丸くしている。
もし真逆に進んでいたら、当然たどり着けない。
「いや。場所が込み入ってるらしいが、一人で大丈夫か?」
鶴丸は言った。
「うわ、丸聞こえだった?恥ずかしい。うん。少し行ってみてダメだったら、また今度、兄弟と来るから。じゃあ」
乱は余程切羽詰まっているのだろう。足早に去って行った。

「恋占い、ねえ……」
鶴丸は一人呟いた。

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適当な店を覗きながら少し考えて、鶴丸はその店を見に行く事にした。
恋占い、というのが気になった。

何を馬鹿な、と自分でも思う。
そもそも、刀剣男子に占い?そんな話は聞いた事が無い。
しかも、恋占いと来た。
一体何を見て占うんだ?誕生日?いや、鍛刀日?
星占い??というのもあるらしいが……。それこそどうなんだ?

鶴丸はそこでふと気になって、自分の手のひらを見た。

――手相か?

(いや、まさか)
しかし手相なら、……いや、どうだろう。同じ鶴丸国永と比べた事は無いが……。
刀の持ちぐせ等で、変わる物なのだろうか?

……興味が湧いてきた。

ずっと気にかかっている事を、もしかしたら、聞けるかもしれない。

(俺はどうして、こんな色なんだ?)
(何か理由があるのか?)

――何か、忘れている気がする。

占いとは、おあつらえ向きだ。
こういうのは、主も管轄外だろう。

(そうだな、先に腹ごしらえしてから行くか)
鶴丸の脳裏に浮かんだのは、古い時代の祈祷だった。
辻占ならあれとは違うだろうが、それなりに時間がかかるだろう。
少し早いが、鶴丸は食事にする事にした。
ついでに主に連絡をした。

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周囲は暗くなってきていて、足元がおぼつかない。

三本に別れた道の後、鶴丸はとにかく右に行った。
途中で、渦を巻いたような路地の造りになっていると気が付いた。
(なるほど……これは分かりにくいな)

さらに進むと。薄ぼんやりとした街灯が見えた。
壁に埋もれるように、小さな平屋の建物がある。
柱に小さく、『占い』『刀剣男子専門』と書かれた看板が下げてある。

店の外観はまさしく、通りにあった、飴屋、干物屋、駄菓子屋にそっくりだ。
使い回しという感じがする。元はそういう店だったのかもれない。
駄菓子屋などの大通りの店は硝子の引き戸が開け放たれていて、土間があって、所狭しと商品が並んでいる。
この店がそれと違うのは、硝子戸ではなく、木の引き戸だと言う事だろうか。
既に閉まっている――のかと思ったが、正面の戸だけ硝子戸になっていて、布が内側からかけてあり、そこから明かりが漏れている。
少なくとも、誰かいるようだ。
鶴丸が気配を探ると、刀剣男子がいるのが分かった。二振。

――鶴丸は、もう終わっているかもしれないな、と思いつつ、硝子戸をたたいた。

かんかん。という音がした。
返事は無いので、もう一度叩く。

「はぁい」
すると中から、声がした。

「あっ?」
先程の乱だ。
「っと……」
「あっ、さっきの……?」
乱が鶴丸を一目みて言った。着物で分かったのだろう。
「悪い。後をつけたわけじゃない。この店が気になってな」
鶴丸は言い訳した。
「そっか、ううん。時間経ってるし、分かるよ。じゃあ、僕はもう行こうかな。ちょうど出る所だよ」
乱が言った。

部屋の中、一畳ほど先は黒のれんで仕切ってあって、奥が見えない。
乱は暖簾のれんをくぐり、中に入った。
「ありがとうございました、うん、すごく楽になった。ありがとう」
乱は言って、鶴丸に会釈して出て行った。

がらがら、と引き戸が鳴って、閉まった。
「まだやってるかい?」
鶴丸は尋ねた。暖簾の側に立て看板があって、料金が書いてあるが、どれもさほど高く無い。
「ああ、どうぞ」
声が聞こえて、――まるで自分の声のようだった。
鶴丸は暖簾をくぐった。

「よかった、先払いでいいんだな?」
そう言って、占い師を見て、鶴丸は硬直した。

占い師は肩くらいまでの黒髪で、顔を布で隠していた。
白い着物を着ている。

カミナリに打たれた様な衝撃だった。

「き、……きみ、……顔を見せてくれ」

「……?」
占い師は、戸惑った様だ。
「きみ、……鯰尾だろう?」

「――え?」
占い師が鶴丸を見上げた。
そして不思議そうに、首を傾げた後、どこかでお会いしましたか?と言って、ゆっくりと布を外して顔をみせた。

整った、利発そうな顔がそこにある。

「…………」
鶴丸は口をあけたまま、その顔をながめていた。


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鶴丸は古びた机に手をついた。
「ききみ、きみは!ひょっとして、ええと……、そうだ、平野と前田がいる……いや、どこもいるが、いつも一緒にいた本丸の者じゃ無いか!?おぼろげだが……、いつも君はあの二振と一緒にいた。そうだ、なんだったか、大きな事故があって、体中に火傷を負ってたんだ、それで!」

「!?」
鯰尾が目を丸くした。
「どうして、それを?」

「――」
鶴丸は顔をゆがめた。

「……君だ。俺は君を探してたんだ……!」
鶴丸は言った。

「そうだ、きみが、いや、俺がきみに、『生まれ変わったら、そうだな、君が一目でわかるように、目立つ格好にしようか。真っ赤か真っ黒か?』って言ったんだ、確か!そうだそれでこの着物だ!きみは、『それは目立ちすぎるから、どこか一カ所変えればわかる』って……!」

鶴丸は言った。
平和だった本丸は、突如、時間遡行軍の群れに襲われた。
第一部隊は不在。燃えさかる本丸。奮戦したが数に圧倒され。
最後、もはや二振とも、事切れるしか無いとなった時。来世を誓った。

『そうだ。生まれ変わろう』
鶴丸は言った。

『――これで終わりか?きみは。俺は』
鶴丸はそう言いながら、血だらけの鯰尾を抱きしめた。

君といっしょに、俺はもう一度生きる。
だから、これでお終いじゃない。主だって、きっとまだ生きている。
皆の心はまた、元に戻って、またいつか、生まれ変わる。

生まれ変わったら――その時はまた。

「……、あ、」
と、布の下から声がした。

鶴丸は鯰尾の肩を揺すった。
「覚えてるか!?」
「あ、えっと…………」
鯰尾の目が、潤んでいる。

鯰尾は鶴丸を見て、うなずいた。
鯰尾の目から、涙がこぼれた。

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「そういえば鶴丸、遅いな」

午後九時を回った頃、審神者が呟いた。
「門限はもうすぐですが、どう致しましょう」
側で仕事をしていた長谷部が言った。
この本丸の門限は九時半だ。
「電話するかな……」
審神者が言った。
門限を過ぎそうになった場合、一応審神者か長谷部が連絡することになっている。

「まあ、戻るまで開けとこう。お鶴は門限を破ったこと無いし」
「そうですね。ですが連絡は入れておいたほうがよいかと」
「メールしとこうか。別に、泊まりならそれでいいけど」
門限を過ぎた場合、各自で宿を探して泊まるか、審神者に閉門を待って貰うかどちらかになる。
夜遊びに関しては、この本丸はかなり緩い方だが、それでも連絡しなければ後で長谷部にしかられる。
長谷部は怒ると怖いので、皆、そこはきちんとしていた。

審神者はメールを送った。
「まあ、ぎりぎりに駆け込んでる来る和泉守獅子王パターンかな。熱中するものでもあったのかな。それかヤケ酒か……」
審神者は長谷部を見た。
「?」
長谷部はわかっていないようだ。
あの鶴丸はどうやら鯰尾が気になっていたらしい。態度を見れば分かる。
が、鯰尾の目線の先には常に長谷部がいて……鯰尾は鶴丸の事を、全くこれっぽっちも見ていなかった。端で見ていて、少し気の毒になったものだ。

狐の一件があっても、鯰尾と長谷部の仲はそこまで進展したと言うわけでは無いが、鯰尾から長谷部、長谷部から鯰尾へ、この道行きは定まってしまったように思える。
ここの鶴丸は――仲の良い物同士の会話に割り込んでいくタイプでは無い。

それに、鶴丸の態度もハッキリしない。鯰尾に特別な好意を持っているのは間違い無いのだが……鯰尾が気にはなっているのだが、意識しているのだが、どうしたものか、と言った様子で、本人の気持ちが定まっていないように見える。

あの一件で、失恋して傷ついた事には変わりないだろう。最近はかなり凹んでいたし。
あの鶴丸には、そういう若いところがある。それを言ったら他の刀剣達もだが……。

そう思っていると、端末が鳴った。
噂をすれば。鶴丸からのメールだ。
『主へ。すまないが、今日は泊まる。明日の朝、電話する。よろしく頼む』
それだけだった。

「ほお?おい長谷部、鶴、泊まりだって。珍しいな。金持ってるのかな」
「あいつはいつも持ってますよ」
長谷部が言った。
「まあ飲む事も多いからな。じゃあ、門閉めるか」
審神者は端末を操作して、門を閉めた。

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「ちょっと待ってて、こんのすけに連絡するから……」

鶴丸は店の奥、生活する場所に通された。
部屋を見ると、六畳間にこたつがあり、棚には占いの道具や書物があった。
部屋の先には引き戸があって、今は開け放たれていて、奥の調理場が見える。
こたつの上にはみかんや菓子も置いてある。

「――あ、お忙しいところすみません。あの、こんのすけいますか?」
鯰尾は端末を起動させた。
しばらく後、こんのすけらしき声が聞こえた。

「久しぶり、あの実は今日、鶴丸さんが店に来て――、あ、例の本丸の件だけど、今日か、明日にでも来られる?」
こんのすけの驚いた声が聞こえる。

「いまいるよ。部屋で待って貰ってる。でももう暗いから、どうしよう?……、うん、わかった」

会話を終え、鯰尾がこちらを見た。

「こんのすけが、こちらに来るから少し待ってて、って言ってます。時間は大丈夫ですか?……今日は、帰りますか……?」
鯰尾が見上げてくる。
鶴丸は苦笑した。
「君さえ良ければ、泊まっても良いか?」
鯰尾は頰を染めた。
「……それがいいです」
「――」
その言い方にやはり覚えがある。
鶴丸は端末を操作して、主に断りを入れた。

そうして、鯰尾を見た。
小さな顔、憂いのある表情。

「……」
見れば見るほど、間違い無いと思えた。
鶴丸は手を伸ばしかけてやめた。

「その髪……。最後に、君が自分で、切ったんだよな?そこから少し伸びてるが」
鯰尾が目を丸くした。
「……!そう、そうです。そこは覚えてます!あっ。うわ、凄い。……はっきり思い出してきた」
鯰尾は頭を押さえた。

『俺はそんな器用な事は出来ませんから』
これで勘弁して下さい。と言って鯰尾は髪を切った。

「『それじゃ、のびてくるかもなぁ』……、って言って、そこで俺は折れたな」
「俺はその後、ちゃんと、伸びてきたら切りますから、って言いました。多分、そこまででしたけど」
「そうだったのか?……だが何故俺も君も、あそこまで怪我をしたんだ?襲撃だったのは分かるが……細かないきさつが……」
鶴丸は首を傾げた。
「――そこは思い出せないんですか?」
「――ああ。今の本丸に顕現した時は確かに覚えていて。君の事を探そうと思っていた。が、すぐに……記憶が遠のいた感じがして、忘れてしまった。新たに主を得たせいかもな。だが、さっき君を見たら思い出した。初めと終わり、ってくらいだが……」

言いながら鶴丸は、感動していた。
どんどん記憶が鮮明になってくる。

鶴丸はずっと、自分の本丸の鯰尾が気になっていた。
だが、同時に、これで良いのだろうか?という思いもあった。
それであの鯰尾に対して積極的になれなかったのだ。
……積極的になれなかったと言うよりは、そういう気分になれかったというか……。

何かが違う、自分が探しているのは何なのか。釈然としない。
だが、探している物など本当にあるのか?
そう思って、物も増やせなかった。そればかり考えていた。

「――今、君はどんな暮らしなんだ?刀剣だが、占い師?不自由はしてなさそうだが……」
「……ええとですね……」
鯰尾は自らの事を話し出そうとした時、端末が鳴った。

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こんのすけと、こんのすけが担当する審神者がやってきた。
こんのすけが、とん、と畳に降り立つ。
そのこんのすけは目が見えないようだった。

「!」
鶴丸はこんのすけを見て、はっきりと全てを思い出した。
おびただしい敵に囲まれた本丸。燃えさかる炎。玉砕覚悟で戦う男子達。消耗戦になり、折れてゆく仲間達。
こんのすけは瘴気をあび、壁に叩き付けられ気を失って。
「――そうだ。それで、主はどうなった?!」
鶴丸は言った。
門は閉ざされ、援軍は来ない。

鶴丸は記憶をたどった。
「確か、主が第一部隊を連れて。演習に出て行った……、その後だ。門が開かなくなって、急にやつらが。主はどうなった!?」

「……」
こんのすけは、見えない目で鶴丸を見ていた。

盲いた瞳が潤み始めて、あっと言う間に、うぁああああんと泣きだした。

「鶴丸様……!そうです、ぁあああん!!そうですっ、主様は謀られたのです!政府の人間の謀略です!!鯰尾様が、現世で主様と主様のご家族を助け、不浄の傷を負わされた事件。あれは本当は、主様を狙い、政府内の人間が起こしたものでした……!!それだけでは飽き足らず!!っ、ううう、ううううっ!!やつらは敵に本丸を売ったのです!!ひどい妬みでした!!」
おいおいと泣くこんのすけを鯰尾が撫でた。

「……でも、主さんは助かったんだから……」
鯰尾は沈痛な面持ちだ。
「っ――生きてるのか?!」
鶴丸は目を見開いた。

「……でも、もう審神者じゃないんだ……。俺はそれでもいいと思ったけど……」
鯰尾が目を伏せた。

「そいつは、どういう……?」
鶴丸は尋ねた。
「……」
こんのすけは、うっ、うっ、と嗚咽を漏らして目をこする。

「……こんのすけ。私から……話してもいいかな」
今まで黙っていた審神者が言った。

「……」
こんのすけは泣きながら震えている。
審神者はこんのすけを膝の上に置いた。

「まずね、分かるかも知れないけど、きみたちの本丸があったのは、……まだ、というべきかもしれないけど。もう四十年以上前の事だ。――もうあの事件に関わった者達は皆捕まるか、自滅している。その人達も、本丸を敵に襲撃させて、手柄を分け合おうなんて、馬鹿な事を考えたもんだ……」
審神者が溜息をつく。

「君達の事件を政府はずっと、秘密裏に調査していた。明らかに大儀に背く行為だからね」

「――主様は、……。今、意識がどこにもないんです」
鯰尾が言った。
「――なに?」
「第一部隊は、主を守って散った……のだと思われます」
こんのすけが言った。

「主様は演習場から、政府と、友人だった白玉の審神者様に救援を要請しました。ですが、ゲートが閉ざされていて。白玉の審神者様も、政府の救援も間に合わず、演習場に残っていたのは……折れた第一部隊と、空っぽになってしまった主様だけでした。主様はご家族が申し出て、今は審神者を辞め、現世に」
こんのすけの言葉に、鶴丸は腰を浮かせかけた。
「まて。あの第一部隊が!?負けた?」
「……ええ。多勢に無勢、だったのでしょう」
こんのすけが言った。

「……っ!!あいつらが……!?負けた……!?」
鶴丸は目を見開く。

「……、……加州が……」
加州は初期刀で、優しく、強く。
戦では先頭に立ち、皆を率いていた。

「みかづき……?」
のんびりしているのに、戦では一番の働きをする。
本丸一、頭が切れる。どこの刀剣と戦っても土付かず。まさに主の誉れだった。

「蛍丸」
一閃で何体もの敵を切り裂き、大太刀なのに、恐ろしく素早い。
あそこの蛍を見たら馬で逃げろ、と言われていた。

「一期」
冷徹に剣を振るうが故に、情けすら感じる。
粟田口の長兄にして、御物。本丸では本当に良い兄だった。

「江雪」
和睦というのは何だったのか。戦に出したらめきめきと強くなって……。
皆が恐れおののいた。岩を豆腐のように斬っていた。

「……ほりかわが?……嘘だろ?」
優しげな顔をして、外道な知略が大の得意。
三日月が表なら、堀川は裏。二人あわせて、敵無しと言われた。

彼等だけでは無い。
鶴丸は全てを思い出した。

当時、最強と言われた本丸。
皆がうらやみ、教えを請う者もいた。
鶴丸だって、滅法強かった。

「鶴丸様。……演習場に居合わせた審神者は、全て行方知れずになりました。詳細はずっと機密になっていて、……悔しい思いをしました。鯰尾様が政府の刀剣として、顕現されたと聞いて。以来、しばらくは鯰尾様と一緒にいましたが……、今はこちらの審神者様の本丸の担当をしています」
こんのすけが言って審神者を見た。

「――あの時実際に、何があったか。……私も知らないんだ。けど、君達の件があってから、政府は『極』の道を探し始めた。癒着の無い仕組みを作ろうと、サーバーを増やし、やり方も変えた。今、ようやくそれが……身を結び、形になってきている、私はそう信じてる。これはつい先日、ようやくと言う感じだけど、この件で問題だった、政府内の不穏分子も全て片付いた。これはこちらの都合だね……遅くなって、もうしわけない」

「鯰尾様は、」
こんのすけが言おうとしたとき、鯰尾が顔を上げた。
鶴丸の手を取る。

「鶴丸さん!協力して下さい!」
ぎら、とした目で鶴丸を見た。

「――主の心は、本当に空っぽで。どこにもありません。だから、もしかしたら、三日月さんが、何か術を使ったのかも知れない」

「……っ」
鶴丸は愕然とした。

「――って、まさか。確かに、三日月は術に明るかったが。君ほどじゃないだろう」
「いえ、ああ見えて……。いち兄も結構やります。いち兄が助けて何とか主を、魂だけでも避難させたのかもしれない。第一部隊の皆の本体は拾い上げられた瞬間に消滅したそうです。乖離即譲の儀を応用したのなら。三日月さん達なら、戦いながらでも、そのくらいはやってのけます」

鶴丸は唸った。
「それは……。だが、思いっきり、禁術じゃないか!そもそも、できたのか!?」
「多分、かなり無理矢理……。演習場にいた審神者や刀剣が消えたのは、誰かが、足りない力を……。その場の審神者から吸い取ったからだと思います。……鶴丸さん……」
鯰尾は苦い表情をした。

「……空っぽになった主様は、お年を召されてないそうです」
鯰尾が言った。
「げっっ。誰だ?そんな事をしたのは……いや、誰でもやりそうだが。いかんだろ!」
鶴丸は思わず普段の口調を忘れてしまった。
「本当に。でも今思うと、当時ってアホみたいにその辺の制限緩かったですね……政府も手探りだったんでしょうが……」

「あー、何も聞こえないなぁこんのすけ……」
審神者は口笛を吹いている。
彼はこの辺りの事情を詳しく知っているのだろう。

鶴丸は腕を組んで考えた。
「じゃあ、ひょっとすると、代償を引き受けたヤツは……まだどこかに残ってるか?……探れないのか?」

鯰尾は眉をひそめた。
「すぐ後なら、まだ捕まえられたかもしれないですけど、……俺が起きたのは、十八年も後で、今までは……鶴丸さんや、昔の仲間の記憶も不完全でしたし。こんのすけに会って、色々調べた時には、演習場は閉鎖されていて……。ですけど、主の様子を聞くと、第一部隊が主を守ったのは、おそらく間違い無いと思います。えげつない時代でしたね……」

「だな……。今の戦が平和に思えてきた」
鶴丸は机にもたれ、深く溜息をついた。

当時の戦いを思い出す。あれはまさしく『戦』だった。

「今じゃ、向こうさんもきちっと部隊を組んで襲ってきてくれる。昔じゃ考えられないことだ。お互い消耗が激しかったから、自然とそうなったのかもしれないが……」

「協力してくれますか?」
鯰尾が言った。
「もちろんだ。が、見つかるのか……?輪廻から外れてしまった者は……どうなるんだったか……」
「今回の場合は。主の状態は安定しているので……。だけど、きっと、絶対に誰かが、主のために残っているはずです!その一振りが誰かは分からないですが。他は……儀式の際に消滅したと思います。占術も試しましたが、卦にはでません」

「なるほどな。誰が残ってるか、見当が付くか?」
鶴丸は言ったが、鯰尾は首を振った。
「分からないです。……元の場所はもう無くなっていて。やりそうなのは、正直、全員ですが。三日月さんか、江雪さんあたりかな……」
「堀川じゃないか?」
「堀川は、ああ見えて最後のタガは外さないですよ」
「そうか……?」
鶴丸は引きつった。


「――、と、すまない、そろそろ……刻限が」
審神者が言った。
「あ。申し訳ありません。遅くまで……」
鯰尾が審神者に頭を下げた。
「いや。良かったな。仲間が見つかって――。でも、何故、君達はまた出てこられたんだろうな……?」
「多分、俺のせいだと思います。いえ、鶴丸さんのせいかも……」

鯰尾は生まれ変わる、という決意の後に自分がしたこと語った。
それを聞いた審神者はほう、と言った。
「なるほど。やはり……当時の刀剣はすごかったんだなぁ。センセイ達から聞いていたけど、実感したよ。今は色々、制限かかってるらしいからな……」
「問題も多かったので、それでいいと思います。これだけ本丸があれば、総合力に差は無いですし。良い方向を選んだと思います。俺達は無限なんだから」
鯰尾は苦笑した。

「じゃあ、また何かあったら連絡を。私では頼りないかもしれないが、こんのすけの為でもあるし。できる限りの事はしよう。な」
審神者はこんのすけを抱き上げた。

「鯰尾様。鶴丸様!また明日、連絡します。お二人の今後についても……鶴丸様の審神者様を交え話合いたく存じます」
「ああ。そうしよう」
鶴丸は頷いた。

――が、これは大変な事になりそうだった。

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審神者とこんのすけはひとまず帰ったが、鶴丸は鯰尾と離れる気にはなれなかった。
自分と鯰尾の、今後……。

「君さえ良ければ。俺の、今の本丸に来ないか?」
鯰尾を見つめて、鶴丸は言った。

「……え、でも……」
「そういえば。君の……主は?つながりが見えないが」
鶴丸は気になっていたことを尋ねた。鯰尾の気配は野良のそれだ。

「――俺は政府の刀剣だったんです。でも火傷の跡で、……素性が分かって。こんのすけのおかげで、今はここに。占いは趣味と実益?を兼ねた……趣味です」
鶴丸は微笑んだ。
「……そういえば、君、だいぶ凝ってたな。そうか」
「色々勉強して……、面白いんですよ。当たるって評判で。そうだ、また獅子王さんに相談してみます。政府の方ですが、その方がサーバーを管理をしていて……。たまに手伝ったり、お世話になったりしてるんですよ」

「そいつはいいな」
話しながら、だんだんと、二振りの距離は近づいていった。

■    ■ ■

鶴丸は夢を見た。

あの本丸の刀剣男子は、皆、非常に良く笑っていた。
その筆頭が三日月だ。
短刀達の保護者的な、おじいちゃん的な立場に収まった三日月は、たまに短刀に世話をされつつ、面倒をよく見た。
『三日月さんー、遅い』
『おっと、逃げられたか』
時に鬼ごっこ、時に縁側で眺め、時に絵本を読み一緒に眠り。時に手習いを見て。
『あっはっは。よきかな、よきかな』
と笑っている。
初期に顕現し、短刀の面倒見係に任命された事もあるが、どうやら非常に子煩悩な性格らしい。

鶴丸はそれを見て目を細める。良くせがまれて肩車をした。

あの本丸の短刀達は一様に子供っぽく、まさに見た目のままだった。
薬研ですらずいぶん可愛げがある。

加州は主の補佐として本丸の運営に務めている。
参謀に長谷部、それに堀川が加わった。
蛍丸は鬼より強い。一期を怒らせたら大地が割れる。

前田と平野。
彼等の練度もとうに上限に達している。あとは習合をして、さらに強化するだけだ。

この二振りはやはり常に鯰尾に付いている。
『そうですね、やっぱり離れると落ち着かないのです』
『僕たちは鯰尾兄さんが好きなのです。いえ、鶴丸様には敵いませんが』
と言って微笑んだ。
鯰尾はたまに寝込んだりするが、コツコツ出陣を重ねて練度を上げた。

鶴丸は年がら年中一緒って訳じゃ無いぞ、と言って苦笑する。
鶴丸は、三日月、歌仙の後に顕現した。
鯰尾が前田と平野がいないと暇だ、と言っていたので、そこから話相手をしているだけだ。
まあ、思いがけず気が合い、かなり親しい仲なったのだが……。

『お邪魔なら、離れますが……』
前田が鯰尾に言うと、鯰尾は前田の頭を撫でて。
『そんな事ないよ。仲が良いのは良い事だし』
と言って甘やかす。平野も抱えて、幸せそうに目を閉じる。

廊下を丁度、骨喰と三日月が通りかかる。骨喰の部屋は鯰尾の隣だ。
『三日月、飾りを部屋に忘れるな』『ん?』

廊下から、また別の会話が聞こえる。
『今日のおやつ、なんだろう』『そういえば昨日さー』
『あれ、畑当番だった?間違えて馬当番やっちゃった!』『あー』

『おーい!!皆ただいまー!お土産あるよ、集まれ!』
加州が帰って来た。主の気配がする。皆が顔を上げ、一斉に駆け出す。
鶴丸は鯰尾に手を貸して、鯰尾は鶴丸の手を取り立ち上がる。

鶴丸は鯰尾を、あの本丸を、愛していた。

鶴丸は泣いた。
……鶴丸は、今の本丸も愛している。

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翌朝、鶴丸から通信が入った。
「え?……え?、ああ。うん。え?………、え!?……え!?わ、わかった。とりあえず、えっと、まず一振で帰って来い。まず事情を聞いてからだ」


戻って来た鶴丸は、少しバツが悪そうにしていた。
「悪かったな。昔の知り合いに会ったんだ。今後は気を付ける」

「――知り合いって」
審神者は鶴丸を見た。

鶴丸は顔を背けた。
「その、まあなんだ、さっき話した、連れていきたいやつ……のことだ」
審神者は目を丸くした。

……鶴丸から詳しい話を聞き、審神者は仰天した。
「そう言うわけで、いや、無理なら俺があちらに通うから、それでいいんだが……」

「え、ううーん?待った、その場合って、主は、前の主でいいのか?」
審神者の言葉に、鶴丸は顔をあげた。
緊張か、高揚か。頰が赤くなっている。
「あ、いや、その辺りは俺もよく分からない。前の主は、おそらく、もう審神者復帰はしないだろうから……、復帰も……いや、わからないんだが。あの鯰尾は政府所属で、主がいない。これは本人次第だが、できれば身柄だけでも、この本丸においてやって欲しいんだ。例の刀剣が見つかるまで。――長くなるかもしれないが、元の主の為にも、探してやりたい」

「……う、ううーん、……鶴は、そっちの方が、いいのか……?」
審神者は言った。

「そっちって?」
「いや、私より、前の主の方が……、聞くだけで頭が痛くなるくらい難しい話だが……」

「っ、それは……なんとも言えない。すまん。分からん。ただ、今は何とかしてやりたいっていうのが本音だ……」
鶴丸はすっかりしょげ、非常にしんなりとしている。そのまま続ける。
「……本音をいうと。思い出したからには、あの主に会って駆け寄りたい。が、それは今はできない。それに、この本丸も、きみも、俺の主だし、俺の本丸はここだ。最低なのは分かっているが……、雑巾としてでも良いから、ここに……置いて貰えないか……?ダメなら出て行く」

鶴丸に請われ、審神者は泣きたくなった。
そういうやつだと分かっていたが、本当に思春期の息子みたいなことを言い出すなんて。
なんとも言えない気持ちになって、じんわりと涙がにじんだ。

鶴丸。鶴……。
どうしてだか、少し色が違った鶴丸。

「……。大丈夫だって。そう急かしたりしないって。時間がかかりそうだし、……もし、……もし俺のかたなじゃなくなっでも、たまにはかえってこいよ……!」
最後、涙腺が決壊してしまった。

「……、あ、あるじ……っ、あるじっ……すまない……っ」
鶴丸も泣きだした。
「なんだ、なんだ。なくな、それで、相手の子はどんな刀剣だ?」
「!っ。鯰尾だ、あるじ……」
「なんだって!?そりゃめでたい……!よかったなぁ……つる……!」
審神者は鶴丸の手を取った。
「ああ、ああ。俺は、ちゃんと覚えてたんだ。むこうも、俺のこと、探してたって……!」
「つる……!!でかしたぞ……!」
「あるじ……!!」

そろっておいおいと泣いた。

〈おわり〉
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鯰尾奇譚11 鶴丸と鯰尾
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加州清光は初期刀だった。

今、この本丸には加州の他に鯰尾がいる。

毎朝加州は鯰尾の部屋を訪ねた。
鯰尾は振り返る。
「あ、加州さん。おはよう御座います」

主は。――今も現世にいる。
実質、鯰尾と加州二振だけ。

加州は持っていた桶を置く。沸かし、冷ました水が入った木の桶だ。
布は鯰尾の部屋にたっぷりと置いてある。
「具合はどう?」
加州は微笑んだ。
「悪くは無いです」
鯰尾は苦笑し髪を体の前に垂らした。寝間着を肩から落として背中を見せる。
殆ど真っ白――包帯が巻かれている。
包帯を慎重に解くと、その下に四角形の布が何枚も貼られている。
その布の合わせ目からのぞく肌は赤くただれている――火傷だ。
首筋、肩、背中。腰の下まで。
すねから下と、足の甲、足先。
五日間という長い手入れが終わってもこの火傷は癒えなかった。
鯰尾はずいぶん長く、痛みで横になることさえできなかった。
……これでも良くなった方だ。

「手は綺麗に治ったんですけどねー」
鯰尾は自分の両手を見た。両手、両肩まで。ここは比較的火傷が軽かった。
「そうだね。本当に良かった。これなら刀も握れるし」
加州は鯰尾の体中に張り付いていた布を剥がし、新しい布にへらで薬を塗って貼り付け、慎重に、丁寧に包帯を巻いた。

「主が、そろそろ戻ってくるって。連絡があったよ」
加州は言った。

「あんたのおかげだって、だから頑張るって。良かったね!まあこれから、なんとかやっていこ!」
加州は鯰尾に言った。
「そうですね」
鯰尾は頷いた。

『これは……?何かの間違いでしょうか』
初鍛刀で鯰尾が顕現したとき、こんのすけはそう言った。
『俺の名前は鯰尾藤四郎――』
鯰尾は首を傾げて名乗った。

『この配合では、脇差は鍛刀できないはずですが……』
こんのすけは鍛刀の式神を見たが、式神も首を傾げていた。
『脇差……?まあいい。鯰尾か、ちょうどいいかな。加州、一通り教えてやってくれ』

数日後、主は顕現したばかりの鯰尾だけを伴い現世に帰った。
現世に妻と幼い娘がいるのだという。無事着任したという報告だ。

勝手知ったる道、それでも短刀では護衛とするにはいささか心許ない――それで主は、脇差、丁度良いと言ったらしい。
俺じゃ無いの?と加州は言ったが、主は『規則上、本丸を空にはできない。かといって鯰尾を残すのは不安があし、本丸の事は加州の方が知っているから』と言った。
確かに顕現して数日の鯰尾が本丸に残っても、何が出来るわけでも無い。自分ならその間も畑仕事や洗濯、空き部屋の掃除くらいはできる。
加州も納得し、こんのすけと共に残った。

予定では一泊。
加州は畑を耕し、資源の整理などをして過ごした。

明け方、こんのすけが血相を変え加州を起こした。
現世でひどい事件、歴史修正派のテロがあり、主と、主の家族が巻き込まれた。
……護衛をしていた鯰尾が主と、主の家族を守り、代わりに大けがをした!
聞いた加州は飛び起きた。

五日後。鯰尾は政府の布をかぶった金髪の刀剣男子、――山姥切というらしい――に付き添われ、こんのすけと共に戻ってきた。
鯰尾は既に手入れを終えているはずなのだが……。肩を借りていた。

刀剣男子、山姥切国広の話では、主の手入れではないため、完全に治らなかったと言うことで。後日慌てて来た主が手入れしたのだが。その後、残った傷が膿みだした。
『あれは。不浄の炎だった』
主が言った。
『鯰尾は、私達を守り、恐ろしい呪いを受けたのだ……!』
無残な姿で眠る鯰尾の横で。主は憤怒の形相で俯き、泣き、拳を握りしめ歯ぎしりをした。
現世の医者を呼び、治療を繰り返し、いくらかは良くなったところで、鯰尾は主の家族を見て来るように主に言った。

そうして、一月。主は現世と本丸を往復していたが、ようやく家族の容態も落ち着いたらしい。病院を出て、主の家族は安全な場所にかくまわれる事となった。

「ねえ鯰尾。主はあんたに感謝してたよ。俺も感謝してる」
加州は鯰尾に着物を着せて笑った。
鯰尾は座ったまま、困ったように笑った。
「もー。嫌ですねぇ。そういうの。たまたま、偶然が重なって助かったって感じですし。でも良かったなぁ」
「そうだね。ホント。主が来たらさ、新しい刀、鍛刀してもらお」
「あーすみません……大変ですよね」
鯰尾が俯いた。
「誰が来るかな。ほら、俺遠征に行って、結構資源集めたんだ。いきなり大太刀とか来ちゃったりして」
「まさか。最初はやっぱり短いのからじゃないです?」
鯰尾が笑う。
「短刀なら三、四振は欲しいかな。出陣できるし。あ。まあ鯰尾はもう少し待つかもだけどさ。そのうち出られるって」
「そうですね。あー。そうだ加州さん刀剣男子入門ノ書、読み飽きて、もう凄い退屈なんですけど、他に何かありません?」
鯰尾に言われ、加州は本丸を思い浮かべる。
この本丸にはまだほどんど物が無い。空き部屋だらけでどこもかしこも真っ暗だ。
出陣も無いので一応一通り調べたのだが、蔵はほぼ空で、図書室も無い。
二ノ蔵にあったのは米が一俵。三ノ蔵には馬の餌、つまり草があった。四の蔵はおそらく刀剣の保管場所。一ノ蔵は資材置き場になっている。

「本?あ。うーん、ごめん気が回らなかった。っていうかここ、本当に何も無いんだよね。主に頼んでみる。迷惑じゃなかったら、俺も合間にしょっちゅう顔出すからさ。ホント言うと、俺も暇だし。なんか話でもしよう。お昼何食べたい?」
加州は言った。
「じゃあ、えっと……やわらかめで味のある物、とかそういう感じので」
鯰尾が言った。鯰尾は数日前にようやく粥を卒業し、炊いた米を食べられるようになっていた。
米の炊き方を調べて、加州に教えたのはこんのすけだ。
加州は端末で調べながらだが、基本的な卵料理、炒め物、味噌汁、簡単な和え物、焼き魚まで作れるようになっていた。どうやら器用らしい。
「まだ食欲無い?」
「あるんですけど、何か胃がもたれて。あまり動かないからかな。足は大丈夫だから、少し歩きたいんですけど……」
鯰尾は言った。少し疲労の色が見える。
加州は鯰尾の頭を撫で、微笑んだ。
「もう少し待ってって、政府の人間も言ってたし、もう少し安静に。心配しなくても良くなってるから、そのうち普通に出陣もできるよ。ほら、横になりな」

「はい……」
鯰尾は横になって眠った。

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「加州、こんのすけ。だたいま。永らく留守にして済まなかった。妻と娘も生活に支障は無くなったし、政府に保護してもらえる事になった。これからは審神者の役目に専念するよ」
主は二十代半ばの青年だった。
現世に家庭のある身で、多少…そちらを優先し役目に集中できない感があったが、今回の事で襟を正したようだった。加州にとっては歓迎するべき変化だ。

「鯰尾は食事を取ったか?……具合は」
加州は笑った。
「うん。まだちょっと胃もたれしてるって言ってたけど。まあ、傷も大分良くなってる。火傷跡は……手入れで消えればいいけど。やっぱり無理かもね。本人は手が無事でよかったって言ってた。そうだ。退屈だから書物でも欲しいって。刀剣男子入門はもう読み飽きたって。主、ご飯は?食べてきた?」
「まだだな。今日は見舞いの後、すぐ政府に顔を出したから」
ぐうう、と主の腹が鳴って、加州は苦笑しかけて、口を押さえた。
くぅぅ、とこんのすけが腹を鳴らしてフォローした。単に腹が減っていただけだが。
「……主様。実はこんのすけも腹ぺこです」
恥ずかしそうに呟いた。

「今日は食べたら鍛刀しよう。資材に少し余裕ができたから――というか、いつもありがとう。凄く助かる……、無理はしないでくれよ。そうだな、鯰尾入れて一部隊って事で、一気に四振顕現させようか!資材的に、短刀三振りと、後は、太刀か打刀を一振狙って。誰が来てくれるかなぁ。短刀は粟田口だと良いんだが」
「そうだね。それ俺も思ってた。弟がいたらいい話相手になるだろうし」
加州は言った。
こんのすけもおにぎりを囓りながら頷く。
「そうですね。粟田口の鍛刀は多いので、おそらく一振は顕現できると思います。鯰尾殿も気が紛れるでしょう。同じ男子が来る可能性もありますが、その場合は連結と言う事で」

「ああ。そういう事もあるんだったな。鯰尾か……加州にくっつけるか。短刀は、誰が来てくれるだろう。楽しみだなぁ」
主が目を細めた。

■    ■ ■

そうして顕現したのは、今剣、前田、平野だった。

「これは、不思議な組み合わせですね」
こんのすけが驚いた。
「前田藤四郎です」「平野藤四郎と申します」

前田と平野は挨拶をした後、お互いに顔を見合わせた。
「――平野?」「前田ですか?」
一足先に顕現した今剣は、主の側で目を丸くしている。
加州はよく分からず見ていた。

「あるじさま、そっくりなこがきましたよ!そろいごですか?」
「ええと、こんのすけ?不思議って?双子が?」
主がこんのすけに尋ねた。

「いえ。実は……こういう言い方は良くありませんが、平野殿は顕現が少し難しいとされています。どの本丸でも大抵前田殿が先にいらして、そのしばらく後に平野殿、という様子だそうです。こうして、お二人がいきなりそろうのはかなり珍しい方だと思います」
こんのすけが言った。
「……なるほど。主って、ちょっと個性的なんじゃ無い?」
加州は言った。
「そんな事は無いと思うけど。よし、そうだみんな、今からもう一振鍛刀するから、見ててくれ。今度は資材を多めにして、誰かやってみたい子は――、そうだな、今剣は?」
「えっ。ぼくですか!?わぁい!?やりたいです」

「じゃあ、手伝ってくれ。難しくはないよ。前田と平野も一応覚えておいてくれ」
主は今剣、前田、平野に鍛刀のしくみと手順を説明した。三振はきまじめに話を聞いた。

「で――ここ触って、数字を入力した後、札と素材を鍛刀の式神に渡して、後はお願いします、って言えばいい。できそう?」
「ええと……。はい!あるじさま、しざいのりょうはどうしますか?」
「まあ今回は少なめで……いや少なすぎでも良くないか。打刀狙いで行こう。手入れ用は残してうーん、そうだな――」
主は今剣に資材の量を告げた。
「おねがいします!」
今剣が資材を鍛刀の精霊に渡す。精霊は頷いた。

かちっ、と表示板の時計が回る。
――四時間。

「え?」
主はあっけにとられた。
「……え?」
こんのすけもあっけにとられた。
一拍後。
「っ、札を……!」
こんのすけはそう言った。
「ふ、ふだ?」
「手伝い札です!!レア刀ですよこの時間は!」
「え、ええ?レア?あ、ああ。あれか。加州!」
「あ、うん!」
加州は鯰尾の手入れで慣れていたので、すぐに札を手入れ部屋の前から持って来た。
「そうだった、札は鍛刀でも使えるんだった。誰だろうな……、よし」

主は札の力を解放した。

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「三日月宗近だ。うちのけが多い故、そう呼ばれる」

「……」
加州は無言になった。
今剣は目を丸くして、三日月ですね!久しぶりです。と言った。
「ん?お主は――」
「今剣です!ぼくもさんじょうのかたななんですよ!」
「おお、そうか?ああ。そういえば、聞き覚えがある。はっはっは。よろしく頼む」
三日月は笑った。

「こんのすけ。これは……バグか?」
主はあっけに取られている。
こんのすけが何やら検索をする。
「いいえ。認証されていますし。ラッキーか、偶然か……とにかく、希少刀の初顕現、おめでとうございます」
「え、あ、うん……」
主は上の空で返事をした。
三日月は微笑み、今剣を抱き上げ主を見た。

「そなたが俺の主か?」
「え、ああ、えっとはい……、いや、そうです」
主の様子に加州は苦笑した。主は初日にもしレア刀が顕現したら、格好良く出迎えたいよなぁとか軽い調子語っていた。
「あいわかった。よろしく頼む」

それにしてもものすごく美しい刀だ。恐ろしい程の霊力を感じる。
今剣と並ぶとさらに神々しい。前田と平野はまぶしさに目を見開いたままだ。

「っと、皆、――そうだ。前田、平野!先に鯰尾兄さんが来てるから、会いに行くといい!」
主は言った。
鯰尾の名を聞いた途端に、二人がぱっと主を見た。
「「鯰尾兄さんがいらっしゃるのですか!」」
声がそろい大変可愛らしかった。

「ああ。加州の次に来てくれて。今は色々あって、療養しているんだ。まだ本調子では無いけど、よくなったら一緒に出陣もできるだろう。加州、先に案内してやってくれ。いや、俺達もすぐ行くけど、先に三日月と今剣にちょっと話が――、なんかこう、軽く事情説明とか、兄弟?保護者的な?」
加州は主の言わんとする所を読み取った。
ここで来た三条の年長、三日月は――どう考えても今剣の保護者役にするのが良い。
ついでに事情も説明しておけば、後が楽だ。

「分かった、じゃあ行こ、二人とも」
加州は三日月の存在に心強さを感じながら、前田と平野を促した。
「「はいっ!」」

■    ■ ■

主が三日月と今剣に事情を説明する。
「そういうわけで、詳しい事はまた話しあおう。加州は料理が上手いんだ。でも加州だけじゃ家事とか色々、大変だから、皆でうまく分担して、三日月には、できれば小さい子の面倒とかを見て貰えたら助かるんだけど……?」

「ふむ。そういう事なら構わんぞ」
三日月は今剣の頭を撫でた。
「あ今剣、腕に乗ってたら三日月が疲れるかも。降りてやってくれ」
「あ、そうですね!」
「おっと」
三日月が微笑んだ。

「あるじさま!じゃあ、ぼくたちもいきましょう!――あれ、どっちですか?」
今剣が廊下に飛び出して言う。
「ははは。愛いものだなぁ。どれ、じじいも行くとするか。――あな。どちらだ?」
三日月が首を傾げた。
「こっちだよ、行こう」
主が言った。
「おお、では行こう」

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加州は、歩きながら、鯰尾が火傷を負って療養していると言う事を伝えた。
「そういう訳で、まあ前より良いんだけど、まだ……具合良くないから気遣ってやって。風呂に入れないくらいだから」
「「――はい」」
前田と平野は慎重に、という様子でついてきた。その様子に苦笑する。

「――鯰尾、起きてる?」
加州は部屋の外から声をかけた。

「ん……、あ、はい……?すみません寝てた。何かありましたか?」
眠そうな声が聞こえて来た。

「入ってもいい?あんたの弟が来たんだけど」
「――ぇ?弟――?」

鯰尾の声がはっきりしたので、加州は障子を開けた。
鯰尾は身を起こしている所で、前田と平野は加州の後ろから顔を出した。
「あ」

鯰尾が口を開けた。

「――前田、平野!」

鯰尾はぱっと顔を輝かせた。
「「なまずおにいさん!」」
二振はどっと押し寄せ、布団の側に膝をついた。
「ああ、お久しぶりです」「お久しぶりです、とっ、お加減はいかがでしょうか?!」
「うわーー!懐かしい!良く来たな!」
「あっ起きてよいのですか…?」
「ああ、うん、もういいよ、まだちょっと痛いくらい!いやもういいけど!」
前田と平野が鯰尾を気遣う様子を見て、鯰尾の元気な様子を見て、加州はほっと息をついた。少し涙ぐむ。

気配がして主と三日月と今剣が入って来た。
「お待たせ。皆。ちょうど良いから、とりあえずざっと必要なことを説明しようか」
主が言って、役目と、厠と睡眠と食事、ヒトの体に関する最低限の事を説明した。

「後でまとめた本を渡すから、各々、一回は読んでくれ。しばらくはこの皆で出陣とか内番とか回して、その後にまた少しずつ仲間を増やしていこうと思う。鯰尾は見ての通りのだけど、私の妻と娘を救ってくれた恩人だ。もちろん良くなったらまた出陣して貰うよ。いいね?」
「はい。もちろんです!任せて下さい!」
鯰尾が目を輝かせる。

加州は腰に手を当て、微笑んだ。
「よーし、じゃあ、本とって来る。そうだ三日月は手伝って、あ。ついでに厠も皆案内しようか、厠トレーニングは恒例行事……?今剣もついてきて」
「あいわかった」
「はぁい!」
「前平はどうする?」
加州が尋ねた。
「ついでに二人も行くといい」
主が前田と平野に言った。
「「あ、はい!」」

鯰尾と主、こんのすけだけになり、ふっと笑った。
「急に賑やかになりましたね。それに三日月さんがいるなんて」
「ん?知り合いだったか?」
「えっと、よく覚えて無いんですけど、確か一緒にいた事がある……と思います。見たらすぐに思い出しました。明日から、ちょっと歩こうかな。前より調子も良いんですよ」
「そうだなそろそろ。無理は禁物だ。これから前田と平野に世話をしてもらうから、……みんな、その為に来てくれたのかもなぁ……。俺は……、縁あって来てくれた刀剣達を、大切にしようと思う。私は良い審神者になるから、手伝ってくれ。歴史は必ず守る」

「はい。……この身の果てるまで。お供します」
鯰尾は微笑んだ。

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この本丸の刀剣男子は、非常に良く笑う。
その筆頭が三日月だ。
短刀達の保護者的な、おじいちゃん的な立場に収まった三日月は、たまに短刀に世話をされつつ、面倒をよく見た。
「三日月さんー、遅い」
「おっと、逃げられたか」
時に鬼ごっこにまじり、時に縁側で眺め、時に絵本を読み一緒に眠り。時に手習いを見て。
「あっはっは。よきかな、よきかな」
と笑っている。
初期に顕現し、短刀の面倒見係に任命されたせいかもしれないが――いや、どうやら元々、非常に子煩悩な性格らしい。目に入れても痛くないぞ、と三日月自身が言っていた。

この本丸の短刀達は一様に子供っぽく、まさに見た目のままだ。
男前な薬研ですらずいぶん可愛げがある。

加州は主の補佐として本丸の運営に務めている。
近頃、参謀に長谷部が加わった。

前田と平野。この二振りは常に鯰尾に付いている。そのことについて、二振は。
「なんでしょう。離れると落ち着かないのです」
「お役目のような……?いえ、鯰尾兄さんが好きなのです」
と言って微笑んだ。

「ご迷惑なら、離れますが……」
前田が言うので、鯰尾は頭を撫でた。
「そんな事ないよ。仲が良いのは良い事だ。それに出陣別の時もあるし、暇な時くらい良いだろ」
と言って甘やかす。
結局、火傷の跡は酷く残ってしまった。
鯰尾は他の刀剣達と風呂の時間をずらし、肌を見せないようにしていたから、後から来た者は知らない者もいる。

加州と鯰尾はだいぶ前に話し、あえて言う事もないだろう、と結論を付けた。
骨喰も来て、骨喰には主が事情を話した。
傷のことがあり、骨喰と鯰尾ははじめ少しぎこちなかったものの、程なく打ち解けた。

念願だった一期一振も鍛刀で顕現した。
どうやら主の霊力が高いらしい。

刀剣がそろうにつれ、主の意外な有能さが分かるようになって来た。
時が経つと、それはますます顕著になった。

――頼りないように見えても胆が座っている。
しかも、他の審神者が尻込みする時代へと、先陣を切る勇猛さも備え、冷静さもあり、徳もある。まだ若いのに術に達者で、頭が切れる。主の機転で窮地を脱した事が何度もあった。

まさに驚きの逸材だった。

刀剣達には、政府の要求通りの成果を求めたが、さりとて無理な進軍はしない。
一人で出来る事には限りがある。適材適所、なるべく任せる。そういう采配を常として、それでいて細かな無駄が無い。
これはよほどの人物だと政府内でも一目を置かれ始めた。

鯰尾はそんな主の元で、主を誇りに思い。他の男子よりゆっくりと、だが着実に力を付けていった。
――そして、恋もした。

刀剣男子のほとんどは、男色がたしなみだった時代に生きていた。だから希にそういう事も出てくる。
政府は刀剣同士の恋愛を禁止したが、主の考えは違った。

「政府はこう言ってるが、まあ、私も家庭を持ってるからな……。ウチでは大目に見よう。何、戦いに支障が出なければ良いさ」
そう言って笑った。

そのふれを聞く前から、鯰尾は心温まるような、密やかな恋をしていた。
その後、思いは通じ合い、おそるおそる、という感じに、ふれあうようになった。
二振きりの時、そっと手を握ったり。髪を梳いてもらったり。ふざけ合ったり。
――鯰尾は『彼』の事を愛していた。

出陣できるようになるまでは良き話相手、出陣するようになったら、同部隊で戦い。
お互い無二の存在となった。

(温かく、優しい……)

(この体を綺麗だと言った……)

部屋に朝日が差し込み、鯰尾は目を明けた。

――涙で目元がぬれていた。

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……鶴丸国永が顕現したのは、希少な刀剣としてはやや早めの十五番目だった。

「よっ。俺みたいなのが来て、驚いたか?」

口上を述べた鶴丸を見て、こんのすけが首を傾げた。
この鶴丸は、長襦袢の色が違う。
それを聞いた審神者は首を傾げた。彼はまだ鶴丸国永を見た事が無かった。
こんのすけは説明した。鶴丸の襦袢は普通は黒だが……この鶴丸国永の襦袢は鮮やかな赤色だ。

「へえ、そいつは驚きだな!色違いってやつか?ところで、」
鶴丸は目を輝かせた。鶴は鶴でも、個性があるとは。胸が高鳴った。

鶴丸国永は、ある思いを持って顕現した。
しかし、それを口にしようとした途端。

「この本丸に――」
その思いがなんだったのか、忘れてしまった。ぽかんと、口を開ける。

「……は、いるか?」
残った言葉はそれだけだった。

「?へ?何がいるかって?」
審神者は首を傾げた。
「いや。悪い。こっちの話だ。……?いや、うん?どうも寝ぼけているらしい。これからよろしくな。主」
鶴丸は苦笑した。

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「はぁ……」
鶴丸は縁側で、草履を脱ぐ為の踏石に足を置き。片膝を立てあぐらを掻いていた。
頰を肘で支える、だらしない格好だ。

鶴丸は内番着を着ている。が、どういう訳か、彼は内番着の襦袢も赤色だ。
血のような紅色ではなく、装飾だと主張するような赤。しかも透かしは鶴模様。
……この襦袢はもはや彼のアイデンティティとなっている。

鶴丸の表情は冴えない。鶴丸と言えば常に驚き桃の木、好奇心旺盛。明朗快活。
そういう刀剣で、この鶴丸にも当然、そういった部分はあるのだが……。

「はぁー……」
この鶴丸は、ここの所、ずっとこんな感じである。
その原因というのが――。

ざっ、ざっ、ざっ。
庭を掃除している、鯰尾藤四郎だ。

「長谷部さん、籠くださいー」
「ああ」
秋の景色は落ち葉がよく溜まる。
それにめざとく気づいた長谷部が、鯰尾を誘い掃除を始めた。
この後は焼き芋を焼いて皆に振る舞うらしい。
……おかげで非番の鶴はこうなった。

(――まったく、本当に仲の良いことで……)

鶴丸はそう思いながら足を伸ばして、手を廊下について。空を仰いだ。
「あー……」

「おいそこの鶴。暇なら手伝え」
長谷部が声を掛けてきた。

「あいにく……そんな気分じゃ無くてな。腹具合も良くない」
鶴丸は言った。確かに良くないが、空腹のせいだろう。
ここの所、食事もろくに喉を通らない。

「鶴丸さん、今日もあまり食べてませんでしたよね……。やっぱり、具合悪いんですか?」
少し離れた所から、鯰尾が言った。
「いや。まあ、焼き芋食うくらいの元気はあるさ。多分な」
鶴丸は苦笑した。

鯰尾は気が利くので、もしかしたら、自分を思って焼き芋でもやろうと思ったのかも知れない。
いや、そんな事は無いか――。

「はぁ……」
鶴丸は溜息を付いた。
ここにいても気が沈むだけだ。かといって、部屋にいるのも退屈だ。

「ちょっと出かけてくる。夕飯には帰る」
言い残して、縁側から立ち去った。

だいぶ冷えるようになって来たため、どの部屋も障子が閉められている。
鶴丸は近侍部屋の前に着いた。
「主、今入っても良いか?」
「ん?ああ鶴か。いいよ」
主が返事をしたので、鶴丸は立ったまま障子を開けた。

「なあ、ちょっと街に出かけたいんだが。門をつないでくれるか?」
鶴丸は言った。
「ん。ああ。いいよ。どこがいい?」
「いつもの所でいい。ちょっと小腹が減ってな。団子でも食ってくる」
「鯰尾達が焼き芋やるって言ってたけど、そっちは?」
「悪いが。誰かにやってくれ。今日はちょっと外に出たい気分なんだ。夕飯までには戻るつもりだが、遅くなるなら連絡を入れる」
「ん。分かった。気を付けて」
主が端末を操作した。
「つないだよ。戻るまでそのままにしとく。帰ったら来てくれ」
「分かった。そうだ。何かいる物があれば買おうか?土産はどうする?」
「そうだなぁ。今日は特にないかな――。あ、そうだ消しゴム買って来てくれるか?これの新しいヤツ。土産は、まあ芋もあるしいいかな。金あるか?」
「大丈夫だ」
鶴丸は言った。鶴丸は消費というものをあまりしないので、小遣いが貯まっている。

そもそも本丸にいれば食にも住にも困らないし、衣は手入れで事足りる。
――この鶴丸は手入れをする度、この赤い襦袢に白い着物になる。つまりめでたい色合わせだ。衣はそれで十分だ。
そうなると、金を使うのは菓子や身の回りの小物くらいだが、歌仙のように壺を集めている訳でも無い。酒も本丸にある分で足りるし、あまり飲む方でも無い。

伊達の面々など、親しい仲間はいるのだが、年嵩な彼等は土産にそう執着しない。
欲しければ自分で買いに行くだろう。
仲が悪いわけでは無く、結束は固いし、よく飲む。

鶴丸はというと、普段から結構ブラブラしていて、大倶利伽羅、和泉守と合わせて放蕩息子と呼ばれている。
――という感じだから、酒の肴を持てば喜ばれる程度だ。

「まあ、短刀達になにかあったら買ってくるか……」
とは言っても、鶴丸は短刀に軽い驚きを与えるのは嫌いでは無い。
「気にせんでいいよ。気晴らしに行ってこいって」
主が苦笑した。
「……そうか?なら、そうさせてもらう」
鶴丸は障子を閉め、一度自屋に戻った。

殺風景な部屋だ。
内番着から出陣服に着替え、刀を佩いた。
財布と、一応風呂敷も持ち、玄関から出て、庭を歩き正門をくぐった。

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街は活気に満ちていた。
刀剣男子がいて、審神者がいて、お使いらしいこんのすけも歩いていたりする。

「さて」
鶴丸は適当に歩き、まず主のお使いの字消しを買った。
「ああ、袋はいらない」
そう言って、大した大きさでは無いので懐にしまう。

「お座敷にどうぞ」
目に付いた茶店に入ると、奥の座敷に案内された。
土間をはさんで、黒い机がいくつか置いてある。

「何になさいますか」
布で顔を隠した、式神の娘が茶を運んで来た。
「そうだな、この汁粉と、みたらし団子を二本頼む」
鶴丸は長居するつもりで二品頼んだ。
「はーい。おっとさん、汁粉、みたらし一丁」「あいよ」
注文を流し、去って行った。

ちょうどそこに、客が入って来た。にっかり青江、三日月宗近、前田藤四郎だ。
鶴丸は、変わった組み合わせだ、と思ってぼんやり眺めた。

三振りは鶴丸の座敷の向かい、一番奥の四人掛けの席につくなり。
「それで、三日月さん、良い返事を貰えましたか?」「いい加減、皆が焦れているんだよ」
……恋バナをはじめた。

「…………」
どうやら、三日月が標的のようだ。
三日月はしばらく黙り込んだ後。

「そ……それが、さっぱり……」
と小さく呟いた。
前田と青江が、ああやっぱり、という顔をした。

「……」
じわ、と涙ぐんで、目元を押さえた三日月を見て、前田は小さく溜息をついた。
青江は天を仰いだ。
「そもそもです、……兄さんに、きちんと思いを伝えたのですか?」
「日取りの事もあるし、そろそろ出した方がいいんじゃないかな?予定のことだよ?」
「……それが……」

「ご注文は?」
茶が運ばれてくる。前田が顔を上げた。
「あ、ではぜんざい三つで。――とにかく、皆でそれとなくチャンスを作りますから。というか内番、毎日一緒なんですから、そろそろ頑張って下さらないと……」
「し、しかしな」
三日月はモジモジしている。

「……その、鯰尾がきわめてから、あまりにまぶしくて……。つい見とれているうちに、時が過ぎてゆくのだ……。ところで、今日は何日だった?」
「今日は二十七日です。……三日月さん、鯰尾兄さんと祝言を挙げたいとおっしゃったのは、先月の事でしたよね……?」
前田の言葉を聞き、三日月は唸った。
「そうか……そうだったな……」
「その時は、君、格好良かったのにねぇ……」
青江が苦笑している。
前田がこぶしを握る。
「三日月さんは、もっとご自分に自信を持って下さい!!三日月さんはお美しいです!格好いいです!顔面偏差値も、能力も、平均的な三日月さんと同じくらいはあります!ただ、鯰尾兄さんが極められて。その遙か上に行ってしまったと言うだけで――」
「………」
三日月は絶望的、という顔で硬直した。

「あっ、す、すみません。失礼しました。ですが三日月さんの素晴らしい努力は皆が知るところです。鯰尾兄さんだって、きっと受け入れて下さいますよ!」

前田は力説して、その後目を泳がせた。
「……おそらく、ですが」

耐えかねた青江がふきだし、小さくむせて。咳払いをする。
「くっ、ぶっ。――ゴホン。分かるよ。彼、前からかな?ちょっと話しかけにくい時があるよね……。でも、きっと話しがしたいって思ってるよ。この前だって、三日月さんの事を探してたし」
「そうです。兄さんの外出が増え、すれちがいになってしまうのは、今は仕方無い事です。それもそのうち落ち着くでしょうし……。……やはり、明日の内番の時にでも、それとなく、話題を向けて――いいえ、まず、話かけてみては?……このままでは一向に、話が進みません」

三日月がうっ、と顔をゆがめた。
途端にわぁああっ、と机に突っ伏した。
「っそれができれば苦労せぬ……!苦労せぬ!くろうせぬのだ!ああぁああううう!」
三日月は机をこぶしで叩いている。

「彼が通る度、跪くのを止めた方が良いね」
「ぁあぁああああ、ちがうのだ。体が勝手に、ぁあああぁああ」
頭を抱えて嘆いている。

鶴丸は微妙な気持ちになった。
……仮にも天下五剣だろうに、なんだか変わった刀剣だ。
それとも俺が知らなかっただけで、三日月ってのはこうだったのか?

鶴丸の本丸にはまだ三日月はいない。
そこで、前田と目が合って、前田が頭を下げた。
「あっ。申し訳ありません!静かにします」
「あ、いや……」
鶴丸は首を振った。

(こういうのはどうでしょう)(そういえばきみ、手紙作戦はどうなったんだい?)
(手が震えてかけぬ)(なさけなっ)
その後はひそひそ話しながら、作戦を練っているようだった。

「うむ、……うむ、あいすまぬ……うむ……そうだな」
どこかの三日月は、終始涙声だった。

そうか、恋というのは大変なんだな……。
そう思いながら、鶴丸は団子を食べて、汁粉を飲んで、代金を払って店を出た。

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(あれほどうろたえる三日月は、珍しいかもしれない)
店を出ると、面白いものを見た、という実感が沸いてきた。
これだから街巡りは楽しい。

沈んだ気持ちもだいぶ軽くなった。鶴丸はもう少し街をぶらつく事にした。
皆を驚かす土産でも買って帰ろう。

鶴丸はそれがいいな、と思ったのだが、ただの土産というなら、皆、今ごろ芋を食べて腹一杯だろう。午前中、厨房で短刀達が洗っているのを見たが、ずいぶん立派な芋だった。
鶴丸達の本丸はそう裕福では無いが、別段困っている訳でも無い。今回、主と有志は奮発したようだ。

(土産か……)
土産は土産でも、土産話はどうだろう?
意外とそういうものも喜ばれるのだ。
――今の話も十分土産になるのだが、さすがに天下五剣が可愛そうだ。
――高嶺の花の、鯰尾極?
(……鯰尾の極は見た事が無いが、どんなのだろうな)

そう思っていると、ちょうど前から極らしき派手な一団が歩いて来た。
(お)
見れば、骨喰極と、鯰尾極、青江極、堀川極、極薬研、極乱と極がなんと六振り勢揃いだ。
これは相当な手練れの本丸だろう。
先日、脇差の修行が許可されたばかりだ。それでもうあれだけ脇差を極めているのはすごい。
おかげでやたら目立つ。女性審神者にザッと付き従う様子を、皆が珍しそうに見ている。
一団のお目当ては鶴丸の眼前にある、表通りに面した書店。鶴丸は通せんぼされた格好だ。
軒先に書物が並んでいるのだが――。

「えっと……あ!あった!」
女審神者が言った。
「欲しいものとは、これか」
骨喰極が言った。
「そう!これ!」
「これぇ!?主、少年チャン○オンならお使い行きますって!」
鯰尾極があー、という顔をしている。
「いやごめんすぐ読みたくて」
どうしても欲しかったらしい。
鶴丸含め見ていた面々はずっこけそうになった。
極を連れて買い物の理由がそれか。なんで部隊全員で来ちゃったかな。
……古参ってこういう物なのかもな……という空気だ。

「んーちょっと暑い。……着替えてくればよかったかな」
堀川が襟巻きを外した。
「僕たち、思いっきり目立ってるね」「まあ、この面子ならそうなるだろうな」
乱は肩身が狭そうだ。狭い書店では確かに装飾が邪魔になる。薬研が苦笑した。
(だがずお兄が普段着でお使いに出て目立つよりマシだろう)(そうかも、さすが主さん。こっちのほうがまだマシだね)
何やらヒソヒソと話をしている。

「ついでにジ○ンプとサ○デーも買って行こうか」
「ガン○ンは?もう売り切れたのかな――?あ。あったこれもお願いします」
青江極と堀川極が話している。六振りはさっと会計を終えた。
「じゃ、お団子でも買って帰ろっかー」「やった!主、俺、鯛焼き食べたい!」
主の言葉に鯰尾極が言った。

すれ違い様に見ると、鯰尾極は確かに堂々とした様子であった。
高い位置でくくった髪。右肩を覆う白い外套。鎧。

(へぇ。立派なもんだ。あの鯰尾がああなるのか?)
鶴丸は目を見張った。
鶴丸の本丸はまだ若いので、極がいない。
池田屋は過ぎて修行の許可も出たのだが、主はまだまだ先だと言った。

あれは確かに少し話掛けにくい……?のかもしれない。
……太刀の修行はまだまだ先だろうし。
確かに三日月でも……気後れするのかもしれない。

脇差極はまだ演習でもあまり見かけない。また面白い物が見られた、と思い、鶴丸は微笑んだ。
土産話もできたし、そろそろ帰るか、と思ったその時。

「あ、ねえっ!ずお兄と鶴丸さんが話してた、恋占いの店、どこだっけ!?」

ふっと声が聞こえてまた振り返った。
乱藤四郎がすぐ近くの軒下で、で手に持った端末に向かって話掛けている。
『え?鶴丸さんは?』
端末から声がした。
「遠征中!街に来て曲がる場所が全然わかんないんだけど……今、招き猫屋さんの前だけど、この辺りだよね?」

端末の向こうで、少し急いた声がする。
『ああ、そこなら、ええと、確かそこから一本入って、確かEの四の二十八。乱のいる所からだと、その通りの鳥居の方に少し歩くと青い看板の骨董店があるから、そこを右に入って、突き当たりの三本道の一番右。そこからまたとにかく三回右に行けば、店に出るから!あ、ごめん、もう行かないと。見つからなかったら、あきらめて、今度また一緒に行こう』

「分かった、そうする!青い看板ね!さっきあったよ」
『気を付けて』

乱藤四郎は端末をしまった。そして何を思ったか、鶴丸の方――鳥居とは逆に走り出した。
「わっ!」「っと」
鶴丸は避けたのだが、乱はふらついた拍子に、紙の地図を落とした。
鶴丸は拾って渡した。
「あっ、ごめんなさい、ありがとう!」
乱は去ろうとする。
「いや。あおい――そっちでいいのか?」

「え?」
「いや、理由があるなら悪いが。聞こえたのだと、鳥居の方、だったような……」
鶴丸が言うと、乱はえ?!と言ってうろたえた。地図を目で追う。

「――Eの四の、二十八。Eの四の……!本当だ!」
「大丈夫か?」
「うん、ありがとう。真逆に行くところだった……!さっき青い看板のお店があって。それかと思ったんだ。助かったよ」
乱は目を丸くしている。
もし真逆に進んでいたら、当然たどり着けない。
「いや。場所が込み入ってるらしいが、一人で大丈夫か?」
鶴丸は言った。
「うわ、丸聞こえだった?恥ずかしい。うん。少し行ってみてダメだったら、また今度、兄弟と来るから。じゃあ」
乱は余程切羽詰まっているのだろう。足早に去って行った。

「恋占い、ねえ……」
鶴丸は一人呟いた。

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適当な店を覗きながら少し考えて、鶴丸はその店を見に行く事にした。
恋占い、というのが気になった。

何を馬鹿な、と自分でも思う。
そもそも、刀剣男子に占い?そんな話は聞いた事が無い。
しかも、恋占いと来た。
一体何を見て占うんだ?誕生日?いや、鍛刀日?
星占い??というのもあるらしいが……。それこそどうなんだ?

鶴丸はそこでふと気になって、自分の手のひらを見た。

――手相か?

(いや、まさか)
しかし手相なら、……いや、どうだろう。同じ鶴丸国永と比べた事は無いが……。
刀の持ちぐせ等で、変わる物なのだろうか?

……興味が湧いてきた。

ずっと気にかかっている事を、もしかしたら、聞けるかもしれない。

(俺はどうして、こんな色なんだ?)
(何か理由があるのか?)

――何か、忘れている気がする。

占いとは、おあつらえ向きだ。
こういうのは、主も管轄外だろう。

(そうだな、先に腹ごしらえしてから行くか)
鶴丸の脳裏に浮かんだのは、古い時代の祈祷だった。
辻占ならあれとは違うだろうが、それなりに時間がかかるだろう。
少し早いが、鶴丸は食事にする事にした。
ついでに主に連絡をした。

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周囲は暗くなってきていて、足元がおぼつかない。

三本に別れた道の後、鶴丸はとにかく右に行った。
途中で、渦を巻いたような路地の造りになっていると気が付いた。
(なるほど……これは分かりにくいな)

さらに進むと。薄ぼんやりとした街灯が見えた。
壁に埋もれるように、小さな平屋の建物がある。
柱に小さく、『占い』『刀剣男子専門』と書かれた看板が下げてある。

店の外観はまさしく、通りにあった、飴屋、干物屋、駄菓子屋にそっくりだ。
使い回しという感じがする。元はそういう店だったのかもれない。
駄菓子屋などの大通りの店は硝子の引き戸が開け放たれていて、土間があって、所狭しと商品が並んでいる。
この店がそれと違うのは、硝子戸ではなく、木の引き戸だと言う事だろうか。
既に閉まっている――のかと思ったが、正面の戸だけ硝子戸になっていて、布が内側からかけてあり、そこから明かりが漏れている。
少なくとも、誰かいるようだ。
鶴丸が気配を探ると、刀剣男子がいるのが分かった。二振。

――鶴丸は、もう終わっているかもしれないな、と思いつつ、硝子戸をたたいた。

かんかん。という音がした。
返事は無いので、もう一度叩く。

「はぁい」
すると中から、声がした。

「あっ?」
先程の乱だ。
「っと……」
「あっ、さっきの……?」
乱が鶴丸を一目みて言った。着物で分かったのだろう。
「悪い。後をつけたわけじゃない。この店が気になってな」
鶴丸は言い訳した。
「そっか、ううん。時間経ってるし、分かるよ。じゃあ、僕はもう行こうかな。ちょうど出る所だよ」
乱が言った。

部屋の中、一畳ほど先は黒のれんで仕切ってあって、奥が見えない。
乱は暖簾のれんをくぐり、中に入った。
「ありがとうございました、うん、すごく楽になった。ありがとう」
乱は言って、鶴丸に会釈して出て行った。

がらがら、と引き戸が鳴って、閉まった。
「まだやってるかい?」
鶴丸は尋ねた。暖簾の側に立て看板があって、料金が書いてあるが、どれもさほど高く無い。
「ああ、どうぞ」
声が聞こえて、――まるで自分の声のようだった。
鶴丸は暖簾をくぐった。

「よかった、先払いでいいんだな?」
そう言って、占い師を見て、鶴丸は硬直した。

占い師は肩くらいまでの黒髪で、顔を布で隠していた。
白い着物を着ている。

カミナリに打たれた様な衝撃だった。

「き、……きみ、……顔を見せてくれ」

「……?」
占い師は、戸惑った様だ。
「きみ、……鯰尾だろう?」

「――え?」
占い師が鶴丸を見上げた。
そして不思議そうに、首を傾げた後、どこかでお会いしましたか?と言って、ゆっくりと布を外して顔をみせた。

整った、利発そうな顔がそこにある。

「…………」
鶴丸は口をあけたまま、その顔をながめていた。


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鶴丸は古びた机に手をついた。
「ききみ、きみは!ひょっとして、ええと……、そうだ、平野と前田がいる……いや、どこもいるが、いつも一緒にいた本丸の者じゃ無いか!?おぼろげだが……、いつも君はあの二振と一緒にいた。そうだ、なんだったか、大きな事故があって、体中に火傷を負ってたんだ、それで!」

「!?」
鯰尾が目を丸くした。
「どうして、それを?」

「――」
鶴丸は顔をゆがめた。

「……君だ。俺は君を探してたんだ……!」
鶴丸は言った。

「そうだ、きみが、いや、俺がきみに、『生まれ変わったら、そうだな、君が一目でわかるように、目立つ格好にしようか。真っ赤か真っ黒か?』って言ったんだ、確か!そうだそれでこの着物だ!きみは、『それは目立ちすぎるから、どこか一カ所変えればわかる』って……!」

鶴丸は言った。
平和だった本丸は、突如、時間遡行軍の群れに襲われた。
第一部隊は不在。燃えさかる本丸。奮戦したが数に圧倒され。
最後、もはや二振とも、事切れるしか無いとなった時。来世を誓った。

『そうだ。生まれ変わろう』
鶴丸は言った。

『――これで終わりか?きみは。俺は』
鶴丸はそう言いながら、血だらけの鯰尾を抱きしめた。

君といっしょに、俺はもう一度生きる。
だから、これでお終いじゃない。主だって、きっとまだ生きている。
皆の心はまた、元に戻って、またいつか、生まれ変わる。

生まれ変わったら――その時はまた。

「……、あ、」
と、布の下から声がした。

鶴丸は鯰尾の肩を揺すった。
「覚えてるか!?」
「あ、えっと…………」
鯰尾の目が、潤んでいる。

鯰尾は鶴丸を見て、うなずいた。
鯰尾の目から、涙がこぼれた。

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「そういえば鶴丸、遅いな」

午後九時を回った頃、審神者が呟いた。
「門限はもうすぐですが、どう致しましょう」
側で仕事をしていた長谷部が言った。
この本丸の門限は九時半だ。
「電話するかな……」
審神者が言った。
門限を過ぎそうになった場合、一応審神者か長谷部が連絡することになっている。

「まあ、戻るまで開けとこう。お鶴は門限を破ったこと無いし」
「そうですね。ですが連絡は入れておいたほうがよいかと」
「メールしとこうか。別に、泊まりならそれでいいけど」
門限を過ぎた場合、各自で宿を探して泊まるか、審神者に閉門を待って貰うかどちらかになる。
夜遊びに関しては、この本丸はかなり緩い方だが、それでも連絡しなければ後で長谷部にしかられる。
長谷部は怒ると怖いので、皆、そこはきちんとしていた。

審神者はメールを送った。
「まあ、ぎりぎりに駆け込んでる来る和泉守獅子王パターンかな。熱中するものでもあったのかな。それかヤケ酒か……」
審神者は長谷部を見た。
「?」
長谷部はわかっていないようだ。
あの鶴丸はどうやら鯰尾が気になっていたらしい。態度を見れば分かる。
が、鯰尾の目線の先には常に長谷部がいて……鯰尾は鶴丸の事を、全くこれっぽっちも見ていなかった。端で見ていて、少し気の毒になったものだ。

狐の一件があっても、鯰尾と長谷部の仲はそこまで進展したと言うわけでは無いが、鯰尾から長谷部、長谷部から鯰尾へ、この道行きは定まってしまったように思える。
ここの鶴丸は――仲の良い物同士の会話に割り込んでいくタイプでは無い。

それに、鶴丸の態度もハッキリしない。鯰尾に特別な好意を持っているのは間違い無いのだが……鯰尾が気にはなっているのだが、意識しているのだが、どうしたものか、と言った様子で、本人の気持ちが定まっていないように見える。

あの一件で、失恋して傷ついた事には変わりないだろう。最近はかなり凹んでいたし。
あの鶴丸には、そういう若いところがある。それを言ったら他の刀剣達もだが……。

そう思っていると、端末が鳴った。
噂をすれば。鶴丸からのメールだ。
『主へ。すまないが、今日は泊まる。明日の朝、電話する。よろしく頼む』
それだけだった。

「ほお?おい長谷部、鶴、泊まりだって。珍しいな。金持ってるのかな」
「あいつはいつも持ってますよ」
長谷部が言った。
「まあ飲む事も多いからな。じゃあ、門閉めるか」
審神者は端末を操作して、門を閉めた。

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「ちょっと待ってて、こんのすけに連絡するから……」

鶴丸は店の奥、生活する場所に通された。
部屋を見ると、六畳間にこたつがあり、棚には占いの道具や書物があった。
部屋の先には引き戸があって、今は開け放たれていて、奥の調理場が見える。
こたつの上にはみかんや菓子も置いてある。

「――あ、お忙しいところすみません。あの、こんのすけいますか?」
鯰尾は端末を起動させた。
しばらく後、こんのすけらしき声が聞こえた。

「久しぶり、あの実は今日、鶴丸さんが店に来て――、あ、例の本丸の件だけど、今日か、明日にでも来られる?」
こんのすけの驚いた声が聞こえる。

「いまいるよ。部屋で待って貰ってる。でももう暗いから、どうしよう?……、うん、わかった」

会話を終え、鯰尾がこちらを見た。

「こんのすけが、こちらに来るから少し待ってて、って言ってます。時間は大丈夫ですか?……今日は、帰りますか……?」
鯰尾が見上げてくる。
鶴丸は苦笑した。
「君さえ良ければ、泊まっても良いか?」
鯰尾は頰を染めた。
「……それがいいです」
「――」
その言い方にやはり覚えがある。
鶴丸は端末を操作して、主に断りを入れた。

そうして、鯰尾を見た。
小さな顔、憂いのある表情。

「……」
見れば見るほど、間違い無いと思えた。
鶴丸は手を伸ばしかけてやめた。

「その髪……。最後に、君が自分で、切ったんだよな?そこから少し伸びてるが」
鯰尾が目を丸くした。
「……!そう、そうです。そこは覚えてます!あっ。うわ、凄い。……はっきり思い出してきた」
鯰尾は頭を押さえた。

『俺はそんな器用な事は出来ませんから』
これで勘弁して下さい。と言って鯰尾は髪を切った。

「『それじゃ、のびてくるかもなぁ』……、って言って、そこで俺は折れたな」
「俺はその後、ちゃんと、伸びてきたら切りますから、って言いました。多分、そこまででしたけど」
「そうだったのか?……だが何故俺も君も、あそこまで怪我をしたんだ?襲撃だったのは分かるが……細かないきさつが……」
鶴丸は首を傾げた。
「――そこは思い出せないんですか?」
「――ああ。今の本丸に顕現した時は確かに覚えていて。君の事を探そうと思っていた。が、すぐに……記憶が遠のいた感じがして、忘れてしまった。新たに主を得たせいかもな。だが、さっき君を見たら思い出した。初めと終わり、ってくらいだが……」

言いながら鶴丸は、感動していた。
どんどん記憶が鮮明になってくる。

鶴丸はずっと、自分の本丸の鯰尾が気になっていた。
だが、同時に、これで良いのだろうか?という思いもあった。
それであの鯰尾に対して積極的になれなかったのだ。
……積極的になれなかったと言うよりは、そういう気分になれかったというか……。

何かが違う、自分が探しているのは何なのか。釈然としない。
だが、探している物など本当にあるのか?
そう思って、物も増やせなかった。そればかり考えていた。

「――今、君はどんな暮らしなんだ?刀剣だが、占い師?不自由はしてなさそうだが……」
「……ええとですね……」
鯰尾は自らの事を話し出そうとした時、端末が鳴った。

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こんのすけと、こんのすけが担当する審神者がやってきた。
こんのすけが、とん、と畳に降り立つ。
そのこんのすけは目が見えないようだった。

「!」
鶴丸はこんのすけを見て、はっきりと全てを思い出した。
おびただしい敵に囲まれた本丸。燃えさかる炎。玉砕覚悟で戦う男子達。消耗戦になり、折れてゆく仲間達。
こんのすけは瘴気をあび、壁に叩き付けられ気を失って。
「――そうだ。それで、主はどうなった?!」
鶴丸は言った。
門は閉ざされ、援軍は来ない。

鶴丸は記憶をたどった。
「確か、主が第一部隊を連れて。演習に出て行った……、その後だ。門が開かなくなって、急にやつらが。主はどうなった!?」

「……」
こんのすけは、見えない目で鶴丸を見ていた。

盲いた瞳が潤み始めて、あっと言う間に、うぁああああんと泣きだした。

「鶴丸様……!そうです、ぁあああん!!そうですっ、主様は謀られたのです!政府の人間の謀略です!!鯰尾様が、現世で主様と主様のご家族を助け、不浄の傷を負わされた事件。あれは本当は、主様を狙い、政府内の人間が起こしたものでした……!!それだけでは飽き足らず!!っ、ううう、ううううっ!!やつらは敵に本丸を売ったのです!!ひどい妬みでした!!」
おいおいと泣くこんのすけを鯰尾が撫でた。

「……でも、主さんは助かったんだから……」
鯰尾は沈痛な面持ちだ。
「っ――生きてるのか?!」
鶴丸は目を見開いた。

「……でも、もう審神者じゃないんだ……。俺はそれでもいいと思ったけど……」
鯰尾が目を伏せた。

「そいつは、どういう……?」
鶴丸は尋ねた。
「……」
こんのすけは、うっ、うっ、と嗚咽を漏らして目をこする。

「……こんのすけ。私から……話してもいいかな」
今まで黙っていた審神者が言った。

「……」
こんのすけは泣きながら震えている。
審神者はこんのすけを膝の上に置いた。

「まずね、分かるかも知れないけど、きみたちの本丸があったのは、……まだ、というべきかもしれないけど。もう四十年以上前の事だ。――もうあの事件に関わった者達は皆捕まるか、自滅している。その人達も、本丸を敵に襲撃させて、手柄を分け合おうなんて、馬鹿な事を考えたもんだ……」
審神者が溜息をつく。

「君達の事件を政府はずっと、秘密裏に調査していた。明らかに大儀に背く行為だからね」

「――主様は、……。今、意識がどこにもないんです」
鯰尾が言った。
「――なに?」
「第一部隊は、主を守って散った……のだと思われます」
こんのすけが言った。

「主様は演習場から、政府と、友人だった白玉の審神者様に救援を要請しました。ですが、ゲートが閉ざされていて。白玉の審神者様も、政府の救援も間に合わず、演習場に残っていたのは……折れた第一部隊と、空っぽになってしまった主様だけでした。主様はご家族が申し出て、今は審神者を辞め、現世に」
こんのすけの言葉に、鶴丸は腰を浮かせかけた。
「まて。あの第一部隊が!?負けた?」
「……ええ。多勢に無勢、だったのでしょう」
こんのすけが言った。

「……っ!!あいつらが……!?負けた……!?」
鶴丸は目を見開く。

「……、……加州が……」
加州は初期刀で、優しく、強く。
戦では先頭に立ち、皆を率いていた。

「みかづき……?」
のんびりしているのに、戦では一番の働きをする。
本丸一、頭が切れる。どこの刀剣と戦っても土付かず。まさに主の誉れだった。

「蛍丸」
一閃で何体もの敵を切り裂き、大太刀なのに、恐ろしく素早い。
あそこの蛍を見たら馬で逃げろ、と言われていた。

「一期」
冷徹に剣を振るうが故に、情けすら感じる。
粟田口の長兄にして、御物。本丸では本当に良い兄だった。

「江雪」
和睦というのは何だったのか。戦に出したらめきめきと強くなって……。
皆が恐れおののいた。岩を豆腐のように斬っていた。

「……ほりかわが?……嘘だろ?」
優しげな顔をして、外道な知略が大の得意。
三日月が表なら、堀川は裏。二人あわせて、敵無しと言われた。

彼等だけでは無い。
鶴丸は全てを思い出した。

当時、最強と言われた本丸。
皆がうらやみ、教えを請う者もいた。
鶴丸だって、滅法強かった。

「鶴丸様。……演習場に居合わせた審神者は、全て行方知れずになりました。詳細はずっと機密になっていて、……悔しい思いをしました。鯰尾様が政府の刀剣として、顕現されたと聞いて。以来、しばらくは鯰尾様と一緒にいましたが……、今はこちらの審神者様の本丸の担当をしています」
こんのすけが言って審神者を見た。

「――あの時実際に、何があったか。……私も知らないんだ。けど、君達の件があってから、政府は『極』の道を探し始めた。癒着の無い仕組みを作ろうと、サーバーを増やし、やり方も変えた。今、ようやくそれが……身を結び、形になってきている、私はそう信じてる。これはつい先日、ようやくと言う感じだけど、この件で問題だった、政府内の不穏分子も全て片付いた。これはこちらの都合だね……遅くなって、もうしわけない」

「鯰尾様は、」
こんのすけが言おうとしたとき、鯰尾が顔を上げた。
鶴丸の手を取る。

「鶴丸さん!協力して下さい!」
ぎら、とした目で鶴丸を見た。

「――主の心は、本当に空っぽで。どこにもありません。だから、もしかしたら、三日月さんが、何か術を使ったのかも知れない」

「……っ」
鶴丸は愕然とした。

「――って、まさか。確かに、三日月は術に明るかったが。君ほどじゃないだろう」
「いえ、ああ見えて……。いち兄も結構やります。いち兄が助けて何とか主を、魂だけでも避難させたのかもしれない。第一部隊の皆の本体は拾い上げられた瞬間に消滅したそうです。乖離即譲の儀を応用したのなら。三日月さん達なら、戦いながらでも、そのくらいはやってのけます」

鶴丸は唸った。
「それは……。だが、思いっきり、禁術じゃないか!そもそも、できたのか!?」
「多分、かなり無理矢理……。演習場にいた審神者や刀剣が消えたのは、誰かが、足りない力を……。その場の審神者から吸い取ったからだと思います。……鶴丸さん……」
鯰尾は苦い表情をした。

「……空っぽになった主様は、お年を召されてないそうです」
鯰尾が言った。
「げっっ。誰だ?そんな事をしたのは……いや、誰でもやりそうだが。いかんだろ!」
鶴丸は思わず普段の口調を忘れてしまった。
「本当に。でも今思うと、当時ってアホみたいにその辺の制限緩かったですね……政府も手探りだったんでしょうが……」

「あー、何も聞こえないなぁこんのすけ……」
審神者は口笛を吹いている。
彼はこの辺りの事情を詳しく知っているのだろう。

鶴丸は腕を組んで考えた。
「じゃあ、ひょっとすると、代償を引き受けたヤツは……まだどこかに残ってるか?……探れないのか?」

鯰尾は眉をひそめた。
「すぐ後なら、まだ捕まえられたかもしれないですけど、……俺が起きたのは、十八年も後で、今までは……鶴丸さんや、昔の仲間の記憶も不完全でしたし。こんのすけに会って、色々調べた時には、演習場は閉鎖されていて……。ですけど、主の様子を聞くと、第一部隊が主を守ったのは、おそらく間違い無いと思います。えげつない時代でしたね……」

「だな……。今の戦が平和に思えてきた」
鶴丸は机にもたれ、深く溜息をついた。

当時の戦いを思い出す。あれはまさしく『戦』だった。

「今じゃ、向こうさんもきちっと部隊を組んで襲ってきてくれる。昔じゃ考えられないことだ。お互い消耗が激しかったから、自然とそうなったのかもしれないが……」

「協力してくれますか?」
鯰尾が言った。
「もちろんだ。が、見つかるのか……?輪廻から外れてしまった者は……どうなるんだったか……」
「今回の場合は。主の状態は安定しているので……。だけど、きっと、絶対に誰かが、主のために残っているはずです!その一振りが誰かは分からないですが。他は……儀式の際に消滅したと思います。占術も試しましたが、卦にはでません」

「なるほどな。誰が残ってるか、見当が付くか?」
鶴丸は言ったが、鯰尾は首を振った。
「分からないです。……元の場所はもう無くなっていて。やりそうなのは、正直、全員ですが。三日月さんか、江雪さんあたりかな……」
「堀川じゃないか?」
「堀川は、ああ見えて最後のタガは外さないですよ」
「そうか……?」
鶴丸は引きつった。


「――、と、すまない、そろそろ……刻限が」
審神者が言った。
「あ。申し訳ありません。遅くまで……」
鯰尾が審神者に頭を下げた。
「いや。良かったな。仲間が見つかって――。でも、何故、君達はまた出てこられたんだろうな……?」
「多分、俺のせいだと思います。いえ、鶴丸さんのせいかも……」

鯰尾は生まれ変わる、という決意の後に自分がしたこと語った。
それを聞いた審神者はほう、と言った。
「なるほど。やはり……当時の刀剣はすごかったんだなぁ。センセイ達から聞いていたけど、実感したよ。今は色々、制限かかってるらしいからな……」
「問題も多かったので、それでいいと思います。これだけ本丸があれば、総合力に差は無いですし。良い方向を選んだと思います。俺達は無限なんだから」
鯰尾は苦笑した。

「じゃあ、また何かあったら連絡を。私では頼りないかもしれないが、こんのすけの為でもあるし。できる限りの事はしよう。な」
審神者はこんのすけを抱き上げた。

「鯰尾様。鶴丸様!また明日、連絡します。お二人の今後についても……鶴丸様の審神者様を交え話合いたく存じます」
「ああ。そうしよう」
鶴丸は頷いた。

――が、これは大変な事になりそうだった。

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審神者とこんのすけはひとまず帰ったが、鶴丸は鯰尾と離れる気にはなれなかった。
自分と鯰尾の、今後……。

「君さえ良ければ。俺の、今の本丸に来ないか?」
鯰尾を見つめて、鶴丸は言った。

「……え、でも……」
「そういえば。君の……主は?つながりが見えないが」
鶴丸は気になっていたことを尋ねた。鯰尾の気配は野良のそれだ。

「――俺は政府の刀剣だったんです。でも火傷の跡で、……素性が分かって。こんのすけのおかげで、今はここに。占いは趣味と実益?を兼ねた……趣味です」
鶴丸は微笑んだ。
「……そういえば、君、だいぶ凝ってたな。そうか」
「色々勉強して……、面白いんですよ。当たるって評判で。そうだ、また獅子王さんに相談してみます。政府の方ですが、その方がサーバーを管理をしていて……。たまに手伝ったり、お世話になったりしてるんですよ」

「そいつはいいな」
話しながら、だんだんと、二振りの距離は近づいていった。

■    ■ ■

鶴丸は夢を見た。

あの本丸の刀剣男子は、皆、非常に良く笑っていた。
その筆頭が三日月だ。
短刀達の保護者的な、おじいちゃん的な立場に収まった三日月は、たまに短刀に世話をされつつ、面倒をよく見た。
『三日月さんー、遅い』
『おっと、逃げられたか』
時に鬼ごっこ、時に縁側で眺め、時に絵本を読み一緒に眠り。時に手習いを見て。
『あっはっは。よきかな、よきかな』
と笑っている。
初期に顕現し、短刀の面倒見係に任命された事もあるが、どうやら非常に子煩悩な性格らしい。

鶴丸はそれを見て目を細める。良くせがまれて肩車をした。

あの本丸の短刀達は一様に子供っぽく、まさに見た目のままだった。
薬研ですらずいぶん可愛げがある。

加州は主の補佐として本丸の運営に務めている。
参謀に長谷部、それに堀川が加わった。
蛍丸は鬼より強い。一期を怒らせたら大地が割れる。

前田と平野。
彼等の練度もとうに上限に達している。あとは習合をして、さらに強化するだけだ。

この二振りはやはり常に鯰尾に付いている。
『そうですね、やっぱり離れると落ち着かないのです』
『僕たちは鯰尾兄さんが好きなのです。いえ、鶴丸様には敵いませんが』
と言って微笑んだ。
鯰尾はたまに寝込んだりするが、コツコツ出陣を重ねて練度を上げた。

鶴丸は年がら年中一緒って訳じゃ無いぞ、と言って苦笑する。
鶴丸は、三日月、歌仙の後に顕現した。
鯰尾が前田と平野がいないと暇だ、と言っていたので、そこから話相手をしているだけだ。
まあ、思いがけず気が合い、かなり親しい仲なったのだが……。

『お邪魔なら、離れますが……』
前田が鯰尾に言うと、鯰尾は前田の頭を撫でて。
『そんな事ないよ。仲が良いのは良い事だし』
と言って甘やかす。平野も抱えて、幸せそうに目を閉じる。

廊下を丁度、骨喰と三日月が通りかかる。骨喰の部屋は鯰尾の隣だ。
『三日月、飾りを部屋に忘れるな』『ん?』

廊下から、また別の会話が聞こえる。
『今日のおやつ、なんだろう』『そういえば昨日さー』
『あれ、畑当番だった?間違えて馬当番やっちゃった!』『あー』

『おーい!!皆ただいまー!お土産あるよ、集まれ!』
加州が帰って来た。主の気配がする。皆が顔を上げ、一斉に駆け出す。
鶴丸は鯰尾に手を貸して、鯰尾は鶴丸の手を取り立ち上がる。

鶴丸は鯰尾を、あの本丸を、愛していた。

鶴丸は泣いた。
……鶴丸は、今の本丸も愛している。

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翌朝、鶴丸から通信が入った。
「え?……え?、ああ。うん。え?………、え!?……え!?わ、わかった。とりあえず、えっと、まず一振で帰って来い。まず事情を聞いてからだ」


戻って来た鶴丸は、少しバツが悪そうにしていた。
「悪かったな。昔の知り合いに会ったんだ。今後は気を付ける」

「――知り合いって」
審神者は鶴丸を見た。

鶴丸は顔を背けた。
「その、まあなんだ、さっき話した、連れていきたいやつ……のことだ」
審神者は目を丸くした。

……鶴丸から詳しい話を聞き、審神者は仰天した。
「そう言うわけで、いや、無理なら俺があちらに通うから、それでいいんだが……」

「え、ううーん?待った、その場合って、主は、前の主でいいのか?」
審神者の言葉に、鶴丸は顔をあげた。
緊張か、高揚か。頰が赤くなっている。
「あ、いや、その辺りは俺もよく分からない。前の主は、おそらく、もう審神者復帰はしないだろうから……、復帰も……いや、わからないんだが。あの鯰尾は政府所属で、主がいない。これは本人次第だが、できれば身柄だけでも、この本丸においてやって欲しいんだ。例の刀剣が見つかるまで。――長くなるかもしれないが、元の主の為にも、探してやりたい」

「……う、ううーん、……鶴は、そっちの方が、いいのか……?」
審神者は言った。

「そっちって?」
「いや、私より、前の主の方が……、聞くだけで頭が痛くなるくらい難しい話だが……」

「っ、それは……なんとも言えない。すまん。分からん。ただ、今は何とかしてやりたいっていうのが本音だ……」
鶴丸はすっかりしょげ、非常にしんなりとしている。そのまま続ける。
「……本音をいうと。思い出したからには、あの主に会って駆け寄りたい。が、それは今はできない。それに、この本丸も、きみも、俺の主だし、俺の本丸はここだ。最低なのは分かっているが……、雑巾としてでも良いから、ここに……置いて貰えないか……?ダメなら出て行く」

鶴丸に請われ、審神者は泣きたくなった。
そういうやつだと分かっていたが、本当に思春期の息子みたいなことを言い出すなんて。
なんとも言えない気持ちになって、じんわりと涙がにじんだ。

鶴丸。鶴……。
どうしてだか、少し色が違った鶴丸。

「……。大丈夫だって。そう急かしたりしないって。時間がかかりそうだし、……もし、……もし俺のかたなじゃなくなっでも、たまにはかえってこいよ……!」
最後、涙腺が決壊してしまった。

「……、あ、あるじ……っ、あるじっ……すまない……っ」
鶴丸も泣きだした。
「なんだ、なんだ。なくな、それで、相手の子はどんな刀剣だ?」
「!っ。鯰尾だ、あるじ……」
「なんだって!?そりゃめでたい……!よかったなぁ……つる……!」
審神者は鶴丸の手を取った。
「ああ、ああ。俺は、ちゃんと覚えてたんだ。むこうも、俺のこと、探してたって……!」
「つる……!!でかしたぞ……!」
「あるじ……!!」

そろっておいおいと泣いた。

〈おわり〉
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