投稿日:2021年01月31日 01:14 文字数:32,826
Get Movin'
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この物語は、2007年に発行した
ノブくん×竜さんシリーズ第1冊の同タイトルの再掲です。
13年前の作品のため、スマホもツイッターもない時代であり、近々キャラクター自体はいかしつつ現代にリニューアルしたリメイク版を作成予定です。
リメイクに伴い、大元の作品もどこかに残しておきたく、ここに残すことに決めました。
閲覧にあたり、1ページ目の注意点ごご確認下さい。
ノブくん×竜さんシリーズ第1冊の同タイトルの再掲です。
13年前の作品のため、スマホもツイッターもない時代であり、近々キャラクター自体はいかしつつ現代にリニューアルしたリメイク版を作成予定です。
リメイクに伴い、大元の作品もどこかに残しておきたく、ここに残すことに決めました。
閲覧にあたり、1ページ目の注意点ごご確認下さい。
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<はじめに>
・ヘタレ年下わんこ×年上おっさんです。
・音楽業界モノです。
・一回りくらい年の差あります。
・2007年に同人誌として発行済
・スマホ・Twitterのない頃の設定です。
・夏フェスブームの頃のネタです。
・今後同じキャラを使って、別設定の作品を展開予定ですので、その辺りご理解ください。
・過激ではありませんが、「行為あり」です。「同棲」しています。
・割と甘いです。
以上を踏まえて、興味のある方はどうぞ閲覧ください。
------------------------------------------------------------------------------------
Get Movin'
●登場人物●
笠木 修宏[かさぎ のぶひろ]
音楽業界の中堅どころ、脂の乗った40代。
ほぼ一回り年上で業界の先輩である西脇とは、色々経て現在は恋人同士、そして同棲中。その事は先輩歌手である高山にのみ話しており、世間には隠している。
明るく時に調子が良すぎる事もあるが、西脇に甘やかされ、時に諌められている。西脇にベタ惚れ。
愛称はノブ、又はノブくん。
西脇 竜治[にしわき りゅうじ]
低音ボイスが魅力の歌手として活動する傍ら、独立し自分で事務所を構え、社長としての顔もある。
そのルックスは役者であれば悪役か、ヤクザ映画に出そうな渋顔。
しかし強引かつ甘えたがりな笠木をつい許してしまう面もある。子供がいなかった為、妻と共に笠木のことを我が子のように気にかけてきた。
妻と死別後、悩みながらも笠木の気持ちを受け入れ現在一緒に暮らしている。
愛称は竜さん。
高山 道恵[たかやま みちえ]
西脇と腐れ縁的長い付き合いの実力派歌手。それゆえ一緒の仕事も多い。
西脇よりは年下で、外見も美人というより可愛い系の年齢不詳キャラだが、その中身はとても姉御肌で、西脇を後押ししたり、笠木を引っ張っていったり。西脇に妻が居た頃や、現在の二人の関係は知っており、影ながら見守り応援している。
小学生の子供を持つお母さんでもある。
片桐 菜々子[かたぎり ななこ]
元々は人気若手女優。笠木が音楽プロデュースし、歌手デビューを果たした新人。可愛くて礼儀正しい。元々はアナウンサー養成所出身という経歴の持ち主で、喋りを得意とする。
笠木からは「菜々ちゃん」と呼ばれている。
民井 基次[たみい もとつぐ]
業界最大手のタミィレコード社長。笠木を引き抜こうと画策している。その為には手段を選ばず、時に笠木の行動を妨害する。
笠木とは過去に何らかの因縁があるらしい。
・ヘタレ年下わんこ×年上おっさんです。
・音楽業界モノです。
・一回りくらい年の差あります。
・2007年に同人誌として発行済
・スマホ・Twitterのない頃の設定です。
・夏フェスブームの頃のネタです。
・今後同じキャラを使って、別設定の作品を展開予定ですので、その辺りご理解ください。
・過激ではありませんが、「行為あり」です。「同棲」しています。
・割と甘いです。
以上を踏まえて、興味のある方はどうぞ閲覧ください。
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Get Movin'
●登場人物●
笠木 修宏[かさぎ のぶひろ]
音楽業界の中堅どころ、脂の乗った40代。
ほぼ一回り年上で業界の先輩である西脇とは、色々経て現在は恋人同士、そして同棲中。その事は先輩歌手である高山にのみ話しており、世間には隠している。
明るく時に調子が良すぎる事もあるが、西脇に甘やかされ、時に諌められている。西脇にベタ惚れ。
愛称はノブ、又はノブくん。
西脇 竜治[にしわき りゅうじ]
低音ボイスが魅力の歌手として活動する傍ら、独立し自分で事務所を構え、社長としての顔もある。
そのルックスは役者であれば悪役か、ヤクザ映画に出そうな渋顔。
しかし強引かつ甘えたがりな笠木をつい許してしまう面もある。子供がいなかった為、妻と共に笠木のことを我が子のように気にかけてきた。
妻と死別後、悩みながらも笠木の気持ちを受け入れ現在一緒に暮らしている。
愛称は竜さん。
高山 道恵[たかやま みちえ]
西脇と腐れ縁的長い付き合いの実力派歌手。それゆえ一緒の仕事も多い。
西脇よりは年下で、外見も美人というより可愛い系の年齢不詳キャラだが、その中身はとても姉御肌で、西脇を後押ししたり、笠木を引っ張っていったり。西脇に妻が居た頃や、現在の二人の関係は知っており、影ながら見守り応援している。
小学生の子供を持つお母さんでもある。
片桐 菜々子[かたぎり ななこ]
元々は人気若手女優。笠木が音楽プロデュースし、歌手デビューを果たした新人。可愛くて礼儀正しい。元々はアナウンサー養成所出身という経歴の持ち主で、喋りを得意とする。
笠木からは「菜々ちゃん」と呼ばれている。
民井 基次[たみい もとつぐ]
業界最大手のタミィレコード社長。笠木を引き抜こうと画策している。その為には手段を選ばず、時に笠木の行動を妨害する。
笠木とは過去に何らかの因縁があるらしい。
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第一章 初企画
「夏フェス、やりましょう!」
女性スタッフの一人が突然言い出した。それは五月の連休も終わりやや曇天の平日、都内の某スタジオでのことだった。彼女から淹れたてのコーヒーを受け取った笠木修宏は、聞き慣れない言葉に眉を寄せた。するとスタジオミュージシャンの綿引が、チューニングの終わったばかりのギターをそっとケースにしまいながら、口を挟んだ。
「なんか、今年やたらと話題になってますよ……それ」
綿引は立ち上がると笠木達の方にやってきて、テーブルから誰も口を付けていないカップを選んで手にした。意見をいったスタッフの他に、この場には女性のスタッフがもう二人きていたが、彼女達もこのアイデアに賛成の様子だった。機材ブースに居た男性スタッフは仕事の手を休めることなく、それでもこちらの会話に聞き耳をたてている。
「夏フェスという言い方でもてはやされているのが、特に今年は目立っているってだけで、いわゆるフジロックフェスティバルだとかサマーソニックだとかの、ああいった大規模ライブイベントのことですよ」
数組のアーティストによる野外ライブで連日行われるライブを主にさすが、今年は特にそれが全国で多く企画されているらしい。どこのメディアが言い広めたのか、それとも誰かが雑誌で取り上げたのか、夏恒例の野外ライブ自体はそう珍しいことではない。
「チケットセンターのホームページでも、わざわざ夏フェス頁を作るくらいだし、便乗企画とか多そうですよね」
ここ数年の野外ライブと夏フェスの違いは、その客層だという。普段の野外ライブなどは、出演アーティストを常日頃から応援しているファン、つまりは固定客である。それに比べ、夏フェスというブームの今回は、普段コンサートに足を運ばないような層、言うなればファミリー層がせっかくの休みだからと参加する傾向にある。
「つまり、お台場にいったり花火大会を見にいったりする感覚で、盛り上がる場所にいってみようかということか」
綿引の説明になんとなく判った気がして、笠木はふぅんと他人事のように聞いていた。
「そう、だから夏フェスやりましょうよ」
女性スタッフはうきうきとした様子で更に念を押した。
「でもさ、そういう何組もの合同ライブなんてうちらジョイントコンサートでしょっちゅうやっているよな」
何もわざわざ夏フェスと称さなくても、と笠木はあくびを一つかみ殺す。
「だからこそ、ですよ!夏フェスブームに便乗して、うちらのライブも周りから注目されるように全面的に押し出すんです」
「お、そうか。普段のファンだけじゃない、初めてのお客さんにも足を踏み入れやすいようなセッティングをするってことか」
女性スタッフの力説に、綿引はちょっと興味を引かれた様子であった。確かに、夏フェスの特集ページで開催予定の中の一つにでも組み込まれれば注目度は普段より高まる。昔バンドブームだった頃の世代が三十代、四十代となり、家庭を持ってコンサートにも足が遠のいていたのを、これを機に笠木達の生の歌を一度くらいは聴いてみるかと考える可能性はある。
「へぇ、面白そうだな」
不意に低く柔らかな声音が後ろから響き、笠木は振り返った。そこには、このスタジオに到着したばかりの西脇竜治が立っていた。
「竜さん、お疲れ様です」
「西脇さん、いらっしゃいましたよ」
彼の登場にスタッフ達がいささか沸き立ち、レコーディングの準備を始めた。西脇はコーヒーを片手に壁際のソファにゆっくりと腰を下ろした。
「面白そうな企画じゃない、詳しく聞かせてよ」
女性スタッフの意見を多少の補足を交えながら、綿引が説明をした。西脇の乗り気に、笠木も先程よりは身を入れて聞いていた。
「確かに形式としては普段の俺達のライブと大差はないけど、野外ってのは興味深い。晴れた日に緑に囲まれて歌うとさぞかし気持ち良いだろうね」
視線を遠くに飛ばしてうっすらと笑顔を浮かべている西脇は、おそらく野外で歌う感覚を想像しているのだろう。実際、数年前に彼は長時間の野外単独ライブを決行しており、その時のことを思い出しているのかも知れなかった。そんな彼の横顔を眺めながら、笠木もまた、そのステージにゲスト出演した時のことを脳裏に思い起こした。
(確かに、野外で歌う竜さんはまた格別だった)
伸びがいい声質の西脇は、振り絞って叫ぶタイプの笠木と違って、歌う場所が広ければ広いほど存在感があった。笠木が十代の頃から既に歌手だった西脇は、若い頃と遜色なく伸びやかに歌う。むしろ年を重ね、低音にも磨きがかかり、自分もプロであることを忘れるほどに笠木を魅了していった。西脇の歌声の前では、笠木も一ファンに過ぎない。
「ノブ、どうした?ぼうっとして」
自分を見つめたまま黙り込んでいる笠木に、西脇が声をかける。
「俺もまた竜さんの歌、野外で聞きたいなと思って」
満天の星の下で歌う彼を想像し、笠木は緩みそうになる顔を頬杖をついて隠すようにして答えた。
「ですよね?笠木さんもそう思うでしょう?」
しめたとばかりに言いだしっぺのスタッフが、自分なりの考えた候補地を紙に書き出し始めた。
「まぁ、具体的な話はひとまず後回しにして、先にレコーディング済ませないか?」
西脇はコーヒーをテーブルに置くと、ジャケットを脱いで立ち上がった。彼がこのスタジオに来たのは、秋に始まる番組の主題歌を録るためであった。歌は笠木と一緒にという制作者側の意向で、綿引は若いながらも作詞作曲の腕は確かなスタッフとして、またギタリストとして参加していた。
「じゃあ、竜さんこちらへ……」
綿引が譜面を取り出し、最終確認を始めた。それを頷きながら聞く西脇の背中をじっと見つめ、笠木は夏フェスのことを漠然と考えていた。
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「で、結局はどうするわけ?」
日にちや場所を確定する前に、出演者にスケジュールの状況を確認するのがスタッフの役目であるが、年に幾度も同じステージをやっている者同士、スタッフを通さなくてもすぐに電話などで連絡が取れる。笠木は、試しに高山道恵に電話をかけた。
「電話で大まかに聞いたから、やりたい内容は大体判ったけど」
西脇と付き合いの長い彼女は、子持ちのボーカリスト。今回の企画が家族層への挑戦と聞き、子供大好きの彼女の興味を大いに引いた。子供に対してだけでなく、大人に対しても世話好きなところがあり、特に年下の笠木にとっては、良き相談相手として頼れる姉のように、時には母親のように信頼を寄せる存在である。実際は西脇よりも年は下だが、しっかりものの彼女は西脇にとっても頭の上がらない家族のようなものであった。
笠木が電話した時は仕事中で出られなかったが、仕事を終えて折り返し連絡をしてきて、この後に予定はないからと笠木達の居るスタジオへ足を運んでくれた。
「夏のライブを今から企画するには、ちょっと時間が無さ過ぎるんじゃないかな」
長年コンサートをやり続けてきた高山には、過去に失敗した例があるらしく、あまり良い顔はしなかった。しかし企画自体には賛成であり、可能なら自分も参加したいと意思表明をした。
「ライブハウスなどと違って、普段公園に利用されている場所だとか、埋立地関係だとまだ空きが充分あるので、対応は出来ますね」
「もしやるとしたら、いつもの夏ライブは出来ませんね。というか、いつものを野外でやると考えた方がいいかな」
スタッフが調べてきた状況を次々と口にするのを聞いて、笠木が僅かながら疑問をぶつける。夏フェスブームに便乗して客層を広げるなら、普段のようなコアな楽曲のメニューでは、ライブの場に慣れていない人間が疎外感を感じないかという危惧である。ノリという点で置いてきぼりを食らうのではと付け加えた。分かり易く言うと出演者のヒット曲のオンパレードをやるべきだという話である。すると今まで腕組みをして考え込んでいた西脇が、ぽつりと言った。
「俺達が客層に振り回されては、ステージはバラバラになる。そもそも初参加の人間なんてのは、普段のライブでも存在したわけだ」
最初は周りの勢いに押されていても、その空間を共有するうちにステージ上も客席も一体化するはずと、彼は力説した。
「別に、一見さんをないがしろにしろって言うんじゃない。生のステージを見せて、相手を熱くさせられないほど俺達は素人でもないだろうって言いたいんだ」
西脇の言葉に、高山が頷いた。ヒット曲をもったバンドなりアーティストをステージの目玉にするのは、きっかけに過ぎない。ただそういう人間ばかりを集めてやるのは、他の企画もののフェスと何ら変わり映えがしない。実際、笠木や西脇、高山の音楽仲間の中には爆発的に売れたとは言い難い者達も居る。しかしその高い技術は業界では評価されており、アイドルなどのバックバンドとしてツアーを巡ったり、レコーディングのゲストミュージシャンとして声がかかる。玄人向けゆえに、テレビなどのメディアには露出が極端に少なく、知られざる音楽は埋もれているのである。そんな彼らを少しでも知ってもらおうというのが、そもそもの目的である。
「もっと自分達の音楽に自信を持っていいんだよ」
野外ライブの話は次第に大きくなり、そして具体的になっていった。
ゲストの都合もあり、公演は二日間。人によっては一日だけしか出られないゲストも居るが、基本的に大所帯で二日間を乗り切る方向へと固まった。スタッフの尽力で有名な職人集団との、花火と音楽のコラボも決まった。
西脇と笠木を中心に、可能な限りのスタッフを集めて企画は動き始めた。日にちは固定しそれを元に野外の会場を探す。交通の便とを考えて候補を絞り込み、航空記念公園が第一候補となった。
「ちょっと待て、ここのキャパは最大いくつなんだ?」
企画を始めて一週間にさしかかろうとしていた。スタッフ達の意見が飛び交う中、西脇が公園のパンフレットやスタッフの打ち出したネットの情報を見比べながら口を挟んだ。西脇や笠木が通常大きなコンサートとして利用している施設のキャパシティの最大を二千とすると、それをかなり上回る数字が余裕で入る。だだっぴろい会場の一部だけを使うのは勿体無いし、レイアウト次第では貧弱に見られる。普段のような客席とステージの距離感は維持したい、それが西脇の出した条件だった。無駄に凝ったステージも必要は無い。広い会場ということで、客席の一つ一つに余裕を持たせてゆったりと観賞できる利点はあるが、後ろの客席になるほどステージが見辛くては意味を成さない。
「せっかくの野外ですから、お祭り的に出店なんかどうですか?」
地元とのタイアップというアイデアが出された。開場時間を早めに設定し、グッズ売り場を広く開放して買い求めやすくする案も出た。
(たった一言の意見が、凄いパワーで実現に向かおうとしている)
笠木は、動き回るスタッフや忙しいながらもどこか楽しそうに報告に目を通す西脇を見ながら、ふと冷静にそんな事を考えた。普段のライブも沢山のスタッフの支えがあってこそ続けてこられたのだから、充分判っているつもりだったが、今回のような規模の大きい企画となるとそれを改めて思い知らされる。自分達の音楽を好きだといってくれるスタッフが居て、仕事に誇りを持っている人達が集まって、一つのことを力を合わせて成功させようとしている。なんて贅沢な時間なのだろう。
そして笠木は、こんな風に仕事向きの顔を見せている西脇の横顔も好きだった。普段の柔らかい笑顔や二人きりの時に見せる特別の顔は言うまでも無いが、業界の先輩としてプロの歌い手として、若手に指示を出したり指導をしたり、そんな余所行きの顔も目で追ってしまう。初めて会った時は、先輩としての彼しか知らなかったから余計に印象が強いのだった。きりりとした眉にとがっしりとした輪郭、西脇は男から見てもやはり男前である。
「おい、ノブ……」
こつんと軽く拳で頭を小突かれ、笠木は西脇に視線を移す。
「ぼけっとするなよ。お前も意見を出せ」
「あ、はい」
目下の課題はいかにして広い会場を活かし、普段よりも動員数を増やすか。そしてせっかくの企画、普段とは違うグッズを考えようということであった。見ると時計は夜の十時を回っていた。
「明日は高山さんもいらして下さるそうですし、女性ならでは意見を期待しましょう」
誰かがこの課題は明日に持ち越そうと言い出し、その場はお開きになった。
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「竜さん……」
笠木は帰宅するや否や、先に部屋にあがった西脇を後ろから抱き締め、甘えるようにその背中に顔を埋めた。
「こら、部屋の電気くらい付けさせなさい」
西脇は子供をなだめるような口調で言い、その腕を振り解くこともなくスイッチに手を伸ばす。しかしその腕さえも笠木は掴んで引き寄せ、手の甲に唇を寄せた。
「このところ俺の方が忙しくて、全然この部屋に戻って来られなかった。何だろう、久しぶりだからかなぁ」
そう言って彼は、西脇の身体に自分の腰をぴったりと付けた。ジーンズの生地越しに笠木のやや盛り上がった感覚が伝わり、西脇はびくりと肩を揺らした。自分の固くなったそれを、相手の尾てい骨の辺りに摺り寄せるようにして、笠木は囁くように相手の名前をもう一度ゆっくりと読んだ。西脇は何か言いたそうにやや振り返るが、視線が重なった瞬間に観念したように頷いて、ぽつりと一言、風呂が先だと伝えた。
笠木が、歌手としても人生においても先輩である西脇に告白して、もう随分と経つ。元々は憧れと尊敬の入り混じった感情であったが、西脇の妻が他界したのをきっかけに肉欲を含めた方向へと変化していくのを自覚した。さんざん悩んだ挙句、傷つく結果になっても良いと覚悟を決め、気持ちを素直に伝えた。西脇がそれを受け止めるまでには更に相当の時間を要したが、二人は身体を重ねる関係にまで発展した。
「ここ、手が届きにくいでしょう。タオル貸して」
笠木の声が浴室にこだまし、西脇の右手から泡立ったタオルを取り上げた。遠慮する相手を無視して、笠木は西脇の背中の窪みに合わせるようにタオルを上下させた。彼は西脇のその広い背中が好きだった。背中に限らないが、この背中にずっと追いつきたくて歌い続けてきたのだ。
「竜さん、気持ち良い?」
「あぁ、サンキュ」
適度な力加減で本当に気持ち良かった。しかし大人しく洗われている内に、笠木の手が次第に下がっていき、前へと移動してきた。
「こら、そこはいい……」
気付いた西脇がその手をどけようとした時には遅く、笠木の左手は西脇の股間にタオルを当てていた。
「西脇さん照れ屋だから、俺の目の前だと自分で丁寧に洗えないでしょう。代わりにここもちゃんと洗ってあげるから」
笠木はゆっくりとタオルをさおに沿って動かしていった。たまに持ち上げ、裏側から足の付け根にかけても綺麗にしていった。
「これだけ丁寧に洗ったら、しゃぶるのも許してくれますよね」
「だから、そういうのは……」
ベッドで笠木が気分に任せて銜えようとする度に、西脇はそんなところ汚いからよせと嫌がるのである。風呂に入っておいて汚いわけが無いのだが、精神的なものなのだろう。強情な彼に業を煮やして、強引に口に銜えたことはあったがなかなかやらせてもらえない。
(嫌がるって事は、おそらく死んだ奥さんにもしてもらったこと無いんだろう)
申し訳なくて、して欲しいなどと言えなかったとも考えられる。笠木は今日こそ、無理やりではなく相手を納得させた上でしゃぶるのを許してもらい、口だけで西脇をいかせるつもりでしつこい位にそこを洗った。
「もう、いいから……」
照れだけではない拒絶が、西脇の声音に混じり始めた。よく見れば、西脇のそこは泡まみれになりながら硬くなってきていた。感じさせるつもりは無かったが勃ったついでだと、笠木は意識して指を動かし始めた。
「うっ、待て。早過ぎる……」
たまらず両手で湯船のふちを掴み、西脇は身体を強張らせた。
「竜さん、可愛い……」
半分曇っている鏡にうっすらと相手の恥ずかしそうな顔が映っている。ベッドで本番のつもりだったが、響く相手の甘い声に笠木はその気になってきた。一旦指先を離し、相手を支えるようにして立たせると、壁際に手をつかせた。そしてタオルを置くと、自由になった両手で彼の腰を自分にやや引き寄せる。自分に背を向け尻を突き出した形になった西脇の身体を、上から下から目でチェックしていく。引き締まった尻を両手でがっしりと掴むと、西脇が次の行動を予想して肩をびくりと揺らした。笠木は、両方の親指で尻の窪みに探っていく。堅く閉じた部分に触れ、マッサージするようにそこを揉み解していく。
「あぁ……っ……」
それが刺激になったのか、西脇はたまらずに一度射精した。いった直後の力の抜けたタイミングを見計らって、笠木の右の親指がぐいと穴に入り込んだ。先ほど丹念に洗ったお陰か、石鹸の泡がほどよく滑りを助けて穴を広げていく。しかし潤滑剤のようにはいかず、時間をかけて少しずつ指を挿入していくしか無かった。
「竜さんの中、やっぱりあったかいね」
指が溶けそうに熱を帯びたその体内。親指の長さだけは不十分だと判断し、笠木は抜いてすぐに人差し指を入れた。西脇の中で人差し指を動かし、曲げる度に、笠木の股間も連動するかのように煽られ、硬くそそりたっていった。風呂に入る前から興奮はしていたが、西脇の口から漏れる声が耳からの刺激となって、笠木を追い立てる。
「そろそろ入れるから……、いい?」
西脇に答える余裕は無さそうだった。両手で身体を支えるのが精一杯で、足を僅かに震わせながら立っていた。長引けば逆に辛くなると判断し、笠木は指を引き抜いて己の高ぶりを西脇のそこに押し当てた。大きく息を吐き、ぐっとそれを押し込んだ。初めはゆっくりと腰を使って動かし、西脇の緊張が緩んできたところで抜き差しの速度を速めた。優しく中を掻き混ぜるように、そして時折荒々しく男を感じさせるように、笠木のそれが西脇の中で膨張していく。
「……ノブ、ちょっと加減してくれ……」
不意に辛そうに西脇が振り返る。強引過ぎて痛いのかと思いきや、再び立ち上がった西脇のそれが、笠木が後ろから腰を撃ちつける度に風呂場の壁に擦り付けられ、敏感な先端が冷たい刺激に犯されて痛いらしい。
「ごめん、竜さん。じゃあこうしたらどうかな」
笠木はがっしりと西脇を後ろから抱き締めると、今度は自分が壁に背中をぴったりと付けた。何をするのかと驚く西脇をよそに、笠木は自分の身体はほぼ壁際に固定した状態で、西脇の身体を両手で前後させながら抜き差しを繰り返した。深い挿入は得られないが、前屈みのバックの体勢よりも、より開放的になった西脇の前は、持ち主の恥じらいをよそに鏡にそそり立った姿を映した。
「わ、結構ビジュアル的にクるなぁ」
壁に向かって射精していたお陰で大人しかった西脇のそれが感じる度に辺りに白く撒き散らす様は、笠木も予想外の光景だった。
「よせ、恥ずかしい!」
搾り出すような声で言っても、笠木には聞き入れられなかった。西脇は出し切るまで何度も身体を揺すられ、最後はぐったりと笠木の胸に背を預けた。笠木も躊躇なく西脇の中に熱い興奮を吐き出し、余韻に浸るように相手を抱き締めていた。
「いつもより……疲れた」
へとへとになった西脇の科白に、いつも以上に興奮したと笠木が付け加えた。
「お詫びに出したのもちゃんと綺麗にするから、竜さんはじっとしていて」
すっかり力の抜けた西脇は、風呂から上がるまで笠木に隅々まで洗い直され、気付けばバスタオルで巻かれていた。
「もう体力残っていないって顔ですね」
ベッドに彼を横たわらせ、覗き込んだ笠木が微笑んだ。
「お前はまだ残っているって顔だな」
呆れたように西脇は呟いた。年齢は一回り違うのだからもう少し手加減してくれという彼に、恨まれたくないからもうしないと笠木は約束する。
「これ以上したら足腰たたなくなるかも」
と笑って、笠木は缶ビールをサイドテーブルに置いた。
「それ、飲みたくなったら飲んで下さいね。それとももう寝る?」
「全部は多いから、半分だけお前が飲んでくれるなら……」
笠木は半分ほど口をつけて、ビールを差し出した。のろのろと起き上がった西脇は両手で受け取るが、どうにも指先に力が入らないのか握り締める手が危うかった。
「そんなに俺、激しかったかな」
こぼさないように横から支えてやりながら、笠木は相手の恨めしげな視線をにっこりと受け止めた。
翌日、笠木が起きた時には西脇は既に仕事に出ていた。
「起こしてくれれば良いのに」
ぶつくさ良いながらベッドを這い出し、台所に行くと一人分だけ朝食が用意されている。皿の脇に置かれたメモには、牛乳もちゃんと飲むようにと伝言がある。
「竜さんらしいや」
溜息混じりに視線を落とす。オムライスの黄色い卵の上には、ケチャップの赤い文字で、遅刻するなと平仮名で書かれていた。
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第二章 不安要素
笠木のその日の仕事は、自分がプロデュースする片桐菜々子という女性歌手のレコーディングに立ち会うことだった。楽曲の一部は彼女の為に書き下ろし、ギター演奏での参加もする。
「笠木さん、お早うございます」
顔を出すと真っ先に片桐から挨拶をされた。礼儀正しいきちんとした子で、元々は役者なのだが今回初めて本格的な歌のアルバムを出すにあたり、普段以上に喉に気を遣って練習を繰り返してきたようである。
「……なんだか嬉しそうですね?」
先日の打ち合わせの時よりも、笠木が晴れやかな表情をしているのを指摘した。昨晩久々に西脇と一緒に居たお陰で、ついつい緩みそうになる頬を懸命におさえていたのだが、スタッフは騙せても彼女には見抜かれていた。
「そんな話は後回し。さぁレコーディング始めよう」
追求されるのを軽くかわして、笠木はブースの中へと入っていった。歌録りも曲録りも順調に進み、途中で休憩時間をとった。
(そういや、野外ライブの方はどうなったかな)
今こうしている間も、自分のところのスタッフ達が動き回ってくれているのを思い出し、笠木も昨日の課題を漠然と考えていた。動員数をいかにして増やすか。夏フェスブームに便乗して、取り上げてもらうにしても、その他のルートでの売り込み方を考えなければいけない。
「おや。そこに居るのは、笠木くんかな」
廊下の向こう側から名前を呼ばれ笠木が顔を上げると、秘書らしい若い女性を従えた白髪頭の男性が近づいてきた。
「……お久しぶりです、民井さん」
笠木は身を硬くして、頭を深々と下げた。民井と呼ばれたその男は、業界最大手のタミィレコード社長、民井基次であった。彼は自分の所の新人がこのレコーディングスタジオに居るため、激励に来たという。確かにスタジオの予定表の今日の所では、他にも幾つかスケジュールが入っており、笠木達の使っている部屋の向かいに見慣れないグループが入っていった。
(将来有望な金づるの信用を得る為なら、多忙な身でも足を運ぶのは当然か)
内心毒づく笠木だったが、民井には昔世話になった恩もある。黙って相手の話を聞いていた。
「そういえば、野外ライブをやるんだって」
民井の声のトーンが急に低くなった。優しい紳士的な口調は変わらないが、その雰囲気に意地悪さが滲み出ているのを、笠木は感じ取る。そして背中にひやりとしたものを覚えた。
「成功するといいねぇ」
はたから見れば激励の言葉も、笠木にはぞっとする科白であった。俯いたまま返す言葉に詰まっている彼を残し、民井は秘書と共にスタジオを出て行ってしまった。
「今の、もしかしてタミィレコードの社長さんじゃないですか?」
背中から声がして振り返ると、片桐が興奮した様子で駆け寄ってきた。最大手のレコード会社ともなれば、社長の顔も少なからず知られている。まして役者として芸能界にもう何年も関わってきた彼女であれば、民井がどれだけ影響力がある人物かは充分知っていた。
「お知り合いだったんですか?」
「……昔、世話になったことがあるんだ」
笠木は言いにくそうに説明して、話題を変えようと彼女の手にあるお茶に視線を落とし、おいしそうだねと笑った。その作り笑顔に、これ以上突っ込んで聞いてはいけないと判断した片桐は、笠木に傍のソファを勧めた。
「笠木さん、お疲れですか?」
表情の沈んだ彼に心配そうに声をかけると、彼は首を横に降る。
「大丈夫、ちょっと自分の所の企画の事を考えていただけ」
そう言いかけて、笠木はあることを思いついた。
「ねぇ、菜々ちゃん……ステージで歌いたいって思ったことはある?」
「何ですか、突然」
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その日の夕方四時過ぎに、夏フェス企画対策会議と称された事務所に笠木が姿を現した。まるで警察の特別捜査本部のごとく、ホワイトボードにあれこれと文字が書かれていたり、証拠写真ならぬ会場写真がテーブルに散らばっていたり、これでくたびれた背広姿の刑事でもいればまるでテレビドラマのようであった。残念ながら刑事はいなかったが、ちょっと煮詰まった面持ちのスタッフがTシャツ姿であちこちに座っていた。
「お疲れ様っす!」
中でも比較的元気な男性スタッフが挨拶をし、その場一同が笠木に気付く。
「動員数の話だけどさ……」
笠木は開口一番に片桐菜々子の話を持ち出した。今や役者としても人気急上昇、初の歌ものアルバムも話題になり、メディアの注目を集めている彼女をゲストとして呼んではどうかという案だった。
「彼女にも良い経験だと思うんだ。ソロでのステージをやる前の度胸をつける意味でも、大勢の前に引っ張り出してみたい」
「しかしいきなりそんな大舞台、大丈夫ですかね」
やや懸念する言葉が上がったが、歌が駄目なら司会ではどうかと笠木が言い出した。
「実は彼女、アナウンサー養成所の出身でナレーションの仕事なども多くて、喋りにはかなり慣れているんだ。実際企業イベントでの司会なども多くこなしているらしい」
小さい劇団での活動経験もあり、歌では初心者であるが、喋りなら得意分野である。
「司会っていうと堅苦しいけど、MCってことかな」
笠木より遅れて事務所に入ってきた綿引が、話に参加した。ソロでの歌がまだ不安定なら、一緒に歌えばいいと提案する。
「なになに、もう曲目の話?」
いつの間にか高山もやってきて話は盛り上がり、西脇が現れる頃には大まかに意見がまとまってきていた。
「あとは西脇さんのご意見次第です」
着いて早々まわりから意見を求められ、西脇は戸惑いつつも話に興味深く耳を傾けた。片桐が出演しているドラマを見たことのある西脇には、すぐに話は通じ、どのポジションを任せるかは充分彼女と話し合った上で決めるという前提で、西脇もゲスト出演に関してはゴーサインを出した。
「あとはグッズですよねぇ」
言いだしっぺの女性スタッフがぽつりと呟いた。通常のコンサートのように、ペンライトや記念Tシャツ販売は既に決まっている。家族向けに子供向けのサイズも検討した。ただ、それだけでは普段と変わり映えがしない。せっかくの夏フェスという企画なので、もう一つ特別なグッズを出したいという意見が多かった。
「そうだよ、そっちが言い出したんだからアイデアだしてよ?女性としての意見で」
綿引が意地悪く促した。女性スタッフは恐縮して、肩をすくめて笑うだけだった。そこで高山が助け舟を出した。
「男性も女性も身に着けられるシンプルなペンダント系はどうかな。シルバーアクセって事で。若干骨太な感じのデザインで男性もおしゃれとして使えるし、女性でも豪快なデザインが好きな人も居るし」
いわゆるジュエリー的な値段の張るものではなく、参加記念の意味を込めて、そして普段から使えるようなデザインをという事でクロス型ペンダントを提案した。
「普段使いは判るけど、ライブ記念って意味ではインパクト弱いんじゃないかな」
「裏側にコンサートの日付を入れるってのはどうかな」
ロゴマーク案も飛び出した。参加した人にしか判らないロゴマークをデザインに取り入れ、判る人には判る、一般の人にはしゃれたデザイン程度に見られるものをと言い、高山は手近に合った紙にイメージを描き始めた。
「勿論うちらも当日ステージ上でそれを身に着けて歌うのよ」
「なるほど、記念Tシャツを着て歌うのと同じか」
ペンダントならギターを弾くのにも邪魔にならないと綿引は頷いた。あれだけごついシルバーリングをしながらギターをかき鳴らせている癖に、と高山は彼を小突いた。
(ペンダントかぁ)
笠木はちらりと西脇を盗み見た。ステージ全員でそれを身につけるとなれば、当然西脇もそれを首から提げることになる。こっそりペアルック気分を味わえるというわけだ。
「俺、それに賛成」
笠木はすかさず手を上げた。女性スタッフも拍手して是非身に付けてみたいと賛成をした。男性陣もおおむね賛成で、西脇は自分に似合うのかとやや消極的だったが悪くはないと言った。
「あとは予算との兼ね合いで、半分決まりってことね」
高山は自分の案が通ったのを嬉しそうに、紙に描いたペンダントのイメージ画を丸で大きく囲んだ。
その後もグッズ案は意見が取り交わされ、記念CDの発売もほぼ決まった。
動員数は目安を先に決めておき、チケットの発売日と枚数が決定した。もし完売するようなことがあれば、追加チケットの販売も検討し、席が設けられるだけの会場の広さも確保できていた。航空記念公園周辺は民家が殆どなく、野外ライブの音響面での影響も開催時刻を早めにして、夜遅くにかからないよう配慮することでクリアにした。常連ファンの為に、グッズは事前に申し込んで支払いを済ませていれば、会場では受領証と商品を引き換えるだけで済むようにし、その窓口を多く設置して対応する案が出された。それを先行予約分としてグッズの数を把握しておき、また先行予約での購入者にはお礼の品をおまけに付ける方向で話は決着がついた。それとは別に当日券での参加者や会場で選びながら買いたいというファンの為にある程度の数を確保しておいて、その分も考慮して受注する方法を取った。
「会場での混乱をなるべく回避する為にも、事前予約のグッズ購入というのはいいかもね」
ぽつりと漏らした綿引のアイデアによるものだった。
航空記念公園を借りる際に、管理会社を通じてイベント関係の地元業者を紹介してもらい、地元の商品の購入ルート確保など、経済効果面で相互に協力する約束も取り付けた。
着々と計画は形をなしていき、初めて意見が出されてからもう一ヵ月半が経とうとしていた。その間にチケットの発売が開始され、雑誌での告知も増えた。また知り合いのラジオ番組関係者の縁で、幾つかの番組にゲストとして呼んで貰い、笠木はそこで力強く野外ライブについてアピールしていった。
「ペンダントの見本品が届きましたよ」
ある日仕事帰りに顔を出した笠木に、女性スタッフが嬉しそうに小箱を見せた。蓋を開けるとシルバーのペンダントトップが光っている。艶やかな光を帯びた銀色の十字架の形、そして裏にはコンサートの年月日とタイトルが彫られている。
「へぇ、男がしても格好良いかもな」
鎖はついていなかったが手にとって胸の辺りに近づけ、どう?とスタッフに意見をあおいだ。笠木の黒いTシャツとペンダントがよく映えていた。
「まだ高山さんにもお見せしてないんですよ」
笠木が返したそれを大事そうに箱に戻すと、彼女は、これから高山に電話連絡をするところだと言った。ペンダントの発案者である彼女も、さぞかし満足することだろう。
「女性が身に着けても、そんなにごつく感じないし、いいと思うよ」
「ですよね!」
笠木は次の仕事があるため、忙しく動き回る彼女に短くさよならをいって事務所をあとにした。その後の仕事でも、彼の頭の片隅にはずっとあの十字架のペンダントトップの銀色の光がちかちかとしていた。
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『今年の夏はライブが熱い!』
そんな煽り文句で、テレビでは野外ライブ特集が流れていた。夏フェススペシャルと称して、毎年恒例のアーティストの野外ライブから今年ならではの目玉のステージまで幅広く紹介をしている。オリコンで常に上位に並ぶアーティストの名前が連なる中、笠木達のコンサートも最後から二番目に取り上げられた。片桐菜々子がゲストで出るという事も話題を呼んだのか、丁寧な紹介をされている。子供の頃に西脇の歌を聞いて育った世代は、三十代後半から四十代のサラリーマン世代。
『仕事や家庭に疲れたお父さん、今年は家族総出でコンサートに行って見ませんか?』
女性ナレーションの後に、先日事務所で受けたばかりの西脇のインタビューコメントが流れた。普段からコンサートに通っている人だけでなく、すっかり離れてしまった層まで楽しめる、盛り上がる曲そして浸れる音楽でお待ちしております、といたって真面目な西脇の言葉が流れた。最後に花火の映像をバックにチケット発売情報が流れ、違う話題に番組はうつった。そこまで見終えて、笠木はテレビを消し、寝室へと歩いていく。
寝室のクローゼットの脇に鞄を置いたままだったのに気がつき、笠木は中から携帯を取り出すと着信があるかどうかを確認して、テーブルに置いた。
「そういやこの間のレコーディングのサンプル盤貰ったんだった」
西脇と二人でリードボーカルをとった、秋からのアニメのタイアップがついたシングルCDが出来上がり、西脇の分も含めて二枚預かってきた。ジャケットは残念ながらアニメのキャラクターの絵柄であるが、曲名の横に自分達の二人の名前が並んでいるのを見ると、嬉しくなる。日本におけるアニメ市場はもはや無視できない規模で広がり、そのタイアップはアーティストにとってその後の音楽活動を左右することもある。国民的長寿番組ほどではないにしろ、一クールの番組の主題歌を担うことで、一気にファン層が広がったバンドも居た。
とはいえドラマと同様、新しい番組が始まれば話題はそちらに奪われ、チャートの順位もあっという間に塗り替わる音楽業界である。生き残れるかは、最終的に技術面と個性を打ち出したもの勝ちなところはあった。
「俺達の子供みたいなもんだもんな、歌は」
このところ大人数での歌が多かった為、久々の二人きりのレコーディングだった。鞄の中から出したCD二枚もテーブルに置いて、鞄はしまいこんだ。そして伸びをしてから 笠木はベッドにごろんと横たわる。しばらく目を閉じていたが、ふと夕方のことを思い出した。そして同じペンダントを身に着けた自分と西脇の姿を思い浮かべ、込み上げてくる嬉しさに一人でにやにやとする。
「お前……大丈夫か?」
くっくっと痙攣するような笑いを繰り返している彼に、シャワーを浴びてきたばかりの西脇が首を傾げながら部屋に入ってきた。
「いやぁ、野外ライブ楽しみだなぁって思いまして」
笠木は上体を起こすと、にやける頬を両側から軽く手で叩いて、懸命に真面目な表情を作ろうとした。しかしついつい溢れる嬉しさは隠し切れない。
先日は浴室での行為が思いのほか長かったせいで、結局ベッドでは何もせずに二人は眠った。笠木が考えていたフェラチオ企画もお流れになったのだ。その後にも何度か夜を過ごす事はあったのだが、どうも上手く事が運ばず、また時には疲れたからとセックス自体を断られ、お預けを食らったままであった。
(今日こそはこの間のリベンジを……)
再び浴室で無理をさせられたら堪らないと、あの日以来西脇は決して笠木と一緒には風呂に入らなかった。無理にでも入ろうとすれば、意固地になって二人の時間さえも拒まれる結果となる。
(竜さん、結構頑固だからなぁ)
大人しくベッドで待つことにした。
「ね、竜さんこっち来てよ」
しかし彼は開いたままのドアから、すぐにまた居間へと行ってしまう。腰にタオルを巻いただけの無防備な姿で、彼は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、笠木をよそに飲み始めた。
「駄目、これを飲み干すまで待っていなさい」
新しいタオルを取ってきて濡れた髪を拭きながら、彼はソファに腰を落ち着けてしまった。
「えぇ、ずっと風呂から出るまで待っていたのに」
ぶつくさ言いながら笠木は起きて、居間まで歩いてきた。テレビは明日の天気予報を伝えている。先月までの良い天気が嘘のように、明日からあさってにかけては結構な降水量だと、晴れやかな笑顔の気象予報士の女性が言った。そろそろ関東も梅雨入りの時期であった。
「なぁ、ノブ……」
後ろからそっと近づいて悪戯しようと手を伸ばしかけた彼は、急に西脇に話しかけられ、上ずった返事を返した。
「野外ライブの前に一度、静子の墓参りに付き合ってくれるか?」
西脇が静かな声で尋ねた。静子というのは、西脇の死んだ妻の名前である。売れない歌手の頃から西脇をずっと支え、笠木にとっても姉のような母のような存在であった。彼女が生きていれば、笠木は西脇への気持ちを胸に仕舞い込んで、決して表に出さないつもりであった。
「そうだね。静子さんにも夏フェスのこと報告にいかなきゃ。そして成功するように見守っていてとお願いしなきゃね」
笠木は大きく頷いて、西脇をソファの後ろから抱き締めた。その大きな腕に、そっと自分の手を添えて西脇もしばし妻のことを思い出していた。
(悔しいけど竜さんは本当に奥さんのこと大事にしていた。今でもあの人だけには勝てないな)
苦労を共に乗り越えてきた夫婦の絆だろう、笠木を家族のように温かく迎えてくれた二人だが、いつも彼は二人の間に入り込めない疎外感を感じていた。それでも嫌な光景では無かったのが、静子の存在が笠木にとっても支えであったからであろう。
しばらく時が止まったように黙り込んでいた二人だが、笠木が西脇の手からビールの缶を取り上げると、再び時間が動き出した。
「いただきます」
飲み残しのそれをおいしく口へ運び、空になった缶を西脇に戻す。
「全部飲んじまったのか」
残念そうに缶の中を覗きこむ彼に、笠木はそろそろ時間だよと笑った。
ベッド脇の小さな明かりだけの薄暗い寝室で、二つの影がゆらゆらと動いていた。
「竜さん、結構酔ってるの?もう腰がびくびく震えているけど」
笠木は望みどおり西脇の股間に思う存分しゃぶりついて、相手の反応を楽しんでいたが、いつもよりもがくがくと震える彼に気付いた。怖がっているようにも見えたが、今更怖がるような行為でもない。よくよく見れば、西脇の耳が真っ赤である。
(あ、そうか。恥ずかしい体勢のせいで、余計に感じるのか)
耳が赤いのも酒のせいではない。笠木の問いに答える余裕すら無い彼をいとしく思いながら、握っていたそれに再び口を付ける。
「……っ……、もう充分だろ?ノブ……」
切れ切れに何かを訴える西脇の声は、しゃぶるなという主張と裏腹にもっと攻め立てて欲しいとも聞こえた。やがて笠木の口の中、西脇の堅くなったそれが先端から液を滲ませ始めた。
「ノブ、もう……離せ……。出ちまう……」
相手の口の中になど出せないと、西脇の遠慮がもどかしい。笠木の頭を必死に押し戻そうとする、西脇の両手ももどかしい。
「観念してよ、竜さん。気持ち良いなら我慢なんて意味がないんだ」
一旦口を離して、白く滲んだ先端に意地悪くふっと息を吹きかける。するとびくびくと西脇の腹筋が上下した。
突然、サイドテーブルに置かれた携帯電話が鳴り出した。びくりとする二人をよそに、呼び出し音が何度も響く。
「……で、出なきゃ……」
西脇はのろのろとテーブルに手を伸ばした。行為の最中くらいは電話を切って欲しいとも言えず、笠木はぶすりとした表情でそれを見守った。
(くそっ、あと少しで竜さんがその気になったのに)
荒い息を深呼吸で整え、西脇は電話に出た。電話の相手は切羽詰った様子でしきりにまくしたてており、何をいっているのかまでは笠木の耳には届かなかったが、西脇の横顔が見る見る内に青ざめていくのが判った。
「竜さん、どうしたの」
電話を握り締めたまま唇を噛んで黙り込んでいる彼に、笠木はおそるおそる声をかける。西脇は電話を切ると、笠木の方を向いてこう言った。
「野外ライブの会場が乗っ取られた」
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「どういうことだよ、乗っ取られたって!」
勢いよくドアを開け、笠木は近くのスタッフに詰め寄った。興奮した彼に対し、後から入ってきた西脇は冷静に彼をたしなめた。
「夜分にすみません」
電話をしたスタッフが頭を下げ、二人に椅子を勧めた。夜の0時を回っていたが、事務所は緊急連絡を受けたスタッフ達が集まり、にぎやかだった。綿引は眠い目をこすりながら、笠木の横に座っていた。子持ちの高山には連絡を控えたらしく、この場に姿は無かった。全員が着席したのを見て、笠木のマネージャーが口を開いた。
「我々がライブ会場として押さえていた航空記念公園なのですが、先ほど管理会社側から連絡が入りまして、キャンセルになりました」
「何だよそれ、俺達は正式にレンタル契約を交わしていたんだろう」
レンタル料も前払いできちんと支払いを済ませている。相手の言い分では、とある顧客がどうしてもその日に公園を使わなければならなくて、その為ならレンタル料を倍払っても良い、そして既に入った予約は是非無効にして欲しいと強引に契約を取り付けたのだという。相手は有名企業で、各界の影響力もあり、一管理会社の立場ではそれを断ることが難しかったという。
「どんなに有名な会社だろうが、こっちの方が先にレンタルするって契約していたんだ。そんなのは裁判にでもなったら絶対にこっちの完全勝利だろう」
マネージャーは両手をぐっと握り締めて悔しそうに、相手の会社はタミィレコードだと告げた。
「タミィレコード……」
笠木の脳裏に、先日の会ったばかりの民井の顔が浮かんだ。
「タミィレコードといやぁ、社長の民井なんとかって人の奥さんが某大臣の娘で、業界だけでなく政治的にもちょっと影響力をもった実力者って話だよな」
綿引が神妙な顔で口を挟んだ。すると笠木がぽつりと、俺のせいだと漏らした。瞬間その場の視線が彼に集中する。
「この間、民井さんに会った。彼その時に、俺達の野外ライブのことを知っていて、その話に触れてきた」
「民井氏はまだ笠木さんのこと諦めていないんでしょう」
明らかに今回の件は、笠木への嫌がらせであった。
「畜生、こんなことして俺がタミィレコードに入ると思っているのか、あの人は」
悔しげに机を叩く彼の肩を、西脇が安心させるように揺さぶった。
「お前のせいなんかじゃない。心無い妨害は今回に限った事じゃない。気にするな」
最近入ったばかりの女性スタッフの一人が、先輩格の女性に不思議そうな顔を向けた。先輩スタッフは小声で、笠木が以前タミィレコードに所属していたことや、今のレコード会社に移籍するまでに色々とトラブったこと等を簡単に話して聞かせた。
「もう一つ、悪い知らせが……」
先ほどのスタッフが言いにくそうに会話に割り入った。
「何だよ、まだあんの?」
つい表情が険しくなる笠木を、西脇がなだめながら先を促した。
「予定していた記念CDも、納品の下請け先が間に合わないと言ってきまして」
「おいおいまじかよ、レコーディングはとっくに済ませて、締切にも余裕あっただろ?」
嘆いたのは綿引だった。
「全く無理ってわけじゃないんですけど、その……受注枚数を半分以下にするならという条件で」
その話も詳しく聞けば聞くほどおかしな部分が多く、何か裏で手を回されているような様子であった。
「CDはとにかく、既に野外ライブのチケットは発売されてしまっている。買ってくれたファンの為にも、公式サイトで今回の件はちゃんと知らせないといけない」
笠木はなんとか気を取り直し、スタッフにホームページの書き換えを指示した。ネットをチェックしていないチケット購入者の為にも、判る限りで電話及び手紙という手段を用いて、会場の変更の可能性があると知らせることを決めた。
しかし会場変更のお知らせをしたところで、その変更先が決まらなければ開催はできない。ライブの予定日まであと一ヶ月強、今から会場を見つけるにはあまりに時間が少な過ぎた。企画のスタート自体が元々遅いことが、ここにきて大きな痛手となった。
「考えていても仕方ない。とにかく出来る限り探し回って頑張りましょう」
これからの一応の手順を話し合い、事務所を出たころには暗闇の中つめたい雨が降り出していた。
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「またしてもタミィレードだなんて」
帰りのタクシーの中、家につくまでの間ずっと、笠木は先日の民井の意味ありげな笑顔を思い出していた。
「いっても始まらない。これからの事を考えろ」
隣に座る西脇がそう言うが、笠木には自分が折れない限りは今後もこのような妨害が入るのだと判っていた。
家に戻り、部屋に入っても笠木はずっと沈んだままであった。事務所へ向かった際に傘を持って出なかった二人は、タクシーの乗り降りの際に多少服と髪が濡れた。
「もう一度シャワーを浴びなおさなければいかんな」
西脇がやや大きな声で相手に聞こえるように言うが、笠木の耳には届いていない。ドアが開いたままの寝室を見やれば、掛け布団もシーツも乱れたままで、つい一時間ほど前まで抱き合っていたことを思い出す。野外ライブに期待を膨らませ、幸せに抱き合っていたのがついさっきだったというのに、今は開催さえも危ういこの状況。
「ノブ」
先程からずっと俯いたままの彼に、西脇は呼びかけた。返事はかえってこない。
(そう言えば、まだ途中だった)
自分も彼もすんでのところで電話に邪魔をされ、半端なまま外出してしまった。もう既に身体は落ち着いてしまっているが、西脇はあえて笠木に近づくと、その右肩を手でぐいと押さえてソファの背に彼の体重を預けるように倒した。
「……竜さん……?」
安心させるようにやや頷いて見せ、もう片方の手で彼のズボンのジッパーを下げた。下着越しにでも判る、わずかな盛り上がり。気分は沈みこんでいても、電話で行為が中断されてからずっと彼のそこは中途半端な熱を帯びていた。
「この状態でよく歩けたな、今ちゃんと抜いてやる」
西脇は下着と肌の間に指を滑り込ませ、勃ち上がりきっていないそれを握り、ゆっくりと扱き始めた。ごつごつとした指が絶妙な圧迫感を伴って笠木を興奮させていく。その気持ち良さに、
「……ねぇ、竜さん。なんでこんなにうまいの?もしかして俺が居ないときに一人でやってたり、した?」
などと吐息混じりに尋ねてみた。相手は一言、馬鹿やろうと大して怒った様子も無く返した。病気がちだった妻との夫婦生活で望めなかった行為の代わりに、外で済ませるなど出来ない人である。自分で慰めることで満たしていたのだろうか。
(……やべ、一人でやっている竜さんを想像したら……)
一気にそこは膨張し、西脇の手が握りづらいほどに膨れ上がった。
「ノブ、そろそろだろ?気にせずイっちまえ」
そう囁く西脇の表情は男の色香を漂わせ、思わず笠木は見惚れた。数十分前までベッドで必死に我慢の表情だった彼を可愛いとさえ感じていたのに、今の西脇は大人の男であった。
(可愛いのに男前で、照れるくせにこういうエロさも持っているなんて、この人、本当にずるいよ)
まるで、兄の手ほどきで始めてイクことを覚えた少年のような錯覚さえ起こさせる。そんな新鮮で恥ずかしい状況で、笠木はうっと軽く呻いて射精した。服は着たままだったので、ずり下げただけのズボンに白い跡が散った。
「……中坊のガキみたいな心境だ」
汚れた衣服を見て、笠木は情けない笑いを向けた。西脇は、いつだって俺から見ればお前は子供だよと返した。
「動物みたいにいつもがっついて、少しは大人のセックスを覚えろ」
「野性的な魅力って言って下さいよ」
笠木は内心、そんな自分の下で普段は見せない顔をちらつかせる先輩に言われたくないなと思ったが、その後が怖いので口には出さなかった。
「笠木の方の動きはどうだ」
黒い革張りの椅子に背を預け、肘の部分を摩りながら、民井は秘書に視線を投げた。スタッフ総動員で代わりの会場を探しているが難航している、と彼女は伝えた。
「そりゃそうだ。こんなぎりぎりで、航空記念公園に匹敵するキャパの会場など、もう押さえられまい」
笠木達の野外ライブの噂は、メディアで話題になる前から耳にしていた。すぐさま叩き潰してもしぶとく這い上がってくる彼らである。ぎりぎりまで様子を見て、ここぞというタイミングで打撃を与えた。管理会社から無理やり借り受けた公園は、自分の所の所属アーティストのジョイントライブに使うつもりである。
「あの、社長」
控えていた秘書が伺うような眼差しで、口を開いた。笠木達のコンサートは既に一般告知も済ませ、メディアにもどこの会場でやるかを通達されている。その同じ日、同じ会場をタミィレコードが使ってコンサートを開くなどと言い出せば、素人目にみても横取りしたのは明らかである。それではこちらのコンサートのマイナスイメージになりはしないかと、彼女は心配そうに言った。またチケットの売れ行きも、急な会場発表で対応できるのかという危惧もある。民井は一向に気にした様子は無い。
「うちのライブも日にちだけは奴らと同じ日だと、前もって告知をしていたんだ。会場だけシークレットにしていた。チケットは売れるさ。何しろ交通の便の良い、航空記念公園だからな」
タミィレコードのかかえる主要アーティストは、新曲が発表された翌週のランキングでは、ほぼ必ず二十位以内に入る人気揃いである。ドラマのタイアップなどの効果もあってお茶の間に広く知られた曲が多く、そのアーティストもコンサートも毎回盛況であった。
「業界での我が社の評価?結果として売り上げでトップになっている以上、文句は言わせないさ」
どんなやり方であれ、結果が全てと思う民井に、他人の中傷など大した問題にはならない。
「そう、笠木さえ戻ってくれば、私はこんなにも神経をすり減らさずに済むんだがな」
何を言っても無駄だと判断したのか、秘書はもうそれ以上口を開かなかった。社長の笠木への執着心は、今更部外者が口出しできるものでもない。
「元々私が彼を見出したのだ。それを奴が勝手に移籍などと……」
ぶつくさと昔の話を掘り返す上司の愚痴を、秘書は黙って聞いていた。
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第三章 力を合わせて
「本当、頭にくるわね」
高山が事務所に現れて、開口一番の科白がそれだった。朝早くスタッフからの連絡を受け、彼女は子供を小学校に送り出した足でそのままやってきた。民井と笠木の因縁をよく知る彼女は、笠木に気にしては駄目よと視線を送り、スタッフに現状を再確認する。
「一応懸命に候補地は探しているんですが……」
スタッフの回答は冴えなかった。ホームページで会場変更の記事を載せた直後から、事務所には電話やメールの問い合わせが殺到し、スタッフの半分以上はその対応に追われた。
「お客さんを不安にさせてはいけない。早く答えを出さないと」
答えというのは、中止も含めた回答である。
(ここまできて中止だなんて、させるか)
一生懸命アイデアを出し合って進めてきたこの企画を、たった一人の人間の為に水の泡にはしたくない。とはいえ、笠木にはどうしていいか、術が浮かばない。
「あ、ちょっと待って下さい。今オフィシャルサイト経由できたメールなんですが……」
ノートパソコンに向かっていた男性スタッフの一人が、手を上げて周りの注意を引いた。西脇達は彼の周りに集まり、画面を覗き込む。そこにはファンらしき一人の中年男性からの新着メールが表示されていた。
それから数時間後、スタッフが集められた。勿論、笠木と西脇も同席している。
「代わりの候補地が見つかりました」
スタッフの声に周りが沸き立った。しかしそのスタッフの表情は幾分暗い。
「実は、都内は無理だったんです」
急なことで、もうどこの地域も他のコンサートが決まっていた。唯一日にちを変えずにできる土地が、T県にあった。
「T県、か。お客さんが足を運ぶには微妙な位置だなぁ」
「ちょっと、T県を馬鹿にしないでくれる?」
そこの出身である綿引がじろりと睨んだ。
「いやいや、当初の予定地から考えると、日帰りするには移動距離が多いって意味だよ」
昨日のファンのメールは、とある町役場の職員からであった。T県北部の自然豊かな町である。バブルの時代は観光開発などでやたらと人の手が入ったが、バブル崩壊後計画の多くが頓挫し、町全体は中途半端な形で取り残された。それでも温泉があるため、ゆっくりと過ごしたい温泉客には定番の場所であった。
メールの内容は以下の通りであった。
温泉旅館の密集する町の南部はそこそこの観光客でほぼ一定の収入を例年維持しているが、先日の台風の影響で被害を受けた旅館が多く、今年は温泉場周辺の客足が途絶え、町としても復興に向けて対策を練っていた。そこへ今回の笠木達の野外ライブの会場騒動が浮上。職員の一人がそれを知り、町役場内で話し合いの結果、観光開発で切り開かれた、平らな土地が広がる町の北側を提供できるのではという結論が出た。
「メールを読む限り、この職員さんの他にも結構うちらの音楽を聴いてくれている人が居るみたいです」
特に中年男性職員には、西脇のファンが多く、来て貰えるなら町全体で歓迎いたしますと付け加えられていた。メールには会場予定の土地の写真が添付されている。面積などの詳細も書いてある。
「我々の予想外の場所でしたが、せっかくの申し出ですし、実際にライブ会場として設営可能かどうかスタッフ複数人で現地調査に行こうかと思っております」
すると西脇が自分も行くと言い出した。
「え、竜さん明日は久々のオフ……」
久々に重なったオフで昼間から二人、部屋であれこれしたいと期待していた笠木は、思わず声に出していた。
「馬鹿、オフだからこそ下見に行けるんだろ?」
スタッフだけには任せておけないと、西脇は同行を勝手に決めた。彼は、笠木にはついてこなくて良いと言ったが、西脇がいなくて独り部屋でオフを過ごしても意味はない。
「俺も行くよ」
半分ぶっきらぼうに答えて、笠木も現地を見に行くことにした。
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新幹線と在来線を乗り継いで約三時間、想像以上にその町は緑豊かな場所だった。
「涼しくて良い場所じゃないか」
駅に降り立った瞬間、西脇がそう漏らした。確かに空気はおいしいし、気温も過ごしやすい。しかし都会慣れした笠木には、なんとも淋しく思えた。ライブで見込まれる来場者数より、明らかにここの人口の方が少ない。
「会場設置は出来たとしても、お客さん達の泊まる場所はどうすんの。野宿ってわけいかないでしょう?」
メールをくれた職員本人が、駅で彼らを出迎えた。待たせていたタクシーに乗り込み、コンサート予定地へと向かう。その道すがら、職員があれこれと地元の情報を話してくれた。笠木の質問にも彼はすらすらと答えていく。
「観光開発の際に町の北側にもホテルが出来たんですよ。ただそっちは温泉場とはあまりに離れすぎていて、湯治のお客様などには使っていただけなくて」
ホテルは放っておくと建物が傷む為、普段は町の人間の会合や、隣接した隣の県の大きなゴルフ場客の為に解放していて、手入れは行き届いているという事だった。その他に夏休み中で人の居ない小学校や中学校を宿舎として提供できると話した。
「学校でのお泊りか。面白そうじゃないか」
西脇は子供の頃を思い出すと嬉しそうだったが、スタッフと笠木は肩をすくめただけであった。十分足らずで目的地に着いた。確かに設営にも充分な広さの平らな土地であった。
「でも、客席はどうする。こんなに草が生えていたら椅子なんて置けない」
すると職員は持っていた鞄からレジャーシートを取り出し、彼らの目の前で敷いて見せると、どうですかと尋ねた。
「お客様にはお手間を取らせません。こちらでブルーシートと手作りの腰掛けあるいは座布団を用意します」
笠木はそのシートの上に座ってみた。学校の遠足以来である。お尻の下の草の柔らかさが心地良かった。西脇は辺りをきょろきょろと眺めながら、しばらく腕組みをして考え込んでいたが、ぜひここを使ってみたいと最後に言い出した。
「暗くなりすぎない程度に木陰もあるし、涼しい場所だ。なんとか工夫次第で乗り切れるんじゃないか」
スタッフの顔色を伺うように振り向いた。同行した五人のスタッフも電力供給などの課題は多いが、他の野外ライブ同様に対応は出来るだろうと頷きあった。
「私たちも町全体でご協力します。このコンサートが町の活性化につながり、また災害で沈んだ町民の勇気になるように……」
西脇と職員は固く握手を交わす。
(西脇さんは、町起こしの為にもここでやりたいんだな)
彼の考えが判り、笠木も賛成した。
「ホテルと学校じゃ、宿泊施設に差があり過ぎる。学校の方に何かサービスを付けないと、お客さんは納得しないな」
「俺が学校の方に泊まって──」
「駄目です」
西脇が言いかけて、マネージャーが混乱を招くからと反対した。笠木は職員の男性に、学校の収容予定人数とホテルの客室数を尋ねた。圧倒的にホテルの方が多い。ホテルにあぶれたごく一部の人間が、学校に泊まるという可能性の方が高い。そこに西脇が学校で一泊するなどという情報が流れたら、と思うとごった返すファンの図が目に浮かぶようだった。
「ねぇ西脇さん、西脇さんとこのファンクラブの会員と、俺の所の会員のみ対象でバスツアー組んだらどうかな」
笠木が地図を眺めながら、提案した。前日に観光バスで現地入り。学校でファンとの交流を深めつつ、一泊。翌日ライブで、さらに一泊。最終日は早めにライブを終えて、東京へ。
「ファンクラブ会員のみの企画なら、混乱はないでしょう」
スタッフの相槌に、マネージャーも渋々頷く。どうやら笠木に前日ぎりぎりまで仕事のスケジュールを入れたかったらしい。
「竜さんがファンとの酒盛りが過ぎて、次の日のステージに影響しなけりゃいいけどね」
ぎくりとした表情で西脇は視線を泳がせた。
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コンサートの開催。しかも町の復興の意味も込めた地方公演。言うのは容易いが、実際に行動となると問題は山積みであった。それでも一つ一つをスタッフと地元の力を合わせてクリアしていく様は、まさにライブの一体感のようであった。
東京へ戻ってからの笠木や西脇も、ファンへの謝罪と気持ちを新たにコンサート成功へと努力を惜しまないことを、アピールした。
『このような山の中での開催は、類を見ないコンサーとではないでしょうか』
物珍しさが、再びこのコンサートをメディアの話題にのぼらせた。西脇と長く付き合いのあるプロデューサーの働きかけで、コンサートの生中継も衛星放送の一局で決まった。
その一方で、出られなくなったゲストも数人出た。
「片桐菜々子さんからもご連絡いただきまして、飛行機もないT県ではその後の仕事に支障が出るからと、ボイスメッセージでの出演だけにして欲しいということです」
それでも、少しでも協力してくれようとしている彼女の姿勢が伺えて、笠木達は残念だが仕方ないと彼女にお礼の電話をした。彼女には曲紹介と開演前の放送ナレーションを録音でお願いすることにした。
会場変更に伴い、チケット購入者からのキャンセルも受け付けた。正直結果を聞くのが一番怖い対応であったが、蓋を開けてみればキャンセルは購入者の二割に留まった。そして新規購入者は一割強となり、ほぼ予想数をカバーすることが出来た。ホームページではコンサート当日までのカウントダウンページが作られ、ファン同士の交流や参加予定者からのメッセージなど、次第に盛り上がっていった。開催地の場所が場所だけに、連れが急遽参加できなくなった単独参加者が一緒に盛り上がる相手を探すという、友達募集に近いやり取りも、特設ページの掲示板が役立った。
「航空記念公園が駄目になった時は、あんなに沈んでいたのに……」
晴れやかなスタッフの顔を見て、高山が呟く。それを横で聞いていた笠木も、一度追い詰められたからこそ一層の団結が生まれたんじゃないかと言った。
「西脇さんいらっしゃいますか?」
事務所のドアを勢いよく開けて、若いスタッフが駆け込んできた。西脇は雑誌の取材の仕事があり、今日はまだ事務所に顔を見せていない。四時過ぎに来る予定だと笠木が教えてやると、スタッフはメモを彼に見せた。
「何、どうしたの?」
高山もメモを覗き込む。そしてそこに書かれた文字をさっと目で追うと、おめでとうと言った。
秋からの新番組とタイアップがついていた笠木と西脇の新曲に対し、野外コンサートでのお披露目の許可が下りたのだった。
「企業ブースとしてアニメの宣伝映像を流すこと。及びシングルの先行販売を条件とすること」
アニメ放映は野外ライブの数週間後であり、放映開始前に主題歌が発売されるなど異例のことだった。スタッフから渡されたのは、メモの他にそのプロモーション映像が収められたDVDのサンプルであった。
「この番組の監督の人、確か西脇さんの大ファンなんだよね」
高山がDVDのケースを開けて、中に入っていた簡素な紙を取り出す。そこには製作スタッフ名の連ねてあり、高山の知る名前がちらほらあった。
(皆が協力してくれている)
おそらくそれは、先日の件がタミィレコードの陰謀と知っての同情なのだろう。
民井基次は、一人社長室で机を荒々しく叩いた。苛立ちを隠せない様子で歩き回り、そして乱暴にソファへと身を預ける。業界全体が笠木達の動向を見守る中、うかつに手出しは出来なかった。また自分の所のコンサートの企画も、あまりに急な告知だった為、予想を裏切りチケットの売れ行きが伸びない。
(ご自分のなされた事の報いだわ。この人、経営手腕はあるのに、どこかツメが甘いのよね)
無謀な行動をおこせば、必ず人の目が向けられる。妨害に入った時点で、周りの批難の対象になっているのだ。首尾よくやるなら、目立った行動は控え、ごく秘密裏に行えば良いものを、と彼の秘書は溜息を気付かれないようにこぼした。そして書類を机に置くと、鬼のような形相の上司を部屋に残して、そっと退出した。
「くっそ、運の強い奴らめ」
無理やり航空記念公園を奪い取り、勝利は手中にあるはずだったが、相手は這い上がってきた。民井はぐっと拳を握り締め、テーブルを再びどんと叩いた。すると上にあった湯のみ茶碗がひっくり返り、彼のズボンに煎れたばかりのお茶が降り注いだ。
「熱っ!」
八月の初め、関東の梅雨明け宣言がされた次の日、西脇は笠木を連れて墓地へ来ていた。
「今日は報告にきたんだ」
土ぼこりに塗れた墓石を丁寧に洗ったあと、花を備え線香をあげて、西脇は静かに語りだした。今回は恒例の夏のコンサートを野外でやることになったこと。そしてそれは波乱を乗り越えて、ようやく形になってきたことなどを話した。
「今日はノブも一緒に来ている」
生前、妻の静子も西脇に劣らず世話焼きの性分で、売れなかった笠木にご飯を食べさせてあげたり、寝床を貸してやったりしていた。
「今回は今までにない規模の会場で、ちょっと緊張しています。どうか静子さんも見守っていて下さい」
西脇の後に線香をあげた笠木は、両手を合わせながら当日のことを願った。
コンサートまで四週間を切っていた。
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第四章 ライブ当日
八月二十五日土曜日、T県N町北側に設置された特設ステージ。
開演前から詰め掛けた客の列で、辺りはざわついていた。出店のあちこちで家族連れの姿も多い。地元の人が即席で作った屋根付の休憩所やテントがあったが、上手い具合に生い茂った木々が影を作っていた。八月の終わり、まだまだ暑い盛りのこの時期だったが、その日は朝からやや涼しかった。風も出てきて、ニ時過ぎには雲が空を覆っていった。
「嫌な天気ですね……」
機材の準備をしながらスタッフが漏らした。
「万が一を考えて、機械類全てに防水シートをかけておけ」
週間天気予報ではおおむね曇り、時折雨という予報であった。当日販売のグッズには雨合羽も急遽加わり、それは飛ぶように売れた。
「合羽を使わずに済む方が有り難いんですけどね」
物販担当のスタッフ達が複雑な顔で対応していた。
「町の皆さんから差入れです」
出演者の控えるテントに、おにぎりと冷たい飲み物が運ばれてきた。本番前の腹ごしらえとばかりに次々と手が伸び、綿引を中心に食べ物飲み物は有り難く彼らの腹におさまった。
「雨、降り出しましたぁ!」
西脇がぱっと立ち上がり、テントを出る。ぽつりぽつりと落ちてきた雫が、一分も経たない内に夕立のような強い雨へと変わる。
「高山さんはまだですか?」
出演者の確認に来たスタッフが、その場に居た全員に確かめるように声をかけた。高山道恵は残念ながら前日入りは出来ず、当日開演時間には間に合うように駆けつけるという連絡が入ったばかりであった。雨が降っては高速道路を飛ばしても、順調に着けるか定かではない。
「彼女がもし遅れるようだったら、俺達が場を繋ぐから」
その日のゲストである『RUN』というバンドのメンバー柳沢と松本の二人が、西脇達を安心させるように言った。高山とは古い馴染みの二人であり、今回のゲストも高山からの打診であった。バックバンドのメンバーも任せてくれとばかりに、大きく頷く。
「大丈夫、大丈夫。雨だってすぐに上がるさ」
西脇は自分に言い聞かせるように、空を見上げながら繰り返した。突然の雨であったが、機材は問題なく動く。参加者も天候はある程度予想しており、慌ててはいない。ただあまりに降りが長く酷くなるようであったら、中止も考えなければいけない。何より最大の売りである花火が打ち上げられないのは、一番の痛手となる。花火が濡れないように、職人たちが確認に回っているのが遠目にも判った。
「せっかくここまで来たんだ、お客さんに歌を聞かせずに帰れるかよ」
揃いの雨合羽を身に着けた来場者達は、笠木達のテントから見るとてるてる坊主のようにも見えた。
(本当のてるてる坊主みたいに、天気がよくなるおまじないでもありゃ助かるのに)
コンサートの列さばきになれたスタッフ達のお陰で、雨の間はグッズの売り上げが増えた。新番組のプロモーション映像も、広いスクリーンを前に客が集まっていた。しかし雨は一向に止む気配がない。西脇は合羽を一つ貸してくれとスタッフに伝えると、ステージへと向かった。何をするのかと見守っていると、彼はステージ中央のスタンドマイクの前で突然歌いだした。
「え、オケもなしに?」
驚いた笠木であったが、伴奏など無くても西脇の歌声だけで音楽である。ビニールのかぶさったままのマイクを握り締め、西脇は客席へと歌い続ける。歌っている曲が新曲だと気付き、笠木も慌てて合羽を羽織ってステージへと上がっていった。
「ノブ……」
「竜さんだけ良い格好、ずるいですよ」
笠木の声も重なり、二人のハーモニーが降りしきる雨の中広がった。
「今日は皆きてくれて有難う。雨の中じっと待っていてくれている皆の為に歌います」
二番の歌詞の前に一言だけ、ファンに向けてメッセージを伝え、西脇はフードの下から笑顔を見せた。笠木もそんな西脇を見て、微笑んだ。初めは何事かとざわついていた会場も、歌声に聞きほれるように静まり返り、雨を避けるようにテントの中にいた人達も客席へと出てきた。家族連れの中から子供たちが数人、ステージに駆け寄ってきてやたら二人に手を振ってきた。
やがて歌い終わる頃には雨はやみ、雲間からうっすらと光が差し始めていた。そしてアカペラで歌われた二人の新曲は、たまたま生中継のカメラテストでカメラを回していたスタッフにより録画されており、雨をやませた歌として後日話題を呼ぶのであった。
「いやぁ、びっくりしましたよ。急にステージいっちゃうから」
テントに戻ってきた二人を、綿引が拍手で迎えた。衣装に着替える前のメイクもしていない素の顔で、客前で歌ったのは初めてかも知れない。
「焦ったわ、もう開演時間になったのかと思って」
女性の声が響き、西脇が目を向けると高山が立っていた。着いたばかりの彼女は鞄をテーブルに置くところだった。羽織っていたジャケットを脱ぐ時に、彼女の胸元にちらりと銀色の光がちらつく。それはステージ全員で付けると決めた、例のペンダントである。
「家からずっとしていたから、ここ来る前の仕事でも注目されたわ」
嬉しそうに彼女は微笑んだ。自分が考えたアイデアである分、かなり気に入っているのだろう。ゲストの首にも、同じデザインのシルバーが光っている。
「車を降りてからずっと歌が聞こえていて、竜さんとノブくんの声だってのは判ったんだけど、時計みてもまだ時間前だしおかしいなって思っていたのよ」
高山も無事開演時間に間に合い、スタッフは機材のビニールを次々と取って、最終準備に取り掛かった。
空が赤く染まる頃、ステージ両側の照明が煌々と輝き、会場のあちこちに設置されたスクリーンにコンサートのロゴが映し出される。
『会場の皆、用意はいい?皆でカウントダウンするよ?』
片桐菜々子の録音テープが会場に鳴り響き、客席に拍手が沸き起こる。彼女の声に煽られ、会場全体がカウントを始める。バンドのメンバーは既にステージの上で、楽器を片手に万全の体勢である。
「カウント始まりました、花道ライトつきました。皆さん準備大丈夫ですか?」
下手と上手のスタッフがトランシーバーで確認し合う中、ゲストを含めたその日の出演者六組が、ステージ脇の階段の前で待機していた。
「スリー!ツー!ワン!ゼローっ!」
大声援と拍手の渦の中、空に大輪の花が咲き誇り、ステージの照明が一気に明るくなった。空気を震わすギターの音と、心地よい響きのドラムの音、軽快なピアノのメロディに乗って笠木達が登場した。
「行くぜー!」
笠木の叫び声でコンサートが始まる。先程の雨で湿った芝生も何のその、全員が拳を振り上げた。連発であがる花火の光に照らされた多くの顔が、笑顔で満ちていたのは言うまでもなかった。
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第五章 夏の思い出
『T県で行われた野外ライブは、当日実施された募金活動が功を奏し、N町復興の資金が集まったそうです』
タイマーで鳴るようにセットしていたラジオから聞こえるどこかのFM局の番組。その一コーナーで流れたローカルニュースに耳を傾けながら、笠木はごろりと寝返りを打った。
コンサートから丸一日が過ぎた。結局夏フェスブームに便乗しての新規ファン獲得計画は会場が変更してしまった為、大きな成果は得られなかったが、天候のことも含め今回は色々と勉強になり、スタッフ一同満足のいく仕上がりとなった。地元との連携も上手く行き、最後は感動的な拍手で締め括られた。そして本日は、なんとかスケジュールを調整してマネージャーがもぎ取ってくれたオフである。
「身体を休める為のオフですからね」
念を押すマネージャーの言葉に耳が痛いが、西脇も休みとなった日に何もせずに寝てなどいられない。笠木は眠い目をこすりながら、枕元の時計を見る。針は朝の七時をさしていた。隣に目を移せば、まだぐっすりと深い眠りの中である西脇が横たわっている。
「あれだけライブで体力使ったくせに、まだやるのか?」
二度目をせがんだ笠木に、西脇が昨日ぼやいた科白である。
コンサートの開始時刻が早かったせいか、終えたその日のうちに二人は東京に戻った。終演後の興奮を持て余しながらも、日付が変わるころにようやく自宅に戻り、シャワーで汗を流すと少し落ち着いた。ホッとした表情の西脇に対し、バスタオルのままの笠木はまだテンションが下がらず、寝室に向かう彼を後ろから抱きしめた。眠気と心地よい疲労で横になりたがった彼をなんとか説得して、笠木は唇を奪う。部屋の冷房が効いていないんじゃないかと錯覚するくらいに、西脇の体温が上がった。くたくたに疲れてはいるものの、ステージで消費するエネルギーとベッドの上で消費するエネルギーは別物である。
「俺は同じなんだよ」
勘弁してくれとうんざり顔の西脇を拝み倒して、もう一ラウンド。
「ステージの竜さんて格好良いから、ライブの直後っていつも以上に燃える……」
耳元で囁きながら、笠木は相手をうつ伏せにした。その時に西脇の首に光るペンダントの、シルバーのトップが肌を撫でるように滑り落ちた。疲れた指先で取るのももどかしく、シャワーを浴びる時にも付けたままにしていたのを忘れていた。笠木の胸にも同じものが下がっており、長いチェーンがサイドテーブルの灯りで鈍く光った。
「あぁ、外してなかったな」
ペンダントの留め金具であるカニカンの部分を、西脇が手探りで探す。すると笠木がもう少しだけ一緒に身につけていて欲しいと、その手を制止した。ステージでは全員がさげていたそれも、今は二人だけのお揃いアイテムである。
「ペアルックで喜ぶ年でもないだろうに……」
西脇は枕を抱えるようにして荒い息を整え、受け入れやすいようにと身体の力をなるたけ抜く。口では文句を言いつつも、西脇とて本気で拒んでなど居ない。出来る限り身体に負担をかけないように気を遣いながらも、笠木は再び挿入を試みる。先に吐き出した笠木の白いそれが、西脇の中を濡らしている為、一度目よりも早く奥まで辿り着く。
「一度入った後だと、入れやすいですよね、竜さん」
「……お前は一言も二言も余計だ」
挿れ易かろうが悪かろうが、圧迫感を味わうことに変わりはない。ステージよりも体力を消耗するんじゃないかと、西脇はぐったりとした頭で考えた。奥まで押し入ってきた笠木のそれは、一旦引き戻され、そして今度は前立腺の辺りを突き始めた。
「あっ……うぅ……」
急な刺激に思わず西脇は仰け反る。何度も何度も同じ辺りを攻められる内に、西脇の前も硬くたちあがっていった。
「ステージで……竜さん、俺の肩を抱いてくれた時あったよね?」
突き上げなら、不意に笠木が喋りだす。腰の律動は止めずに話す為、語尾が力んだようにはねている。
「あの時、沢山のお客さんを前にキスしても、その場の雰囲気って事で許されそうな気がした」
「馬鹿なこと、言うな……」
「そう、怒られるからぐっと我慢した」
その分、今は甘えさせて欲しいと、笠木は激しく揺さぶり始めた。
(お前はいつだって甘えているだろう)
西脇は思ったが、言葉の代わりに口をついて出るのは荒い息だけであった。
「まだ瞼に焼き付いている……、満点の星空の下で歌う貴方の姿が」
笠木は小声で伝えると、うっと一瞬息を詰め、そしてふぅと大きく息を吐いた。西脇は自分の内部に放たれた熱い液体の感覚を覚え、それに触発されるかのうように、自分も達した。
終演近くになって見上げた空は、雨雲などとっくに風に流されて消えうせ、かわりに東京では見られない幾つもの星の光が、ペンライトのようにその場を照らしていた。
「色々あったけど、凄くいいコンサートだった」
嬉しそうな声を背中に感じ、西脇もそうだなと目を閉じた。笠木の抱き締める腕を素直に受け入れながら、二人は満足そうに身体を寄せ合って、ステージへと思いを馳せた。
二人の、いや参加者全員の夏の思い出にふさわしい野外コンサートであった。
「竜さん、起きて……はいないか、まだ」
顔を覗き込んで、まだ寝息を立てているのを確認し、笠木はベッドを抜け出した。部屋を出る前にちらと机の上を見やり、無造作に置かれたポラロイド写真に目を留める。
初の夏フェスと称した二日間連続の野外ライブ。最後のステージを終えた直後、ステージ脇でスタッフが出演者全員を写してくれた。汗まみれで疲れきった顔で、決してメディアには出せない姿であったが、メンバーの誰もが飛び切りの笑顔で写っている。自分の横には、西脇の笑顔がある。メイクも汗で落ちてしまい、最も素に近い笑顔。また一つ、笠木の思い出が増えた。
終わり
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コピー誌「Get Movin'」
発行者:あきやまさとる
発行:サークル「体感宇宙」
発行日:2007年9月9日
連絡先:
Twitter:@taikanuchu
メールフォーム:
https://my.formman.com/form/pc/pBZ58bd5pM1Lb7Ah/
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