あきやま

昭和生まれ。1997年からゆるっと同人。2000年から個人サイト継続中。
現在のメインは一次創作おっさんBLとDBの王パラ。
過去のジャンルは卒業した訳じゃなくて、書き手として筆をおいているだけ。いつでも再燃の可能性も。
ごった煮でその時々の好きなものをゆるく書いたり描いたりしています。
親友ネタから、年の差カプはヘタレ年下攻め×懐深い男前受けが好み。
普段はクロスフォリオで載せられないものを、ピクブラへ。
気ままに、急かされることなく、マイペースで創作を続けたい為、あまり交流はしておりません。
(と言いつつ、感想欲しいと思う自分もいる)

投稿日:2021年01月31日 22:59    文字数:18,059

Sixty Sex  ~二人の声が重なる時~

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タイトルの割に、ほのぼのです。
60回くらいしたいなぁという気持ちはあるけれど、相手の身体を思って、そこまでは出来ないよねっていうお話です。
ノブくん×竜さんシリーズ、リニューアルにあたり、2007年に発行した既刊の本文。イベント参加にあたり、再掲しました。リメイク版は、現代に状況を置き換えて、再展開する予定です。キャラに変更はありませんが、細かい設定は今後変更される予定です。ご了承下さい。
追記:薔薇が出てくる作品としてタグ参加させて頂きます。

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「還暦ぃ?」
 すっとんきょうな声が事務所内に響いた。今年の春からこの事務所で働き始めた事務スタッフ達が、午後のお茶を楽しんでいる席でのことだった。怖い先輩スタッフや、所属歌手や役者が出払っている今、事務所には若い彼らだけであった。
「竜さんて、来年還暦なんですか?」
 信じられないといった顔で、二十歳そこそこの女性スタッフが聞き返した。
「見えないよなぁ、本当……若いもん。せいぜい五十過ぎ位かと思っていたら、俺のオヤジとほぼ同世代なんてさ。うちなんて、退職してめっきり老け込んじまったのに」
 彼らが話題にしている竜さんとは、現役で第一線を走り続ける歌手、西脇竜治であった。幅広いジャンルの歌をこなすベテラン歌手であり、とりわけその伸びやかな低音を活かした主題歌に恵まれてきたため、不動の地位を確立し、彼に憧れて歌手を目指す人間も少なくない。この事務所の若手スタッフの中にも、子供の頃から彼の歌を聞いて育った人間が何人も居た。
「今度の年越しライブは畑違いのゲストも多いから、さすがにうちらの個人的理由でお祝いとかは出来ないけれど、来年頭には普段の誕生祝いとは別に、何かやりたいな」
「六十歳……って言うと、赤いちゃんちゃんこ?」
 一瞬の間があって、一同どっと笑った。ちゃんちゃんこなど、彼の柄ではない。西脇は黙っていればヤクザ映画にも出られそうな、やや強面のタイプである。
「竜さんなら、ちゃんちゃんこより紅い薔薇って感じかな」
 不意に通りの良い声が背後からして、スタッフが一斉に振り返った。すると黒いダウンのジャケットに身を包んだ笠木修宏が立っていた。スタッフ達は慌てて立ち上がって、彼を迎え入れる。
「一応ドアをノックしたけれど、全然気付かないもんだから勝手に入らせてもらったよ」
 そう言って彼は、持っていた紙袋を近くに居た一人に手渡す。事務所宛のお歳暮の包みが入っていた。
「わざわざすみません、お忙しいのに来て頂いて……」
 お茶を出そうとする彼らに、仕事の合間に時間が空いたから立ち寄っただけで、またすぐ戻る旨を伝えた。
 笠木はいわば西脇の弟分にあたるミュージシャンであり、親交が深い。笠木が西脇を慕う様子は、父親に対してのような、兄のような、家族に近い情念なのだろうとスタッフは皆ほほえましく見守っている。実際、笠木にとっての西脇はそれ以上の存在であるのだが。
「あ、社長は急遽作曲家の渡辺先生との打ち合わせで……」
 笠木がきょろきょろと見回しているのに気付いて、スケジュール調整を担当している一人が慌てて西脇の予定を伝えた。
「そっか。まぁ連絡居れずにいきなり来ちゃったからなぁ」
 そう言って彼は、ふと受付の横の机の上に目を落とした。そこにはスタッフが昼飯用に買ってきたカップめんや弁当の食べ終わったものが片付けられずに残っていた。だらしないところを見られたと慌てて片付けようとする彼らに待ったをかけ、笠木がカップの一つを手に取った。
「これ、コンビニで見かけた時から気になっていたんだよね、美味しいの?」
 秋からテレビCMで話題になっている野菜スープである。
「あ、美味しかったですよ。カロリー控えめで結構満腹になりますし。宣伝でいっているエロ旨(えろうま)って言う意味はよく判りませんけど、普通に美味しかったです」
 笠木はしげしげとはがされた蓋にプリントされている、『エロ旨』の文字を眺めた。このキャッチコピーを見て以来、西脇に食べさせてみたいと密かに思っていたのだ。一度店の棚に並んでいるのを見かけたが、キャッチコピーがあまりに露骨で、西脇に拒否されるのではと躊躇したが、食べた人間の感想を聞いてからなら言い訳もたつだろう。
「ところでさっきの赤いちゃんちゃんこの話だけど、もしかして竜さんの誕生日の話?」
 スープの容器を机に置いて、笠木は顔を上げた。
 今回は大晦日から元旦にかけて、お台場の会場で年越しライブが開催される。といっても、それは自分達が企画したコンサートではなく、とあるラジオ局の企画であり、そのゲストとして西脇が呼ばれた。ただあまりに急な話で、笠木は翌日元旦のスキー場でのジョイントライブを控えていた為に、打診はあったものの事務所側が断った。
「笠木さんが参加されないのは残念ですが、ラジオの企画なので当日その模様を生放送するんですよ。なので、電報とかファックスとかで、うちの社長にコメント寄せて下さると、きっと喜びますよ」
 女性スタッフの気遣うような言葉に、赤い薔薇の花束でも贈ろうかなと、笠木は笑った。
「CDのタイアップでラジオのスタジオにゲストとして呼ばれる事は多々有りましたけれど、今回みたいな音楽ジャンル混在のケースは珍しいですよね」
 年越しライブの告知用チラシを眺めながら、男性スタッフが呟いた。そこに掲載されている出演者は、ポップスで最近ヒットチャートを騒がせている男女のデュオや、有名プロデューサーの名の下で今年デビューしたばかりのアイドルグループ、ロック界のカリスマバンド、演歌のニューフェイス、映画で活躍している俳優や、バラエティで人気上昇中のお笑いコンビ、海外からのゲストなど、そうそうたる名前が連なっている。その中に西脇竜治の名前もある。西脇のほかに高山道恵も呼ばれているが、出演者の中では彼が一番の年長者である。
(竜さん、あれでいて結構若い子が苦手だったりするからなぁ)
 自分と西脇の年齢差程度であるなら問題ないが、下手したら親子ほど違う出演者も居る。音楽番組でもたまに若い世代との共演があるが、照れ屋なのか、どう声をかけていいのか戸惑うらしい。子持ちであったなら少しは免疫もあっただろうが、タレント化したアイドルとは会話が続かないだろう。
「うちらのライブだったら、間違いなくカウントダウンで年明けた後にハッピーバースデーの大合唱とか入れたんですけれどね」
 西脇の公式発表になっている誕生日は一月一日。彼に言わせるとそれは親の都合による戸籍上のもので、本当の誕生日は違うのだが、あえてその日付は公にしていない。唯一それを知っているのは、彼の死んだ妻と笠木、そして古くからの付き合いである高山道恵だけであった。勿論事務所のスタッフも、西脇は元旦生まれだと信じている。
「でもさ、他のゲストやお客さんに迷惑がかからない範囲で、こっそりお祝いすることは可能だと思う」
 慣れないステージで緊張する彼に、誕生祝いにかこつけて何か励ましてあげることが出来るなら、彼はとても喜ぶだろう。笠木の言葉に、スタッフ一同頷いた。
「実はさ、出演できない代わりに……」
 笠木はラジオ局側から依頼された内容を、スタッフにこっそりと聞かせた。

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「ただいま」
 夜の七時過ぎ、ぐったりと疲れた様子で西脇が帰ってきた。先に夕食を済ませて帰っていた笠木は、テレビを消して立ち上がり、出迎えた。
「五時くらいにおにぎり食ったきり、何も食べていない」
 のろのろと台所に向かう彼に、しめたとばかり笠木は用意していたコンビニの袋を取り出した。
「良かったら、これ食べて。さっき竜さんとこの事務所に寄ったら、スタッフの子が旨いから薦めてくれたんだよ」
 笠木の言葉は若干事実とは違うが、間違ったことは言っていない。すると西脇が思い出したように、差入れの礼を言った。
「わざわざ行かなくても俺に渡してくれりゃ、事務所に持っていったのに」
「それじゃあ意味ないの。ちょっと立ち寄って、竜さんの顔を見て、また次の仕事に向かうってところに楽しみがあるんだから」
「でも俺は、仕事で出ていたわけだが?」
 確かに、朝、笠木が直接彼から聞いた予定では、あの時間は西脇が事務所に居る筈であった。
「仕方ないだろう。急に仕事が入るのは俺達のような職業にはざらにあること」
 そもそも何故自分のスケジュールを、相手にいちいち知らせる必要があるのか、西脇には判らなかった。用事がある時は携帯電話にメールでも電話でもよこせば済む話である。
「よく言うよ。竜さん、しょっちゅう携帯わすれてくる癖に」
 そもそも携帯電話も、笠木が数年前にプレゼントして持たせるまでは、アナログな西脇には縁の無い道具であった。持たせたら持たせたで、事務所から仕事の追加依頼が出来るようになってしまい、結果として二人が共に過ごす時間は減ってしまったのだが。それでも仕事と仕事の間の空き時間にメールを送ったり、西脇の声が聞きたくて電話をしたりと、活用することも笠木は忘れない。
(本当は竜さんからも、もっと連絡よこして欲しいんだけどな)
 両思いの筈がどこかいまだに一方通行に思えて、笠木には不安が残る。
「へぇ、春雨が入ってて、旨そうだな」
 西脇は差し出された袋から、野菜スープのカップを取り出し、説明書きを読み始めた。お湯を注ぐだけのいたって簡単なもので、疲れて料理をするのが億劫に感じていた彼は気に入ったようだった。
「貰っていいのか?」
 勿論と頷き、笠木はポットのお湯は沸かしたばかりだと付け加えた。貰っていいどころか、西脇に食べさせたいが為に買ってきた代物である、食べて貰わなければ意味が無い。彼を促し、そして自分も台所のテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろした。
「エロ旨ってどういう意味だろうな」
 お湯を注いでしばらく待つ間に、西脇はパッケージのキャッチコピーに気が付いた。
「ほら、ちょっと前にエロかわいいとか、エロかっこいいとか、頭に『エロ』をつけて表現する言い方が流行っていたから……」
変に勘ぐられないよう、笠木は言葉を選んで応える。
「ふぅん」
 頬杖を付いて笠木の言う事を聞き流し、西脇はカップの側面の原材料を見ている。その様子を可愛いと、笠木はにやにやしながら観察していた。
(竜さんのエロかわいいって、こういう時の無防備なところだよな)
 もっぱら女性に対する修飾語で使われていた単語も、笠木にかかれば西脇への妄想表現に変化する。
(いや待て、竜さんの場合はエロ渋いが正しいのか?)
 西脇本人にしてみればどうでもいい事を、笠木は大真面目に考え始めていた。
「いただきます」
 出来上がったスープをお箸でかきまぜながら、西脇が食べ始めた。
「カロリーは控えめで腹いっぱいになるってんで、OLさんに人気らしいよ」
「確かに俺も最近ちょっと気にしていて。メタボ腹とかさ……」
 と西脇は自分の腹に目を落とし、ゆっくりと片手でさすった。
「いや、そういう意味で言ったんじゃないよ」
 例え太ってもその分ベッドで消費させてあげる……などと続けようものなら、カップの中の熱いスープは間違いなく笠木の頭から降り注ぐことだろう。心の中でこっそり科白を吐いて、笠木は笑顔でごまかした。
「適度な塩味で美味しい」
「気に入ったなら今度また買ってくるから……」
 言いかけて、笠木は思わず唾を飲み込んだ。相手がちゅるちゅると音をたてて春雨を吸い上げる様子に、何故だかどきりとさせられた。そしてキャッチコピーの意味を深読みすると、実はこういう事なのではなかろうかと、勝手に結論付ける。
「ねぇ竜さん、他の人の前ではそれ食べないでね。俺の前だけにしておいて」
「……あ?」
 ラーメンにも同じことが言えるだろうが、熱いスープものを食べた後の顔は湯気と体内温度の上昇で、頬がうっすら赤らみ、若干汗もかき、まるでそれはベッドの行為の後を思わせる。
(どこかで聞いたことがあるな、食べる行為とセックスは似ているって……)
 赤くなったり青くなったりと忙しい笠木を見ながら、西脇はまたろくでも無いことを考えているのだろうと小さく溜息をついた。
「ごちそうさま」
 満足そうに箸を置いた西脇は、カップと自分を見比べている相手に気付き、お前も食べたかったのかと問い掛ける。
「言ってくれりゃあ、少し残してやったのに」
「そうじゃない。……食べたいのは竜さんの方」
 しまったと西脇が焦った時には、彼の手首は笠木に掴まれていた。
「食後の運動だよ」
「食った直後に運動する馬鹿はいない」
「ここに居るって」
 お前は食っていないだろうと、その手を払った。しかし尚もしつこく食い下がる彼に、結局は折れた西脇だった。

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(やっぱり竜さんて、『エロ旨』かも……)
 笠木は相手のシャツのボタンを一つ一つ外しながら、ぼんやりとそんなことを考えた。組み敷いた西脇の鎖骨に口付けをすると、彼の指先がびくりと動いた。年は一回りも上で、しかも六十の大台を迎えようというのに、西脇の肢体は笠木を常に魅了している。年相応に感じる部分もあるが、長年コンサート等で鍛えた体力は、同年齢の一般人とは比べ物にならない。
「だからといって、手加減くらいはしろ……ノブ。俺は明日も仕事だ」
「判ってますって」
 深く唇を重ねると、スープの名残か若干塩味のキスであった。思わずしょっぱいと告げると、歯磨きくらいしたかったのにと西脇が顔を背けた。うっかりこのまま眠ったら虫歯になると文句を言う彼に、笠木が思わずオジン臭い……と漏らすと、睨まれる。
「そうだ、もうすぐ俺は還暦なんだぞ?!本来だったらこんな……」
「こんなセックス、しないって?その還暦が誘惑するから、俺も我慢が効かないんです!」
「いつ、俺が誘った?いい加減なこと言うな」
 自覚が無いだけだと笠木はぶっきらぼうに答えて、西脇の左右の乳首をぎゅっと指で摘んだ。相手が掠れた呻き声をあげ、身を捩るのを見て、また鎖骨にキスを再開する。
「……ノブ、ごまかすんじゃない。おいっ!」
 口論を続けたくなくて、笠木は西脇の言葉を聞き流す。
(邪な意味じゃなければ、竜さんが好きな人はいっぱい居る。俺だって最初は純粋に憧れていた)
 それが、いつの間にか性的な意味でも欲していると自覚した。いつ自分のような人間がまた出現するか判らない。自分の内側に生まれたこの気持ちが、他人に決して存在しないとは言い切れない。自分が傍に常に居られるなら、どんな人間も二人の間に割り込ませない、隙を与えない。けれどもそんなことは不可能であり、二人にはそれぞれに仕事がある。歌を待つファンが居る。突き詰めて考えれば考えるほど、西脇が仕事で絡む相手、付き合うスタッフ、目を向けるファン、それら全てに嫉妬してしまいそうになる。
(昔は、こんなに独占欲強くなかったのにな……)
 昼間、西脇の事務所で耳にした年越しライブの話。出来ることなら自分も参加して、彼と一緒に新しい年を迎えたい。しかし自分には年明け最初の仕事がある。西脇は東京のライブ、自分は某県の白銀のゲレンデでのジョイントライブ。どうスケジュールを調整したところで、一瞬でさえも年越しライブには足を運べない。
(さすがに、高山さんにまでは嫉妬しないけれど)
 高山には、優しい旦那と小学生の子供が居る。西脇の妻が他界した際に、もし高山が独身であったなら、西脇とはお似合いだっただろう。そんな仮定を考えたこともあった。それほど二人は仲が良く、西脇も高山のことを名前の『道恵』にちなんで『ミッチー』と愛称で呼ぶほど、古い付き合いである。
「ノブ、眉間に皺を寄せながら、……するな」
 不意に頬を両手で包み込まれ、笠木は我に返る。心配事がある時のお前の悪い癖だと、西脇は軽くその頬を叩く。
「ごめん、竜さん。行為の最中に考え事なんて……」
 笠木は申し訳無さそうに肩を落とし、西脇を両腕で抱き締める。
「そういやお前にも、年越しライブの打診があったんだってな?」
 西脇が彼の頭を撫でながら、思い出したように口にした。
「そう。でも竜さんも知っての通り、俺は元旦ライブで大晦日の昼からあっちに待機していないといけないから、断ったよ」
 一緒に参加出来ないのは残念だが、スキー場でのライブなら少し長めの滞在をして楽しんでこいと西脇は笑った。
「仕事が終わったら、さっさと帰るよ。だって竜さんのオフ、一月の二日から八日までなんでしょう?」
 笠木も元旦の仕事の後は、仕事を入れないようマネージャーに念を押していた。さすがに連日のオフは無理であったが、それでも幾日か飛び石のようにオフをもぎ取ったのだ。そのオフを、西脇とたっぷり過ごすつもりである。
「西脇さんとこの仕事始め、九日はきっと新年会兼誕生日会なんでしょう。俺もちょっと顔出しするよ」
 すると西脇は深く溜息を零す。
「お前さ、自分の所よりうちの事務所ばっかり来ないか?この間だってお前のマネージャーが、お前と連絡取れないからって真っ先にうちの事務所に電話を入れてきたぞ?」
 その日はたまたま電波の届きにくい建物で、西脇に贈るクリスマスプレゼントを選んでいたのだが、時間を忘れてあれこれ見比べていた。勿論仕事に遅れることは無いが、急に連絡をとりたい場合に笠木と連絡が取れず、マネージャーが慌てた。
「うちの所属事務所は、俺以外にもいっぱい人を抱えていて、スタッフも多いですけど、竜さんのところみたいにアットホームじゃ無いんですよ。別にうちの事務所が居心地悪いとかじゃなくて、そっちの事務の皆と結構仲良くなっちゃったからつい……」
 始めの内は西脇本人が目当てで幾度も足を運んだが、あまり人見知りのしない笠木がスタッフと打ち解けるのに時間はかからなかった。一方、笠木の事務所はスタッフがせわしなく、マネージャー以外と普段から飲みに行くような時間もなかなか無い。
「なんか、それだとうちの事務所が暇みたいに聞こえるな」
 西脇が口をとがらせる。西脇も昔は大きな事務所に所属していたが、年をとるにつれ人間関係が広がっていき、また自分なりの考えもあって独立した。
「それより、ねぇ……還暦になるってどういう気分?」
 笠木が抱き締める腕を緩め、西脇が撫でていた手を離す。還暦になったからといって、急に何かが変わるわけでもない。物の見方も考え方も今までの延長線である。ただ、六十年という月日が過ぎたことに対し、気持ちで区切りのようなものをつけた一年にしたいとは思っていた。
「その人生で半分近くは俺と関わってきましたよね」
 笠木が嬉しそうにそう言って、布団の中に片手を入れる。その手は西脇の脇から腹へと撫でながら下がり、彼の股間に辿り着いた。
「ノブ……っ!」
 慌てて拒絶の言葉を紡ぎそうになる口を、笠木がいち早くキスで塞いだ。扱く度に西脇の身体が強張っていくのが、重ねている肌で判る。このまま彼を年の数だけイかせたらどうなるだろうか等と、西脇が知ったら卒倒しそうな考えを巡らせながら、笠木は最初の一回を懸命に煽った。息苦しさと一点に集中した刺激に、西脇がばっと顔を横に背けた。唇が外れ、笠木の唇は相手の耳たぶの辺りに触れる。
「どうせなら大台記念に、限界に挑戦しません?」
 耳たぶを軽く噛みながら、くぐもった声で笠木が囁く。
「寝言は寝て言え。お前との性生活に区切り付けてやろうか」
 怒った科白も、紅潮した頬で息を抑えながら言っては迫力が無い。
「絶対無理だから……、六十回なんて」
「別に一晩で六十回なんて、言ってないよ」
 一日一回で六十日。西脇の誕生日まで一ヶ月を切っている。一日三回すれば、二十日で達成できる。
「一日三回ってことは、毎食後にすれば間に合う」
「毎食お前と一緒とは限らない」
 そうか、と笠木は考え込んだ。しかし手は西脇に触れたまま動かすのを忘れない。
「……じゃあ、六十回するんじゃなくて、六十回イクならどう?」
「何、考えて……、……っう……」
 わざとらしく優しい声で囁く相手を西脇は睨み付けるが、煽る指先がふっと一瞬離れ、親指の腹が亀頭をやや強くこすると、西脇は溜まらず声を噛み殺して射精した。指先から腕にかけて絡みついた白いそれを、布団を覗き込んで笠木が満足そうに確認する。
「竜さんに負担が掛かるのは、俺が突っ込むから腰とか痛めるわけで、そうじゃなくて何度か抜くだけなら一日三回は平気でしょ」
 抜け抜けとそんな科白を明るく言い放つ彼の顎に、西脇は拳を突き上げる。しかし力の入らぬパンチなど痛くもない。
「煽られれば身体に少なからず負担はあるんだ、馬鹿」
 お前みたいに若くないのだからとぼやいて、西脇は相手の両肩を押し返した。
「お前とはしばらくやらん」
 のろのろと一人でベッドを降りる彼に、笠木は手を貸そうとするが拒まれた。ベッドの下に落ちていた白いシャツを羽織ると、彼はシャワーを浴びる為に部屋を出て行ってしまった。
「あぁ、機嫌損ねたな」
 つい調子に乗ると思ったことをそのまま口にしてしまう笠木である。黙ったまま実行すれば良いものを、言わずに居られない性格が災いしている。とはいえ、そんな真っ直ぐな笠木だからこそ、西脇も気を許している部分が大きい。
「ま、誕生日までに六十回は無理でも、積み重ねで年齢と同じ数だけ達成したら、その時は個人的にケーキでも買ってこようっと」
 遠くに聞こえるシャワーの水音を聞きながら、笠木も脱ぎ捨てた服を広い集めた。

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 翌日、西脇が目を覚ますと、珍しく朝食を用意した笠木が待っていた。いつもは西脇が台所に立つ事が多い。西脇は自分へのご機嫌取りだと判っていながらも、お早うといただきますの簡単な言葉だけで、後はずっと黙り込んでいた。食べ終わり、出かける支度を済ませ、最後に玄関を出る間際にようやく口を開き、ぽつりと一言
「クリスマスは外食するか」
と残して出て行った。食べたい物を決めておけという合図である。
「……いってらっしゃい」
 見送った笠木は、今日のスケジュールが彼よりも遅い開始であった。食器類を片付けていると、急に西脇の新曲のメロディが部屋に響く。笠木がテーブルに出したままにしていた携帯電話の着信音である。西脇の新曲が着メロで配信される度に、笠木はダウンロードして自分の電話の着信音に設定している。西脇にしてみれば、一緒に居ることが多いのに、電話がかかってくる度に自分の曲が流れると自分の電話かと思い、紛らわしい。前にそれを指摘された際に、笠木はお返しとばかりに自分の曲を西脇の着信音に設定した。西脇は恥ずかしいと嫌がったが、いまだに解除のやり方さえ判らず、結局そのままである。
「もしもし……、あ、お早う」
 電話の相手は、西脇の事務所のスタッフである。先日事務所に立ち寄った際に、年越しライブの件で打ち合わせをした。その後の準備の件でだった。新人だけでなく中堅、ベテランのスタッフにも笠木の提案は伝わっていた。
「本当?手配できたんだ、良かった……」
 用意して欲しいと頼んでおいたものが無事確保でき、また年越しライブの主催者側の許可も得た。
『ラジオ局の方も、笠木さんからのサプライズって事で、この企画に賛成でしたよ』
 本来なら笠木が発端であるのだから、準備やラジオ局側とのやり取りは笠木のマネージャーや事務所が取り仕切るのが筋であるが、元旦のジョイントライブの方でスタッフの手が回らず、今回の企画は西脇の事務所のスタッフの手で進められていた。申し訳ないと詫びると、
『いいんですよ、うちらも社長のお祝いに何か出来ないかと思っていたんですから。そこへ笠木さんのアイデアを頂いたってことで』
と全く気にしていない様子であった。西脇本人に知られぬよう秘密裏に進めるには、少なからず事務側の協力も必要だったので、結果としては良い方向へと固まった。幾つか確認事項のやり取りをし、笠木は電話を切った。
「あとは……高山さんに連絡しないと」
 高山道恵の協力なしには、今回のアイデアは独りよがりになると感じていた。
『あら、お早うノブ君。どうしたの?』
 事務所を経由せず、直接彼女に連絡を入れる。
「高山さんも、大晦日のラジオ局のライブに出演されると聞いて……」
 笠木の言葉に、彼女は西脇絡みの話だろうと察してくれた。
「実は、お願いがあって」
 笠木は西脇の還暦祝いの話を手短に説明し、彼女もそれを快く引き受けてくれた。
 
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「クリスマスのプレゼントですか?」
 デパートで男物の小物が並んだ棚を眺めていると、女性の店員が近寄ってきた。西脇はやや躊躇しながらも頷いた。相手の年齢などの詳細を聞かれ、まさか年下の恋人などとも言えず、仕事仲間で後輩の男性だと伝えた。
「四十代くらいの方ですと、まだこれくらい鮮やかな色でも着こなせますし、アクセントに丁度良いと思いますよ」
 店員が手にしたのは、濃い赤のマフラーであった。確かに、笠木が冬場によく来ている黒いジャケットには合うかも知れない。幾つか薦められたが、結局最初のマフラーを選び、西脇は包んでもらった。
「メリークリスマス!」
 紙袋を片手に夕方の街を歩くと、ライトアップされた店やツリーが眩しかった。若い男女が楽しそうに話しながら歩いているのとすれ違う。
(妻を失って、もう二度と義理ではない誰かの為に、クリスマスプレゼントを買う事はないだろうと思っていたが……)
 プレゼントを贈る相手が居るという事に、幾らか心は救われている。笠木宛てのプレゼントを買うようになって、今年で何度目だろうか。年を経る毎に少しずつ街の景色は変わっているが、毎年聞きなれたクリスマスソングが街を包み、温かい気持ちになれる自分が存在する。
「日が落ちるのが早くなったな」
 ざわめく街を後にして、西脇は足早に家路を急いだ。帰れる家がある、待っている人が居る。彼の表情は他人が見ても判らない程度に、緩んでいた。
 十二月に入れば、いつも以上に仕事のスケジュールはきっちりと詰まっていく。分単位での移動を強いられ、西脇も笠木も帰宅時間はばらばらで、すれ違うことも度々だった。西脇はなるべく家でゆっくりしたいタイプなので、どんなに忙しくても帰宅したが、笠木は時折スタジオに泊まって仮眠程度でやり過ごすこともある。
「結局、クリスマスは過ぎちゃったね……」
 二人がどうにか予定を調整して、一緒に外食できた日は十二月二十六日。クリスマスの様相は跡形もなく消え、町が正月に備えて模様替えし始めた頃であった。
「いいさ、二人だけのクリスマスをしよう」
 夜景の綺麗な展望レストランで食事をして、照れながらもプレゼントを交換する。
「隣のホテルを実はとってあります」
 咳払いをして、笠木がちらりと西脇の顔色を伺った。おそらく西脇の事務所側に予定を確認済みなのだろう。明日の昼までは西脇に予定がないのを知っての外泊である。
「五十台最後のクリスマスモードの……、竜さんをちょうだい」
 子供みたいに甘えた科白のくどき文句に、西脇は嫌だと言っても連れて行くんだろうと頷いた。

 
 容易されたホテルはこぢんまりとしているが雰囲気の良い部屋で、クリスマス当日であったなら満杯でとれなかったであろう。ルームサービスで取り寄せたワインで飲み直し、ベッドへ行く。酔って赤いだけなのか、恥ずかしくて赤いのか、シャツを脱がして露になった彼の肌の熱を、笠木は舌で舐めて冷やすような仕草をする。笠木の舌も熱くて、冷ますどころかますます彼の体温を上げるだけだった。
「前に六十回するっていったら怒られたから、替わりに今日は六十箇所キスするからね」
 そう言って西脇の肩口に吸い付く。跡は絶対に残すなと念押しされ、笠木は笑顔でごまかした。
(残さないなんて保障は出来ないから、服で隠れる場所にしょう)
 普段服に隠され、決して人前に晒さない場所なら、自分は幾らでも知っている。スタンドマイクを振り回せるだけのがっしりとした二の腕も、低音で歌う度に上下する腹回りも、触られると弱い太腿も、鬱血しそうな位に強く吸っていく。
「こら、歯型まで付けるな……」
 四つん這いにまでされ、尻に噛み付かれ、西脇は反射的に彼の脛を足の裏で蹴り上げていた。
「少しはこっちの主張もさせろ」
 そう言って身体を反転させると、笠木の唇にそっと自分の唇を寄せる。
「あ……今ので五十九……」
 唇を離した後、笠木がぽつりと呟いた。そして六十回目のキスを、今度は自分から西脇にせがむが、胸板を押し返された。
「まだ六十になっていない」
 律儀に指摘する西脇に、笠木は一瞬目を見開いたが、大笑いした。
「ごめん。誕生日過ぎたら、改めて六十回キスさせて」
 笠木はしゃっくりのように肩を震わせながら、西脇の上に身を預けた。重いと文句を言う彼に、今日はこのまま眠ろうかと笠木は目をそっと閉じる。
「お前はそれで済むのか?」
 西脇は自分の肌に触れている、笠木の硬いそれに気付いていた。
「だって大人しく五十九回分のキスを許してくれた竜さんに、これ以上負担かけられないかな……と思って……」
「普段は遠慮しないくせに、こういう時にだけ気を遣うな。それに食事が終わったばかりのあんな場所でねだっておいて……」
 いくら周りの人間に聞こえない小声だったとはいえ、他の客も沢山居るレストランの席で、ちょうだいと言われた手前、西脇にも多少のプライドがある。それでもなお遠慮しようとする彼に、西脇は手を差し伸べ、
「さぁ、来い……」
 男に二言は無いと不敵な笑みを見せた。
(酔っているんだろうな)
 大胆な相手の申し出に、今度こそ笠木は思う存分答えるつもりで上体を起こした。


 二人だけのクリスマスの夜に、笠木が身体中に残したキスマークは、二日を過ぎても西脇の身体から消えなかった。場所によっては薄れていたが、トイレの時に他人にうっかり見える箇所にも付けられていた為、彼は要らぬ神経を使う羽目になった。外食した日以来、次にオフが重なるまでは二人の生活はまたすれ違う日々であった。それでもシャワーを浴びる度に、西脇の目には笠木の付けた痕跡が否応無く飛び込んできて、二人の時間を思い出さずにはいられない。
「年越しライブが控えているってのに、俺は何かんがえているんだ」
 歌を三曲覚えなければならなかったが、西脇はなかなか集中できず、若干の自己嫌悪を抱いて大晦日を迎えた。

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(竜さん、今頃どうしているかな)
 その日、笠木が荷物を取りに家に戻った時には、既に西脇が出かけた後だった。スキー場に行く準備をしながら、笠木はふと考えた。何組もの出演者が居るため、リハーサルの時間も多く、普段のコンサートよりもはるかに早い時間から会場入りをしているはずであった。どんなに緊張していようとも、歌っている時の彼は全く心配ない。しかし自分の出番の無い待ち時間、ステージ脇でそわそわ落ち着かない彼が想像できる。
「まだ放送は始まっていないけれど、応援メッセージ送っておくか」
 笠木は白い紙を探すと、太い油性マジックで何やら書き始めた。そして事前に聞いていたファックス番号に、それを送る。送信されたことを確認し、家を出た。そして新幹線に乗り、在来線を乗り継ぎ、自分の仕事先であるスキー場を目指すが、途中で携帯電話を取り出し、西脇のアドレスへメールを送った。


「竜さん、大丈夫?肩がガチガチよ?」
 高山にぽんと背中を叩かれ、西脇は固い笑顔を向けた。一時間ほど前に、笠木からのメッセージのファックスをスタッフが持ってきてくれた。番組宛てというよりも、西脇個人宛てに近かった為、スタッフも気を利かせたのだろう。しかしそのメッセージで一時的に気が楽になったものの、開演時間が近づくにつれ、緊張がまた戻ってくる。
「変なの。普段のライブだと若いファン相手に平気な顔している癖に、今はまるで借りてきた猫みたい」
 からからと笑う高山に、西脇は黙って溜息をつくだけである。その時、鞄のポケットに差し込んでいた携帯電話が振動した。
「もしかしてノブ君じゃないの?」
 高山の予想通り、笠木からのメールであった。
『今日は大晦日だから、客席に今年最後の竜さんの笑顔を向けて頑張って!』
西脇はホッとした様子でそれを読んでいたが、文章が後のほうになるにつれ、次第にむっとした顔に変わっていく。
『あのホテルの夜からずっと会っていないけれど……腰、大丈夫ですか?俺が帰ったら続きをして、今度こそ六十回達成しましょう』
 西脇の脳裏にあの夜の、しつこい位の笠木の姿が再び蘇る。確かに最後に彼を煽ったのは自分だが、水を得た魚のごとく自分の中で暴れられては、西脇も己の言葉を後悔したくなる。結果として一度では終わらず、ぐったりするまで付き合わされた。
「あの馬鹿……」
 こんな時になんて事を思い出させるんだと、西脇は耳が熱くなるのを感じた。赤く染まった彼を見て、高山がにやにやと覗き込んでくる。
「恋人からのラブメール?お熱いなぁ……」
 二人の関係を知っている高山には、今更言い訳をしても無駄だと察して、西脇は肩をすくめてみせた。
「いつまで経っても子供なんだから、あいつ」
「でもそのお子様に救われたりもするんでしょう?」
 緊張している自分を気遣って、あえて調子に乗った内容のメールをよこしていること位は、西脇も気付いていた。
「彼も寒いスキー場で頑張っている頃よね。どうせなら写真付きでメールを返してあげましょう」
 そういって彼女は、西脇の携帯を取り上げると彼の横に並んで、自分達の顔の高さに持っていった。高山に無理やり笑顔を作らされ、西脇はぎこちない表情の写真をとられてしまった。
「あ、メール返ってきた」
 笠木が添付ファイルを開くと、そこには満面の笑顔がこぼれた高山と、彼女に押され気味で固い笑いの西脇のツーショット写真があった。
「さすが高山さん、竜さんもたじたじだ」
 二人の会話が写真から聞こえてきそうな図であった。笠木は自分も二人に負けず仕事に励もうと、窓の外に目を移した。そこはもう白銀の景色であった。

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 年越しライブは、主催のラジオ局が入っている六本木の高層ビルの前の、広場に設置された特設テントで行われていた。事前にハガキやメールで応募したリスナーの中から抽選で招待される、無料のライブである。コンサートの招待券を持参していなくても、テントの周りの屋台やグッズ販売には参加出来るため、ビル周辺は人の渦が出来ていた。
「野外ライブの時は、本当に残念でした」
 西脇のもとに、片桐菜々子が挨拶にやってきた。彼女は西脇達が夏に企画した野外コンサートにゲストで出演の予定だった新人歌手である。コンサートの会場が急遽変更になった影響で参加できず、録音テープだけで登場した。
「せっかく笠木さんにお誘い頂いて、私も参加したかったんですが。それに西脇さんともじっくりお話してみたくて」
 笠木が彼女のレコーディングに参加していたという繋がりもあってのオファーだったが、西脇とは接点のなかった若い層である。彼女が出演したドラマを西脇も見たことがあり、名前と顔くらいは知っているという程度であった。
「年越しライブをご一緒できて、光栄です」
 笠木に聞いていた通り、なかなか礼儀正しいしっかりした女性であった。高山が傍にいたお陰か、西脇も固くならずに求められるまま握手を交わした。
「笠木さんから聞いていましたけど、西脇さんてシャイなんですね」
 高山が二人の会話を促すばかりで、西脇自身は大人しい様子に、彼女がぽろりと笠木の話を持ち出した。
(あいつ、俺のいないところで何を吹き込んだんだか)
 ますます西脇は話し辛くなってしまった。
「いいお嬢さんね。ノブ君もいい子に目を付けたわ」
 彼女が去った後、高山が西脇を覗き込んだ。あの子に彼を取られないように気を付けてね、と高山は付け加えた。
「ま、竜さん達の間に他人の入る隙なんてありゃしないだろうけど」
 そしてまた自らの言葉を否定して、西脇を小突いた。西脇は何か言いたげに口を開いたが、開場時間を告げるスタッフの声に遮られた。緊張の解けた彼の背中を押すようにして、彼女はステージへと向かった。
「さよなら、2007年。そしてウェルカム、2008年!」
 ラジオ放送自体は夕方の六時から、テントを特設スタジオとして始まっていた。客席はぎっしりと埋まっており、二十二時からのゲストコーナーが目当てのファンは時計を気にしながら待っていた。
「お待ちかね、ゲストの登場です!」
 進行役の声に、会場が沸き立った。拍手に包まれながら、ゲスト達が次々とステージに姿を現す。
「ようこそいらっしゃいました」
 海外からのゲストを、通訳を介して真っ先に紹介する。一組ずつスポットライトが当たり、会場とラジオの前のリスナーに向かってメッセージと曲を披露していく進行である。西脇は高山と共に紹介される。
「西脇さんとは結構古い付き合いでして……」
 緊張している西脇に代わり、高山がしきるようにして喋り、フォローした。そして二人が以前デュエットした歌を、クリスマス風にアレンジして歌う。
 西脇は歌いながら、客席を眺めた。普段自分達のコンサートの客層とは明らかに違う顔ぶれである。ファンだけではなく、自分達の事を今日はじめて知った人間も多数いるだろう。そんな中で歌うことは新鮮であり、勉強にもなる。客席の反応がどう返ってくるかで、アピールも変わってくるのだ。
「竜さーん、ミッチー!」
 二人のゲスト出演は事前に決まっていたからだろう、彼らのファンも客席にちらほらと居た。しかし最前列に座っている子供など、いかにも親に無理やり連れてこられた様子で、ぽかんとステージを見つめている。それに気をとられて、西脇が一部歌詞をとちった。
(悪い、ミッチー)
 目で謝罪の合図をし、彼女も笑顔で頷く。
「後でノブ君にしっかり報告しておきますから」
歌が終わって一旦ステージから引っ込んだ際に、高山は笑顔を崩さないままびしっと言い放った。
「はい……」
 その後、何組かの歌が続き、ステージに今日のゲストが一同に集った。スタッフからそれぞれ蝋燭を手渡される。
「危ないので会場の皆さんには蝋燭ではなく、サイリウムをお配りしております。ラジオの前の皆さんも、何か明かりを持って待機してください」
 ステージの奥から、白い大型スクリーンが出てきて、そこに大きな時計の映像が映し出された。時刻は二十三時五十九分をさしている。
「せーの!」
 司会者の掛け声で会場中の声が一つになる。カウントダウンが始まり、ゲストが手にしている蝋燭の火が一つずつ消されていく。西脇の火も高山の火も消え、スクリーンに映された時計の秒針が真上に回った。
「新年あけまして、おめでとう!」
 拍手と歓声が渦を巻き、会場には鐘の音が効果音で流れた。西脇は沸き立つような会場の熱気に、やや気後れを覚えながらも、笑顔で拍手をしていた。
(今頃、ノブはスキー場の近くのホテルで寝ているかな)
 次に会うときは今年初めて会うことになる。当たり前だが不思議な感覚にとらわれながら、西脇はまた一つ年を取るのかと、心のうちで苦笑いをした。六十という節目の年、この一年が充実した年であることを願う。
「新年のお祝いコメントがメールやファックスでぞくぞくと届いております」
 司会者の声をぼんやりと聞きながら、西脇は客席をぐるりと見回していた。こんな風に自分をまだよく知らない客を相手に、今年は歌ってみたいものだと不確かな希望を持ちながら、自分のコンサートの構想を練り始めた時だった。
「とある方からお祝い映像も届いてます、早速スクリーンで流しましょうか。ラジオの前の皆さんには映像がお見せできないのが残念ですが、是非ご本人のコメントを音声で楽しんでくださいね」
 スクリーンに映像がぱっと映り、瞬間客席がどっと沸いた。
『皆さん、今晩は。笠木修宏です』
 西脇は反射的に映像に目を向ける。そこにはスキー場をバックに手を振る笠木の姿があった。後ろにわずかに見える空がまだうっすらと赤いので、生中継ではなかった。元旦のライブ自体も昼間の開催であるから、笠木は前日のリハーサル中に映像をとったのだろう。しかし遠く離れたところからの笠木の声に、それがたとえ電波を介してでも、西脇には心強かった。
『今回、実は僕もゲストのお話を頂いたんですが、残念ながら他の仕事が入っておりましてそちらには参加できず、非常に残念です』
 元々、出演できない笠木に対して、ラジオ局側はせめて何かメッセージを寄せて欲しいと言ってきた。文字によるメッセージでも音声のメッセージでも、ビデオレターのようなものでもいいと言われ、笠木は映像での出演を承諾した。
彼の元旦のジョイントライブは一部衛星放送で流れる予定で、収録の機材もスタッフも準備されていた。中には笠木とは縁の深いスタッフも居り、メッセージ映像の収録に協力してくれたのだ。紅い薔薇をマネージャーに買ってこさせた笠木は、年越しライブのファンへのメッセージの中にこっそりと西脇へのお祝いの意味も含めたかったのだ。
「昨年一年世間でも色々ありましたが、僕の身の回りでも多くの出来事がありました。特に夏の野外ライブは、一度は中止の可能性まであったにも関わらず、無事成功させることが出来、これもファンの皆さんとスタッフの皆のお陰だと感謝しています」
 反射的に西脇が片桐菜々子の方を見ると、彼女はスクリーンに向かって拍手をしていた。会場のファンへのメッセージそして今年の抱負を少し語った後、笠木がぱっと画面に向かって真っ赤な薔薇の花束を差し出した。
「そのステージに立てない代わりに、僕からのプレゼントです。どうか今年が良い年であることを願って……」
 その科白が終わらないうちに、会場のライトがひときわ明るくなり、天井からステージに向かって紅い花びらが降り注いだ。西脇が驚いて見上げていると、横に立っていた高山がとんとんと肩を叩く。他のゲストに見えないほどの小さな紙切れを、そっと西脇に渡した。そこには笠木の文字でこう書かれていた。
『本当のお祝いは後でちゃんとしたいから、今はこの花びらを受け取って。俺と事務所の皆の気持ちです』
 笠木が西脇の事務所のスタッフと準備をした、還暦祝いの紅い薔薇の雨である。高山がそっと経緯を彼に耳打ちした。会場にいる殆どの人間が、これはカウントダウンライブを盛り上げる為の笠木の企画だと思っただろう。ラジオ局側も本当の意図は知らされず、これを了承したのだ。それでも西脇と、そして隣で見ている高山には笠木達の想いがしっかりと伝わっていた。
「竜さん、ここで泣いたら駄目よ。あくまでもコンサートの演出ってことになっているから」
「判っているよ」
 西脇は紙切れを握り締め、笠木や事務所のスタッフ一人一人の顔を思い浮かべて、嗚咽を堪えた。
(有難う……、皆……)
 遠く離れていても、笠木はいつも近くに居てくれる。西脇は改めてそう想うのであった。
 
 元旦の朝早く、笠木はライブに備えて喉の調子をみていた。風邪も引いていないし、体調は万全である。
「西脇さんもライブは成功だったみたいだし、俺も頑張ろう」
 カウントダウンライブの主催は東京のラジオ局のため、笠木の居るゲレンデで放送を聞くことは出来なかったが、西脇の事務所のスタッフがラジオの様子をメールで報告してくれたので、彼も無事薔薇の花攻撃が西脇に届いたのを知った。
「竜さん……今度は花びらじゃなくて、俺がちゃんと貴方のことを抱き締める」
 彼が居るから、仕事に妥協せず打ち込める。笠木はゲレンデのファンの前で、彼らとそこにはいない西脇への気持ちも込めながら、自分の曲を歌った。
 その後、仕事を終わらせた笠木が打ち上げもそこそこに東京へ帰ったことは言うまでも無い。




終わり



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発行当時の情報

コピー誌「Sixty Sex」
発行者:あきやまさとる
発行:サークル「体感宇宙」
発行日:2007年12月30日
連絡先:
Twitter:@taikanuchu
メールフォーム:
https://my.formman.com/form/pc/pBZ58bd5pM1Lb7Ah/


 
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Sixty Sex  ~二人の声が重なる時~
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「還暦ぃ?」
 すっとんきょうな声が事務所内に響いた。今年の春からこの事務所で働き始めた事務スタッフ達が、午後のお茶を楽しんでいる席でのことだった。怖い先輩スタッフや、所属歌手や役者が出払っている今、事務所には若い彼らだけであった。
「竜さんて、来年還暦なんですか?」
 信じられないといった顔で、二十歳そこそこの女性スタッフが聞き返した。
「見えないよなぁ、本当……若いもん。せいぜい五十過ぎ位かと思っていたら、俺のオヤジとほぼ同世代なんてさ。うちなんて、退職してめっきり老け込んじまったのに」
 彼らが話題にしている竜さんとは、現役で第一線を走り続ける歌手、西脇竜治であった。幅広いジャンルの歌をこなすベテラン歌手であり、とりわけその伸びやかな低音を活かした主題歌に恵まれてきたため、不動の地位を確立し、彼に憧れて歌手を目指す人間も少なくない。この事務所の若手スタッフの中にも、子供の頃から彼の歌を聞いて育った人間が何人も居た。
「今度の年越しライブは畑違いのゲストも多いから、さすがにうちらの個人的理由でお祝いとかは出来ないけれど、来年頭には普段の誕生祝いとは別に、何かやりたいな」
「六十歳……って言うと、赤いちゃんちゃんこ?」
 一瞬の間があって、一同どっと笑った。ちゃんちゃんこなど、彼の柄ではない。西脇は黙っていればヤクザ映画にも出られそうな、やや強面のタイプである。
「竜さんなら、ちゃんちゃんこより紅い薔薇って感じかな」
 不意に通りの良い声が背後からして、スタッフが一斉に振り返った。すると黒いダウンのジャケットに身を包んだ笠木修宏が立っていた。スタッフ達は慌てて立ち上がって、彼を迎え入れる。
「一応ドアをノックしたけれど、全然気付かないもんだから勝手に入らせてもらったよ」
 そう言って彼は、持っていた紙袋を近くに居た一人に手渡す。事務所宛のお歳暮の包みが入っていた。
「わざわざすみません、お忙しいのに来て頂いて……」
 お茶を出そうとする彼らに、仕事の合間に時間が空いたから立ち寄っただけで、またすぐ戻る旨を伝えた。
 笠木はいわば西脇の弟分にあたるミュージシャンであり、親交が深い。笠木が西脇を慕う様子は、父親に対してのような、兄のような、家族に近い情念なのだろうとスタッフは皆ほほえましく見守っている。実際、笠木にとっての西脇はそれ以上の存在であるのだが。
「あ、社長は急遽作曲家の渡辺先生との打ち合わせで……」
 笠木がきょろきょろと見回しているのに気付いて、スケジュール調整を担当している一人が慌てて西脇の予定を伝えた。
「そっか。まぁ連絡居れずにいきなり来ちゃったからなぁ」
 そう言って彼は、ふと受付の横の机の上に目を落とした。そこにはスタッフが昼飯用に買ってきたカップめんや弁当の食べ終わったものが片付けられずに残っていた。だらしないところを見られたと慌てて片付けようとする彼らに待ったをかけ、笠木がカップの一つを手に取った。
「これ、コンビニで見かけた時から気になっていたんだよね、美味しいの?」
 秋からテレビCMで話題になっている野菜スープである。
「あ、美味しかったですよ。カロリー控えめで結構満腹になりますし。宣伝でいっているエロ旨(えろうま)って言う意味はよく判りませんけど、普通に美味しかったです」
 笠木はしげしげとはがされた蓋にプリントされている、『エロ旨』の文字を眺めた。このキャッチコピーを見て以来、西脇に食べさせてみたいと密かに思っていたのだ。一度店の棚に並んでいるのを見かけたが、キャッチコピーがあまりに露骨で、西脇に拒否されるのではと躊躇したが、食べた人間の感想を聞いてからなら言い訳もたつだろう。
「ところでさっきの赤いちゃんちゃんこの話だけど、もしかして竜さんの誕生日の話?」
 スープの容器を机に置いて、笠木は顔を上げた。
 今回は大晦日から元旦にかけて、お台場の会場で年越しライブが開催される。といっても、それは自分達が企画したコンサートではなく、とあるラジオ局の企画であり、そのゲストとして西脇が呼ばれた。ただあまりに急な話で、笠木は翌日元旦のスキー場でのジョイントライブを控えていた為に、打診はあったものの事務所側が断った。
「笠木さんが参加されないのは残念ですが、ラジオの企画なので当日その模様を生放送するんですよ。なので、電報とかファックスとかで、うちの社長にコメント寄せて下さると、きっと喜びますよ」
 女性スタッフの気遣うような言葉に、赤い薔薇の花束でも贈ろうかなと、笠木は笑った。
「CDのタイアップでラジオのスタジオにゲストとして呼ばれる事は多々有りましたけれど、今回みたいな音楽ジャンル混在のケースは珍しいですよね」
 年越しライブの告知用チラシを眺めながら、男性スタッフが呟いた。そこに掲載されている出演者は、ポップスで最近ヒットチャートを騒がせている男女のデュオや、有名プロデューサーの名の下で今年デビューしたばかりのアイドルグループ、ロック界のカリスマバンド、演歌のニューフェイス、映画で活躍している俳優や、バラエティで人気上昇中のお笑いコンビ、海外からのゲストなど、そうそうたる名前が連なっている。その中に西脇竜治の名前もある。西脇のほかに高山道恵も呼ばれているが、出演者の中では彼が一番の年長者である。
(竜さん、あれでいて結構若い子が苦手だったりするからなぁ)
 自分と西脇の年齢差程度であるなら問題ないが、下手したら親子ほど違う出演者も居る。音楽番組でもたまに若い世代との共演があるが、照れ屋なのか、どう声をかけていいのか戸惑うらしい。子持ちであったなら少しは免疫もあっただろうが、タレント化したアイドルとは会話が続かないだろう。
「うちらのライブだったら、間違いなくカウントダウンで年明けた後にハッピーバースデーの大合唱とか入れたんですけれどね」
 西脇の公式発表になっている誕生日は一月一日。彼に言わせるとそれは親の都合による戸籍上のもので、本当の誕生日は違うのだが、あえてその日付は公にしていない。唯一それを知っているのは、彼の死んだ妻と笠木、そして古くからの付き合いである高山道恵だけであった。勿論事務所のスタッフも、西脇は元旦生まれだと信じている。
「でもさ、他のゲストやお客さんに迷惑がかからない範囲で、こっそりお祝いすることは可能だと思う」
 慣れないステージで緊張する彼に、誕生祝いにかこつけて何か励ましてあげることが出来るなら、彼はとても喜ぶだろう。笠木の言葉に、スタッフ一同頷いた。
「実はさ、出演できない代わりに……」
 笠木はラジオ局側から依頼された内容を、スタッフにこっそりと聞かせた。

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「ただいま」
 夜の七時過ぎ、ぐったりと疲れた様子で西脇が帰ってきた。先に夕食を済ませて帰っていた笠木は、テレビを消して立ち上がり、出迎えた。
「五時くらいにおにぎり食ったきり、何も食べていない」
 のろのろと台所に向かう彼に、しめたとばかり笠木は用意していたコンビニの袋を取り出した。
「良かったら、これ食べて。さっき竜さんとこの事務所に寄ったら、スタッフの子が旨いから薦めてくれたんだよ」
 笠木の言葉は若干事実とは違うが、間違ったことは言っていない。すると西脇が思い出したように、差入れの礼を言った。
「わざわざ行かなくても俺に渡してくれりゃ、事務所に持っていったのに」
「それじゃあ意味ないの。ちょっと立ち寄って、竜さんの顔を見て、また次の仕事に向かうってところに楽しみがあるんだから」
「でも俺は、仕事で出ていたわけだが?」
 確かに、朝、笠木が直接彼から聞いた予定では、あの時間は西脇が事務所に居る筈であった。
「仕方ないだろう。急に仕事が入るのは俺達のような職業にはざらにあること」
 そもそも何故自分のスケジュールを、相手にいちいち知らせる必要があるのか、西脇には判らなかった。用事がある時は携帯電話にメールでも電話でもよこせば済む話である。
「よく言うよ。竜さん、しょっちゅう携帯わすれてくる癖に」
 そもそも携帯電話も、笠木が数年前にプレゼントして持たせるまでは、アナログな西脇には縁の無い道具であった。持たせたら持たせたで、事務所から仕事の追加依頼が出来るようになってしまい、結果として二人が共に過ごす時間は減ってしまったのだが。それでも仕事と仕事の間の空き時間にメールを送ったり、西脇の声が聞きたくて電話をしたりと、活用することも笠木は忘れない。
(本当は竜さんからも、もっと連絡よこして欲しいんだけどな)
 両思いの筈がどこかいまだに一方通行に思えて、笠木には不安が残る。
「へぇ、春雨が入ってて、旨そうだな」
 西脇は差し出された袋から、野菜スープのカップを取り出し、説明書きを読み始めた。お湯を注ぐだけのいたって簡単なもので、疲れて料理をするのが億劫に感じていた彼は気に入ったようだった。
「貰っていいのか?」
 勿論と頷き、笠木はポットのお湯は沸かしたばかりだと付け加えた。貰っていいどころか、西脇に食べさせたいが為に買ってきた代物である、食べて貰わなければ意味が無い。彼を促し、そして自分も台所のテーブルを挟んで向かい側に腰を下ろした。
「エロ旨ってどういう意味だろうな」
 お湯を注いでしばらく待つ間に、西脇はパッケージのキャッチコピーに気が付いた。
「ほら、ちょっと前にエロかわいいとか、エロかっこいいとか、頭に『エロ』をつけて表現する言い方が流行っていたから……」
変に勘ぐられないよう、笠木は言葉を選んで応える。
「ふぅん」
 頬杖を付いて笠木の言う事を聞き流し、西脇はカップの側面の原材料を見ている。その様子を可愛いと、笠木はにやにやしながら観察していた。
(竜さんのエロかわいいって、こういう時の無防備なところだよな)
 もっぱら女性に対する修飾語で使われていた単語も、笠木にかかれば西脇への妄想表現に変化する。
(いや待て、竜さんの場合はエロ渋いが正しいのか?)
 西脇本人にしてみればどうでもいい事を、笠木は大真面目に考え始めていた。
「いただきます」
 出来上がったスープをお箸でかきまぜながら、西脇が食べ始めた。
「カロリーは控えめで腹いっぱいになるってんで、OLさんに人気らしいよ」
「確かに俺も最近ちょっと気にしていて。メタボ腹とかさ……」
 と西脇は自分の腹に目を落とし、ゆっくりと片手でさすった。
「いや、そういう意味で言ったんじゃないよ」
 例え太ってもその分ベッドで消費させてあげる……などと続けようものなら、カップの中の熱いスープは間違いなく笠木の頭から降り注ぐことだろう。心の中でこっそり科白を吐いて、笠木は笑顔でごまかした。
「適度な塩味で美味しい」
「気に入ったなら今度また買ってくるから……」
 言いかけて、笠木は思わず唾を飲み込んだ。相手がちゅるちゅると音をたてて春雨を吸い上げる様子に、何故だかどきりとさせられた。そしてキャッチコピーの意味を深読みすると、実はこういう事なのではなかろうかと、勝手に結論付ける。
「ねぇ竜さん、他の人の前ではそれ食べないでね。俺の前だけにしておいて」
「……あ?」
 ラーメンにも同じことが言えるだろうが、熱いスープものを食べた後の顔は湯気と体内温度の上昇で、頬がうっすら赤らみ、若干汗もかき、まるでそれはベッドの行為の後を思わせる。
(どこかで聞いたことがあるな、食べる行為とセックスは似ているって……)
 赤くなったり青くなったりと忙しい笠木を見ながら、西脇はまたろくでも無いことを考えているのだろうと小さく溜息をついた。
「ごちそうさま」
 満足そうに箸を置いた西脇は、カップと自分を見比べている相手に気付き、お前も食べたかったのかと問い掛ける。
「言ってくれりゃあ、少し残してやったのに」
「そうじゃない。……食べたいのは竜さんの方」
 しまったと西脇が焦った時には、彼の手首は笠木に掴まれていた。
「食後の運動だよ」
「食った直後に運動する馬鹿はいない」
「ここに居るって」
 お前は食っていないだろうと、その手を払った。しかし尚もしつこく食い下がる彼に、結局は折れた西脇だった。

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(やっぱり竜さんて、『エロ旨』かも……)
 笠木は相手のシャツのボタンを一つ一つ外しながら、ぼんやりとそんなことを考えた。組み敷いた西脇の鎖骨に口付けをすると、彼の指先がびくりと動いた。年は一回りも上で、しかも六十の大台を迎えようというのに、西脇の肢体は笠木を常に魅了している。年相応に感じる部分もあるが、長年コンサート等で鍛えた体力は、同年齢の一般人とは比べ物にならない。
「だからといって、手加減くらいはしろ……ノブ。俺は明日も仕事だ」
「判ってますって」
 深く唇を重ねると、スープの名残か若干塩味のキスであった。思わずしょっぱいと告げると、歯磨きくらいしたかったのにと西脇が顔を背けた。うっかりこのまま眠ったら虫歯になると文句を言う彼に、笠木が思わずオジン臭い……と漏らすと、睨まれる。
「そうだ、もうすぐ俺は還暦なんだぞ?!本来だったらこんな……」
「こんなセックス、しないって?その還暦が誘惑するから、俺も我慢が効かないんです!」
「いつ、俺が誘った?いい加減なこと言うな」
 自覚が無いだけだと笠木はぶっきらぼうに答えて、西脇の左右の乳首をぎゅっと指で摘んだ。相手が掠れた呻き声をあげ、身を捩るのを見て、また鎖骨にキスを再開する。
「……ノブ、ごまかすんじゃない。おいっ!」
 口論を続けたくなくて、笠木は西脇の言葉を聞き流す。
(邪な意味じゃなければ、竜さんが好きな人はいっぱい居る。俺だって最初は純粋に憧れていた)
 それが、いつの間にか性的な意味でも欲していると自覚した。いつ自分のような人間がまた出現するか判らない。自分の内側に生まれたこの気持ちが、他人に決して存在しないとは言い切れない。自分が傍に常に居られるなら、どんな人間も二人の間に割り込ませない、隙を与えない。けれどもそんなことは不可能であり、二人にはそれぞれに仕事がある。歌を待つファンが居る。突き詰めて考えれば考えるほど、西脇が仕事で絡む相手、付き合うスタッフ、目を向けるファン、それら全てに嫉妬してしまいそうになる。
(昔は、こんなに独占欲強くなかったのにな……)
 昼間、西脇の事務所で耳にした年越しライブの話。出来ることなら自分も参加して、彼と一緒に新しい年を迎えたい。しかし自分には年明け最初の仕事がある。西脇は東京のライブ、自分は某県の白銀のゲレンデでのジョイントライブ。どうスケジュールを調整したところで、一瞬でさえも年越しライブには足を運べない。
(さすがに、高山さんにまでは嫉妬しないけれど)
 高山には、優しい旦那と小学生の子供が居る。西脇の妻が他界した際に、もし高山が独身であったなら、西脇とはお似合いだっただろう。そんな仮定を考えたこともあった。それほど二人は仲が良く、西脇も高山のことを名前の『道恵』にちなんで『ミッチー』と愛称で呼ぶほど、古い付き合いである。
「ノブ、眉間に皺を寄せながら、……するな」
 不意に頬を両手で包み込まれ、笠木は我に返る。心配事がある時のお前の悪い癖だと、西脇は軽くその頬を叩く。
「ごめん、竜さん。行為の最中に考え事なんて……」
 笠木は申し訳無さそうに肩を落とし、西脇を両腕で抱き締める。
「そういやお前にも、年越しライブの打診があったんだってな?」
 西脇が彼の頭を撫でながら、思い出したように口にした。
「そう。でも竜さんも知っての通り、俺は元旦ライブで大晦日の昼からあっちに待機していないといけないから、断ったよ」
 一緒に参加出来ないのは残念だが、スキー場でのライブなら少し長めの滞在をして楽しんでこいと西脇は笑った。
「仕事が終わったら、さっさと帰るよ。だって竜さんのオフ、一月の二日から八日までなんでしょう?」
 笠木も元旦の仕事の後は、仕事を入れないようマネージャーに念を押していた。さすがに連日のオフは無理であったが、それでも幾日か飛び石のようにオフをもぎ取ったのだ。そのオフを、西脇とたっぷり過ごすつもりである。
「西脇さんとこの仕事始め、九日はきっと新年会兼誕生日会なんでしょう。俺もちょっと顔出しするよ」
 すると西脇は深く溜息を零す。
「お前さ、自分の所よりうちの事務所ばっかり来ないか?この間だってお前のマネージャーが、お前と連絡取れないからって真っ先にうちの事務所に電話を入れてきたぞ?」
 その日はたまたま電波の届きにくい建物で、西脇に贈るクリスマスプレゼントを選んでいたのだが、時間を忘れてあれこれ見比べていた。勿論仕事に遅れることは無いが、急に連絡をとりたい場合に笠木と連絡が取れず、マネージャーが慌てた。
「うちの所属事務所は、俺以外にもいっぱい人を抱えていて、スタッフも多いですけど、竜さんのところみたいにアットホームじゃ無いんですよ。別にうちの事務所が居心地悪いとかじゃなくて、そっちの事務の皆と結構仲良くなっちゃったからつい……」
 始めの内は西脇本人が目当てで幾度も足を運んだが、あまり人見知りのしない笠木がスタッフと打ち解けるのに時間はかからなかった。一方、笠木の事務所はスタッフがせわしなく、マネージャー以外と普段から飲みに行くような時間もなかなか無い。
「なんか、それだとうちの事務所が暇みたいに聞こえるな」
 西脇が口をとがらせる。西脇も昔は大きな事務所に所属していたが、年をとるにつれ人間関係が広がっていき、また自分なりの考えもあって独立した。
「それより、ねぇ……還暦になるってどういう気分?」
 笠木が抱き締める腕を緩め、西脇が撫でていた手を離す。還暦になったからといって、急に何かが変わるわけでもない。物の見方も考え方も今までの延長線である。ただ、六十年という月日が過ぎたことに対し、気持ちで区切りのようなものをつけた一年にしたいとは思っていた。
「その人生で半分近くは俺と関わってきましたよね」
 笠木が嬉しそうにそう言って、布団の中に片手を入れる。その手は西脇の脇から腹へと撫でながら下がり、彼の股間に辿り着いた。
「ノブ……っ!」
 慌てて拒絶の言葉を紡ぎそうになる口を、笠木がいち早くキスで塞いだ。扱く度に西脇の身体が強張っていくのが、重ねている肌で判る。このまま彼を年の数だけイかせたらどうなるだろうか等と、西脇が知ったら卒倒しそうな考えを巡らせながら、笠木は最初の一回を懸命に煽った。息苦しさと一点に集中した刺激に、西脇がばっと顔を横に背けた。唇が外れ、笠木の唇は相手の耳たぶの辺りに触れる。
「どうせなら大台記念に、限界に挑戦しません?」
 耳たぶを軽く噛みながら、くぐもった声で笠木が囁く。
「寝言は寝て言え。お前との性生活に区切り付けてやろうか」
 怒った科白も、紅潮した頬で息を抑えながら言っては迫力が無い。
「絶対無理だから……、六十回なんて」
「別に一晩で六十回なんて、言ってないよ」
 一日一回で六十日。西脇の誕生日まで一ヶ月を切っている。一日三回すれば、二十日で達成できる。
「一日三回ってことは、毎食後にすれば間に合う」
「毎食お前と一緒とは限らない」
 そうか、と笠木は考え込んだ。しかし手は西脇に触れたまま動かすのを忘れない。
「……じゃあ、六十回するんじゃなくて、六十回イクならどう?」
「何、考えて……、……っう……」
 わざとらしく優しい声で囁く相手を西脇は睨み付けるが、煽る指先がふっと一瞬離れ、親指の腹が亀頭をやや強くこすると、西脇は溜まらず声を噛み殺して射精した。指先から腕にかけて絡みついた白いそれを、布団を覗き込んで笠木が満足そうに確認する。
「竜さんに負担が掛かるのは、俺が突っ込むから腰とか痛めるわけで、そうじゃなくて何度か抜くだけなら一日三回は平気でしょ」
 抜け抜けとそんな科白を明るく言い放つ彼の顎に、西脇は拳を突き上げる。しかし力の入らぬパンチなど痛くもない。
「煽られれば身体に少なからず負担はあるんだ、馬鹿」
 お前みたいに若くないのだからとぼやいて、西脇は相手の両肩を押し返した。
「お前とはしばらくやらん」
 のろのろと一人でベッドを降りる彼に、笠木は手を貸そうとするが拒まれた。ベッドの下に落ちていた白いシャツを羽織ると、彼はシャワーを浴びる為に部屋を出て行ってしまった。
「あぁ、機嫌損ねたな」
 つい調子に乗ると思ったことをそのまま口にしてしまう笠木である。黙ったまま実行すれば良いものを、言わずに居られない性格が災いしている。とはいえ、そんな真っ直ぐな笠木だからこそ、西脇も気を許している部分が大きい。
「ま、誕生日までに六十回は無理でも、積み重ねで年齢と同じ数だけ達成したら、その時は個人的にケーキでも買ってこようっと」
 遠くに聞こえるシャワーの水音を聞きながら、笠木も脱ぎ捨てた服を広い集めた。

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 翌日、西脇が目を覚ますと、珍しく朝食を用意した笠木が待っていた。いつもは西脇が台所に立つ事が多い。西脇は自分へのご機嫌取りだと判っていながらも、お早うといただきますの簡単な言葉だけで、後はずっと黙り込んでいた。食べ終わり、出かける支度を済ませ、最後に玄関を出る間際にようやく口を開き、ぽつりと一言
「クリスマスは外食するか」
と残して出て行った。食べたい物を決めておけという合図である。
「……いってらっしゃい」
 見送った笠木は、今日のスケジュールが彼よりも遅い開始であった。食器類を片付けていると、急に西脇の新曲のメロディが部屋に響く。笠木がテーブルに出したままにしていた携帯電話の着信音である。西脇の新曲が着メロで配信される度に、笠木はダウンロードして自分の電話の着信音に設定している。西脇にしてみれば、一緒に居ることが多いのに、電話がかかってくる度に自分の曲が流れると自分の電話かと思い、紛らわしい。前にそれを指摘された際に、笠木はお返しとばかりに自分の曲を西脇の着信音に設定した。西脇は恥ずかしいと嫌がったが、いまだに解除のやり方さえ判らず、結局そのままである。
「もしもし……、あ、お早う」
 電話の相手は、西脇の事務所のスタッフである。先日事務所に立ち寄った際に、年越しライブの件で打ち合わせをした。その後の準備の件でだった。新人だけでなく中堅、ベテランのスタッフにも笠木の提案は伝わっていた。
「本当?手配できたんだ、良かった……」
 用意して欲しいと頼んでおいたものが無事確保でき、また年越しライブの主催者側の許可も得た。
『ラジオ局の方も、笠木さんからのサプライズって事で、この企画に賛成でしたよ』
 本来なら笠木が発端であるのだから、準備やラジオ局側とのやり取りは笠木のマネージャーや事務所が取り仕切るのが筋であるが、元旦のジョイントライブの方でスタッフの手が回らず、今回の企画は西脇の事務所のスタッフの手で進められていた。申し訳ないと詫びると、
『いいんですよ、うちらも社長のお祝いに何か出来ないかと思っていたんですから。そこへ笠木さんのアイデアを頂いたってことで』
と全く気にしていない様子であった。西脇本人に知られぬよう秘密裏に進めるには、少なからず事務側の協力も必要だったので、結果としては良い方向へと固まった。幾つか確認事項のやり取りをし、笠木は電話を切った。
「あとは……高山さんに連絡しないと」
 高山道恵の協力なしには、今回のアイデアは独りよがりになると感じていた。
『あら、お早うノブ君。どうしたの?』
 事務所を経由せず、直接彼女に連絡を入れる。
「高山さんも、大晦日のラジオ局のライブに出演されると聞いて……」
 笠木の言葉に、彼女は西脇絡みの話だろうと察してくれた。
「実は、お願いがあって」
 笠木は西脇の還暦祝いの話を手短に説明し、彼女もそれを快く引き受けてくれた。
 
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「クリスマスのプレゼントですか?」
 デパートで男物の小物が並んだ棚を眺めていると、女性の店員が近寄ってきた。西脇はやや躊躇しながらも頷いた。相手の年齢などの詳細を聞かれ、まさか年下の恋人などとも言えず、仕事仲間で後輩の男性だと伝えた。
「四十代くらいの方ですと、まだこれくらい鮮やかな色でも着こなせますし、アクセントに丁度良いと思いますよ」
 店員が手にしたのは、濃い赤のマフラーであった。確かに、笠木が冬場によく来ている黒いジャケットには合うかも知れない。幾つか薦められたが、結局最初のマフラーを選び、西脇は包んでもらった。
「メリークリスマス!」
 紙袋を片手に夕方の街を歩くと、ライトアップされた店やツリーが眩しかった。若い男女が楽しそうに話しながら歩いているのとすれ違う。
(妻を失って、もう二度と義理ではない誰かの為に、クリスマスプレゼントを買う事はないだろうと思っていたが……)
 プレゼントを贈る相手が居るという事に、幾らか心は救われている。笠木宛てのプレゼントを買うようになって、今年で何度目だろうか。年を経る毎に少しずつ街の景色は変わっているが、毎年聞きなれたクリスマスソングが街を包み、温かい気持ちになれる自分が存在する。
「日が落ちるのが早くなったな」
 ざわめく街を後にして、西脇は足早に家路を急いだ。帰れる家がある、待っている人が居る。彼の表情は他人が見ても判らない程度に、緩んでいた。
 十二月に入れば、いつも以上に仕事のスケジュールはきっちりと詰まっていく。分単位での移動を強いられ、西脇も笠木も帰宅時間はばらばらで、すれ違うことも度々だった。西脇はなるべく家でゆっくりしたいタイプなので、どんなに忙しくても帰宅したが、笠木は時折スタジオに泊まって仮眠程度でやり過ごすこともある。
「結局、クリスマスは過ぎちゃったね……」
 二人がどうにか予定を調整して、一緒に外食できた日は十二月二十六日。クリスマスの様相は跡形もなく消え、町が正月に備えて模様替えし始めた頃であった。
「いいさ、二人だけのクリスマスをしよう」
 夜景の綺麗な展望レストランで食事をして、照れながらもプレゼントを交換する。
「隣のホテルを実はとってあります」
 咳払いをして、笠木がちらりと西脇の顔色を伺った。おそらく西脇の事務所側に予定を確認済みなのだろう。明日の昼までは西脇に予定がないのを知っての外泊である。
「五十台最後のクリスマスモードの……、竜さんをちょうだい」
 子供みたいに甘えた科白のくどき文句に、西脇は嫌だと言っても連れて行くんだろうと頷いた。

 
 容易されたホテルはこぢんまりとしているが雰囲気の良い部屋で、クリスマス当日であったなら満杯でとれなかったであろう。ルームサービスで取り寄せたワインで飲み直し、ベッドへ行く。酔って赤いだけなのか、恥ずかしくて赤いのか、シャツを脱がして露になった彼の肌の熱を、笠木は舌で舐めて冷やすような仕草をする。笠木の舌も熱くて、冷ますどころかますます彼の体温を上げるだけだった。
「前に六十回するっていったら怒られたから、替わりに今日は六十箇所キスするからね」
 そう言って西脇の肩口に吸い付く。跡は絶対に残すなと念押しされ、笠木は笑顔でごまかした。
(残さないなんて保障は出来ないから、服で隠れる場所にしょう)
 普段服に隠され、決して人前に晒さない場所なら、自分は幾らでも知っている。スタンドマイクを振り回せるだけのがっしりとした二の腕も、低音で歌う度に上下する腹回りも、触られると弱い太腿も、鬱血しそうな位に強く吸っていく。
「こら、歯型まで付けるな……」
 四つん這いにまでされ、尻に噛み付かれ、西脇は反射的に彼の脛を足の裏で蹴り上げていた。
「少しはこっちの主張もさせろ」
 そう言って身体を反転させると、笠木の唇にそっと自分の唇を寄せる。
「あ……今ので五十九……」
 唇を離した後、笠木がぽつりと呟いた。そして六十回目のキスを、今度は自分から西脇にせがむが、胸板を押し返された。
「まだ六十になっていない」
 律儀に指摘する西脇に、笠木は一瞬目を見開いたが、大笑いした。
「ごめん。誕生日過ぎたら、改めて六十回キスさせて」
 笠木はしゃっくりのように肩を震わせながら、西脇の上に身を預けた。重いと文句を言う彼に、今日はこのまま眠ろうかと笠木は目をそっと閉じる。
「お前はそれで済むのか?」
 西脇は自分の肌に触れている、笠木の硬いそれに気付いていた。
「だって大人しく五十九回分のキスを許してくれた竜さんに、これ以上負担かけられないかな……と思って……」
「普段は遠慮しないくせに、こういう時にだけ気を遣うな。それに食事が終わったばかりのあんな場所でねだっておいて……」
 いくら周りの人間に聞こえない小声だったとはいえ、他の客も沢山居るレストランの席で、ちょうだいと言われた手前、西脇にも多少のプライドがある。それでもなお遠慮しようとする彼に、西脇は手を差し伸べ、
「さぁ、来い……」
 男に二言は無いと不敵な笑みを見せた。
(酔っているんだろうな)
 大胆な相手の申し出に、今度こそ笠木は思う存分答えるつもりで上体を起こした。


 二人だけのクリスマスの夜に、笠木が身体中に残したキスマークは、二日を過ぎても西脇の身体から消えなかった。場所によっては薄れていたが、トイレの時に他人にうっかり見える箇所にも付けられていた為、彼は要らぬ神経を使う羽目になった。外食した日以来、次にオフが重なるまでは二人の生活はまたすれ違う日々であった。それでもシャワーを浴びる度に、西脇の目には笠木の付けた痕跡が否応無く飛び込んできて、二人の時間を思い出さずにはいられない。
「年越しライブが控えているってのに、俺は何かんがえているんだ」
 歌を三曲覚えなければならなかったが、西脇はなかなか集中できず、若干の自己嫌悪を抱いて大晦日を迎えた。

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(竜さん、今頃どうしているかな)
 その日、笠木が荷物を取りに家に戻った時には、既に西脇が出かけた後だった。スキー場に行く準備をしながら、笠木はふと考えた。何組もの出演者が居るため、リハーサルの時間も多く、普段のコンサートよりもはるかに早い時間から会場入りをしているはずであった。どんなに緊張していようとも、歌っている時の彼は全く心配ない。しかし自分の出番の無い待ち時間、ステージ脇でそわそわ落ち着かない彼が想像できる。
「まだ放送は始まっていないけれど、応援メッセージ送っておくか」
 笠木は白い紙を探すと、太い油性マジックで何やら書き始めた。そして事前に聞いていたファックス番号に、それを送る。送信されたことを確認し、家を出た。そして新幹線に乗り、在来線を乗り継ぎ、自分の仕事先であるスキー場を目指すが、途中で携帯電話を取り出し、西脇のアドレスへメールを送った。


「竜さん、大丈夫?肩がガチガチよ?」
 高山にぽんと背中を叩かれ、西脇は固い笑顔を向けた。一時間ほど前に、笠木からのメッセージのファックスをスタッフが持ってきてくれた。番組宛てというよりも、西脇個人宛てに近かった為、スタッフも気を利かせたのだろう。しかしそのメッセージで一時的に気が楽になったものの、開演時間が近づくにつれ、緊張がまた戻ってくる。
「変なの。普段のライブだと若いファン相手に平気な顔している癖に、今はまるで借りてきた猫みたい」
 からからと笑う高山に、西脇は黙って溜息をつくだけである。その時、鞄のポケットに差し込んでいた携帯電話が振動した。
「もしかしてノブ君じゃないの?」
 高山の予想通り、笠木からのメールであった。
『今日は大晦日だから、客席に今年最後の竜さんの笑顔を向けて頑張って!』
西脇はホッとした様子でそれを読んでいたが、文章が後のほうになるにつれ、次第にむっとした顔に変わっていく。
『あのホテルの夜からずっと会っていないけれど……腰、大丈夫ですか?俺が帰ったら続きをして、今度こそ六十回達成しましょう』
 西脇の脳裏にあの夜の、しつこい位の笠木の姿が再び蘇る。確かに最後に彼を煽ったのは自分だが、水を得た魚のごとく自分の中で暴れられては、西脇も己の言葉を後悔したくなる。結果として一度では終わらず、ぐったりするまで付き合わされた。
「あの馬鹿……」
 こんな時になんて事を思い出させるんだと、西脇は耳が熱くなるのを感じた。赤く染まった彼を見て、高山がにやにやと覗き込んでくる。
「恋人からのラブメール?お熱いなぁ……」
 二人の関係を知っている高山には、今更言い訳をしても無駄だと察して、西脇は肩をすくめてみせた。
「いつまで経っても子供なんだから、あいつ」
「でもそのお子様に救われたりもするんでしょう?」
 緊張している自分を気遣って、あえて調子に乗った内容のメールをよこしていること位は、西脇も気付いていた。
「彼も寒いスキー場で頑張っている頃よね。どうせなら写真付きでメールを返してあげましょう」
 そういって彼女は、西脇の携帯を取り上げると彼の横に並んで、自分達の顔の高さに持っていった。高山に無理やり笑顔を作らされ、西脇はぎこちない表情の写真をとられてしまった。
「あ、メール返ってきた」
 笠木が添付ファイルを開くと、そこには満面の笑顔がこぼれた高山と、彼女に押され気味で固い笑いの西脇のツーショット写真があった。
「さすが高山さん、竜さんもたじたじだ」
 二人の会話が写真から聞こえてきそうな図であった。笠木は自分も二人に負けず仕事に励もうと、窓の外に目を移した。そこはもう白銀の景色であった。

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 年越しライブは、主催のラジオ局が入っている六本木の高層ビルの前の、広場に設置された特設テントで行われていた。事前にハガキやメールで応募したリスナーの中から抽選で招待される、無料のライブである。コンサートの招待券を持参していなくても、テントの周りの屋台やグッズ販売には参加出来るため、ビル周辺は人の渦が出来ていた。
「野外ライブの時は、本当に残念でした」
 西脇のもとに、片桐菜々子が挨拶にやってきた。彼女は西脇達が夏に企画した野外コンサートにゲストで出演の予定だった新人歌手である。コンサートの会場が急遽変更になった影響で参加できず、録音テープだけで登場した。
「せっかく笠木さんにお誘い頂いて、私も参加したかったんですが。それに西脇さんともじっくりお話してみたくて」
 笠木が彼女のレコーディングに参加していたという繋がりもあってのオファーだったが、西脇とは接点のなかった若い層である。彼女が出演したドラマを西脇も見たことがあり、名前と顔くらいは知っているという程度であった。
「年越しライブをご一緒できて、光栄です」
 笠木に聞いていた通り、なかなか礼儀正しいしっかりした女性であった。高山が傍にいたお陰か、西脇も固くならずに求められるまま握手を交わした。
「笠木さんから聞いていましたけど、西脇さんてシャイなんですね」
 高山が二人の会話を促すばかりで、西脇自身は大人しい様子に、彼女がぽろりと笠木の話を持ち出した。
(あいつ、俺のいないところで何を吹き込んだんだか)
 ますます西脇は話し辛くなってしまった。
「いいお嬢さんね。ノブ君もいい子に目を付けたわ」
 彼女が去った後、高山が西脇を覗き込んだ。あの子に彼を取られないように気を付けてね、と高山は付け加えた。
「ま、竜さん達の間に他人の入る隙なんてありゃしないだろうけど」
 そしてまた自らの言葉を否定して、西脇を小突いた。西脇は何か言いたげに口を開いたが、開場時間を告げるスタッフの声に遮られた。緊張の解けた彼の背中を押すようにして、彼女はステージへと向かった。
「さよなら、2007年。そしてウェルカム、2008年!」
 ラジオ放送自体は夕方の六時から、テントを特設スタジオとして始まっていた。客席はぎっしりと埋まっており、二十二時からのゲストコーナーが目当てのファンは時計を気にしながら待っていた。
「お待ちかね、ゲストの登場です!」
 進行役の声に、会場が沸き立った。拍手に包まれながら、ゲスト達が次々とステージに姿を現す。
「ようこそいらっしゃいました」
 海外からのゲストを、通訳を介して真っ先に紹介する。一組ずつスポットライトが当たり、会場とラジオの前のリスナーに向かってメッセージと曲を披露していく進行である。西脇は高山と共に紹介される。
「西脇さんとは結構古い付き合いでして……」
 緊張している西脇に代わり、高山がしきるようにして喋り、フォローした。そして二人が以前デュエットした歌を、クリスマス風にアレンジして歌う。
 西脇は歌いながら、客席を眺めた。普段自分達のコンサートの客層とは明らかに違う顔ぶれである。ファンだけではなく、自分達の事を今日はじめて知った人間も多数いるだろう。そんな中で歌うことは新鮮であり、勉強にもなる。客席の反応がどう返ってくるかで、アピールも変わってくるのだ。
「竜さーん、ミッチー!」
 二人のゲスト出演は事前に決まっていたからだろう、彼らのファンも客席にちらほらと居た。しかし最前列に座っている子供など、いかにも親に無理やり連れてこられた様子で、ぽかんとステージを見つめている。それに気をとられて、西脇が一部歌詞をとちった。
(悪い、ミッチー)
 目で謝罪の合図をし、彼女も笑顔で頷く。
「後でノブ君にしっかり報告しておきますから」
歌が終わって一旦ステージから引っ込んだ際に、高山は笑顔を崩さないままびしっと言い放った。
「はい……」
 その後、何組かの歌が続き、ステージに今日のゲストが一同に集った。スタッフからそれぞれ蝋燭を手渡される。
「危ないので会場の皆さんには蝋燭ではなく、サイリウムをお配りしております。ラジオの前の皆さんも、何か明かりを持って待機してください」
 ステージの奥から、白い大型スクリーンが出てきて、そこに大きな時計の映像が映し出された。時刻は二十三時五十九分をさしている。
「せーの!」
 司会者の掛け声で会場中の声が一つになる。カウントダウンが始まり、ゲストが手にしている蝋燭の火が一つずつ消されていく。西脇の火も高山の火も消え、スクリーンに映された時計の秒針が真上に回った。
「新年あけまして、おめでとう!」
 拍手と歓声が渦を巻き、会場には鐘の音が効果音で流れた。西脇は沸き立つような会場の熱気に、やや気後れを覚えながらも、笑顔で拍手をしていた。
(今頃、ノブはスキー場の近くのホテルで寝ているかな)
 次に会うときは今年初めて会うことになる。当たり前だが不思議な感覚にとらわれながら、西脇はまた一つ年を取るのかと、心のうちで苦笑いをした。六十という節目の年、この一年が充実した年であることを願う。
「新年のお祝いコメントがメールやファックスでぞくぞくと届いております」
 司会者の声をぼんやりと聞きながら、西脇は客席をぐるりと見回していた。こんな風に自分をまだよく知らない客を相手に、今年は歌ってみたいものだと不確かな希望を持ちながら、自分のコンサートの構想を練り始めた時だった。
「とある方からお祝い映像も届いてます、早速スクリーンで流しましょうか。ラジオの前の皆さんには映像がお見せできないのが残念ですが、是非ご本人のコメントを音声で楽しんでくださいね」
 スクリーンに映像がぱっと映り、瞬間客席がどっと沸いた。
『皆さん、今晩は。笠木修宏です』
 西脇は反射的に映像に目を向ける。そこにはスキー場をバックに手を振る笠木の姿があった。後ろにわずかに見える空がまだうっすらと赤いので、生中継ではなかった。元旦のライブ自体も昼間の開催であるから、笠木は前日のリハーサル中に映像をとったのだろう。しかし遠く離れたところからの笠木の声に、それがたとえ電波を介してでも、西脇には心強かった。
『今回、実は僕もゲストのお話を頂いたんですが、残念ながら他の仕事が入っておりましてそちらには参加できず、非常に残念です』
 元々、出演できない笠木に対して、ラジオ局側はせめて何かメッセージを寄せて欲しいと言ってきた。文字によるメッセージでも音声のメッセージでも、ビデオレターのようなものでもいいと言われ、笠木は映像での出演を承諾した。
彼の元旦のジョイントライブは一部衛星放送で流れる予定で、収録の機材もスタッフも準備されていた。中には笠木とは縁の深いスタッフも居り、メッセージ映像の収録に協力してくれたのだ。紅い薔薇をマネージャーに買ってこさせた笠木は、年越しライブのファンへのメッセージの中にこっそりと西脇へのお祝いの意味も含めたかったのだ。
「昨年一年世間でも色々ありましたが、僕の身の回りでも多くの出来事がありました。特に夏の野外ライブは、一度は中止の可能性まであったにも関わらず、無事成功させることが出来、これもファンの皆さんとスタッフの皆のお陰だと感謝しています」
 反射的に西脇が片桐菜々子の方を見ると、彼女はスクリーンに向かって拍手をしていた。会場のファンへのメッセージそして今年の抱負を少し語った後、笠木がぱっと画面に向かって真っ赤な薔薇の花束を差し出した。
「そのステージに立てない代わりに、僕からのプレゼントです。どうか今年が良い年であることを願って……」
 その科白が終わらないうちに、会場のライトがひときわ明るくなり、天井からステージに向かって紅い花びらが降り注いだ。西脇が驚いて見上げていると、横に立っていた高山がとんとんと肩を叩く。他のゲストに見えないほどの小さな紙切れを、そっと西脇に渡した。そこには笠木の文字でこう書かれていた。
『本当のお祝いは後でちゃんとしたいから、今はこの花びらを受け取って。俺と事務所の皆の気持ちです』
 笠木が西脇の事務所のスタッフと準備をした、還暦祝いの紅い薔薇の雨である。高山がそっと経緯を彼に耳打ちした。会場にいる殆どの人間が、これはカウントダウンライブを盛り上げる為の笠木の企画だと思っただろう。ラジオ局側も本当の意図は知らされず、これを了承したのだ。それでも西脇と、そして隣で見ている高山には笠木達の想いがしっかりと伝わっていた。
「竜さん、ここで泣いたら駄目よ。あくまでもコンサートの演出ってことになっているから」
「判っているよ」
 西脇は紙切れを握り締め、笠木や事務所のスタッフ一人一人の顔を思い浮かべて、嗚咽を堪えた。
(有難う……、皆……)
 遠く離れていても、笠木はいつも近くに居てくれる。西脇は改めてそう想うのであった。
 
 元旦の朝早く、笠木はライブに備えて喉の調子をみていた。風邪も引いていないし、体調は万全である。
「西脇さんもライブは成功だったみたいだし、俺も頑張ろう」
 カウントダウンライブの主催は東京のラジオ局のため、笠木の居るゲレンデで放送を聞くことは出来なかったが、西脇の事務所のスタッフがラジオの様子をメールで報告してくれたので、彼も無事薔薇の花攻撃が西脇に届いたのを知った。
「竜さん……今度は花びらじゃなくて、俺がちゃんと貴方のことを抱き締める」
 彼が居るから、仕事に妥協せず打ち込める。笠木はゲレンデのファンの前で、彼らとそこにはいない西脇への気持ちも込めながら、自分の曲を歌った。
 その後、仕事を終わらせた笠木が打ち上げもそこそこに東京へ帰ったことは言うまでも無い。




終わり



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発行当時の情報

コピー誌「Sixty Sex」
発行者:あきやまさとる
発行:サークル「体感宇宙」
発行日:2007年12月30日
連絡先:
Twitter:@taikanuchu
メールフォーム:
https://my.formman.com/form/pc/pBZ58bd5pM1Lb7Ah/


 
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