ひだかみゆき

超次元サッカーの元陸上部大好きマンです。

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投稿日:2016年05月30日 16:44    文字数:17,122

HOPE1:そうだ、デートに行こう!

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サイトから再掲。
円←風前提の豪風です。
基本、三人で買い物してるだけのお話なので行為とかはないです。まだw

以下は当時のあとがき。

円←風←豪の基本形として、書いてみました。
今回新しく挑戦したのは、完全一人称。
下書き途中までは豪炎寺よりの三人称だったのを、こっちの方がいいやと書き直してしまった。
それにしても、豪炎寺が気の毒すぎたので、どうにかして思いを遂げさせてやりたいんですがw、そうしたら風丸に円堂を諦めさせるしかないという苦痛な選択。
ま、円堂×サッカーもある意味公式だからなw。
そういうワケで、いずれ続きを書く予定、です。
<2009/9/3脱稿>
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 それは円堂が漏らした一言から始まった。
「あー……、グローブ、穴があいちゃってる」
 サッカー部の部室でユニフォームに着替え、それをはめようとした円堂がすり切れを見つけ溜息を付いたのだ。指で摘んでぶらぶらと振ってみせる。
「本当だな。もう替え時じゃないのか?」
 屈んでシューズの紐を締めていた風丸が、立ち上がって円堂が摘んでいるグローブを見た。
「んー。でもこのグローブ、帝国との練習試合の時から付けてたんだぜ? 愛着がわいちゃってさぁ」
 そうぼやく円堂に、風丸は苦笑する。
「それだけ働いたんなら、もう充分だろ。休ませてやったらどうなんだ」
「そっかぁ……」
 顔を突き合わせて、親しげに話し合う円堂と風丸を、俺は黙ったまま見つめていた。
 ほんの二、三ヶ月前に雷門中学に転校してきた俺にとっては、この二人が古くからの知り合いということしか知らない。円堂が元々このサッカー部の部長で、風丸は陸上部だったらしいが、帝国学園との練習試合の為に助っ人として加わったと聞いたくらいだ。だから知り合いと言っても、いつからなのか、どんないきさつで仲良くなったのかなんて、知る由はない。尤も、その辺りの事情に関しては、他の部員たちも同様らしかったが。
 それにしてもこの二人の親密振りには、誰にも割り込めなさそうな雰囲気を周囲に撒き散らしている。
「しょうがないな。新しいの買うか。今までおつかれさん」
 円堂はくたびれたグローブを名残惜しそうにぽんと叩く。風丸が足元に目を落とすと、円堂に言った。
「俺のシューズも穴が空きそうなんだ。そろそろ買い替えようと思うんだけど」
「えー、どれどれ」
 風丸が右足を上げて、シューズの裏を見せると円堂が覗き込んだ。
「ホントだな」
「今までは走り込みやパスだけで良かったけど、ほら、炎の風見鶏打つようになってから、かなり酷使しただろ。ここん所もうボロボロだぜ」
 特に痛みの激しい所を指差すと、風丸は足を下ろした。
「じゃー、ちょうどいい。一緒に買いにいこうぜ!」
「……ああ」
 円堂と風丸は一緒にスポーツショップへ行く相談をしている。俺はそれを特に何するでもなく、ぼんやりと見ていた。すると、不意に風丸が振り向いた。
「豪炎寺も行かないか」
「えっ?」
 いきなり俺に振ってきた。
 答えに窮していると、円堂もそれに同意する。
「そうだな。豪炎寺、ヒマだったら俺たちと一緒に行こうぜ!」
「え……。いつだ?」
「明日の昼過ぎ。何か用事でもあるのか?」
「いや。別に予定はないが……」
「じゃ、決まりだな」
 俺がはっきり答えてないのに、円堂はさっさと取り決めてしまった。
「明日は三人で買い物に行くぞ!」



 翌日は土曜日だった。サッカー部の練習は午前中だけだったので、昼食を各自の家でとってから、待ち合わせをすることとなった。
 俺は自宅のマンションの一室に帰ると、帰り道で買ったコンビニ弁当を食べながら、午後出掛ける時どの服を着ようかと考え込んだ。
 円堂と……風丸と一緒か。
 やはり少々見栄えのいい服装をするべきだろうか。円堂はあまり気に留めないだろうから、そう気を使うこともないだろう。だが風丸が一緒なら話は別だ。
 食べかけの弁当を一旦リビングのテーブルの上に置くと、自分の部屋のクローゼットを開けた。中にかかっているシャツや上着やズボンを次々に出しては、自分の身に当ててみる。合わない奴は全部ベッドの上に放り投げた。どれを着るべきか、どの服なら好印象なのか。
──これじゃまるでデートだ。
 はた、とその答えに行き着くと俺は急にバカバカしくなって、ベッドの上に散らばった服を苦笑いして元に戻した。
 何を考えているんだ、俺は。普段着で充分だろ。
 結局、普段着慣れたTシャツとチノパン、そしてパーカーに着替えた。別に気取ることなんてないのだ。変に気を回したら、逆に不審がられるに違いない。多分、そういう所に彼は敏感だ。
 ベッドの上に腰掛けて、あいつのことを考える。
 風丸一郎太。同じサッカー部のディフェンスで円堂の親友。
 最初会った時は、特に気にも留めてなかったし、今のようにこんなに心の中を支配することもなかった。いや、整った顔立ちと、長く伸ばしたポニーテールに纏めている色素の薄い蒼い髪は、一見少女めいてはいたが。何より長い睫毛に彩られた、前髪で半分隠れている赤茶色の瞳は、とても印象的だった。だが、そんなのはいつも見ていれば慣れて気にならなくなるものだし、俺にとっても単なるチームメイト、そのはずだった。
 それなのに最近、風丸のことばかりが気にかかる。丁度、風丸と一緒に協力して行う必殺シュート、炎の風見鶏の特訓の為、二人きりになる機会が多いのも一因だろう。
 だが、それにしたって──。
 学校の授業中、妹の夕香の看病で病室を訪れている時、こうして自宅に居る時、そして何よりサッカー部の練習中に、風丸の姿が心を占める。グラウンドや校内で、風丸の姿を追ってしまう。どうしてなのかは、俺自身もよく分からない。
 冷静で、根が真面目で、後輩たちの面倒をよく見ている。責任感があって芯が強い反面、何処か脆い所があって、その脆い一面を知ってしまったあとは、どうにもあいつのことが気がかりでならなくなった。
 多分それがきっかけ。既に後戻りはできず、かと言ってその想いを告げる訳にもいかなかった。何といっても男同士であるという事実からは、抗えようになかった。
 俺は溜め息をつくと、ベッドから立ち上がってリビングに戻った。テーブルの上に食べかけのコンビニ弁当があったが、既に食欲はない。蓋を閉めて冷蔵庫に放り込むと、ペットボトルのお茶を飲み干して時計を見る。待ち合わせの時間にはまだ余裕があったが、もう出ることにしようと思った。いや、その前に歯を磨いた方が良いか。



 待ち合わせは稲妻駅前、午後の1時半だった。いつもよりも丁寧に歯を磨き上げてから家を出たが、約束の時間には充分すぎる程だった。
「あっ」
 待ち合わせ場所の目印は、駅前ロータリーにある雷型のモニュメントだ。そこは稲妻町の住民には格好の待ち合わせ場所として有名らしい。その前に、既に見覚えのあるポニーテールの少年の姿があった。もう来ていたのか。
 だが、モニュメントの前で待っていたのは、風丸だけでなく、彼を取り囲むように二人の男が立っていたのだ。
「あいつらは……!」
 二人連れには見覚えがある。あれは確か、この町に越してきた当日、たまたま通り縋った時、円堂に絡んでいた二人組だ。それに気がつくと同時に、俺は矢も楯もたまらず走り出した。
 二人組はどうやら風丸を女と間違えているらしく、しつこく付きまとっては、あわよくば誘い出して事に及ぼうとしているらしかった。だが勿論、それに軽々と乗ってしまう風丸ではない。
「おい、いいだろ。ヒマなら俺たちと良いトコ行こうぜ」
 背の高い方の男が、風丸の腕を引いて連れて行こうとする。
「離せ」
 風丸が手を振り払うと、二人の男が気に食わなそうに怒りをあらわにした。
「何だてめぇ!? お高く止まりやがって、このアマ!」
「いやだから俺は女じゃな」
「待て!」
 風丸が二人組への反論を言おうとした時、やっと駆けつける事が出来た。
「なんだてめ……あっ!」
 背の低い方の男が、俺の顔を覚えていたのか、急に青ざめた。
「マズいよ、安井。こいつ例のサッカーの……」
「な、何だと!?」
 二人に睨みをきかせると、俺は低い声を出してやった。
「離れろ。そいつは俺の女だ」
「な!」
 二人の男よりも風丸の方が、俺の言葉に反応した。でも俺はそれには構わず、目を剥き出して顔を歪めている男たちに更ににじり寄った。
「ひいいい!」
「おっ、覚えてやがれ!!」
 たちまち二人の男たちは、怯えながら捨て台詞を吐いて走り去る。それを見送って、俺はほっと風丸に振り向いた。
「もう来てたのか」
 駅舎の時計は、約束の時間の15分前を差している。風丸は釈然としない顔で、頷く。
 待ち合わせていた風丸は、いつものユニフォームでもジャージでも学ランでもなく、ブルーと紫のストライプのシャツを羽織って、素肌の上にミントグリーンのタンクトップを着ている。下は白っぽいジーンズにライトブルーのラインが入ったスニーカーで、清潔感のある彼にはとても相応しい格好をしていた。
「な、何だよ。俺、変な格好か?」
 余りにも熱心に見てしまったらしい、風丸が俺の視線を感じてたじろいだ。
「あ、いや。……普段着のお前を見るのは初めてだから」
「俺も普段の豪炎寺見るの初めてだけど」
 風丸はぶっきらぼうに返す。
「そうだったな」
 と、思い返して風丸の横に並ぶと、一瞬右肩と左肩が触れた。すぐさま風丸が一歩離れる。その行為に何だか俺は、ある種の違和感を抱いた。
「風丸」
 風丸が二人の男たちに絡まれていたのを思い返す。急にとある考えが頭に浮かんだ。それを実行すべく左腕を伸ばした。横でモニュメントの前に立っている風丸の左肩を掴むと、ぐっと引き寄せる。風丸の体がびくんと反応した。
「何するんだ!?」
 大声で叫ぶと、風丸は俺の手を振り払って逃げた。
「あ、いや……。悪い。恋人の振りをしておけば、さっきの奴らみたいなのに絡まれなくて済むだろうと……」
「はぁ!?」
 風丸は呆れた顔をして、身構えたかと思うとそっぽを向いた。
──しまった。機嫌を損ねたか?
「豪炎寺」
 そっぽを向いたまま、風丸が俺の名を呼んだ。
「さっきも、あいつら追い払うのに『俺の女』とか言ったな? 今だって恋人の振りとか言って、俺を女扱いしている」
「あ……」
 風丸の機嫌が悪い理由にやっと思い当たった。
「確かに俺、よく女に間違えられるさ。……うん。それは俺の外見の所為だって分かってる。分かってるけど、そんな風に扱われるのはちょっと……癪に障る」
 最後の方は小声で呟くように言った。
「風丸」
 普段、どちらかと言えば冷静で、あまり感情を表に出さない風丸が、こんな風に思ってる事をむき出しにするのは初めて見るし、その原因が自分の迂闊な行為にあると分かり、心底済まないと思った。
「悪かった、風丸。お前の気持ちとか全く考えてなかった。でも、俺はお前が誰よりも男らしい奴だって事くらい、ちゃんと分かってるつもりだ」
 そこまで言うと、深く頭を下げた。
「本当に、済まない」
「豪炎寺……」
 流石に風丸も言い過ぎたと思ったのか、少し態度が軟化した。
「もういいよ。頭まで下げる事ないだろ」
「しかし、お前を怒らせたのは確かだ」
「もういいって」
 頭さえ元に戻したが下を向いたままでいると、風丸はすっと横に立って、俺の左手に右手を絡めると、ぎゅっと握った。
──えっ?
 思わず風丸の顔を伺うと、ほんの少し頬を染めてはにかんだ笑顔を見せた。
「恋人の振りするなら、手を握ってるだけで充分だろ……」
「あ、……ああ」
 今俺の左手の中に風丸の右手がある。思ってる以上に柔らかい手だ。掌から風丸の温もりが広がる。次第に左手が汗ばみ、鼓動はどきどきと高鳴る。風丸に気付かれるかと思ったが、そ知らぬ顔をしていた。
「円堂の奴、遅いな……」
 ロータリーに繋がる道路を見て、風丸は円堂がなかなか現れないのを不安げに立っている。駅舎の時計は当に約束の時間を過ぎていた。
「ああ。一体どうしたんだろうな」
 風丸と俺との間に、一瞬の間が訪れる。何か話題がないだろうかと思ったが、気の利いた台詞一つ思いつかなかった。自分の不器用さを思わず呪う。互いの手が汗ばむ程に握りあい、肩と肩とが触れ合う程接近しているのに、俺には風丸が遠く離れてるように感じた。
 そう言えば今までも二人きりになった時、大した話はしてなかった。俺は汗で滑りそうになる掌を、ぐっと握り直すと風丸に呼びかけた。
「風丸、お前に」
「あ!」
 握り直した手は突然、するりと払われ、呼びかけた言葉は宙に消える。
「円堂!!」
 顔をほころばせた風丸が、ロータリーの向こうから駆けてくる円堂に手を振った。円堂も手を振り返して叫ぶ。
「おお~い!! 風丸! 豪炎寺!」
 円堂はブルーのTシャツとジーパンに、ワンショルダーのリョックを引っ掛けた格好で、モニュメントの前まで駆け寄るとはあはあと肩で息をついた。
「遅かったじゃないか、円堂」
 時計を見ると優に2時近くになっていた。
「悪い悪い。ちゃんと間に合うように家を出るつもりだったんだけど、母ちゃんに部屋の掃除しとけって、言われちゃったからさ」
 顔の前に立てた掌で、謝る格好をする円堂に、風丸は仕方なさそうに肩を竦めた。
「お前のお母さん、そういう所厳しいからな」
「いや、ホントごめん。でも二人だったから、退屈はしなかっただろ?」
「あ……」
 俺は思わず口を噤んだ。風丸が二人組に絡まれていた事、そいつらを追っ払った時、気まずい空気になったこと。そして難を逃れる為に、恋人の振りして手を握りあってた事……。それらを円堂に報告すべきだろうか。
 だが風丸は、そんな事は一切感じさせずに、こくんと円堂に頷いた。
「ああ」
 円堂に余計な心配をかけさせたくないのだろうか。俺はそれに対する言葉を飲み込んでしまった。
「よしっ。ちょっと遅れたけど、とりあえず行こうぜ!」
 円堂は風丸と俺を見て、こくこくと頷くと右手を大きく振り上げた。

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 駅からすぐ側にある商店街は、土曜の昼過ぎという時刻も相まって、多くの買い物客で賑わっていた。商店街には一軒、寂れた感じのスポーツショップがあった。だが、円堂はそこを横目で通り過ぎる。
「あそこには行かなくていいのか?」
「んー?」
 風丸と並んで今日の昼食の話だの、サッカーの事などとりとめのない話に花を咲かせている円堂に、顎をしゃくって寂れた店を示した。
「ああ。俺、もっと良い店知ってるんだ」
「そうか」
 そのまま風丸を従えて円堂はすたすたと前を行く。三人一緒、とは言えど互いに話を交わしてるのは主に円堂と風丸で、俺はそれを黙って聞いていた。羨ましいとは思うが、二人の会話には何故か入っていけない。
 円堂と会話している時の風丸は、朗らかに笑ったりはにかんだりしていて、さっきの駅前で待っていた時の気に触ったような顔や、手を繋いでいた時の何処か寂しげな顔とはまるで違っている。
 そんな二人を見ていると、今日どうして俺を誘ったのか、皆目見当がつかなくなった。
 商店街の大通りを過ぎると、アーケード街に入った。こちらもやはり人通りが多く、若者向けのブティックが建ち並んでいる所為か、比較的俺たちと同じような風貌の若い男女が多かった。
「あー、ほらほら。あの奥にあるスポーツショップ」
 円堂が前方を指差す。アーケード街の突き当たりに、大きなスポーツショップの看板が掲げられていた。その店の左右に道は折れて、更に奥に続いているようだった。
「へえ……。俺、初めてここに来た」
 派手なライティングで照らされた看板と、通りに面したショーウィンドにサッカーや野球やバスケやテニス、それぞれのウェアを着こなしたマネキンがポーズを取っているのを、風丸が目を奪われたのか、感嘆して見つめていた。
「俺は一度だけここに来た事あるんだ。豪炎寺、お前も一緒だったろ」
「えっ」
 円堂の言葉に、風丸が俺の顔をまじまじと見る。そう言われれば以前ここへ訪れたのを思い出した。その時は平日の昼間だったから、今日のように人混みでごった返してなかったので、印象がまるで違っていたのだ。
「ああ……そうだ。あれは雷門のOBを捜してた時……」
「そうそう」
 円堂が相槌を打つ。
「そうなのか?」
 風丸がぱちぱちと瞬きをして、俺と円堂とを見た。
「うん、実は。でも買い物で来るのは今日が初めてだし。この店、最近出来たらしいぜ」
「そうか。俺あまりこっち来ないからな」
 円堂の説明に、風丸は納得した表情を見せた。
「ま、ともかく入ろうぜ」
 自動ドアをくぐって三人で店内に入ると、見覚えのある顔が待ち構えていた。
「よう。入り口が騒がしいと思ったら、お前らか」
 屈強な筋肉の中年の男が立っている。雷門中OB──元イナズマイレブンの一人である、備流田さんだ。
「あ、雷門OBのおじさん! こんにちは」
 円堂が真っ先に備流田さんに頭を下げる。風丸と俺も倣って頭を下げた。
「こんにちは」
「こんにちは……」
「お前らうちで買い物か?」
「はい! こないだ来た時、いい店だと思ったので。それでこの際なんですけど……」
 円堂が人懐っこそうな笑顔を彼に見せる。
「後輩がわざわざ買いにきたんです。……ちょっとだけでいいからまけてもらえませんか?」
「あ」
 腰を低くして備流田さんにお願いポーズを取る円堂に、風丸が呆れた顔をした。
「ダメだ!」
 備流田さんは即答で断った。
「えーっ、ダメなんですか」
「ダメだ。まだ若いお前らだからこそ、甘い顔はせん。まけてもらって買ったものなど、お前たちにはその程度の価値でしかない。だが高い金を出して買ったものならどうだ? 大切に扱う筈だ。お前たちは正当な代価を払って、本当に価値のあるものを手に入れるべきだろう」
 備流田さんが滔々と語る説教に、円堂と風丸が目を見張って感嘆した。
「……すごい」
「分かったよ、おじさん。俺、折角だからいい奴探すよ」
「その意気だ」
 備流田さんはニヤリと笑う。円堂の背後でやはり、今の説教に心酔した俺と風丸を見て、思い出したのか話しかけてきた。
「おい、お前ら。炎の風見鶏の調子はどうだ」
「良好です」
 俺が答えると、風丸が後を継いで言う。
「おかげさまであの時の模範シュート、とても参考になりました。俺たち、次の試合に向けて猛特訓中です」
 言いながら風丸は俺に視線を送った。そのまま受け止めて俺は頷く。
「頑張ってるようだな。次の試合、期待してるぞ」
 備流田さんの大きくがっしりとした手が、俺と風丸の肩を同時に掴んで励ました。
「店長」
 店員の一人に呼ばれたらしく、備流田さんは「じゃ、ゆっくり見てけよ」と俺たちに言い残すと、店の奥へ消えていった。
「なるほどな。ここへ来たワケが分かったぜ、円堂」
 俺が納得してそう言うと、円堂は頷いてにっこり笑う。風丸は横目でそれをちらりと見た。
「でも、いきなり値切ろうとした時はビックリしたぞ」
「へへへ。やっぱり図々しかったかな?」
「全く、もう」
 腕組みをして気難しげな顔をする風丸に、円堂は肩をとんとん叩いて宥めた。
「ま、いいじゃないか。ともかく、買い物しようぜ」
「お前のが先でいいよ」
「ん。じゃ一緒に見てくれるか?」
 円堂が頼むと風丸は組んでいた腕を解いて、こくんと頷く。
「よし。俺のグローブが先な」
 三人で連れ立って店内を物色し始めた。とは言っても、店内の商品は各スポーツごとに並べられており、二人が求めていたものは、ほんの目と鼻の先のゾーンに一緒に並んでいた。
 商品を手に取り、どれにしようかと見定める円堂と風丸の背中を、俺はぼんやりと眺めていた。二人とも同じくらいの背格好だが、どちらかと言えば風丸の方がほっそりとしている。後頭部で括った長めのポニーテールも手伝ってか、一見すると少女のようであり、円堂と並んでいると幼いカップルがデートをしているようにも見えた。こうして見ると自分の存在というものが、まるで奇妙で滑稽に思えてくる。
「豪炎寺、ちょっとさ……」
「円堂、風丸」
 話しかけて来る円堂の言葉を遮って、俺はふとよぎった思いを口にした。
「俺はお邪魔か?」
「えっ?」「何で?」
 円堂が面食らった顔をし、風丸は困惑した表情で眉を顰めた。
「別に誰もそんな風に思ってないだろ……」
 風丸が視線を足元に落とす。円堂はそれに頷くと右手と左手に持っていたグローブを掲げた。
「そうそう。豪炎寺、もうちょっとこっちに来ればいいのに。でさ、どっちがいいと思う?」
 ただの思い違いか。そう思って俺は二人に近寄った。円堂が持っていた二つのグローブを見たが、さほど違いは感じられない。
「いや……。俺にはよく分からない」
「う~ん。どうせならいい方にしたいからなぁ」
「お前の予算の都合次第だろ?」
「ん~。どっちも同じくらいの値段だし」
「じゃあ」
 風丸は円堂の両手から二つのグローブを取り上げると、その内一つを円堂に手渡した。
「つけて比べてみろよ」
「あ~、なるほど」
「一番いいのは、はめて確かめる事だろ」
 風丸のアドバイスに従って、円堂は二つのグローブを試着してみた。
「うん。こっちの方が手にしっくりする。これに決めるぜ」
「だろ?」
「やっぱお前と一緒だと助かる。俺一人だとず~っと悩む所だったぜ」
 円堂はグローブをはめた手を握ったり伸ばしたりして、感触を確かめていた。そんな円堂を風丸は苦笑しつつもじっと見つめている。
「じゃ、次はお前の」
「いや。先に会計して来いよ」
「え? いいのか」
 風丸がこくんと頷いたので、円堂は躊躇しながらも、レジの方へ行ってしまった。円堂を見送ると風丸は視線を俺に移す。何か言いたげな目で見るので、俺は胸の辺りが熱くなるのを感じた。
「退屈じゃないか? 豪炎寺」
「いや……。別にそんなことはない」
 ふと視線を足元に落としたり、商品の棚をぼんやりと見ながら、高鳴る鼓動を抑えようと努めた。
「何か、買いたいものはないのか?」
「今の所は別に……」
「そうか」
 ぱちぱちと瞬きをすると風丸は、
「俺、シューズ見るから」
と言って、サッカーシューズが並べられている棚へ移動する。俺も何するわけでもなく、風丸について行った。
「風丸」
 並んでいるシューズを取り、確かめながら選んでいる風丸に話しかけた。
「何だ?」
「円堂とは……、いつもあんな感じか?」
「あんな、って?」
 目星を付けたのか一足のシューズを取ると、風丸は履いていたスニーカーを脱いで、試し履きを始めた。
「あいつにアドバイスしてやったじゃないか」
「ああ……。そりゃ小学校からの付き合いだし」
 風丸の言い分には何処か陰を含んでいるように思える。円堂と一緒に居る時のような馴れ馴れしさは見当たらない。
「腐れ縁って奴か。それとも」
 違う。こんな事を訊きたいんじゃない。本当に知りたい決定的な事は、だがそのまま口にして言える程、単純なものではない。それが上手く表現できなくて、もどかしさだけが募った。人にのみ許されるこの感情は、時として残酷な程に心を締め付ける。
「何が言いたいんだよ?」
 風丸がシューズを履いたまま立ち上がって、俺に振り向いた。眉を僅かに寄せて、俺の顔を見上げている。
「俺は……」
「うん?」
 しどろもどろになってしまいそうになるのを、なんとか押し込める。単刀直入に言ってしまえば楽なのだ、多分。
「お前は、風丸は円堂の事を」
「お待たせ~!」
 間延びした円堂の声が、俺と風丸の間に存在していた重い空気を変えてしまった。風丸がはっと円堂に顔を向ける。
「何かあったのか?」
 それでも残っていた妙な雰囲気に気付いて、円堂が訊いた。
「ううん。何でもないさ」
 風丸は首を横に振ると、試し履きしていたシューズの爪先でとんとんと床を鳴らした。
「俺はこれにする」
 風丸は屈むと元のスニーカーに履き替える。選んだシューズを右手にぶら下げ、レジへ行ってしまった。
「なあ、豪炎寺。この後バーガーショップにでも行かないか。何か小腹がすいちゃってさ」
「……俺は構わんが」
 円堂の提案を何の気なしに了解すると、ぽんと背中を押された。
「なあ、風丸と何話してた?」
「いや、別に」
 そもそも会話にまでは達してなかったような気がする。
「あいつさ、小ちゃい頃からの付き合いだけど、昔はもっと大人しくってさ。今じゃ全然考えられないけど」
 それはお前の前だけの話じゃないのか? ……そう口にはしなかったが、さっきの一人背を向けてシューズを選んでいる時の風丸は、その片鱗を見せていたように思える。
「でも昔っから走るのだけは速くってさ。いつの頃からなんだろな……。あいつと付き合いだしたの。不思議なんだけど妙に気が合っちゃってさ。でも、あいつ、俺以外に親友って言える奴いないみたいなんだよな……」
 俺の脳裏に、風丸に関する記憶がフラッシュバックする。放課後の部室で、学校からの帰り道で、円堂と常に一緒にいる時の、そしてさっきの駅前で待ち合わせしていた時の、風丸の表情。円堂の言う通り、風丸には親密に付き合っている相手はたった一人しか居ないのかもしれない。
「だからさ、豪炎寺。風丸と仲良くしてやってくれないか? こんな事頼めるのお前しかいない」
「えっ……」
 円堂の口から出た意外な言葉に、思わずたじろいだ。
「俺でいいのか。風丸はお前の親友だろう?」
「……って言うかさ。豪炎寺、お前も風丸と同じだと思って」
「同じ……」
 そう言われて、自分が普通に友達付き合いしてるのが、円堂とせいぜい鬼道くらいだということに気付かされる。部活中は流石に部員たちとそこそこの仲を保っているが、サッカーを離れるとそれも薄れる。
「うん。俺とだけじゃなくてさ。豪炎寺と風丸が仲良くしてくれれば、俺も安心するし、嬉しいんだ。こういうのって変か?」
「いや」
 態度では示したが、感情ではどうにもはっきりと出来ない。第一、風丸への気持ちは親友のそれではない。
 もっと心に触れたい。出来れば体にも。抱き合ってキスを交わしたい。そして体の奥深くまで繋がってしまいたい。……そんな感情は親友に対するものじゃない。
 そんな思いで風丸と親友付き合いなど、果たして出来るのか。円堂に明快な答えを示す事さえ出来ずに、口を濁した。
「な、頼むよ」
 黙り込んでいると、円堂が軽く頭を下げてくる。どうしたものか。
 そうしていると、不意に棚の横からひょいと青みがかったポニーテールが揺れた。
「円堂」
「あ」
 左手に、スポーツショップのロゴの入ったポリ袋をぶら下げた風丸が立っている。
「ああ。レジ済んだのか、風丸」
 円堂の問いに頷いたが、風丸は何故か困ったような顔をしていた。円堂が気付いて首を捻る。
「いや、レジの人からこれ貰っちゃって」
 風丸はおずおずと右手にポリフィルムに包まれた紐状のものを掲げた。
「ミサンガか……」
 俺は白と水色の紐で編み込まれたそれを見て、思わず呟いた。
「えーっ。俺の時は何もくれなかったぞ」
「よく分からないけど、メーカーが違うとか、そんなんじゃないかな」
「そっかぁ」
 円堂は屈み込んで、風丸の右手にあるミサンガを覗き込んでいる。風丸は羨ましそうにしている円堂を見ると、微かに笑った。
「じゃあ、これ円堂にやるよ」
「えっ」
 風丸は円堂の掌に、ポリフィルムに包まれたままのミサンガを押し込むと、そっと握らせた。だが、円堂は拳を開くと、再び風丸の掌に返した。
「いいや。貰ったのは風丸だろ。お前がつけとけよ」
「あ、でも」
 気遅れ気味に風丸は、今度は俺の顔を伺った。
「豪炎寺は? 今日はわざわざ俺たちの買い物に付き合ってくれたんだしさ」
 俺は風丸の手の中のミサンガと、風丸自身を見比べると、首を横に振った。
「いや。お前がつけろ。……その色はお前の方が似合う」
「ああ、そう言えばそうだな」
 円堂が同意して頷くと、風丸は自分の手の上のミサンガをまじまじと見つめた。水色が主体のそれは、確かに風丸に似合っているのだ。
「じゃあ、俺がつける」
 風丸ははにかむと、フィルムを取り外してポリ袋に押し込むと、しゃがみ込んだ。
「ん?」
 円堂が怪訝そうに覗き込む。風丸は右の足首にミサンガを括りつけていたからだ。
「足につけるのか、風丸?」
「うん。足の方が酷使してるから、早く切れると思って」
「へぇ……。風丸の願い事って何だよ?」
 何の気なしに訊く円堂に、風丸は一瞬目を泳がせたがすぐに真顔に戻った。
「もちろん、フットボールフロンティア優勝、だろ」
「ああ! 俺も同じ」
 二人して顔を見合わせ笑いあってたが、俺にはそれが違和感を伴わせた、
 本当にそれが風丸の願いなのか。もっと他にあるのではないか。そしてそれは──。俺は思わず風丸の視線の先に円堂の顔がある事に、気付いてしまった。
「でさ。さっき豪炎寺と話してたんだけど、腹減ってきたから、これからバーガーショップ行かないか」
「もう腹が空いたのか、円堂。……ってもう3時近くか」
 風丸は左手首に嵌めた腕時計で時刻を確かめている。
「ん。行こうぜ」
 円堂が促すと、風丸は笑って頷いた。が、急に何か思い出したのか、すぐにこう断った。
「あ、先行っててくれよ。俺、ちょっと」
「なんだ? トイレか」
「……まあ、そんなとこ」
「だったら入り口で待ってるよ。な、豪炎寺」
 円堂が振り向いて。俺に確認を取った。
「ああ」
 俺が了解の態度を取ると、済まなそうに風丸は手を挙げた。
「ごめん。すぐに済ます」
 店の奥に行ってしまった風丸を残して、俺は円堂と一緒に入り口の自動ドアへ向かった。
「でさ、さっきの話だけど」
「……ああ」
 円堂に、風丸と仲良くして欲しいと言われていたのを思い出した。
「頼むよ、ホント。今日みたいにさ。三人でダベッたり、買い物したり、遊んだり、気楽に仲良くしてやって欲しいだけなんだ」
「俺は……」
 思い出す。待ち合わせの最中の、風丸の何処か寂しげな表情。それを思うと胸を締め付けられる。
「俺は別に構わない。……風丸次第だ」
「ホントか!?」
 円堂はにんまりと笑うと、俺の肩を叩いた。
「サンキュー。俺の親友をよろしく頼むぜ」
「まだ風丸に了解を取ってないだろ?」
「風丸なら、俺の頼み全部聞いてくれるから大丈夫だって」
 お前の頼みでも、聞けるのと聞けないのがあるんじゃないのか。ましてや、それが人間関係となれば……。
 だが、俺にはそれ以上言えない。
 風丸の用事はすぐ済むものだったのか、大した時間も取らずに入り口の自動ドアまでやって来た。
「お待たせ」
「よし。じゃ早速聞いてみよーぜ」
「待て」
 思わず円堂の腕を引いて止めた。性急な奴だ。
「立ち話で済むような話じゃないだろう」
「そっか?」
「何の話だ?」
 小首を傾げる風丸に、俺は首を横に振った。
「いや、大した話じゃない」
 風丸は目を瞬かせていたが、すぐに肩を竦めた。
「また円堂が、変な事言いだしたのか?」
「何だよぉ、風丸。『また』って」
 口を尖らせる円堂に、風丸は横目で笑う。
「いつもの事じゃないか」
「ちぇっ。ま、いーや。行こうぜ!」

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 昼下がりのハンバーガーショップは繁盛時を過ぎた所為か、人混みもなく、のんびりとした雰囲気に満ちている。
 それぞれ飲み物とポテトやサイドメニューを頼んだが、円堂はそれに加えてチキンナゲットの箱を二つも注文していた。
「そんなに食べるのか? 円堂」
 円堂が頼んだトレーの中身を見て、風丸が呆れた顔をする。
「だって腹減ってるもん」
「よく食えるよなあ」
「そう言う風丸は昔っから、食細いじゃないか。だからなかなか背が伸びないんだぜ?」
「人が気にしてる事を……」
 そう言って風丸は円堂を横目で睨む。二人の会話を聞いていて、俺の頭に一つの疑問がわいた。
「風丸。前から不思議に思ってたんだが……。どうしてお前ディフェンスなんだ?」
「え?」
 紙コップに突き刺したストローを指で弄っていた風丸が、眉を曇らせて俺を見た。
「どうして、って……」
 風丸が答えに窮していると、俺たちが座っているテーブル席に近寄って来る者の気配を感じた。
「何だ、お前たち。奇遇だな」
 薄めの茶髪をドレッドヘヤーで決め、青いゴーグルを嵌めているそいつは、ごく最近俺たちの雷門中に転校してきたばかりか、あまつさえサッカー部に入部してきた。
「鬼道じゃないか! ホント偶然だな」
 円堂がパッと顔を輝かせる。俺と風丸も鬼道に手を挙げた。
「ここ、いいか」
 空いている俺の隣の席を指差す。円堂は即座に頷いた。鬼道は小脇に紙包みを抱え、片手にはアイスコーヒーの紙コップを手にしていた。
「三人お揃いでお茶でもしてたのか」
「買い物の帰りだよ。鬼道も?」
 円堂がテーブルに置いた紙包みを見て、鬼道に尋ねる。
「ああ。この近くの書店に、前から探してた本があったんでな」
 平たい紙包みを、片手で弄びながら、鬼道は答えた。
「ふーん。俺はグローブ、風丸はシューズを買いに来てたんだ」
「豪炎寺は?」
 俺の隣で鬼道が何の気なしに訊いた。
「いや。俺は……付き添いだ」
「そうか」
 鬼道は俺を見て何か言いたげな顔をしたが、すぐに向き直った。
「ああ……。この際だから訊いておくか。──風丸、お前のポジションだ。何故ディフェンスなんだ?」
 俺と同じ事を訊く。風丸はやっぱり眉を曇らせていた。
「鬼道もそれを言うんだな。……いや、たまたまさ」
「んー。そう言えば」
 円堂が頬杖をついて、視線を宙に向けている。
「帝国との練習試合に向けて部員集めの時さ。ほら、風丸って本格的にサッカーするのは初めてだったろ。だから、俺がいつでもアドバイスできるように、って近いディフェンスにしたような気がする」
 風丸はストローを咥えて、アイスティーを啜っていた。
「それだけか?」
「ああ。だよな、風丸」
 視線を隣に向けた円堂に合わす事もなく、風丸は下を向いたまま頷いた。
「で、それがどうしたんだ?」
 きょとんとした顔で円堂は鬼道を見た。鬼道は肘をテーブルにつけて、俺たちに顔を寄せるような格好を取った。
「ポジションの見直しをした方が良いんじゃないのか。風丸の足の速さを生かすのなら、ディフェンスよりは俺と同じミッドフィルダーの方が」
 目を伏せたまま、風丸はアイスティーが入った紙コップをテーブルに置いた。中で氷がぱちんと爆ぜる音が聞こえる。
「あー、なるほど。風丸、お前やってみるか?」
 ちらりと円堂の顔を見たが、風丸はすぐにまた下に目を向けてしまう。
「あまり……乗り気じゃなさそうだな」
 鬼道の声に、風丸はやっと顔を上げた。
「いや。別にそんなんじゃ。ただ、ディフェンスの方が慣れちゃったから……」
「何でだ? いいじゃん、やってみれば」
「ん……考えてみるよ」
 円堂の言葉にも、風丸ははっきりとした意思を見せず、ただアイスティーの紙コップを指で弄ぶだけだった。円堂はそんな風丸の顔を覗き込んでいたが、テーブルの上のトレーに手を伸ばすと、ナゲットをつまみ上げ、ソースをたっぷり付けると風丸の口元に差し出した。
「ほら食えよ、風丸」
 風丸は視線だけ円堂に向けた。
「ディフェンスやるんなら、もうちょい体力つけた方がいいぜ」
「またそういう事を……」
 ほんのちょっと頬を染めると、目の前のナゲットにぱくついた。
「うまいだろ? 風丸。ここのナゲット、他のとこのよりさっくりしてんだ」
「ん」
 口をもごもごと動かしながら、風丸は頷く。円堂はそれを見てにこにこしながら、俺と鬼道にもナゲットを奨めた。俺と鬼道が一つずつつまんで食べていると、円堂がナゲットを嚥下している風丸を見て、「あ」と声を上げた。
「風丸。口についてるぜ、ソース」
 そう言うなり、風丸の口元に手を伸ばすと、唇の端についたソースを指で拭って、円堂は自分の舌で舐めた。
「バ、バカ! 人が見てる前でそういう事するかよっ!?」
 店内中に響くくらいの大声を出した風丸は、そう言ってしまってから慌てた様子で周りを見回し、首をすぼめた。
「別にいいじゃん。子供の頃からいつもやってただろ?」
 暢気なもので、円堂はしれっとした顔で言う。
「……俺たち、もう中学生だぞ。お前の方こそ、口の端がソースだらけじゃないか」
 風丸は手元のトレーに置かれていた紙ナプキンを取ると、円堂の口元を拭き始めた。
 子供の頃からの付き合いとは言え、その光景は甲斐甲斐しく世話をする妻か母親のようで、微笑ましいというよりは見ているこちらの方が恥ずかしくなってしまった。
横を見ると、鬼道も同様らしく、口をへの字に曲げて困惑している。
「円堂、風丸」
「うん?」「何だ?」
「俺たちは、お邪魔か?」
「え……」「何で?」
 一瞬の間の後、きょとんとしている円堂を尻目に、こほんと咳払いすると風丸は何か気付いた顔をしたかと思えば、いそいそとスポーツショップのロゴが入った袋から何かを引っ張りだした。
「忘れる所だった。ほら」
 開いた掌の上には、ミサンガが乗っていた。赤とオレンジの2本。
「どうしたんだよ、これ」
 円堂が尋ねると、風丸は苦笑いして打ち明けた。
「さっき円堂がすごい欲しそうな顔してたから。同じの買って来たんだ」
「えーっ? 俺、そんな顔してたっけ?」
「してた」
 円堂を横目で見ると、1本ずつ俺と円堂に渡す。赤が俺ので、オレンジが円堂のらしい。
「悪いけど、鬼道の分までは用意してない」
 済まなそうな顔をする風丸に、鬼道は手を横に振った。
「いや、気を遣わなくていい、風丸。それに俺は先約済みだ」
 鬼道はジャケットの袖口を押し下げると、既につけてあったミサンガを見せてくれた。ゴーグルとお揃いの濃い青だった。
「春奈が、な」
 それの贈り主は、俺たちサッカー部1年マネージャーの音無なのだと、鬼道は暗に示す。
「そうか。だったら俺たちは三人お揃いでいいよな」
 ほっとした顔で、風丸は俺と円堂の顔を見た。俺たちは頷いたが、鬼道は気がついたのか風丸の手首を凝視する。
「ん? 風丸は……」
「ああ、風丸は手首じゃなくて、足につけてるんだ」
 円堂が足元を指差すと、鬼道は納得したようだった。
「なるほど。フィールドプレイヤーらしく、足にか」
 当の風丸はやっぱり首を竦めて、頬を染めている。円堂がミサンガを付けようと四苦八苦してるのを見て、風丸はするりとオレンジを指で取り上げた。
「片手じゃ無理だろ」
 向き直ると、丁度良い長さを測りながら、円堂の手首に結び留め始める。
「俺が結んでる間に、願い事唱えるんだぜ」
「よーし。フットボールフロンティア優勝……。フットボールフロンティア優勝……。フットボールフロンティア……」
「口に出さなくていいって」
 苦笑混じりで、風丸はミサンガをしっかりと結び上げた。完成した出来映えを、手首を返しながら確かめる円堂に、風丸は両手を組んで言ってのける。
「しっかり結わえといたから、ちょっとやそっとじゃ切れないぜ」
「サンキュー、風丸。豪炎寺にもやってやれば」
「えっ」
 ポリフィルムに包まれたままのミサンガを持ったまま、二人を見ていた俺に、円堂は目配せした。俺は動揺する暇もなく、右手首を風丸に掴まれた。
「円堂みたく口に出さなくていいから、何か願い事かけてくれよ」
 やはりさっきと同じように、俺の手首を計りながら長さを調節して、赤いミサンガを結び上げた、
「すまない。恩に着る」
 俺が礼を言うと、
「どうってことないぜ」
と、風丸は微かに笑った。
「ってさぁ。豪炎寺も風丸も、フットボールフロンティア優勝祈願だろ、もちろん」
 一瞬目を逸らしたが、風丸はすぐ円堂に頷いた。俺も頷いたが、本当は全く別の事だった。
 それは、俺の目の前で、静かに微笑んでいる者に関する事で──。
「俺は違うぞ」
 いきなり鬼道が言う。
「へえ? 意外だな」
「もちろん優勝は狙う。願掛けなんかじゃなくて、実力でな」
「さすがだな、鬼道。その調子で頼むぜ」
 そう鼓舞する円堂の手首のオレンジを、目の前の風丸は黙って見ていた。
 俺は氷が溶けて薄まってしまったアイスコーヒーを一口啜りながら、その光景を眺めた。じわりと口の中に、コーヒーの苦みが広がった。
「そろそろ出ないか」
 それからしばらく、サッカーや授業の内容などの話に花を咲かせた後、風丸は手首の腕時計を見るとそう呟いた。円堂が覗き込む。
「今、何時だ?」
「4時過ぎてるぜ」
 それを聞いて、鬼道が席から立ち上がった。
「では、俺もそろそろ」
「そうだな。じゃあ帰るか」
 円堂の音頭で、俺たちは解散する事となった。席から立って、それぞれトレーや紙コップを片付ける。俺がダストボックスにアイスコーヒーの紙コップを放り込んでいると、後ろで風丸がそっと囁いてきた。
「今日は……、ありがとう。豪炎寺」
 はっと振り返ったが、瞬きだけで頷くと、円堂と一緒に店を出て行ってしまった。自動ドアの向こう、俺と鬼道に手を振る円堂と風丸の姿が見えた。
 二人を見送っていると、鬼道が俺に話しかけてきた。
「豪炎寺。お前は気付いたか?」
「何をだ」
「風丸の事だ。あいつは……、円堂に惚れているぞ」
 思わず息を呑む。あんなたった1時間程度で鬼道も気付いたのか。
「サッカーの練習や試合中は全く気がつかなかったがな」
 そう言って、困ったように唸る。
「どう……するんだ?」
 尋ねたが、鬼道は気難しそうに眉を曇らせると、腕を組む。
「どうしようもないだろう。ましてや、あいつらは男同士だ。俺たちに出来るのは精々黙って見守る事しかない」
「そうか……」
 鬼道と二人で店を出る。アーケード街の遥か向こう、二人連れ立って歩く円堂と風丸が見えた。
 二人を見守るしかない、という事は、それは俺の思いもずっと届かないと示している気がした。コーヒーの苦みが、未だに舌の上に残っていた。



 翌朝、日曜日。練習で部室に来ると、もう先に風丸が来ていた。屈んで履き替えているシューズは、昨日買ったものらしく真新しい。右足首に水色のミサンガが色を添えていた。
「おはよう」
 部室に半田と染岡が揃ってやって来る。半田は風丸を目にすると、にやにや笑いながら側に向かう。
「よう、風丸。おまえ昨日、円堂とデートしてたんだって?」
「な、何言ってるんだよ!?」
 いきり立つ風丸に、染岡が言葉を続ける。
「テニス部の女子が、昨日スポーツショップで一緒にいるお前らを見たんだってよ。噂になってるぞ」
「あっははは! デートとは言い様だなぁ。な」
 何時の間に来ていたのか、入り口に円堂が立っていた。風丸に近づくと、背中を軽く叩く。
「ってお前、当の本人のくせに」
 半田が円堂に突っ込んでいると、風丸が顔を真っ赤にして言う。
「違う! 丁度買うものがあったから一緒に買い物してだけだ! ……それに豪炎寺も一緒だったし!」
「本当か、豪炎寺」
 染岡が訊いてきたが、俺は頷くだけで、それ以上は言わなかった。それよりも気付いてしまった事の方が、ずっと大きい。
──そうか。俺はダシだったのか。
 言い訳の為の都合。今の今まで、二人の買い物に付き合わされた意味が分からなかったが、これではっきりした。
 手首で赤いミサンガが揺れる。口の中にコーヒーの苦みが蘇った。
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HOPE1:そうだ、デートに行こう!
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 それは円堂が漏らした一言から始まった。
「あー……、グローブ、穴があいちゃってる」
 サッカー部の部室でユニフォームに着替え、それをはめようとした円堂がすり切れを見つけ溜息を付いたのだ。指で摘んでぶらぶらと振ってみせる。
「本当だな。もう替え時じゃないのか?」
 屈んでシューズの紐を締めていた風丸が、立ち上がって円堂が摘んでいるグローブを見た。
「んー。でもこのグローブ、帝国との練習試合の時から付けてたんだぜ? 愛着がわいちゃってさぁ」
 そうぼやく円堂に、風丸は苦笑する。
「それだけ働いたんなら、もう充分だろ。休ませてやったらどうなんだ」
「そっかぁ……」
 顔を突き合わせて、親しげに話し合う円堂と風丸を、俺は黙ったまま見つめていた。
 ほんの二、三ヶ月前に雷門中学に転校してきた俺にとっては、この二人が古くからの知り合いということしか知らない。円堂が元々このサッカー部の部長で、風丸は陸上部だったらしいが、帝国学園との練習試合の為に助っ人として加わったと聞いたくらいだ。だから知り合いと言っても、いつからなのか、どんないきさつで仲良くなったのかなんて、知る由はない。尤も、その辺りの事情に関しては、他の部員たちも同様らしかったが。
 それにしてもこの二人の親密振りには、誰にも割り込めなさそうな雰囲気を周囲に撒き散らしている。
「しょうがないな。新しいの買うか。今までおつかれさん」
 円堂はくたびれたグローブを名残惜しそうにぽんと叩く。風丸が足元に目を落とすと、円堂に言った。
「俺のシューズも穴が空きそうなんだ。そろそろ買い替えようと思うんだけど」
「えー、どれどれ」
 風丸が右足を上げて、シューズの裏を見せると円堂が覗き込んだ。
「ホントだな」
「今までは走り込みやパスだけで良かったけど、ほら、炎の風見鶏打つようになってから、かなり酷使しただろ。ここん所もうボロボロだぜ」
 特に痛みの激しい所を指差すと、風丸は足を下ろした。
「じゃー、ちょうどいい。一緒に買いにいこうぜ!」
「……ああ」
 円堂と風丸は一緒にスポーツショップへ行く相談をしている。俺はそれを特に何するでもなく、ぼんやりと見ていた。すると、不意に風丸が振り向いた。
「豪炎寺も行かないか」
「えっ?」
 いきなり俺に振ってきた。
 答えに窮していると、円堂もそれに同意する。
「そうだな。豪炎寺、ヒマだったら俺たちと一緒に行こうぜ!」
「え……。いつだ?」
「明日の昼過ぎ。何か用事でもあるのか?」
「いや。別に予定はないが……」
「じゃ、決まりだな」
 俺がはっきり答えてないのに、円堂はさっさと取り決めてしまった。
「明日は三人で買い物に行くぞ!」



 翌日は土曜日だった。サッカー部の練習は午前中だけだったので、昼食を各自の家でとってから、待ち合わせをすることとなった。
 俺は自宅のマンションの一室に帰ると、帰り道で買ったコンビニ弁当を食べながら、午後出掛ける時どの服を着ようかと考え込んだ。
 円堂と……風丸と一緒か。
 やはり少々見栄えのいい服装をするべきだろうか。円堂はあまり気に留めないだろうから、そう気を使うこともないだろう。だが風丸が一緒なら話は別だ。
 食べかけの弁当を一旦リビングのテーブルの上に置くと、自分の部屋のクローゼットを開けた。中にかかっているシャツや上着やズボンを次々に出しては、自分の身に当ててみる。合わない奴は全部ベッドの上に放り投げた。どれを着るべきか、どの服なら好印象なのか。
──これじゃまるでデートだ。
 はた、とその答えに行き着くと俺は急にバカバカしくなって、ベッドの上に散らばった服を苦笑いして元に戻した。
 何を考えているんだ、俺は。普段着で充分だろ。
 結局、普段着慣れたTシャツとチノパン、そしてパーカーに着替えた。別に気取ることなんてないのだ。変に気を回したら、逆に不審がられるに違いない。多分、そういう所に彼は敏感だ。
 ベッドの上に腰掛けて、あいつのことを考える。
 風丸一郎太。同じサッカー部のディフェンスで円堂の親友。
 最初会った時は、特に気にも留めてなかったし、今のようにこんなに心の中を支配することもなかった。いや、整った顔立ちと、長く伸ばしたポニーテールに纏めている色素の薄い蒼い髪は、一見少女めいてはいたが。何より長い睫毛に彩られた、前髪で半分隠れている赤茶色の瞳は、とても印象的だった。だが、そんなのはいつも見ていれば慣れて気にならなくなるものだし、俺にとっても単なるチームメイト、そのはずだった。
 それなのに最近、風丸のことばかりが気にかかる。丁度、風丸と一緒に協力して行う必殺シュート、炎の風見鶏の特訓の為、二人きりになる機会が多いのも一因だろう。
 だが、それにしたって──。
 学校の授業中、妹の夕香の看病で病室を訪れている時、こうして自宅に居る時、そして何よりサッカー部の練習中に、風丸の姿が心を占める。グラウンドや校内で、風丸の姿を追ってしまう。どうしてなのかは、俺自身もよく分からない。
 冷静で、根が真面目で、後輩たちの面倒をよく見ている。責任感があって芯が強い反面、何処か脆い所があって、その脆い一面を知ってしまったあとは、どうにもあいつのことが気がかりでならなくなった。
 多分それがきっかけ。既に後戻りはできず、かと言ってその想いを告げる訳にもいかなかった。何といっても男同士であるという事実からは、抗えようになかった。
 俺は溜め息をつくと、ベッドから立ち上がってリビングに戻った。テーブルの上に食べかけのコンビニ弁当があったが、既に食欲はない。蓋を閉めて冷蔵庫に放り込むと、ペットボトルのお茶を飲み干して時計を見る。待ち合わせの時間にはまだ余裕があったが、もう出ることにしようと思った。いや、その前に歯を磨いた方が良いか。



 待ち合わせは稲妻駅前、午後の1時半だった。いつもよりも丁寧に歯を磨き上げてから家を出たが、約束の時間には充分すぎる程だった。
「あっ」
 待ち合わせ場所の目印は、駅前ロータリーにある雷型のモニュメントだ。そこは稲妻町の住民には格好の待ち合わせ場所として有名らしい。その前に、既に見覚えのあるポニーテールの少年の姿があった。もう来ていたのか。
 だが、モニュメントの前で待っていたのは、風丸だけでなく、彼を取り囲むように二人の男が立っていたのだ。
「あいつらは……!」
 二人連れには見覚えがある。あれは確か、この町に越してきた当日、たまたま通り縋った時、円堂に絡んでいた二人組だ。それに気がつくと同時に、俺は矢も楯もたまらず走り出した。
 二人組はどうやら風丸を女と間違えているらしく、しつこく付きまとっては、あわよくば誘い出して事に及ぼうとしているらしかった。だが勿論、それに軽々と乗ってしまう風丸ではない。
「おい、いいだろ。ヒマなら俺たちと良いトコ行こうぜ」
 背の高い方の男が、風丸の腕を引いて連れて行こうとする。
「離せ」
 風丸が手を振り払うと、二人の男が気に食わなそうに怒りをあらわにした。
「何だてめぇ!? お高く止まりやがって、このアマ!」
「いやだから俺は女じゃな」
「待て!」
 風丸が二人組への反論を言おうとした時、やっと駆けつける事が出来た。
「なんだてめ……あっ!」
 背の低い方の男が、俺の顔を覚えていたのか、急に青ざめた。
「マズいよ、安井。こいつ例のサッカーの……」
「な、何だと!?」
 二人に睨みをきかせると、俺は低い声を出してやった。
「離れろ。そいつは俺の女だ」
「な!」
 二人の男よりも風丸の方が、俺の言葉に反応した。でも俺はそれには構わず、目を剥き出して顔を歪めている男たちに更ににじり寄った。
「ひいいい!」
「おっ、覚えてやがれ!!」
 たちまち二人の男たちは、怯えながら捨て台詞を吐いて走り去る。それを見送って、俺はほっと風丸に振り向いた。
「もう来てたのか」
 駅舎の時計は、約束の時間の15分前を差している。風丸は釈然としない顔で、頷く。
 待ち合わせていた風丸は、いつものユニフォームでもジャージでも学ランでもなく、ブルーと紫のストライプのシャツを羽織って、素肌の上にミントグリーンのタンクトップを着ている。下は白っぽいジーンズにライトブルーのラインが入ったスニーカーで、清潔感のある彼にはとても相応しい格好をしていた。
「な、何だよ。俺、変な格好か?」
 余りにも熱心に見てしまったらしい、風丸が俺の視線を感じてたじろいだ。
「あ、いや。……普段着のお前を見るのは初めてだから」
「俺も普段の豪炎寺見るの初めてだけど」
 風丸はぶっきらぼうに返す。
「そうだったな」
 と、思い返して風丸の横に並ぶと、一瞬右肩と左肩が触れた。すぐさま風丸が一歩離れる。その行為に何だか俺は、ある種の違和感を抱いた。
「風丸」
 風丸が二人の男たちに絡まれていたのを思い返す。急にとある考えが頭に浮かんだ。それを実行すべく左腕を伸ばした。横でモニュメントの前に立っている風丸の左肩を掴むと、ぐっと引き寄せる。風丸の体がびくんと反応した。
「何するんだ!?」
 大声で叫ぶと、風丸は俺の手を振り払って逃げた。
「あ、いや……。悪い。恋人の振りをしておけば、さっきの奴らみたいなのに絡まれなくて済むだろうと……」
「はぁ!?」
 風丸は呆れた顔をして、身構えたかと思うとそっぽを向いた。
──しまった。機嫌を損ねたか?
「豪炎寺」
 そっぽを向いたまま、風丸が俺の名を呼んだ。
「さっきも、あいつら追い払うのに『俺の女』とか言ったな? 今だって恋人の振りとか言って、俺を女扱いしている」
「あ……」
 風丸の機嫌が悪い理由にやっと思い当たった。
「確かに俺、よく女に間違えられるさ。……うん。それは俺の外見の所為だって分かってる。分かってるけど、そんな風に扱われるのはちょっと……癪に障る」
 最後の方は小声で呟くように言った。
「風丸」
 普段、どちらかと言えば冷静で、あまり感情を表に出さない風丸が、こんな風に思ってる事をむき出しにするのは初めて見るし、その原因が自分の迂闊な行為にあると分かり、心底済まないと思った。
「悪かった、風丸。お前の気持ちとか全く考えてなかった。でも、俺はお前が誰よりも男らしい奴だって事くらい、ちゃんと分かってるつもりだ」
 そこまで言うと、深く頭を下げた。
「本当に、済まない」
「豪炎寺……」
 流石に風丸も言い過ぎたと思ったのか、少し態度が軟化した。
「もういいよ。頭まで下げる事ないだろ」
「しかし、お前を怒らせたのは確かだ」
「もういいって」
 頭さえ元に戻したが下を向いたままでいると、風丸はすっと横に立って、俺の左手に右手を絡めると、ぎゅっと握った。
──えっ?
 思わず風丸の顔を伺うと、ほんの少し頬を染めてはにかんだ笑顔を見せた。
「恋人の振りするなら、手を握ってるだけで充分だろ……」
「あ、……ああ」
 今俺の左手の中に風丸の右手がある。思ってる以上に柔らかい手だ。掌から風丸の温もりが広がる。次第に左手が汗ばみ、鼓動はどきどきと高鳴る。風丸に気付かれるかと思ったが、そ知らぬ顔をしていた。
「円堂の奴、遅いな……」
 ロータリーに繋がる道路を見て、風丸は円堂がなかなか現れないのを不安げに立っている。駅舎の時計は当に約束の時間を過ぎていた。
「ああ。一体どうしたんだろうな」
 風丸と俺との間に、一瞬の間が訪れる。何か話題がないだろうかと思ったが、気の利いた台詞一つ思いつかなかった。自分の不器用さを思わず呪う。互いの手が汗ばむ程に握りあい、肩と肩とが触れ合う程接近しているのに、俺には風丸が遠く離れてるように感じた。
 そう言えば今までも二人きりになった時、大した話はしてなかった。俺は汗で滑りそうになる掌を、ぐっと握り直すと風丸に呼びかけた。
「風丸、お前に」
「あ!」
 握り直した手は突然、するりと払われ、呼びかけた言葉は宙に消える。
「円堂!!」
 顔をほころばせた風丸が、ロータリーの向こうから駆けてくる円堂に手を振った。円堂も手を振り返して叫ぶ。
「おお~い!! 風丸! 豪炎寺!」
 円堂はブルーのTシャツとジーパンに、ワンショルダーのリョックを引っ掛けた格好で、モニュメントの前まで駆け寄るとはあはあと肩で息をついた。
「遅かったじゃないか、円堂」
 時計を見ると優に2時近くになっていた。
「悪い悪い。ちゃんと間に合うように家を出るつもりだったんだけど、母ちゃんに部屋の掃除しとけって、言われちゃったからさ」
 顔の前に立てた掌で、謝る格好をする円堂に、風丸は仕方なさそうに肩を竦めた。
「お前のお母さん、そういう所厳しいからな」
「いや、ホントごめん。でも二人だったから、退屈はしなかっただろ?」
「あ……」
 俺は思わず口を噤んだ。風丸が二人組に絡まれていた事、そいつらを追っ払った時、気まずい空気になったこと。そして難を逃れる為に、恋人の振りして手を握りあってた事……。それらを円堂に報告すべきだろうか。
 だが風丸は、そんな事は一切感じさせずに、こくんと円堂に頷いた。
「ああ」
 円堂に余計な心配をかけさせたくないのだろうか。俺はそれに対する言葉を飲み込んでしまった。
「よしっ。ちょっと遅れたけど、とりあえず行こうぜ!」
 円堂は風丸と俺を見て、こくこくと頷くと右手を大きく振り上げた。

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 駅からすぐ側にある商店街は、土曜の昼過ぎという時刻も相まって、多くの買い物客で賑わっていた。商店街には一軒、寂れた感じのスポーツショップがあった。だが、円堂はそこを横目で通り過ぎる。
「あそこには行かなくていいのか?」
「んー?」
 風丸と並んで今日の昼食の話だの、サッカーの事などとりとめのない話に花を咲かせている円堂に、顎をしゃくって寂れた店を示した。
「ああ。俺、もっと良い店知ってるんだ」
「そうか」
 そのまま風丸を従えて円堂はすたすたと前を行く。三人一緒、とは言えど互いに話を交わしてるのは主に円堂と風丸で、俺はそれを黙って聞いていた。羨ましいとは思うが、二人の会話には何故か入っていけない。
 円堂と会話している時の風丸は、朗らかに笑ったりはにかんだりしていて、さっきの駅前で待っていた時の気に触ったような顔や、手を繋いでいた時の何処か寂しげな顔とはまるで違っている。
 そんな二人を見ていると、今日どうして俺を誘ったのか、皆目見当がつかなくなった。
 商店街の大通りを過ぎると、アーケード街に入った。こちらもやはり人通りが多く、若者向けのブティックが建ち並んでいる所為か、比較的俺たちと同じような風貌の若い男女が多かった。
「あー、ほらほら。あの奥にあるスポーツショップ」
 円堂が前方を指差す。アーケード街の突き当たりに、大きなスポーツショップの看板が掲げられていた。その店の左右に道は折れて、更に奥に続いているようだった。
「へえ……。俺、初めてここに来た」
 派手なライティングで照らされた看板と、通りに面したショーウィンドにサッカーや野球やバスケやテニス、それぞれのウェアを着こなしたマネキンがポーズを取っているのを、風丸が目を奪われたのか、感嘆して見つめていた。
「俺は一度だけここに来た事あるんだ。豪炎寺、お前も一緒だったろ」
「えっ」
 円堂の言葉に、風丸が俺の顔をまじまじと見る。そう言われれば以前ここへ訪れたのを思い出した。その時は平日の昼間だったから、今日のように人混みでごった返してなかったので、印象がまるで違っていたのだ。
「ああ……そうだ。あれは雷門のOBを捜してた時……」
「そうそう」
 円堂が相槌を打つ。
「そうなのか?」
 風丸がぱちぱちと瞬きをして、俺と円堂とを見た。
「うん、実は。でも買い物で来るのは今日が初めてだし。この店、最近出来たらしいぜ」
「そうか。俺あまりこっち来ないからな」
 円堂の説明に、風丸は納得した表情を見せた。
「ま、ともかく入ろうぜ」
 自動ドアをくぐって三人で店内に入ると、見覚えのある顔が待ち構えていた。
「よう。入り口が騒がしいと思ったら、お前らか」
 屈強な筋肉の中年の男が立っている。雷門中OB──元イナズマイレブンの一人である、備流田さんだ。
「あ、雷門OBのおじさん! こんにちは」
 円堂が真っ先に備流田さんに頭を下げる。風丸と俺も倣って頭を下げた。
「こんにちは」
「こんにちは……」
「お前らうちで買い物か?」
「はい! こないだ来た時、いい店だと思ったので。それでこの際なんですけど……」
 円堂が人懐っこそうな笑顔を彼に見せる。
「後輩がわざわざ買いにきたんです。……ちょっとだけでいいからまけてもらえませんか?」
「あ」
 腰を低くして備流田さんにお願いポーズを取る円堂に、風丸が呆れた顔をした。
「ダメだ!」
 備流田さんは即答で断った。
「えーっ、ダメなんですか」
「ダメだ。まだ若いお前らだからこそ、甘い顔はせん。まけてもらって買ったものなど、お前たちにはその程度の価値でしかない。だが高い金を出して買ったものならどうだ? 大切に扱う筈だ。お前たちは正当な代価を払って、本当に価値のあるものを手に入れるべきだろう」
 備流田さんが滔々と語る説教に、円堂と風丸が目を見張って感嘆した。
「……すごい」
「分かったよ、おじさん。俺、折角だからいい奴探すよ」
「その意気だ」
 備流田さんはニヤリと笑う。円堂の背後でやはり、今の説教に心酔した俺と風丸を見て、思い出したのか話しかけてきた。
「おい、お前ら。炎の風見鶏の調子はどうだ」
「良好です」
 俺が答えると、風丸が後を継いで言う。
「おかげさまであの時の模範シュート、とても参考になりました。俺たち、次の試合に向けて猛特訓中です」
 言いながら風丸は俺に視線を送った。そのまま受け止めて俺は頷く。
「頑張ってるようだな。次の試合、期待してるぞ」
 備流田さんの大きくがっしりとした手が、俺と風丸の肩を同時に掴んで励ました。
「店長」
 店員の一人に呼ばれたらしく、備流田さんは「じゃ、ゆっくり見てけよ」と俺たちに言い残すと、店の奥へ消えていった。
「なるほどな。ここへ来たワケが分かったぜ、円堂」
 俺が納得してそう言うと、円堂は頷いてにっこり笑う。風丸は横目でそれをちらりと見た。
「でも、いきなり値切ろうとした時はビックリしたぞ」
「へへへ。やっぱり図々しかったかな?」
「全く、もう」
 腕組みをして気難しげな顔をする風丸に、円堂は肩をとんとん叩いて宥めた。
「ま、いいじゃないか。ともかく、買い物しようぜ」
「お前のが先でいいよ」
「ん。じゃ一緒に見てくれるか?」
 円堂が頼むと風丸は組んでいた腕を解いて、こくんと頷く。
「よし。俺のグローブが先な」
 三人で連れ立って店内を物色し始めた。とは言っても、店内の商品は各スポーツごとに並べられており、二人が求めていたものは、ほんの目と鼻の先のゾーンに一緒に並んでいた。
 商品を手に取り、どれにしようかと見定める円堂と風丸の背中を、俺はぼんやりと眺めていた。二人とも同じくらいの背格好だが、どちらかと言えば風丸の方がほっそりとしている。後頭部で括った長めのポニーテールも手伝ってか、一見すると少女のようであり、円堂と並んでいると幼いカップルがデートをしているようにも見えた。こうして見ると自分の存在というものが、まるで奇妙で滑稽に思えてくる。
「豪炎寺、ちょっとさ……」
「円堂、風丸」
 話しかけて来る円堂の言葉を遮って、俺はふとよぎった思いを口にした。
「俺はお邪魔か?」
「えっ?」「何で?」
 円堂が面食らった顔をし、風丸は困惑した表情で眉を顰めた。
「別に誰もそんな風に思ってないだろ……」
 風丸が視線を足元に落とす。円堂はそれに頷くと右手と左手に持っていたグローブを掲げた。
「そうそう。豪炎寺、もうちょっとこっちに来ればいいのに。でさ、どっちがいいと思う?」
 ただの思い違いか。そう思って俺は二人に近寄った。円堂が持っていた二つのグローブを見たが、さほど違いは感じられない。
「いや……。俺にはよく分からない」
「う~ん。どうせならいい方にしたいからなぁ」
「お前の予算の都合次第だろ?」
「ん~。どっちも同じくらいの値段だし」
「じゃあ」
 風丸は円堂の両手から二つのグローブを取り上げると、その内一つを円堂に手渡した。
「つけて比べてみろよ」
「あ~、なるほど」
「一番いいのは、はめて確かめる事だろ」
 風丸のアドバイスに従って、円堂は二つのグローブを試着してみた。
「うん。こっちの方が手にしっくりする。これに決めるぜ」
「だろ?」
「やっぱお前と一緒だと助かる。俺一人だとず~っと悩む所だったぜ」
 円堂はグローブをはめた手を握ったり伸ばしたりして、感触を確かめていた。そんな円堂を風丸は苦笑しつつもじっと見つめている。
「じゃ、次はお前の」
「いや。先に会計して来いよ」
「え? いいのか」
 風丸がこくんと頷いたので、円堂は躊躇しながらも、レジの方へ行ってしまった。円堂を見送ると風丸は視線を俺に移す。何か言いたげな目で見るので、俺は胸の辺りが熱くなるのを感じた。
「退屈じゃないか? 豪炎寺」
「いや……。別にそんなことはない」
 ふと視線を足元に落としたり、商品の棚をぼんやりと見ながら、高鳴る鼓動を抑えようと努めた。
「何か、買いたいものはないのか?」
「今の所は別に……」
「そうか」
 ぱちぱちと瞬きをすると風丸は、
「俺、シューズ見るから」
と言って、サッカーシューズが並べられている棚へ移動する。俺も何するわけでもなく、風丸について行った。
「風丸」
 並んでいるシューズを取り、確かめながら選んでいる風丸に話しかけた。
「何だ?」
「円堂とは……、いつもあんな感じか?」
「あんな、って?」
 目星を付けたのか一足のシューズを取ると、風丸は履いていたスニーカーを脱いで、試し履きを始めた。
「あいつにアドバイスしてやったじゃないか」
「ああ……。そりゃ小学校からの付き合いだし」
 風丸の言い分には何処か陰を含んでいるように思える。円堂と一緒に居る時のような馴れ馴れしさは見当たらない。
「腐れ縁って奴か。それとも」
 違う。こんな事を訊きたいんじゃない。本当に知りたい決定的な事は、だがそのまま口にして言える程、単純なものではない。それが上手く表現できなくて、もどかしさだけが募った。人にのみ許されるこの感情は、時として残酷な程に心を締め付ける。
「何が言いたいんだよ?」
 風丸がシューズを履いたまま立ち上がって、俺に振り向いた。眉を僅かに寄せて、俺の顔を見上げている。
「俺は……」
「うん?」
 しどろもどろになってしまいそうになるのを、なんとか押し込める。単刀直入に言ってしまえば楽なのだ、多分。
「お前は、風丸は円堂の事を」
「お待たせ~!」
 間延びした円堂の声が、俺と風丸の間に存在していた重い空気を変えてしまった。風丸がはっと円堂に顔を向ける。
「何かあったのか?」
 それでも残っていた妙な雰囲気に気付いて、円堂が訊いた。
「ううん。何でもないさ」
 風丸は首を横に振ると、試し履きしていたシューズの爪先でとんとんと床を鳴らした。
「俺はこれにする」
 風丸は屈むと元のスニーカーに履き替える。選んだシューズを右手にぶら下げ、レジへ行ってしまった。
「なあ、豪炎寺。この後バーガーショップにでも行かないか。何か小腹がすいちゃってさ」
「……俺は構わんが」
 円堂の提案を何の気なしに了解すると、ぽんと背中を押された。
「なあ、風丸と何話してた?」
「いや、別に」
 そもそも会話にまでは達してなかったような気がする。
「あいつさ、小ちゃい頃からの付き合いだけど、昔はもっと大人しくってさ。今じゃ全然考えられないけど」
 それはお前の前だけの話じゃないのか? ……そう口にはしなかったが、さっきの一人背を向けてシューズを選んでいる時の風丸は、その片鱗を見せていたように思える。
「でも昔っから走るのだけは速くってさ。いつの頃からなんだろな……。あいつと付き合いだしたの。不思議なんだけど妙に気が合っちゃってさ。でも、あいつ、俺以外に親友って言える奴いないみたいなんだよな……」
 俺の脳裏に、風丸に関する記憶がフラッシュバックする。放課後の部室で、学校からの帰り道で、円堂と常に一緒にいる時の、そしてさっきの駅前で待ち合わせしていた時の、風丸の表情。円堂の言う通り、風丸には親密に付き合っている相手はたった一人しか居ないのかもしれない。
「だからさ、豪炎寺。風丸と仲良くしてやってくれないか? こんな事頼めるのお前しかいない」
「えっ……」
 円堂の口から出た意外な言葉に、思わずたじろいだ。
「俺でいいのか。風丸はお前の親友だろう?」
「……って言うかさ。豪炎寺、お前も風丸と同じだと思って」
「同じ……」
 そう言われて、自分が普通に友達付き合いしてるのが、円堂とせいぜい鬼道くらいだということに気付かされる。部活中は流石に部員たちとそこそこの仲を保っているが、サッカーを離れるとそれも薄れる。
「うん。俺とだけじゃなくてさ。豪炎寺と風丸が仲良くしてくれれば、俺も安心するし、嬉しいんだ。こういうのって変か?」
「いや」
 態度では示したが、感情ではどうにもはっきりと出来ない。第一、風丸への気持ちは親友のそれではない。
 もっと心に触れたい。出来れば体にも。抱き合ってキスを交わしたい。そして体の奥深くまで繋がってしまいたい。……そんな感情は親友に対するものじゃない。
 そんな思いで風丸と親友付き合いなど、果たして出来るのか。円堂に明快な答えを示す事さえ出来ずに、口を濁した。
「な、頼むよ」
 黙り込んでいると、円堂が軽く頭を下げてくる。どうしたものか。
 そうしていると、不意に棚の横からひょいと青みがかったポニーテールが揺れた。
「円堂」
「あ」
 左手に、スポーツショップのロゴの入ったポリ袋をぶら下げた風丸が立っている。
「ああ。レジ済んだのか、風丸」
 円堂の問いに頷いたが、風丸は何故か困ったような顔をしていた。円堂が気付いて首を捻る。
「いや、レジの人からこれ貰っちゃって」
 風丸はおずおずと右手にポリフィルムに包まれた紐状のものを掲げた。
「ミサンガか……」
 俺は白と水色の紐で編み込まれたそれを見て、思わず呟いた。
「えーっ。俺の時は何もくれなかったぞ」
「よく分からないけど、メーカーが違うとか、そんなんじゃないかな」
「そっかぁ」
 円堂は屈み込んで、風丸の右手にあるミサンガを覗き込んでいる。風丸は羨ましそうにしている円堂を見ると、微かに笑った。
「じゃあ、これ円堂にやるよ」
「えっ」
 風丸は円堂の掌に、ポリフィルムに包まれたままのミサンガを押し込むと、そっと握らせた。だが、円堂は拳を開くと、再び風丸の掌に返した。
「いいや。貰ったのは風丸だろ。お前がつけとけよ」
「あ、でも」
 気遅れ気味に風丸は、今度は俺の顔を伺った。
「豪炎寺は? 今日はわざわざ俺たちの買い物に付き合ってくれたんだしさ」
 俺は風丸の手の中のミサンガと、風丸自身を見比べると、首を横に振った。
「いや。お前がつけろ。……その色はお前の方が似合う」
「ああ、そう言えばそうだな」
 円堂が同意して頷くと、風丸は自分の手の上のミサンガをまじまじと見つめた。水色が主体のそれは、確かに風丸に似合っているのだ。
「じゃあ、俺がつける」
 風丸ははにかむと、フィルムを取り外してポリ袋に押し込むと、しゃがみ込んだ。
「ん?」
 円堂が怪訝そうに覗き込む。風丸は右の足首にミサンガを括りつけていたからだ。
「足につけるのか、風丸?」
「うん。足の方が酷使してるから、早く切れると思って」
「へぇ……。風丸の願い事って何だよ?」
 何の気なしに訊く円堂に、風丸は一瞬目を泳がせたがすぐに真顔に戻った。
「もちろん、フットボールフロンティア優勝、だろ」
「ああ! 俺も同じ」
 二人して顔を見合わせ笑いあってたが、俺にはそれが違和感を伴わせた、
 本当にそれが風丸の願いなのか。もっと他にあるのではないか。そしてそれは──。俺は思わず風丸の視線の先に円堂の顔がある事に、気付いてしまった。
「でさ。さっき豪炎寺と話してたんだけど、腹減ってきたから、これからバーガーショップ行かないか」
「もう腹が空いたのか、円堂。……ってもう3時近くか」
 風丸は左手首に嵌めた腕時計で時刻を確かめている。
「ん。行こうぜ」
 円堂が促すと、風丸は笑って頷いた。が、急に何か思い出したのか、すぐにこう断った。
「あ、先行っててくれよ。俺、ちょっと」
「なんだ? トイレか」
「……まあ、そんなとこ」
「だったら入り口で待ってるよ。な、豪炎寺」
 円堂が振り向いて。俺に確認を取った。
「ああ」
 俺が了解の態度を取ると、済まなそうに風丸は手を挙げた。
「ごめん。すぐに済ます」
 店の奥に行ってしまった風丸を残して、俺は円堂と一緒に入り口の自動ドアへ向かった。
「でさ、さっきの話だけど」
「……ああ」
 円堂に、風丸と仲良くして欲しいと言われていたのを思い出した。
「頼むよ、ホント。今日みたいにさ。三人でダベッたり、買い物したり、遊んだり、気楽に仲良くしてやって欲しいだけなんだ」
「俺は……」
 思い出す。待ち合わせの最中の、風丸の何処か寂しげな表情。それを思うと胸を締め付けられる。
「俺は別に構わない。……風丸次第だ」
「ホントか!?」
 円堂はにんまりと笑うと、俺の肩を叩いた。
「サンキュー。俺の親友をよろしく頼むぜ」
「まだ風丸に了解を取ってないだろ?」
「風丸なら、俺の頼み全部聞いてくれるから大丈夫だって」
 お前の頼みでも、聞けるのと聞けないのがあるんじゃないのか。ましてや、それが人間関係となれば……。
 だが、俺にはそれ以上言えない。
 風丸の用事はすぐ済むものだったのか、大した時間も取らずに入り口の自動ドアまでやって来た。
「お待たせ」
「よし。じゃ早速聞いてみよーぜ」
「待て」
 思わず円堂の腕を引いて止めた。性急な奴だ。
「立ち話で済むような話じゃないだろう」
「そっか?」
「何の話だ?」
 小首を傾げる風丸に、俺は首を横に振った。
「いや、大した話じゃない」
 風丸は目を瞬かせていたが、すぐに肩を竦めた。
「また円堂が、変な事言いだしたのか?」
「何だよぉ、風丸。『また』って」
 口を尖らせる円堂に、風丸は横目で笑う。
「いつもの事じゃないか」
「ちぇっ。ま、いーや。行こうぜ!」

2 / 3
3 / 3


 昼下がりのハンバーガーショップは繁盛時を過ぎた所為か、人混みもなく、のんびりとした雰囲気に満ちている。
 それぞれ飲み物とポテトやサイドメニューを頼んだが、円堂はそれに加えてチキンナゲットの箱を二つも注文していた。
「そんなに食べるのか? 円堂」
 円堂が頼んだトレーの中身を見て、風丸が呆れた顔をする。
「だって腹減ってるもん」
「よく食えるよなあ」
「そう言う風丸は昔っから、食細いじゃないか。だからなかなか背が伸びないんだぜ?」
「人が気にしてる事を……」
 そう言って風丸は円堂を横目で睨む。二人の会話を聞いていて、俺の頭に一つの疑問がわいた。
「風丸。前から不思議に思ってたんだが……。どうしてお前ディフェンスなんだ?」
「え?」
 紙コップに突き刺したストローを指で弄っていた風丸が、眉を曇らせて俺を見た。
「どうして、って……」
 風丸が答えに窮していると、俺たちが座っているテーブル席に近寄って来る者の気配を感じた。
「何だ、お前たち。奇遇だな」
 薄めの茶髪をドレッドヘヤーで決め、青いゴーグルを嵌めているそいつは、ごく最近俺たちの雷門中に転校してきたばかりか、あまつさえサッカー部に入部してきた。
「鬼道じゃないか! ホント偶然だな」
 円堂がパッと顔を輝かせる。俺と風丸も鬼道に手を挙げた。
「ここ、いいか」
 空いている俺の隣の席を指差す。円堂は即座に頷いた。鬼道は小脇に紙包みを抱え、片手にはアイスコーヒーの紙コップを手にしていた。
「三人お揃いでお茶でもしてたのか」
「買い物の帰りだよ。鬼道も?」
 円堂がテーブルに置いた紙包みを見て、鬼道に尋ねる。
「ああ。この近くの書店に、前から探してた本があったんでな」
 平たい紙包みを、片手で弄びながら、鬼道は答えた。
「ふーん。俺はグローブ、風丸はシューズを買いに来てたんだ」
「豪炎寺は?」
 俺の隣で鬼道が何の気なしに訊いた。
「いや。俺は……付き添いだ」
「そうか」
 鬼道は俺を見て何か言いたげな顔をしたが、すぐに向き直った。
「ああ……。この際だから訊いておくか。──風丸、お前のポジションだ。何故ディフェンスなんだ?」
 俺と同じ事を訊く。風丸はやっぱり眉を曇らせていた。
「鬼道もそれを言うんだな。……いや、たまたまさ」
「んー。そう言えば」
 円堂が頬杖をついて、視線を宙に向けている。
「帝国との練習試合に向けて部員集めの時さ。ほら、風丸って本格的にサッカーするのは初めてだったろ。だから、俺がいつでもアドバイスできるように、って近いディフェンスにしたような気がする」
 風丸はストローを咥えて、アイスティーを啜っていた。
「それだけか?」
「ああ。だよな、風丸」
 視線を隣に向けた円堂に合わす事もなく、風丸は下を向いたまま頷いた。
「で、それがどうしたんだ?」
 きょとんとした顔で円堂は鬼道を見た。鬼道は肘をテーブルにつけて、俺たちに顔を寄せるような格好を取った。
「ポジションの見直しをした方が良いんじゃないのか。風丸の足の速さを生かすのなら、ディフェンスよりは俺と同じミッドフィルダーの方が」
 目を伏せたまま、風丸はアイスティーが入った紙コップをテーブルに置いた。中で氷がぱちんと爆ぜる音が聞こえる。
「あー、なるほど。風丸、お前やってみるか?」
 ちらりと円堂の顔を見たが、風丸はすぐにまた下に目を向けてしまう。
「あまり……乗り気じゃなさそうだな」
 鬼道の声に、風丸はやっと顔を上げた。
「いや。別にそんなんじゃ。ただ、ディフェンスの方が慣れちゃったから……」
「何でだ? いいじゃん、やってみれば」
「ん……考えてみるよ」
 円堂の言葉にも、風丸ははっきりとした意思を見せず、ただアイスティーの紙コップを指で弄ぶだけだった。円堂はそんな風丸の顔を覗き込んでいたが、テーブルの上のトレーに手を伸ばすと、ナゲットをつまみ上げ、ソースをたっぷり付けると風丸の口元に差し出した。
「ほら食えよ、風丸」
 風丸は視線だけ円堂に向けた。
「ディフェンスやるんなら、もうちょい体力つけた方がいいぜ」
「またそういう事を……」
 ほんのちょっと頬を染めると、目の前のナゲットにぱくついた。
「うまいだろ? 風丸。ここのナゲット、他のとこのよりさっくりしてんだ」
「ん」
 口をもごもごと動かしながら、風丸は頷く。円堂はそれを見てにこにこしながら、俺と鬼道にもナゲットを奨めた。俺と鬼道が一つずつつまんで食べていると、円堂がナゲットを嚥下している風丸を見て、「あ」と声を上げた。
「風丸。口についてるぜ、ソース」
 そう言うなり、風丸の口元に手を伸ばすと、唇の端についたソースを指で拭って、円堂は自分の舌で舐めた。
「バ、バカ! 人が見てる前でそういう事するかよっ!?」
 店内中に響くくらいの大声を出した風丸は、そう言ってしまってから慌てた様子で周りを見回し、首をすぼめた。
「別にいいじゃん。子供の頃からいつもやってただろ?」
 暢気なもので、円堂はしれっとした顔で言う。
「……俺たち、もう中学生だぞ。お前の方こそ、口の端がソースだらけじゃないか」
 風丸は手元のトレーに置かれていた紙ナプキンを取ると、円堂の口元を拭き始めた。
 子供の頃からの付き合いとは言え、その光景は甲斐甲斐しく世話をする妻か母親のようで、微笑ましいというよりは見ているこちらの方が恥ずかしくなってしまった。
横を見ると、鬼道も同様らしく、口をへの字に曲げて困惑している。
「円堂、風丸」
「うん?」「何だ?」
「俺たちは、お邪魔か?」
「え……」「何で?」
 一瞬の間の後、きょとんとしている円堂を尻目に、こほんと咳払いすると風丸は何か気付いた顔をしたかと思えば、いそいそとスポーツショップのロゴが入った袋から何かを引っ張りだした。
「忘れる所だった。ほら」
 開いた掌の上には、ミサンガが乗っていた。赤とオレンジの2本。
「どうしたんだよ、これ」
 円堂が尋ねると、風丸は苦笑いして打ち明けた。
「さっき円堂がすごい欲しそうな顔してたから。同じの買って来たんだ」
「えーっ? 俺、そんな顔してたっけ?」
「してた」
 円堂を横目で見ると、1本ずつ俺と円堂に渡す。赤が俺ので、オレンジが円堂のらしい。
「悪いけど、鬼道の分までは用意してない」
 済まなそうな顔をする風丸に、鬼道は手を横に振った。
「いや、気を遣わなくていい、風丸。それに俺は先約済みだ」
 鬼道はジャケットの袖口を押し下げると、既につけてあったミサンガを見せてくれた。ゴーグルとお揃いの濃い青だった。
「春奈が、な」
 それの贈り主は、俺たちサッカー部1年マネージャーの音無なのだと、鬼道は暗に示す。
「そうか。だったら俺たちは三人お揃いでいいよな」
 ほっとした顔で、風丸は俺と円堂の顔を見た。俺たちは頷いたが、鬼道は気がついたのか風丸の手首を凝視する。
「ん? 風丸は……」
「ああ、風丸は手首じゃなくて、足につけてるんだ」
 円堂が足元を指差すと、鬼道は納得したようだった。
「なるほど。フィールドプレイヤーらしく、足にか」
 当の風丸はやっぱり首を竦めて、頬を染めている。円堂がミサンガを付けようと四苦八苦してるのを見て、風丸はするりとオレンジを指で取り上げた。
「片手じゃ無理だろ」
 向き直ると、丁度良い長さを測りながら、円堂の手首に結び留め始める。
「俺が結んでる間に、願い事唱えるんだぜ」
「よーし。フットボールフロンティア優勝……。フットボールフロンティア優勝……。フットボールフロンティア……」
「口に出さなくていいって」
 苦笑混じりで、風丸はミサンガをしっかりと結び上げた。完成した出来映えを、手首を返しながら確かめる円堂に、風丸は両手を組んで言ってのける。
「しっかり結わえといたから、ちょっとやそっとじゃ切れないぜ」
「サンキュー、風丸。豪炎寺にもやってやれば」
「えっ」
 ポリフィルムに包まれたままのミサンガを持ったまま、二人を見ていた俺に、円堂は目配せした。俺は動揺する暇もなく、右手首を風丸に掴まれた。
「円堂みたく口に出さなくていいから、何か願い事かけてくれよ」
 やはりさっきと同じように、俺の手首を計りながら長さを調節して、赤いミサンガを結び上げた、
「すまない。恩に着る」
 俺が礼を言うと、
「どうってことないぜ」
と、風丸は微かに笑った。
「ってさぁ。豪炎寺も風丸も、フットボールフロンティア優勝祈願だろ、もちろん」
 一瞬目を逸らしたが、風丸はすぐ円堂に頷いた。俺も頷いたが、本当は全く別の事だった。
 それは、俺の目の前で、静かに微笑んでいる者に関する事で──。
「俺は違うぞ」
 いきなり鬼道が言う。
「へえ? 意外だな」
「もちろん優勝は狙う。願掛けなんかじゃなくて、実力でな」
「さすがだな、鬼道。その調子で頼むぜ」
 そう鼓舞する円堂の手首のオレンジを、目の前の風丸は黙って見ていた。
 俺は氷が溶けて薄まってしまったアイスコーヒーを一口啜りながら、その光景を眺めた。じわりと口の中に、コーヒーの苦みが広がった。
「そろそろ出ないか」
 それからしばらく、サッカーや授業の内容などの話に花を咲かせた後、風丸は手首の腕時計を見るとそう呟いた。円堂が覗き込む。
「今、何時だ?」
「4時過ぎてるぜ」
 それを聞いて、鬼道が席から立ち上がった。
「では、俺もそろそろ」
「そうだな。じゃあ帰るか」
 円堂の音頭で、俺たちは解散する事となった。席から立って、それぞれトレーや紙コップを片付ける。俺がダストボックスにアイスコーヒーの紙コップを放り込んでいると、後ろで風丸がそっと囁いてきた。
「今日は……、ありがとう。豪炎寺」
 はっと振り返ったが、瞬きだけで頷くと、円堂と一緒に店を出て行ってしまった。自動ドアの向こう、俺と鬼道に手を振る円堂と風丸の姿が見えた。
 二人を見送っていると、鬼道が俺に話しかけてきた。
「豪炎寺。お前は気付いたか?」
「何をだ」
「風丸の事だ。あいつは……、円堂に惚れているぞ」
 思わず息を呑む。あんなたった1時間程度で鬼道も気付いたのか。
「サッカーの練習や試合中は全く気がつかなかったがな」
 そう言って、困ったように唸る。
「どう……するんだ?」
 尋ねたが、鬼道は気難しそうに眉を曇らせると、腕を組む。
「どうしようもないだろう。ましてや、あいつらは男同士だ。俺たちに出来るのは精々黙って見守る事しかない」
「そうか……」
 鬼道と二人で店を出る。アーケード街の遥か向こう、二人連れ立って歩く円堂と風丸が見えた。
 二人を見守るしかない、という事は、それは俺の思いもずっと届かないと示している気がした。コーヒーの苦みが、未だに舌の上に残っていた。



 翌朝、日曜日。練習で部室に来ると、もう先に風丸が来ていた。屈んで履き替えているシューズは、昨日買ったものらしく真新しい。右足首に水色のミサンガが色を添えていた。
「おはよう」
 部室に半田と染岡が揃ってやって来る。半田は風丸を目にすると、にやにや笑いながら側に向かう。
「よう、風丸。おまえ昨日、円堂とデートしてたんだって?」
「な、何言ってるんだよ!?」
 いきり立つ風丸に、染岡が言葉を続ける。
「テニス部の女子が、昨日スポーツショップで一緒にいるお前らを見たんだってよ。噂になってるぞ」
「あっははは! デートとは言い様だなぁ。な」
 何時の間に来ていたのか、入り口に円堂が立っていた。風丸に近づくと、背中を軽く叩く。
「ってお前、当の本人のくせに」
 半田が円堂に突っ込んでいると、風丸が顔を真っ赤にして言う。
「違う! 丁度買うものがあったから一緒に買い物してだけだ! ……それに豪炎寺も一緒だったし!」
「本当か、豪炎寺」
 染岡が訊いてきたが、俺は頷くだけで、それ以上は言わなかった。それよりも気付いてしまった事の方が、ずっと大きい。
──そうか。俺はダシだったのか。
 言い訳の為の都合。今の今まで、二人の買い物に付き合わされた意味が分からなかったが、これではっきりした。
 手首で赤いミサンガが揺れる。口の中にコーヒーの苦みが蘇った。
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