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投稿日:2022年05月20日 00:40    文字数:14,324

転生したらボブゲーの主役になっていた

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初投稿&初二次創作&初小説です
もう何もかもてんやわんやでわけのわからない小説です
現パロ、転生、キャラ崩壊、総受け、何でもいける人だけお願いします
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「これで終わりだ……!三島一八!!」

 風間仁の拳が、一八の胸を打ち抜く。その瞬間、一八の世界は静止した。仁の放った渾身の一撃によって、一八の身体は宙を舞いそしてそのまま地面に叩きつけられると、動けなくなる。

 随分とあっけない決着だがこれも運命、いや宿命か。薄れゆく意識の中、一八は自分の死を悟る。死にたくない、だが負けた。負けてしまった。なら自分の辿る道は──そう思うと同時に、彼の脳裏にはある男の姿が浮かぶ。それは憎き平八でも、不思議な感情を抱いた風間準でもない。異世界が交わる大乱闘の世界で一八に寄り添い恋に落としたあの憎く、愛らしいと思った男。

(……何故貴様なんだ)

 今際の際になって思い出す顔が奴になるなど、笑うしかない。だが暗闇に落ちていく意識でそんなことできるはずもなく、ただ一八は目を閉じる。

(ああ……もう一度、貴様の顔が見たい)

 それが一八の最期だった。


 

「本当に、それでいいのですか」

 真っ暗闇の中、己の中にいた天使か悪魔かわからないものは何とも悲しそうな顔で問いかけてくる。今でこそ天使の姿をとっているがいつ悪魔に変わるかわからないそれを一八は鼻で笑った。

「くどい。俺はあそこで風間仁に敗北して死んだ。それ以上でも以下でもない。……尤も、あのバカ息子が世界を平和にできるなんて思えんがな」

「……」

「それにしても貴様は役立たずだった。俺に支配されてから何一つ役に立たなかったな」

「……」

「まぁ良い。どうせもうすぐ死ぬ身だ」

 その言葉通り、一八は間もなく息を引き取るだろう。しかしそれでは困るとばかりに天使なのか悪魔なのかよく分からない存在が寄り添ってくる。

「これは私の意志ではありませんが……貴方はきっと、平和な世界に転生するでしょう」

「……何を言っている」

「そのままの意味です。私やアザゼルがいない、争いのない世界へ。貴方はそこで愛の苦難を覚えるのです」

「……くだらんことを。この俺がそのような軟弱なものに堕ちるか!」

「えぇ、だから私はあなたを見守るだけです。もう手は出せませんので」

「勝手にしろ」

 そう言い捨てて目を閉じれば落ちているのか昇っているかも分からぬ地獄に真っ逆さま。

 こうして三島一八は人生を終えた。

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「……うさん、とうさん……おい親父!いい加減起きろ!!」

 ピピピ、と目覚まし用にかけたスマホのアラームと息子の声で目が覚める。ついでに布団も剥ぎ取られた。

「朝から騒がしいぞ、仁。もう少し静かに起こせないのか」

「早くしないと遅刻するぞ。今日は重要な会議じゃないのか?ほらさっさと着替えろ」

「まったく……」

 呆れながらベッドから出れば、エプロン姿の息子が目の前で仁王立ちしている。その姿を見る度に、「大きくなったものだ」と思う。ついこの間まで小学生だったのに、時が経つのは早い。今や立派な大学生だ。

「感慨深げに見るのはやめろって。ほら着替えてリビングに来いよ」

 仁がパタパタとスリッパを鳴らしながら部屋を出る。

 今日も変わらぬ、立派な朝だ。


 

「何か帰りに買ってくるものはあるか?」

「んー……じゃあ牛乳。高いやつじゃなくていつものやつ」

「わかっている」

 玄関先でいつもの軽口を交わして、コンソールテーブルに置かれた写真に視線を向ける。そこには笑顔を浮かべる妻、準の姿。彼女は仁が幼稚園生のとき病気で亡くなった。そこからは自分と仁の2人暮らし。色々あったが何とか現在がある。

「いってくる」

「いってらっしゃい」

 無愛想だがひらひらと手を振る仁に手を振り返す。こうして三島一八の一日が始まるのだ。



 

「代表、神羅カンパニーから資料が」

「代表、マスターズ財団から先日の取引について……」

「代表、ヴァイオレット・システムズ代表からお電話が入っています」

 バイオベンチャー企業のトップを走るG社の代表、一八の一日は忙しい。今日も会社内部の監査から取引先からの連絡等、休む暇もないほど仕事に追われている。それでも充実した日々に満足していた。

「代表、神羅カンパニーのソルジャー部門部長、セフィロス・宝条様との面会が明日行われます」

「わかった」

 今日も仕事は忙しかったがその割に早く終わったため帰宅する。道中、ついでにスーパーに寄り、いつもの牛乳を手にとって……

「危ない!!」

 誰かの叫ぶ声が耳に届いた瞬間、一八は吹き飛ばされていた。何が起きたのか、痛覚も感じられないほど熱い体でかろうじて開いた右目が見たものは、ぐちゃぐちゃになった店内とフロントが大破している車。

 思った以上に冷静な頭は、なるほど、店に車が突っ込んできて自分はそれに巻き込まれたのだと判断する。周りの人間が呼び掛けてくる声、救急車とパトカーのサイレンを遠くに聞きながら──突如流れ込んできた記憶の洪水が脳みそを焼き尽くし、一八は気絶した。

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 パチリ、と目が開くと同時にズキズキと頭に走る痛み。その勢いで起きてみれば白い天井と点滴が目に入る。どこからどう見ても病院、それも個室のようだ。

(……)

 無言で頭に手をやれば包帯の感触。足元を見やればギプスがはまっている。どうやら随分と酷い怪我を負ったらしい。仁に頼まれた牛乳を買いにスーパーに行って、そして確か車が店に突っ込んできて……

 と、回想したところでガラリとドアの開く音。そちらに目を向ければ目を丸くさせた仁の姿。

「父さん!?」

 慌てて駆け寄ってきた息子に「……心配かけたな」と言えば「良かった」と抱き着いてくる。

「……このまま目覚めなかったらとか……俺、怖くて……」

 背中をポンポンと撫でてやれば更に鼻水をすする音が聞こえる。

「……泣くな」

 いつもなら少し皮肉混じりに言うところだが、今はそんな気にもならない。気の利いた言葉も見つからない。何故なら仁の近くに『好感度:90』と『危険度:50』のよくわからないメーターが表示されていて、それが絶えずグルグル回っている上、前世の記憶と思しきものを思い出してしまったからだ。

「仁、外に行って看護師を呼べ」

「え?」

「いいから早くしろ……ナースコールが壊れている」 

「わかった」

 父の嘘を疑いもせず、仁は看護師を呼ぶため病室を出ていく。それを見送って一息つくと再びベッドに倒れ込み、前世の記憶を遡ってみた。

 三島一八、自分は前世で冷血御曹司、もしくは冷血党首と呼ばれ、自身に宿る強大な力──デビル因子を以て混沌の世界を作ろうとしていた。その人生は孤独と憎悪、憤怒に塗れ、ありとあらゆるものを壊し殺しては屍の上に立つという悪行三昧。それに後悔はないし、疑問を持ったこともない。その途中で異世界に召喚され、愛に溺れたこともあったがそれも過ぎたお話。

 結果として憎悪と憎悪が連鎖し前世の三島一八は息子、風間仁によって打倒され、それで終わり、のはずだった。

 だがどういうわけか現世の一八は前世を思い出した。

 こんな事故で、しかも49歳になってから思い出すなんて遅いにもほどがある。恐らくだが、あの事故がトリガーとなって思い出してしまったのだろう。

(……どうしたものか)

 正直に言えば前世と今世は別物だ。今更悪逆無道な前世を思い出してもその野望を完遂するには遅すぎる。第一、前世がどうであれ、今の自分は自分だ。

 だからと言ってこの記憶が消えるわけではない。むしろ強烈過ぎる。何せ三島一八の人生は復讐のためだけに生きていたようなもの。愛などくだらないと切り捨て、ただひたすらに憎んで、恨んできた。

(俺は、これからどうすれば良い?)

 この前世と今世を抱えて生きていかねばならないのか。そう考えると気が重くなる。

「父さん、看護師さん連れてきた」

 ドアがカラカラと開けば仁の声。その近くには先程と変わらずよくわからないメーターが浮いている。これが一体なんなのかは分からない。

「……ありがとう、下がっていろ」

 素直に下がった息子の頭を撫でてから看護師に向き合う。

 話によると、頭部損傷と右足の骨折に加え全身打撲により3日ほど意識不明だったらしい。幸い命に関わることはなかったが、2週間は入院生活だ。

「2週間で済んだだけマシだな」

「確かに。あ、そうだ父さんのスマホ」

 仁がゴソゴソと鞄を漁ると出てきたのは自分のスマホ。あんな事故に遭ったというのに無傷で済んだらしい。

「仕事の連絡もいっぱい入っているから確認した方がいいと思う」

「そうだな。仁、大学の方は大丈夫だったか?」

「友達にノート借りてなんとかやっていけてる」

「そうか」

 それなら良かったと胸を撫で下ろす。大学まで休学する羽目になったら流石に申し訳ない。

「じゃあ俺、帰る。これ荷物、何かあったらすぐに連絡して」

 そう言って仁が病室を出た。メーターの数値が『好感度:85』と『危険度:60』になっていたのは一体何なのか。そんなことを考えながらスマホを操作していく。

 するとピコン、と通知音が鳴った。

「ん……?」

 通知がきたアプリは見覚えのないアイコン。アプリ名は表示されていない。恐る恐るタップしてみれば──

『私はこれからあなたがハッピーエンドを迎えられるために全力を尽くすサポートセンターです』

 機械音声とも人間の声とも違う、神秘的な声がスピーカーから鳴り響く。

『まず初めに貴方の状況について確認します。貴方には現在、9人の攻略対象がいます』

「…………」

 なんだこれは、と思いつつも一応耳を傾けておく。

『現在判明している攻略対象は「風間仁」のみとなっております』

「ちょっと待て!」 

 思わず叫んでしまった。何故、よりにもよって息子の名前が出てくるのだ。

『はい』

「いや『はい』か貴様!というよりなぜ仁の名が出る!?そもそも何の話をしている!?」

『失礼しました。まずは状況についての説明から。「三島一八」、貴方は転生者です。前世ではデビル因子を持つ極悪人でしたが、現在は普通の人間として生を受けています。ですが前世の今際の際、貴方は愛の苦難を受ける、という運命と契約しました』

「おい、ふざけているのか?」

『いいえ、至って真面目にお答えしています』

 ふざけていないと言うならば余計質が悪い。

「それで、俺にその、愛の苦難というものを受けろと?」

『はい。貴方は攻略対象と愛を育み、結ばれる。それを支援するのが私です』

「……その愛を育むというのは」

『無論、恋愛です。攻略対象は貴方に対して今日この時点、もしくは以降に大なり小なり恋愛感情を抱いている人のみが対象となっています』

「待て待て待て」

 恋愛感情を?ということは攻略対象にいる仁は、自分のことをその、そういう意味で好きだということになる。

「仁が、恋愛感情を?」

『はい。先程彼に表示されたメーターが証左しています。最大値は100。現在彼の数値は85なので相当ですね』

 スマホから流れるガイド音声を聞いて頭が色んな意味で痛くなってくる。仁が自分に、実の父親に恋愛感情を? 馬鹿な。思春期特有のアレかと思ったがそもそも思春期は過ぎている。

「……冗談じゃない」

『いえ。全て事実です』

 どうしようもない現実を前に頭を抱えるしかない。前世の記憶を思い出すと同時にこんなことが起きるなんて誰が予想できただろうか。

「だったらあの危険度は何だ」

『はい。あれは愛情の暴走値です。高くなればなるほど貴方を手に入れるための手段を選ばなくなります。具体的に言えば監禁、依存、心中、殺人などが考えられますね』

「なっ……!」

『危険度が好感度より50以上上回ると強制的にバッドエンドルートへ突入します。風間仁のバッドエンドは……監禁ですね』

 淡々と話すナビゲーターに絶句する。前世で悪逆非道の限りを尽くしてきた自分が言うのもなんだがそれは紛れもなく犯罪である。

「……回避する方法はあるのか」

 恐る恐る尋ねると、少し間を置いてから返答が返ってきた。

『貴方がうまいこと立ち回り、彼の好感度と危険度を調整すれば問題はないでしょう。その他に……別の攻略対象と先にくっつく、という手もあります』

「その別の攻略対象は誰だ」

『申し訳ございません。攻略対象に会わないと名簿登録がなされない仕様となっております。今後出会って以降、攻略対象について追々説明させていただきます』

 つまりこの先、仁と恋人関係になるのを避けるためには他の攻略対象と恋仲になるということである。まあその方が幾分かマシだ。実の親子で付き合うなどインモラルが過ぎる。

『あと一年以内に誰かのエンディングに到達しないと強制バッドエンドなのでご注意下さい』

「それを先に言え」

 正直何もかも忘れて眠りたい。だがそうもいかないのが人生というものである。

『他に質問はありますか?なければスリープモードに入ります』

「待て、貴様は一体何者だ。なぜ俺に協力する」

『私は貴方をサポートするために生まれました』

「どういうことだ」

『詳しくはまた後日、お話しましょう。今は時間がないものですから』

「おい、待て!まだ話は──」

 そこでぷつりと音声が途切れる。いくら操作してもアプリは反応せず、スマホを投げて一八は大きなため息を吐いた。

 前世の記憶だけでも相当頭が参っているのにこれから誰かと恋仲になれ、なんて言われてもオーバーヒートしている頭に入ってくるわけがない。

 ひとまず考えることは山積みではあるがまずは怪我を治し、仁の好感度調整を最優先にする。そう決めた一八は、静かに目を閉じた。


 

 2週間、よく頑張った方だと思う。あれから毎日見舞いに来る仁の相手をしながら例のアプリの助けを借りて、結果『好感度:84』と『危険度:40』まで落とすことに成功した。

 ついでに一八は退院日を明日へと控えていた。退院のため荷物をまとめていると、『一八さま、一八さま』とサポートの音声がスマホから聞こえてくる。

「何だ急に」

 淡々と警告とアドバイスだけしてくるサポートセンターとの会話にも慣れ、今では普通に話せるようになっていた。そんなサポートセンターが一八に対して初めて話しかけてきた。何か重大な知らせがあるのだろうと思い、耳を傾ける。

『“イベント”の発生条件を満たしました』

「は?」

『これから起きることは今後の攻略を左右する重要なイベントです。選択肢一つでバッドエンド直行もあり得るので慎重にお願いします。では』

「おい待て!」

 聞き捨てならない言葉だ。今からバッドエンドになる可能性すらあるというのか。

 慌ててスマホを操作しようとするが既にサポートセンターはいなくなっており、うんともすんとも言わなかった。

「クソッ……イベント、だと」

「父さん?何1人で喋っているの」

 バッと振り返るといつの間にか仁がいた。いつも通りの仏頂面で、何かが起きるという気配はない。サポートセンターが言っていた“イベント”とはこのことなのだろうか。

「いや、ただの独り言だ」

「そっか。……あのさ、父さん」

「何だ」

「何か父さん、入院してからおかしくなった? 露骨に俺のこと避けているような気がして」

 ギクリと感情がさざめく。確かに好感度と危険度調整のため、冷たい対応をとってしまったときもあった。だがそれは慎重に、ゆっくりと行ってきたはず。まさか今のタイミングで気付かれるとは思わなかった。

 どうするべきかと頭を悩ませていると、突如仁の顔が目の前に迫ってくる。近い、親子にしてもここまで距離を詰めることは今まで一度もなかったはずだ。

 思わず顔を離そうと後退りしようとするが、それより早く仁の手が伸びてきて一八の腕を掴む。次の瞬間、視界が大きく揺らいだ。

 気づいたときにはベッドに押し倒されており、その上に仁が覆い被さってきた。

「仁!何を……!」

「別に。父さんの腹の上で眠ったこと何度もあったし何も問題ないだろ」

「今やることか!とにかく離れろ!」

「……何で俺を避けるんだ……俺と父さんは家族なんだから……一緒にいるのは当たり前だ……」

「っ……!」

 様子がおかしい。こんな仁を見るのは初めてだった。必死に抵抗を試みるがマウントポジションを取られているため上手くいかない。

「父さん……父さん……」

 そう言って仁は一八の首筋に顔を埋め、すうっ、と匂いを嗅ぐ。その仕草にぞわりと鳥肌が立ち、全身に冷や汗が滲む。よく見れば仁のメーターが急激に上昇しており、好感度が50、危険度が95にまで達している。好感度があと5下がれば監禁されてしまう。

 これがサポートセンターの言っていた“イベント”であると直感的に理解する。この展開はまずい。どうすれば、と考えていると仁が突然一八の身体を抱き寄せた。一八の脳裏に前世の記憶が蘇る。実の息子に犯されるなんて絶対に嫌だ。

「じん、やめ」

「嫌だ」

 ああ昔からそうだ。決めたことは絶対に曲げない頑固な性格が仁らしいと褒めたこともあった。だがそれだけでは生きていけないと諭したこともあった。

 ──だから、昔のように背中をポンポンと叩く。

「と……さん?」

「……寂しい思いをさせてすまなかったな。入院して少し機嫌が悪かったんだ。……辛い思いをさせたな」

「本当に?俺のことが嫌いになったんじゃない?」

「嫌いになるわけあるか、俺の息子だぞ」

「……良かった」

 すると途端に仁は安心しきった表情を浮かべ、一八の上から退いた。同時に一八も起き上がり、服についた埃を払う。

「ごめん、カッとなってつい……」

「いい、俺もお前を避けていたからな」

「じゃあこれで仲直りってこと?」

「……そうだな。あと俺は怪我人だ。そういうことをするときは事前に言ってくれ」

「わかった。気をつける」

 一八は仁のメーターを確認する。好感度は70まで上がり、危険度は50まで下がっていた。ひとまず安堵する。

「じゃあ明日迎えに来るから」

 そう言うと仁は病室から出て行った。それを見送った一八はしばらくベッドの上で呆然とする。

「……サポート、イベントはこれで終わりか?」

 そうスマホに話しかけるとサポートセンターのアイコンが現れる。

『はい。ひとまずイベントは終了しました。咄嗟の機転でしたね』

「……これからもあんな感じで攻略対象が来るのか?正直もう嫌なんだが」

『はい。イベントは定期的に発生するため油断しないでください。またイベントには強制力があるため回避は不可能となります』

「……やめる手段は」

『ないです』

 つまりこれからは定期的に誰かしらのイベントが発生するということか。頭痛の種は尽きないようであった。

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 退院して数日、松葉杖をつきながらではあるがやっと出社できるようになった。正直今は家にいるよりこちらの方が安心できる。

 早速パソコンを立ち上げメールを見ると大量の通知。それらを捌いていき、重要案件を取捨選択する。一番重要なのは……神羅カンパニーとの打ち合わせだと判断する。そう思いスケジュールを確認しようとするとちょうど相手側から連絡が来た。

 内容は急ではあるが今日の午後からそちらで打ち合わせを行えないか、という趣旨だった。

「アンナ、午後の予定は」

「特に重要なものは入っていないわ」

 ならば、と了承のメールを送信する。さて、どんな面倒な話が飛び出てくることやら。

『……攻略対象、2名受信』


 

 会議室でプレジデント・神羅を待っている間、一八は色々と考え込んでいた。勿論打ち合わせの内容についてもだが、ここ2週間ほど増えない“攻略対象”についても気になっていた。

 サポートセンターによると攻略対象は一八と会った瞬間メーターが表示されるのですぐわかるとのこと。出社して全ての課を周ったがメーターが表示された社員はいなかった。今のところ社員に攻略対象がいない、となればあとは外部の人間だ。

 仁が対象に入るなら自分とそれなりに関わりがある人物が攻略対象なのだろうか。それを考えると後は……と思考したところで扉が開く。入ってきたのは相変わらず金にしか興味のない顔をしたプレジデント・神羅だ。

「久しぶりだな三島くん。怪我はいいのか?」

「えぇおかげさまで。それで、本日はどのような要件で?」

「あぁ実はな、我が社の新商品について相談があってな」

「新商品?」

「あぁ。今開発しているものなんだが……これを見てくれないか」

 そうして会議は淡々と進んでいく。


 

「今回も良い取引ができたよ、いつもありがとう」

「いえ、こちらも良いビジネスパートナーを持てたことに感謝しています」

 正直取引の内容については微妙だがこれもビジネスである。そう思って一八が席を立とうとすると「あーちょっと待ってくれ」と引き止められる。

「どうかしましたかプレジデント」

「いや外で待たせているんだがな、うちのエースを紹介しようと思って……宝条、入れ」

「失礼します」

 入ってきたのは銀糸を靡かせ、青色をした切れ長の瞳をした美青年。

 ──見覚えがある。いや、正確にいえば前世で自分はこの男と出会って──

「セフィロス・宝条と申します。以後、よろしくお願い致します」

 その男、セフィロスは深々と頭を下げる。その動作に合わせて揺れる長い髪も、縦長の瞳孔も、美しい声色も。全てがかつての一八の記憶にあるものと合致していた。

 セフィロス・宝条、いやセフィロス。前世で一八に寄り添い、恋に落として愛に溺れされた男。その近くに表示されたメーターには『好感度:95』『危険度:99』と書かれていた。

 一八は目の前の男を見つめるしかない。かつて自分の隣にいた恋人で、ついぞ会うことが叶わなかった男。何故ここに、と思うが考えてみればセフィロスはかつて別世界の神羅カンパニーに所属していたのだ。この世界の神羅にいてもおかしくない。

 しかしそれにしても初対面のはずなのに、何故こんなにも好感度と危険度があるのか。

「おい三島くん、どうかしたかね」

 プレジデントの言葉でふと我に帰る。

「あ、いえなんでもありません。少し考え事をしていまして。……その、彼は?」

「あぁ、宝条はうちのエースでな。ここ十年、彼のおかげで売上は伸びるばかりだ」

「いえ、まだまだ若輩者です」

「ははっ、謙遜するな。まぁそういうわけだ。三島くん、これからは宝条も打ち合わせに参加するだろうから、G社を案内できるかな」

 何を言ってやがるこのジジイ、と言いそうになる唇を結び、笑顔を作る。これは仕事、ビジネスだ。そう言い聞かせながら立ち上がり、セフィロスに手を伸ばし、握手を交わす。

「よろしく頼む。社内案内はうちの秘書に……」

「いえ、大変恐縮なのですが三島代表。見聞を広めるため代表にご同行させて頂けないでしょうか」

 ふざけやがって、またも言いそうになる唇はギリギリのところで結べた。

「熱心で何よりだ宝条。じゃあ三島くん、宝条を案内してやってくれないか」

「……はい」

 頭の血管が切れそうになる感覚に耐えながら一八は笑顔を作る。そうして一八はセフィロスと共に会議室を後に、社内を案内する運びとなった。



 

「G社は素晴らしいですね。神羅にも引けを取らないとはこのことだ」

 社内を周らせてとりあえず社長室に戻ってきたが、正直疲れ切っていた。なんせあの後ずっと、セフィロスの口から出るのはG社への賛辞くらいだからだ。ついでに言えば好感度も危険度も先程から変わらず95と99のまま。

 適当に相槌を打ちつつ、どうすればこの男から情報を引き出せるか考える。スマホを取り出してサポートセンターに聞きたいが、今取り出せるような状況ではない。

「そういえば宝条さんはお幾つで?」

「28です。代表、わざわざ別会社の一社員、それも年下に敬語は不要ですよ」

「そうですか。なら遠慮なく。……宝条とセフィロス、どっちで呼べばいいんだ」

「セフィロスでお願いします。宝条にはあまりいい思い出がないので」

「そうか。じゃあセフィロス、貴様も敬語を取ってくれ。別会社の代表に敬語を使う必要はない」

「……わかった」

 こうやって敬語を抜けば懐かしい感覚に襲われる。傲慢で自信家で、自分勝手でわがままな男だった。しつこく愛を囁いてくるセフィロスが嫌いで嫌いで、でもいつの間にか絆されて、セフィロスと過ごす時間が心地よくなって。いつしか互いに愛を伝え合うようになって。

 それからは互いに真っ逆さま。よくぞまあ、あそこまで溺れたものだと客観的に見ると少し引いてしまう。だがそれくらい居心地が良く、そして好きだったのだ。そんなことを思い出していれば目の前にいるセフィロスが微笑みを浮かべる。

「不思議なものだ」

 月のような美しさを湛える笑みが、一八の心を突き刺す。だがそれと同時にスマホがバイブを鳴らした。画面を見るとサポートセンターが珍しくチャット画面を開いている。そこに書かれていたメッセージは『イベント発生』の文字。

 まさかこのタイミングで、と思った瞬間のこと。

「気分が悪いのか?」

 いつの間にか近くにセフィロスがいた。あと数mm指を伸ばせば手籠に出来る距離で、一八の瞳を見つめている。

「いや、大丈夫だ」

「顔色が良くない気が」

「気のせいだ。……そろそろ帰る時間だろう。今日はありがとう」

「……どうして」

「ん?」

 グッ、と突然腕を強い力で掴まれる。そのまま引き寄せられ、抱き締められる形でセフィロスの腕の中に収まった。

 好感度と危険度の数値がぐんと上がる。それはまるでメーターを振り切るように、急激に数値を上げていく。

「おい!何を、」

「運命、なのか?」

「は?」

「こんなに、胸が苦しくなるなんて」

「なに、を」

 言っているのか。そう問おうとした言葉を飲み込むほどの力強さでセフィロスは一八を抱き寄せていた。その力は強く、痛く、息苦しくなるほど。

 ふわりと香ったのはかつての恋人と同じ匂いだ。それに思わず身体が震えそうになる。

「お前は何者なんだ。私の心を奪って、暖かくさせて、一体私は何を求めている?教えてくれ、私にはわからない。私はどうしたら良いんだ」

 抱き締められたまま机にもたれかかるような体勢にされてしまう。抵抗しようとしても、体格差のせいで全く動かせない。そうしている間にセフィロスは顔を近づけてきた。

 鼻先が触れそうな程の至近距離で、互いの視線が絡み合う。パチリと火花が散るような感覚に襲われ、頭がクラリとした。

「やめっ……」

「やめない。教えてくれ、何故お前を見てしまうんだ」

「やめろ、や……やめ、」

 その声で、耳元で愛を紡ぐな。前世で抱かれたときに何度も聞いた声。忘れるはずがない。

「やめて、くれ」

 セフィロスの唇が、一八の首筋に触れるとそのまま軽く歯を立てた。痛みを感じるような強さではなく、甘噛み程度の強さだ。それでも、かつての甘い記憶を呼び起こすのには十分すぎた。理由がわからぬ涙が目に滲むのを感じながら、一八は必死に理性を保つ。

 ここで流されてはいけない。ここで流されたらバッドエンド直行の可能性が……!

 そう考えているうちにセフィロスは首から口を離した。その隙にドンッ、と体を思いっきり押し返す。何とか距離を取ることには成功した。

「きさ、ま!何のつもりだ!!?」

「…………すまない。お前を欲したいという衝動が急に湧いてきて、気づいたらこうしていた」

「ふざけ……!」

 いや、と思考が急回転を始める。もしや、いや本当に可能性だけの話だが、セフィロスはカズヤと同じように前世から、はたまた並行世界から何か影響を受けているのではないか。だとすればこの突拍子もない行動も納得できるような気がする。

 そして、それが本当ならば非常にまずい。この男の強引さも執着心も前世で散々味わってきた経験から、自分の一挙動一挙動が何もかもバッドエンドに繋がりそうな予感がして下手に動けない。そう考えれば考える程冷や汗が出てくる。

「……セフィロス。俺を、昔から知っているのか」

「名前は知っていたが、今日初めて会ったはずだ。……なのに、何故かお前を見ると胸が高鳴って、苦しくて、どうにかなりそうだ」

「…………」

 恐らく嘘ではないのだろう。だが何かしら前世、もしくは並行世界から影響があるのは間違いない。この男は危険すぎる。しかしだからといって、目の前の男を突き放すことが出来るかと言えば話は別だ。

 この男との日々は心地よかった。愛を囁かれ、求められ、共に過ごす時間が楽しくて世界が綺麗に見えた。

「それは勘違いだと思うぞ」

「は……」

「第一、男に惚れるなんて相当の覚悟がいるぞ。今その場の気分で惚れる惚れないを判断していたら、いつか後悔することになる」

「……」

 だからこそ拒んだ。前世のセフィロスが惚れたのは悪逆非道を重ね、孤独を望んだ前世の三島一八であり、今世の自分ではない。何もかも変わってしまった世界で前世の気持ちに振り回されるなんて御免だ。ただでさえ息子の仁を憎い目で見てしまいそうになる気持ちだって苦しいのに、これ以上の苦しみはもう耐えられない。

「セフィロス、貴様は疲れているんだ。早く帰って休め。タクシー代はこっちで持つ」

 セフィロスの方を見れば好感度も危険度メーターの値も相当下がっている。これはバッドエンド回避できただろうとタクシーチケットを取り出そうとした瞬間。

「私は、」

「!?」

「確かに少し疲れていたかもしれない」

 距離を取っていたはずのセフィロスが目の前に現れカズヤの頬を撫でる。そのまま顎を掴まれ顔を上に向かされた。

「だがこの思いは何であろうと本物だ」

 柔らかいものが唇に触れる感覚。キスされていると気付くまでに数秒かかった。その間に舌が口内に侵入してくる。慌てて押し返そうとした手ごと抱き寄せられ、逃げることが出来ない。

 ねちっこく口内を探られ、息苦しさと酸欠で頭がクラリとする。

「っ、ふ……」

 やっと解放されたときには足腰が立たず、セフィロスに支えられなければ床にへたり込んでいたことだろう。

「……っ」

「これだけは、本当のことだ」

「……う、ぁ」

 セフィロスのメーターはいつの間にかどちらもバグっており、危険な状態になっていることを知らせていた。

 サポートセンターに確認せずともわかる。バッドエンド確定。その文字が頭に浮かび血の気が引く感覚に襲われた。早く、早くどうにか……!と思っても足が動かない。

 セフィロスの瞳が強く鈍く輝く。終わった、と確信したその時。コンコン、と執務室をノックする音が響いた。

「失礼。宝条様、お迎えが来ております」

 入ってきたのは一八の秘書、アンナだ。相変わらず不敵な眼差しだがそれが今救いになるなんて思ってもいなかった。セフィロスのメーター値がそれぞれ好感度:90と危険度:80にまで下がっているのが証左だ。

「迎え?頼んでいないはずだが」

「プレジデントから言われたんだ。ちゃんと迎えに行けと」

 アンナの後ろから現れたのは金色の髪をツンツンと逆立たせた二十代前半ほどの青年が姿を現す。相変わらずの姿だ、と前世の記憶が語っている。

「そうか。……ああ代表、彼は私の部下、クラウドです」

「クラウド・ストライフ……です。よろしくお願いします」

 ぎこちなさそうな敬語は社会に出たばかりであることをよく示している。普段なら微笑ましいと思っていただろうが、そのクラウドのそばに現れたものに目がいく。それは攻略対象にしか現れないメーター。

(好感度20……危険度10……!)

 クラウドが攻略対象であることよりもその数値が安全であることに目がいった。現在進行系でバッドエンドルートまっしぐらだった一八にとってこの数値は希望以外の何物でもない。

「……よろしく頼む」

 不安が晴れていく感覚、とはこのことか。セフィロスはともかくとしてクラウドがこの数値でよかった。攻略対象であることについては後で考える。今はとにかくバッドエンドを回避したいのだ。

「宝条、今日はありがとう」

 なんて業務上の言葉をかければセフィロスが悲しげに眉を下げる。しかしそれも一瞬のこと。すぐに笑みを浮かべると、ビジネス的な握手を交わす。これで終わりだ。そう思った瞬間、セフィロスが耳元に顔を寄せてきた。

 何をするつもりだ、と思ったが既に遅く。セフィロスの唇がカズヤの耳に近づき。

 ──愛している、カズヤ。

 ぶわっ、と全身が震える。ふざけるな、アンナとクラウドがいる前で……! そう叫ぼうとしたところで2人は部屋から出て行ってしまった。それどころかセフィロスもそれに着いていくように退出していく始末。執務室に残されたのは一八ただ一人だ。

『一八様、何とか回避できましたね。攻略対象の更新もされました』

 サポートセンターのアナウンスに怒鳴る気力はもう失せている。とにかく、疲れてしまった。

「……あと何人だ。攻略対象は」

『現在登録されている攻略対象は「風間仁」「セフィロス・宝条」「クラウド・ストライフ」の3名、未登録の攻略対象は6名です』

「はぁ〜……」

 あと6人、こんな思いをしなくてはいけないのかと思うだけで胃がギリギリと痛くなってくる。それでも、せめてバッドエンドは回避したい。そう決意し、サポートセンターに質問する。

「そういえば……未登録の攻略対象に女はいるのか?それくらいなら答えられるだろう」

『検索……検索…………攻略対象に女性はいません』

「そうか」

 つまり男と結ばれるのは確定、だったらその中で最良を掴み取る。今後の自分の人生のため、生き延びるため。一八は強く決意する。

「絶対に、生き残ってやる……!」

 後に現れる意外な攻略対象に困惑したり、イベントで胸をドキドキさせられたりと大変な目に遭うのだが、それはまた明日のお話である。

 こんな世界に一八を転生させた天使は何を思うのか、その問いに対する解答はこの世界じゃもう得られない。

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「これで終わりだ……!三島一八!!」

 風間仁の拳が、一八の胸を打ち抜く。その瞬間、一八の世界は静止した。仁の放った渾身の一撃によって、一八の身体は宙を舞いそしてそのまま地面に叩きつけられると、動けなくなる。

 随分とあっけない決着だがこれも運命、いや宿命か。薄れゆく意識の中、一八は自分の死を悟る。死にたくない、だが負けた。負けてしまった。なら自分の辿る道は──そう思うと同時に、彼の脳裏にはある男の姿が浮かぶ。それは憎き平八でも、不思議な感情を抱いた風間準でもない。異世界が交わる大乱闘の世界で一八に寄り添い恋に落としたあの憎く、愛らしいと思った男。

(……何故貴様なんだ)

 今際の際になって思い出す顔が奴になるなど、笑うしかない。だが暗闇に落ちていく意識でそんなことできるはずもなく、ただ一八は目を閉じる。

(ああ……もう一度、貴様の顔が見たい)

 それが一八の最期だった。


 

「本当に、それでいいのですか」

 真っ暗闇の中、己の中にいた天使か悪魔かわからないものは何とも悲しそうな顔で問いかけてくる。今でこそ天使の姿をとっているがいつ悪魔に変わるかわからないそれを一八は鼻で笑った。

「くどい。俺はあそこで風間仁に敗北して死んだ。それ以上でも以下でもない。……尤も、あのバカ息子が世界を平和にできるなんて思えんがな」

「……」

「それにしても貴様は役立たずだった。俺に支配されてから何一つ役に立たなかったな」

「……」

「まぁ良い。どうせもうすぐ死ぬ身だ」

 その言葉通り、一八は間もなく息を引き取るだろう。しかしそれでは困るとばかりに天使なのか悪魔なのかよく分からない存在が寄り添ってくる。

「これは私の意志ではありませんが……貴方はきっと、平和な世界に転生するでしょう」

「……何を言っている」

「そのままの意味です。私やアザゼルがいない、争いのない世界へ。貴方はそこで愛の苦難を覚えるのです」

「……くだらんことを。この俺がそのような軟弱なものに堕ちるか!」

「えぇ、だから私はあなたを見守るだけです。もう手は出せませんので」

「勝手にしろ」

 そう言い捨てて目を閉じれば落ちているのか昇っているかも分からぬ地獄に真っ逆さま。

 こうして三島一八は人生を終えた。

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「……うさん、とうさん……おい親父!いい加減起きろ!!」

 ピピピ、と目覚まし用にかけたスマホのアラームと息子の声で目が覚める。ついでに布団も剥ぎ取られた。

「朝から騒がしいぞ、仁。もう少し静かに起こせないのか」

「早くしないと遅刻するぞ。今日は重要な会議じゃないのか?ほらさっさと着替えろ」

「まったく……」

 呆れながらベッドから出れば、エプロン姿の息子が目の前で仁王立ちしている。その姿を見る度に、「大きくなったものだ」と思う。ついこの間まで小学生だったのに、時が経つのは早い。今や立派な大学生だ。

「感慨深げに見るのはやめろって。ほら着替えてリビングに来いよ」

 仁がパタパタとスリッパを鳴らしながら部屋を出る。

 今日も変わらぬ、立派な朝だ。


 

「何か帰りに買ってくるものはあるか?」

「んー……じゃあ牛乳。高いやつじゃなくていつものやつ」

「わかっている」

 玄関先でいつもの軽口を交わして、コンソールテーブルに置かれた写真に視線を向ける。そこには笑顔を浮かべる妻、準の姿。彼女は仁が幼稚園生のとき病気で亡くなった。そこからは自分と仁の2人暮らし。色々あったが何とか現在がある。

「いってくる」

「いってらっしゃい」

 無愛想だがひらひらと手を振る仁に手を振り返す。こうして三島一八の一日が始まるのだ。



 

「代表、神羅カンパニーから資料が」

「代表、マスターズ財団から先日の取引について……」

「代表、ヴァイオレット・システムズ代表からお電話が入っています」

 バイオベンチャー企業のトップを走るG社の代表、一八の一日は忙しい。今日も会社内部の監査から取引先からの連絡等、休む暇もないほど仕事に追われている。それでも充実した日々に満足していた。

「代表、神羅カンパニーのソルジャー部門部長、セフィロス・宝条様との面会が明日行われます」

「わかった」

 今日も仕事は忙しかったがその割に早く終わったため帰宅する。道中、ついでにスーパーに寄り、いつもの牛乳を手にとって……

「危ない!!」

 誰かの叫ぶ声が耳に届いた瞬間、一八は吹き飛ばされていた。何が起きたのか、痛覚も感じられないほど熱い体でかろうじて開いた右目が見たものは、ぐちゃぐちゃになった店内とフロントが大破している車。

 思った以上に冷静な頭は、なるほど、店に車が突っ込んできて自分はそれに巻き込まれたのだと判断する。周りの人間が呼び掛けてくる声、救急車とパトカーのサイレンを遠くに聞きながら──突如流れ込んできた記憶の洪水が脳みそを焼き尽くし、一八は気絶した。

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 パチリ、と目が開くと同時にズキズキと頭に走る痛み。その勢いで起きてみれば白い天井と点滴が目に入る。どこからどう見ても病院、それも個室のようだ。

(……)

 無言で頭に手をやれば包帯の感触。足元を見やればギプスがはまっている。どうやら随分と酷い怪我を負ったらしい。仁に頼まれた牛乳を買いにスーパーに行って、そして確か車が店に突っ込んできて……

 と、回想したところでガラリとドアの開く音。そちらに目を向ければ目を丸くさせた仁の姿。

「父さん!?」

 慌てて駆け寄ってきた息子に「……心配かけたな」と言えば「良かった」と抱き着いてくる。

「……このまま目覚めなかったらとか……俺、怖くて……」

 背中をポンポンと撫でてやれば更に鼻水をすする音が聞こえる。

「……泣くな」

 いつもなら少し皮肉混じりに言うところだが、今はそんな気にもならない。気の利いた言葉も見つからない。何故なら仁の近くに『好感度:90』と『危険度:50』のよくわからないメーターが表示されていて、それが絶えずグルグル回っている上、前世の記憶と思しきものを思い出してしまったからだ。

「仁、外に行って看護師を呼べ」

「え?」

「いいから早くしろ……ナースコールが壊れている」 

「わかった」

 父の嘘を疑いもせず、仁は看護師を呼ぶため病室を出ていく。それを見送って一息つくと再びベッドに倒れ込み、前世の記憶を遡ってみた。

 三島一八、自分は前世で冷血御曹司、もしくは冷血党首と呼ばれ、自身に宿る強大な力──デビル因子を以て混沌の世界を作ろうとしていた。その人生は孤独と憎悪、憤怒に塗れ、ありとあらゆるものを壊し殺しては屍の上に立つという悪行三昧。それに後悔はないし、疑問を持ったこともない。その途中で異世界に召喚され、愛に溺れたこともあったがそれも過ぎたお話。

 結果として憎悪と憎悪が連鎖し前世の三島一八は息子、風間仁によって打倒され、それで終わり、のはずだった。

 だがどういうわけか現世の一八は前世を思い出した。

 こんな事故で、しかも49歳になってから思い出すなんて遅いにもほどがある。恐らくだが、あの事故がトリガーとなって思い出してしまったのだろう。

(……どうしたものか)

 正直に言えば前世と今世は別物だ。今更悪逆無道な前世を思い出してもその野望を完遂するには遅すぎる。第一、前世がどうであれ、今の自分は自分だ。

 だからと言ってこの記憶が消えるわけではない。むしろ強烈過ぎる。何せ三島一八の人生は復讐のためだけに生きていたようなもの。愛などくだらないと切り捨て、ただひたすらに憎んで、恨んできた。

(俺は、これからどうすれば良い?)

 この前世と今世を抱えて生きていかねばならないのか。そう考えると気が重くなる。

「父さん、看護師さん連れてきた」

 ドアがカラカラと開けば仁の声。その近くには先程と変わらずよくわからないメーターが浮いている。これが一体なんなのかは分からない。

「……ありがとう、下がっていろ」

 素直に下がった息子の頭を撫でてから看護師に向き合う。

 話によると、頭部損傷と右足の骨折に加え全身打撲により3日ほど意識不明だったらしい。幸い命に関わることはなかったが、2週間は入院生活だ。

「2週間で済んだだけマシだな」

「確かに。あ、そうだ父さんのスマホ」

 仁がゴソゴソと鞄を漁ると出てきたのは自分のスマホ。あんな事故に遭ったというのに無傷で済んだらしい。

「仕事の連絡もいっぱい入っているから確認した方がいいと思う」

「そうだな。仁、大学の方は大丈夫だったか?」

「友達にノート借りてなんとかやっていけてる」

「そうか」

 それなら良かったと胸を撫で下ろす。大学まで休学する羽目になったら流石に申し訳ない。

「じゃあ俺、帰る。これ荷物、何かあったらすぐに連絡して」

 そう言って仁が病室を出た。メーターの数値が『好感度:85』と『危険度:60』になっていたのは一体何なのか。そんなことを考えながらスマホを操作していく。

 するとピコン、と通知音が鳴った。

「ん……?」

 通知がきたアプリは見覚えのないアイコン。アプリ名は表示されていない。恐る恐るタップしてみれば──

『私はこれからあなたがハッピーエンドを迎えられるために全力を尽くすサポートセンターです』

 機械音声とも人間の声とも違う、神秘的な声がスピーカーから鳴り響く。

『まず初めに貴方の状況について確認します。貴方には現在、9人の攻略対象がいます』

「…………」

 なんだこれは、と思いつつも一応耳を傾けておく。

『現在判明している攻略対象は「風間仁」のみとなっております』

「ちょっと待て!」 

 思わず叫んでしまった。何故、よりにもよって息子の名前が出てくるのだ。

『はい』

「いや『はい』か貴様!というよりなぜ仁の名が出る!?そもそも何の話をしている!?」

『失礼しました。まずは状況についての説明から。「三島一八」、貴方は転生者です。前世ではデビル因子を持つ極悪人でしたが、現在は普通の人間として生を受けています。ですが前世の今際の際、貴方は愛の苦難を受ける、という運命と契約しました』

「おい、ふざけているのか?」

『いいえ、至って真面目にお答えしています』

 ふざけていないと言うならば余計質が悪い。

「それで、俺にその、愛の苦難というものを受けろと?」

『はい。貴方は攻略対象と愛を育み、結ばれる。それを支援するのが私です』

「……その愛を育むというのは」

『無論、恋愛です。攻略対象は貴方に対して今日この時点、もしくは以降に大なり小なり恋愛感情を抱いている人のみが対象となっています』

「待て待て待て」

 恋愛感情を?ということは攻略対象にいる仁は、自分のことをその、そういう意味で好きだということになる。

「仁が、恋愛感情を?」

『はい。先程彼に表示されたメーターが証左しています。最大値は100。現在彼の数値は85なので相当ですね』

 スマホから流れるガイド音声を聞いて頭が色んな意味で痛くなってくる。仁が自分に、実の父親に恋愛感情を? 馬鹿な。思春期特有のアレかと思ったがそもそも思春期は過ぎている。

「……冗談じゃない」

『いえ。全て事実です』

 どうしようもない現実を前に頭を抱えるしかない。前世の記憶を思い出すと同時にこんなことが起きるなんて誰が予想できただろうか。

「だったらあの危険度は何だ」

『はい。あれは愛情の暴走値です。高くなればなるほど貴方を手に入れるための手段を選ばなくなります。具体的に言えば監禁、依存、心中、殺人などが考えられますね』

「なっ……!」

『危険度が好感度より50以上上回ると強制的にバッドエンドルートへ突入します。風間仁のバッドエンドは……監禁ですね』

 淡々と話すナビゲーターに絶句する。前世で悪逆非道の限りを尽くしてきた自分が言うのもなんだがそれは紛れもなく犯罪である。

「……回避する方法はあるのか」

 恐る恐る尋ねると、少し間を置いてから返答が返ってきた。

『貴方がうまいこと立ち回り、彼の好感度と危険度を調整すれば問題はないでしょう。その他に……別の攻略対象と先にくっつく、という手もあります』

「その別の攻略対象は誰だ」

『申し訳ございません。攻略対象に会わないと名簿登録がなされない仕様となっております。今後出会って以降、攻略対象について追々説明させていただきます』

 つまりこの先、仁と恋人関係になるのを避けるためには他の攻略対象と恋仲になるということである。まあその方が幾分かマシだ。実の親子で付き合うなどインモラルが過ぎる。

『あと一年以内に誰かのエンディングに到達しないと強制バッドエンドなのでご注意下さい』

「それを先に言え」

 正直何もかも忘れて眠りたい。だがそうもいかないのが人生というものである。

『他に質問はありますか?なければスリープモードに入ります』

「待て、貴様は一体何者だ。なぜ俺に協力する」

『私は貴方をサポートするために生まれました』

「どういうことだ」

『詳しくはまた後日、お話しましょう。今は時間がないものですから』

「おい、待て!まだ話は──」

 そこでぷつりと音声が途切れる。いくら操作してもアプリは反応せず、スマホを投げて一八は大きなため息を吐いた。

 前世の記憶だけでも相当頭が参っているのにこれから誰かと恋仲になれ、なんて言われてもオーバーヒートしている頭に入ってくるわけがない。

 ひとまず考えることは山積みではあるがまずは怪我を治し、仁の好感度調整を最優先にする。そう決めた一八は、静かに目を閉じた。


 

 2週間、よく頑張った方だと思う。あれから毎日見舞いに来る仁の相手をしながら例のアプリの助けを借りて、結果『好感度:84』と『危険度:40』まで落とすことに成功した。

 ついでに一八は退院日を明日へと控えていた。退院のため荷物をまとめていると、『一八さま、一八さま』とサポートの音声がスマホから聞こえてくる。

「何だ急に」

 淡々と警告とアドバイスだけしてくるサポートセンターとの会話にも慣れ、今では普通に話せるようになっていた。そんなサポートセンターが一八に対して初めて話しかけてきた。何か重大な知らせがあるのだろうと思い、耳を傾ける。

『“イベント”の発生条件を満たしました』

「は?」

『これから起きることは今後の攻略を左右する重要なイベントです。選択肢一つでバッドエンド直行もあり得るので慎重にお願いします。では』

「おい待て!」

 聞き捨てならない言葉だ。今からバッドエンドになる可能性すらあるというのか。

 慌ててスマホを操作しようとするが既にサポートセンターはいなくなっており、うんともすんとも言わなかった。

「クソッ……イベント、だと」

「父さん?何1人で喋っているの」

 バッと振り返るといつの間にか仁がいた。いつも通りの仏頂面で、何かが起きるという気配はない。サポートセンターが言っていた“イベント”とはこのことなのだろうか。

「いや、ただの独り言だ」

「そっか。……あのさ、父さん」

「何だ」

「何か父さん、入院してからおかしくなった? 露骨に俺のこと避けているような気がして」

 ギクリと感情がさざめく。確かに好感度と危険度調整のため、冷たい対応をとってしまったときもあった。だがそれは慎重に、ゆっくりと行ってきたはず。まさか今のタイミングで気付かれるとは思わなかった。

 どうするべきかと頭を悩ませていると、突如仁の顔が目の前に迫ってくる。近い、親子にしてもここまで距離を詰めることは今まで一度もなかったはずだ。

 思わず顔を離そうと後退りしようとするが、それより早く仁の手が伸びてきて一八の腕を掴む。次の瞬間、視界が大きく揺らいだ。

 気づいたときにはベッドに押し倒されており、その上に仁が覆い被さってきた。

「仁!何を……!」

「別に。父さんの腹の上で眠ったこと何度もあったし何も問題ないだろ」

「今やることか!とにかく離れろ!」

「……何で俺を避けるんだ……俺と父さんは家族なんだから……一緒にいるのは当たり前だ……」

「っ……!」

 様子がおかしい。こんな仁を見るのは初めてだった。必死に抵抗を試みるがマウントポジションを取られているため上手くいかない。

「父さん……父さん……」

 そう言って仁は一八の首筋に顔を埋め、すうっ、と匂いを嗅ぐ。その仕草にぞわりと鳥肌が立ち、全身に冷や汗が滲む。よく見れば仁のメーターが急激に上昇しており、好感度が50、危険度が95にまで達している。好感度があと5下がれば監禁されてしまう。

 これがサポートセンターの言っていた“イベント”であると直感的に理解する。この展開はまずい。どうすれば、と考えていると仁が突然一八の身体を抱き寄せた。一八の脳裏に前世の記憶が蘇る。実の息子に犯されるなんて絶対に嫌だ。

「じん、やめ」

「嫌だ」

 ああ昔からそうだ。決めたことは絶対に曲げない頑固な性格が仁らしいと褒めたこともあった。だがそれだけでは生きていけないと諭したこともあった。

 ──だから、昔のように背中をポンポンと叩く。

「と……さん?」

「……寂しい思いをさせてすまなかったな。入院して少し機嫌が悪かったんだ。……辛い思いをさせたな」

「本当に?俺のことが嫌いになったんじゃない?」

「嫌いになるわけあるか、俺の息子だぞ」

「……良かった」

 すると途端に仁は安心しきった表情を浮かべ、一八の上から退いた。同時に一八も起き上がり、服についた埃を払う。

「ごめん、カッとなってつい……」

「いい、俺もお前を避けていたからな」

「じゃあこれで仲直りってこと?」

「……そうだな。あと俺は怪我人だ。そういうことをするときは事前に言ってくれ」

「わかった。気をつける」

 一八は仁のメーターを確認する。好感度は70まで上がり、危険度は50まで下がっていた。ひとまず安堵する。

「じゃあ明日迎えに来るから」

 そう言うと仁は病室から出て行った。それを見送った一八はしばらくベッドの上で呆然とする。

「……サポート、イベントはこれで終わりか?」

 そうスマホに話しかけるとサポートセンターのアイコンが現れる。

『はい。ひとまずイベントは終了しました。咄嗟の機転でしたね』

「……これからもあんな感じで攻略対象が来るのか?正直もう嫌なんだが」

『はい。イベントは定期的に発生するため油断しないでください。またイベントには強制力があるため回避は不可能となります』

「……やめる手段は」

『ないです』

 つまりこれからは定期的に誰かしらのイベントが発生するということか。頭痛の種は尽きないようであった。

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 退院して数日、松葉杖をつきながらではあるがやっと出社できるようになった。正直今は家にいるよりこちらの方が安心できる。

 早速パソコンを立ち上げメールを見ると大量の通知。それらを捌いていき、重要案件を取捨選択する。一番重要なのは……神羅カンパニーとの打ち合わせだと判断する。そう思いスケジュールを確認しようとするとちょうど相手側から連絡が来た。

 内容は急ではあるが今日の午後からそちらで打ち合わせを行えないか、という趣旨だった。

「アンナ、午後の予定は」

「特に重要なものは入っていないわ」

 ならば、と了承のメールを送信する。さて、どんな面倒な話が飛び出てくることやら。

『……攻略対象、2名受信』


 

 会議室でプレジデント・神羅を待っている間、一八は色々と考え込んでいた。勿論打ち合わせの内容についてもだが、ここ2週間ほど増えない“攻略対象”についても気になっていた。

 サポートセンターによると攻略対象は一八と会った瞬間メーターが表示されるのですぐわかるとのこと。出社して全ての課を周ったがメーターが表示された社員はいなかった。今のところ社員に攻略対象がいない、となればあとは外部の人間だ。

 仁が対象に入るなら自分とそれなりに関わりがある人物が攻略対象なのだろうか。それを考えると後は……と思考したところで扉が開く。入ってきたのは相変わらず金にしか興味のない顔をしたプレジデント・神羅だ。

「久しぶりだな三島くん。怪我はいいのか?」

「えぇおかげさまで。それで、本日はどのような要件で?」

「あぁ実はな、我が社の新商品について相談があってな」

「新商品?」

「あぁ。今開発しているものなんだが……これを見てくれないか」

 そうして会議は淡々と進んでいく。


 

「今回も良い取引ができたよ、いつもありがとう」

「いえ、こちらも良いビジネスパートナーを持てたことに感謝しています」

 正直取引の内容については微妙だがこれもビジネスである。そう思って一八が席を立とうとすると「あーちょっと待ってくれ」と引き止められる。

「どうかしましたかプレジデント」

「いや外で待たせているんだがな、うちのエースを紹介しようと思って……宝条、入れ」

「失礼します」

 入ってきたのは銀糸を靡かせ、青色をした切れ長の瞳をした美青年。

 ──見覚えがある。いや、正確にいえば前世で自分はこの男と出会って──

「セフィロス・宝条と申します。以後、よろしくお願い致します」

 その男、セフィロスは深々と頭を下げる。その動作に合わせて揺れる長い髪も、縦長の瞳孔も、美しい声色も。全てがかつての一八の記憶にあるものと合致していた。

 セフィロス・宝条、いやセフィロス。前世で一八に寄り添い、恋に落として愛に溺れされた男。その近くに表示されたメーターには『好感度:95』『危険度:99』と書かれていた。

 一八は目の前の男を見つめるしかない。かつて自分の隣にいた恋人で、ついぞ会うことが叶わなかった男。何故ここに、と思うが考えてみればセフィロスはかつて別世界の神羅カンパニーに所属していたのだ。この世界の神羅にいてもおかしくない。

 しかしそれにしても初対面のはずなのに、何故こんなにも好感度と危険度があるのか。

「おい三島くん、どうかしたかね」

 プレジデントの言葉でふと我に帰る。

「あ、いえなんでもありません。少し考え事をしていまして。……その、彼は?」

「あぁ、宝条はうちのエースでな。ここ十年、彼のおかげで売上は伸びるばかりだ」

「いえ、まだまだ若輩者です」

「ははっ、謙遜するな。まぁそういうわけだ。三島くん、これからは宝条も打ち合わせに参加するだろうから、G社を案内できるかな」

 何を言ってやがるこのジジイ、と言いそうになる唇を結び、笑顔を作る。これは仕事、ビジネスだ。そう言い聞かせながら立ち上がり、セフィロスに手を伸ばし、握手を交わす。

「よろしく頼む。社内案内はうちの秘書に……」

「いえ、大変恐縮なのですが三島代表。見聞を広めるため代表にご同行させて頂けないでしょうか」

 ふざけやがって、またも言いそうになる唇はギリギリのところで結べた。

「熱心で何よりだ宝条。じゃあ三島くん、宝条を案内してやってくれないか」

「……はい」

 頭の血管が切れそうになる感覚に耐えながら一八は笑顔を作る。そうして一八はセフィロスと共に会議室を後に、社内を案内する運びとなった。



 

「G社は素晴らしいですね。神羅にも引けを取らないとはこのことだ」

 社内を周らせてとりあえず社長室に戻ってきたが、正直疲れ切っていた。なんせあの後ずっと、セフィロスの口から出るのはG社への賛辞くらいだからだ。ついでに言えば好感度も危険度も先程から変わらず95と99のまま。

 適当に相槌を打ちつつ、どうすればこの男から情報を引き出せるか考える。スマホを取り出してサポートセンターに聞きたいが、今取り出せるような状況ではない。

「そういえば宝条さんはお幾つで?」

「28です。代表、わざわざ別会社の一社員、それも年下に敬語は不要ですよ」

「そうですか。なら遠慮なく。……宝条とセフィロス、どっちで呼べばいいんだ」

「セフィロスでお願いします。宝条にはあまりいい思い出がないので」

「そうか。じゃあセフィロス、貴様も敬語を取ってくれ。別会社の代表に敬語を使う必要はない」

「……わかった」

 こうやって敬語を抜けば懐かしい感覚に襲われる。傲慢で自信家で、自分勝手でわがままな男だった。しつこく愛を囁いてくるセフィロスが嫌いで嫌いで、でもいつの間にか絆されて、セフィロスと過ごす時間が心地よくなって。いつしか互いに愛を伝え合うようになって。

 それからは互いに真っ逆さま。よくぞまあ、あそこまで溺れたものだと客観的に見ると少し引いてしまう。だがそれくらい居心地が良く、そして好きだったのだ。そんなことを思い出していれば目の前にいるセフィロスが微笑みを浮かべる。

「不思議なものだ」

 月のような美しさを湛える笑みが、一八の心を突き刺す。だがそれと同時にスマホがバイブを鳴らした。画面を見るとサポートセンターが珍しくチャット画面を開いている。そこに書かれていたメッセージは『イベント発生』の文字。

 まさかこのタイミングで、と思った瞬間のこと。

「気分が悪いのか?」

 いつの間にか近くにセフィロスがいた。あと数mm指を伸ばせば手籠に出来る距離で、一八の瞳を見つめている。

「いや、大丈夫だ」

「顔色が良くない気が」

「気のせいだ。……そろそろ帰る時間だろう。今日はありがとう」

「……どうして」

「ん?」

 グッ、と突然腕を強い力で掴まれる。そのまま引き寄せられ、抱き締められる形でセフィロスの腕の中に収まった。

 好感度と危険度の数値がぐんと上がる。それはまるでメーターを振り切るように、急激に数値を上げていく。

「おい!何を、」

「運命、なのか?」

「は?」

「こんなに、胸が苦しくなるなんて」

「なに、を」

 言っているのか。そう問おうとした言葉を飲み込むほどの力強さでセフィロスは一八を抱き寄せていた。その力は強く、痛く、息苦しくなるほど。

 ふわりと香ったのはかつての恋人と同じ匂いだ。それに思わず身体が震えそうになる。

「お前は何者なんだ。私の心を奪って、暖かくさせて、一体私は何を求めている?教えてくれ、私にはわからない。私はどうしたら良いんだ」

 抱き締められたまま机にもたれかかるような体勢にされてしまう。抵抗しようとしても、体格差のせいで全く動かせない。そうしている間にセフィロスは顔を近づけてきた。

 鼻先が触れそうな程の至近距離で、互いの視線が絡み合う。パチリと火花が散るような感覚に襲われ、頭がクラリとした。

「やめっ……」

「やめない。教えてくれ、何故お前を見てしまうんだ」

「やめろ、や……やめ、」

 その声で、耳元で愛を紡ぐな。前世で抱かれたときに何度も聞いた声。忘れるはずがない。

「やめて、くれ」

 セフィロスの唇が、一八の首筋に触れるとそのまま軽く歯を立てた。痛みを感じるような強さではなく、甘噛み程度の強さだ。それでも、かつての甘い記憶を呼び起こすのには十分すぎた。理由がわからぬ涙が目に滲むのを感じながら、一八は必死に理性を保つ。

 ここで流されてはいけない。ここで流されたらバッドエンド直行の可能性が……!

 そう考えているうちにセフィロスは首から口を離した。その隙にドンッ、と体を思いっきり押し返す。何とか距離を取ることには成功した。

「きさ、ま!何のつもりだ!!?」

「…………すまない。お前を欲したいという衝動が急に湧いてきて、気づいたらこうしていた」

「ふざけ……!」

 いや、と思考が急回転を始める。もしや、いや本当に可能性だけの話だが、セフィロスはカズヤと同じように前世から、はたまた並行世界から何か影響を受けているのではないか。だとすればこの突拍子もない行動も納得できるような気がする。

 そして、それが本当ならば非常にまずい。この男の強引さも執着心も前世で散々味わってきた経験から、自分の一挙動一挙動が何もかもバッドエンドに繋がりそうな予感がして下手に動けない。そう考えれば考える程冷や汗が出てくる。

「……セフィロス。俺を、昔から知っているのか」

「名前は知っていたが、今日初めて会ったはずだ。……なのに、何故かお前を見ると胸が高鳴って、苦しくて、どうにかなりそうだ」

「…………」

 恐らく嘘ではないのだろう。だが何かしら前世、もしくは並行世界から影響があるのは間違いない。この男は危険すぎる。しかしだからといって、目の前の男を突き放すことが出来るかと言えば話は別だ。

 この男との日々は心地よかった。愛を囁かれ、求められ、共に過ごす時間が楽しくて世界が綺麗に見えた。

「それは勘違いだと思うぞ」

「は……」

「第一、男に惚れるなんて相当の覚悟がいるぞ。今その場の気分で惚れる惚れないを判断していたら、いつか後悔することになる」

「……」

 だからこそ拒んだ。前世のセフィロスが惚れたのは悪逆非道を重ね、孤独を望んだ前世の三島一八であり、今世の自分ではない。何もかも変わってしまった世界で前世の気持ちに振り回されるなんて御免だ。ただでさえ息子の仁を憎い目で見てしまいそうになる気持ちだって苦しいのに、これ以上の苦しみはもう耐えられない。

「セフィロス、貴様は疲れているんだ。早く帰って休め。タクシー代はこっちで持つ」

 セフィロスの方を見れば好感度も危険度メーターの値も相当下がっている。これはバッドエンド回避できただろうとタクシーチケットを取り出そうとした瞬間。

「私は、」

「!?」

「確かに少し疲れていたかもしれない」

 距離を取っていたはずのセフィロスが目の前に現れカズヤの頬を撫でる。そのまま顎を掴まれ顔を上に向かされた。

「だがこの思いは何であろうと本物だ」

 柔らかいものが唇に触れる感覚。キスされていると気付くまでに数秒かかった。その間に舌が口内に侵入してくる。慌てて押し返そうとした手ごと抱き寄せられ、逃げることが出来ない。

 ねちっこく口内を探られ、息苦しさと酸欠で頭がクラリとする。

「っ、ふ……」

 やっと解放されたときには足腰が立たず、セフィロスに支えられなければ床にへたり込んでいたことだろう。

「……っ」

「これだけは、本当のことだ」

「……う、ぁ」

 セフィロスのメーターはいつの間にかどちらもバグっており、危険な状態になっていることを知らせていた。

 サポートセンターに確認せずともわかる。バッドエンド確定。その文字が頭に浮かび血の気が引く感覚に襲われた。早く、早くどうにか……!と思っても足が動かない。

 セフィロスの瞳が強く鈍く輝く。終わった、と確信したその時。コンコン、と執務室をノックする音が響いた。

「失礼。宝条様、お迎えが来ております」

 入ってきたのは一八の秘書、アンナだ。相変わらず不敵な眼差しだがそれが今救いになるなんて思ってもいなかった。セフィロスのメーター値がそれぞれ好感度:90と危険度:80にまで下がっているのが証左だ。

「迎え?頼んでいないはずだが」

「プレジデントから言われたんだ。ちゃんと迎えに行けと」

 アンナの後ろから現れたのは金色の髪をツンツンと逆立たせた二十代前半ほどの青年が姿を現す。相変わらずの姿だ、と前世の記憶が語っている。

「そうか。……ああ代表、彼は私の部下、クラウドです」

「クラウド・ストライフ……です。よろしくお願いします」

 ぎこちなさそうな敬語は社会に出たばかりであることをよく示している。普段なら微笑ましいと思っていただろうが、そのクラウドのそばに現れたものに目がいく。それは攻略対象にしか現れないメーター。

(好感度20……危険度10……!)

 クラウドが攻略対象であることよりもその数値が安全であることに目がいった。現在進行系でバッドエンドルートまっしぐらだった一八にとってこの数値は希望以外の何物でもない。

「……よろしく頼む」

 不安が晴れていく感覚、とはこのことか。セフィロスはともかくとしてクラウドがこの数値でよかった。攻略対象であることについては後で考える。今はとにかくバッドエンドを回避したいのだ。

「宝条、今日はありがとう」

 なんて業務上の言葉をかければセフィロスが悲しげに眉を下げる。しかしそれも一瞬のこと。すぐに笑みを浮かべると、ビジネス的な握手を交わす。これで終わりだ。そう思った瞬間、セフィロスが耳元に顔を寄せてきた。

 何をするつもりだ、と思ったが既に遅く。セフィロスの唇がカズヤの耳に近づき。

 ──愛している、カズヤ。

 ぶわっ、と全身が震える。ふざけるな、アンナとクラウドがいる前で……! そう叫ぼうとしたところで2人は部屋から出て行ってしまった。それどころかセフィロスもそれに着いていくように退出していく始末。執務室に残されたのは一八ただ一人だ。

『一八様、何とか回避できましたね。攻略対象の更新もされました』

 サポートセンターのアナウンスに怒鳴る気力はもう失せている。とにかく、疲れてしまった。

「……あと何人だ。攻略対象は」

『現在登録されている攻略対象は「風間仁」「セフィロス・宝条」「クラウド・ストライフ」の3名、未登録の攻略対象は6名です』

「はぁ〜……」

 あと6人、こんな思いをしなくてはいけないのかと思うだけで胃がギリギリと痛くなってくる。それでも、せめてバッドエンドは回避したい。そう決意し、サポートセンターに質問する。

「そういえば……未登録の攻略対象に女はいるのか?それくらいなら答えられるだろう」

『検索……検索…………攻略対象に女性はいません』

「そうか」

 つまり男と結ばれるのは確定、だったらその中で最良を掴み取る。今後の自分の人生のため、生き延びるため。一八は強く決意する。

「絶対に、生き残ってやる……!」

 後に現れる意外な攻略対象に困惑したり、イベントで胸をドキドキさせられたりと大変な目に遭うのだが、それはまた明日のお話である。

 こんな世界に一八を転生させた天使は何を思うのか、その問いに対する解答はこの世界じゃもう得られない。

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