投稿日:2022年06月23日 01:48 文字数:4,855
WEB用 第1話 薄紅色の憂鬱【年下攻×おっさん受BL】
ステキ数:1
【ノブくん×竜さんシリーズ】
ミュージシャンものです。書いている人間が、ジャンル雑多にジャケ写買いした学生時代を過ごした人間のため。
web用第1話です。とかいいながら、自分のHPには2015年に掲載済でしたが。
前回と違ってとっつきやすさを念頭に、短編です。そしてエロ無です。でも年下がおっさんにメロメロ(死語か)です。
●登場人物●
笠木 修宏(かさぎ のぶひろ)
西脇 竜治(にしわき りゅうじ)
ミュージシャンものです。書いている人間が、ジャンル雑多にジャケ写買いした学生時代を過ごした人間のため。
web用第1話です。とかいいながら、自分のHPには2015年に掲載済でしたが。
前回と違ってとっつきやすさを念頭に、短編です。そしてエロ無です。でも年下がおっさんにメロメロ(死語か)です。
●登場人物●
笠木 修宏(かさぎ のぶひろ)
西脇 竜治(にしわき りゅうじ)
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第1話
「頭いてぇ…、目が痒い…」
よく晴れたある日の昼間、せっかくの仕事のオフに出かけもせず家に閉じこもっている男が居た。リビングのソファでテレビを付けたまま寝転がっている彼は、こめかみの辺りを両手の拳でぐりぐりしながら、じっと目を瞑っていた。拳の刺激でなんとか頭痛を紛らわそうとしたが、鈍く長く続くそれは一向におさまる気配がない。そして目の痒みは、目を開くと倍増するのでテレビを見ることはできない。
「ラジオでも良かったくらいだ。いや、音楽でも聞いて過ごす方がいいか…」
しかし頭痛が今日は特に酷くて、音を楽しむ余裕すらない。
二月の中旬まで寒さ厳しい東京だったが、昨日辺りからようやく気温が上がり、過ごしやすい気候になってきた。しかしそれと同時に、彼の気分を沈ませる例のものもやってきた。
「お、もしかしてその頭痛、花粉か?ついに春が来たか」
寝室から声が聞こえ、笠木は起き上がると仰け反るようにソファに背を押し付け、後ろを見た。出かける支度を整えたもう一人の男が、ドアをゆっくり閉めるところであった。
「もう、俺の花粉症で季節なんて感じないでよ。こっちは毎年この時期が憂鬱なんだから」
「今年もこの季節がきたなぁと思って」
ついこの間までは冬用の寒色のジャケットを愛用していた西脇が、少し明るいグレーのジャケットにビンテージのジーンズを合わせて、姿見の前でシャツの襟を正していた。
「いいよな、竜さんは。いまだに花粉症デビューしていなくて。俺なんてもう二十年以上の付き合いなのに」
花見さえも出来ないと、笠木はぼやいた。
「症状が鼻じゃなくて良かったじゃないか。グラビア撮影も赤鼻じゃさまにならんだろう。それに……」
西脇は近づいて、彼の顔を覗き込むと
「涙目のお前は余計に子供っぽく見えて、可愛いって思うんだが」
そういう彼の方が、よほど茶目っ気のある表情を見せている。笠木はじっと相手の視線を受け止めた。
「可愛いって言われても、嬉しくないよ」
「その言葉、普段のお前にそっくり返す」
「あ……」
笠木は何かにつけて普段から、西脇のことを可愛いと連呼していた。若い時分はその日本男児よろしく、ややいかつい顔立ちからヤクザ映画の端役をやらされた経験もある。そんな西脇を捕まえて、可愛いなどと形容するのは笠木くらいのものである。
「可愛いっていう以上に、ちゃんと格好良いとか渋いって褒めてあげてるでしょ」
一回り年上の先輩に、尊敬の念もある。西脇は笠木にとって、子供の頃から知らず知らず聞き慣れてきた数々の曲の歌い手である。こんな風にタメ口を聞けるほどに親しくなるなど、思いも寄らなかった相手だ。茶化して可愛いなどという訳でもない。
「あまりよいしょしても、何も出ないからな」
ぽんと頭を軽く叩かれ、笠木は口をへの字に曲げたが、表情ほど拗ねているわけではない。西脇とて、あれこれ言う彼に対し本気で不快な気持ちになったなら、はっきりと態度で示しただろう。言い返すのも照れのうちである。
「花見が無理なら、秋に紅葉狩りでも付き合ってやるよ」
西脇は昼過ぎからの仕事の為、出て行った。
「あぁ、一月の頭以来、全然オフが重ならないなぁ」
前回、無理にスケジュールを調整して西脇の誕生日に合わせて休みを入れた笠木と、年始の仕事をこなしたお陰で誕生日をゆっくり自宅で過ごせるようになった西脇は、久々の揃いの休日を過ごした。
「年の数だけのセックスは無理だったけど、年の数だけのキスは達成したもんね」
調子に乗るなと殴られはしたものの、最終的には笠木のペースに巻き込まれ、西脇は身体中にキスマークという誕生日プレゼントを施された。
「負担の掛からないキスだったら、毎日どころか毎時間ごとにしたいくらいなんだけど」
「……バーゲンじゃないんだから、あまり安売りするな」
出て行ったと思っていた相手が、まだそこに居た。笠木は肩をすくめてみせた。
「車の鍵を忘れたからだ」
ぶっきらぼうにそういって、今度こそ本当に西脇は出かけて行った。
(車で出たってことは、今日の仕事は飲み会なしで帰ってくるんだな…)
もしかしたら、自分を気にかけて早く帰ってきてくれるんだろうか、などと少し期待をしてしまう。
「バーゲンって……。別にそういうつもりじゃないんだけど」
二人っきりになる機会が限られているからこそ、その時間と空間は他のこと一切構わず、西脇のことを考えていたい。気持ちを言葉にすると照れて距離を置きたがる年上の彼は、こちらが甘えるように迫って行動に移すと、邪険にはしない。
「竜さんだからこそ、の行動なんだけどな」
西脇と付き合い始める前には、その付き合い自体が開始するのに長い年月を要した。笠木はいわゆる“彼女”と長続きするタイプではなかった。
歌うことが一番で、恋人は二番目。自分のことで手一杯で、彼女は二番どころか、生活の優先度ではもっと低い順位であった。
それでも会えばそれなりに密度の濃い夜を過ごしたし、人並みに仕事と恋愛をかけもちしている自分は充実していると思っていた。満たされていると錯覚していた。
付き合った幾人かの相手は、笠木を束縛するタイプとそうでないタイプとあったが、どちらにも別れ際に共通して言われたことは『あなた、私を見てくれなかった』だった。
その意味を、今なら判る。
恋愛をしたかっただけで、その相手を欲っしていたわけじゃない。
相手が求めてくれればキスはしたし、ホテルにも行った。
学生時代に付き合っていた最初の彼女以外は、決して自分の部屋には連れ込まなかった。その空間は自分だけの音楽で満たしていたいから、他人の音を混じらせたくなかったのだ。
その分、相手にもきちんと距離を保って接していた。プライベートは踏み込まなかった。幾度か部屋に上がらせて欲しいと言われたこともあったが、週刊誌にすっぱ抜かれるのはごめんだと言い訳して、または芸能ゴシップに巻き込みたくないとか尤もらしい理由を並べて、うまくかわしていた。
「結局、自分の保身が優先なんでしょ?」
睨まれた時にはこちらからキスをして、言い訳すらしなかった。実際は、週刊誌にのるほど当時から音楽で名が売れている訳でもなかった。
それでも恋愛のせいで音楽に支障が出ることは絶対に避けたかったし、彼女たちとの言動は音楽のイメージや世界観を広げる一要素ではあったが、生活に欠かせない存在とは考えていなかった。
(今思えば、嫌な奴だった)
笠木はテレビを消すと、ごろんとソファに身を投げ出した。
歌さえあればいい。歌う場があればいい。
その場を維持するためには、売れる歌を作らなければいけなかった。
音楽が好きで歌いたくて頑張ってきたのに、いつの間にか歌う場所をキープするために音楽を消耗していた。
「それでも歌えるんだからいいやって思っていたんだよな、あの頃は……」
都会的な音楽と都会的な歌詞を、いかにもそれっぽく歌い上げて、レコード会社の顔色をうかがって、OKが出るたびに胸をなでおろし、それなりに売れれば次に続く。そんな繰り返しでも良かった。
アイドルみたいな扱いで、歌番組の端っこに並べられていても文句はなかった。
恋人は、売れる歌手のステータスみたいなもの。彼女とデートした景色を次の歌の歌詞に織り込むことで、リアルさが出て聞き手の共感を呼ぶんだと、自分の中のプロ意識みたいなものに酔っていた。
テレビに映るようになったら、真っ先に母親が喜んでくれた。父親も渋々、音楽で食べていくことを許してくれた。それでも妹だけは、自分が気付かないところを見抜いていたらしく、わざわざ電話をかけてきた。
「お兄ちゃん、ちっとも楽しそうに歌ってないよね」
反論できない自分が、もどかしかった。
売れたいのか、歌いたいのかと問われ、返す言葉が見つからなかった。
どっちも欲しいのは、判りきった答えなのに。
とりとめもなく考えているうちに、昼の12時を回っていた。
「昼飯にするか」
冷蔵庫を見てみるが、今一つメニューの浮かぶような食材がなかった。かといって、しっかり買い込むほど出歩く気分ではない。
花粉よけのマスクをして財布を片手に、コンビニへ向かう。
「苺フェアか…」
デザートコーナーをついつい見てしまうのは悪い癖。油断するとすぐ太りやすい体質なので気をつけなければいけないが、甘いものが好きなので難しいところ。結局誘惑に勝てず、弁当と申し訳程度にカロリーが控え目な苺ヨーグルトを選んで、レジに並んだ。
順番を待っている間に、有線の曲が聞き覚えあるメロディなのに気が付く。
(これ、うちのバンドが昔うたった曲のカバーじゃねーか)
無名の若手バンドが、かつてヒットした自分達の曲を今風にアレンジしているのをきくと妙な気持ちになる。嬉しい反面、なんだか複雑だった。
コンビニを出た途端、激しい風が髪を煽った。目の痒みと頭痛が5割増しになった気がして、彼は眉を寄せながら家に戻る。
戻ると、テーブルに置きっぱなしだった携帯が赤いランプをちかちかさせていた。
「竜さんからだ」
赤は、西脇からの着信があった時だけ点滅するように設定している。
慌てて開くとメールが一通届いていて、帰りに買うものをリストにして16時までに返信よこせ、と書いてあった。笠木は、彼が車の鍵を持ち出したのを思い出し、重い荷物もこの際頼んでしまおうと考え、床下収納の中も覗き込んだ。
「ただいま」
18時よりも前に西脇が帰ってきた。両手に持っていたスーパーのビニール袋を下ろしながら、彼が上目遣いで睨む。
「重いものばかり選んだだろ」
玄関先で荷物を受け取りながら、笠木がバレたかと笑った。
「しかも酒ばっかり、こんなに飲む気か?」
「開けなきゃ大丈夫でしょ。それに……そろそろ花見だよ」
笠木は荷物を一通り仕舞い込むと、彼を二階の南側の窓に連れて行った。
「ほら、あそこの公園の夜桜がライトアップされて見えるでしょ」
西脇は車で戻ってきたので気付かなかったが、季節はもう春だった。
「家の中でもいい。花見は竜さんとしたいから」
簡単な夕食を済ませ、酒を用意するとあらためて二階に上がる。先ほどの窓に机と椅子を寄せていって、さしで飲み始めた。
「世間的にはもう春休みなのかな、昼間どこかで子供の声が聞こえていたから」
笠木はカレンダーをちらりと振り返り、西脇のお猪口に日本酒をつぐ。そうだな、と柔らかな声で相手も頷く。
「竜さん…次に休みが重なったらさ、どこか出かけようよ」
「花粉症が酷くても?」
笠木は頷いた。花粉のシーズンが終わるのが早いか、休みのスケジュールが決まるのが早いか、予測がつかなくても約束だけはしておきたい。どこか出かけたい場所があるわけではないが、自分が若い頃にろくでもない恋愛ばかりしていたことを昼間に思い出し、今の恋は大切にしたいと強く感じたのだった。
「思い出を共有し合って、楽しみたい」
「なんだ、もう酔ったのか?」
「違うよ。竜さんと一緒ならどこでもいいから」
そこまで言って、ふと笠木は酒をあおる手を止めた。
「そうか、竜さんと二人っきりなんだから、別に外出にこだわらなくてもいいんだよな」
思い出は外でしか作れないわけじゃない。思いついたように顔をあげてにやにやとするその視線に、西脇は嫌なものを感じた。
「さっきの話は撤回。次のオフは一日中、二人でベッドに居よう」
さも良いことを思いついたように得意げに言う彼に、西脇はがっくりと項垂れた。
「盛りの付いた雄か、お前は」
春だから仕方ない、と笠木は顔を近づけた。不意打ちのキスに、西脇は花粉症でもないのに頭痛を覚えたのだった。
おわり
「頭いてぇ…、目が痒い…」
よく晴れたある日の昼間、せっかくの仕事のオフに出かけもせず家に閉じこもっている男が居た。リビングのソファでテレビを付けたまま寝転がっている彼は、こめかみの辺りを両手の拳でぐりぐりしながら、じっと目を瞑っていた。拳の刺激でなんとか頭痛を紛らわそうとしたが、鈍く長く続くそれは一向におさまる気配がない。そして目の痒みは、目を開くと倍増するのでテレビを見ることはできない。
「ラジオでも良かったくらいだ。いや、音楽でも聞いて過ごす方がいいか…」
しかし頭痛が今日は特に酷くて、音を楽しむ余裕すらない。
二月の中旬まで寒さ厳しい東京だったが、昨日辺りからようやく気温が上がり、過ごしやすい気候になってきた。しかしそれと同時に、彼の気分を沈ませる例のものもやってきた。
「お、もしかしてその頭痛、花粉か?ついに春が来たか」
寝室から声が聞こえ、笠木は起き上がると仰け反るようにソファに背を押し付け、後ろを見た。出かける支度を整えたもう一人の男が、ドアをゆっくり閉めるところであった。
「もう、俺の花粉症で季節なんて感じないでよ。こっちは毎年この時期が憂鬱なんだから」
「今年もこの季節がきたなぁと思って」
ついこの間までは冬用の寒色のジャケットを愛用していた西脇が、少し明るいグレーのジャケットにビンテージのジーンズを合わせて、姿見の前でシャツの襟を正していた。
「いいよな、竜さんは。いまだに花粉症デビューしていなくて。俺なんてもう二十年以上の付き合いなのに」
花見さえも出来ないと、笠木はぼやいた。
「症状が鼻じゃなくて良かったじゃないか。グラビア撮影も赤鼻じゃさまにならんだろう。それに……」
西脇は近づいて、彼の顔を覗き込むと
「涙目のお前は余計に子供っぽく見えて、可愛いって思うんだが」
そういう彼の方が、よほど茶目っ気のある表情を見せている。笠木はじっと相手の視線を受け止めた。
「可愛いって言われても、嬉しくないよ」
「その言葉、普段のお前にそっくり返す」
「あ……」
笠木は何かにつけて普段から、西脇のことを可愛いと連呼していた。若い時分はその日本男児よろしく、ややいかつい顔立ちからヤクザ映画の端役をやらされた経験もある。そんな西脇を捕まえて、可愛いなどと形容するのは笠木くらいのものである。
「可愛いっていう以上に、ちゃんと格好良いとか渋いって褒めてあげてるでしょ」
一回り年上の先輩に、尊敬の念もある。西脇は笠木にとって、子供の頃から知らず知らず聞き慣れてきた数々の曲の歌い手である。こんな風にタメ口を聞けるほどに親しくなるなど、思いも寄らなかった相手だ。茶化して可愛いなどという訳でもない。
「あまりよいしょしても、何も出ないからな」
ぽんと頭を軽く叩かれ、笠木は口をへの字に曲げたが、表情ほど拗ねているわけではない。西脇とて、あれこれ言う彼に対し本気で不快な気持ちになったなら、はっきりと態度で示しただろう。言い返すのも照れのうちである。
「花見が無理なら、秋に紅葉狩りでも付き合ってやるよ」
西脇は昼過ぎからの仕事の為、出て行った。
「あぁ、一月の頭以来、全然オフが重ならないなぁ」
前回、無理にスケジュールを調整して西脇の誕生日に合わせて休みを入れた笠木と、年始の仕事をこなしたお陰で誕生日をゆっくり自宅で過ごせるようになった西脇は、久々の揃いの休日を過ごした。
「年の数だけのセックスは無理だったけど、年の数だけのキスは達成したもんね」
調子に乗るなと殴られはしたものの、最終的には笠木のペースに巻き込まれ、西脇は身体中にキスマークという誕生日プレゼントを施された。
「負担の掛からないキスだったら、毎日どころか毎時間ごとにしたいくらいなんだけど」
「……バーゲンじゃないんだから、あまり安売りするな」
出て行ったと思っていた相手が、まだそこに居た。笠木は肩をすくめてみせた。
「車の鍵を忘れたからだ」
ぶっきらぼうにそういって、今度こそ本当に西脇は出かけて行った。
(車で出たってことは、今日の仕事は飲み会なしで帰ってくるんだな…)
もしかしたら、自分を気にかけて早く帰ってきてくれるんだろうか、などと少し期待をしてしまう。
「バーゲンって……。別にそういうつもりじゃないんだけど」
二人っきりになる機会が限られているからこそ、その時間と空間は他のこと一切構わず、西脇のことを考えていたい。気持ちを言葉にすると照れて距離を置きたがる年上の彼は、こちらが甘えるように迫って行動に移すと、邪険にはしない。
「竜さんだからこそ、の行動なんだけどな」
西脇と付き合い始める前には、その付き合い自体が開始するのに長い年月を要した。笠木はいわゆる“彼女”と長続きするタイプではなかった。
歌うことが一番で、恋人は二番目。自分のことで手一杯で、彼女は二番どころか、生活の優先度ではもっと低い順位であった。
それでも会えばそれなりに密度の濃い夜を過ごしたし、人並みに仕事と恋愛をかけもちしている自分は充実していると思っていた。満たされていると錯覚していた。
付き合った幾人かの相手は、笠木を束縛するタイプとそうでないタイプとあったが、どちらにも別れ際に共通して言われたことは『あなた、私を見てくれなかった』だった。
その意味を、今なら判る。
恋愛をしたかっただけで、その相手を欲っしていたわけじゃない。
相手が求めてくれればキスはしたし、ホテルにも行った。
学生時代に付き合っていた最初の彼女以外は、決して自分の部屋には連れ込まなかった。その空間は自分だけの音楽で満たしていたいから、他人の音を混じらせたくなかったのだ。
その分、相手にもきちんと距離を保って接していた。プライベートは踏み込まなかった。幾度か部屋に上がらせて欲しいと言われたこともあったが、週刊誌にすっぱ抜かれるのはごめんだと言い訳して、または芸能ゴシップに巻き込みたくないとか尤もらしい理由を並べて、うまくかわしていた。
「結局、自分の保身が優先なんでしょ?」
睨まれた時にはこちらからキスをして、言い訳すらしなかった。実際は、週刊誌にのるほど当時から音楽で名が売れている訳でもなかった。
それでも恋愛のせいで音楽に支障が出ることは絶対に避けたかったし、彼女たちとの言動は音楽のイメージや世界観を広げる一要素ではあったが、生活に欠かせない存在とは考えていなかった。
(今思えば、嫌な奴だった)
笠木はテレビを消すと、ごろんとソファに身を投げ出した。
歌さえあればいい。歌う場があればいい。
その場を維持するためには、売れる歌を作らなければいけなかった。
音楽が好きで歌いたくて頑張ってきたのに、いつの間にか歌う場所をキープするために音楽を消耗していた。
「それでも歌えるんだからいいやって思っていたんだよな、あの頃は……」
都会的な音楽と都会的な歌詞を、いかにもそれっぽく歌い上げて、レコード会社の顔色をうかがって、OKが出るたびに胸をなでおろし、それなりに売れれば次に続く。そんな繰り返しでも良かった。
アイドルみたいな扱いで、歌番組の端っこに並べられていても文句はなかった。
恋人は、売れる歌手のステータスみたいなもの。彼女とデートした景色を次の歌の歌詞に織り込むことで、リアルさが出て聞き手の共感を呼ぶんだと、自分の中のプロ意識みたいなものに酔っていた。
テレビに映るようになったら、真っ先に母親が喜んでくれた。父親も渋々、音楽で食べていくことを許してくれた。それでも妹だけは、自分が気付かないところを見抜いていたらしく、わざわざ電話をかけてきた。
「お兄ちゃん、ちっとも楽しそうに歌ってないよね」
反論できない自分が、もどかしかった。
売れたいのか、歌いたいのかと問われ、返す言葉が見つからなかった。
どっちも欲しいのは、判りきった答えなのに。
とりとめもなく考えているうちに、昼の12時を回っていた。
「昼飯にするか」
冷蔵庫を見てみるが、今一つメニューの浮かぶような食材がなかった。かといって、しっかり買い込むほど出歩く気分ではない。
花粉よけのマスクをして財布を片手に、コンビニへ向かう。
「苺フェアか…」
デザートコーナーをついつい見てしまうのは悪い癖。油断するとすぐ太りやすい体質なので気をつけなければいけないが、甘いものが好きなので難しいところ。結局誘惑に勝てず、弁当と申し訳程度にカロリーが控え目な苺ヨーグルトを選んで、レジに並んだ。
順番を待っている間に、有線の曲が聞き覚えあるメロディなのに気が付く。
(これ、うちのバンドが昔うたった曲のカバーじゃねーか)
無名の若手バンドが、かつてヒットした自分達の曲を今風にアレンジしているのをきくと妙な気持ちになる。嬉しい反面、なんだか複雑だった。
コンビニを出た途端、激しい風が髪を煽った。目の痒みと頭痛が5割増しになった気がして、彼は眉を寄せながら家に戻る。
戻ると、テーブルに置きっぱなしだった携帯が赤いランプをちかちかさせていた。
「竜さんからだ」
赤は、西脇からの着信があった時だけ点滅するように設定している。
慌てて開くとメールが一通届いていて、帰りに買うものをリストにして16時までに返信よこせ、と書いてあった。笠木は、彼が車の鍵を持ち出したのを思い出し、重い荷物もこの際頼んでしまおうと考え、床下収納の中も覗き込んだ。
「ただいま」
18時よりも前に西脇が帰ってきた。両手に持っていたスーパーのビニール袋を下ろしながら、彼が上目遣いで睨む。
「重いものばかり選んだだろ」
玄関先で荷物を受け取りながら、笠木がバレたかと笑った。
「しかも酒ばっかり、こんなに飲む気か?」
「開けなきゃ大丈夫でしょ。それに……そろそろ花見だよ」
笠木は荷物を一通り仕舞い込むと、彼を二階の南側の窓に連れて行った。
「ほら、あそこの公園の夜桜がライトアップされて見えるでしょ」
西脇は車で戻ってきたので気付かなかったが、季節はもう春だった。
「家の中でもいい。花見は竜さんとしたいから」
簡単な夕食を済ませ、酒を用意するとあらためて二階に上がる。先ほどの窓に机と椅子を寄せていって、さしで飲み始めた。
「世間的にはもう春休みなのかな、昼間どこかで子供の声が聞こえていたから」
笠木はカレンダーをちらりと振り返り、西脇のお猪口に日本酒をつぐ。そうだな、と柔らかな声で相手も頷く。
「竜さん…次に休みが重なったらさ、どこか出かけようよ」
「花粉症が酷くても?」
笠木は頷いた。花粉のシーズンが終わるのが早いか、休みのスケジュールが決まるのが早いか、予測がつかなくても約束だけはしておきたい。どこか出かけたい場所があるわけではないが、自分が若い頃にろくでもない恋愛ばかりしていたことを昼間に思い出し、今の恋は大切にしたいと強く感じたのだった。
「思い出を共有し合って、楽しみたい」
「なんだ、もう酔ったのか?」
「違うよ。竜さんと一緒ならどこでもいいから」
そこまで言って、ふと笠木は酒をあおる手を止めた。
「そうか、竜さんと二人っきりなんだから、別に外出にこだわらなくてもいいんだよな」
思い出は外でしか作れないわけじゃない。思いついたように顔をあげてにやにやとするその視線に、西脇は嫌なものを感じた。
「さっきの話は撤回。次のオフは一日中、二人でベッドに居よう」
さも良いことを思いついたように得意げに言う彼に、西脇はがっくりと項垂れた。
「盛りの付いた雄か、お前は」
春だから仕方ない、と笠木は顔を近づけた。不意打ちのキスに、西脇は花粉症でもないのに頭痛を覚えたのだった。
おわり
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