投稿日:2022年07月06日 01:41 文字数:12,778
【再録】Collage
ステキ数:1
MP29で発行したJS/SJ本「Collage」の全編再録です。
書いてから何年も経ったしなと、思い立ったので。
全編リバ前提。
特殊な設定の、不思議なファンタジー風やちょっと気持ち悪い感じのストーリーの短編10編の詰め合わせです。
また色々かきたいな〜!
書いてから何年も経ったしなと、思い立ったので。
全編リバ前提。
特殊な設定の、不思議なファンタジー風やちょっと気持ち悪い感じのストーリーの短編10編の詰め合わせです。
また色々かきたいな〜!
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水母
jellyfish
気取ったようにあのトレードマークの優雅なコートを着ているとき、シャーロックは飛べる。
正確には飛ぶ、というより舞い上がるようなものらしい。
飛行はできない。
ふわふわと舞い上がることだけができる。
コートを纏ったままマインドパレスに入城したとき、くらげが海面を目指すように、ゆっくりゆっくり揺らぎながら浮かび上がる。
鳥や虫のように直線的にきっぱりと意思を持って動くことはできないらしい。
宙に浮くのに意図しては使えない。意識下にない浮遊。とてもシャーロック・ホームズらしいと思った。
しかし妙なものは妙である。
そしてこの浮遊(なんと呼ぶのが適当なのかが僕には分からない為、便宜上浮遊と呼んでいる)がのリビングで僕とふたりきりでいるときしか発現しないらしい事が、この妙な特性を更に妙なものにしていた。
両手の指先を合わせて、天井の隅に時折ぼんやりとぶつかりながら部屋中をふわふわと回遊するシャーロックは、とても変なものを見た気にさせる。
最初に彼の革靴が床から離れたのを見たときは仰天したし、実際変なものを見ているのだろうが、そういう異常さを許容させてしまうというのもシャーロックの特性のひとつであると思われた。いや、順応という意味では自分の特性でもあるのだろうか。
そんな奇妙であっても馴染んだ筈の光景でも、ふいに視界の隅にゆらゆらと揺蕩うシャーロックのすがたを捉えると、寄る辺をなくしたように僕は不安になる。
もし、もし落ちたらどうするのだろう。
何処かの国では、くらげは曖昧なものの総称であったらしい。
ゆらゆらと不定形な危うさは彼の特質と似ている。
誰にも頼らないくせに、時々かたちを保てないんじゃないかと思うくらい不安定だ。
いつか透明でつめたい動物性蛋白質のかたまりになって、ぶよぶよと髪も内臓も透かして溶けてしまうイメージが離れない。
そのイメージは僕の腹の底をつめたくする。いつかひとではありえない死骸を晒す彼のすがた。有り得ない。本当に
「ジョン」
ぼんやりした僕の腕を、いつの間にか重力の制約通りに床に足をつけたシャーロックが掴んでいた。
やわらかに込められた、害意のない圧力。
うえから降るシャーロックの目線は、本人と僕だけがわかる彼の意思を伝えてすこしだけ揺れていた。
どうしたの ジョン。と声帯の振動で訊ねることができないシャーロック。こういうとき、空気がゆるく震えるように微かに彼は心配を表す。僕の感情には注意を払うシャーロック。
「君、また浮いていたよ」
ゆっくりと息を吐いて言うと、彼はすこし口元を歪めて不機嫌そうな仕草で僕を見つめた。僕が不安定な気分だと、どうしていいかわからないのだ。
「何度も聞くがそれは君の妄想じゃないのか、ジョン。いままで一緒に暮らした誰にもそんな現象は報告されなかったが」
「少なくとも、ジョン・ワトソンの前ではシャーロック・ホームズはくらげみたいにふわふわよく浮くんだ。僕にとっちゃそれが現実だ」
お互いに鼻を鳴らしながらのいつもの応酬。それだけでもう僕は不安ではなくなっていた。
地動説も知らないくせに嫌味なまでにわかりやすい重力の法則の説明をはじめた彼の髪をやさしくかき回す。いまだ僕の腕を掴んだままのシャーロックはそれだけで静かになった。
「君が透明なゼリーみたいに透けちゃったらやだなあって思ったんだよ」
呆然としたように口を噤んだシャーロックが面白くて冗談めかしてやさしく言うと、彼はすこし拗ねたように目を伏せた。
「ゼラチンとぼくとを関連付けてしまうくらいには、君はいま暇らしいな。ジョン、コーヒーを」
さっさと拙い心配を翻していつもの尊大さを取り戻すのは非常に彼らしい反応だ。それでも、最後にゆるく袖を引くようなささやかな僕との接触を忘れない。どんなときでも彼は物事の関係性に反応する。
コーヒーを強請って手を伸ばす彼のすがたは、いまは浮かんでもいなければ、ましてや透明でさえない。
確かな肉の感触で、僕の腕を引く。
「まったく君ってやつは、意識が現実にあるときは僕をこき使うのに義務感でも感じているのかい」
文句を言いつつ、オーダー通りに淹れたコーヒーを定位置の一人掛けに収まる彼に手渡してやるまでがセットだ。
満足気にマグから立ち上る湯気の香りにため息をついて、存分に鼻腔を膨らませたすがたを確認してから対面の僕の一人掛けに移動する。背を向けたタイミングで、もしぼくがくらげだとして、と前置いてシャーロックはいつにないやさしげな声で僕に話しかける。
「君が透明になったぼくを、知らずに踏んで潰してしまうとしても」
君に任せるよ、ジョン。
振り返った僕に、日差しに彩られた彼は、逆光のなか浜辺で夕陽をかえして透明にひかるようなすがたで笑ったようだった。
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