桐沢ふき(はつしま)

shipper。はつしま@hatsushima1です。
カーサーちゃんと韓国ドラマ映画よろず
オフラインの名前は桐沢ふきです。
最近K2の譲テツにはまりました。

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投稿日:2022年07月17日 07:05    文字数:1,467

鍋焼きうどんの話

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大学生のカーンさんとアーサー君。
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アーサーは、昼に学食で行き会うときには、常に何か麺を啜っている。
あまりにも毎回食べているその出汁の匂いに当てられて、カーンはどういう味のものか分からないながらに、不味くはないだろうとは見当を付けたものの、食べようと思ったことはなかった。
これまでの人生で一度も食べたことがないものを食べるというのは、分の悪い賭け事のようだ。
学生生活というのは、他に考えることが多すぎる。食事に悩む時間を論文の考察に当てられると思えばこそ、普段食べているものを優先させる効率の良さから離れられないでいた。
一般教養のノートを返してもらうつもりで訪れたアーサーの家で、丁度今、昼飯の分が出来たところだから食べて行けよ、と言われた。
カーンは、通された先の乱れた台所のテーブルを前に、一瞬立ち尽くした。
テーブルの中央に位置するコンロ。
その上にセットされた土鍋の中には、宇宙が広がっていた。
幼い頃に天文学者によって発見された新しい惑星の色が、こんな風に着色されていた気がする。
カーンは、あたかも走馬灯のように駆け巡った記憶の中で、そんなニュースの断片を思い出していた。
ブラウンの液体の中に浮かぶ小さな蒲鉾と斜め切りにされた葱は、まるで嵐の中で難破した船の前に現れた小さな島のようにも思える。
暗い電灯のせいだろうと気づいたのは、それから二秒後のことだ。
電球を付け替えろ、と言うと、冷蔵庫を開けていたアーサーは、電気屋に行くと、LED電球に付け替えた方がいいって言われるから億劫でさ、と笑った。
まるで返事になっていないが、そうか、とカーンは答える。
ぐつぐつと煮える土鍋の中から暖かい香りがするのだ。
さあ座って、と言われ、言われるがままに着席してしまった。これを食べずに辞去するという選択肢はないらしい。
鍋の中に、生卵をふたつ、割り入れてから、煮込みうどんには卵を入れるといいらしいよ、とアーサーは言った。
順番が逆だろうという言葉を差し挟む暇もない。
卵か、という己の言葉が他人事のように聞こえるのは、錯覚ではないだろう。
カーンが普段、うどんという食べ物を食べつけないということもあるが、アーサー同様に薄い金色の出汁の中に浮かぶものとして認識している。
卵の白身が透明から白い色に変わった頃、鍋の中に箸を入れ、交互に麺を器に盛りつける。葱はいい具合にくたくたと火が入っていて、アーサーは仕上げだ、と言って準備していたらしい揚げ玉を振りかけた。
昼食らしくなってきたな、とアーサーは言う。
確かに、最初に見た瞬間ほどの驚きはなくなっている。
「食べよう。」
「そうだな。」
ふたりで頷いて、麺を啜った。味噌の味が濃い。食べつけない食事は、食べつけないなりにも暖かく、一口啜るごとに口に馴染んでいった。
次は鍋焼きうどんにしよう、と箸を置いたアーサーが言った。
「スーパーで売っているアルミの鍋焼きうどんセットを二人分買って来ればいいからきっと楽だ。土鍋を洗わなくて済むし。」
そんな風に言われてしまえば、次も鍋でいい、とは言い辛い。
言い辛いが、言わねばなるまい、とカーンは思い、「鍋の締めにすればいい。」と相手を見た。
野菜を切るのに、君の分のまな板と包丁が必要だ、とアーサーは笑い「それなら、次は夜だな。」と言いながら、ノートを差し出した。
汁の跳ねは一見して見えないが、きっと出汁の匂いが付いているに違いない。
「鍋敷には使っていないだろうな。」と確認するように睨むと、「どうだろう。」と言って、アーサーは楽しそうに笑った。

 
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鍋焼きうどんの話
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アーサーは、昼に学食で行き会うときには、常に何か麺を啜っている。
あまりにも毎回食べているその出汁の匂いに当てられて、カーンはどういう味のものか分からないながらに、不味くはないだろうとは見当を付けたものの、食べようと思ったことはなかった。
これまでの人生で一度も食べたことがないものを食べるというのは、分の悪い賭け事のようだ。
学生生活というのは、他に考えることが多すぎる。食事に悩む時間を論文の考察に当てられると思えばこそ、普段食べているものを優先させる効率の良さから離れられないでいた。
一般教養のノートを返してもらうつもりで訪れたアーサーの家で、丁度今、昼飯の分が出来たところだから食べて行けよ、と言われた。
カーンは、通された先の乱れた台所のテーブルを前に、一瞬立ち尽くした。
テーブルの中央に位置するコンロ。
その上にセットされた土鍋の中には、宇宙が広がっていた。
幼い頃に天文学者によって発見された新しい惑星の色が、こんな風に着色されていた気がする。
カーンは、あたかも走馬灯のように駆け巡った記憶の中で、そんなニュースの断片を思い出していた。
ブラウンの液体の中に浮かぶ小さな蒲鉾と斜め切りにされた葱は、まるで嵐の中で難破した船の前に現れた小さな島のようにも思える。
暗い電灯のせいだろうと気づいたのは、それから二秒後のことだ。
電球を付け替えろ、と言うと、冷蔵庫を開けていたアーサーは、電気屋に行くと、LED電球に付け替えた方がいいって言われるから億劫でさ、と笑った。
まるで返事になっていないが、そうか、とカーンは答える。
ぐつぐつと煮える土鍋の中から暖かい香りがするのだ。
さあ座って、と言われ、言われるがままに着席してしまった。これを食べずに辞去するという選択肢はないらしい。
鍋の中に、生卵をふたつ、割り入れてから、煮込みうどんには卵を入れるといいらしいよ、とアーサーは言った。
順番が逆だろうという言葉を差し挟む暇もない。
卵か、という己の言葉が他人事のように聞こえるのは、錯覚ではないだろう。
カーンが普段、うどんという食べ物を食べつけないということもあるが、アーサー同様に薄い金色の出汁の中に浮かぶものとして認識している。
卵の白身が透明から白い色に変わった頃、鍋の中に箸を入れ、交互に麺を器に盛りつける。葱はいい具合にくたくたと火が入っていて、アーサーは仕上げだ、と言って準備していたらしい揚げ玉を振りかけた。
昼食らしくなってきたな、とアーサーは言う。
確かに、最初に見た瞬間ほどの驚きはなくなっている。
「食べよう。」
「そうだな。」
ふたりで頷いて、麺を啜った。味噌の味が濃い。食べつけない食事は、食べつけないなりにも暖かく、一口啜るごとに口に馴染んでいった。
次は鍋焼きうどんにしよう、と箸を置いたアーサーが言った。
「スーパーで売っているアルミの鍋焼きうどんセットを二人分買って来ればいいからきっと楽だ。土鍋を洗わなくて済むし。」
そんな風に言われてしまえば、次も鍋でいい、とは言い辛い。
言い辛いが、言わねばなるまい、とカーンは思い、「鍋の締めにすればいい。」と相手を見た。
野菜を切るのに、君の分のまな板と包丁が必要だ、とアーサーは笑い「それなら、次は夜だな。」と言いながら、ノートを差し出した。
汁の跳ねは一見して見えないが、きっと出汁の匂いが付いているに違いない。
「鍋敷には使っていないだろうな。」と確認するように睨むと、「どうだろう。」と言って、アーサーは楽しそうに笑った。

 
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