桐沢ふき(はつしま)

shipper。はつしま@hatsushima1です。
カーサーちゃんと韓国ドラマ映画よろず
オフラインの名前は桐沢ふきです。
最近K2の譲テツにはまりました。

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投稿日:2022年07月17日 08:02    文字数:3,087

バレンタイン、それは

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バレンタインの大学生カーサーちゃん
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バレンタイン、それは

バレンタイン、というのは、アーサー・フィリップ・デントが太るためのイベントである。
花やチョコレートを贈る相手がいればまた違っただろう。けれど、アーサーは、例年、決まったようにクリスマスの前後に片恋の相手に振られてしまう。そのこともあって、結局のところ、花とチョコレートは翌年に持ち越しの願望として心の奥底に大事に仕舞っておくことになる。
愛を分け与えることのできない寂しさを紛らわせるために食べ歩くので、そうなってしまうのだ。
聖バレンタインデー。街中は恋人たちに溢れている。食べ歩きを行うことで寂しさはいや増し、更に何かで腹を膨らませよう、と逆効果になってしまうことに、本人だけが気づいていない。

「で、ラーメンか。」とアーサーを睨みながら、カーン・ノニエン・シンは言った。
「ラーメンだよ。」
正確には、アーサーが連れて来た店の店構えを眺めている。都会育ちなので、外に券売機がないラーメン屋が珍しいのだろうか。
「毎年食べ歩いているというから付いてきたというのに、多少は気の利いた店に案内してくれ。」
「いいだろ、いつものところで。」とアーサーは言った。
締め切りぎりぎりにレポートと課題を終わらせたアーサーが、カーンと連れ立って、何度か来ている店だった。
鬼仏表では鬼でも仏でもない、とある教授に課題を提出したのがほぼ同時だったので行き会ったのがきっかけの縁だ。ちなみに、アーサーは課題を始めるのが遅く、カーンは、課題が面白かったのでレポートの内容を詰めていたという具合で、ぎりぎりまで粘った理由がまるで正反対だった。
徹夜明けの胃に入るのが、ほとんど麺とは。そんな風に零している割には、付き合いの良さとは対極にありそうな男がぼんやりと物を食っている図というのがおかしくて、アーサーはカーンの顔を見れば食堂に誘うようになっていた。大学の外に足を広げるようになったのはつい最近のことだ。
「あのさ、考えてもみろよ。一度行っただけのところなんて、年が変わればバイトも変わって、もしかしたら味も変わってるかもしれないだろ。」
半分は本当で、半分は嘘だった。本当は、去年開店したばかりの豚骨を食べさせる店に連れて来たかったのだ。けれど、バレンタインデーといえども、冬のランチタイムには常に混み合っている。人気店は風邪の引きはじめの人間が客に混じっていることもあるだろうと踏んで、今年は避けたのだ。なんにせよ、人と連れだってこの食べ歩きに臨むのは初めてのことで、これが人に気を遣うということか、とアーサーはしみじみ人付き合いの難しさを噛み締めている。
「……ああ言えばこう言う。」とカーンが呟いたのが聞こえたが、アーサーは彼の嫌みは聞き流すと決めていた。
「ここの、野菜炒め乗ってるが定番の塩味、地元の野菜を使っているから環境にも優しい。」
「それは昨日聞いた。」
「味噌も悪くない。トッピングはバターじゃなくて、バター『風味』だけど。」
「…塩でいい。」
しかし、今日も何の匂いかは知らないが、ふわふわと柑橘系のいい匂いをさせている。
普通、図書館に常駐して本の虫といえば、いつ風呂に入っているのかというところだけれど、……ほんとに、いつ風呂に入っているんだろう。ちらりと、隣を見ると、「入るぞ。寒い。」とカーンが言った。
「素直な君って気持ち悪いな。」
「付いてくると決めたのは私だ。今更、けちをつけても仕方あるまい。食事に不服はない。」
カーンは、普段から、こうして地球の人類が全て死に絶えたような顔をしている割には、男前だった。授業中など、教授の寒いネタに笑わないようにしているのか、この顔に、眉間にぐっと皺が寄ることがあるのをアーサーは知っている。
レポートは全て優。代返を頼んだ人間にはけんもほろろ。図書館に行けば常にそこにいる、という具合で、人生の中で肩の力を抜けるところがあるのかという男だ。
今日も今日とて、聖バレンタインも後世の人間がラーメンを食べるために愛を振りまいたわけではないだろう、とこちらに言いたそうな顔をしている。

店員に促されるままにカウンターに並んで座る。
「塩野菜ラーメンふたつと餃子二皿。半チャーハン。おでんは大根とこんにゃくにつくね、二セット。皿を別々で。」
座るなりカーンはメニューも見ずに注文している。二度しか来てないはずなのに、もう常連の雰囲気である。もしかしたら、アーサー以外の誰かと来ているかもしれない、とふと思って、ないない、と思い直す。カーンもまた、アーサーとは別の意味で友人が少ないタイプなのだった。
「煮卵はどうする?」
「私は不要だ。」
「じゃあ、ぼくのラーメンに煮卵ひとつ。」
以上で、とカーンが言うと、メモを取っていた店員は復唱してから厨房に合図した。
「……サイドメニューまで覚えてたの嬉しいけど、それ全部食べると食べ歩きじゃなくなっちゃう気がする。」
「どうせ、締めはタピオカ屋に行くのだろう? 別の店に寄り道していたら店が締まるぞ。」
「分かった。」
ラーメン店のテレビは三つあって、カウンターから見えるテレビは、地元の街歩きの番組を放送していた。デパートのバレンタイン売り場はさすがに盛況だけど、先週の夜に見た都会のデパートの、あの人でごった返していた様子と比べると、どこか牧歌的な風景にも見える。積雪が少ないのもあって、本日の人出は例年に比べて多いようです、とキャスターが言っている。
「チョコレートが欲しいのか?」
「え、なんだよ、藪から棒に。そりゃ、貰えるものなら欲しいけど、どっちかというと花やチョコレートは好きな人には自分から送りたい方だよ。僕は。」
「……そうか。」
「君はなんか貰った?」
「この年になると、チョコレートなどより米や野菜の方が有難い。」
カーンは不届きにもバレンタインチョコを山と貰った男の風格のようなものを醸し出している。ちら、と腹立たしいと思うけれど、その腹立たしさはまずもって空腹のせいなのである。先におにぎりでも頼んでおけば良かった、と思いながら、アーサーは「……君さ、それ田舎に住んで正解。」と言った。
テレビでは、既にロケーションが切り変わって、街中の、ライトの付いていないイルミネーション歩道の区画を行き交う人々を映している。共働き夫婦が多いせいか、普段は老夫婦とサラリーマンの姿がちらほら、という街中に、子連れや友人連れの女性が多い。「アーサー、来たぞ。」と声が掛かる。気が付けば、目の前にはラーメン鉢とサイドメニューの皿が並んでいる。
「うわ、いつもながら早いな。」
「そうでもない。」と言いながらカーンは既に割りばしを割っている。早い。
醤油を自分の器に入れてから、こちらに差し出してくるので、アーサーも少しだけ醤油を入れてみる。野菜ラーメンはあんかけなので、サイドメニューを先に食べるのがカーンのやり方だった。ぼくは、後でと言って五つ目の餃子の冷えたのをかみしめることが多い。
「そういえば。」
「何だ?」
「煮卵半分あげるよ。今日付き合ってくれたお礼に。」
「……半分か?」とカーンは言った。
「全部はやらないぞ。僕が食べたくて頼んだんだから。」
しかも、君、さっきは、不要だとかなんだとか言ってなかったか?
そんなことを思ったけれど、ほかほかのラーメンが皿の上で湯気を出しているので。アーサーは話を切り上げて麺を啜ることに決めた。タピオカは間に合うだろうけど、もしかしたら混んでるかもなあ、と頭の隅で思いながら。

 
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バレンタイン、それは
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バレンタイン、というのは、アーサー・フィリップ・デントが太るためのイベントである。
花やチョコレートを贈る相手がいればまた違っただろう。けれど、アーサーは、例年、決まったようにクリスマスの前後に片恋の相手に振られてしまう。そのこともあって、結局のところ、花とチョコレートは翌年に持ち越しの願望として心の奥底に大事に仕舞っておくことになる。
愛を分け与えることのできない寂しさを紛らわせるために食べ歩くので、そうなってしまうのだ。
聖バレンタインデー。街中は恋人たちに溢れている。食べ歩きを行うことで寂しさはいや増し、更に何かで腹を膨らませよう、と逆効果になってしまうことに、本人だけが気づいていない。

「で、ラーメンか。」とアーサーを睨みながら、カーン・ノニエン・シンは言った。
「ラーメンだよ。」
正確には、アーサーが連れて来た店の店構えを眺めている。都会育ちなので、外に券売機がないラーメン屋が珍しいのだろうか。
「毎年食べ歩いているというから付いてきたというのに、多少は気の利いた店に案内してくれ。」
「いいだろ、いつものところで。」とアーサーは言った。
締め切りぎりぎりにレポートと課題を終わらせたアーサーが、カーンと連れ立って、何度か来ている店だった。
鬼仏表では鬼でも仏でもない、とある教授に課題を提出したのがほぼ同時だったので行き会ったのがきっかけの縁だ。ちなみに、アーサーは課題を始めるのが遅く、カーンは、課題が面白かったのでレポートの内容を詰めていたという具合で、ぎりぎりまで粘った理由がまるで正反対だった。
徹夜明けの胃に入るのが、ほとんど麺とは。そんな風に零している割には、付き合いの良さとは対極にありそうな男がぼんやりと物を食っている図というのがおかしくて、アーサーはカーンの顔を見れば食堂に誘うようになっていた。大学の外に足を広げるようになったのはつい最近のことだ。
「あのさ、考えてもみろよ。一度行っただけのところなんて、年が変わればバイトも変わって、もしかしたら味も変わってるかもしれないだろ。」
半分は本当で、半分は嘘だった。本当は、去年開店したばかりの豚骨を食べさせる店に連れて来たかったのだ。けれど、バレンタインデーといえども、冬のランチタイムには常に混み合っている。人気店は風邪の引きはじめの人間が客に混じっていることもあるだろうと踏んで、今年は避けたのだ。なんにせよ、人と連れだってこの食べ歩きに臨むのは初めてのことで、これが人に気を遣うということか、とアーサーはしみじみ人付き合いの難しさを噛み締めている。
「……ああ言えばこう言う。」とカーンが呟いたのが聞こえたが、アーサーは彼の嫌みは聞き流すと決めていた。
「ここの、野菜炒め乗ってるが定番の塩味、地元の野菜を使っているから環境にも優しい。」
「それは昨日聞いた。」
「味噌も悪くない。トッピングはバターじゃなくて、バター『風味』だけど。」
「…塩でいい。」
しかし、今日も何の匂いかは知らないが、ふわふわと柑橘系のいい匂いをさせている。
普通、図書館に常駐して本の虫といえば、いつ風呂に入っているのかというところだけれど、……ほんとに、いつ風呂に入っているんだろう。ちらりと、隣を見ると、「入るぞ。寒い。」とカーンが言った。
「素直な君って気持ち悪いな。」
「付いてくると決めたのは私だ。今更、けちをつけても仕方あるまい。食事に不服はない。」
カーンは、普段から、こうして地球の人類が全て死に絶えたような顔をしている割には、男前だった。授業中など、教授の寒いネタに笑わないようにしているのか、この顔に、眉間にぐっと皺が寄ることがあるのをアーサーは知っている。
レポートは全て優。代返を頼んだ人間にはけんもほろろ。図書館に行けば常にそこにいる、という具合で、人生の中で肩の力を抜けるところがあるのかという男だ。
今日も今日とて、聖バレンタインも後世の人間がラーメンを食べるために愛を振りまいたわけではないだろう、とこちらに言いたそうな顔をしている。

店員に促されるままにカウンターに並んで座る。
「塩野菜ラーメンふたつと餃子二皿。半チャーハン。おでんは大根とこんにゃくにつくね、二セット。皿を別々で。」
座るなりカーンはメニューも見ずに注文している。二度しか来てないはずなのに、もう常連の雰囲気である。もしかしたら、アーサー以外の誰かと来ているかもしれない、とふと思って、ないない、と思い直す。カーンもまた、アーサーとは別の意味で友人が少ないタイプなのだった。
「煮卵はどうする?」
「私は不要だ。」
「じゃあ、ぼくのラーメンに煮卵ひとつ。」
以上で、とカーンが言うと、メモを取っていた店員は復唱してから厨房に合図した。
「……サイドメニューまで覚えてたの嬉しいけど、それ全部食べると食べ歩きじゃなくなっちゃう気がする。」
「どうせ、締めはタピオカ屋に行くのだろう? 別の店に寄り道していたら店が締まるぞ。」
「分かった。」
ラーメン店のテレビは三つあって、カウンターから見えるテレビは、地元の街歩きの番組を放送していた。デパートのバレンタイン売り場はさすがに盛況だけど、先週の夜に見た都会のデパートの、あの人でごった返していた様子と比べると、どこか牧歌的な風景にも見える。積雪が少ないのもあって、本日の人出は例年に比べて多いようです、とキャスターが言っている。
「チョコレートが欲しいのか?」
「え、なんだよ、藪から棒に。そりゃ、貰えるものなら欲しいけど、どっちかというと花やチョコレートは好きな人には自分から送りたい方だよ。僕は。」
「……そうか。」
「君はなんか貰った?」
「この年になると、チョコレートなどより米や野菜の方が有難い。」
カーンは不届きにもバレンタインチョコを山と貰った男の風格のようなものを醸し出している。ちら、と腹立たしいと思うけれど、その腹立たしさはまずもって空腹のせいなのである。先におにぎりでも頼んでおけば良かった、と思いながら、アーサーは「……君さ、それ田舎に住んで正解。」と言った。
テレビでは、既にロケーションが切り変わって、街中の、ライトの付いていないイルミネーション歩道の区画を行き交う人々を映している。共働き夫婦が多いせいか、普段は老夫婦とサラリーマンの姿がちらほら、という街中に、子連れや友人連れの女性が多い。「アーサー、来たぞ。」と声が掛かる。気が付けば、目の前にはラーメン鉢とサイドメニューの皿が並んでいる。
「うわ、いつもながら早いな。」
「そうでもない。」と言いながらカーンは既に割りばしを割っている。早い。
醤油を自分の器に入れてから、こちらに差し出してくるので、アーサーも少しだけ醤油を入れてみる。野菜ラーメンはあんかけなので、サイドメニューを先に食べるのがカーンのやり方だった。ぼくは、後でと言って五つ目の餃子の冷えたのをかみしめることが多い。
「そういえば。」
「何だ?」
「煮卵半分あげるよ。今日付き合ってくれたお礼に。」
「……半分か?」とカーンは言った。
「全部はやらないぞ。僕が食べたくて頼んだんだから。」
しかも、君、さっきは、不要だとかなんだとか言ってなかったか?
そんなことを思ったけれど、ほかほかのラーメンが皿の上で湯気を出しているので。アーサーは話を切り上げて麺を啜ることに決めた。タピオカは間に合うだろうけど、もしかしたら混んでるかもなあ、と頭の隅で思いながら。

 
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