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作品ID2566747
投稿日2026年03月29日 12:13
文字数36,605字

カナリヤ 6

箸休めの遊園地編です⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ ワースくんて、自己評価と他己評価が致命的にすれ違ってるよね、と言う話。……意外に長かった…… 作成工場の中の人はランドトの民なので作中一部ランドトの混入が見られます……が、タグにするほどじゃないんすよねー、これ、くらいです。まずそうだったらタグ編集いたしますが、お読みになる方はお気をつけ下さい。 当たり前のような顔をして魔法界における法律条文とかでっち上げてますけど、全て私のついた嘘ですので、その辺りよしなに( ✋˘ ˘👌 )

よく晴れて澄んだ空気は、妙に空が高く感じさせた。
まさに行楽日和と言いたくなるような突き抜けるような晴天はこの遊園地に集う人々の顔も明るくさせている。
そう、いま、遊園地のゲート前にいる。このワース・マドルが、である。家族連れや学生グループが進んでいく姿を、若干げんなりとしてワースは見た。なんとなく腕を組んでしまう。腕組みは心理学上、自己防御姿勢の一種で、警戒心なんかを表しているのだそうだ。いまの自分に当てはまりすぎる。押し殺したため息を吐いて、ワースは腕をほどいた。

さて、何がどうしてこんなことになったのか。

ワースは高い空を見上げながら、ここ数日の記憶を辿った。



***



事の起こりは、フィン・エイムズからのメッセージだった。
ワース自身もすっかり忘れていたが、そういえば在学中勉強を見てやった際に連絡先を交換していたのだった。そのお誘いは、遊園地に一緒に行かないかというもので、ワース宛でなければ微笑ましい限りであった。問題はそのメンバーで、レイン、オーター、ランス、ドットだ。
……大丈夫か?これ俺、人数合わせじゃないか?遊園地は偶数人数で行くのがいいもんな?……というのが最初によぎった。後輩の真心に対し、あまりに失礼すぎるが。レインが付いてくるのは良い。……いや、何一つとして良くはないが、あのブラコンが誘拐事件があった直後のフィンを外出させているだけで奇跡的なことなのだから、この際目を瞑ろう。フィン、健やかに生きろ。しかしなんだ後半の師弟は。俺そもそも誰とも親しくないんだけど。クラウン家のあの生意気坊ちゃんとは廊下ですれ違えばそれなりに挨拶もするし話したりしたが、それはあくまでも在学中の話で卒業後には連絡を取ってもいない。更に言えば自戒人の少年は本気でオーターの弟子だということしか知らない。引率兄貴とバランスを取るためにオーターを呼んだのかも知れないが、であるならばワースでなくてマッシュでも誘ってやった方がいくらか良いだろう。どうせマッシュは森育ちだから遊園地に行ったこともないだろうし、このメンバーなら喜ぶに違いない。そう言って固辞したものの、意外にもフィンは頑固だった。いや、意外と最後には意地を張りきれるタイプとは知っていたが、それがまさかこんなところで発揮されるとは思っていなかった、というのが正直な感想だ。まぁこちらも「絶対ワース先輩と遊びたいと思っていて!」「チケットもご用意してますので!」と強く言われると悪い気はしなかった。さすがに学生に遊園地のチケットを奢られるほどせこくはないが、ただなにぶん、出資主はレインだろう。アイツ、マジでなに考えているんだ。本当に意図が読めなかった。
あの誘拐事件は、最終的に「連続白魔導師学生誘拐事件」と物々しい名前が付けられ、大規模内乱未遂事件としてカテゴリ分けされた。墓地管理局や魔法魔力管理局から事前に報告が上がっていたが誰もこの2つの事件を結びつける者はなく、累計80名以上の一般人の死者の出歩きが観測されたのは前代未聞だ。結果的に犯行に関わりがあった者を全て捕らえ、文化施設の倉庫の一部が損壊したのみで人的被害がなかったのは奇跡的な成果だった。神覚者が3人も揃っていたからなんとかなった、とも言える。誘拐被害者たちは治療を受け次第に意識を取り戻しているし、最後の被害者となったフィンも1週間ほど入院をしたものの、心身共に健康だそうだ。ワースは魔法回路が熱暴走した為、救護班に回収され大事を取って1日休ませて貰ったが、翌日には回復した。その頃にはワースの泥魔法とオーターの砂魔法で荒しに荒らされまくった霊園も元通りに戻っていた。
ワースはと言えば、身体の方はまるで問題なかったが、魔導書が非常に荒れていた。荒れたというか、拗ねていた。書籍の形のままぐるぐると宙を回ってみたり、人間の子供の姿を取ってワースの足にずっとしがみ付いてみたり。そのアピールは様々であったが、魔導書の言い分をまとめると、つまり「ワースが自分の身を守る行動を最優先しなかった」ことが腹に据えかねたらしい。確かに死者に殴られ掛けた時、こちらを守ろうとする魔導書を制止して別の魔法を使わせた。「結果的に殴られなかったから良くないか?」と言ったら一日中禁書管理局の天井の隅に張り付いて恨めしそうな瞳で見つめられた。ちょっとしたホラーである。しょうがないので膝に載せて背中を撫でてやりながら魔導書とは話しというか、意見のすり合わせをすることになった。
ワースは魔法局に務めているので、今後も一般人を優先すると思うし、多少の怪我くらいなら覚悟の上である。もちろん怪我をしないに越したことはないのだが、あの局面でワースが魔法を解除して身を守ることを優先すれば、泥魔法で作った柵が死者たちに崩され、市街地に死者が出て行く危険があった。故に、ワースは自分の判断が誤りとは考えていない。あの状況では既に動き始めている死者から魔力を抜くことが最優先だったのである。あの時フィンの蝶に付与された魔法は分かっていなかったから、下手に魔導書に触れられては取り返しが利かないほどの「入れ替え」が起こる可能性があった。結果的に考えすぎではあったが、それはまぁ、所詮結果論である。人間の肉体を持ち、助けが来れば間違いなく治療できるワースと違って、魔導書は唯一無二であるし、ソフィナが修復出来る保証もない。何度考え直しても、ワースにとってはあそこで殴られてでも出歩いている死者たちを止め、魔導書自体に結界を張らせて蝶に触れられないように守る、が最適手である。だから、……だから、いざとなった時のワースは多少の自分の怪我くらいは無視するし、修復しようがない魔導書を優先する。その判断に慣れて欲しい、と、なるべく率直に伝えてみた。だいたい、魔導書はかなりの精度でワースの心の中を読むので、隠し事はそもそも意味がない。工夫出来るとしたら、伝え方や誠意くらいのものである。そしてその手の情趣を意外なほど解する魔導書は、まろい頬を膨らませて「りかいはできるけど、なっとくはいかない」とやはり素直な答えを返した。「どりょくは、する」と。ワースにとっても反省の多い戦闘だったからその辺りは賛同できる。数が多かったとはいえ、そして治癒魔法の燃費の良さが最大限発揮された状況だったとはいえ、そもそも格下相手に苦戦したワースが悪い。レナトスは一般人の死者程度ならワースが押さえ込めると見込んであの場を任せたのだ。その信頼に応えきれなかった。フィンを利用した犯人の方が一枚上手だったとはいえ、ワースももっと工夫出来たはずだ。土壇場の地力が足りてなかった。
自分を納得させる「どりょく」の一環だろう、ぎゅうぎゅうとこちらに抱き付く小さな身体を抱き返しながら、自分はもしかしたら、両親にこう言うことをして欲しかったのではないかな、とぼんやり思った。
両親は魔法局勤めだ。ただ、向こうが意図してるのかは知らないが、一度も魔法局内で顔を合わせたことはない。その事にワースも違和感を持たなかった。なんせ、多忙でワースが子供の頃からまるで家に寄りつかない両親だったのだ。幼い頃はそれなりに両親が恋しかったが、今はもう特に別に。……でも多分、両親を思って夜泣きするような歳の頃に、ワースが魔導書にしたように膝の上に乗せて、「世界を守るために忙しいから会えなくても我慢してくれ」と、ワースは言われたかったのかもしれない。もちろん見た目通りの年齢ではない魔導書ほどは道理を弁えていないので、泣いたり文句を言ったりしたかもしれない。でも、そうやって、自分と向き合って欲しかった。書面上の成績や家庭教師からの評価をもとに賞罰を与えるのではなく。童話で読むような「子供らしい」ふれあいをして欲しかった。膝の上の魔導書ごと身体を揺らしながら、奇妙な寂寞が胸に広がった。過ぎ去ったワースの記憶は変わらないが、幼い頃の自分と同じ顔をしている魔導書に当時の自分が思い描いていたようなことをしてやると、何やら妙に気が晴れた。
兎にも角にも、ワースも「無理はしない」と魔導書と約束をして、双方一旦納得という形にしたのだった。これがまぁ、ワースの個人的な事件の終着だった。
社会人としてのワースの事件の終着は、まあそこそこ大変だった。なんせあの後、ワースはめちゃくちゃソフィナに叱られたのだ。
個人的に連絡先を知っているレインに連絡を取るのは良い、しかし部外者であるマッシュに連絡を取り、今いる座標まで送ったのは、どういうことかと。咄嗟の判断だったとは言え、改めて責められるとワースも弱い。確かに、フィンのことだからと思ってマッシュに頼ってしまったが、アレは「ただしく」はなかった。ワースは既に魔法局に務める社会人である。学生の頃のような気分で、たとえ相手が英雄マッシュ・バーンデットとはいえ、軽々に職務上の秘密に当たる位置情報の送信などするべきではなかった。ああいう場合、レインの魔法道具管理局か、そちらでも繋がらなかったら墓地管理局、そこでもダメならワースが本所属している禁書管理局に掛けて指示を仰ぐべき、とのソフィナの見解は圧倒的に正しい。

……が、そこに噛み付いたのはレナトスであった。

あの混乱状態でフィンの状況確認をしたワースは間違っていないし、学校側を通すよりも同室のマッシュに聞いた方が断然早い。実際に位置情報を送ったのは魔導書であるし、ちびワースのやる事なんだから別に誤送信みたいなモンだろ、それよりあの広範囲を泥魔法でカバーして守り切ったことを褒めろや、とのことであった。「禁書管理局はあの時間じゃいっつも全員帰ってるし、現場出てねーヤツが後から吠えンな」と言い放った瞬間のレナトスは、なるほどこれが墓地管理局のトップかと思わせる気迫があった。……まぁその、全然ワースと一緒にソフィナのお説教を食らう羽目にはなったが。
ソフィナの言い分は分かる。
結果としてあの場に神覚者が3名も揃うことになったから何の問題もなかったが、結果は所詮結果だ。見通しが甘いと言われれば、心情的には認め難いものの、理性は納得できる。全くその通りである。操られていた状態のフィンとワースの連絡で友人を案じて駆けつけてしまったマッシュが戦う羽目になったら大問題だっただろう。どちらも魔法局から見れば保護対象であるし、何よりフィンはほぼ関わりのなかった先輩であるワースの擦り傷姿でさえかなりショックを受けていた様子だった。本当に、戦うには向いていない性格をしている。ワースとしてはあの劣等生が、催眠魔法の力とはいえ並みのネクロマンサー以上の力を見せつけたことに結構感動していたから気にしなくて良いのだが、本人は悪意ある魔法を掛けられた上に他人を傷付けるなんて、とだいぶ悄然としていた。これで相手が友人のマッシュであったらと思うと、想像に難くない。ワースとて、あの連絡一本で子ウサギが精神衰弱になっていたかもしれないと言われると、流石に落ち込む。
もしも今回の話が問題になったと仮定して、間違いなく魔導書に指示を出したのはワースであるし、その判断の責任は問われる。そして現場にワースを出し、ワースをひとりあの場に置いていく判断をしたレナトスも、だ。身を守るためにも、手続き上の「ただしさ」を厳守すべき、というソフィナの言葉はワースに響いた。そしてちょっと面映ゆかった。確かに厳しく叱責はされたものの、その説教はワースの身を心配してのことだというのが分かるからだ。「いま馴れ合いでやり過ごして、正当な連絡経路を知らずに今後困るのはワースくんなんですよ」と言われたレナトスが苦い顔で押し黙った辺りでも、ソフィナの「ただしさ」が知れる。もちろん庇おうとしてくれたレナトスも大変ありがたかった。出向期間中何度も何度も実感したが、なるほど「カリスマ性で墓地管理局を率いている」と評される訳である。前評判は、まったく間違っていない。
ワースは、かなり素直に、「いいな」と思った。二人とも、ワースの目から見れば頼りがいのある格好良い大人である。ああいう風になりたい。漠然と、ワースは思った。子供の姿を取った魔導書と共にいるうちに、考えるようになったのだ。あの幼い魔導書にとって、「良い大人」でありたい、と。幼少期からワースは年長者を特に信用していなかったし、今でも実家や両親が「頼れる大人」であるとは思わない。ただ、学生の頃に感じていたよりも、世の中ずっと、「良い大人」が多くいるように思う。斜に構えていた自分がやや恥ずかしいが、慕ってくれる魔導書の為にも、ちゃんとしていたい。そういう意味で、あの二人は良い手本であった。
結局、「チクショー超怒られた!ま、仕方ねェか!」と元気に伸びをするレナトスの提案の元、最後に送別会と称して闘技場でバーベキュー大会が催され、ワースの1ヶ月に満たない墓地管理局への出向は終わった。間違いなく、実のある出向であった。
……だからまぁ、担当事件の最後の被害者のフィンの様子を、遊びがてら伺うのは、全然良い……のだが。

(……兄貴が来るのか)

頬杖をついて自分の中で独り言を言い、ワースはがっくりと肩を下げた。だいたいもう、「兄貴」ではない。けれど、何て呼んで良いのか分からない。「砂の神杖」は他人行儀すぎるとレナトスに指摘された。確かにそうだ。では「オーターさん」?呼び捨てはさすがに具合が悪かろう。しかしこんなくだらない事を考えている間にも、胸がドキドキとうるさく鳴る。勘弁して欲しい。

吊り橋効果、というものがある。

実はこれに関する論文を、出向が終わってから今日に至るまで、ワースはもう20本も読んだ。どう考えても魔法回路の熱暴走と、攻撃を受ける寸前の緊張、そしてそれまでの戦いの高揚で心拍数も体温も高かった。アドレナリンやらの脳内物質もドバドバと出ていたことだろう。それを、自分を助けてくれたオーターへの恋心だと勘違いしたと考えるのが最も正しい。……だが、原理が分かったところでどうにもならないのが人の心という奴で、どれだけ今の自分を説明する正しい論理が乱立したとて、この胸の鼓動が落ち着く訳ではなかった。
一体、どんな顔をしてどういう風に振る舞ったら良い。「良い大人」と違って、ワースに相応しいロールモデルがまるでいない。まさに暗中模索というやつだ。カバンの中に入れた魔導書が、「どうしたの?」とこちらへ問うような、心配そうな波動を送ってくる。いつもより、その波動が少し遠い。思わずワースはカバンの上から魔導書を撫でた。
出勤時は身体にぴったりとくっ付いたハーネス型のホルダーに納めて、ワースの指示で魔導書が自由に飛び出せるようにしている。イメージとしては抱っこ紐のようなものである。けれど今日は一応「おでかけ」であるので、裏側が透明のポケットになっている特殊なショルダーバッグに納めて連れてきた。ちなみに特注品である。普通、嵩張る魔法道具を持ち歩く魔法使いは空間魔法を利用して亜空間の中に道具をしまうだろうし、恐らくやらせようとすれば、ワースの魔導書ならば自分の大きさを縮めたり出来ただろう。ただ、魔導書にとって正しい姿はこの書籍の形であるし、遊びに来ていて無駄な労力を使わせるのは本意ではない。一応フィンにも魔導書を連れて来ることは伝えているし、中に入ったら魔導書を人間の形にする可能性は伝えていた。リトルデビルが遊びたいなら人間の形で遊ばせるし、本人の気が乗らなかったら書籍の形のままだろう。一応分類上、リトルデビルのように実体を持つ魔法生物はレジャー施設では「使い魔」に当たる。入場料も掛からないしアトラクションへも同乗出来るが、「使い魔の契約者」がきちんと御す必要がある。念のため事前申請用紙はチケット確認時に提出するが、それを提出したからと言って別に許可証などを貰える訳でもない。万が一トラブルが起きた場合は、「使い魔の契約者」の責任となる。……まぁ、リトルデビルに限ってはトラブルも何もないだろうが。
ワースも遊園地などイーストン魔法学校に入ってから初めて来たが、魔導書はこれが全くの初めてだ。ワースは、実を言うとかなり「初めての遊園地」に感動した。恥ずかしいから、誰にも言ってはいないけれども。なんなら当たり前に遊園地の地理に詳しかったラブを少し尊敬した。……ほんの少しだけだが。
こんなに作り込まれた空間に、レクレーション器具がここまで大量に集められた場所が他にあるか?「夢の国」と言われる理由は分からないでもない。経験したことがないから胸を張っては言い難いが、きっと精神年齢が低そうな魔導書は、遊園地を気に入る。幼い自分と同じ姿をした、全く異なる表情をする魔導書が元気いっぱいに喜んでいる姿をワースも見たい。ジェットコースターとかメリーゴーランドとかあるらしいし。というか、ワースが写真に収めたい。その元気いっぱいの魔導書を。実はこの遊園地のガイドブックもしっかり読み込んできてるので、準備は万端である。

「ワース先輩ー!」
「おっ」

ついにフィンが到着したかと思って顔を上げると、ワース以外の全員が揃っていた。というか、ワースを呼んだのは自戒人の少年だった。ぶんぶんと腕を振っている姿は些か元気いっぱい過ぎる。

「チャーッス!今日はお願いしァっす!」
「おー」
「やかましいぞチンピラ」
「ア???挨拶は人間の基本だろうがオラ」

2人とも言っていることは間違っていないが、なんでこう、喧嘩腰なのだろうか。そういえばランスとドットが言い合っていない瞬間など、ワースも見たことがないなと思った。喧嘩仲間という奴か。なるほど分からん。その後ろからひょっこりと、落ち着いた声が顔を覗かせる。

「こんにちは、ワース先輩。本日はよろしくお願いします」
「おー」

言いながら、フィンを上から下まで眺め回した。顔に疲労の跡はない。フィンが入院していた時はまだ墓地管理局に出向中だったから、後始末や報告書に追われて病院の面会時間に間に合わなかったのだ。だから、実際にこうして顔を合わせるのはあの事件以来である。頬に涙の跡を残したままボロボロに泣きじゃくっていた顔が余りにも印象的過ぎて、今の健康そうな笑顔が眩しい。何事もなさそうで本当に良かった。

「声、掛けてくれてありがとな。レインも、……オーター、さんも」

言いながら、背後にいるレインとオーターを順に見る。2人ともいつもと変わらぬ仏頂面であった。またこう、不整脈に胸が騒ぐ。誤魔化す為にワースは意味なくサングラスを触った。2人とも意外とかっちりめの服装で、動きやすさ重視で身体の線を拾いにくいラフな格好をしている自分が若干恥ずかしかった。一応ワースも社会人枠なのに。まぁいいや、と立ち上がる。

「んじゃ、行こうぜ」

はい!だのウッス!だのの声に紛れて、オーターの小さな返事が聞こえたような気がしたが、気のせいだったかもしれない。晴れやかな空に、遊園地のロゴマークが浮かんで見えた。



***



園内に入って、魔導書に人間の姿を取らせた。学生たちは興味津々であったし、あのレインですらリトルデビルが姿を現すと驚きの表情をしていた。オーターはというと、当たり前のことかもしれないが、レナトスが期待したようにメガネが割れることはなかった。
驚いていた様子だったが、どちらかと言うと、なんというか、どことなく目付きが不穏だったというか…。少なくとも学生チームのように好意的にはリトルデビルを見ている素振りはなかった。魔法局では比較的良好に受け止められているし、レナトスも当然のことのようにオーターは好意を抱くと思って話しを進めていたのでワースもそのつもりでいたから、あてが外れたような、どこか期待を裏切られたような奇妙な気持ちになった。まったく我ながら、勝手である。リトルデビルは頭に角こそ生えているとはいえ、顔はまるきりワースと同じだ。幼少期にオーターとの関わりはなかったとワースは思っているが、オーターの方の受け止めは違うのかも知れない。

「ワース、ワース、あれのろう!」
「えー?俺乗るよりお前の写真撮りてェんだけど」

大きな傘が付いた二人乗りのベンチだ。アトラクションが始めるとアレが浮いてくるくると回るらしく、スカイパラソルというのだそうだ。ちらりとフィンを見る。苦笑して首を振るので、多分ダメなのだろう。
ワースにとってはかなり意外だったのだが、フィンは絶叫系の乗り物が苦手らしい。別に箒が下手くそな訳でもないのになんで、とは思うが、自分で運転しているのと他人の魔法によるものなのかは彼にとって雲泥の差らしかった。まあ確かに、いかにもメリーゴーランドだのコーヒーカップだのの可愛らしい系統のアトラクションが似合うから、そういうものなのだろう。乗り物に乗らずとも遊園地は楽しめる。身長制限を見れば、一応はリトルデビルでもひとりで乗れた。もっとも、スカイパラソル自体は二人乗りではあるが。

「えー……と、オーターさんも乗る?」
「いえ、私は結構です。ここで写真を撮って待ってますので」
「そ、そう……」

リトルデビルと二人で乗られても、それはそれで心配なのだが、固辞されてもそれはそれで居心地が悪い。レインはフィンが乗らなければ梃子でも動かないから良いとして、オーターは人形が踊ったり歌ったりする劇場的なアトラクション以外には乗っていない気がする。ちゃんと楽しめているのだろうか。同じ引率役のワースばかりこんなに楽しんでいるのは気が引けた。こちらの気持ちを理解しているだろうリトルデビルはしかし、まったく気にせずにワースの腕をぐいぐいと引っ張っていく。次の回かその次の回で乗れそうではあるものの、珍しく並び列になっていた。リトルデビルの頭を撫でながら、ワースは少しため息を吐く。

「……オーターさん、乗らなくていいのか……」
「いいんじゃないっすか?…あ、でもあのひとが遊園地来たかったんだったっけ」
「は?そうなのか?」
「オレはそう聞いてンすけど……フィンが誘ってきた時、始めっからオーターさんは入ってたっす」

なぁ?とドットがランスに振る。首から提げたロケットの妹の写真を愛でていたランスは僅かに頷く。

「兄とは弟妹アンナが楽しげである姿を眺めていたいものだからな」
(弟妹、ねェ……)

そう言われると、なんだかちょっとがっかりする。……ところで今コイツ、「弟妹」と書いて別の読み方をしなかっただろうか。妹の写真を見ながらだと尚のこと、若干怖い。

(……まぁでも、そうか)

血の繋がりがある実の兄に恋愛感情めいたものを抱いているワースがおかしいのであって、一般的にはランスのように年下を愛でているだけであろう。その割にはワースと同じ顔をしているはずのリトルデビルへ不穏な視線を向けているのが気に掛かるが、そもそもオーターと魔導書が邂逅した洞窟内の時点でだいぶ剣呑とした雰囲気であったから、姿形が多少変わっていても、オーターにとっては「排除すべき魔導書」なのかもしれない。その辺りの機微は、本人に聞かないとなんとも分からないけれど、聞けるほどの度胸はない。前回は地形や状況の全てがワースに味方をしたからオーターを倒せただけで、それこそ障害物のないところで戦う羽目になったら実力差からして負けるのはワースだろう。ただでさえ自分の感情を持て余しているというのに、敵意を向けられたら多分、物凄く落ち込む。どうしたもんかな、と思っていると不意に、ぎゅっと柔らかい手がワースの手を握りしめる。少し低い位置のリトルデビルと目が合うと、にっこりと微笑まれた。

「オーターは、いいひと、だからだいじょうぶ」

ぱちくり、とワースは大きく瞬きした。……いや、失礼な話ではあるが、リトルデビルの立場からしてオーターを「いい人」と見なす理由が分からない。けれどもリトルデビルは嬉しそうにニコニコとしたままである。本気でオーターを気に入っているのが気配で分かった。なんでだ?

「お、リトデビはオーターさんのこと好きなのか?」
「んー………、すき!」
「あるよなァ、オトナに憧れちゃう年頃って」
「お前はもう少し年相応の落ち着きを身に付けろ、このチンピラ」
「あ?????」

突然の罵倒にメンチ切り始めたドットにワースの気も抜ける。なんだってこう、ランスはドットに絡むのか。顔を左右に動かしながらやり取りを見ていたリトルデビルは、くふくふと笑う。

「ランスは、ドットがすきなのね」
「……おいワース、お前の魔導書は目が悪いのか?」
「はぁ?……リトルデビルの教育に悪いから変な絡み方すんなよ」

言っている間に順番が来たので、まだ何か言いたげなランスを放ってリトルデビルを座らせる。うりうりと肘でランスをつついていたドットは魔法で地面に沈められていた。おいおいおい、座らなきゃアトラクション始まらねェだろうが。
写真を撮ってくれるというので、リトルデビルの前髪を手櫛で梳いて形を整える。嬉しそうに瞳を閉じていたリトルデビルは「ありがとぉ!」と言った。最近覚えたらしい。何かをして貰ったら、お礼を言う、と。「どういたしまして」と返せばへにゃへにゃと笑った。可愛い。
自分の制御ではないベンチがふわりと空に浮かぶ。開いたパラソルがくるくると回ってそれに繋がったベンチもくるくると音に合わせて回転する。隣で絶叫するリトルデビルに合わせて、ワースも大きな声を上げる。思いの外楽しい。瞬きするような時間で終わってしまったアトラクションが名残惜しく、ワースはリトルデビルを肩車してくるくる回ってみた。生身だから他人の魔法ほどの勢いも力もないが、内臓が浮き上がるようなぞくぞくとした心地を思い出して、これはこれで楽しい。
かしゃり、と小さなシャッター音に気が付いてワースはそちらに視線をやる。カメラを構えたオーターが口元に笑みを浮かべながらファインダーから顔を離していた。思わず胸がドキドキと高鳴る。カメラを構えていただけなのに、妙に絵になるひとだ。しかも撮っていたのが自分だと思うとより心臓が煩くなる。変な顔をしていなかっただろうか?
リトルデビルがくいくいとワースの髪を引っ張る。オーターの方へ行け、という事らしい。リトルデビルが恋愛感情を理解できているかは定かではないが、少なくともワースがオーターを憎からず思っていることは伝わっているはずだ。変な気を遣われているような気がして恥ずかしい。しかし物怖じしないリトルデビルは幾分はしゃいだ声でオーターに話し掛ける。

「しゃしんとれた?」
「……ええ、まあ」

ここでワースが話し掛けないのは、不自然すぎるだろう。ドキドキとうるさい音を抱えながら、ワースもカメラの方へと身体を寄せる。

「へぇ、どんな感じ?」

一瞬だけ瞳を丸くしたオーターは、すぐに目元を緩めた。無表情だ無表情だと思い続けていたが、意外に顔に出やすいらしい。優しげな表情のままついついと画面を弄ると、スカイパラソルに乗ったワースとリトルデビルの写真が現れた。2人して顔を見合わせながら叫んでいる顔だ。かなり楽しかったのは事実であるが、写真から声が飛び出てきそうな様子である。こんな子供っぽいところを撮られていたと思うと恥ずかしい。良い、写真だとは思うけど。

「ワース、しゃしんほしー」
「…………っ」

リトルデビルの発言の主語は、間違いなく「ワース」であった。本人もちょっと誇らしげである。ワースが言えない分を代わりに言ってやったと、えっへん、とでも言いそうな雰囲気がこちらへ伝わってきた。
待て待て待て待て、オーターに子供っぽい奴とがっかりされたらどうする。思わず心のうちで文句をつけるが、ぱふ、とワースの頭を叩くように感情を返すリトルデビルはだいじょうぶだいじょうぶ、と取り合いもしない。

「データで送りますよ」

軽く請け負ったオーターはワースを見ていなかった。にこにことしているリトルデビルの方を見上げていた。そのことに、ほ、とワースはため息を吐き出す。ね、言ったでしょ、と言わんばかりのリトルデビルの膝を、ぺし、と叩いて抗議は伝えるが、オーターがワースの子供っぽさに気が付いていないならそれで良い。
ポケットから自分の端末を取り出して、フィンが今日のために作ったグループチャット画面を出す。実のところ、まだオーターの連絡先を登録していなかった。なんとなく、本人の断りもなく何かするのが気が引けていたのだ。

「これ、オーターさんだよな。連絡先に追加しちゃって良い?」
「勿論です。……それから、あの」

珍しくオーターが口篭っている。
ワースは首を傾げながら、その言葉を待った。オーターがらしくなく唇を湿らせて、意を結したようにこちらを見た。なんだろう。ちょっと緊張する。

「オーター、で良いです。……さんは要らない」

そのひと言は、ワースにはひどく意外だった。なんせ、オーターとワースには、それこそ雲泥の差がある。友人になりたいと言ってくれたとて、どちらにしても歳の差もあるのだから、これくらいの敬意は当然だと思っていた。でも、呼び方を指定してくれるなら、その方がありがたい。

「わかった……オーター、後で、俺のとこに画像送っといて」
「……はい」

我ながら、どうにもぎこちない。
くふくふと嬉しそうな気配がリトルデビルの方から感じる。コイツ、そういうことか、オーターを気に入っているのは。帰ったら、オトナの難しい心の機微について講義してやる。冷やかされるのも嫌だが、変に助け舟のようなものを出されても嫌なのだ。ひとの心とは、兎角わがままで面倒臭いものである。
ぽんぽんとリトルデビルの腿を叩いて顔を上げると、オーターがどこか遠くを眺めている。ざらりと揺れる風は、少しばかり砂を含んでいて、ワースはちょっと慄いた。小さく名前を呼べば、オーターの視線が戻ってくる。しかしその意識はどうにもこっちに向いてはいない感覚がした。肌が泡立つような嫌な感覚である。

「……そろそろ昼時ですね。何か食べたいものはありますか?」
「あー……学生チームに聞いてみるか。確かフィンが昼食候補に挙げてたレストランがこの辺だったと思う」

……気のせい、だろうか。
オーターが魔法を使っていたような気がするのだけども。こんな長閑な遊園地内で砂の神杖がひっそり魔法を使う機会なんかそうあるものでもない。本人が言わないのであれば、ワースも軽々に聞くべきではないだろう。違和感に蓋をして、ワースはフィンたちの方へと爪先を向けた。

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