北都

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投稿日:2026年04月04日 10:09    文字数:23,937

カナリヤ 7

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イーストン魔法学校編1/2です⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ またの名を、お仕事を真面目に頑張るワースくん編
同期あんな感じなのに座学トップだったっぽいワースくん、それだけデキる子なら別学年の成績いい後輩とも仲良さそうだよね、という私の偏見が炸裂しております。
2人がお昼一緒に食べてるエピソードを省いているのは、次回ワースくんがオーターさんを頑張ってお食事に誘うとこまで書きたい……!と思ってるからです⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
ただ、今作ってる解決編段階でだいぶ文字数行ってる気がするので、あんまりにも嵩んだら話数増やすのでよしなに。

魔法局の所管やら「赤い石」周りの生態やらは(幻想生物の生態とか論じてもしょうがないのはさて置いて)「額に赤い石がある」以外は全部わたしの嘘ですので、その辺ご了承下さい。
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◆◇◆◇◆




……おなかが、すいた

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◆◇◆◇◆



ワースはチャット画面の前でうーんと唸り声を上げた。説明、しなければならないけれども、これなんて言ったら良いんだろうか。呼び出して直接言うほどのことでもなく、かといって放っておく訳にもいかず……。

(……えーい!らしくねェぞ!)

実につまらない悩み事ではあるが、こんなところでウジウジとしている自分は全然よろしくない。考えた文面を頭から読み返し、意を決して送信ボタンを押す。数秒して既読が付いた。……オーター、いっつも読むの早ェんだよな……。
悩みに悩んだワースのメッセージへのオーターの返事は、「何故?」であった。何故もクソもない、フツーに仕事だ。

(来週からイーストン魔法学校に出張するので、……と)

突然の話ではあったものの、調査メンバーに選ばれたのはワースにとっては光栄なことだ。間違いなく。トランクに詰めた荷物は最低限ではあるものの、必要十分な程度だと思う。……長期任務は初めてなので、ひょっとすると見落としがあるかも知れないけれども。そう、今回は終了期間がいつになるか見通しが立っていない調査なのだ。とはいえ宿舎はイーストン側が準備をするし、卒業生でもあるので校内地図は頭に入っている。

(頂いているフルーツポンチ瓶は一旦贈らないでいただけると助かります、と……)

……なんでこんなメッセージを書いているんだっけ。
ワースはきゃらきゃらと膝の上に乗って笑うリトルデビルをくすぐってあやしながら、極端にも程がある砂の神杖へ思いを馳せた。
フィンの誘いで遊園地に一緒に行って連絡先を交換した後、当初思っていたよりもかなり頻繁にワースはオーターに連絡を取っている。というのも、食堂で会うからだ。
元々レナトスから食堂に行く自分をオーターが気に掛けているとは聞いていたのでワースも何の気無しに食堂を見渡すようになった。すると、多忙で有名なはずの魔法魔力管理局局長が、全然フツーに列に並んでランチを選んでいるのである。びっくりした。遠巻きながら目が合えば挨拶をするし、そのうちにオーターが基本的に食堂で昼食をとっていることに気が付いた。たまたまオーターの方が列に入るのが早かった日に、同席しても良いかと尋ねたら快く承諾されたのである。あの時は心臓が爆発するかと思った。それ以来、ワースも見かければ同じ席に座るようにしているし、オーターも気が付いたら声を掛けてくれるようになった。ほぼ毎日昼食を共にしているので、出張や研修で局内にいない時は事前にオーターへメッセージを入れるようにしている。その頃くらいからだっただろうか。オーターから週に1回小包みが届くようになったのは。中身は、ワースが好物だと言ったフルーツポンチである。どれも名店のものだから、明らかにお取り寄せグルメ、というやつだ。貰いっぱなしは申し訳ないので、一応ワースもちょっとした品とメッセージカードを添えて局内便で送ることにしている。昼食時に直接渡せばいいと思う向きもあるかと思うが、向こうが頑なに局内便なのだからこっちももう意地である。そんなこんなで奇妙なプレゼント合戦が続いている、訳であるのだが。

(……そろそろフツーに、ディナーとか誘ってみたいよな)

ほとんど毎日昼食を共にしているだなんて、めちゃくちゃ仲良しじゃないか、とワースの基準では思うものの、実のところ示し合わせて一緒に出かけたことはない。行けない時はいけないと言ってるだけで、待ち合わせをしたことがないのだ。それって、どうなんだろう。っていうか、あっちはどう思っているんだろう。

(よし、今回の出張が終わったら、……誘ってみる)

なんか失敗するフラグみたいだなぁと思ったが、縁起の悪いことは考えないことにする。気合いは入るのだから良いのだ。事件資料を最後に詰めて、ワースはトランクを閉じた。



***



ほんの数ヶ月前まで通っていた学び舎は、こんな短期間で変わるはずがないのに大きく聳え立って見えた。……とはいえこれでも、数週間前に後輩に会いに訪れてはいるのだが、仕事の為に訪問するとなると、なんだか奇妙に存在感がある気がする。

「もしかしてワースくん、緊張してます?」
「ええと、……まぁ、一応……」
「あらあら」

知の神杖ソフィナ・ブリビアは口元を片手で隠して上品に笑った。彼女も大きめなトランクを持っている。一応荷物持ちをした方が良いかとは聞いたのだが、「貴方は付き人ではありませんから」と一笑に付された。その言葉を額面通りに信じて良いのか、正直ワースでも悩むところではある。最近、ソフィナから直接指導してもらうことが増えた。もちろん一般的な図書館学は修めてから就職しているのだが、魔導書の使用方法から特殊な修復紙を使用した魔導書の修理方法、ペンと紙を使った簡易魔法陣の作り方、そして禁書を使用した戦闘訓練など、その指導は多岐に渡る。はっきりと明言された訳ではないが、事実上ソフィナの弟子のように扱われていることに、なんとなく気が付いていた。弟子であれば、師匠の荷物は持つべきだろう。……いや、よく分からないけれど、一般論として。

(……でも、上官の荷物ってことだしな〜〜)

ソフィナはワースが足元にも及ばない程の禁書使いだ。当然持ち物にも禁書が含まれるので、下手に他人に荷物を持たせられないのかも知れない。だから荷物を持たせないようにしたのかも。判断し難い。悩ましい。ワースと手を繋いだリトルデビルは困ったように首を傾げた。いや、こんなことで悩んでるワースが悪いのだが。それを見てソフィナがくすくすと笑う。

「たいした荷物でもないですし、宿舎がそもそも別れてしまいますからね。勿論違う雑用は任せるので、その時はよろしくお願いします」
「はい……」

気を遣わせてしまった。
ワースはきゅっと唇を噤む。難しい。
事務室で手続きを済ませ、すぐに校長室に通された。当たり障りのない挨拶をして、それぞれ宿泊する職員寮に通される。この後は図書館館長との面会予定だ。そしてイーストン魔法学校が所有する禁書を閲覧させて貰う手筈である。ワースは荷物の中から事件資料を入れた封筒を取り出した。事前に頭に叩き込んであるが、一応、である。
つい2週間ほど前、イーストン魔法学校図書館が所蔵する禁書庫に異変があった。禁書が、内側から書庫破りをしようと暴れ出したのだ。所蔵する5冊のうち、5冊ともが、である。幸い防御魔法が作動して書庫破りは達成できなかったものの、原因が分からない。授業時間中であったが、図書館を使用していた授業に問題は認められなかった。イーストンに収められる禁書は、一応「おとなしい」タイプで、突然謂れもなく暴れ出す性格の禁書ではない。対策として5冊の禁書をそれぞれ別の書庫に保管をしてみたところ、翌週の放課後に再び禁書は一斉に暴れ出した。こちらも防御魔法が作動したが、なんとそのうちの1冊の禁書が書庫破りに成功し、一般配架に出て来てしまった。図書館を利用していた生徒に被害はなかったものの、大変由々しき事態である。直ちに禁書管理局に連絡が入り今回の出張となった。現在図書館は閉鎖され、貸出希望の生徒は担任を通じて申請書類を提出することになっていた。閉鎖措置を取ってからは禁書たちが暴れるような事態は発生していないが、相変わらず原因不明である。

(2週間前に暴れた時に授業をしていたのは3クラス、1週間前に暴れた時に図書館にいた生徒数は76名……)

そのうちで被っている者は52名、図書館職員では8名だ。図書館を使用した調べ学習だったそうなので、必然的に課題も出ており、利用者が重なっていても不自然なところはない。この総勢60名は既に事情聴取が済んでいて、引っ掛かるような証言はない。

(普通は禁書の縄張りに入って来た「何か」に反応したと見るべきなんだろうけど)

禁書は結構好き嫌いが激しい。逆に言えば、人間の「好み」が一致しないことの方が多い。どちらの事件にも共通する1年生は27名いるから入学から今まで一度も図書館に来たことがなかった誰かと仮定することは出来るが、現実的ではないし、5冊一気に暴れる状況になるほど魅惑的な人物が存在するかは疑わしい。

(……基本的に、禁書が暴れる理由がねェんだよな)

よっぽどの火炎系の魔法を持っているならさすがの禁書も警戒するかも知れないが、2度の事件に居合わせた火炎系固有魔法持ち28名の中で特筆すべき生徒は2-Aのドット・バレットくらいだ。「無邪気な淵源」事件の際にも活躍しているし、文字通りの火力という意味で学年どころか学校の中でも上位に数えられるだろう。けれど、禁書が警戒すべきほどの使い手かと言われると、正直疑問である。5冊中3冊は元の所有者の影響で「爆発」に分類されるタイプの炎に強いのだ。

(ま、ここで考えていても仕方ねェか)

事件が起きた際に図書館にいた生徒や職員が原因ではないかもしれないし。いずれにせよ禁書を見てみないことにはなんとも言えない。リトルデビルの手を引いて、ワースは女性職員用の宿舎前で待つ。ややあってソフィナが現れた。

「お待たせしました。行きましょう」
「はい」

職員宿舎は、ある事自体は知っていたが、近くの街に住んでそこから通う教員も多く、生徒も近づくような場所ではないから長く在籍していた割には見覚えがない。実際入居者も少ないらしく、殆どが新任教師であるうちに宿舎から出てしまうのだそうだ。寮がある分、当直のような仕事があるそうなのだが、基本的に寮を取り仕切るのは寮長の役目であるし教員には関係ない。……ただ、年がら年中職場で過ごす、というのが煩わしいのは社会人1年目のワースにも分かる。

「そういえばワースくんはイーストンの卒業生でしたね」
「はい。……実は先日も、後輩が研究発表控えてるので激励と差し入れに来てまして」
「まあ。後輩さんたちと親交が厚いんですね」
「俺はレアン寮だったんですが、今も幼馴染が在籍してます」

ひょっとしてこれは、学生に聞き込みすることになったら自分が行くのかな、とワースは心の中で当たりをつける。事件時に図書館にいた学生はある程度ばらつきがあるとはいえ全ての寮に関係しており、中でもやはりオルカ寮生が多い。そっちを当たるなら後輩の誰を通すのが1番楽か、知り合いのリストを頭の中で思い浮かべる。
程なくして図書館に辿り着き、事務員の案内で館長の部屋に通されてやはり型通りの挨拶を受けた。禁書管理の専門職員は館長の隣でしきりに汗を拭いている。ワースはちょっぴり同情した。禁書庫を任されるくらいだからそれなりの使い手でもあるし、権限も高いのだろう。それが外側からならともかく内側から書庫破りをされた挙句、魔法局に頼る羽目になるなんて、胃が痛いに違いない。ソフィナはいつものように品よく穏やかであるが、きっとそれも得体の知れない圧力に感じるだろう。
報告書通りの5冊分の禁書の性質説明を受け、ようやく禁書庫に入ることになる。事件を受けて更に厳重に防護魔法を施してあるが、また一斉に別の場所で暴れられては対処が出来ないという理由で禁書5冊はひと所に纏められている。重厚な扉を手筈取り開錠し、ゆっくりと押し広げる。そこにはそれぞれ独立した魔法で封印された禁書が並んでいた。

(……なるほど、これはたしかに「おとなしい」部類だな)

禁書管理局が所蔵している禁書の中には、鎖を渡して読めないように封印魔法をかけた上で、更に禁書本体の力を封じる魔法を掛けられたものが複数ある。なんというか、書籍の性と言うべきなのか、「人間に自分を読ませたがる」禁書はままいる。そのタイプは、本当にタチが悪い。本を開けるほどの魔力がない人間にも平気で自分を開かせようとするし、なんなら開いた状態でこちらの視界に飛び込んでこようとする。露出狂かよ。ただ、読むと魔法が発動して読んだ人間が血を吐いて倒れる、なんてタイプもいるのでどちらかといえば辻斬りに近い。禁書管理局ではある程度の間隔で「読める」局員がこの手の魔導書を宥めてやるのだが、そういう特殊な期間でない限りは書庫内に厳重に閉じ込められる。イーストン魔法学校図書館所蔵の禁書たちは、そう言った「うるさい」タイプの禁書に対応するための魔法が全く施されていなかった。
ワースとリトルデビル、ソフィナと責任者の司書が書庫内に入って内側から書庫を閉じる。ここまでしなくともこの禁書たちは外に逃げ出す気はないだろうが、一応だ。

「……では、封印を緩めて下さい」
「はっ、はい……」

司書は半信半疑ながら、禁書5冊に掛けられた封印魔法を解く。禁書たちの様子はというと、やはり落ち着いたままだ。すこしソワソワしているような気がするのは、ワースの期待がそう感じさせているのかも知れない。ソフィナの目配せを受けて、ワースはリトルデビルの手を引いて少し前に出る。この部屋にある3対の瞳は間違いなくこちらへ向いていた。なんとも言い難い緊張を抱えながらも、ワースは自分の禁書に声をかける。

「リトルデビル。お話できそうか?」
「やってみるー!」

元気に拳を天井に突き上げたリトルデビルは、ニコニコとしながら禁書たちに向き直る。そして、すうっと息を吸い込んだ。その瞬間、声と取るべきか、音取るべきか、波と取るべきか、非常に微妙な旋律がワースの耳に響いた。子供の頃から聞こえていた、「悪魔」の声である。コレが禁書の所有者以外に聞こえているのかは正直ワースには分からないが、ソフィナや司書の表情を見る限り、「何か」は感じている様子である。リトルデビルの音に呼応して、知らない旋律が響き渡る。当然のことながら、ワースには何を言っているのか分からない。たぶん他の禁書の「声」なのだろう。いくつかやり取りを重ねて、ムッと眉を顰めたリトルデビルがワースを見上げる。

「なんかね、ここ、いしがでるみたい」
「石?」
「そう。あかいいし。ぼくたちをかじろうとするのよ」

言って、話を聞くのも嫌だとばかりに耳に手をやって顔をブンブンと振る。なるほど分からん。「かじろうとする」にリトルデビルの強い忌避感がある、というのはよく伝わってくるのだが。しかしこの理解できなさは、幾つか想定されたパターンの内に収まる範囲ではある。

「その石がいまどこにあるか聞いてもらえるか?」
「ん!」

再び禁書と交信をしたリトルデビルは元気に答える。

「またとしょかんにきたらわかるけど、いまはここにいないからわかんない!……だって!」
「なるほど」

腕組みをしてやり取りを見ていたソフィナは深く頷いた。



***



魔導書は、当たり前であるが、書籍である。当然文字が書かれているのだが、言語的なやり取りが出来る魔導書は現在のところ見つかっていない。なんせ、書籍である為に声帯がないからだ。テレパシーのような波動でコミュニケーションを取る種族もいることから、そのような方向性の研究はこれまでも進められていた。人間には認識できない「何か」を介して、特に「禁書」と呼ばれる書籍は自身の意思を伝えられるらしいことは知られている。実はこの出張の前に禁書管理局所蔵の禁書とリトルデビルを「喋らせ」る試みは複数回行っていた。ワースの研究を禁書管理局が後押ししてくれている形である。その時は固有名詞が出るようなやり取りはさせていなかったから気が付かなかったものの、禁書たちのやり取りも彼らなりの独自の言語感覚が反映されているらしい。或いは、リトルデビルの語彙力が追いついていない可能性もあるが、それは一旦保留としよう。ともあれ今回の出張には、暴れ出した禁書の確認とその管理への助言の他、リトルデビルがどの程度禁書たちとコミュニケーションが図れるかを実験する意味合いがあった。

「よーし、リトルデビル。じゃあ聞いてくぞ。お前らの言葉的には俺はどう見える?」
「カナリヤ」
「局長は」
「もじ」
「えーと、じゃあオーターは」
「おすな」
「レイン」
「けん」
「フィンは」
「ちょうちょ」
「ウォールバーグ校長」
「おそら」

この後、図書館長や司書の名前も挙げてみたが、いずれも本人の固有魔法に関係する物品をリトルデビルは口にした。面会しただけで直接魔法を使ったところを見たことがない人物に対しても正答を導き出している。念のためワースにも事前に固有魔法を教えられていない人物も含めたので、禁書たちが人間を固有魔法で捉えていることは間違いないだろう。だが……。

(俺だけなんか毛色違くね?)

ワースは泥魔法の使い手なので、通常であれば禁書の認識も「泥」となるだろう。というか、黄色でなければ鳥要素とかもないんだが。なんで「カナリヤ」?……まあそこは禁書たちには何か理解できる要素があるのかもしれない。一旦気にしないことにする。リトルデビルも一応は魔導書である。本人の言語感覚的に人間の言葉に翻訳しきれないものもあるだろう。

「そこで赤い石、ですか……」

図書館の応接室で出された紅茶を飲みながらソフィナは、ううん、と唸った。
リトルデビルが禁書たちから聞き出した証言は、実際少しユニークであった。禁書たちは確かに2度ほど暴れてしまったが、それは別に司書たちに不満があった訳でも図書館に要望があった訳でもない。「赤い石」が侵入してきたからだという。最初の1回は「変なの来てるな」と思っている隙に一般書庫の魔導書が「齧られそう」になったから、慌てて威嚇したのだそうだ。「赤い石」も驚いた様子でその時に「齧られた」書籍はなかったという。しかし2回目は、禁書たちが警戒しているにも関わらず侵入してきた「赤い石」が真っ先に魔導書を「齧ろうと」したらしい。再度の無体に怒った禁書が書庫を破り、「齧られ」かけていた魔導書を助けにきた、という状況だったのだそうだ。禁書が言うにはこの時も「齧られた」魔導書はないそうだが、人間目線で被害がなかったかどうかは分かっていない。……やはりイーストンに収められている禁書たちは、禁書にしては本当に随分と「おとなしい」性格をしている。
いま現在、職員たちにあの日抜け出した禁書のルートを再度確認して貰っている。一応「齧られ」かけた書籍の名前は聞き出しているが、被害がそれだけとも限らないし、禁書たちのいう「赤い石」への手掛かりにもなる。というか、魔導書を「齧る」とはどういう状態なのか。修復が必要な状態になってしまっているならば回収しなければならない。魔法局から来ているワースとソフィナが他人の図書館で好き勝手に被害図書を探す訳にはいかない故の、一時待機であった。ワースもうーんと唸って腕を組む。

「赤って言ったらだいたい火炎系の魔法な感じはしますけど……齧るのか」
「かじるよ!がぶーって!」

炎に並んで書籍の敵といえば鼠や虫である。魔法生物で魔導書を齧れるほどの咀嚼能力を持つものはピックアップしてみたが、いずれもイーストン魔法学校に棲息するものはない。学生たちが研究で使用する魔ネズミは飼育されているが、そこまで品種改良されているかどうか……。

(……いや、カルパッチョとかならやりかねねェな……)

齧らせるなよ、魔導書を。
ワースは心当たりのある後輩の顔に頭を抱えた。いやあの神童以外にも何人か、やばい品種改良をしてそうな心当たりがいる。最悪すぎる。容疑者が多い。しかも先輩として庇ってやりたくない奴らばっかりだ。本当に嫌過ぎる。絶対に同類と思われたくない。
実験用マウスは真っ白で瞳が赤い品種を使うことが多い。その赤い瞳を以て、禁書たちが「赤い石」と呼称した可能性はあった。まさかと思うが動物を連れたまま図書館に入ってきた馬鹿がいるのだろうか。見つけ次第殴るが。
ワースの嫌な懸念をソフィナに伝えると、知の神杖は静かに「なるほど」と呟いた。

「それでは二手に別れましょう。図書館は禁書が目指した棚周辺の蔵書の確認をしなければなりませんし、私もそちらを手伝いに行きます。館長からは禁書の管理体制についてのアドバイスも求められていますので、ついでに禁書庫内部も調査しておきます。ワースくんはその間に、生徒たちに聞き込みを」
「はい」

実験動物が逃げ出して魔導書を「齧れる」だけの力を手にしていたらそれはそれで問題である。状況によっては魔法生物管理局に引き継ぐ必要があるかも知れない。一応ワースの中で心当たりがある後輩の中に今回の事件で事情聴取を受けた生徒はいない。ただ、オルカ寮生が含まれるので、どこかで品種改良を受けた実験動物をカバンに入れて連れてきてしまった可能性は拭えない。……本当にやだ。辞めてくれ品位が問われる。

「リトルデビルくんは、また魔導書の通訳をお願いする必要があったらお願いしますね」
「はーい!」

ソフィナの言葉にリトルデビルは元気に手を挙げて応えた。瞳を細めてソフィナがリトルデビルの頭を撫でる。
禁書庫に入る可能性がある以上、通信の一部はジャミングされて普通の通話は通じない。ソフィナが使用している特殊な端末の連絡先を自分の端末に入れて、ワースは図書館を後にした。
重厚な扉を開けると、書籍の劣化防止のために陽の光があまり入り込まない図書館と違って、燦々と晴れ渡る晴天が憎たらしい程に高い位置にあった。遠くでチャイムの音がする。教室で聞いていた頃よりずっと軽やかなその響きをどこか新鮮に聞き入っていた。



***



取り敢えず各寮長に捜査協力願いの旨を出し、リトルデビル通訳による禁書たちの証言を調書としてまとめてソフィナ宛にメールで提出する。午前中空きがある教師陣ひとりひとりを回って暫く騒がしくする詫びと協力を仰ぎ、昼休みは連絡が戻ってきていなかった寮長の元に赴いて口頭で話を付け、シュエンはじめ、久しぶりに会うレアン寮の後輩たちの元へ顔を出してしばし休憩をした。事件が起こることが前提にあるような墓所と違って図書館は大抵他の所有者のものであるし、その性質上、部外者を嫌う。ワースは卒業生だから比較的教師陣も覚えており話が早いが、単身図書館で仕事をしているソフィナは大変だろう。顔見知りで手の空いている教員には「禁書使いになったんだって?」「そうなんですよ」から始まりリトルデビルを観察されつつ聞き込みをしたが、禁書たちが警戒する「赤い石」に繋がりそうなものはやはり心当たりがない様子であった。

(実験用マウス、はあり得ない話じゃねェけど)

そもそもマウスに火炎系の魔法を覚えさせることはあまりない。ま、覚えない訳でもないが、あんまり流行りの研究ではない。実験は大抵研究室を使う必要があるので、中等部生までなら誰が何の研究に興じていたか覚えがある。とりあえず生物に関係のある研究をしていた奴にはそれに類する何かを知っているか、片っ端から質問を送りつけた。図書館閉鎖から1週間、解除の目処も経っていないからか、皆反応が早い。共同研究をしているような生徒は図書館の会議室をよく借りているから、本当に困るのだろう。可哀想に。

「んー……」

集まってくる情報にはあまり捗々しいものはなかった。というのも、最近のイーストン魔法学校は、図書館以外でも問題が発生しているらしい。
やれ実験棟の魔素が強い薬草が盗まれただの、中庭の噴水を動かす装置が止まっただの、食堂の厨房の火が完全に落ちてランチが大混乱に陥っただの、ちょっと施設の不備が多すぎではないか?という話がぞくぞくと集まってくる。図書館閉館もその延長線と捉えている生徒が多く、事態としてはかなり深刻だとワースは思うが、生徒の方は深く気にしていない様子だった。

(……施設の不備、なのか?)

膝の上に乗るリトルデビルの頭を撫でてやりながら、ワースは片手でひとつひとつの事件の概要と起きた場所をマッピングしていく。あまりにも広範囲だ。しかし、学生であれば誰しも通り掛かるような場所で起きている。禁書たちの話によれば、「赤い石」は図書館にはない。けれど2度もやってきたのだから、校内に留まっている可能性は非常に高い。その上で校内で多発するトラブルだ。魔法学校である以上、変な実験をした生徒が起こした可能性も捨てきれないが、禁書の調査に来た者としては関連性を疑わずにはいられない。

(っても、みんな使う場所なんだよなァ……。あ、いや、食堂は教員は使わないか……)

教職員の可能性は落ちる、……だろうか?
現時点ではまだそこまで言い切れない。
ふと時計表示を見れば、そろそろ最終授業が終わりHRの時間になる。早い教員は5分で終わらせるから、ワースも聞き込みの約束をしている後輩たちに会いに行かねばならない。

「気が重いなぁ……」
「だいじょーぶ?あかいいしががぶー!ってきたらね、ぼくがえいってするのよ!」
「おー、……任せるぞリトルデビル」
「えへへへへ」

禁書たちの話を聞いたリトルデビルはもうすっかり「赤い石」を警戒してしまっている。「がぶー!」と言うが、人間にも襲いかかるタイプの魔法生物なのだろうか。設備不備が何件も発生している割には、生徒や職員が怪我をしたと言う情報は一切ない。生身の人間が襲われていない理由は、一体何だろうか。

(人間を襲えないサイズの魔法生物か?それとも元々が使い魔だったりするのか?)

未だに「赤い石」の正体は全く分からない。人間の悪意が間に挟まれているかどうかも含めて。終業のチャイムを聴きながら、調書を取る為のバインダーだけ持ってワースはその場を後にした。



***



ペンの後ろで頬を掻きながら、ワースは唸った。全然分からん。
一応今日約束した全員には「赤い石」に連想される魔法生物について尋ねたが、実験や実験動物で心当たりがある者は居なかった。代わりに現在イーストン魔法学校で起きたトラブルを集めてみたところ、こっちはどれもこれも生徒であれば行くようなところで起きている。内包される魔力の多い薬草がなくなっていたり、やはり魔力精製水が消えていたり、どこかの施設を動かす魔力がごっそり抜かれたり、大なり小なり「魔力が奪われた」事件と考えることが出来るが、魔法界において基本的な動力は魔力である。あまり意味のある分類ではない。
盗まれた薬草や薬品のリストを見ても、単体で内包する魔力が多い共通点があるのみで、組み合わせて劇薬を作れるようなものではなかった。……というか、だからこそ平気で盗まれるようなところに置いてあるのだ。なんなら薬品系の研究をしている生徒なら自分の寮で育てるような、よくある薬草ばかりである。授業でいざ使おうとしたら刈り取られていたから問題になっただけで、他からすぐ補充が効く。危険な魔法薬の材料になるようなものは厳重に封印できる棚に入っているし、そこには手出しされた様子はなかった。或いは、棚を開ける程度の知性がないのかもしれないが。

(……まーじで目的が分かんねェ)

魔力を集めることそのものが目的、と言われるとそれなりに納得は行くが……。必要な情報が足りていない気がした。思わずもちもちのリトルデビルの頬を揉む。リトルデビルは「あば、あば、」と悲鳴なのか歓声なのか微妙な声を漏らしながら素直に揉まれていた。

「あれ、ワース先輩じゃん」
「ん?」

覚えのある声が降ってきて、ワースは振り向く。研究ノートらしきものを乱雑に持ったカルパッチョがいた。……コイツ、ワースからの連絡を未読無視してる癖に。

「どうしてここにいるの?里帰り?」
「んな訳あるかよ、仕事だ仕事」
「フーン?」
「それよりお前、チャット見てねェのかよ」
「うん?何かメッセージ送ったの?」

言いながら、勧めてもいない席にあっさりと座り、端末を弄りながら「あ、まじだ」と淡白なリアクションをして、それ以上のコメントなくポケットに端末を戻した。コイツ本当に変わらないな、とワースは瞳を眇める。

カルパッチョ・ローヤンとワース・マドルの関係は、実は中等部まで遡る。

今でもカルパッチョはだいぶ生意気な後輩であるが、中等部の頃のカルパッチョは更に輪を掛けて生意気であった。なんせ、初対面のワースへの第一声が「この論文書いたのアンタ?」だ。どうだヤバいだろう。当時中等部の3年生であったワースは、勿論中等部1年生の天才児カルパッチョを知っていた。昔から研究者気質のカルパッチョはどうやらワースが1年生の頃に出した論文コンテストに自分も論文を出そうとして、ワースに辿り着いたらしい。過去の受賞者の中でも出来が良いと感じた筆者に当たっていたそうなので、今思えば結構可愛い後輩だと思うが、当時のワースの受け止めは違った。論文を出した1年の頃のワースのテーマは「魔メダカにおける色識別能力の有無」であった。というかあの頃は実験しやすいからという理由で魔法生物の研究にハマっていた。……が、3年生になると、「魔導無線通信の有効範囲と障害物の影響」を研究していた。ごりごりの魔法物理学である。生物の実験も割と楽しかったが、物理関係の実験の方が実験動物の世話の手間も少なく好奇心を満たしたのだ。ワースは研究そのものが好きなタチであるから、あまりテーマに拘りがなかった。だからこう、あれもそれもと手を出しまくっていたのだ。なので、2年も前の研究テーマでやれ手法がだの、あの考察は弱いだの言われてカチンと来た。なのできっちり、文字通り絞めて、「目上の人間への礼儀」と言うヤツを教えてやったのである。……いま思うと我ながら、実に幼い行動であるのだが。
カルパッチョの魔法は強力だ。マッシュがしたように女神像が倒れるまで物理攻撃を加える、というのはひとつの攻略法かもしれないが、なかなか出来ることではない。……が、それ以前にワースはカルパッチョの魔法と相性が良かった。だいたい、治癒の杖で女神像が吸収できるダメージも物理的なものに限る。なので、物理に頼らずカルパッチョが勝手に酸欠で失神するような事態には、対応出来ない。生理的な現象であり、治したり相手に反射させる部類のモノではないからだ。無論、ワースの泥魔法であれば、カルパッチョ本人の自傷を防ぎつつその程度を行うなど、造作もないし、そもそもカルパッチョは有名人過ぎたので、固有魔法も杖の性質もワースの耳にも届いていた。その時点でワースに分があった。ぶっちゃけ成長した今のカルパッチョに勝てるかどうかは怪しいが、当時はまぁ、全然余裕でカルパッチョを保健室送りにしてしまったのである。どうやらそこから、一目を置かれるようになってしまったらしい。
カルパッチョは本当に生意気な後輩なので、「先輩」呼びしている目上の人間がそもそも少ない。かのマーガレット・マカロンさえ呼び捨てにして「先輩」呼びしていない辺りにその生意気さの程が知れる。彼の中で研究的に尊敬出来る人間しか「先輩」と認めないのだろう。マカロンは探究心は厚いがそれはどちらかといえば戦闘方面であり、そう多く論文を書くタイプではないので、まあ仕方ない。……呼ばれているワース本人が言うとだいぶ恥ずかしいがワース以外に「先輩」と呼ばれる他のオルカ寮の面々を見るとそうとしか思えない。本当に面倒くさいガキンチョ過ぎる。

「つーかコイツ何。いつの間にワース先輩分裂したの」
「分裂してねェ。これは俺の魔導書」
「ハ?魔導書?」
「ぼくはリトルデビルー!」
「なにそのダサい名前」
「おい待て可愛いだろうがどう考えても」

むー、と不服そうに頬を膨らませるリトルデビルを興味深そうに見下ろし、「触っていい?」と許可を求めてくる。ワースはじっとりとその顔を見ながらわしわしとリトルデビルの頭を撫でてやる。撫でられている本人は、名前にケチをつけられたからか、カルパッチョを見る瞳が冷ややかだ。だいぶ嫌そうである。

「だってよリトルデビル。どうする?」
「ぼくいやだ」
「ハ?」
「嫌だってよ。諦めろカルパッチョ」
「何それ。自由意志があるの?先輩の人格を投影したんじゃなく?そんな魔導書聞いたこともないんだけど」
「だろうな。コイツ禁書指定受けてる魔導書だから」
「ハ???」

すこぶる分かりにくいが、カルパッチョの瞳が好奇心に爛々と光っている。分かる。ワースも当事者でさえなければ、「禁書使い」なんか面白すぎる。とりあえず子供の頃から取り憑かれていたことは伏せて、かい摘まんだ経緯を説明してやった。その間もせっせと頭を撫でているうちに、リトルデビルの機嫌も直ってきた様子だ。顎に手をやるカルパッチョがリトルデビルに顔を寄せてジロジロと観察し始める。あまりにも不審者である。マジで辞めろ。教員陣だってもう少し慎みがあったわ。手で追い払うが、全然めげる様子がない。仕方がないから膝に乗せたリトルデビルを向かい合うように抱き締め直すと、リトルデビルも不審者を見るような瞳をカルパッチョにくれる。基本的に他人に好意的なリトルデビルにしては珍しい。

「ねぇなんでワース先輩の形してるの」
「言語コミュニケーションが取れそうな禁書だったから?」
「なんでガキなのさ」
「運動能力と発話能力に問題ない年齢で、コイツも妥協出来る姿だったから?」
「意味が分からない前代未聞すぎる」

だろうよ、とワースも思う。なんせ、これでそこそこ論文を当たったが、人間の姿を取って発話する禁書はこれまで存在していない。禁書に意思があることは広く知られているが、術者本人でさえ、「会話」はしたことがないのだ。その為、禁書が起こした事件から類推するしかなかった。既にある程度方法論が確立していれば参考に出来たのだが、先人がいなさすぎて全てワースの試行錯誤だ。キラキラした瞳でリトルデビルを見つめるカルパッチョは、一応「待て」が利くらしい。恐らく魔導書の肉体がどういう仕組みになっているのか気になっているのだろう。ワースはひとつため息を吐いた。

「俺の泥魔法をベースに、リトルデビルに泥人形の作り方を覚えさせた。肉体も服も、コイツの泥魔法だ」
「術者の固有魔法を増幅させる魔導書なの」
「いや、多分本来は召喚魔法が書かれた魔導書だ。元は俺のセコンズに干渉してきたりしたからなぁ」
「何それ!知らないんだけど!」
「言ってねェもん」
「なんで教えてくれなかったのこんな面白いこと」
「だってお前、別に禁書の研究してねーじゃん」

カルパッチョも自身の固有魔法の性質からか、生物学を中心に興味の範囲に従って様々手を出すタイプだが、禁書を取り扱ったことはないはずだ。畑違い過ぎる。一応在学中はそれなりに親交があったとは言え、関心のない研究について話されても困るだろう。しかし当の本人は眉をひそめた。ワースの微妙な気遣いが気に食わなかったらしい。

「ワース先輩ていつもそうだよね。何に関心を持つかは僕が決めるから」
「いやお前、気に食わないとめちゃくちゃケチ付けて来るだろ」
「テーマ設定が悪いのは僕のせいじゃない」

ワースは頭を抱えた。まったく、変わっていない。いや、しばらく会っていなかった数ヶ月の内に人間的成長をしていても驚くが。
カルパッチョはこの調子でド詰めして来て後輩を泣かせたりとかする。ワース達の学年は全然言い返すが、指導教授よりもずっと手強いのだ。準備不足だと普通に言い負ける。ある意味、研究に真摯で真面目である。……だいぶ、行き過ぎているだけで。
じっとリトルデビルを見つめていたカルパッチョはおもむろに自己紹介を始めた。

「僕はカルパッチョ・ローヤン。ワース先輩の後輩。よろしく」

すっと差し出してきた手に、戸惑うようにリトルデビルはワースを見上げる。とりあえずワースは頭を撫でてやる。確かに、これまでリトルデビルが出会ったことのなかったタイプだろう。辛辣で、物怖じしない。物言いは好意的ではないのに好奇心がそそられさえすれば接近してくる。一応これで、悪意がないのだ。ちょっと生意気で失礼なだけで。

「こういうヤツなんだよ。気に入らなかったら握手しなくていい」
「ちょっと先輩」
「ううーんと、ワースの、こうはい?」
「きみにはまだ難しかったかな。ワース先輩の年下の友達ってこと」
「おともだち……」

ワースは若干考えた。カルパッチョと友達になった覚えはない。あと、「後輩」はあくまで経験や年齢が下の人物を指す言葉であって、「友達」という含意はない。しかし、そう面と向かって言われると、否定する理由もあまりない。というか、ちょっとうれしい。コイツ、俺のこと「年上の友達」だと思っていたのか。いつ会っても本当にクソ生意気だが、本当に、ほんのちょっぴりだけ、時々可愛いことを言う。リトルデビルはにっこりと笑ってカルパッチョの手を取る。

「ワースのおともだちならよろしくする!カルパッチョ、よろしくね」
「……この子精神年齢いくつ?だいじょうぶ?チョロすぎない?」
「お前なぁ……」

握手を求めておいてその感想はないだろう。厚かましい奴め。本当に相変わらず過ぎる。

「カルパッチョへんなやつー」
「まったくだ」
「ちょっと先輩、変なこと吹き込まないで」
「事実だろうが……おい、リトルデビルをつつくな」
「えー……」

羽ペンの先でリトルデビルの頬をツンツンと触っていたカルパッチョは唸った。ワースと同じ泥魔法を使っていると言っているのに興味が尽きないらしい。

「ところでワース先輩は、本当に何だってイーストンにいる訳?禁書管理局にいるんでしょ」
「いま図書館閉鎖してるだろ。その調査だ」
「フゥン」
「……お前は困ってないのかよ」
「寧ろ、図書館に行かなくても担任が参考文献を毎朝届けてくれて助かってる」
「あっそ」

さすがは神童。
どうしようもねェな。
一応他の後輩に聞いたのと同様に「赤い石」の心当たりを聞いてみたが、やはりそのように呼ばれるような生物の品種改良には取り組んでいないらしい。研究室に戻ったら実験用マウスが脱走していないかは確認して報告してくれるそうだが、きっちり朝夕と世話の記録を付けているカルパッチョに限って脱走に気が付かないというのはまずあり得ない。

「最近の騒動がその「赤い石」が犯人かも、ってのは分からなくはないけど、僕には関係ないかな」
「なんで。食堂とかやられてるんだろ?」
「だって、だいたい困らされてるのはアドラの連中だ。僕たちオルカには関係がない」
「…………なんだって?」

ひょい、とワースがマッピングした事件発生のピンは学園の至る所に立っている。カルパッチョはひとつひとつ指を刺した。

「これ、噴水が止まった報告をしたのはアドラの奴だ。ベンチで喋ってたら突然動かなくなったって。こっちもアドラの連中がまとまって学食に来てしばらくしたら厨房の火が止まった。こっちのも、使えなくなったのはアドラの奴が利用しようと来た時だもの」
「…………」
「授業明けに薬草が刈り取られてたんじゃ仕方ないけど、僕はコイツらの後の授業はないから問題ない」
「コイツら?」

ぱちくり、とカルパッチョは大きく瞬きをする。この神童はそういうところがある。自分のわかっていることは全世界の人間が理解していることだと無意識に考えていがちだ。ただ生憎と、凡人であるワースにはわからない。
最古の杖に選ばれた少年は、当然のように地図上の閉鎖された図書館を指差した。

「2-Aだよ。最初に禁書が暴れる事件があった日も、アイツらが図書館にいたはずだ」

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***



カルパッチョが異変の原因らしきものに気が付いたのは、2度目の禁書庫破りの事件と食堂動力喪失事件が起きた時、だそうだ。その時もカルパッチョは先に食事を提供されていたから特に困ることもなかったようだが、故に周囲を見る余裕もあり、何の気無しに事件に共通する人物を確認していたらしい。アドラ寮と交流がない訳ではないものの基本的にオルカ寮で研究に勤しみ、さほどアドラ寮生と動線が重ならないカルパッチョにとっては学内トラブルを避けるなど造作もなかった。故に「またやらかしてる」と思いつつ特に気にしていなかったらしい。自分に利害がなければ全てを放っておくとは、実に神童らしい行動である。……一応ワースが説教しておいたが、全然利いている様子はなかった。
カルパッチョに言われてから事件を全て洗い直した。確かに1度目の禁書庫破りが発生した時に授業中だった3クラスのうちの1クラスが2-A、当然2度目禁書庫破りの際にも生徒は一部被っている。細かな事件ではその場にいた人物を追うことができないが、授業に関わるトラブルでは薬草が消えたのも薬品が消えたのも、2-Aが授業中、ないし2-Aの次の授業で異変が確認されている。2-Aのアドラ寮生のリストと共にその旨をソフィナに報告すると、資料に目を通したソフィナは「なるほど」と頷いた。

「よく1日でここまで調べましたね」
「いっ、いやその、……後輩がおりますので」

ワースが行ったのは殆どカルパッチョの推論の裏取りである。ワースが考えて導き出した答えではない。それになにより、未だに「赤い石」の正体はわかっていない。けれどソフィナはころころと笑って「他人を使えるのも能力のうちですよ」と言った。そして居住まいを正して微笑む。

「どうしましょうか、この後。もし意見があったら聞きたいのだけれど」
「い、意見ですか……」
「ええ。ワースくんの意見です」

にっこりと微笑むソフィナを見ながらワースは少し腰が引ける。なかなか難しい問いであった。恐らく何か、試されている。
ワースは努めてゆっくりと、自分の唇を舐めた。以前「ただしく」ない判断を下したことで叱責を受けているので、正直かなり緊張する。手を握ったままのリトルデビルが、心配げにワースを見上げた。……いや、大丈夫。ワースはひとつリトルデビルへ頷いて見せた。

「原則的には、俺たちは帰るべきだと思います。禁書管理局の領分を超えていますし、所管でもない事案に知の神杖を縛り付けておく理由がない」

実のところ、リトルデビルの通訳を介して禁書たちが「図書館にも司書にも不満はない」と証言した時点でワースたちは帰って良かったのだ。ソフィナが残って被害書籍を探す手伝いをしたのは、ほとんどボランティアのようなものである。禁書管理局は、あくまでも禁書や魔導書の管理を専門とした局である。魔導書を所蔵する図書館に対しては、その管理に対する助言や提言、それでも魔導書を守る能力がないと判断したら蔵書を接収する権能を有する。外部からの攻撃で魔導書や禁書が強奪されたならともかく、今回のケースでは禁書庫から抜け出した禁書が自分で撃退してしまっている。それは禁書本体の防衛機能とでも呼ぶべきもので、もちろん望ましい図書管理ではないが、緊急事態においては仕方がないと理解されうる。警備体制についての助言は可能だが、開架の魔導書を守るべく禁書が動いている以上、禁書たちはこの図書館を縄張りと見なし、その内部を自分たちの庇護下と捉えているのは明白である。ここで保護を名目に禁書を回収するのは、禁書管理としても今後のイーストン魔法学校図書館との関係性を考えても、悪手でしかない。つまり、これ以上禁書管理局が出来ることはないのだ。加えて、禁書管理局の局長であるソフィナは忙しい。禁書が絡む緊急の事件だと認識したからこそイーストン魔法学校に来ただけで、そうでないのならば他の緊急案件を片付けるなり、やるべき事は山積している。このレベルな話なら、書面で十分である。「赤い石」の問題は依然として残っているが、外部者から蔵書を守るのは図書館の基本的な役割でもあるし、問題が学校にあるのであればこれはイーストン魔法学校が対処すべき話だ。魔法局内部の所管でいえば学校関係のトラブルは人材管理局。もしも「赤い石」を未知の魔法を持つ何かと見做すならば魔法魔力管理局。所管外の禁書管理局がくちばしを挟むことではない。模範解答を述べるとしたら、そうなるだろう。

「なるほど」
「ただ、」

小さく頷いたソフィナに、少し食い気味でワースは言葉を接いだ。ここで自分の意見が終わりだと思われては困る。……いや、ここから先は模範解答ではないし、「ただしい」判断とは言い難い。だからひょっとすると付け加えない方がワースの評価は高いのかも知れなかった。少しだけ瞳を丸くさせたソフィナが、手で先を促す。ワースはゆっくりと息を吸って、続きを口にした。

「……ただ、俺個人としては、「赤い石」を捕まえたって、禁書たちに報告してやるところまで事件に関わりたいです」

イーストン魔法学校の禁書たちはかなり「おとなしい」タイプだ。この「おとなしい」はずの禁書が書庫破りまでやらかして応戦するなど尋常なことではない。彼らは「赤い石」を魔導書にとってそれだけ大きい脅威と認めているのだ。「赤い石」の話が出るたびに嫌そうな顔をするリトルデビルの反応からしても、書籍一般への天敵のようなものだと分かる。そこまで理解しておいて、話を聞くだけで後は「所管外だから手出しできません」はあまりにも情がない。勿論、全てに情を傾けてはいられないことも、分かってはいる。そうであるなら、残る理由が必要である。

「俺個人としても禁書が示す言葉を理解する一助にもなりますし、禁書が強く拒絶反応を示す「赤い石」の正体は、俺たち禁書管理局でも把握していた方が良いと思います、ので……局長が禁書庫への助言をしている間、調査を続けさせて頂けないでしょうか」

だいぶでっち上げである。禁書の言葉研究であれば禁書管理局所蔵の禁書相手でも出来るしやっている。別に「赤い石」がなんだったのか知りたいならばイーストン魔法学校か人事管理局や魔法魔力管理局の調査結果を待てば良い。いずれもいま、ワースが残る理由にはならない。更に言えばソフィナの助言・指導は禁書庫に関してなら明日にでも完遂できるし、一部蔵書確認している一般開架や一般書庫を含んでも3日以内には完了するだろう。今でさえ「赤い石」の全貌が見えていないのだ、最長3日で判明するとはとても思えない。つまりこの「意見」は、だいぶワースの自己満足に近い願望に過ぎないのだ。ワースは、ちょっと震える。あり得ないことであるが、もしも実家にいる頃にこんな願望まみれで根拠薄弱な申し出をすれば、父親に殴られた。ソフィナが気性の荒い上司とも思わないし暴力的なタイプとも思わないが、それでも、少し怖い。暴力が、というよりは価値のない意見を言った人間と思われるのが。握りしめた先のリトルデビルの手が、柔らかくワースの手を握り返す。見ればにっこりと笑顔を返された。その刹那、ソフィナが、うふふ、と笑う。

「……なるほど、ワースくんの研究を口実にするのは悪くないかもしれませんね」
「え」
「悪くない意見です、ワースくん。実は、禁書庫整備と蔵書確認のお手伝いという名目で、図書館側から1週間ほど滞在する約束を取り付けました」
「え!?」
「私は図書館に入りますが、ワースくんは禁書の通訳をする可能性があるのでリトルデビルくんと校内に待機していて下さい。……その間、後輩や恩師と研究や近況についてすこし話し込んでいたとしても、それは不問にします」

人差し指を自分の唇に押し当ててソフィナは悪戯っぽく笑う。……なんてこった。

「1週間以内で「赤い石」の正体が分からなかった場合には、研究名目で人材管理局の調査に貴方をねじ込みます。……が、カルドに借りを作るのは嫌なので、なるべくこの1週間で解決して下さい」

ワースは呆然とした。いつの間に仕込んでいたのだろうか。あまりにもさすが過ぎる。くんと手を引かれて視線を下げると、リトルデビルが微笑んでいた。「ほらだいじょうぶだったでしょ、」とでも言いたげに。

「ワースくん?お返事が聞こえませんね?」
「は、はい!ま、任せて下さりありがとうございます!」
「ありがとうございますー!」

ワースとリトルデビルの返事を聞いてソフィナが「よろしい、」とひとつ頷く。その芝居めいた仕草にワースは柄にもなくわくわくとした。タイムリミットは1週間。最初に思い描いていた3日よりはずっと長いが、十分とは言い切れない。それでも絶対にここで、成果を出したい。

「がんばろーね」
「おう!」

拳を合わせる二人に、知の神杖はくすくすと笑って「任せましたよ」と呟いた。

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◆◇◆◇◆



仕方がないのだ、とわたしはわたしに言い訳をする。

だって、お腹空いて空いてどうしようもないのだ。
前にわたしを連れ回していた人間に比べて、このひとが色んなところに連れ回してくれているのは分かっている。アイツらと違って魔力に満ちたところにも一緒に行ってくれているのも理解している。けれど、わたしにはそれでは全然足りないのだ。このままでは死んでしまう。せっかく孵化したのに、それは嫌だ。

このひとがわたしに巻いた紐をちぎって、トン、とその横に降り立つ。くうくうと寝息を立てるこのひとの口からは芳しい香りがした。魔力を生成する生物特有の、呼気に含まれる魔力の残滓だ。
ごめんね、とわたしは謝る。
あなたを殺す気なんかこれっぽっちもないけれど、わたしだって食べないとやっていかれないのだ。苦しくない程度に、つらくない程度に、ちょっぴりだけ、魔力を分けて欲しいだけ。

口元に鼻先を近付ける。
すうっと息を吸い込んだ、その瞬間。

「貴様、何をしている」

ぴゃっと身体が飛び上がった。
暗闇の中に、鋭い眼光が見えた。
構える杖の先は既に魔力を迸らせて光っている。

「そいつから離れろ」

言われなくとも殺されては堪らない。
窓枠に足を掛け、ぴょいと身を踊らせる。

その重力は私を追ってくることはなかった。

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5 / 5


◆◇◆◇◆



「フ─────」

思わず重いため息が出る。
こんなに仕事にやる気が出ないことがあるか?
出勤したばかりだがもう帰りたい。

常日頃より規律に厳しい神覚者の重たいため息に魔法魔力管理局の面々は慄いた。ひそひそと、万が一にもご機嫌が斜めに走っている局長に聞かれないように囁きが交わされる。

「……弟さん今回はどうされたの」
「出張だって」
「そんなご無体な……」
「え、じゃあこの書類いつ回そう?昼休み明けがベストだと思ってたのに!?」
「諦めろ」「諦めた方が早い」

小さな悲鳴が上がったが、物思いに耽るオーターの耳には一切入っていなかった。
今年度に入ってから砂の神杖は優しくなった、というのが年次がそこそこ行っている局員共通の認識である。最初の数ヶ月は「まさかな、」という意見が大半であったが、ホリデー休暇を経て広く職員に「気のせいじゃなかった!」と受け止められた。その要因も分かっている。実弟が禁書管理局に就職したことであろう。……苗字こそ違っているが、そこはそれ、だ。去年までは近寄りもしなかった食堂から戻った砂の神杖は大変機嫌が良いので、ヤバい案件や締め切りが赤過ぎる案件は昼休み後に提出するのが暗黙の了解となっていた。これで砂の神杖からのお叱りを受ける確率が格段に下がるためだ。これまでは実弟と一緒の席にいるところは目撃されていなかったものの、実弟を見つめていたり、時に会釈などする姿が目撃されていた。お、お喋り出来ない感じの仲なのかな……!?と魔法魔力管理局内部はかなり騒ついていたが、直接聞くような猛者はいなかったし、いずれにせよ実弟とすれ違うだけでノリノリで仕事をしてくれるのであまり気にされていなかった。

ところが1ヶ月前、事件が起きた。

なんと、食堂で実弟と昼食を摂るオーター・マドルが確認されたのである。オーターと同じ年頃の子供がいる魔法魔力管理局の次席は感極まって泣いていた。だいぶ局長を心配していたので。一般局員たちには激震が走った。昼休み明けの局長が超優しくて。なんなら口元に微笑まで浮かべながら対応してくれる。あの日フロア内の局員の気持ちはひとつになった。お前笑えたのか……!と。暫くすると局内便で局長がせっせと小包みを送るようになった。送り先は当然禁書管理局の実弟宛である。局員たちは中身を探ろうだなんて無粋な事はしないが、次席の話によると実弟の好物をお取り寄せグルメで手に入れて、プレゼントしているらしかった。さすがに節度を考えて、週に1回だけ。なんともいじらしい。年配の職員はその話を聞いて結構胸を押さえた。何かが溢れ出しそうで。実弟はお礼の手紙とちょっとした贈り物を局内便で返しているらしく、配送でそれが返ってくると砂の神杖のテンションは爆上がっている。もちろん無表情であるのだが、なんというかこう、雰囲気が。
デスクの上に写真の1枚も飾らない局長の家族関係が劣悪であろう事は、局員の誰もが察していた。貴族の名門出身者であれば、さほど珍しいことではない。「無邪気な淵源」事件が終わってから、実弟との距離を縮めようと局長が努力していた事は、局員全員が知っていた。そして実弟との距離が縮まるたびに少しだけ局長の振る舞いに気遣いや優しさが混じるようになって来たのも。オーターが局長に就任した頃から知っているような局員はだいたい胸打たれていた。どういう心境の変化があったのかは窺い知れないが、「規律の鬼」と呼ばれ凡そ気遣い等とは無縁であった局長は非常に人間らしくなった。だから魔法魔力管理局局員一同、なるべく実弟には頻繁に局長と顔を合わせて機嫌を上向きに保つように、そしてなにより良好な関係性を維持していて欲しいのだが、……局が違う以上こればかりは仕方がない。

早く弟くん出張から帰ってこないかな。
局長これから弟くんと廊下ですれ違うこともなくなって正気を保てるのかな。できれば保ってて欲しいな。

……などと、局員たちに祈られていることを、当のオーターは知らなかった。
今週ワースへ贈る予定で取り寄せていたフルーツポンチは自分で食べるか。切ない味になることは分かっていたが、味を知っていた方が話題にしやすいかも知れない。……まぁ、いつワースが出張から戻れるのか現時点で不透明であるのだが。

「…………」

本当に今日、帰ったらダメだろうか。早退とか言う都市伝説を、使ってみるとか。
オーターらしくない感情が胸を渦巻く。いや、急な話であったとはいえ、オーターにもソフィナの意図は分かるのだ。大抵魔力や使える魔法の優劣で序列が定まる魔法局内で、人材管理局と禁書管理局は少し毛色が違う。他の局より随分と「政治力」がモノを言うのだ。例えば図書の配架や魔導書の扱いは魔力の過多よりも経験が生きる分野だ。親から子へ、経験を元に教え込めば適正のある職員になるし、自然と派閥も生まれる。横にも縦にも走る繋がりは時に頼りになるが、煩わしい足枷である場合も勿論ある。禁書を操るソフィナは圧倒的な実力で大抵の者を黙らせているが、その人事はさほど彼女の自由にはなっていない。つまりどう言うことかといえば、「ホリデー休暇後に突如禁書使いになった新卒」を幹部候補として、あるいは自身の弟子として扱うには、後押ししてくれる派閥がないワースには実績が足りなさ過ぎるのだ。墓地管理局出向での働きは基本的に考慮されない。あくまで禁書管理局内の序列の問題である。ワースが養子になっているウォーカー家は領地での慈善事業で有名ではあるもののその分魔法局に出仕するような家柄ではないし後ろ盾としては弱過ぎる。……勿論ないよりはマシだが。この場合相応しいのはマドル家だが、ワースに関しては両親が既に意地になってしまっている。オーターが当主の座を奪ってワースの籍を戻すのが1番話が早いのだが、恐らくワースが魔導書の言語能力に関する論文を書き上げる方が先だ。ワースの禁書「リトルデビル」の語彙力は初等部卒業程度までに成長していた。当初想定されたよりもずっと早い。「リトルデビル」の面談を行った医師によれば、ワースの前では子供らしく見えるように演技をしている節があるので、事によるともう少し語彙力上は上かもしれない。ともかく既に禁書管理局が所蔵する禁書との意思疎通を図らせる段階までに進んでいるので、間違いなくこの分野での第一人者にワースはなるだろう。ソフィナはこれにダメ押しで、禁書管理局局員としての実績を積ませたいのだ。この手の駆け引きはやはりカルドやソフィナが秀でているから、ワースを任せて良かったと言う感覚と、別の局の事情に口を挟めないもどかしさになんとも言い難い気持ちになる。
どんよりとしたデスクに怯えつつも1人の局員が「局長、」と声をかけて来た。仕事をしない訳にはいかないのでオーターはチラリとそちらを見る。その顔はテンションが底辺であるあまり些か睨んでいるかのようで、局員は大袈裟なまでに身体を撥ねさせた。

「すっ、すみません、確認いただきたい案件がありまして……!」
「ああ……魔宝石の案件ですか?」

遊園地で捕らえた闇取引の容疑者を引き取りに来てくれた捜査官である。遊園地にはしゃぐワースは最高に可愛らしかったな、とオーターは思い出して少し気持ちが安らぐ。捜査員は「あの節はお世話になりまして……」などと定番の定形文を口にしながら、困ったように眉を下げた。

「あの時の案件、ようやく容疑者が残りの魔宝石について吐いたんですが……やはり遊園地内では見つからず」

オーターが接収した時点でアタッシュケースの中には魔宝石が1つ足りないような状態であった。予想していた通り、その事で取引上揉めていたらしい。それはそうだ。石がひとつ足りなくて同じ値段を払えという方がおかしい。1cm程度の大きさと推定されたその石は、取調べによると、カーバンクルの額石であることが判明した。……まぁ、アレは魔宝石としてはだいぶ扱いが面倒くさい部類なのであるが、問題はカーバンクルは絶滅危惧種であると言うことと、1cm程度の大きさであれば適切な管理が出来ていなければ燃えて消失してしまう、ということだ。事件発生から1ヶ月程度。まだ燃え尽きていない可能性は、0とは言わないが。

「……既に灰になっている可能性が高いですね」
「まったく面目ない限りです……」

ワースと学生たちを返した後、遊園地は臨時休業させて魔宝石の探索を行った。その時点では犯人たちは魔宝石について何も話していなかったが、遊園地内も広さが限られている。証言は関係ない。実際にアタッシュケースを開いていたジェットコースター出口付近、そしてその近くの植え込みやオーターが男たちを捕らえた場所は念入りに調べられたが、それらしい魔力さえ探知できなかった。1cmほどの小さな魔宝石はどこかに忽然と、消えてしまったのだ。困ったことに、初めからアタッシュケースになかった可能性もある。そして当然、消えたのが遊園地内ではない可能性も。

「こればかりは仕方ないですね。あの中には別のカーバンクルの額石もありましたから、そちらで捜査を進めましょう」
「はい」

恐縮しきりの捜査員が去っていく背中を見ながら、オーターはぼんやりと考える。あの大きさの額石であれば、恐らく母体から生まれたばかりの赤子のカーバンクルである。可能であれば故郷の鉱山に戻してやりたいものだが。

(……とはいえあの大きさのカーバンクルの子供に何が出来るわけでもありませんし……)

食事もろくに摂れず燃え尽きていると思うと少し切ないが、こうなっては仕方がない。ふと窓に視線をやる。突き抜けるような青空がキラキラと輝いていた。
 

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カナリヤ 7
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◆◇◆◇◆




……おなかが、すいた

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◆◇◆◇◆



ワースはチャット画面の前でうーんと唸り声を上げた。説明、しなければならないけれども、これなんて言ったら良いんだろうか。呼び出して直接言うほどのことでもなく、かといって放っておく訳にもいかず……。

(……えーい!らしくねェぞ!)

実につまらない悩み事ではあるが、こんなところでウジウジとしている自分は全然よろしくない。考えた文面を頭から読み返し、意を決して送信ボタンを押す。数秒して既読が付いた。……オーター、いっつも読むの早ェんだよな……。
悩みに悩んだワースのメッセージへのオーターの返事は、「何故?」であった。何故もクソもない、フツーに仕事だ。

(来週からイーストン魔法学校に出張するので、……と)

突然の話ではあったものの、調査メンバーに選ばれたのはワースにとっては光栄なことだ。間違いなく。トランクに詰めた荷物は最低限ではあるものの、必要十分な程度だと思う。……長期任務は初めてなので、ひょっとすると見落としがあるかも知れないけれども。そう、今回は終了期間がいつになるか見通しが立っていない調査なのだ。とはいえ宿舎はイーストン側が準備をするし、卒業生でもあるので校内地図は頭に入っている。

(頂いているフルーツポンチ瓶は一旦贈らないでいただけると助かります、と……)

……なんでこんなメッセージを書いているんだっけ。
ワースはきゃらきゃらと膝の上に乗って笑うリトルデビルをくすぐってあやしながら、極端にも程がある砂の神杖へ思いを馳せた。
フィンの誘いで遊園地に一緒に行って連絡先を交換した後、当初思っていたよりもかなり頻繁にワースはオーターに連絡を取っている。というのも、食堂で会うからだ。
元々レナトスから食堂に行く自分をオーターが気に掛けているとは聞いていたのでワースも何の気無しに食堂を見渡すようになった。すると、多忙で有名なはずの魔法魔力管理局局長が、全然フツーに列に並んでランチを選んでいるのである。びっくりした。遠巻きながら目が合えば挨拶をするし、そのうちにオーターが基本的に食堂で昼食をとっていることに気が付いた。たまたまオーターの方が列に入るのが早かった日に、同席しても良いかと尋ねたら快く承諾されたのである。あの時は心臓が爆発するかと思った。それ以来、ワースも見かければ同じ席に座るようにしているし、オーターも気が付いたら声を掛けてくれるようになった。ほぼ毎日昼食を共にしているので、出張や研修で局内にいない時は事前にオーターへメッセージを入れるようにしている。その頃くらいからだっただろうか。オーターから週に1回小包みが届くようになったのは。中身は、ワースが好物だと言ったフルーツポンチである。どれも名店のものだから、明らかにお取り寄せグルメ、というやつだ。貰いっぱなしは申し訳ないので、一応ワースもちょっとした品とメッセージカードを添えて局内便で送ることにしている。昼食時に直接渡せばいいと思う向きもあるかと思うが、向こうが頑なに局内便なのだからこっちももう意地である。そんなこんなで奇妙なプレゼント合戦が続いている、訳であるのだが。

(……そろそろフツーに、ディナーとか誘ってみたいよな)

ほとんど毎日昼食を共にしているだなんて、めちゃくちゃ仲良しじゃないか、とワースの基準では思うものの、実のところ示し合わせて一緒に出かけたことはない。行けない時はいけないと言ってるだけで、待ち合わせをしたことがないのだ。それって、どうなんだろう。っていうか、あっちはどう思っているんだろう。

(よし、今回の出張が終わったら、……誘ってみる)

なんか失敗するフラグみたいだなぁと思ったが、縁起の悪いことは考えないことにする。気合いは入るのだから良いのだ。事件資料を最後に詰めて、ワースはトランクを閉じた。



***



ほんの数ヶ月前まで通っていた学び舎は、こんな短期間で変わるはずがないのに大きく聳え立って見えた。……とはいえこれでも、数週間前に後輩に会いに訪れてはいるのだが、仕事の為に訪問するとなると、なんだか奇妙に存在感がある気がする。

「もしかしてワースくん、緊張してます?」
「ええと、……まぁ、一応……」
「あらあら」

知の神杖ソフィナ・ブリビアは口元を片手で隠して上品に笑った。彼女も大きめなトランクを持っている。一応荷物持ちをした方が良いかとは聞いたのだが、「貴方は付き人ではありませんから」と一笑に付された。その言葉を額面通りに信じて良いのか、正直ワースでも悩むところではある。最近、ソフィナから直接指導してもらうことが増えた。もちろん一般的な図書館学は修めてから就職しているのだが、魔導書の使用方法から特殊な修復紙を使用した魔導書の修理方法、ペンと紙を使った簡易魔法陣の作り方、そして禁書を使用した戦闘訓練など、その指導は多岐に渡る。はっきりと明言された訳ではないが、事実上ソフィナの弟子のように扱われていることに、なんとなく気が付いていた。弟子であれば、師匠の荷物は持つべきだろう。……いや、よく分からないけれど、一般論として。

(……でも、上官の荷物ってことだしな〜〜)

ソフィナはワースが足元にも及ばない程の禁書使いだ。当然持ち物にも禁書が含まれるので、下手に他人に荷物を持たせられないのかも知れない。だから荷物を持たせないようにしたのかも。判断し難い。悩ましい。ワースと手を繋いだリトルデビルは困ったように首を傾げた。いや、こんなことで悩んでるワースが悪いのだが。それを見てソフィナがくすくすと笑う。

「たいした荷物でもないですし、宿舎がそもそも別れてしまいますからね。勿論違う雑用は任せるので、その時はよろしくお願いします」
「はい……」

気を遣わせてしまった。
ワースはきゅっと唇を噤む。難しい。
事務室で手続きを済ませ、すぐに校長室に通された。当たり障りのない挨拶をして、それぞれ宿泊する職員寮に通される。この後は図書館館長との面会予定だ。そしてイーストン魔法学校が所有する禁書を閲覧させて貰う手筈である。ワースは荷物の中から事件資料を入れた封筒を取り出した。事前に頭に叩き込んであるが、一応、である。
つい2週間ほど前、イーストン魔法学校図書館が所蔵する禁書庫に異変があった。禁書が、内側から書庫破りをしようと暴れ出したのだ。所蔵する5冊のうち、5冊ともが、である。幸い防御魔法が作動して書庫破りは達成できなかったものの、原因が分からない。授業時間中であったが、図書館を使用していた授業に問題は認められなかった。イーストンに収められる禁書は、一応「おとなしい」タイプで、突然謂れもなく暴れ出す性格の禁書ではない。対策として5冊の禁書をそれぞれ別の書庫に保管をしてみたところ、翌週の放課後に再び禁書は一斉に暴れ出した。こちらも防御魔法が作動したが、なんとそのうちの1冊の禁書が書庫破りに成功し、一般配架に出て来てしまった。図書館を利用していた生徒に被害はなかったものの、大変由々しき事態である。直ちに禁書管理局に連絡が入り今回の出張となった。現在図書館は閉鎖され、貸出希望の生徒は担任を通じて申請書類を提出することになっていた。閉鎖措置を取ってからは禁書たちが暴れるような事態は発生していないが、相変わらず原因不明である。

(2週間前に暴れた時に授業をしていたのは3クラス、1週間前に暴れた時に図書館にいた生徒数は76名……)

そのうちで被っている者は52名、図書館職員では8名だ。図書館を使用した調べ学習だったそうなので、必然的に課題も出ており、利用者が重なっていても不自然なところはない。この総勢60名は既に事情聴取が済んでいて、引っ掛かるような証言はない。

(普通は禁書の縄張りに入って来た「何か」に反応したと見るべきなんだろうけど)

禁書は結構好き嫌いが激しい。逆に言えば、人間の「好み」が一致しないことの方が多い。どちらの事件にも共通する1年生は27名いるから入学から今まで一度も図書館に来たことがなかった誰かと仮定することは出来るが、現実的ではないし、5冊一気に暴れる状況になるほど魅惑的な人物が存在するかは疑わしい。

(……基本的に、禁書が暴れる理由がねェんだよな)

よっぽどの火炎系の魔法を持っているならさすがの禁書も警戒するかも知れないが、2度の事件に居合わせた火炎系固有魔法持ち28名の中で特筆すべき生徒は2-Aのドット・バレットくらいだ。「無邪気な淵源」事件の際にも活躍しているし、文字通りの火力という意味で学年どころか学校の中でも上位に数えられるだろう。けれど、禁書が警戒すべきほどの使い手かと言われると、正直疑問である。5冊中3冊は元の所有者の影響で「爆発」に分類されるタイプの炎に強いのだ。

(ま、ここで考えていても仕方ねェか)

事件が起きた際に図書館にいた生徒や職員が原因ではないかもしれないし。いずれにせよ禁書を見てみないことにはなんとも言えない。リトルデビルの手を引いて、ワースは女性職員用の宿舎前で待つ。ややあってソフィナが現れた。

「お待たせしました。行きましょう」
「はい」

職員宿舎は、ある事自体は知っていたが、近くの街に住んでそこから通う教員も多く、生徒も近づくような場所ではないから長く在籍していた割には見覚えがない。実際入居者も少ないらしく、殆どが新任教師であるうちに宿舎から出てしまうのだそうだ。寮がある分、当直のような仕事があるそうなのだが、基本的に寮を取り仕切るのは寮長の役目であるし教員には関係ない。……ただ、年がら年中職場で過ごす、というのが煩わしいのは社会人1年目のワースにも分かる。

「そういえばワースくんはイーストンの卒業生でしたね」
「はい。……実は先日も、後輩が研究発表控えてるので激励と差し入れに来てまして」
「まあ。後輩さんたちと親交が厚いんですね」
「俺はレアン寮だったんですが、今も幼馴染が在籍してます」

ひょっとしてこれは、学生に聞き込みすることになったら自分が行くのかな、とワースは心の中で当たりをつける。事件時に図書館にいた学生はある程度ばらつきがあるとはいえ全ての寮に関係しており、中でもやはりオルカ寮生が多い。そっちを当たるなら後輩の誰を通すのが1番楽か、知り合いのリストを頭の中で思い浮かべる。
程なくして図書館に辿り着き、事務員の案内で館長の部屋に通されてやはり型通りの挨拶を受けた。禁書管理の専門職員は館長の隣でしきりに汗を拭いている。ワースはちょっぴり同情した。禁書庫を任されるくらいだからそれなりの使い手でもあるし、権限も高いのだろう。それが外側からならともかく内側から書庫破りをされた挙句、魔法局に頼る羽目になるなんて、胃が痛いに違いない。ソフィナはいつものように品よく穏やかであるが、きっとそれも得体の知れない圧力に感じるだろう。
報告書通りの5冊分の禁書の性質説明を受け、ようやく禁書庫に入ることになる。事件を受けて更に厳重に防護魔法を施してあるが、また一斉に別の場所で暴れられては対処が出来ないという理由で禁書5冊はひと所に纏められている。重厚な扉を手筈取り開錠し、ゆっくりと押し広げる。そこにはそれぞれ独立した魔法で封印された禁書が並んでいた。

(……なるほど、これはたしかに「おとなしい」部類だな)

禁書管理局が所蔵している禁書の中には、鎖を渡して読めないように封印魔法をかけた上で、更に禁書本体の力を封じる魔法を掛けられたものが複数ある。なんというか、書籍の性と言うべきなのか、「人間に自分を読ませたがる」禁書はままいる。そのタイプは、本当にタチが悪い。本を開けるほどの魔力がない人間にも平気で自分を開かせようとするし、なんなら開いた状態でこちらの視界に飛び込んでこようとする。露出狂かよ。ただ、読むと魔法が発動して読んだ人間が血を吐いて倒れる、なんてタイプもいるのでどちらかといえば辻斬りに近い。禁書管理局ではある程度の間隔で「読める」局員がこの手の魔導書を宥めてやるのだが、そういう特殊な期間でない限りは書庫内に厳重に閉じ込められる。イーストン魔法学校図書館所蔵の禁書たちは、そう言った「うるさい」タイプの禁書に対応するための魔法が全く施されていなかった。
ワースとリトルデビル、ソフィナと責任者の司書が書庫内に入って内側から書庫を閉じる。ここまでしなくともこの禁書たちは外に逃げ出す気はないだろうが、一応だ。

「……では、封印を緩めて下さい」
「はっ、はい……」

司書は半信半疑ながら、禁書5冊に掛けられた封印魔法を解く。禁書たちの様子はというと、やはり落ち着いたままだ。すこしソワソワしているような気がするのは、ワースの期待がそう感じさせているのかも知れない。ソフィナの目配せを受けて、ワースはリトルデビルの手を引いて少し前に出る。この部屋にある3対の瞳は間違いなくこちらへ向いていた。なんとも言い難い緊張を抱えながらも、ワースは自分の禁書に声をかける。

「リトルデビル。お話できそうか?」
「やってみるー!」

元気に拳を天井に突き上げたリトルデビルは、ニコニコとしながら禁書たちに向き直る。そして、すうっと息を吸い込んだ。その瞬間、声と取るべきか、音取るべきか、波と取るべきか、非常に微妙な旋律がワースの耳に響いた。子供の頃から聞こえていた、「悪魔」の声である。コレが禁書の所有者以外に聞こえているのかは正直ワースには分からないが、ソフィナや司書の表情を見る限り、「何か」は感じている様子である。リトルデビルの音に呼応して、知らない旋律が響き渡る。当然のことながら、ワースには何を言っているのか分からない。たぶん他の禁書の「声」なのだろう。いくつかやり取りを重ねて、ムッと眉を顰めたリトルデビルがワースを見上げる。

「なんかね、ここ、いしがでるみたい」
「石?」
「そう。あかいいし。ぼくたちをかじろうとするのよ」

言って、話を聞くのも嫌だとばかりに耳に手をやって顔をブンブンと振る。なるほど分からん。「かじろうとする」にリトルデビルの強い忌避感がある、というのはよく伝わってくるのだが。しかしこの理解できなさは、幾つか想定されたパターンの内に収まる範囲ではある。

「その石がいまどこにあるか聞いてもらえるか?」
「ん!」

再び禁書と交信をしたリトルデビルは元気に答える。

「またとしょかんにきたらわかるけど、いまはここにいないからわかんない!……だって!」
「なるほど」

腕組みをしてやり取りを見ていたソフィナは深く頷いた。



***



魔導書は、当たり前であるが、書籍である。当然文字が書かれているのだが、言語的なやり取りが出来る魔導書は現在のところ見つかっていない。なんせ、書籍である為に声帯がないからだ。テレパシーのような波動でコミュニケーションを取る種族もいることから、そのような方向性の研究はこれまでも進められていた。人間には認識できない「何か」を介して、特に「禁書」と呼ばれる書籍は自身の意思を伝えられるらしいことは知られている。実はこの出張の前に禁書管理局所蔵の禁書とリトルデビルを「喋らせ」る試みは複数回行っていた。ワースの研究を禁書管理局が後押ししてくれている形である。その時は固有名詞が出るようなやり取りはさせていなかったから気が付かなかったものの、禁書たちのやり取りも彼らなりの独自の言語感覚が反映されているらしい。或いは、リトルデビルの語彙力が追いついていない可能性もあるが、それは一旦保留としよう。ともあれ今回の出張には、暴れ出した禁書の確認とその管理への助言の他、リトルデビルがどの程度禁書たちとコミュニケーションが図れるかを実験する意味合いがあった。

「よーし、リトルデビル。じゃあ聞いてくぞ。お前らの言葉的には俺はどう見える?」
「カナリヤ」
「局長は」
「もじ」
「えーと、じゃあオーターは」
「おすな」
「レイン」
「けん」
「フィンは」
「ちょうちょ」
「ウォールバーグ校長」
「おそら」

この後、図書館長や司書の名前も挙げてみたが、いずれも本人の固有魔法に関係する物品をリトルデビルは口にした。面会しただけで直接魔法を使ったところを見たことがない人物に対しても正答を導き出している。念のためワースにも事前に固有魔法を教えられていない人物も含めたので、禁書たちが人間を固有魔法で捉えていることは間違いないだろう。だが……。

(俺だけなんか毛色違くね?)

ワースは泥魔法の使い手なので、通常であれば禁書の認識も「泥」となるだろう。というか、黄色でなければ鳥要素とかもないんだが。なんで「カナリヤ」?……まあそこは禁書たちには何か理解できる要素があるのかもしれない。一旦気にしないことにする。リトルデビルも一応は魔導書である。本人の言語感覚的に人間の言葉に翻訳しきれないものもあるだろう。

「そこで赤い石、ですか……」

図書館の応接室で出された紅茶を飲みながらソフィナは、ううん、と唸った。
リトルデビルが禁書たちから聞き出した証言は、実際少しユニークであった。禁書たちは確かに2度ほど暴れてしまったが、それは別に司書たちに不満があった訳でも図書館に要望があった訳でもない。「赤い石」が侵入してきたからだという。最初の1回は「変なの来てるな」と思っている隙に一般書庫の魔導書が「齧られそう」になったから、慌てて威嚇したのだそうだ。「赤い石」も驚いた様子でその時に「齧られた」書籍はなかったという。しかし2回目は、禁書たちが警戒しているにも関わらず侵入してきた「赤い石」が真っ先に魔導書を「齧ろうと」したらしい。再度の無体に怒った禁書が書庫を破り、「齧られ」かけていた魔導書を助けにきた、という状況だったのだそうだ。禁書が言うにはこの時も「齧られた」魔導書はないそうだが、人間目線で被害がなかったかどうかは分かっていない。……やはりイーストンに収められている禁書たちは、禁書にしては本当に随分と「おとなしい」性格をしている。
いま現在、職員たちにあの日抜け出した禁書のルートを再度確認して貰っている。一応「齧られ」かけた書籍の名前は聞き出しているが、被害がそれだけとも限らないし、禁書たちのいう「赤い石」への手掛かりにもなる。というか、魔導書を「齧る」とはどういう状態なのか。修復が必要な状態になってしまっているならば回収しなければならない。魔法局から来ているワースとソフィナが他人の図書館で好き勝手に被害図書を探す訳にはいかない故の、一時待機であった。ワースもうーんと唸って腕を組む。

「赤って言ったらだいたい火炎系の魔法な感じはしますけど……齧るのか」
「かじるよ!がぶーって!」

炎に並んで書籍の敵といえば鼠や虫である。魔法生物で魔導書を齧れるほどの咀嚼能力を持つものはピックアップしてみたが、いずれもイーストン魔法学校に棲息するものはない。学生たちが研究で使用する魔ネズミは飼育されているが、そこまで品種改良されているかどうか……。

(……いや、カルパッチョとかならやりかねねェな……)

齧らせるなよ、魔導書を。
ワースは心当たりのある後輩の顔に頭を抱えた。いやあの神童以外にも何人か、やばい品種改良をしてそうな心当たりがいる。最悪すぎる。容疑者が多い。しかも先輩として庇ってやりたくない奴らばっかりだ。本当に嫌過ぎる。絶対に同類と思われたくない。
実験用マウスは真っ白で瞳が赤い品種を使うことが多い。その赤い瞳を以て、禁書たちが「赤い石」と呼称した可能性はあった。まさかと思うが動物を連れたまま図書館に入ってきた馬鹿がいるのだろうか。見つけ次第殴るが。
ワースの嫌な懸念をソフィナに伝えると、知の神杖は静かに「なるほど」と呟いた。

「それでは二手に別れましょう。図書館は禁書が目指した棚周辺の蔵書の確認をしなければなりませんし、私もそちらを手伝いに行きます。館長からは禁書の管理体制についてのアドバイスも求められていますので、ついでに禁書庫内部も調査しておきます。ワースくんはその間に、生徒たちに聞き込みを」
「はい」

実験動物が逃げ出して魔導書を「齧れる」だけの力を手にしていたらそれはそれで問題である。状況によっては魔法生物管理局に引き継ぐ必要があるかも知れない。一応ワースの中で心当たりがある後輩の中に今回の事件で事情聴取を受けた生徒はいない。ただ、オルカ寮生が含まれるので、どこかで品種改良を受けた実験動物をカバンに入れて連れてきてしまった可能性は拭えない。……本当にやだ。辞めてくれ品位が問われる。

「リトルデビルくんは、また魔導書の通訳をお願いする必要があったらお願いしますね」
「はーい!」

ソフィナの言葉にリトルデビルは元気に手を挙げて応えた。瞳を細めてソフィナがリトルデビルの頭を撫でる。
禁書庫に入る可能性がある以上、通信の一部はジャミングされて普通の通話は通じない。ソフィナが使用している特殊な端末の連絡先を自分の端末に入れて、ワースは図書館を後にした。
重厚な扉を開けると、書籍の劣化防止のために陽の光があまり入り込まない図書館と違って、燦々と晴れ渡る晴天が憎たらしい程に高い位置にあった。遠くでチャイムの音がする。教室で聞いていた頃よりずっと軽やかなその響きをどこか新鮮に聞き入っていた。



***



取り敢えず各寮長に捜査協力願いの旨を出し、リトルデビル通訳による禁書たちの証言を調書としてまとめてソフィナ宛にメールで提出する。午前中空きがある教師陣ひとりひとりを回って暫く騒がしくする詫びと協力を仰ぎ、昼休みは連絡が戻ってきていなかった寮長の元に赴いて口頭で話を付け、シュエンはじめ、久しぶりに会うレアン寮の後輩たちの元へ顔を出してしばし休憩をした。事件が起こることが前提にあるような墓所と違って図書館は大抵他の所有者のものであるし、その性質上、部外者を嫌う。ワースは卒業生だから比較的教師陣も覚えており話が早いが、単身図書館で仕事をしているソフィナは大変だろう。顔見知りで手の空いている教員には「禁書使いになったんだって?」「そうなんですよ」から始まりリトルデビルを観察されつつ聞き込みをしたが、禁書たちが警戒する「赤い石」に繋がりそうなものはやはり心当たりがない様子であった。

(実験用マウス、はあり得ない話じゃねェけど)

そもそもマウスに火炎系の魔法を覚えさせることはあまりない。ま、覚えない訳でもないが、あんまり流行りの研究ではない。実験は大抵研究室を使う必要があるので、中等部生までなら誰が何の研究に興じていたか覚えがある。とりあえず生物に関係のある研究をしていた奴にはそれに類する何かを知っているか、片っ端から質問を送りつけた。図書館閉鎖から1週間、解除の目処も経っていないからか、皆反応が早い。共同研究をしているような生徒は図書館の会議室をよく借りているから、本当に困るのだろう。可哀想に。

「んー……」

集まってくる情報にはあまり捗々しいものはなかった。というのも、最近のイーストン魔法学校は、図書館以外でも問題が発生しているらしい。
やれ実験棟の魔素が強い薬草が盗まれただの、中庭の噴水を動かす装置が止まっただの、食堂の厨房の火が完全に落ちてランチが大混乱に陥っただの、ちょっと施設の不備が多すぎではないか?という話がぞくぞくと集まってくる。図書館閉館もその延長線と捉えている生徒が多く、事態としてはかなり深刻だとワースは思うが、生徒の方は深く気にしていない様子だった。

(……施設の不備、なのか?)

膝の上に乗るリトルデビルの頭を撫でてやりながら、ワースは片手でひとつひとつの事件の概要と起きた場所をマッピングしていく。あまりにも広範囲だ。しかし、学生であれば誰しも通り掛かるような場所で起きている。禁書たちの話によれば、「赤い石」は図書館にはない。けれど2度もやってきたのだから、校内に留まっている可能性は非常に高い。その上で校内で多発するトラブルだ。魔法学校である以上、変な実験をした生徒が起こした可能性も捨てきれないが、禁書の調査に来た者としては関連性を疑わずにはいられない。

(っても、みんな使う場所なんだよなァ……。あ、いや、食堂は教員は使わないか……)

教職員の可能性は落ちる、……だろうか?
現時点ではまだそこまで言い切れない。
ふと時計表示を見れば、そろそろ最終授業が終わりHRの時間になる。早い教員は5分で終わらせるから、ワースも聞き込みの約束をしている後輩たちに会いに行かねばならない。

「気が重いなぁ……」
「だいじょーぶ?あかいいしががぶー!ってきたらね、ぼくがえいってするのよ!」
「おー、……任せるぞリトルデビル」
「えへへへへ」

禁書たちの話を聞いたリトルデビルはもうすっかり「赤い石」を警戒してしまっている。「がぶー!」と言うが、人間にも襲いかかるタイプの魔法生物なのだろうか。設備不備が何件も発生している割には、生徒や職員が怪我をしたと言う情報は一切ない。生身の人間が襲われていない理由は、一体何だろうか。

(人間を襲えないサイズの魔法生物か?それとも元々が使い魔だったりするのか?)

未だに「赤い石」の正体は全く分からない。人間の悪意が間に挟まれているかどうかも含めて。終業のチャイムを聴きながら、調書を取る為のバインダーだけ持ってワースはその場を後にした。



***



ペンの後ろで頬を掻きながら、ワースは唸った。全然分からん。
一応今日約束した全員には「赤い石」に連想される魔法生物について尋ねたが、実験や実験動物で心当たりがある者は居なかった。代わりに現在イーストン魔法学校で起きたトラブルを集めてみたところ、こっちはどれもこれも生徒であれば行くようなところで起きている。内包される魔力の多い薬草がなくなっていたり、やはり魔力精製水が消えていたり、どこかの施設を動かす魔力がごっそり抜かれたり、大なり小なり「魔力が奪われた」事件と考えることが出来るが、魔法界において基本的な動力は魔力である。あまり意味のある分類ではない。
盗まれた薬草や薬品のリストを見ても、単体で内包する魔力が多い共通点があるのみで、組み合わせて劇薬を作れるようなものではなかった。……というか、だからこそ平気で盗まれるようなところに置いてあるのだ。なんなら薬品系の研究をしている生徒なら自分の寮で育てるような、よくある薬草ばかりである。授業でいざ使おうとしたら刈り取られていたから問題になっただけで、他からすぐ補充が効く。危険な魔法薬の材料になるようなものは厳重に封印できる棚に入っているし、そこには手出しされた様子はなかった。或いは、棚を開ける程度の知性がないのかもしれないが。

(……まーじで目的が分かんねェ)

魔力を集めることそのものが目的、と言われるとそれなりに納得は行くが……。必要な情報が足りていない気がした。思わずもちもちのリトルデビルの頬を揉む。リトルデビルは「あば、あば、」と悲鳴なのか歓声なのか微妙な声を漏らしながら素直に揉まれていた。

「あれ、ワース先輩じゃん」
「ん?」

覚えのある声が降ってきて、ワースは振り向く。研究ノートらしきものを乱雑に持ったカルパッチョがいた。……コイツ、ワースからの連絡を未読無視してる癖に。

「どうしてここにいるの?里帰り?」
「んな訳あるかよ、仕事だ仕事」
「フーン?」
「それよりお前、チャット見てねェのかよ」
「うん?何かメッセージ送ったの?」

言いながら、勧めてもいない席にあっさりと座り、端末を弄りながら「あ、まじだ」と淡白なリアクションをして、それ以上のコメントなくポケットに端末を戻した。コイツ本当に変わらないな、とワースは瞳を眇める。

カルパッチョ・ローヤンとワース・マドルの関係は、実は中等部まで遡る。

今でもカルパッチョはだいぶ生意気な後輩であるが、中等部の頃のカルパッチョは更に輪を掛けて生意気であった。なんせ、初対面のワースへの第一声が「この論文書いたのアンタ?」だ。どうだヤバいだろう。当時中等部の3年生であったワースは、勿論中等部1年生の天才児カルパッチョを知っていた。昔から研究者気質のカルパッチョはどうやらワースが1年生の頃に出した論文コンテストに自分も論文を出そうとして、ワースに辿り着いたらしい。過去の受賞者の中でも出来が良いと感じた筆者に当たっていたそうなので、今思えば結構可愛い後輩だと思うが、当時のワースの受け止めは違った。論文を出した1年の頃のワースのテーマは「魔メダカにおける色識別能力の有無」であった。というかあの頃は実験しやすいからという理由で魔法生物の研究にハマっていた。……が、3年生になると、「魔導無線通信の有効範囲と障害物の影響」を研究していた。ごりごりの魔法物理学である。生物の実験も割と楽しかったが、物理関係の実験の方が実験動物の世話の手間も少なく好奇心を満たしたのだ。ワースは研究そのものが好きなタチであるから、あまりテーマに拘りがなかった。だからこう、あれもそれもと手を出しまくっていたのだ。なので、2年も前の研究テーマでやれ手法がだの、あの考察は弱いだの言われてカチンと来た。なのできっちり、文字通り絞めて、「目上の人間への礼儀」と言うヤツを教えてやったのである。……いま思うと我ながら、実に幼い行動であるのだが。
カルパッチョの魔法は強力だ。マッシュがしたように女神像が倒れるまで物理攻撃を加える、というのはひとつの攻略法かもしれないが、なかなか出来ることではない。……が、それ以前にワースはカルパッチョの魔法と相性が良かった。だいたい、治癒の杖で女神像が吸収できるダメージも物理的なものに限る。なので、物理に頼らずカルパッチョが勝手に酸欠で失神するような事態には、対応出来ない。生理的な現象であり、治したり相手に反射させる部類のモノではないからだ。無論、ワースの泥魔法であれば、カルパッチョ本人の自傷を防ぎつつその程度を行うなど、造作もないし、そもそもカルパッチョは有名人過ぎたので、固有魔法も杖の性質もワースの耳にも届いていた。その時点でワースに分があった。ぶっちゃけ成長した今のカルパッチョに勝てるかどうかは怪しいが、当時はまぁ、全然余裕でカルパッチョを保健室送りにしてしまったのである。どうやらそこから、一目を置かれるようになってしまったらしい。
カルパッチョは本当に生意気な後輩なので、「先輩」呼びしている目上の人間がそもそも少ない。かのマーガレット・マカロンさえ呼び捨てにして「先輩」呼びしていない辺りにその生意気さの程が知れる。彼の中で研究的に尊敬出来る人間しか「先輩」と認めないのだろう。マカロンは探究心は厚いがそれはどちらかといえば戦闘方面であり、そう多く論文を書くタイプではないので、まあ仕方ない。……呼ばれているワース本人が言うとだいぶ恥ずかしいがワース以外に「先輩」と呼ばれる他のオルカ寮の面々を見るとそうとしか思えない。本当に面倒くさいガキンチョ過ぎる。

「つーかコイツ何。いつの間にワース先輩分裂したの」
「分裂してねェ。これは俺の魔導書」
「ハ?魔導書?」
「ぼくはリトルデビルー!」
「なにそのダサい名前」
「おい待て可愛いだろうがどう考えても」

むー、と不服そうに頬を膨らませるリトルデビルを興味深そうに見下ろし、「触っていい?」と許可を求めてくる。ワースはじっとりとその顔を見ながらわしわしとリトルデビルの頭を撫でてやる。撫でられている本人は、名前にケチをつけられたからか、カルパッチョを見る瞳が冷ややかだ。だいぶ嫌そうである。

「だってよリトルデビル。どうする?」
「ぼくいやだ」
「ハ?」
「嫌だってよ。諦めろカルパッチョ」
「何それ。自由意志があるの?先輩の人格を投影したんじゃなく?そんな魔導書聞いたこともないんだけど」
「だろうな。コイツ禁書指定受けてる魔導書だから」
「ハ???」

すこぶる分かりにくいが、カルパッチョの瞳が好奇心に爛々と光っている。分かる。ワースも当事者でさえなければ、「禁書使い」なんか面白すぎる。とりあえず子供の頃から取り憑かれていたことは伏せて、かい摘まんだ経緯を説明してやった。その間もせっせと頭を撫でているうちに、リトルデビルの機嫌も直ってきた様子だ。顎に手をやるカルパッチョがリトルデビルに顔を寄せてジロジロと観察し始める。あまりにも不審者である。マジで辞めろ。教員陣だってもう少し慎みがあったわ。手で追い払うが、全然めげる様子がない。仕方がないから膝に乗せたリトルデビルを向かい合うように抱き締め直すと、リトルデビルも不審者を見るような瞳をカルパッチョにくれる。基本的に他人に好意的なリトルデビルにしては珍しい。

「ねぇなんでワース先輩の形してるの」
「言語コミュニケーションが取れそうな禁書だったから?」
「なんでガキなのさ」
「運動能力と発話能力に問題ない年齢で、コイツも妥協出来る姿だったから?」
「意味が分からない前代未聞すぎる」

だろうよ、とワースも思う。なんせ、これでそこそこ論文を当たったが、人間の姿を取って発話する禁書はこれまで存在していない。禁書に意思があることは広く知られているが、術者本人でさえ、「会話」はしたことがないのだ。その為、禁書が起こした事件から類推するしかなかった。既にある程度方法論が確立していれば参考に出来たのだが、先人がいなさすぎて全てワースの試行錯誤だ。キラキラした瞳でリトルデビルを見つめるカルパッチョは、一応「待て」が利くらしい。恐らく魔導書の肉体がどういう仕組みになっているのか気になっているのだろう。ワースはひとつため息を吐いた。

「俺の泥魔法をベースに、リトルデビルに泥人形の作り方を覚えさせた。肉体も服も、コイツの泥魔法だ」
「術者の固有魔法を増幅させる魔導書なの」
「いや、多分本来は召喚魔法が書かれた魔導書だ。元は俺のセコンズに干渉してきたりしたからなぁ」
「何それ!知らないんだけど!」
「言ってねェもん」
「なんで教えてくれなかったのこんな面白いこと」
「だってお前、別に禁書の研究してねーじゃん」

カルパッチョも自身の固有魔法の性質からか、生物学を中心に興味の範囲に従って様々手を出すタイプだが、禁書を取り扱ったことはないはずだ。畑違い過ぎる。一応在学中はそれなりに親交があったとは言え、関心のない研究について話されても困るだろう。しかし当の本人は眉をひそめた。ワースの微妙な気遣いが気に食わなかったらしい。

「ワース先輩ていつもそうだよね。何に関心を持つかは僕が決めるから」
「いやお前、気に食わないとめちゃくちゃケチ付けて来るだろ」
「テーマ設定が悪いのは僕のせいじゃない」

ワースは頭を抱えた。まったく、変わっていない。いや、しばらく会っていなかった数ヶ月の内に人間的成長をしていても驚くが。
カルパッチョはこの調子でド詰めして来て後輩を泣かせたりとかする。ワース達の学年は全然言い返すが、指導教授よりもずっと手強いのだ。準備不足だと普通に言い負ける。ある意味、研究に真摯で真面目である。……だいぶ、行き過ぎているだけで。
じっとリトルデビルを見つめていたカルパッチョはおもむろに自己紹介を始めた。

「僕はカルパッチョ・ローヤン。ワース先輩の後輩。よろしく」

すっと差し出してきた手に、戸惑うようにリトルデビルはワースを見上げる。とりあえずワースは頭を撫でてやる。確かに、これまでリトルデビルが出会ったことのなかったタイプだろう。辛辣で、物怖じしない。物言いは好意的ではないのに好奇心がそそられさえすれば接近してくる。一応これで、悪意がないのだ。ちょっと生意気で失礼なだけで。

「こういうヤツなんだよ。気に入らなかったら握手しなくていい」
「ちょっと先輩」
「ううーんと、ワースの、こうはい?」
「きみにはまだ難しかったかな。ワース先輩の年下の友達ってこと」
「おともだち……」

ワースは若干考えた。カルパッチョと友達になった覚えはない。あと、「後輩」はあくまで経験や年齢が下の人物を指す言葉であって、「友達」という含意はない。しかし、そう面と向かって言われると、否定する理由もあまりない。というか、ちょっとうれしい。コイツ、俺のこと「年上の友達」だと思っていたのか。いつ会っても本当にクソ生意気だが、本当に、ほんのちょっぴりだけ、時々可愛いことを言う。リトルデビルはにっこりと笑ってカルパッチョの手を取る。

「ワースのおともだちならよろしくする!カルパッチョ、よろしくね」
「……この子精神年齢いくつ?だいじょうぶ?チョロすぎない?」
「お前なぁ……」

握手を求めておいてその感想はないだろう。厚かましい奴め。本当に相変わらず過ぎる。

「カルパッチョへんなやつー」
「まったくだ」
「ちょっと先輩、変なこと吹き込まないで」
「事実だろうが……おい、リトルデビルをつつくな」
「えー……」

羽ペンの先でリトルデビルの頬をツンツンと触っていたカルパッチョは唸った。ワースと同じ泥魔法を使っていると言っているのに興味が尽きないらしい。

「ところでワース先輩は、本当に何だってイーストンにいる訳?禁書管理局にいるんでしょ」
「いま図書館閉鎖してるだろ。その調査だ」
「フゥン」
「……お前は困ってないのかよ」
「寧ろ、図書館に行かなくても担任が参考文献を毎朝届けてくれて助かってる」
「あっそ」

さすがは神童。
どうしようもねェな。
一応他の後輩に聞いたのと同様に「赤い石」の心当たりを聞いてみたが、やはりそのように呼ばれるような生物の品種改良には取り組んでいないらしい。研究室に戻ったら実験用マウスが脱走していないかは確認して報告してくれるそうだが、きっちり朝夕と世話の記録を付けているカルパッチョに限って脱走に気が付かないというのはまずあり得ない。

「最近の騒動がその「赤い石」が犯人かも、ってのは分からなくはないけど、僕には関係ないかな」
「なんで。食堂とかやられてるんだろ?」
「だって、だいたい困らされてるのはアドラの連中だ。僕たちオルカには関係がない」
「…………なんだって?」

ひょい、とワースがマッピングした事件発生のピンは学園の至る所に立っている。カルパッチョはひとつひとつ指を刺した。

「これ、噴水が止まった報告をしたのはアドラの奴だ。ベンチで喋ってたら突然動かなくなったって。こっちもアドラの連中がまとまって学食に来てしばらくしたら厨房の火が止まった。こっちのも、使えなくなったのはアドラの奴が利用しようと来た時だもの」
「…………」
「授業明けに薬草が刈り取られてたんじゃ仕方ないけど、僕はコイツらの後の授業はないから問題ない」
「コイツら?」

ぱちくり、とカルパッチョは大きく瞬きをする。この神童はそういうところがある。自分のわかっていることは全世界の人間が理解していることだと無意識に考えていがちだ。ただ生憎と、凡人であるワースにはわからない。
最古の杖に選ばれた少年は、当然のように地図上の閉鎖された図書館を指差した。

「2-Aだよ。最初に禁書が暴れる事件があった日も、アイツらが図書館にいたはずだ」

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***



カルパッチョが異変の原因らしきものに気が付いたのは、2度目の禁書庫破りの事件と食堂動力喪失事件が起きた時、だそうだ。その時もカルパッチョは先に食事を提供されていたから特に困ることもなかったようだが、故に周囲を見る余裕もあり、何の気無しに事件に共通する人物を確認していたらしい。アドラ寮と交流がない訳ではないものの基本的にオルカ寮で研究に勤しみ、さほどアドラ寮生と動線が重ならないカルパッチョにとっては学内トラブルを避けるなど造作もなかった。故に「またやらかしてる」と思いつつ特に気にしていなかったらしい。自分に利害がなければ全てを放っておくとは、実に神童らしい行動である。……一応ワースが説教しておいたが、全然利いている様子はなかった。
カルパッチョに言われてから事件を全て洗い直した。確かに1度目の禁書庫破りが発生した時に授業中だった3クラスのうちの1クラスが2-A、当然2度目禁書庫破りの際にも生徒は一部被っている。細かな事件ではその場にいた人物を追うことができないが、授業に関わるトラブルでは薬草が消えたのも薬品が消えたのも、2-Aが授業中、ないし2-Aの次の授業で異変が確認されている。2-Aのアドラ寮生のリストと共にその旨をソフィナに報告すると、資料に目を通したソフィナは「なるほど」と頷いた。

「よく1日でここまで調べましたね」
「いっ、いやその、……後輩がおりますので」

ワースが行ったのは殆どカルパッチョの推論の裏取りである。ワースが考えて導き出した答えではない。それになにより、未だに「赤い石」の正体はわかっていない。けれどソフィナはころころと笑って「他人を使えるのも能力のうちですよ」と言った。そして居住まいを正して微笑む。

「どうしましょうか、この後。もし意見があったら聞きたいのだけれど」
「い、意見ですか……」
「ええ。ワースくんの意見です」

にっこりと微笑むソフィナを見ながらワースは少し腰が引ける。なかなか難しい問いであった。恐らく何か、試されている。
ワースは努めてゆっくりと、自分の唇を舐めた。以前「ただしく」ない判断を下したことで叱責を受けているので、正直かなり緊張する。手を握ったままのリトルデビルが、心配げにワースを見上げた。……いや、大丈夫。ワースはひとつリトルデビルへ頷いて見せた。

「原則的には、俺たちは帰るべきだと思います。禁書管理局の領分を超えていますし、所管でもない事案に知の神杖を縛り付けておく理由がない」

実のところ、リトルデビルの通訳を介して禁書たちが「図書館にも司書にも不満はない」と証言した時点でワースたちは帰って良かったのだ。ソフィナが残って被害書籍を探す手伝いをしたのは、ほとんどボランティアのようなものである。禁書管理局は、あくまでも禁書や魔導書の管理を専門とした局である。魔導書を所蔵する図書館に対しては、その管理に対する助言や提言、それでも魔導書を守る能力がないと判断したら蔵書を接収する権能を有する。外部からの攻撃で魔導書や禁書が強奪されたならともかく、今回のケースでは禁書庫から抜け出した禁書が自分で撃退してしまっている。それは禁書本体の防衛機能とでも呼ぶべきもので、もちろん望ましい図書管理ではないが、緊急事態においては仕方がないと理解されうる。警備体制についての助言は可能だが、開架の魔導書を守るべく禁書が動いている以上、禁書たちはこの図書館を縄張りと見なし、その内部を自分たちの庇護下と捉えているのは明白である。ここで保護を名目に禁書を回収するのは、禁書管理としても今後のイーストン魔法学校図書館との関係性を考えても、悪手でしかない。つまり、これ以上禁書管理局が出来ることはないのだ。加えて、禁書管理局の局長であるソフィナは忙しい。禁書が絡む緊急の事件だと認識したからこそイーストン魔法学校に来ただけで、そうでないのならば他の緊急案件を片付けるなり、やるべき事は山積している。このレベルな話なら、書面で十分である。「赤い石」の問題は依然として残っているが、外部者から蔵書を守るのは図書館の基本的な役割でもあるし、問題が学校にあるのであればこれはイーストン魔法学校が対処すべき話だ。魔法局内部の所管でいえば学校関係のトラブルは人材管理局。もしも「赤い石」を未知の魔法を持つ何かと見做すならば魔法魔力管理局。所管外の禁書管理局がくちばしを挟むことではない。模範解答を述べるとしたら、そうなるだろう。

「なるほど」
「ただ、」

小さく頷いたソフィナに、少し食い気味でワースは言葉を接いだ。ここで自分の意見が終わりだと思われては困る。……いや、ここから先は模範解答ではないし、「ただしい」判断とは言い難い。だからひょっとすると付け加えない方がワースの評価は高いのかも知れなかった。少しだけ瞳を丸くさせたソフィナが、手で先を促す。ワースはゆっくりと息を吸って、続きを口にした。

「……ただ、俺個人としては、「赤い石」を捕まえたって、禁書たちに報告してやるところまで事件に関わりたいです」

イーストン魔法学校の禁書たちはかなり「おとなしい」タイプだ。この「おとなしい」はずの禁書が書庫破りまでやらかして応戦するなど尋常なことではない。彼らは「赤い石」を魔導書にとってそれだけ大きい脅威と認めているのだ。「赤い石」の話が出るたびに嫌そうな顔をするリトルデビルの反応からしても、書籍一般への天敵のようなものだと分かる。そこまで理解しておいて、話を聞くだけで後は「所管外だから手出しできません」はあまりにも情がない。勿論、全てに情を傾けてはいられないことも、分かってはいる。そうであるなら、残る理由が必要である。

「俺個人としても禁書が示す言葉を理解する一助にもなりますし、禁書が強く拒絶反応を示す「赤い石」の正体は、俺たち禁書管理局でも把握していた方が良いと思います、ので……局長が禁書庫への助言をしている間、調査を続けさせて頂けないでしょうか」

だいぶでっち上げである。禁書の言葉研究であれば禁書管理局所蔵の禁書相手でも出来るしやっている。別に「赤い石」がなんだったのか知りたいならばイーストン魔法学校か人事管理局や魔法魔力管理局の調査結果を待てば良い。いずれもいま、ワースが残る理由にはならない。更に言えばソフィナの助言・指導は禁書庫に関してなら明日にでも完遂できるし、一部蔵書確認している一般開架や一般書庫を含んでも3日以内には完了するだろう。今でさえ「赤い石」の全貌が見えていないのだ、最長3日で判明するとはとても思えない。つまりこの「意見」は、だいぶワースの自己満足に近い願望に過ぎないのだ。ワースは、ちょっと震える。あり得ないことであるが、もしも実家にいる頃にこんな願望まみれで根拠薄弱な申し出をすれば、父親に殴られた。ソフィナが気性の荒い上司とも思わないし暴力的なタイプとも思わないが、それでも、少し怖い。暴力が、というよりは価値のない意見を言った人間と思われるのが。握りしめた先のリトルデビルの手が、柔らかくワースの手を握り返す。見ればにっこりと笑顔を返された。その刹那、ソフィナが、うふふ、と笑う。

「……なるほど、ワースくんの研究を口実にするのは悪くないかもしれませんね」
「え」
「悪くない意見です、ワースくん。実は、禁書庫整備と蔵書確認のお手伝いという名目で、図書館側から1週間ほど滞在する約束を取り付けました」
「え!?」
「私は図書館に入りますが、ワースくんは禁書の通訳をする可能性があるのでリトルデビルくんと校内に待機していて下さい。……その間、後輩や恩師と研究や近況についてすこし話し込んでいたとしても、それは不問にします」

人差し指を自分の唇に押し当ててソフィナは悪戯っぽく笑う。……なんてこった。

「1週間以内で「赤い石」の正体が分からなかった場合には、研究名目で人材管理局の調査に貴方をねじ込みます。……が、カルドに借りを作るのは嫌なので、なるべくこの1週間で解決して下さい」

ワースは呆然とした。いつの間に仕込んでいたのだろうか。あまりにもさすが過ぎる。くんと手を引かれて視線を下げると、リトルデビルが微笑んでいた。「ほらだいじょうぶだったでしょ、」とでも言いたげに。

「ワースくん?お返事が聞こえませんね?」
「は、はい!ま、任せて下さりありがとうございます!」
「ありがとうございますー!」

ワースとリトルデビルの返事を聞いてソフィナが「よろしい、」とひとつ頷く。その芝居めいた仕草にワースは柄にもなくわくわくとした。タイムリミットは1週間。最初に思い描いていた3日よりはずっと長いが、十分とは言い切れない。それでも絶対にここで、成果を出したい。

「がんばろーね」
「おう!」

拳を合わせる二人に、知の神杖はくすくすと笑って「任せましたよ」と呟いた。

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◆◇◆◇◆



仕方がないのだ、とわたしはわたしに言い訳をする。

だって、お腹空いて空いてどうしようもないのだ。
前にわたしを連れ回していた人間に比べて、このひとが色んなところに連れ回してくれているのは分かっている。アイツらと違って魔力に満ちたところにも一緒に行ってくれているのも理解している。けれど、わたしにはそれでは全然足りないのだ。このままでは死んでしまう。せっかく孵化したのに、それは嫌だ。

このひとがわたしに巻いた紐をちぎって、トン、とその横に降り立つ。くうくうと寝息を立てるこのひとの口からは芳しい香りがした。魔力を生成する生物特有の、呼気に含まれる魔力の残滓だ。
ごめんね、とわたしは謝る。
あなたを殺す気なんかこれっぽっちもないけれど、わたしだって食べないとやっていかれないのだ。苦しくない程度に、つらくない程度に、ちょっぴりだけ、魔力を分けて欲しいだけ。

口元に鼻先を近付ける。
すうっと息を吸い込んだ、その瞬間。

「貴様、何をしている」

ぴゃっと身体が飛び上がった。
暗闇の中に、鋭い眼光が見えた。
構える杖の先は既に魔力を迸らせて光っている。

「そいつから離れろ」

言われなくとも殺されては堪らない。
窓枠に足を掛け、ぴょいと身を踊らせる。

その重力は私を追ってくることはなかった。

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◆◇◆◇◆



「フ─────」

思わず重いため息が出る。
こんなに仕事にやる気が出ないことがあるか?
出勤したばかりだがもう帰りたい。

常日頃より規律に厳しい神覚者の重たいため息に魔法魔力管理局の面々は慄いた。ひそひそと、万が一にもご機嫌が斜めに走っている局長に聞かれないように囁きが交わされる。

「……弟さん今回はどうされたの」
「出張だって」
「そんなご無体な……」
「え、じゃあこの書類いつ回そう?昼休み明けがベストだと思ってたのに!?」
「諦めろ」「諦めた方が早い」

小さな悲鳴が上がったが、物思いに耽るオーターの耳には一切入っていなかった。
今年度に入ってから砂の神杖は優しくなった、というのが年次がそこそこ行っている局員共通の認識である。最初の数ヶ月は「まさかな、」という意見が大半であったが、ホリデー休暇を経て広く職員に「気のせいじゃなかった!」と受け止められた。その要因も分かっている。実弟が禁書管理局に就職したことであろう。……苗字こそ違っているが、そこはそれ、だ。去年までは近寄りもしなかった食堂から戻った砂の神杖は大変機嫌が良いので、ヤバい案件や締め切りが赤過ぎる案件は昼休み後に提出するのが暗黙の了解となっていた。これで砂の神杖からのお叱りを受ける確率が格段に下がるためだ。これまでは実弟と一緒の席にいるところは目撃されていなかったものの、実弟を見つめていたり、時に会釈などする姿が目撃されていた。お、お喋り出来ない感じの仲なのかな……!?と魔法魔力管理局内部はかなり騒ついていたが、直接聞くような猛者はいなかったし、いずれにせよ実弟とすれ違うだけでノリノリで仕事をしてくれるのであまり気にされていなかった。

ところが1ヶ月前、事件が起きた。

なんと、食堂で実弟と昼食を摂るオーター・マドルが確認されたのである。オーターと同じ年頃の子供がいる魔法魔力管理局の次席は感極まって泣いていた。だいぶ局長を心配していたので。一般局員たちには激震が走った。昼休み明けの局長が超優しくて。なんなら口元に微笑まで浮かべながら対応してくれる。あの日フロア内の局員の気持ちはひとつになった。お前笑えたのか……!と。暫くすると局内便で局長がせっせと小包みを送るようになった。送り先は当然禁書管理局の実弟宛である。局員たちは中身を探ろうだなんて無粋な事はしないが、次席の話によると実弟の好物をお取り寄せグルメで手に入れて、プレゼントしているらしかった。さすがに節度を考えて、週に1回だけ。なんともいじらしい。年配の職員はその話を聞いて結構胸を押さえた。何かが溢れ出しそうで。実弟はお礼の手紙とちょっとした贈り物を局内便で返しているらしく、配送でそれが返ってくると砂の神杖のテンションは爆上がっている。もちろん無表情であるのだが、なんというかこう、雰囲気が。
デスクの上に写真の1枚も飾らない局長の家族関係が劣悪であろう事は、局員の誰もが察していた。貴族の名門出身者であれば、さほど珍しいことではない。「無邪気な淵源」事件が終わってから、実弟との距離を縮めようと局長が努力していた事は、局員全員が知っていた。そして実弟との距離が縮まるたびに少しだけ局長の振る舞いに気遣いや優しさが混じるようになって来たのも。オーターが局長に就任した頃から知っているような局員はだいたい胸打たれていた。どういう心境の変化があったのかは窺い知れないが、「規律の鬼」と呼ばれ凡そ気遣い等とは無縁であった局長は非常に人間らしくなった。だから魔法魔力管理局局員一同、なるべく実弟には頻繁に局長と顔を合わせて機嫌を上向きに保つように、そしてなにより良好な関係性を維持していて欲しいのだが、……局が違う以上こればかりは仕方がない。

早く弟くん出張から帰ってこないかな。
局長これから弟くんと廊下ですれ違うこともなくなって正気を保てるのかな。できれば保ってて欲しいな。

……などと、局員たちに祈られていることを、当のオーターは知らなかった。
今週ワースへ贈る予定で取り寄せていたフルーツポンチは自分で食べるか。切ない味になることは分かっていたが、味を知っていた方が話題にしやすいかも知れない。……まぁ、いつワースが出張から戻れるのか現時点で不透明であるのだが。

「…………」

本当に今日、帰ったらダメだろうか。早退とか言う都市伝説を、使ってみるとか。
オーターらしくない感情が胸を渦巻く。いや、急な話であったとはいえ、オーターにもソフィナの意図は分かるのだ。大抵魔力や使える魔法の優劣で序列が定まる魔法局内で、人材管理局と禁書管理局は少し毛色が違う。他の局より随分と「政治力」がモノを言うのだ。例えば図書の配架や魔導書の扱いは魔力の過多よりも経験が生きる分野だ。親から子へ、経験を元に教え込めば適正のある職員になるし、自然と派閥も生まれる。横にも縦にも走る繋がりは時に頼りになるが、煩わしい足枷である場合も勿論ある。禁書を操るソフィナは圧倒的な実力で大抵の者を黙らせているが、その人事はさほど彼女の自由にはなっていない。つまりどう言うことかといえば、「ホリデー休暇後に突如禁書使いになった新卒」を幹部候補として、あるいは自身の弟子として扱うには、後押ししてくれる派閥がないワースには実績が足りなさ過ぎるのだ。墓地管理局出向での働きは基本的に考慮されない。あくまで禁書管理局内の序列の問題である。ワースが養子になっているウォーカー家は領地での慈善事業で有名ではあるもののその分魔法局に出仕するような家柄ではないし後ろ盾としては弱過ぎる。……勿論ないよりはマシだが。この場合相応しいのはマドル家だが、ワースに関しては両親が既に意地になってしまっている。オーターが当主の座を奪ってワースの籍を戻すのが1番話が早いのだが、恐らくワースが魔導書の言語能力に関する論文を書き上げる方が先だ。ワースの禁書「リトルデビル」の語彙力は初等部卒業程度までに成長していた。当初想定されたよりもずっと早い。「リトルデビル」の面談を行った医師によれば、ワースの前では子供らしく見えるように演技をしている節があるので、事によるともう少し語彙力上は上かもしれない。ともかく既に禁書管理局が所蔵する禁書との意思疎通を図らせる段階までに進んでいるので、間違いなくこの分野での第一人者にワースはなるだろう。ソフィナはこれにダメ押しで、禁書管理局局員としての実績を積ませたいのだ。この手の駆け引きはやはりカルドやソフィナが秀でているから、ワースを任せて良かったと言う感覚と、別の局の事情に口を挟めないもどかしさになんとも言い難い気持ちになる。
どんよりとしたデスクに怯えつつも1人の局員が「局長、」と声をかけて来た。仕事をしない訳にはいかないのでオーターはチラリとそちらを見る。その顔はテンションが底辺であるあまり些か睨んでいるかのようで、局員は大袈裟なまでに身体を撥ねさせた。

「すっ、すみません、確認いただきたい案件がありまして……!」
「ああ……魔宝石の案件ですか?」

遊園地で捕らえた闇取引の容疑者を引き取りに来てくれた捜査官である。遊園地にはしゃぐワースは最高に可愛らしかったな、とオーターは思い出して少し気持ちが安らぐ。捜査員は「あの節はお世話になりまして……」などと定番の定形文を口にしながら、困ったように眉を下げた。

「あの時の案件、ようやく容疑者が残りの魔宝石について吐いたんですが……やはり遊園地内では見つからず」

オーターが接収した時点でアタッシュケースの中には魔宝石が1つ足りないような状態であった。予想していた通り、その事で取引上揉めていたらしい。それはそうだ。石がひとつ足りなくて同じ値段を払えという方がおかしい。1cm程度の大きさと推定されたその石は、取調べによると、カーバンクルの額石であることが判明した。……まぁ、アレは魔宝石としてはだいぶ扱いが面倒くさい部類なのであるが、問題はカーバンクルは絶滅危惧種であると言うことと、1cm程度の大きさであれば適切な管理が出来ていなければ燃えて消失してしまう、ということだ。事件発生から1ヶ月程度。まだ燃え尽きていない可能性は、0とは言わないが。

「……既に灰になっている可能性が高いですね」
「まったく面目ない限りです……」

ワースと学生たちを返した後、遊園地は臨時休業させて魔宝石の探索を行った。その時点では犯人たちは魔宝石について何も話していなかったが、遊園地内も広さが限られている。証言は関係ない。実際にアタッシュケースを開いていたジェットコースター出口付近、そしてその近くの植え込みやオーターが男たちを捕らえた場所は念入りに調べられたが、それらしい魔力さえ探知できなかった。1cmほどの小さな魔宝石はどこかに忽然と、消えてしまったのだ。困ったことに、初めからアタッシュケースになかった可能性もある。そして当然、消えたのが遊園地内ではない可能性も。

「こればかりは仕方ないですね。あの中には別のカーバンクルの額石もありましたから、そちらで捜査を進めましょう」
「はい」

恐縮しきりの捜査員が去っていく背中を見ながら、オーターはぼんやりと考える。あの大きさの額石であれば、恐らく母体から生まれたばかりの赤子のカーバンクルである。可能であれば故郷の鉱山に戻してやりたいものだが。

(……とはいえあの大きさのカーバンクルの子供に何が出来るわけでもありませんし……)

食事もろくに摂れず燃え尽きていると思うと少し切ないが、こうなっては仕方がない。ふと窓に視線をやる。突き抜けるような青空がキラキラと輝いていた。
 

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