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pictBLand
作品ID2627155
投稿日2026年08月10日 21:48
文字数29,111字

カナリヤ 14

とりまお盆の最中1本くらいは上げなきゃでしょ、ということで、魔法警備隊出向編です⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ 別名、「ちゃんと彼氏しようと思って頑張ってるオーターさん編(ワースくんにそれが伝わっているかは微妙)」。この話はなんとなくワースくんと全神覚者が絡むようにしたいので、ポッと出でだした事件にはあんまり深い理由はありません(´-ω-`) 最終的に、オタワスの民たぶんみんな想像を膨らませているワースくんの杖の話をしたいので、そこに繋げるためにもう全力で嘘をついています⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝ ここまで読んできている人はもう大丈夫でしょうが、私の言っていることは間に受けませんように。

 冷たい風を感じながら、ワースはすっと前を見る。人ンちの屋根の上で待機って、結構無法なことすんなァ、というのは正直な感慨だが、この場合は仕方ないかもしれない。ふと、右に付けたイヤホンから雑音が入る。

──……ワース、準備はいいか?
「俺はいつでも行けますよ」

目の前に浮かんだ魔導書が嬉しげに跳ねる。そして早く早くと急かすようにページが開かれた。その様子にふっと笑みが漏れる。少し前まで「重いからつかわない方がいいとおもう」と首を振っていた奴の仕草とは思えない。勿論ワースも、マカロンとソフィナに鍛えられた自負がある。ワースは構えた杖を空に向かって掲げた。

──それじゃあ、頼む。キミたちの目と耳を男前に貸してくれ

さて、どうしてワース・マドルが「男前」にも魔法警備隊に混じって仕事をしているのか。
事の発端は、数週間前に遡る。



◆◇◆◇◆



「魔法警備隊に出向……ですか?」
「……ええ、そうなんです」

こっくりと深く頷く知の神杖ソフィナ・ブリビアの憂鬱そうな顔を見ながら、ワースはこの手の会話は何回目だろう、と無用なことを考えていた。他の幹部候補たちと比べて、ワースは格段に出向が多い気がする。とはいえ、所有する禁書の性質上仕方がないかもしれない。きゅっと手を繋いだ先の魔導書が視線に気が付いて、にこっと微笑む。

「魔法警備隊だなんて珍しいですね」

墓所管理局、魔法魔力管理局と並んだ武闘派の局だ。正直、書庫の内勤が主な仕事である禁書管理局が手を貸すような相手ではないだろう。けれどソフィナは深く頷いた。

「ワースくん。「大泥棒」って知ってますか」
「ああ、最近話題の……」

最近紙面を騒がせている強盗だ。ご丁寧に、毎回特徴的なカードを被害者と新聞社に送り、自らの存在を誇示する。事件が起こった後に。犯行の誇示なら事前に予告状を出すのが筋じゃないか?というかそもそも、事後にカードを送ったところでそれが犯行の告白にはならなくないか?とワースなどは思っているが、紙面を見る限り犯人、或いは限りなく近しい人間でないと書けない手紙を添えているらしく、それを以て推定犯人と目されているらしい。
狙うのは怪しい噂の絶えない貴族や美術館、博物館。お宝ごと不正の証拠も盗まれる。カードには、犯罪の告発も盛り込まれているらしい。やっていることはまるきり義賊だ。正直ワースはこの手の話題にあまり関心はない。元気だなァと思うくらいである。なんせ、狙われるような財産もないし、まるきり関係のない話だ。けれど魔法警備隊がマークしていた貴族の不正も盗み告発されたとか言うから、あちらにしてみればメンツを潰されたようなものだろう。

「ライオ、光魔法の使い手でしょう?暗闇で魔法を使うと目立つし味方も目眩しを喰らうしで、相性が悪いそうなんです」
「………………」

なんともお粗末というか、間が抜けているというか、そもそも神覚者で1番目立つひとだとは思っていたが。これが神覚者最強と謳われるライオ・グランツの弱点と言われると、それはそれでものすごく微妙な気持ちになる。

「……暗視ゴーグルか、光魔法使い以外が捕縛に出れば良いのでは?」
「暗視ゴーグルは機動力が落ちるから嫌なんですって。軽量型のものも研究途上の魔法道具としてはありますけれど、ライオの光で眩まないようにするには重くて魔法式も複雑になるし、壊れるのが分かってて貸し出したくないと、ツララが」
「あー……」
「というか、ライオは「大泥棒」の捕縛に一度参加しているのだけれど、その時も逃がしているんです。単純にそれが悔しいのと、「大泥棒」はそれなりの使い手のようで、捕縛はやはりライオが出た方が良い、との判断で。……ライオが出ると他の者との連携が難しくなるんですが、それを差し引いても、と」

なるほど、それなら理解出来る。……しかし貸し出すのがワースで良いのか、という点は気にならないではないけれど。
ワースの疑問が顔に出ていたのだろう、ソフィナはふっと笑う。

「ライオには条件として、部隊の人間全員にリトルデビルくんの感覚共有魔法を掛けること、ワースくんに魔法陣使用許可を出すことを飲ませました」
「…………!」
「今回の任務ではワースくん自身に感覚共有をさせるだけでなく、他の人間にもかけて貰います」
「……ちなみに人数は」
「ライオを含めて5名。……出来ますね?」
「…………」

週に1回マーガレット・マカロンの音魔法講座を受けていて、ひとつ収穫があった。……いやアイツは殆ど色んな形のフィールドにおける戦いを試しているような節があるし、最近はホテル関係者がどうした訳か見学に来ているものだから、どちらかと言えば「講義」というよりは「遊び」が彼の中の認識だろうけれども。まあ、それはともかく。結論から言えば、リトルデビルの感覚共有魔法は複数人にかけた方が使い勝手の良い魔法であった。というのも、禁書が持つ「視界」は、人間のワースには情報量が多過ぎる。マカロンに「ねェねェ、私もデビルちゃんの魔法かけられたいわァ」と言うからぶつくさ文句を言いながら掛けてやってみたところ、明らかに1人で魔法を使うよりもワースの負担が軽減した。……マカロンは情報過多でひっくり返っていたが。「コイツ、コレ使えば倒せるんだ、」と思ったのは全くの余談である。勿論、実力で真正面から倒したいから使わないけれども。その後ソフィナに報告し、禁書管理局で実験を繰り返してみたところ、人数が増えれば増えるほど、感覚共有魔法の精度は落ちるがその分ひとりひとりに掛かる負荷は減り、魔法の使用可能時間を伸ばせる、ということが分かった。今のところ、ワースが掛けられる最大人数は10名。5名ならばワースの方で出力をいじれば、継続時間含め問題ない範疇である。しかし懸念点もある。初めてマカロンに感覚共有魔法を使った時に彼がひっくり返ったように、リトルデビルの「視界」は強烈だから、初めて魔法をかけられた人間は目を回し戦闘どころではなくなる。恐らく、ライオ・グランツの光魔法による目眩しよりも、効率的に味方を倒してしまう結果になるだろう。

「出来ますけど、練習期間頂けますか。俺はともかく、魔法警備隊のメンバーに魔法を慣らす時間が必要かと」
「ええもちろん」

ソフィナは鷹揚に頷いた。

「来週から、午前中禁書管理局勤務、午後からは魔法警備隊の訓練に参加して貰います。当面のワースくんのお仕事は、この業務の内容をレポートにして提出すること。内容次第では論文にも使いますので、心してデータを取って下さい」

ワースはごくりと喉を鳴らす。「お遊び」や多少の実験程度であれば使ったことはあるが、実践で味方に使用するのは初めてだ。「禁書の魔法を使う」以上の目的がある状況で行使するとなれば、自分も他の者にもそれなりの余力を確保せねばならない。そうした調整をした経験は、まだワースにはない。実践……実戦、だ。禁書使いとしての。高揚に近い緊張を自覚しない訳にはいかなかった。繋いだ小さな手はくいとワースを引っ張り、にっこりと微笑む。

「まかせてー」
「おう、……頼りにしてる」

リトルデビルの小さな頭をくしゃくしゃと撫で回す。不釣り合いに大きな角の重みで彼の身体はぐらぐらと傾ぐが、可愛らしいから良いだろう。脇の下に手を突っ込んで、ひょいと抱き上げる。それをみたソフィナが相好を崩した。

「まぁ、そう気を負わず。どうやらオーターも見学に来るようですから」
「……はぁ!?」

仮にも上司に向かって飛び出るべきではない声が漏れて、ワースは自分で自分の唇を押さえる。瞳を丸くした寛大な上司はその姿をくすくすと笑って見ていた。



***



「オーターのせいでソフィナさんに笑われたんだけど?」
「…………」

ハーブティを片手に、すこしムッとオーターは唇を曲げて沈黙した。恐らく「それは自分のせいではないのでは?」とか考えているのだろう。勿論そうだ。ワースの八つ当たりである。甘い香りを嗅ぎながら、ワースはくっとカップを傾ける。ちなみに魔導書はもう部屋に戻っている。最近のリトルデビルはこういうことをする。ワースと禁書の間には不可視の魔導パスが繋がっているから、双方の状態がわかる。しかしとはいえ2人きりにさせたいのだろう。気遣いが分からないほどワースは強情ではないし、若干の気恥ずかしさがあるとはいえ、好きなひとと2人っきりという状況に否やはない。

「そもそも、なんでオーターが現場に出てくるんだよ」

禁書管理局から禁書使いをひとり寄越してくるくらいだから、それなりに魔法警備隊が苦戦しているだろうことは分かる。けれど、現場の指揮を取るのは光の神杖ライオ・グランツだ。確かに相性が悪い魔法使い相手なのだろうが、砂の神杖オーター・マドルまで出て来るのは明らかに過剰戦力すぎる。ワースが聞かされていないだけで、ひょっとするとそれ程までに厄介な事件なのだろうか。オーターは静かに眼鏡の位置を直す。

「……私はただの見学ですので、気にしないように」

最近気が付いたことだが、オーターは何かを隠したい時、眼鏡の位置を直す。隠したい対象が照れや苛立ちなどの心情によるものなのか、いま口にした言葉の中にあるのかは、さすがに分からないけれど。知の神杖ソフィナ・ブリビアからはこれ以上の指令は出ていない。あとは自分で考えろということか、ワースに知らせる必要はないが神覚者が動くレベルの隠された何かがあるのか。誰よりもワースに甘いオーターが知らせてこないのだから、一旦棚上げにしておくことにする。
それよりも、ワースはちょっとムズムズと落ち着かなげに視線をあらゆるところに這わせた。ゆっくりとハーブティを嗜むオーターはこちらの様子に気がつく素振りはない。
その、折角、同じ現場に出るのだから、きっと上がる時間はオーターも同じだろう。……であればこう、こう……なんというか、なんかないか。ソフィナの方針で禁書管理局は、繁忙期を除いて夜間にまたがる残業があった翌日は1日休みである。この状態で、オーターに「大泥棒」の捕物があった翌日に休みを取ってくれというのはあからさま過ぎるか。ワースは顔を顰めて悩み込む。

(……いや、これで通じない可能性とかあるからな……)

恋愛関係に妙に小慣れてぐいぐい来られてもドン引きする自信があったが、告白前後でこんなに変わらないとも思わなかった。はっきり言って、ワースはちょっぴり困っている。

まぁ、確かに?
心の距離とやらは近くなったような気がする。
物理的な距離は……知らん。

恋人になる前から皿洗いなどの簡単な家事は一緒にしていた。なんとなく、目配せに親愛が篭っているような気がする。……が、それだけである。ほぼ必ず間に子供姿のリトルデビルを挟んでいるせいか、相対しているこちらまで何か老成しているような気さえしてくる。リトルデビルが微妙に聞き分けが良過ぎるせいで、何か、手の掛からない子供がいる夫婦のような。……いやいや待て待て待て待て待て。そこまで歳を取った覚えはない。一応俺ら、付き合いたての筈なんだが?ワースがこう、うじうじと思い悩んでいるせいだろう、魔導書が隙あらば書籍化して形式上2人きりにしようとしてくる。魔力探索能力に長けているオーターに、見た目だけ変えたところでなんの意味もないだろうに。勘弁してほしい。気遣いは分かるから文句をつける気はないけども。なんと切り出してみたものか、とワースは自分のカップを傾ける。……というか、どうなんだろう。オーターの休みって、それこそ1ヶ月以上前に約束する気がするから、こんなに近くなってから「有給取って」と頼んで取ってもらえるものかどうか。ただでさえ多忙なオーターに、厄介な頼み事をする面倒な恋人になりたくはない。……あぁもう、こう言うところでうじうじ悩んでいるから、リトルデビルには「考えすぎ」と呆れられるのだろうけれど。
ワースがうんうん唸っている間、こちらをじっと見つめていたオーターが不意に笑う。

「貴方の活躍を楽しみにしています」
「……プレッシャーじゃね?それ」
「気合が入るでしょう?」

悔しい。
同じ事件に招集されておいて、ちっとも動じていないことが。
ムッとしながらワースは頬杖をついた。よし、わかった。ライオ率いる魔法警備隊との訓練が軌道に乗ったら、オーターに有給休暇を取ってもらうよう頼もうと。その日がオーターにとって有給を取れる期間の時間切れになろうがなるまいが知らん。単にワースの中のけじめである。

(……みてやがれ)

誰に対する負け惜しみか知らないが、ワースは心の中で呟いた。



***



事件ファイルを片手に、リトルデビルの手を引いてワースは魔法警備隊の廊下を歩いていた。墓所管理局に来た時よりも好奇の視線を感じる。それが分かるのか、リトルデビルもいつもよりやや神妙な顔つきをしていた。ひょっとすると、ワースの緊張が伝わっているのかもしれない。光の神杖ライオ・グランツは神覚者の中で最も有名であり、最も最強に近い人物であり、最もワースのような凡人からは遠い存在でもある。

(……しっかし、本当にライオ様がこの事件に手を焼くかね?)

事件概要を簡単に言えば、貴族のお家乗っ取り事件に関わった幾つかの貴族が順に「大泥棒」の被害を受けている、ということらしい。「大泥棒」が指摘する不正行為も、そのお家乗っ取り事件に纏わる書類の改竄であったり、暗殺事件であったり、汚職事件であったり、様々だ。しかし既にその点と点に過ぎない告発からお家乗っ取り事件を掴んでいるのだから、自ずから「大泥棒」の正体は乗っ取られた貴族の末裔、或いは主家の没落を憂いた当時の使用人だろう。人物名リストこそないが、概ね「大泥棒」が誰か、或いは構成員が誰か、目星がついているに違いない。であれば、無理に現行犯逮捕を選ぶ理由がない。にも関わらず、敢えて自らが不利になる夜の大捕物に挑むのは、一体全体どういう意図だ。

「…………」

長引かせれば、無責任な新聞はライオを糾弾するだろう。言っては悪いが、現に各社の論調は「大泥棒」の不正告発を現代の義賊だとよろこんでいる。まだ矛先が被害者の貴族たちだから良いが、どこかで「不正行為を暴けなかった魔法警備隊」へ批判の的が転じるだろう。ワースの目には軽薄に映るライオだが、そもそもソフィナの同僚だ。尊敬する上司が不死の神杖レナトス・リボルに対するほど苦言を呈さない以上、彼女の目を通してもそれなりの人物であるということだ。……であればこそ、今回の手の打ち方はやはり疑問である。ワースはチラリと自らの魔導書を見る。こちらの視線に気が付いて、にこりと笑う彼の頭を撫でてやりたいが、あいにく今は手が塞がっている。

「お、」

そうこうしている間にライオの執務室前にたどり着いてしまった。ワースは一旦事件資料をリトルデビルに持たせ、その頭をひと撫でしてやり、ドアをノックした。快活とした声の入室許可を得て、そっと扉を開く。いつかの時のようにクラッカーで歓迎されては堪らない。

「やぁ、来たなオーター弟くん!」
「……よろしくお願いします」

開口一番、なんとも言い難い声掛けにワースは若干の苦笑混じりに頭を下げた。「オーター弟」。まぁ、なるほど。光の神杖はオーター・マドルとの方が関係が長い筈だから、そりゃあ「弟」であるワースの方が馴染み深いだろう。ここ最近は「ワース・マドル」或いは「ワース・ウォーカー」と個人名で呼ばれることの方が多かったが、ワース自身も「砂の神杖の弟」と呼称される方が馴染み深い。勿論それは、いつになっても妙に腹の中がグラグラと落ち着かない気持ちになるが。とはいえ「禁書管理局幹部候補」として出向している仕事で、顔に出すほど子供でもない。リトルデビルが困ったように首を傾げ、それを誤魔化すようにワースはその小さな肩をトンと叩いて入室を促す。

「今回の「大泥棒」捕縛作戦に参加させていただくワース・ウォーカーです。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」

ワースの名字を聞いた瞬間、光の神杖の表情が「あ、」と動いた。そうなるだろうな、と思っていたが、ワースは頭を下げながら、光の神杖の見えないところで小さく舌を出してやった。



***



初日のなんとも言い難いモヤ付きはともかく、意外にも魔法警備隊との連携練習は順調であった。なんせ、魔法をかける人数が丁度良すぎる。ワースの魔法の上限限界でもなく、かと言って少な過ぎて制御を失う程でもなく。魔法警備隊の面々が超エリートでそもそも飲み込みが早いと言うこともあるだろうが、それにしても。事によるとソフィナがワースの限界を見極めて事前に仕組んだのではないか、と思うくらいだ。彼女ならやりかねないし、聞いてもはぐらかすだろう。

(鍛えられてンなぁ……)

ソフィナの丁寧な気遣いは、ワースへの期待の現れとありがたく思っておこう。
それはともかく、最初に定めた通り、感覚共有魔法の訓練はほぼ完璧と言って良い。そろそろオーターに有給休暇をおねだりしても良いだろう。ワースは自分の頭を掻いた。訓練そのものは、もっと早く「軌道に乗った」と断じてよかった。「完璧」と思うくらいまでダラダラと言い出さずにいたのは、少しばかり勇気が出なかったからだ。この優柔不断のお陰で、結局オーターとの時間が取れずとも、そこはもう、ワースの臆病さの問題だから諦めることにしよう。そう言い訳して、本日の献立を考える。オーターからの返事がどうあれ、凹まないくらいの何かご機嫌なメニューを。いやいや、話の切り出し方からするとその場で作りつつ食べられるようなものが良いか。作業しながらなら気まずくないし、恥ずかしながら、断られたらその後の雰囲気が辛いからリトルデビルにもその場にいて欲しい。チラリと手を繋いだ先を見ると、敏感にこちらの考えを読み取っている魔導書は、「えー、」とばかりに顔を顰めた。

「いや、マジでお前が頼みの綱なんだよリトルデビル」
「ふたりっきりじゃ、ダメなの?」
「ダメだろ」

主に、ワースの心の安定が。
そう言うとますます魔導書は顔を顰める。

「デートのお誘いするのにぼくがいる方が変じゃない?」
「デっ……デートじゃ、ねーし……」

語尾がもにょもにょと小さくなる。
まぁデート?……デートっていうか、もうちょっとこう、もう少しこう……、親密な何かを……あ、待て待て待て、そうなるとリトルデビルはどうしたら良い。え、書籍の形になって貰って一緒にいるとか……?別に良いけど、ちょっと恥ず……、

「おーい、おーい、ちょっと待ってくれ!」

ぴり、と嫌な感覚がしてワースは足を止めた。肩が動かないように慎重に深呼吸をして、ゆっくりと振り返る。想像した通りの人物がいて、げんなりとしそうになる表情筋をなんとかそのままキープして、なんとか笑顔を作る。

「お疲れ様です、光の神杖さま」
「なぁに、固いぞワース」

人類最高傑作は少し困ったように首を傾げながらこちらへ向かってくる。やだなぁ、と腹のあたりが少し重くなったが、笑顔を張り付けることに集中する。

「せっかく一緒に作戦を実行する仲間だ、どうだこの後……」
「ワース」

光の神杖の言葉を遮るように、高く幼い声が響く。これには光の神杖ばかりでなく、ワースも瞳を丸くした。基本的に、リトルデビルの行儀は良い。ワースがそのように教育したし、リトルデビル自身も周囲をよく観察するからだ。無作法、と取られる行為には慎重であるはず。であるのにこちらを見上げる表情はどこか無機質であった。

「ワース、抱っこしてー」
「ん、あ、いや……」
「疲れちゃった。抱っこしてー?」
「…………」

リトルデビルに「疲れる」と言う状態は殆どない。というか、彼が「疲れて」いるならば、その使い手であるワースの方が無事では済まない状態になっているはずだ。であるにも関わらず、リトルデビルは無邪気に手を伸ばす。まるで、目の前の光の神杖など目に入っていないかのように。ワースがガリガリと頭を掻いた。まったく。変な気ィの使い方しやがって。

「……ぃよっと」

ひょいと抱き上げると、鎖骨にこつりとリトルデビルの額が当たる。脱力する頭を撫でてやりながらワースは苦笑した。

「……すみません、光の神杖。連日の訓練で疲れてしまっているようで」
「あー、うん、そうか。いやオレの方こそ悪かったな、引き留めて」
「いいえ。……それでは、また」

リトルデビルの身体を抱えなおして光の神杖に背を向ける。自分と同じ髪質を、ワースはゆっくりと撫で付けてやった。トン、トン、と背中でリズムを取ってやりながら、つむじに鼻先を埋める。

「……大丈夫だっつーの」

確かにちょっとばかり、かつての自分を思い出して嫌な気持ちになったが、光の神杖に悪気があるとは思わないし、社会的にはワースはずっと、「砂の神杖オーター・マドルの弟」だ。もちろん数年すればオーターに戸籍上の弟がいないという話が定着していくだろうが、同級生や後輩たちがワースのことを「神覚者の弟」と認識している間は少し難しいだろう。まぁでも、他人は意外とこちらを見ていないものだし、認識など簡単にすり替わる。もう少し、あと数年ばかり、我慢すれば。
わがままかもしれないが、全然ちっとも、恋人になった前後で様子の変わらないオーターを見るに付け、不安になる。ワースで勃つとまで言ったオーターの言葉を信じない訳ではないが、とはいえ行動が伴わないのであれば、それは生理的範疇の挙動であり、オーター自身も勘違いしてワースに恋愛感情を持っていると、思っているだけかもしれない。ワースの懸念など、魔導書の言葉を借りれば「考え過ぎ」なのだろうけれど、ここで悶々とした考えを止められるほど器用ではない。
リトルデビルの頭に生えたねじくれた角に頬を寄せる。相変わらず完成度の高い泥魔法を展開してやがる。

「けど、……ありがとな、リトルデビル」
「んっ!」

小さな腕が、ぎゅうっとワースの首にぶら下がる。ワースがいま背を向けたのは、たぶん光の神杖そのものではない。いずれにせよ、このままでいるのはよろしくない。ワースは小さくため息を吐き出した。

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