北都

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投稿日:2026年06月30日 21:27    文字数:14,256

カナリヤ 13

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ワースくん告白解答編ということで⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
そういえば、オーターさんに過去お付き合いしていた方がいる、と言及している部分があります。ご注意下さい。

とりあえず書かなきゃいけなさそうなものが溜まっているので、この連載は一旦ここまでで。1番キリが良いし。
これ1話目考えついた時から「アベル様VSオーターさんの謎対決が観たい(_・ω・)_バァン」と思っていたので、そのうちにまた戻ってきます。その時はどうぞよろしゅうに。

【追記】
そういや全然書き忘れてましたけど、種々ご反応いただきありがとうございますー!なんやかんやで届いておりまする⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
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◆◇◆◇◆



週明け、1番にマーガレット・マカロンに音魔法を教わることになったと知の神杖ソフィナ・ブリビアに報告したところ、ちょっとした騒動になった。

「……ちょっと待って下さいワースくん、貴方、魔法陣なんて描けたんですか?」
「いやぁ、マァ、はい……」
「聞いてないですよそんなこと!」

言いながら、ソフィナは口を手で覆い隠してぶるぶると震えている。確かに特殊技能であることに間違いないが、フツーにイーストン魔法学校の選択授業で履修できる。履修者はそこそこいるので、あの人数が資格を取得していると思うと、大して喧伝するほどの話ではない。いつも冷静なソフィナの過剰反応に内心首を傾げた。ワースの感情に反応してか、リトルデビルが小首を傾げてソフィナを見上げている。

「2年の時に2級魔法陣技師資格を取っただけっすよ」
「2級……!……ちなみに1級は目指さなかったんですか?」
「……興味、なくなっちまって」

嘘である。
魔法陣に使われている古代装飾文字は今の文字の原型でもあるし、単純に美しいから好きだった。ただ、どう努力しても上級治療魔法の魔法陣を発動させられなかったから、辞めたのだ。ちなみに、1級の要件である「中級魔法陣作成」は既に満たしている。多少の座学の準備は要るだろうが、今のワースが受けたって合格する自信はあった。
魔法陣のキモは、通常ならば使えない魔法を使えるようになる点と、強力な魔法をストックして置くことができる点にある。事前に準備さえ怠らなければ、少量の魔力を通すだけで魔法陣のストックがある限り実力以上の魔法を使える。勿論用紙もインクも高額なので、使い所を誤ればたちまち破産する方法であるのだが。そんな金銭的事情もあって、両親に魔法陣技師2級を取ったと報告してもさっぱり褒められもしなかった。やはり大した資格ではないし、価値がない。

「……待って下さい、インターンの頃の履歴書、その記載ないですが」

ばさばさとソフィナはなにやら記録を当たって、ワースの履歴書を引っ張り出していたらしい。そんな気にする資格だろうか?と思いながらワースは今度こそ現実でも首を傾げた。

「ああ、履歴書の資格欄が足らなかったので」

一般的な図書館に纏わる資格を書いたら、普通に埋まる。別紙対応も出来たが、評価的に「禁書管理局に必要な資格を過不足なく取っていること」を確認する欄だろうと解釈して、ワースは別紙を提出していない。関係ない資格を書いて判断力を不安視される方が問題だと判断したからだ。

「……別紙対応は」
「そんなレア資格じゃあないっすよね、2級ごときじゃ」

ソフィナは頭を抱えた。この段になってワースは自分の誤りを認識し始めたが、どの時点からか分からない。魔法陣が描けるところだろうか?2級であることがだろうか?

「…………合格証書と一緒に魔法陣技師協会からお手紙入っていませんでしたか?」
「あー……」

そういえば入っていたし、なんならイーストン魔法学校を卒業するまでワースの元へ折りに触れて手紙が届いていた気がする。内容は就職勧誘だ。比較的ありがちなDMである。マメだとは思うが。卒業時にはファミリーネームも変わったし居住も魔法局の寮になったので、以来見ていない。……そう言われてみれば先日の禁書研究学会で発表した折に魔法陣技師と名刺交換して、以来ちょくちょくメッセージが来ていたような……。ワースの顔色で悟ったのだろう。ソフィナが深く深くため息をついた。

「……通常、魔法学校で学ぶ魔法陣は、初学者向けの講座だと思います。どちらかといえば魔法陣を作って発動させることよりも、装飾文字を学んで教養を深める、ような」

記憶を少しさらう。……そう言われるとそうだった気がする。もちろん講師は本物の魔法陣技師であるので、講師が描いた魔法陣に触れせてもらったり発動させたりはした。……しかし考えてみれば、実習として魔法陣を作って発動させる、ということはしていなかったかもしれない。ワースは面白くなって、自作の魔法陣を試していたし最後のレポート課題の前に2級の資格を取って、教科書に載っていないオリジナルの魔法陣を作って遊んでいたが。

「…………」

最初からそれなりに発動したから良いが、いま思うと、高額の紙とインクをばかすか使っている。なんて金の無駄遣いをしたのだろう。両親に申し訳ないことをしたかもしれないと、自分の若気の至りにうげ、と顔を顰めているが、ソフィナは頭が痛そうに片手で額を抑えている。

「基礎知識を問う3級はそれで合格できますが、魔法陣の発動試験も伴う2級は受かりません」

ポツリ、と溢れた声は小さかった。
ワースはまじまじとソフィナを見る。初耳だが?小さく首を振ったソフィナは頭痛がするとばかりにため息を吐く。

「それに魔法陣技師は、ほとんど世襲なんです。普通、あの複雑な紋様と正円をフリーハンドで正確に描いて、なおかつ魔力を一定量で通し続ける、というのはかなりの訓練を必要としますから」
「……えーと、」
「学生のうちに2級なんて、しかも世襲外の家柄の子供が取ってたら、熱烈に就職勧誘されていたはずですよ」

ワースはぽっかりと開きかける口をゆっくりと閉じた。どういうことだ、知らないぞ。そんな面倒臭い資格だっただなんて。

「とりあえず、」

ソフィナは白い紙と羽根ペンを差し出す。にっこり、と微笑むその顔には、妙な威圧感があった。

「価値の有無は私が判断しますから、学生時代に取得した資格を全てここに書き出してもらえますか?」

なにか、嫌なものを感じながら、ワースはこくこくと頷いて差し出された用紙にペンを走らせた。
その後書き上がった資格一覧を見たソフィナが早急にどこかへ連絡を取ったと思うと、炎の神杖カルド・ゲヘナの面接を受ける羽目になり、ソフィナ立ち合いの元、魔法陣を発動させることになった。実演に使用するのは通常の魔法紙とインクに寄るものと、泥魔法に寄るものとの2種類である。結果は勿論、発動した。というか、しない筈がない。ワースは中級の魔法陣であればひと通り普通に使えるし、上級魔法陣も相性次第でちゃんと動かせる。上級治癒魔法がさっぱり発動しないだけで。なんならインクを介して魔力を制御するよりも自分の砂魔法で魔法陣を描く方がずっと楽で、発動だってずっと早いのだ。でなければマカロン相手に魔法の撃ち合いは出来ない。

「2級魔法陣技士に加えて第1種魔法生物管理者、危険生物取扱甲種ならびに乙種、魔導工2種取扱……ちょっと驚きました。ワースくん、キミ、人材管理局に来ません?」
「え、」
「辞めてくださいねカルド。ワースくんを禁書管理局以外にはやらないって、もう話は付いたでしょう」
「いやまぁ、そうなんですけども。これはさすがにあの時と状況が違うと言いますか……」
「カ、ル、ド?」

微妙に圧のある声でソフィナがカルドの名を呼び、再提出したワースの資格表を見ながら、カルドが唸る。それを、もの凄く嫌そうにリトルデビルが見ていた。人材管理局に来てからずっとこうだ。これでもかと顔を顰めてワースに抱き付いてくるので、背中をずっと撫でてやっている。まぁ、無理もないだろう。カルドは炎を扱う魔法使いだ。カーバンクルでさえあれだけ強く警戒感を示していたのだから、桁違いの炎を操る神覚者を前に警戒しない訳がない。じっと睨まれている自覚があるのかないのか、カルドはにっこりと笑った。

「キミみたいなタイプ、すごく珍しいんです。禁書管理局に埋もれさせておくには惜しい」
「カルド……ケンカなら買いますけれど」
「あはははははは」

ソフィナの呟きを意にも介さず、すっと立ち上がったカルドがこちらへ歩み寄る。瞬間、ぞわりと全身の産毛が逆立つような気がした。勿論ワース自身の感覚ではない。リトルデビルが警戒を露わにしている。心なしか、その翠の瞳が怪しい光を放っている気がした。思わず魔導書を庇うように腕を回す。勿論カルドが突然その剣を抜くとも、リトルデビルがカルドに飛び掛かるとも思ってはいない。……いないが、実に不穏な雰囲気であった。

「こんにちは、禁書くん。蜂蜜は好きかな?」
「知らないひとから、ものをもらっちゃダメなのよ」
「ううーん、つれないなぁ」

いくぶん小さな蜂蜜の瓶をカルドが差し出すが、リトルデビルは睨んだままだ。炎の神杖は仕方ない、とばかりに肩をすくめる。ソフィナは呆れたように腕を組んだ。

「リトルデビルくんにここまで嫌われる人間は初めて見ましたよ、カルド」
「ダメですか。やっぱり」
「貴方の魔法は炎でしょう。相性が悪過ぎます」
「……すみません、炎の神杖」

断るだけ断って、ワースはひょいとリトルデビルを背負う。物理的にカルドとの間にワースが挟まったことで、じりじりと産毛が逆立つ感覚が落ち着いた。とはいえ、ぎゅうっとワースの肩を握るその感覚は、いつ何時でも攻撃出来るよう、ぴたりと身体を寄せている。リトルデビルは待っている。ワースからの攻撃指示か、カルドが予備動作をするのを。少しでも「言い訳」が出来る状況になったら、躊躇わずカルドを攻撃するだろう。思わずため息が出た。

「リトルデビル」
「うー、」
「リトルデビル」
「……う〜……」

不服そうに唸ったリトルデビルは結局その額をワースの背中に擦り付ける。まだ思うところはありそうだが、落ち着いたようだ。ワースは少し身体を揺すって辛抱した魔導書をあやしてやった。一連の動きを見ていたカルドが「ほぉ」と感心したように声を漏らした。

「随分ちゃんと、統制下に置いてるじゃないですか」
「当たり前です。この子が誰の弟子だと思っているんですか?」
「言い直しましょう。さすがはソフィナ、素晴らしい弟子をお持ちだ」

口元に手を当てて優雅に微笑んだカルドは、仕方ありませんね、と小さく言った。しかし茶目っ気たっぷりにウィンクをする。

「ワースくん禁書くん、人事異動がしたくなったらいつでも相談して下さいね」
「カルド」
「はいはい。……いやでも本当に残念だなぁ」

言いながらカルドは自分の席に座り直す。恐らくこれ以上リトルデビルを刺激しない為であろう。けれど、彼がその気になれば重厚な机など蹴り飛ばしてその剣でリトルデビルごとワースを両断出来ることは、魔導書もワースもよく分かっている。故に未だにワースに背負われたその小さな身体は強張ったままだ。

「他に何か俺、やったり出したりすることってありますか」

このまま炎の神杖に対峙していては、そのうちにリトルデビルの我慢が効かなくなりそうだった。さっさとこの場を引き上げるべく話を振ると、少し意外そうな表情をしたカルドはしかし、読めない笑みを浮かべる。

「先日の研究会の時に魔法陣技士の方と名刺交換をしたと言っていたでしょう。コピーで良いので僕の方にも名刺を提出して下さい。……そうですね、いま何かやり取りしていますか?」
「特には。何度か研究会に誘われはしましたけど」
「分かりました。次回からその手の話題が出たら僕とソフィナに連絡をすること。ことによっては参加してもらうこともあるかもしれません」
「分かりました」

たかだかヒラ局員の動向にまで目を光らせていなければならないだなんて、局長達は大変だな、とぼんやり思いながら、ワースは最も身近な「局長」を思い浮かべる。昨夜は夕飯も取れるような時間帯に戻らなかったから、眠る前の挨拶程度しかしていない。朝はいつも通り、若干忙しいので2人とも何事もなかったような顔をしてそれぞれの局へと向かった。それが、良いのか悪いのかワースには分からない。まだちょっと、思い出すとばくばくと心臓はうるさいのだけども。
こんな話、いつまでも悩むようなことではないのだ。早く決着を付けなければ。そう思うと腹の奥がじりじりと焼けるような焦燥感がある。

(……まぁ、何はともあれ擦り合わせしなきゃだな……)

マカロンのアドバイスはもっともだ。ひとり自分の頭の中に閉じこもっても、答えは出ない。
その後三言二言カルドからは注意事項があって、ソフィナとワースは人材管理局局長室を後にする。充分局長室から離れたところで、にっこりと笑ったソフィナがワースに手を引かれて歩くリトルデビルを覗き込んだ。

「さて、」

言いながら、ソフィナが懐から小さなポーチを取り出し、包み紙でくるまれた飴玉をひとつ摘み上げる。ハッとしたようにリトルデビルの顔が綻んだ。

「頑張って我慢した良い子にはご褒美です」
「ソフィナちゃん……!」
「魔法局内では?」
「きょくちょー!だいすきー!!」

言いながら、手ずから食べさせて貰っている。炎の神杖カルド・ゲヘナを前にした不機嫌さはどこへやら、ノリノリで頬に手を当てて「おいしー!」とご満悦である。まったく、変わり身が早い。ちなみに、いつからリトルデビルがソフィナを「ソフィナちゃん」と呼び始めたかは定かではない。しかし公私を分ける為か、魔法局内にいる時は「局長」と呼ばせているし、本人も努めてそう呼んでいる。同時期に「ソフィナさん」と呼び始めてさほどその自覚もないワースはため息をついた。

「あんま甘やかさないで下さいよ局長」
「あら良いじゃないですか。あの男は本当に厄介なので、ちゃんと警戒して偉かったですよ」
「えらいー?」
「はい。ちゃんとワースくんを守ってくれましたね」

背中から降ろすと、ワースと手を繋いだまま不器用にステップを刻む。そんな魔導書のつむじを見ながら、ワースは首を傾げた。

「厄介……なんですか?」
「人材管理局の局長ですからね。……まぁ、カルド自体はただ蜂蜜狂いなだけで性格は悪くないんですが」

そういえば刺身に蜂蜜を掛けて食べるのだったか。それは……それは、糖尿病とかになりたいのだろうか?ワースのような凡人には、神覚者になるような天才の考えは分からない。
禁書管理局と人材管理局は古くからあり、また立場の難しい局である。禁書管理局は結局のところ強力な魔導書を持つ家柄の貴族が仕切るところがあるが、人材管理局にもそれなりに派閥があり、かつ中央・地方貴族や平民など、立場の異なる者たちを横断し時に評価を下す。調停と言えば聞こえは良いが、政治的圧力は常に掛かるし、長年に渡り拗れた家門同士のトラブルにも首を突っ込まねばならない瞬間もあるだろう。社員寮ごときでも面倒臭くなってしまうワースにしてみれば、なんて厄介な局、と言いたい気持ちである。

「カルドにも言いましたけども、私は貴方達を勝手にどこかへやったりしませんので、ご安心を。まぁ、調査名目で出向はさせるかもしれませんけども」

ぱちぱちと、ワースは瞬きを繰り返す。そういえばこのひとは、初めからワースにもリトルデビルにも甘かった。今も尚、随分と。ワースの視線に気が付いたのか、ソフィナはふっと笑う。

「意外ですか?」
「あっ、いや、その……まあ。」

社員寮から出る時もそうであったが、「取り憑かれている」タイプの禁書使いの立場は恐らく非常に面倒臭い。勝手に派閥を作られ掛けるし、禁書を読めるようになったら倒れて禁書の意思でその原因となった者に報復だってする。局内に抱えておくのは、厄介であろう。ワースも人材管理局やカルドのことをとやかくは言えない。しかしソフィナはころころと鈴を転がすような声で笑った。

「本音を言えば、禁書管理局としても所属する禁書使いが多い方が箔がつきますしね。それに、」
「それに?」
「インターンの時から、貴方、うちを選んでくれていたでしょう?」

驚きに、一瞬足が止まった。慌てて足を動かすと、ほんの少しばかり縺れた。それに気が付いているのかソフィナの表情は至極柔らかい。

「後になって貴方が取り憑かれていると知って、得心が行きました。……何かあった時に、と思って禁書管理局を選んだのでしょう?」
「…………」

禁書を所蔵する図書館は、実のところ、数多くある。イーストン魔法学校もそのひとつであるし、研究機関や貴族の財団では司書としてソフィナのような禁書使いが所属していることもある。勿論、禁書にまつわる書籍もそのような機関は所蔵していることが多い。しかしソフィナ・ブリビアはそれら全ての組織や家門を見渡しても、文句なく当代一の禁書使いだ。そして禁書管理局の蔵書は魔法界随一である。
今でこそ、リトルデビルは非常に聞き分けの良い扱いやすい禁書である。しかしワースが就活している頃にはそんなことは分からなかった。禁書に取り憑かれていた以上、あの頃のワースの身に何かが、或いはワースを通じて禁書が何をするかは予想が出来なかったのだ。そのような状況の中、もしも何か不測の事態が起きたとして、それを収めるだけの能力があるのは、彼女だけである。現に先日の巨人族襲撃の折、リトルデビルの「声」が届かないように結界を張ったのはソフィナだったそうだ。頼り切っている自覚があるが、これが出来るからワースはソフィナに頭が上がらない。そのひととなりも含めて、ワースにとっては理想的な上司である。

「マーガレット・マカロンが貴方を最強の魔法陣技士にするならば、私は貴方を最高の禁書使いに育て上げます」
「ソフィナ、さん……」
「勿論、私の次に、ですけどね」

それは奇しくも、マーガレット・マカロンと同じ言葉であった。うふふ、と笑ったソフィナは「さて、」とワースへ向き直る。

「ワースくんが魔法陣技士なら禁書管理局の防災計画も変わりますから、ちょっと忙しくなりますよ。1級魔法陣技士の資格も取ってもらいます。それで魔法陣技士協会に登録して下さい」
「はい」
「面倒は多いですけど、人脈はあって困ることはありませんから」

微笑む知の神杖ソフィナ・ブリビアに、ワースは大きく頷いた。

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◆◇◆◇◆



るんた、るんた、るんたった。
最近覚えた足さばきだ。
なんでも、気分が良い時に人間は踊るのだという。「わたし」も真似してみたら、存外楽しい。そうして、ひとりきりで階段を登る。
カナリヤが彼とお話をする。近くにいなくっても状況は分かるのだけど、「わたし」がいると気が散るだろうから。

るんた、るんた、るんたった。
明日の朝が楽しみだ。
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◆◇◆◇◆



週末、結局ワースは夜遅くになって屋敷に戻った。事前に連絡は来ていたものの、希望通りマカロンを音魔法の師匠とすることが出来たらしい。照れた様子で「口添えありがと」と言ってくるワースは大変可愛らしかったし、きゃあきゃあと楽しげにオーターの周りをぐるぐると回る禁書の姿はどこか日常が戻ってきたようでホッとした。しかし、事態はそう簡単には行かなかったらしい。

「えぐいですね、ワースくん」

げっそりと呟いたソフィナは恨めしげな瞳をオーターに向ける。悪いが、何のことだかさっぱりわからない。それよりも貴重な2人の時間をソフィナとマカロンに奪われているオーターとしては、厳重な抗議を申し述べたい。

「……どういうことです」

……が、いまその話題は得策ではないことは分かる。ソフィナはワースの正式な師匠であり、乞うて禁書の扱いを教えて貰っている立場でもある。オーターから何と言ってもソフィナはびくともしないだろうが、ワースが不利になることは避けたい。

「……湯水のように教育資源を与えられて成長した大器晩成型の努力家って、どうしてああも自己肯定感が低いんでしょう……」

ぎろりと睨まれた。
恐らく、ワースの自己肯定感の低さの原因がオーターだと思っているのだろう。……いや、その、……それは大きく否定するものでもないが、なにもオーターだけのせいでもない。勤勉なワースに比べて怠惰なオーターは、どうにも1番効率的で楽な道を見つけるのが得意だった。それは「早熟な天才」と見做されていただろうし、弟であるワースが比較されて育ったことは想像に難くない。比べられて気にならない性格であれば良かっただろうが、こればっかりはどうしようもない。

「あのタイプの子、まず魔法局に入ってきませんよ。早々にどこかの研究所に引っ張られます……」
「そうなんですか?」
「ご両親が、魔法局への就職を望んでいたのでしょう?恐らくそれで、他の道へ進まないようにと誘導していたのではないかと」

はぁ、とソフィナは肩を落とす。
確かに学生時代の記録を見る限り、ワースはかなり、勉強が好きな様子だ。研究レポートも論文大会への寄稿も何度もして、何度も受賞している。いま行っている禁書研究にしても、どう見てもその頃の素地が生きている。根気よく記録を残し、仮説を立て、論拠を示し、論考する。先行文献を読み込むのはもちろんのこと、矛盾を感じた仮説はすぐに検証し取り下げる慎重さは、生来の性質と感じられる程、身に付いている。身に付けさせたのは、イーストン魔法学校であろう。イーストンは官僚育成の為の学校という側面もあるが、研究者気質の教員たちも、勿論いる。あの環境は間違いなく彼に合っていた。

「魔法陣なんて、専門の技師が手本や辞書を見ながら数時間から数日かけて描くようなものですよ。そらで描くような技術じゃあありません。なのに、彼はそんなことも理解していない」

えぐいです、と再びソフィナは呟く。
オーターは静かに記憶をさらう。そう言えばワースは高等部の頃に魔法陣技士の資格を取っていたはずだ。勤勉で凝り性なワースは選択授業で度々関連資格を取っている。

「……魔法陣は、それほど大変な技術だったんですか?」
「…………、……そう言えば、貴方も全く魔法陣を利用しないタイプでしたね」

確かに魔法技術の多くは魔法魔力管理局の所管であるが、魔法陣技士は人材管理局の所管だ。一部彼らが扱う道具や魔法陣を刻まれた魔法道具等が魔法道具管理局の所管となる。禁書管理局は図書館を所管する影響で来館者の安全を守る為に館内で設置される魔法陣に馴染みがあるが、魔法魔力管理局の所管は魔法陣に使われる特殊紙や魔力の籠ったインクの方で、オーターは完成した魔法陣の流通管理等を知っていても、その技術的な話や実際の運用は知らない。

「……失礼な推論でした。オーターのご両親もあまり、魔法陣技士という存在を理解していなかったのかもしれません」

はぁ、とソフィナはため息を吐く。

「一応ワースくんには言いましたけど、あの子を魔法陣技士協会やその関連の貴族に持ってかれないようにガードしてあげて下さいね」
「……どういうことです?」
「魔法陣技士はかなり特殊な技能職なんです。マーガレット・マカロンがあの子を魔法陣で戦える魔法使いに仕込むらしいので、まぁ大変なことになるかと」
「…………」
「ワースくんには1級魔法陣技士まで取ってもらいます。というか、既に彼は「中級魔法陣作成」という要件を満たしていますし。そこまで取れば図書館の壁面に魔法陣を書けますからね」

魔法陣用の紙もインクも購入制限がある。勿論発動するか否かの問題はあるものの、金にあかせればそれなりの戦力を維持費をほぼ取らずに装備できる魔法技術であるからだ。その為に資格を取らせ、身元を登録させる意味合いが魔法陣技士資格にはあった。2級になれば特殊な機関を通さずとも紙とインクが購入でき、1級になれば更に大掛かりな魔法陣の材料を購入できる。禁書管理局含め、いくつかの図書館では1級魔法陣技士に描かせ、定期メンテナンスを行っている。用途は様々だ。火災発生時の結界魔法や、禁書暴走時の拘束魔法、水漏れ防止の特殊結界などもある。火気厳禁な上に水濡れも忌避する場所の護りは求められるものがとにかく多いのだ。
ソフィナ曰く、そもそも1級の上の特級魔法陣技士の要件が「任意の上級魔法陣作成及び発動」なので、きちんと試験さえ受ければワースはそこまで取得できる。だが、特級の所属が魔法局というのは魔法陣技士協会との関係を考えると難しい為に、1級までとするらしい。一応の、配慮だそうだ。しかし、オーターは頭を抱える。これ以上ワースの仕事を増やすのは勘弁してほしい。切実に。

「資格があるからといってなんでもさせて良い訳ではないんですよ」
「あら。なんでもさせるなんて失礼な。こちらからも技士協会をチェックするだけです」
「……あまり、波風を立てないように」

魔法陣技士は特殊技能であり特定の貴族たちの既得特権だ。魔法局でも協会に定期的な発注をかけている。そこに有資格者を根拠として待ったをかけるのはさすがにリスクが高い。そういった貴族向けの対応にオーターよりも慣れているソフィナは理解しているだろうが、一応苦言は呈しておきたくなる。想定していたのか、ソフィナは鷹揚に頷いた。

「カルドは承知していますよ。単に、協会の技術力を見張らせるだけです。今まではツララの魔力測定器くらでしか出来を確認できませんでしたから」

魔法陣の発動条件は、陣の魔力が規定量に達していることと、均等に魔力が流れていることだ。他にも描かれている命令や演算が正しい必要があるが、そこは古代装飾文字の一種であるから、研究管理局の面々は多少心得がある。とはいえ、文法も論理も独自に進化した特殊な文章である為に毎年魔法陣の検証には時間が掛かっていた。有事のための備えであるから、絶対に必要ではあるが、実際には使われることがないので真実発動する魔法陣かどうかは分からない。そう言われてみれば、何度か神学者会議でも話題にはなった。育成の難しさと技術の特殊性から、年々魔法陣の値段は上がっている。それが妥当かどうかを判断する術は、魔法局にはない。
派遣されるモノが人材である故にこれらの窓口はカルドが担当しているからこれまでオーターも特に気にしては来なかった。はぁ、とひとつため息を吐く。

「協会の加入者リストを私宛に出してください。一応目を通しておきたい」
「そういうと思いまして」

ソフィナはひょいと紙束を差し出した。準備が良過ぎる。

「…………」

このところ、内心そうではないかと思ってはいたが、ソフィナはワースを守るのに、かなり雑にオーターを利用していないだろうか。結果が伴えばオーターとして異論はないが、なんとなく釈然としない。にっこりと笑ってオーターの疑念を押し流したソフィナは、そういえば、と顎に手を当てた。

「ワースくんとの同居、ご様子はいかがですか?」
「……まずまず、と言ったところです」

つい最近はワース本人が忙しくしているからあまり顔を合わせていないが。それでも随分とオーターは助かっているし、禁書もよく笑っている。アレがある程度までワースの心を読み取りそれに従って動いているならば、ワースの方も嫌悪感がある、という程ではないだろう。……たぶん。

「それは何よりです。こちらもなるべく定時で帰すようにしますから、しっかり親睦を深めて下さいね」
「…………」

ふと、オーターの胸に疑問が浮かんだ。
……ソフィナは一体、どこまで掴んでいる。
ワースの性格からして直属の上司にオーターのことを相談するとは思えなかった。が、しかし。こちらが疚しい部分があるからか、彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。しかし一方で単純に、拗れた関係を改善してきちんとワースの後ろ盾として立て、という意味にも取れる。あの日ソフィナは魔法局の勾留場にいて巨人族たちの為に結界を張っていたはずだ。だから、オーターとワースの病室内での会話を聞いていたはずはない。……本当に、そうだろうか。いやそもそも覗き見するような人間にオーターが気が付かない筈はないが、看護師や医師が通りがかったくらいでは気にも留めない。本当にあの時、2人と1冊だけだっただろうか。正直、絶対の自信はない。

「……ええ」

だが、下手に突っ込めば藪蛇となる。
オーターは眼鏡の位置を直しながら当たり障りのない返事をした。ソフィナはいつものように微笑んで長い廊下を後にする。その後ろ姿をオーターはじっと見つめていた。



***



ちょっと話があるんだけど、とワースが言ってきたのは、夕飯が終わって2人の間にホットミルクが出された頃であった。そういえば、禁書の姿が見当たらない。意識を集中させると、ワースの部屋のある位置に気配を感じた。なるほど。今頃恐らくワースの部屋の就寝時の定位置という小さな籠の中にいるのだろう。あの禁書はそういうところがある。ワースに対しては、それなりに遠慮するのだ。……まぁ、実物というか、実際の籠は、まだワースの部屋には入れてもらった事がないから、見たことはないが。
ふんわりとホットミルクの香りが辺りに広がる。少しだけ甘味がついたその味は、オーターにはもう馴染みとなっていた。

「あー、その、なんっつーかさー……」

言いながら、ワースはぐしゃぐしゃと自分の頭を掻く。ドキドキと柄にもなく心臓がうるさく鳴ったが、オーターは辛抱した。いつも近くに置いている禁書を自室に戻らせてまでワースが用意した解答だ。どういう内容になろうとも、その答えをしっかり受け止めたい。
あー、とか、うー、とか、暫く言葉に詰まった様子であったワースはようやく心を決めたのか、顔を上げる。

「まずはその、ありがとう。俺も結構オーターのことは好きだし、好意を向けられて悪い気はしねぇ」

オーターは若干逡巡した。
……もしや、遠回しのお断りだったりするか?
ぎゅっと瞳を閉じて、その衝撃に備える。……が、次の言葉は思いもよらないものだった。

「ちなみに、どこまで想定してる?」
「ど……どこまで、とは……?」
「一応聞くけど、オーターって誰かと付き合ったことある?」

突然の質問責めに、オーターはたじろいで、しかし遠くの記憶を探りながら小さく頷いた。面倒くさがりを自負するオーターは、告白されたとて断るのも面倒なのだ。だから往々にして、すぐフラれるが、経験がないという訳ではない。その様子に満足したようにワースは頷いた。……いやこれ、どういうことだ。何を確認されているのだ。

「じゃあまあ、オツキアイってどういうことするか理解してるってことでOK?」
「ええ、まあ……」
「……っていうか、アンタ、俺で勃つ訳?」
「…………」

いやに直接的な言い様だ。露悪的ですらある。頭を抱えたくなる手をなんとか止めて、机の上にゆるく握った。ワースは時々こういう、直球を投げて来る。彼の中ではきっとしっかりとした意図はあるのだろうけれど、現段階では読めなかった。どう、答えるのが正解か。オーターは考えを巡らせる。そしてぽつりと口を開いた。

「お前を無用に怖がらせる意図はありませんが、」
「…………」
「勃つでしょうね」

その声は、静か過ぎる室内に妙に大きく響いた。その気まずさに思わず咳払いをするが、しかしそれほど奇妙なことを言ったつもりはない。
別に結婚したからと言って子供をもうけるのは必須ではない。特に、血族の同性婚においては。もちろん魔法技術として妊娠と出産は可能である。しかし通常の女性の分娩同様にリスクゼロとはいかないし、契約婚的な側面が大きいから、どうしても子供が必要ならばそれこそ分家から養子を取って跡取りとして育てるのが定石である。特にワースには禁書というややイレギュラーな存在がいる。アレが「子供」という存在をどう捉えるかは分からない。禁書が子供を術者に寄生する危険生物と看做す場合も、術者の寵愛を奪う敵性生物と看做す場合もある。だから禁書を保持する家は比較的分家を多く作る。禁書が認めてくれる人間のストックを事前に作っておく、ということだ。……それもまた、なかなか非人道的ではあろうが。
ただまぁ、そう言ったことを脇に置いておくとして、実際問題ワースは可愛らしいし、オーターには美しく見える。好きな相手と触れ合って、肉体に変化が訪れない成人男性は、一度専門医の診察を受けるべきだと思う。もちろん繊細な問題だろうが、生憎と、オーターは繊細さとは無縁であるし、当然専門家の助けを必要とはしていない。
机の上に出していた手を、ゆるく組み合わせて握る。なるほど、ワースが懸念していたのはこの辺りか。どちら方向に押すのが正解であるかは、依然分からないが。

「2人で……あ、いや、あの禁書がいてももちろん良いですが、買い物に行ったり、美術品を見たり、カフェで休んだり、それこそ夜景の美しいレストランで食事をしたり」
「…………」
「手を握ったり抱きしめたり、キスしたり、その延長の中で時間と機会が合えば、貴方と愛し合いたい、……です」

言いながら、順に想像してふと笑みが漏れる。前者は比較的やっている気がする。頭の中の風景には、小さなワースを入れた3人で歩く姿があった。2人きりというと途端にハードルが上がるので、それこそ同居を申し出たあの1回くらいしか浮かばないが。ただそれでも、まぁ良いのではないかとオーターは思っている。ワースにとって禁書は杖と同じく人生を共にする相棒だろうし、彼も特段ワースとオーターの間に割入ろうとするような素振りもない。ワースに可愛がられる禁書へ嫉妬していた自分は、だいぶ大人げなかった。思えばあの日、禁書に目の前で泣かれてからだろうか。本人とは違うにせよ、可愛いワースと同じ顔がもうひとつ隣にあるのは、よく考えると大変お得なのではないか、と割り切れるようになったのは。
後者の行為については、もちろん出来たらきっと物凄くドキドキとして世界は色付くだろうけれど、あってもなくてもこの気持ちに変わりはない。ふと、直球を投げてきたワースに乗じて自分も直球を投げてみようかという気持ちになった。顎に手をやり自分の中でひとつまとめ、オーターはおずおずと口を開いた。

「結婚したいのは……そうですね、単純にアベル・ウォーカーに嫉妬していまして」
「アベルに?」

なんで?とワースの瞳が言っていた。これを言うのは少し苦い気持ちであるが、その程度でワースがオーターの気持ちを理解するのであれば安いものである。割り切るつもりで、しかし眉が思わず顔の中心に寄る。

「戸籍上、貴方に最も近い人間でしょう。彼がその気になれば私も排除できる」
「……そういうものか?」
「少なくとも、私にはそう見えます。」
「そっか」

ふわりとワースは笑った。それはどこか険の取れた、やわらかい笑みだった。例えばそれは禁書に向けるような。穏やかで綺麗なその顔に、思わず見惚れる。血の繋がるオーターがいうのも変な話であるが、ワースは本当に綺麗な顔をしている。

「分かった。結婚を前提に、付き合おう」
「良いんですか?」
「良くなきゃ言ってねーよ」

けど実際結婚するかは付き合ってからな、とワースはすかさず釘を刺す。まあしかし、気持ちがこちらを向いてくれるならば、どうとでもやりようはある。ほ、とオーターは胸を撫で下ろした。よかった、もう少し面倒の多い手を使わずに済んで。

「ところでオーター」

にっこりと笑いながら、ワースは取り出した箒飾りを顔の横に掲げてみせる。見覚えのあり過ぎるそれは、オーターからワースに贈ったものだ。なんだろうと首を傾げると、貼り付けたような綺麗な笑顔が、さらに深まる。

「この箒飾りに入れた追跡魔法について、何か言いたいことはあるか?」
「…………」

じわりと、嫌な汗が滲んだ。

「え、えぇ、と……」
「ん?」

異様なほど美しいその笑顔で、法令遵守について懇々と詰めてくるその姿はなんとなくソフィナ・ブリビアを彷彿とさせた。師弟は似るものだな、とオーターは場違いな現実逃避をしていた。

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    05月12日 00:00 〜 11月30日 23:50
カナリヤ 13
1 / 3

◆◇◆◇◆



週明け、1番にマーガレット・マカロンに音魔法を教わることになったと知の神杖ソフィナ・ブリビアに報告したところ、ちょっとした騒動になった。

「……ちょっと待って下さいワースくん、貴方、魔法陣なんて描けたんですか?」
「いやぁ、マァ、はい……」
「聞いてないですよそんなこと!」

言いながら、ソフィナは口を手で覆い隠してぶるぶると震えている。確かに特殊技能であることに間違いないが、フツーにイーストン魔法学校の選択授業で履修できる。履修者はそこそこいるので、あの人数が資格を取得していると思うと、大して喧伝するほどの話ではない。いつも冷静なソフィナの過剰反応に内心首を傾げた。ワースの感情に反応してか、リトルデビルが小首を傾げてソフィナを見上げている。

「2年の時に2級魔法陣技師資格を取っただけっすよ」
「2級……!……ちなみに1級は目指さなかったんですか?」
「……興味、なくなっちまって」

嘘である。
魔法陣に使われている古代装飾文字は今の文字の原型でもあるし、単純に美しいから好きだった。ただ、どう努力しても上級治療魔法の魔法陣を発動させられなかったから、辞めたのだ。ちなみに、1級の要件である「中級魔法陣作成」は既に満たしている。多少の座学の準備は要るだろうが、今のワースが受けたって合格する自信はあった。
魔法陣のキモは、通常ならば使えない魔法を使えるようになる点と、強力な魔法をストックして置くことができる点にある。事前に準備さえ怠らなければ、少量の魔力を通すだけで魔法陣のストックがある限り実力以上の魔法を使える。勿論用紙もインクも高額なので、使い所を誤ればたちまち破産する方法であるのだが。そんな金銭的事情もあって、両親に魔法陣技師2級を取ったと報告してもさっぱり褒められもしなかった。やはり大した資格ではないし、価値がない。

「……待って下さい、インターンの頃の履歴書、その記載ないですが」

ばさばさとソフィナはなにやら記録を当たって、ワースの履歴書を引っ張り出していたらしい。そんな気にする資格だろうか?と思いながらワースは今度こそ現実でも首を傾げた。

「ああ、履歴書の資格欄が足らなかったので」

一般的な図書館に纏わる資格を書いたら、普通に埋まる。別紙対応も出来たが、評価的に「禁書管理局に必要な資格を過不足なく取っていること」を確認する欄だろうと解釈して、ワースは別紙を提出していない。関係ない資格を書いて判断力を不安視される方が問題だと判断したからだ。

「……別紙対応は」
「そんなレア資格じゃあないっすよね、2級ごときじゃ」

ソフィナは頭を抱えた。この段になってワースは自分の誤りを認識し始めたが、どの時点からか分からない。魔法陣が描けるところだろうか?2級であることがだろうか?

「…………合格証書と一緒に魔法陣技師協会からお手紙入っていませんでしたか?」
「あー……」

そういえば入っていたし、なんならイーストン魔法学校を卒業するまでワースの元へ折りに触れて手紙が届いていた気がする。内容は就職勧誘だ。比較的ありがちなDMである。マメだとは思うが。卒業時にはファミリーネームも変わったし居住も魔法局の寮になったので、以来見ていない。……そう言われてみれば先日の禁書研究学会で発表した折に魔法陣技師と名刺交換して、以来ちょくちょくメッセージが来ていたような……。ワースの顔色で悟ったのだろう。ソフィナが深く深くため息をついた。

「……通常、魔法学校で学ぶ魔法陣は、初学者向けの講座だと思います。どちらかといえば魔法陣を作って発動させることよりも、装飾文字を学んで教養を深める、ような」

記憶を少しさらう。……そう言われるとそうだった気がする。もちろん講師は本物の魔法陣技師であるので、講師が描いた魔法陣に触れせてもらったり発動させたりはした。……しかし考えてみれば、実習として魔法陣を作って発動させる、ということはしていなかったかもしれない。ワースは面白くなって、自作の魔法陣を試していたし最後のレポート課題の前に2級の資格を取って、教科書に載っていないオリジナルの魔法陣を作って遊んでいたが。

「…………」

最初からそれなりに発動したから良いが、いま思うと、高額の紙とインクをばかすか使っている。なんて金の無駄遣いをしたのだろう。両親に申し訳ないことをしたかもしれないと、自分の若気の至りにうげ、と顔を顰めているが、ソフィナは頭が痛そうに片手で額を抑えている。

「基礎知識を問う3級はそれで合格できますが、魔法陣の発動試験も伴う2級は受かりません」

ポツリ、と溢れた声は小さかった。
ワースはまじまじとソフィナを見る。初耳だが?小さく首を振ったソフィナは頭痛がするとばかりにため息を吐く。

「それに魔法陣技師は、ほとんど世襲なんです。普通、あの複雑な紋様と正円をフリーハンドで正確に描いて、なおかつ魔力を一定量で通し続ける、というのはかなりの訓練を必要としますから」
「……えーと、」
「学生のうちに2級なんて、しかも世襲外の家柄の子供が取ってたら、熱烈に就職勧誘されていたはずですよ」

ワースはぽっかりと開きかける口をゆっくりと閉じた。どういうことだ、知らないぞ。そんな面倒臭い資格だっただなんて。

「とりあえず、」

ソフィナは白い紙と羽根ペンを差し出す。にっこり、と微笑むその顔には、妙な威圧感があった。

「価値の有無は私が判断しますから、学生時代に取得した資格を全てここに書き出してもらえますか?」

なにか、嫌なものを感じながら、ワースはこくこくと頷いて差し出された用紙にペンを走らせた。
その後書き上がった資格一覧を見たソフィナが早急にどこかへ連絡を取ったと思うと、炎の神杖カルド・ゲヘナの面接を受ける羽目になり、ソフィナ立ち合いの元、魔法陣を発動させることになった。実演に使用するのは通常の魔法紙とインクに寄るものと、泥魔法に寄るものとの2種類である。結果は勿論、発動した。というか、しない筈がない。ワースは中級の魔法陣であればひと通り普通に使えるし、上級魔法陣も相性次第でちゃんと動かせる。上級治癒魔法がさっぱり発動しないだけで。なんならインクを介して魔力を制御するよりも自分の砂魔法で魔法陣を描く方がずっと楽で、発動だってずっと早いのだ。でなければマカロン相手に魔法の撃ち合いは出来ない。

「2級魔法陣技士に加えて第1種魔法生物管理者、危険生物取扱甲種ならびに乙種、魔導工2種取扱……ちょっと驚きました。ワースくん、キミ、人材管理局に来ません?」
「え、」
「辞めてくださいねカルド。ワースくんを禁書管理局以外にはやらないって、もう話は付いたでしょう」
「いやまぁ、そうなんですけども。これはさすがにあの時と状況が違うと言いますか……」
「カ、ル、ド?」

微妙に圧のある声でソフィナがカルドの名を呼び、再提出したワースの資格表を見ながら、カルドが唸る。それを、もの凄く嫌そうにリトルデビルが見ていた。人材管理局に来てからずっとこうだ。これでもかと顔を顰めてワースに抱き付いてくるので、背中をずっと撫でてやっている。まぁ、無理もないだろう。カルドは炎を扱う魔法使いだ。カーバンクルでさえあれだけ強く警戒感を示していたのだから、桁違いの炎を操る神覚者を前に警戒しない訳がない。じっと睨まれている自覚があるのかないのか、カルドはにっこりと笑った。

「キミみたいなタイプ、すごく珍しいんです。禁書管理局に埋もれさせておくには惜しい」
「カルド……ケンカなら買いますけれど」
「あはははははは」

ソフィナの呟きを意にも介さず、すっと立ち上がったカルドがこちらへ歩み寄る。瞬間、ぞわりと全身の産毛が逆立つような気がした。勿論ワース自身の感覚ではない。リトルデビルが警戒を露わにしている。心なしか、その翠の瞳が怪しい光を放っている気がした。思わず魔導書を庇うように腕を回す。勿論カルドが突然その剣を抜くとも、リトルデビルがカルドに飛び掛かるとも思ってはいない。……いないが、実に不穏な雰囲気であった。

「こんにちは、禁書くん。蜂蜜は好きかな?」
「知らないひとから、ものをもらっちゃダメなのよ」
「ううーん、つれないなぁ」

いくぶん小さな蜂蜜の瓶をカルドが差し出すが、リトルデビルは睨んだままだ。炎の神杖は仕方ない、とばかりに肩をすくめる。ソフィナは呆れたように腕を組んだ。

「リトルデビルくんにここまで嫌われる人間は初めて見ましたよ、カルド」
「ダメですか。やっぱり」
「貴方の魔法は炎でしょう。相性が悪過ぎます」
「……すみません、炎の神杖」

断るだけ断って、ワースはひょいとリトルデビルを背負う。物理的にカルドとの間にワースが挟まったことで、じりじりと産毛が逆立つ感覚が落ち着いた。とはいえ、ぎゅうっとワースの肩を握るその感覚は、いつ何時でも攻撃出来るよう、ぴたりと身体を寄せている。リトルデビルは待っている。ワースからの攻撃指示か、カルドが予備動作をするのを。少しでも「言い訳」が出来る状況になったら、躊躇わずカルドを攻撃するだろう。思わずため息が出た。

「リトルデビル」
「うー、」
「リトルデビル」
「……う〜……」

不服そうに唸ったリトルデビルは結局その額をワースの背中に擦り付ける。まだ思うところはありそうだが、落ち着いたようだ。ワースは少し身体を揺すって辛抱した魔導書をあやしてやった。一連の動きを見ていたカルドが「ほぉ」と感心したように声を漏らした。

「随分ちゃんと、統制下に置いてるじゃないですか」
「当たり前です。この子が誰の弟子だと思っているんですか?」
「言い直しましょう。さすがはソフィナ、素晴らしい弟子をお持ちだ」

口元に手を当てて優雅に微笑んだカルドは、仕方ありませんね、と小さく言った。しかし茶目っ気たっぷりにウィンクをする。

「ワースくん禁書くん、人事異動がしたくなったらいつでも相談して下さいね」
「カルド」
「はいはい。……いやでも本当に残念だなぁ」

言いながらカルドは自分の席に座り直す。恐らくこれ以上リトルデビルを刺激しない為であろう。けれど、彼がその気になれば重厚な机など蹴り飛ばしてその剣でリトルデビルごとワースを両断出来ることは、魔導書もワースもよく分かっている。故に未だにワースに背負われたその小さな身体は強張ったままだ。

「他に何か俺、やったり出したりすることってありますか」

このまま炎の神杖に対峙していては、そのうちにリトルデビルの我慢が効かなくなりそうだった。さっさとこの場を引き上げるべく話を振ると、少し意外そうな表情をしたカルドはしかし、読めない笑みを浮かべる。

「先日の研究会の時に魔法陣技士の方と名刺交換をしたと言っていたでしょう。コピーで良いので僕の方にも名刺を提出して下さい。……そうですね、いま何かやり取りしていますか?」
「特には。何度か研究会に誘われはしましたけど」
「分かりました。次回からその手の話題が出たら僕とソフィナに連絡をすること。ことによっては参加してもらうこともあるかもしれません」
「分かりました」

たかだかヒラ局員の動向にまで目を光らせていなければならないだなんて、局長達は大変だな、とぼんやり思いながら、ワースは最も身近な「局長」を思い浮かべる。昨夜は夕飯も取れるような時間帯に戻らなかったから、眠る前の挨拶程度しかしていない。朝はいつも通り、若干忙しいので2人とも何事もなかったような顔をしてそれぞれの局へと向かった。それが、良いのか悪いのかワースには分からない。まだちょっと、思い出すとばくばくと心臓はうるさいのだけども。
こんな話、いつまでも悩むようなことではないのだ。早く決着を付けなければ。そう思うと腹の奥がじりじりと焼けるような焦燥感がある。

(……まぁ、何はともあれ擦り合わせしなきゃだな……)

マカロンのアドバイスはもっともだ。ひとり自分の頭の中に閉じこもっても、答えは出ない。
その後三言二言カルドからは注意事項があって、ソフィナとワースは人材管理局局長室を後にする。充分局長室から離れたところで、にっこりと笑ったソフィナがワースに手を引かれて歩くリトルデビルを覗き込んだ。

「さて、」

言いながら、ソフィナが懐から小さなポーチを取り出し、包み紙でくるまれた飴玉をひとつ摘み上げる。ハッとしたようにリトルデビルの顔が綻んだ。

「頑張って我慢した良い子にはご褒美です」
「ソフィナちゃん……!」
「魔法局内では?」
「きょくちょー!だいすきー!!」

言いながら、手ずから食べさせて貰っている。炎の神杖カルド・ゲヘナを前にした不機嫌さはどこへやら、ノリノリで頬に手を当てて「おいしー!」とご満悦である。まったく、変わり身が早い。ちなみに、いつからリトルデビルがソフィナを「ソフィナちゃん」と呼び始めたかは定かではない。しかし公私を分ける為か、魔法局内にいる時は「局長」と呼ばせているし、本人も努めてそう呼んでいる。同時期に「ソフィナさん」と呼び始めてさほどその自覚もないワースはため息をついた。

「あんま甘やかさないで下さいよ局長」
「あら良いじゃないですか。あの男は本当に厄介なので、ちゃんと警戒して偉かったですよ」
「えらいー?」
「はい。ちゃんとワースくんを守ってくれましたね」

背中から降ろすと、ワースと手を繋いだまま不器用にステップを刻む。そんな魔導書のつむじを見ながら、ワースは首を傾げた。

「厄介……なんですか?」
「人材管理局の局長ですからね。……まぁ、カルド自体はただ蜂蜜狂いなだけで性格は悪くないんですが」

そういえば刺身に蜂蜜を掛けて食べるのだったか。それは……それは、糖尿病とかになりたいのだろうか?ワースのような凡人には、神覚者になるような天才の考えは分からない。
禁書管理局と人材管理局は古くからあり、また立場の難しい局である。禁書管理局は結局のところ強力な魔導書を持つ家柄の貴族が仕切るところがあるが、人材管理局にもそれなりに派閥があり、かつ中央・地方貴族や平民など、立場の異なる者たちを横断し時に評価を下す。調停と言えば聞こえは良いが、政治的圧力は常に掛かるし、長年に渡り拗れた家門同士のトラブルにも首を突っ込まねばならない瞬間もあるだろう。社員寮ごときでも面倒臭くなってしまうワースにしてみれば、なんて厄介な局、と言いたい気持ちである。

「カルドにも言いましたけども、私は貴方達を勝手にどこかへやったりしませんので、ご安心を。まぁ、調査名目で出向はさせるかもしれませんけども」

ぱちぱちと、ワースは瞬きを繰り返す。そういえばこのひとは、初めからワースにもリトルデビルにも甘かった。今も尚、随分と。ワースの視線に気が付いたのか、ソフィナはふっと笑う。

「意外ですか?」
「あっ、いや、その……まあ。」

社員寮から出る時もそうであったが、「取り憑かれている」タイプの禁書使いの立場は恐らく非常に面倒臭い。勝手に派閥を作られ掛けるし、禁書を読めるようになったら倒れて禁書の意思でその原因となった者に報復だってする。局内に抱えておくのは、厄介であろう。ワースも人材管理局やカルドのことをとやかくは言えない。しかしソフィナはころころと鈴を転がすような声で笑った。

「本音を言えば、禁書管理局としても所属する禁書使いが多い方が箔がつきますしね。それに、」
「それに?」
「インターンの時から、貴方、うちを選んでくれていたでしょう?」

驚きに、一瞬足が止まった。慌てて足を動かすと、ほんの少しばかり縺れた。それに気が付いているのかソフィナの表情は至極柔らかい。

「後になって貴方が取り憑かれていると知って、得心が行きました。……何かあった時に、と思って禁書管理局を選んだのでしょう?」
「…………」

禁書を所蔵する図書館は、実のところ、数多くある。イーストン魔法学校もそのひとつであるし、研究機関や貴族の財団では司書としてソフィナのような禁書使いが所属していることもある。勿論、禁書にまつわる書籍もそのような機関は所蔵していることが多い。しかしソフィナ・ブリビアはそれら全ての組織や家門を見渡しても、文句なく当代一の禁書使いだ。そして禁書管理局の蔵書は魔法界随一である。
今でこそ、リトルデビルは非常に聞き分けの良い扱いやすい禁書である。しかしワースが就活している頃にはそんなことは分からなかった。禁書に取り憑かれていた以上、あの頃のワースの身に何かが、或いはワースを通じて禁書が何をするかは予想が出来なかったのだ。そのような状況の中、もしも何か不測の事態が起きたとして、それを収めるだけの能力があるのは、彼女だけである。現に先日の巨人族襲撃の折、リトルデビルの「声」が届かないように結界を張ったのはソフィナだったそうだ。頼り切っている自覚があるが、これが出来るからワースはソフィナに頭が上がらない。そのひととなりも含めて、ワースにとっては理想的な上司である。

「マーガレット・マカロンが貴方を最強の魔法陣技士にするならば、私は貴方を最高の禁書使いに育て上げます」
「ソフィナ、さん……」
「勿論、私の次に、ですけどね」

それは奇しくも、マーガレット・マカロンと同じ言葉であった。うふふ、と笑ったソフィナは「さて、」とワースへ向き直る。

「ワースくんが魔法陣技士なら禁書管理局の防災計画も変わりますから、ちょっと忙しくなりますよ。1級魔法陣技士の資格も取ってもらいます。それで魔法陣技士協会に登録して下さい」
「はい」
「面倒は多いですけど、人脈はあって困ることはありませんから」

微笑む知の神杖ソフィナ・ブリビアに、ワースは大きく頷いた。

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◆◇◆◇◆



るんた、るんた、るんたった。
最近覚えた足さばきだ。
なんでも、気分が良い時に人間は踊るのだという。「わたし」も真似してみたら、存外楽しい。そうして、ひとりきりで階段を登る。
カナリヤが彼とお話をする。近くにいなくっても状況は分かるのだけど、「わたし」がいると気が散るだろうから。

るんた、るんた、るんたった。
明日の朝が楽しみだ。
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◆◇◆◇◆



週末、結局ワースは夜遅くになって屋敷に戻った。事前に連絡は来ていたものの、希望通りマカロンを音魔法の師匠とすることが出来たらしい。照れた様子で「口添えありがと」と言ってくるワースは大変可愛らしかったし、きゃあきゃあと楽しげにオーターの周りをぐるぐると回る禁書の姿はどこか日常が戻ってきたようでホッとした。しかし、事態はそう簡単には行かなかったらしい。

「えぐいですね、ワースくん」

げっそりと呟いたソフィナは恨めしげな瞳をオーターに向ける。悪いが、何のことだかさっぱりわからない。それよりも貴重な2人の時間をソフィナとマカロンに奪われているオーターとしては、厳重な抗議を申し述べたい。

「……どういうことです」

……が、いまその話題は得策ではないことは分かる。ソフィナはワースの正式な師匠であり、乞うて禁書の扱いを教えて貰っている立場でもある。オーターから何と言ってもソフィナはびくともしないだろうが、ワースが不利になることは避けたい。

「……湯水のように教育資源を与えられて成長した大器晩成型の努力家って、どうしてああも自己肯定感が低いんでしょう……」

ぎろりと睨まれた。
恐らく、ワースの自己肯定感の低さの原因がオーターだと思っているのだろう。……いや、その、……それは大きく否定するものでもないが、なにもオーターだけのせいでもない。勤勉なワースに比べて怠惰なオーターは、どうにも1番効率的で楽な道を見つけるのが得意だった。それは「早熟な天才」と見做されていただろうし、弟であるワースが比較されて育ったことは想像に難くない。比べられて気にならない性格であれば良かっただろうが、こればっかりはどうしようもない。

「あのタイプの子、まず魔法局に入ってきませんよ。早々にどこかの研究所に引っ張られます……」
「そうなんですか?」
「ご両親が、魔法局への就職を望んでいたのでしょう?恐らくそれで、他の道へ進まないようにと誘導していたのではないかと」

はぁ、とソフィナは肩を落とす。
確かに学生時代の記録を見る限り、ワースはかなり、勉強が好きな様子だ。研究レポートも論文大会への寄稿も何度もして、何度も受賞している。いま行っている禁書研究にしても、どう見てもその頃の素地が生きている。根気よく記録を残し、仮説を立て、論拠を示し、論考する。先行文献を読み込むのはもちろんのこと、矛盾を感じた仮説はすぐに検証し取り下げる慎重さは、生来の性質と感じられる程、身に付いている。身に付けさせたのは、イーストン魔法学校であろう。イーストンは官僚育成の為の学校という側面もあるが、研究者気質の教員たちも、勿論いる。あの環境は間違いなく彼に合っていた。

「魔法陣なんて、専門の技師が手本や辞書を見ながら数時間から数日かけて描くようなものですよ。そらで描くような技術じゃあありません。なのに、彼はそんなことも理解していない」

えぐいです、と再びソフィナは呟く。
オーターは静かに記憶をさらう。そう言えばワースは高等部の頃に魔法陣技士の資格を取っていたはずだ。勤勉で凝り性なワースは選択授業で度々関連資格を取っている。

「……魔法陣は、それほど大変な技術だったんですか?」
「…………、……そう言えば、貴方も全く魔法陣を利用しないタイプでしたね」

確かに魔法技術の多くは魔法魔力管理局の所管であるが、魔法陣技士は人材管理局の所管だ。一部彼らが扱う道具や魔法陣を刻まれた魔法道具等が魔法道具管理局の所管となる。禁書管理局は図書館を所管する影響で来館者の安全を守る為に館内で設置される魔法陣に馴染みがあるが、魔法魔力管理局の所管は魔法陣に使われる特殊紙や魔力の籠ったインクの方で、オーターは完成した魔法陣の流通管理等を知っていても、その技術的な話や実際の運用は知らない。

「……失礼な推論でした。オーターのご両親もあまり、魔法陣技士という存在を理解していなかったのかもしれません」

はぁ、とソフィナはため息を吐く。

「一応ワースくんには言いましたけど、あの子を魔法陣技士協会やその関連の貴族に持ってかれないようにガードしてあげて下さいね」
「……どういうことです?」
「魔法陣技士はかなり特殊な技能職なんです。マーガレット・マカロンがあの子を魔法陣で戦える魔法使いに仕込むらしいので、まぁ大変なことになるかと」
「…………」
「ワースくんには1級魔法陣技士まで取ってもらいます。というか、既に彼は「中級魔法陣作成」という要件を満たしていますし。そこまで取れば図書館の壁面に魔法陣を書けますからね」

魔法陣用の紙もインクも購入制限がある。勿論発動するか否かの問題はあるものの、金にあかせればそれなりの戦力を維持費をほぼ取らずに装備できる魔法技術であるからだ。その為に資格を取らせ、身元を登録させる意味合いが魔法陣技士資格にはあった。2級になれば特殊な機関を通さずとも紙とインクが購入でき、1級になれば更に大掛かりな魔法陣の材料を購入できる。禁書管理局含め、いくつかの図書館では1級魔法陣技士に描かせ、定期メンテナンスを行っている。用途は様々だ。火災発生時の結界魔法や、禁書暴走時の拘束魔法、水漏れ防止の特殊結界などもある。火気厳禁な上に水濡れも忌避する場所の護りは求められるものがとにかく多いのだ。
ソフィナ曰く、そもそも1級の上の特級魔法陣技士の要件が「任意の上級魔法陣作成及び発動」なので、きちんと試験さえ受ければワースはそこまで取得できる。だが、特級の所属が魔法局というのは魔法陣技士協会との関係を考えると難しい為に、1級までとするらしい。一応の、配慮だそうだ。しかし、オーターは頭を抱える。これ以上ワースの仕事を増やすのは勘弁してほしい。切実に。

「資格があるからといってなんでもさせて良い訳ではないんですよ」
「あら。なんでもさせるなんて失礼な。こちらからも技士協会をチェックするだけです」
「……あまり、波風を立てないように」

魔法陣技士は特殊技能であり特定の貴族たちの既得特権だ。魔法局でも協会に定期的な発注をかけている。そこに有資格者を根拠として待ったをかけるのはさすがにリスクが高い。そういった貴族向けの対応にオーターよりも慣れているソフィナは理解しているだろうが、一応苦言は呈しておきたくなる。想定していたのか、ソフィナは鷹揚に頷いた。

「カルドは承知していますよ。単に、協会の技術力を見張らせるだけです。今まではツララの魔力測定器くらでしか出来を確認できませんでしたから」

魔法陣の発動条件は、陣の魔力が規定量に達していることと、均等に魔力が流れていることだ。他にも描かれている命令や演算が正しい必要があるが、そこは古代装飾文字の一種であるから、研究管理局の面々は多少心得がある。とはいえ、文法も論理も独自に進化した特殊な文章である為に毎年魔法陣の検証には時間が掛かっていた。有事のための備えであるから、絶対に必要ではあるが、実際には使われることがないので真実発動する魔法陣かどうかは分からない。そう言われてみれば、何度か神学者会議でも話題にはなった。育成の難しさと技術の特殊性から、年々魔法陣の値段は上がっている。それが妥当かどうかを判断する術は、魔法局にはない。
派遣されるモノが人材である故にこれらの窓口はカルドが担当しているからこれまでオーターも特に気にしては来なかった。はぁ、とひとつため息を吐く。

「協会の加入者リストを私宛に出してください。一応目を通しておきたい」
「そういうと思いまして」

ソフィナはひょいと紙束を差し出した。準備が良過ぎる。

「…………」

このところ、内心そうではないかと思ってはいたが、ソフィナはワースを守るのに、かなり雑にオーターを利用していないだろうか。結果が伴えばオーターとして異論はないが、なんとなく釈然としない。にっこりと笑ってオーターの疑念を押し流したソフィナは、そういえば、と顎に手を当てた。

「ワースくんとの同居、ご様子はいかがですか?」
「……まずまず、と言ったところです」

つい最近はワース本人が忙しくしているからあまり顔を合わせていないが。それでも随分とオーターは助かっているし、禁書もよく笑っている。アレがある程度までワースの心を読み取りそれに従って動いているならば、ワースの方も嫌悪感がある、という程ではないだろう。……たぶん。

「それは何よりです。こちらもなるべく定時で帰すようにしますから、しっかり親睦を深めて下さいね」
「…………」

ふと、オーターの胸に疑問が浮かんだ。
……ソフィナは一体、どこまで掴んでいる。
ワースの性格からして直属の上司にオーターのことを相談するとは思えなかった。が、しかし。こちらが疚しい部分があるからか、彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。しかし一方で単純に、拗れた関係を改善してきちんとワースの後ろ盾として立て、という意味にも取れる。あの日ソフィナは魔法局の勾留場にいて巨人族たちの為に結界を張っていたはずだ。だから、オーターとワースの病室内での会話を聞いていたはずはない。……本当に、そうだろうか。いやそもそも覗き見するような人間にオーターが気が付かない筈はないが、看護師や医師が通りがかったくらいでは気にも留めない。本当にあの時、2人と1冊だけだっただろうか。正直、絶対の自信はない。

「……ええ」

だが、下手に突っ込めば藪蛇となる。
オーターは眼鏡の位置を直しながら当たり障りのない返事をした。ソフィナはいつものように微笑んで長い廊下を後にする。その後ろ姿をオーターはじっと見つめていた。



***



ちょっと話があるんだけど、とワースが言ってきたのは、夕飯が終わって2人の間にホットミルクが出された頃であった。そういえば、禁書の姿が見当たらない。意識を集中させると、ワースの部屋のある位置に気配を感じた。なるほど。今頃恐らくワースの部屋の就寝時の定位置という小さな籠の中にいるのだろう。あの禁書はそういうところがある。ワースに対しては、それなりに遠慮するのだ。……まぁ、実物というか、実際の籠は、まだワースの部屋には入れてもらった事がないから、見たことはないが。
ふんわりとホットミルクの香りが辺りに広がる。少しだけ甘味がついたその味は、オーターにはもう馴染みとなっていた。

「あー、その、なんっつーかさー……」

言いながら、ワースはぐしゃぐしゃと自分の頭を掻く。ドキドキと柄にもなく心臓がうるさく鳴ったが、オーターは辛抱した。いつも近くに置いている禁書を自室に戻らせてまでワースが用意した解答だ。どういう内容になろうとも、その答えをしっかり受け止めたい。
あー、とか、うー、とか、暫く言葉に詰まった様子であったワースはようやく心を決めたのか、顔を上げる。

「まずはその、ありがとう。俺も結構オーターのことは好きだし、好意を向けられて悪い気はしねぇ」

オーターは若干逡巡した。
……もしや、遠回しのお断りだったりするか?
ぎゅっと瞳を閉じて、その衝撃に備える。……が、次の言葉は思いもよらないものだった。

「ちなみに、どこまで想定してる?」
「ど……どこまで、とは……?」
「一応聞くけど、オーターって誰かと付き合ったことある?」

突然の質問責めに、オーターはたじろいで、しかし遠くの記憶を探りながら小さく頷いた。面倒くさがりを自負するオーターは、告白されたとて断るのも面倒なのだ。だから往々にして、すぐフラれるが、経験がないという訳ではない。その様子に満足したようにワースは頷いた。……いやこれ、どういうことだ。何を確認されているのだ。

「じゃあまあ、オツキアイってどういうことするか理解してるってことでOK?」
「ええ、まあ……」
「……っていうか、アンタ、俺で勃つ訳?」
「…………」

いやに直接的な言い様だ。露悪的ですらある。頭を抱えたくなる手をなんとか止めて、机の上にゆるく握った。ワースは時々こういう、直球を投げて来る。彼の中ではきっとしっかりとした意図はあるのだろうけれど、現段階では読めなかった。どう、答えるのが正解か。オーターは考えを巡らせる。そしてぽつりと口を開いた。

「お前を無用に怖がらせる意図はありませんが、」
「…………」
「勃つでしょうね」

その声は、静か過ぎる室内に妙に大きく響いた。その気まずさに思わず咳払いをするが、しかしそれほど奇妙なことを言ったつもりはない。
別に結婚したからと言って子供をもうけるのは必須ではない。特に、血族の同性婚においては。もちろん魔法技術として妊娠と出産は可能である。しかし通常の女性の分娩同様にリスクゼロとはいかないし、契約婚的な側面が大きいから、どうしても子供が必要ならばそれこそ分家から養子を取って跡取りとして育てるのが定石である。特にワースには禁書というややイレギュラーな存在がいる。アレが「子供」という存在をどう捉えるかは分からない。禁書が子供を術者に寄生する危険生物と看做す場合も、術者の寵愛を奪う敵性生物と看做す場合もある。だから禁書を保持する家は比較的分家を多く作る。禁書が認めてくれる人間のストックを事前に作っておく、ということだ。……それもまた、なかなか非人道的ではあろうが。
ただまぁ、そう言ったことを脇に置いておくとして、実際問題ワースは可愛らしいし、オーターには美しく見える。好きな相手と触れ合って、肉体に変化が訪れない成人男性は、一度専門医の診察を受けるべきだと思う。もちろん繊細な問題だろうが、生憎と、オーターは繊細さとは無縁であるし、当然専門家の助けを必要とはしていない。
机の上に出していた手を、ゆるく組み合わせて握る。なるほど、ワースが懸念していたのはこの辺りか。どちら方向に押すのが正解であるかは、依然分からないが。

「2人で……あ、いや、あの禁書がいてももちろん良いですが、買い物に行ったり、美術品を見たり、カフェで休んだり、それこそ夜景の美しいレストランで食事をしたり」
「…………」
「手を握ったり抱きしめたり、キスしたり、その延長の中で時間と機会が合えば、貴方と愛し合いたい、……です」

言いながら、順に想像してふと笑みが漏れる。前者は比較的やっている気がする。頭の中の風景には、小さなワースを入れた3人で歩く姿があった。2人きりというと途端にハードルが上がるので、それこそ同居を申し出たあの1回くらいしか浮かばないが。ただそれでも、まぁ良いのではないかとオーターは思っている。ワースにとって禁書は杖と同じく人生を共にする相棒だろうし、彼も特段ワースとオーターの間に割入ろうとするような素振りもない。ワースに可愛がられる禁書へ嫉妬していた自分は、だいぶ大人げなかった。思えばあの日、禁書に目の前で泣かれてからだろうか。本人とは違うにせよ、可愛いワースと同じ顔がもうひとつ隣にあるのは、よく考えると大変お得なのではないか、と割り切れるようになったのは。
後者の行為については、もちろん出来たらきっと物凄くドキドキとして世界は色付くだろうけれど、あってもなくてもこの気持ちに変わりはない。ふと、直球を投げてきたワースに乗じて自分も直球を投げてみようかという気持ちになった。顎に手をやり自分の中でひとつまとめ、オーターはおずおずと口を開いた。

「結婚したいのは……そうですね、単純にアベル・ウォーカーに嫉妬していまして」
「アベルに?」

なんで?とワースの瞳が言っていた。これを言うのは少し苦い気持ちであるが、その程度でワースがオーターの気持ちを理解するのであれば安いものである。割り切るつもりで、しかし眉が思わず顔の中心に寄る。

「戸籍上、貴方に最も近い人間でしょう。彼がその気になれば私も排除できる」
「……そういうものか?」
「少なくとも、私にはそう見えます。」
「そっか」

ふわりとワースは笑った。それはどこか険の取れた、やわらかい笑みだった。例えばそれは禁書に向けるような。穏やかで綺麗なその顔に、思わず見惚れる。血の繋がるオーターがいうのも変な話であるが、ワースは本当に綺麗な顔をしている。

「分かった。結婚を前提に、付き合おう」
「良いんですか?」
「良くなきゃ言ってねーよ」

けど実際結婚するかは付き合ってからな、とワースはすかさず釘を刺す。まあしかし、気持ちがこちらを向いてくれるならば、どうとでもやりようはある。ほ、とオーターは胸を撫で下ろした。よかった、もう少し面倒の多い手を使わずに済んで。

「ところでオーター」

にっこりと笑いながら、ワースは取り出した箒飾りを顔の横に掲げてみせる。見覚えのあり過ぎるそれは、オーターからワースに贈ったものだ。なんだろうと首を傾げると、貼り付けたような綺麗な笑顔が、さらに深まる。

「この箒飾りに入れた追跡魔法について、何か言いたいことはあるか?」
「…………」

じわりと、嫌な汗が滲んだ。

「え、えぇ、と……」
「ん?」

異様なほど美しいその笑顔で、法令遵守について懇々と詰めてくるその姿はなんとなくソフィナ・ブリビアを彷彿とさせた。師弟は似るものだな、とオーターは場違いな現実逃避をしていた。

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