投稿日:2026年09月14日 20:35 文字数:16,702
カナリヤ 19
ステキ数:1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
3本線編1/2です。これが最後のエピソードになります。
やっぱこんなシリーズ書き始めたからにはワースくんが3本線になるお話は書かなきゃでしょ!ということで。
ただ私は、「ワースくんは神覚者にはなれない(なので当然3本線には本来到達するはずがなかった)ひと」として全部を組み立てております。また、発生している事件も「ワースくんが3本線になるにはどういうの起きたら行けるかな〜?🎶」と思いながら作っているので、実物の人物・団体とは一切関係ありません。……ちょっとフィクション的注意書き書きたくなってしまいました笑
とまぁ、そういうテンションに耐えられない人はたぶん読み切るの難しいと思いますのでご注意いただければ……今更の注意事項ですが。
やっぱこんなシリーズ書き始めたからにはワースくんが3本線になるお話は書かなきゃでしょ!ということで。
ただ私は、「ワースくんは神覚者にはなれない(なので当然3本線には本来到達するはずがなかった)ひと」として全部を組み立てております。また、発生している事件も「ワースくんが3本線になるにはどういうの起きたら行けるかな〜?🎶」と思いながら作っているので、実物の人物・団体とは一切関係ありません。……ちょっとフィクション的注意書き書きたくなってしまいました笑
とまぁ、そういうテンションに耐えられない人はたぶん読み切るの難しいと思いますのでご注意いただければ……今更の注意事項ですが。
| 1 / 7 |
◆◇◆◇◆
| 1 / 7 |
| 2 / 7 |
◆◇◆◇◆
きっかけは、水竜。
……というと、余りにも傲慢すぎるか。ただまぁ、実際、以前助けた水竜の「王」の子供からのメッセージをリトルデビルが受信した、というのが正直なところである。魔導書とドラゴンがどのような連絡網を形成しているのか、正直ワースの認識外に存在する事象ではあるが、おさな子の「遊びに来て欲しい」を断れるほどワースもリトルデビルも性格は終わっていないし、小さな友人の可愛らしい望みを叶えないほど、あの事件が希薄であった訳でもない。
丁度研究発表が終わった折だった、というのも非常に都合が良かった。かねてより準備してきた禁書「リトルデビル」の事例を元にしたワースの論文は、一定の評価と共に受け入れられた。かの天才児カルパッチョ・ローヤンがかなり興奮気味だったのでワースも先輩の面目躍如である。
結果として少々長めの休暇申請を出そうとしていたワースを引き止めた知の神杖ソフィナ・ブリビアの「それ、出張ってことにしましょうか」という鶴の一声であれよあれよという間に「野生水竜の生態調査」の名目が立ち、氷の神杖ツララ・ヘイルストーンからの「ウチも水竜の鱗貰えるなら欲しい!」のおねだりで禁書管理局、魔法生物管理局、魔法研究管理局の3局に跨る合同任務となった。無論、泉に近付くのはワースのみ、鱗採集は当該ドラゴンの許可を取った上でなるべく自然に身体から剥がれ落ちたものを相手の健康を害さない短時間で、報告書とは別に調査レポートを作成してそれぞれの局に提出すること等の条件が設けられたものの、ほぼ行動には制限がない状態で水竜保護区に入ることとなった。1週間にも及ぶ出張にオーターがかなり渋い顔をしたものの、朝夕に電話をする条件で、これもまたOKが出た。……そんくらい、条件にしなくったってするのに。照れたようにこちらを見ず「毎日電話が欲しいです……」と儚げに呟くオーターが可愛らしかったから文句は言わないが。
そんなこんなで、「人間って、変なものが好きだよね」とドラゴン達に首を傾げられつつプルプル身体を震わせるたび自然と抜けた鱗を採集し、小さな水竜を可愛がり、「王」には帰りを惜しまれつつ、ワースは帰宅の途についた。あくまで保護区のドラゴンたちは野生であるから、あまり人間に慣らすのも良くはない。その点については「王」がしつこく年若いドラゴンたちに説いてくれているらしく、その配慮を以って今回の件は竜の神杖アギト・タイロンに見逃されている気がする。
行きは通常通りの汽車を乗り継いで行ったが、帰りは痺れを切らしているだろう砂の神杖オーター・マドルへの配慮で、禁書管理局が手配した航空船で戻ることになっていた。事前に約束の場、申し送り通りの航空船に乗り込み、自身の客室へ通された瞬間、ワースは頭を傾げた。
(……あれ?)
一瞬、ほんの少しだけ眩暈がした。
まだ船は動いていないのに?
嫌な予感にリトルデビルの身体を引き寄せたが、一瞬遅かった。
「…………!」
掴んだはずの泥の身体が崩れ落ちる。一緒に、ワースの膝も落ちる。状況を把握する前に、四方八方から向けられる杖に息を呑む。
「ワース・ウォーカーくん。我々と一緒に、来て頂きたい」
「…………、」
こくり、と緊張からワースは生唾を飲み込んだ。
***
(はー、まったく、なんなんだよ)
航空船は数時間飛んで、どこかの屋敷に辿り着いた。魔導書とは引き離されなかったものの、杖と通信手段は奪われて、ワースはいま、見るからに貴族用に整えられた部屋に軟禁されている。苛立たしく部屋を無意味にうろうろとするが、クッション性の高い絨毯はワースの足音すら消す。
(……杖奪っておいて、魔法使用を制限する結界付けてるとか、とんだ徹底ぶり)
ち、と舌打ちをすると、リトルデビルから「困っちゃうねぇ、」と感情が戻る。まったくである。
条件さえ取り揃えれば、「禁書」を無力化することは出来る。禁書庫なぞはその典型である。
禁書にはそれぞれ、一般的な生物同様、固有の魔力の流れがある。その魔力の流れと逆位相の波動をぶつけられれば、その強さ次第で「昏倒」と呼ぶに近しい状態になる。大抵、新たな禁書が発見された時や暴走している禁書を捕らえるために使われる手法である。普通魔導書は2本線以上の魔法行使が出来る存在であるから、図書館内に張り巡らされた特殊な封印魔法を使用することが多い。リトルデビルのように決まった人間との契約関係にある魔導書の場合、そもそもこの手の制御用魔法は効きにくい。故に通常より強い魔法が使われたのだろう。その衝撃の余波はワースにも及んだ。くらっと来た眩暈はそれである。とはいえ人間がひょいと作り出せる事象よりもよほど強力な魔法を使えるから「禁書」と呼ばれているので、勿論これはそう長く保たない。
(……にも関わらず、リトルデビルを10分近く「昏倒」させた)
ワースが拘束されて直接魔導書に触れられない状況であったとはいえ、ごく近くに術者がおりながらこれは、通常あり得ない。これでも一応、リトルデビルは禁書管理局で使用されるこの手の波動は全て訓練で耐性をつけさせている。全国の図書館で使われている基本的なものだ。それを掻い潜って「効く」波動を選択できる、ということは。
「禁書管理局に内通者がいる」
これまで慣らした経験がない波動、周波の攻撃であったに他ならない。ぽつりと呟いたワースの言葉に、リトルデビルはぷんぷんと憤りで返して見せた。
リトルデビルの「性能」はそれなりに論文として外に出しているが、訓練状況は当然公開していない。記録の閲覧が可能なのは、ソフィナはじめ、それなりに禁書管理局でも地位のある者だけだ。そもそも航空船の手配は禁書管理局だった。疑わない理由はない。
「…………」
ぐるりとワースは周囲を見渡す。
張り巡らされた結界はほぼ、対人用の一般的な魔法の使用を禁じる結界だ。リトルデビルの泥魔法は人間の魔法とも少し周波が異なるから、この中でも使用は可能である。結界はそもそも杖のないワースには必要ないものであるが、つまり相手方はリトルデビルはこの状況では魔法が使えない、と考えていると分かる。相手がこちらを侮っている以上、脱出はそう難しくはない。
(……が、様子を見る)
「ええー!」とブーイングじみた答えが戻って来た。それは、まぁ、そうだろう。どうどう、と宥めてやる。
(理由は3つ。まずは、相手の目的が読めない。聞いてからでも遅くねぇ。第二にこの部屋を出たとしても屋敷の外に出られるかどうか分からない。結界使いが1人以上いるからな。第三に、オーターとソフィナさんがこの状態に気が付かないはずがない)
納得と落胆が半分ずつくらいの感想が返る。どうにもリトルデビルは自分が「昏倒」させられワースが軟禁されているこの現状に憤りを抱えているらしい。確かにワースも、自身の可愛い禁書に攻撃されて腹立たしい。けれどその苛立ちを犯人にぶつけるにはより効果的に立ち回る必要がある。もし予定通りに動いていたならば、日を跨ぐ前に自宅に辿り着いていた。勿論ワースもオーターに会いたかったが、リトルデビルはリトルデビルで、オーターと一緒にいて楽しい気持ちになっているワースを見るのが好きらしく、駄々っ子のようにジタバタしている姿をイメージとして共有してくる。そう言われても、現状は動かずに情報収集をするのが優先だ。禁書管理局の幹部クラスで情報漏洩をした人物がいるなら、ワースの誘拐よりも余程、大ごとである。
基本的に禁書に対する結界魔法も無力化する波動魔法も、世襲的に禁書管理局に入るような古参貴族の人間が得意とする。ワースは現状、リトルデビルと同程度の禁書を単身で捕らえたり「昏倒」させるのは不可能だ。そこまで習得出来ていない。リトルデビルに適切な波動魔法を使ったのも含め、誘拐犯の中にいる禁書管理局員を炙り出さねばならないだろう。ちらりと窓を見るが、即席で設けられたと思しきシャッターが降りていて手掛かりになりそうもなかった。時計もないが、体感的にそろそろ、ワースがオーターに連絡を入れるいつもの時間帯のはずだ。そっと魔導書の表紙を撫でる。恐らく杖なしでも、リトルデビルの魔法は使うことができる。……出来るが、まあ。
(いずれ逃げる気なら、今は油断させておくべきだ)
オーターの伝言うさぎをジャックしてこちらの状況を伝えられるかリトルデビルに問いかけたところ、回答は「……オーターの端末を壊して良いなら」であった。まぁ、然もありなん。杖なしのワースが禁書に命じたらそうなる。
(……弱ったな)
杖はワース対策で奪ったのだろうけれど、杖を必須とするのは禁書を支配下に置いて制御する禁書使いだ。通常の魔法使用と何ら変わらない。ワースのように取り憑かれているタイプには杖の有無は関係ない。取り憑く禁書は「術者に扱われる魔法触媒」というよりも、ほぼ「独立した思考を持つ魔法道具」に近いからだ。むしろ、術者が主体性を持って魔力の指向性を絞りきれない分、禁書の力を暴走させるリスクが上がる。……リトルデビルの暴走をさせない為にワースが魔法を使わないと考えているとしたら、その読みは大したものだけども。
順繰りに、幹部候補を含めた禁書使いの面々の顔を思い浮かべる。
(……やっべ、もう誰も彼もが怪しく見えるわ)
禁書を自分の支配下に置くのは技術である。無論、本人の資質や努力もあるだろうが、代々禁書管理局員を輩出するような名家の生まれが多いし、その分他局に比べて禁書管理局は派閥も生まれやすい。だいたいの貴族勢力図は、ワースも禁書管理局員である以上、頭に入ってはいる。その観点からして、どの派閥にも属していないワースのような新参者は、どこから狙われてもおかしくない立場である。
ぐるりと部屋を見渡す。簡素なベッドはそれでも高級なものだ。触れば分かる。この部屋に、安価なものはない。
(つまり、それだけの資金力があるか、俺はアジトの近くに運ばれたことになる)
この屋敷の間取りは分かるか?と問いかけると、すぐさま見取り図が頭の中で共有される。
二階建てのありがちな洋館だ。ワースが居るのは2階、どうやら調理場やその他生活を維持するための施設は1階にあるようだ。ただし。
(使用人室らしき場所がない)
ワースを捕らえた人間は少なくとも5人以上。数々の手引きを考えればもっと人数がいてもおかしくはない。それほど周到に誘拐した犯人グループが結界だけ張ってワースを放置しているなどあり得るだろうか。リトルデビルの「視界」によれば屋敷内にいる人間は3人。屋敷周辺は彼の「視界」を以てしても先の見えない結界が張られていてよくわからないらしい。
(……禁書管理局にあるものと酷似した結界魔法、ねぇ……)
もう真っ黒じゃん、とワースは密かに頭を抱えた。禁書管理局内の派閥をひとつひとつ頭に浮かべているが、誰も彼もやりかねない。いや、目的そのものは全く分からないが。
(ん?)
リトルデビルの囁くような声にワースは瞳を丸くさせる。ここ、地下室がある、と。共有された見取り図の中に、ひとつ階段が追加された。屋敷を囲う結界は地下の一部までしかカバーしていないようだが、深くてとにかく視界が悪い。時間をかければもう少し見えるけど、と言うリトルデビルに一旦そちらの出口を探してくれるよう頼み、ワースは大きく息を吐き出してベッドに倒れ込む。しかし、これで概ね理解は出来た。
(……地下だ)
恐らく、そこに何かがある。
これだけのリスクを犯してワースを捕らえるだけの、何かが。
分からないことをつらつらと考えていても仕方がない。ワースは瞳を閉じて深く息を吐き出した。
***
ぴくり、と痙攣するように身体が跳ねて、ワースは頭を掻きながら身を起こす。単純に、リトルデビルからの通信を感じた。表紙を撫でてやると、来るよ、と答えが戻る。……まったくよく出来た魔導書だ。
コンコン、とノックの音がして、眉根を寄せた。了承するかどうかを考えている隙に、再びノックがする。どうやら扉の向こうの人間は少々堪え性がないらしい。
「誰だ」
帰ってきた「失礼します」の声は、変声機を使ったように奇妙な響きだった。それに益々眉を顰める。幾らかの錠を外す音が響いて、ゆっくりと扉が開いた。そこに居たのはすっぽりとローブで身体を覆った人物だった。すこし視界がブレる感覚があるから、おおかた姿隠しの魔法道具を使用しているのだろう。本当にこの部屋に使われているのは「人間の」魔法行使を防ぐ性質のものであるらしい。道具は範疇外だ。
「お時間を頂き誠にありがとうございます」
「そう思うなら解放するべきじゃねぇ?俺、自発的にお前らに時間を与えた覚えはないけど?」
ワースの苦言を苦笑で流したその人物は備え付けの椅子を勝手に出して勝手に座る。ベッドに座ったままのワースがいう話ではないが、立っているより座っていた方がいざという時、機敏に動けない。ワースが突然殴りかかって来るとは思っていないのだろうか。それともその場合でも対処できる自信があるのだろうか。どちらとも取れない。
「不本意にお越しいただいているのは理解しております。なればこそ、我々の望みを叶えていただきたい」
「論理の飛躍がデカ過ぎねぇか?」
「とんでもございません。貴方は自由になる。我々は悲願を叶える。これ以上素晴らしいことがありましょうか」
リトルデビルからシンプルに、殺して良い?との問いかけが来る。良い訳ないだろ。若干頭が痛い気持ちになりながら表紙を撫でてやる。それで宥められるかどうかは微妙だが、一応誤魔化されてくれる気があるのか、ふわふわとした感情が流れ込んで来る。
「ワース・ウォーカー様には、我々の神をお救い頂きたいのです」
「神ィ?」
「はい。水神を助けた時と同じように」
「……水神?」
まずい、本気で分からん。
あからさまに眉を顰めたワースに、目の前の人物は微笑んだ気がした。
「今回も水神の元に赴いていたでしょう」
「……?」
「雨を呼ぶ」
「……ああ、」
水竜のことを「ウォータードラゴン」と呼ぶかどうかは学術的に結構流派が分かれてセンシティブな内容であるが、「水神」と呼ぶのは特定の地域か特定の信仰を持っている人間がすることなので正直ピンと来なかった。基本的に土着の信仰を持つ人間くらいのものである。いま男が口にした「水神」の言葉もどこか空々しく、なんとなくではあるものの、目の前の人物が信仰を持っている気はしなかった。
……で、あれば。
なぜ、わざわざ水竜を「水神」と呼ぶ。
リトルデビルの気持ちを宥めながら、ワースは目の前の人間をじっくりと観察する。ワースの注目に気が付いたからか、熱っぽく語り始める。
「その見事な手腕は風竜が囀る通り、我々の元にも届いております」
(……風竜のことは風神とは呼ばない)
「なればこそ、封じられた我らの神にも必ずや貴方の魔法は届くかと」
(封印……安置されているのが地下か?間取りは合う)
「崇高なる我らが神に尽くせるなどこれ以上の僥倖は……」
(リトルデビルの示した間取りから考えるに、通常の表玄関はあった。……地下にも同様の出入り口があると考えて良いか?一応裏門らしきものはあるけど、森のずっと先だ)
「……我々の神の苦難の道のりと恩寵は深く……きっとワース様にもお分かり頂けるはず」
「ああ、ちょっと」
「はい、なんでしょうかワース様」
妙に恭しい目の前の人間を、ワースは鼻で笑った。
「悪ィんだけど、考え事してるから黙っててくれる?」
男が座る椅子が、みしり、と音を立てたがワースにとってさほど重要なことではなかった。
| 2 / 7 |
| 3 / 7 |
◆◇◆◇◆
どこか、懐かしい匂いがする。
おかしい……
まだ起きるには、早過ぎるはずなのに。
| 3 / 7 |
| 4 / 7 |
◆◇◆◇◆
はじめに違和感を覚えたのは、ワースから来たメッセージであった。
水神に引き留められたからもう1日滞在を延ばす、との趣旨のメッセージに、ちくりとした何かを感じて、取り敢えずすぐさま電話をした。一瞬着信したものの即座に切られ、再度メッセージが来る。今は手が離せないから電話しないで。あり得ない。
ワースは非常に律儀で、大抵の約束は守る人間だ。たとえ水竜の子供にひどく引き留められようとも、魔法動物管理局の方針として野生の魔法動物が人間と馴れ合いすぎるのは良くないと判断を下し、或いは周囲の研究者たちにも助力を得て、何が何でも帰って来るだろう。禁書やワースと親交がある水竜は、あくまで子供だ。あれだけの能力を持つドラゴンがごねれば主張が押し通ると学習するのも良くない。禁書の情緒教育をしているワースに分からないはずがない。更に言わせてもらえばワースは水竜を「水神」とは呼ばない。たぶん科学者として、彼らに神聖性を認めていない。それはまぁ、正しい態度ではある。そういうスタンスであるから、はっきり言ってその言い訳は成り立たなかった。異常事態が起きている。間違いなく。即座にオーターは知の神杖ソフィナ・ブリビアに照会をかけた。ワースの帰還に何か問題は発生していないかと。回答は「問題なく飛行船は飛び立った」。ソフィナが現地の魔法動物管理局へ問い合わせているから間違いない。つまり飛び立った後、異変が起きたということだった。
ソフィナからもワースに連絡を取ったも不通、飛行船を手配した禁書管理局の担当者と飛行船の管理会社へ現在照会をかけている所である。
「ダメですね、ここまで反応がないとなると、計画的な誘拐の可能性があります」
ドアを蹴っ倒す勢いで会議室に入ったソフィナは神覚者をぐるりと見渡してそう言った。そうは言っても、ツララとアギトはリモート参加である。頬杖をついたレナトスが、んぇえ〜?と間の抜けた声を出した。
「ワースが誘拐ィ?さすがに、オーターに嫌気がさしてちょっと寄り道してるだけじゃね?」
「あり得ないです。……ワースくんのリトルデビルくんは非常に従順ですが、禁書である以上ワースくんには禁書管理局への照会がいつでも可能であるように、と言い付けています。折り返しさえないのは不自然すぎる」
暴走は考えにくい。……とはいえ他の禁書所有者と比べて明らかな優遇措置を取ることはできない。禁書に取り憑かれた術者としては最低限のラインである。ぬぐ、と黙るレナトスに続いて、顔を顰めたカルドがため息を吐く。
「ソフィナ、ワースくんが傀儡魔法等で禁書を使用する可能性は」
「魔法的干渉は基本的にリトルデビルくんが防ぐので心配する必要はないです。……が、物理的な脅しで強要される場合はこの限りではありません」
「ワースくんはかなり男前な奴だろう。そう簡単に脅しに屈するか?」
「人質が遠隔にいる場合には」
「あー……」
「アギト、水竜保護区で異変はありますか」
立体映像の竜の神杖アギト・タイロンは難しい顔をして首を振る。
──「王」の子供を含め、水竜たちに異変は見られません
「…………」
──一応アビスくんたちの様子も確かめたけどそっちも異常なーし
ツララの軽い声に、オーターは唸る。そもそも「毎晩電話をしたい」と言い始めたのはオーターだが、「じゃあビデオ通話にして顔見れるようにしよう」と言い出したのはワースだ。彼は何も説明せずに自分で提案した約束を破ったりしない。
「ソフィナ」
ライオの声が、彼の魔法のように会議室内を駆け抜ける。
「……実はオレの方にも、ヘルシング家から問い合わせが来ている。「エイブラハムの棺」を分家の者が勝手に貸出してしまったから返して欲しい、と」
「…………?」
「借用書にはお前……禁書管理局局長の印があるそうだ」
「…………なるほど」
その内容なら当然、最初に禁書管理局へ問い合わせがいく。ここでライオの魔法警備隊にかけて来ているあたり、ヘルシング家は事件性を疑っている。それが果たして分家の盗難か、ソフィナの掠取か、禁書管理局の関与まで視野に入れているかはともかく。奇妙な事件が同時に禁書管理局で起きている。嫌な符号であった。
「必要であれば書類も提出しますが、私は昨日講演会の為に外出しておりましたし、「エイブラハムの棺」をヘルシング家に依頼して借り受けたこともありません」
──立て続けに禁書管理局が絡むとアレじゃない?ちょっとソフィナ、ピンチじゃない?
にやりとツララがほくそ笑む。ソフィナはただただ肩をすくめた。
「ヘルシング家は今朝1番で面会予定だ」
「分かりました。私も立ち会いましょう。カルド、オーター」
ふっと知の神杖は笑った。
「禁書管理局の指揮と、ワースくんの失踪事件を貴方達に預けます。戻って来てから文句は付けませんから、目を光らせておいて下さい」
言って颯爽とライオと身を翻して言ってしまう。顎に手を当てて思案していたカルドは、ふむ、と頷く。
「これは、すこし面倒なことになりましたね……」
| 4 / 7 |
| 5 / 7 |
◆◇◆◇◆
こつり、こつりと棺の外からノックするように魔力が響く。
困った。
旧友を迎える準備など今のこの身では不可能である。
なるほど盟約を違えるなど許さぬと思ったが、小さな友人が来ているのであれば致し方あるまい。
エイブラハム・ヴァン・ヘルシング。
お前も粋な計らいをする。
この
| 5 / 7 |
| 6 / 7 |
◆◇◆◇◆
監視役の男は声を荒げることはなく、さりとてワースに1冊の本を置いて出て行った。厚さ3mmほどの小冊子だ。もうこの時点でいかにもヤバめな新興宗教くさい。勧誘用のテキストとか、準備が良過ぎる。要するに、彼らの言う「神」について学べということだ。魔法的な意味でもがっちり扉が締められてからたっぷり3分待った後、ワースはその冊子を開いた。もう、期待を裏切らない宗教勧誘本っぷりだった。穢れ切ったこの世を変革し、信仰をもつ者のみを高みへ連れて行く上位存在がいる、というらしい。
パラパラめくってみても、つまりは「不老不死を与える存在」を「神」と呼んでいるらしい。不老不死になる為に、相応の血を捧げる必要がある、とのことだ。
(どっちかっつーとコレ、悪魔か魔族との契約っぽくね?)
血……というか、生贄を求めるタイプの「神」もいるかもしれないが、それで与えられる恩寵が不老不死では、生贄とのバランスが取れていない。不老も不死も、それを成すには数百数千程度の命では全く足りない。不老不死は神だけのものであるからだ。
かつて生贄を神に捧げる儀式自体はあったが、それらは基本的に戦勝祈願なり豊作祈願なりの現世利益を求めるものだ。死生観を逸脱するほどのものはない。そして最近のトレンド的にも生贄を求める神……というか、杖はいない。生贄が欲しいタイプの神もいるかもしれないが、魔法使いが接することが出来る状態にはなっていない。……たぶん、そんなのがその辺にあった日には、魔法魔力管理局がすっ飛んでくる。
(……だからこそ、新興宗教っぽさなのかもしれねーけど)
いやに描写が具体的過ぎて、悪魔信仰とも少々違う。というか、冊子内では明確に「神」とその存在を呼んでいる。ワースは腕組みをして唸った。
魔法使いにとって杖は最も身近で「神」と接する道具ではあるが、そもそも「神」は基本的にこちらには応えない。なんというか……そういう存在だからだ。神の恩寵を示す痣だって、杖に宿る神の力を引き出したり、より神の領域にある魔法を行使するだけのバロメーターだ。例えばカルパッチョ・ローヤンは杖に選ばれた神童である。彼に痛みを与えない女神の杖は、ある意味では不老不死のような奇跡に近いかもしれないが、別にカルパッチョが望んだ権能でもない。普通に、あり得ないのだ。こちらが望む状態を大した代償もなく与える上位存在なんて。
(血をまるまる抜かれて死んだ遺体を操られてる、ってのがまだあり得そうだな)
死んでしまえば肉体が歳をとることも病に倒れることもない。魂がどうなっているかは、知らないけれど。ネクロマンサーの支配下にある状態もこれに近い。まあ、彼らに血を捧げる必要こそないが。
ワースは瞳を閉じて自らの魔導書に問い掛ける。地下室は見通せたか?と。ちょっと広い、と言いながらリトルデビルが間取りの追加分を共有して来る。
(……まじかー)
ワースが想定していたより地下空間は広大であった。ざっくり3階層まである。新興宗教っぽさが漂う小冊子に比べ、随分と本格的である。ワースが訝しんでいた使用人室らしき施設に加え講堂や会議室めいたところまである。中にいる人間も数百人規模だ。ちょっと笑えない。
最下層階と思しき場所のど真ん中に、何か不穏な魔力を感じる。ワースはげんなりとした。
(こういうのでガチでご本尊いることってあるんだな)
感覚的に、禁書並みの魔力量である。元々リトルデビルの「視界」は人間ほど物の輪郭をはっきりと把握しないから、どのような形状のものかは分からない。しかしリトルデビルが「あ、」と呟く。
(……あ?知ってる?この魔力を?)
魔導書は困惑と肯定を返した。うんうん悩んでいるが、リトルデビルにとっても遠い記憶なのだろう。はっきりとした名前や姿は現れない。けれど間違いなく覚えがある、と。
(ううーん……)
一応ワースは、あくまでも禁書管理局の人間だ。だから禁書が絡まない以上、積極的に嘴を挟むつもりはない。ヤバめの新興宗教は、どちらかといえば魔法人材管理局の所管か、得体の知れない古く強力な魔力であれば魔法魔力管理局の所管になる。
(……ううーん……)
リトルデビルの覚えがある魔力、若干気にならないではない。地下階に人間が多い現状、紛れて逃げるなら間違いなく地下を目指すべきだ。しかし得体の知れない大きな魔力は一切動く気配はない。……まさか封印されているとか?その辺は分からないけど。
(次、もっかいさっきの奴が来たらカマかけてみることにする)
だから短気を起こして殺そうとするなよ、と厳命すると、リトルデビルは元気に返事を返した。さて、この返事が守られるかどうか……。若干唸りながらも、ワースは身支度を整えることにした。
なんとこの軟禁室、きちんとシャワールームやトイレまで完備されている。排水施設がしっかりしている辺りでそれなりに最近作られた施設だとわかる。軟禁している人間相手に古典的な湯浴み用の桶とか出せないのだろう。衛生的な意味で心配しなくて良いのは大変ありがたいが。ワースの体感からしてもリトルデビルの観測からしても、現在はもう日付が変わった夜である。これからの事を考えると身支度を整えてとっとと眠る方が良い。ひと通りシャワーを浴びて身綺麗にすると、ワースはとっととベッドに入った。瞳を閉じて、ゆっくりとため息を吐く。長期戦になるかも知れない。その時大事なのは、意地を張るよりも自分のコンディションを常に最高に整えておくこと。しばらくすると睡魔が来て、ワースはゆるゆると夢の中へと誘われていった。
***
リトルデビルの快活な「朝だよー」の信号に、ワースはパッと目を覚ました。相変わらず外の状態は全く分からないが、彼がそういうならばそうだろう。シャワーを浴びて、昨日着ていたものと同じ服を身につける。正直これには少々文句もあるが、軟禁されている身の上で言っても仕方あるまい。
タイミング的にそろそろ朝食かな、と思ったくらいでノックの音が響く。呑気なリトルデビルが「パンケーキとフルーツだ!」と喜びの声をあげた。
(フルーツ、ね……)
献立を聞かれたと思ったのか、嬉々として扉の外に準備された食べ物を列挙する。パンケーキとフルーツ、ヨーグルトにナタデココ。飲物はオレンジジュースと牛乳とコーヒー。どこぞのホテル朝食かと思うラインナップだ。
魔導書に急かされる形で入室許可を出すと、昨夜と全く同じ、認識阻害の魔法道具を使っている男が現れる。
「よく眠れましたか?」
「お陰様で、もうぐっすり」
「……それはよかった」
ワースは心の底から本当のことを言った。目の前の人物はそれに若干引いているようだった。だったら初めからそんな問いを掛けないか、誘拐して軟禁するようなことをするなと言いたい。……しかしまぁ、ワースの真心は届かないものだ。ワゴンに並べられた食事はほかほかと湯気を立てるパンケーキと色とりどりのフルーツとサラダ。見るからに新鮮そうだ。……間違いなく、どこかから運び込んでいないと説明が付かない。
(……考えていたより市街地に近いのか?)
ワースのなんとも言えない問いに、リトルデビルが快活に答える。10kmくらい行った先に、魔法局があるよ、と。なるほど、そうなると貴族の郊外の屋敷、なんてのはあり得そうだ。……というか、もうこの屋敷の外に張り巡らせた結界魔法の先を見通したのか。自らが所持する魔導書でありながら、潜在能力の高さに慄く。絶対杖なしで使用したら暴発させるから気をつけよう。
ワースが乱雑に放っておいた小冊子に気が付いたのか、男の声が弾む。
「ご興味を持っていただけたようで、嬉しいです」
「不老不死を与える「神」だって?」
「ええ、その通りです」
「……で、アンタらは俺に何させたい訳?」
よくぞ聞いてくれたとばかりに男は頷く。
ここからは要約だ。なんせ話が長い。食事が冷める方が嫌だからワースはパンケーキを食べ、汗をかく前にヨーグルトとナタデココを平らげ、追加でフルーツも所望した。なんなら珈琲どころか牛乳は2杯飲んだ。その辺りで男の話は終わった。それくらいのボリュームを耐えたワースを褒めて欲しいくらいだ。
彼らの「神」はいま現在封印されている。この封印を解くためにワース所有の禁書「リトルデビル」の魔力が必要なのだそうだ。封印を解除するための魔法陣はすでに用意されている。ワースはそこに魔力を注げば良いだけである。当然見返りは、「神」が与える不老不死だ。
(……話がややこしいな)
確かに魔法陣は少ない魔力で多大な効果を作り出すための方法だ。決まった演算に沿って決まった様式で書けば、極論魔法インクと時間さえあれば誰でも大規模魔法が使える。ソフィナは「特殊技能だ」と言ったが、結局練習をどれだけ重ねられるかの話なので、数百人信者がいれば誰かしら到達するだろう。今は考えないことにする。むしろ懸念点は、魔法インクをどう手に入れるかだ。当然、購入は制限されている。誘拐の首謀者疑惑に魔法陣関係者が躍り出て来られると、正直候補者枠が広過ぎて頭が痛い。しゃくしゃくとリンゴを齧りながらワースは考える。禁書管理局の誰かと魔法陣技師が手を組んだと考えるべきか。これだけの地下施設が準備出来るのだから、その辺の魔法陣技師が関わっていてもおかしくはない。
「ワース様が魔法陣技師の資格も持っていると知って、我々は運命を感じたのです……!」
「我々ってぇと、アンタと他の寮幹部の連中、って話?」
「………………」
熱っぽく語っていた言葉が、ワースの質問で完全に止まる。ニヤリとワースは口角を上げた。
「寮、幹部……?……な、なんの話か……」
「隠さなくって良いっすよセンパイ?俺が寮を出る時にだって色々語ってくれたのに?」
リトルデビルの「視界」は人間のものとはまるで違う。彼は人間そのものも、どうやら魔力の塊として捉えがちな傾向があった。オーター・マドルは「砂」、ソフィナ・ブリビアは「文字」と言うように。彼は姿かたちではなく、固有魔法を元に他者を認識している。だから初めから、「あのひとって、ワースが寮生活してた時の寮長よねぇ、」と言われていたのでワースにも分かっていた。濡れ布巾で丁寧に手を拭く。
「そういや帰りの飛行船の手配は総務部……つまり、アンタの部署の仕事だ。幹部かなんかに言われたんすか?それとも、純粋なアンタの企み?」
「…………どこで気が付いた」
「さぁ?……でも、姿隠しの認識阻害魔法道具はあんまり過信するものじゃあないですよ」
少し沈黙をした若手寮の寮長は不意に顔を上げた。
「やはり、ソフィナ・ブリビアよりキミのように禁書に選ばれた人間が禁書管理局のトップに立つべきなんだ……!魔法陣だってそう……「神」を解放するほどの力が出せる……!」
「………………」
「これは運命なんだ、ワース・ウォーカーくん!キミに課せられた……「神」を解放し、その功績を以てキミを局長に押し上げる為の……!」
(うるっせぇなぁ……)
右から左に聞き流しているが、要するにソフィナを引き摺り下ろしてワースを禁書管理局の長に据えたい、そう言う話だ。寮を出る時と変わり映えはしない。
(変わったのは……支援者か)
寮長はたしか平民の出身だ。これだけ大それた屋敷など準備出来たはずがない。つまり、誰かが更に後ろにいる。間違いなく貴族出身者の禁書管理局幹部が。
(……つーことは、黒幕の目的はむしろソフィナさんの失脚?)
地下にある魔力が「何」だかはさっぱり分からないが、あまりよろしいものでなさそうなのは確かだ。禁書の使い手を誘拐された挙句、危険な封印を解かされてしまった。十分、ソフィナの責を問える。
「なるほど」
「分かってくれたかワースくん……!」
ワースの言葉は、当然目の前の寮長に向けられたものではない。というか、このひとはどう言うつもりなのだろうか。ソフィナの責任問題としてその地位から引き摺り下ろそうとしている何者かがいるとして、確実に実行犯かつワースの前に姿を現してしまった彼は、普通に考えればトカゲの尻尾切りとして上手いこと全ての責任を押し付けられて処分されるのではないか?……まぁ、ワースの知ったことではないが。
つ、とワースの指先がワゴンを横に押す。押された方向に向かってワゴンが想定通りのスピードで進む。寮長が事態を掴む前に、飛び出したワースの膝が彼の鳩尾に決まった。
「……が……ッ!」
「リトルデビル、」
ワースは禁書管理局の中でも「動ける」方の局員だ。というか普通、内勤がメイン業務である禁書管理局員に戦闘能力は必要ない。ソフィナ・ブリビアが他の局長並みに戦えるから錯覚してしまうだけで、禁書管理局員は戦闘がメイン業務の墓地管理局や魔法警備隊に貸し出されないし、戦闘を含む高度な法律知識を必要とする魔法魔力管理局に出向しないし、特殊な魔法動物と繊細な関わりを要求される魔法動物管理局の面々と混じって保護区に行ったりしない。……あれ、だいぶやばい仕事ばっかり回されていたような気がしてきた。つまり何が言いたいのかというと、ただの禁書管理局員程度は、ワースの敵ではないという話である。
膝を付いた寮長の背後に回って、ワースは容赦なく4の字固めで頸動脈を圧迫する。密着ついでに腰に下げている杖は奪ってリトルデビルの方に投げた。出来た魔導書は抜かりなく杖を泥魔法で絡め取る。これで魔法による抵抗はなくなった。
リトルデビルを「昏倒」させられたワースが無力化されたのは10分足らずのことだったが、寮長を昏倒させるのにそれほどの時間は必要ない。ワースはかくりと力が抜けるまで、じっくりと締め上げた。そして相手が気絶すると、丁寧にベッドの上に寝させて身ぐるみを剥ぐ。
(だいたい、軟禁の仕方が甘ぇーっての)
人間が魔法を使えないように整えられた部屋である。つまりそれは、中に入った人物も魔法が使えない事に他ならない。姿隠しの魔法道具以外のものも所持している可能性こそあったが、この場合ワース自身が攻撃される事よりも、ワースに魔法を向けられて激昂したリトルデビルが相手を死に至らしめないかの方がよほど可能性が高く危険であった。イレギュラーが発生するのは困る。だから昨夜、わざと魔法攻撃されかねないような挑発的な態度を取ってみた。結論として、寮長は碌に杖に手をやる素振りさえなかった。これが全てである。ここで魔法無力化結界を更に無力化する魔法道具の所持はないと判断した。
「よっし、認識阻害魔法道具ゲット」
適当にシーツを裂いて拘束し、掛け布団をかける。しばらくワースの身代わりとして寝ていてもらう。何度も飲食物を取りに行かせたおかげで厨房の場所はリトルデビルが把握している。
空の食器が乗ったワゴンを手早く整え、しっかりと魔導書を抱き締める。いつも使っているホルダーは身体検査で杖を奪われる時に外されてしまった。くっそ、あれ特注だから高いんだぞ。扉にかけられていた鍵魔法はすでに解析している。ワースが計算した解除用の魔法をリトルデビルに共有すれば2秒で開けてくれた。全く、出来た魔導書である。
禁書使いを軟禁したいならば、そもそも魔導書と引き離すべきだ。杖などなくとも行動イメージを共有すればだいたいなんとかしてくれる。……というかこの程度、いつもやらせている皿洗いやその他の家事への指示と比べればあまりにも単純だ。オーターというド不器用な働き者がいないから。別にこういう事態のためにやっていた指示訓練ではなかったが、結果として活きたので深く突っ込まないことにする。
(……とりあえず、地下にあるご本尊とやらの様子は掴んでおく)
知の神杖ソフィナ・ブリビアを引き摺り下ろせると思われている封印とは、一体いかなるものなのか。これくらいは掴んでおきたい。そう言えば、リトルデビルはぴょこぴょこと跳ねて了承の意を伝えた。
***
地下空間に忍び込むのはさして難しいことではなかった。
寮長が所持していた魔法道具では少々物足りなかったので、適当に分解して適当に術式を書き直して適当に回路を弄った。これで厨房の面々がワースに気が付かず素通りしているのだから手を加えたのは正解だった。地下空間には要所要所で光魔法による灯りがあり、意外にも見通しが良い。そこに使用人達が忙しなく移動していた。曰く、上の階にいらっしゃる賓客はよく食べよく飲む。……完全におかわりしまくったせいである。まぁ、それに加えて「集会がある」のと「旦那様がお戻りになる」のだそうだ。その割に、調度品のどこにも家紋がない。
(マジで純粋に「家紋がない」タイプなのか、信者達の集会用に撤去したか……)
ざっくり潜入したところ、恐らくこの中の勢力は2つに分かれている。いくらか見知った顔があるから、禁書管理局関係者で知の神杖ソフィナ・ブリビアの失脚を目論み「何か」を成そうとしている連中。そして純粋に「神」の復活を願っている連中。数としては後者が多い。
(……「神」ねぇ)
明らかに下の階からやばい気配はする。リトルデビルが「視界」で読み取った見取り図を頼りにワースは信者たちに紛れてスタスタと歩く。迷っている素振りを見せる方が不自然になるから、若干あやふやでも前を向いて。地下2階に差し掛かった辺りで吹き抜けが現れた。どうやら真下にある講堂兼「神」が安置された場所を一望できるらしい。これって不敬とかじゃないのか?……ないらしい。結構な頻度で立ち止まって吹き抜けの方へ祈る信者がいる。ワースは手すりに捕まってちょっぴり身を乗り出した。感じる魔力の中心が、角度のせいでよく分からない。仕方なく少し移動をして、再び下を覗き込もうとした。
「おいキミ」
「……!」
真っ黒いローブに身を包んだ年配の男がこちらを向いていた。しかし妙にニコニコとしている。
「感心じゃないか。「神」に祈りを捧げようとしたのだろう?そっちじゃなくて、こちらから見た方が正面だよ」
「は……はい」
場所を指定だけした男は片手をあげて去って行く。本当にただ、ワースに覗き込むベストポジションを教えただけらしい。なんなんだ、ビビって損した。曰く、「神」はつい昨日運び込まれたので、信者たちはみな浮ついているらしい。けれどこの気配、この魔力、さすがは我々の敬愛する「神」、とのことだ。ワースは適当に話を合わせ、この角度が至上!と喜ぶ信者の男に丁寧に礼を言って、言われた通りひょいと覗いてみた。しかしその瞬間思わず目を見張る。オーターほど魔法探知能力に優れていなくとも、これは流石に分かる。禁書は暢気に「これはやばいねぇ」などとぼんやりとした感想を返した。
(……いや、やばいなんてもんじゃねぇだろ)
教科書に載るよく見覚えのある棺が安置された床に、夥しい量の書き込みがある。ワースも見ない類型だが、恐らくは魔法陣。単純に、文法が古い。何年、何十年掛けたのだか知らないが、ある種の執念を以て描かれていた。近場の一部は読み解ける。……つまり、魔力を込めればキチンと発動する魔法陣である。
そこに描かれた記述は、ぐちゃぐちゃと装飾語に溢れているが、要約すばこうだ。
畏怖るべき吸血鬼よ、目を覚まし給へ。
| 6 / 7 |
| 7 / 7 |
◆◇◆◇◆
その日、報道各社は号外を打った。
見出しは「知の神杖ソフィナ・ブリビア緊急逮捕!」……もちろん事実無根だ。だが、問題なのはこれを子飼いの記者に書かせ、各社へ情報提供した何者かがいるという事実である。後追いになるのを恐れて皆、飛ばし記事を流した。この状況で静観を貫けるのはよほど肝が据わっているか、圧倒的な事実を掴んでいるかのいずれかであろう。
「……どちらにせよ、男前じゃないな」
魔法警備隊の長として、勿論事実を掴んでいる。
ソフィナはまだ「重要参考人」。逮捕だなんて、出来る材料はない。
けれど掛けられた容疑が厄介であった。
ドラキュラ伯爵頭部窃盗。
資料に踊る文字に、ぶるりとひとつ身震いをした。
| 7 / 7 |
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
この作品に関連のあるpictSQUAREのイベント
-
2026年12月26日 22:00〜翌21:00受付中おいでよ!ぱぱぽーと-ショッピングモールWebオンリー-二次創作 マッシュル オールキャラ 展示のみOK 当日不在OK 無配のみOK ネップリのみOKサークル参加受付期間7 / 24sp
05月12日 00:00 〜 11月30日 23:50
2026年12月12日 22:00〜翌21:50受付中オタドトWebオンリー『砂が堕ちきるまでお茶会を』二次創作 マッシュルサークル参加受付期間5 / 24sp
06月28日 12:00 〜 12月01日 23:00
カナリヤ 19
| 2 / 7 |
◆◇◆◇◆
きっかけは、水竜。
……というと、余りにも傲慢すぎるか。ただまぁ、実際、以前助けた水竜の「王」の子供からのメッセージをリトルデビルが受信した、というのが正直なところである。魔導書とドラゴンがどのような連絡網を形成しているのか、正直ワースの認識外に存在する事象ではあるが、おさな子の「遊びに来て欲しい」を断れるほどワースもリトルデビルも性格は終わっていないし、小さな友人の可愛らしい望みを叶えないほど、あの事件が希薄であった訳でもない。
丁度研究発表が終わった折だった、というのも非常に都合が良かった。かねてより準備してきた禁書「リトルデビル」の事例を元にしたワースの論文は、一定の評価と共に受け入れられた。かの天才児カルパッチョ・ローヤンがかなり興奮気味だったのでワースも先輩の面目躍如である。
結果として少々長めの休暇申請を出そうとしていたワースを引き止めた知の神杖ソフィナ・ブリビアの「それ、出張ってことにしましょうか」という鶴の一声であれよあれよという間に「野生水竜の生態調査」の名目が立ち、氷の神杖ツララ・ヘイルストーンからの「ウチも水竜の鱗貰えるなら欲しい!」のおねだりで禁書管理局、魔法生物管理局、魔法研究管理局の3局に跨る合同任務となった。無論、泉に近付くのはワースのみ、鱗採集は当該ドラゴンの許可を取った上でなるべく自然に身体から剥がれ落ちたものを相手の健康を害さない短時間で、報告書とは別に調査レポートを作成してそれぞれの局に提出すること等の条件が設けられたものの、ほぼ行動には制限がない状態で水竜保護区に入ることとなった。1週間にも及ぶ出張にオーターがかなり渋い顔をしたものの、朝夕に電話をする条件で、これもまたOKが出た。……そんくらい、条件にしなくったってするのに。照れたようにこちらを見ず「毎日電話が欲しいです……」と儚げに呟くオーターが可愛らしかったから文句は言わないが。
そんなこんなで、「人間って、変なものが好きだよね」とドラゴン達に首を傾げられつつプルプル身体を震わせるたび自然と抜けた鱗を採集し、小さな水竜を可愛がり、「王」には帰りを惜しまれつつ、ワースは帰宅の途についた。あくまで保護区のドラゴンたちは野生であるから、あまり人間に慣らすのも良くはない。その点については「王」がしつこく年若いドラゴンたちに説いてくれているらしく、その配慮を以って今回の件は竜の神杖アギト・タイロンに見逃されている気がする。
行きは通常通りの汽車を乗り継いで行ったが、帰りは痺れを切らしているだろう砂の神杖オーター・マドルへの配慮で、禁書管理局が手配した航空船で戻ることになっていた。事前に約束の場、申し送り通りの航空船に乗り込み、自身の客室へ通された瞬間、ワースは頭を傾げた。
(……あれ?)
一瞬、ほんの少しだけ眩暈がした。
まだ船は動いていないのに?
嫌な予感にリトルデビルの身体を引き寄せたが、一瞬遅かった。
「…………!」
掴んだはずの泥の身体が崩れ落ちる。一緒に、ワースの膝も落ちる。状況を把握する前に、四方八方から向けられる杖に息を呑む。
「ワース・ウォーカーくん。我々と一緒に、来て頂きたい」
「…………、」
こくり、と緊張からワースは生唾を飲み込んだ。
***
(はー、まったく、なんなんだよ)
航空船は数時間飛んで、どこかの屋敷に辿り着いた。魔導書とは引き離されなかったものの、杖と通信手段は奪われて、ワースはいま、見るからに貴族用に整えられた部屋に軟禁されている。苛立たしく部屋を無意味にうろうろとするが、クッション性の高い絨毯はワースの足音すら消す。
(……杖奪っておいて、魔法使用を制限する結界付けてるとか、とんだ徹底ぶり)
ち、と舌打ちをすると、リトルデビルから「困っちゃうねぇ、」と感情が戻る。まったくである。
条件さえ取り揃えれば、「禁書」を無力化することは出来る。禁書庫なぞはその典型である。
禁書にはそれぞれ、一般的な生物同様、固有の魔力の流れがある。その魔力の流れと逆位相の波動をぶつけられれば、その強さ次第で「昏倒」と呼ぶに近しい状態になる。大抵、新たな禁書が発見された時や暴走している禁書を捕らえるために使われる手法である。普通魔導書は2本線以上の魔法行使が出来る存在であるから、図書館内に張り巡らされた特殊な封印魔法を使用することが多い。リトルデビルのように決まった人間との契約関係にある魔導書の場合、そもそもこの手の制御用魔法は効きにくい。故に通常より強い魔法が使われたのだろう。その衝撃の余波はワースにも及んだ。くらっと来た眩暈はそれである。とはいえ人間がひょいと作り出せる事象よりもよほど強力な魔法を使えるから「禁書」と呼ばれているので、勿論これはそう長く保たない。
(……にも関わらず、リトルデビルを10分近く「昏倒」させた)
ワースが拘束されて直接魔導書に触れられない状況であったとはいえ、ごく近くに術者がおりながらこれは、通常あり得ない。これでも一応、リトルデビルは禁書管理局で使用されるこの手の波動は全て訓練で耐性をつけさせている。全国の図書館で使われている基本的なものだ。それを掻い潜って「効く」波動を選択できる、ということは。
「禁書管理局に内通者がいる」
これまで慣らした経験がない波動、周波の攻撃であったに他ならない。ぽつりと呟いたワースの言葉に、リトルデビルはぷんぷんと憤りで返して見せた。
リトルデビルの「性能」はそれなりに論文として外に出しているが、訓練状況は当然公開していない。記録の閲覧が可能なのは、ソフィナはじめ、それなりに禁書管理局でも地位のある者だけだ。そもそも航空船の手配は禁書管理局だった。疑わない理由はない。
「…………」
ぐるりとワースは周囲を見渡す。
張り巡らされた結界はほぼ、対人用の一般的な魔法の使用を禁じる結界だ。リトルデビルの泥魔法は人間の魔法とも少し周波が異なるから、この中でも使用は可能である。結界はそもそも杖のないワースには必要ないものであるが、つまり相手方はリトルデビルはこの状況では魔法が使えない、と考えていると分かる。相手がこちらを侮っている以上、脱出はそう難しくはない。
(……が、様子を見る)
「ええー!」とブーイングじみた答えが戻って来た。それは、まぁ、そうだろう。どうどう、と宥めてやる。
(理由は3つ。まずは、相手の目的が読めない。聞いてからでも遅くねぇ。第二にこの部屋を出たとしても屋敷の外に出られるかどうか分からない。結界使いが1人以上いるからな。第三に、オーターとソフィナさんがこの状態に気が付かないはずがない)
納得と落胆が半分ずつくらいの感想が返る。どうにもリトルデビルは自分が「昏倒」させられワースが軟禁されているこの現状に憤りを抱えているらしい。確かにワースも、自身の可愛い禁書に攻撃されて腹立たしい。けれどその苛立ちを犯人にぶつけるにはより効果的に立ち回る必要がある。もし予定通りに動いていたならば、日を跨ぐ前に自宅に辿り着いていた。勿論ワースもオーターに会いたかったが、リトルデビルはリトルデビルで、オーターと一緒にいて楽しい気持ちになっているワースを見るのが好きらしく、駄々っ子のようにジタバタしている姿をイメージとして共有してくる。そう言われても、現状は動かずに情報収集をするのが優先だ。禁書管理局の幹部クラスで情報漏洩をした人物がいるなら、ワースの誘拐よりも余程、大ごとである。
基本的に禁書に対する結界魔法も無力化する波動魔法も、世襲的に禁書管理局に入るような古参貴族の人間が得意とする。ワースは現状、リトルデビルと同程度の禁書を単身で捕らえたり「昏倒」させるのは不可能だ。そこまで習得出来ていない。リトルデビルに適切な波動魔法を使ったのも含め、誘拐犯の中にいる禁書管理局員を炙り出さねばならないだろう。ちらりと窓を見るが、即席で設けられたと思しきシャッターが降りていて手掛かりになりそうもなかった。時計もないが、体感的にそろそろ、ワースがオーターに連絡を入れるいつもの時間帯のはずだ。そっと魔導書の表紙を撫でる。恐らく杖なしでも、リトルデビルの魔法は使うことができる。……出来るが、まあ。
(いずれ逃げる気なら、今は油断させておくべきだ)
オーターの伝言うさぎをジャックしてこちらの状況を伝えられるかリトルデビルに問いかけたところ、回答は「……オーターの端末を壊して良いなら」であった。まぁ、然もありなん。杖なしのワースが禁書に命じたらそうなる。
(……弱ったな)
杖はワース対策で奪ったのだろうけれど、杖を必須とするのは禁書を支配下に置いて制御する禁書使いだ。通常の魔法使用と何ら変わらない。ワースのように取り憑かれているタイプには杖の有無は関係ない。取り憑く禁書は「術者に扱われる魔法触媒」というよりも、ほぼ「独立した思考を持つ魔法道具」に近いからだ。むしろ、術者が主体性を持って魔力の指向性を絞りきれない分、禁書の力を暴走させるリスクが上がる。……リトルデビルの暴走をさせない為にワースが魔法を使わないと考えているとしたら、その読みは大したものだけども。
順繰りに、幹部候補を含めた禁書使いの面々の顔を思い浮かべる。
(……やっべ、もう誰も彼もが怪しく見えるわ)
禁書を自分の支配下に置くのは技術である。無論、本人の資質や努力もあるだろうが、代々禁書管理局員を輩出するような名家の生まれが多いし、その分他局に比べて禁書管理局は派閥も生まれやすい。だいたいの貴族勢力図は、ワースも禁書管理局員である以上、頭に入ってはいる。その観点からして、どの派閥にも属していないワースのような新参者は、どこから狙われてもおかしくない立場である。
ぐるりと部屋を見渡す。簡素なベッドはそれでも高級なものだ。触れば分かる。この部屋に、安価なものはない。
(つまり、それだけの資金力があるか、俺はアジトの近くに運ばれたことになる)
この屋敷の間取りは分かるか?と問いかけると、すぐさま見取り図が頭の中で共有される。
二階建てのありがちな洋館だ。ワースが居るのは2階、どうやら調理場やその他生活を維持するための施設は1階にあるようだ。ただし。
(使用人室らしき場所がない)
ワースを捕らえた人間は少なくとも5人以上。数々の手引きを考えればもっと人数がいてもおかしくはない。それほど周到に誘拐した犯人グループが結界だけ張ってワースを放置しているなどあり得るだろうか。リトルデビルの「視界」によれば屋敷内にいる人間は3人。屋敷周辺は彼の「視界」を以てしても先の見えない結界が張られていてよくわからないらしい。
(……禁書管理局にあるものと酷似した結界魔法、ねぇ……)
もう真っ黒じゃん、とワースは密かに頭を抱えた。禁書管理局内の派閥をひとつひとつ頭に浮かべているが、誰も彼もやりかねない。いや、目的そのものは全く分からないが。
(ん?)
リトルデビルの囁くような声にワースは瞳を丸くさせる。ここ、地下室がある、と。共有された見取り図の中に、ひとつ階段が追加された。屋敷を囲う結界は地下の一部までしかカバーしていないようだが、深くてとにかく視界が悪い。時間をかければもう少し見えるけど、と言うリトルデビルに一旦そちらの出口を探してくれるよう頼み、ワースは大きく息を吐き出してベッドに倒れ込む。しかし、これで概ね理解は出来た。
(……地下だ)
恐らく、そこに何かがある。
これだけのリスクを犯してワースを捕らえるだけの、何かが。
分からないことをつらつらと考えていても仕方がない。ワースは瞳を閉じて深く息を吐き出した。
***
ぴくり、と痙攣するように身体が跳ねて、ワースは頭を掻きながら身を起こす。単純に、リトルデビルからの通信を感じた。表紙を撫でてやると、来るよ、と答えが戻る。……まったくよく出来た魔導書だ。
コンコン、とノックの音がして、眉根を寄せた。了承するかどうかを考えている隙に、再びノックがする。どうやら扉の向こうの人間は少々堪え性がないらしい。
「誰だ」
帰ってきた「失礼します」の声は、変声機を使ったように奇妙な響きだった。それに益々眉を顰める。幾らかの錠を外す音が響いて、ゆっくりと扉が開いた。そこに居たのはすっぽりとローブで身体を覆った人物だった。すこし視界がブレる感覚があるから、おおかた姿隠しの魔法道具を使用しているのだろう。本当にこの部屋に使われているのは「人間の」魔法行使を防ぐ性質のものであるらしい。道具は範疇外だ。
「お時間を頂き誠にありがとうございます」
「そう思うなら解放するべきじゃねぇ?俺、自発的にお前らに時間を与えた覚えはないけど?」
ワースの苦言を苦笑で流したその人物は備え付けの椅子を勝手に出して勝手に座る。ベッドに座ったままのワースがいう話ではないが、立っているより座っていた方がいざという時、機敏に動けない。ワースが突然殴りかかって来るとは思っていないのだろうか。それともその場合でも対処できる自信があるのだろうか。どちらとも取れない。
「不本意にお越しいただいているのは理解しております。なればこそ、我々の望みを叶えていただきたい」
「論理の飛躍がデカ過ぎねぇか?」
「とんでもございません。貴方は自由になる。我々は悲願を叶える。これ以上素晴らしいことがありましょうか」
リトルデビルからシンプルに、殺して良い?との問いかけが来る。良い訳ないだろ。若干頭が痛い気持ちになりながら表紙を撫でてやる。それで宥められるかどうかは微妙だが、一応誤魔化されてくれる気があるのか、ふわふわとした感情が流れ込んで来る。
「ワース・ウォーカー様には、我々の神をお救い頂きたいのです」
「神ィ?」
「はい。水神を助けた時と同じように」
「……水神?」
まずい、本気で分からん。
あからさまに眉を顰めたワースに、目の前の人物は微笑んだ気がした。
「今回も水神の元に赴いていたでしょう」
「……?」
「雨を呼ぶ」
「……ああ、」
水竜のことを「ウォータードラゴン」と呼ぶかどうかは学術的に結構流派が分かれてセンシティブな内容であるが、「水神」と呼ぶのは特定の地域か特定の信仰を持っている人間がすることなので正直ピンと来なかった。基本的に土着の信仰を持つ人間くらいのものである。いま男が口にした「水神」の言葉もどこか空々しく、なんとなくではあるものの、目の前の人物が信仰を持っている気はしなかった。
……で、あれば。
なぜ、わざわざ水竜を「水神」と呼ぶ。
リトルデビルの気持ちを宥めながら、ワースは目の前の人間をじっくりと観察する。ワースの注目に気が付いたからか、熱っぽく語り始める。
「その見事な手腕は風竜が囀る通り、我々の元にも届いております」
(……風竜のことは風神とは呼ばない)
「なればこそ、封じられた我らの神にも必ずや貴方の魔法は届くかと」
(封印……安置されているのが地下か?間取りは合う)
「崇高なる我らが神に尽くせるなどこれ以上の僥倖は……」
(リトルデビルの示した間取りから考えるに、通常の表玄関はあった。……地下にも同様の出入り口があると考えて良いか?一応裏門らしきものはあるけど、森のずっと先だ)
「……我々の神の苦難の道のりと恩寵は深く……きっとワース様にもお分かり頂けるはず」
「ああ、ちょっと」
「はい、なんでしょうかワース様」
妙に恭しい目の前の人間を、ワースは鼻で笑った。
「悪ィんだけど、考え事してるから黙っててくれる?」
男が座る椅子が、みしり、と音を立てたがワースにとってさほど重要なことではなかった。
| 2 / 7 |
| 3 / 7 |
◆◇◆◇◆
どこか、懐かしい匂いがする。
おかしい……
まだ起きるには、早過ぎるはずなのに。
| 3 / 7 |
| 4 / 7 |
◆◇◆◇◆
はじめに違和感を覚えたのは、ワースから来たメッセージであった。
水神に引き留められたからもう1日滞在を延ばす、との趣旨のメッセージに、ちくりとした何かを感じて、取り敢えずすぐさま電話をした。一瞬着信したものの即座に切られ、再度メッセージが来る。今は手が離せないから電話しないで。あり得ない。
ワースは非常に律儀で、大抵の約束は守る人間だ。たとえ水竜の子供にひどく引き留められようとも、魔法動物管理局の方針として野生の魔法動物が人間と馴れ合いすぎるのは良くないと判断を下し、或いは周囲の研究者たちにも助力を得て、何が何でも帰って来るだろう。禁書やワースと親交がある水竜は、あくまで子供だ。あれだけの能力を持つドラゴンがごねれば主張が押し通ると学習するのも良くない。禁書の情緒教育をしているワースに分からないはずがない。更に言わせてもらえばワースは水竜を「水神」とは呼ばない。たぶん科学者として、彼らに神聖性を認めていない。それはまぁ、正しい態度ではある。そういうスタンスであるから、はっきり言ってその言い訳は成り立たなかった。異常事態が起きている。間違いなく。即座にオーターは知の神杖ソフィナ・ブリビアに照会をかけた。ワースの帰還に何か問題は発生していないかと。回答は「問題なく飛行船は飛び立った」。ソフィナが現地の魔法動物管理局へ問い合わせているから間違いない。つまり飛び立った後、異変が起きたということだった。
ソフィナからもワースに連絡を取ったも不通、飛行船を手配した禁書管理局の担当者と飛行船の管理会社へ現在照会をかけている所である。
「ダメですね、ここまで反応がないとなると、計画的な誘拐の可能性があります」
ドアを蹴っ倒す勢いで会議室に入ったソフィナは神覚者をぐるりと見渡してそう言った。そうは言っても、ツララとアギトはリモート参加である。頬杖をついたレナトスが、んぇえ〜?と間の抜けた声を出した。
「ワースが誘拐ィ?さすがに、オーターに嫌気がさしてちょっと寄り道してるだけじゃね?」
「あり得ないです。……ワースくんのリトルデビルくんは非常に従順ですが、禁書である以上ワースくんには禁書管理局への照会がいつでも可能であるように、と言い付けています。折り返しさえないのは不自然すぎる」
暴走は考えにくい。……とはいえ他の禁書所有者と比べて明らかな優遇措置を取ることはできない。禁書に取り憑かれた術者としては最低限のラインである。ぬぐ、と黙るレナトスに続いて、顔を顰めたカルドがため息を吐く。
「ソフィナ、ワースくんが傀儡魔法等で禁書を使用する可能性は」
「魔法的干渉は基本的にリトルデビルくんが防ぐので心配する必要はないです。……が、物理的な脅しで強要される場合はこの限りではありません」
「ワースくんはかなり男前な奴だろう。そう簡単に脅しに屈するか?」
「人質が遠隔にいる場合には」
「あー……」
「アギト、水竜保護区で異変はありますか」
立体映像の竜の神杖アギト・タイロンは難しい顔をして首を振る。
──「王」の子供を含め、水竜たちに異変は見られません
「…………」
──一応アビスくんたちの様子も確かめたけどそっちも異常なーし
ツララの軽い声に、オーターは唸る。そもそも「毎晩電話をしたい」と言い始めたのはオーターだが、「じゃあビデオ通話にして顔見れるようにしよう」と言い出したのはワースだ。彼は何も説明せずに自分で提案した約束を破ったりしない。
「ソフィナ」
ライオの声が、彼の魔法のように会議室内を駆け抜ける。
「……実はオレの方にも、ヘルシング家から問い合わせが来ている。「エイブラハムの棺」を分家の者が勝手に貸出してしまったから返して欲しい、と」
「…………?」
「借用書にはお前……禁書管理局局長の印があるそうだ」
「…………なるほど」
その内容なら当然、最初に禁書管理局へ問い合わせがいく。ここでライオの魔法警備隊にかけて来ているあたり、ヘルシング家は事件性を疑っている。それが果たして分家の盗難か、ソフィナの掠取か、禁書管理局の関与まで視野に入れているかはともかく。奇妙な事件が同時に禁書管理局で起きている。嫌な符号であった。
「必要であれば書類も提出しますが、私は昨日講演会の為に外出しておりましたし、「エイブラハムの棺」をヘルシング家に依頼して借り受けたこともありません」
──立て続けに禁書管理局が絡むとアレじゃない?ちょっとソフィナ、ピンチじゃない?
にやりとツララがほくそ笑む。ソフィナはただただ肩をすくめた。
「ヘルシング家は今朝1番で面会予定だ」
「分かりました。私も立ち会いましょう。カルド、オーター」
ふっと知の神杖は笑った。
「禁書管理局の指揮と、ワースくんの失踪事件を貴方達に預けます。戻って来てから文句は付けませんから、目を光らせておいて下さい」
言って颯爽とライオと身を翻して言ってしまう。顎に手を当てて思案していたカルドは、ふむ、と頷く。
「これは、すこし面倒なことになりましたね……」
| 4 / 7 |
| 5 / 7 |
◆◇◆◇◆
こつり、こつりと棺の外からノックするように魔力が響く。
困った。
旧友を迎える準備など今のこの身では不可能である。
なるほど盟約を違えるなど許さぬと思ったが、小さな友人が来ているのであれば致し方あるまい。
エイブラハム・ヴァン・ヘルシング。
お前も粋な計らいをする。
この
| 5 / 7 |

