103こ目;君とだったらどこへでも
蒼生を待っている間カフェを訪れた健太。
そこで突然始まった恋愛相談を聞くことになるのですが…。
今日も楽しいデート回です!
↑初公開時キャプション↑
2024/9/27初公開
https://pictbland.net/users/series/kazanet-tk/%E5%83%95%EF%BC%8B%E5%90%9B%E2%86%92Waltz%EF%BC%81
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予定が早く終わったから、オレは同じ大学構内にいる蒼生に「一緒に帰ろ」とメッセージを送った。わくわくしながら携帯を振って待ってると、「ゼミの先輩と教授のところに寄るから、もうちょっとかかるかも。先に帰ってていいよ」って返事が来た。んー。なんとなく読んじゃったらそっけなく見えるけど、たぶんそういうことじゃない。蒼生のことだから、オレを待たせるのは悪いって思ったんだろうなー。全然そんなことないのに。だから、蒼生と帰りたいから待ってる! って追っかけて伝える。そしたらちょっと時間をあけて、少し待っててねって連絡が来た。わー、やった、蒼生と帰れる!
蒼生とオレの学部は場所が離れてるから、構内で会うには待ち合わせが必要だ。ほんとは迎えに行きたいとこなんだけど、追加のメッセージが来て、いつ終わるかの時間が読めないうえにどこで解散になるかもわかんないんだって。行き違いになっちゃうかもしれないし、そしたら正門の近くで待ち伏せればいっか。へへへ、出会い頭にがばっと掴まえたら、蒼生びっくりするかな? 涼しいとこで待っててほしいとも言われたから、とりあえず目の前にあるカフェに入ろっと。ちょうど小腹もすいたし。
まだ講義がある学生も多いから、この時間は空いてるはず……と思って中に入ったんだけど、予想外に席は埋まってた。そっか、もうすぐ前期試験だ。やっぱみんな涼しいとこで勉強したいのかな。オレの前に入った女の子たちがきょろきょろ席を探して、大きなテーブルの席まで埋まってるのを見ると店を出て行った。うーん、どうしよっかな。オレは待つだけだから、別に炎天下のベンチだっていいんだ。あ、むしろ総合管理棟の学食に行ったほうが落ち合うにはよさそう。あそこは正門に近いからな。でもせっかく店の中まで入ったんだから、なんか買っていくか。ここはデザート系のメニューが美味しいんだよなー。マフィンとアイスコーヒーと……おっ、これも美味しそう。レジの横にあった新商品のチョコナッツクッキーを買う。
「あれっ、寺田じゃん」
ん? 突然オレを呼ぶ声がした。振り向くと、そこには顔見知りの3人組がいる。
「おー。おつかれー」
「うぃー。席探してんの? ここ座れば?」
「マジで? ありがとー。待ち合わせの時間潰しだから、それまで居させてもらうわ」
「おっけ、来い来い」
ラッキーだったなぁ。遠慮なく席に招かれると、おや。なんかおかしな雰囲気だ。呼んでくれた奴はのんびり背もたれに寄っかかってパフェを食べてるけど、それ以外の2人はひょいっと手を挙げて挨拶してくれただけですぐに目を伏せたぞ。見たら、机の真ん中に置かれたノートの内容を自分のノートに写してるっぽい。
「温度差すごいな」
「ヒント、ノートのみ持込可」
「あ~、把握」
前年までは出席のみで単位が取れるはずだった講義が突然テスト形式になるとかよく聞くもんな。そのつもりで講義に出るだけ出てノート取ってなかったってパターンはありそうだ。写される側のノートをちらっと見させてもらうと、端から端まで結構びっしり書いてある。うわあ、全部写すの大変だろうなあ。しかも、うーん、あんまり読みやすくないからよけいに大変そう。いや、本当にこれ、なんて書いてあるんだ? オレがとってる講義じゃないせいもあって、全然わかんねえや。
「ははーん、そのやたら豪華なパフェは、ノートの対価ってわけか」
「そ。一番高いやつにしてやった。……しかし、あれだよなぁ。大学入ったらテストから解放されると思ってたんだけどなー。全然あるじゃんって」
「わかる。全部レポートのイメージだったわ」
「だろー? 俺、サークルの先輩にレポートの資料まるっともらったのに、ほぼほぼ筆記テストになっちゃってさ」
「うわ、災難だったなあ」
噂だと、教授の思い付きで変わったりもするらしい。そりゃ慌てるだろうな。オレは予測通りだったから対策バッチリだし、レポートのやつなんかはとっとと終わらせて蒼生に誤字とか表現のチェックもしてもらった。蒼生は文章作るの上手だから、提出するやつはいつも蒼生に見てもらう。自分としては完璧にできたなって思ってても、蒼生のアドバイス聞くとびっくりするくらい全然読みやすさが違うんだ。オレが言いたかったことはなんにも変わってないのに、蒼生が文字を足したり削ったり入れ替えたりしたあとはすっげえ綺麗にまとまってるんだぜ。ホントに蒼生はすごいと思う。すごいうえに可愛い。しかも美人で優しいし。……あれ? 最高じゃない? こんな最高の恋人と、もうすぐ夏休みを迎えちゃうんだよ。えっへへへ。どこ行こうかな。
「なにデレデレしてんだよ」
「んー、へへへ。夏休みのこと考えてた」
「おっとぉ? ずいぶん余裕ですこと」
「そういうわけじゃねえけどさー。だって大学の夏休みってめちゃくちゃ長くね? それに比べたら目の前のテストなんてちっぽけな山だよ」
「はははっ、ちっぽけかー。たしかにめっちゃ長ぇよな~。日程見た時二度見したっけ。嬉しいけど何すんの? って。部活してる友達はそっちばっかだったし、わりと高校の頃から暇してたからさー」
何すんの、か。オレは蒼生といっぱい遊ぶつもりだから、暇になるようなことはないだろうな。
「あ、いたいた」
入口のほうから声がする。何事かとそっちを見ると、こっちにばたばた駆け寄って来る奴がいた。知らない奴だ。あ、オレに用事じゃないのか。なんか講義のことで聞きたいことがあってこいつのことを探していたらしい。会話に出てくる教授の名前も知らないから、これは聞かなくてもいい話だな。
そうだ、マフィン食べよ。美味しいしずっしりしてて食べ応えがあるんで昼ごはんの足しによく買うんだ。でも食べ始めたらあっという間になくなっちゃった。新製品のクッキーはどうかな? ……ん、ざくざく食感。けどチョコのとこは滑らかで美味しい。ナッツも香ばしくて、噛んだ時のこりっとした感じが面白いな。ああ、これ、蒼生が好きだと思う。蒼生に食べてもらいたい。よし、あとで一緒に食べられるように鞄にしまっとこ。
「はー、終わったー」
「同じくー」
ずーっとノートを写してた2人がおんなじように深く息を吐きながら、ようやく目を上げる。と、そのうちのひとりが後からやって来た奴の顔を見て目をぱちくりさせた。
「あれ。振り回され系彼氏君じゃん」
「おっま……その言い方は……あぁいやその通りだけどもさ! ついでに言えばオススメのデートスポットをご伝授ください!」
「あはは、開き直ったわ」
あだ名みたいになってるってことは、普段からそういう感じなのかな? そいつはどっかりとオレの横に座ると、メモ帳とペンを取り出した。あ、冗談じゃなくて本気の相談ってことか。うーん、デートスポットなあ。
「公開されたばっかの、なんだっけ、恋愛映画。あれ流行ってるらしいな」
「女友達ともう行ったんだって」
「遊園地とかはどうだ?」
「暑いからヤダって」
「カラオケは」
「うるさいからダメだって」
「そういやその子インテリ系って言ってたっけ? したら美術館とか」
「つまんないって」
「あー、じゃ水族館」
「意味わかんないって」
「だいぶわかんなくなってきたな。いっそアスレチックとか体動かす系は?」
「めんどくさいって」
「じゃあ……」
わー。ひたすら断られてんじゃん。しかもオレたちが挙げる場所は既に提案済みだったみたいで、次々と却下される。これはだいぶ苦労してんなあ。
なんか今ので思い出したけど、映画か。そういえばキャラクターもののコメディ映画が来週公開されるんだった。CM見たら面白そうだったから観に行きたいんだけど、蒼生は誘ったら一緒に行ってくれるかな? 蒼生の苦手な恋愛要素はあんまりなさそうだったから、いい返事がもらえたらいいんだけど。んー、遊園地か、遊園地もいいな。小さい頃よく行った遊園地の体育館みたいなフードコート、時々ものすごく行きたくなる。ああいうとこで食べるごはんって、楽しいイコール美味しい、なんだよね。蒼生はいつもオレと一緒にラーメンを食べてたっけ。どこにでもあるような普通のラーメンだけど、美味しいねってにこにこ笑う蒼生が可愛かったなあ。そうだ、蒼生、いつもクレープも食べてた。オレは唐揚げとか食べ過ぎて最初いらないって言うんだけど、途中から羨ましくなって半分ちょうだいって言うんだ。そうすると、何のためらいもなくオレにくれる。毎回同じことをするから、家族からは定番コントみたいな扱いされてたっけ。あー、クレープ食べに行きたいなあ。そういや、カラオケも全然行ってねえから久しぶりに行きたいな~。蒼生の歌声、可愛いし色っぽいしかっこいいし、めちゃくちゃ好き。大好き。うん、美術館とか水族館もよさそう。涼しいし、見るものがいっぱいだから、きっときらきら顔を輝かせるんだぜ。あー、可愛い。
なんか、こうやって思い返してみると、蒼生っていろんなことに付き合ってくれてるんだな。アスレチックは蒼生もやだって言うかもしれないけど、行ったらちゃんと一緒にやってくれると思う。どこに行っても喜んでくれるから、オレは蒼生をどこかに連れて行って嫌な思いをしたことなんて一度もない。ってか蒼生がいるとこなら残念な思い出には絶対にならないんだけど。たとえばつまんないとこだって、蒼生は楽しむポイントを探し出してくる。オレが興味を持つようにいろんな話をしてくれる。オレの蒼生は、やっぱりすごい。
「むー……食事もダメか~……。あれは? 見た目可愛らしい感じのスイーツとかなら来てくれるんじゃねえの」
あ、話続いてたんだ。提案と却下の繰り返しですっかり聞き逃してた。
「うーん、自分の中にそういうののストックがねえんだよなあ。たとえばどんなの?」
「俺がこの前連れてってウケたのは、かき氷屋だな」
「かき氷? 可愛い系じゃなくね?」
「全員キョトンとしてんな。おまえらが想像するような屋台のやつじゃねえわ」
へえ。それはオレも興味ある。オレと蒼生は小さい頃から一緒に食べに行く喫茶店のかき氷があった。暑い縁側で食べるのもいいけど、涼しい店内でのんびり味わうあのかき氷は夏の定番の思い出だ。でも可愛いって言われるとよくわからない。にこにこスプーンを口に運ぶ蒼生はすっごく可愛かったけど。
「な、それってどんなとこ。教えて」
「おう。たしか携帯に履歴が残ってたハズ……あ、ここだ、ここ」
……あー。なるほどー。可愛い、か。まんまるい形で目と耳が付いたキャラクターのやつとか、クリームみたいので覆われてるやつとか、まんま形状がケーキのやつとか、一目見ただけじゃかき氷とは判別つかないようなメニューがいっぱい並んでる。普通の見た目のやつもあるけど、やっぱり味は食べたことないものばっかりだ。しかもオレの家からそんな離れてないとこにあるらしい。
けど、値段がだいぶやんちゃだ。思い出のかき氷でさえ、ちびだったオレたちにはハードルが高くて、小遣いを工面してどうにか年に1回か2回行ける程度だった。バイトするようになってからはもう少し行けるようになったけど、でもやっぱりオレたちにはごちそうだったんだ。このかき氷は3倍くらい……派手なやつだともっとするのか。綺麗だから蒼生は喜ぶと思うけどなあ。ちょっと頑張らなきゃダメなやつかなー。
「ちなみにさ、彼女、どういうとこだったらOKくれるわけ?」
「えーと……服とかアクセサリー買うとかだったら」
「まさか全部おまえが払ってる?」
「……うん」
「それもう脈ないんじゃねえの? 財布扱いじゃん」
「そ、そんなことねえし! ……ねえかなあ……」
「いったん考え直してみたほうがいいんじゃね?」
あ、メッセージの着信音が鳴った。きっと蒼生だっ。画面を見てみるとやっぱり蒼生で、「終わったから今から向かうね」だって。えへへへへ。
オレは残ったコーヒーを一気に流し込んで席を立つ。
「待ち合わせ相手が来たから、先に帰る。いいアドバイスできなくてごめんな」
「いやいや、話聞いてくれてありがと。なんかちょっと冷静になってきたわ」
「うまく話し合えたらいいな。じゃ」
そいつは頷いて、少しさっぱりしたような顔を見せた。
うーん。どこ誘っても断られるうえに支払いだけは任されるって……たしかにちょっとおかしいなって気がする。全部嫌だって言われるって、彼と出かけること自体が嫌ってことなのかな。彼女さんにも事情があるのかもしれないけど、さすがにそう思われても仕方がないんじゃないかな。だって、好きでお付き合いしてるはずだろ? 好きな人に誘われてそこまで嫌がるとかある? オレにはどうも理解出来ないんだよな……。
「あっ、健ちゃん」
うわっ。可愛い。
はっと目を上げると、並木道の向こうから足早に歩いてくる蒼生の姿が見えた。わあ、可愛い。声だけで可愛いんだ、見たらもっと可愛く感じるに決まってんじゃん。あー、可愛い。蒼生。大好き。可愛い!
「蒼生っ」
名前を呼ぶと、蒼生はちょっとだけ足を跳ねさせて、にっこり笑う。うわー。眩しい。可愛い。胸がぎゅうっと掴まれたみたい。
オレも走ったから、蒼生の側にはすぐに行けた。蒼生の弾んでる息。んー、か、かわ……!
「走ってきたの? ごめんな、急がせちゃって」
「ううん。僕が早く健ちゃんに会いたかっただけ。謝るのは僕のほうでしょ、待たせちゃったんだから」
「ぜーんぜん。待ってるのなんて、蒼生と一緒に帰るためなんだからなんの苦労でもないよ。だって楽しみだったし!」
蒼生はきょとんとした顔をして、すぐにふふっと笑う。汗ばんだ前髪を整える仕草が可愛い。可愛いだけじゃない。艶めかしくてどきっとする。
「小さい頃からずっと一緒に帰ってるじゃない」
うん? 今度はオレがきょとんってなる番だ。
「あの頃から、ずっと楽しみだったよ? オレ、蒼生と一緒がよかったから一緒に帰ってたんだ。……もしかして、家が隣だからだけだと思ってた?」
「そういう習慣なんだと思ってた」
「んー……それもたしかに間違いじゃないかもな。オレの隣には当然蒼生がいるもんだって思ってたからさ。でも、蒼生がいないときはすっげえ寂しくて物足りなくてそわそわしてたから、やっぱ昔っから楽しみだったんだよ」
「……そうなんだ」
あ、ちょっと口が「ふーん」の形になってる。え、可愛い。付き合ってからこういう顔するようになったよな。えへへ。
「ね、蒼生は? 蒼生もオレと帰るの楽しみだった?」
聞いたら、蒼生はすっと歩き出した。あれ。
「蒼生っ」
「早く帰ろ。僕だって昔から、健ちゃんと帰るの楽しみだったし嬉しかったよ。健ちゃんがいない日は僕もすごく寂しかったんだから」
う、わ!
ヤバい。なんかものすごく大声で「可愛い」と「大好き」を叫びたい! だって同じ気持ちでいたってことだろ? オレは自分では気付けなかっただけで、当時から蒼生が大好きだった。蒼生もおんなじようにオレが大好きだったんだ! 何度実感してもものすごく嬉しい! あー、ひょいっと抱き上げて、家まで抱っこして帰りたい! それが無理ならぎゅってしたい!
……うう、落ち着け、オレ。衝動に負けちゃうと、それだけで済まないだろ? 絶対いっぱいキスして、そこから先だって考えちゃう。だから自分を胴上げしちゃいたいくらい上がったテンションをなんとか押さえつけて、横に並んだ。ああっ、見上げてくる顔が……っ、世界一可愛いっ!
「にこにこだね」
「そりゃそーでしょ、大好きな蒼生がオレのこと見てにこにこしてたら、めっちゃくちゃ嬉しくなっちゃうよ」
「そっかあ。ふふ」
「へへへ。あ、そうだ、おなかすいてない? ホントはさ、一緒におやつでもしにいきたいな~とか思ってたんだけどさ、夕飯近いじゃん? だから内緒でちょっとだけ。さっきカフェんとこで買ったクッキー、美味しかったから蒼生にも食べてほしくて。はいっ」
「ありがと。……ん、ナッツざくざく。わー、チョコもとろとろで美味しいね」
よかったぁ、蒼生が喜んでくれた! すっげえ嬉しい。あーもー、美味しそうにクッキーを頬張る蒼生のほうが美味しそうだ。
「なあ、蒼生」
「うん」
「今すっごくキスしたい」
「えっ。……それじゃあ、やっぱり早く帰らなくちゃだ」
嬉しそうに蒼生が笑った。あ、大変だ、笑顔があまりに眩しくて目がくらみそう。その光で胸が押しつぶされそうだ。
オレの“蒼生大好き”ポイントは、1秒ごとにどんどん積み重なってく。それだけ蒼生が毎秒魅力を更新してるってことだよな。やっぱり蒼生は、すごい。
試験だなんだってバタバタしてるうちに、あっという間に夏休みが来た。夏休みはいいよな~、そりゃバイトとか他に用事もあったりするけど、なによりも大学に行かなくていいのが大きい。もちろん大学でいろんな講義を受けられるのも楽しいとは思ってるけどさ。いっちばん重要なのは、蒼生と長い時間一緒にいられる。これだ。
今日も薄暗い部屋で目を覚ましたオレは、隣にいる蒼生の静かな寝息と穏やかな寝顔に胸がいっぱいになる。これが世界平和ってことなんだな、うん。向こうにいる冬矢の腕を抱きかかえてるのも、ぬいぐるみ抱っこしてるみたいで可愛い。ああもう、可愛いから起こしていっぱい抱き締めたい気持ちと、休みだからゆっくりしてほしいなって気持ちがどっちもあるんだよなあ。でもオレは走りに行くために早く起きてるんだから、それに合わせて起こしちゃ可哀想だ。気付かれないように、そーっとそーっと。あ、でもちょっとだけ。オレのほうに伸ばされた手の甲にこっそりキスをして、ベッドを抜け出した。
静か~に玄関を出ると、外はもうだいぶ明るい。雲は少しあるけど空が青くて綺麗だし、気温も控えめで爽やかだ。気持ちいいなー。しかも、朝から唇に蒼生の感触を味わわせちゃったおかげで、倍速で走れそうな気がする。……へへ。気分が盛り上がってきたし、ちょっと遠回りしちゃおう。
車の数は少なくて、歩いてる人もほとんどいない。驚かせる原因がないんだろう、何かをついばんでる鳥がそのへんにいて、チュピチュピってのんびりした鳴き声が聞こえる。昼とは違って静かだし、夜の雰囲気とはまたちがうし、朝の街を走るのって楽しい。それでも少し大通りに近いほうを通れば車の走る音がする。細い道路からちらっと見ると、運送会社のトラックが何台も通り過ぎるのが見えた。そういえば、朝の大通りってどんな感じなんだろ。見に行ってみよっと。
わー、やっぱ普通の車よりトラックがたくさん走ってる。それでも昼間よりは交通量が少ないや。歩道のほうも小さいアップダウンがあるものの人は少なくて走りやすい……って、あれ? なんか建物の前に列ができてる。あそこってたしか役所の建物だったよな。こんな朝早くに?
列の一番後ろは日傘をさした女の人だった。あの人に聞いてみよう。
「おはようございます。すみません、あの、これって何の列なんですか?」
女の人はオレを見上げてにっこり笑うと、持ってた紙を手渡してくれた。これって地元の広報紙か。へえ、住民限定おたのしみ商品券、だって。
「今日から発売になるんです。だいぶおトクでしょう。時々こういう企画をやってくれるんですけど、人気でいつもすぐ売り切れちゃって。先着順なので、こうやってみんな朝から並ぶんです」
「なるほど。早い時間なのに人がたくさんいて驚きました」
「もう少し経つともっと増えますよ。この位置なら、まず間違いなく買えると思いますけど」
ふーん。面白そう。今いくら持ってたっけ……うん、1セットなら買える。並んでみようかな。遅くなったら蒼生が心配するから、とりあえず連絡だけは入れて、と。あ、これで起こしちゃったらどうしよ。もう少し待ってからのほうがよかったかな。そしたら後で謝ろう。
お礼を言って広報紙を返したら、その人はにこにこしながらそれを持ってた手提げ袋に入れた。
「あなたは学生さん?」
「はい、大学生です」
「ご家族と暮らしてらっしゃるの?」
「いえ、」
最愛の恋人と暮らしてますって言おうとして、やめた。たぶんこの人、オレの親より年代が上だよな。ってことは、もしかすると同棲って言葉にあんまりいい印象ないかもしれない。一瞬でもオレたちの関係がいかがわしいって思われたらやだ。
「ええと……友人と一緒に」
「それは楽しそうね」
嘘……じゃねえよな。うん。蒼生は大事な大事な可愛い恋人だけど、友達はやめたわけじゃない。恋人だし、幼馴染みだし、大親友だし、とにかくオレの全部だ。冬矢は……あー……まあ、すっげぇでかいくくりでいえば友人のカテゴリに入る……かな? どうかな~……。
オレが並ぶ気になったから話し相手が出来たと思ったのか、その人はいろんなことを話してくれた。見えないけど、高校生と中学生のお孫さんがいるんだそうだ。ちょうど反抗期で親に対するあたりが強くて、自分にはまだマシだけどそれでもだいぶ言葉遣いが酷いんだって。んー、わりと耳が痛い。オレもなぁ、今思えば意味が分かんねえんだけど、やたらイライラしてた時期あったからなー。あれなんだったんだろうなー。ずっとなにもかもに逆らわなきゃいけないようなモヤモヤした気分で。かけられる声がなんでも攻撃に思えて。特に大人の声が聞こえるとすぐカチンとしてた。蒼生がそばにいて笑ってくれるとその気持ちはしゅんと落ち着いたからよかったけど、そうじゃなかったらもっとひどいことになってたと思う。
話を聞いてるうちに、オレの後ろにはどんどん列ができて、あっという間に建物の脇にあった駐輪場を埋めていく。すごい人気だ。
「健ちゃん」
えっ。天使のささやき?
びっくりして振り向けば、にこにこと可愛い笑顔で蒼生が小さく手を振ってる。ぐうう、大きめなシャツに短めズボンのゆったりしたかっこがすごく可愛い! ちょっと近所までおでかけ~な感じがめちゃくちゃいいな! 後ろには、まあ、当然の顔をして冬矢も立ってるわけだけど。
「どした? なんかあった?」
何か良くないことがあったかなって心配がちらっと頭をよぎる。でも小走りに駆け寄ってくる蒼生の姿を見るとそういうわけではなさそうだ。わー、嬉しそうにしてるー。可愛いー。
「ううん、会いたいから来たんだよ。おはよう」
「ぅあ~~~おはよ~~~~~」
さらに可愛い! なにそれ、オレに会いたくて出てきてくれたの? オレが帰るの待ちきれなくて来ちゃったの? これはさすがに抱きついてもいいよな!?
と思ったら、伸ばした手がべしっと払い落とされた。ちぇ、冬矢だ。……ん? なんか封筒持ってる? なんだろ。しかも叩き落としたオレの手に握らせてきたぞ。
「調べたら3組まで買えるらしいじゃないか。おまえは朝走るのにそんなに持ち歩いていないだろうからな。せっかくなら買える分だけ買ったほうがいいだろう。それと念の為、身分証明書を持って来た」
「お、サンキュ」
この封筒はそういうことか。たしかに、オレたち3人分の食費になるんだし、多く買えるほうがいいよな。住民限定なら住所確認もされるかもしれないし。
蒼生がオレの顔を覗き込んでくる。
「たくさん並んで大変だったでしょ。バトンタッチしようか」
「んーん、大丈夫。オレって暑いのに強いから全然大変じゃないよ。それに、前の方とおしゃべりしてるから楽しいし」
そう言うと、蒼生と冬矢はぱっとその人のほうを見た。目が合ってにこやかに会釈をする時には、もうふたりともぴしっと外向けの顔だ。いつも思うけど、見事な切り替えだなあ。冬矢は自分の意志でやってるっつーんだから、ほんと器用な奴。逆に蒼生のほうは無意識なんだって。それってつまり、オレたちにだけは特別甘えんぼちゃんになっちゃうってことなのかも……えへへ、めっちゃ可愛いよな。
冬矢が外面を保ったままオレに視線を移す。
「そういうことなら、このまま任せる。俺たちはこの裏の喫茶店にいるから」
「喫茶店?」
「うん。あのね、モーニングやってるんだって。せっかく外出たんだから、3人で食べたいなって思って」
「行く!」
蒼生の言葉に食い気味に答えると、嬉しそうに笑う。わー、オレも嬉しい。
「じゃあお願いします。あと、これ」
ごそごそと蒼生がバッグから取り出したのはスポーツドリンクのペットボトルだ。蒼生の優しさが染み渡る……。オレの体を気遣ってくれてるんだなあ……。って、もう1本、お茶のペットボトルも持たせてくれた。
「ありがと」
「うん。暑いから気を付けてね」
ちらりと蒼生の目線が動く。あ、そういうことか。
ふたりが喫茶店に向かって角を曲がったのを確認すると、オレはお茶を前にいたその人に差し出した。
「え? 私に?」
「はい。よろしければどうぞ。オレに構ってくれてありがとうってことだと思いますよ!」
びっくりしてたみたいだけど、オレが冗談めかして言うと、くすっと笑って受け取ってくれた。
「あの子たちが一緒に暮らしてる友達? 3人ともなんていい子……と言ったら失礼ね、なんて立派な好青年なのかしら」
「あはは。そうでしょ~」
蒼生が褒められた! 嬉しい!
たしかに、会ったばっかの人から何かを貰うのって抵抗がある。だからあのタイミングで急に蒼生から飲み物を渡したらたぶん戸惑っちゃうよな。だから蒼生はオレに2本くれて、少なくともしばらく話をしてたオレに渡していいかどうかの判断を任せてくれたんだよ。そこまで考えたんだろうなあ。えへへ、そうなんですよ、蒼生はめちゃくちゃ最高の存在なんですよー。一緒にオレと冬矢が褒められたのも嬉しいけど、やっぱ蒼生の価値をきちんと認めてもらえるのが一番嬉しいんだ。うわー、このあと蒼生と朝ごはんを食べるのがものすごく待ち遠しくなってきた!
そわそわしつつ話をしながら待ってると、ようやく役所の開く時間になった。そういや、この建物に入るのって2回目くらいかな? こういう役所がらみの手続きとかって基本冬矢に任せてるからな。なんか複雑な書類書かなきゃいけないとかだったらどうしよう。うわー、ドキドキする。けど特設の窓口みたいなところで軽く住所を確認されただけで、あとはライブの物販みたいな感じだった。お金を渡して薄い冊子とそれを入れる白い封筒を貰うだけ、みたいな。あー、よかった。
前の人とは頭を下げて別れて、蒼生たちのあとを追う。建物を回り込んで裏に行ったらすぐに木製のおしゃれな看板が見えた。あれかな? 広い窓からちらっと覗くと、壁際の席に蒼生がいた。冬矢と話して楽しそうにおしゃべりしてる。その安心しきった笑顔を見ると、ほおっと心があったかくなった。待たせて悪かったなって気持ちはもちろんあるけど、その間も蒼生が笑ってられるのはものすごく嬉しい。
重いドアを開けるとからんからんとベルの音がする。とたんに、コーヒーの香りとパンの焼けるいい匂い。へえ、朝から結構お客さんいるんだな。
「おまたせ~」
「あ、健ちゃん、お疲れさま」
「無事買えたか」
「おー。思ってたよりあっさりしてたわ」
向かい合って座ったふたりの前には飲み物のグラスが2つだけ。わあ、オレが来るまで待っててくれたんだ。オレはにやにやしながら蒼生の隣に座る。すると、蒼生はテーブルの脇に立ってたメニューを机の上に置いた。
「はい、これモーニングのメニュー」
「ありがとー。トーストにハムエッグにハムカツサンドか……。どれも美味しそうだけどハムカツ大盛りにしよ」
「ふふふ、想像通りだった」
「え、当たった? やったー」
もちろん想像通りでも全然違ってても「やったー」には変わんないんだけどね。だって、オレがいないところでもオレのこと考えてくれてたってことでしょ? そんなの嬉しくないはずがない。たぶん、いつもなら朝ごはん終わってる時間だからおなかすいてるだろうなとかオレは肉が好きだからなとかあれこれ考えてたんだろうなー。ふっふっふ。
3人分のごはんを注文し終えると、オレはうきうきしながら商品券の冊子を3つ、封筒から出して机に置いた。だってふたりも早く見たいでしょ? オレも実はまだちゃんと見てないんだ。だって早く蒼生に会いたくて買った瞬間にとっととしまっちゃったからね。さて、中身はどんな感じかなー。おお、ご当地キャラクターが飛び跳ねてるファンシーな絵柄に、意外とっつっちゃ悪いけど、きちんとホログラムもついてる。ふたりもオレに続いてそれを手にすると、蒼生は中身を1枚1枚じっくり眺め、冬矢は表紙の裏っ側にある説明書きを読み始めた。
「冊子になってるんだね。すごい、思ってたよりしっかりした商品券だ」
「たしかに。名称が軽いから簡易的なものを想像していたんだけれど、きちんと偽造防止もされているね。使える店舗もかなりあるようだ。ふうん、大型店舗も対象なのか」
「え、マジで? あ、ここに書いてあるんだ。スーパーマーケットでも使えるって、すげえ便利じゃん」
そのほか地元の店でも使えます、だって。でもさすがに対応してるとこ全部は冊子の説明には書き切れないから、自分で調べてくれってことみたいだ。携帯で検索したら出てくるかな。どれどれ。わー、商店街のリストもあるし、地名での絞り込みもできるんだなあ。近所の商店街のリンクを見てみたら、馴染みのある名前がずらりと並んでた。……ん。もしかして……。あっ。
「あの店あんじゃん」
「あの店?」
やべ、びっくりしたのが思わず声に出ちゃってた。蒼生は可愛い顔できょとんと首を傾げる。
「健ちゃん、行きたいお店があるの?」
「実は、あー……うん。前に友達が言ってたとこでさ。かき氷の専門店なんだけど、いろんな種類があって、ちょっといいなって思ってたんだ。でもなあ、そんな気軽に行ける感じのとこじゃないから、どうかなー」
「ふうん。僕にも見せて」
「えっとな、ここ」
メニューが載ってる店のページを出して見せると、蒼生はぐいっと体を乗り出した。蒼生がそうなったら、冬矢も当然覗き込んでくる。
「専門店と言うだけあって、種類が多いんだな」
「ね。……わぁ、ケーキみたいなのもある」
一番下にあったメニューを見てた蒼生の目が、ぱちぱち、と瞬いた。あ。……ちっちゃい頃からずーっと見てたオレにはわかる。蒼生、ちょっとためらってるなーって。そうだよな、下のほうはすっげえゴージャスなメニューが多くて金額も急に跳ね上がる。これ見たらビビるよな。オレもそこ見て悩んじゃったもん。
すると冬矢が「ふふ」と笑った。
「よかったね、蒼生。健太が朝早くから並んで買った券のおかげで、心置きなく美味しいものが食べられそうだよ」
「えっ、あ……そっか。うん。そう、そうだね」
「なるほど、折り込みの広報紙にお知らせがあったのか。入っているのは見かけるが、普段あまり意識して見ていなかったな。これからはとりあえず目を通すことにしよう。それで、健太はその店に蒼生を誘いたいんだったな」
「お、おう」
すげえな、こいつ。蒼生が一瞬固まったのに気付いてないはずねえのに、さらっとした口調で全部取っ払ってった。どういう言葉で蒼生の心配がなくなるのかをちゃんとわかってるんだ。しかもそれを瞬時に判断したうえでさりげなく口にするから、蒼生が本気で悩む前に説得できる。これが敵だったらすっげえ厄介な奴だと思うんだけど、幸いにして冬矢はオレと同じ“蒼生の彼氏”だ。今のだってオレをサポートする意図があったと思う。
よし。
「ってわけで、蒼生。一緒に行こうぜ」
「うん、行く」
冬矢の綺麗なパスのおかげもあるんだろうけど、オレの誘いに蒼生はすぐに答えてくれた。えへへ、にこにこして嬉しそうだ。
冬矢も目を細めて可愛い蒼生を見つめてる。それから、手に持ったままだった商品券をひらひらと振った。
「どうせ俺たちは今日なんの予定もないんだ。これから行ってみる?」
「これから?」
ぱっと蒼生がオレを見た。なるほど、それもアリだ。
「行こう!」
そう言ったら、蒼生はもっと嬉しそうに「うん!」と頷いた。
店は家から直線距離では遠くないけど、歩いてくとかなり遠回りになって時間がかかる。しかも暑いし。だったらその時間いちゃいちゃしてたいよね。ってことで、午前中は家でちょっとばかりいちゃいちゃごろごろして、昼を食べてから電車に乗って出かけることにした。
ここが最寄り駅かー。初めて降りるから景色が新鮮だ。何台車が入れるのかな、くらいの狭いロータリーにはバス停が1個。コンビニと立ち食い蕎麦屋の向こうは森みたいになってて、反対側は見下ろす位置に線路がある。あんまり人の姿もなくて、1台だけ停まってるタクシーでは運転手が暇そうに新聞を読んでた。
「なんかのんびりしたところだな~」
「坂の途中にある駅だから、周囲に大きな建物を作る土地がなかったんだろう。ここから上のほうは昔からある住宅街で、下ると繁華街に出るんだ。この路線のほうが古いけれど、別路線が通って新しい駅ができたことで中心部の開発が急激に進んだという話だね。1日の乗降客数はかなりそちらのほうが多いんだよ。俺たちが今日行く店も坂を下りた先にある」
「乗換駅だって聞いたけど、けっこう離れてるんだね」
「しかも結構な坂じゃねえか」
冬矢の解説を聞きながら坂道の上を眺めると、森っぽい緑の間に横に広い屋根が見える。しかも道路の向こうには貫禄のある塀があった。どっちもわりとおっきくて古い家みたいだ。くるりと下を見れば、ビルとかマンションがいくつもある。なるほど。
そうなんだよな、冬矢っていろんなこと知ってるから、だいたい聞けばなんでも返ってくる。すげえ奴だなーとそこは素直に思う。
「ねえ冬矢、たしか下の駅を作ってる時に近くで遺跡が見つかって工事が遅れたんだよね」
「そう。木柱群と住居跡地が発掘されて大変だったらしいな」
さらには蒼生も博識だ。本をいっぱい読んでる成果なんだろうな。このふたりの会話を聞いてると、なんか自分も頭よくなってくる気がする。しかも蒼生の声って体に全部染み渡るから、蒼生が言ったことってものすごくよく頭に残るんだ。オレが無事大学に受かったのは、蒼生と一緒に勉強したからだって断定してもいい。
「健太。なにをぼーっとしているんだ。行くんだろう?」
「えっ。あっ、はいっ」
気付けば、蒼生と冬矢は坂を下り始めてる。わー、蒼生の部屋で問題集開きながらわかんないとこ教えてもらってた時の穏やかな表情と柔らかな声のことを思い出しちゃってた。可愛くて優しくて色っぽくて抱き締めたいけどきちんと勉強しなきゃいけなくて蒼生の邪魔もしちゃダメで……って頭の中が大忙しだった頃だ。受験終わったら喜びを蒼生と分かち合うんだから頑張んなくちゃって必死だった。それがあったからこその今なんだと思うと、今すぐに蒼生を抱き上げてキスしたい。……帰ったらしよう。
店は長い坂道を途中で曲がったところにある細長いビルの中にあった。コンクリートの灰色一色の地味なビルだったけど、エスカレーターで2階に上がると急に木造の小さな家っぽい店が現れた。そこだけ吹き抜けになってて周りが木で囲まれてるのがものすごく不思議な感じ。廊下の両側に置かれてる丸椅子にはお客さんが順番を待ってるけど、かなり待つのかな? その先、入り口のとこだけは屋根があって、タッチパネルの機械が置かれてた。覗き込むと、ただいま5時間待ちって表示がある。5時間……5時間?
「見てこれ、5時間だって。どうする?」
「すごい人気なんだねえ。そしたら呼ばれるの6時くらいかな。順番が近くなったら連絡貰えるって書いてあるよ。親切だね。そっか、ここでたくさんの人が待ってたらぎっしりになっちゃうからか」
お。蒼生はまったく動じない。さすがオレの蒼生。
隣で冬矢も時計を見る。
「ちょうどいいじゃないか。待ち時間に他の場所でデートができるね。蒼生、さっき言った木柱群の保存施設が近くにあるよ」
「えっ、見たい」
「駅ビルに駄菓子屋横丁があるって聞いたから、オレそこも行きたい」
「いいね、行こう行こう」
デートって言葉を聞いた蒼生はオレたちの腕を小さくぺしぺし叩いた。えへ。嬉しいんだろうなあ。てか一緒に出掛けてる時点でデートだって蒼生もわかってると思うんだけど、やっぱはっきり言葉にするほうが喜んでくれるんだよね。思ったことをちゃんと伝えるのって大事だ、うん。
じゃあ、機械に人数と連絡先を登録してーっと。……あれこれ画面を触ってるオレの隣で、蒼生がめちゃくちゃ真剣な顔でメニュー表を見てる。ヤバい、可愛い。
オレたちがまず向かったのは、冬矢が言ってた保存施設ってやつだ。駅の近くって言ってたけど、ホントに近いんだな。映画館の入るでっかいビルの隣に、唐突に文化センターって書かれてる広い敷地があった。冬矢曰く、当初は他のところに建てるはずだった公営の施設を、遺跡が出ちゃったからここに保存施設を作りつつ一緒に建てたんだって。郷土資料館はこちらって書いてあるのをちらちら横目で眺める蒼生を可愛いなあと思いながら施設の中を通り過ぎて中庭っぽいとこに出ると、大きなテントみたいな建物があった。その中は……うわっ、寒っ。目の前にはポスターや新聞の切り抜きを貼ったパネルがあって、上の隙間から骨組みがそのままになってる天井が見えるぞ。金属のフレームが天井にあるこの感じ、どっかで見たことあるような……あ、そうだ。
「体育館みたいだ」
ぼそっとつぶやいただけだったんだけど、ふたりにはきっちり聞こえてたみたいで、くすっと笑い声が重なって響く。
「言いたいことはなんとなくわかるな。仕切りのない広い空間だから」
「だね。しかもカーテンを閉め切った体育館だ。ねえ健ちゃん、こういう雰囲気の体育館で映画みたいなの見たの覚えてる? あの時はもっと暗かったけど」
「あ、小学校の時な。交通安全のなんちゃらだっけ」
「俺も見た。しかも途中で転校しているから何回も見せられたな」
「そっか、そういうこともあるんだね」
てことは、全国の小学校で見るやつだったのか。懐かしいなー。内容はほとんど覚えてないけど、普段とは違う暗い体育館にテンション上がって大騒ぎしてた連中が怒られてたっけ。オレはもちろんそんなことはしない。なぜなら「ちょっと寒いね」って蒼生が言ったから、「じゃあオレが隣で座っててあげるー!」って寄り添ってたからだ。ぴったりくっついてたらほかほかあったかかったな。それははっきり覚えてんだ。……あ、そっか、それで気持ちよくて寝ちゃったからあんま映像の記憶ねえのか。あははー。
ふたりがパネルを読んでるから、先に回り込んで奥に行く。うわー。しんとして誰もいない空間と、少し明るさを抑えた電気。ますます雰囲気が窓のないの体育館だ。でも床には四角くてでっかい穴があって、土がむき出しになってる。その底には丸くてもっと深い穴が規則的にたくさん並んでた。うわー、なんだこれ。でかい穴は展示用のガラスケースを並べた細い通路で囲まれてて、ケースの中には土色のなにかがたくさん入ってるみたいだけど、とりあえずメインのでかい穴のほうから見てみようかな。
「わあ……すごい」
あとから来た蒼生が、体を乗り出して弾んだ声をあげた。すごいのかー。オレにはよくわかんないけど、蒼生にはテンションの上がる景色らしい。どう見てもただの穴だよなあ。はしゃいでる蒼生がすごく可愛いってことはよくわかるんだけど。
「かなり大きな建物だったんだろうね」
おー、冬矢も楽しそうだ。
「何がどうすごいの?」
聞いたら、蒼生が目を輝かせて振り向いた。あら可愛い。
「この穴はね、柱の跡なんだよ。これだけの太さの柱がこんなにたくさんあるってことは、それだけ建物の規模が大きいって考えられるんだ。それに、ほら、穴の底。古い木材が残ったまま見つかったんだって」
「あの松ぼっくりの伸びたようなやつ?」
「あはは、そう。倉庫だとか権力者の館だとかいろいろ説はあるんだけど、僕はこれ神殿なんじゃないかなぁって思ってる」
へえ……。それを聞くとなんかすごいのかもって思えてくる。今はとっくにいなくなった人たちが作った建物。そうかー、ここに昔の人が生きてたんだなあ。
ぼんやり眺めてたら、冬矢がガラスケースの展示のほうに歩いていった。蒼生も興味津々な様子で別のケースのほうに行く。ふたりが動いたからか、すうっと涼しい風が吹いた。
……あれっ。あれ? ぞわっとする。しかも胸の真ん中がちくっとしたぞ。そこに穴が開いちゃったような気がして、慌てて歩いてく蒼生を後ろからきゅっと抱き締める。
「? 健ちゃん?」
「あー……いや」
「どうしたの?」
マジでオレ、どうしたんだろうな。でもなんか急に不安になっちゃったんだ。心配そうな蒼生になんて説明したらいいだろう。
「……んー……えーっと、さ。これを建てた人たちってもうとっくにいないわけじゃん。そしたら急に……人っていつか絶対……いなくなるんだよなあ……って思っちゃって。蒼生は、いなくなんないよな?」
「いなくならないよ。少なくとも僕の意思では、絶対に」
オレの腕をぽんぽんと叩いて、蒼生は優しく、でもはっきりとそう言った。
うん。そうだよ。そう……だよな。
視線の端で冬矢が首を振る。
「珍しく感傷的な事を言うじゃないか。何千年前の人間がいなくなったことと、今こうして隣にいる人がいずれ、……いなくなるだろうことを同列に語る必要はない。そうだろう? 100年後の話なんて今考えなくてもいいんだよ」
少し弱い口調でそう言いながら、冬矢は蒼生の手を握った。
蒼生は困ったような顔でオレと冬矢の顔を交互に見る。ああ、困らせるつもりじゃないのに。
「……あのね、健ちゃん。僕も先のことはわからない。自分たちでどうにもならないことは……うん、いつか起きるんだろうなって思ってる。だからずっと不安だよ。でもね、僕は永遠にふたりと一緒にいたい。物理的にできるかできないかって話は別として、本気で、心からそう願ってるんだ」
……蒼生。
ふうっと誰かが息を吐く音が聞こえた。
勢いよく顔を上げた冬矢が、オレの肩を拳でぐりぐりと押してくる。えっ、何。
「痛ぇんですけど! 急になんだよ、冬矢」
「こういう空気を払拭するのが本来のおまえの性格だろう。今それを発揮しなくてどうする」
「あ」
ぱちんと頭の中で何かがはじけた。
オレは腕の中の蒼生をくるりとこっちに向かせる。不安そうに目を潤ませてオレを見上げてくる蒼生を見たら、うわ、ごめんね、愛しさと申し訳なさで胸がぎゅーっといっぱいになって、そこにいた変なモヤモヤをあっという間に吹き飛ばしてった。と同時に、オレがすべきこともちゃんとわかった。
「そっか。毎日楽しくて幸せでいればいいのか」
「ぅん?」
「どうにもなんないってほど運が悪いことが起こんないように、いっぱい楽しいことして、いっぱい笑って、いっぱい抱き合お! 悪いモノなんて近付けないくらいラブラブでいたらさ、絶対ずっと一緒にいられるよ!」
蒼生がぱたぱた瞬きをする。
「健太らしいな」
冬矢が笑う声。でもそれをしっかり聞く前に、蒼生が腕を伸ばしてオレの首に巻き付いてきて、飛び付くようなキスをしてくれた。
わぁ……。
「えへへ。悪いことが起きないように、ラブラブでいたらいいんだぁ」
すっかり安心しきった笑顔。んー、そうだ。どんな顔だって見とれちゃうくらい綺麗だけど、やっぱり蒼生は笑顔が一番可愛い。隣でにこにこ笑っててほしい。オレといて楽しい、嬉しいって思っててほしい。
「そ。ラブラブ! そのためには、いろんなとこ行って、いろんな美味しいもの食べて、いろんな面白いもの見て、いろんな楽しいことしなくちゃだよな! もちろんその中にはおうちでラブラブ~も含まれてんだけど~」
「ふ、ふ。することがたくさんあって大変だね」
「そうなんだよ、たーっくさんいちゃいちゃしなきゃなんだよ。まずはこのあと買い物するだろー、かき氷食べるだろー、夕飯になんか美味しいの買ってくだろー、デザートもせっかくだから探したいしー、帰ったらハイパーいちゃいちゃタイムだからな」
「途中で知らない予定が増えているようだが」
「あははっ」
変なの。オレ、なんで突然弱気になっちゃったんだろ? うん、いつかのことはいつか考えればいいんだ、そうだそうだ。だってオレはずっと蒼生と一緒にいるんだから。これからもオレたちは絶対に離れたりしないんだから。
冬矢が蒼生の頭を優しい手つきで撫でる。
「健太の言う通りだ。俺たちにはやるべきことが多いね。そろそろ次に行こうか」
「うん。あ、ここの売店も覗いていい?」
「へー、売店もあるのかぁ。なんか面白いもん売ってるといいな!」
ふたりが歩き出して、オレは視線をもう一度穴の底に向けた。大昔の人たちがここに生きてた証拠。なんとなくうっすらした切ない気持ちを感じるのは、たぶんこのひんやりした風のせいなんだろうな。
「健ちゃん」
オレが止まってることに気付いて、蒼生がすっと手を伸ばしてくれた。オレにはそれが「手を繋ご」だってすぐにわかったから、その手をぎゅっと握る。あったかい。蒼生のあったかさで体がいっぱいになる感じがした。うん。何も心配することはないんだ。
ちらちらと展示も眺めつつ出口について、そこのドアを開け……あっつっ。なんだこれ、やたらと暑い。あー、そうだよな、こんな寒いとこにいたら、出た瞬間温度差にやられるのは当然だったわ。
「ぐうう、冷蔵庫から出された野菜の気持ち」
「は?」
「ふふ、すごい気温差だね。ほら、健ちゃん、早く売店行こう」
指さす先は、さっき通り過ぎてきた建物だ。蒼生に手を引かれて、えへへ、駆け込む勢いで建物に入る。あー、冷房がちょうどいい感じ。遺跡のとこは寒かったもんなー。なんかの保護のためとかなのかな。
見渡すと、端っこのほうに商品が並んでる一角があった。ちょっと引っ込んでるとこだからさっきは気付かなかったんだな。近寄ってみると、ふうん。思ってたよりもいろんな商品が並んでる。特に壁際なんかは本棚になってて資料らしき本がたくさん……。ああ、蒼生が目を輝かせてる。可愛いなあ。嬉しそうでいいなあ。
でも、どっちかっていったら、オレはこっちの棚にあるもののほうが興味ある。遺跡の絵が描いてあるメモ帳とかペンとか、文房具が多いな。こっちは柱型キーホルダーだって。ははっ、ただの棒じゃん。柱ぬいぐるみ……マジか。せめて建物の想像図のほうにすればいいのに。ん、ここに刺さってるボールペン、なんかかっこいいな。
「なあ蒼生。これすっごい惹かれるんだけど。見てー。あの柱と同じ種類の木材で作ったボールペンだって」
「どれ? わ、シンプルで素敵なデザインだね。持った感じもすごくしっくりくる」
「これ3人でお揃いにしようぜ」
「! いいね!」
「ふうん、健太にしてはセンスがいいじゃないか」
オレの提案と冬矢の軽口に、蒼生はさらに嬉しそうな顔をする。うん。可愛い。
そこを出た後は、オレが行きたいって言った駄菓子屋横丁に行った。横丁って名前がついてるから昔っぽい雰囲気なのかなって思ってたんだけど、普通の雑貨屋みたいな外観だ。けど、小さな菓子のパッケージが山ほど並んでるのはちゃんとそれっぽいな。店には小学生くらいの子たちがいっぱいいて、わいわい言いながら買うものを選んでた。昔オレたちが行ってた駄菓子屋の思い出がぱーっと頭の中を巡る。あ、これ、よく蒼生と示し合わせて買ったやつだ。懐かしいな、まだあるんだなー。わー、一時期めっちゃハマったスナック菓子も。
浮かれてたら、冬矢が急にびっくりすることを言い出した。
「……こういう店は来たことがないな」
「えっ。マジか」
みんなやるもんだと思ってたけど、放課後に小遣い持って集合とかしなかったのか。冬矢は不思議そうに店の中を眺めてる。
「駄菓子屋という存在自体は知っていたんだが、俺たちが生まれた頃にはだいぶ少なくなっていたそうじゃないか。しかも大体が目立たない小規模な店舗だろう。店を見つけるよりも先に引っ越してしまうことが多かったんだ」
あー……まあ、オレと蒼生が行ってたとこだってホントの駄菓子屋じゃなかったし、それも中学に入る頃にはなくなっちゃったっけ。
「そうだよなー、ちびっこ同士の口コミで教えてもらえたりするんだけど、おまえ転校多かったもんな。仲良くなる前にいなくなっちゃうんじゃなかなか行く機会はねえかぁ。よし蒼生、冬矢に楽しみ方を教えてやろうぜ!」
「うん! じゃ、当たり付きのガム買って3人で誰が当たるか勝負しよ。運試しのラムネも楽しかったよね。あのね冬矢、これ、僕が一番好きだったチョコレートだよ」
蒼生が嬉しそうに紹介しまくるもんで、聞いてる冬矢も嬉しそうに片っ端からちっちゃいカゴに駄菓子を放り込んでく。冬矢の気持ちはよくわかる。だって蒼生がおすすめしてくれるものって絶対美味しいんだぜ。そういうもんなんだって長年の信頼関係を築いてるオレにはばっちりわかる。もちろんオレのおすすめもしれっとカゴに入れさせてもらった。わー、あっというまにカゴがいっぱいだ!
それからちょっとフードコートでお茶しながら休憩して、夏が終わってから着れる服をあっちこっちで探してみたり、近くにあった楽器屋に寄って映画コーナーで昔見た映画探したりサンプルで流れてた芝居の映像眺めたりしてたら、オレの携帯が鳴った。はいはーい。えっ。
「お店から?」
「うん。あと3組で順番来るから戻ってきてくださいって」
「もうそんなに経ったのか」
「蒼生と遊んでるとあっという間だなぁ」
「僕もふたりと一緒だと時間短く感じるよ。ふふ、かき氷も楽しみだね」
言いながら、蒼生はオレにぴょんと肩をぶつけてくる。うわー、可愛いー。
もうそれだけでめちゃくちゃ可愛いのに、かき氷屋に着いたらさらに可愛いことになった。壁際の席に案内されてとすんと椅子に座った蒼生は、メニューを開くなりにっこり笑って、
「僕、このミルクティ氷にする」
だって。普段だったらメニューを見てからどうしようかって悩む、あの蒼生が一発で決めるなんて。あれこれ悩んでぱたぱたメニューをめくるのがひたっすら可愛いんだけど、ぱっと決めるのも可愛いんだよなあ。そこでオレは気が付いた。蒼生は、朝オレがこの店のページを見せた時からずーっと悩んでたんだ。んで、店の前で2つくらいに候補を選んで、オレたちと遊びながら頭の中でどっちにしようか考えてたんだろう。
デートの間、ずっとかき氷のことで頭がいっぱいだったのかな。そう思うと、あー、もー、可愛い! 可愛すぎる!
美味しそうな弁当を買って電車に乗る頃には、あたりはすっかり暗くなってた。でも、蒼生のきらきらした笑顔のおかげで、世界はすごく明るい。
「美味しかったねえ」
電車のドアの窓から外を眺めながらの蒼生の声は普段より1トーン高い。うん、うん。楽しかったって顔が言ってる。
「なー。頭の大きさくらいあるかき氷がどーんって来た時にはびっくりしたけどさ」
「あはは、うん。写真じゃ大きさまでわかんなかったもん。だけどふわっふわで口の中に入れるとすぐになくなっちゃうから、あっという間に食べちゃったね。あの量の氷にかけたらどんなシロップも薄くなるのかなって心配したけど、紅茶がすごく濃くて美味しかったぁ」
「後追いシロップで少し味が変わるのがよかったね。人気の商品というのも頷ける」
冬矢がほんとに頷きながら言う。うん、オレは蒼生たちほど紅茶得意じゃないけど、それでも美味しかったもんなー。飲み物を氷にするってどうなんだろって思ったけど、これだったら他の飲み物系メニューを選んでもよかったかなってくらい美味しかった。ちょっと気になったカフェオレ氷もたぶん美味しかったんだろうなあ。
「冬矢の梨氷も美味しかった。甘くて酸っぱくてさっぱりで。これぞ梨、って感じ。氷が口の中で溶けた後の果肉のしゃりしゃり食感は癖になるよね」
「ああ。季節限定だから自信があるのだろうと思って選んだけれど、正解だったな」
「ね。でもあんなに季節限定がいっぱいあるなんて、頻繁に通う人の気持ちがよくわかるなあ」
「たしかに、通いたくなるよな、あのメニューの量は」
なんてったって、冬矢が選んだのは店に来ないとわかんないメニューだったからな。その日の仕入れとかお客さんの数とかで入れ替わりがあるからサイトには載っけてないらしい。下手したら倍近く載ってないメニューがあるんじゃねえのってくらいメニュー数が多かった。
「健ちゃんが選んだショートケーキ氷は楽しかったし美味しかったねえ」
「うん、美味しかったな! 見た目まるっきりちっちゃいショートケーキだから、スプーン入れるまで半信半疑だったけど。ケーキの感覚でスポンジに刺すつもりで行ったら、ざくっ、だもんなー。頭が一瞬置いてかれたもん。氷の色は真っ赤だしさ」
「食感が僕たちの氷と全然違ったよね。でもそれがクリームと合ってて、ふふ、面白かった。中に凍った苺もいっぱい入ってたから味が薄くならなかったんだね」
そう、オレの頼んだショートケーキのやつ、ちゃんと断面にもクリームの層があって、すごく凝った作りになってた。全部の商品がこだわりがある作りで、そりゃあみんな必死で写真撮るよな。周りのテーブルからも氷が運ばれてくるたびにすごい連射音聞こえてきたもん。あ、もちろんオレも撮ったよ。当然、ほぼ蒼生の写真だけど。帰ったらゆっくり見返すんだ、美味しそうに氷を頬張る蒼生はめちゃくちゃ可愛かったから。
蒼生がくすくすと笑う。
「でも一番面白かったのは、ふたりがお互いの氷を味見するとき、僕がふたりに食べさせなきゃならなかったことかな」
ああ、それは……へへ。オレと冬矢は同じスプーンとか使わないからなー。ましてや自分のスプーンで食べさせるなんて絶対無理だし。んで結局、冬矢の発案で、蒼生が自分のスプーンでオレの氷をすくって冬矢に食べさせるってことになった。反対に冬矢のぶんも蒼生がオレに。……うーん、今考えると、皿を交換するだけでよかったんじゃねえか? だけど、なんか面白そうだったし蒼生に食べさせてもらいたかったから全然疑問に思わずにオレも乗った。ま、それで蒼生が面白いと思ってくれたんなら一番の正解はそれだ。
冬矢がちょっとだけ心配そうに蒼生の顔を覗き込む。
「面倒だと思った?」
「ううん。楽しい。なんだこれ、と思いながらやってたけどね。でも、それがいいんだ。ふたりといると、どんなことでも楽しくなっちゃうんだよ」
そっかー。だったらオレも嬉しい!
ってか、気付いた。いつもの夏となんか違うと思ってたんだけど、これだ。外では食べたのに、家でかき氷食べてないんだ。オレと蒼生が小遣いで食べに行ってたのはたしかに年に何回かだけど、オレたちの家には両方かき氷器があって、しょっちゅう家でも食べてたじゃん。
「なあ、珍しいやつは食べに行かなきゃ食べらんないけどさ。家でもやっぱりやりたくない? オレ、今度かき氷器買うわ」
ふたりはきょとんとオレを見る。え、オレそんなにおかしいこと言った? いい案だと思ったんだけどな。あれ? って思ってると、蒼生がふわりと笑ってくれた。
「さすが健ちゃん。そしたら3人だけでかき氷パーティできるよ」
わ、なにそれ楽しそう! 冬矢も目を細めて頷く。
「うちの親が送ってきたジャムがあるだろう。あれを使ってもよさそうだね」
「ジャムかあ、美味しそう! 何種類か入ってたもんね。珍しいのもあったし。楽しみだなあ」
「種類っていえば、かき氷器っていろいろあるんだよ。だからさ蒼生、買いに行くとき一緒に行こ」
「うん!」
この前ふらっとひとりで量販店行ったら、特設コーナーがあったんだ。ちょっと見ただけでも、ふわふわになるやつとか昔ながらの手で回すやつとかキャラクターがくっついたやつとか、なんかやたらといっぱいあった。そうだよなあ、そのタイミングで気付けば良かったんだ。蒼生とかき氷パーティなんて、そんな魅力的なイベントをなんで見逃しちゃったんだオレは! んー、でも、蒼生と選びたいから、今気付いてよかったのかも。
「あ」
とりあえずどんなものがあるか調べておこうかなって携帯を見てたら、蒼生が声を上げた。なんだなんだ。蒼生のほうを見ると、窓に顔をくっつけるように外を見てる。
「なに?」
「見て。向こうのほう。花火が見える」
「花火?」
オレと冬矢が同じように窓を覗き込むと、他の乗客の人たちも何人か窓を見た。あ、ほんとだ。遠いから低くてちっちゃいけど、次から次へとカラフルな花火が打ちあがっては消えていく。
「ああ、低い音がどこかから聞こえると思っていたら、そういうことか。この時期でも花火大会があるんだね」
冬矢が蒼生に向けて呟くみたいにそう言った。それから、あのへんの自治体がやってるんだろうって。蒼生は目を離さずに頷く。
へー、自治体単位でも花火大会ってあるのか。オレんちの近くでもやってたのかな? なんせ、打ち上げ花火なんてわざわざ見に行くもんじゃないって言うような家庭で育ったから、ちっちゃい頃どっかで見たことがあるような気がするようなー……程度の記憶しかない。手持ちのやつをみんなで遊ぶとかはやったけどなあ。あ、でもそういえば妹が友達と行きたいっつって、未成年だけじゃダメだって断られてたことがあったから、そこそこ近くでもやってたのかもしれない。蒼生が興味示さないからオレもちゃんと聞かなかったけど。
でも、蒼生、ずーっと見てるなあ。もう建物に遮られてほとんど見えないのに。興味ないかと思ってたんだけど、そうでもないのかな。……頭の中に、ふっと大きい花火の映像が浮かぶ。たぶんテレビかどっかで見たやつだ。妄想の中で視線を横にやれば、うっとりと空を眺める蒼生の横顔……。あっ。いいぞ。蒼生が興味あるんだったら、実際に見たい。一緒に見たい。
「花火、見に行きたいな」
願望が口から零れると、ようやく蒼生の可愛い顔がこっちを向いた。
「そういえば僕たち、まともに近くで見たことないね」
「だろ? むかーしどっかで見たっけ?」
「ええと……小学生くらいだったかなあ、幼稚園の頃じゃなかったと思うけど……。旅行先で偶然近くを通りかかって見ようかってなったのに、みんな早くホテル行ってお菓子食べるんだって騒いですぐに移動しちゃったことがあったはずだよ」
「あ、それそれ。さすが蒼生、よく覚えてるな」
うっすらと思い出してきた。そうだ、今日みたいに駄菓子いっぱい買い込んだから早く食べたいって騒いだんだ。あー、あの時買ってもらった茶色い棒みたいなスナック菓子の味は覚えてんだけど、花火のことは全然覚えてねえや。
「僕たちはそんな感じだけど……。冬矢は花火大会って行ったことある?」
「あるよ」
え、そうなんだ。なんか意外。昔の冬矢と花火ってなんとなくイメージ合わないけどな。そう思ってんのがバレたのか、冬矢がじとっとオレを睨む。
「健太はまた失礼なことを考えただろう。俺も小さい頃に親に連れられて行ったんだよ」
あー、親とね。昔の彼女とかじゃなかったか、ならわかる気がする。あの頃のこいつには彼女をどっかに連れてくって考えはなさそうだったもんなあ。
蒼生もどこかほっとしたように冬矢に笑いかける。
「どうだった? 楽しかった?」
「そうだね。迫力があって見事だと思ったよ。ただ、長時間見ているだけというのは少し退屈だったかな。音と光だけで特に解説があるわけでもなかったし。だからといって、その場からいったん離れるのも難しいんだ。大勢の人間がぎっしり座って見ているからね。なんとか抜けたところで家族のもとには戻れないだろうほどの混雑だった。帰りも駅まで大行列で、ひどい暑さの中を仕方なく別の駅まで延々と歩いたんだよ」
「あー、そういうの、ニュースで見たことあるわ」
「大変なんだねえ。そっか、身動き取れないんだ……」
そう言った蒼生の声は、少し残念そうだった。たぶん冬矢は、そういう人ごみの中で蒼生が疲れちゃうだろうことを心配してそんなふうに言ったんだろう。蒼生に嫌な思いとかさせたくないって思う奴だから。それはオレだってそうだ。疲れたとかしんどいとかより、楽しかったって思い出で締めくくりたいもんな。
うーん。けど、蒼生と一緒に見たい。蒼生が楽しそうにしてる顔を見たい。きっと蒼生もオレたちと行きたいはずだ。
「じゃあ、オレ、探してみる」
「えっ。なにを?」
「しんどい思いしないで花火が楽しめる場所。飽きちゃうほど長くなくて、行き帰りで苦労しなくて、3人でいちゃいちゃしてても大丈夫な方法!」
ぱちぱち、と蒼生が目を瞬かせる。
「3人で……」
「……なるほど。花火大会以外でも花火を打ち上げるイベントはあるだろうし、調べる価値はあるかもしれないな」
「だろ? 今年は無理かもだけど、今から探せば来年とかなんとかなりそうじゃね?」
自分でしゃべりながら、実現できるって自信が出てきた。蒼生に喜んでもらうためなんだ。蒼生のためだから、きっと叶う。叶える。
「絶対、見に行こうな!」
「うん!」
蒼生が元気よく頷いて、それから周りを見渡して、ちょっと恥ずかしそうに笑った。それからちっちゃい声で、
「健ちゃんと冬矢と一緒に行くなら、どこでもきっと楽しいよ」
って。
へへへ。オレもそう思う!
来年の予定かぁ。気が早いけど、蒼生と行きたいところはたくさんある。どんな場所だって、蒼生と行けば絶対楽しいんだ。これは大変だぞ、世界には楽しい場所が山ほどあるってことだもんな。
あ、降りる駅に着いた。オレは一足早く降りて、蒼生に向かって手を伸ばす。
「行こう!」
冬矢は呆れた顔をしたけど、蒼生は嬉しそうに笑ってオレの手を取った。蒼生の温度が伝わってきて、心があったかくて羽根でも生えたみたいにすごく軽くなる。ああ、これ、このままどこへだって行けそうじゃん!
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