投稿日:2017年05月12日 01:54 文字数:6,367
第三章 北極星(ポラリス) #2
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◆◇◆
夕刻に向かい始めた日差しは柔らかく、ひかりの粒子を海面に転がす。
防波堤と岩場に挟まれた空間は、そこだけが切り取られたように静かだった。
「聞こえてくるのは波の音だけ」なんて、陳腐なフレーズがぴったりに思える。
少し先を歩いていた光の足取りに迷いは無かった。
あてもなくぶらぶらと散歩、ではなく目的地があったことは明白だ。
それが、此処。
ただでさえ人影まばらなのですぐに気が付いたわけではなかったが、海水浴シーズン真っ盛りだったとしても、「穴場」という通りそれほど人が出入りする場所のようには思われない。
その疑問は、すぐに解けた。
さくさくと足音を刻む砂地から、自然が造り出した岩のモニュメントへ歩を運びながら、光がのんびりと答えを口にしたからだ。
「………ここね、宮城の家族と俺とで、初めて遊びに来た場所だったんだ」
出掛ける前は、いかにも思いつきで行き先を決めたように話していたが、光は最初から「この場所」に来るつもりだったのだと、このとき悟った。
「宮城の両親は忙しいから、何とか予定を合わせて日程をねじ込んだんだと思う…だから日帰りだったんだけど。和もこんなこと滅多にないからって、すごくはしゃいで…俺が宮城家に早く馴染めるように、気を遣ってくれたんだろうね」
光の口調には、懐かしむと同時に、どういうわけか悔恨というか寂寥というか…妙な暗さも滲んでいた。楽しい思い出ばかりではない、ということか。
岩が波を散らす所為か、砂浜よりこちらの方が海が荒れて見える。
飛び込み台代わりには恰好の高さかも知れないが、水面下がどうなってるのか目視しづらいので、無闇に飛び込むと怪我を負いかねない。
そんな足場の悪い一帯を進む。スニーカーで来たので労は大して感じなかったが、段差を登る時は光が手を取って引き上げてくれた。
思いの他、岩場は海岸に沿って長く連なっている。
「ほら、その先…あそこにね、洞窟があるんだけどさ」
指し示す方角を見ると、魔物でも飛び出して来そうな黒い穴がぽっかりと口を開けていた。
「和はずっと俺のあとをついて回ってたんだけど、そのときはまだ小さかったから…ここまでは追いついて来られなくてね。俺は、独りでここまで来たんだ」
中を覗くと、想像したより奥行きは浅い。
それでも足を踏み入れて数歩も行くと、外光は届かなくなった。中央部は海水に沈んでいて、両端に人一人がようやく通れる程度の幅があるだけだ。
どん詰まりまで到着して、やっと畳一枚ほどのスペースになった。
入り口から窺える陽と、それを水が反射して微かに届く以外、光は射さない。
隣にいる相手の表情がどうにか判別出来るくらいで、本来ならば懐中電灯でもなければ、足下も覚束ないほど。
そこに光が腰を下ろしたので、俺も隣に倣った。
ふと眼前の海中に目をこらすと、青白い仄かな灯りが時折ふわりと揺れた。…何かの微生物だろうか。それが余りにも儚げで美しくて、しばし目で追う。
「…ここでね、こんな風に座ってぼんやりしてたんだ。あの時は一人きりだったけどね」
光の話は続いていた。耳で受け止めてはいたものの、視線はその顔に移さずに俺は水の中の燐光を探す。
「あの頃は、まだ新しい家族への違和感が拭い去れなかった。ここでじっとしてたら、俺の事なんて忘れ去られて、そのまま置いて帰られるんじゃ無いかって思ったよ。…それがそのうち、ここに閉じ込められて出られなくなるかもしれないって、怖くなって…」
ひた、と靴底に波が届いたのに気付いて、我に返る。
先刻までは、水面はつま先から数十センチ位離れていた筈だ。
「?!」
思わず、岩の壁ギリギリまで後じさる。
顔を上げると、つい今し方通って来たはずの両端は完全に水に浸っていた。
「光…っ!これ…!!」
「……今は鞍と一緒だから…怖くないよ?ね?」
「んなこと言ってる場合かよ!今ならまだ、少しくれぇ濡れても外に…」
「大丈夫だよ…俺が、息を継いであげる。こうやって…」
言いながら身体を抱え込むようにして、光は俺の口を己のそれで塞いだ。
そんな行為、何の効果が無いことくらいは理解出来る。
それどころか絡む唾液に、先に溺れてしまいそうだった。
にじり寄る海水を横目で捉えながら、俺はそれでも無我夢中でキスを続けた。
夕刻に向かい始めた日差しは柔らかく、ひかりの粒子を海面に転がす。
防波堤と岩場に挟まれた空間は、そこだけが切り取られたように静かだった。
「聞こえてくるのは波の音だけ」なんて、陳腐なフレーズがぴったりに思える。
少し先を歩いていた光の足取りに迷いは無かった。
あてもなくぶらぶらと散歩、ではなく目的地があったことは明白だ。
それが、此処。
ただでさえ人影まばらなのですぐに気が付いたわけではなかったが、海水浴シーズン真っ盛りだったとしても、「穴場」という通りそれほど人が出入りする場所のようには思われない。
その疑問は、すぐに解けた。
さくさくと足音を刻む砂地から、自然が造り出した岩のモニュメントへ歩を運びながら、光がのんびりと答えを口にしたからだ。
「………ここね、宮城の家族と俺とで、初めて遊びに来た場所だったんだ」
出掛ける前は、いかにも思いつきで行き先を決めたように話していたが、光は最初から「この場所」に来るつもりだったのだと、このとき悟った。
「宮城の両親は忙しいから、何とか予定を合わせて日程をねじ込んだんだと思う…だから日帰りだったんだけど。和もこんなこと滅多にないからって、すごくはしゃいで…俺が宮城家に早く馴染めるように、気を遣ってくれたんだろうね」
光の口調には、懐かしむと同時に、どういうわけか悔恨というか寂寥というか…妙な暗さも滲んでいた。楽しい思い出ばかりではない、ということか。
岩が波を散らす所為か、砂浜よりこちらの方が海が荒れて見える。
飛び込み台代わりには恰好の高さかも知れないが、水面下がどうなってるのか目視しづらいので、無闇に飛び込むと怪我を負いかねない。
そんな足場の悪い一帯を進む。スニーカーで来たので労は大して感じなかったが、段差を登る時は光が手を取って引き上げてくれた。
思いの他、岩場は海岸に沿って長く連なっている。
「ほら、その先…あそこにね、洞窟があるんだけどさ」
指し示す方角を見ると、魔物でも飛び出して来そうな黒い穴がぽっかりと口を開けていた。
「和はずっと俺のあとをついて回ってたんだけど、そのときはまだ小さかったから…ここまでは追いついて来られなくてね。俺は、独りでここまで来たんだ」
中を覗くと、想像したより奥行きは浅い。
それでも足を踏み入れて数歩も行くと、外光は届かなくなった。中央部は海水に沈んでいて、両端に人一人がようやく通れる程度の幅があるだけだ。
どん詰まりまで到着して、やっと畳一枚ほどのスペースになった。
入り口から窺える陽と、それを水が反射して微かに届く以外、光は射さない。
隣にいる相手の表情がどうにか判別出来るくらいで、本来ならば懐中電灯でもなければ、足下も覚束ないほど。
そこに光が腰を下ろしたので、俺も隣に倣った。
ふと眼前の海中に目をこらすと、青白い仄かな灯りが時折ふわりと揺れた。…何かの微生物だろうか。それが余りにも儚げで美しくて、しばし目で追う。
「…ここでね、こんな風に座ってぼんやりしてたんだ。あの時は一人きりだったけどね」
光の話は続いていた。耳で受け止めてはいたものの、視線はその顔に移さずに俺は水の中の燐光を探す。
「あの頃は、まだ新しい家族への違和感が拭い去れなかった。ここでじっとしてたら、俺の事なんて忘れ去られて、そのまま置いて帰られるんじゃ無いかって思ったよ。…それがそのうち、ここに閉じ込められて出られなくなるかもしれないって、怖くなって…」
ひた、と靴底に波が届いたのに気付いて、我に返る。
先刻までは、水面はつま先から数十センチ位離れていた筈だ。
「?!」
思わず、岩の壁ギリギリまで後じさる。
顔を上げると、つい今し方通って来たはずの両端は完全に水に浸っていた。
「光…っ!これ…!!」
「……今は鞍と一緒だから…怖くないよ?ね?」
「んなこと言ってる場合かよ!今ならまだ、少しくれぇ濡れても外に…」
「大丈夫だよ…俺が、息を継いであげる。こうやって…」
言いながら身体を抱え込むようにして、光は俺の口を己のそれで塞いだ。
そんな行為、何の効果が無いことくらいは理解出来る。
それどころか絡む唾液に、先に溺れてしまいそうだった。
にじり寄る海水を横目で捉えながら、俺はそれでも無我夢中でキスを続けた。
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………自分など、生きていようが死んでしまおうが、世界は何も変わらないし、誰一人気にも留めない。
俺の存在なんて、全く意味の無いものだ…ずっと、そう思っていた。
今更死を怖いと思うなど、どうかしている。
ならば。
こうして誰かと共に消えられるのならば、その方が良いのでは無いか?
少なくとも、寂しくは無い。
このまま、二人繋がり合って海の底へ…。
………違う。
そんなこと、許されるわけがない。
それでは俺は…俺が光と出会ったのは、ただ光を「闇へ引きずり落とす」ためだけのものになってしまう。
和を信頼する、光の眼差し。光に笑顔を取り戻させた和。馴染んでいると思い込んでいただけで、決して自分が割り入る隙など無かったのだと思い知らされた、兄弟の絆。
……あんな目を、光は俺に向けはしない。俺が見たのは、その瞳に落ちた翳りのみ。
けれど光は、俺を選んで…しかし身を寄せ合っていても、本当に「離れているのはどっちだ?」
頭の中を止めどない思考がぐるぐると渦を巻いたが、執拗な口付けがそれらを徐々に奪っていく。
反対に、ここまで来る間にすっかり醒めていたはずの熱が疼きを取り戻す。
場違いなくらい脈打つ音は耳に煩く、流れる血が全部そこに集結しているのではと思うほど、己自身が膨れあがってきたのが分かる。
「ん……鞍、抜いてあげようか?」
ジーンズのファスナーの上に、光の手が落ちる。それだけでビクリ、と背中が跳ね上がった。
「…な…っ、何言ってんだよ!こっ、こんな時に…!」
首を横に振って拒絶するも、言動とは裏腹にその部分ははち切れんばかりに硬さを増す。極限状態ほど反応が過敏になるとも言われるが、だとしても、自分の浅ましさに目を背けたくなる。
「抜くだけだよ。部屋に居た時から、ずっと我慢してたみたいだし。このままじゃ苦しいでしょ?」
表ももう薄闇が覆ってきたのか、ますます視界は狭まられる。相手の顔に目を遣っても、瞳にかかる色は分からない。ただ、まるで洞穴のように暗く穿っているだけのように見えた。
押さえていた手を退け、抵抗をやめる。
「俺にさせてよ…ね?」
そこから光は一言も発さず、ファスナーを下ろし、下着をずらした。
岩で囲まれた空洞が冷やした外気に、熱く屹立したモノの先端が触れる。
既にじっとりと湿っているように感じるのは、浸水の所為か体液なのか判別が付かなかった。
下着の奥に手を入れられ、睾丸から撫で上げるように光の指が這う。
せり上がった水が時々尻まで達して、溢れ始めた蜜と混ざり合った。
「…っぅ、ふぁ……あっ!」
漏れた声が反響し、羞恥を誘う。
それに重なる、ぴちゃ、くちゅ、という水音。
ここが何処で、今どういった状況なのか…全部が、どうでもよくなってくる。
目の前は暗闇で閉ざされつつあるのに、肉棒に纏わり付く指先とそれを伝う粘液がぼんやりと白く浮かんで見え、ことさら淫靡さを増しているようだった。我ながらいやらしいと厭うのに、何故か凝視してしまう。
断続的にキスを重ねつつ、光の片手は俺の下半身をまさぐり、もう片方は胸や腹をなぞった。
パーカーの襟元から侵入し、シャツの上から胸の突起も転がされる。
布と擦り合わせるように摘まみ上げられ、その度に逆の手の中にある自身もビクビクと震えた。
「は…ぁ、あっ!光…ぅ…っ!!」
「良いよ、鞍…イッて?」
そう耳元で囁き、きゅ、っと抓るほど強く胸先を捻りながら、陰茎を掌で包み握った状態で上下の動きを速める光。
「んぁ、ぁああああっっ!!」
ピシャピシャと派手な音を立て、堪えきれず俺は水面に精を飛び散らせた。
既にぐっしょりと水気を含んだジーンズの腰を、白濁の雫が更に濡らす。
それを再び、打ち寄せる波が洗った。
重たい粘液は水底に澱んで溶けたが、それに紛れてあの青白い灯が、朦朧と霞む視界の隅で一条ゆらめいた、そんな気がした。
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◆◇◆
「だからぁ…『大丈夫だ』って言ったでしょ?そもそも、ほんとに出られなくなるくらいあそこが水で埋まったら、俺今ここにはいないし」
ホテルのレストランで苦笑紛れに弁解する光と向かい合って、俺はむくれていた。
食事は、この手の宿泊施設ではよくあるビュッフェバイキングだった。遅れて席に着いた俺達に残された大皿料理は限られていたものの、その場で切り分けるローストビーフなどはなくなる心配はなさそうだった。花弁にも似たその肉と、ナイフとフォークで格闘しつつ、目の前の相手に不機嫌さをアピールする。
光の手でイかされた後、少しの間意識が落ちてしまった。このまま洞穴を満たす海水に溺れてしまうかも知れない、などという事を考える余裕ももう無かったのだが…。
結局、そんなぼんやりした記憶の中で目にした水かさより、ほとんど上昇することはなかった。
腰のあたりが僅かに浸った程度。立った状態なら、踝にさえ届かなかっただろう。
つまり、あれで満潮時のほぼ最高水位だったということだ。
勿論光はそれを承知していて…というか、冷静に考えれば「子供の頃の光」が無事帰還できたのだから、大した危険の無い事くらい俺にだって予測はついたはずなのだが。
その判断もできず狼狽え、しかもあんな場所で恥ずかしい事をされ……。
自分にも非があることは承知しているし、光に悪意がないのも分かる。
それでも、俺にしてみればなんだか騙されたような心持ちだった。
俺が微睡半分だったので、潮がいくらか引けるのを待って、光が俺を負ぶってホテルまで帰った。体液でべたついた部分は海水で軽く流し、濡れた衣類は…といっても、そういうわけでずぶ濡れ、というほどでも無かったが…絞って水気を切ったらしい。
陽は大方沈んでいたが、残った夕焼けと、月明かりもあったので戻るのにはそう苦労しなかった、と光は言った。
多少水滴を滴らせた服を着て、ぐったりした人間を運んでいて見咎められても、酔っ払って浜辺ではしゃいでいるうちに眠ってしまったという説明で大体納得されるだろう。
だとしても、気恥ずかしいというか悔しいというか、そういう気持ちは拭いきれないのだが。
部屋に入るとベッドに下ろされたが、さほど経たずに俺は目覚めた。
それで、何とか夕飯には間に合ったのだった。
…全く、下手をしたら食いっぱぐれていたかも知れない。
「鞍ってば、涙いっぱい溜めてホントに可愛くよがるんだもん、あぁいうところだから声にエコーかかって響くしさぁ…俺も疼いて大変だったんだよ?でもちゃんと我慢したけど」
「ぁあっっ?!」
思わず大声が出てしまい、慌てて周囲を見渡した。
宿泊者の数はそう多くなかったし、定められた夕食時間も終わりに近い頃だったので人の目がそれほどあったわけではないが、一息吐いてから最小限に声を潜める。
「あ、当たり前だろ?!バカ!」
項の辺りが火を噴きそうなくらい熱い。
自分から仕掛けて置いて、我慢も何もないものだ。言葉には出さなかったものの、俺はそんな思いを込めて、大型犬にも似た相手の顔をねめつけた。
以後、ろくな受け答えをしなくなった俺に、光は明らかにしょんぼりと肩を落とす。
それに気付かなかったわけでも、無視したわけでもない。
怒りもまだくすぶってはいたが、また違う、別の思考がじわじわと広がってゆく。
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「………なぁ、光?」
暫しの沈黙が流れたあと、声を掛ける。
ぴくん、と頭を跳ね上げる様は本当に名を呼ばれた飼い犬の反応に近いと思う。
「なっ、何?」
「もし…もしも、冗談抜きであそこで溺れそうになったら…どうする?」
光はぽかん、と一時呆けたような顔をし、それからやや首を傾げて…考えを巡らせたようだった。
「そう…だな。…鞍に、息を継いであげるって言ったのは割と本気だよ?俺、こう見えてちゃんと泳げるから。鞍を抱えて一緒に脱出して、なんとか泳いで岸を目指すかな…」
ごく当たり前の返答をされたはずなのに、何故かそれは少し意外なように、俺には聞こえた。
「場所があぁいうごつごつした岩場だから、結構大変かも知れないけど…でも、危険が迫ったら鞍は俺が護るよ!」
「………それは………自分の命を投げ打ってでも……ってことか?」
「そりゃぁね!…って、言いたいところだけど」
そこで一旦言葉を止め、光は一度くす、と笑みを零す。
「………自分も一緒に助かるように頑張るよ?だって、そんなのでまた一人になるのは寂しいでしょ?まだまだ鞍の事好きになりたいし、一緒にいろんなこともしたいから、どちらか一人助かる…という方法はあまりとりたくないかも…」
しみじみと、しかし確固たる強さのある声で、光はそう言った。だが。
「………なんてね。これ半分は和の受け売りみたいなもんだなぁ」
フォークを持つ手が一瞬止まる。
「和………の?」
「うん…和はそういう考え方するからね。拒否されたなら仕方ないけど、そうじゃないなら自分も一緒に…ってね?そういうところは昔から妥協しないし,頑固だよ、和は」
…あそこで、俺は最初「二人で死ぬなら悪くない」と思った。
最期の瞬間に、誰かと共にあるのならそれはそれで十分なのではないかと。
けれど、本当に「そうなった」ら、結局俺は光を「道連れ」にしたに過ぎない。
仮に、光の言う通り二人であの場を泳ぎ出たとしても、潮の流れが速かったら…風が出て、波が荒れ始めたら…。
俺はきっと、自分から光の手を離した…と思う。
実を言えば、俺は元々泳ぎが得意な方ではない。
距離もそう伸ばせなければ、スピードだって遅い。
そんな「事態」に陥れば、俺はただのお荷物だ。
光一人ならば、泳いで岸に戻れる確率は格段に向上するだろう。
「……ねぇ、鞍?」
急に黙りこくったことで不安になったのか、光がおそるおそる、といった体で口を開いた。
「もし鞍が、自分の命を捨てて俺を助けてくれたとしても、俺は哀しみでどうにかなっちゃうと思う。鞍はどう?俺が鞍を救う為に自分を犠牲にしたら…鞍はそれでも普通に生きていける?」
見透かされたのかと思った。顔を上げ、何も言えずに光へ視線を注ぐ。
「………自惚れじゃ無いよ?鞍がそれでも平気だっていうなら、俺は喜んでそうする。それが俺に出来ることだっていうなら、嬉しいくらい。…でも…」
また瞳が翳る。それは暗さだけではなく、蒼い悲しみも映して。
「多分…そうじゃないよね?鞍は、俺にそうされたら自分も生きては居られない…でしょ?」
唇を噛んで俯いた。肯定するまでも無い。
まだカトラリーを握っていた両拳に、力が籠もる。
そうだ、だから…
「俺は……」
だから、和は…
共に死ぬでもなく、己を犠牲にするでもなく。
和ならば、何の迷いもなく「そ の 選 択 肢 を 採 る ん だ」
それこそが、和が光を導いた灯火。和が光に与えた希望。
「俺は………」
俺は、今こうして光と共に居る。けれど、俺が光にしてやれてる事は何だ?
「………………俺は、和とは違う」
絞り出すようにして口を突いたのは、その一言だった。
それきり、何も出て来ない。
再び、沈黙がその場を支配した。
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第三章 北極星(ポラリス) #2
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第三章 北極星(ポラリス) #2
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◆◇◆
夕刻に向かい始めた日差しは柔らかく、ひかりの粒子を海面に転がす。
防波堤と岩場に挟まれた空間は、そこだけが切り取られたように静かだった。
「聞こえてくるのは波の音だけ」なんて、陳腐なフレーズがぴったりに思える。
少し先を歩いていた光の足取りに迷いは無かった。
あてもなくぶらぶらと散歩、ではなく目的地があったことは明白だ。
それが、此処。
ただでさえ人影まばらなのですぐに気が付いたわけではなかったが、海水浴シーズン真っ盛りだったとしても、「穴場」という通りそれほど人が出入りする場所のようには思われない。
その疑問は、すぐに解けた。
さくさくと足音を刻む砂地から、自然が造り出した岩のモニュメントへ歩を運びながら、光がのんびりと答えを口にしたからだ。
「………ここね、宮城の家族と俺とで、初めて遊びに来た場所だったんだ」
出掛ける前は、いかにも思いつきで行き先を決めたように話していたが、光は最初から「この場所」に来るつもりだったのだと、このとき悟った。
「宮城の両親は忙しいから、何とか予定を合わせて日程をねじ込んだんだと思う…だから日帰りだったんだけど。和もこんなこと滅多にないからって、すごくはしゃいで…俺が宮城家に早く馴染めるように、気を遣ってくれたんだろうね」
光の口調には、懐かしむと同時に、どういうわけか悔恨というか寂寥というか…妙な暗さも滲んでいた。楽しい思い出ばかりではない、ということか。
岩が波を散らす所為か、砂浜よりこちらの方が海が荒れて見える。
飛び込み台代わりには恰好の高さかも知れないが、水面下がどうなってるのか目視しづらいので、無闇に飛び込むと怪我を負いかねない。
そんな足場の悪い一帯を進む。スニーカーで来たので労は大して感じなかったが、段差を登る時は光が手を取って引き上げてくれた。
思いの他、岩場は海岸に沿って長く連なっている。
「ほら、その先…あそこにね、洞窟があるんだけどさ」
指し示す方角を見ると、魔物でも飛び出して来そうな黒い穴がぽっかりと口を開けていた。
「和はずっと俺のあとをついて回ってたんだけど、そのときはまだ小さかったから…ここまでは追いついて来られなくてね。俺は、独りでここまで来たんだ」
中を覗くと、想像したより奥行きは浅い。
それでも足を踏み入れて数歩も行くと、外光は届かなくなった。中央部は海水に沈んでいて、両端に人一人がようやく通れる程度の幅があるだけだ。
どん詰まりまで到着して、やっと畳一枚ほどのスペースになった。
入り口から窺える陽と、それを水が反射して微かに届く以外、光は射さない。
隣にいる相手の表情がどうにか判別出来るくらいで、本来ならば懐中電灯でもなければ、足下も覚束ないほど。
そこに光が腰を下ろしたので、俺も隣に倣った。
ふと眼前の海中に目をこらすと、青白い仄かな灯りが時折ふわりと揺れた。…何かの微生物だろうか。それが余りにも儚げで美しくて、しばし目で追う。
「…ここでね、こんな風に座ってぼんやりしてたんだ。あの時は一人きりだったけどね」
光の話は続いていた。耳で受け止めてはいたものの、視線はその顔に移さずに俺は水の中の燐光を探す。
「あの頃は、まだ新しい家族への違和感が拭い去れなかった。ここでじっとしてたら、俺の事なんて忘れ去られて、そのまま置いて帰られるんじゃ無いかって思ったよ。…それがそのうち、ここに閉じ込められて出られなくなるかもしれないって、怖くなって…」
ひた、と靴底に波が届いたのに気付いて、我に返る。
先刻までは、水面はつま先から数十センチ位離れていた筈だ。
「?!」
思わず、岩の壁ギリギリまで後じさる。
顔を上げると、つい今し方通って来たはずの両端は完全に水に浸っていた。
「光…っ!これ…!!」
「……今は鞍と一緒だから…怖くないよ?ね?」
「んなこと言ってる場合かよ!今ならまだ、少しくれぇ濡れても外に…」
「大丈夫だよ…俺が、息を継いであげる。こうやって…」
言いながら身体を抱え込むようにして、光は俺の口を己のそれで塞いだ。
そんな行為、何の効果が無いことくらいは理解出来る。
それどころか絡む唾液に、先に溺れてしまいそうだった。
にじり寄る海水を横目で捉えながら、俺はそれでも無我夢中でキスを続けた。
夕刻に向かい始めた日差しは柔らかく、ひかりの粒子を海面に転がす。
防波堤と岩場に挟まれた空間は、そこだけが切り取られたように静かだった。
「聞こえてくるのは波の音だけ」なんて、陳腐なフレーズがぴったりに思える。
少し先を歩いていた光の足取りに迷いは無かった。
あてもなくぶらぶらと散歩、ではなく目的地があったことは明白だ。
それが、此処。
ただでさえ人影まばらなのですぐに気が付いたわけではなかったが、海水浴シーズン真っ盛りだったとしても、「穴場」という通りそれほど人が出入りする場所のようには思われない。
その疑問は、すぐに解けた。
さくさくと足音を刻む砂地から、自然が造り出した岩のモニュメントへ歩を運びながら、光がのんびりと答えを口にしたからだ。
「………ここね、宮城の家族と俺とで、初めて遊びに来た場所だったんだ」
出掛ける前は、いかにも思いつきで行き先を決めたように話していたが、光は最初から「この場所」に来るつもりだったのだと、このとき悟った。
「宮城の両親は忙しいから、何とか予定を合わせて日程をねじ込んだんだと思う…だから日帰りだったんだけど。和もこんなこと滅多にないからって、すごくはしゃいで…俺が宮城家に早く馴染めるように、気を遣ってくれたんだろうね」
光の口調には、懐かしむと同時に、どういうわけか悔恨というか寂寥というか…妙な暗さも滲んでいた。楽しい思い出ばかりではない、ということか。
岩が波を散らす所為か、砂浜よりこちらの方が海が荒れて見える。
飛び込み台代わりには恰好の高さかも知れないが、水面下がどうなってるのか目視しづらいので、無闇に飛び込むと怪我を負いかねない。
そんな足場の悪い一帯を進む。スニーカーで来たので労は大して感じなかったが、段差を登る時は光が手を取って引き上げてくれた。
思いの他、岩場は海岸に沿って長く連なっている。
「ほら、その先…あそこにね、洞窟があるんだけどさ」
指し示す方角を見ると、魔物でも飛び出して来そうな黒い穴がぽっかりと口を開けていた。
「和はずっと俺のあとをついて回ってたんだけど、そのときはまだ小さかったから…ここまでは追いついて来られなくてね。俺は、独りでここまで来たんだ」
中を覗くと、想像したより奥行きは浅い。
それでも足を踏み入れて数歩も行くと、外光は届かなくなった。中央部は海水に沈んでいて、両端に人一人がようやく通れる程度の幅があるだけだ。
どん詰まりまで到着して、やっと畳一枚ほどのスペースになった。
入り口から窺える陽と、それを水が反射して微かに届く以外、光は射さない。
隣にいる相手の表情がどうにか判別出来るくらいで、本来ならば懐中電灯でもなければ、足下も覚束ないほど。
そこに光が腰を下ろしたので、俺も隣に倣った。
ふと眼前の海中に目をこらすと、青白い仄かな灯りが時折ふわりと揺れた。…何かの微生物だろうか。それが余りにも儚げで美しくて、しばし目で追う。
「…ここでね、こんな風に座ってぼんやりしてたんだ。あの時は一人きりだったけどね」
光の話は続いていた。耳で受け止めてはいたものの、視線はその顔に移さずに俺は水の中の燐光を探す。
「あの頃は、まだ新しい家族への違和感が拭い去れなかった。ここでじっとしてたら、俺の事なんて忘れ去られて、そのまま置いて帰られるんじゃ無いかって思ったよ。…それがそのうち、ここに閉じ込められて出られなくなるかもしれないって、怖くなって…」
ひた、と靴底に波が届いたのに気付いて、我に返る。
先刻までは、水面はつま先から数十センチ位離れていた筈だ。
「?!」
思わず、岩の壁ギリギリまで後じさる。
顔を上げると、つい今し方通って来たはずの両端は完全に水に浸っていた。
「光…っ!これ…!!」
「……今は鞍と一緒だから…怖くないよ?ね?」
「んなこと言ってる場合かよ!今ならまだ、少しくれぇ濡れても外に…」
「大丈夫だよ…俺が、息を継いであげる。こうやって…」
言いながら身体を抱え込むようにして、光は俺の口を己のそれで塞いだ。
そんな行為、何の効果が無いことくらいは理解出来る。
それどころか絡む唾液に、先に溺れてしまいそうだった。
にじり寄る海水を横目で捉えながら、俺はそれでも無我夢中でキスを続けた。
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………自分など、生きていようが死んでしまおうが、世界は何も変わらないし、誰一人気にも留めない。
俺の存在なんて、全く意味の無いものだ…ずっと、そう思っていた。
今更死を怖いと思うなど、どうかしている。
ならば。
こうして誰かと共に消えられるのならば、その方が良いのでは無いか?
少なくとも、寂しくは無い。
このまま、二人繋がり合って海の底へ…。
………違う。
そんなこと、許されるわけがない。
それでは俺は…俺が光と出会ったのは、ただ光を「闇へ引きずり落とす」ためだけのものになってしまう。
和を信頼する、光の眼差し。光に笑顔を取り戻させた和。馴染んでいると思い込んでいただけで、決して自分が割り入る隙など無かったのだと思い知らされた、兄弟の絆。
……あんな目を、光は俺に向けはしない。俺が見たのは、その瞳に落ちた翳りのみ。
けれど光は、俺を選んで…しかし身を寄せ合っていても、本当に「離れているのはどっちだ?」
頭の中を止めどない思考がぐるぐると渦を巻いたが、執拗な口付けがそれらを徐々に奪っていく。
反対に、ここまで来る間にすっかり醒めていたはずの熱が疼きを取り戻す。
場違いなくらい脈打つ音は耳に煩く、流れる血が全部そこに集結しているのではと思うほど、己自身が膨れあがってきたのが分かる。
「ん……鞍、抜いてあげようか?」
ジーンズのファスナーの上に、光の手が落ちる。それだけでビクリ、と背中が跳ね上がった。
「…な…っ、何言ってんだよ!こっ、こんな時に…!」
首を横に振って拒絶するも、言動とは裏腹にその部分ははち切れんばかりに硬さを増す。極限状態ほど反応が過敏になるとも言われるが、だとしても、自分の浅ましさに目を背けたくなる。
「抜くだけだよ。部屋に居た時から、ずっと我慢してたみたいだし。このままじゃ苦しいでしょ?」
表ももう薄闇が覆ってきたのか、ますます視界は狭まられる。相手の顔に目を遣っても、瞳にかかる色は分からない。ただ、まるで洞穴のように暗く穿っているだけのように見えた。
押さえていた手を退け、抵抗をやめる。
「俺にさせてよ…ね?」
そこから光は一言も発さず、ファスナーを下ろし、下着をずらした。
岩で囲まれた空洞が冷やした外気に、熱く屹立したモノの先端が触れる。
既にじっとりと湿っているように感じるのは、浸水の所為か体液なのか判別が付かなかった。
下着の奥に手を入れられ、睾丸から撫で上げるように光の指が這う。
せり上がった水が時々尻まで達して、溢れ始めた蜜と混ざり合った。
「…っぅ、ふぁ……あっ!」
漏れた声が反響し、羞恥を誘う。
それに重なる、ぴちゃ、くちゅ、という水音。
ここが何処で、今どういった状況なのか…全部が、どうでもよくなってくる。
目の前は暗闇で閉ざされつつあるのに、肉棒に纏わり付く指先とそれを伝う粘液がぼんやりと白く浮かんで見え、ことさら淫靡さを増しているようだった。我ながらいやらしいと厭うのに、何故か凝視してしまう。
断続的にキスを重ねつつ、光の片手は俺の下半身をまさぐり、もう片方は胸や腹をなぞった。
パーカーの襟元から侵入し、シャツの上から胸の突起も転がされる。
布と擦り合わせるように摘まみ上げられ、その度に逆の手の中にある自身もビクビクと震えた。
「は…ぁ、あっ!光…ぅ…っ!!」
「良いよ、鞍…イッて?」
そう耳元で囁き、きゅ、っと抓るほど強く胸先を捻りながら、陰茎を掌で包み握った状態で上下の動きを速める光。
「んぁ、ぁああああっっ!!」
ピシャピシャと派手な音を立て、堪えきれず俺は水面に精を飛び散らせた。
既にぐっしょりと水気を含んだジーンズの腰を、白濁の雫が更に濡らす。
それを再び、打ち寄せる波が洗った。
重たい粘液は水底に澱んで溶けたが、それに紛れてあの青白い灯が、朦朧と霞む視界の隅で一条ゆらめいた、そんな気がした。
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「だからぁ…『大丈夫だ』って言ったでしょ?そもそも、ほんとに出られなくなるくらいあそこが水で埋まったら、俺今ここにはいないし」
ホテルのレストランで苦笑紛れに弁解する光と向かい合って、俺はむくれていた。
食事は、この手の宿泊施設ではよくあるビュッフェバイキングだった。遅れて席に着いた俺達に残された大皿料理は限られていたものの、その場で切り分けるローストビーフなどはなくなる心配はなさそうだった。花弁にも似たその肉と、ナイフとフォークで格闘しつつ、目の前の相手に不機嫌さをアピールする。
光の手でイかされた後、少しの間意識が落ちてしまった。このまま洞穴を満たす海水に溺れてしまうかも知れない、などという事を考える余裕ももう無かったのだが…。
結局、そんなぼんやりした記憶の中で目にした水かさより、ほとんど上昇することはなかった。
腰のあたりが僅かに浸った程度。立った状態なら、踝にさえ届かなかっただろう。
つまり、あれで満潮時のほぼ最高水位だったということだ。
勿論光はそれを承知していて…というか、冷静に考えれば「子供の頃の光」が無事帰還できたのだから、大した危険の無い事くらい俺にだって予測はついたはずなのだが。
その判断もできず狼狽え、しかもあんな場所で恥ずかしい事をされ……。
自分にも非があることは承知しているし、光に悪意がないのも分かる。
それでも、俺にしてみればなんだか騙されたような心持ちだった。
俺が微睡半分だったので、潮がいくらか引けるのを待って、光が俺を負ぶってホテルまで帰った。体液でべたついた部分は海水で軽く流し、濡れた衣類は…といっても、そういうわけでずぶ濡れ、というほどでも無かったが…絞って水気を切ったらしい。
陽は大方沈んでいたが、残った夕焼けと、月明かりもあったので戻るのにはそう苦労しなかった、と光は言った。
多少水滴を滴らせた服を着て、ぐったりした人間を運んでいて見咎められても、酔っ払って浜辺ではしゃいでいるうちに眠ってしまったという説明で大体納得されるだろう。
だとしても、気恥ずかしいというか悔しいというか、そういう気持ちは拭いきれないのだが。
部屋に入るとベッドに下ろされたが、さほど経たずに俺は目覚めた。
それで、何とか夕飯には間に合ったのだった。
…全く、下手をしたら食いっぱぐれていたかも知れない。
「鞍ってば、涙いっぱい溜めてホントに可愛くよがるんだもん、あぁいうところだから声にエコーかかって響くしさぁ…俺も疼いて大変だったんだよ?でもちゃんと我慢したけど」
「ぁあっっ?!」
思わず大声が出てしまい、慌てて周囲を見渡した。
宿泊者の数はそう多くなかったし、定められた夕食時間も終わりに近い頃だったので人の目がそれほどあったわけではないが、一息吐いてから最小限に声を潜める。
「あ、当たり前だろ?!バカ!」
項の辺りが火を噴きそうなくらい熱い。
自分から仕掛けて置いて、我慢も何もないものだ。言葉には出さなかったものの、俺はそんな思いを込めて、大型犬にも似た相手の顔をねめつけた。
以後、ろくな受け答えをしなくなった俺に、光は明らかにしょんぼりと肩を落とす。
それに気付かなかったわけでも、無視したわけでもない。
怒りもまだくすぶってはいたが、また違う、別の思考がじわじわと広がってゆく。
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「………なぁ、光?」
暫しの沈黙が流れたあと、声を掛ける。
ぴくん、と頭を跳ね上げる様は本当に名を呼ばれた飼い犬の反応に近いと思う。
「なっ、何?」
「もし…もしも、冗談抜きであそこで溺れそうになったら…どうする?」
光はぽかん、と一時呆けたような顔をし、それからやや首を傾げて…考えを巡らせたようだった。
「そう…だな。…鞍に、息を継いであげるって言ったのは割と本気だよ?俺、こう見えてちゃんと泳げるから。鞍を抱えて一緒に脱出して、なんとか泳いで岸を目指すかな…」
ごく当たり前の返答をされたはずなのに、何故かそれは少し意外なように、俺には聞こえた。
「場所があぁいうごつごつした岩場だから、結構大変かも知れないけど…でも、危険が迫ったら鞍は俺が護るよ!」
「………それは………自分の命を投げ打ってでも……ってことか?」
「そりゃぁね!…って、言いたいところだけど」
そこで一旦言葉を止め、光は一度くす、と笑みを零す。
「………自分も一緒に助かるように頑張るよ?だって、そんなのでまた一人になるのは寂しいでしょ?まだまだ鞍の事好きになりたいし、一緒にいろんなこともしたいから、どちらか一人助かる…という方法はあまりとりたくないかも…」
しみじみと、しかし確固たる強さのある声で、光はそう言った。だが。
「………なんてね。これ半分は和の受け売りみたいなもんだなぁ」
フォークを持つ手が一瞬止まる。
「和………の?」
「うん…和はそういう考え方するからね。拒否されたなら仕方ないけど、そうじゃないなら自分も一緒に…ってね?そういうところは昔から妥協しないし,頑固だよ、和は」
…あそこで、俺は最初「二人で死ぬなら悪くない」と思った。
最期の瞬間に、誰かと共にあるのならそれはそれで十分なのではないかと。
けれど、本当に「そうなった」ら、結局俺は光を「道連れ」にしたに過ぎない。
仮に、光の言う通り二人であの場を泳ぎ出たとしても、潮の流れが速かったら…風が出て、波が荒れ始めたら…。
俺はきっと、自分から光の手を離した…と思う。
実を言えば、俺は元々泳ぎが得意な方ではない。
距離もそう伸ばせなければ、スピードだって遅い。
そんな「事態」に陥れば、俺はただのお荷物だ。
光一人ならば、泳いで岸に戻れる確率は格段に向上するだろう。
「……ねぇ、鞍?」
急に黙りこくったことで不安になったのか、光がおそるおそる、といった体で口を開いた。
「もし鞍が、自分の命を捨てて俺を助けてくれたとしても、俺は哀しみでどうにかなっちゃうと思う。鞍はどう?俺が鞍を救う為に自分を犠牲にしたら…鞍はそれでも普通に生きていける?」
見透かされたのかと思った。顔を上げ、何も言えずに光へ視線を注ぐ。
「………自惚れじゃ無いよ?鞍がそれでも平気だっていうなら、俺は喜んでそうする。それが俺に出来ることだっていうなら、嬉しいくらい。…でも…」
また瞳が翳る。それは暗さだけではなく、蒼い悲しみも映して。
「多分…そうじゃないよね?鞍は、俺にそうされたら自分も生きては居られない…でしょ?」
唇を噛んで俯いた。肯定するまでも無い。
まだカトラリーを握っていた両拳に、力が籠もる。
そうだ、だから…
「俺は……」
だから、和は…
共に死ぬでもなく、己を犠牲にするでもなく。
和ならば、何の迷いもなく「そ の 選 択 肢 を 採 る ん だ」
それこそが、和が光を導いた灯火。和が光に与えた希望。
「俺は………」
俺は、今こうして光と共に居る。けれど、俺が光にしてやれてる事は何だ?
「………………俺は、和とは違う」
絞り出すようにして口を突いたのは、その一言だった。
それきり、何も出て来ない。
再び、沈黙がその場を支配した。
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