秋生(鮭の丸焼き)

萌えが滾った時に細々と投稿させて頂くと思います。
好きなジャンルは多種なので、雑多になりそうですがよろしくお願いします!

なお、pixivでは投稿しずらいものをこちらに投稿させて頂こうと思っております。

投稿日:2014年09月07日 21:03    文字数:6,675

【曽芭】花に病み 君を想う

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初めまして、細道師弟がとても好きです…!
ツイッターで素敵な設定を要さん(@knm_shiro )が呟きと同時にイラストを上げてらして、思わずガタッとなり、その設定で話を書かせてもらいました。
花が咲く病という特殊設定ですが、奥の細道の旅の途中の話です。

表紙に使わせて頂いたのは、その時の要さんのイラストです。
快く使わせて頂いて有難うございました!
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「もう!!曽良君の鬼!!鬼弟子唐変木のこんちきちん!!」

 

道の往来でまるで子供のように叫ぶ年配の男に、ざわりと囁き声が広がり視線が集まった。視線を向けた人々は、その男の前に立っている人物にも視線を向ける。

端正な顔をした騒ぐ男性とは対照的なその男は、表情から何の感情も読み取れない。

 

 「こんちきちんなどと言う言葉はこの世にありませんし、造語としても聞くに絶えない言葉ですね」

 「そこじゃないでしょ、そこじゃ!!謝って!マ―フィ―君に謝って!!」

 

人々は突然出て来た奇怪な名前に首を傾げる。

その場に居るのは男二人のみ。もう一人は見当たらない。

 

 「ほら!私にツッコミ入れるのにマ―フィ―君を使うから!

こんなにボロボロになって……ごめんねマ―フィ―君……」

 

泣き暮れる男が頬を摺り寄せる物に思わず視線が集まり、次の瞬間思わず往来の人々は片手を横に突き出して無言のツッコミをする。

マーフィーって人形かよ!!と声無き声が一斉に聞こえた気がした次の瞬間、泣いていた男は更に大泣きしながら往来を駆け出した。

 

 「曽良君にだって大事にしてるのあるでしょ!鬼弟子だから無いの!?

もう、謝るまでマ―フィ―君と逃避行してやるんだから!!」

 

捨て台詞を残して走り去ったその薄い背中を呆然と見送る人々の後ろで、端正な顔の男は深々とため息をついた。

そして首を何度か回すと、もうため息を一つ零し。次の瞬間、隼のような速度で走り出した男の姿を、また人々は呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 「全く、どこまで走る気ですか……」

 

ぴったりと前を走る姿と一定の距離を保ちながら端正な顔で曽良は低く呟く。

やがて、道を逸れた前の姿。幾ら走っても表情を変えなかった顔の眉間が微かに動く。

 「芭蕉さん!どこまで行く気ですか!」

 「曽良君が追いかけて来るからでしょ、バ―カバ―カバカ弟子!」

捨て台詞宜しく叫んだのは、年配とは思えないテンションで前を走る芭蕉。そのまま道を逸れた芭蕉の足は山へと向かう。

それを見て曽良は舌打ちをすると一気に足を早める。

山の上は傾いた緋色に群青の闇が近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この耄碌ジジイ!!」

 「ひいっ!?え、いつの間に――」

 

山道のデットヒ―トはすぐに終わりを迎えた。

 

余りに近くに聞こえた曽良の声に思わず芭蕉が振り向いた瞬間。

 !?!?

曽良の手は芭蕉の襟首を掴み、引き寄せたと思えばもう片手が胸元を掴み。

次の瞬間、初老に入ろうかという体は空中に浮かんでいた。

それは見事な背負い投げだった。

 「いったあ!!」

投げ飛ばされた芭蕉は草の生い茂る木の根元に飛ばされ、痛さに転げ回る。その動きを止めたのは足に掛かった重さだった。

目を開けた芭蕉が見たのは暗がりのせいか表情が全く見えない弟子の姿。その足が芭蕉の足首を踏んでいる。

 「――って、痛い痛い!ギブ!ギブ!!」

 「往来で一騒動起こしただけに留まらず、予定を放り投げてこんな山に来た阿呆が僕に言う言葉はそれですか……?」

 「ごめんなさい、ごめんなさい曽良君!!曽良様!!」

上半身を盛大に暴れさせながら叫んだ言葉に曽良はため息をつくと足をどけた。

芭蕉は草むらから体を上げると踏まれていた足を両手でこれ見よがしに摩る。その行動に曽良の口から呆れたようなため息が漏れれば、芭蕉は口を尖らせた。

 「酷いよ、これじゃ私、山道降りれない!」

そう言うと曽良は無言でしゃがみ込んで芭蕉に背を向ける。その姿に芭蕉は目を瞬かせると、背を向けた人物から声が漏れた。

 「歩けない程痛く無いはずのその足、本当に足を折られるのと、私の背中に乗るのどちらか選んで下さい」

 「……え?」

 「十、九、八」

 「え。え!?

 「七、六、五」

 「の、乗ります!乗らせて頂きます!!」

草を分ける音と共に曽良の背中に、そう重くない体が乗り上がった。両腕をその足下に潜らせると、曽良は無言で立ち上がる。

 「ね、ねえこれどういう風の吹き回し!?

 「夜になる前にさっさと町へ戻りたいだけです。ふらふら真っ直ぐ歩けもしないのを蹴り飛ばして追い立てるよりは数倍楽ですから」

 「なんか怖い言葉が聞こえた気がするけど、私疲れてるんだよねきっと……」

微かに震える芭蕉の手を肩越しに感じた曽良は少し首を傾げ視界の端に芭蕉を捉える。

 「馬鹿な事を言う暇があるのなら、周りを顧みない行動を謹んで下さい」

それだけ言うと、芭蕉の重さなど気にならないように軽い足取りで山道を降り始めた。

それに驚いたのか芭蕉の両腕が強く曽良に抱きつく。

 「ちょ、ちょっと曽良君早い!!」

 「さっさと降りないと時間がありません」

「え、時間って?」

「もうすぐ、日が完全に落ちてしまいます」

それだけ言ってまた速度を上げた曽良に、芭蕉は無言で抱きついて居る腕に力を込めた。

 

 

 

やがて、もう少しで山から出る所まで来た所だった。

 

走る音とは別の音が、左から曽良の耳に入る。小さく舌打ちをし、走る速度を上げた瞬間、飛び出して来た姿に思わず足を止められる。

一瞬の内に、曽良と芭蕉は柄の悪い、刃こぼれを起こした刀をぶら下げた男達に囲まれていた。

 「そ、そらく」

 「貴方は黙っていて下さい」

言葉を遮られた芭蕉だったが、曽良の緊張した声にそのまま口を噤む。

その間にも男達は育ちの悪そうな笑みを浮かべ、周りをゆっくりと歩く。

 「見た所大したモンもってなさそうだな。なんだ、生活に困ってジジイを山に捨てに来たのか?」

 「そりゃあ良い、仕事のできねえジジイは何の役にもたたねえ!」

掛けられる言葉に曽良は反応を見せず、ただ男達の後ろに見える山の切れ目に視線を送る。その視線に気がついたか、一人がその正面に立ち刀を曽良に向けた。背中でひゅ、と息を飲む声が曽良の耳に届く。

 「なあに、俺達は金目のモンが欲しいだけだ。お前ら切っても金にならん」

刀が曽良の視線から外れ、その斜め上に向かう。曽良の首に掛かっていた細腕が震えている。

 「そんな爺を抱えて逃げられないのは分かってんだろ?」

その言葉を聞き、曽良の腕がゆっくりと降ろされ、芭蕉は背から離れ身じろいだ。

曽良は男達を見ながら、無言で胸元の鞄から財布を取り出す。

 「地面に置くんだ」

言われた言葉に口の中で舌打ちをしながら、ゆっくりと地に置く。数歩、後ろに下がる。

 「うわっ!?

急に聞こえた叫び声に曽良が振り返ると、芭蕉に向けて後ろの男が刀を向けていた。

 「貴様!」

 「おっと動くなよお?欲しいのは金だ、それだけえ。このジジイの金も出しな!」

 「で、でもそしたら私達……!」

 「良いでしょう」

 「そ、そら」

曽良の首が左右に振られる。抵抗するなと意思表示だ。

芭蕉は目を閉じると抱えていた鞄を震える手で開いた。震えるせいかもたつく。

 「イライラすんなぁ、おらよ!」

 「あっ!」

男の手に掴まれた鞄は放り投げられると地面に叩き落とされた。衝撃で中身が飛び散るが男はすぐに財布だけ取り上げると素早く懐に入れる。

 「けっ、重さも大したことねぇな。本当にほとんど金持ってねぇ」

その男は苦々しくそれだけ言うと足元に散らばった荷物を蹴り飛ばす。刀から逃れられた芭蕉がふらつけば曽良の片手がその体を支える。

 「ゴミばっか持ってやがってなんだこりゃ」

暴言を吐き続ける男の目が芭蕉の大事にしているクマの人形に目が止まった。曽良の支えている細身の体がびく、と一瞬震える。

 「ジジイが気持ちわりぃな人形遊びかよ!」

人形に向かって刀が振り上げられた瞬間、曽良が掴んでいた芭蕉の体が飛び出しそうになる。それに気が付いた曽良は掴んでいた手を勢いよく後ろに引いた。

引かれた芭蕉はそのまま後ろに転げ、その反動で飛び出した曽良が前方の男に勢いよくぶつかる。

突然の事によろめいた男は、自らにぶつかってきたのを睨み付け刀を向ける。それに怯むことなく体勢を整えた曽良は男を見据える。

 「もう此方にはお金などありません。あとは見ての通りのゴミばかり。どうぞ後は捨てて行って下さい」

声を掛けられた男は目を細めて曽良を見つめる。汚く唾を吐きだしてその横を通り過ぎて他の男達の所へと歩きはじめる。

その時だった。

 「こっちが気持ちよく金奪ってんのに、その態度は気に入らねぇんだよ!」

急に振り向いた男が叫ぶのと同時に刀が閃く。

視線を外していた曽良の反応が一瞬遅れ、その視界に刀が己に向かう様子が映る。

 「曽良君!!」

刀が曽良にぶつかるその瞬間。

曽良の耳に聞こえた芭蕉の声と、突き飛ばされた感覚。

視界がぐるりと周る。視界に緑しか映らなくなり、傍らの木を掴み体勢を整える。慌てて振り返った曽良の瞳に映ったもの。

 

曽良の喉の奥がひりつき、息が止まった。

 

芭蕉の背から尖ったモノが伸びていた。

 

――男の刀が芭蕉を貫いていた。

 

 「芭蕉さん!」

 「うわぁあああ!?

 

曽良が悲鳴に近い声を上げたのと同時だった。芭蕉ではなく、刺した方の男から叫び声が漏れた。

その時、曽良は目の前で起きた現象に叫んだ口を開いたまま、ただ目を見開き、思わず体を固くした。

 

刺された芭蕉の体を貫いた刀。

その背から現れたのは黄の色。

一瞬の内に黄の菊の花が大振りの花を咲かせ、刀に貫かれた背から次々に蕾を生んで花を生む。その隙間から次に青、紫、赤の朝顔が生まれ咲く。

 

 「化け物!!」

 

男が震える声で叫び刀を勢いよく引き抜いた瞬間、その刀の先から生まれたのは薄紅色。まるで刀が枝のように刀から蕾が生まれて桜が満開に咲き乱れる。

 

 「うわぁあああ!!」

 

その光景に芭蕉を貫いた刀を持っていた男は刀を投げ捨て、他の男達も一目散に山の外へと駆けて行った。

 

 「芭蕉さん!!」

 

視界の端でぐらついた体に我に返った曽良は再度叫び芭蕉に駆け寄る。曽良がその体に触れた瞬間、芭蕉の体から誇るように咲いていた花が更に膨れ上がり。

 

ふ   わ

 

吹くはずのない風が芭蕉から舞い上がった瞬間、色とりどりの花が一斉に舞い散った。

芭蕉を抱きとめた曽良はその花弁に包まれ思わず顔を上げる。

くるりくるり、舞うように吹き上がった風に花弁が舞い上がり、また地へと向かう。

 

 「これは……」

 「そ、らくん」

 「!」

 

腕の中で聞こえた声に慌て曽良が下を向くと、薄らと目を開けた芭蕉と目が合う。

 「芭蕉さん、怪我が!」

 「だい、じょうぶ」

 「そんなわけ」

 「へい、きなんだ」

掠れた声で言う芭蕉を無視して支えている腕を持ち上げて芭蕉の背を見た曽良は、そこで動きを止める。

背中からまた、一輪。菊が生まれ、そして散った。

首を振ってとりあえずその背に触れるが、血は付かない。着物は破けているのに、そこから流れる血は無い。

前を見るが同じように着物は破けているのに血が出ていない。

いや、血の代わりに。

多くの色の、淡い色彩の花弁が芭蕉を覆っている。

 「みられ、ちゃったね……」

茫然と見ていた曽良を見て、芭蕉は弱々しく笑う。

曽良はただ芭蕉を見つめる。

 「私ね、病気なんだって」

 「病気……?」

 「死ねない、病気」

 「え」

言われた言葉に曽良の目が見開かれる。芭蕉はその姿を見ずに己の周りに散った花弁に目を向ける。

 「お医者様でも治せないんだって」

口調の落ち着いてきた芭蕉は淡々と言葉を続けた。

 「切り口や病気から花が生まれて、そして、それで治っちゃうんだって」

 「そんな……」

そんな事があるわけないと、曽良は反論しようとして口を噤んだ。

正にいま、その現象が自分の前で起こっていた。

芭蕉を貫いた刀の傷はなくなり、その代わりに生まれた沢山の花が自分達の周りに散っている。

 「本当、なんだよね」

 「――何故!それを僕に言わないんですか!」

曽良の叫び声に芭蕉がゆっくりと視線を曽良に向ける。曽良の表情は怒りなのか、悲しみなのか、読み取れない表情で芭蕉を見つめている。

 「……気持ち悪いでしょ?」

 「気持ち悪いなんて、あるか!」

芭蕉の言葉に、いつもの曽良とは思えない叫ぶような声が漏れた。

 「……強いなぁ、曽良君は」

芭蕉は身じろいで己の着物の前の合わせに手を入れる。

やがてそこから出てきたのは筒に入った短刀だった。

 「あのね、唯一治せる方法があるんだ」

 「……え?」

 芭蕉は、その短刀を曽良に差し出す。

 「私がこの旅で。曽良君の思う最高の句を詠めたら。この刀で私の心臓を刺して」

 「なっ!?」

腕の中で刀を差し出したその姿は先ほどまで刺された人物と思えない程、力強く曽良を見つめていた。

 「貴方、今死ねないと」

 「うん、普通には、死ねない。でも、曽良君ならそれが出来る」

曽良は動けない。何事でもないように喋るその姿をただ見つめる。

 「衰えて何もできない体になって、句も詠めずに死ねないなんて、私は耐えられない。だから。

  最高の句ができたって。曽良君が思ったら、どうか、私のこの病を治して」

 「……それは、つまり、治した途端に、芭蕉さんは」

 「うん、お別れ」

 「――そんな事!」

 「君しか、頼めないんだ」

短刀を持っていない手がゆっくりと伸び、曽良の頬に触れた。

 「曽良君、私はそれが望みなんだ」

泣きそうな瞳で芭蕉は笑った。

その瞳の悲壮感に反して、笑顔はまるで。

花が咲いたかのような華やかな笑顔で、芭蕉は曽良を見つめた。

 

 

 

 

 

――――花咲病。

 治す手は、ただ一つ。

 想いを寄せる人物に、心の臓を刺される事。


Z




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【曽芭】花に病み 君を想う
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「もう!!曽良君の鬼!!鬼弟子唐変木のこんちきちん!!」

 

道の往来でまるで子供のように叫ぶ年配の男に、ざわりと囁き声が広がり視線が集まった。視線を向けた人々は、その男の前に立っている人物にも視線を向ける。

端正な顔をした騒ぐ男性とは対照的なその男は、表情から何の感情も読み取れない。

 

 「こんちきちんなどと言う言葉はこの世にありませんし、造語としても聞くに絶えない言葉ですね」

 「そこじゃないでしょ、そこじゃ!!謝って!マ―フィ―君に謝って!!」

 

人々は突然出て来た奇怪な名前に首を傾げる。

その場に居るのは男二人のみ。もう一人は見当たらない。

 

 「ほら!私にツッコミ入れるのにマ―フィ―君を使うから!

こんなにボロボロになって……ごめんねマ―フィ―君……」

 

泣き暮れる男が頬を摺り寄せる物に思わず視線が集まり、次の瞬間思わず往来の人々は片手を横に突き出して無言のツッコミをする。

マーフィーって人形かよ!!と声無き声が一斉に聞こえた気がした次の瞬間、泣いていた男は更に大泣きしながら往来を駆け出した。

 

 「曽良君にだって大事にしてるのあるでしょ!鬼弟子だから無いの!?

もう、謝るまでマ―フィ―君と逃避行してやるんだから!!」

 

捨て台詞を残して走り去ったその薄い背中を呆然と見送る人々の後ろで、端正な顔の男は深々とため息をついた。

そして首を何度か回すと、もうため息を一つ零し。次の瞬間、隼のような速度で走り出した男の姿を、また人々は呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「全く、どこまで走る気ですか……」

 

ぴったりと前を走る姿と一定の距離を保ちながら端正な顔で曽良は低く呟く。

やがて、道を逸れた前の姿。幾ら走っても表情を変えなかった顔の眉間が微かに動く。

 「芭蕉さん!どこまで行く気ですか!」

 「曽良君が追いかけて来るからでしょ、バ―カバ―カバカ弟子!」

捨て台詞宜しく叫んだのは、年配とは思えないテンションで前を走る芭蕉。そのまま道を逸れた芭蕉の足は山へと向かう。

それを見て曽良は舌打ちをすると一気に足を早める。

山の上は傾いた緋色に群青の闇が近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「この耄碌ジジイ!!」

 「ひいっ!?え、いつの間に――」

 

山道のデットヒ―トはすぐに終わりを迎えた。

 

余りに近くに聞こえた曽良の声に思わず芭蕉が振り向いた瞬間。

 !?!?

曽良の手は芭蕉の襟首を掴み、引き寄せたと思えばもう片手が胸元を掴み。

次の瞬間、初老に入ろうかという体は空中に浮かんでいた。

それは見事な背負い投げだった。

 「いったあ!!」

投げ飛ばされた芭蕉は草の生い茂る木の根元に飛ばされ、痛さに転げ回る。その動きを止めたのは足に掛かった重さだった。

目を開けた芭蕉が見たのは暗がりのせいか表情が全く見えない弟子の姿。その足が芭蕉の足首を踏んでいる。

 「――って、痛い痛い!ギブ!ギブ!!」

 「往来で一騒動起こしただけに留まらず、予定を放り投げてこんな山に来た阿呆が僕に言う言葉はそれですか……?」

 「ごめんなさい、ごめんなさい曽良君!!曽良様!!」

上半身を盛大に暴れさせながら叫んだ言葉に曽良はため息をつくと足をどけた。

芭蕉は草むらから体を上げると踏まれていた足を両手でこれ見よがしに摩る。その行動に曽良の口から呆れたようなため息が漏れれば、芭蕉は口を尖らせた。

 「酷いよ、これじゃ私、山道降りれない!」

そう言うと曽良は無言でしゃがみ込んで芭蕉に背を向ける。その姿に芭蕉は目を瞬かせると、背を向けた人物から声が漏れた。

 「歩けない程痛く無いはずのその足、本当に足を折られるのと、私の背中に乗るのどちらか選んで下さい」

 「……え?」

 「十、九、八」

 「え。え!?

 「七、六、五」

 「の、乗ります!乗らせて頂きます!!」

草を分ける音と共に曽良の背中に、そう重くない体が乗り上がった。両腕をその足下に潜らせると、曽良は無言で立ち上がる。

 「ね、ねえこれどういう風の吹き回し!?

 「夜になる前にさっさと町へ戻りたいだけです。ふらふら真っ直ぐ歩けもしないのを蹴り飛ばして追い立てるよりは数倍楽ですから」

 「なんか怖い言葉が聞こえた気がするけど、私疲れてるんだよねきっと……」

微かに震える芭蕉の手を肩越しに感じた曽良は少し首を傾げ視界の端に芭蕉を捉える。

 「馬鹿な事を言う暇があるのなら、周りを顧みない行動を謹んで下さい」

それだけ言うと、芭蕉の重さなど気にならないように軽い足取りで山道を降り始めた。

それに驚いたのか芭蕉の両腕が強く曽良に抱きつく。

 「ちょ、ちょっと曽良君早い!!」

 「さっさと降りないと時間がありません」

「え、時間って?」

「もうすぐ、日が完全に落ちてしまいます」

それだけ言ってまた速度を上げた曽良に、芭蕉は無言で抱きついて居る腕に力を込めた。

 

 

 

やがて、もう少しで山から出る所まで来た所だった。

 

走る音とは別の音が、左から曽良の耳に入る。小さく舌打ちをし、走る速度を上げた瞬間、飛び出して来た姿に思わず足を止められる。

一瞬の内に、曽良と芭蕉は柄の悪い、刃こぼれを起こした刀をぶら下げた男達に囲まれていた。

 「そ、そらく」

 「貴方は黙っていて下さい」

言葉を遮られた芭蕉だったが、曽良の緊張した声にそのまま口を噤む。

その間にも男達は育ちの悪そうな笑みを浮かべ、周りをゆっくりと歩く。

 「見た所大したモンもってなさそうだな。なんだ、生活に困ってジジイを山に捨てに来たのか?」

 「そりゃあ良い、仕事のできねえジジイは何の役にもたたねえ!」

掛けられる言葉に曽良は反応を見せず、ただ男達の後ろに見える山の切れ目に視線を送る。その視線に気がついたか、一人がその正面に立ち刀を曽良に向けた。背中でひゅ、と息を飲む声が曽良の耳に届く。

 「なあに、俺達は金目のモンが欲しいだけだ。お前ら切っても金にならん」

刀が曽良の視線から外れ、その斜め上に向かう。曽良の首に掛かっていた細腕が震えている。

 「そんな爺を抱えて逃げられないのは分かってんだろ?」

その言葉を聞き、曽良の腕がゆっくりと降ろされ、芭蕉は背から離れ身じろいだ。

曽良は男達を見ながら、無言で胸元の鞄から財布を取り出す。

 「地面に置くんだ」

言われた言葉に口の中で舌打ちをしながら、ゆっくりと地に置く。数歩、後ろに下がる。

 「うわっ!?

急に聞こえた叫び声に曽良が振り返ると、芭蕉に向けて後ろの男が刀を向けていた。

 「貴様!」

 「おっと動くなよお?欲しいのは金だ、それだけえ。このジジイの金も出しな!」

 「で、でもそしたら私達……!」

 「良いでしょう」

 「そ、そら」

曽良の首が左右に振られる。抵抗するなと意思表示だ。

芭蕉は目を閉じると抱えていた鞄を震える手で開いた。震えるせいかもたつく。

 「イライラすんなぁ、おらよ!」

 「あっ!」

男の手に掴まれた鞄は放り投げられると地面に叩き落とされた。衝撃で中身が飛び散るが男はすぐに財布だけ取り上げると素早く懐に入れる。

 「けっ、重さも大したことねぇな。本当にほとんど金持ってねぇ」

その男は苦々しくそれだけ言うと足元に散らばった荷物を蹴り飛ばす。刀から逃れられた芭蕉がふらつけば曽良の片手がその体を支える。

 「ゴミばっか持ってやがってなんだこりゃ」

暴言を吐き続ける男の目が芭蕉の大事にしているクマの人形に目が止まった。曽良の支えている細身の体がびく、と一瞬震える。

 「ジジイが気持ちわりぃな人形遊びかよ!」

人形に向かって刀が振り上げられた瞬間、曽良が掴んでいた芭蕉の体が飛び出しそうになる。それに気が付いた曽良は掴んでいた手を勢いよく後ろに引いた。

引かれた芭蕉はそのまま後ろに転げ、その反動で飛び出した曽良が前方の男に勢いよくぶつかる。

突然の事によろめいた男は、自らにぶつかってきたのを睨み付け刀を向ける。それに怯むことなく体勢を整えた曽良は男を見据える。

 「もう此方にはお金などありません。あとは見ての通りのゴミばかり。どうぞ後は捨てて行って下さい」

声を掛けられた男は目を細めて曽良を見つめる。汚く唾を吐きだしてその横を通り過ぎて他の男達の所へと歩きはじめる。

その時だった。

 「こっちが気持ちよく金奪ってんのに、その態度は気に入らねぇんだよ!」

急に振り向いた男が叫ぶのと同時に刀が閃く。

視線を外していた曽良の反応が一瞬遅れ、その視界に刀が己に向かう様子が映る。

 「曽良君!!」

刀が曽良にぶつかるその瞬間。

曽良の耳に聞こえた芭蕉の声と、突き飛ばされた感覚。

視界がぐるりと周る。視界に緑しか映らなくなり、傍らの木を掴み体勢を整える。慌てて振り返った曽良の瞳に映ったもの。

 

曽良の喉の奥がひりつき、息が止まった。

 

芭蕉の背から尖ったモノが伸びていた。

 

――男の刀が芭蕉を貫いていた。

 

 「芭蕉さん!」

 「うわぁあああ!?

 

曽良が悲鳴に近い声を上げたのと同時だった。芭蕉ではなく、刺した方の男から叫び声が漏れた。

その時、曽良は目の前で起きた現象に叫んだ口を開いたまま、ただ目を見開き、思わず体を固くした。

 

刺された芭蕉の体を貫いた刀。

その背から現れたのは黄の色。

一瞬の内に黄の菊の花が大振りの花を咲かせ、刀に貫かれた背から次々に蕾を生んで花を生む。その隙間から次に青、紫、赤の朝顔が生まれ咲く。

 

 「化け物!!」

 

男が震える声で叫び刀を勢いよく引き抜いた瞬間、その刀の先から生まれたのは薄紅色。まるで刀が枝のように刀から蕾が生まれて桜が満開に咲き乱れる。

 

 「うわぁあああ!!」

 

その光景に芭蕉を貫いた刀を持っていた男は刀を投げ捨て、他の男達も一目散に山の外へと駆けて行った。

 

 「芭蕉さん!!」

 

視界の端でぐらついた体に我に返った曽良は再度叫び芭蕉に駆け寄る。曽良がその体に触れた瞬間、芭蕉の体から誇るように咲いていた花が更に膨れ上がり。

 

ふ   わ

 

吹くはずのない風が芭蕉から舞い上がった瞬間、色とりどりの花が一斉に舞い散った。

芭蕉を抱きとめた曽良はその花弁に包まれ思わず顔を上げる。

くるりくるり、舞うように吹き上がった風に花弁が舞い上がり、また地へと向かう。

 

 「これは……」

 「そ、らくん」

 「!」

 

腕の中で聞こえた声に慌て曽良が下を向くと、薄らと目を開けた芭蕉と目が合う。

 「芭蕉さん、怪我が!」

 「だい、じょうぶ」

 「そんなわけ」

 「へい、きなんだ」

掠れた声で言う芭蕉を無視して支えている腕を持ち上げて芭蕉の背を見た曽良は、そこで動きを止める。

背中からまた、一輪。菊が生まれ、そして散った。

首を振ってとりあえずその背に触れるが、血は付かない。着物は破けているのに、そこから流れる血は無い。

前を見るが同じように着物は破けているのに血が出ていない。

いや、血の代わりに。

多くの色の、淡い色彩の花弁が芭蕉を覆っている。

 「みられ、ちゃったね……」

茫然と見ていた曽良を見て、芭蕉は弱々しく笑う。

曽良はただ芭蕉を見つめる。

 「私ね、病気なんだって」

 「病気……?」

 「死ねない、病気」

 「え」

言われた言葉に曽良の目が見開かれる。芭蕉はその姿を見ずに己の周りに散った花弁に目を向ける。

 「お医者様でも治せないんだって」

口調の落ち着いてきた芭蕉は淡々と言葉を続けた。

 「切り口や病気から花が生まれて、そして、それで治っちゃうんだって」

 「そんな……」

そんな事があるわけないと、曽良は反論しようとして口を噤んだ。

正にいま、その現象が自分の前で起こっていた。

芭蕉を貫いた刀の傷はなくなり、その代わりに生まれた沢山の花が自分達の周りに散っている。

 「本当、なんだよね」

 「――何故!それを僕に言わないんですか!」

曽良の叫び声に芭蕉がゆっくりと視線を曽良に向ける。曽良の表情は怒りなのか、悲しみなのか、読み取れない表情で芭蕉を見つめている。

 「……気持ち悪いでしょ?」

 「気持ち悪いなんて、あるか!」

芭蕉の言葉に、いつもの曽良とは思えない叫ぶような声が漏れた。

 「……強いなぁ、曽良君は」

芭蕉は身じろいで己の着物の前の合わせに手を入れる。

やがてそこから出てきたのは筒に入った短刀だった。

 「あのね、唯一治せる方法があるんだ」

 「……え?」

 芭蕉は、その短刀を曽良に差し出す。

 「私がこの旅で。曽良君の思う最高の句を詠めたら。この刀で私の心臓を刺して」

 「なっ!?」

腕の中で刀を差し出したその姿は先ほどまで刺された人物と思えない程、力強く曽良を見つめていた。

 「貴方、今死ねないと」

 「うん、普通には、死ねない。でも、曽良君ならそれが出来る」

曽良は動けない。何事でもないように喋るその姿をただ見つめる。

 「衰えて何もできない体になって、句も詠めずに死ねないなんて、私は耐えられない。だから。

  最高の句ができたって。曽良君が思ったら、どうか、私のこの病を治して」

 「……それは、つまり、治した途端に、芭蕉さんは」

 「うん、お別れ」

 「――そんな事!」

 「君しか、頼めないんだ」

短刀を持っていない手がゆっくりと伸び、曽良の頬に触れた。

 「曽良君、私はそれが望みなんだ」

泣きそうな瞳で芭蕉は笑った。

その瞳の悲壮感に反して、笑顔はまるで。

花が咲いたかのような華やかな笑顔で、芭蕉は曽良を見つめた。

 

 

 

 

 

――――花咲病。

 治す手は、ただ一つ。

 想いを寄せる人物に、心の臓を刺される事。


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