投稿日:2018年06月17日 22:22 文字数:9,348
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「赦し」。ポッキーゲームからなだれ込む琵琶主。サイトで連載しているものhttp://5w1h.minibird.jp/2018/05/26/struggle/の続き物です。
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「それじゃあ次が最後のチャンス、ということにしてあげようか。ほら、きたまえ」
「…………」
もしかして、これはいわゆる『ハメられた』という状況なのではなかろうか。小鳥遊和詩は一人、そんな独白を胸中に連ねた。
目の前には学園いちの秀才にして美男子、と謳われた男……琵琶坂永至が完璧な笑顔をたたえてこちらをじっと見つめている。
ああ、そもそもどうしてこんなことになったんだっけ。
目の前に突き付けられたポッキーだかプリッツだかという名前の菓子をぼんやり眺めながら、和詩はゆっくりと回想を始めた。
***
そう、始まりはいつものように二人で対戦ゲームに興じていた光景からだ。
最初は部室で空き時間を利用し行われていたそれは、二人が手を伸ばすゲームの種類が増えるにつれ、様々な場所で行われるようになっていった。今ではゲームセンターや、お互いの自宅で行うことすらもすっかり日常だ。
ここまで二人の距離が縮まったのには、それなりのきっかけがあったように思う。はじめから語るにはもう冗長すぎるが、とにかく琵琶坂は小鳥遊和詩にとって得難い好敵手であった。そして琵琶坂もまた、その立場を居心地のいいものだと思っているらしいことは、想像に難くない。
――――なあ、約束をしないか。
あの日。夕日がまぶしかった部室で。
和詩のなかの『怪物』と二度も対峙し、鍔迫り合い、それでも彼は性懲りもなく二回目のキスをよこして言った。
いつか現実の、あの眠らない街で再会しよう、と。
たったそれだけで心を許したのかといわれれば、そうなるのだろう。
その瞬間、なにか見えない力で吸い寄せられるように彼の手を取ったことを、まだ鮮明に覚えている。
あの胸にあった感情を一言で言い表すなら、「期待」だったのかもしれない。
「そのお菓子、どうしたんだい」
「ああこれ? クレーンゲーで取ってきた」
ぽりぽりと規則的な音を立てて、細長い菓子をかじる。両手はもちろんコントローラーにかかりきりなので、口だけで咀嚼しなくてはいけないのが難点だ。行儀が悪い、と、予想通り過ぎるヤジが飛んできた。
「君は本当にゲームと名がつけばなんでもやるのか。ちなみにおいくらかかったのかな」
「500円」
はあ、と盛大なため息が聞こえた。残念ながら画面に集中しているので、琵琶坂がどんな顔をしているかはわからない。
「……それ、普通に店で買ったほうが絶対に安いからね」
「だって500円で6回できる台だったんだもん」
「君のようなお客は、あの店にとって涙がでるほど有難い存在だろうと思うよ」
そこで一度対戦に区切りがつき、和詩は猫のようにしなやかな伸びをした。ついでにほおばっていた菓子も食べ終えたので、和詩はまた次の一本を箱から取り出して口に突っ込む。
「先輩も食べる? 奢りにしといてあげるから」
にやりと笑って、まるで煙草でも勧めるようにお菓子の箱を差し出す。琵琶坂はそれを一瞥して、なぜか同じように人の悪い笑みでもって返した。
「……ああ。じゃあ一本もらおうかな」
しかし、その手は言葉とは裏腹に箱をすり抜け、なぜか和詩の肩をがっしりとつかむ。
「は?」と脳内で間抜けな声を上げた頃には、もう琵琶坂のその端正な顔が目の前まで迫っていた。
ぱく。と、コミカルな効果音でも聞こえてきそうなほどあっさりと、当たり前のように。
琵琶坂の形のいい唇は箱の中の菓子ではなく、和詩の口にあるそれに食いついていた。
「!?」
ぎょっとするが、なぜかそこで口を放すという選択肢は浮かばなかった。人間、パニックになった時ほど正常な判断ができなくなるものである。
この状況は、もしや、あれなのではないだろうか。和詩の頭の中はそんな言葉でいっぱいだった。
(ポッキーゲーム? そういや確かにこれも立派なゲームだな……ってそうじゃねーよ俺! 呑気か! 悠長か!)
そんな漫才を脳内で繰り広げている間にも、琵琶坂の口の中でくぐもった音がして、ゆっくりと、だが確実に距離が縮まっていく。
どきん、と心臓が跳ね、目が離せなくなる。相手は明らかにこの状況と和詩の反応を楽しんでいるふうだ。
もうそろそろ互いの息がかかろうという近さ……いや、それもあっさり踏み越えて、唇が触れ合うか否かというところまで来ている。
(ていうか、これは、もう、触れ――――)
ぱき、と。軽い衝撃があって、二人を繋いでいた脆い菓子は唐突に砕けた。
妙に短くなったそれをお互いにくわまえたかっこうのまま、たっぷりと数秒の空白が落ちる。口の中には香ばしい香りと味が広がり、やがて消えていった。
「…………」
そこで、笑えればよかった。『いきなりなにするんだ』と大声をあげて、彼を押しのけて、また何事もなかったみたいにゲームでも再開すれば。
けれど、そうはならなかった。
やがてなんのことわりもなく、琵琶坂の唇が和詩のそれに重ねられる軌道で、再び距離を縮めはじめる。
1度目のときとも、2度目の時とも違うシチュエーション。まるで『今度は逃げる時間があるぞ』とこちらを試しているような。
(どうして)
どうしてこのひとはこんなことをする。そしてどうして、俺は逃げない。
そんな疑問ばかりが頭の中でぐるぐると回り続け、比例して心臓の鼓動が早く大きくなっていく。
触れ合う寸前、やはりためらうような空白があったにもかかわらず、それでも最後まで和詩が逃げることはなかった。時間切れが訪れた瞬間、琵琶坂が勝ち誇るように笑った気がした。
「んっ……」
優しく触れ合ったのはほんの一瞬だけだ。すぐに舌が差し入れられ、急くように和詩の唇を割って口内に侵入してくる。
それと同時に琵琶坂の腕が音もなく伸び、半ば耳をふさぐように頭を抱えられた。
くちゅ、と、頭蓋骨の中でくぐもった水音が反響する。ぞくぞくと背筋に寒気のようななにかが這い登る。
「んぅ、んんん……っ」
予想通りの反応だったのか、くつくつと喉の奥で含み笑いして琵琶坂はそのまま和詩を押し倒した。
長い舌は容赦なく口内を蹂躙し、やわらかいところ、敏感なところを優先してむさぼっていく。かちゃ、と金属音がするのは、歯列をなぞった時ピアスが当たるからだ。
(ほんと、これ、なんなんだ……)
リフレインする淫猥な水音に鼓膜を揺さぶられながら、和詩は自問した。
前にも思った。このひとのキスは、和詩と和詩がむかし断ち切ったはずのあの『怪物』を繋げてしまう。まるで落としたはずの電源を付けるように。断線したコードを繋ぐように。
びり、と頭の後ろを辺りを走るそれは間違いなく快感だった。それを認めたくなかった。
「っは……! はぁ……もう、いい、やめてくれ……っ」
とん、と軽く肩をたたくと、意外にもあっさり口づけは終わった。糸を引く唾液をなめとり、琵琶坂は無表情でこちらを見つめていた。
「あんたとこれをすると、俺が俺でなくなりそうだ……だから、もう、」
声が上ずっているのは、体が震えているからだ。和詩とのつながりを得た怪物が、狂喜しているように思えて恐ろしかった。
だがそれを呼び覚ました男は罪悪感どころか戸惑いすら感じさせない様子で言う。
「違うだろう。キミはキミでなくなるんじゃない。『ほんとうのキミに戻る』だけさ」
はっとして顔を上げると、ちょうど琵琶坂の指がおとがいにかかっていた。下を向いて視線を逸らせないようにされたせいで、その人間離れした瞳が嫌というほど目に入った。
蛇を思わせる、人ならざるモノの目。
それを今まで、意図せず長く見ないようにしていたことに気づく。長く目を合わせ続けたら、飲み込まれ、吸い込まれそうだった。
「僕はそれが見てみたい。キス程度でそんな風になるなら、このまま最後までいけば化けの皮がはがれて、本当のキミが見られるようになるのかい」
その笑みはいっそ美しいと呼べるほどに醜悪だった。
ニンゲンが狩りをする狼の残酷さに魅了されるように、和詩もまたその表情に魅入られていた。
この化け物はきっと、和詩が必死になって作り上げてきた人間の皮を食い破り、中にいる怪物を引きずり出してしまうだろう。
それだけはいけないとわかっていた。わかっていたはずなのに、どうしても動けないのはなぜだ。
「前にも言ったが、僕は簡単に殺されたりしない。だってきっと僕も怪物だからね」
殺せるものなら殺してみるがいい、と、もう一人の怪物はどこまでも傲慢に吠えてみせる。
そうだ、この表情だ。ずくりと胸の奥がざわめく。
和詩が抵抗できないのは、この表情と、この傲慢さにどうしようもなく『期待』したからだった。
彼ならもしかすると、小鳥遊和詩という名の、このどうしようもない怪物を抑え込んでくれるのではないか。飼いならしてくれるのではないか。
そして、殺してくれるのではないか、と。
唐突に、部室の風景が脳裏によぎった。和詩と琵琶坂。いつもゲームをするときに座る、二人の指定席。
今は琵琶坂が座っているあの席に、むかし座っていた相手のシルエットが重なる。
和詩が最初にその『期待』を賭けた相手はもういない。彼は手の届かない場所にいってしまった。和詩がその人生を手折ったに等しかった。
もしこの選択を誤れば、また同じことが起こるのだろう。空っぽな椅子を前に、心の半分を喪ったようなあの凄絶な痛みを抱えて生きていかなくてはいけなくなるのだろう。
きっと、今度は二人分。それでも。
「約束、破るなよ」
警告を発して、できるだけ剣呑な表情を作り言い放った。琵琶坂はそれに満足したようにまた口の端を醜悪にゆがめると、返事の代わりにもう一度、和詩の唇に食らいついた。
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二度目以降のキスは、されるたびに最初のそれが控えめだったことを思い知らされた。触れていないところを執拗に、呼吸ごと奪うようなその口づけは、何度でも和詩の思考をとろけさせてゆく。
あれから何度か体の奥を穿たれ、無力感と、被支配感と、あふれるほどの快楽を注ぎ込まれた。もう和詩の身体は全くいうことを聞かなくなっているのだが、一方の琵琶坂はまだまだ続けるつもりらしい。
「ん、ぅう…ふぁ……っ」
普段は聞くことがない嬌声というものを楽しむように、その手は音もなく絡みついて組み敷いた少年の身体に触れる。
ただ、それは愛撫というには少し違う気がした。まるで麻酔が効いて危険がなくなった猛獣の生態を確かめるような、無遠慮で好奇心に満ちた表情と、すこし乱暴な触り方。
けれどそれが逆に今の和詩にとってただただ気楽で、余計な思考をすべて攫っていってくれるような気すらした。
「っあ! あ、あぁ、ぅあ、ひ……っ」
胸の突起を食まれ、弛緩していた身体がびくりと跳ねる。強く噛まれる痛みと、そのあと舌で転がされる快感とが交互に襲い掛かり、自分がいま苛まれているのか、それとも善がっているのかすらわからなくなる。
ひとしきり反応を楽しんだ後、琵琶坂はゆっくりと上体を起こしてもう何度目にもなるあの邪悪な笑みをたたえた。きっと、和詩の体中についた噛み痕を眺めているのだろうと思った。
抱かれている、というより、喰われているというほうが今の状況を言い表すには正確だった。
なんとなくわかる。きっとこれは琵琶坂にとって生殖行動というより捕食行動に近いのだろう。
「痛ッ」
そしてまた首筋に歯が立てられた。
最初は焦点を絞るように歯を当てるだけ。けれどいい具合の場所を見つけるとぎり、と深く食い込んでくる。その痛みと、後をひく倦怠感とが、まるで毒でも流し込まれているのではないかという錯覚を呼び起こした。
きっとそうだ。毒か、それよりもっとまずいものを流し込まれているに違いない。でなければこの行為にこんなにも興奮してしまう理由がない。
「動物は死に直面したとき少しでも恐怖を和らげるため、痛覚を快楽と勘違いするよう脳がプログラムされているらしいね」
和詩の戸惑いを察したのか、平坦な口調で琵琶坂が言った。
「ま、それでもキミのその反応がマゾヒスト的なことに代わりはないが」
くすくすと今度は無邪気そうに笑って、さっき噛みついたばかりの場所を撫でられる。空気に触れると、焼けるようにひりつくのがわかってなんとも言えない気分だ。そんな感覚が今や体中に広がっていた。
琵琶坂の抱き方は執拗そのものだった。ゆっくりと、だが確実に触れていない場所を潰していくようにその食指を伸ばしていく。焼けるような痛みと快楽を振りまき、それが薄れるころにまた思い出したように苛まれる。毒が回るようだという表現も、あながち的外れではないのかもしれなかった。そうしてじわじわと抵抗が無駄だと教え込まれれていくのだ。
琵琶坂が一度欲を吐き出して満足するような男なら、きっとその場だけの拒絶や遮断という手段で対抗できた。だがこうも緩慢で、いつまでも終わらない責め苦を味わわされると、どうしても身体はそれに慣れ、順応しようとしてしまう。反抗するより、受け入れてしまったほうが楽だと切り替えてしまうのだ。
実際、和詩の反抗心など、もう本当に心の中にしか残っていなかった。
「……いい目だ」
ふと、頭の上からうっとりとした声が降ってくる。
「どんな、目、してるんだ……俺……」
思考に靄がかかり、琵琶坂の触れる場所だけがそのときだけ敏感に反応する不思議な感覚。これを酩酊感と呼ぶのだろうか。現実にいたとき酒に酔ったことはあったはずだが、今のそれは昔味わったそれとは少し違うもののような気がした。
ヒトの皮をはがれ、ゆっくりと本性を暴かれ、片端から愛撫される。それはきっと、酒に酔うくらいでは味わえない苛烈で過激な体験だろう。
「人を殺しそうな目」
くす、とまた無邪気に笑って、琵琶坂の腰がいきなりすすめられた。
「っあぅっ!?」
ぐちゅ、とつながったところからくぐもった音がして、そのまま悲鳴をかき消すように律動が始まる。
「っ、あ、あっ!? んっ、あぁっ」
自分の嬌声が嫌というほど聞こえる。
もう何度も穿たれたそこは、最初のときの痛みを忘れたようにあっさり琵琶坂のモノを受け入れて、まだ物欲しそうに疼いてすらいた。その反応をみたら、またこの蛇はその笑みを深くするのだろう。
琵琶坂の言葉は嘘ではないだろう。きっと今、和詩の目は人間の目をしていない。それを彼はどうしようもなく愛おしそうに見つめてくる。
思えばずっとそうだった。この男は、和詩がひた隠しにしてきたこの目を見ようとちょっかいをかけ続けてきた。
一体なにが目的なのか。探ろうとしても翻弄されるばかりで、一向に琵琶坂の過去や秘密には光が当たらない。
望めばなんでも手に入るこのメビウスで、彼は和詩にいったい何を望んでいるのか。こんな、人の皮を被った化け物に。
「ぅ、俺に……っ」
「ん?」
酸素を求めて荒い呼吸を繰り返しながら、なんとか言葉を発した。がくがくと揺さぶられ、快楽と疲労との両方に苛まれながらでは、たったそれだけのことすら億劫だった。
「俺に、なにをしてほしいんだ、アンタ……、っは、あ……っ!」
一番奥に何度も何度も打ち付けられていたモノが質量を増した気がした。ナカを抉りながら、執拗に、快楽を押し付けるように和詩の中で暴れ続けている。
もうあきらめてしまいたい。なにも考えず、このきもちいい行為にすべてを預けてしまいたい。
それでも、和詩の中にのこった人間の部分とでも呼ぶべきものが、まだ何かをうるさく叫んでいた。
「最初に言ったはずだが」
「ひっ……が…!」
激しくなっていく快楽から逃げようと身をよじると、腰をつかまれ、一番弱い場所が穿たれるように固定されてしまう。そのまま、また深く深く何度も貫かれ続ける。
それはまるで、なにも考えたくない、このまま快楽に流されてしまいたいと叫ぶほうの和詩の願いを叶えようとでもいうようだった。
「見せてもらいたいだけだよ。キミ自身が怪物と呼ぶ、ほんとうのキミを。だって僕にとっては、そちらキミのほうが普段のキミよりずっと面白い」
とん、と一番奥までまた貫いて、こちらに見せつけるように動きを止める。
「あ、あ……!」
なにをされるか察して、また本能的にもがいた。だが体力を使い果たすまで食い尽くされた身体はろくに言うことを聞かず、それどころか覚えこまされた快楽を貪ろうとすらしているように感じた。
「いい加減、理解しろよ。頭が悪いな」
押し殺すような声だったのは、達する寸前の衝動を抑えていたからなのか。それともほかに理由があったのだろうか。
返事をする前に、びゅく、と体内に熱いものが吐き出され、流れ込んでいくのがわかった。何度も何度も、いやというほど吐き出されていくそれを追うように、止まった動きが再開される。
「ッあ、あっ、やめ、あっ、うあぁっ……!」
中に出されただけでも十分なのに、さらにそれが奥へ奥へと押しやられる感覚。
それは脳が焼き切れるかと思うくらい激しく、こわくて、みじめで、絶望的なはずだった。そのはずだ。
「……なん、で」
なのにどうして、こんなにも心地いい。
急に虚脱感が全身に広がり、こわばっていた四肢から力が抜ける。ようやく観念したと思ったのか、先ほどよりは抱きしめる力が気づかわし気になったように感じた。
――――人を殺しそうな目。
(そうだよ、俺は……人を殺しかけた。そんな本性、絶対に誰にもみせられないじゃないか。愛されるはずないじゃないか)
じわ、と涙があふれた。痛みからくる生理的なものではない。過去の憧憬からくる、くだらなくて、つまらなすぎる涙だった。
それでも和詩は変わることができなかった。自分の中の怪物を殺すこともできず、自分ごと消すこともできず、現実でただのうのうと生き続けた。
だからひとりぼっちでもいい。もう誰も自分の目の前になんて座ってくれなくてもいい。そんな贅沢は言わない。だからせめて穏やかに生きていける場所が欲しい。そう願ってメビウスに堕ちた。
用意されていたのは数えきれないほどのゲーム盤と、空席の対戦相手。苦笑いを浮かべたのが、まだほんの昨日のことのように思い出せた。
もうどうでもいい。だってもう十分じゃないか。もう疲れた。
二度、本性を垣間見せた。でも彼は逃げなかった。それどころかあの空席を奪おうとでもいうように傲慢に座って見せ、あまつさえこんな場所まで踏み込んできたじゃないか。
――――僕は簡単に殺されたりしない。
そのときふと、琵琶坂の言葉を思い出した。
(ああ、嘘だろ)
ぱちり、ぱちりとパズルのピースがはまるように思考が答えを導き出す。
いつの間にか、ずっと空席だった席には彼が座っていた。過去の盤面ばかり描いていたゲーム盤には、新しい局面がいくつも生まれていった。
楽しかった。うれしかった。また強い相手と戦えることが。先の読めない戦いができることが。
小鳥遊和詩にとってゲームが世界と人生のすべてだ。それ以外のことなど見たくないし、関係なかった。強い相手がいるなら海すら超え、相手がどんな凶悪な前科を持った人間であったとしても、彼は狂気すら孕んだ目を輝かせ、対戦に明け暮れるような少年だった。
そしてこのメビウスで出会ったのが、琵琶坂永至という最高の好敵手。
そのひとは、怪物の自分をこそ見たいと言ってくれた。
その殺意を肯定してやると言ってくれた。
そして、たとえ和詩がその牙をむいたところで、簡単には殺されたりしないと言ってくれたのだ。
「せ、ん、ぱい……」
呼吸を整えて、なんとか彼を呼んだ。さすがに達した後は余裕がないのか、その表情は不機嫌にも見える仏頂面だ。それがなんだか人間らしくてほっとした。
今ならわかる。運命というものがもしこの世に存在するのなら、間違いなくこれがそうだと言える。
それを伝えたら、きっと琵琶坂は鼻で笑うだろう。でもそれでいい。彼がどんなつもりでも構わない。
今、間違いなく和詩は救われたのだから。
そう思った瞬間、最後の楔が音を立ててはじけ飛んだ気がした。
ぐい、と、琵琶坂の首に手をかけて、できるだけ力を込めて頭を下げるよう促す。その形のいい耳に、とっておきの秘密をささやくようにつぶやいた。
「……もっと、やって……めちゃくちゃに、してくれ……っ」
無意識の、とぎれとぎれになったその言葉でもなんとか届いたらしい。一瞬だけ間があった後、琵琶坂の顔に凄絶な笑みがゆっくりと広がっていった。
ようやく腹を見せ服従の意を示したその怪物を前に舌なめずりでもしていそうな、それはあまりに饒舌な表情だった。
「ああ」
だが言葉の上ではほとんどを語らず、彼はそのまま急くようにもう一度、和詩の首筋に歯を立てた。
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「結局、琵琶坂先輩はどこまで察しがついてるわけ?」
薄暗くなった部屋の中で、まだ疲労のにじむ声が琵琶坂を呼ぶ。いてて、と時折悲鳴が上がるのは、噛み跡を冷やしたときに痛みが走るからだろう。それがおかしくて、また口が笑みの形に歪んだ。
「君の過去かい? そんなの僕が知るわけないだろ」
放り出していたゲーム機をぞんざいに放り投げて片す。「丁寧に扱えー」とヤジが飛ぶが、そんな命令を聞く筋合いなどないのでスルー一択だ。
「でもアンタ、ラスベガスのこととかも知ってたじゃん。今度は俺にもっと賭けるーとか……もしかして俺ら、会ったことある?」
「ピイピイ煩いな」
そういうと、琵琶坂は不機嫌そうに眉をひそめて、和詩が持ってきていたあの箱から一本また菓子を取り出した。
「そんなに知りたければ、実力で聞き出してみればいいだろう。ほら」
ゆらゆらとそれを目の前で弄び、何をすればいいか暗に教えてやる。よく見れば、箱の中身はこれが最後の一本のようだった。
「は?」
またあの間抜けな声がして、明らかに和詩の顔が引きつった。
「それじゃあこれが最後のチャンス、ということにしてあげようか。ほら、きたまえ」
「…………!」
不敵に笑い、菓子を口に放り込む。
目の前で顔を真っ赤にして口に手を当てている少年は、もうすっかり人間の目に戻っていた。
けれど確かに覚えている。あの怪物の目を今日、ようやく目に焼き付けられるほどに長く堪能した。眼福という言葉はこういうとき使うのだろう。
今はまだニンゲンの掟に囚われているその目を、これからじわじわと塗り替えていこう。
あやすように、諭すように、自分がそれらと相いれないものだということを教えてやろう。
そんな昏い想像に、琵琶坂は静かに心を躍らせていた。
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琵琶坂永至 主人公(Caligula) 琵琶主 Caligula R18「赦し」。ポッキーゲームからなだれ込む琵琶主。サイトで連載しているものhttp://5w1h.minibird.jp/2018/05/26/struggle/の続き物です。
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目の前には学園いちの秀才にして美男子、と謳われた男……琵琶坂永至が完璧な笑顔をたたえてこちらをじっと見つめている。
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そう、始まりはいつものように二人で対戦ゲームに興じていた光景からだ。
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あの日。夕日がまぶしかった部室で。
和詩のなかの『怪物』と二度も対峙し、鍔迫り合い、それでも彼は性懲りもなく二回目のキスをよこして言った。
いつか現実の、あの眠らない街で再会しよう、と。
たったそれだけで心を許したのかといわれれば、そうなるのだろう。
その瞬間、なにか見えない力で吸い寄せられるように彼の手を取ったことを、まだ鮮明に覚えている。
あの胸にあった感情を一言で言い表すなら、「期待」だったのかもしれない。
「そのお菓子、どうしたんだい」
「ああこれ? クレーンゲーで取ってきた」
ぽりぽりと規則的な音を立てて、細長い菓子をかじる。両手はもちろんコントローラーにかかりきりなので、口だけで咀嚼しなくてはいけないのが難点だ。行儀が悪い、と、予想通り過ぎるヤジが飛んできた。
「君は本当にゲームと名がつけばなんでもやるのか。ちなみにおいくらかかったのかな」
「500円」
はあ、と盛大なため息が聞こえた。残念ながら画面に集中しているので、琵琶坂がどんな顔をしているかはわからない。
「……それ、普通に店で買ったほうが絶対に安いからね」
「だって500円で6回できる台だったんだもん」
「君のようなお客は、あの店にとって涙がでるほど有難い存在だろうと思うよ」
そこで一度対戦に区切りがつき、和詩は猫のようにしなやかな伸びをした。ついでにほおばっていた菓子も食べ終えたので、和詩はまた次の一本を箱から取り出して口に突っ込む。
「先輩も食べる? 奢りにしといてあげるから」
にやりと笑って、まるで煙草でも勧めるようにお菓子の箱を差し出す。琵琶坂はそれを一瞥して、なぜか同じように人の悪い笑みでもって返した。
「……ああ。じゃあ一本もらおうかな」
しかし、その手は言葉とは裏腹に箱をすり抜け、なぜか和詩の肩をがっしりとつかむ。
「は?」と脳内で間抜けな声を上げた頃には、もう琵琶坂のその端正な顔が目の前まで迫っていた。
ぱく。と、コミカルな効果音でも聞こえてきそうなほどあっさりと、当たり前のように。
琵琶坂の形のいい唇は箱の中の菓子ではなく、和詩の口にあるそれに食いついていた。
「!?」
ぎょっとするが、なぜかそこで口を放すという選択肢は浮かばなかった。人間、パニックになった時ほど正常な判断ができなくなるものである。
この状況は、もしや、あれなのではないだろうか。和詩の頭の中はそんな言葉でいっぱいだった。
(ポッキーゲーム? そういや確かにこれも立派なゲームだな……ってそうじゃねーよ俺! 呑気か! 悠長か!)
そんな漫才を脳内で繰り広げている間にも、琵琶坂の口の中でくぐもった音がして、ゆっくりと、だが確実に距離が縮まっていく。
どきん、と心臓が跳ね、目が離せなくなる。相手は明らかにこの状況と和詩の反応を楽しんでいるふうだ。
もうそろそろ互いの息がかかろうという近さ……いや、それもあっさり踏み越えて、唇が触れ合うか否かというところまで来ている。
(ていうか、これは、もう、触れ――――)
ぱき、と。軽い衝撃があって、二人を繋いでいた脆い菓子は唐突に砕けた。
妙に短くなったそれをお互いにくわまえたかっこうのまま、たっぷりと数秒の空白が落ちる。口の中には香ばしい香りと味が広がり、やがて消えていった。
「…………」
そこで、笑えればよかった。『いきなりなにするんだ』と大声をあげて、彼を押しのけて、また何事もなかったみたいにゲームでも再開すれば。
けれど、そうはならなかった。
やがてなんのことわりもなく、琵琶坂の唇が和詩のそれに重ねられる軌道で、再び距離を縮めはじめる。
1度目のときとも、2度目の時とも違うシチュエーション。まるで『今度は逃げる時間があるぞ』とこちらを試しているような。
(どうして)
どうしてこのひとはこんなことをする。そしてどうして、俺は逃げない。
そんな疑問ばかりが頭の中でぐるぐると回り続け、比例して心臓の鼓動が早く大きくなっていく。
触れ合う寸前、やはりためらうような空白があったにもかかわらず、それでも最後まで和詩が逃げることはなかった。時間切れが訪れた瞬間、琵琶坂が勝ち誇るように笑った気がした。
「んっ……」
優しく触れ合ったのはほんの一瞬だけだ。すぐに舌が差し入れられ、急くように和詩の唇を割って口内に侵入してくる。
それと同時に琵琶坂の腕が音もなく伸び、半ば耳をふさぐように頭を抱えられた。
くちゅ、と、頭蓋骨の中でくぐもった水音が反響する。ぞくぞくと背筋に寒気のようななにかが這い登る。
「んぅ、んんん……っ」
予想通りの反応だったのか、くつくつと喉の奥で含み笑いして琵琶坂はそのまま和詩を押し倒した。
長い舌は容赦なく口内を蹂躙し、やわらかいところ、敏感なところを優先してむさぼっていく。かちゃ、と金属音がするのは、歯列をなぞった時ピアスが当たるからだ。
(ほんと、これ、なんなんだ……)
リフレインする淫猥な水音に鼓膜を揺さぶられながら、和詩は自問した。
前にも思った。このひとのキスは、和詩と和詩がむかし断ち切ったはずのあの『怪物』を繋げてしまう。まるで落としたはずの電源を付けるように。断線したコードを繋ぐように。
びり、と頭の後ろを辺りを走るそれは間違いなく快感だった。それを認めたくなかった。
「っは……! はぁ……もう、いい、やめてくれ……っ」
とん、と軽く肩をたたくと、意外にもあっさり口づけは終わった。糸を引く唾液をなめとり、琵琶坂は無表情でこちらを見つめていた。
「あんたとこれをすると、俺が俺でなくなりそうだ……だから、もう、」
声が上ずっているのは、体が震えているからだ。和詩とのつながりを得た怪物が、狂喜しているように思えて恐ろしかった。
だがそれを呼び覚ました男は罪悪感どころか戸惑いすら感じさせない様子で言う。
「違うだろう。キミはキミでなくなるんじゃない。『ほんとうのキミに戻る』だけさ」
はっとして顔を上げると、ちょうど琵琶坂の指がおとがいにかかっていた。下を向いて視線を逸らせないようにされたせいで、その人間離れした瞳が嫌というほど目に入った。
蛇を思わせる、人ならざるモノの目。
それを今まで、意図せず長く見ないようにしていたことに気づく。長く目を合わせ続けたら、飲み込まれ、吸い込まれそうだった。
「僕はそれが見てみたい。キス程度でそんな風になるなら、このまま最後までいけば化けの皮がはがれて、本当のキミが見られるようになるのかい」
その笑みはいっそ美しいと呼べるほどに醜悪だった。
ニンゲンが狩りをする狼の残酷さに魅了されるように、和詩もまたその表情に魅入られていた。
この化け物はきっと、和詩が必死になって作り上げてきた人間の皮を食い破り、中にいる怪物を引きずり出してしまうだろう。
それだけはいけないとわかっていた。わかっていたはずなのに、どうしても動けないのはなぜだ。
「前にも言ったが、僕は簡単に殺されたりしない。だってきっと僕も怪物だからね」
殺せるものなら殺してみるがいい、と、もう一人の怪物はどこまでも傲慢に吠えてみせる。
そうだ、この表情だ。ずくりと胸の奥がざわめく。
和詩が抵抗できないのは、この表情と、この傲慢さにどうしようもなく『期待』したからだった。
彼ならもしかすると、小鳥遊和詩という名の、このどうしようもない怪物を抑え込んでくれるのではないか。飼いならしてくれるのではないか。
そして、殺してくれるのではないか、と。
唐突に、部室の風景が脳裏によぎった。和詩と琵琶坂。いつもゲームをするときに座る、二人の指定席。
今は琵琶坂が座っているあの席に、むかし座っていた相手のシルエットが重なる。
和詩が最初にその『期待』を賭けた相手はもういない。彼は手の届かない場所にいってしまった。和詩がその人生を手折ったに等しかった。
もしこの選択を誤れば、また同じことが起こるのだろう。空っぽな椅子を前に、心の半分を喪ったようなあの凄絶な痛みを抱えて生きていかなくてはいけなくなるのだろう。
きっと、今度は二人分。それでも。
「約束、破るなよ」
警告を発して、できるだけ剣呑な表情を作り言い放った。琵琶坂はそれに満足したようにまた口の端を醜悪にゆがめると、返事の代わりにもう一度、和詩の唇に食らいついた。
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二度目以降のキスは、されるたびに最初のそれが控えめだったことを思い知らされた。触れていないところを執拗に、呼吸ごと奪うようなその口づけは、何度でも和詩の思考をとろけさせてゆく。
あれから何度か体の奥を穿たれ、無力感と、被支配感と、あふれるほどの快楽を注ぎ込まれた。もう和詩の身体は全くいうことを聞かなくなっているのだが、一方の琵琶坂はまだまだ続けるつもりらしい。
「ん、ぅう…ふぁ……っ」
普段は聞くことがない嬌声というものを楽しむように、その手は音もなく絡みついて組み敷いた少年の身体に触れる。
ただ、それは愛撫というには少し違う気がした。まるで麻酔が効いて危険がなくなった猛獣の生態を確かめるような、無遠慮で好奇心に満ちた表情と、すこし乱暴な触り方。
けれどそれが逆に今の和詩にとってただただ気楽で、余計な思考をすべて攫っていってくれるような気すらした。
「っあ! あ、あぁ、ぅあ、ひ……っ」
胸の突起を食まれ、弛緩していた身体がびくりと跳ねる。強く噛まれる痛みと、そのあと舌で転がされる快感とが交互に襲い掛かり、自分がいま苛まれているのか、それとも善がっているのかすらわからなくなる。
ひとしきり反応を楽しんだ後、琵琶坂はゆっくりと上体を起こしてもう何度目にもなるあの邪悪な笑みをたたえた。きっと、和詩の体中についた噛み痕を眺めているのだろうと思った。
抱かれている、というより、喰われているというほうが今の状況を言い表すには正確だった。
なんとなくわかる。きっとこれは琵琶坂にとって生殖行動というより捕食行動に近いのだろう。
「痛ッ」
そしてまた首筋に歯が立てられた。
最初は焦点を絞るように歯を当てるだけ。けれどいい具合の場所を見つけるとぎり、と深く食い込んでくる。その痛みと、後をひく倦怠感とが、まるで毒でも流し込まれているのではないかという錯覚を呼び起こした。
きっとそうだ。毒か、それよりもっとまずいものを流し込まれているに違いない。でなければこの行為にこんなにも興奮してしまう理由がない。
「動物は死に直面したとき少しでも恐怖を和らげるため、痛覚を快楽と勘違いするよう脳がプログラムされているらしいね」
和詩の戸惑いを察したのか、平坦な口調で琵琶坂が言った。
「ま、それでもキミのその反応がマゾヒスト的なことに代わりはないが」
くすくすと今度は無邪気そうに笑って、さっき噛みついたばかりの場所を撫でられる。空気に触れると、焼けるようにひりつくのがわかってなんとも言えない気分だ。そんな感覚が今や体中に広がっていた。
琵琶坂の抱き方は執拗そのものだった。ゆっくりと、だが確実に触れていない場所を潰していくようにその食指を伸ばしていく。焼けるような痛みと快楽を振りまき、それが薄れるころにまた思い出したように苛まれる。毒が回るようだという表現も、あながち的外れではないのかもしれなかった。そうしてじわじわと抵抗が無駄だと教え込まれれていくのだ。
琵琶坂が一度欲を吐き出して満足するような男なら、きっとその場だけの拒絶や遮断という手段で対抗できた。だがこうも緩慢で、いつまでも終わらない責め苦を味わわされると、どうしても身体はそれに慣れ、順応しようとしてしまう。反抗するより、受け入れてしまったほうが楽だと切り替えてしまうのだ。
実際、和詩の反抗心など、もう本当に心の中にしか残っていなかった。
「……いい目だ」
ふと、頭の上からうっとりとした声が降ってくる。
「どんな、目、してるんだ……俺……」
思考に靄がかかり、琵琶坂の触れる場所だけがそのときだけ敏感に反応する不思議な感覚。これを酩酊感と呼ぶのだろうか。現実にいたとき酒に酔ったことはあったはずだが、今のそれは昔味わったそれとは少し違うもののような気がした。
ヒトの皮をはがれ、ゆっくりと本性を暴かれ、片端から愛撫される。それはきっと、酒に酔うくらいでは味わえない苛烈で過激な体験だろう。
「人を殺しそうな目」
くす、とまた無邪気に笑って、琵琶坂の腰がいきなりすすめられた。
「っあぅっ!?」
ぐちゅ、とつながったところからくぐもった音がして、そのまま悲鳴をかき消すように律動が始まる。
「っ、あ、あっ!? んっ、あぁっ」
自分の嬌声が嫌というほど聞こえる。
もう何度も穿たれたそこは、最初のときの痛みを忘れたようにあっさり琵琶坂のモノを受け入れて、まだ物欲しそうに疼いてすらいた。その反応をみたら、またこの蛇はその笑みを深くするのだろう。
琵琶坂の言葉は嘘ではないだろう。きっと今、和詩の目は人間の目をしていない。それを彼はどうしようもなく愛おしそうに見つめてくる。
思えばずっとそうだった。この男は、和詩がひた隠しにしてきたこの目を見ようとちょっかいをかけ続けてきた。
一体なにが目的なのか。探ろうとしても翻弄されるばかりで、一向に琵琶坂の過去や秘密には光が当たらない。
望めばなんでも手に入るこのメビウスで、彼は和詩にいったい何を望んでいるのか。こんな、人の皮を被った化け物に。
「ぅ、俺に……っ」
「ん?」
酸素を求めて荒い呼吸を繰り返しながら、なんとか言葉を発した。がくがくと揺さぶられ、快楽と疲労との両方に苛まれながらでは、たったそれだけのことすら億劫だった。
「俺に、なにをしてほしいんだ、アンタ……、っは、あ……っ!」
一番奥に何度も何度も打ち付けられていたモノが質量を増した気がした。ナカを抉りながら、執拗に、快楽を押し付けるように和詩の中で暴れ続けている。
もうあきらめてしまいたい。なにも考えず、このきもちいい行為にすべてを預けてしまいたい。
それでも、和詩の中にのこった人間の部分とでも呼ぶべきものが、まだ何かをうるさく叫んでいた。
「最初に言ったはずだが」
「ひっ……が…!」
激しくなっていく快楽から逃げようと身をよじると、腰をつかまれ、一番弱い場所が穿たれるように固定されてしまう。そのまま、また深く深く何度も貫かれ続ける。
それはまるで、なにも考えたくない、このまま快楽に流されてしまいたいと叫ぶほうの和詩の願いを叶えようとでもいうようだった。
「見せてもらいたいだけだよ。キミ自身が怪物と呼ぶ、ほんとうのキミを。だって僕にとっては、そちらキミのほうが普段のキミよりずっと面白い」
とん、と一番奥までまた貫いて、こちらに見せつけるように動きを止める。
「あ、あ……!」
なにをされるか察して、また本能的にもがいた。だが体力を使い果たすまで食い尽くされた身体はろくに言うことを聞かず、それどころか覚えこまされた快楽を貪ろうとすらしているように感じた。
「いい加減、理解しろよ。頭が悪いな」
押し殺すような声だったのは、達する寸前の衝動を抑えていたからなのか。それともほかに理由があったのだろうか。
返事をする前に、びゅく、と体内に熱いものが吐き出され、流れ込んでいくのがわかった。何度も何度も、いやというほど吐き出されていくそれを追うように、止まった動きが再開される。
「ッあ、あっ、やめ、あっ、うあぁっ……!」
中に出されただけでも十分なのに、さらにそれが奥へ奥へと押しやられる感覚。
それは脳が焼き切れるかと思うくらい激しく、こわくて、みじめで、絶望的なはずだった。そのはずだ。
「……なん、で」
なのにどうして、こんなにも心地いい。
急に虚脱感が全身に広がり、こわばっていた四肢から力が抜ける。ようやく観念したと思ったのか、先ほどよりは抱きしめる力が気づかわし気になったように感じた。
――――人を殺しそうな目。
(そうだよ、俺は……人を殺しかけた。そんな本性、絶対に誰にもみせられないじゃないか。愛されるはずないじゃないか)
じわ、と涙があふれた。痛みからくる生理的なものではない。過去の憧憬からくる、くだらなくて、つまらなすぎる涙だった。
それでも和詩は変わることができなかった。自分の中の怪物を殺すこともできず、自分ごと消すこともできず、現実でただのうのうと生き続けた。
だからひとりぼっちでもいい。もう誰も自分の目の前になんて座ってくれなくてもいい。そんな贅沢は言わない。だからせめて穏やかに生きていける場所が欲しい。そう願ってメビウスに堕ちた。
用意されていたのは数えきれないほどのゲーム盤と、空席の対戦相手。苦笑いを浮かべたのが、まだほんの昨日のことのように思い出せた。
もうどうでもいい。だってもう十分じゃないか。もう疲れた。
二度、本性を垣間見せた。でも彼は逃げなかった。それどころかあの空席を奪おうとでもいうように傲慢に座って見せ、あまつさえこんな場所まで踏み込んできたじゃないか。
――――僕は簡単に殺されたりしない。
そのときふと、琵琶坂の言葉を思い出した。
(ああ、嘘だろ)
ぱちり、ぱちりとパズルのピースがはまるように思考が答えを導き出す。
いつの間にか、ずっと空席だった席には彼が座っていた。過去の盤面ばかり描いていたゲーム盤には、新しい局面がいくつも生まれていった。
楽しかった。うれしかった。また強い相手と戦えることが。先の読めない戦いができることが。
小鳥遊和詩にとってゲームが世界と人生のすべてだ。それ以外のことなど見たくないし、関係なかった。強い相手がいるなら海すら超え、相手がどんな凶悪な前科を持った人間であったとしても、彼は狂気すら孕んだ目を輝かせ、対戦に明け暮れるような少年だった。
そしてこのメビウスで出会ったのが、琵琶坂永至という最高の好敵手。
そのひとは、怪物の自分をこそ見たいと言ってくれた。
その殺意を肯定してやると言ってくれた。
そして、たとえ和詩がその牙をむいたところで、簡単には殺されたりしないと言ってくれたのだ。
「せ、ん、ぱい……」
呼吸を整えて、なんとか彼を呼んだ。さすがに達した後は余裕がないのか、その表情は不機嫌にも見える仏頂面だ。それがなんだか人間らしくてほっとした。
今ならわかる。運命というものがもしこの世に存在するのなら、間違いなくこれがそうだと言える。
それを伝えたら、きっと琵琶坂は鼻で笑うだろう。でもそれでいい。彼がどんなつもりでも構わない。
今、間違いなく和詩は救われたのだから。
そう思った瞬間、最後の楔が音を立ててはじけ飛んだ気がした。
ぐい、と、琵琶坂の首に手をかけて、できるだけ力を込めて頭を下げるよう促す。その形のいい耳に、とっておきの秘密をささやくようにつぶやいた。
「……もっと、やって……めちゃくちゃに、してくれ……っ」
無意識の、とぎれとぎれになったその言葉でもなんとか届いたらしい。一瞬だけ間があった後、琵琶坂の顔に凄絶な笑みがゆっくりと広がっていった。
ようやく腹を見せ服従の意を示したその怪物を前に舌なめずりでもしていそうな、それはあまりに饒舌な表情だった。
「ああ」
だが言葉の上ではほとんどを語らず、彼はそのまま急くようにもう一度、和詩の首筋に歯を立てた。
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「結局、琵琶坂先輩はどこまで察しがついてるわけ?」
薄暗くなった部屋の中で、まだ疲労のにじむ声が琵琶坂を呼ぶ。いてて、と時折悲鳴が上がるのは、噛み跡を冷やしたときに痛みが走るからだろう。それがおかしくて、また口が笑みの形に歪んだ。
「君の過去かい? そんなの僕が知るわけないだろ」
放り出していたゲーム機をぞんざいに放り投げて片す。「丁寧に扱えー」とヤジが飛ぶが、そんな命令を聞く筋合いなどないのでスルー一択だ。
「でもアンタ、ラスベガスのこととかも知ってたじゃん。今度は俺にもっと賭けるーとか……もしかして俺ら、会ったことある?」
「ピイピイ煩いな」
そういうと、琵琶坂は不機嫌そうに眉をひそめて、和詩が持ってきていたあの箱から一本また菓子を取り出した。
「そんなに知りたければ、実力で聞き出してみればいいだろう。ほら」
ゆらゆらとそれを目の前で弄び、何をすればいいか暗に教えてやる。よく見れば、箱の中身はこれが最後の一本のようだった。
「は?」
またあの間抜けな声がして、明らかに和詩の顔が引きつった。
「それじゃあこれが最後のチャンス、ということにしてあげようか。ほら、きたまえ」
「…………!」
不敵に笑い、菓子を口に放り込む。
目の前で顔を真っ赤にして口に手を当てている少年は、もうすっかり人間の目に戻っていた。
けれど確かに覚えている。あの怪物の目を今日、ようやく目に焼き付けられるほどに長く堪能した。眼福という言葉はこういうとき使うのだろう。
今はまだニンゲンの掟に囚われているその目を、これからじわじわと塗り替えていこう。
あやすように、諭すように、自分がそれらと相いれないものだということを教えてやろう。
そんな昏い想像に、琵琶坂は静かに心を躍らせていた。
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