sungen

お知らせ
思い出語りの修行編、続きをpixivで更新しています。
旅路③まで書きました。
鯰尾と今剣は完結しました(^^)pixivに完全版が投稿してあります。
刀剣は最近投稿がpixivメインになりつつありますのでそちらをご覧下さい。
こちらはバックアップとして置いておこうと思ってます。

ただいま鬼滅の刃やってます。のんびりお待ち下さい。同人誌作り始めました。
思い出語り続きは書けた時です。未定。二話分くらいは三日月さん視点の過去の三日鯰です。

誤字を見つけたらしばらくお待ちください。そのうち修正します。

いずれ作品をまとめたり、非公開にしたりするかもしれないので、ステキ数ブクマ数など集計していませんがステキ&ブクマは届いています(^^)ありがとうございます!

またそれぞれの本丸の話の続き書いていこうと思います。
いろいろな本丸のどうしようもない話だとシリーズ名長すぎたので、シリーズ名を鯰尾奇譚に変更しました。

よろしくお願いします。

妄想しすぎで恥ずかしいので、たまにフォロワー限定公開になっている作品があります。普通のフォローでも匿名フォローでも大丈夫です。sungenだったりさんげんだったりしますが、ただの気分です。

投稿日:2018年12月16日 01:31    文字数:14,146

鯰尾奇譚12 あまり強く無い鯰尾の話③

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目の悪い鯰尾と鶴丸の話の続きです。今回からシリーズ名が変わります。いろいろな本丸のどうしようもない話、というのはちょっとタイトル長かったので。
まあ…仮に鯰尾奇譚とでもしておきます。それぞれの本丸でシリーズ分けました。
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あまり強く無い鯰尾の話③

「くすり、薬、薬……。こうもあると面倒ですね。ちゃんと効いてるのかな」
鯰尾は処方された薬を見た。数えてみたら十一種類。
鯰尾はこんなに飲んで大丈夫か、と思ったのだが、飲み方や分量を間違えなければ大丈夫らしい。目薬は二種類。朝昼晩使う物と、と寝る前に点眼するもの。
さっぱり意味が分からなかった。

「まあ、二千二百五年の薬だ。効くんだろう。薬研もそう言ってる。次はこれだ」
鶴丸がカプセルを渡す。文字の読めない鯰尾は薬をあまり見分けられないので、鶴丸、薬研が毎食ごとに飲む薬を管理している。骨喰は目薬だ。

「でも確かに、飲むと少し体が楽になるんですよね。くすりこわい。鶴丸さん、これってずっとこうですかねー……。ビタミン剤とか要らなく無いですか?」
「どうだろう。しっかり体調管理できるなら、抗生物質はなくても良いらしい。そしたら三つ減る。夜更かししないようにするんだな」
鶴丸は鯰尾のアホ毛を指ではじいた。
「ちゃんと寝てますって」
鯰尾はそれには気づく様子もなく項垂れている。鶴丸は頭を撫でた。
「布団の中で起きてちゃ意味ない。骨喰が言ってたぞ?」
「げ。ばれてる?」

「兄弟、昼からは手合わせだ。頑張ろう」
「分かった、用意する、あっ!?」
「っと!」
鯰尾がコップを倒しかけて、鶴丸が受け止めた。

「やると思ったぜ。気をつけろよ」
鶴丸は苦笑した。
「はい」
「さ、あと三つだ」「うー」
そこで名案、とばかりに鯰尾が手を打つ。
「あっ、そうだ一気にまとめて飲んじゃえば良いんじゃ無いですか?」
「君は多分、喉に詰まらせるな。そういう横着はやめてくれ」
「あーはい……」
鯰尾は大人しく一つずつ、水を使って飲み込んだ。

鶴丸は鯰尾の頭を撫でた。
「俺、蛍さんより先に禿げそうかも」
鯰尾は頭を抑えた。

「兄弟。着替えよう。鶴丸、後は頼む」
骨喰が言った。
「はぁい」
鯰尾は立ち上がり、鶴丸は薬の片付けを始めた。

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「えい!」
練度二十の鯰尾が刀を振り下ろす。それをカンスト骨喰が受ける。
「遅い!もう少し早く」
「やあ!」

手合わせの様子を見ていると、さっぱり、とまでは行かない物の、全く、というくらいには不格好だった。今はまだ、ただ型どおりに、交互に打ち合うだけの稽古だ。

「でも、ちょっとずつ良くなってきてるよ。刃先も全然ぶれなくなってるし」
堀川が言った。
「そうだね、彼、よくなってきてるよ。頑張ってるね」
青江が同じような事を意味深に言った。

「薬も、効いてるんだろうね」
青江が呟いた。
「――そうだな」
鶴丸は頷く。

「が、俺はどうもあの薬ってのは好かん。眠気が昼間来るから、晩に眠りにくいと言っていた。それに、鯰尾は朝晩やたらだるそうにする。確かに、医者は副作用があると言ったが……いっそ、無い方が楽じゃ無いのか?」
鶴丸が言った。

「ううん……、その辺りは僕も薬研君に聞いたけど、確かに、無くても変わらない、とは言ってた。加減が難しいんだって」
堀川が言った。
「……俺達は刀剣男子だ。人の薬が効くのか?って問題もある」
鶴丸は溜息を付いた。

「鯰尾君の事が気になるのかい」
青江が言った。
「ああ。心配だな」
鶴丸はこともなげに言った。

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「効いてんのかなぁ、これ」
二本目の目薬を差して、鯰尾は溜息を付いた。
ぱちぱち、と瞬きは問題無く出来る。医者曰く、かなりしみる目薬らしいが、感じない。目から勝手に涙がこぼれたのでちり紙で拭いた。しみているのだろう。

「やれやれ、さ寝るか。夜更かし厳禁だし」
「お休み、兄弟」
骨喰が電灯を消した。
以前は一人部屋だったが、不便が多すぎるので今は骨喰と同室だ。

「明日、遠征か……」
そして明後日は病院だ。

「んー……」
鯰尾は目を閉じた。出陣も少しずつだが、こなしている。
だいたいは強い者と一緒に函館に行って、鯰尾を一人にして、鯰尾はひたすら一匹ずつ視て狩る。あるいは部隊が一匹残し、鯰尾がそれを最期に狩る。無駄な殺生という言葉が浮かんだが、どうせ敵だ。情けは無用。

一応、手応えはある。
だけどこんな調子で、どれくらい経てばまともに強くなれるのだろうか。
そもそも、自分は刀剣男子なのに、どうしてこんなに迷惑を掛けているんだろう。

そういう事を考えているうちに、眠る事ができた。

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起きて骨喰と洗面所へ行き、顔を洗っていると、鶴丸の気配がした。
手ぬぐいでぬぐって振り返る。

「よう、おはよう……」
鶴丸の眠そうな声がする。
「おはようございます!」
「こいつは驚いた。今朝は元気だな」
鶴丸が――。どんな顔をしたのか分からない。視逃した。
まあいいか、と鯰尾は笑う。
「夜更かししなかったんですよ」
「寝坊もしなかった」
骨喰が言った。
「それは骨喰もでしょ-。お腹空いた。薬のも」
鯰尾は言った。
鯰尾は味を感じないので、朝食=薬を飲むというくらいだ。

「味はどうだ?」
「相変わらずです。そういえば、前、今の薬が終わったら、抗生剤減らして、新しいの試すって言ってました。ソレの方が効くかも、って。よく分かんないですけど」
鯰尾は洗面所を出た。

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朝食後、鯰尾は二時間ほどの遠征に出る。
これは鯰尾が日課にしている事で、外歩きに慣れる為だ。

鯰尾は目を閉じて、適当な石の上に座ってみたり。霊力を集中させて、ピンポイントで視て石を拾ったり。少し走ってみたり。そういう事をする。
案内は鶴丸か骨喰、後は三日月が多い。
三日月は本丸ではどうしようもないが、出陣や遠征だと中々しっかりしている。
天下五剣は霊力が高いのか、そういう感覚的な事を教えるのも上手かった。
痒いところに手が届くような訓練方法をよく思いつく。

鯰尾は目を開けたまま、落ち葉を拾っていた。
これも初めの頃に三日月が提案したことだ。大分慣れて来て、きちんと手が届くようになった。
初めは掴んだつもりでもずれていたりして、それなりに苦労した。
要は意識を集中させるタイミングだ。
三日月は、できるだけ少ない力、少ない歩数で動く事を勧めた。

三日月は、鯰尾の様子を見て、二十秒で落ち葉一枚、それが出来たら十秒で二枚……、五秒で二枚、一秒で二枚、というように厳しくしていく。
今は一秒で二枚の落ち葉を探している。

ふっと、気が付くと、周囲に落ち葉は無い気がした。
足音が聞こえ、鯰尾は立ち上がった。

「おお、コイツは沢山拾ったな」
資材を調達していた鶴丸が言った。一緒に行った骨喰も戻って来ている。
目を閉じて近づいて来た刀剣男子の気配を読むこと――、それも三日月が勧めた。

鯰尾が、どうしてそういう事、俺に教えられるんですか?
と尋ねたら、三日月は『簡単な事だ。俺もそういう事をしている』と答えた。
鯰尾は感心した。三日月は何もしていないようで、ちゃんと刀剣男子していたのだ。
三日月は『他の刀剣達も索敵などはあらかじめ備わっているが。霊力の高いものは、五感以外の感覚を大なり小なり、使っている。それを意識しているか、いないかの差。おぬしは初め意識して。いずれは無意識で出来る様に頑張らねばなぁ』
と言った。
鯰尾は頑張ると決めた。三日月が言うと霊力とはそういう物だと言う気がする。

「もう終わりですか?」
落ち葉を木の下に置いて、鯰尾は尋ねた。
「いや、向こうで、三日月じいさんが呼んでたぜ。あの滝の側だ。落ちるなよ」
「俺達はまだ少し採集をする。炭の材料を探す」
「分かった」

鯰尾は歩き始めた。遠征の間は、鶴丸も骨喰も手を貸さない。
――本丸にいると皆が手伝ってくれるので、つい甘えてしまう。

こういう、普通の森程度なら、歩けるようになって来た。
開けた鯰尾の目には輪郭のない色だけがものすごくぼんやりと見えている。ものの詳しい形はさっぱり分からないが、大きい物なら、たぶん何かあるというのは分かる。
三日月に言われてどこまで見えるか試したら、人程度の大きい物なら分別が付くと分かった。色と形で区別し、そこにいるのが誰か分かる程度だ。逆に言うとそれより小さいものはぼやけて、肉眼ではほとんど何も見えない。
――鶴丸と山姥切は、どちらも白いので見た目で区別できない。が、上の方にほんの少し金色がまざっているのが山姥切だ。鶴丸の目は金色なのだが、肉眼では見えなかった。
本当なら見えない所を霊力で補っているらしいので、眼鏡は無駄だった。

治療を初めて、良くなっているかと言われたら、日によって大分違う。おっ、少し良いかも?という日もあるが、今日は見えない方だ。

水音が聞こえる。そろそろ、川が近い。

「鯰の尾よ。足元に気を付けろ」
川の側にいた三日月が鯰尾を呼んだ。さぁああ、と小さな滝の音がする。
鯰尾は足元を視て、良さそうな所を歩く。
目を閉じ、川面を霊視する。
川は中流程度で滝はただ単に、地形が少し急になり、大きな岩がごろごろして。その岩の間を水が流れているという感じだ。

「この岩場を霊視無しでのぼってみると良い。俺が通る場所を、霊視していろ。苔むしているので、滑らないように」

「はい――」
「うむ」
三日月は頷き、次の瞬間には頂上にいた。

鯰尾はあっけにとられた。
「どうだ?まずはこのくらいの早さで登れるようになれ。俺は上で待っている。くれぐれも。霊視してはいかんぞ?」
「……えっと、はい……」
霊視を全く使わないで物を見る方法は、三日月に言われ、なんとか習得していた。

初めは三日月の言う、閉じる感覚、がもうサッパリ分からなくて。本丸の刀剣達で相談会議を行った。
最終的には、機動が高い愛染の、『霊力使う前に、動きゃ良いんじゃ無いか?』という思いつきを元に、とりあえず動く、を繰り返し繰り返ししてみて、結果。
霊視は集中が必要だから、霊視の前に動くなら霊力を使わないで済むだろう、という適当な感じになった。
それを実践している内に、鯰尾は、あ、これだ!と思った。これは上手く説明ができない。

霊視……をすると――物単体で見る事が出来る。鯰尾の感覚では、目を閉じ、意識をそこにあるはずの物に向けてとても集中する、すると鮮明に浮かぶ。という感じだ。
鯰尾は視る、というのはそういう物だと思うようになった。

霊視をするのは、長く視ないでぱっと視るだけなら、回数を気にせず結構いける。
ただし、動く物の動作を追うのはかなり疲れるので一日五回まで。
練度が上がれば変わるかもしれない。と鯰尾はわずかに期待している。

三日月曰く、普段は霊力を使わず、自然体でいることが重要だとか。
それ以来少し疲れなくなった気がしていたのだが、薬を飲み始めてよく分からなくなった。

――鯰尾は困ってしまった。
本丸ならともかく、ここを霊視無しで?
三日月はたまに無茶を言う。
「ううん……」

鯰尾は岩場を触ってみる。

三日月が動いたときは霊視していた。なので道順は分かる。
のだが……。霊視無しだとさっぱり見えない。
「早く?」
そんな事できるのか、と思い、鯰尾は思い出した。

三日月と初めて手合わせして、一瞬で思いっきり叩きのめされて負けた時の事。
三日月は『俺とおぬしは、同じ練度だ。体が利かぬ故、ちと難儀だろうが、おぬしも本当は、このくらいは出来るはずだ』と言った。

その上で、三日月は、いつでも相手になろうと言った。
『この本丸の者はみな、総じて練度が高い。故におぬしが相手では、加減することしかできぬ。鶴やあの一期でもだ』

確かに低練度相手に、手合わせで全力が出せるわけが無い。
増してや自分は金喰い虫のお荷物刀剣だ。

「……やるんだ」

鯰尾は呟いた。

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「うぁ」
ひとつ登った途端に足を滑らした。
なぜ滑るんだろうとそこを触ったが、ぬるっとして気持ち悪かった。やはり苔のせいだ。
目を精一杯近づける。
苔はこんなにも滑るのか。新しい発見だ。

風がそよいで髪を揺らす。
――こういう感覚はあるんだ。全て駄目なわけじゃ無い。むしろ、駄目な所は少ないくらいだ。
手がちょっと動かない、とか痛みを感じないとか。
味覚云々に関しては戦闘には無関係だ。
そういえば、熱さ寒さ、これも戦闘には関係無い。
寒いなら、骨喰と同じ程度着込めば良いだけだ。

目が殆ど見えない、これは振りかぶっている剣撃や相手の姿が良く見えないくらいで――いやこれはかなり困るけど――悪くはならない、らしいし?
三日月曰く、相手を知れば何となく動きが予測出来るとか。青江や骨喰もそう言っていた。
……刀での戦いには定石があるから……。
鶴丸や和泉守のような例外もあるが、各刀種のそれを覚えて行けば少しは何とかなるのでは無いか――、鯰尾は皆に教わり、素振りや型の練習をひたすらやっている。

霊視に関しては、むしろ長所と思っても良いくらいだ。
霊視が上手く使える様になれば、きっと、皆と同じように見える。
手の扱いに慣れれば、自分は脇差だ。きっと、皆より早く動ける。

今はちっとも動かなくて苛々したり、豆を落としてがっかりすることばかりだけど。
できる。頑張れば。できる。

「よいしょっと……」

鯰尾はまず、手の感覚を頼りに一回登ってみた。

頂上で、三日月がこちらを見る。
「ふむ。では気を付けて下りて、次は腕を使わずに、登ってみるといい。千回くらいにするか?それとも百回か?体は使い方次第だ。ある程度。――例えば岩を登るとしよう。まず、岩がある。その上にもまだ岩が続くとわかれば、つまずいても倒れぬように手を出し足を踏み出せる。岩があると気づかなくとも。決して転ばぬように動く。千変万化――お主はまず、そういう動きを身に付けると良い」

無茶を言われて鯰尾は少しひるんだ。

「いまだ索敵の感覚は掴めんか?」
「すみません……」
鯰尾は索敵がさっぱりできない。
敵がどちらの方角に何体いるか。そういう事がまだ解らない。
これはそれこそ練度1でも、皆、自然にできるらしい。

「まあそのうちできるかもしれぬ。それに、俺達は、霊視などという器用な事はとても出来んからなぁ。気に病む事は無い。さて、幾度にする?」

「千……、と言いたいですけど、時間は?」
「そうか。それがあったな。今日は野営しよう。調達は鶴に任せよう」
「う。じゃあ頑張ります」

「それが終わったら、おぬしは、野を駆けると良い。俺と競争だ」
三日月が言った。
「?競争ですか?」
鯰尾は吃驚した。これは初めて言われた。
「人の世に、早駆け――かけっこ、という遊びがある。俺より早いかも知れんな。足は大丈夫なのだろう?」
三日月は言った。

「はい」
鯰尾は頷いた。足は痛覚がないだけでほとんど大丈夫だ。
部隊の皆が走って移動する際にも、遅れたことはない。
手を繋いで引いてくれる者がいればこそ、転ばず、木にぶつからずに済むのだが……。

――走る事はできる。

「鯰尾、また出ているぞ」
三日月が言った。
「あれっ?」
――鯰尾の目から、涙が出ているのだ。
鯰尾は袖でぬぐった。

悲しくないのに。希にあることで、鯰尾はいつも戸惑う。
「分かりました、やります」

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結局千回、ぜいぜい言いながら終えた頃には日がとっぷり暮れていた。
足が棒になった。もう立てない。千変万化の動きはよく分からなかった。

骨喰と鶴丸は一度本丸に戻り、支度を調え、一期一振を連れて来た。
――これは一期一振がついてきたと言った方が正しい。

「かけっこか。そりゃあいいな。君は脇差だし、じいさんには勝てそうだ」
早駆けの提案を聞き、鶴丸が言った。鯰尾は、鶴丸の表情を視た。
笑っている。
一期一振から、また野営の注意を教わった。大半は体を冷やさないように、とかだ。
その後、一期一振は無言で鯰尾の頭を撫でた。
皆がそうするので、蛍丸ではないが縮んでしまいそうだ。

「ですが三日月殿。鯰尾が千回終えた以上、今日は戻るのが良いと思います」
「ふむ。それもそうだな。ではそうしよう」
三日月も微笑む。

「それがいい。食べたら帰ろう。薬も持って来た」
骨喰が言った。
「げっ。それはいいのに」
鯰尾は言った。

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翌日からしばらく筋肉痛で動けなかったので、五日後。
鯰尾は三日月とかけっこをすることになった。
城の庭に線を引き、そこを一直線駆ける。
ゴールには鶴丸、和泉守、堀川がいる。
スタートの合図は骨喰だ。

風を切るように、とにかく早く走る事を考えた。

「――!勝った!」
鯰尾は言った。

「わわっ」「おっと!」
止まり切れなかった鯰尾を鶴丸がしっかりと受け止めた。
ゴールの先にも十分な距離はあるが、助かった。

いつもゆっくり、慎重に、ゆっくり、廊下はすり足で、差し足抜き足忍び足、というのが癖になっていたので、自分の早さに驚いた。
鯰尾藤四郎は、やはり、障害物が無ければこれだけ早く動けるのだ。
嬉しい事実だった。

「ふう、早いなぁ」
若干……いや、だいぶ遅れて三日月が終わりの地点に来る。

鯰尾は振り返った。
「三日月さん意外と遅い!それ全力ですか?」
確かに三日月は本気を出していたのだが。なんというか、走り初めが特に遅い。あれ?いないの?と思ったくらいだ。
「この着物が重いのだ。水が欲しい……」
骨喰がへたり込んだ三日月に水を渡す。
「確かに――。脱げば良いじゃ無いですか」
「なるほど。……主に聞いてみるか」
三日月は言った。

「着物でも慣れれば早く走れるぜ?」
鶴丸と一緒にゴール地点にいた和泉守が言った。
「うん、結構兼さんは早い。僕には敵わないけど。やっぱり脇差や短刀は早いよ。次は誰か呼んでみる?僕もやっていい?一番は愛染、あと長谷部さんが凄く早い。呼んでみよう」
堀川が言った。

「良いですね、皆でやってみましょう!長谷部さーん!!」
鯰尾は長谷部を呼びに行って、手を引いて戻って来た。

――鯰尾が転ばない事に、鶴丸が気が付いた。

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その少し後、初めて馬に乗った。
落馬で死ぬ侍もいた、と聞きおっかなびっくりだったが、王庭は賢く優しい馬で根気強く鯰尾を乗せた。逆に気遣われているようだった。
鯰尾は慣れて、霊視をしながら馬で遠出できるようになった。

行く方向を定め、一度視て、あの木の所まで、とか森を抜けようとか言うと王庭が運んでくれる。付き添いの馬がいればそれについて進んでくれる。
ぶっちゃけ馬上にいれば、転ぶ心配は全く無い。側で見ている方は心配らしいが、鯰尾に不安はない。向こう見ずな性格がかえって良かったようだ。

乗ったままでの戦闘はまだ無理だが、戦う時は降りればいい。
出陣回数も週に二度に増えた。

少しずつ、自分なりの戦い方が分かって来て、楽しい。
主は鯰尾に連結をして、機動も力も上がった。練度も二十三を超えた。
――もう少しで『特』だ。無理だと思っていたから、楽しみで仕方無い。
皆も今か今かと待ち、協力してくれる。
手合わせは、カンスト相手は問題外だが、三日月となら多少は何とかなる。

今日は暇だった加州、大和守と対戦した。
手合わせの後、大和守が言った。
「まだまだだね。でも確かに、強くなるなるかもって気がするんだよ。刀筋とか、間合いの取り方は悪くないし。むしろいつも嫌な所にいる」
「あー確かに、え?そこ!?やりにくっ、って感じある。嫌だわー。動きも大分早くなったし。やっぱり身体能力は脇差なんだ」
加州が頷く。
その横で鯰尾はぜいぜいと呼吸を整えている。
「はぁ、ふう、……他には?なんでもいいので、気づいたところ、お願いします」
姿勢を正して鯰尾が言った。
「後は……そうだなぁ。ちょっと防御が不安かも」
大和守が言った。
鯰尾は瞬きした。
「鯰尾ってさ。打ち合いになると刀がよく見えなくて不利だから、初動でかなり思いっきり突っ込んでくるけど、練度差がある場合っていうか、早さが劣る場合は、それだと一撃、致命傷くらったら負けるよ?鯰尾は短刀じゃなくて脇差なんだから、防ぐ事も考えて、次の手につなげるように、なんとか上手く出来ない?向こう見ずすぎて心配なんだけど」
大和守の言葉に、加州が感心した。
「へー。防ぐって、お前……そんな事考えられたんだ?」
「ううん。僕だからかな。たぶん、痛みを感じないから、突っ込むのが恐くないんだろうけど。しっかり手を守れるようにならないと。僕は手だけ無事ならいいけど、鯰尾は怪我しても気づけないから、長期戦だと危ないよ」

「なるほど。勉強になります!」
鯰尾は目から鱗、という感じだった。

「そっかー。ならその辺は短刀と、脇差の先輩に聞くといいかも?短刀は鍔もないのに良く突っ込んでくるって思うけど、平野、前田、あとは薬研と乱かな。そのあたりはちゃんと刀で守るよ?聞いてみたら?」
加州が言った。
「っはい!聞いてみます!」
鯰尾は返事した。短刀の戦い方。そういえば手合わせはまだ太刀、脇差、打刀としかやった事が無い。
「ま。がんばりなー。今日はこのくらいにしとこ」
「ありがとうございました!」

「よし、平野~前田、どこー?」
「兄弟、少し休め」

そいう感じで鯰尾は順調に力を付けてきていた。
――しかし。

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「ふ、ふう……」
ある日、食後の薬を飲んでいた鯰尾が不思議な溜息をついた。

「どうした?鯰尾」
骨喰が言った。
「わかんない……」
ぐらぐらと、鯰尾は頭を揺らしそのまま倒れた。
「!熱がある」
顔色は白いくらいだが、熱が高い。昼間は普通だった。
「っ主!」

主は鯰尾をすぐに手入れ部屋に入れ、札を使ったが、出てきたあとも熱は全く下がっていない。こんのすけが政府に緊急連絡を入れ、すぐに鯰尾は現世に運ばれていった。

鯰尾はそのまま入院することになり、一週間後にようやく面会ができるようになった。

鶴丸は真っ先に様子を見に行こうとしたのだが、連絡を受けた主が一期一振を選んだ。
主と一期一振は何も持たずに出かけていった。

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戻って来た主は無言で、近侍部屋で項垂れていた。
一期一振は帰って来ない。

主の様子は、長谷部も声をかけられないほどで、蜂須賀が尋ねた。

「……主、鯰尾は?」

「…………このままだと、鯰尾は失明する……。もうほとんど見えないって。前よりずっと悪くなってるみたいだ……。薬研を呼んでくれ」
主が言った。

――蜂須賀と長谷部は息を呑んだ。

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「政府には、手術を勧められたんだが。それは鯰尾次第だ。かなり特殊な手術で、費用は政府も補助してくれるって言ったんだが。鯰尾が……嫌がってな。……俺がいると、あいつ、泣くから、一期が付いてる」

「手術?どんな?」
薬研が言った。薬研は鯰尾が失明するかも、と聞いても、表面上は冷静だった。

「……眼球、視神経、脳神経の交換だ。刀剣男子がやった例はないが。確かに、現代では良く行われていて、副作用は薬で抑えられるし、成功率も高いんだが。どうしても金がかかるし、やっぱり嫌がる人もいる。鯰尾は、同じ鯰尾――から、目とそのあたりを貰う、ってのがどうしても嫌だと。だったら役立たずで死にたい、って言ってな。その気持ちはよく分かる」
主が俯いた。

「……」
蜂須賀も、長谷部も、薬研も目を伏せた。

「確かに、俺達は、ドナーには困らないが、そうまでして生きたいか、元に戻りたいかと言われると……」
薬研が言った。
「私なら、むしろ折れる方がましだとさえ思う。彼もそう考えたんだろう……」
蜂須賀が唇を噛んだ。
「しかし、良くなる可能性があるなら、ためらう必要はないだろう?」
長谷部が言った。
「いや……。できるかもしれない、ってくらいで前例はないんだ」
主が言った。

沈黙が下りる。

「……主。鯰尾は、本霊に還りたいと言っているのですか?」
長谷部が主に尋ねた。

「いや。そこまでは聞けてない。俺はそんな事はさせない。まだ落ち着いてないから……。こういうのは急いではいかんからなぁ……。しばらく様子を見る。一期が良いと言ったら、俺は見舞いに行くつもりだ。その時の出陣予定は任せる」

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鯰尾は横になっていた。
「……」
目を近づければ、見えていた。
それももう見えない。自分の手が見えない。わからない。
暗闇で白いものがたまに見えるという感じだ。
何が見えているのか、明かりか、と思ったが、医者の話ではまぶたの血管だという。

なんだそれ、と思った。
焼ける様な熱三日四日続いて。
ようやく下がった後。気が付いたら何も見えなかった。
見えないと訴えて、横になっていると、医者に「光を当てています。なにか見えますか」と聞かれたので首を振った。
「霊視で見えますか」
鯰尾は目を閉じた。医者の姿が見える。
「――見えます。まぶしい」

心底ほっとした。
これなら戦えるかもしれない。

そう思った途端に、悲しくなった。

自分の役割なんて、どこにもない。
あの本丸は自分がいてもいなくても、変わらない。
皆、練度が高くて、鯰尾がいなくてもいい。

鯰尾は泣き出して、また熱にうなされて、薬で熱が下がった。

手入れで治らなくて。
入院して治療を受けて、食事をして。排泄して。
……まるで人間みたいだと思った。
情けなくて、悔しい。歴史を守る刀剣男子はどこにいる……?

――ついに、進退を決める時が来たのか。

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「いち兄。先輩は凄かったんですね」

鯰尾は呟いた。
弱音を吐いたらいけないと思って、そういう事は言わずにいた。

「……、そうだね。けど、鯰尾も強いし、とても頑張っているよ」
優しい言葉が痛かった。鯰尾は背を向けた。

「ごめん……一人にして」
「……、分かった」
一期一振は出て行った。


鼻をすする。ティッシュ箱を持ってひたすら泣いた。
悔しくて枕を握った。嗚咽が止まらない。

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鶴丸が来たのはその夜だった。

「よう。具合はどうだ?」
ノックされたと思ったら勝手に入ってきた。

鯰尾は涙も涸れて、散々寝たので眠る気にもなれず、起き上がって膝をかかえて、色々な事を妄想していた所だ。
良い事、悪い事。もし手術が上手く行って、目が見えるようになったら、沢山誉が取れるかもという希望。でもその影でどこかの鯰尾が死ぬだろうという悲しみ。
もし失敗して寝たきりになったら。あるいは目が覚めなかったら?頭をいじられておかしくなったら?そもそも自分は何がしたいのかという事。誉を取って、それで何になる?
やはり自分はいてもいなくてもいいんじゃないか、そろそろ疲れた、という事――。

おかしな話だが、鶴丸に会えて嬉しかった。ほっとした。
でもどうして嬉しいのか分からなくて、鯰尾は一瞬ポカンとした。

「……鶴丸さん、どうしたんですか?」
口から出たのはそんな言葉だ。
「どうしたって?おいおい。君こそ、ひどい顔だぞ」
鶴丸が頭を触る。鶴丸の優しさを感じ、鯰尾はうつむいた。
「主は?」
「ん、ああ。外で医者と話してる」
「そうじゃなくて、どうして鶴丸さんが来たんですか?」
鯰尾は尋ねた。今気が付いたが、すごく強い匂いがする。花のような。
鯰尾は少しむせそうになった。
「――どうしてって。そりゃあ君が落ち込んでるって聞いて、見舞いに来たんだ。ちゃんと見舞いの品もある」
鶴丸は何かをどん、とサイドテーブルに置いた。
ぶわっ、とさらに匂いが濃くなる。
「……なんです?それ」
「メロンと林檎、バナナ、西瓜。桃もある。一番豪華なのを選んだんだ。この芸術的なカゴの造形は君にぜひ霊視して欲しいぜ!」
「うわ。すごい、って視るところそこ?」

鶴丸は笑った。
「――後はこれだ。百合の花束。見えるか?白くて良いだろう?他にもあるぞ?」
「……すごいくさいです」
鯰尾は鼻をつまんで言った。

視てみると、花束はかなりでかい。鶴丸が隠れて見えない。
「百合と、水仙と、バラと……ゴホ、えっと……あとキンモクセイ?トイレの?」
……しかも匂いがキツイ花ばかりで、キンモクセイは鉢植えだ。
キンモクセイはトイレの芳香剤の匂いなので鯰尾にもわかった。

「何ですかこれ?」
鯰尾は眉をひそめて、果物や花束の方に顔を向けた。

「俺は君がここにいる間、毎日たくさん花を持ってきて、毎食この果物を届ける予定だ。食い切れなくなる前に、さっさと本丸に帰ろうぜ」

「――」
鯰尾は驚いて、しばらく目だけで鶴丸を見た。見えないと分かっていてもじっと目を開く。
おぼろげな、しろい光が見える……。
鯰尾はどうして?と思った。何も見えないはずなのに。
無意識に霊視を使っているのだろうか。

「――俺は、君に手術を受けてもらいたくない。主や医者が何と言おうと、受けるのが正解だとしてもだ。まあ、君がよければだが、な?」

鯰尾は普段あまり鶴丸の顔を視ない様にしていたのだが。
今はまじまじと、しっかりと視た。
「……え、ええ。………はい……」

「反応が薄いな。帰るのか?準備して良いか?」
「え、ええ、えっと」

頰がくすぐったい感じがして、鯰尾は首をすくめた。
――鶴丸が鯰尾の頰を撫でたのだと分かった。
鶴丸の指が目尻を撫でる。

「君の目はこんなに綺麗だ。俺という杖もある。目が見えなくても、困る事なんて無いさ」

「……」
「泣くなよ」

鶴丸は鯰尾の背をゆっくりと撫でた。

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「主さん……」
鶴丸について、鯰尾が大きな花束を持って出てきた。

「これ、持って帰ります……」
頰がとても赤い。

さては鶴丸何かしたな、と鶴丸を見たが、至って普通だ。
むしろ真剣そのものだ。
主は鶴丸をかなり見直した。手を出さなかったのか。
――これには別の問題があるのだが。そちらは追々、何とかしていこう。

「よし、じゃあ帰るか。センセイに礼を言っていこう。鯰尾。手術はどうする?」
主は尋ねた。

「――俺はやっぱり、やめます。見えないなら、それでいいです」
鯰尾は笑って言った。

その後に、不安そうに主を見る。
「でも、……もうすこし戦ってみて、決めても良いですか?使い物になるか分からないので……」
「……そうか。ああ。お前がそう言うなら、それでいい。それまでに、金貯めといてやる。皆が心配してたぞ」
「そうですよねー。骨喰怒ってるかなぁ」
鯰尾は、はにかんだ。

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そうして鯰尾は本丸に戻った。
主は担当者と相談して、定期的に検診を受けるという事でまとまった。
霊力的な訓練に関しては、その道のプロが来る事になった。

「その方は審神者なんだが。この本丸までに来て下さるそうだ。週一くらい?できる限り来て下さる、と言っていた。色々教えて貰おうな」
「はい!」
近侍部屋で鯰尾は返事をした。
この場には一期一振もいる。

「そうだ。一期と話があるから、鯰尾は先に外してくれるか」
「はぁい」
主が言って、鯰尾は出て行った。

廊下の少し先では、当たり前のように、鶴丸が待っているのだろう。

「それでお前に頼みたい事がある」
「はい」
一期一振が返事をした。

主はコホン、と咳払いをして、風呂敷包みを開いた。
「その、この本をそろそろ鯰尾に、読み聞かせてやってほしい。ほら、その、なんだ?色々あって、後回しになってた……」

一期一振は、見知った書物を見て眉を上げた。
『刀剣男子のための男女の肉体の仕組み』とある。
政府が推奨する健全な書物だ。
もちろん主は内容を読んだことがあるので、その正確さと図案のリアルさは知っている。

「ほら、鯰尾はまだ文字が読めないだろう。だからな。任せた」

「……。承知致しました」
一期一振は微笑んで答えた。

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それから机をはさみ向き合い、一期一振が文章を細かく読むという事を繰り返した。
こうして、弟達に読み聞かせたのはかなり前だ。懐かしささえ感じた。
鯰尾は、霊視では図案が見えないらしい。言葉を聞いて理解するという感じだ。

「人間って凄いですね!」
四回目の読み聞かせが終わった後、鯰尾は目を輝かせて、そんな事を言い出した。
多少は覚えているだろうと思ったら、鯰尾はサッパリそういう事を忘れていた。

鯰尾は自慰くらいした事があるだろう、と思ったらそんな事も無かったらしい。
朝の立つとかそういう事にも、いち兄そういう事あるの?首を傾げていた。
読み聞かせながら、一期一振は、この子の体に性感はあるのだろうか、と心配になった。
くすぐって試そうかと思ったが、鶴丸がこわいのでやめた。

「いち兄は女人とまぐあった事あります?」
綺羅綺羅した目で見られた。
「いや、ないよ」
「そうなんですか?まあ、女人いないですもんね。『主』ともまぐわったらダメってありますけど……、主が女人なら……人間同士なら子供が出来て不味い、ってのは解りますよ。でも、相手が刀剣男子だと、子供は出来ないんでしょう?それって何がいけないんですか?」

一期一振は表面上は穏やかに、内心は焦りつつ否定した。
「いや。……感情的な問題という物があってね。主が気に入った刀剣だけ贔屓するのは良くないだろう?それにこういったことは、ずっと、一生共にいる、同種の者同士で行う事なのですよ。第一章の、人間の婚姻の下りにあっただろう?」
「……なるほど。じゃあそもそも、刀剣と人はダメなんですね。じゃあ、ええと、いち兄は男同士ならまぐわった事あります?そういうお相手がいますか?」
その後も鯰尾の疑問に丁寧に答える。

一期一振は最後に付け足した。
「鯰尾。この本丸では少ないけれど。本当に、心から好いたお方がいたら、相手との合意の上で、出陣に影響が出ない範囲なら、少しはそういう事をしても構わない。但し、何があっても人間の女性、男性相手は絶対にだめだから、そこは守るように……。いいかい、大切なのは、さっきも言った、羞恥心と、慎みだよ」
一期一振は、貞操観念は大事、と念を押した。

鯰尾は頷き、しっかり頭に詰め込んだ。

――理解するには少しかかりそうだった。

〈おわり〉
 
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鯰尾奇譚12 あまり強く無い鯰尾の話③
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あまり強く無い鯰尾の話③

「くすり、薬、薬……。こうもあると面倒ですね。ちゃんと効いてるのかな」
鯰尾は処方された薬を見た。数えてみたら十一種類。
鯰尾はこんなに飲んで大丈夫か、と思ったのだが、飲み方や分量を間違えなければ大丈夫らしい。目薬は二種類。朝昼晩使う物と、と寝る前に点眼するもの。
さっぱり意味が分からなかった。

「まあ、二千二百五年の薬だ。効くんだろう。薬研もそう言ってる。次はこれだ」
鶴丸がカプセルを渡す。文字の読めない鯰尾は薬をあまり見分けられないので、鶴丸、薬研が毎食ごとに飲む薬を管理している。骨喰は目薬だ。

「でも確かに、飲むと少し体が楽になるんですよね。くすりこわい。鶴丸さん、これってずっとこうですかねー……。ビタミン剤とか要らなく無いですか?」
「どうだろう。しっかり体調管理できるなら、抗生物質はなくても良いらしい。そしたら三つ減る。夜更かししないようにするんだな」
鶴丸は鯰尾のアホ毛を指ではじいた。
「ちゃんと寝てますって」
鯰尾はそれには気づく様子もなく項垂れている。鶴丸は頭を撫でた。
「布団の中で起きてちゃ意味ない。骨喰が言ってたぞ?」
「げ。ばれてる?」

「兄弟、昼からは手合わせだ。頑張ろう」
「分かった、用意する、あっ!?」
「っと!」
鯰尾がコップを倒しかけて、鶴丸が受け止めた。

「やると思ったぜ。気をつけろよ」
鶴丸は苦笑した。
「はい」
「さ、あと三つだ」「うー」
そこで名案、とばかりに鯰尾が手を打つ。
「あっ、そうだ一気にまとめて飲んじゃえば良いんじゃ無いですか?」
「君は多分、喉に詰まらせるな。そういう横着はやめてくれ」
「あーはい……」
鯰尾は大人しく一つずつ、水を使って飲み込んだ。

鶴丸は鯰尾の頭を撫でた。
「俺、蛍さんより先に禿げそうかも」
鯰尾は頭を抑えた。

「兄弟。着替えよう。鶴丸、後は頼む」
骨喰が言った。
「はぁい」
鯰尾は立ち上がり、鶴丸は薬の片付けを始めた。

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「えい!」
練度二十の鯰尾が刀を振り下ろす。それをカンスト骨喰が受ける。
「遅い!もう少し早く」
「やあ!」

手合わせの様子を見ていると、さっぱり、とまでは行かない物の、全く、というくらいには不格好だった。今はまだ、ただ型どおりに、交互に打ち合うだけの稽古だ。

「でも、ちょっとずつ良くなってきてるよ。刃先も全然ぶれなくなってるし」
堀川が言った。
「そうだね、彼、よくなってきてるよ。頑張ってるね」
青江が同じような事を意味深に言った。

「薬も、効いてるんだろうね」
青江が呟いた。
「――そうだな」
鶴丸は頷く。

「が、俺はどうもあの薬ってのは好かん。眠気が昼間来るから、晩に眠りにくいと言っていた。それに、鯰尾は朝晩やたらだるそうにする。確かに、医者は副作用があると言ったが……いっそ、無い方が楽じゃ無いのか?」
鶴丸が言った。

「ううん……、その辺りは僕も薬研君に聞いたけど、確かに、無くても変わらない、とは言ってた。加減が難しいんだって」
堀川が言った。
「……俺達は刀剣男子だ。人の薬が効くのか?って問題もある」
鶴丸は溜息を付いた。

「鯰尾君の事が気になるのかい」
青江が言った。
「ああ。心配だな」
鶴丸はこともなげに言った。

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「効いてんのかなぁ、これ」
二本目の目薬を差して、鯰尾は溜息を付いた。
ぱちぱち、と瞬きは問題無く出来る。医者曰く、かなりしみる目薬らしいが、感じない。目から勝手に涙がこぼれたのでちり紙で拭いた。しみているのだろう。

「やれやれ、さ寝るか。夜更かし厳禁だし」
「お休み、兄弟」
骨喰が電灯を消した。
以前は一人部屋だったが、不便が多すぎるので今は骨喰と同室だ。

「明日、遠征か……」
そして明後日は病院だ。

「んー……」
鯰尾は目を閉じた。出陣も少しずつだが、こなしている。
だいたいは強い者と一緒に函館に行って、鯰尾を一人にして、鯰尾はひたすら一匹ずつ視て狩る。あるいは部隊が一匹残し、鯰尾がそれを最期に狩る。無駄な殺生という言葉が浮かんだが、どうせ敵だ。情けは無用。

一応、手応えはある。
だけどこんな調子で、どれくらい経てばまともに強くなれるのだろうか。
そもそも、自分は刀剣男子なのに、どうしてこんなに迷惑を掛けているんだろう。

そういう事を考えているうちに、眠る事ができた。

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起きて骨喰と洗面所へ行き、顔を洗っていると、鶴丸の気配がした。
手ぬぐいでぬぐって振り返る。

「よう、おはよう……」
鶴丸の眠そうな声がする。
「おはようございます!」
「こいつは驚いた。今朝は元気だな」
鶴丸が――。どんな顔をしたのか分からない。視逃した。
まあいいか、と鯰尾は笑う。
「夜更かししなかったんですよ」
「寝坊もしなかった」
骨喰が言った。
「それは骨喰もでしょ-。お腹空いた。薬のも」
鯰尾は言った。
鯰尾は味を感じないので、朝食=薬を飲むというくらいだ。

「味はどうだ?」
「相変わらずです。そういえば、前、今の薬が終わったら、抗生剤減らして、新しいの試すって言ってました。ソレの方が効くかも、って。よく分かんないですけど」
鯰尾は洗面所を出た。

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朝食後、鯰尾は二時間ほどの遠征に出る。
これは鯰尾が日課にしている事で、外歩きに慣れる為だ。

鯰尾は目を閉じて、適当な石の上に座ってみたり。霊力を集中させて、ピンポイントで視て石を拾ったり。少し走ってみたり。そういう事をする。
案内は鶴丸か骨喰、後は三日月が多い。
三日月は本丸ではどうしようもないが、出陣や遠征だと中々しっかりしている。
天下五剣は霊力が高いのか、そういう感覚的な事を教えるのも上手かった。
痒いところに手が届くような訓練方法をよく思いつく。

鯰尾は目を開けたまま、落ち葉を拾っていた。
これも初めの頃に三日月が提案したことだ。大分慣れて来て、きちんと手が届くようになった。
初めは掴んだつもりでもずれていたりして、それなりに苦労した。
要は意識を集中させるタイミングだ。
三日月は、できるだけ少ない力、少ない歩数で動く事を勧めた。

三日月は、鯰尾の様子を見て、二十秒で落ち葉一枚、それが出来たら十秒で二枚……、五秒で二枚、一秒で二枚、というように厳しくしていく。
今は一秒で二枚の落ち葉を探している。

ふっと、気が付くと、周囲に落ち葉は無い気がした。
足音が聞こえ、鯰尾は立ち上がった。

「おお、コイツは沢山拾ったな」
資材を調達していた鶴丸が言った。一緒に行った骨喰も戻って来ている。
目を閉じて近づいて来た刀剣男子の気配を読むこと――、それも三日月が勧めた。

鯰尾が、どうしてそういう事、俺に教えられるんですか?
と尋ねたら、三日月は『簡単な事だ。俺もそういう事をしている』と答えた。
鯰尾は感心した。三日月は何もしていないようで、ちゃんと刀剣男子していたのだ。
三日月は『他の刀剣達も索敵などはあらかじめ備わっているが。霊力の高いものは、五感以外の感覚を大なり小なり、使っている。それを意識しているか、いないかの差。おぬしは初め意識して。いずれは無意識で出来る様に頑張らねばなぁ』
と言った。
鯰尾は頑張ると決めた。三日月が言うと霊力とはそういう物だと言う気がする。

「もう終わりですか?」
落ち葉を木の下に置いて、鯰尾は尋ねた。
「いや、向こうで、三日月じいさんが呼んでたぜ。あの滝の側だ。落ちるなよ」
「俺達はまだ少し採集をする。炭の材料を探す」
「分かった」

鯰尾は歩き始めた。遠征の間は、鶴丸も骨喰も手を貸さない。
――本丸にいると皆が手伝ってくれるので、つい甘えてしまう。

こういう、普通の森程度なら、歩けるようになって来た。
開けた鯰尾の目には輪郭のない色だけがものすごくぼんやりと見えている。ものの詳しい形はさっぱり分からないが、大きい物なら、たぶん何かあるというのは分かる。
三日月に言われてどこまで見えるか試したら、人程度の大きい物なら分別が付くと分かった。色と形で区別し、そこにいるのが誰か分かる程度だ。逆に言うとそれより小さいものはぼやけて、肉眼ではほとんど何も見えない。
――鶴丸と山姥切は、どちらも白いので見た目で区別できない。が、上の方にほんの少し金色がまざっているのが山姥切だ。鶴丸の目は金色なのだが、肉眼では見えなかった。
本当なら見えない所を霊力で補っているらしいので、眼鏡は無駄だった。

治療を初めて、良くなっているかと言われたら、日によって大分違う。おっ、少し良いかも?という日もあるが、今日は見えない方だ。

水音が聞こえる。そろそろ、川が近い。

「鯰の尾よ。足元に気を付けろ」
川の側にいた三日月が鯰尾を呼んだ。さぁああ、と小さな滝の音がする。
鯰尾は足元を視て、良さそうな所を歩く。
目を閉じ、川面を霊視する。
川は中流程度で滝はただ単に、地形が少し急になり、大きな岩がごろごろして。その岩の間を水が流れているという感じだ。

「この岩場を霊視無しでのぼってみると良い。俺が通る場所を、霊視していろ。苔むしているので、滑らないように」

「はい――」
「うむ」
三日月は頷き、次の瞬間には頂上にいた。

鯰尾はあっけにとられた。
「どうだ?まずはこのくらいの早さで登れるようになれ。俺は上で待っている。くれぐれも。霊視してはいかんぞ?」
「……えっと、はい……」
霊視を全く使わないで物を見る方法は、三日月に言われ、なんとか習得していた。

初めは三日月の言う、閉じる感覚、がもうサッパリ分からなくて。本丸の刀剣達で相談会議を行った。
最終的には、機動が高い愛染の、『霊力使う前に、動きゃ良いんじゃ無いか?』という思いつきを元に、とりあえず動く、を繰り返し繰り返ししてみて、結果。
霊視は集中が必要だから、霊視の前に動くなら霊力を使わないで済むだろう、という適当な感じになった。
それを実践している内に、鯰尾は、あ、これだ!と思った。これは上手く説明ができない。

霊視……をすると――物単体で見る事が出来る。鯰尾の感覚では、目を閉じ、意識をそこにあるはずの物に向けてとても集中する、すると鮮明に浮かぶ。という感じだ。
鯰尾は視る、というのはそういう物だと思うようになった。

霊視をするのは、長く視ないでぱっと視るだけなら、回数を気にせず結構いける。
ただし、動く物の動作を追うのはかなり疲れるので一日五回まで。
練度が上がれば変わるかもしれない。と鯰尾はわずかに期待している。

三日月曰く、普段は霊力を使わず、自然体でいることが重要だとか。
それ以来少し疲れなくなった気がしていたのだが、薬を飲み始めてよく分からなくなった。

――鯰尾は困ってしまった。
本丸ならともかく、ここを霊視無しで?
三日月はたまに無茶を言う。
「ううん……」

鯰尾は岩場を触ってみる。

三日月が動いたときは霊視していた。なので道順は分かる。
のだが……。霊視無しだとさっぱり見えない。
「早く?」
そんな事できるのか、と思い、鯰尾は思い出した。

三日月と初めて手合わせして、一瞬で思いっきり叩きのめされて負けた時の事。
三日月は『俺とおぬしは、同じ練度だ。体が利かぬ故、ちと難儀だろうが、おぬしも本当は、このくらいは出来るはずだ』と言った。

その上で、三日月は、いつでも相手になろうと言った。
『この本丸の者はみな、総じて練度が高い。故におぬしが相手では、加減することしかできぬ。鶴やあの一期でもだ』

確かに低練度相手に、手合わせで全力が出せるわけが無い。
増してや自分は金喰い虫のお荷物刀剣だ。

「……やるんだ」

鯰尾は呟いた。

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「うぁ」
ひとつ登った途端に足を滑らした。
なぜ滑るんだろうとそこを触ったが、ぬるっとして気持ち悪かった。やはり苔のせいだ。
目を精一杯近づける。
苔はこんなにも滑るのか。新しい発見だ。

風がそよいで髪を揺らす。
――こういう感覚はあるんだ。全て駄目なわけじゃ無い。むしろ、駄目な所は少ないくらいだ。
手がちょっと動かない、とか痛みを感じないとか。
味覚云々に関しては戦闘には無関係だ。
そういえば、熱さ寒さ、これも戦闘には関係無い。
寒いなら、骨喰と同じ程度着込めば良いだけだ。

目が殆ど見えない、これは振りかぶっている剣撃や相手の姿が良く見えないくらいで――いやこれはかなり困るけど――悪くはならない、らしいし?
三日月曰く、相手を知れば何となく動きが予測出来るとか。青江や骨喰もそう言っていた。
……刀での戦いには定石があるから……。
鶴丸や和泉守のような例外もあるが、各刀種のそれを覚えて行けば少しは何とかなるのでは無いか――、鯰尾は皆に教わり、素振りや型の練習をひたすらやっている。

霊視に関しては、むしろ長所と思っても良いくらいだ。
霊視が上手く使える様になれば、きっと、皆と同じように見える。
手の扱いに慣れれば、自分は脇差だ。きっと、皆より早く動ける。

今はちっとも動かなくて苛々したり、豆を落としてがっかりすることばかりだけど。
できる。頑張れば。できる。

「よいしょっと……」

鯰尾はまず、手の感覚を頼りに一回登ってみた。

頂上で、三日月がこちらを見る。
「ふむ。では気を付けて下りて、次は腕を使わずに、登ってみるといい。千回くらいにするか?それとも百回か?体は使い方次第だ。ある程度。――例えば岩を登るとしよう。まず、岩がある。その上にもまだ岩が続くとわかれば、つまずいても倒れぬように手を出し足を踏み出せる。岩があると気づかなくとも。決して転ばぬように動く。千変万化――お主はまず、そういう動きを身に付けると良い」

無茶を言われて鯰尾は少しひるんだ。

「いまだ索敵の感覚は掴めんか?」
「すみません……」
鯰尾は索敵がさっぱりできない。
敵がどちらの方角に何体いるか。そういう事がまだ解らない。
これはそれこそ練度1でも、皆、自然にできるらしい。

「まあそのうちできるかもしれぬ。それに、俺達は、霊視などという器用な事はとても出来んからなぁ。気に病む事は無い。さて、幾度にする?」

「千……、と言いたいですけど、時間は?」
「そうか。それがあったな。今日は野営しよう。調達は鶴に任せよう」
「う。じゃあ頑張ります」

「それが終わったら、おぬしは、野を駆けると良い。俺と競争だ」
三日月が言った。
「?競争ですか?」
鯰尾は吃驚した。これは初めて言われた。
「人の世に、早駆け――かけっこ、という遊びがある。俺より早いかも知れんな。足は大丈夫なのだろう?」
三日月は言った。

「はい」
鯰尾は頷いた。足は痛覚がないだけでほとんど大丈夫だ。
部隊の皆が走って移動する際にも、遅れたことはない。
手を繋いで引いてくれる者がいればこそ、転ばず、木にぶつからずに済むのだが……。

――走る事はできる。

「鯰尾、また出ているぞ」
三日月が言った。
「あれっ?」
――鯰尾の目から、涙が出ているのだ。
鯰尾は袖でぬぐった。

悲しくないのに。希にあることで、鯰尾はいつも戸惑う。
「分かりました、やります」

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結局千回、ぜいぜい言いながら終えた頃には日がとっぷり暮れていた。
足が棒になった。もう立てない。千変万化の動きはよく分からなかった。

骨喰と鶴丸は一度本丸に戻り、支度を調え、一期一振を連れて来た。
――これは一期一振がついてきたと言った方が正しい。

「かけっこか。そりゃあいいな。君は脇差だし、じいさんには勝てそうだ」
早駆けの提案を聞き、鶴丸が言った。鯰尾は、鶴丸の表情を視た。
笑っている。
一期一振から、また野営の注意を教わった。大半は体を冷やさないように、とかだ。
その後、一期一振は無言で鯰尾の頭を撫でた。
皆がそうするので、蛍丸ではないが縮んでしまいそうだ。

「ですが三日月殿。鯰尾が千回終えた以上、今日は戻るのが良いと思います」
「ふむ。それもそうだな。ではそうしよう」
三日月も微笑む。

「それがいい。食べたら帰ろう。薬も持って来た」
骨喰が言った。
「げっ。それはいいのに」
鯰尾は言った。

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翌日からしばらく筋肉痛で動けなかったので、五日後。
鯰尾は三日月とかけっこをすることになった。
城の庭に線を引き、そこを一直線駆ける。
ゴールには鶴丸、和泉守、堀川がいる。
スタートの合図は骨喰だ。

風を切るように、とにかく早く走る事を考えた。

「――!勝った!」
鯰尾は言った。

「わわっ」「おっと!」
止まり切れなかった鯰尾を鶴丸がしっかりと受け止めた。
ゴールの先にも十分な距離はあるが、助かった。

いつもゆっくり、慎重に、ゆっくり、廊下はすり足で、差し足抜き足忍び足、というのが癖になっていたので、自分の早さに驚いた。
鯰尾藤四郎は、やはり、障害物が無ければこれだけ早く動けるのだ。
嬉しい事実だった。

「ふう、早いなぁ」
若干……いや、だいぶ遅れて三日月が終わりの地点に来る。

鯰尾は振り返った。
「三日月さん意外と遅い!それ全力ですか?」
確かに三日月は本気を出していたのだが。なんというか、走り初めが特に遅い。あれ?いないの?と思ったくらいだ。
「この着物が重いのだ。水が欲しい……」
骨喰がへたり込んだ三日月に水を渡す。
「確かに――。脱げば良いじゃ無いですか」
「なるほど。……主に聞いてみるか」
三日月は言った。

「着物でも慣れれば早く走れるぜ?」
鶴丸と一緒にゴール地点にいた和泉守が言った。
「うん、結構兼さんは早い。僕には敵わないけど。やっぱり脇差や短刀は早いよ。次は誰か呼んでみる?僕もやっていい?一番は愛染、あと長谷部さんが凄く早い。呼んでみよう」
堀川が言った。

「良いですね、皆でやってみましょう!長谷部さーん!!」
鯰尾は長谷部を呼びに行って、手を引いて戻って来た。

――鯰尾が転ばない事に、鶴丸が気が付いた。

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その少し後、初めて馬に乗った。
落馬で死ぬ侍もいた、と聞きおっかなびっくりだったが、王庭は賢く優しい馬で根気強く鯰尾を乗せた。逆に気遣われているようだった。
鯰尾は慣れて、霊視をしながら馬で遠出できるようになった。

行く方向を定め、一度視て、あの木の所まで、とか森を抜けようとか言うと王庭が運んでくれる。付き添いの馬がいればそれについて進んでくれる。
ぶっちゃけ馬上にいれば、転ぶ心配は全く無い。側で見ている方は心配らしいが、鯰尾に不安はない。向こう見ずな性格がかえって良かったようだ。

乗ったままでの戦闘はまだ無理だが、戦う時は降りればいい。
出陣回数も週に二度に増えた。

少しずつ、自分なりの戦い方が分かって来て、楽しい。
主は鯰尾に連結をして、機動も力も上がった。練度も二十三を超えた。
――もう少しで『特』だ。無理だと思っていたから、楽しみで仕方無い。
皆も今か今かと待ち、協力してくれる。
手合わせは、カンスト相手は問題外だが、三日月となら多少は何とかなる。

今日は暇だった加州、大和守と対戦した。
手合わせの後、大和守が言った。
「まだまだだね。でも確かに、強くなるなるかもって気がするんだよ。刀筋とか、間合いの取り方は悪くないし。むしろいつも嫌な所にいる」
「あー確かに、え?そこ!?やりにくっ、って感じある。嫌だわー。動きも大分早くなったし。やっぱり身体能力は脇差なんだ」
加州が頷く。
その横で鯰尾はぜいぜいと呼吸を整えている。
「はぁ、ふう、……他には?なんでもいいので、気づいたところ、お願いします」
姿勢を正して鯰尾が言った。
「後は……そうだなぁ。ちょっと防御が不安かも」
大和守が言った。
鯰尾は瞬きした。
「鯰尾ってさ。打ち合いになると刀がよく見えなくて不利だから、初動でかなり思いっきり突っ込んでくるけど、練度差がある場合っていうか、早さが劣る場合は、それだと一撃、致命傷くらったら負けるよ?鯰尾は短刀じゃなくて脇差なんだから、防ぐ事も考えて、次の手につなげるように、なんとか上手く出来ない?向こう見ずすぎて心配なんだけど」
大和守の言葉に、加州が感心した。
「へー。防ぐって、お前……そんな事考えられたんだ?」
「ううん。僕だからかな。たぶん、痛みを感じないから、突っ込むのが恐くないんだろうけど。しっかり手を守れるようにならないと。僕は手だけ無事ならいいけど、鯰尾は怪我しても気づけないから、長期戦だと危ないよ」

「なるほど。勉強になります!」
鯰尾は目から鱗、という感じだった。

「そっかー。ならその辺は短刀と、脇差の先輩に聞くといいかも?短刀は鍔もないのに良く突っ込んでくるって思うけど、平野、前田、あとは薬研と乱かな。そのあたりはちゃんと刀で守るよ?聞いてみたら?」
加州が言った。
「っはい!聞いてみます!」
鯰尾は返事した。短刀の戦い方。そういえば手合わせはまだ太刀、脇差、打刀としかやった事が無い。
「ま。がんばりなー。今日はこのくらいにしとこ」
「ありがとうございました!」

「よし、平野~前田、どこー?」
「兄弟、少し休め」

そいう感じで鯰尾は順調に力を付けてきていた。
――しかし。

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「ふ、ふう……」
ある日、食後の薬を飲んでいた鯰尾が不思議な溜息をついた。

「どうした?鯰尾」
骨喰が言った。
「わかんない……」
ぐらぐらと、鯰尾は頭を揺らしそのまま倒れた。
「!熱がある」
顔色は白いくらいだが、熱が高い。昼間は普通だった。
「っ主!」

主は鯰尾をすぐに手入れ部屋に入れ、札を使ったが、出てきたあとも熱は全く下がっていない。こんのすけが政府に緊急連絡を入れ、すぐに鯰尾は現世に運ばれていった。

鯰尾はそのまま入院することになり、一週間後にようやく面会ができるようになった。

鶴丸は真っ先に様子を見に行こうとしたのだが、連絡を受けた主が一期一振を選んだ。
主と一期一振は何も持たずに出かけていった。

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戻って来た主は無言で、近侍部屋で項垂れていた。
一期一振は帰って来ない。

主の様子は、長谷部も声をかけられないほどで、蜂須賀が尋ねた。

「……主、鯰尾は?」

「…………このままだと、鯰尾は失明する……。もうほとんど見えないって。前よりずっと悪くなってるみたいだ……。薬研を呼んでくれ」
主が言った。

――蜂須賀と長谷部は息を呑んだ。

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「政府には、手術を勧められたんだが。それは鯰尾次第だ。かなり特殊な手術で、費用は政府も補助してくれるって言ったんだが。鯰尾が……嫌がってな。……俺がいると、あいつ、泣くから、一期が付いてる」

「手術?どんな?」
薬研が言った。薬研は鯰尾が失明するかも、と聞いても、表面上は冷静だった。

「……眼球、視神経、脳神経の交換だ。刀剣男子がやった例はないが。確かに、現代では良く行われていて、副作用は薬で抑えられるし、成功率も高いんだが。どうしても金がかかるし、やっぱり嫌がる人もいる。鯰尾は、同じ鯰尾――から、目とそのあたりを貰う、ってのがどうしても嫌だと。だったら役立たずで死にたい、って言ってな。その気持ちはよく分かる」
主が俯いた。

「……」
蜂須賀も、長谷部も、薬研も目を伏せた。

「確かに、俺達は、ドナーには困らないが、そうまでして生きたいか、元に戻りたいかと言われると……」
薬研が言った。
「私なら、むしろ折れる方がましだとさえ思う。彼もそう考えたんだろう……」
蜂須賀が唇を噛んだ。
「しかし、良くなる可能性があるなら、ためらう必要はないだろう?」
長谷部が言った。
「いや……。できるかもしれない、ってくらいで前例はないんだ」
主が言った。

沈黙が下りる。

「……主。鯰尾は、本霊に還りたいと言っているのですか?」
長谷部が主に尋ねた。

「いや。そこまでは聞けてない。俺はそんな事はさせない。まだ落ち着いてないから……。こういうのは急いではいかんからなぁ……。しばらく様子を見る。一期が良いと言ったら、俺は見舞いに行くつもりだ。その時の出陣予定は任せる」

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鯰尾は横になっていた。
「……」
目を近づければ、見えていた。
それももう見えない。自分の手が見えない。わからない。
暗闇で白いものがたまに見えるという感じだ。
何が見えているのか、明かりか、と思ったが、医者の話ではまぶたの血管だという。

なんだそれ、と思った。
焼ける様な熱三日四日続いて。
ようやく下がった後。気が付いたら何も見えなかった。
見えないと訴えて、横になっていると、医者に「光を当てています。なにか見えますか」と聞かれたので首を振った。
「霊視で見えますか」
鯰尾は目を閉じた。医者の姿が見える。
「――見えます。まぶしい」

心底ほっとした。
これなら戦えるかもしれない。

そう思った途端に、悲しくなった。

自分の役割なんて、どこにもない。
あの本丸は自分がいてもいなくても、変わらない。
皆、練度が高くて、鯰尾がいなくてもいい。

鯰尾は泣き出して、また熱にうなされて、薬で熱が下がった。

手入れで治らなくて。
入院して治療を受けて、食事をして。排泄して。
……まるで人間みたいだと思った。
情けなくて、悔しい。歴史を守る刀剣男子はどこにいる……?

――ついに、進退を決める時が来たのか。

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「いち兄。先輩は凄かったんですね」

鯰尾は呟いた。
弱音を吐いたらいけないと思って、そういう事は言わずにいた。

「……、そうだね。けど、鯰尾も強いし、とても頑張っているよ」
優しい言葉が痛かった。鯰尾は背を向けた。

「ごめん……一人にして」
「……、分かった」
一期一振は出て行った。


鼻をすする。ティッシュ箱を持ってひたすら泣いた。
悔しくて枕を握った。嗚咽が止まらない。

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鶴丸が来たのはその夜だった。

「よう。具合はどうだ?」
ノックされたと思ったら勝手に入ってきた。

鯰尾は涙も涸れて、散々寝たので眠る気にもなれず、起き上がって膝をかかえて、色々な事を妄想していた所だ。
良い事、悪い事。もし手術が上手く行って、目が見えるようになったら、沢山誉が取れるかもという希望。でもその影でどこかの鯰尾が死ぬだろうという悲しみ。
もし失敗して寝たきりになったら。あるいは目が覚めなかったら?頭をいじられておかしくなったら?そもそも自分は何がしたいのかという事。誉を取って、それで何になる?
やはり自分はいてもいなくてもいいんじゃないか、そろそろ疲れた、という事――。

おかしな話だが、鶴丸に会えて嬉しかった。ほっとした。
でもどうして嬉しいのか分からなくて、鯰尾は一瞬ポカンとした。

「……鶴丸さん、どうしたんですか?」
口から出たのはそんな言葉だ。
「どうしたって?おいおい。君こそ、ひどい顔だぞ」
鶴丸が頭を触る。鶴丸の優しさを感じ、鯰尾はうつむいた。
「主は?」
「ん、ああ。外で医者と話してる」
「そうじゃなくて、どうして鶴丸さんが来たんですか?」
鯰尾は尋ねた。今気が付いたが、すごく強い匂いがする。花のような。
鯰尾は少しむせそうになった。
「――どうしてって。そりゃあ君が落ち込んでるって聞いて、見舞いに来たんだ。ちゃんと見舞いの品もある」
鶴丸は何かをどん、とサイドテーブルに置いた。
ぶわっ、とさらに匂いが濃くなる。
「……なんです?それ」
「メロンと林檎、バナナ、西瓜。桃もある。一番豪華なのを選んだんだ。この芸術的なカゴの造形は君にぜひ霊視して欲しいぜ!」
「うわ。すごい、って視るところそこ?」

鶴丸は笑った。
「――後はこれだ。百合の花束。見えるか?白くて良いだろう?他にもあるぞ?」
「……すごいくさいです」
鯰尾は鼻をつまんで言った。

視てみると、花束はかなりでかい。鶴丸が隠れて見えない。
「百合と、水仙と、バラと……ゴホ、えっと……あとキンモクセイ?トイレの?」
……しかも匂いがキツイ花ばかりで、キンモクセイは鉢植えだ。
キンモクセイはトイレの芳香剤の匂いなので鯰尾にもわかった。

「何ですかこれ?」
鯰尾は眉をひそめて、果物や花束の方に顔を向けた。

「俺は君がここにいる間、毎日たくさん花を持ってきて、毎食この果物を届ける予定だ。食い切れなくなる前に、さっさと本丸に帰ろうぜ」

「――」
鯰尾は驚いて、しばらく目だけで鶴丸を見た。見えないと分かっていてもじっと目を開く。
おぼろげな、しろい光が見える……。
鯰尾はどうして?と思った。何も見えないはずなのに。
無意識に霊視を使っているのだろうか。

「――俺は、君に手術を受けてもらいたくない。主や医者が何と言おうと、受けるのが正解だとしてもだ。まあ、君がよければだが、な?」

鯰尾は普段あまり鶴丸の顔を視ない様にしていたのだが。
今はまじまじと、しっかりと視た。
「……え、ええ。………はい……」

「反応が薄いな。帰るのか?準備して良いか?」
「え、ええ、えっと」

頰がくすぐったい感じがして、鯰尾は首をすくめた。
――鶴丸が鯰尾の頰を撫でたのだと分かった。
鶴丸の指が目尻を撫でる。

「君の目はこんなに綺麗だ。俺という杖もある。目が見えなくても、困る事なんて無いさ」

「……」
「泣くなよ」

鶴丸は鯰尾の背をゆっくりと撫でた。

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「主さん……」
鶴丸について、鯰尾が大きな花束を持って出てきた。

「これ、持って帰ります……」
頰がとても赤い。

さては鶴丸何かしたな、と鶴丸を見たが、至って普通だ。
むしろ真剣そのものだ。
主は鶴丸をかなり見直した。手を出さなかったのか。
――これには別の問題があるのだが。そちらは追々、何とかしていこう。

「よし、じゃあ帰るか。センセイに礼を言っていこう。鯰尾。手術はどうする?」
主は尋ねた。

「――俺はやっぱり、やめます。見えないなら、それでいいです」
鯰尾は笑って言った。

その後に、不安そうに主を見る。
「でも、……もうすこし戦ってみて、決めても良いですか?使い物になるか分からないので……」
「……そうか。ああ。お前がそう言うなら、それでいい。それまでに、金貯めといてやる。皆が心配してたぞ」
「そうですよねー。骨喰怒ってるかなぁ」
鯰尾は、はにかんだ。

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そうして鯰尾は本丸に戻った。
主は担当者と相談して、定期的に検診を受けるという事でまとまった。
霊力的な訓練に関しては、その道のプロが来る事になった。

「その方は審神者なんだが。この本丸までに来て下さるそうだ。週一くらい?できる限り来て下さる、と言っていた。色々教えて貰おうな」
「はい!」
近侍部屋で鯰尾は返事をした。
この場には一期一振もいる。

「そうだ。一期と話があるから、鯰尾は先に外してくれるか」
「はぁい」
主が言って、鯰尾は出て行った。

廊下の少し先では、当たり前のように、鶴丸が待っているのだろう。

「それでお前に頼みたい事がある」
「はい」
一期一振が返事をした。

主はコホン、と咳払いをして、風呂敷包みを開いた。
「その、この本をそろそろ鯰尾に、読み聞かせてやってほしい。ほら、その、なんだ?色々あって、後回しになってた……」

一期一振は、見知った書物を見て眉を上げた。
『刀剣男子のための男女の肉体の仕組み』とある。
政府が推奨する健全な書物だ。
もちろん主は内容を読んだことがあるので、その正確さと図案のリアルさは知っている。

「ほら、鯰尾はまだ文字が読めないだろう。だからな。任せた」

「……。承知致しました」
一期一振は微笑んで答えた。

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それから机をはさみ向き合い、一期一振が文章を細かく読むという事を繰り返した。
こうして、弟達に読み聞かせたのはかなり前だ。懐かしささえ感じた。
鯰尾は、霊視では図案が見えないらしい。言葉を聞いて理解するという感じだ。

「人間って凄いですね!」
四回目の読み聞かせが終わった後、鯰尾は目を輝かせて、そんな事を言い出した。
多少は覚えているだろうと思ったら、鯰尾はサッパリそういう事を忘れていた。

鯰尾は自慰くらいした事があるだろう、と思ったらそんな事も無かったらしい。
朝の立つとかそういう事にも、いち兄そういう事あるの?首を傾げていた。
読み聞かせながら、一期一振は、この子の体に性感はあるのだろうか、と心配になった。
くすぐって試そうかと思ったが、鶴丸がこわいのでやめた。

「いち兄は女人とまぐあった事あります?」
綺羅綺羅した目で見られた。
「いや、ないよ」
「そうなんですか?まあ、女人いないですもんね。『主』ともまぐわったらダメってありますけど……、主が女人なら……人間同士なら子供が出来て不味い、ってのは解りますよ。でも、相手が刀剣男子だと、子供は出来ないんでしょう?それって何がいけないんですか?」

一期一振は表面上は穏やかに、内心は焦りつつ否定した。
「いや。……感情的な問題という物があってね。主が気に入った刀剣だけ贔屓するのは良くないだろう?それにこういったことは、ずっと、一生共にいる、同種の者同士で行う事なのですよ。第一章の、人間の婚姻の下りにあっただろう?」
「……なるほど。じゃあそもそも、刀剣と人はダメなんですね。じゃあ、ええと、いち兄は男同士ならまぐわった事あります?そういうお相手がいますか?」
その後も鯰尾の疑問に丁寧に答える。

一期一振は最後に付け足した。
「鯰尾。この本丸では少ないけれど。本当に、心から好いたお方がいたら、相手との合意の上で、出陣に影響が出ない範囲なら、少しはそういう事をしても構わない。但し、何があっても人間の女性、男性相手は絶対にだめだから、そこは守るように……。いいかい、大切なのは、さっきも言った、羞恥心と、慎みだよ」
一期一振は、貞操観念は大事、と念を押した。

鯰尾は頷き、しっかり頭に詰め込んだ。

――理解するには少しかかりそうだった。

〈おわり〉
 
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