sungen

お知らせ
思い出語りの修行編、続きをpixivで更新しています。
旅路③まで書きました。
鯰尾と今剣は完結しました(^^)pixivに完全版が投稿してあります。
刀剣は最近投稿がpixivメインになりつつありますのでそちらをご覧下さい。
こちらはバックアップとして置いておこうと思ってます。

ただいま鬼滅の刃やってます。のんびりお待ち下さい。同人誌作り始めました。
思い出語り続きは書けた時です。未定。二話分くらいは三日月さん視点の過去の三日鯰です。

誤字を見つけたらしばらくお待ちください。そのうち修正します。

いずれ作品をまとめたり、非公開にしたりするかもしれないので、ステキ数ブクマ数など集計していませんがステキ&ブクマは届いています(^^)ありがとうございます!

またそれぞれの本丸の話の続き書いていこうと思います。
いろいろな本丸のどうしようもない話だとシリーズ名長すぎたので、シリーズ名を鯰尾奇譚に変更しました。

よろしくお願いします。

妄想しすぎで恥ずかしいので、たまにフォロワー限定公開になっている作品があります。普通のフォローでも匿名フォローでも大丈夫です。sungenだったりさんげんだったりしますが、ただの気分です。

投稿日:2019年04月14日 21:57    文字数:23,091

思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―①

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pixivで出していた番外編です。やっと修正が終わったのでこちらにアップします。
あと二本くらい番外編出します。
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思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―

三日月宗近を鍛刀したのは、遠征帰りの愛染だった。

「……どっへぇ!?」
愛染は思わずどっへぇと言ってしまった。そのあと、み、みみみみ、みかづき!と言って鍛刀所から転がり出た。

「みかづき、三日月が出たーーーー!!!!」
愛染は叫びながら廊下を走り、審神者の部屋に飛び込んだ。
「主、あるじ!三日月が出た!!」
「はへ!?」「ぴゃっ?!」
主はあっけに取られ素っ頓狂な声を上げ、こんのすけは主の膝の上でぴゃっと跳ねた。

「三日月が、鍛刀で!」
愛染は手を大きく振って、途切れ途切れに言った。
「っ!?三日月が、鍛刀で!?」
理解した主は立ち上がり即座に駆け出した。

――鯰尾と骨喰は出陣先から端末越しに『三日月が来た!』と言って呼び戻された。他の遠征組も帰還だ。
本丸中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「ついに来たんですね!」
帰城した鯰尾は言った。
誰かに向けて言ったわけでは無くて、そこにいる皆に言った。

当の三日月は輪の中心で曖昧に微笑んでいた。
戸惑っているのかもしれない。まばたきをして、時折、勝手に感激している刀剣達の方を向いて、袖で口を隠して、抱きつかれて驚いたり、そうか、とか言って頷いたりしている。今は主と鶴丸が隣にいて、仔細を説明しているようだ。背中に今剣が載っている。

鶴丸が鯰尾と骨喰を手招きをした。
「ああ、来た来た。骨喰と鯰尾だ。他も戻って来たな」
三日月がこちらを向いた。

鯰尾は目を輝かせた。本当に、天下五剣、三日月宗近だ!
演習で見かける綺麗な刀剣。
鯰尾の主はドロップ運があまりなく、戦場で珍しい刀を拾えた試しが無い。鶴丸は比較的早く鍛刀できたものの、そのほか一期一振、江雪などもかなり遅れての鍛刀だ。
特に三日月は探し回っても中々見つからなくて、鍛刀でも全く降りて来ず。近頃ではあきらめていた。
それが今になってひょっこり顕現するとは。

「骨喰、三日月さんだ!ほら挨拶しないと」
鯰尾は笑って、骨喰の背を押した。
骨喰と三日月が永らく一緒にいたというのは知っている。三日月も知り合いがいればほっとするだろう。二人には仲良くしてもらいたい――。

骨喰を見て、三日月は目を輝かせた。
「――おお。骨喰ではないか!久しいな」
「ああ。……と言っても、すまない。俺には記憶がない」
骨喰は言った。

「――?」
三日月が首を傾げた。
「炎が……俺の記憶を、何もかも焼いたんだ」
骨喰は三日月をまっすぐ見て言った。
三日月は息を飲み、瞳を揺らした。

「何もかも……?」
「ああ。だから、俺はあんたの事を何も知らない」
骨喰が言った。見ていた刀剣達は、もう少し柔らかく言えばいいのに、と思った。
この本丸の骨喰は、三日月の事を情報として知っているのだから。

「……そうか。では、改めて仲良くしよう。ぜひまた、よろしく頼む」
三日月は柔らかく微笑み、骨喰の手を取った。鯰尾は大した刀剣だと感心した。

「ああ。あんたは、ずいぶん遅かった。主は待ちくたびれていた」
骨喰が苦笑すると、三日月があっはっは、と笑った。
「そうか。それは悪いことをしたなぁ」
のんびりとした口調だった。

その間、鯰尾は愛染の頭をくしゃくしゃと撫でていた。
「近侍、誰だっけ?」「俺だった。偶然!」
愛染は、へへん!と言って笑った。さらにぎゅうとぎゅうと抱きしめ撫でる。
「愛染君、大手柄だよ!」
堀川も愛染を褒めている。

「……」
鯰尾は三日月が様子を伺っているのに気が付いた、頭を軽く下げる。
「あ、三日月さん、初めまして。俺は鯰尾です。藤四郎の。とりあえず中に入りましょうか」

――それから、骨喰と兄弟達と一緒にぞろろぞろと本丸を案内した。

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慌ただしかった春の大阪城探索が終わり、本丸は落ち着きを取り戻した。
信濃と後藤は遠征から始め、第四部隊で出陣をしている。
練度の低い刀剣は負傷しやすい。焦りは禁物。慎重に経験を積ませている所だ。

そんな頃。鯰尾と三日月は手紙のやりとりを始めた。
初めは、その日にあった事を書きましょう、と約束して始めたのだが、似たり寄ったりの内容になって来た。

いや。三日月から来る手紙は、事細かに美しい文字で丁寧に、その日の出来事が、感情を込め便せんに一杯に書かれているのだが。
鯰尾からの手紙は……。

鯰尾は手紙を書き終え、筆を置いた。
誤字が無いか、黙読してみる。

『三日月さんへ。お元気ですか?
俺は、今日は、朝起きて、ご飯を食べて、鎌倉に遠征に出かけました。
道中で前田が毛虫を見つけて切り捨てようとしたので、いち兄が止めていました。遠征自体は大成功でした。資材も沢山集まって良かったです。
そのあとお昼で、ラーメンでしたね。俺達は遠征で遅れたせいで、豚骨を食べる事になってしまって、少し濃かったけど美味しかったと思います。骨喰はいつも塩しか食べません。味噌ラーメンも美味しいので好きですが、実は皆が言うほどでもないんです。俺はどちらかというと醤油が好きかな。三日月さんは醤油だったみたいで、うらやましかったです。分けて貰えば良かったな。
その後は演習に行って、戦いました。相手はそんなに強く無くて勝てました。
その後は、晩御飯食べて、今、手紙を書いてます』

という……これでは味気ないというか、あまりに酷い。

三日月さん、俺の事好きですか、とか、今日はどうしていましたか、とか本当に書きたいことは別にある。
あるのだが、何をどう書けば良いのか分からない。

(……あまり沢山書くと、三日月さん困るかな?でも一気に書くとネタ切れしそうだしなぁ。でもあんまり当たり障りの無いのも……)

鯰尾はうーん、と唸りながら、先程書いた日記文をくしゃくしゃに丸め、屑籠に捨てた。
手紙は――屑籠には入らなかったのだが気が付かなかった。
鯰尾は改めて『そういえば三日月さんが顕現した時、どんな感じでした?』と一行だけ書いた。
先程より分かりやすくていいと思った。

鯰尾は手紙をほそく折り畳み、きゅっと結んだ。

そして鶴丸の部屋を訪ね、骨喰に手紙を渡し、言づてを頼む。
「骨喰ー。いた。はいこれ。えっと、今日は短いけど。今度から一つずつ、何か聞こうと思って。あと、そうだ。顕現したときの事。俺、結構宴会激しくてよく覚えて無いんだよね。そこんところ書いてもらって」
「わかった」
骨喰は素直に請け負った。自分で聞けとは言わない。
鯰尾は満足して部屋を出た。

そうして数日後。返事が届いた。
『顕現したとき、まぶしいなと思ったのは覚えている。主を見たら口が勝手に名乗り上げた』
そう書かれていて、鯰尾は、あーあるある、とにやついた。
刀剣男士は顕現したときからそういう物なのだろう。
――顕現前は意識らしいものはなく、本当に審神者に励起され、それを主と慕う。
鯰尾はこの主従関係を、ニワトリとヒヨコの関係みたいで気に入っていた。
鯰尾達の主はそこそこ優秀で、中々良い人物だと思うし、もし多少駄目だったとしても。刀剣達は主が大好きな事に変わりはない。
鯰尾は続きを指でなぞりながら読む。鯰尾にも読みやすい流麗な文字だ。
三日月の手紙は用紙からして凝っていて、鯰尾は読む度にドキドキしてしまう。

『俺は酒をのみながら、おぬしを見ては気もそぞろで。酒をなんどもこぼした。骨喰があきれて、手のかかるやつだと笑った。皆がなつかしく、この本丸に顕現できたことがうれしく、ひたすらに祝い酒をのんだ。俺は見ての通りのじじいだから、出陣や内番とやらができる自信は無かったが、なんとかやっていこうと思った。鶴丸から鯰尾が総大将だと聞き、それは大したものだと感心した。脇差ながらにそんな事もあるのかと尋ねた所、骨喰達が、鯰尾は頑張り屋だから、皆、信頼していると言った。それからは鯰尾の話をした。主の話にもなった。鯰尾があまり構ってくれないので、寂しく思ったのだがそのうちによく分からなくなり、気が付いたら部屋で寝ていた』

「へぇ。こんな風だったんだ……」
三日月からの文に、鯰尾は笑って呟いた。
『まあ、飲め飲め』というやつだ。鶴丸や獅子王やら、あの辺りはやたら飲む。

ふふふ、と鯰尾は顔をほころばせた。
「三日月さん……」
可愛いのはどっちだと言いたくなる。
計算なのか天然なのか、よく分からないけどまあ何でもいいや。
鯰尾もあの時の事はあまり覚えていないが、ぶっちゃけ三日月の事は眼中に無かったと思う。

――そうして、三日月の鯰尾を探して徘徊する日々が始まったのか、それとも単に迷っていたのか。
鯰尾が、『何故かおかしな気配を感じる……三日月さんが、また迷ってるのかな』と思っていた頃……。
鯰尾は今更だがあの頃の事が気になったので、返事がてらに尋ねることにした。

「お手紙ありがとうございます……と」

三日月さんへ
お手紙ありがとうございます。そんな感じだったんですね。俺もあの宴の事は、よく覚えて無くて。羽目を外し過ぎて後で後悔しました。お酒は恐いです。三日月さんを運んだのは誰だったのかな。愛染は喜んでいました。でも明石さんが早く来ないかなってぼやいてました。この本丸は、まだ刀剣が少ないですから、見つけてあげたいと思うんですが、中々。今度一緒に出陣しましょう。

そういえば、三日月さん、良く徘徊していましたが、近頃はどうですか?本丸の建物は覚えましたか?  鯰尾

長めの手紙だが悪く無いと思う。
鯰尾はまた細く細く折り畳み、よいしょと結んだ。

三日月から貰った手紙は文箱に大事に収めた。

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「主さん、今度は明石さんが見つかると良いですね」
近侍部屋で、鯰尾は言った。

鯰尾は、適当に文机に向かう主の横で、言われた事をさらさらと書き留める。
主の文机の横には、近侍用の筆記用の文机が置かれている。
「ん?ああ、そうだな。じゃあ、三条大橋にでも行くか。丁度いいから、短刀の練度上げしようか。愛染、秋田、後藤とか、信濃その辺りで。後は青江も。打刀も順番にやるか?」
主が笑った。
「はい!任せて下さい!」
「蛍丸も入れても良いかもなぁ」
主が言った。
「愛染、秋田、後藤、青江。打刀を順番に、蛍丸、っと。後は適当で良いですか?」
「ああ。まあ、夜目が利かない連中は江戸……より山かな。第二部隊にしてそちらに行かせよう。一、二、部隊交替で、交互に。予定変えといてくれ」
「はい。また出しておきます。何日分ですか?」
「長谷部ー」
主が言った。

「はっ。こちらに」
長谷部が一瞬で来た。
「そうだな。二週間くらいやってみるか。編成組んどいてくれ。遠征も。後は頼んだ」
「はっ」
出陣予定は、主が直接組む事もあるが、急が無ければこのようにして、鯰尾と長谷部が協力して組む。意外と手間がかかるので、二人がかりの仕事だ。

「じゃあ、ここは泉和守さんで」
鯰尾は言った。
「宗三も入れるべきか?」
「宗三さんは後で良いと思いますけど、鳴狐さんは?内番どうしましょう」
一番困るのが、当番との兼ね合いだ。
「馬番を変更しよう」
長谷部が言った。
あまり予定を変更すると、刀剣男子達からクレームが付く。
遠征も途切れさせるのは良くない。資材集めもあるが、刀剣男子達を動かしておかないと鬱憤が溜まる。いや、遠征続きでも不満は溜まるのだが……。
疲労を溜めるのも良くない。
鯰尾は端末で今月の出陣記録の一覧を見る。日付が横に並んでいて、縦は刀剣の名前。出陣した日に回数が書かれいる。刀剣が多いのでかなりの量だ。

半刻後。
何とかこれから二週間の出陣計画がまとまった。この後さらに二週間分作る。
「んんん。よし、こんなもんかな。じゃあ、お願いします。残りはあさってまでにやっておきます」
「ああ」
長谷部が言って、部隊編成を持って立ち去った。掲示板に張り出すのは長谷部の役目だ。今回は二週間分、『臨時編成、三条大橋捜索、練度上げ、その一、その二』と書かれて張り出された。

「来月からはどうします?特にイベントお知らせも無いですけど」
鯰尾は主とまた相談だ。
「そうだなー、戦力拡充が入るって噂があるけど。まあ、山周回しとくかな。真ん中辺りの連中を鍛えておこう」
「はい。じゃあまあ、練度三十から六十までの刀剣でどうでしょう」
「それでいい」
鯰尾は端末を見ながら該当する刀剣を書き出す。該当するのは七振り。
「あと五振り。交代は四振りですからまだ余裕ありますね」
鯰尾は一部隊を組むときは疲労交代を考えて、二振の交代を用意することにしている。
初めは交代を三振り用意していたが、面倒なのと、イベントで無ければそこまで疲労しないので十分だ。
撤退や、手入れの場合は手の空いた者が代わりに出たりする。
その場合は主の指示を仰ぐ。

「他は?」
主が尋ねた。
「そうですね……お守りとして適当に暇な人入れときますか?九十組と、あとそろそろ練度八十代に掛かりそうな刀は優先して出しても良いと思いますけど」
「そうだな」
「じゃあこの辺りで。あと短刀は前田、今剣。この二振は今まだ六十代ですが。早めにカンスト目指して修行に出したいですね。来来週からの隊長にしましょう。それまでは真ん中を優先、って事で……」
鯰尾は前田、今剣、と書き足して、練度八十代にかかる刀剣を書き出す。
交代要員には『交1』『交2』と適当に優先順を付ける。

足りない部分は練度表から適当に埋める。
「まあこんな感じで、どうでしょう?」
鯰尾は書き付けを主に見せた。
書き出された名の横に、②、③と小さく印が付けられている。
それぞれ第二、第三部隊所属という意味だ。
交代要員は②交一、②交二、③交一、③交二、と書かれている。
隊長は星印。来来週からは前田と今剣がそれぞれ隊長だ。

こうやって、平常時はあらかじめ基本の編成を決めておいて、主の指示が無くても回るようにしている。
主が気まぐれで育てたい刀剣が出来た時はそちらを優先して、主が好きに変更して構わない。もちろん刀剣達も心得ているので、休みが出来たと喜ぶくらいだ。
演習は主が適当に暇な刀剣に声を掛けたり、その時組まれている部隊をそのまま連れて行ったりする。

「うん。良さそうだ。後はいつも通り適当に。第四部隊は今のままでいいかな」
「はい。上手く回ってますし、問題無いです」
鯰尾は頷いた。
第四部隊は練度上げ用の部隊で、練度三十すぎまではそこに編成される。
六振ではなくて、現在の所、顕現したばかりの刀剣を含め、十七振いる。ここはお互いに隊長を自分達で決めて、出陣先や遠征の計画は自分達で出す事になっている。

「いや、助かるなぁ」
主が言った。これを主一人でやるのは大変だ。
鯰尾がもし審神者だったとして、刀剣を任されたら途方に暮れるだろう。
内番は長谷部がくじ引きで決めてくれるので鯰尾はとても助かっている。
「いいえ」
鯰尾ははにかんだ。役に立っていると言う自覚はある。

「第一部隊も出さないとなぁ」
主が言った。
「第一部隊は今いち兄がやってますね」
第一部隊の隊長は、今は鯰尾から一期一振に変わっている。
第一部隊も第四部隊と同じくそれぞれが出陣計画を好きに立てて好きに出陣する。面子は固定では無いが、無論、練度の高い刀剣でないと入れない。
たまに主が集中して育てたい刀剣を放り込んだりする事もある。

これから第一部隊だ、と言われて皆が喜ぶのは、第四部隊だった時の自由さを思い出すからだと聞いた。ずっと近侍をして来た鯰尾はぴんと来なかったが、言われてみたら確かにそうだ。
鯰尾はそろそろ近侍の仕事を他に回してもいいと思っているのだが。主は何と言うだろう。

「いち兄や鶴丸さんがカンストしたら、近侍任せましょうか」
「ん?」
「いえ、だいぶ仕組みも安定してきましたし。そろそろ近侍の仕事を他に回してもいいかもなぁ、って思って……もちろんやりたくないわけじゃ無いですけど。修行もありますし、いずれは皆一通り経験して、全体に強い本丸にしたいですね……」
鯰尾は微笑んだ。
「そうだな。近頃は安定してきたし。それもいいかもな。三日月とは上手く行ってるのか?」
主が微笑んで、鯰尾はうっ、と言葉に詰まった。

「ま、まあ。それなりに。でも、主。もし今後、太刀の修行とか、脇差とか……いつかは分からないですけど、あったらその時は変わりが要りますよね」
吸い取り紙を乗せ、墨を乾かして、編成を清書する。
「まあ確かに。じゃあとりあえず、一期に――。あ。そうだな。来月からにしよう」
主が言った。
「来月ですか?」
「あんまり急じゃ、鯰尾も疲れるだろう」
「そうですか?じゃあそれで。いち兄の次は鶴丸さとか、その次は獅子王さん?」
「そこは鉄板だろうな。そうだ。どうせならまとめて説明しないか?」
「!いいですねそれ!」
主の提案に鯰尾は目を輝かせた。
「そんなに難しくも無いですし、三振りまとめてなら覚えやすいかも。――あ」

鯰尾は思い出した。
「どうした?」
「骨喰忘れてた」
鯰尾はバツが悪い思いをした。練度で行けば鯰尾の次だ。
「あー、ふっ。あっはっは」
主が笑った。

「はは。じゃあ骨喰も入れて、ってほとんど第一部隊全員だな。もう堀川も呼ぶか」
「いっそ太刀とか、部屋に入るだけ?」
「仕事が雑なの居たりしてな」
「適性とかありそうですよね。編成って面倒だし。その辺りは適当に、お任せします」
「だなぁ。しっかりしてそうなの選ぶか。やっぱり最初は、骨喰も入れて一期と鶴丸、獅子王、堀川、……あ」
今度は主が肩をすくめた。
「?」
「山姥切忘れてた」

初期刀の名を聞いて、鯰尾は吹き出した。
「そうでした」
「じゃあ、よし、書いてくれ。山姥切、ほね、一、鶴、獅子、掘川と。青江もいくか?」
「入れときましょう。じゃあこの七振で。結構多いな」
鯰尾は言った。
「でも二回も三回もやるならこのほうが良いいんじゃないかな」
「ですね。これだけ一気に覚えてくれたら楽ですし……。来月頭でいいですか?」
「そうだな。早めに済ませよう」
「はい。じゃあ一日に。ついでに長谷部さんにも言ってきます」
鯰尾はできた来月の編成を持って立ち上がった。

「ん、よろしくな」
「じゃあ、俺はそのまま出て来ますね。今日は洗濯当番なので」
「お疲れさま」

近侍部屋を出る前に、鯰尾は懐から手紙を出した。
「そうだ。あの……。主さん、これ、今日のやつです。お願い出来ますか?」
「おお。もちろん」
主は目を輝かせた。布で見えないが、鯰尾が手紙を渡すと毎回こうだ。
取り次ぎをしてもらう条件として、主も手紙を読んで良い事になっている。

そこで鯰尾は思い出した。
そういえば、三日月は……どこへ入れた?

(あ。――しまった)
三日月は第二部隊の交代要員で。厚樫山だ。
暇なんで、とか言って遠征を一緒に入れたりすれば良かった。そのくらい好きにしてもいいのだが。

(でも、今更変えるのもなぁ……)
鯰尾はそっと肩を落とした。編成に私情をはさむのはどうかと思う。たまにならいいけど……。
ダメだったなら仕方無い。
今回は縁が無かった、と言う事であきらめよう。
過ぎた事は仕方無いと鯰尾は苦笑する。きっと次の機会がある。

――そうやって幾度も機会を逃しているのだが――

一緒に出陣ができなくても、鯰尾は、今は手紙のやり取りだけで楽しいのだ。
外へ出てしまうと、鯰尾は戦いや任務に集中し、会話どころでは無くなってしまう。

……衆目があると、鯰尾は、どうにも三日月に近寄れない。
それは三日月も同じで、頰を赤らめこちらを見てくる、という程度。つまりそろってぎこちない。

一方の手紙は仔細で大変面白く、彼が何を思っていたのかが分かる。
文面を読んで、三日月は案外、真面目な性質なのかもしれない。と思ったり。そういう、姿の見えないやり取りがふわふわとしていて、楽しい。

鯰尾は、三日月を意識している時もあるし、全く構っていないときもある。
鯰尾はあれやこれやと忙しい。
三日月も鯰尾が声を掛けなければ、暫くは、こちらに合わせてくれる。
はははと笑い。鯰尾を好きに遊ばせて泳がせてくれる。

が、三日月は何かの拍子に、寂しくなって近寄ってくる。約束していても、そんな事は無かった、というように姿を現す。鯰尾はそれが好きだった。
……こんな感情は初めてで、どうすれば良いのか分からない。

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鯰尾が手紙を差し出しうつむき、微妙に照れた顔をしている。
あの鯰尾が、大変いじらしくて主は苦笑した。

「えっと……今日は読んでも良いやつかな?」
主は受け取って尋ねた。
鯰尾は押し黙っている。
――これはどう見ても、三日月の事を考えている顔だ。

「あっ!はい、良いですよ」
鯰尾が我に返って微笑んだ。
「どれどれ」
主は内心にやつきながら手紙を広げる。鯰尾が橋渡しを頼んだとき、主が出した条件がこれだった。
……主だしこれくらいは良いだろう。
今では三日月も鯰尾も主に読んで貰う為に書いている?という気さえしている。

主は鯰尾の書いた手紙を読んで、眉を上げた。
「へぇ。ん?あれ?三日月と一緒に遠征に出る予定だったか?」
「あ、いえ。いいんです。出られたら、って感じですし……忘れてました」
鯰尾は苦笑した。

「……そうか?まあ、内番でも一緒にどうだ?」
「予定一杯ですよ」
「また公武合体運動でも行ってくるか?」
「……二人きりとかやめて下さいよ」
鯰尾は少し恥ずかしくなり、ごまかすために俯いた。
この前あからさまな二人遠征を組まれていて、少し恨めしく思った。即変更したが。
「渡しとく」
主は笑った。
「はい。じゃあお願いしますね」
「ああ」
主は頷いた。

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鯰尾が出て行ってからしばらく、主は今後の予定などを帳面に書き付けていた。
政府の要請やら演習やら、やる事は多い。
編成、内番などは鯰尾や長谷部に任せて楽をしているのだが、やはり審神者でなければ決められない事もある。
端末を眺め届いたメールをチェックする。こんのすけは膝の上だ。
「また審神者会か。別にいいな」
主は呟いてメールを読み、既読フォルダに入れた。
「審神者様。たまには顔を出しませんと。他の本丸との情報交換も大切な仕事です」
こんのすけが耳を動かして言った。
「ほとんど飲んでるだけだろう?そういうのはあまり」
主が言うと、こんのすけが苦笑した。
「そうですが、審神者様にも息抜きは必要ですよ。お料理も出ますから。それに、違う本丸の刀剣男子同士が話して、お互い良い刺激になると言う事も。この本丸の皆様はとても真面目ですから、もう少し羽目を外しても……」

こんのすけは、こん、こん、と狐のような咳払いをした。

「すみません。少し、以前の本丸の事を思い出してしまいました」
こんのすけが少し耳を下げた。主はこんのすけの頭をなでた。
「イベントとか、多かったんだってな。そういえば。あまり最近はやってないなー。ちょうど何も無いし。久しぶりに何かやるか?」
「それは良い考えですね。そうだ、皆様から案を募ってみては?」
こんのすけが耳をぴんと立てた。
「ああ。それはいいな。じゃあ、たまには自分から動くか」
審神者は言って、こんのすけを抱えて立ち上がった。
「あ、いえ自分で……」
「ん?気を付けろよ。あ。そうだ!合唱とかどうだ?」
審神者が手を打った。
「え?」
こんのすけが見えない目で瞬きをした。
「合唱対決。二つか三つに分かれて、歌うとか。一番上手かった組にはそうだな。エアコンでも?二等はスイカ、三等は風鈴?皆で練習してさ。楽しそうだ」
「……それは良いですね!早速準備を」
こんのすけがぱっと微笑んだ。

「あ、おい、気を付けろ、ぶつかる」
主は歩き出したこんのすけを拾った。そっちは障子だ。

「すみません」
「じゃあ行くかな」

主とこんのすけは部屋を出た。

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主はまず刀派の年長者――すぐに見つかった中で、暇そうだった者――を集めた。
山姥切、鶴丸、一期一振、江雪、長谷部、燭台切。
「ああ、それはいいな!」
説明を聞いた鶴丸が言った。
「審査にはそうだな、別の本丸の子達を呼んでみようかな?ほら、あの先輩の所の」
主の言葉に「おお!」という声が上がる。
先輩というのは、主の知己の審神者で、この本丸に泊まった事もある。
――その時は家鳴りのひどさによく眠れなかったらしく、昼間に遊びに来るだけになったのだが。
刀剣達にとってはいわゆる顔なじみだ。
よく演習で会う物の。雑談以上の交流はほとんど無かったのだが。やはり、刀剣男士同士。向こうはどんな生活をしているのか気になるところだ。

「そうだ、せっかくだし、立て替えた家も見せるといいかも」
主が言った。
「なるほど。そいつはきっと驚くぜ」
鶴丸が言った。この本丸は立て替えのあと、ちょっと驚きの地下通路を備えている。
「これぞ和睦ですね」
江雪が頷いた。
「弟達も喜びます」
一期一振が言った。
「景品は何が良い?一位は好きなもの、とかでも良いけど?」
主が言った。
「そうですな。えあこんは助かりますので是非欲しいと思いますが。組み分けは?」
「やはりここは刀派でいくか?」
長谷部が言った。一期一振と言い、目がぎらついている。
「ちなみにエアコン増設は金銭的に、あともう二台が限界だから。一台は三日月に持ってかれたし。私の部屋につけてしまったし」
主が言った。

「じゃあ、俺達が実行委員って事で良いか?主、いつにする?」
「そうだな――向こうの予定も聞いて見るけど、歌は練習が必要だから三週間からひとつきは後かな。皆で計画立てやってくれ」

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鯰尾は洗濯物を畳んでいた。
洗濯当番は大変な物の一つだ。

自分達の物は刀派ごとにまとめて洗濯することになっている。
これは、誰の下着がどれかとか『陸奥守。お前俺の下着見なかったか?っ、おまそれ俺のだろ!』とか、これはだれの飾り帯かとか、そういう事で混乱してしまうからだ。
――というのは建前で。色々あって、恥ずかしがる刀剣もいるからだ。

それ以外の共用のタオルは毎日洗うし、週に一回の布団干し、など意外と手間がかかる。
共用タオルが嫌な刀剣や、長髪の為、沢山使う必要がある刀は自分で洗っている。

ちなみに、くじで洗濯当番に当たってしまうと、基本一週間はそれのみをやるのだが。たまに追加で食事当番になったりすることもある。
洗濯当番は一振ではなく、三振で当たるし、皆も率先して手伝ってくれるのでそう時間はかからないのだが……刀剣によっては面倒と言ったり、逆に楽だと言ったり……好みが分かれる当番だった。

――鯰尾はどちらかと言えば。

「~」
鯰尾は外に出て、鼻歌を歌いながら、干したシーツを取り込んでいた。
シーツは天気が良い日は干すように、と大体で動いている。

鯰尾は近侍のせいでいつも朝の洗濯ができないので、せめて取り込みはしたい。
同じく洗濯当番の平野に渡す。もう一人の当番で朝シーツを干してくれた加州は午後から出陣している。代わりに大和守も取り込みを手伝ってくれている。今日は非番で朝も手伝ってくれたらしい。

白いシーツに混じり、青い着物が一枚。

鯰尾はその着物をちゃっかり手に取った。三日月の着物だ。他には三条、石切丸、今剣の着物もある。
これは洗濯が面倒な素材なので、例外として洗濯当番が手で洗っている。
初め短刀たちの洋服と一緒にまとめて洗濯機に入れ、今剣の装束がしわくちゃになったのは懐かしい記憶だ。

手入れすれば良いのだが、毎日の事だし、三日月の練度が上がり始めた今、三日月の手入れはそう頻繁にはない。
初めはこれが手洗いできる事に驚いたが、燭台切曰く、なんとか大丈夫らしい。歌仙は少し心配らしいが……少し痛んだらその時は手入れだ。
他の本丸ではどうしているのだろう?

「よし、これで全部かな。じゃあ、畳もうか」
鯰尾は言った。大和守は縁側にシーツの籠を置いている。
「はい」
平野が頷いた。

昼下がり、出陣が無いと暇だ。
骨喰は出陣だし、当座する事が無い。洗濯当番は暇つぶしには丁度良い。
部屋に上がり、三振りでシーツを片付け始める。
鯰尾は近侍だったので出陣服だ。動くと熱いので上着は脱いで、洗濯当番では邪魔なので籠手も外している。
「平野は今日は休みだよね」
「はい。大和守さん、昨日はありがとうございました」
「ううん。あ、鯰尾。それ頂戴。先に片付けちゃおう」
「あ、はい」
鯰尾は三日月の着物を手に取った。
慣れた様子で畳む。
「手慣れていますね」
平野が言った。
「うん、歌仙さんに聞いた」
鯰尾は微笑んだ。

「そういえばさ。鯰尾。三日月さんがさっき庭の向こうでこっち見てたけど。構ってあげないの?」
大和守が言った。
鯰尾は首を傾げた。
「ああ……。何かしてました?」
「馬当番だったみたいだけど」
「じゃあ後で、一緒に、おやつでも食べようかな。今日のおやつ何だっけ?」
「確か、羊羹とおまんじゅうです」「いいね」
平野が言って、鯰尾は目を輝かせた。

「あれ?最近さ、ちょっと避けてる?」
大和守が鯰尾を見て言った。
「え?いえ、そういう訳じゃ。ただ、こう、いつも一緒っていうのも、恥ずかしいし。それに俺達は、そんな深い関係じゃ無いですし」
照れた鯰尾はそう言った。隣には平野がいるので念の為。
「あれ?そうなの?」
大和守が首を傾げて、平野も不思議そうにした。
「そうだったのですか。……すみません、僕はてっきり、鯰尾兄さんと三日月様は既に、付き合っているのだと」
平野はかなり赤面した。何を考えたのだろうか。あるいは勘違いを恥じたのか。
……勘違いでは無いのだが、兄の恋愛事情なんて知りたくないだろう。

「え、いやー。まあ、まだ、その前というか、後ろというか。今は、ゆっくり、お互いの事を知ろうと思って……。上手く行きそうだったら、お付き合いしようかな……ってくらい?」
鯰尾は畳み終えた着物を近くに置いた。後で届けるつもりだった。
手紙のやりとりはじれったくて、心地よくて、しばらくはこうしていたい。
……三日月が焦れてしまうだろうか?
大和守が笑った。
「へえ、そうなんだ」
あと少しで洗濯物も終わる。

「大和守さん、今日も手伝ってくださって――」
鯰尾が礼を言おうとしたとき、誰かが廊下に現れた。乱と薬研だった。

「あ、いたいた。ずお兄、平野、大和守さんも。ちょっと凄い事になってるよ」
「「「?」」」
三振りは顔を見合わせた。

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その日から、本丸に歌声が響いた。

「国行……!」「くにゆきー」
愛染と蛍丸は必死で明石を探している。明石が歌えるかどうかではない。何となくだ。
そして練習もしている。
愛染と蛍丸はひとまず、数の足りなかった三条に入った。しかし蛍丸は高音がとても苦手だった。
愛染は中間だ。ソプラノがいれば。

「鯰尾さん、助けて!」「え?」
ついには周回の鬼、鯰尾もかり出され、四日後。ようやく明石国行を発見した。
「よし、今から猛特訓だぜ!」「ソプラノは任せた」
「……は?」
拾われて直ぐに言われて、明石は目を丸くしていた。
「勝たないと、えあこんが手に入らないんだって!」

「明石はソプラノか?コイツは驚きだ。これで、六チームか――油断は出来ないな」
庭で練習していた鶴丸が言った。
だがこのチームには、恐ろしい逸材――大倶利伽羅がいる。負ける気はしない。いや、勝つのだ。

来派が独立して、六チームとなった。
三条、伊達、新撰組、粟田口、来派、左文字。
意外な事に、どこもそこそこ歌が上手い。
気が付けば、課題曲と自由曲のある本格的な勝負になっていた。

粟田口では。
「鶴丸殿と出なくて良かったのかい?」
一期一振が言った。
骨喰が頷く。
「ああ。手加減はしない」
そうして骨喰も歌い出したが、まだまだ微妙だった。
「鯰尾兄は意外といけるな。ちょっと高音が苦手そうだが」
薬研が言った。ちなみに薬研は指揮担当だ。
「骨喰、二人で練習しよう。クーラーのために」
鯰尾は言った。
「ああ」
鯰尾と骨喰は兄弟達と共に特訓を重ねた。数で勝負だ。

そして、三条は。

「なむさん~、石を積み↑~はらい↓たまえ~」「はらいたまえ~」「きよ↑めたまえ~」

「……これは」
様子を見に来た主が口をあけた。
……すごく下手だ。今剣のコーラスも微妙に合っていない。
三条の自由曲。既存の歌では無くて、自作の曲でも良い事になっているのだが。
なんというか歌詞が……、歌っても聞いてもしんみりするような……テンションだだ下がる歌詞だった。まるでエンディングか、お葬式のようだ。今剣の目が死んでいる。

『あるじさま、……僕はもう、うたえません』
昨日そう言って、今剣が膝をかかえて呟いていたので、主は真っ先に、ここへ様子を見に来たのだが。

今剣に歌が嫌いなのかと尋ねたら、『もっとあかるいうたがうたいたいです……でも、がんばります』と言っていた。
「というか、この曲は一体?」
主は言った。オリジナルのようだが。伊達じゃあるまいし。三条がそんな物を作ったのだろうか?
「これか?鯰尾がこの曲凄く良いですよ、と言ったのでな。確かに、深みがあって良い歌詞だ」
三日月が満面の笑みで言った。
他の面子――石切丸と小狐丸、そしてにっかり青江もこの上ない笑顔だ。主は全力で否定した。
「いや!!それ騙されてるぞ!!鯰尾め。ちょっと選曲から変えよう。無難なの、幾つか持ってくるから」
主は三条に肩入れすることにした。

というか、三日月の部屋にクーラーはあるのだが。ちょっと今剣が可愛そうだ。

明るい曲を聴いて、今剣が目を輝かせた。
「まにあいますか?」
「大丈夫、今からでも間に合う!ほら、俺もやるから!この曲は歌ったことあるし!」
主は今剣を鼓舞した。おそらく三条の旋律は今剣にかかっている。
(――正直、歌はちょっと自信ないんだけど。がんばろう)
主は頑張る事にした。

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そして当日。
あちらの本丸のほぼ全ての刀剣が来た。

「いや、今日はどうも!」
主が知人の先輩審神者を出迎えた。
「いやぁ、楽しみすぎて。皆が騒いでたよ。これ手土産。あれ、お前も歌うの?」
鯰尾と骨喰、粟田口が手土産というには多い重箱を門から運び入れる。じゃあこっちが食事持ってくから、という事になっていた。
「お弁当はこっちにお願いしまーす」
鯰尾も出番まで手伝いだ。

後ろにはずらりと刀剣達が――収まりきらず、既に庭に出ている。先輩審神者の本丸の刀剣は、全員出陣服を着ている。主の方は内番服、またはスーツだ。
先輩が主の服装を見て言った。主はスーツを着ていた。
「いや、三条が足りなくて、一緒に歌うことになりました。なんとか頑張ります。先に見学しましょう」
「おう。どうなったんだ?」

主が地下通路を案内し、向こうの鯰尾と骨喰がうちも欲しいと言い出した。いや、さすがに無理だって、と先輩審神者が苦笑していた。
その後、庭のステージでちょっとした隠し芸などを披露し、大いに盛り上がった。

燭台切と長谷部のテーブルクロス引き対決は圧巻だった。
(皆、いろいろな特技があるんだなぁ)
と主はしみじみとした。

そして決戦の時――。

各々が素晴らしい歌声を披露し、皆が酔いしれた。
粟田口は、応援歌のような歌を。さよならしても終わりじゃ無いという歌詞は、刀剣男子達の心に響き、美しいハーモーニーも相まって、号泣する者もいた。

伊達組は本格的なオペラ曲を披露し、皆の度胆を抜いた。
まさかあの大倶利伽羅が、と先輩本丸の大倶利伽羅が見られていた。

その後、新撰組、左文字……来派。と続く。順番を決めたのは勿論長谷部のくじ引きだ。

「いやあ、すごい!皆上手いな」
先輩審神者が拍手をして言った。新撰組は明るい曲を加州と大和守がメインとなり朗々と歌い上げた。課題曲、自由曲共にまさしく息ピッタリ、すぐに発売出来そうな完成度だ。自分達の刀派の番になると、先輩本丸の同じ刀派が固唾を飲んで見守る。
左文字の時には江雪と宗三がカメラをそれぞれ二台ずつ回していた。持参と、頼まれた物らしい。阿吽の呼吸と言うべきか。
こちらも少人数で心配だった来派は――。

「明石、おまえ、歌えるのか?すげぇ」
先輩審神者が自分の本丸の明石に向けぼやいたが、明石は記録に夢中だった。彼が映しているのはスーツを着た愛染と蛍丸だけだ。自分はどうでもいいらしい。
主の本丸の明石はやる気のない内番着だが、その歌声は見事だった。
蛍丸と愛染が一礼をすると、大きな拍手と歓声が起きる。

「平野。明石さんはすごい方ですね」「そうですね。明石さんは顕現したばかりなのですが。あっと言う間に歌を覚えたと聞いています」
出番の終わった前田と平野が会話する。
隣には向こうの前田と平野がいるのだが……向こうの前田と平野は微妙な顔をして、あいまいに微笑んだ。
「毎日朝早く起きて、頑張っていました。凄いですね」「きちんと迷惑にならない場所で練習して……」
前田と平野が言うと、向こうの二人は首を傾げた。

「明石は真面目で良い奴ですよね。やっと来てくれて良かった。ああ、じゃあ行きます」
主は言って、席を立った。
「えっ。いやそれは――」
先輩審神者は別の刀剣じゃ無いか?あるいは兄弟の為か、クーラーが欲しかっただけか。と思った。とりあえず誤解だ。

「それは誤解だって……」
先輩審神者は、主の後ろ姿に呟いた。

だがこの後輩の本丸の刀剣男子達は、話を聞いていても、ごくたまにおかしい事がある。
後輩は真面目なので、それが移ったのだろうか?いや、明石は兄弟の為に頑張ったんだきっとそうだ。明石が真面目な訳がない。

そして最後の、三条の番だ。

「ほう……」
皆がそう言った。
明るくて壮大な歌詞。あの雲のようになりたい、そいういう歌だ。
川が流れ、どこまでも続き、雲を写し――やがて海になる。美しく雄大な景色が目に浮かぶ。

「秋田?」
「いい、歌ですね」
主の本丸の秋田がはらはらと涙をこぼしていた。つられて先輩の本丸の秋田も。

「うっ、くっ」
向こうの一期一振が固まった。

そして審査、食事の後で発表だ。
「どこが勝つかなぁ」
そういう会話をしながら、空き部屋と庭を使い、わいわいと食べる。

結果は――。
「では、発表は、わたくし、こんのすけから」
スーツを着たこんのすけが、鯰尾に抱えられて舞台上のマイクの前に出る。いざ発表、という感じのBGMを薬研が流した。それがじゃん、と音を立てて止む。

「では。一位、三条!
二位、来派!
――三位、伊達!」

わぁあああ!!と歓声が起きる。
「国行やったぁあ!!」「おおおお!!」
蛍丸と愛染が飛び上がり、明石がやれやれと頭を掻いていた。
「わあぁ!!ぼくたちがいちばんですよ、あるじさま!」
「やったな今剣!」
主は今剣とともに喜んだ。良く頑張った。本当に頑張った。
「あっはっは。よきかな、よきかな」
三日月は微笑んだ。
「しかし、まれに見る接戦でしたな、ぬし様」
小狐丸が言った。
「そうだね。どこがいってもおかしくなかった」
青江が言った。
「……青江くん、それはぎりぎりだよ」
石切丸が言った。
「おや、そうかい?じゃあ、どこが入っても――」
「ごほん。いんたびゅう?があるようだ」
三日月が咳払いをして言った。

「三条はなんと過半数を獲得してたぞ!じゃあ、ここでいち兄に聞いてみるか」
薬研が言って、一期一振にマイクを向けた。

向こうの本丸の一期一振が、がっくりと項垂れている。
「っ。どの刀派も、本当に素晴らしい歌声でした。甲乙付けがたい。ですが……」
どうやら粟田口の票がほぼ三条に入ったらしい。向こうのずおばみ含め、粟田口が皆が泣いている。その中で一人だけ秋田が戸惑っている。

「ですが、ううう、感動しました!!」
一期一振が言った。
理由は秋田。

「あーなるほど。それじゃ仕方無いね」
加州が言った。負けた組も納得の結果だったらしい。

「結果は張り出すから、しばらく自由にしててくれ。各刀派の代表はおやつの袋を取りに来るように。その後、夕餉はすまんが六時からだ!大広間に集合!その時計で五時半くらいまでは自由時間だ。うちの本丸のヤツらは準備手伝えよ。全員支度までは適当に遊んどけ。では解散!」
薬研が言って、わぁっと、全員が気を緩め、各々自由にしはじめた。

「おかしはこちらでーす。全員分あるので、落ち着いて並んで下さい~」
「ジュースもある」「茶はおかわり自由だ」
鯰尾は骨喰、長谷部と共に、袋つめのお菓子を配っていた。

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途中、鯰尾が台所へ行こうとしたところ、廊下の角でばったりと三日月に出くわした。
「あれ?」
「あなや?」

「あっ。そうかあちらの三日月さんか。どうしました?」
出陣服を着ている。つまり向こうの三日月だ。
「ああ。厠へ行く途中なのだが。うっかり迷ったようだ」
三日月が苦笑した。
この先は台所だ。
どうやら試しに行ってみて、違うと思って戻って来た所らしい。
「ああ。じゃあご案内しますよ。帰りもお連れします」
鯰尾は頷いた。
「すまんな」

厠から戻る途中で鯰尾は三日月と話した。
「同じ顔があるって、不思議な感じですね?」
鯰尾は言った。
「ははは。そうだなぁ。当たり前だが、見分けがつかん」
三日月が笑う。
「履き物はどこに?」「確か入り口で脱いだ」「玄関ですか?」「ああ」

「――あれ?」
鯰尾が玄関から外に出ると、ちょうどこの本丸の三日月に出会った。
三日月はスーツから着替え、内番服だ。

三日月は鯰尾を見て目を輝かせたのだが、鯰尾は普通だった。
三日月も厠で迷ったのかもしれない。
「何かありました?厠ですか?」
「いや……」
三日月は微笑んだまま固まってしまった。

「……あ、そうですか?すみません」
鯰尾は三日月を見上げ笑った。どうやら偶然だったらしい。

「……かっ、顔が見たいと思って、探していた」
三日月が頰を赤らめて言うので、鯰尾は顔を上げたまま固まった。
「えっ、そ、……そう、なんです、か……」

あっはっは。と言う笑い声が聞こえた。あちらの三日月だ。
「鯰尾。助かった。礼を言うぞ。――邪魔者は退散するとしよう」
そう言って、微笑んで去って行った。

「行っちゃった。すごく格好いいですね。あの三日月さんも」
鯰尾は、別の本丸の三日月の後ろ姿を見た。
こちらの三日月と顔や姿は一緒だが、少し違う気がする。何がとは言えないが。
雰囲気……?だろうか。

(同じ刀剣なのに不思議だなぁ……)

鯰尾は、――ふいに浮かんだ『悪い考え』を端に寄せる。
これは、近頃の鯰尾を悩ませているちょっとした感情で。三日月には関係無い。

「三日月さん。どこか、人の少ないところ行きます?」
笑顔で振り返り、鯰尾は言った。

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鯰尾は三日月と共に、道場の裏、そのさらに奥に来た。
……さすがにこの辺りには誰もいない。
あまり長居はできないが、少しだけなら良いだろう。

「少しだけですよ。お話ししましょう」
鯰尾は三日月の両手を取って――見上げた。
会いたかったのはこちらも同じだ。

「……三日月さん、かっこよかったです!」
鯰尾は目を輝かせて言った。三日月に身を寄せる。
「もう、歌上手いんですね!!やられました。絶対、三日月さんなら騙されると思ったのに!どうして歌変えちゃったんですか?」
「あ、あなや」
「もうスーツ脱いじゃったんですかぁ。もったい無い。本当に、三日月さんて、何着ても似合うんだから……」

鯰尾は、三日月を真正面から見て、え、あれ?と思った。
(あれ?かっこいい……)
三日月ってこんなに格好良かったっけ?いや、美形なのは分かってたけど。
不意打ち美形に頭の中がぐるぐるして、心臓がバクバク鳴っている。
次の言葉が出てこない。三日月を褒めたいのに。今、三日月の手を握っていると思うだけで……。
「で、三条が一番で、良かったです……」
鯰尾は、今剣が喜びます、と言おうとしたのだと思う。

急に、周囲が温かくなった。
強い風が鯰尾の髪を揺らし――周囲にぶわっ、と花びらが舞う。

「鯰尾……!」
三日月が嬉しそうに『笑って』いる。

あはははは、と。
――三日月が笑う?声を上げて?
三日月と言えば、いつも微笑むばかりで。
こんなに楽しそうに笑う事なんて無かった。

「はははっは。実は鯰尾の為と思って頑張ったのだ。それにしても、存外可愛い――いいや、酷い事をする!危うく騙されそうになったぞ」
三日月はふと真顔になって文句を言う。口元は笑っている。

誉桜――どちらが散らしているのだろう。

鯰尾は、あまりの事にめまいがして、膝が崩れそうになった。
世界が揺れた気がした。

本当の事を言うと。
鯰尾は、少し恐かったのだ。こういう『感情』を持つ自分が。
火事で助けられて、押され気味で体の関係を持ったというふしだらな入り口なのに……いつのまにか三日月に本物の恋愛感情を抱いている気がして。

凄く好きで、たまらなくて。
本当に好きで、不安にもならない。
三日月は絶対に自分を好きで、自分も三日月が好きだ。三日月以外にあり得ない。
そう確信している自分が嫌だった。
恋は盲目、恋をするとヒトは変わる。そんな風に、変わってしまいそうな自分が恐くて、嫌で。そういう感情を持っていることが、恥ずかしくて。

もし頭の中が、淫らな事ばかりになってしまったら?女の役に慣れてしまったら?戦えなくなったら?近侍の務めを果たす事が出来なくなったら?
……なまくらになったらどうしようと思っていた。

けど、これは自然な事なんだ。
俺は、三日月さんを好きになっていた。
――それでいいんだ。

「俺の為って、ちょっと格好付けたかったんでしょう?」
鯰尾は大きな声で言った。
「あっははは、実を言うとそうだ。俺は三日月宗近だからな」
三日月も、彼にしては大きな声で言った。

「――好き!」
目を丸くして、鯰尾は言っていた。
三日月は、はっはっは。と笑った。
鯰尾もつられて大いに笑った。さすが天下五剣だなぁ、という言葉も添え、二人でわいわいとはしゃぐ。

「俺の歌も結構いけてましたよね?」
「ああ。素晴らしい……良く頑張った」
三日月が微笑む。三日月の瞳が優しく揺れて。鯰尾は微笑みを返した。
「何か嬉しいです」
「?俺も嬉しいぞ」
三日月はのんびりと話し始める。
「今剣が喜んでなぁ。今剣にもえあこんをやりたいと思っていたので良かった」
「あぁ三日月さん、贅沢ぅ」
「はっはっは」
「あっははっは」

「「――ふう」」
ひとしきり大きな声で言い合って、桜も収まり、二振は見つめ合い、微笑み合った。

「でも俺、文通も結構気に入ってるんですよ」
鯰尾は壁にもたれて言った。
「そうか」
「ん、だから、まだ続けたいなって。――それでいいですか?お外でお預けも続きますけど……」
鯰尾は自分の髪をいじった。
恋人同士なら、そういう事も頻繁にした方が良いのだろう。本当は。
でもちょっと恥ずかしい。人に見られたら特に。

「ええと、その……俺達恋人同士ですけど。でもやっぱり……時と場合?ここ、本丸ですし」
鯰尾は言った。
三日月は頷き、目を細めた。
「なに。構わんさ。耐えられなくなった時は、どこぞに連れ込むかも知れんが……」
つい、とこちらを見る目が本気だった。
「あ、えっと……無理なら別に!」

「――、ははは。冗談だ」
三日月が苦笑した。遠慮したのだろう、と鯰尾は思った。
「いいですよ。いつでも。今でも」
鯰尾はさらりと言っていた。

「恋刀なんですから。衆目が無ければ。……今みたいに、ね?」
鯰尾はくすりと笑った。

「――」
ふいに三日月が鯰尾の腰に袖を回し、鯰尾を引き寄せた。
「あ、その気になりまし……、ん」

腰に腕を回すしぐさは軽く触れる、という感じだったのだが、口吸いは強かった。
鯰尾に息を継がせ、口吸いを続ける。鯰尾も背一杯上を向いて、三日月の着物を握って、期待に応えようとしたが、背が低いのがもどかしい。頭がぼおっとする。

「少ししゃがんで……」
閨では寝ていたせいで気が付かなかったが、こうして外で接吻するには身長差が気になる。
三日月が上手く合わせてくれて、軽く唇を重ねた。

――三日月に任せる事になってしまった。
俺の体って、受け身に出来ているんだろうか。やだなぁ。
鯰尾は心配になった。

口の中が悦くてたまらない。鯰尾は少し恥ずかしかったが、自分から舌を動かした。
呼応するように深くなって、角度も変わり、深く入って力が抜けた。三日月の腕が背中を支える。
「んっ」
息を継ぐとき、鯰尾は三日月の着物を掴んだ。この匂いは――香水だろうか。
控えめで心地よい。

……脇差だから、体が小さいのは仕方無い。
太刀の三日月は自分の体力や抱き心地、反応では、物足りないのではないか?――いや、あれだけやれれば十分か。
鯰尾は閨を思い出して、三日月を少し押し返す。

「ぁ、も、いいから、ねえ、ぬがして……」
三日月の手を取って、内番着のすそに導く。出陣服なら脱ぐのは大変だけど、内番服はすぐだ。なんなら上は着たままでもいい。

「三日月さんの、思うように抱いていいんですよ?」
鯰尾は笑った。すぐに手を差し込まれて、同時に口を塞がれる。
背中に壁の固い感触を感じた。

鯰尾は手を下ろし、目を瞑って、三日月が服をめくり胸に触れるのを感じていた。心地よい刺激に溜息をついた。

(気持ちいい……)
鯰尾は目を閉じた。

「ぁっ……ん」
喘ぎ声を漏らし、首筋に、三日月の舌を感じているとき。


ぽつ。
という音が聞こえた。

それは、ぽつ、ぽつ。と続き。
鯰尾は目を開けた。
「あめ?」
「――、」
三日月も振り返り、天を仰いだ。お互いに、呼吸が乱れている。

「わ、やば、降ってきます。行かないと!」
「ま、待て」
三日月が鯰尾の手首をがしっと掴んで引き留めた。
「や、ダメですって、いかないと――」
鯰尾は身をよじった。三日月は呼吸が荒く、頬を上気させている。
まさか、このまま強引にする気か?と思ったのだが。

「せめて身なりを整えていけ……!」
三日月が必死の様子で言った。

「え?」
「あるいは、落ち着かせて――」
「っ!!」
自覚し、鯰尾は赤面した。

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「お、来た来た~遅かったな」
鯰尾が着いた時には、皆は既に建物の中に避難していた。
外に出ていた物も全て中に取り込まれていた。

「はい、どうぞ」
という声と共に、タオルが渡された。
出陣服を着た向こうの本丸の鯰尾だ。

「すみません主さん!遅れました」
鯰尾は青くなった。この雨なのに、何もできなかった。
率先して手伝うべきなのに!
「いや、いいって。手が多いから楽だったよ。皆、凄いテキパキしてたし」
主が笑う。

「遅かったね。ってあれ?三日月さんは?」
靴を揃えていたこちらの加州が言った。
「あ、えっと……?そのうち来るはずですけど」
「一緒にいた?」
主が言った。
「あ、はい。途中までは」
鯰尾は涼しい顔で嘘をついた。
たぶん大丈夫だ。服は直したし、根性で髪も呼吸も整えたし、高ぶりも状況を思い出すことで何とか静まったし。

「はぁ……」
そのままため息をついて玄関に腰掛けた。髪をがしがしと拭く。

(それにしても、よくもまあ、見境無くあんな事を)
鯰尾は赤面してしまった。自分に失望した……というか。

(もしかして――俺って結構、盛り上がっちゃうタイプ?)
鯰尾は顔をタオルで隠ししつつ、髪を拭いた。

そんな事を考えていると向こうの鯰尾が「三日月さんがどこにいるか分かる?」と尋ねて来た。
「道場の裏、って分からないか……、雨降ってるから、俺が迎えに行く……」
鯰尾は呟いた。
「いや。誰か案内して貰う。鯰尾は少し休んだら?顔赤いよ。あ、前田、ちょっといい?」
先輩本丸の鯰尾は、鯰尾の事を『鯰尾』と呼ぶ。
鯰尾に鯰尾と呼ばれると不思議な気がするがもう慣れた。

通りかかった前田が向こうの鯰尾を見上げる。
「前田くん、お兄ちゃんと道場に行こう?」「あ。――はいっ、行きましょう」
向こうの鯰尾はこちらの本丸の前田に声を掛けて、それぞれ傘を差して出て行った。

「しかし、降ったか。悪い俺達のせいだわ」
向こうの審神者が言っている。
「いや、まあ、そうかもしれないですけど、まあ、良いんじゃ無いですか?」
「ま、そうかもな。今日泊まっても良い?」
「え?そうなると雑魚寝ですけど」
「あー、そうか。しまったな。骨喰なんか良い知恵無いか」
「……もうすぐ上がる。にわか雨だ」
骨喰が言った。
「ちぇ。まあ、それはまた今度にするか。そうだまた皆で泊まりに来いよ。適当に刀派ごととかにしてさ――」
「いいですね」

鯰尾は正座して話に加わった。
先輩審神者が玄関の段差に腰掛けていたので、見下ろす訳にはいかないと思っての事だ。
刀剣達も皆、適当に腰掛けたり壁にもたれたりしている。

向こうの鯰尾だけが戻って来た。
「なあ、――三日月さん、どこにもいないよ?」

「「「え」」」
取り残され、三日月は迷子になっていた。

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「三日月さーん?」
鯰尾も傘を差し、三日月を探した。隣は骨喰だ。
「いないな」
庭を探しているのだが、いない。
「おっかーしいな。もしかして、もう中に入ったのかな?」
「ありうる」
雨脚は弱まってきているが、途中は結構降っていたのだ。三日月はさっさと何処かから建物の中に入ったのかもしれない。鯰尾と骨喰は一旦、玄関に戻る事にした。

するとそこに、涼しげな三日月の姿があった。

「おお。鯰尾、探したぞ」
そんな事をいけしゃあと言うので、鯰尾は文句を言いたくなった。
「……」
でも言葉が出てこなかった。

「?」
骨喰が不思議そうに鯰尾を見た。
「あ。なんだ、戻ってたんですね。じゃ、片付けましょう」
「あいわかった」
鯰尾は当たり障りのない事を言って、三日月の横をすり抜けた。

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「疲れたけど、楽しかったぁー」
夜遅く、鯰尾は湯浴みを終えて部屋に戻ってきた。

勿論部屋には誰もいない。賑やかだった分、少し寂しい気もする。
「ん?」
ちゃぶ台を見ると手紙が置いてあった。二通。

「手紙だ」
どうやら……主では無く、三日月が来たらしい。そう言えば少し太刀の気配が残っている。

「何が書いてあるんだ?」
鯰尾はいそいそと手紙を開いた。
昼間、こじれたという程では無いが、そっけなくしてしまったかもしれない。
大丈夫だろうか。嫌われていないだろうか。

『手紙を読ませて貰った。本丸は広く、未だに迷うことが多く、困っている。今日も迷ってしまい、あちらの本丸の加州に案内して貰った。しばらく加州と言葉を交わしたが、あちらの鯰尾は骨喰と仲良くやっているようだ。

おぬしの事は三度目の共寝の後に娶ろうと思っているので、そのつもりでいて欲しい』

「……」
鯰尾は動揺した。娶る、の文字にうろたえた。
三日月にしては短い文で、唐突で、かえって本気さが伝わってくる。
三日目の朝に食べる餅……じゃないけど。そういう感じなのだろうか。よく分からない。
でも、嬉しい。

「三日月さんへ……と」
鯰尾は書き始めた。

お手紙ありがとうございます。遠征一緒に組めなくてすみません。編成した後に気が付きました。
たわいないことで良いので、少しずつお話ししましょう。今日は色々あって楽しかったですね。

追伸
お話は受けるつもりなので安心して下さい。一緒になったら、皆の前で 手を繋いで下さいね。

「いや恥ずかしいだろ、これ……」
鯰尾は突っ伏した。

〈おわり〉
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思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―①
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思い出語り 番外編 春と夏の間―皐月―

三日月宗近を鍛刀したのは、遠征帰りの愛染だった。

「……どっへぇ!?」
愛染は思わずどっへぇと言ってしまった。そのあと、み、みみみみ、みかづき!と言って鍛刀所から転がり出た。

「みかづき、三日月が出たーーーー!!!!」
愛染は叫びながら廊下を走り、審神者の部屋に飛び込んだ。
「主、あるじ!三日月が出た!!」
「はへ!?」「ぴゃっ?!」
主はあっけに取られ素っ頓狂な声を上げ、こんのすけは主の膝の上でぴゃっと跳ねた。

「三日月が、鍛刀で!」
愛染は手を大きく振って、途切れ途切れに言った。
「っ!?三日月が、鍛刀で!?」
理解した主は立ち上がり即座に駆け出した。

――鯰尾と骨喰は出陣先から端末越しに『三日月が来た!』と言って呼び戻された。他の遠征組も帰還だ。
本丸中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「ついに来たんですね!」
帰城した鯰尾は言った。
誰かに向けて言ったわけでは無くて、そこにいる皆に言った。

当の三日月は輪の中心で曖昧に微笑んでいた。
戸惑っているのかもしれない。まばたきをして、時折、勝手に感激している刀剣達の方を向いて、袖で口を隠して、抱きつかれて驚いたり、そうか、とか言って頷いたりしている。今は主と鶴丸が隣にいて、仔細を説明しているようだ。背中に今剣が載っている。

鶴丸が鯰尾と骨喰を手招きをした。
「ああ、来た来た。骨喰と鯰尾だ。他も戻って来たな」
三日月がこちらを向いた。

鯰尾は目を輝かせた。本当に、天下五剣、三日月宗近だ!
演習で見かける綺麗な刀剣。
鯰尾の主はドロップ運があまりなく、戦場で珍しい刀を拾えた試しが無い。鶴丸は比較的早く鍛刀できたものの、そのほか一期一振、江雪などもかなり遅れての鍛刀だ。
特に三日月は探し回っても中々見つからなくて、鍛刀でも全く降りて来ず。近頃ではあきらめていた。
それが今になってひょっこり顕現するとは。

「骨喰、三日月さんだ!ほら挨拶しないと」
鯰尾は笑って、骨喰の背を押した。
骨喰と三日月が永らく一緒にいたというのは知っている。三日月も知り合いがいればほっとするだろう。二人には仲良くしてもらいたい――。

骨喰を見て、三日月は目を輝かせた。
「――おお。骨喰ではないか!久しいな」
「ああ。……と言っても、すまない。俺には記憶がない」
骨喰は言った。

「――?」
三日月が首を傾げた。
「炎が……俺の記憶を、何もかも焼いたんだ」
骨喰は三日月をまっすぐ見て言った。
三日月は息を飲み、瞳を揺らした。

「何もかも……?」
「ああ。だから、俺はあんたの事を何も知らない」
骨喰が言った。見ていた刀剣達は、もう少し柔らかく言えばいいのに、と思った。
この本丸の骨喰は、三日月の事を情報として知っているのだから。

「……そうか。では、改めて仲良くしよう。ぜひまた、よろしく頼む」
三日月は柔らかく微笑み、骨喰の手を取った。鯰尾は大した刀剣だと感心した。

「ああ。あんたは、ずいぶん遅かった。主は待ちくたびれていた」
骨喰が苦笑すると、三日月があっはっは、と笑った。
「そうか。それは悪いことをしたなぁ」
のんびりとした口調だった。

その間、鯰尾は愛染の頭をくしゃくしゃと撫でていた。
「近侍、誰だっけ?」「俺だった。偶然!」
愛染は、へへん!と言って笑った。さらにぎゅうとぎゅうと抱きしめ撫でる。
「愛染君、大手柄だよ!」
堀川も愛染を褒めている。

「……」
鯰尾は三日月が様子を伺っているのに気が付いた、頭を軽く下げる。
「あ、三日月さん、初めまして。俺は鯰尾です。藤四郎の。とりあえず中に入りましょうか」

――それから、骨喰と兄弟達と一緒にぞろろぞろと本丸を案内した。

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慌ただしかった春の大阪城探索が終わり、本丸は落ち着きを取り戻した。
信濃と後藤は遠征から始め、第四部隊で出陣をしている。
練度の低い刀剣は負傷しやすい。焦りは禁物。慎重に経験を積ませている所だ。

そんな頃。鯰尾と三日月は手紙のやりとりを始めた。
初めは、その日にあった事を書きましょう、と約束して始めたのだが、似たり寄ったりの内容になって来た。

いや。三日月から来る手紙は、事細かに美しい文字で丁寧に、その日の出来事が、感情を込め便せんに一杯に書かれているのだが。
鯰尾からの手紙は……。

鯰尾は手紙を書き終え、筆を置いた。
誤字が無いか、黙読してみる。

『三日月さんへ。お元気ですか?
俺は、今日は、朝起きて、ご飯を食べて、鎌倉に遠征に出かけました。
道中で前田が毛虫を見つけて切り捨てようとしたので、いち兄が止めていました。遠征自体は大成功でした。資材も沢山集まって良かったです。
そのあとお昼で、ラーメンでしたね。俺達は遠征で遅れたせいで、豚骨を食べる事になってしまって、少し濃かったけど美味しかったと思います。骨喰はいつも塩しか食べません。味噌ラーメンも美味しいので好きですが、実は皆が言うほどでもないんです。俺はどちらかというと醤油が好きかな。三日月さんは醤油だったみたいで、うらやましかったです。分けて貰えば良かったな。
その後は演習に行って、戦いました。相手はそんなに強く無くて勝てました。
その後は、晩御飯食べて、今、手紙を書いてます』

という……これでは味気ないというか、あまりに酷い。

三日月さん、俺の事好きですか、とか、今日はどうしていましたか、とか本当に書きたいことは別にある。
あるのだが、何をどう書けば良いのか分からない。

(……あまり沢山書くと、三日月さん困るかな?でも一気に書くとネタ切れしそうだしなぁ。でもあんまり当たり障りの無いのも……)

鯰尾はうーん、と唸りながら、先程書いた日記文をくしゃくしゃに丸め、屑籠に捨てた。
手紙は――屑籠には入らなかったのだが気が付かなかった。
鯰尾は改めて『そういえば三日月さんが顕現した時、どんな感じでした?』と一行だけ書いた。
先程より分かりやすくていいと思った。

鯰尾は手紙をほそく折り畳み、きゅっと結んだ。

そして鶴丸の部屋を訪ね、骨喰に手紙を渡し、言づてを頼む。
「骨喰ー。いた。はいこれ。えっと、今日は短いけど。今度から一つずつ、何か聞こうと思って。あと、そうだ。顕現したときの事。俺、結構宴会激しくてよく覚えて無いんだよね。そこんところ書いてもらって」
「わかった」
骨喰は素直に請け負った。自分で聞けとは言わない。
鯰尾は満足して部屋を出た。

そうして数日後。返事が届いた。
『顕現したとき、まぶしいなと思ったのは覚えている。主を見たら口が勝手に名乗り上げた』
そう書かれていて、鯰尾は、あーあるある、とにやついた。
刀剣男士は顕現したときからそういう物なのだろう。
――顕現前は意識らしいものはなく、本当に審神者に励起され、それを主と慕う。
鯰尾はこの主従関係を、ニワトリとヒヨコの関係みたいで気に入っていた。
鯰尾達の主はそこそこ優秀で、中々良い人物だと思うし、もし多少駄目だったとしても。刀剣達は主が大好きな事に変わりはない。
鯰尾は続きを指でなぞりながら読む。鯰尾にも読みやすい流麗な文字だ。
三日月の手紙は用紙からして凝っていて、鯰尾は読む度にドキドキしてしまう。

『俺は酒をのみながら、おぬしを見ては気もそぞろで。酒をなんどもこぼした。骨喰があきれて、手のかかるやつだと笑った。皆がなつかしく、この本丸に顕現できたことがうれしく、ひたすらに祝い酒をのんだ。俺は見ての通りのじじいだから、出陣や内番とやらができる自信は無かったが、なんとかやっていこうと思った。鶴丸から鯰尾が総大将だと聞き、それは大したものだと感心した。脇差ながらにそんな事もあるのかと尋ねた所、骨喰達が、鯰尾は頑張り屋だから、皆、信頼していると言った。それからは鯰尾の話をした。主の話にもなった。鯰尾があまり構ってくれないので、寂しく思ったのだがそのうちによく分からなくなり、気が付いたら部屋で寝ていた』

「へぇ。こんな風だったんだ……」
三日月からの文に、鯰尾は笑って呟いた。
『まあ、飲め飲め』というやつだ。鶴丸や獅子王やら、あの辺りはやたら飲む。

ふふふ、と鯰尾は顔をほころばせた。
「三日月さん……」
可愛いのはどっちだと言いたくなる。
計算なのか天然なのか、よく分からないけどまあ何でもいいや。
鯰尾もあの時の事はあまり覚えていないが、ぶっちゃけ三日月の事は眼中に無かったと思う。

――そうして、三日月の鯰尾を探して徘徊する日々が始まったのか、それとも単に迷っていたのか。
鯰尾が、『何故かおかしな気配を感じる……三日月さんが、また迷ってるのかな』と思っていた頃……。
鯰尾は今更だがあの頃の事が気になったので、返事がてらに尋ねることにした。

「お手紙ありがとうございます……と」

三日月さんへ
お手紙ありがとうございます。そんな感じだったんですね。俺もあの宴の事は、よく覚えて無くて。羽目を外し過ぎて後で後悔しました。お酒は恐いです。三日月さんを運んだのは誰だったのかな。愛染は喜んでいました。でも明石さんが早く来ないかなってぼやいてました。この本丸は、まだ刀剣が少ないですから、見つけてあげたいと思うんですが、中々。今度一緒に出陣しましょう。

そういえば、三日月さん、良く徘徊していましたが、近頃はどうですか?本丸の建物は覚えましたか?  鯰尾

長めの手紙だが悪く無いと思う。
鯰尾はまた細く細く折り畳み、よいしょと結んだ。

三日月から貰った手紙は文箱に大事に収めた。

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「主さん、今度は明石さんが見つかると良いですね」
近侍部屋で、鯰尾は言った。

鯰尾は、適当に文机に向かう主の横で、言われた事をさらさらと書き留める。
主の文机の横には、近侍用の筆記用の文机が置かれている。
「ん?ああ、そうだな。じゃあ、三条大橋にでも行くか。丁度いいから、短刀の練度上げしようか。愛染、秋田、後藤とか、信濃その辺りで。後は青江も。打刀も順番にやるか?」
主が笑った。
「はい!任せて下さい!」
「蛍丸も入れても良いかもなぁ」
主が言った。
「愛染、秋田、後藤、青江。打刀を順番に、蛍丸、っと。後は適当で良いですか?」
「ああ。まあ、夜目が利かない連中は江戸……より山かな。第二部隊にしてそちらに行かせよう。一、二、部隊交替で、交互に。予定変えといてくれ」
「はい。また出しておきます。何日分ですか?」
「長谷部ー」
主が言った。

「はっ。こちらに」
長谷部が一瞬で来た。
「そうだな。二週間くらいやってみるか。編成組んどいてくれ。遠征も。後は頼んだ」
「はっ」
出陣予定は、主が直接組む事もあるが、急が無ければこのようにして、鯰尾と長谷部が協力して組む。意外と手間がかかるので、二人がかりの仕事だ。

「じゃあ、ここは泉和守さんで」
鯰尾は言った。
「宗三も入れるべきか?」
「宗三さんは後で良いと思いますけど、鳴狐さんは?内番どうしましょう」
一番困るのが、当番との兼ね合いだ。
「馬番を変更しよう」
長谷部が言った。
あまり予定を変更すると、刀剣男子達からクレームが付く。
遠征も途切れさせるのは良くない。資材集めもあるが、刀剣男子達を動かしておかないと鬱憤が溜まる。いや、遠征続きでも不満は溜まるのだが……。
疲労を溜めるのも良くない。
鯰尾は端末で今月の出陣記録の一覧を見る。日付が横に並んでいて、縦は刀剣の名前。出陣した日に回数が書かれいる。刀剣が多いのでかなりの量だ。

半刻後。
何とかこれから二週間の出陣計画がまとまった。この後さらに二週間分作る。
「んんん。よし、こんなもんかな。じゃあ、お願いします。残りはあさってまでにやっておきます」
「ああ」
長谷部が言って、部隊編成を持って立ち去った。掲示板に張り出すのは長谷部の役目だ。今回は二週間分、『臨時編成、三条大橋捜索、練度上げ、その一、その二』と書かれて張り出された。

「来月からはどうします?特にイベントお知らせも無いですけど」
鯰尾は主とまた相談だ。
「そうだなー、戦力拡充が入るって噂があるけど。まあ、山周回しとくかな。真ん中辺りの連中を鍛えておこう」
「はい。じゃあまあ、練度三十から六十までの刀剣でどうでしょう」
「それでいい」
鯰尾は端末を見ながら該当する刀剣を書き出す。該当するのは七振り。
「あと五振り。交代は四振りですからまだ余裕ありますね」
鯰尾は一部隊を組むときは疲労交代を考えて、二振の交代を用意することにしている。
初めは交代を三振り用意していたが、面倒なのと、イベントで無ければそこまで疲労しないので十分だ。
撤退や、手入れの場合は手の空いた者が代わりに出たりする。
その場合は主の指示を仰ぐ。

「他は?」
主が尋ねた。
「そうですね……お守りとして適当に暇な人入れときますか?九十組と、あとそろそろ練度八十代に掛かりそうな刀は優先して出しても良いと思いますけど」
「そうだな」
「じゃあこの辺りで。あと短刀は前田、今剣。この二振は今まだ六十代ですが。早めにカンスト目指して修行に出したいですね。来来週からの隊長にしましょう。それまでは真ん中を優先、って事で……」
鯰尾は前田、今剣、と書き足して、練度八十代にかかる刀剣を書き出す。
交代要員には『交1』『交2』と適当に優先順を付ける。

足りない部分は練度表から適当に埋める。
「まあこんな感じで、どうでしょう?」
鯰尾は書き付けを主に見せた。
書き出された名の横に、②、③と小さく印が付けられている。
それぞれ第二、第三部隊所属という意味だ。
交代要員は②交一、②交二、③交一、③交二、と書かれている。
隊長は星印。来来週からは前田と今剣がそれぞれ隊長だ。

こうやって、平常時はあらかじめ基本の編成を決めておいて、主の指示が無くても回るようにしている。
主が気まぐれで育てたい刀剣が出来た時はそちらを優先して、主が好きに変更して構わない。もちろん刀剣達も心得ているので、休みが出来たと喜ぶくらいだ。
演習は主が適当に暇な刀剣に声を掛けたり、その時組まれている部隊をそのまま連れて行ったりする。

「うん。良さそうだ。後はいつも通り適当に。第四部隊は今のままでいいかな」
「はい。上手く回ってますし、問題無いです」
鯰尾は頷いた。
第四部隊は練度上げ用の部隊で、練度三十すぎまではそこに編成される。
六振ではなくて、現在の所、顕現したばかりの刀剣を含め、十七振いる。ここはお互いに隊長を自分達で決めて、出陣先や遠征の計画は自分達で出す事になっている。

「いや、助かるなぁ」
主が言った。これを主一人でやるのは大変だ。
鯰尾がもし審神者だったとして、刀剣を任されたら途方に暮れるだろう。
内番は長谷部がくじ引きで決めてくれるので鯰尾はとても助かっている。
「いいえ」
鯰尾ははにかんだ。役に立っていると言う自覚はある。

「第一部隊も出さないとなぁ」
主が言った。
「第一部隊は今いち兄がやってますね」
第一部隊の隊長は、今は鯰尾から一期一振に変わっている。
第一部隊も第四部隊と同じくそれぞれが出陣計画を好きに立てて好きに出陣する。面子は固定では無いが、無論、練度の高い刀剣でないと入れない。
たまに主が集中して育てたい刀剣を放り込んだりする事もある。

これから第一部隊だ、と言われて皆が喜ぶのは、第四部隊だった時の自由さを思い出すからだと聞いた。ずっと近侍をして来た鯰尾はぴんと来なかったが、言われてみたら確かにそうだ。
鯰尾はそろそろ近侍の仕事を他に回してもいいと思っているのだが。主は何と言うだろう。

「いち兄や鶴丸さんがカンストしたら、近侍任せましょうか」
「ん?」
「いえ、だいぶ仕組みも安定してきましたし。そろそろ近侍の仕事を他に回してもいいかもなぁ、って思って……もちろんやりたくないわけじゃ無いですけど。修行もありますし、いずれは皆一通り経験して、全体に強い本丸にしたいですね……」
鯰尾は微笑んだ。
「そうだな。近頃は安定してきたし。それもいいかもな。三日月とは上手く行ってるのか?」
主が微笑んで、鯰尾はうっ、と言葉に詰まった。

「ま、まあ。それなりに。でも、主。もし今後、太刀の修行とか、脇差とか……いつかは分からないですけど、あったらその時は変わりが要りますよね」
吸い取り紙を乗せ、墨を乾かして、編成を清書する。
「まあ確かに。じゃあとりあえず、一期に――。あ。そうだな。来月からにしよう」
主が言った。
「来月ですか?」
「あんまり急じゃ、鯰尾も疲れるだろう」
「そうですか?じゃあそれで。いち兄の次は鶴丸さとか、その次は獅子王さん?」
「そこは鉄板だろうな。そうだ。どうせならまとめて説明しないか?」
「!いいですねそれ!」
主の提案に鯰尾は目を輝かせた。
「そんなに難しくも無いですし、三振りまとめてなら覚えやすいかも。――あ」

鯰尾は思い出した。
「どうした?」
「骨喰忘れてた」
鯰尾はバツが悪い思いをした。練度で行けば鯰尾の次だ。
「あー、ふっ。あっはっは」
主が笑った。

「はは。じゃあ骨喰も入れて、ってほとんど第一部隊全員だな。もう堀川も呼ぶか」
「いっそ太刀とか、部屋に入るだけ?」
「仕事が雑なの居たりしてな」
「適性とかありそうですよね。編成って面倒だし。その辺りは適当に、お任せします」
「だなぁ。しっかりしてそうなの選ぶか。やっぱり最初は、骨喰も入れて一期と鶴丸、獅子王、堀川、……あ」
今度は主が肩をすくめた。
「?」
「山姥切忘れてた」

初期刀の名を聞いて、鯰尾は吹き出した。
「そうでした」
「じゃあ、よし、書いてくれ。山姥切、ほね、一、鶴、獅子、掘川と。青江もいくか?」
「入れときましょう。じゃあこの七振で。結構多いな」
鯰尾は言った。
「でも二回も三回もやるならこのほうが良いいんじゃないかな」
「ですね。これだけ一気に覚えてくれたら楽ですし……。来月頭でいいですか?」
「そうだな。早めに済ませよう」
「はい。じゃあ一日に。ついでに長谷部さんにも言ってきます」
鯰尾はできた来月の編成を持って立ち上がった。

「ん、よろしくな」
「じゃあ、俺はそのまま出て来ますね。今日は洗濯当番なので」
「お疲れさま」

近侍部屋を出る前に、鯰尾は懐から手紙を出した。
「そうだ。あの……。主さん、これ、今日のやつです。お願い出来ますか?」
「おお。もちろん」
主は目を輝かせた。布で見えないが、鯰尾が手紙を渡すと毎回こうだ。
取り次ぎをしてもらう条件として、主も手紙を読んで良い事になっている。

そこで鯰尾は思い出した。
そういえば、三日月は……どこへ入れた?

(あ。――しまった)
三日月は第二部隊の交代要員で。厚樫山だ。
暇なんで、とか言って遠征を一緒に入れたりすれば良かった。そのくらい好きにしてもいいのだが。

(でも、今更変えるのもなぁ……)
鯰尾はそっと肩を落とした。編成に私情をはさむのはどうかと思う。たまにならいいけど……。
ダメだったなら仕方無い。
今回は縁が無かった、と言う事であきらめよう。
過ぎた事は仕方無いと鯰尾は苦笑する。きっと次の機会がある。

――そうやって幾度も機会を逃しているのだが――

一緒に出陣ができなくても、鯰尾は、今は手紙のやり取りだけで楽しいのだ。
外へ出てしまうと、鯰尾は戦いや任務に集中し、会話どころでは無くなってしまう。

……衆目があると、鯰尾は、どうにも三日月に近寄れない。
それは三日月も同じで、頰を赤らめこちらを見てくる、という程度。つまりそろってぎこちない。

一方の手紙は仔細で大変面白く、彼が何を思っていたのかが分かる。
文面を読んで、三日月は案外、真面目な性質なのかもしれない。と思ったり。そういう、姿の見えないやり取りがふわふわとしていて、楽しい。

鯰尾は、三日月を意識している時もあるし、全く構っていないときもある。
鯰尾はあれやこれやと忙しい。
三日月も鯰尾が声を掛けなければ、暫くは、こちらに合わせてくれる。
はははと笑い。鯰尾を好きに遊ばせて泳がせてくれる。

が、三日月は何かの拍子に、寂しくなって近寄ってくる。約束していても、そんな事は無かった、というように姿を現す。鯰尾はそれが好きだった。
……こんな感情は初めてで、どうすれば良いのか分からない。

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鯰尾が手紙を差し出しうつむき、微妙に照れた顔をしている。
あの鯰尾が、大変いじらしくて主は苦笑した。

「えっと……今日は読んでも良いやつかな?」
主は受け取って尋ねた。
鯰尾は押し黙っている。
――これはどう見ても、三日月の事を考えている顔だ。

「あっ!はい、良いですよ」
鯰尾が我に返って微笑んだ。
「どれどれ」
主は内心にやつきながら手紙を広げる。鯰尾が橋渡しを頼んだとき、主が出した条件がこれだった。
……主だしこれくらいは良いだろう。
今では三日月も鯰尾も主に読んで貰う為に書いている?という気さえしている。

主は鯰尾の書いた手紙を読んで、眉を上げた。
「へぇ。ん?あれ?三日月と一緒に遠征に出る予定だったか?」
「あ、いえ。いいんです。出られたら、って感じですし……忘れてました」
鯰尾は苦笑した。

「……そうか?まあ、内番でも一緒にどうだ?」
「予定一杯ですよ」
「また公武合体運動でも行ってくるか?」
「……二人きりとかやめて下さいよ」
鯰尾は少し恥ずかしくなり、ごまかすために俯いた。
この前あからさまな二人遠征を組まれていて、少し恨めしく思った。即変更したが。
「渡しとく」
主は笑った。
「はい。じゃあお願いしますね」
「ああ」
主は頷いた。

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鯰尾が出て行ってからしばらく、主は今後の予定などを帳面に書き付けていた。
政府の要請やら演習やら、やる事は多い。
編成、内番などは鯰尾や長谷部に任せて楽をしているのだが、やはり審神者でなければ決められない事もある。
端末を眺め届いたメールをチェックする。こんのすけは膝の上だ。
「また審神者会か。別にいいな」
主は呟いてメールを読み、既読フォルダに入れた。
「審神者様。たまには顔を出しませんと。他の本丸との情報交換も大切な仕事です」
こんのすけが耳を動かして言った。
「ほとんど飲んでるだけだろう?そういうのはあまり」
主が言うと、こんのすけが苦笑した。
「そうですが、審神者様にも息抜きは必要ですよ。お料理も出ますから。それに、違う本丸の刀剣男子同士が話して、お互い良い刺激になると言う事も。この本丸の皆様はとても真面目ですから、もう少し羽目を外しても……」

こんのすけは、こん、こん、と狐のような咳払いをした。

「すみません。少し、以前の本丸の事を思い出してしまいました」
こんのすけが少し耳を下げた。主はこんのすけの頭をなでた。
「イベントとか、多かったんだってな。そういえば。あまり最近はやってないなー。ちょうど何も無いし。久しぶりに何かやるか?」
「それは良い考えですね。そうだ、皆様から案を募ってみては?」
こんのすけが耳をぴんと立てた。
「ああ。それはいいな。じゃあ、たまには自分から動くか」
審神者は言って、こんのすけを抱えて立ち上がった。
「あ、いえ自分で……」
「ん?気を付けろよ。あ。そうだ!合唱とかどうだ?」
審神者が手を打った。
「え?」
こんのすけが見えない目で瞬きをした。
「合唱対決。二つか三つに分かれて、歌うとか。一番上手かった組にはそうだな。エアコンでも?二等はスイカ、三等は風鈴?皆で練習してさ。楽しそうだ」
「……それは良いですね!早速準備を」
こんのすけがぱっと微笑んだ。

「あ、おい、気を付けろ、ぶつかる」
主は歩き出したこんのすけを拾った。そっちは障子だ。

「すみません」
「じゃあ行くかな」

主とこんのすけは部屋を出た。

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主はまず刀派の年長者――すぐに見つかった中で、暇そうだった者――を集めた。
山姥切、鶴丸、一期一振、江雪、長谷部、燭台切。
「ああ、それはいいな!」
説明を聞いた鶴丸が言った。
「審査にはそうだな、別の本丸の子達を呼んでみようかな?ほら、あの先輩の所の」
主の言葉に「おお!」という声が上がる。
先輩というのは、主の知己の審神者で、この本丸に泊まった事もある。
――その時は家鳴りのひどさによく眠れなかったらしく、昼間に遊びに来るだけになったのだが。
刀剣達にとってはいわゆる顔なじみだ。
よく演習で会う物の。雑談以上の交流はほとんど無かったのだが。やはり、刀剣男士同士。向こうはどんな生活をしているのか気になるところだ。

「そうだ、せっかくだし、立て替えた家も見せるといいかも」
主が言った。
「なるほど。そいつはきっと驚くぜ」
鶴丸が言った。この本丸は立て替えのあと、ちょっと驚きの地下通路を備えている。
「これぞ和睦ですね」
江雪が頷いた。
「弟達も喜びます」
一期一振が言った。
「景品は何が良い?一位は好きなもの、とかでも良いけど?」
主が言った。
「そうですな。えあこんは助かりますので是非欲しいと思いますが。組み分けは?」
「やはりここは刀派でいくか?」
長谷部が言った。一期一振と言い、目がぎらついている。
「ちなみにエアコン増設は金銭的に、あともう二台が限界だから。一台は三日月に持ってかれたし。私の部屋につけてしまったし」
主が言った。

「じゃあ、俺達が実行委員って事で良いか?主、いつにする?」
「そうだな――向こうの予定も聞いて見るけど、歌は練習が必要だから三週間からひとつきは後かな。皆で計画立てやってくれ」

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鯰尾は洗濯物を畳んでいた。
洗濯当番は大変な物の一つだ。

自分達の物は刀派ごとにまとめて洗濯することになっている。
これは、誰の下着がどれかとか『陸奥守。お前俺の下着見なかったか?っ、おまそれ俺のだろ!』とか、これはだれの飾り帯かとか、そういう事で混乱してしまうからだ。
――というのは建前で。色々あって、恥ずかしがる刀剣もいるからだ。

それ以外の共用のタオルは毎日洗うし、週に一回の布団干し、など意外と手間がかかる。
共用タオルが嫌な刀剣や、長髪の為、沢山使う必要がある刀は自分で洗っている。

ちなみに、くじで洗濯当番に当たってしまうと、基本一週間はそれのみをやるのだが。たまに追加で食事当番になったりすることもある。
洗濯当番は一振ではなく、三振で当たるし、皆も率先して手伝ってくれるのでそう時間はかからないのだが……刀剣によっては面倒と言ったり、逆に楽だと言ったり……好みが分かれる当番だった。

――鯰尾はどちらかと言えば。

「~」
鯰尾は外に出て、鼻歌を歌いながら、干したシーツを取り込んでいた。
シーツは天気が良い日は干すように、と大体で動いている。

鯰尾は近侍のせいでいつも朝の洗濯ができないので、せめて取り込みはしたい。
同じく洗濯当番の平野に渡す。もう一人の当番で朝シーツを干してくれた加州は午後から出陣している。代わりに大和守も取り込みを手伝ってくれている。今日は非番で朝も手伝ってくれたらしい。

白いシーツに混じり、青い着物が一枚。

鯰尾はその着物をちゃっかり手に取った。三日月の着物だ。他には三条、石切丸、今剣の着物もある。
これは洗濯が面倒な素材なので、例外として洗濯当番が手で洗っている。
初め短刀たちの洋服と一緒にまとめて洗濯機に入れ、今剣の装束がしわくちゃになったのは懐かしい記憶だ。

手入れすれば良いのだが、毎日の事だし、三日月の練度が上がり始めた今、三日月の手入れはそう頻繁にはない。
初めはこれが手洗いできる事に驚いたが、燭台切曰く、なんとか大丈夫らしい。歌仙は少し心配らしいが……少し痛んだらその時は手入れだ。
他の本丸ではどうしているのだろう?

「よし、これで全部かな。じゃあ、畳もうか」
鯰尾は言った。大和守は縁側にシーツの籠を置いている。
「はい」
平野が頷いた。

昼下がり、出陣が無いと暇だ。
骨喰は出陣だし、当座する事が無い。洗濯当番は暇つぶしには丁度良い。
部屋に上がり、三振りでシーツを片付け始める。
鯰尾は近侍だったので出陣服だ。動くと熱いので上着は脱いで、洗濯当番では邪魔なので籠手も外している。
「平野は今日は休みだよね」
「はい。大和守さん、昨日はありがとうございました」
「ううん。あ、鯰尾。それ頂戴。先に片付けちゃおう」
「あ、はい」
鯰尾は三日月の着物を手に取った。
慣れた様子で畳む。
「手慣れていますね」
平野が言った。
「うん、歌仙さんに聞いた」
鯰尾は微笑んだ。

「そういえばさ。鯰尾。三日月さんがさっき庭の向こうでこっち見てたけど。構ってあげないの?」
大和守が言った。
鯰尾は首を傾げた。
「ああ……。何かしてました?」
「馬当番だったみたいだけど」
「じゃあ後で、一緒に、おやつでも食べようかな。今日のおやつ何だっけ?」
「確か、羊羹とおまんじゅうです」「いいね」
平野が言って、鯰尾は目を輝かせた。

「あれ?最近さ、ちょっと避けてる?」
大和守が鯰尾を見て言った。
「え?いえ、そういう訳じゃ。ただ、こう、いつも一緒っていうのも、恥ずかしいし。それに俺達は、そんな深い関係じゃ無いですし」
照れた鯰尾はそう言った。隣には平野がいるので念の為。
「あれ?そうなの?」
大和守が首を傾げて、平野も不思議そうにした。
「そうだったのですか。……すみません、僕はてっきり、鯰尾兄さんと三日月様は既に、付き合っているのだと」
平野はかなり赤面した。何を考えたのだろうか。あるいは勘違いを恥じたのか。
……勘違いでは無いのだが、兄の恋愛事情なんて知りたくないだろう。

「え、いやー。まあ、まだ、その前というか、後ろというか。今は、ゆっくり、お互いの事を知ろうと思って……。上手く行きそうだったら、お付き合いしようかな……ってくらい?」
鯰尾は畳み終えた着物を近くに置いた。後で届けるつもりだった。
手紙のやりとりはじれったくて、心地よくて、しばらくはこうしていたい。
……三日月が焦れてしまうだろうか?
大和守が笑った。
「へえ、そうなんだ」
あと少しで洗濯物も終わる。

「大和守さん、今日も手伝ってくださって――」
鯰尾が礼を言おうとしたとき、誰かが廊下に現れた。乱と薬研だった。

「あ、いたいた。ずお兄、平野、大和守さんも。ちょっと凄い事になってるよ」
「「「?」」」
三振りは顔を見合わせた。

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その日から、本丸に歌声が響いた。

「国行……!」「くにゆきー」
愛染と蛍丸は必死で明石を探している。明石が歌えるかどうかではない。何となくだ。
そして練習もしている。
愛染と蛍丸はひとまず、数の足りなかった三条に入った。しかし蛍丸は高音がとても苦手だった。
愛染は中間だ。ソプラノがいれば。

「鯰尾さん、助けて!」「え?」
ついには周回の鬼、鯰尾もかり出され、四日後。ようやく明石国行を発見した。
「よし、今から猛特訓だぜ!」「ソプラノは任せた」
「……は?」
拾われて直ぐに言われて、明石は目を丸くしていた。
「勝たないと、えあこんが手に入らないんだって!」

「明石はソプラノか?コイツは驚きだ。これで、六チームか――油断は出来ないな」
庭で練習していた鶴丸が言った。
だがこのチームには、恐ろしい逸材――大倶利伽羅がいる。負ける気はしない。いや、勝つのだ。

来派が独立して、六チームとなった。
三条、伊達、新撰組、粟田口、来派、左文字。
意外な事に、どこもそこそこ歌が上手い。
気が付けば、課題曲と自由曲のある本格的な勝負になっていた。

粟田口では。
「鶴丸殿と出なくて良かったのかい?」
一期一振が言った。
骨喰が頷く。
「ああ。手加減はしない」
そうして骨喰も歌い出したが、まだまだ微妙だった。
「鯰尾兄は意外といけるな。ちょっと高音が苦手そうだが」
薬研が言った。ちなみに薬研は指揮担当だ。
「骨喰、二人で練習しよう。クーラーのために」
鯰尾は言った。
「ああ」
鯰尾と骨喰は兄弟達と共に特訓を重ねた。数で勝負だ。

そして、三条は。

「なむさん~、石を積み↑~はらい↓たまえ~」「はらいたまえ~」「きよ↑めたまえ~」

「……これは」
様子を見に来た主が口をあけた。
……すごく下手だ。今剣のコーラスも微妙に合っていない。
三条の自由曲。既存の歌では無くて、自作の曲でも良い事になっているのだが。
なんというか歌詞が……、歌っても聞いてもしんみりするような……テンションだだ下がる歌詞だった。まるでエンディングか、お葬式のようだ。今剣の目が死んでいる。

『あるじさま、……僕はもう、うたえません』
昨日そう言って、今剣が膝をかかえて呟いていたので、主は真っ先に、ここへ様子を見に来たのだが。

今剣に歌が嫌いなのかと尋ねたら、『もっとあかるいうたがうたいたいです……でも、がんばります』と言っていた。
「というか、この曲は一体?」
主は言った。オリジナルのようだが。伊達じゃあるまいし。三条がそんな物を作ったのだろうか?
「これか?鯰尾がこの曲凄く良いですよ、と言ったのでな。確かに、深みがあって良い歌詞だ」
三日月が満面の笑みで言った。
他の面子――石切丸と小狐丸、そしてにっかり青江もこの上ない笑顔だ。主は全力で否定した。
「いや!!それ騙されてるぞ!!鯰尾め。ちょっと選曲から変えよう。無難なの、幾つか持ってくるから」
主は三条に肩入れすることにした。

というか、三日月の部屋にクーラーはあるのだが。ちょっと今剣が可愛そうだ。

明るい曲を聴いて、今剣が目を輝かせた。
「まにあいますか?」
「大丈夫、今からでも間に合う!ほら、俺もやるから!この曲は歌ったことあるし!」
主は今剣を鼓舞した。おそらく三条の旋律は今剣にかかっている。
(――正直、歌はちょっと自信ないんだけど。がんばろう)
主は頑張る事にした。

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そして当日。
あちらの本丸のほぼ全ての刀剣が来た。

「いや、今日はどうも!」
主が知人の先輩審神者を出迎えた。
「いやぁ、楽しみすぎて。皆が騒いでたよ。これ手土産。あれ、お前も歌うの?」
鯰尾と骨喰、粟田口が手土産というには多い重箱を門から運び入れる。じゃあこっちが食事持ってくから、という事になっていた。
「お弁当はこっちにお願いしまーす」
鯰尾も出番まで手伝いだ。

後ろにはずらりと刀剣達が――収まりきらず、既に庭に出ている。先輩審神者の本丸の刀剣は、全員出陣服を着ている。主の方は内番服、またはスーツだ。
先輩が主の服装を見て言った。主はスーツを着ていた。
「いや、三条が足りなくて、一緒に歌うことになりました。なんとか頑張ります。先に見学しましょう」
「おう。どうなったんだ?」

主が地下通路を案内し、向こうの鯰尾と骨喰がうちも欲しいと言い出した。いや、さすがに無理だって、と先輩審神者が苦笑していた。
その後、庭のステージでちょっとした隠し芸などを披露し、大いに盛り上がった。

燭台切と長谷部のテーブルクロス引き対決は圧巻だった。
(皆、いろいろな特技があるんだなぁ)
と主はしみじみとした。

そして決戦の時――。

各々が素晴らしい歌声を披露し、皆が酔いしれた。
粟田口は、応援歌のような歌を。さよならしても終わりじゃ無いという歌詞は、刀剣男子達の心に響き、美しいハーモーニーも相まって、号泣する者もいた。

伊達組は本格的なオペラ曲を披露し、皆の度胆を抜いた。
まさかあの大倶利伽羅が、と先輩本丸の大倶利伽羅が見られていた。

その後、新撰組、左文字……来派。と続く。順番を決めたのは勿論長谷部のくじ引きだ。

「いやあ、すごい!皆上手いな」
先輩審神者が拍手をして言った。新撰組は明るい曲を加州と大和守がメインとなり朗々と歌い上げた。課題曲、自由曲共にまさしく息ピッタリ、すぐに発売出来そうな完成度だ。自分達の刀派の番になると、先輩本丸の同じ刀派が固唾を飲んで見守る。
左文字の時には江雪と宗三がカメラをそれぞれ二台ずつ回していた。持参と、頼まれた物らしい。阿吽の呼吸と言うべきか。
こちらも少人数で心配だった来派は――。

「明石、おまえ、歌えるのか?すげぇ」
先輩審神者が自分の本丸の明石に向けぼやいたが、明石は記録に夢中だった。彼が映しているのはスーツを着た愛染と蛍丸だけだ。自分はどうでもいいらしい。
主の本丸の明石はやる気のない内番着だが、その歌声は見事だった。
蛍丸と愛染が一礼をすると、大きな拍手と歓声が起きる。

「平野。明石さんはすごい方ですね」「そうですね。明石さんは顕現したばかりなのですが。あっと言う間に歌を覚えたと聞いています」
出番の終わった前田と平野が会話する。
隣には向こうの前田と平野がいるのだが……向こうの前田と平野は微妙な顔をして、あいまいに微笑んだ。
「毎日朝早く起きて、頑張っていました。凄いですね」「きちんと迷惑にならない場所で練習して……」
前田と平野が言うと、向こうの二人は首を傾げた。

「明石は真面目で良い奴ですよね。やっと来てくれて良かった。ああ、じゃあ行きます」
主は言って、席を立った。
「えっ。いやそれは――」
先輩審神者は別の刀剣じゃ無いか?あるいは兄弟の為か、クーラーが欲しかっただけか。と思った。とりあえず誤解だ。

「それは誤解だって……」
先輩審神者は、主の後ろ姿に呟いた。

だがこの後輩の本丸の刀剣男子達は、話を聞いていても、ごくたまにおかしい事がある。
後輩は真面目なので、それが移ったのだろうか?いや、明石は兄弟の為に頑張ったんだきっとそうだ。明石が真面目な訳がない。

そして最後の、三条の番だ。

「ほう……」
皆がそう言った。
明るくて壮大な歌詞。あの雲のようになりたい、そいういう歌だ。
川が流れ、どこまでも続き、雲を写し――やがて海になる。美しく雄大な景色が目に浮かぶ。

「秋田?」
「いい、歌ですね」
主の本丸の秋田がはらはらと涙をこぼしていた。つられて先輩の本丸の秋田も。

「うっ、くっ」
向こうの一期一振が固まった。

そして審査、食事の後で発表だ。
「どこが勝つかなぁ」
そういう会話をしながら、空き部屋と庭を使い、わいわいと食べる。

結果は――。
「では、発表は、わたくし、こんのすけから」
スーツを着たこんのすけが、鯰尾に抱えられて舞台上のマイクの前に出る。いざ発表、という感じのBGMを薬研が流した。それがじゃん、と音を立てて止む。

「では。一位、三条!
二位、来派!
――三位、伊達!」

わぁあああ!!と歓声が起きる。
「国行やったぁあ!!」「おおおお!!」
蛍丸と愛染が飛び上がり、明石がやれやれと頭を掻いていた。
「わあぁ!!ぼくたちがいちばんですよ、あるじさま!」
「やったな今剣!」
主は今剣とともに喜んだ。良く頑張った。本当に頑張った。
「あっはっは。よきかな、よきかな」
三日月は微笑んだ。
「しかし、まれに見る接戦でしたな、ぬし様」
小狐丸が言った。
「そうだね。どこがいってもおかしくなかった」
青江が言った。
「……青江くん、それはぎりぎりだよ」
石切丸が言った。
「おや、そうかい?じゃあ、どこが入っても――」
「ごほん。いんたびゅう?があるようだ」
三日月が咳払いをして言った。

「三条はなんと過半数を獲得してたぞ!じゃあ、ここでいち兄に聞いてみるか」
薬研が言って、一期一振にマイクを向けた。

向こうの本丸の一期一振が、がっくりと項垂れている。
「っ。どの刀派も、本当に素晴らしい歌声でした。甲乙付けがたい。ですが……」
どうやら粟田口の票がほぼ三条に入ったらしい。向こうのずおばみ含め、粟田口が皆が泣いている。その中で一人だけ秋田が戸惑っている。

「ですが、ううう、感動しました!!」
一期一振が言った。
理由は秋田。

「あーなるほど。それじゃ仕方無いね」
加州が言った。負けた組も納得の結果だったらしい。

「結果は張り出すから、しばらく自由にしててくれ。各刀派の代表はおやつの袋を取りに来るように。その後、夕餉はすまんが六時からだ!大広間に集合!その時計で五時半くらいまでは自由時間だ。うちの本丸のヤツらは準備手伝えよ。全員支度までは適当に遊んどけ。では解散!」
薬研が言って、わぁっと、全員が気を緩め、各々自由にしはじめた。

「おかしはこちらでーす。全員分あるので、落ち着いて並んで下さい~」
「ジュースもある」「茶はおかわり自由だ」
鯰尾は骨喰、長谷部と共に、袋つめのお菓子を配っていた。

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途中、鯰尾が台所へ行こうとしたところ、廊下の角でばったりと三日月に出くわした。
「あれ?」
「あなや?」

「あっ。そうかあちらの三日月さんか。どうしました?」
出陣服を着ている。つまり向こうの三日月だ。
「ああ。厠へ行く途中なのだが。うっかり迷ったようだ」
三日月が苦笑した。
この先は台所だ。
どうやら試しに行ってみて、違うと思って戻って来た所らしい。
「ああ。じゃあご案内しますよ。帰りもお連れします」
鯰尾は頷いた。
「すまんな」

厠から戻る途中で鯰尾は三日月と話した。
「同じ顔があるって、不思議な感じですね?」
鯰尾は言った。
「ははは。そうだなぁ。当たり前だが、見分けがつかん」
三日月が笑う。
「履き物はどこに?」「確か入り口で脱いだ」「玄関ですか?」「ああ」

「――あれ?」
鯰尾が玄関から外に出ると、ちょうどこの本丸の三日月に出会った。
三日月はスーツから着替え、内番服だ。

三日月は鯰尾を見て目を輝かせたのだが、鯰尾は普通だった。
三日月も厠で迷ったのかもしれない。
「何かありました?厠ですか?」
「いや……」
三日月は微笑んだまま固まってしまった。

「……あ、そうですか?すみません」
鯰尾は三日月を見上げ笑った。どうやら偶然だったらしい。

「……かっ、顔が見たいと思って、探していた」
三日月が頰を赤らめて言うので、鯰尾は顔を上げたまま固まった。
「えっ、そ、……そう、なんです、か……」

あっはっは。と言う笑い声が聞こえた。あちらの三日月だ。
「鯰尾。助かった。礼を言うぞ。――邪魔者は退散するとしよう」
そう言って、微笑んで去って行った。

「行っちゃった。すごく格好いいですね。あの三日月さんも」
鯰尾は、別の本丸の三日月の後ろ姿を見た。
こちらの三日月と顔や姿は一緒だが、少し違う気がする。何がとは言えないが。
雰囲気……?だろうか。

(同じ刀剣なのに不思議だなぁ……)

鯰尾は、――ふいに浮かんだ『悪い考え』を端に寄せる。
これは、近頃の鯰尾を悩ませているちょっとした感情で。三日月には関係無い。

「三日月さん。どこか、人の少ないところ行きます?」
笑顔で振り返り、鯰尾は言った。

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鯰尾は三日月と共に、道場の裏、そのさらに奥に来た。
……さすがにこの辺りには誰もいない。
あまり長居はできないが、少しだけなら良いだろう。

「少しだけですよ。お話ししましょう」
鯰尾は三日月の両手を取って――見上げた。
会いたかったのはこちらも同じだ。

「……三日月さん、かっこよかったです!」
鯰尾は目を輝かせて言った。三日月に身を寄せる。
「もう、歌上手いんですね!!やられました。絶対、三日月さんなら騙されると思ったのに!どうして歌変えちゃったんですか?」
「あ、あなや」
「もうスーツ脱いじゃったんですかぁ。もったい無い。本当に、三日月さんて、何着ても似合うんだから……」

鯰尾は、三日月を真正面から見て、え、あれ?と思った。
(あれ?かっこいい……)
三日月ってこんなに格好良かったっけ?いや、美形なのは分かってたけど。
不意打ち美形に頭の中がぐるぐるして、心臓がバクバク鳴っている。
次の言葉が出てこない。三日月を褒めたいのに。今、三日月の手を握っていると思うだけで……。
「で、三条が一番で、良かったです……」
鯰尾は、今剣が喜びます、と言おうとしたのだと思う。

急に、周囲が温かくなった。
強い風が鯰尾の髪を揺らし――周囲にぶわっ、と花びらが舞う。

「鯰尾……!」
三日月が嬉しそうに『笑って』いる。

あはははは、と。
――三日月が笑う?声を上げて?
三日月と言えば、いつも微笑むばかりで。
こんなに楽しそうに笑う事なんて無かった。

「はははっは。実は鯰尾の為と思って頑張ったのだ。それにしても、存外可愛い――いいや、酷い事をする!危うく騙されそうになったぞ」
三日月はふと真顔になって文句を言う。口元は笑っている。

誉桜――どちらが散らしているのだろう。

鯰尾は、あまりの事にめまいがして、膝が崩れそうになった。
世界が揺れた気がした。

本当の事を言うと。
鯰尾は、少し恐かったのだ。こういう『感情』を持つ自分が。
火事で助けられて、押され気味で体の関係を持ったというふしだらな入り口なのに……いつのまにか三日月に本物の恋愛感情を抱いている気がして。

凄く好きで、たまらなくて。
本当に好きで、不安にもならない。
三日月は絶対に自分を好きで、自分も三日月が好きだ。三日月以外にあり得ない。
そう確信している自分が嫌だった。
恋は盲目、恋をするとヒトは変わる。そんな風に、変わってしまいそうな自分が恐くて、嫌で。そういう感情を持っていることが、恥ずかしくて。

もし頭の中が、淫らな事ばかりになってしまったら?女の役に慣れてしまったら?戦えなくなったら?近侍の務めを果たす事が出来なくなったら?
……なまくらになったらどうしようと思っていた。

けど、これは自然な事なんだ。
俺は、三日月さんを好きになっていた。
――それでいいんだ。

「俺の為って、ちょっと格好付けたかったんでしょう?」
鯰尾は大きな声で言った。
「あっははは、実を言うとそうだ。俺は三日月宗近だからな」
三日月も、彼にしては大きな声で言った。

「――好き!」
目を丸くして、鯰尾は言っていた。
三日月は、はっはっは。と笑った。
鯰尾もつられて大いに笑った。さすが天下五剣だなぁ、という言葉も添え、二人でわいわいとはしゃぐ。

「俺の歌も結構いけてましたよね?」
「ああ。素晴らしい……良く頑張った」
三日月が微笑む。三日月の瞳が優しく揺れて。鯰尾は微笑みを返した。
「何か嬉しいです」
「?俺も嬉しいぞ」
三日月はのんびりと話し始める。
「今剣が喜んでなぁ。今剣にもえあこんをやりたいと思っていたので良かった」
「あぁ三日月さん、贅沢ぅ」
「はっはっは」
「あっははっは」

「「――ふう」」
ひとしきり大きな声で言い合って、桜も収まり、二振は見つめ合い、微笑み合った。

「でも俺、文通も結構気に入ってるんですよ」
鯰尾は壁にもたれて言った。
「そうか」
「ん、だから、まだ続けたいなって。――それでいいですか?お外でお預けも続きますけど……」
鯰尾は自分の髪をいじった。
恋人同士なら、そういう事も頻繁にした方が良いのだろう。本当は。
でもちょっと恥ずかしい。人に見られたら特に。

「ええと、その……俺達恋人同士ですけど。でもやっぱり……時と場合?ここ、本丸ですし」
鯰尾は言った。
三日月は頷き、目を細めた。
「なに。構わんさ。耐えられなくなった時は、どこぞに連れ込むかも知れんが……」
つい、とこちらを見る目が本気だった。
「あ、えっと……無理なら別に!」

「――、ははは。冗談だ」
三日月が苦笑した。遠慮したのだろう、と鯰尾は思った。
「いいですよ。いつでも。今でも」
鯰尾はさらりと言っていた。

「恋刀なんですから。衆目が無ければ。……今みたいに、ね?」
鯰尾はくすりと笑った。

「――」
ふいに三日月が鯰尾の腰に袖を回し、鯰尾を引き寄せた。
「あ、その気になりまし……、ん」

腰に腕を回すしぐさは軽く触れる、という感じだったのだが、口吸いは強かった。
鯰尾に息を継がせ、口吸いを続ける。鯰尾も背一杯上を向いて、三日月の着物を握って、期待に応えようとしたが、背が低いのがもどかしい。頭がぼおっとする。

「少ししゃがんで……」
閨では寝ていたせいで気が付かなかったが、こうして外で接吻するには身長差が気になる。
三日月が上手く合わせてくれて、軽く唇を重ねた。

――三日月に任せる事になってしまった。
俺の体って、受け身に出来ているんだろうか。やだなぁ。
鯰尾は心配になった。

口の中が悦くてたまらない。鯰尾は少し恥ずかしかったが、自分から舌を動かした。
呼応するように深くなって、角度も変わり、深く入って力が抜けた。三日月の腕が背中を支える。
「んっ」
息を継ぐとき、鯰尾は三日月の着物を掴んだ。この匂いは――香水だろうか。
控えめで心地よい。

……脇差だから、体が小さいのは仕方無い。
太刀の三日月は自分の体力や抱き心地、反応では、物足りないのではないか?――いや、あれだけやれれば十分か。
鯰尾は閨を思い出して、三日月を少し押し返す。

「ぁ、も、いいから、ねえ、ぬがして……」
三日月の手を取って、内番着のすそに導く。出陣服なら脱ぐのは大変だけど、内番服はすぐだ。なんなら上は着たままでもいい。

「三日月さんの、思うように抱いていいんですよ?」
鯰尾は笑った。すぐに手を差し込まれて、同時に口を塞がれる。
背中に壁の固い感触を感じた。

鯰尾は手を下ろし、目を瞑って、三日月が服をめくり胸に触れるのを感じていた。心地よい刺激に溜息をついた。

(気持ちいい……)
鯰尾は目を閉じた。

「ぁっ……ん」
喘ぎ声を漏らし、首筋に、三日月の舌を感じているとき。


ぽつ。
という音が聞こえた。

それは、ぽつ、ぽつ。と続き。
鯰尾は目を開けた。
「あめ?」
「――、」
三日月も振り返り、天を仰いだ。お互いに、呼吸が乱れている。

「わ、やば、降ってきます。行かないと!」
「ま、待て」
三日月が鯰尾の手首をがしっと掴んで引き留めた。
「や、ダメですって、いかないと――」
鯰尾は身をよじった。三日月は呼吸が荒く、頬を上気させている。
まさか、このまま強引にする気か?と思ったのだが。

「せめて身なりを整えていけ……!」
三日月が必死の様子で言った。

「え?」
「あるいは、落ち着かせて――」
「っ!!」
自覚し、鯰尾は赤面した。

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「お、来た来た~遅かったな」
鯰尾が着いた時には、皆は既に建物の中に避難していた。
外に出ていた物も全て中に取り込まれていた。

「はい、どうぞ」
という声と共に、タオルが渡された。
出陣服を着た向こうの本丸の鯰尾だ。

「すみません主さん!遅れました」
鯰尾は青くなった。この雨なのに、何もできなかった。
率先して手伝うべきなのに!
「いや、いいって。手が多いから楽だったよ。皆、凄いテキパキしてたし」
主が笑う。

「遅かったね。ってあれ?三日月さんは?」
靴を揃えていたこちらの加州が言った。
「あ、えっと……?そのうち来るはずですけど」
「一緒にいた?」
主が言った。
「あ、はい。途中までは」
鯰尾は涼しい顔で嘘をついた。
たぶん大丈夫だ。服は直したし、根性で髪も呼吸も整えたし、高ぶりも状況を思い出すことで何とか静まったし。

「はぁ……」
そのままため息をついて玄関に腰掛けた。髪をがしがしと拭く。

(それにしても、よくもまあ、見境無くあんな事を)
鯰尾は赤面してしまった。自分に失望した……というか。

(もしかして――俺って結構、盛り上がっちゃうタイプ?)
鯰尾は顔をタオルで隠ししつつ、髪を拭いた。

そんな事を考えていると向こうの鯰尾が「三日月さんがどこにいるか分かる?」と尋ねて来た。
「道場の裏、って分からないか……、雨降ってるから、俺が迎えに行く……」
鯰尾は呟いた。
「いや。誰か案内して貰う。鯰尾は少し休んだら?顔赤いよ。あ、前田、ちょっといい?」
先輩本丸の鯰尾は、鯰尾の事を『鯰尾』と呼ぶ。
鯰尾に鯰尾と呼ばれると不思議な気がするがもう慣れた。

通りかかった前田が向こうの鯰尾を見上げる。
「前田くん、お兄ちゃんと道場に行こう?」「あ。――はいっ、行きましょう」
向こうの鯰尾はこちらの本丸の前田に声を掛けて、それぞれ傘を差して出て行った。

「しかし、降ったか。悪い俺達のせいだわ」
向こうの審神者が言っている。
「いや、まあ、そうかもしれないですけど、まあ、良いんじゃ無いですか?」
「ま、そうかもな。今日泊まっても良い?」
「え?そうなると雑魚寝ですけど」
「あー、そうか。しまったな。骨喰なんか良い知恵無いか」
「……もうすぐ上がる。にわか雨だ」
骨喰が言った。
「ちぇ。まあ、それはまた今度にするか。そうだまた皆で泊まりに来いよ。適当に刀派ごととかにしてさ――」
「いいですね」

鯰尾は正座して話に加わった。
先輩審神者が玄関の段差に腰掛けていたので、見下ろす訳にはいかないと思っての事だ。
刀剣達も皆、適当に腰掛けたり壁にもたれたりしている。

向こうの鯰尾だけが戻って来た。
「なあ、――三日月さん、どこにもいないよ?」

「「「え」」」
取り残され、三日月は迷子になっていた。

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「三日月さーん?」
鯰尾も傘を差し、三日月を探した。隣は骨喰だ。
「いないな」
庭を探しているのだが、いない。
「おっかーしいな。もしかして、もう中に入ったのかな?」
「ありうる」
雨脚は弱まってきているが、途中は結構降っていたのだ。三日月はさっさと何処かから建物の中に入ったのかもしれない。鯰尾と骨喰は一旦、玄関に戻る事にした。

するとそこに、涼しげな三日月の姿があった。

「おお。鯰尾、探したぞ」
そんな事をいけしゃあと言うので、鯰尾は文句を言いたくなった。
「……」
でも言葉が出てこなかった。

「?」
骨喰が不思議そうに鯰尾を見た。
「あ。なんだ、戻ってたんですね。じゃ、片付けましょう」
「あいわかった」
鯰尾は当たり障りのない事を言って、三日月の横をすり抜けた。

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「疲れたけど、楽しかったぁー」
夜遅く、鯰尾は湯浴みを終えて部屋に戻ってきた。

勿論部屋には誰もいない。賑やかだった分、少し寂しい気もする。
「ん?」
ちゃぶ台を見ると手紙が置いてあった。二通。

「手紙だ」
どうやら……主では無く、三日月が来たらしい。そう言えば少し太刀の気配が残っている。

「何が書いてあるんだ?」
鯰尾はいそいそと手紙を開いた。
昼間、こじれたという程では無いが、そっけなくしてしまったかもしれない。
大丈夫だろうか。嫌われていないだろうか。

『手紙を読ませて貰った。本丸は広く、未だに迷うことが多く、困っている。今日も迷ってしまい、あちらの本丸の加州に案内して貰った。しばらく加州と言葉を交わしたが、あちらの鯰尾は骨喰と仲良くやっているようだ。

おぬしの事は三度目の共寝の後に娶ろうと思っているので、そのつもりでいて欲しい』

「……」
鯰尾は動揺した。娶る、の文字にうろたえた。
三日月にしては短い文で、唐突で、かえって本気さが伝わってくる。
三日目の朝に食べる餅……じゃないけど。そういう感じなのだろうか。よく分からない。
でも、嬉しい。

「三日月さんへ……と」
鯰尾は書き始めた。

お手紙ありがとうございます。遠征一緒に組めなくてすみません。編成した後に気が付きました。
たわいないことで良いので、少しずつお話ししましょう。今日は色々あって楽しかったですね。

追伸
お話は受けるつもりなので安心して下さい。一緒になったら、皆の前で 手を繋いで下さいね。

「いや恥ずかしいだろ、これ……」
鯰尾は突っ伏した。

〈おわり〉
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