【白桃】空っぽの英雄【弐】
亡くなってから、地獄に乗り込むまでの所を、ルリオ回の話から自己解釈したもので色々と捏造しておりますご了承ください。
前回のもだいぶ特殊な桃タロー君でしたが今回も更になので、そちらもご了承頂けると幸いです…!前のも読んで頂いた方は有難うございました!
続き物なので白桃タグですが、白澤さんほぼ出てきませんがあと二回で終わりになります。
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【一】
唸り声と何かを引き裂く音に、桃太郎は目を開いた。
何度も目を瞬かせ、やがて目が周りに慣れて来る。
ここはどこだったか。首を捻るが記憶に霞がかったようで分からない。
ゆっくり周りを見渡せばまた唸り声。
そちらを見れば、唸り声の正体が目の前にいる獣と分かった。
何に群がっているのだろうと、ぼんやりとした意識のまま見つめていれば、その下に覗いている布切れに目が留まる。
何の布切れなのか視線を奥に移動した瞬間、フラッシュバックした直前の記憶の衝撃と共に、咄嗟に片手が視界を覆う。
―その布切れは、自分の成れの果てだ。
俺は、死んだんだ―
「大丈夫ですか?」
急に足元から聞こえた子供のような声に体が緊張したのが分かった。
こんな夜に、山奥に、子供がいるわけがない。
自分に声を掛けているのは何者だ。
「此方です」
桃太郎の腰のあたりから再度聞こえた声は、その場に似つかわしくない柔らかな声。
その声の優しさに、恐る恐る手を離してみると、目線より下に柔和な笑みを湛えた坊主姿の子供が居た。
―何故、こんな所に子供が?
暫く見つめていると、背後の獣に全く視線が向かない子供の様子に眉間に皺が寄る。
こんな近くに獰猛な獣がいるのに怖がる様子もなく、獣も全くこちらを気にしない。
違和感、しかし不思議と既視感が同時に込み上げてくるのを桃太郎は感じていた。
人間の子供では無い。
しかし、どこかで見かけた事があるように思える。
言葉なく見つめる桃太郎を気にも留めていないように、子供のようなその人は、微笑むと手をゆっくりと差し出した。
「お迎えに、上がりましたよ」
しゃらん、とその人の片手から軽やかな音が鳴る。
その手には錫杖が握られていた。
突如頭に蘇った山の中で見かける石像。その姿が目の前の姿と重なる。
「…お地蔵、様…?」
まさか、と言う気持ちが滲み出たその言葉に、目の前の小さな人は目を細めて頷いた。
______________________________
斜め上に浮かぶ月が見下ろす中、桃太郎は隣で規則正しく背を隆起させている白澤をちらりと見る。
「…彼は今では鬼神や閻魔様、そして神獣と知り合うことができていますが、その時、目の前に現れた、まるで人間のようなお地蔵様にとても驚いていました」
そりゃそうだ、と小さく呟くと温泉から湧き出る湯気が重なる、陽炎のように揺らめく月に視線を向ける。
耳に聞こえるのは隣からの寝息と、微かな虫の声。
こうして吉兆の証の神獣の寝ている姿を隣で見ることになるとは、この時予想も出来ていなかったと考えて小さく笑う。
「…伸ばされたお地蔵様の手に、恐る恐る彼は手を重ねました」
視線を空に戻すと、また、独り言を読み聞かせの昔話のように話し始めた。
語る声は静かで、淡々と言葉が紡がれる。
「―その時、不思議な光が現れました。
不思議と怖いと思わなかった彼は、引かれるままに光の中に進みました。
歩きながら、お地蔵様から、今までの行いを見ていた事。鬼退治の事も、その後の事も神様は見ていたんですよと静かに話をされましたが、彼にはまるで現実味が無く、夢の中に自分はいるようだと思って話を聞いていました。
そして、光が途切れるとそこは山の中にいたはずが、巨大な扉が突如現れました。
―そこから約600年。空っぽの人間にはとてつもなく長い時間が流れる事になりました。
その間、何も。
本当に何もせずにどうすれば時が進んでくれるのかということばかりを考えていました」
視線が降りて組んでいる自分の両手を眺める。
ここからは、御伽噺の先にある空虚な人生の、話。
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【五】
お爺さんの畑が雑草に覆われるようになってしまったのは何時頃からだったか。
柿助は手入れされなくなってしまった家の畑を見つめ、一つ溜息をつくと窓からするりと家の中に入る。
家の中では、しきりにシロが布団の中から何かを引っ張っているのだがビクともせず、たまに口から離しては一鳴きしてまた引っ張ろうとする。
柿助に気がついたシロが、ねえ手伝ってよ!と言うのを聞いて布団を剥がしに掛かれば枕に顔を埋めている人物が現れる。
「桃太郎、なあ外に出ようよ。一緒に出掛けようよ」
シロが近づいて来て顔を覗き込もうとするが更に枕に埋めてしまう。
あの日から、桃太郎は家に篭るようになっていた。
外に出ようと言っても外に出てこない。
家に篭って何かするわけでもなく、食べるか寝るかのどちらかだけ。
こうしよう、ああしようと言えば始めの頃は反論してはごめんと呟いていたのを繰り返していたのだが、最近は反応も返さなくなっていた。
「桃太郎、嫌だよなんで家にばかりいるの?外に出よう、また遊ぼうよ!」
布団と体の間に自分の体を滑り込ませようとするが力を込めているのか体を入れることが出来ず、項垂れてシロは布団から出る。
窓からばさり音がし、振り返るとルリオが舞い降りて来た。
「アンタが対応しなくなってから、ここに桃太郎が住んでるって知る人達は少なくなった。
今なら、外に出ても何も言われない」
その言葉に身じろいだ気配がし、柿助が布団を見ると暫く振りに顔を上げた布団の主が力の無い目で彼らを見ていた。
「桃太郎ー!」
シロが飛び付くが、桃太郎は特に反応を見せずにルリオだけを見る。
「…物見遊山で珍しいものを見るかのような人達の目は確かに嫌だ。
でもな、1番嫌なのはそこじゃない。
…いつまで続くかわからないこの生活が嫌なんだ」
「俺達と一緒にいるのも嫌なの?」
不安そうに言うシロの声にのそりとそちらを見ると、頭を振る。
「違う、側に居てくれるのはありがたい。…お前達まで離れたらどうなるかわからねえ。
でも、何かをしたいと思えないんだよ。
…もう、何すりゃ良いんだよ、見世物になってヘラヘラしてれば良いのか?
ずっと、ずっと…⁈
それとも畑を管理すれば良い?いつまで?」
布団を握りしめ、絞り出すように言われた言葉に返す言葉がなく。
静かに差し込んで居た窓からの夕日が細くなり、家の中は静寂に包まれた。
ここから、桃太郎の記憶は曖昧になる。
正確には、記憶に残すような出来事が起こることも起こすこともなく、ただ過ぎるだけの時間だけが消費されていった。
__________
何十年経ったのかもわからなくなったある日、家の中にも飽きが来て桃太郎は思いつきで外に出た。
何か変わったかと少し期待していたが、外の風景は引きこもる前と同じく、ただ美しく平和な見慣れた風景が広がる。
だが、唯一、違うもの。
「畑…」
自分で枯らしてしまった畑にしゃがみ込む。
お爺さんが大事にしていたのに。
それすらも維持する気力を持てなかった。
「なんで…」
呟いた言葉は最後まで紡がれなかった。
なんで、太陽が、月が動くんだ。
いっそのこと動かなくなれば良い、そうすれば時が経つのも分からない。
一日が終わるたびに、始まるたびにまた一日が過ぎてしまったと何故毎日思わなければならないのか。
「…神様なんていないんだろ。
いるなら何で俺はここでこんなに苦しむ?
それとも天国にいる人達は永久の時に放り込まれても平気だってのか!」
声を荒げても何も変化は無い。何も起こらない。
…現世と結局一緒じゃないか。
そう考えてまた顔を覆う。
死んでも死ななくても引き篭もって悪態をついて、何も変わっちゃいない。
変わらないならここはなんだ、本当に天国なのか、それとも永久の時を与え続ける地獄なんじゃないか。
そして、ふらりと何処ともなく桃太郎は歩き出していた。
道も分からず歩いてきた先に、見覚えのあるものを桃太郎は見つけた。
それは、始めて天国に来た時にくぐった天国の門だった。
思わず近づいてみた時、扉が開いて流れてきた人を見て思わずぎょっとする。
口許から血が流れていたのだ。
「だ、大丈夫か⁈」
思わず駆け寄るが、辿り着く前に不思議な現象が起こった。
あれだけ流れていた血が一瞬のうちに消えてしまったのだ。
そして目の前の人は自分の口に手を突っ込み始め、驚き思わず足を止める。
「あーあーあー…!あああやっと戻った怖かったー!!!」
直ぐに口から手を離したその人は、桃太郎を見ると首を傾げた。
「あの、あなたも閻魔様の所から来た人?酷い格好だけど刑罰受けたの?」
「え」
言われた言葉に自分の体を見た桃太郎は苦笑した。
着の身着のまま歩いて来たので、まるで寝起きのような格好だったのだ。
「えーと、その、アンタは?」
まさかその恰好で天国の住人ですとは言いづらく、質問を返してみると目の前の人は体を震わせて両手で自分の肩を抱き締めた。
「情状酌量って事で天国行く前の最後の刑って言われたけど、あなたやった⁈
舌を抜かれるなんて聞いてないわよ、すぐ戻るって確かにすぐ戻ったけど、ほんと痛かったし怖かった!!」
出てきた言葉に目を丸くしてしまう。
今なんて言った?舌を抜く??
「だから血を流してた?」
「そうよ、もう二度とやらない!そういう意味で罪を犯すなって事だろうけど!」
嘘のように思えず、自分が天国に来た時を思い出すがそんなに物騒な記憶は無い。
「俺はそんな事なかったんだけど、それ誰にやられるんだ?」
興味が湧いて聞いてみると、両手人差し指を耳上で立てると厳めしい顔を作る。
「鬼よ、鬼!!地獄の鬼!!」
「鬼…?」
言われた言葉を反芻した時、かちりと。外れていた歯車が合わさるような音が桃太郎の耳奥で響く。
「どうしたのよ何かすごい顔してるけどー…ってどこ行くの⁈
さっき門番の人、ここで待つようにって言ってたわよ!」
後ろから掛けられる声は耳を右から左に流れる。
堰き止められていた水が吹き出すように、体の奥から何か分からない力が沸き起こる。
―鬼。鬼がいるんだ!!
「ー桃太郎!どこ行ってたんだよ心配したよ!!」
家に帰る途中でシロがこちらに走って来るのが桃太郎の視界に入った。
桃太郎からも走り寄ると、一瞬目を瞬かせたシロは破顔して全速力で駆け寄る。
「どうしたの、桃太郎元気になったの!!」
嬉しそうに飛びついて来たシロを抱き留めて頭を撫でれば、鼻を擦り付けてくる。
やがて柿助とルリオも辿り着き、表情の変わった桃太郎を見て嬉しそうに駆け寄って来た。
「俺、決めたんだ。
お前達、ついてきてくれるよな!」
生気を取り戻した桃太郎の顔に嬉しそうに、迷うことなく頷いた彼等の姿を見て、桃太郎は先程までいた扉の方を指差す。
「地獄に、鬼退治だ!!!」
「…え?」
意気揚々と叫んだ言葉に続いたのは間の抜けた声。
それを聞いて眉間に皺を寄せると、その声の主達を見つめる。
「なんだよ文句あんのかよ」
「え、だって、なんで?なんで地獄なんかに行くの?」
「さっき聞いたんだよ、地獄には人の舌を引き抜く鬼がいるって!
鬼に困ってる人がいる、それなら俺の出番だろ!」
「地獄に鬼がいるのは元からだって俺、聞いた事あるぞ?」
「地獄の鬼が何しても良いって?そんなわけないだろ!悪い事をして苦しむ人がいるなら助けないと、だろ?」
「鬼を倒すのは、桃太郎だからか?」
「そうだ!」
お互いを見て複雑そうな顔をまだ自分に向ける親友の動物達に、桃太郎は立ち上がり両手を広げる。
「昔話でも、童話でもない、また今、英雄になるんだよ!!
なれるんだよ!!」
嬉しそうに言われたその言葉に、辞めようと彼らは言えなかった。
彼がようやく見つけた生きる目的を否定出来なかった。
______________________________
それから数時間後。
意気込んでいた心と刀を、桃太郎は一瞬であっさりと折られた。
寄りにも寄って、倒そうと意気込んでいた鬼に。
「―さて、貴方達には早速今から不喜所地獄に行ってもらいましょうか。
正直猫の手も借りたい状況ですので」
「え、今から⁈」
「勝手な理由で此方の仕事を増やした上に、ご丁寧にこの私が一連の出来事を書類に纏めなければならない事態を引き起こした方達が、何か…?」
「いえなんでもないです…」
その鬼に反論仕掛けたシロは返された言葉と鋭い視線に、項垂れた。
「…桃太郎、大丈夫か」
肩の重みに顔を上げれば、ルリオが心配そうに覗き込んでいた。
シロと柿助も同じような表情で桃太郎を見つめている。
「な、何言ってんだよお前ら!!俺を誰だと思ってるんだよ、大丈夫だっての!
ほら、俺達はこの鬼に負けたんだ、従うしかないだろ!」
「従うとは失礼ですね、割の合わない就職先からクリーンな企業への就職斡旋をする事は悪いと思えませんが」
「…」
力でも、口でも敵わないのかこの鬼には。
そう心の中で毒づいてからしゃがみ込んでシロと柿助の頭を撫でる。
「…悪かったな、頑張れよこれから」
シロ達が何か言いかけたがそれは鬼によって遮られる。
突如桃太郎の前に立ったその鬼は、ほら時間がありませんのでと、別の鬼に指示して彼等を連れて行くように言った。
またね!会いに行くからね!!と鬼に追い立てられながら何度も心配そうに振り返るシロと柿助とルリオに、桃太郎はどうにか笑顔を作って手を振った。
この後に及んで心配させるのは嫌だった。
姿が見えなくなると桃太郎の表情は曇る。
「…最後の挨拶くらいさせてくれても良いじゃねーか、本当に鬼だな」
「鬼ですが」
「知ってるよ」
「…」
「…なんだよ」
ただでさえ背の高い所から無言で睨まれた桃太郎は視線を逸らして口を尖らせる。
頭上から溜息が一つ聞こえ、何やら近くの鬼に指示する。
「…知っていますか。肯定しかしない人達に囲まれた人間の話」
「は?」
「ああ、知らないんですね」
「…知らないけど、別に肯定されるのは良いんじゃないの」
ちらりと桃太郎が見上げると、そこには睨むでもなく見下すでもなく、何の色もない瞳が見下ろしていた。
「その人間は、最後に何が正しいのかわからなくなり破滅の道を歩むんですよ」
「は?なんでー…」
「では、私は帰ります。貴方の就職先にはあちらの方に案内をお願いしましたので、あの方について行って下さい」
「ちょ、おい!今の話―」
思わず伸ばした手は、空を掴んだまま固まる。
また色の無い目で、じっと鬼は桃太郎を見つめた。
「私がお話出来るのはここまでです。
―ああ、私は鬼灯と言います。
仕事先にはまたお伺いします」
その鬼――鬼灯は、それだけ言い残すと振り返らずに去って行った。
残された桃太郎は、連れて行くと言われた鬼に声を掛けられるまでただ去っていく鬼灯の背中見つめていた。
――去り際に鬼灯が残した一言が耳にこびりついて、しかし理解ができなかったのだ。
「今の話の最後が何故そうなるのか、少しは貴方の頭で考えてみなさい」
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