秋生(鮭の丸焼き)

萌えが滾った時に細々と投稿させて頂くと思います。
好きなジャンルは多種なので、雑多になりそうですがよろしくお願いします!

なお、pixivでは投稿しずらいものをこちらに投稿させて頂こうと思っております。

投稿日:2016年03月07日 01:14    文字数:13,169

【白桃】空っぽの英雄【弐】

ステキ数は非公開です
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
コメントはあなたと作品投稿者のみに名前と内容が表示されます
「空っぽの英雄」の続きになります。
亡くなってから、地獄に乗り込むまでの所を、ルリオ回の話から自己解釈したもので色々と捏造しておりますご了承ください。
前回のもだいぶ特殊な桃タロー君でしたが今回も更になので、そちらもご了承頂けると幸いです…!前のも読んで頂いた方は有難うございました!
続き物なので白桃タグですが、白澤さんほぼ出てきませんがあと二回で終わりになります。
1 / 5

【一】

唸り声と何かを引き裂く音に、桃太郎は目を開いた。

何度も目を瞬かせ、やがて目が周りに慣れて来る。
ここはどこだったか。首を捻るが記憶に霞がかったようで分からない。

ゆっくり周りを見渡せばまた唸り声。
そちらを見れば、唸り声の正体が目の前にいる獣と分かった。

何に群がっているのだろうと、ぼんやりとした意識のまま見つめていれば、その下に覗いている布切れに目が留まる。
何の布切れなのか視線を奥に移動した瞬間、フラッシュバックした直前の記憶の衝撃と共に、咄嗟に片手が視界を覆う。

―その布切れは、自分の成れの果てだ。
俺は、死んだんだ―





「大丈夫ですか?」

急に足元から聞こえた子供のような声に体が緊張したのが分かった。
こんな夜に、山奥に、子供がいるわけがない。
自分に声を掛けているのは何者だ。

「此方です」

桃太郎の腰のあたりから再度聞こえた声は、その場に似つかわしくない柔らかな声。
その声の優しさに、恐る恐る手を離してみると、目線より下に柔和な笑みを湛えた坊主姿の子供が居た。

―何故、こんな所に子供が?

暫く見つめていると、背後の獣に全く視線が向かない子供の様子に眉間に皺が寄る。
こんな近くに獰猛な獣がいるのに怖がる様子もなく、獣も全くこちらを気にしない。

違和感、しかし不思議と既視感が同時に込み上げてくるのを桃太郎は感じていた。

人間の子供では無い。
しかし、どこかで見かけた事があるように思える。

言葉なく見つめる桃太郎を気にも留めていないように、子供のようなその人は、微笑むと手をゆっくりと差し出した。

「お迎えに、上がりましたよ」

しゃらん、とその人の片手から軽やかな音が鳴る。
その手には錫杖が握られていた。

突如頭に蘇った山の中で見かける石像。その姿が目の前の姿と重なる。

「…お地蔵、様…?」

まさか、と言う気持ちが滲み出たその言葉に、目の前の小さな人は目を細めて頷いた。


______________________________


斜め上に浮かぶ月が見下ろす中、桃太郎は隣で規則正しく背を隆起させている白澤をちらりと見る。

「…彼は今では鬼神や閻魔様、そして神獣と知り合うことができていますが、その時、目の前に現れた、まるで人間のようなお地蔵様にとても驚いていました」

そりゃそうだ、と小さく呟くと温泉から湧き出る湯気が重なる、陽炎のように揺らめく月に視線を向ける。
耳に聞こえるのは隣からの寝息と、微かな虫の声。

こうして吉兆の証の神獣の寝ている姿を隣で見ることになるとは、この時予想も出来ていなかったと考えて小さく笑う。

「…伸ばされたお地蔵様の手に、恐る恐る彼は手を重ねました」

視線を空に戻すと、また、独り言を読み聞かせの昔話のように話し始めた。
語る声は静かで、淡々と言葉が紡がれる。

「―その時、不思議な光が現れました。
不思議と怖いと思わなかった彼は、引かれるままに光の中に進みました。
歩きながら、お地蔵様から、今までの行いを見ていた事。鬼退治の事も、その後の事も神様は見ていたんですよと静かに話をされましたが、彼にはまるで現実味が無く、夢の中に自分はいるようだと思って話を聞いていました。
そして、光が途切れるとそこは山の中にいたはずが、巨大な扉が突如現れました。
―そこから約600年。空っぽの人間にはとてつもなく長い時間が流れる事になりました。
その間、何も。
本当に何もせずにどうすれば時が進んでくれるのかということばかりを考えていました」

視線が降りて組んでいる自分の両手を眺める。

ここからは、御伽噺の先にある空虚な人生の、話。

1 / 5
2 / 5

【二】

「あなたの出生は少し、他の方と違うのです。
その為、私と山の神々で見守らせてもらっていました」

扉の前で告げられた言葉に目を開いた。
柔らかな視線を受け止められず、思わず桃太郎は目を逸らす。

「…ご期待の人間にはなれなかったですよね、俺」

ぽつりと呟いた後、温かいものが片手に触れた。
お地蔵様の掌と直ぐに気がつき、慌てて視線を向けると先程より柔らかな笑顔が桃太郎を見つめていた。

「誰かを傷つけることも、罪を犯すこともなかったのは知っていますよ。
私に何度も声を掛けてくれましたよね、それも見ていました。
また、あなたを慕う方々からあの社を通じてお話は聞いています」
「でも、俺は―」
「贔屓を私達はしません。
理由があり、その上で、この扉の先にご案内する事になったのですよ」

片手を握っていた温かい掌は、するりと手を離すと桃太郎の背を軽くを叩いた。
途端に聞こえた重い金属音に慌てて前を見ると、巨大な扉がゆっくりと開き始めている。

「さあ、お待ちですよ」
「待つって誰がー…」

振り返るとすでにそこには、柔らかい笑顔の持ち主は消えていた。

「お、お地蔵様??」

恐らく歩いて来たと思われる背後を見るとそこには山はどこにもなく、見たことのない廊下が続くだけ。
幾ら左右を探しても何処にも姿はなく、思わず呆然としてしまった時だった。

「桃太郎!!!」

背後から聴こえて来た声と、微かに聞こえた地を蹴る爪の音。

――聞き慣れた、でももう聞くことが出来ないと思っていた音。

「あ…」

扉に体を向けた瞬間、飛び込んできた白い塊。
温かくて柔らかい、その感触は覚えているもの。

「―シロ!!!」

「桃太郎!!」
「桃太郎!!」

空を切る翼の音と、地を跳ねる手足の音も覚えている、忘れるわけがない。
その声も忘れるわけがない。

「ルリオ、柿助!!」

言い終えるのも待たずに飛び込んできた色彩豊かな塊と、茶色の綺麗な毛並。

名前を呼びながら、涙を零す彼らを桃太郎は力一杯に抱き締める。
抱き締めた体から声にならないくぐもった声が漏れ聞こえた後、微かに嗚咽に変わる。

「なんで…俺、お前達に…!」

何もしてやれなかったじゃないか、言いたかった言葉がまた喉から漏れる嗚咽に掻き消されてしまう。

鼻先を桃太郎の胸辺りに擦りながらシロは桃太郎を見上げる。

「何言ってるんだよ、俺達味方だよって言ってるじゃん!」

震える肩に静かに舞い降りたルリオは、涙で濡れている頬に身体を擦り付ける。

「待ってればいつか来ると思っていたんだ。予想よりも早かったが、大丈夫か、何かあったのか?」

力の入ってない桃太郎の腕の中で器用に手を伸ばした柿助は次々に溢れる涙を拭いながら、同じように泣いている己の顔を隠すことなく抱きしめるその人を見つめた。

「大丈夫だよ、また俺達は一緒だ。俺達、桃太郎が好きなんだよ。
な、俺達の大将!」

ずっと会いたかった、話したかった親友達に、桃太郎は声を出すことも顔を上げることもできず、ただただ抱き締めて震えた。
どうか夢でありませんようにと、腕の中と肩に感じる温かさを感じながら。

「桃太郎、今ね、お爺さんとお婆さんと俺達住んでるんだよ。
また皆で暮らせるね!」

シロの一言に桃太郎は更に子供のような泣き声を上げていた。

神様、神様、有難うございます、有難うございますと心の中で何度も繰り返した。




―その後、その神様を恨むことになるとは露とも思っていなかった。

______________________________

桃太郎が連れて来られた場所は本当に天国だった。
半ば信じられない桃太郎だったが、シロ達もお地蔵様に連れて来られたと聞いて驚くと同時に、また神に感謝していた。
柿助がお地蔵様に命を助けられて鬼退治のお供になったことは聞いていたが、自分の運命は何か決められているのだろうかと1人考えていた。

連れられた家は住んでいた村の家とそっくりで、そこで迎えてくれた育ての両親に桃太郎はまた一目も憚らずに泣いた。





それからの生活は実に平和なものだった。
畑を耕していたお爺さんの手伝いをしたり、家ではお婆さんの手伝いをしたり。
時には天国をシロや柿助、ルリオ達と回ったりした。
食事の時には桃太郎の英雄譚、囃し立てられながらも皆で笑うのが楽しく。
夢のような、正に天国そのものだと桃太郎は一日を終える度に思っていた。






その楽しく幸せな時間が桃太郎の中で徐々に違和感を感じるようになったのは、天国に来てから大分経った頃だった。

すでにその頃、何年、何十年過ぎたのかわからなくなってきていた。

始めは一年一年数えていたのだが、天国には四季が無い為に、行事がない限り一年の感覚がわからない。
そして余りに平和な気性の天国の人々は、良い人ばかりなのだが言ってしまえばそれだけで。

畑を耕し、家の手伝いをし、天国の住人達とも特に何か起こるわけがなく。

どれほどの時が過ぎたのか。それともまだほとんど過ぎていないのか。それすらも感覚が不安定な状態が続く日々。

(―いつ迄)

そんな言葉が不意に過っては頭を振り、そんな事考えてはいけない、こんなに幸せなのにと思う反面、漠然とした不安に襲われるようになっていた。






「どうしたんだよ桃太郎?早く中に入ろうぜ?」

ある夕方。
畑仕事を終え、空を見上げていると足を叩かれた。
下を見れば、柿助が桃太郎を見上げている。

桃太郎はしゃがみこみ、柿助の頭を撫でると柿助は嬉しそうに首を竦める。
その姿に笑顔になるが、すぐに張り付いたような笑みに変わっていた。
何事かと柿助が声を掛けようとした時、ぽつりと言葉が柿助に落ちてきた。

「…柿助は、今の生活どう思う?」

「どうって…」

表情の読み取れない桃太郎を見つめながら首を傾げた柿助は、手を大きく広げ、笑顔を浮かべた。

「実ってるのは何食べても良いし、どこで寝ても良いし、天敵いないし!凄い快適だよ。
なんで?」

跳ねるような口調で返答した柿助は、心底不思議そうに桃太郎に質問を返す。
返された方は、返事の代わりに曖昧な笑顔でなんでも無いよとだけ答えた。
家に戻ろうと歩き出しながら、また心の中で言葉が浮かんで消えた。

―いつ迄

2 / 5
3 / 5

【三】

また何年かが経った頃。
夕食の時に切り出された話題に桃太郎の頭は一瞬真っ白になった。

「ワシら、転生する事になったんじゃ」
「お知らせがあってね、明日がその日だと言うの」


―また居なくなってしまう。
この温もりが、また消えてしまうと言うのか。

表情が固まったのを見たお爺さんとお婆さんは二人で彼を柔らかく抱き締めた。

天の決めたことなんですよ、と。
自分達はまだ出来ていない、やり残した事を出来るよう頑張ってくるだけですよ、と。

静かに語りかけられた言葉に、二人が自分をどう悲しませないか考えて話していることが分かった。
桃太郎は込み上げる涙をどうにか止めて2人に抱き締められながら笑った。

その夜、お供の親友達はそっと家を離れ、久し振りに家族水入らずで夜通しで話をすることができた。

桃太郎の生まれる前。
生まれてから大きくなるまで。
鬼ヶ島から帰ってから。
天国での生活。

話は尽きず、時には笑い、時には思い出して涙ぐみ。

現世の頃と違い、別れが分かっている状態で最後の時間を過ごせることはとても幸せな事かもしれないと、日が登り始めた頃、誰ともなく呟き。
また三人は涙を浮かべながらも笑いあっていた。




______________________________

「こんな所が天国にあるんだねー」
「俺でも飛んで行けそうにない程高いな…」

迎えに来た天人達に連れられて来たのは長い階段の続く真っ白な建物だった。
登れるのは転生する者だけと言われ、桃太郎はお爺さんとお婆さんを見つめる。

「…本当に、ここまで俺を育ててくれて有難うございました。
お婆さんが俺を拾ってくれなかったら生まれて来れなかった。
お爺さんが刀を教えてくれなければ鬼退治もできなかった。
沢山、教えてもらいました。
…何も返せなかったけれど、本当に感謝しています」

深々と頭を下げた頭に、節くれだった手が重なる。
ゆっくりと頭を撫でる仕草に込み上げる涙を唇を噛んで我慢する。

「私達はね、あなたが側にいてくれた。
それが何よりも一番の幸せなんですよ、桃太郎」

「…っ」

お婆さんの言葉は短くても温かく、我慢をしている瞳が徐々に熱くなっていく。
気がつくと、大きいけれど細い掌が桃太郎の手を取っていた。

「お礼を言うのはワシらじゃ、桃太郎。
…有難うな。
ワシらを選んで来てくれて、本当に、有難うな」

その一言に頭を下げたまま、地面に次々と雫が零れていく。
笑顔で送り出したかったが、堪えきれなかった涙が言葉もなく零れ落ちる。

顔を上げられない自慢の息子をまた2人は柔らかく抱き締め、何度も背中を叩いてくれた。
まるで赤ん坊をあやすかのような優しい手つきで。




時間になり、2人は何度も振り返りながら建物へと歩いて行くと、吸い込まれるように姿を消した。
姿が見えなくなるまで手を振り続けた桃太郎は、泣き腫らした瞳で空を見上げる。

―本当のお別れを迎えたのだ。
もう二度と会うことは無い。
それでも沢山の幸せを2人に貰った。
悲しんではいけないと、言葉にせずとも心で誓う。


(―いつ迄)


「…!」
「桃太郎、どうしたんだ?」
「あ、いや、ルリオ…なんでもない」

片手を振って笑みを作ってみるが頭の中でその4文字が浮かんでは消える。
頭を振れば心配そうに見上げる6つの瞳から思わず目を逸らすと、衝動に突き動かされるように外に居た天人に走り寄っていた。

「あ、あの!」
「はい?なんでしょう」

天国特有と言うべきか、浮世離れた佇まいに桃太郎は少し圧倒されながらも唇を引き結ぶ。

「俺の、転生はいつなんですか」
「転生、ですか?」

名前を聞かれ、桃太郎と名乗ると、ああ、と一言呟かれる。

「社が建てられていた方ですよね。神とまでは言えませんが、奉られているので普通の方のように、転生は無いかもしれませんね。
詳しくは私も別の者に確認が必要ですが…」

返されたその言葉は最後まで耳に入らなかった。

(―いつ迄)

(―いつ迄)

繰り返される頭の中の単語に、桃太郎は礼も言わずにその場を走り出していた。

慌てて追いかけてくる親友達の事も考えられず、逃げるように、当て所もなく走り続けた。






走り続けていれば、道の切れ目が現れた。
気がつけば荒い息になっていた体を落ち着かせるように徐々に速度を落とし、やがて足を止めた。

顔を上げれば、眼前に広がるどこまでも温和で、淡い光に包まれた夢のような天国の風景。

――何年も何十年も見て来た、変わらない光景。

「いつまでも…」

小さく呟いた自分の声。
それは気がつかないようにしていた、見ないようにしていた部分を容赦無く暴く言葉。
膝から崩れ落ちた桃太郎は呆然とその変わらぬ風景を見つめていた。

3 / 5
4 / 5

【四】

育ての2人が転生したあの後、ルリオとシロで桃太郎を捜し当てていた。
座り込んでいた桃太郎に声を掛け、皆で家に戻った。
普通の状態に思えなかった桃太郎が、翌日普段通りだった事に彼らはホッとしていた。

しかし、必ず日が沈む頃に桃太郎は遠くを見つめるようになるようになっていた。
気がつき、心配になったルリオが声を掛けるとなんでも無いと返され、却ってその反応にルリオは違和感を覚えていた。


そんな何処と無く歯車が噛み合わない生活に、変化があったのはまた暫くしてからだった。






「あの、もしかして桃太郎さんですか?」

「え?」

シロ達と畑作業をしていた時に急に掛けられた声。
聞きなれない声に顔を上げると、見掛けた事のない亡者が立っていた。

「そうだけど…?」

シロ達と顔を合わせてから、訝しげに答えてみると、その亡者は凄い!と手を打ち鳴らした。

「俺、昔話で読んだことあって!ここに桃太郎って人が住んでるって聞いて思わず来ちゃったんですけど、本当に居たんですね、伝説かと思ってました!」
「…昔話?」

昔話と言えば、ヤマトタケルや因幡の素兎を思い出した桃太郎は、そこに自分の名前がある事に首を傾げれば、亡者は拳を握り目を輝かせた。

「今、皆で読んでるんですよ桃太郎伝説!
本にもなってるんですよ!」

「えええ、俺達も本になってるの⁈」
「うわ、凄い!本当に犬が話してる!」
「犬じゃないよ、シロだよ!ねえねえ俺達も出てんの⁈」
「勿論ですよ、ちゃんと出てますよ。
って、あの、ご、ごめんなさい!
不躾って分かってるんですけど、その、話を聞かせてもらえたりしますか?」
「え?」
「本人から話を聞くなんて、滅多にできないし!」

桃太郎達はお互いに目を合わせ、その勢いに押された事もあり、当時の話を聞かせることになった。
久しぶりに教えてと急かされる自分達の話、意外にその時間は楽しく笑いながら桃太郎伝説をその日は皆で披露した。




―――水の波紋は小さな石でも広がる。


気紛れで亡者の相手をしたその日から、最近天国にやってきた「昔話桃太郎」を知っている亡者達が話を聞いて頻繁に訪れるようになっていた。


変化の無い生活から一転し、凄い凄いと囃し立てられる日々。

―少し外れていた歯車が更に噛み合わなくなるのには充分な出来事だった。




「桃太郎、どうしたんだよその服」
「桃太郎だって始めわからなかった、とか最近言われるだろ。
あの時の服を着てれば一発でわかるなって思ってさ」

その言葉にルリオがシロと柿助を見れば、6つの瞳の色がぶつかり合う。それぞれの顔が微かな不安を浮かべていた。


彼らの不安は的中した。
それからの桃太郎は、鬼退治の格好で過ごすことが普通になった。
話す内容は正に英雄譚。
やれ私の聞いた昔話は、と亡者が話せば、それはこんな事が実際にあったんだと得意げに。
どんな風に鬼を退治したの?と質問があれば、刀を持ち出しこんな風に!と実演交えて。
勿論、シロと柿助とルリオも話に引っ張り出され、やれ人の言葉が話せるぞと表に出されて褒められれば調子に乗ってしまう柿助や煽てられて乗ってしまうシロも一緒に騒ぐ始末。

また、現世と違い、天国に来る亡者達は欲が少ないのか頼み事をしない。
純粋に「昔話の桃太郎」見たさ、話が聞きたいとやって来る。
それが更に桃太郎の虚栄心に拍車を掛けることになっていた。

やんややんやと囃し立てられる、煽てられる日々。
昔に戻ったみたいだねと笑うシロと柿助にルリオは嘴を閉じていた。

そして、その生活の中でも夕方に1人、外で空を見ている桃太郎を知っていたルリオは、その時を見計らい桃太郎を追いかけて外に飛び出た。


「―なあ、桃太郎」
「ああ、ルリオ。どうした?」

声を掛ければ振り返った桃太郎に、ルリオは近くの枝に舞い降りる。
暫く嘴を開け閉めし言葉を探していたが、桃太郎に視線を合わせると一言告げた。

「…これで良いのか?」

その言葉に桃太郎は特に反応は見せず、ルリオから視線を遠くの空へと移す。

「ルリオは今と前の生活どう思うんだ」
「?」

質問に質問を返された意図が読み取れず、ルリオは首を傾げたが、言葉を発した当人は空を見ていて表情が読み取れない。
ルリオは羽を竦め、同じく空を見ながら答える。

「天国に来てからは、平和な日々を過ごせて、アンタともまた過ごせて幸せだなと思っている。
でも、最近のアンタは昔に戻っちまったみたいだ。…俺は不安だ」

少しずつ太陽が地平線に沈み始め、反対側の空に暗闇が近づいている。
残りの太陽の光を浴びている桃太郎の横顔をもう一度見たルリオは、微かに口許がつり上がっている事に気がついた。

「…お前も、あの何も起こらない生活が幸せだって言うんだな」

再度目を合わせた桃太郎の表情にルリオは固まった。
目元は泣きそうに歪んでいるのに、口許が笑っている。それとも引きつっているのか。アンバランスな表情に何も言えずにいると、急に桃太郎は笑い始めた。

「確かに平和で素敵な世界だよ、争いも飢えも起こらない。お前達もいる、一緒にいられる。
―でも、何も起こらない。
いつまで続くかもわからない。
なあ、何を目的に生きろって?どう過ごせって言うんだ?
教えてくれよ、この生活に限界を感じたなら何をすれば良い?
…教えてくれよ!」

目を見開いた枝の上の親友に桃太郎は近づく。

「…今はさ、村の連中と違って純粋に俺の話を聞きたいって人達が来てくれる。
毎日に変化がある。
―凄いよな、俺達、語り継がれてるんだぜ。
そしてここの人達は俺達を掛け値なしで褒めてくれるんだ。
それを享受して何が悪い?
ただ褒めてくれる、それを喜んで何が悪い?」

「―――おーい桃太郎!お客さんが来てるよー!」
「分かった、今行く!」

家の中から聞こえた元気な声に、桃太郎は打って変わって明るい声で返答した。
踵を返し、背後のルリオを振り返らずに今度は静かな声で呟く。

「俺には、今の生活が必要なんだ。…わかってくれ」

取り残されたルリオは、声を掛けることも出来ず、ただ枝の上で、家の中から聞こえる笑い声が途切れるまで項垂れていた。

___________

その生活に波紋を広げたのは、また亡者の一言だった。


少しずつ、訪れる亡者達の求めるものが、時が経つに連れて変わっていることは薄々気がついていたが、その亡者の一言は、決定打だった。


「本当の話なんだ?そんな服を普通に着てる人なんて最近殆ど見ないから、なんか逆に作りものみたいに思っちゃったよ。
実際会っても、なんか現実感ないよね、すんごい昔なんだろ?」

それは、まだ大人になる一歩手前のような年齢の少年がシロを撫でながら発した一言だった。
失礼だなーと柿助が言えばごめんごめんと笑う少年を見つめていた桃太郎は、ふと、口を噤む。

「…現実味ないのか?」
「だって童話で聞かされるんだもん、作り話と思うよ」

最近訪れる人々の違和感。
いつの間に、昔話が童話になったんだ。

「あのさ、今って、現世は応永何年なんだ?」

質問された言葉に少年はきょとんと目を丸くする。

「応永?ええと、俺、歴史詳しくないんだけど、今は明治だよ」
「明治…?殿は、今は誰なんだ?」
「殿なんて今はいないよ」
「足利様は?」
「足利?それ凄い昔だよ、何百年前?」

何百年前。
何気無く言われた言葉に桃太郎の意識に、忘れていた4文字が蘇っていた。


(―いつ迄)

4 / 5
5 / 5

【五】

お爺さんの畑が雑草に覆われるようになってしまったのは何時頃からだったか。
柿助は手入れされなくなってしまった家の畑を見つめ、一つ溜息をつくと窓からするりと家の中に入る。
家の中では、しきりにシロが布団の中から何かを引っ張っているのだがビクともせず、たまに口から離しては一鳴きしてまた引っ張ろうとする。
柿助に気がついたシロが、ねえ手伝ってよ!と言うのを聞いて布団を剥がしに掛かれば枕に顔を埋めている人物が現れる。

「桃太郎、なあ外に出ようよ。一緒に出掛けようよ」

シロが近づいて来て顔を覗き込もうとするが更に枕に埋めてしまう。

あの日から、桃太郎は家に篭るようになっていた。
外に出ようと言っても外に出てこない。
家に篭って何かするわけでもなく、食べるか寝るかのどちらかだけ。

こうしよう、ああしようと言えば始めの頃は反論してはごめんと呟いていたのを繰り返していたのだが、最近は反応も返さなくなっていた。

「桃太郎、嫌だよなんで家にばかりいるの?外に出よう、また遊ぼうよ!」

布団と体の間に自分の体を滑り込ませようとするが力を込めているのか体を入れることが出来ず、項垂れてシロは布団から出る。

窓からばさり音がし、振り返るとルリオが舞い降りて来た。

「アンタが対応しなくなってから、ここに桃太郎が住んでるって知る人達は少なくなった。
今なら、外に出ても何も言われない」

その言葉に身じろいだ気配がし、柿助が布団を見ると暫く振りに顔を上げた布団の主が力の無い目で彼らを見ていた。

「桃太郎ー!」

シロが飛び付くが、桃太郎は特に反応を見せずにルリオだけを見る。

「…物見遊山で珍しいものを見るかのような人達の目は確かに嫌だ。
でもな、1番嫌なのはそこじゃない。
…いつまで続くかわからないこの生活が嫌なんだ」

「俺達と一緒にいるのも嫌なの?」

不安そうに言うシロの声にのそりとそちらを見ると、頭を振る。

「違う、側に居てくれるのはありがたい。…お前達まで離れたらどうなるかわからねえ。
でも、何かをしたいと思えないんだよ。
…もう、何すりゃ良いんだよ、見世物になってヘラヘラしてれば良いのか?
ずっと、ずっと…⁈
それとも畑を管理すれば良い?いつまで?」

布団を握りしめ、絞り出すように言われた言葉に返す言葉がなく。
静かに差し込んで居た窓からの夕日が細くなり、家の中は静寂に包まれた。



ここから、桃太郎の記憶は曖昧になる。

正確には、記憶に残すような出来事が起こることも起こすこともなく、ただ過ぎるだけの時間だけが消費されていった。



__________

何十年経ったのかもわからなくなったある日、家の中にも飽きが来て桃太郎は思いつきで外に出た。

何か変わったかと少し期待していたが、外の風景は引きこもる前と同じく、ただ美しく平和な見慣れた風景が広がる。

だが、唯一、違うもの。

「畑…」

自分で枯らしてしまった畑にしゃがみ込む。
お爺さんが大事にしていたのに。
それすらも維持する気力を持てなかった。

「なんで…」

呟いた言葉は最後まで紡がれなかった。

なんで、太陽が、月が動くんだ。
いっそのこと動かなくなれば良い、そうすれば時が経つのも分からない。
一日が終わるたびに、始まるたびにまた一日が過ぎてしまったと何故毎日思わなければならないのか。

「…神様なんていないんだろ。
いるなら何で俺はここでこんなに苦しむ?
それとも天国にいる人達は永久の時に放り込まれても平気だってのか!」

声を荒げても何も変化は無い。何も起こらない。

…現世と結局一緒じゃないか。

そう考えてまた顔を覆う。
死んでも死ななくても引き篭もって悪態をついて、何も変わっちゃいない。
変わらないならここはなんだ、本当に天国なのか、それとも永久の時を与え続ける地獄なんじゃないか。


そして、ふらりと何処ともなく桃太郎は歩き出していた。







道も分からず歩いてきた先に、見覚えのあるものを桃太郎は見つけた。
それは、始めて天国に来た時にくぐった天国の門だった。
思わず近づいてみた時、扉が開いて流れてきた人を見て思わずぎょっとする。

口許から血が流れていたのだ。

「だ、大丈夫か⁈」

思わず駆け寄るが、辿り着く前に不思議な現象が起こった。
あれだけ流れていた血が一瞬のうちに消えてしまったのだ。
そして目の前の人は自分の口に手を突っ込み始め、驚き思わず足を止める。

「あーあーあー…!あああやっと戻った怖かったー!!!」

直ぐに口から手を離したその人は、桃太郎を見ると首を傾げた。

「あの、あなたも閻魔様の所から来た人?酷い格好だけど刑罰受けたの?」
「え」

言われた言葉に自分の体を見た桃太郎は苦笑した。
着の身着のまま歩いて来たので、まるで寝起きのような格好だったのだ。

「えーと、その、アンタは?」

まさかその恰好で天国の住人ですとは言いづらく、質問を返してみると目の前の人は体を震わせて両手で自分の肩を抱き締めた。

「情状酌量って事で天国行く前の最後の刑って言われたけど、あなたやった⁈
舌を抜かれるなんて聞いてないわよ、すぐ戻るって確かにすぐ戻ったけど、ほんと痛かったし怖かった!!」

出てきた言葉に目を丸くしてしまう。
今なんて言った?舌を抜く??

「だから血を流してた?」
「そうよ、もう二度とやらない!そういう意味で罪を犯すなって事だろうけど!」

嘘のように思えず、自分が天国に来た時を思い出すがそんなに物騒な記憶は無い。

「俺はそんな事なかったんだけど、それ誰にやられるんだ?」

興味が湧いて聞いてみると、両手人差し指を耳上で立てると厳めしい顔を作る。

「鬼よ、鬼!!地獄の鬼!!」

「鬼…?」

言われた言葉を反芻した時、かちりと。外れていた歯車が合わさるような音が桃太郎の耳奥で響く。

「どうしたのよ何かすごい顔してるけどー…ってどこ行くの⁈
さっき門番の人、ここで待つようにって言ってたわよ!」

後ろから掛けられる声は耳を右から左に流れる。
堰き止められていた水が吹き出すように、体の奥から何か分からない力が沸き起こる。

―鬼。鬼がいるんだ!!





「ー桃太郎!どこ行ってたんだよ心配したよ!!」

家に帰る途中でシロがこちらに走って来るのが桃太郎の視界に入った。
桃太郎からも走り寄ると、一瞬目を瞬かせたシロは破顔して全速力で駆け寄る。

「どうしたの、桃太郎元気になったの!!」

嬉しそうに飛びついて来たシロを抱き留めて頭を撫でれば、鼻を擦り付けてくる。
やがて柿助とルリオも辿り着き、表情の変わった桃太郎を見て嬉しそうに駆け寄って来た。

「俺、決めたんだ。
お前達、ついてきてくれるよな!」

生気を取り戻した桃太郎の顔に嬉しそうに、迷うことなく頷いた彼等の姿を見て、桃太郎は先程までいた扉の方を指差す。

「地獄に、鬼退治だ!!!」

「…え?」

意気揚々と叫んだ言葉に続いたのは間の抜けた声。
それを聞いて眉間に皺を寄せると、その声の主達を見つめる。

「なんだよ文句あんのかよ」
「え、だって、なんで?なんで地獄なんかに行くの?」
「さっき聞いたんだよ、地獄には人の舌を引き抜く鬼がいるって!
鬼に困ってる人がいる、それなら俺の出番だろ!」
「地獄に鬼がいるのは元からだって俺、聞いた事あるぞ?」
「地獄の鬼が何しても良いって?そんなわけないだろ!悪い事をして苦しむ人がいるなら助けないと、だろ?」
「鬼を倒すのは、桃太郎だからか?」
「そうだ!」

お互いを見て複雑そうな顔をまだ自分に向ける親友の動物達に、桃太郎は立ち上がり両手を広げる。

「昔話でも、童話でもない、また今、英雄になるんだよ!!
なれるんだよ!!」


嬉しそうに言われたその言葉に、辞めようと彼らは言えなかった。
彼がようやく見つけた生きる目的を否定出来なかった。


______________________________

それから数時間後。

意気込んでいた心と刀を、桃太郎は一瞬であっさりと折られた。
寄りにも寄って、倒そうと意気込んでいた鬼に。

「―さて、貴方達には早速今から不喜所地獄に行ってもらいましょうか。
正直猫の手も借りたい状況ですので」
「え、今から⁈」
「勝手な理由で此方の仕事を増やした上に、ご丁寧にこの私が一連の出来事を書類に纏めなければならない事態を引き起こした方達が、何か…?」
「いえなんでもないです…」

その鬼に反論仕掛けたシロは返された言葉と鋭い視線に、項垂れた。

「…桃太郎、大丈夫か」

肩の重みに顔を上げれば、ルリオが心配そうに覗き込んでいた。
シロと柿助も同じような表情で桃太郎を見つめている。

「な、何言ってんだよお前ら!!俺を誰だと思ってるんだよ、大丈夫だっての!
ほら、俺達はこの鬼に負けたんだ、従うしかないだろ!」
「従うとは失礼ですね、割の合わない就職先からクリーンな企業への就職斡旋をする事は悪いと思えませんが」
「…」

力でも、口でも敵わないのかこの鬼には。

そう心の中で毒づいてからしゃがみ込んでシロと柿助の頭を撫でる。

「…悪かったな、頑張れよこれから」

シロ達が何か言いかけたがそれは鬼によって遮られる。
突如桃太郎の前に立ったその鬼は、ほら時間がありませんのでと、別の鬼に指示して彼等を連れて行くように言った。

またね!会いに行くからね!!と鬼に追い立てられながら何度も心配そうに振り返るシロと柿助とルリオに、桃太郎はどうにか笑顔を作って手を振った。
この後に及んで心配させるのは嫌だった。

姿が見えなくなると桃太郎の表情は曇る。

「…最後の挨拶くらいさせてくれても良いじゃねーか、本当に鬼だな」
「鬼ですが」
「知ってるよ」
「…」
「…なんだよ」

ただでさえ背の高い所から無言で睨まれた桃太郎は視線を逸らして口を尖らせる。
頭上から溜息が一つ聞こえ、何やら近くの鬼に指示する。

「…知っていますか。肯定しかしない人達に囲まれた人間の話」
「は?」
「ああ、知らないんですね」
「…知らないけど、別に肯定されるのは良いんじゃないの」

ちらりと桃太郎が見上げると、そこには睨むでもなく見下すでもなく、何の色もない瞳が見下ろしていた。

「その人間は、最後に何が正しいのかわからなくなり破滅の道を歩むんですよ」
「は?なんでー…」
「では、私は帰ります。貴方の就職先にはあちらの方に案内をお願いしましたので、あの方について行って下さい」
「ちょ、おい!今の話―」

思わず伸ばした手は、空を掴んだまま固まる。
また色の無い目で、じっと鬼は桃太郎を見つめた。

「私がお話出来るのはここまでです。
―ああ、私は鬼灯と言います。
仕事先にはまたお伺いします」

その鬼――鬼灯は、それだけ言い残すと振り返らずに去って行った。

残された桃太郎は、連れて行くと言われた鬼に声を掛けられるまでただ去っていく鬼灯の背中見つめていた。

――去り際に鬼灯が残した一言が耳にこびりついて、しかし理解ができなかったのだ。

「今の話の最後が何故そうなるのか、少しは貴方の頭で考えてみなさい」



5 / 5
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました

コメント

ログインするとコメントを投稿できます

是非、コメントを投稿しましょう
ほとんどの作者の方は、「萌えた」の一言でも、好意的なコメントがあれば次作品への意欲や、モチベーションの向上につながります。
コメントは作品投稿者とあなたにしかコメントの内容が表示されず、文字制限は140文字までとなりますので、あまり長いコメントを考える必要はありません。
是非、コメントを投稿して頂き、皆様と共にBLを愛する場所としてpictBLandを盛り上げていければと思います。

この作品に関連のあるpictSQUAREのイベント

    • 2026年08月29日 00:00〜翌23:50
      受付中
    第五回鬼徹webオンリーinピクスク
    鬼灯の冷徹 二次創作 ジャンルオンリー 新刊大歓迎 既刊のみOK グッズのみOK 展示のみOK 無配のみOK
     サークル参加受付期間
    21 / 24sp

    02月05日 00:00 〜 08月03日 00:00
    • 2027年01月22日 22:00〜翌21:50
      受付中
    鬼が焦がれた白昼夢
    鬼灯の冷徹 鬼灯×白澤 鬼白 鬼灯 白澤 二次創作 既存作品のみOK 展示のみOK ネップリのみOK 当日不在OK
     サークル参加受付期間
    6 / 24sp

    04月12日 12:00 〜 11月30日 00:00
【白桃】空っぽの英雄【弐】
1 / 5

【一】

唸り声と何かを引き裂く音に、桃太郎は目を開いた。

何度も目を瞬かせ、やがて目が周りに慣れて来る。
ここはどこだったか。首を捻るが記憶に霞がかったようで分からない。

ゆっくり周りを見渡せばまた唸り声。
そちらを見れば、唸り声の正体が目の前にいる獣と分かった。

何に群がっているのだろうと、ぼんやりとした意識のまま見つめていれば、その下に覗いている布切れに目が留まる。
何の布切れなのか視線を奥に移動した瞬間、フラッシュバックした直前の記憶の衝撃と共に、咄嗟に片手が視界を覆う。

―その布切れは、自分の成れの果てだ。
俺は、死んだんだ―





「大丈夫ですか?」

急に足元から聞こえた子供のような声に体が緊張したのが分かった。
こんな夜に、山奥に、子供がいるわけがない。
自分に声を掛けているのは何者だ。

「此方です」

桃太郎の腰のあたりから再度聞こえた声は、その場に似つかわしくない柔らかな声。
その声の優しさに、恐る恐る手を離してみると、目線より下に柔和な笑みを湛えた坊主姿の子供が居た。

―何故、こんな所に子供が?

暫く見つめていると、背後の獣に全く視線が向かない子供の様子に眉間に皺が寄る。
こんな近くに獰猛な獣がいるのに怖がる様子もなく、獣も全くこちらを気にしない。

違和感、しかし不思議と既視感が同時に込み上げてくるのを桃太郎は感じていた。

人間の子供では無い。
しかし、どこかで見かけた事があるように思える。

言葉なく見つめる桃太郎を気にも留めていないように、子供のようなその人は、微笑むと手をゆっくりと差し出した。

「お迎えに、上がりましたよ」

しゃらん、とその人の片手から軽やかな音が鳴る。
その手には錫杖が握られていた。

突如頭に蘇った山の中で見かける石像。その姿が目の前の姿と重なる。

「…お地蔵、様…?」

まさか、と言う気持ちが滲み出たその言葉に、目の前の小さな人は目を細めて頷いた。


______________________________


斜め上に浮かぶ月が見下ろす中、桃太郎は隣で規則正しく背を隆起させている白澤をちらりと見る。

「…彼は今では鬼神や閻魔様、そして神獣と知り合うことができていますが、その時、目の前に現れた、まるで人間のようなお地蔵様にとても驚いていました」

そりゃそうだ、と小さく呟くと温泉から湧き出る湯気が重なる、陽炎のように揺らめく月に視線を向ける。
耳に聞こえるのは隣からの寝息と、微かな虫の声。

こうして吉兆の証の神獣の寝ている姿を隣で見ることになるとは、この時予想も出来ていなかったと考えて小さく笑う。

「…伸ばされたお地蔵様の手に、恐る恐る彼は手を重ねました」

視線を空に戻すと、また、独り言を読み聞かせの昔話のように話し始めた。
語る声は静かで、淡々と言葉が紡がれる。

「―その時、不思議な光が現れました。
不思議と怖いと思わなかった彼は、引かれるままに光の中に進みました。
歩きながら、お地蔵様から、今までの行いを見ていた事。鬼退治の事も、その後の事も神様は見ていたんですよと静かに話をされましたが、彼にはまるで現実味が無く、夢の中に自分はいるようだと思って話を聞いていました。
そして、光が途切れるとそこは山の中にいたはずが、巨大な扉が突如現れました。
―そこから約600年。空っぽの人間にはとてつもなく長い時間が流れる事になりました。
その間、何も。
本当に何もせずにどうすれば時が進んでくれるのかということばかりを考えていました」

視線が降りて組んでいる自分の両手を眺める。

ここからは、御伽噺の先にある空虚な人生の、話。

1 / 5
2 / 5

【二】

「あなたの出生は少し、他の方と違うのです。
その為、私と山の神々で見守らせてもらっていました」

扉の前で告げられた言葉に目を開いた。
柔らかな視線を受け止められず、思わず桃太郎は目を逸らす。

「…ご期待の人間にはなれなかったですよね、俺」

ぽつりと呟いた後、温かいものが片手に触れた。
お地蔵様の掌と直ぐに気がつき、慌てて視線を向けると先程より柔らかな笑顔が桃太郎を見つめていた。

「誰かを傷つけることも、罪を犯すこともなかったのは知っていますよ。
私に何度も声を掛けてくれましたよね、それも見ていました。
また、あなたを慕う方々からあの社を通じてお話は聞いています」
「でも、俺は―」
「贔屓を私達はしません。
理由があり、その上で、この扉の先にご案内する事になったのですよ」

片手を握っていた温かい掌は、するりと手を離すと桃太郎の背を軽くを叩いた。
途端に聞こえた重い金属音に慌てて前を見ると、巨大な扉がゆっくりと開き始めている。

「さあ、お待ちですよ」
「待つって誰がー…」

振り返るとすでにそこには、柔らかい笑顔の持ち主は消えていた。

「お、お地蔵様??」

恐らく歩いて来たと思われる背後を見るとそこには山はどこにもなく、見たことのない廊下が続くだけ。
幾ら左右を探しても何処にも姿はなく、思わず呆然としてしまった時だった。

「桃太郎!!!」

背後から聴こえて来た声と、微かに聞こえた地を蹴る爪の音。

――聞き慣れた、でももう聞くことが出来ないと思っていた音。

「あ…」

扉に体を向けた瞬間、飛び込んできた白い塊。
温かくて柔らかい、その感触は覚えているもの。

「―シロ!!!」

「桃太郎!!」
「桃太郎!!」

空を切る翼の音と、地を跳ねる手足の音も覚えている、忘れるわけがない。
その声も忘れるわけがない。

「ルリオ、柿助!!」

言い終えるのも待たずに飛び込んできた色彩豊かな塊と、茶色の綺麗な毛並。

名前を呼びながら、涙を零す彼らを桃太郎は力一杯に抱き締める。
抱き締めた体から声にならないくぐもった声が漏れ聞こえた後、微かに嗚咽に変わる。

「なんで…俺、お前達に…!」

何もしてやれなかったじゃないか、言いたかった言葉がまた喉から漏れる嗚咽に掻き消されてしまう。

鼻先を桃太郎の胸辺りに擦りながらシロは桃太郎を見上げる。

「何言ってるんだよ、俺達味方だよって言ってるじゃん!」

震える肩に静かに舞い降りたルリオは、涙で濡れている頬に身体を擦り付ける。

「待ってればいつか来ると思っていたんだ。予想よりも早かったが、大丈夫か、何かあったのか?」

力の入ってない桃太郎の腕の中で器用に手を伸ばした柿助は次々に溢れる涙を拭いながら、同じように泣いている己の顔を隠すことなく抱きしめるその人を見つめた。

「大丈夫だよ、また俺達は一緒だ。俺達、桃太郎が好きなんだよ。
な、俺達の大将!」

ずっと会いたかった、話したかった親友達に、桃太郎は声を出すことも顔を上げることもできず、ただただ抱き締めて震えた。
どうか夢でありませんようにと、腕の中と肩に感じる温かさを感じながら。

「桃太郎、今ね、お爺さんとお婆さんと俺達住んでるんだよ。
また皆で暮らせるね!」

シロの一言に桃太郎は更に子供のような泣き声を上げていた。

神様、神様、有難うございます、有難うございますと心の中で何度も繰り返した。




―その後、その神様を恨むことになるとは露とも思っていなかった。

______________________________

桃太郎が連れて来られた場所は本当に天国だった。
半ば信じられない桃太郎だったが、シロ達もお地蔵様に連れて来られたと聞いて驚くと同時に、また神に感謝していた。
柿助がお地蔵様に命を助けられて鬼退治のお供になったことは聞いていたが、自分の運命は何か決められているのだろうかと1人考えていた。

連れられた家は住んでいた村の家とそっくりで、そこで迎えてくれた育ての両親に桃太郎はまた一目も憚らずに泣いた。





それからの生活は実に平和なものだった。
畑を耕していたお爺さんの手伝いをしたり、家ではお婆さんの手伝いをしたり。
時には天国をシロや柿助、ルリオ達と回ったりした。
食事の時には桃太郎の英雄譚、囃し立てられながらも皆で笑うのが楽しく。
夢のような、正に天国そのものだと桃太郎は一日を終える度に思っていた。






その楽しく幸せな時間が桃太郎の中で徐々に違和感を感じるようになったのは、天国に来てから大分経った頃だった。

すでにその頃、何年、何十年過ぎたのかわからなくなってきていた。

始めは一年一年数えていたのだが、天国には四季が無い為に、行事がない限り一年の感覚がわからない。
そして余りに平和な気性の天国の人々は、良い人ばかりなのだが言ってしまえばそれだけで。

畑を耕し、家の手伝いをし、天国の住人達とも特に何か起こるわけがなく。

どれほどの時が過ぎたのか。それともまだほとんど過ぎていないのか。それすらも感覚が不安定な状態が続く日々。

(―いつ迄)

そんな言葉が不意に過っては頭を振り、そんな事考えてはいけない、こんなに幸せなのにと思う反面、漠然とした不安に襲われるようになっていた。






「どうしたんだよ桃太郎?早く中に入ろうぜ?」

ある夕方。
畑仕事を終え、空を見上げていると足を叩かれた。
下を見れば、柿助が桃太郎を見上げている。

桃太郎はしゃがみこみ、柿助の頭を撫でると柿助は嬉しそうに首を竦める。
その姿に笑顔になるが、すぐに張り付いたような笑みに変わっていた。
何事かと柿助が声を掛けようとした時、ぽつりと言葉が柿助に落ちてきた。

「…柿助は、今の生活どう思う?」

「どうって…」

表情の読み取れない桃太郎を見つめながら首を傾げた柿助は、手を大きく広げ、笑顔を浮かべた。

「実ってるのは何食べても良いし、どこで寝ても良いし、天敵いないし!凄い快適だよ。
なんで?」

跳ねるような口調で返答した柿助は、心底不思議そうに桃太郎に質問を返す。
返された方は、返事の代わりに曖昧な笑顔でなんでも無いよとだけ答えた。
家に戻ろうと歩き出しながら、また心の中で言葉が浮かんで消えた。

―いつ迄

2 / 5
3 / 5

【三】

また何年かが経った頃。
夕食の時に切り出された話題に桃太郎の頭は一瞬真っ白になった。

「ワシら、転生する事になったんじゃ」
「お知らせがあってね、明日がその日だと言うの」


―また居なくなってしまう。
この温もりが、また消えてしまうと言うのか。

表情が固まったのを見たお爺さんとお婆さんは二人で彼を柔らかく抱き締めた。

天の決めたことなんですよ、と。
自分達はまだ出来ていない、やり残した事を出来るよう頑張ってくるだけですよ、と。

静かに語りかけられた言葉に、二人が自分をどう悲しませないか考えて話していることが分かった。
桃太郎は込み上げる涙をどうにか止めて2人に抱き締められながら笑った。

その夜、お供の親友達はそっと家を離れ、久し振りに家族水入らずで夜通しで話をすることができた。

桃太郎の生まれる前。
生まれてから大きくなるまで。
鬼ヶ島から帰ってから。
天国での生活。

話は尽きず、時には笑い、時には思い出して涙ぐみ。

現世の頃と違い、別れが分かっている状態で最後の時間を過ごせることはとても幸せな事かもしれないと、日が登り始めた頃、誰ともなく呟き。
また三人は涙を浮かべながらも笑いあっていた。




______________________________

「こんな所が天国にあるんだねー」
「俺でも飛んで行けそうにない程高いな…」

迎えに来た天人達に連れられて来たのは長い階段の続く真っ白な建物だった。
登れるのは転生する者だけと言われ、桃太郎はお爺さんとお婆さんを見つめる。

「…本当に、ここまで俺を育ててくれて有難うございました。
お婆さんが俺を拾ってくれなかったら生まれて来れなかった。
お爺さんが刀を教えてくれなければ鬼退治もできなかった。
沢山、教えてもらいました。
…何も返せなかったけれど、本当に感謝しています」

深々と頭を下げた頭に、節くれだった手が重なる。
ゆっくりと頭を撫でる仕草に込み上げる涙を唇を噛んで我慢する。

「私達はね、あなたが側にいてくれた。
それが何よりも一番の幸せなんですよ、桃太郎」

「…っ」

お婆さんの言葉は短くても温かく、我慢をしている瞳が徐々に熱くなっていく。
気がつくと、大きいけれど細い掌が桃太郎の手を取っていた。

「お礼を言うのはワシらじゃ、桃太郎。
…有難うな。
ワシらを選んで来てくれて、本当に、有難うな」

その一言に頭を下げたまま、地面に次々と雫が零れていく。
笑顔で送り出したかったが、堪えきれなかった涙が言葉もなく零れ落ちる。

顔を上げられない自慢の息子をまた2人は柔らかく抱き締め、何度も背中を叩いてくれた。
まるで赤ん坊をあやすかのような優しい手つきで。




時間になり、2人は何度も振り返りながら建物へと歩いて行くと、吸い込まれるように姿を消した。
姿が見えなくなるまで手を振り続けた桃太郎は、泣き腫らした瞳で空を見上げる。

―本当のお別れを迎えたのだ。
もう二度と会うことは無い。
それでも沢山の幸せを2人に貰った。
悲しんではいけないと、言葉にせずとも心で誓う。


(―いつ迄)


「…!」
「桃太郎、どうしたんだ?」
「あ、いや、ルリオ…なんでもない」

片手を振って笑みを作ってみるが頭の中でその4文字が浮かんでは消える。
頭を振れば心配そうに見上げる6つの瞳から思わず目を逸らすと、衝動に突き動かされるように外に居た天人に走り寄っていた。

「あ、あの!」
「はい?なんでしょう」

天国特有と言うべきか、浮世離れた佇まいに桃太郎は少し圧倒されながらも唇を引き結ぶ。

「俺の、転生はいつなんですか」
「転生、ですか?」

名前を聞かれ、桃太郎と名乗ると、ああ、と一言呟かれる。

「社が建てられていた方ですよね。神とまでは言えませんが、奉られているので普通の方のように、転生は無いかもしれませんね。
詳しくは私も別の者に確認が必要ですが…」

返されたその言葉は最後まで耳に入らなかった。

(―いつ迄)

(―いつ迄)

繰り返される頭の中の単語に、桃太郎は礼も言わずにその場を走り出していた。

慌てて追いかけてくる親友達の事も考えられず、逃げるように、当て所もなく走り続けた。






走り続けていれば、道の切れ目が現れた。
気がつけば荒い息になっていた体を落ち着かせるように徐々に速度を落とし、やがて足を止めた。

顔を上げれば、眼前に広がるどこまでも温和で、淡い光に包まれた夢のような天国の風景。

――何年も何十年も見て来た、変わらない光景。

「いつまでも…」

小さく呟いた自分の声。
それは気がつかないようにしていた、見ないようにしていた部分を容赦無く暴く言葉。
膝から崩れ落ちた桃太郎は呆然とその変わらぬ風景を見つめていた。

3 / 5
4 / 5

【四】

育ての2人が転生したあの後、ルリオとシロで桃太郎を捜し当てていた。
座り込んでいた桃太郎に声を掛け、皆で家に戻った。
普通の状態に思えなかった桃太郎が、翌日普段通りだった事に彼らはホッとしていた。

しかし、必ず日が沈む頃に桃太郎は遠くを見つめるようになるようになっていた。
気がつき、心配になったルリオが声を掛けるとなんでも無いと返され、却ってその反応にルリオは違和感を覚えていた。


そんな何処と無く歯車が噛み合わない生活に、変化があったのはまた暫くしてからだった。






「あの、もしかして桃太郎さんですか?」

「え?」

シロ達と畑作業をしていた時に急に掛けられた声。
聞きなれない声に顔を上げると、見掛けた事のない亡者が立っていた。

「そうだけど…?」

シロ達と顔を合わせてから、訝しげに答えてみると、その亡者は凄い!と手を打ち鳴らした。

「俺、昔話で読んだことあって!ここに桃太郎って人が住んでるって聞いて思わず来ちゃったんですけど、本当に居たんですね、伝説かと思ってました!」
「…昔話?」

昔話と言えば、ヤマトタケルや因幡の素兎を思い出した桃太郎は、そこに自分の名前がある事に首を傾げれば、亡者は拳を握り目を輝かせた。

「今、皆で読んでるんですよ桃太郎伝説!
本にもなってるんですよ!」

「えええ、俺達も本になってるの⁈」
「うわ、凄い!本当に犬が話してる!」
「犬じゃないよ、シロだよ!ねえねえ俺達も出てんの⁈」
「勿論ですよ、ちゃんと出てますよ。
って、あの、ご、ごめんなさい!
不躾って分かってるんですけど、その、話を聞かせてもらえたりしますか?」
「え?」
「本人から話を聞くなんて、滅多にできないし!」

桃太郎達はお互いに目を合わせ、その勢いに押された事もあり、当時の話を聞かせることになった。
久しぶりに教えてと急かされる自分達の話、意外にその時間は楽しく笑いながら桃太郎伝説をその日は皆で披露した。




―――水の波紋は小さな石でも広がる。


気紛れで亡者の相手をしたその日から、最近天国にやってきた「昔話桃太郎」を知っている亡者達が話を聞いて頻繁に訪れるようになっていた。


変化の無い生活から一転し、凄い凄いと囃し立てられる日々。

―少し外れていた歯車が更に噛み合わなくなるのには充分な出来事だった。




「桃太郎、どうしたんだよその服」
「桃太郎だって始めわからなかった、とか最近言われるだろ。
あの時の服を着てれば一発でわかるなって思ってさ」

その言葉にルリオがシロと柿助を見れば、6つの瞳の色がぶつかり合う。それぞれの顔が微かな不安を浮かべていた。


彼らの不安は的中した。
それからの桃太郎は、鬼退治の格好で過ごすことが普通になった。
話す内容は正に英雄譚。
やれ私の聞いた昔話は、と亡者が話せば、それはこんな事が実際にあったんだと得意げに。
どんな風に鬼を退治したの?と質問があれば、刀を持ち出しこんな風に!と実演交えて。
勿論、シロと柿助とルリオも話に引っ張り出され、やれ人の言葉が話せるぞと表に出されて褒められれば調子に乗ってしまう柿助や煽てられて乗ってしまうシロも一緒に騒ぐ始末。

また、現世と違い、天国に来る亡者達は欲が少ないのか頼み事をしない。
純粋に「昔話の桃太郎」見たさ、話が聞きたいとやって来る。
それが更に桃太郎の虚栄心に拍車を掛けることになっていた。

やんややんやと囃し立てられる、煽てられる日々。
昔に戻ったみたいだねと笑うシロと柿助にルリオは嘴を閉じていた。

そして、その生活の中でも夕方に1人、外で空を見ている桃太郎を知っていたルリオは、その時を見計らい桃太郎を追いかけて外に飛び出た。


「―なあ、桃太郎」
「ああ、ルリオ。どうした?」

声を掛ければ振り返った桃太郎に、ルリオは近くの枝に舞い降りる。
暫く嘴を開け閉めし言葉を探していたが、桃太郎に視線を合わせると一言告げた。

「…これで良いのか?」

その言葉に桃太郎は特に反応は見せず、ルリオから視線を遠くの空へと移す。

「ルリオは今と前の生活どう思うんだ」
「?」

質問に質問を返された意図が読み取れず、ルリオは首を傾げたが、言葉を発した当人は空を見ていて表情が読み取れない。
ルリオは羽を竦め、同じく空を見ながら答える。

「天国に来てからは、平和な日々を過ごせて、アンタともまた過ごせて幸せだなと思っている。
でも、最近のアンタは昔に戻っちまったみたいだ。…俺は不安だ」

少しずつ太陽が地平線に沈み始め、反対側の空に暗闇が近づいている。
残りの太陽の光を浴びている桃太郎の横顔をもう一度見たルリオは、微かに口許がつり上がっている事に気がついた。

「…お前も、あの何も起こらない生活が幸せだって言うんだな」

再度目を合わせた桃太郎の表情にルリオは固まった。
目元は泣きそうに歪んでいるのに、口許が笑っている。それとも引きつっているのか。アンバランスな表情に何も言えずにいると、急に桃太郎は笑い始めた。

「確かに平和で素敵な世界だよ、争いも飢えも起こらない。お前達もいる、一緒にいられる。
―でも、何も起こらない。
いつまで続くかもわからない。
なあ、何を目的に生きろって?どう過ごせって言うんだ?
教えてくれよ、この生活に限界を感じたなら何をすれば良い?
…教えてくれよ!」

目を見開いた枝の上の親友に桃太郎は近づく。

「…今はさ、村の連中と違って純粋に俺の話を聞きたいって人達が来てくれる。
毎日に変化がある。
―凄いよな、俺達、語り継がれてるんだぜ。
そしてここの人達は俺達を掛け値なしで褒めてくれるんだ。
それを享受して何が悪い?
ただ褒めてくれる、それを喜んで何が悪い?」

「―――おーい桃太郎!お客さんが来てるよー!」
「分かった、今行く!」

家の中から聞こえた元気な声に、桃太郎は打って変わって明るい声で返答した。
踵を返し、背後のルリオを振り返らずに今度は静かな声で呟く。

「俺には、今の生活が必要なんだ。…わかってくれ」

取り残されたルリオは、声を掛けることも出来ず、ただ枝の上で、家の中から聞こえる笑い声が途切れるまで項垂れていた。

___________

その生活に波紋を広げたのは、また亡者の一言だった。


少しずつ、訪れる亡者達の求めるものが、時が経つに連れて変わっていることは薄々気がついていたが、その亡者の一言は、決定打だった。


「本当の話なんだ?そんな服を普通に着てる人なんて最近殆ど見ないから、なんか逆に作りものみたいに思っちゃったよ。
実際会っても、なんか現実感ないよね、すんごい昔なんだろ?」

それは、まだ大人になる一歩手前のような年齢の少年がシロを撫でながら発した一言だった。
失礼だなーと柿助が言えばごめんごめんと笑う少年を見つめていた桃太郎は、ふと、口を噤む。

「…現実味ないのか?」
「だって童話で聞かされるんだもん、作り話と思うよ」

最近訪れる人々の違和感。
いつの間に、昔話が童話になったんだ。

「あのさ、今って、現世は応永何年なんだ?」

質問された言葉に少年はきょとんと目を丸くする。

「応永?ええと、俺、歴史詳しくないんだけど、今は明治だよ」
「明治…?殿は、今は誰なんだ?」
「殿なんて今はいないよ」
「足利様は?」
「足利?それ凄い昔だよ、何百年前?」

何百年前。
何気無く言われた言葉に桃太郎の意識に、忘れていた4文字が蘇っていた。


(―いつ迄)

4 / 5
5 / 5

【五】

お爺さんの畑が雑草に覆われるようになってしまったのは何時頃からだったか。
柿助は手入れされなくなってしまった家の畑を見つめ、一つ溜息をつくと窓からするりと家の中に入る。
家の中では、しきりにシロが布団の中から何かを引っ張っているのだがビクともせず、たまに口から離しては一鳴きしてまた引っ張ろうとする。
柿助に気がついたシロが、ねえ手伝ってよ!と言うのを聞いて布団を剥がしに掛かれば枕に顔を埋めている人物が現れる。

「桃太郎、なあ外に出ようよ。一緒に出掛けようよ」

シロが近づいて来て顔を覗き込もうとするが更に枕に埋めてしまう。

あの日から、桃太郎は家に篭るようになっていた。
外に出ようと言っても外に出てこない。
家に篭って何かするわけでもなく、食べるか寝るかのどちらかだけ。

こうしよう、ああしようと言えば始めの頃は反論してはごめんと呟いていたのを繰り返していたのだが、最近は反応も返さなくなっていた。

「桃太郎、嫌だよなんで家にばかりいるの?外に出よう、また遊ぼうよ!」

布団と体の間に自分の体を滑り込ませようとするが力を込めているのか体を入れることが出来ず、項垂れてシロは布団から出る。

窓からばさり音がし、振り返るとルリオが舞い降りて来た。

「アンタが対応しなくなってから、ここに桃太郎が住んでるって知る人達は少なくなった。
今なら、外に出ても何も言われない」

その言葉に身じろいだ気配がし、柿助が布団を見ると暫く振りに顔を上げた布団の主が力の無い目で彼らを見ていた。

「桃太郎ー!」

シロが飛び付くが、桃太郎は特に反応を見せずにルリオだけを見る。

「…物見遊山で珍しいものを見るかのような人達の目は確かに嫌だ。
でもな、1番嫌なのはそこじゃない。
…いつまで続くかわからないこの生活が嫌なんだ」

「俺達と一緒にいるのも嫌なの?」

不安そうに言うシロの声にのそりとそちらを見ると、頭を振る。

「違う、側に居てくれるのはありがたい。…お前達まで離れたらどうなるかわからねえ。
でも、何かをしたいと思えないんだよ。
…もう、何すりゃ良いんだよ、見世物になってヘラヘラしてれば良いのか?
ずっと、ずっと…⁈
それとも畑を管理すれば良い?いつまで?」

布団を握りしめ、絞り出すように言われた言葉に返す言葉がなく。
静かに差し込んで居た窓からの夕日が細くなり、家の中は静寂に包まれた。



ここから、桃太郎の記憶は曖昧になる。

正確には、記憶に残すような出来事が起こることも起こすこともなく、ただ過ぎるだけの時間だけが消費されていった。



__________

何十年経ったのかもわからなくなったある日、家の中にも飽きが来て桃太郎は思いつきで外に出た。

何か変わったかと少し期待していたが、外の風景は引きこもる前と同じく、ただ美しく平和な見慣れた風景が広がる。

だが、唯一、違うもの。

「畑…」

自分で枯らしてしまった畑にしゃがみ込む。
お爺さんが大事にしていたのに。
それすらも維持する気力を持てなかった。

「なんで…」

呟いた言葉は最後まで紡がれなかった。

なんで、太陽が、月が動くんだ。
いっそのこと動かなくなれば良い、そうすれば時が経つのも分からない。
一日が終わるたびに、始まるたびにまた一日が過ぎてしまったと何故毎日思わなければならないのか。

「…神様なんていないんだろ。
いるなら何で俺はここでこんなに苦しむ?
それとも天国にいる人達は永久の時に放り込まれても平気だってのか!」

声を荒げても何も変化は無い。何も起こらない。

…現世と結局一緒じゃないか。

そう考えてまた顔を覆う。
死んでも死ななくても引き篭もって悪態をついて、何も変わっちゃいない。
変わらないならここはなんだ、本当に天国なのか、それとも永久の時を与え続ける地獄なんじゃないか。


そして、ふらりと何処ともなく桃太郎は歩き出していた。







道も分からず歩いてきた先に、見覚えのあるものを桃太郎は見つけた。
それは、始めて天国に来た時にくぐった天国の門だった。
思わず近づいてみた時、扉が開いて流れてきた人を見て思わずぎょっとする。

口許から血が流れていたのだ。

「だ、大丈夫か⁈」

思わず駆け寄るが、辿り着く前に不思議な現象が起こった。
あれだけ流れていた血が一瞬のうちに消えてしまったのだ。
そして目の前の人は自分の口に手を突っ込み始め、驚き思わず足を止める。

「あーあーあー…!あああやっと戻った怖かったー!!!」

直ぐに口から手を離したその人は、桃太郎を見ると首を傾げた。

「あの、あなたも閻魔様の所から来た人?酷い格好だけど刑罰受けたの?」
「え」

言われた言葉に自分の体を見た桃太郎は苦笑した。
着の身着のまま歩いて来たので、まるで寝起きのような格好だったのだ。

「えーと、その、アンタは?」

まさかその恰好で天国の住人ですとは言いづらく、質問を返してみると目の前の人は体を震わせて両手で自分の肩を抱き締めた。

「情状酌量って事で天国行く前の最後の刑って言われたけど、あなたやった⁈
舌を抜かれるなんて聞いてないわよ、すぐ戻るって確かにすぐ戻ったけど、ほんと痛かったし怖かった!!」

出てきた言葉に目を丸くしてしまう。
今なんて言った?舌を抜く??

「だから血を流してた?」
「そうよ、もう二度とやらない!そういう意味で罪を犯すなって事だろうけど!」

嘘のように思えず、自分が天国に来た時を思い出すがそんなに物騒な記憶は無い。

「俺はそんな事なかったんだけど、それ誰にやられるんだ?」

興味が湧いて聞いてみると、両手人差し指を耳上で立てると厳めしい顔を作る。

「鬼よ、鬼!!地獄の鬼!!」

「鬼…?」

言われた言葉を反芻した時、かちりと。外れていた歯車が合わさるような音が桃太郎の耳奥で響く。

「どうしたのよ何かすごい顔してるけどー…ってどこ行くの⁈
さっき門番の人、ここで待つようにって言ってたわよ!」

後ろから掛けられる声は耳を右から左に流れる。
堰き止められていた水が吹き出すように、体の奥から何か分からない力が沸き起こる。

―鬼。鬼がいるんだ!!





「ー桃太郎!どこ行ってたんだよ心配したよ!!」

家に帰る途中でシロがこちらに走って来るのが桃太郎の視界に入った。
桃太郎からも走り寄ると、一瞬目を瞬かせたシロは破顔して全速力で駆け寄る。

「どうしたの、桃太郎元気になったの!!」

嬉しそうに飛びついて来たシロを抱き留めて頭を撫でれば、鼻を擦り付けてくる。
やがて柿助とルリオも辿り着き、表情の変わった桃太郎を見て嬉しそうに駆け寄って来た。

「俺、決めたんだ。
お前達、ついてきてくれるよな!」

生気を取り戻した桃太郎の顔に嬉しそうに、迷うことなく頷いた彼等の姿を見て、桃太郎は先程までいた扉の方を指差す。

「地獄に、鬼退治だ!!!」

「…え?」

意気揚々と叫んだ言葉に続いたのは間の抜けた声。
それを聞いて眉間に皺を寄せると、その声の主達を見つめる。

「なんだよ文句あんのかよ」
「え、だって、なんで?なんで地獄なんかに行くの?」
「さっき聞いたんだよ、地獄には人の舌を引き抜く鬼がいるって!
鬼に困ってる人がいる、それなら俺の出番だろ!」
「地獄に鬼がいるのは元からだって俺、聞いた事あるぞ?」
「地獄の鬼が何しても良いって?そんなわけないだろ!悪い事をして苦しむ人がいるなら助けないと、だろ?」
「鬼を倒すのは、桃太郎だからか?」
「そうだ!」

お互いを見て複雑そうな顔をまだ自分に向ける親友の動物達に、桃太郎は立ち上がり両手を広げる。

「昔話でも、童話でもない、また今、英雄になるんだよ!!
なれるんだよ!!」


嬉しそうに言われたその言葉に、辞めようと彼らは言えなかった。
彼がようやく見つけた生きる目的を否定出来なかった。


______________________________

それから数時間後。

意気込んでいた心と刀を、桃太郎は一瞬であっさりと折られた。
寄りにも寄って、倒そうと意気込んでいた鬼に。

「―さて、貴方達には早速今から不喜所地獄に行ってもらいましょうか。
正直猫の手も借りたい状況ですので」
「え、今から⁈」
「勝手な理由で此方の仕事を増やした上に、ご丁寧にこの私が一連の出来事を書類に纏めなければならない事態を引き起こした方達が、何か…?」
「いえなんでもないです…」

その鬼に反論仕掛けたシロは返された言葉と鋭い視線に、項垂れた。

「…桃太郎、大丈夫か」

肩の重みに顔を上げれば、ルリオが心配そうに覗き込んでいた。
シロと柿助も同じような表情で桃太郎を見つめている。

「な、何言ってんだよお前ら!!俺を誰だと思ってるんだよ、大丈夫だっての!
ほら、俺達はこの鬼に負けたんだ、従うしかないだろ!」
「従うとは失礼ですね、割の合わない就職先からクリーンな企業への就職斡旋をする事は悪いと思えませんが」
「…」

力でも、口でも敵わないのかこの鬼には。

そう心の中で毒づいてからしゃがみ込んでシロと柿助の頭を撫でる。

「…悪かったな、頑張れよこれから」

シロ達が何か言いかけたがそれは鬼によって遮られる。
突如桃太郎の前に立ったその鬼は、ほら時間がありませんのでと、別の鬼に指示して彼等を連れて行くように言った。

またね!会いに行くからね!!と鬼に追い立てられながら何度も心配そうに振り返るシロと柿助とルリオに、桃太郎はどうにか笑顔を作って手を振った。
この後に及んで心配させるのは嫌だった。

姿が見えなくなると桃太郎の表情は曇る。

「…最後の挨拶くらいさせてくれても良いじゃねーか、本当に鬼だな」
「鬼ですが」
「知ってるよ」
「…」
「…なんだよ」

ただでさえ背の高い所から無言で睨まれた桃太郎は視線を逸らして口を尖らせる。
頭上から溜息が一つ聞こえ、何やら近くの鬼に指示する。

「…知っていますか。肯定しかしない人達に囲まれた人間の話」
「は?」
「ああ、知らないんですね」
「…知らないけど、別に肯定されるのは良いんじゃないの」

ちらりと桃太郎が見上げると、そこには睨むでもなく見下すでもなく、何の色もない瞳が見下ろしていた。

「その人間は、最後に何が正しいのかわからなくなり破滅の道を歩むんですよ」
「は?なんでー…」
「では、私は帰ります。貴方の就職先にはあちらの方に案内をお願いしましたので、あの方について行って下さい」
「ちょ、おい!今の話―」

思わず伸ばした手は、空を掴んだまま固まる。
また色の無い目で、じっと鬼は桃太郎を見つめた。

「私がお話出来るのはここまでです。
―ああ、私は鬼灯と言います。
仕事先にはまたお伺いします」

その鬼――鬼灯は、それだけ言い残すと振り返らずに去って行った。

残された桃太郎は、連れて行くと言われた鬼に声を掛けられるまでただ去っていく鬼灯の背中見つめていた。

――去り際に鬼灯が残した一言が耳にこびりついて、しかし理解ができなかったのだ。

「今の話の最後が何故そうなるのか、少しは貴方の頭で考えてみなさい」



5 / 5
ステキ!を送ってみましょう!
ステキ!を送ることで、作品への共感や作者様への敬意を伝えることができます。
また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
ステキ!は匿名非公開で送ることもできますので、少しでもいいなと思ったら是非、ステキ!を送ってみましょう!

PAGE TOP