【白桃】空っぽの英雄【参】
地獄に乗り込んでから白澤さんの元で働く所を自己解釈したもので、色々と捏造で書いております、ご了承ください。
【壱】【弐】を読まなくても多少読めるかもしれませんが、所々が続いています。
<注意>
・続き物の為、白桃タグですが今回の話はカプにもなっていません
・白澤さん/桃太郎君と呼びあっており、まだ原作通りの呼び方にはなっていません。
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【一】
―とおりゃんせ とおりゃんせ
前を歩く見知らぬ鬼の姿を見ながら、桃太郎の頭の中で童謡が何度も繰り返されていた。意識を散らそうと何度首を振っても、聴いた事のない童の声がまるで耳元で囁くように唄を耳元で紡ぐ。
―行きはよいよい
(さあ いざ 皆で参ろう鬼退治)
―帰りは怖い
(おや おや 周りを見てごらん)
―怖いながらも
(おや おや 誰もいない)
―通りゃんせ 通りゃんせ
(さて はて 何処へ行く)
鬼灯の色の無い瞳を思い出し、瞼を伏せる。
自分はこれから、どこに連れて行かれるのだろうか。どこで何をさせられるのだろうか。
熱い熱気と亡者の叫び声が歩く度に身体に纏わり付く。余りにも自分のいた天国との違いを五感で感じ、言葉にできない、したくない不安感に支配されそうになるのを振り払うように足を早めて顔を上げれば、いつの間にか目の前を歩いている鬼との距離が空いていた事に気がつく。
鬼を追いかける事だけに集中しようと前だけを見つめ、唇を引き結ぶと一目散に前へと駆け出した。
視界に端に見えた上の世界は、本来あるはずの空は見えず。今にも落ちそうな岩肌だけが物も言わず桃太郎を見下ろしていた。
【空っぽの英雄/参】
桃太郎は目の前を跳ねるように歩く男を見ながら、自分の置かれた状況に1人首を傾げていた。
見上げれば、広がる見慣れた快晴に微かに安堵の息を吐く。もうあの落ちてきそうな岩肌は見えない。
地獄での一騒動から数十分後。
彼は地獄から離れ、天国の一角にある桃源郷を歩いていた。その数歩先を歩くのは、三角巾を頭に巻き白衣を着た長身の男性。
「さてと、ここまでが芝刈りしてもらう桃園の範囲ね」
くるりと振り返るその男性の顔に浮かぶのは、柔和な笑顔。会ったばかりだが、その男性の顔には笑顔しか浮かばない事に気がつき、掛けられた言葉に返答しながらまた首を傾げる。
この人は何でこんな笑顔なんだろうか。というか、笑顔が通常の表情なんだろうか。
「じゃあ、明日から宜しくね、桃太郎君」
「あ、はい、白澤さん」
再度声を掛けられて慌てて桃太郎は返答した。
笑顔のまま振り返った男性の名は、白澤。
桃太郎の雇い主となる彼との初対面は、どこかぎこちない物であった。
*****
鬼に連れられ、天国に入った時、桃太郎は慌てた。てっきり地獄で働かされるのだろうとばかり思っていたのだ。聞けば、仕事は天国の一角にある仙桃園の芝刈りと言う。
仕事の内容的にも、場所にも、桃太郎の頭の中は疑問符だらけになる。
脳裏に思い浮かんだ鬼灯と、言われた仕事内容が結びつかなかったのだ。
てっきり厄介払いに押し付けられる仕事かと思っていたのだが、そうでは無いのか。単純に人出が足りない所に現れたから斡旋されたのだろうか。
その疑問は、連れて来られた働き先で更に膨れる事になる。
働き先で待っていたのは天国の中でも観光地として名高い風光明媚な桃源郷にある仙桃園。
そして。
「初次見面!」
雇い主となる、笑顔の絶えない白澤という長身の男性だった。
美しい景色に囲まれた働き先に、人の良さそうな笑顔の絶えない雇い主。
どう考えても騒ぎを起こした人間に対する働き口としては恵まれすぎた環境に拍子抜けしてしまう。
一先ずお互い名前を紹介し合った後、何やら白澤は桃太郎を連れてきた鬼が持ってきた書面にサインと印を押している。ちらりと見えた書類は堅苦しい文章が並び、白澤が聞きなれない言葉を掛けると鬼はその書類を持って一礼し、また地獄へと戻って行った。
その一連の流れをぼんやり眺めていた桃太郎は、これは正式に人員要請していた上で、俺は斡旋された考えて良いんだろうかと一人思う。
「さてと」
パン、と軽く手を叩く音に桃太郎はハッと白澤を見ると、にこやかな笑みを浮かべた白澤が桃太郎を見ていた。
「今日から仕事してもらおうかと思ってたんだけど―…。
君、なんでそんな一張羅着てるの?」
「え?あ、あ、の」
掛けられた言葉に、地獄に乗り込んだ時そのままの格好で来た事を思い出した桃太郎は、慌てて「あの」「その」と言葉のなり損ないばかりを紡いでは、両手を上下させる。その間も白澤は表情を変えぬまま、腕を組んで首を傾げた。
「あと、君の名前。
桃太郎って、ほら昔々に鬼退治して英雄になった、あの桃太郎君だよね。てっきり天国にいると思ってたけど、今まで地獄にいたの?」
続いた言葉に桃太郎は完全に口を閉め、手の動きも止め、代わりに何度も瞬きを繰り返しながら白澤を見つめる。
今の状況は地獄からの紹介だから、そりゃ地獄にいたと思われるだろう。本当の状況は全く違うのだが、ここで今までの状況を説明するなんて事。
そこまで考えて桃太郎は唇を噛みしめる。自分の今までの事を話すなんて、恥ずかしくてたまらない。出来ることなら話さないでいたい。
「あ、あの」
どう誤魔化すべきかと頭に浮かんでは消える言葉と一緒に冷や汗が出て来る。それに気がついたか気がついてないのか、白澤は相変わらず表情を変えずにひらひらと片手を上下に振った。
「別に言いにくい話なら構わないよ、ちょっと気になっただけだから!
とりあえず、服は他にもあるよね?」
「あ、はい、あります」
咄嗟に答えると白澤は頷く。
「一張羅汚しちゃったら嫌だよね、じゃあ明日は普通の服で来てね」
「はい」
「住まいは地獄?通えるかな」
「えっと、住まいは天国なんで…」
そこまで言った時にハッとして言葉を区切る。天国住まいが何で地獄から、とまた聞かれてしまうのではないかと思ったのだ。
しかし、途中で言葉を止めた桃太郎に白澤は一つ頷いてひらりと手を振る。
「そうなんだ。じゃあ大丈夫そうだね!とりあえず今日は仕事内容だけ説明させてもらうよ。良いかな?」
「え、あ、はい!」
てっきりあれこれ質問されるだろうと身構えていたが会話はそこで終了した。
白澤は何事も無かったかのように体を翻し、長身には似つかわしくない、どこか子供のように両手を振りながら園内を歩き始めた。その後ろを、桃太郎は困惑した顔のままその後ろを着いて行った。
*****
「ただいま」
扉を開けてそう切り出してから、桃太郎はゆっくりと顔を上げた。
真っ暗な部屋。彼を迎えてくれたのは人気の無い空間。
「…何言ってんだ俺」
自嘲気味に笑ってしまい、その笑い方に顔が歪んだ。
天国の家には今や誰もいない。
お供してくれた親友達は、今は地獄。育ててくれたお爺さんとお婆さんは現世。
部屋の中を見渡してみると今朝まであったものがなくなっている事に気がついた。
ルリオの愛用していた止まり木、柿助の替えのバンダナ、シロの遊び道具の手毬。一度戻って来たのか、彼らの持ち物は無くなっていた。住み込みで働く事になったのだろうか。
暫く電気も付けずにがらんどうとした部屋の中をじっと見つめていると、机の上に置いてある紙切れが目に止まった。今朝出てきた時には無かったはずだ。
近づいて見ると、紙の上にはお世辞にも綺麗とは言えない文字が踊っていた。
短いその文字を読み、桃太郎は唇を噛むと力いっぱいに両目を擦りあげる。
紙の上に書いてあったのはただ一言。
『がんばれ!』
その隣には、肉球が型押しされた墨。そして、紙の上には綺麗な羽がそっと置いてあった。
「…お前らも、頑張れよ」
小さく呟いて壊れ物を触るかのように羽と紙を優しく持ち上げる。もう一度目を擦ると立ち上がり、ようやく部屋の明かりを付けた。
改めて光の中で、手に包まれた紙と羽を暫くじっと見つめる。
「…俺も、やってみる」
誰ともなく呟くと同時に、自分の雇い主となった白澤の姿を思い出していた。
最初から最後まで、浮かべた笑顔が変わらない、今までに会ったことが無いタイプの人だなと言うのが第一印象。次に感じたのは、恐らくあまり自分に興味が無いだろうという印象だった。
斡旋された経緯も、住まいについても言及されなかったのは、桃太郎が困った様子を見せたからと言うよりも、特に掘り下げなくても良いと判断されたように桃太郎は感じていた。
それが寂しいわけではなく、逆に感謝していた。昔の事を掘り返されて話すのは嫌だった。
与えられた仕事内容は芝刈り。雇い主は温和そうで人当たりの良さそうな人。
あんなに地獄を離れる時は何をされるのかと恐れていたのに、思ったよりも仕事は楽かもしれない。
別れ際に「また明日ね」と微笑んでいた白澤を思い出し、桃太郎はよし、と気合を入れた。
この時、桃太郎は、まだ知らなかった。
去って行く桃太郎の後ろで、白澤が笑顔を消していた事も。
その顔をさせたのは、自分である事も。
―今より少しだけ、むかし。
地獄から天国に戻った、元英雄の、お話。
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