多寡が独り言。
【枯月 景】職業:芸人。
枯月と、彼の先輩にあたる人物の御話。
『去れど独り言』
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本日最後の仕事は、いつも通り舞台の出番。
新ネタは客のウケも良く、充実した一日の終わりを迎える事が出来た。
自慢じゃないが、オレは芸人としての実力はそれなりに持っていると自覚しているつもりだ。
ファンだってそれなりにいて、収入だって贅沢さえしなければ普通に暮らせる程貰えている。
だが現実は当然甘くなく、何年も売れない芸人のポジションから抜け出せないまま現在に至る。
正直な話、自分ならもっと早く売れると思っていた。
オレも所詮、数多の売れていない芸人と言う、有名人にさえ成れていない存在に過ぎないまま、芸歴だけ積み重ねてしまうなんて。
後悔していないと言えば嘘になるが、辞めるに辞められず惰性まじりでここまで来てしまった。
こんな鬱蒼とした気分を切り替えるために、帰る前に喫煙所で煙草を一本吸ってから帰ろう。
喫煙所にいるのはオレ一人。
普段は聞こえないような空調機の稼働音と、自分が煙を吸い込む呼吸音がハッキリと聞こえる。
「お疲れ様です」
喫煙所に入りオレに声をかけたのは、お世辞にも仲の良いとは言えない二年下の後輩・
枯月はグレーのスーツを着こなし、相変わらず落ち着いた雰囲気と人当たりの良い穏やかな笑みを浮かべている。
芸歴を重ねればそれだけ後輩の数も増えるため、話した事の在る無いや、仲の良し悪しなどが自然と出来てしまうから仕方がない。
コイツとは数え切れないくらいの面識はあるが、特に仲良くなる事も無く今に至っている。
もちろん会えばそれなりに会話はしてきたが。
「あ、お疲れ。禁煙止めたのか?」
「あれは禁煙じゃなくて、休煙ですから。あと、貴方が一人でいるのが気になったので」
「そうか……」
フィルター部分の先端を咥え吸うと、煙とともにメンソール特有の清涼感が口内に満たされる。
「一本貰えますか?」
「え? あ、良いぞ」
枯月に一本の煙草とライターを渡すと、慣れた動作で煙草に火を点ける。
「煙草、切らしたのか?」
「まだありますけど、誰かに一本貰って吸いたい気分だったんですよ」
「まあ…そんな気分もあるよな」
特に仲が良い訳ではないので、これと言って会話が弾まない。
オレは吸い終わり、水が入っている灰皿に煙草を落とす。
もう用は済んだのだから、ここから出ていけば良い。
ガラス張りの扉のノブに手を掛ける。
「今日はハロウィンですね」
枯月が喫煙所から出ていこうとするオレに話しかけた。
そう言えば今日はだったか。
「煙草、ありがとうございました。お気を付けてお帰り下さい」
「ああ、お疲れさん」
枯月がお辞儀をして、礼と気遣いの言葉を言う。
それにオレも軽く帰して喫煙所を後にした。
終
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