[Ⅵ番街]華焔 碧(かえん あおみどり)

※当サイトの作品は全て個人の創作したフィクションです。

※オリジナルの創作で、キャラ固定、設定非固定で好きに描いてます。

※実在の人物・団体・宗教・政治・思想・事件・歴史とは一切関係がありません。

※予告無く流血・暴力・残酷描写が含まれている場合があります。

※作品の説明とタグはネタばれやオチが判ってしまうのを防ぎたいので、必要最低限に留めています。

投稿日:2016年04月22日 05:05    文字数:2,646

忘れてはいけない。

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 ―登場人物と設定―
【枯月 景】

枯月と猫の御話。

『僕は人。だからこの感情はあるんだ』
1 / 1

死神は死だけではなく、生も司る。

命在る者には生を、死を迎える者には迷わないよう導きを。

双方を正しい定めへと導く。

それが僕の責務。

現世に人間として転生してもその責務は果たさなければならない。

それもまた定めなのだ。

死は己の愛しい者にも必ず訪れる。

現実から逃げるなどと言う愚かな真似はしないよ。

せめて自らの手で導いてあげよう。

今だってほら、幼い頃から見続けていた小さな命が旅立とうとしている……。




布団に横たわる一匹の猫の名前を呟いた。

世間ではペットと呼ばれる部類に入るが、長年一つの屋根で暮らし続ければ家族も同然の愛情が生まれるから不思議だ。

僕はこの日が来るのを父母よりも早く悟っていた。

それは直感などの曖昧な物ではなく、死神故のさがである確実な物だ。

しかしそれを父母に告げる訳にはいかない。

告げれば二人は悲しむだろうから。

それ以前に、こんな話は信じてくれないだろうね。




「アカリ、キミはもう気付いているんだろう?」


数ヶ月前、実家に帰り一人きりでくつろいでいた僕のもとに来て、猫は人語で語りかけてきた。

正確には僕だけに解る人語で語りかけてきた。

起動させていたipadの電源を切り、猫と向かい合うように座り直す。


「気づいているよ。何カ月も前からね」

「そうか……。私もキミが死神だってずっとずっと前から気付いていたからね、お互いさまだ」


儚げに笑む表情は、より一層終焉の日を匂わせる。


「父さんと母さんのためにも、終わりを迎える時はこの家で迎えて欲しいと思っている……」


猫は死ぬ時、人目に付かない所で死ぬと言われている。

もしかしたらこの子もそうかもしれない。

この子がそのつもりなら僕には止める権利は無いが、微かな望みに賭けて言う。

なにより僕自身がこの子を看取り、死後の世界へと導いてあげたかった。


「頼まれなくても、私はそのつもりだよ。この家で育てて貰った恩もあるしね」


僕の問い掛けにこの子はクスっと笑い言った。


「………ありがとう……」


僕は座ったまま軽く頭を下げ、この子に礼を言った。


「猫明利に尽きる幸せな人生を迎えられそうだ。終わりは共に笑って別れよう。そう両親に伝えておくれ」

「僕も泣いて別れるのは惜しい。約束するよ。その時がきたら伝えておくよ」


この会話を最後に、この子は猫特有の鳴き声を一鳴き、部屋を出て行った。




この子は今、穏やかに眠りについている。

細い呼吸を繰り返す背中をそっと撫でると、手触りの良い毛並みと微かな体温が手の平からじわりと伝わり、哀情が込み上げる。

命の終焉からは誰も逃げられない。

だから、最期は僕と両親の温もりと思い出を持って安らかに旅立って欲しい。

約束を果たすためにも。

手の平の主を確かめるためなのか、この子は一時の眠りから覚め、瞼を開けて僕を見た。


「来てくれたのか。死神の最高官様が最期を見届けてくれるとは、なんとも光栄だな」


両親がいないのを確認し、僕に話しかけてきた。

苦しいはずなのに気丈に振る待っている事がその物言いから感じられる。

これはこの子なりのプライドなのか、年を重ねた貫録故なのか。

それ以上に、僕を気遣っての発言なのか。


「僕と君は家族だよ。だからここにいるのは当たり前じゃないか」

「家族か……嬉しいな。キミたちのお陰で辛いなんて全く感じない」

「僕は辛いよ。大切な者が終わりを迎えるのはどうしても慣れないんだ…」

「おやおや、最高官様がそんな事を言って良いのかね?」

「分からない。でも、この気持ちを忘れてはいけないような気がするから…今の僕は、人間だから…」

「キミは優しい死神様だな……」


儚げに、優しく微笑むその表情はあの時とは違い、残りわずかな命を余す事無く燃やすための生気に満ちている。

もうこの子には迷いも恐怖も未練もなにも無いんだ。

決して諦めからくるものではなく、己の人生を悔いる事無く生き抜いた自信の賜物だろう。

玄関から物音と足音が聞こえる。

父さんと母さんが帰って来たようだ。


「まだ時間はたくさんあるね。僕は仕事で帰らないといけないけど、お互い最後まで悔いの無い時間を過ごそう」

「ああ、そうだね。君の父さんと母さんにはまだ礼を言ってないからね」


背中を撫でて言うと、この子はまた微笑む。

その表情につられて僕も笑えば再び愛情が再び湧き上がる。




事務所の屋上。

今日の昼下がりの日差しは暖かく、空が青々と清々しい。

どこからともなく聞こえる車のエンジン音、足音、たくさんの人々の会話。

普段は騒々しい音も、今日はなぜか命の喝采のようだ。

屋上にいるとより一層際立つ。

そよぐ風も心地よく髪の毛や草木を揺らす。

風に乗せられて一匹の猫が足元にたたずむ。


「良い天気。風も気持ち良いね」


足元にいる猫きっと僕にしか見えないはずだ。

それはこの子が霊魂だけでここにいるからだ。


「春に近づいている証拠だ。旅立ちには相応しいな」

「もう行くの?」

「ずっと現世に留まっていても仕方が無いだろ?」


ふわりと猫の身体が浮く。


「やっぱり付き添おうか?」

「大丈夫だよ。一人で行ける」


強い風が吹き始める。

その風は地上から上へ、澄んだ空が飲み込むように。


「アカリ、またいつか現世で会おう。幸せな日々をありがとう」


この言葉を最後に、猫は風と共に青い空へと高く消えた。


強い風は止み、再びそよぐ優しい風。

身体に纏わりつき、服も髪もなびかせる。

哀情はまだ消えないけど、この感情は生きる者の証。

この感情を捨てず忘れず、僕も悔いなく天命を果たそう。

皆が与えてくれる愛情を生きる糧にして。


「行ってらっしゃい。ありがとう……」


あの子との最後の約束。

空を見上げて笑えば、哀情が少し薄らいだように感じた。




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忘れてはいけない。
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死神は死だけではなく、生も司る。

命在る者には生を、死を迎える者には迷わないよう導きを。

双方を正しい定めへと導く。

それが僕の責務。

現世に人間として転生してもその責務は果たさなければならない。

それもまた定めなのだ。

死は己の愛しい者にも必ず訪れる。

現実から逃げるなどと言う愚かな真似はしないよ。

せめて自らの手で導いてあげよう。

今だってほら、幼い頃から見続けていた小さな命が旅立とうとしている……。




布団に横たわる一匹の猫の名前を呟いた。

世間ではペットと呼ばれる部類に入るが、長年一つの屋根で暮らし続ければ家族も同然の愛情が生まれるから不思議だ。

僕はこの日が来るのを父母よりも早く悟っていた。

それは直感などの曖昧な物ではなく、死神故のさがである確実な物だ。

しかしそれを父母に告げる訳にはいかない。

告げれば二人は悲しむだろうから。

それ以前に、こんな話は信じてくれないだろうね。




「アカリ、キミはもう気付いているんだろう?」


数ヶ月前、実家に帰り一人きりでくつろいでいた僕のもとに来て、猫は人語で語りかけてきた。

正確には僕だけに解る人語で語りかけてきた。

起動させていたipadの電源を切り、猫と向かい合うように座り直す。


「気づいているよ。何カ月も前からね」

「そうか……。私もキミが死神だってずっとずっと前から気付いていたからね、お互いさまだ」


儚げに笑む表情は、より一層終焉の日を匂わせる。


「父さんと母さんのためにも、終わりを迎える時はこの家で迎えて欲しいと思っている……」


猫は死ぬ時、人目に付かない所で死ぬと言われている。

もしかしたらこの子もそうかもしれない。

この子がそのつもりなら僕には止める権利は無いが、微かな望みに賭けて言う。

なにより僕自身がこの子を看取り、死後の世界へと導いてあげたかった。


「頼まれなくても、私はそのつもりだよ。この家で育てて貰った恩もあるしね」


僕の問い掛けにこの子はクスっと笑い言った。


「………ありがとう……」


僕は座ったまま軽く頭を下げ、この子に礼を言った。


「猫明利に尽きる幸せな人生を迎えられそうだ。終わりは共に笑って別れよう。そう両親に伝えておくれ」

「僕も泣いて別れるのは惜しい。約束するよ。その時がきたら伝えておくよ」


この会話を最後に、この子は猫特有の鳴き声を一鳴き、部屋を出て行った。




この子は今、穏やかに眠りについている。

細い呼吸を繰り返す背中をそっと撫でると、手触りの良い毛並みと微かな体温が手の平からじわりと伝わり、哀情が込み上げる。

命の終焉からは誰も逃げられない。

だから、最期は僕と両親の温もりと思い出を持って安らかに旅立って欲しい。

約束を果たすためにも。

手の平の主を確かめるためなのか、この子は一時の眠りから覚め、瞼を開けて僕を見た。


「来てくれたのか。死神の最高官様が最期を見届けてくれるとは、なんとも光栄だな」


両親がいないのを確認し、僕に話しかけてきた。

苦しいはずなのに気丈に振る待っている事がその物言いから感じられる。

これはこの子なりのプライドなのか、年を重ねた貫録故なのか。

それ以上に、僕を気遣っての発言なのか。


「僕と君は家族だよ。だからここにいるのは当たり前じゃないか」

「家族か……嬉しいな。キミたちのお陰で辛いなんて全く感じない」

「僕は辛いよ。大切な者が終わりを迎えるのはどうしても慣れないんだ…」

「おやおや、最高官様がそんな事を言って良いのかね?」

「分からない。でも、この気持ちを忘れてはいけないような気がするから…今の僕は、人間だから…」

「キミは優しい死神様だな……」


儚げに、優しく微笑むその表情はあの時とは違い、残りわずかな命を余す事無く燃やすための生気に満ちている。

もうこの子には迷いも恐怖も未練もなにも無いんだ。

決して諦めからくるものではなく、己の人生を悔いる事無く生き抜いた自信の賜物だろう。

玄関から物音と足音が聞こえる。

父さんと母さんが帰って来たようだ。


「まだ時間はたくさんあるね。僕は仕事で帰らないといけないけど、お互い最後まで悔いの無い時間を過ごそう」

「ああ、そうだね。君の父さんと母さんにはまだ礼を言ってないからね」


背中を撫でて言うと、この子はまた微笑む。

その表情につられて僕も笑えば再び愛情が再び湧き上がる。




事務所の屋上。

今日の昼下がりの日差しは暖かく、空が青々と清々しい。

どこからともなく聞こえる車のエンジン音、足音、たくさんの人々の会話。

普段は騒々しい音も、今日はなぜか命の喝采のようだ。

屋上にいるとより一層際立つ。

そよぐ風も心地よく髪の毛や草木を揺らす。

風に乗せられて一匹の猫が足元にたたずむ。


「良い天気。風も気持ち良いね」


足元にいる猫きっと僕にしか見えないはずだ。

それはこの子が霊魂だけでここにいるからだ。


「春に近づいている証拠だ。旅立ちには相応しいな」

「もう行くの?」

「ずっと現世に留まっていても仕方が無いだろ?」


ふわりと猫の身体が浮く。


「やっぱり付き添おうか?」

「大丈夫だよ。一人で行ける」


強い風が吹き始める。

その風は地上から上へ、澄んだ空が飲み込むように。


「アカリ、またいつか現世で会おう。幸せな日々をありがとう」


この言葉を最後に、猫は風と共に青い空へと高く消えた。


強い風は止み、再びそよぐ優しい風。

身体に纏わりつき、服も髪もなびかせる。

哀情はまだ消えないけど、この感情は生きる者の証。

この感情を捨てず忘れず、僕も悔いなく天命を果たそう。

皆が与えてくれる愛情を生きる糧にして。


「行ってらっしゃい。ありがとう……」


あの子との最後の約束。

空を見上げて笑えば、哀情が少し薄らいだように感じた。




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