【イベント:ウェディング編】
「俺がウェディングドレスのモデルだと?ふざけるのも大概にしろ」
目の前にいるブライダル商社のオーナーを睨みつけるが、相手も譲る気はないのかしっかりと見つめ返してくる。このオーナーとの付き合いは長く、G社のモデル撮影でよく依頼しているので信用できる人間だが今回の話はあまりに唐突すぎた。
「実は今、体格の良い女性向けのウェディングドレスを考えているのですがなかなかモデルがいなくて困っていたんです。ですが貴方ならぴったりだと思って!」
「いや待て、俺の身体は女のように華奢じゃない」
「えぇ勿論存じております。だからこそですよ」
「意味がわからん」
「こちらのお写真を見てもらえれば」
オーナーが差し出してきた写真にはかなり、いや相当体格の良い女性たちが写っている。恐らく一八と同等、いやそれ以上の体格をしている女性もいた。なるほど依頼されるのもむべなるかな。
「俺である必要性は皆無だと思うが?」
「そう言うと思いました。もう1つ、こちらの写真をご覧ください」
そう言われて差し出された写真には一八とほぼ同じ体格をした女性が笑顔でこちらにピースサインをしている姿があった。
「彼女は××証券代表の一人娘です。今回婚約者様と結婚するにあたり私どもの会社に依頼されたのですが……その、婚約者様の方がサプライズでウェディングドレスを用意したいと仰られまして」
「……」
「本来であれば近い体格の女性で採寸をして、という流れなのですがいかんせんこの体格の女性は中々見つからず……大変不躾な依頼であると承知しておりますが、どうかお願いできませんでしょうか」
90°しっかりのお辞儀をされるが依頼の内容が内容である。だがここで断り、このオーナーの信用を失うというのも痛手だ。
「聞いておくがそれは内密に行われるんだな?」
「はい、勿論です。花嫁様、花婿様のご家族にもお伝えしません。我々スタッフのみで内密に行います」
「…………わかった。引き受けよう」
「本当ですか!?ありがとうございます!では採寸と撮影の予定は……」
結局押し切られる形になってしまったのは不服だがこのオーナーに色々世話になった礼もあると割り切る。
そういえば前世の自分は結婚もクソもなかったな、あの男に布団のシーツを被せられ結婚式もどきをさせられただけだと思い出す。尤もその男は現世で9人の攻略対象の1人に過ぎなくなったが。
「ただいま」
「お帰り父さん。晩御飯作っているからちょっと待っててくれ」
家に帰れば仁が夕飯を作っていた。今晩の献立は確かナポリタンだったはず。トマトケチャップとベーコン、ピーマンを炒める匂いが空きっ腹に良い刺激を与える。ネクタイを緩め、上着を脱いでソファーに腰掛けると一八はふぅと一息ついた。
いやはや面倒な依頼を受けてしまったと改めて思う。確かにあの体格の女性は滅多にいないだろうが、それにしたって自分を起用するとは……さては経費の削減かと思っていれば仁に呼ばれた。ご飯ができたようだ。
テーブルにつき、手を合わせてナポリタンを頬張る。昔は味音痴だった仁が普通の料理を作れるようになったと思うと感慨深いものがある。最初は塩辛かったり、焦げていたりしたものが今ではこんなに美味しい。
「今日はうまくできたと思う……」
「……あぁ、美味い」
「!……よかった」
好感度メーターは相変わらず60から90の間を行ったり来たり。喧嘩したときでさえ50までしか下がらなかったのは流石だと思ったものだ。普通、息子に好かれるのは良いことであるが恋愛的な意味で好かれているのが可視化されると心が複雑極まりない。
「そういえば父さん、帰ってきたとき疲れた顔をしていたけど大丈夫なのか?」
「ん、まぁ少し仕事でトラブルがあってな」
嘘は言っていない。まさかウェディングドレスのモデルを依頼されたなんて言えない。言ったら絶対何か起こる。モデルの依頼がされた時点でイベントが発生しているようなものだが余計に拗らせたくない。
「あんまり無理しないでくれ。天国の母さんも父さんが過労死で来たら気絶するよ」
「わかっている」
心配してくれる息子に微笑みかけると嬉しそうに目を細める。こんなに可愛い息子が何故自分を好きになるのか、全く以て理解できない。
「ごちそうさま。美味かった」
「ありがと。お風呂は炊けているから先に入っていいよ」
皿洗いをしてくれながら言う息子の言葉に甘えて先に入浴する。浴室は湯気が立ち込めていて、身体の芯まで温まる心地だ。シャワーを浴びれば緊張も解れるようで、今日あったことを改めて振り返る。うん、やはりイベントの前兆にしか思えない。
(だとしたら誰が来るのか……)
1人例外を抜けば全員に可能性がある。寧ろ可能性しかない。(1人抜いて)全員という可能性も否定できない。
だがそんなことを考えても湯船に浸かればとりあえず何とかなるかという気持ちになる。のぼせる直前に湯船から出て、バスタオルで水滴を取り髪を乾かして、と脱衣所の扉がバン!と開いた。
「父さん……これどういうことなの?」
まるで深淵から現れる邪神のような声をあげる仁が一八のスマホを持って立っていた。その顔は怒りに満ち溢れており、目は血走っている。危険度メーターがメキメキと上昇しているのも見える。
「まず説明しろ、何のことだ」
なるべく冷静に返せば仁が画面を見せてくる。そこにはブライダル商社のオーナーから送られてきたメールが表示されており、モデルのオファーについて書かれていた。
「何でこういう不用心なことをするんだよ。こんなことして悪い虫が父さんについたら……!」
「落ち着け。内密に、式場のスタッフだけで行うやつだ。誰かに見せるものじゃない」
「そのスタッフが父さんに何かしないとでも!?父さんが思っている以上に悪い虫は世間にごまんといるんだぞ!!」
そんなことは前世から知っている。主にセフィロスとかセフィロスとか。
「仁、これは俺の仕事だ。本当のことを言えばやりたくない。だが俺は会社の大黒柱、代表だ。代表がこんな小さな仕事で信用を失ったら会社は終わりだ。……わかっているな」
「……じゃあ、俺がついていっちゃ駄目?」
上目遣いで爆弾発言しやがってこの愛息子。連れていったらどうなるかわかっているのか。フラグ乱立どころの話ではない。
だがここで断ればどうなるだろうか。現に危険度メーターが34から63まで上がっているのだ。好感度の方はともかく、危険度は決して無視できない。んぐぅ、と唸って悩みに悩んだ結果。
「……わかった。一緒に来い。仕事の邪魔はするなよ」
「もちろん」
途端に下がる危険度メーターを見てほっと一息。油断禁物。今度からスマホは脱衣所まで持っていこう。そう誓えば……
「あ、吃驚して叔父さんにも連絡したんだけど……」
「クソったれ」
これは絶対に来るパターンだ。イベントの女神は一八にまったく微笑んでくれないらしい。あの男は今頃「Excellent!」と叫びワインでも開けているのだろう。
頼むからこれ以上来てくれるな、と思いながら一八は深いため息をつくのであった。
そして迎えた撮影当日。朝早くから迎えに来たリムジンに仁と共に乗り込む。
「……父さん、本当に大丈夫?」
「あぁ、問題ない。お前はいつも通りでいろ」
「そうだけど……」
今更不毛な会話を交わしたところで変わることなどなく、ただ時間が過ぎていく。そうしていれば式場に到着し、スタッフ達が出迎えてくれた。
「本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
オーナーには仁がついてくることを事前に言っていたので特に驚かれず、むしろ「愛されてますねぇ」と感心される始末だった。確かに愛されてはいる。色んな意味で。
「とりあえず本日の撮影現場を見に行きましょうか」
そう言われて着いた先はチャペル。純白の壁に白い床、ステンドグラスから射し込む光は神々しさすら感じさせる。撮影用の装飾を施すため何人かのスタッフが慌ただしく動き回っている。
「そこの装飾曲がってますー!」
「こっちはもう少し明るくしたいです!」
「背景はもうちょっと左寄りに、あと照明も調整を!」
「おーい新人!花瓶をもっと奥に置いてくれ!」
「OK!!」
……聞き覚えのある声がしたような。いや幻聴であってほしい。後ろ姿も見覚えあるが嘘であってほしい。だがそんな願いを嘲笑うかのようにその人物はこちらを振り向いた。
「お、カズヤ!どうしてここにいるんだ?」
いつも通り太陽のような笑みをこちらに向け手を振ってくる男、テリー・ボガードがそこにいた。しくじった、テリーは様々な場所でバイトをしているのだ。それならここにいてもおかしくないということを可能性として考えておくべきだったのだ……!
「……父さん?誰この人」
隣の仁が氷のように冷たい声で問いかけてくる。前門のテリー、後門の仁。攻略対象2人のブッキング。2人の好感度メーターと危険度メーターが既にメキメキと絶えず動いている。
「お?そっちは話に聞いていた息子さんか。ホントカズヤによく似ているなぁ!」
「初めまして、息子の仁と言います」
「おお、礼儀正しい子だな。俺はテリー、今日はよろしくな!」
「はい、こちらこそ」
表面上は和やかに挨拶を交わすが、仁の目は一切笑ってはいない。バチバチと火花が散っている。一方のテリーはそれに気づくこともなく、呑気に「まさかなぁ……」と切り出してきた。
「今日はブライダルモデルをやるからどんな女の子が来るかと思っていたけどまさかカズヤがモデルなんてな!こりゃあラッキーだ」
「何がラッキーだ。男がウェディングドレスを着ているのを見たところで何も面白いことはないぞ。目の保養にもならん」
「? カズヤは何着ても似合うだろ。綺麗な花嫁姿を見るのは男のロマンじゃないか」
「貴様は俺のことを女だと思っているのか?」
その言葉にテリーが一瞬きょとんとした顔をする。しかしすぐに一八の腕を引っ張り顔を近づけた。青色の瞳が、一八の目を捉えて離さない。
「そうじゃねぇよ。まあなんていうか……お前の花嫁姿は素敵だろうから今日ここで見れてよかったとか、なんなら俺の隣にいてほしいとか……」
「冗談でもそういうことを言うな」
「悪い悪い!半分ジョーダンだ!」
残り半分は本気か?と思っていれば隣の仁が氷の女王かと言わんばかりの凍てついた空気を纏っていた。
「随分と親しいんだね、その、テリーさんと」
「そうそう俺も色々カズヤに世話になっているんだ。よろしくな仁!あ、ちなみに俺のことはテリーでいいぜ」
「……ええ」
一八の背中に冷や汗が流れる。これ仁の危険度メーター……90の大台に乗っている。これは相当マズい、非常にマズい。
「とりあえず今日の撮影の準備は任せてくれ!最高に幸せな気分になれる写真を撮れるよう俺も手伝うから!」
そう言ってテリーが一八の手を取りぶんぶんと振ると仁のメーターが更に吹っ切れたような気がした。この場を離れるべきだ。でないと命が危うい……!
「オーナー。会場はわかった。衣装合わせに行こう」
「わかりました。息子さんは……」
「仁も同伴だ」
「了解しました。ではこちらへ」
「おう、またなカズヤ。花嫁衣装、楽しみにしているからな」
「……ああ」
無言のままの仁を連れオーナーと共にその場を去る。仁の危険度メーターを見れば何とか90で止まっていた。とりあえずは危機を脱したことに安堵の息をつく。だが油断はできない。テリーは危険だ。仁もだが。
「久しぶりだな一八!お前がウェディングドレスなんて馬子にも衣装ってやつじゃないのか!?」
「くたばれとっとと帰れ死ね」
そうして化粧室に案内されるとそこには義弟である李超狼が(何故か)薔薇を咥えながら椅子にふんぞり返っていた。相変わらず趣味の悪い紫色のコートとサングラスが更に苛立ちを加速させる。
「叔父さん、あの後父さんに来るなって連絡されていたよね」
「ああそんなこともあったな。だが今日は仕事が休みだった上、ちょうどこの近くに用事があってな。一八の似合わないウェディングドレス姿なんて滅多に見れるものじゃないから来てみたんだ」
ハハハと笑う超狼が立ち、一八の顎を掴みクイッと持ち上げてきた。こいつは昔からこうだ。一八が何かやらかすと必ず駆けつけ、それを面白がる。
だからそういうときはこうするのが一番覿面だ。
「超狼、いつもより髪が整ってないな。寝ぐせがついているぞ。それにネクタイも曲がっている」
「……ッ!今それ関係あるか!?」
「どうせ無理に仕事を終わらせて急いでここに来たんだろ。貴様はいつも俺をからかうときは労力を惜しまないからな。いい加減やめてほしいとも思うが……」
そうして髪を梳きネクタイを直せばタコのように顔を真っ赤に染め上げ超狼は崩れ落ちた。好感度メーターはチョロいことに80を超えているが危険度は殆ど上がっていないので放っておくが吉である。
仁はその光景を見てムッとしているが同時に情けない叔父の姿を見たおかげか危険度は先程より下がっていた。
「それで、衣装はどこだ」
「こちらとなります」
スタッフが指さす方向に視線を向ければ立派なウェディングドレスがあった。プリンセスラインのドレスはそれはそれは純白のレースがふんだんに使われており、フレアーシルエットを柔らかなサテンオーガンジーで包み込んでいる。背中部分はレースアップ・バックに仕上げられており、シンプルなフロントとは対照的にセクシーな印象を醸し出していた。
このドレスと合わせるマリアベールはビーズ刺繍が施されており、シンプルでありながらゴージャス感が漂う逸品だ。
一八は思わずほう、とため息をついた。これは確かに美しい。素晴らしい出来だ。この衣装を花婿からサプライズで着せられる花嫁は大層驚き、そして喜ぶことだろう。
「これを父さんが……」
「俺は花嫁のために採寸されてついでに撮影されるだけだ」
「本当の花嫁なら綺麗に着こなすだろうに……まさか男に着せられるとはこのドレスも思っていなかっただろうな。ま、下手な奴に着せるより一八の方がなんぼかいいがな」
「貶すのか褒めるのかはっきりしろ」
「じゃあ息子さんと李さん、控室で待っていて下さい。一八さんを立派な花嫁に仕立て上げますから」
「父さんが花嫁になる……」
「……アリだな」
「とりあえず2人とも出ていけ」
一八が睨みつけると二人はそそくさと部屋を出ていく。
「まずは簡単に採寸してそれから衣装合わせ、そして着替えましたらお化粧に入りましょう」
「……化粧は必要か?」
「ドレスと合う化粧を確かめるのも仕事のうちなので!」
そう言われてしまえば仕方がない。一八は諦めたようにため息をつくとスタッフに促されるがまま採寸をされ、ドレスを身に纏った。
さて衣装合わせが終わればお化粧タイムである。ファンデーションにパウダー、アイシャドウ、チーク、口紅が顔に施されていく。自分の顔がどんどん別人になっていくのを鏡越しに見つめればメイクとはすごいものだなと実感した。
そうしてメイクをされていると廊下、控室の方から李の大きな声が聞こえてきた。
「お前は神羅カンパニーの……!」
その“神羅カンパニー”という単語に思わず腰を上げそうになるが必死に堪えた。ここで立ち上がったらせっかくここまで耐えた意味が無くなってしまう。
「少々お待ち下さいね」
メイクをしていたスタッフも流石に騒ぎを察し、一度席を外すとドアの向こうへ消えていった。正直嫌な予感しかしない。攻略対象的な意味で。スマホを見てサポートセンターの様子を窺いたいが生憎鞄に入れっぱなしで手元にはない。
(こんな時に限って……)
だが下手に動いてメイクを崩したら元も子もない。ここは大人しく待つしかないようだ。一刻も早くここから立ち去りたい気持ちを抑え込みながら待っていると勢いよく扉が開かれた。
入ってきたのはここのオーナーだ。真っ赤な顔をして汗をダラダラかいている。焦っているのが見え見えだ。
「こんな時に大変失礼なのですが神羅カンパニーの社員さんが営業に来まして……G社の代表がいるなら挨拶したいと仰っています……」
「この格好で挨拶?それは相手に対して失礼じゃないか。後でこっちから謝罪するから挨拶はなしに……」
「それは筋が通らない、というやつだ」
オーナーの背後に現れた男はいつもと同じように不敵な笑みで一八を見つめている。銀糸の長髪も宝石のような碧眼もいつも通り。
そう、あのセフィロスである。攻略対象の1人で前世の恋人で、色んな意味で一八の地雷。
「花嫁衣装のモデルとは……随分胡乱な依頼を受けたんだな」
一八は頭を抱えたくなった。今日は厄日か。そんな一八の心中など知る由もなくセフィロスはふむ、と顎に手をあてまじまじと見つめてくる。その視線に何故か一八の方が恥ずかしくなってきた。
「花嫁衣装……今度は私か見繕うか」
「結構だ。貴様に見繕われる気などない。そもそも最初から見繕う前提で話すな」
「相変わらず手厳しい。それにしても本当に花嫁のようだな。次は式場の準備でも……」
「セフィロス、勝手に何やっているんだ」
セフィロスの背後から現れたのはクラウドだ。ムスッとした表情でこちらに向かってくる。一八はその姿を見て心底ホッとする。やはりクラウドはこうでなくては、と思わずにはいられないのだ。
「悪いなカズヤ。セフィロスが勝手なことして。仁と李にも止められたのに聞かなくって」
「いい。とりあえずこの馬鹿を連れて出ていってくれ」
「そうだな。……衣装、結構似合っている」
「馬子にも衣装というやつだ。お世辞はよせ」
「お世辞じゃないんだけどな……」
そうして2人が部屋を出ていく。出ていった後に廊下から怒鳴り声やら何やら聞こえるが一八はスルーする。触らぬ神に祟りなし。
「作業を中断させてすまなかった。続けてくれ」
「はい。では仕上げに入りますね」
スタッフも外の騒ぎを気にすることを止めたのか、一八に声をかけるとまたメイクを再開する。
そうして化粧も終わり、ヘアセットも済ませるとそこには一八であるが一八でない、別人が鏡に映っていた。お世辞にも似合っているとは言えないが、これが自分だと思えないほどに美しい。
「これは……すごいな」
「綺麗ですよ!一八さん!」
「ありがとう」
姿見に写る自分の変わりように驚きを隠せない。これが自分だなんて、と何度も瞬きを繰り返す。
「これで結婚式もバッチリですね!」
「いやただの撮影モデルだが」
「冗談ですよ。それじゃあ撮影しますので式場の方に行きましょうか。先程の方たちは……」
「呼ばなかったら呼ばなかったで面倒だから一応撮影場所まで案内しておけ」
「わかりました。では行きましょう!」
スタッフに導かれるまま化粧室を出れば太陽が空のてっぺんまで昇っていることに今更気づく。雲1つない空は結婚式に相応しいはずなのに、男のウェディングドレス姿を照らしていると思うと何だか勿体ない気がした。
ステンドグラスから射し込む陽光に照らされたチャペルが撮影場所だ。生まれてはじめてのブライダルシューズに足が少し震えるが何とか持ちこたえた。伊達に鍛えていないのだ。伊達に。
チャペルへの入り口が見えるとその中からやんややんやと騒ぐ男たちの声が聞こえた。また争っているのか面倒だなと少しだけ急ぎ足になったその瞬間、慣れないハイヒールで足が縺れる。
しまった、と思ったときには遅い。地面にぶつかるイメージが頭に浮かび受け身の体勢をとろうとしたその時。
「……ッと」
「!?」
衝撃に備えて身構えていたが予想していた痛みはない。後ろから腰を引き寄せられ誰かに支えられている。恐る恐る振り向くとそこにはセフィロスがいた。少し焦ったような顔で一八の顔を見ている。
「まったく……慣れない靴で走ろうとするな」
「……悪い。助かった」
「怪我はしていないか?特に足首周りに痛みは?」
「問題ない」
「それならいい」
腰を引き寄せられたせいでセフィロスの声が一八の耳元で囁かれる形になっている。脳に直接響かせるようなテノールボイスは心臓に悪すぎるのではないか。
(落ち着け……今世のセフィロスは違う、違うんだ)
前世のセフィロスが自分にした仕打ちを思い出せ、そう自分に言い聞かせながら深呼吸をする。するとセフィロスは不思議そうな表情を浮かべながらもゆっくりと手を離してくれた。
ようやく離れてくれた事に安堵し、気を取り直して撮影場所であるチャペルに入る。
「あ、父さん……!」
「…………嘘だ。この俺がこんなに……!」
「おー!すっげーキレイじゃん」
「……いいな」
仁、超狼、テリー、クラウドの反応はそれぞれだ。それなりに好評なようで好感度メーターがかなりアップしている。一方、隣にいるセフィロスはというと無言で一八の姿をじっと見つめていた。
「……貴様にしては珍しいな。馬鹿みたいに『美しい』だの『愛らしい』だの言ってくる口はどこいった」
「……すぎて……」
「はっきり言え」
モゴモゴと口籠もるセフィロスを急かせば他の4人も興味深そうにセフィロスの声に耳を傾けている。
そして数秒の後。
「……言葉にしたら陳腐になるほどお前が美しく見えてしまってな。行動で示そうとしてもどうにもうまく動けないほど……似合っている」
珍しく赤面しているセフィロスからそんなことを言われてしまえば、こちらも紅潮せざるを得ない。
むず痒い、むず痒い!心臓を悪くするような発言はやめろと声を大にして言いたいがこれでも仕事中なので理性で留める。
「とにかく……綺麗だ、カズヤ」
不意打ちの名前呼びだって反則だろう。
「父さん、俺たちがいること忘れていない?」
仁の言葉で我に返れば、こちらを何とも言えない微妙な目で見つめてくる4人と目が合う。
仁はあからさまに怒っているし超狼とクラウドは呆れたような視線を送ってくる。唯一の救いはテリーの苦笑いだけ。好感度メーターより危険度メーターの方が上がっている目はやめろと訴えたいが自分が招いた事態である。
「あー、カメラマン。撮影が終わったらこいつら個人とも撮影させてくれないか」
「了解です!」
そう提案すれば全員の顔がパッと明るくなるのがわかる。これで危険度メーターが下がるかはわからないが、やらないよりはマシだろう。多分。
こうして(一八にとって)悪夢の撮影会は色々トラブルがあったものの何とか無事に終わったのだった。
『お疲れさまでした。本日は一大イベントでしたね』
寝ようとベッドに横になったところ、サポートセンターが話しかけてくる。あの後、無事に撮影会は終わった。好感度と危険度については調整が必要な面子が何人か残ることになったが許容範囲である。寧ろ爆上がり、爆下がりした対象がいなかっただけ幸いであろう。
「……まあこの写真は悪くないか」
撮影後すぐスマホに転送された5人との写真を眺める。
一方的に肩を組み満面の笑みでピースしているテリー、跪いて花束を渡してくるクラウド、顎を指で上げてきた超狼、腰に手を回して引き寄せてきた仁、不意打ちで頬にキスをしてきたセフィロス。
どれもこれも自分への好意が現れていて嫌になるが同時に暖かいものが胸にじんわりと広がっていく。
『どのお写真も素敵ですよ』
撮影会の最後に全員で撮った写真はワチャワチャとしておりとても綺麗だとは思えないが、一番好きだ。
前世を思い出し、自分に向けられた恋愛感情が可視化されるようになった世界でも案外悪くないことがあるもんだと、写真を眺めながら少しだけ微笑む。もう少しだけこの日々が続けば……なんて戯言を思い浮かべていればいつの間にか微睡みの世界へ誘われていた。
その寝顔はいつもより穏やかで、どこか嬉しそうに見えた。
なお後日、5人の手によって不参加だったポール、ラース、リュウに写真が渡ったとき一八は盛大にブチ切れたという。