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投稿日:2022年07月14日 23:29    文字数:13,390

転生したらボブゲーの主役になっていた件【イベント:ルート分岐編②】

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ルート分岐に挑戦してみました。仁一、セフィカズ、拳一です。
未遂に終わりますがありますがカズヤがモブ男性と体を結ぶ約束をしているので苦手な方は注意です。また2ページ目の√はR15表現+バッドエンドです。
今回のイベント解説は最終ページにあります。チラ裏なので暇なときに見ていただけると。
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 さあさあと降っていた雨は既にあがっていた。時間潰しのため入店していたカフェの窓際の席から、曇りの夜空を数秒眺めて席を立つ。会計を済ませて外に出ればムワッとした空気が全身にまとわりついてきた。目的地につくまでこの空気をまとうと思うだけでうんざりする。
 しかし行かなければ何も始まらない。スマホを取り出して受信したメールの文面を改めて読み返す。

『○○駅の北口、2番目のベンチで眼鏡を掛けてスーツを着ているのが私です。緊張するかもしれませんが大丈夫。なにかあったら連絡して下さい』
「……」

 湿った空気を振り払うように足早に目的地へと向かう。
 駅前のロータリーには様々な人がいた。タクシーやバスを待つ人、これから飲み会に行くであろう大学生らしき集団、仕事帰りのサラリーマン、デート中のカップルなど様々だ。その雑踏の中のベンチ、目的の人物はすぐに見つかった。

「……さて」

 躊躇うのはここで最後だ。──そう、自分は今から行きずりの男に抱かれる。
 縋りたい。助けて欲しい。快楽を求めて燻る熱を慰めて。なんて女々しい理由だが仕方ない。どうしようもない。そして正直な話、疲れていた。前世の忌々しい記憶、それは間違いなく一八の心を蝕み今でも心の内側で「アイツを殺せ」「支配しろ」と囁いてくるのだ。

「もう、いい」

 あの世界の三島一八と今の三島一八は別人だ。本人だけど違う、世界の条件が何もかも違う。それなのに蝕む前世が、視界に映るものを憎悪に変えていくのに耐えきれない。
 息子を、義弟を、旧友を、かつての恋人を殺せと囁く前世をこれ以上聞きたくない。だから、これは嫌がらせだ。前世の自分が引っ込むくらいズタズタになって、哀れみの目を貰えれば前世の自分も少しは溜飲が下がるかもしれない。
 それにもし自分が男に犯されて悦ぶような変態だとわかれば、前世の自分もこうだったと嘲笑えるだろう。だから一八はその男に近づいて──





「いやまさかこんな美人さんとホテルに行けるとは思わなかったです。ミシマさんはこういうの初めてですか?」
「そうだな。経験はない」
「そうでしたか。されて嫌なことがあったらすぐ言ってください」
「助かる」

 一見すれば普通のサラリーマンにしか見えないボーイに連れられホテル街を歩くこと数分。ボーイは軽い自己紹介と共に色んなことを話してくれた。趣味、特技、仕事内容。しかしそれらの情報は右耳から左耳に通り抜け、ホテル街の光へ消えていく。
 ボーイの左手が一八の右手に絡み、指先で手の甲を撫でられる度にムカムカとしてくる。嫌悪感がないと言えば嘘になるが、これも彼の仕事だと思えば我慢できる範囲だ。

(……アイツの手なら、こんな気持ちにならなかった)

 脳裏に浮かぶアイツ──いやアイツらと言っていいか。彼らと接するとき、自分はどんな気持ちでいたのだろうと今更疑問に思う。自分に向けられていた感情が可視できるようになってから色んなものと出会い別れることが多くなった。その度に気持ちがいい意味でも悪い意味でも彼らに滅茶苦茶にされてしまった。しかし不思議とそのことに後悔なく、むしろ心地よかったとさえ思える。

(……ああ、ダメだ)

 思い出すんじゃなかった。余計なことを考えてしまったせいで、抱かれるという心持ちが萎んでいく。それでも予約した以上は仕方ない。なるべく早く終わらせて何事もなかったように帰ろうと決意する。

「ホテルに着きましたよミシマさん。今夜はリラックスしてくださいね」

 気づけば目的地についてしまったらしい。外観は普通のビジネスホテル。最近のラブホテルは随分慎ましくなったらしい。

「ミシマさん?」

 ボーイに呼びかけられ足を一歩踏み出そうと──止まる。

 ──本当にいいのか?

 ここまで来ておいて何を言っているんだと自分でも呆れる。だが足が動かない。見知らぬ男に今世の初めてを奪われる、ただそれだけ。後ろを使うのは前世以来だから少し痛いかもしれないがそれも一瞬で終わり快楽に変わるはず。

 ──それでいいのか?

 いいに決まっている。この体は今世の三島一八のものであって、前世のものではない。前世の記憶に引きずられて初めての行為を穢れたものと思う必要もない。そもそも、だ。前世と今世は別物なのだから。だから……

「今日はよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いしますね」

 にこやかなボーイと共にホテルへ入り、受付を済ませる。部屋はそれなりにいいグレードのところを取っていたから、料金は結構高いがどうでもいい。金はある。それに今から自分は男に犯されるのだ。それ相応の対価を支払わなければ。
 部屋に入るとラブホテル、よりかビジネスホテルに近い内装だったベッド、テーブル、テレビ、ユニットバス、トイレ、冷蔵庫。特に変わったものは置いていない。強いて違うところは堂々と性行為に使用されるアメニティーグッズが置いてあるところか。

「シャワー、浴びますか?」
「いや……先に浴びてくれ」
「わかりました。じゃあ先に入ってきちゃいますね」

 ボーイが浴室に行くのを見送ってからスーツを脱いでハンガーにかける。ネクタイを外してシャツとスラックスだけになるとバタン、とベッドに沈み込んだ。
 もうここまで来たら覚悟は決まっている。後ろの解し方も自分がどこを触られたら気持ちいいのかも、前世で散々いじられたせいでわかっている。それでも他の男にやられる感覚は違うのだろうか、と不安になる。
 一八の心境を察したのか否か、浴室のドアが開く音がしてボーイが戻ってきた。

「お待たせしました。ミシマさん、お風呂どうぞ」
「ん、ああ」
「ローション等、必要でしたら言ってください」
「助かる」

 お言葉に甘えてボーイからローションを受け取り浴室に入る。服を全て脱ぎ捨て、全裸になったところで鏡を見た。筋骨隆々で五十手前の割に皺が刻まれていないのは努力の賜物か前世から引き継いでいるのか。
 とにかくまず後ろを解さなくては。膝立ちの体勢を取ってそしてボトルから液体を手に取り、後孔へ塗りつけようとして──スラックスの中にあったスマホから着信音が鳴り響いた。 

仁√→2ページ目

セフィロス√→3ページ目

拳√→4ページ目

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「こんな時に……」

 無視してもよかったがこれが商談相手となると面倒なことになると思い、一旦スマホの方へ向かう。
 着信画面の名前は“仁”。最愛の息子で、攻略対象の1人。

(タイミングがいいのか悪いのか……)

 仕方なくため息混じりに電話に出る。何か聞かれたとしても電話越しなら少しは誤魔化せるだろう。そう高を括って。

『もしもし父さん、今日は遅いのか?』
「そうだ。今日は少し用があってな、かなり遅くなるから早く寝ろ。明日も講義だろう」
『うん。そうするつもりだけど……』

 唐突に電話口の向こうの仁がゴニョゴニョとごもり始める。いつもはハキハキと喋る息子にしては珍しい。そう思いつつ次の言葉を待っていると、真剣な声が耳を貫く。

『父さん、全部バレているよ。父さんが○○さんって人に抱かれようとしているのも、××町のラブホテルにいることも、』
「はっ?」

 思わず間抜けな声が出る。バレている?何が?全部?

「おい仁、一体何を言っているんだ。俺は仕事中だ。下らない冗談はよせ」
『……まさか本当にこんなことしているなんて思いたくもなかった』
「だから何を……!」
『今からそっちに向かう。抱かれたりなんかしたら、俺がどうするのかわかっているよな』
「切るぞ!!」

 通話終了ボタンを押して電源を切る。これ以上話していたら頭がおかしくなりそうだった。仁はこの事態を全て把握している。ボーイの源氏名まで言われたら当てずっぽうとは言えないだろう。

「どうしましたミシマさん。何かありましたか」

 浴室の外から聞こえてくるボーイの心配そうな声。それに構っていられるほどの余裕はない。逃げなければ。今すぐこのホテルから。
 だがどうやって?ボーイやホテルの従業員に助けを求めても無駄だろう。ボーイはボーイの仕事を全うしただけだし、ホテル側も責任を取るつもりはないだろう。ならば自分で逃げるしかない。
 そう決意して急いで服を着た瞬間。

「すいません、ここに父がいると聞いたのですが」

 浴室の外から聞こえてきたのは仁の声。思考が追いつかないうちに浴室の扉が開け放たれるとオロオロした様子のボーイと仁王立ちでこちらを見下ろしてくる仁がいた。

「どうして、ここが……」
「それは後で。ボーイ、迷惑をかけてすまない。キャンセル料込みで全額払うからこの部屋から出ていってくれないか」
「えっ、ですが……」
「頼む。何なら倍の料金でもいい」

 有無を言わせない仁の言葉にボーイは戸惑いながらも従うしかなかったようで、規約通りの金を受け取ると荷物を持ってそのまま部屋の外へ出ていってしまった。その背中を見送った仁は一八の元へ歩み寄り、そして腕を掴んで浴室から引きずり出した。

「いッ!何を……!?」
「少し黙ってくれ」

 冷徹に言い放つと同時に一八の頬を平手打ちする。バチンという乾いた音と共に一八の体はベッドの上に投げ出された。

「ぐぅ……ッ!」

 ジンジンとした痛みと共に熱を持つ左頬をさすろうとして両手首が頭上へ持っていかれる。無理矢理起き上がろうとする一八を仁は馬乗りになって押さえつけた。体重をかけながら顔を近づけ、目線を合わせられる。

「父さん、巫山戯るのも大概にしてくれ」

 軽蔑を含んだ瞳で見つめられて、心臓が大きく跳ねる。

「俺はずっと信じていたのに。万が一でもこんなことをする人だなんて思ってもいなかった」
「ちが、違うッ!」
「違わない。現に父さんはこうして男を誘っているだろう」
「誘ってなんて……いいから離せ!」
「息子に押し倒されて“誘っていない”なんて言われても無理だ。ここまで来て息子にそういう目で見られている、ことを否定するのか?」

 そんなわけないだろう、と怒鳴りたくなった。自分に恋愛感情を持っていることなんて何ヶ月も前から知っている。なんなら数値化されて見えているのだ。

「言っておくけど、俺は抜くとき父さんのことを思っている。父さんが他の男のものになると考えただけで気が狂いそうになる」
「……は、ぁ……」
「叔父さんたちは父さんを性的な目で見ているし、クラウドだって父さんの虜だ。それなのに俺だけ除け者か?ふざけるな」
「……じ、ん」
「父さんを監禁して、俺しか見えないようにして、孕ませて、死ぬまで傍に置いておきたい」

 好感度も危険度もバグりすぎて何も見えない。

「なあ父さん、このままじゃ俺の気持ちが収まらないんだ。父さんには悪いと思っているけれど、でもこうなった以上もう止まれない。だから、」
「仁!」
「殺したい。憎くて、殺したくて……大好き」

 不穏な言葉とともにシャツのボタンがブチリと乱暴に千切られベッドの外へ消えていった。仁の視線は獲物を狙う獣のようにギラついており、これから自分が犯されてしまう、というのが手にとるようにわかってしまう。
 胸の突起が露になると外気に触れてピクピクと立っていた。その反応に満足しているのか仁の口角が上がる。

「やめろ、こんなの間違っている……」
「大丈夫。父さんが俺のものになるまで抱くだけだから。その後は俺に全部任せてくれ」
「だから、貴様のものになんかならないと言って……!」
「なるんだ」

 冷たい声とともに仁の指が突起をピンと弾いた。それだけの刺激で甘い痺れが全身に走る。

「や、やめッ」
「乳首触られただけで感じるなんて本当に初めてなのか?」
「ひっ、あ」
「どっちにしろ淫乱だな、父さん」

 爪を立てて引っ掻かれ押し潰され摘まれる。それだけで腰がビクビクと浮いてしまう。抵抗しようにも両手首を押さえつけられていてどうすることもできない。そもそもこの状態で抵抗できるほど力が残っているはずもなく。
 快楽から逃れようと身を捩らせるが逆に仁の加虐心を煽ったらしく、両手首を解放されたかと思うと左右同時に強くつねられてしまった。 

「いッ!あ、あァ!!」
「気持ちいい?そうだよな、父さんはマゾヒストだもんな」
「ひ、やだ、じん、やめ、ろ」
「止めない」
「うぅ……ッ」
「泣いても無駄だ。止めるつもりは一切ない。──お前を殺すま、で」

 そう言うと仁は一八の首筋に顔を埋めた。生暖かい舌で舐められ、チクリとした痛みと共に皮膚を吸われる感覚。
 痕を、付けられた。

「父さん、愛してる」
「い、やだ……ッ」
「いやいや言うだけで抵抗しないのは肯定と捉えていいのか?まあいい、今はこれで我慢しておく」

 胸の突起をまた摘まれ快楽に揺れる。そこが赤く染まってピンと天に向かって立つまで責められた頃には意識も理性もほとんど残っていなかった。

「あッ……じ、ん、じん」
「うん、父さん。俺はここにいるよ」
「ん……」

 クシャリと頭を撫でられることすら快楽で、もう何もかも仁に染まっている。後孔のあたりを触られると耳元で仁が囁く。

「父さん、ここに挿れてもいいよな。俺のコレを中にぶち込んで奥の奥まで犯すんだ」

 ズボン越しに勃起した性器を握らされる。ドクンドクンという鼓動が伝わってきて、それが自分のものなのか、それとも仁のものなのかすらわからなくなる。
 ああ、もう自分は──

「挿れて……仁のやつで、めちゃくちゃにして……」

 ニコリとした仁の笑顔で何もかもどうでもよくなる。
 獣のような親子が元に戻る術もなく、ただひたすらに互いを求め合う。それだけで一八は満たされるのだ。
 仁の心の後ろにある殺意がふつふつと煮立っているのも知らぬまま。


【仁√バッドエンド⑥ 獣のまぐわい】

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 こんなときにいったい誰だとスマホの着信画面をみるとそこには“セフィロス”と表示されている。

「……」

 出ないのも1つの手だろう。しかし出るか出ないか迷う前に手が勝手に動いて通話ボタンを押していた。

「……三島だ」
『セフィロスだ。電話越しの会話は久しぶりだな』

 聞こえてきた声の主は、前世の一八が唯一愛した男、セフィロスの声。それにホッとしたのは事実だ。

「ああ、そうだな。何かあったか?」
『いや、特に用はない。ただお前の声が聞きたかっただけだ。……最近、どうだ?』
「それなりだ。その口振りだと貴様も順調らしいな」
『お前のおかげだ』
「何言っているんだ」

 他愛の無い談笑。それが心地よくてつい本来の目的を忘れて会話を続けてしまう。

「……すまない、そろそろ切る」
『そうか。お前の声が聞けてよかった。……ありがとう』
「ああ、俺こそ……」

 礼を言いかけたとき、不意に視界の端に映り込んでくるもの。それは鏡に写るこれから抱かれる男、醜い感情で顔を歪めている、自分の姿。
 それを認識した瞬間、急に吐き気が込み上げてきて思わず口を手で覆った。

(俺は今何をしようとしていた?前世の男と話をしながら、男を受け入れる準備をしていたのか?)

 グチャリとミキサーで掻き回されるような気分の悪さが襲ってくる。

 ──本当にいいのか?
 
 先程まで考えていたことがフラッシュバックする。

 ──それでいいのか?いいに決まって──

『……ズヤ、カズヤ!』
「ッ!」

 電話の向こう側から聞こえる、己の名前を呼ぶセフィロスの声。絶望にも救いにも聞こえるそれに、心は語りかける。

 本当にいいのか、と。

『カズヤ!』
「いいわけ、ないだろう!!」

 気づけば叫んでいた。目の前には鏡があるというのに目線は下を向いていて。それでも構わず電話口に叫ぶ。

「怖い、怖いんだ。お前をそういう目で見てしまうことも、仁や超狼に殺意を抱いてしまうことも何もかも!全部忘れたい、前世の記憶なんて要らない、今のこの人生だけでいい。……助けてくれ、セフィロス。俺は……おれは、どうすれば、良い?」

 最後の方は涙声で上手く言えていたかどうかすら怪しいが、もうこれだけ吐き出せれば十分だった。言い終わったあとの沈黙が永遠に感じられた頃、浴室の扉がバンと開いた。

「ミシマ様!何かありましたでしょうか!?」

 ボーイの心配そうな顔を見て我に帰る。自分は一体、何を言って。

『カズヤ、今いる場所を教えろ。教えなくてもスマホのGPSで突き止めるが』

 電話口から聞こえる、怒っているような切羽詰まっているようなセフィロスの声。
それを聞いてハッとする。

「……わかった。ホテルだ、○○区の××のところにあるラブホ、△△号室だ」
『すぐ行く。待っていろ』

 ブツッと音を立てて切れた電話。逃げるつもりは、もうない。

「悪い、キャンセル料込みで全額支払う。釣りはいらん」
「あ、あのミシマさん?」
「だから今日の予約は取り消して、この部屋を譲ってくれ。頼む」

 ボーイに頭を下げると彼も色々と察したのか金額分受け取ると一八に部屋のカードキーを渡し一礼して出ていった。釣りはいらないと言ったのに金額分だけ受け取るあたり、根が真面目なのだろう。余計に申し訳なくなった。

「セフィロス……」

 ベッドの上で膝を抱えセフィロスを待つ。もやりもやりと脳裏に浮かぶのは前世のセフィロス、ではなく今世で出会ったセフィロス。
 思い返せば水族館に行ったり色々あって着ることになったウエディングドレスを見られたり、その側にいたのはいつもセフィロスだった。
 それが嬉しくもあり、同時に辛い。今までの行動から鑑みるにセフィロスは前世のことを覚えていなくとも一八を変わらず愛してくれるだろう。だが彼の行動は彼自身の前世に影響されている気がするのだ。もし彼が前世を思い出してそれを指針に行動するようなことがあれば、自分は彼を前世なしに愛せるだろうか。
 そんなことを考えているうちにトントン、とノックの音がする。慌てて扉を開けるとそこには息を乱し汗だくになったセフィロスの姿があった。
 いつも余裕綽々の青い目が今は不安げに揺れており、それがまた可愛らしくて愛おしいと思った瞬間、抱き寄せられる。

「何でこんなこと、したんだ」
「悪かった、セフィロス」
「悪かったと思うならこんなことしないでくれ。心臓がいくつあっても足りない」

 更に力強くギュッと抱きしめられる。セフィロスの鼓動が早鐘を打っていることに気づいて、それが自分のせいだと思うと言いようのない優越感に浸れた。
 好感度も危険度も今は無視して、この鼓動に溺れる。

「ここは狭いな。ベッドにいかないか」
「そうだな、ッと」
「!」

 急に身体が宙に浮いて視界が変わる。一瞬の浮遊感の後、セフィロスの顔がいつの間にか迫ってきていた。所謂お姫様抱っこをされていた。

「……嫌か」 

 そんな迷子の子どものような顔で言われたら何も言えなくなる。そのままベッドに大人しく運ばれ優しく横たえられるとセフィロスが上から覆い被さってくる。
 目が、鼻が、唇が、頬があと数センチでくっつく距離。お互いに顔を熱くさせ数十秒見つめ合った後、一八は舌先を出した。するとセフィロスも同じように舌先を伸ばして飴を舐めるようにつついてきた。

「んぅ……ふぁ……」
「は……かずや……んむ……」

 互いの口内を貪るように舌が絡み合う。呼吸が苦しくなるくらいのキスが妙に心地よい。この部屋に響くのは布擦れと唾液の絡み合う音、そして名前を呼び合う声。しばらくして口を離すと唾液で出来た銀糸が伸びてプツンと切れる。
 それを名残惜しそうに見つめるとセフィロスも同じ気持ちだったのかまた顔を寄せてくる。
 ああ、このまま溶けてしまいたい。

「……カズヤ」 

 セフィロスが耳元で囁く。吐息交じりの声で腰にゾクリとした感覚が走る。

「お前は私のものだ」

 またも唇が重なり合う。厭らしい水音を立てながら何度も角度を変えて。歯列をなぞって頬の内側をつついて上顎を撫ぜられて。
 酸欠になった頃には胸の突起も陰茎も完全に勃ち上がっていた。それを見てセフィロスは満足気に笑うと頭を撫でてくれた。
 これからセフィロスはどうするつもりなのか。前世の記憶を取り戻すつもりなのか、それとも今世の関係を続けるつもりなのか。前者であればもう逃げられない。後者であってももう逃げる気はない。
 だから懸命に言の葉を紡ぐ。

「好きだ、セフィロス。今の貴様が大好きだ」

 その言葉を聞いたセフィロスは目を見開く。そして泣きそうな表情になり、その後笑った。それは今まで見た中でもとびきり一番の、とても綺麗な笑顔だった。


【セフィロス√トゥルーエンドフラグ⑧ 達成】
【以降、セフィロス√へと突入】

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「……誰だこんなときに……」

 舌打ちを一つ打ってからスマホを取り、着信画面を見ると『荳牙ウカ諡ウ』と文字化けした名前が表示されていた。その不気味さに着信拒否しようとした瞬間、ぐわん、と視界が揺れた。

(なんだ、これは)

 地震か、と一瞬思ったが違う。まるで視界だけが揺さぶられているような──例えるなら脳みそを直接シェイクされているような感じだ。

(しぬ……)

 ぐらつく頭を手で押さえながら必死に倒れまいとするが無駄な抵抗だった。平衡感覚が失われ、体が傾く。そのまま受け身を取ることもできずに床に倒れた。

「……シマさん、……さ、……」
「……っ……だい、じょ……ぶ」

 慌てて入ってきたであろうボーイの呼びかけに返事をして起き上がろうとするが体に力が入らない。指一本動かせないまま意識がゆっくりとどこか、遠い世界へ連れていかれる感覚を覚えながら、目を閉じてしまった。





「アンタはいつも突然だよな」

 聞き覚えのある声と見慣れぬ天井に一八の意識は急速に覚醒する。声の主に「そんな急に起き上がるな」と制止され、渋々横になったままでいるとクスリと安心したような笑い声が聞こえた。

「……ここは?」
「俺のセーフティハウスだ」

 視線を向けるとそこには見知った瓜二つの顔、三島拳がいた。左手を器用に使ってコップに水を注ぐとベッドのサイドテーブルに置いた。

「俺をどうしてここに連れてきた」
「どうしても何も、アンタこの近くの森でぶっ倒れていたんだぜ?普通なら無視するが、ま、アンタだし助けてやったんだ」
「……そうか」
「感謝しろよ?」
「助かった」
「素直なお礼はいいもんだな」

 ゆっくりと体を起こされ、水の入ったコップを口に当てられる。少しずつ流し込まれる冷たい水が乾いた喉を潤していくのを感じながら一気に飲み干し、ふう、と息をつくと微笑まれた。

「ちゃんと動けるか?」

 そう聞かれとりあえず手を動かしてみると指に痺れが走り、些か動かしづらい。足も同様で立ち上がるには少し時間がかかりそうだ。

「微妙だな。少しここで休ませてくれ」
「それはいいが……アンタいつも突然消えるのどうにかならないのか?」
「色々事情があるんだ」
「またそれかよ。まあいいぜ。心ゆくまで休んでけ」

 拳がキッチンと思しき場所に向かってから一八はここに来るまでのことを思い出す。確か自分はラブホテルに行ってボーイに犯される予定だった。そこに変な電話がかかってきて意識を失い、三島拳によってここに運び込まれたのだ。
 記憶に問題はなし。意識を失ったことでいつも通り三島拳のいる世界に来てしまったのだろうと結論づけた。
 そうとわかれば考えることを一旦放棄して布団に潜り込んだ。まだ体の怠さが抜けないのか、眠気が襲ってくる。

(夢の中で眠くなる……なんてな)

 ふわあ、と欠伸をするとすぐに睡魔に負けてしまい一八は眠りについた。
 それから数時間ほど経っただろうか。目が覚めるとベッド脇の椅子に座って眠る拳の顔があった。瓜二つの寝顔を見ると、自分もこんな顔で寝ていたのだろうかと感心してしまう。

(……不思議なものだな)

 布団に潜り込んだままじっと寝顔を見つめていると気配を感じたのか、拳がうっすらと目を開いた。

「起きたか」
「あ、悪いな一八。起こしたか」
「いや別に。このベッドは貴様のものだろう。交代するか?」
「何言ってんだ。病人を床で寝かせるやつがいるかよ。それより腹減ってねえか?」

 そう言われて腹をさすれば確かに胃が空いている。もう少ししたら腹の虫が鳴いていたかもしれない。

「その様子じゃ空いているだろ。そうだと思って作っておいたんだ。ちょっと待っててくれ」

 拳が立ち上がりキッチンと思しき方へと向かいすぐに帰ってくる。その手には椀があり、中身を見ると卵がゆが入っていた。

「食欲はあるみたいだな。ゆっくり食えよ」

 スプーンを手渡され受け取るとそのまま一口、口に運ぶ。口いっぱいに優しい塩味と卵のまろやかな甘みが広がった。

「美味いな」
「そりゃどうも。もっと食べたいなら言ってくれ。おかわりあるから」

 促されるまま食べていけばすぐに椀が空になる。それを見た拳は嬉しそうに笑った。

「それだけ食べられりゃ大丈夫だな?手と足は?」
「ん、問題なさそうだ」

 眠りについたことで疲労がとれたのか手足の痺れはすっかり取れていた。ゆっくりと体を起こし軽くストレッチをする。その様子を見た拳が安堵のため息をついた。

「いや本当にびっくりしたぜ。何か森の様子が変だと思って外に出たらアンタが倒れているし呼びかけても起きねぇし……疲れていたのか?」

 その言葉にハッとした。疲れていた、のは事実だろう。実際、心はかなり摩耗していた。男に抱かれて前世の自分に嫌がらせをしようなんてよく考えれば正気の沙汰でないと今更ながら思う。
 それでもそうしないといけないほど心が疲れていたのが正直なところだった。

「そうだな。貴様の言うとおり疲れていた。色々と、な」
「そうか。疲れていたならそれでいいけど、変なことするなよ」
「いや、変なことをしようとしていた」
「は?」

 キョトンとする拳に一八は自嘲した。あそこで一歩、踏んではいけないことをしようとした自分がどうしようもなく醜い。結局未遂に終わったとはいえ、行きずりの男抱かれるなんて行為をしようとしてしまったのだから。
 ポタポタと急に布団の上へ落ちてきた水滴を不思議そうに見ていると目元に拳の指が触れた。

「何で泣いているんだよ」
「泣く……?」

 指摘されて初めて気づいた。頬を流れる涙に。どうして涙を流しているのかわからない。それどころか涙を流していることを自覚した瞬間、もっと泣けと言わんばかりにどんどんと溢れてくる。止まらない。嗚咽も漏れる。
 理由のわからない涙に混乱して布団に縋ると拳が背中を優しく撫でてくれた。ポンポンとリズミカルにゆっくり、子どもをあやすように。

「泣くならとことん泣こうぜ。俺が側にいるから」
「……う……ぐっ……」

 声を押し殺してひたすら泣き続ける。その間ずっと拳は側にいて、それがまた一八の心を揺さぶっていた。
 ようやく落ち着いてきた頃。しゃくりあげる声を止め、鼻をズズッと啜るとティッシュが差し出される。

「落ち着いたか?」
「ああ」

 受け取ったティッシュで目尻を拭き取り鼻をかんで、改めて拳を見る。彼は何も聞かずただ側にいただけ。それは今の自分にとってとてもありがたかった。

「こんな目ぇ真っ赤にして、逆に笑えるぞ」
「うるさい」

 言われなくともひどい顔をしているのはわかる。1つ息を吐いて呼吸を整えるとやっと冷静になれた。

「その顔、俺以外に見せるなよ。変な気を起こす輩が寄ってきそうだ」
「何馬鹿なことを」

 そんなの貴様以外に8人もいる、と心の中で付け足して拳に改めて向き合う。オニキス色の瞳を見つめれば吸い込まれそうになってそれが心地よくて、静かに口を開いてしまった。

「俺がここに、この世界にいたいと言ったら、貴様はどうする?」

 投げかけた質問に拳は少し目を丸くした。そして苦笑いを浮かべて一八の頭をわしゃっと乱暴に撫で回す。その行動の意味がわからなくてされるがままになり、顔を上げれば困ったような笑みを浮かべている拳の姿がある。

「そんなこと簡単に言うな。……一生縛り付けたくなるだろ」

 赤く腫れた瞼に落ちる唇の感触がくすぐったくて思わず身を捩る。そのまま額にも落ちて、次に耳元に、頬に触れていく。

「ん……ッ」

 思わず息を漏らせば拳は獲物を見つけた狩人のようにギラギラとした目を向けてきて背筋がふるりと震え上がった。そのまま首筋に口づけられると湿ったものが這っていく感覚にゾクゾクする。
 このままではマズイと思い一八は彼の胸板を押すがびくともしない。それどころか抵抗すればするほど強く抱きしめられて身動きが取れなくなる。

「やっと見つけたんだよ、運命ってやつ。逃がすつもりはないから覚悟しろよ」

 運命なんて壮大な言葉、そう簡単に使うなと言いたくても強い瞳の前では何も言えなくなってしまう。

「愛してる、アンタのことを」

 真っ直ぐに見据えられたまま告げられると唇が一瞬重ねられ、すぐに離れていった。それを名残惜しそうにしている自分に気づくと羞恥心が湧き上がってくる。その勢いのまま拳の胸に顔を埋めれば大きな手が頭に乗せられた。

「本気か貴様」
「これが本気じゃなきゃなんだっていうんだ」
「大概、貴様も大馬鹿だな」
「大馬鹿で結構。…………もう1回、してもいいか」

 言われるがままコクリと頷くと今度は口腔内に深く舌を捩じ込まれ絡め取られる。先程とは違う荒々しいそれに翻弄されながら舌を動かせばさらに貪るように求められた。
 やがて唇が離れ、銀糸が2人の間をつぅ、と繋いで切れる。肩で大きく息をしながら拳を見れば満足気に微笑んでいた。

「好きだぜ、アンタのこと」
「……俺も……嫌いではない」
「はぁ?そこは好きって言ってくれる流れじゃないのかよ」
「そんな流れは知らん」
「まあいいけど。そのうち言わせてやるし」

 拳の言葉に口角を上げた瞬間、意識と体がふわりと連れて行かれる感覚を覚える。なんてったってこのタイミングで、と舌打ちすると拳も同じ考えなのか悔しそうな表情をしている。

「あー……時間切れか」
「みたいだな」

 もう少し一緒にいたかった。そんな思いが交差する中、視界が徐々に白んでいく。

「次会う時は恋人同士だから、覚えておけよ」
「……気が向いたら、な」

 最後に見えた拳の顔は悔しそうながらも笑顔だった。それを見た一八は小さく笑う。そうして白い光に完全に包まれ、拳のいる世界から去った。


 


 目が覚めると消毒液の匂いが鼻についた。ゆっくりと体を起こして周りを見るとそこは病室らしい。ベッドの隣には点滴台が置かれていて、そこから伸びる管が自分の腕に繋がっている。
 自分の身に何が起こったのかは大体わかった。ラブホテルで倒れてそのままここに運び込まれたのだろう。その間意識は拳のいる世界にいただろうが。
 改めて拳と向き合ったときのことを思い出し、顔が熱くなる。

「馬鹿か俺は……」

 あんな恥ずかしいことを言ったり感情のまま泣いたりして、まるで情緒不安定な子どもじゃないかとのたうち回りたくなる。
 けれど温もりが嫌いなわけではなく寧ろ安心して──

「もう知らん、知らんからな」

 誰に向けたのかわからない言葉を宙に吐き、不貞腐れて目を閉じる。今すぐにでも会いたいなんて思っていない、なんて言い訳をしながら一八は眠りに落ちた。
 後のことは、夢の中で。


【拳√フラグ⑦ 達成】

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【イベント概要】

・ボーイとの待ち合わせ日に一番好感度の高かった攻略対象がイベントに登場しフラグを立てる。なお介入してくるタイミングは好感度と危険度に比例する
・バッドエンド分岐点は『自分の弱い部分を見せられるか否か』にある。仁√以外ではそれができたので回避。仁√では電話を強引に切ったことで危険度が高まり、仁が話を聞かない暴走状態に陥った。ここで強引に抵抗して気持ちを伝えれば通常√に戻ったのだが……
・このイベントで『自分がどのように、どんなことで不安に陥っている』かを攻略対象に伝えると個別√に突入する。今回のセフィロス√はそれにあたる
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この作品に関連のあるpictSQUAREのイベント

    • 2025年04月06日 12:00〜翌11:50
    『柵を超えてもあなたが好きで。』クロスオーバーCPオンリー
    クロスオーバー
     サークル参加受付期間
    0 / 72sp

    12月01日 00:00 〜 01月31日 23:50
転生したらボブゲーの主役になっていた件【イベント:ルート分岐編②】
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 さあさあと降っていた雨は既にあがっていた。時間潰しのため入店していたカフェの窓際の席から、曇りの夜空を数秒眺めて席を立つ。会計を済ませて外に出ればムワッとした空気が全身にまとわりついてきた。目的地につくまでこの空気をまとうと思うだけでうんざりする。
 しかし行かなければ何も始まらない。スマホを取り出して受信したメールの文面を改めて読み返す。

『○○駅の北口、2番目のベンチで眼鏡を掛けてスーツを着ているのが私です。緊張するかもしれませんが大丈夫。なにかあったら連絡して下さい』
「……」

 湿った空気を振り払うように足早に目的地へと向かう。
 駅前のロータリーには様々な人がいた。タクシーやバスを待つ人、これから飲み会に行くであろう大学生らしき集団、仕事帰りのサラリーマン、デート中のカップルなど様々だ。その雑踏の中のベンチ、目的の人物はすぐに見つかった。

「……さて」

 躊躇うのはここで最後だ。──そう、自分は今から行きずりの男に抱かれる。
 縋りたい。助けて欲しい。快楽を求めて燻る熱を慰めて。なんて女々しい理由だが仕方ない。どうしようもない。そして正直な話、疲れていた。前世の忌々しい記憶、それは間違いなく一八の心を蝕み今でも心の内側で「アイツを殺せ」「支配しろ」と囁いてくるのだ。

「もう、いい」

 あの世界の三島一八と今の三島一八は別人だ。本人だけど違う、世界の条件が何もかも違う。それなのに蝕む前世が、視界に映るものを憎悪に変えていくのに耐えきれない。
 息子を、義弟を、旧友を、かつての恋人を殺せと囁く前世をこれ以上聞きたくない。だから、これは嫌がらせだ。前世の自分が引っ込むくらいズタズタになって、哀れみの目を貰えれば前世の自分も少しは溜飲が下がるかもしれない。
 それにもし自分が男に犯されて悦ぶような変態だとわかれば、前世の自分もこうだったと嘲笑えるだろう。だから一八はその男に近づいて──





「いやまさかこんな美人さんとホテルに行けるとは思わなかったです。ミシマさんはこういうの初めてですか?」
「そうだな。経験はない」
「そうでしたか。されて嫌なことがあったらすぐ言ってください」
「助かる」

 一見すれば普通のサラリーマンにしか見えないボーイに連れられホテル街を歩くこと数分。ボーイは軽い自己紹介と共に色んなことを話してくれた。趣味、特技、仕事内容。しかしそれらの情報は右耳から左耳に通り抜け、ホテル街の光へ消えていく。
 ボーイの左手が一八の右手に絡み、指先で手の甲を撫でられる度にムカムカとしてくる。嫌悪感がないと言えば嘘になるが、これも彼の仕事だと思えば我慢できる範囲だ。

(……アイツの手なら、こんな気持ちにならなかった)

 脳裏に浮かぶアイツ──いやアイツらと言っていいか。彼らと接するとき、自分はどんな気持ちでいたのだろうと今更疑問に思う。自分に向けられていた感情が可視できるようになってから色んなものと出会い別れることが多くなった。その度に気持ちがいい意味でも悪い意味でも彼らに滅茶苦茶にされてしまった。しかし不思議とそのことに後悔なく、むしろ心地よかったとさえ思える。

(……ああ、ダメだ)

 思い出すんじゃなかった。余計なことを考えてしまったせいで、抱かれるという心持ちが萎んでいく。それでも予約した以上は仕方ない。なるべく早く終わらせて何事もなかったように帰ろうと決意する。

「ホテルに着きましたよミシマさん。今夜はリラックスしてくださいね」

 気づけば目的地についてしまったらしい。外観は普通のビジネスホテル。最近のラブホテルは随分慎ましくなったらしい。

「ミシマさん?」

 ボーイに呼びかけられ足を一歩踏み出そうと──止まる。

 ──本当にいいのか?

 ここまで来ておいて何を言っているんだと自分でも呆れる。だが足が動かない。見知らぬ男に今世の初めてを奪われる、ただそれだけ。後ろを使うのは前世以来だから少し痛いかもしれないがそれも一瞬で終わり快楽に変わるはず。

 ──それでいいのか?

 いいに決まっている。この体は今世の三島一八のものであって、前世のものではない。前世の記憶に引きずられて初めての行為を穢れたものと思う必要もない。そもそも、だ。前世と今世は別物なのだから。だから……

「今日はよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いしますね」

 にこやかなボーイと共にホテルへ入り、受付を済ませる。部屋はそれなりにいいグレードのところを取っていたから、料金は結構高いがどうでもいい。金はある。それに今から自分は男に犯されるのだ。それ相応の対価を支払わなければ。
 部屋に入るとラブホテル、よりかビジネスホテルに近い内装だったベッド、テーブル、テレビ、ユニットバス、トイレ、冷蔵庫。特に変わったものは置いていない。強いて違うところは堂々と性行為に使用されるアメニティーグッズが置いてあるところか。

「シャワー、浴びますか?」
「いや……先に浴びてくれ」
「わかりました。じゃあ先に入ってきちゃいますね」

 ボーイが浴室に行くのを見送ってからスーツを脱いでハンガーにかける。ネクタイを外してシャツとスラックスだけになるとバタン、とベッドに沈み込んだ。
 もうここまで来たら覚悟は決まっている。後ろの解し方も自分がどこを触られたら気持ちいいのかも、前世で散々いじられたせいでわかっている。それでも他の男にやられる感覚は違うのだろうか、と不安になる。
 一八の心境を察したのか否か、浴室のドアが開く音がしてボーイが戻ってきた。

「お待たせしました。ミシマさん、お風呂どうぞ」
「ん、ああ」
「ローション等、必要でしたら言ってください」
「助かる」

 お言葉に甘えてボーイからローションを受け取り浴室に入る。服を全て脱ぎ捨て、全裸になったところで鏡を見た。筋骨隆々で五十手前の割に皺が刻まれていないのは努力の賜物か前世から引き継いでいるのか。
 とにかくまず後ろを解さなくては。膝立ちの体勢を取ってそしてボトルから液体を手に取り、後孔へ塗りつけようとして──スラックスの中にあったスマホから着信音が鳴り響いた。 

仁√→2ページ目

セフィロス√→3ページ目

拳√→4ページ目

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「こんな時に……」

 無視してもよかったがこれが商談相手となると面倒なことになると思い、一旦スマホの方へ向かう。
 着信画面の名前は“仁”。最愛の息子で、攻略対象の1人。

(タイミングがいいのか悪いのか……)

 仕方なくため息混じりに電話に出る。何か聞かれたとしても電話越しなら少しは誤魔化せるだろう。そう高を括って。

『もしもし父さん、今日は遅いのか?』
「そうだ。今日は少し用があってな、かなり遅くなるから早く寝ろ。明日も講義だろう」
『うん。そうするつもりだけど……』

 唐突に電話口の向こうの仁がゴニョゴニョとごもり始める。いつもはハキハキと喋る息子にしては珍しい。そう思いつつ次の言葉を待っていると、真剣な声が耳を貫く。

『父さん、全部バレているよ。父さんが○○さんって人に抱かれようとしているのも、××町のラブホテルにいることも、』
「はっ?」

 思わず間抜けな声が出る。バレている?何が?全部?

「おい仁、一体何を言っているんだ。俺は仕事中だ。下らない冗談はよせ」
『……まさか本当にこんなことしているなんて思いたくもなかった』
「だから何を……!」
『今からそっちに向かう。抱かれたりなんかしたら、俺がどうするのかわかっているよな』
「切るぞ!!」

 通話終了ボタンを押して電源を切る。これ以上話していたら頭がおかしくなりそうだった。仁はこの事態を全て把握している。ボーイの源氏名まで言われたら当てずっぽうとは言えないだろう。

「どうしましたミシマさん。何かありましたか」

 浴室の外から聞こえてくるボーイの心配そうな声。それに構っていられるほどの余裕はない。逃げなければ。今すぐこのホテルから。
 だがどうやって?ボーイやホテルの従業員に助けを求めても無駄だろう。ボーイはボーイの仕事を全うしただけだし、ホテル側も責任を取るつもりはないだろう。ならば自分で逃げるしかない。
 そう決意して急いで服を着た瞬間。

「すいません、ここに父がいると聞いたのですが」

 浴室の外から聞こえてきたのは仁の声。思考が追いつかないうちに浴室の扉が開け放たれるとオロオロした様子のボーイと仁王立ちでこちらを見下ろしてくる仁がいた。

「どうして、ここが……」
「それは後で。ボーイ、迷惑をかけてすまない。キャンセル料込みで全額払うからこの部屋から出ていってくれないか」
「えっ、ですが……」
「頼む。何なら倍の料金でもいい」

 有無を言わせない仁の言葉にボーイは戸惑いながらも従うしかなかったようで、規約通りの金を受け取ると荷物を持ってそのまま部屋の外へ出ていってしまった。その背中を見送った仁は一八の元へ歩み寄り、そして腕を掴んで浴室から引きずり出した。

「いッ!何を……!?」
「少し黙ってくれ」

 冷徹に言い放つと同時に一八の頬を平手打ちする。バチンという乾いた音と共に一八の体はベッドの上に投げ出された。

「ぐぅ……ッ!」

 ジンジンとした痛みと共に熱を持つ左頬をさすろうとして両手首が頭上へ持っていかれる。無理矢理起き上がろうとする一八を仁は馬乗りになって押さえつけた。体重をかけながら顔を近づけ、目線を合わせられる。

「父さん、巫山戯るのも大概にしてくれ」

 軽蔑を含んだ瞳で見つめられて、心臓が大きく跳ねる。

「俺はずっと信じていたのに。万が一でもこんなことをする人だなんて思ってもいなかった」
「ちが、違うッ!」
「違わない。現に父さんはこうして男を誘っているだろう」
「誘ってなんて……いいから離せ!」
「息子に押し倒されて“誘っていない”なんて言われても無理だ。ここまで来て息子にそういう目で見られている、ことを否定するのか?」

 そんなわけないだろう、と怒鳴りたくなった。自分に恋愛感情を持っていることなんて何ヶ月も前から知っている。なんなら数値化されて見えているのだ。

「言っておくけど、俺は抜くとき父さんのことを思っている。父さんが他の男のものになると考えただけで気が狂いそうになる」
「……は、ぁ……」
「叔父さんたちは父さんを性的な目で見ているし、クラウドだって父さんの虜だ。それなのに俺だけ除け者か?ふざけるな」
「……じ、ん」
「父さんを監禁して、俺しか見えないようにして、孕ませて、死ぬまで傍に置いておきたい」

 好感度も危険度もバグりすぎて何も見えない。

「なあ父さん、このままじゃ俺の気持ちが収まらないんだ。父さんには悪いと思っているけれど、でもこうなった以上もう止まれない。だから、」
「仁!」
「殺したい。憎くて、殺したくて……大好き」

 不穏な言葉とともにシャツのボタンがブチリと乱暴に千切られベッドの外へ消えていった。仁の視線は獲物を狙う獣のようにギラついており、これから自分が犯されてしまう、というのが手にとるようにわかってしまう。
 胸の突起が露になると外気に触れてピクピクと立っていた。その反応に満足しているのか仁の口角が上がる。

「やめろ、こんなの間違っている……」
「大丈夫。父さんが俺のものになるまで抱くだけだから。その後は俺に全部任せてくれ」
「だから、貴様のものになんかならないと言って……!」
「なるんだ」

 冷たい声とともに仁の指が突起をピンと弾いた。それだけの刺激で甘い痺れが全身に走る。

「や、やめッ」
「乳首触られただけで感じるなんて本当に初めてなのか?」
「ひっ、あ」
「どっちにしろ淫乱だな、父さん」

 爪を立てて引っ掻かれ押し潰され摘まれる。それだけで腰がビクビクと浮いてしまう。抵抗しようにも両手首を押さえつけられていてどうすることもできない。そもそもこの状態で抵抗できるほど力が残っているはずもなく。
 快楽から逃れようと身を捩らせるが逆に仁の加虐心を煽ったらしく、両手首を解放されたかと思うと左右同時に強くつねられてしまった。 

「いッ!あ、あァ!!」
「気持ちいい?そうだよな、父さんはマゾヒストだもんな」
「ひ、やだ、じん、やめ、ろ」
「止めない」
「うぅ……ッ」
「泣いても無駄だ。止めるつもりは一切ない。──お前を殺すま、で」

 そう言うと仁は一八の首筋に顔を埋めた。生暖かい舌で舐められ、チクリとした痛みと共に皮膚を吸われる感覚。
 痕を、付けられた。

「父さん、愛してる」
「い、やだ……ッ」
「いやいや言うだけで抵抗しないのは肯定と捉えていいのか?まあいい、今はこれで我慢しておく」

 胸の突起をまた摘まれ快楽に揺れる。そこが赤く染まってピンと天に向かって立つまで責められた頃には意識も理性もほとんど残っていなかった。

「あッ……じ、ん、じん」
「うん、父さん。俺はここにいるよ」
「ん……」

 クシャリと頭を撫でられることすら快楽で、もう何もかも仁に染まっている。後孔のあたりを触られると耳元で仁が囁く。

「父さん、ここに挿れてもいいよな。俺のコレを中にぶち込んで奥の奥まで犯すんだ」

 ズボン越しに勃起した性器を握らされる。ドクンドクンという鼓動が伝わってきて、それが自分のものなのか、それとも仁のものなのかすらわからなくなる。
 ああ、もう自分は──

「挿れて……仁のやつで、めちゃくちゃにして……」

 ニコリとした仁の笑顔で何もかもどうでもよくなる。
 獣のような親子が元に戻る術もなく、ただひたすらに互いを求め合う。それだけで一八は満たされるのだ。
 仁の心の後ろにある殺意がふつふつと煮立っているのも知らぬまま。


【仁√バッドエンド⑥ 獣のまぐわい】

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 こんなときにいったい誰だとスマホの着信画面をみるとそこには“セフィロス”と表示されている。

「……」

 出ないのも1つの手だろう。しかし出るか出ないか迷う前に手が勝手に動いて通話ボタンを押していた。

「……三島だ」
『セフィロスだ。電話越しの会話は久しぶりだな』

 聞こえてきた声の主は、前世の一八が唯一愛した男、セフィロスの声。それにホッとしたのは事実だ。

「ああ、そうだな。何かあったか?」
『いや、特に用はない。ただお前の声が聞きたかっただけだ。……最近、どうだ?』
「それなりだ。その口振りだと貴様も順調らしいな」
『お前のおかげだ』
「何言っているんだ」

 他愛の無い談笑。それが心地よくてつい本来の目的を忘れて会話を続けてしまう。

「……すまない、そろそろ切る」
『そうか。お前の声が聞けてよかった。……ありがとう』
「ああ、俺こそ……」

 礼を言いかけたとき、不意に視界の端に映り込んでくるもの。それは鏡に写るこれから抱かれる男、醜い感情で顔を歪めている、自分の姿。
 それを認識した瞬間、急に吐き気が込み上げてきて思わず口を手で覆った。

(俺は今何をしようとしていた?前世の男と話をしながら、男を受け入れる準備をしていたのか?)

 グチャリとミキサーで掻き回されるような気分の悪さが襲ってくる。

 ──本当にいいのか?
 
 先程まで考えていたことがフラッシュバックする。

 ──それでいいのか?いいに決まって──

『……ズヤ、カズヤ!』
「ッ!」

 電話の向こう側から聞こえる、己の名前を呼ぶセフィロスの声。絶望にも救いにも聞こえるそれに、心は語りかける。

 本当にいいのか、と。

『カズヤ!』
「いいわけ、ないだろう!!」

 気づけば叫んでいた。目の前には鏡があるというのに目線は下を向いていて。それでも構わず電話口に叫ぶ。

「怖い、怖いんだ。お前をそういう目で見てしまうことも、仁や超狼に殺意を抱いてしまうことも何もかも!全部忘れたい、前世の記憶なんて要らない、今のこの人生だけでいい。……助けてくれ、セフィロス。俺は……おれは、どうすれば、良い?」

 最後の方は涙声で上手く言えていたかどうかすら怪しいが、もうこれだけ吐き出せれば十分だった。言い終わったあとの沈黙が永遠に感じられた頃、浴室の扉がバンと開いた。

「ミシマ様!何かありましたでしょうか!?」

 ボーイの心配そうな顔を見て我に帰る。自分は一体、何を言って。

『カズヤ、今いる場所を教えろ。教えなくてもスマホのGPSで突き止めるが』

 電話口から聞こえる、怒っているような切羽詰まっているようなセフィロスの声。
それを聞いてハッとする。

「……わかった。ホテルだ、○○区の××のところにあるラブホ、△△号室だ」
『すぐ行く。待っていろ』

 ブツッと音を立てて切れた電話。逃げるつもりは、もうない。

「悪い、キャンセル料込みで全額支払う。釣りはいらん」
「あ、あのミシマさん?」
「だから今日の予約は取り消して、この部屋を譲ってくれ。頼む」

 ボーイに頭を下げると彼も色々と察したのか金額分受け取ると一八に部屋のカードキーを渡し一礼して出ていった。釣りはいらないと言ったのに金額分だけ受け取るあたり、根が真面目なのだろう。余計に申し訳なくなった。

「セフィロス……」

 ベッドの上で膝を抱えセフィロスを待つ。もやりもやりと脳裏に浮かぶのは前世のセフィロス、ではなく今世で出会ったセフィロス。
 思い返せば水族館に行ったり色々あって着ることになったウエディングドレスを見られたり、その側にいたのはいつもセフィロスだった。
 それが嬉しくもあり、同時に辛い。今までの行動から鑑みるにセフィロスは前世のことを覚えていなくとも一八を変わらず愛してくれるだろう。だが彼の行動は彼自身の前世に影響されている気がするのだ。もし彼が前世を思い出してそれを指針に行動するようなことがあれば、自分は彼を前世なしに愛せるだろうか。
 そんなことを考えているうちにトントン、とノックの音がする。慌てて扉を開けるとそこには息を乱し汗だくになったセフィロスの姿があった。
 いつも余裕綽々の青い目が今は不安げに揺れており、それがまた可愛らしくて愛おしいと思った瞬間、抱き寄せられる。

「何でこんなこと、したんだ」
「悪かった、セフィロス」
「悪かったと思うならこんなことしないでくれ。心臓がいくつあっても足りない」

 更に力強くギュッと抱きしめられる。セフィロスの鼓動が早鐘を打っていることに気づいて、それが自分のせいだと思うと言いようのない優越感に浸れた。
 好感度も危険度も今は無視して、この鼓動に溺れる。

「ここは狭いな。ベッドにいかないか」
「そうだな、ッと」
「!」

 急に身体が宙に浮いて視界が変わる。一瞬の浮遊感の後、セフィロスの顔がいつの間にか迫ってきていた。所謂お姫様抱っこをされていた。

「……嫌か」 

 そんな迷子の子どものような顔で言われたら何も言えなくなる。そのままベッドに大人しく運ばれ優しく横たえられるとセフィロスが上から覆い被さってくる。
 目が、鼻が、唇が、頬があと数センチでくっつく距離。お互いに顔を熱くさせ数十秒見つめ合った後、一八は舌先を出した。するとセフィロスも同じように舌先を伸ばして飴を舐めるようにつついてきた。

「んぅ……ふぁ……」
「は……かずや……んむ……」

 互いの口内を貪るように舌が絡み合う。呼吸が苦しくなるくらいのキスが妙に心地よい。この部屋に響くのは布擦れと唾液の絡み合う音、そして名前を呼び合う声。しばらくして口を離すと唾液で出来た銀糸が伸びてプツンと切れる。
 それを名残惜しそうに見つめるとセフィロスも同じ気持ちだったのかまた顔を寄せてくる。
 ああ、このまま溶けてしまいたい。

「……カズヤ」 

 セフィロスが耳元で囁く。吐息交じりの声で腰にゾクリとした感覚が走る。

「お前は私のものだ」

 またも唇が重なり合う。厭らしい水音を立てながら何度も角度を変えて。歯列をなぞって頬の内側をつついて上顎を撫ぜられて。
 酸欠になった頃には胸の突起も陰茎も完全に勃ち上がっていた。それを見てセフィロスは満足気に笑うと頭を撫でてくれた。
 これからセフィロスはどうするつもりなのか。前世の記憶を取り戻すつもりなのか、それとも今世の関係を続けるつもりなのか。前者であればもう逃げられない。後者であってももう逃げる気はない。
 だから懸命に言の葉を紡ぐ。

「好きだ、セフィロス。今の貴様が大好きだ」

 その言葉を聞いたセフィロスは目を見開く。そして泣きそうな表情になり、その後笑った。それは今まで見た中でもとびきり一番の、とても綺麗な笑顔だった。


【セフィロス√トゥルーエンドフラグ⑧ 達成】
【以降、セフィロス√へと突入】

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「……誰だこんなときに……」

 舌打ちを一つ打ってからスマホを取り、着信画面を見ると『荳牙ウカ諡ウ』と文字化けした名前が表示されていた。その不気味さに着信拒否しようとした瞬間、ぐわん、と視界が揺れた。

(なんだ、これは)

 地震か、と一瞬思ったが違う。まるで視界だけが揺さぶられているような──例えるなら脳みそを直接シェイクされているような感じだ。

(しぬ……)

 ぐらつく頭を手で押さえながら必死に倒れまいとするが無駄な抵抗だった。平衡感覚が失われ、体が傾く。そのまま受け身を取ることもできずに床に倒れた。

「……シマさん、……さ、……」
「……っ……だい、じょ……ぶ」

 慌てて入ってきたであろうボーイの呼びかけに返事をして起き上がろうとするが体に力が入らない。指一本動かせないまま意識がゆっくりとどこか、遠い世界へ連れていかれる感覚を覚えながら、目を閉じてしまった。





「アンタはいつも突然だよな」

 聞き覚えのある声と見慣れぬ天井に一八の意識は急速に覚醒する。声の主に「そんな急に起き上がるな」と制止され、渋々横になったままでいるとクスリと安心したような笑い声が聞こえた。

「……ここは?」
「俺のセーフティハウスだ」

 視線を向けるとそこには見知った瓜二つの顔、三島拳がいた。左手を器用に使ってコップに水を注ぐとベッドのサイドテーブルに置いた。

「俺をどうしてここに連れてきた」
「どうしても何も、アンタこの近くの森でぶっ倒れていたんだぜ?普通なら無視するが、ま、アンタだし助けてやったんだ」
「……そうか」
「感謝しろよ?」
「助かった」
「素直なお礼はいいもんだな」

 ゆっくりと体を起こされ、水の入ったコップを口に当てられる。少しずつ流し込まれる冷たい水が乾いた喉を潤していくのを感じながら一気に飲み干し、ふう、と息をつくと微笑まれた。

「ちゃんと動けるか?」

 そう聞かれとりあえず手を動かしてみると指に痺れが走り、些か動かしづらい。足も同様で立ち上がるには少し時間がかかりそうだ。

「微妙だな。少しここで休ませてくれ」
「それはいいが……アンタいつも突然消えるのどうにかならないのか?」
「色々事情があるんだ」
「またそれかよ。まあいいぜ。心ゆくまで休んでけ」

 拳がキッチンと思しき場所に向かってから一八はここに来るまでのことを思い出す。確か自分はラブホテルに行ってボーイに犯される予定だった。そこに変な電話がかかってきて意識を失い、三島拳によってここに運び込まれたのだ。
 記憶に問題はなし。意識を失ったことでいつも通り三島拳のいる世界に来てしまったのだろうと結論づけた。
 そうとわかれば考えることを一旦放棄して布団に潜り込んだ。まだ体の怠さが抜けないのか、眠気が襲ってくる。

(夢の中で眠くなる……なんてな)

 ふわあ、と欠伸をするとすぐに睡魔に負けてしまい一八は眠りについた。
 それから数時間ほど経っただろうか。目が覚めるとベッド脇の椅子に座って眠る拳の顔があった。瓜二つの寝顔を見ると、自分もこんな顔で寝ていたのだろうかと感心してしまう。

(……不思議なものだな)

 布団に潜り込んだままじっと寝顔を見つめていると気配を感じたのか、拳がうっすらと目を開いた。

「起きたか」
「あ、悪いな一八。起こしたか」
「いや別に。このベッドは貴様のものだろう。交代するか?」
「何言ってんだ。病人を床で寝かせるやつがいるかよ。それより腹減ってねえか?」

 そう言われて腹をさすれば確かに胃が空いている。もう少ししたら腹の虫が鳴いていたかもしれない。

「その様子じゃ空いているだろ。そうだと思って作っておいたんだ。ちょっと待っててくれ」

 拳が立ち上がりキッチンと思しき方へと向かいすぐに帰ってくる。その手には椀があり、中身を見ると卵がゆが入っていた。

「食欲はあるみたいだな。ゆっくり食えよ」

 スプーンを手渡され受け取るとそのまま一口、口に運ぶ。口いっぱいに優しい塩味と卵のまろやかな甘みが広がった。

「美味いな」
「そりゃどうも。もっと食べたいなら言ってくれ。おかわりあるから」

 促されるまま食べていけばすぐに椀が空になる。それを見た拳は嬉しそうに笑った。

「それだけ食べられりゃ大丈夫だな?手と足は?」
「ん、問題なさそうだ」

 眠りについたことで疲労がとれたのか手足の痺れはすっかり取れていた。ゆっくりと体を起こし軽くストレッチをする。その様子を見た拳が安堵のため息をついた。

「いや本当にびっくりしたぜ。何か森の様子が変だと思って外に出たらアンタが倒れているし呼びかけても起きねぇし……疲れていたのか?」

 その言葉にハッとした。疲れていた、のは事実だろう。実際、心はかなり摩耗していた。男に抱かれて前世の自分に嫌がらせをしようなんてよく考えれば正気の沙汰でないと今更ながら思う。
 それでもそうしないといけないほど心が疲れていたのが正直なところだった。

「そうだな。貴様の言うとおり疲れていた。色々と、な」
「そうか。疲れていたならそれでいいけど、変なことするなよ」
「いや、変なことをしようとしていた」
「は?」

 キョトンとする拳に一八は自嘲した。あそこで一歩、踏んではいけないことをしようとした自分がどうしようもなく醜い。結局未遂に終わったとはいえ、行きずりの男抱かれるなんて行為をしようとしてしまったのだから。
 ポタポタと急に布団の上へ落ちてきた水滴を不思議そうに見ていると目元に拳の指が触れた。

「何で泣いているんだよ」
「泣く……?」

 指摘されて初めて気づいた。頬を流れる涙に。どうして涙を流しているのかわからない。それどころか涙を流していることを自覚した瞬間、もっと泣けと言わんばかりにどんどんと溢れてくる。止まらない。嗚咽も漏れる。
 理由のわからない涙に混乱して布団に縋ると拳が背中を優しく撫でてくれた。ポンポンとリズミカルにゆっくり、子どもをあやすように。

「泣くならとことん泣こうぜ。俺が側にいるから」
「……う……ぐっ……」

 声を押し殺してひたすら泣き続ける。その間ずっと拳は側にいて、それがまた一八の心を揺さぶっていた。
 ようやく落ち着いてきた頃。しゃくりあげる声を止め、鼻をズズッと啜るとティッシュが差し出される。

「落ち着いたか?」
「ああ」

 受け取ったティッシュで目尻を拭き取り鼻をかんで、改めて拳を見る。彼は何も聞かずただ側にいただけ。それは今の自分にとってとてもありがたかった。

「こんな目ぇ真っ赤にして、逆に笑えるぞ」
「うるさい」

 言われなくともひどい顔をしているのはわかる。1つ息を吐いて呼吸を整えるとやっと冷静になれた。

「その顔、俺以外に見せるなよ。変な気を起こす輩が寄ってきそうだ」
「何馬鹿なことを」

 そんなの貴様以外に8人もいる、と心の中で付け足して拳に改めて向き合う。オニキス色の瞳を見つめれば吸い込まれそうになってそれが心地よくて、静かに口を開いてしまった。

「俺がここに、この世界にいたいと言ったら、貴様はどうする?」

 投げかけた質問に拳は少し目を丸くした。そして苦笑いを浮かべて一八の頭をわしゃっと乱暴に撫で回す。その行動の意味がわからなくてされるがままになり、顔を上げれば困ったような笑みを浮かべている拳の姿がある。

「そんなこと簡単に言うな。……一生縛り付けたくなるだろ」

 赤く腫れた瞼に落ちる唇の感触がくすぐったくて思わず身を捩る。そのまま額にも落ちて、次に耳元に、頬に触れていく。

「ん……ッ」

 思わず息を漏らせば拳は獲物を見つけた狩人のようにギラギラとした目を向けてきて背筋がふるりと震え上がった。そのまま首筋に口づけられると湿ったものが這っていく感覚にゾクゾクする。
 このままではマズイと思い一八は彼の胸板を押すがびくともしない。それどころか抵抗すればするほど強く抱きしめられて身動きが取れなくなる。

「やっと見つけたんだよ、運命ってやつ。逃がすつもりはないから覚悟しろよ」

 運命なんて壮大な言葉、そう簡単に使うなと言いたくても強い瞳の前では何も言えなくなってしまう。

「愛してる、アンタのことを」

 真っ直ぐに見据えられたまま告げられると唇が一瞬重ねられ、すぐに離れていった。それを名残惜しそうにしている自分に気づくと羞恥心が湧き上がってくる。その勢いのまま拳の胸に顔を埋めれば大きな手が頭に乗せられた。

「本気か貴様」
「これが本気じゃなきゃなんだっていうんだ」
「大概、貴様も大馬鹿だな」
「大馬鹿で結構。…………もう1回、してもいいか」

 言われるがままコクリと頷くと今度は口腔内に深く舌を捩じ込まれ絡め取られる。先程とは違う荒々しいそれに翻弄されながら舌を動かせばさらに貪るように求められた。
 やがて唇が離れ、銀糸が2人の間をつぅ、と繋いで切れる。肩で大きく息をしながら拳を見れば満足気に微笑んでいた。

「好きだぜ、アンタのこと」
「……俺も……嫌いではない」
「はぁ?そこは好きって言ってくれる流れじゃないのかよ」
「そんな流れは知らん」
「まあいいけど。そのうち言わせてやるし」

 拳の言葉に口角を上げた瞬間、意識と体がふわりと連れて行かれる感覚を覚える。なんてったってこのタイミングで、と舌打ちすると拳も同じ考えなのか悔しそうな表情をしている。

「あー……時間切れか」
「みたいだな」

 もう少し一緒にいたかった。そんな思いが交差する中、視界が徐々に白んでいく。

「次会う時は恋人同士だから、覚えておけよ」
「……気が向いたら、な」

 最後に見えた拳の顔は悔しそうながらも笑顔だった。それを見た一八は小さく笑う。そうして白い光に完全に包まれ、拳のいる世界から去った。


 


 目が覚めると消毒液の匂いが鼻についた。ゆっくりと体を起こして周りを見るとそこは病室らしい。ベッドの隣には点滴台が置かれていて、そこから伸びる管が自分の腕に繋がっている。
 自分の身に何が起こったのかは大体わかった。ラブホテルで倒れてそのままここに運び込まれたのだろう。その間意識は拳のいる世界にいただろうが。
 改めて拳と向き合ったときのことを思い出し、顔が熱くなる。

「馬鹿か俺は……」

 あんな恥ずかしいことを言ったり感情のまま泣いたりして、まるで情緒不安定な子どもじゃないかとのたうち回りたくなる。
 けれど温もりが嫌いなわけではなく寧ろ安心して──

「もう知らん、知らんからな」

 誰に向けたのかわからない言葉を宙に吐き、不貞腐れて目を閉じる。今すぐにでも会いたいなんて思っていない、なんて言い訳をしながら一八は眠りに落ちた。
 後のことは、夢の中で。


【拳√フラグ⑦ 達成】

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【イベント概要】

・ボーイとの待ち合わせ日に一番好感度の高かった攻略対象がイベントに登場しフラグを立てる。なお介入してくるタイミングは好感度と危険度に比例する
・バッドエンド分岐点は『自分の弱い部分を見せられるか否か』にある。仁√以外ではそれができたので回避。仁√では電話を強引に切ったことで危険度が高まり、仁が話を聞かない暴走状態に陥った。ここで強引に抵抗して気持ちを伝えれば通常√に戻ったのだが……
・このイベントで『自分がどのように、どんなことで不安に陥っている』かを攻略対象に伝えると個別√に突入する。今回のセフィロス√はそれにあたる
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