高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2023年06月15日 23:30    文字数:9,982

2こ目;僕は君の宝物 第2話

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2021年6月18日にアップした第2話です。
>>>>>>
蒼生くん、中学生になった頃の走馬灯。
ちょっと周りの人間関係に動きが出始めて、本人も少々戸惑う感じ?

【今日の注意事項】軽微な自慰表現があります。ちょっとだけ。
1 / 1
 中学生になって、僕はひとり部屋をもらった。
 もともと下の兄の緑と一緒の部屋で、僕が中学に入るのと兄の高校入学がちょうど重なるから、その時に部屋を分けようという約束だった。みどりちゃんには元の部屋、僕には父の書斎が割り当てられる予定だったんだけど、ダメもとで屋根裏部屋がほしいって言ったらすんなり通ってしまった。屋根裏っていっても天井の一部が斜めになってる場所があるくらいの普通の部屋だ。ここは最初子供部屋にしようとしていたらしいんだけど、3階だから小さな子供の部屋にするにしては目が届かない、階段を上って行くのが面倒、などの理由でいつの間にか物置部屋になっていた。でもさすがに中学生なら目が届かなくても問題ないでしょうって全会一致で決定したんだ。ちょっとこうちゃんだけは羨ましそうにしてたけど、自分の部屋のが広いので納得したらしい。みどりちゃんは特に何も言わなかった。いらないものを整理するのにだいぶ手伝ったけど、念願の部屋を手に入れられたので満足だ。
 少し面倒なのは、階下の声が聞こえないことかな。一応インターフォン機能付きの子機を部屋に置いたから呼ばれる時はこれで十分なんだけど、朝起きる時に声をかけてもらえないから、これからはちゃんと目覚まし時計で起きなくちゃ。でもなんだか一人前っぽいな。
 部屋をもらったことで変わったことと言えば、あと……。
「蒼生おっはよー」
 ドアを開ける音と同時に元気な声。朝からテンション高いね。
「おはよう健ちゃん。もうすぐ支度できるよ」
「じゃあここで待ってるわ」
 すたすたと本棚に歩み寄り、お気に入りの漫画の本に手を伸ばした。そこまで時間はないと思うんだけどなあ。
 うん、変わったのはこれ。前は僕もリビングにいることが多かったし、自分の部屋にいてもみどりちゃんが一緒だったから、健ちゃんは遊びに来ると大声で僕を呼び出してた。それが、ここが僕の部屋になってからは、リビングに僕がいないと健ちゃんは勝手に僕の部屋に来るようになった。ノーアポ・ノーノックなのは最初からだ。最初はびっくりしたけど、人が上ると階段が結構な音量で軋むことに気が付いてからは、足音で健ちゃんだってわかるようになった。寺田家には最初から健ちゃんのひとり部屋があるから、たぶん自分の部屋の延長って感覚なのかな。
「お待たせ、行こう」
「ん」
 健ちゃんがぱっと笑う。


 僕と健ちゃんは、中学に入ってもやっぱり同じクラスだった。幼稚園に入ってから数えたら……もう10年め? 誰か操作でもしてるんじゃないかって思っちゃうよね。席は少し離れたけど、そのくらいならいつものことだ。どうせちょっと暇があるとすぐに近寄ってくるし。後ろから飛びついてくるもの相変わらずだし。
 小学校の時と違うのは、クラブが時間割の中に入ってこなくなったことだ。今まではそれぞれクラブで活動してても、時間が来たらどっちも終わりだったから帰りは一緒になったけど、中学はそうじゃない。クラブ活動は入っても入らなくてもどっちでもいいかわりに、放課後の複数曜日が活動日になる。入らなくてもいいんなら、と思って僕はどこにも入らなかった。特に入りたいところもなかったし、人間関係構築しなきゃいけなさそうで面倒だし。ただ、健ちゃんはやっぱりサッカー部に入った。朝練も放課後練もある部活。だから僕は、健ちゃんの部活がある日の放課後を、読書に充てることにした。さすがに朝練の日の登校は別だけど。
 突然教室の前のドアが開いた。担任の先生だ。
「お、野木沢か。寺田と遠山っているか?」
「寺田健太は今日は部活です。遠山さんは知りません」
「あー、そっかぁ……」
「どうかしました?」
 先生は頭を掻く。
「あの2人今日日直だったろ。放課後に資料整理手伝ってもらうよう頼んでたんだ」
 ははあ、健ちゃん、自分が部活なの忘れて引き受けたんだな。
「僕、手伝いますよ」
「本当か! 助かるわ!」
 僕は本に栞を挟んで立ち上がる。どうせ健ちゃんを待ってるんだ。健ちゃんの仕事を代わりに引き受けることくらいどうってことない。実際、先生と2人で作業したら割と簡単に終わってしまった。
 すっかり日が傾いた頃。廊下の遠くからばたばたと走る音が聞こえる。先生に見つかったらどやされるぞ?
 ガラガラ、勢いよく教室の後ろのドアが開いた。
「はー、今日もハードだった! 蒼生、帰ろうぜ!」
 その様子じゃまだ元気そうだけどね。

 僕は隣を歩く健ちゃんを見上げる。背、伸びたなあ。僕だって伸びてないわけじゃないけど、すっかり健ちゃんのほうが高い。昔は僕のほうが大きかったのに。たぶん小5くらいで完全に追い抜かされた。学ランの健ちゃんは、なんだか急に大人びて見える。
「ん?」
 あ、見てたのバレた。背が伸びたね、なんて言うのは悔しい気がするので、話をそらすことにする。
「入ったばっかりでも練習ってそんなハードなの?」
「ああ、部活? そうなんだよ、逆に最初だからなのかな、走り込みとかボール集めとか、とにかく走るやつが多くてさあ」
「そっか、最初は体力つけるとこから始めるんだね」
 運動部って大変だなあ。僕も体動かすことはそんなに嫌いじゃないけど、そんな本格的にやる気は一切ない。からっとして見えて、健ちゃんって根性あるもんな。すぐ諦める僕と違って。
「蒼生は部活入んなかったんだよな」
「うん。あんまりピンとくるのなかったから。でも2学期入ったら委員会に所属出来るでしょ。そしたら図書委員会に入ろうかなって」
「図書室に入り浸れるからか!」
「あはは、バレてる」
 ……そしたら、健ちゃんといる時間もズレていくんだろうなあ。そうやって徐々に独り立ちしていくんだな……。


 その日は暦上では初夏のくせに、いきなり真夏が来た? ってくらい暑い日だった。
 健ちゃんが部活だったので、僕は楽しみにしていた新刊に手を出すことにした。好きな推理小説のシリーズで、3年ぶりの新刊だ。父の本だけど、どうしても先に読みたいから借りてきちゃった。毎回警部の妹が事件に巻き込まれて最初はあたふたするものの、事件の真相の一端に触れたとたんに謎の推理力を発揮するのが面白いんだ。キーマンがいつも違う人なのは何か意味があるんじゃないかなって思ってる。目次をちらりと見て、事件の概要を想像する……。
「……くん。野木沢くん」
 僕の名前? 目をあげると、半開きのドアから女の子が覗いていた。知らない顔だ、と思う。でも僕の名前を知ってるってことは、知り合い?
「……誰か探してますか? ごめんなさい、今誰もいないんですけど」
 言うと、彼女は首を振った。あの、と小さな声で呟き、ドアの陰からゴミ箱を引っ張りだした。
「ごめんなさい、これ捨て忘れてて……重いから持てないんだけど、手伝ってくれますか」
 僕が? 他のクラスの? なんで?
「いいですよ。えっと……」
「あ、私、隣のクラスの遠藤です。遠藤オリエ」
 やっぱり知らない人だ。僕は大きなゴミ箱の持ち手を掴む。彼女は反対側を掴んだ。
 それでも名前を覚えられているということは何か接点があったんじゃないかと考えているうちに、ゴミ捨て場のある校舎裏に出た。そこまで会話はなかった。共通する会話があるのかどうかもわからなかったから、黙ったままの彼女に合わせて僕も喋らなかった。
 ここの角を曲がればゴミ捨て場、というところで急に彼女が立ち止まる。彼女の手からゴミ箱が離れてがこんと落ちた。衝撃は僕の手にだけ来る。
「遠藤さん?」
 急に俯く彼女とは、僕が一歩先に進んだだけの距離があった。あの、とさっきよりさらに小さい声。
「あの……私、野木沢くんのことが好きです。よかったら……付き合ってくれませんか」
 ……は。
 こういうの、別に初めてじゃない。突然なんの脈絡もなく呼び出されることは何度かあった。でもゴミ箱片手は初めてだな。
「……何で僕?」
「野木沢くん、いつも笑ってて……すごく優しくていい人そうだなって、ずっと見てました!」
 笑ってたから、御しやすそうだと思われたかな。僕なんて低い照準に合わせなくてもいいのに。
「ありがとう。……でも、ごめんなさい」
「えっ」
「気持ちはありがたいんだけど、まだ僕お付き合いとか、そういうの考えたことないので……」
「そ……そう……ですか……」
 彼女はざりっと後ずさる。そのまま顔を覆ったかと思うと、ぱっと踵を返して走り去って行った。
 罪悪感がないかと言えば、めちゃくちゃある。人を傷付けてる自覚もある。だからと言って付き合いたくないのに付き合うなんて言えない。人を傷付けてる自分がいやだ。なんで放っておいてくれないんだろう。僕のことなんて放っておいてほしい。僕には、誰もいらない。
 僕は大きく溜め息をついた。
 隣のクラスのゴミ箱、僕が片付けるんだぁ……。

 気が晴れないまま家に帰ると、珍しくこうちゃんがリビングでだらだらしながらテレビを見ていた。大体いつも帰りは遅いのに。そして何故か、左の頬が赤かった。
「ただいま」
「おっ。おかえり」
「今日は帰ってくるの早いんだね。あと、ほっぺどうしたの?」
「それがさ蒼生、聞いてくれよー。彼女を前の彼女の名前で呼んじゃったらさ、ぱしーんって」
 あ、はい、そこまで聞いたら十分です。
 こうちゃんは豪華なパフェで許してもらったらしい。はー。やっぱ僕には無理だ、付き合うとか本当に無理。たぶんこのまま好きな人とか出来ずに終わるんだと思う。
 ……それをさらに実感する出来事がわずか1週間後に起こるとはさすがにその時には思ってなかった。


 たしか、きっかり1週間後だったと思う。
 前日予定があってひとりで帰った僕を翌朝迎えに来た健ちゃんの様子がなんかおかしかった。浮わっついているというか、落ち着かないというか。向き合う僕のほうが居心地の悪さを感じるくらい。何か言いたいことがあるみたいなのに、家を出るまで健ちゃんは口を割らなかった。
 ようやく口を開いたのは、家からずいぶん離れてからだ。
「あのさ、蒼生」
「何?」
「オレさ……」
「うん」
 ちょっと言いづらそうにあたりをきょろきょろ見回してた健ちゃんは、5歩歩くまでに決心を固めたようだった。
「オレ、彼女できた」
「そうなんだ、おめでとう!」
 反射的に言葉が出た。何か重大なことでも言い出すかと思ってたから、正直拍子抜けした。なんだ、そんなことか。
 健ちゃんはほっとしたように息を吐いた。
「喜んでくれてよかった~」
「そりゃあ大事な幼馴染みだもん。喜ぶでしょ」
「いやオレのほうが先に彼女作っちゃうとか文句言われるかと思った」
「言わないよ、そんなの」
「だよな、蒼生はそんなこと言わないもんな!」
 僕自身にはそういうのいらないけど、健ちゃんが幸せになるなら別にいいんだ。そんなの人それぞれだから。これで僕もお役御免ってやつだ。一抹のさみしさみたいな気持ちはあるのは否定できないものの、いつかこんな日が来るとは思ってた。
「隣のクラスに可愛いって評判の子がいてさ、ちょっと見て以来気になってたんだ」
 あ、詳細話す感じ? 僕、他人の恋愛話って興味ないんだけど。いくら健ちゃんの話だからって、ほんと苦手なので勘弁してほしい。
「で、思いきって告白してみたら、OKもらったんだ。蒼生も見たことあるかな、遠藤さんって」
 …………ん?
「誰だって?」
「遠藤さん。遠藤オリエちゃん」
 は?
 嬉しそうに話を続ける健ちゃん。ねえ、今、僕、声をあげなかったの誉められるべきだと思わない? それ先週聞いた名前なんだけど。
 え? 僕に告白して、翌週健ちゃんに告白されて、付き合うことにしたって? ああ、そう、切り替え早いんだ。すぐ次に行けるんだ。そっか、そういうものなんだ。
 僕は初めて健ちゃんの話を聞きたくない、と思った。

 経緯を聞いた時には混乱したけど、僕は落ち着いて受け止めることにした。だってこれは僕の問題で、健ちゃんには関係がないことだ。健ちゃんが幸せならどうだっていい。
 その日は部活のある日だった。教室を出て行く健ちゃんの背中を見送った僕は、そのまま鞄を持った。一緒に帰る特権はもう僕のものじゃない。
 家に帰ると母が目を丸くした。
「あら蒼生、早いじゃない。今日健太くん部活お休みだったの?」
「ううん。たぶん今も部活中」
「珍しいわね、喧嘩でもした?」
「してないよ。……健ちゃん、彼女出来たんだって。だから彼女と帰ると思うよ」
「! 健太くんに! あらら、そう! もうそんな年頃なのねえ。蒼生はそういう話ないの?」
「ないよ。これからもないよ」
「さては健太くんに先越されて拗ねてるな~?」
 そういうことじゃない。はずだ。たぶん。だけどなにか胸の奥で燻っているのは確かだ。でなければ、仲良し隣家の息子の初彼女を僕が暴露するはずがない。言うべきじゃないのはわかってた。でもぶちまけたかった。なんかもう、机の上にあるものを全部叩き落としたい。片付けが面倒だからやらないけど。
 冷静、冷静だ。落ち着け、僕。たぶん人間の心が1週間で変わることに動揺してるだけだ。きっとそうだ。
「ごはん前に課題やっちゃうね」
「はい頑張ってらっしゃい」
 僕は意識して廊下をゆっくり進み、階段をゆっくり上った。ドアも静かに開けた。閉める音もとても静かだったと思う。ただ、持っていた鞄をベッドに叩きつけた。これくらいは許されるはずだ。
 深呼吸して教科書とノートを広げる。今日は数式で頭をいっぱいにしよう。そうしよう。

 課題にメドがついた頃。階段が軋む速度がいつもより早いな、と思っていると、すごい勢いでドアが開いた。
「蒼生っ!」
 振り向くより早く健ちゃんが飛び付いてきた。
「おかえり」
「ただいま……じゃない、なんで先帰ってんだよ! どっか具合でも悪かった!?」
「え? ううん」
「課題あるから!?」
「ううん」
「それじゃなんで!?」
 なんでって……。変なこと言うなあ。
「そりゃあ彼女が出来たんだから、登下校は彼女としたいんじゃないの?」
 僕はごく当然のことを言ったつもりだった。なのに、健ちゃんは怪訝な顔をする。彼女ってことは好きな人でしょ。そういう人とはずっと一緒にいたいものなんじゃない? 僕はよくわからないけど、本の中の恋人同士はそんな感じだからそういうものなんだと思う。
「登下校は彼女と……が自然?」
「そうだと思うけど」
「オレが蒼生を怒らせちゃったとか嫌われちゃったとかでは?」
「ないね」
 そっか、と健ちゃんが呟く。なんなんだろう、あんまり納得がいったような顔には見えなかった。健ちゃんもお付き合い初めてだから、まだ混乱してるのかも知れない。
 そういえば、さっきまでの訳のわからない苛立ちが、今はちょっと落ち着いてる。……僕も自分がよくわからない。なんなんだろう。


 それからの健ちゃんは、ほとんどの日をたぶん彼女と帰ったと思う。あえて探そうとは思わなかったので、詳しくは知らない。
 登下校が別になったくらいで教室にいる時は一緒だったし、家にも普通に遊びに来るし、極端に過ごす時間が減ったとかはないと思う。でもやっぱりどこかぎくしゃくしてるような気がする。
 それはもしかすると、僕が健ちゃんの話を真剣に聞かなくなったせいもあるのかな。だって健ちゃんの話が、まあ仕方ないんだけど、彼女の話題になることが多くなって。恋愛話自体が苦手な僕にはどうしてもしんどくなっていったからだ。
 ただ、あの、
「実はファーストキスしちゃった」
 という報告には大変申し訳なく思った。ごめん……本当の相手は僕……。本当に申し訳ない……。せめてこのまま知らないままでいてほしい。
 そしてテスト期間に入ってバタバタしたまま特に何事もなく夏休みに入った。とりあえず、僕に時間が出来たことは確かだ。家族旅行以外に予定がないんだから、これまでどれだけ健ちゃんと一緒に過ごしてたんだって話だよね。夏休みの宿題があってよかった。やることがあるのがこんなにありがたいとはなあ。
 それでも余った時間はボーナスタイムだ。好きなだけ本読んで過ごすことにする。だから逆にラッキーだったかもしれない。今まで読んでないジャンルにも手を出してやるんだ。僕は書斎の隅にある本棚の前にしゃがみ込む。このへんは古い雑学の本が埃をかぶったままで積んである。前に見た時にはさすがに難しかったんだけど、そろそろ平気じゃないかな。
 と、その近くに新しめの本が数冊あるのに気が付いた。入りきらなくなった本だろうか。手に取ると、少女探偵もの……? へえ、面白そう。シリーズで何冊か出てるんだ。これ読んでみよう。僕はそれをシリーズごと抜き取ると、部屋に持って帰った。
 表紙は油絵の風景画だったけど、読み始めると結構軽く読める文体だな。中学生の女の子が主役だからなのかも。最初は巻き込まれるだけで大騒ぎするのはこの前読んだシリーズに通じるところがある。こういうの好きだなあ。なるほど、メインはこの子だけど、助言してくれるお兄さんが重要な役割を果たしてるんだ。優しいお兄さんで、クラスメイトの男の子と恋人同士で……。
 ん?
 あー……、なるほど? そっか、そういうこともあるのか。今まで色々本は読んできたけど同性とお付き合いしてるキャラクターが出てきたのは初めてだったから、ちょっと面食らった。いや話には聞いたことあるけど、実際に会ったことはまだないし……。でもそういうの自由だもんね、うん。
 ちょっと思考が止まる。本当、下世話で申し訳ないんだけど。色々、手当たり次第、こう、本とか読んでると、その。どうしても耳年増になりましてね。年齢の割にはちゃんとした知識があるほうだと思うんですよ。僕が誰かとどうなることはないと思うんだけど、その、人体の仕組みだとか生命の誕生とかそれにまつわる色々? に、ついては、だいぶ理解してると思うんです。その上で、ちょっと考える。男の子同士のお付き合い?
 …………。
 …………。
 ……あー。そうか。そうか、うん。なるほど。
 できるか。うん、できるな。なるほどなるほどそういうことね。
 はー、そう……。
 …………。
 でもさ、ほら、そういうために出来てないでしょ? なんかしんどそうなだけな気がするんだけど、あれか、精神的な満足感とかそういう……こと? やばい。気になる。なんでこういう時に出てきちゃうんだよ、僕の好奇心……。
 落ち着いて、脳内の僕に話しかける。気になる僕と気にしないほうがいいんじゃないかって言う僕、一対一のサシの話し合いだ。
 そして協議の結果、「これから僕が誰とどうなるわけでもないのなら僕の体なんだから好きにしてみてもいいのではないか」という気になる僕の意見が通った。気にしないほうがいい僕からは何も異論が出なかった。
 ちょっとだけ。ちょっとだけならなんにも問題はない。
 掛け布団を足下のほうにまとめて山を作り、その陰にズボンとパンツを置いて、そのそばに座る。最悪布団をかぶってしまえる位置。壁に寄り掛かって、体育座りのように足を曲げる。それからそっと股間に手を伸ばした。
 ええ、耳年増で好奇心がそれなりにありますもので、こういうことは初めてじゃありません。でも、後ろに触るのはさすがに初めてだ。ちょっと勇気がいるから、前を触って勢いつけないと。
 手の中で、濡れた音がする。ふと、健ちゃんのことが頭をよぎった。長いことずっと一緒にいたなあ。ちっちゃい時からずっと一緒だったもん。でもこうやって少しずつ離れていくんだ。いたずら好きのする笑顔で僕を振り回してた健ちゃん。周りは僕たちのことをふたりで1セットみたいに扱った。健ちゃんはどう思うかわからないけど、僕はそれが嫌じゃなかった。2個イチの感覚で、僕も健ちゃんのことが大事だったのかな。健ちゃんは離れていく……でも僕はそれを見守るしか出来ないんだ。
 気付くと、指先がぬるぬるしていた。指同士をくっつけて離すと、粘って糸を引く。その濡れた中指を、後ろの、穴のところに滑らせる。皺の感じ。ぎゅっと口を閉じてるそこを、ちょっと撫でてみる。少しくすぐったいかな。……大丈夫かな。いいのかな。これ、本当に大丈夫かな。
 いや、誰に知られるわけじゃないし、いいや。僕は息を吐いて、指先に力を込めた。ぬる、とした感触で、意外にすんなりと指先が入った。親指で中指をさすると、たぶん第一関節まで入ったかな。んー。なるほど? 指先は軽い圧迫感。穴のほうは「なにかありますね」って感じ。ちょっとだけ指を動かしてみたけど、うーん? 体をよじると、力が入って指がぎゅっと締め付けられた。でもそのくらい。
 ……さすがにこれ以上は怖いな。うん、とりあえず指入れられるなってことがわかったから、今日はここまで。指は、入った時よりさらに簡単につるんと抜けた。
 なるほどと思ったけど、それだけなので、前は前で中途半端なのがしんどい。こっちは別途終わらせておこう。枕元から引き抜いたティッシュで指を拭き、改めて前に両手を添える。そろそろ夕方だ。夕飯の手伝いをしなきゃ。誰かが部屋に来ないとも限らない。怖いのは健ちゃんだ。すぐに僕の部屋に来るんだから。僕は廊下の、階段の音に耳を澄ます。ぎしりと音がした気がする、それは気のせいだ。健ちゃんが来たら困る。こんな僕の姿を見たらどう思うだろう。怖い。健ちゃんには知られちゃいけない。たぶん僕がこんなことしてるなんて、きっと健ちゃんは思わない。駄目。知られちゃ駄目。
 健ちゃんにはっ……。
「はあ…………」
 僕は再びティッシュを引き抜いた。

 夕飯の後、シャワーを浴びると僕はとっとと部屋に戻った。さっきの本の続きが気になってならなかったからだ。さっきはヨコシマな方向に脱線しちゃったけど、面白かったもんね。今日中に1冊目読み終えちゃいたい。それで内容を反芻しながら寝たい。
 お茶の入ったボトルを机に置き、その手前に本を広げる。とうとう事件解決の糸口が見え始めたぞ。1ページ、2ページと進めていく。盛り上がってきた。……まあ、物語でも何か起きるのはこういうタイミングなんだよね。
 きし、きし。足音。これは健ちゃんの足音だ。僕が振り向くのとドアが開くのはほぼ同時だった。
「蒼生~」
 あれ? 元気ないな。
「どしたの? 何かあった?」
 健ちゃんは力なく笑って、部屋の中にふらふらと入ってくる。真っ先に口を開かないなんてよっぽどのことがあったんだろうか。僕は立ち上がってカーペットの真ん中あたりで立ち止まった健ちゃんのところに歩み寄った。健ちゃんはすっと腕を上げると、真正面から抱きついてくる。なんだなんだ。
 様子がおかしいので、僕はあえて明るい声を出した。
「もう、健ちゃん。僕言ったでしょ、こういうことは彼女としなよって」
「別れた」
「え?」
「別れてきた」
 なんだって? 夏休みも半ばのこの時期に? えっ、だって付き合い始めたのってそんな前の話じゃないじゃん。
 はー。僕は心の中でだけ溜め息をついた。やっぱり世の中の恋愛感情なんてこんなもん? こんな簡単に終わっちゃうの? なんだよ。大騒ぎするだけばかみたいじゃないか。
「蒼生ぃ」
 肩口にぐりぐりと擦り寄る健ちゃん。
 うーん……。
 ……そうだよね、別れちゃったんだから、ショックだよね。初めてのお付き合いでうまくいかないこともあったんだろう。
 ぽんぽん、と背中を叩く。健ちゃんは腕にぎゅっと力を込めてきた。うん、淋しくなっちゃったのか。慰めてほしいんだな。
「大丈夫、そんな落ち込まないで」
「残りの夏休み、一緒に遊んでくれる?」
「うん、遊ぼうね」
「一緒に宿題やってくれる?」
「うん、僕もうほとんどやっちゃったけど」
「じゃあ教えて」
「いいよ。一緒にやろうね」
 よしよし、と背中をさする。顔は見えないけど、きっと悲しいんだよね。残りの夏休みは僕と一緒にいようね。
 僕は「4日だけお兄ちゃん」を実践しながら、心底今が夜でよかったと思った。ごめんね健ちゃん、昼間……あの時に健ちゃんが来なくて、本当によかったとか思ってる僕で本当にごめんね……! 僕の顔も見えない状態で、ほんと、助かった。
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2こ目;僕は君の宝物 第2話
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 中学生になって、僕はひとり部屋をもらった。
 もともと下の兄の緑と一緒の部屋で、僕が中学に入るのと兄の高校入学がちょうど重なるから、その時に部屋を分けようという約束だった。みどりちゃんには元の部屋、僕には父の書斎が割り当てられる予定だったんだけど、ダメもとで屋根裏部屋がほしいって言ったらすんなり通ってしまった。屋根裏っていっても天井の一部が斜めになってる場所があるくらいの普通の部屋だ。ここは最初子供部屋にしようとしていたらしいんだけど、3階だから小さな子供の部屋にするにしては目が届かない、階段を上って行くのが面倒、などの理由でいつの間にか物置部屋になっていた。でもさすがに中学生なら目が届かなくても問題ないでしょうって全会一致で決定したんだ。ちょっとこうちゃんだけは羨ましそうにしてたけど、自分の部屋のが広いので納得したらしい。みどりちゃんは特に何も言わなかった。いらないものを整理するのにだいぶ手伝ったけど、念願の部屋を手に入れられたので満足だ。
 少し面倒なのは、階下の声が聞こえないことかな。一応インターフォン機能付きの子機を部屋に置いたから呼ばれる時はこれで十分なんだけど、朝起きる時に声をかけてもらえないから、これからはちゃんと目覚まし時計で起きなくちゃ。でもなんだか一人前っぽいな。
 部屋をもらったことで変わったことと言えば、あと……。
「蒼生おっはよー」
 ドアを開ける音と同時に元気な声。朝からテンション高いね。
「おはよう健ちゃん。もうすぐ支度できるよ」
「じゃあここで待ってるわ」
 すたすたと本棚に歩み寄り、お気に入りの漫画の本に手を伸ばした。そこまで時間はないと思うんだけどなあ。
 うん、変わったのはこれ。前は僕もリビングにいることが多かったし、自分の部屋にいてもみどりちゃんが一緒だったから、健ちゃんは遊びに来ると大声で僕を呼び出してた。それが、ここが僕の部屋になってからは、リビングに僕がいないと健ちゃんは勝手に僕の部屋に来るようになった。ノーアポ・ノーノックなのは最初からだ。最初はびっくりしたけど、人が上ると階段が結構な音量で軋むことに気が付いてからは、足音で健ちゃんだってわかるようになった。寺田家には最初から健ちゃんのひとり部屋があるから、たぶん自分の部屋の延長って感覚なのかな。
「お待たせ、行こう」
「ん」
 健ちゃんがぱっと笑う。


 僕と健ちゃんは、中学に入ってもやっぱり同じクラスだった。幼稚園に入ってから数えたら……もう10年め? 誰か操作でもしてるんじゃないかって思っちゃうよね。席は少し離れたけど、そのくらいならいつものことだ。どうせちょっと暇があるとすぐに近寄ってくるし。後ろから飛びついてくるもの相変わらずだし。
 小学校の時と違うのは、クラブが時間割の中に入ってこなくなったことだ。今まではそれぞれクラブで活動してても、時間が来たらどっちも終わりだったから帰りは一緒になったけど、中学はそうじゃない。クラブ活動は入っても入らなくてもどっちでもいいかわりに、放課後の複数曜日が活動日になる。入らなくてもいいんなら、と思って僕はどこにも入らなかった。特に入りたいところもなかったし、人間関係構築しなきゃいけなさそうで面倒だし。ただ、健ちゃんはやっぱりサッカー部に入った。朝練も放課後練もある部活。だから僕は、健ちゃんの部活がある日の放課後を、読書に充てることにした。さすがに朝練の日の登校は別だけど。
 突然教室の前のドアが開いた。担任の先生だ。
「お、野木沢か。寺田と遠山っているか?」
「寺田健太は今日は部活です。遠山さんは知りません」
「あー、そっかぁ……」
「どうかしました?」
 先生は頭を掻く。
「あの2人今日日直だったろ。放課後に資料整理手伝ってもらうよう頼んでたんだ」
 ははあ、健ちゃん、自分が部活なの忘れて引き受けたんだな。
「僕、手伝いますよ」
「本当か! 助かるわ!」
 僕は本に栞を挟んで立ち上がる。どうせ健ちゃんを待ってるんだ。健ちゃんの仕事を代わりに引き受けることくらいどうってことない。実際、先生と2人で作業したら割と簡単に終わってしまった。
 すっかり日が傾いた頃。廊下の遠くからばたばたと走る音が聞こえる。先生に見つかったらどやされるぞ?
 ガラガラ、勢いよく教室の後ろのドアが開いた。
「はー、今日もハードだった! 蒼生、帰ろうぜ!」
 その様子じゃまだ元気そうだけどね。

 僕は隣を歩く健ちゃんを見上げる。背、伸びたなあ。僕だって伸びてないわけじゃないけど、すっかり健ちゃんのほうが高い。昔は僕のほうが大きかったのに。たぶん小5くらいで完全に追い抜かされた。学ランの健ちゃんは、なんだか急に大人びて見える。
「ん?」
 あ、見てたのバレた。背が伸びたね、なんて言うのは悔しい気がするので、話をそらすことにする。
「入ったばっかりでも練習ってそんなハードなの?」
「ああ、部活? そうなんだよ、逆に最初だからなのかな、走り込みとかボール集めとか、とにかく走るやつが多くてさあ」
「そっか、最初は体力つけるとこから始めるんだね」
 運動部って大変だなあ。僕も体動かすことはそんなに嫌いじゃないけど、そんな本格的にやる気は一切ない。からっとして見えて、健ちゃんって根性あるもんな。すぐ諦める僕と違って。
「蒼生は部活入んなかったんだよな」
「うん。あんまりピンとくるのなかったから。でも2学期入ったら委員会に所属出来るでしょ。そしたら図書委員会に入ろうかなって」
「図書室に入り浸れるからか!」
「あはは、バレてる」
 ……そしたら、健ちゃんといる時間もズレていくんだろうなあ。そうやって徐々に独り立ちしていくんだな……。


 その日は暦上では初夏のくせに、いきなり真夏が来た? ってくらい暑い日だった。
 健ちゃんが部活だったので、僕は楽しみにしていた新刊に手を出すことにした。好きな推理小説のシリーズで、3年ぶりの新刊だ。父の本だけど、どうしても先に読みたいから借りてきちゃった。毎回警部の妹が事件に巻き込まれて最初はあたふたするものの、事件の真相の一端に触れたとたんに謎の推理力を発揮するのが面白いんだ。キーマンがいつも違う人なのは何か意味があるんじゃないかなって思ってる。目次をちらりと見て、事件の概要を想像する……。
「……くん。野木沢くん」
 僕の名前? 目をあげると、半開きのドアから女の子が覗いていた。知らない顔だ、と思う。でも僕の名前を知ってるってことは、知り合い?
「……誰か探してますか? ごめんなさい、今誰もいないんですけど」
 言うと、彼女は首を振った。あの、と小さな声で呟き、ドアの陰からゴミ箱を引っ張りだした。
「ごめんなさい、これ捨て忘れてて……重いから持てないんだけど、手伝ってくれますか」
 僕が? 他のクラスの? なんで?
「いいですよ。えっと……」
「あ、私、隣のクラスの遠藤です。遠藤オリエ」
 やっぱり知らない人だ。僕は大きなゴミ箱の持ち手を掴む。彼女は反対側を掴んだ。
 それでも名前を覚えられているということは何か接点があったんじゃないかと考えているうちに、ゴミ捨て場のある校舎裏に出た。そこまで会話はなかった。共通する会話があるのかどうかもわからなかったから、黙ったままの彼女に合わせて僕も喋らなかった。
 ここの角を曲がればゴミ捨て場、というところで急に彼女が立ち止まる。彼女の手からゴミ箱が離れてがこんと落ちた。衝撃は僕の手にだけ来る。
「遠藤さん?」
 急に俯く彼女とは、僕が一歩先に進んだだけの距離があった。あの、とさっきよりさらに小さい声。
「あの……私、野木沢くんのことが好きです。よかったら……付き合ってくれませんか」
 ……は。
 こういうの、別に初めてじゃない。突然なんの脈絡もなく呼び出されることは何度かあった。でもゴミ箱片手は初めてだな。
「……何で僕?」
「野木沢くん、いつも笑ってて……すごく優しくていい人そうだなって、ずっと見てました!」
 笑ってたから、御しやすそうだと思われたかな。僕なんて低い照準に合わせなくてもいいのに。
「ありがとう。……でも、ごめんなさい」
「えっ」
「気持ちはありがたいんだけど、まだ僕お付き合いとか、そういうの考えたことないので……」
「そ……そう……ですか……」
 彼女はざりっと後ずさる。そのまま顔を覆ったかと思うと、ぱっと踵を返して走り去って行った。
 罪悪感がないかと言えば、めちゃくちゃある。人を傷付けてる自覚もある。だからと言って付き合いたくないのに付き合うなんて言えない。人を傷付けてる自分がいやだ。なんで放っておいてくれないんだろう。僕のことなんて放っておいてほしい。僕には、誰もいらない。
 僕は大きく溜め息をついた。
 隣のクラスのゴミ箱、僕が片付けるんだぁ……。

 気が晴れないまま家に帰ると、珍しくこうちゃんがリビングでだらだらしながらテレビを見ていた。大体いつも帰りは遅いのに。そして何故か、左の頬が赤かった。
「ただいま」
「おっ。おかえり」
「今日は帰ってくるの早いんだね。あと、ほっぺどうしたの?」
「それがさ蒼生、聞いてくれよー。彼女を前の彼女の名前で呼んじゃったらさ、ぱしーんって」
 あ、はい、そこまで聞いたら十分です。
 こうちゃんは豪華なパフェで許してもらったらしい。はー。やっぱ僕には無理だ、付き合うとか本当に無理。たぶんこのまま好きな人とか出来ずに終わるんだと思う。
 ……それをさらに実感する出来事がわずか1週間後に起こるとはさすがにその時には思ってなかった。


 たしか、きっかり1週間後だったと思う。
 前日予定があってひとりで帰った僕を翌朝迎えに来た健ちゃんの様子がなんかおかしかった。浮わっついているというか、落ち着かないというか。向き合う僕のほうが居心地の悪さを感じるくらい。何か言いたいことがあるみたいなのに、家を出るまで健ちゃんは口を割らなかった。
 ようやく口を開いたのは、家からずいぶん離れてからだ。
「あのさ、蒼生」
「何?」
「オレさ……」
「うん」
 ちょっと言いづらそうにあたりをきょろきょろ見回してた健ちゃんは、5歩歩くまでに決心を固めたようだった。
「オレ、彼女できた」
「そうなんだ、おめでとう!」
 反射的に言葉が出た。何か重大なことでも言い出すかと思ってたから、正直拍子抜けした。なんだ、そんなことか。
 健ちゃんはほっとしたように息を吐いた。
「喜んでくれてよかった~」
「そりゃあ大事な幼馴染みだもん。喜ぶでしょ」
「いやオレのほうが先に彼女作っちゃうとか文句言われるかと思った」
「言わないよ、そんなの」
「だよな、蒼生はそんなこと言わないもんな!」
 僕自身にはそういうのいらないけど、健ちゃんが幸せになるなら別にいいんだ。そんなの人それぞれだから。これで僕もお役御免ってやつだ。一抹のさみしさみたいな気持ちはあるのは否定できないものの、いつかこんな日が来るとは思ってた。
「隣のクラスに可愛いって評判の子がいてさ、ちょっと見て以来気になってたんだ」
 あ、詳細話す感じ? 僕、他人の恋愛話って興味ないんだけど。いくら健ちゃんの話だからって、ほんと苦手なので勘弁してほしい。
「で、思いきって告白してみたら、OKもらったんだ。蒼生も見たことあるかな、遠藤さんって」
 …………ん?
「誰だって?」
「遠藤さん。遠藤オリエちゃん」
 は?
 嬉しそうに話を続ける健ちゃん。ねえ、今、僕、声をあげなかったの誉められるべきだと思わない? それ先週聞いた名前なんだけど。
 え? 僕に告白して、翌週健ちゃんに告白されて、付き合うことにしたって? ああ、そう、切り替え早いんだ。すぐ次に行けるんだ。そっか、そういうものなんだ。
 僕は初めて健ちゃんの話を聞きたくない、と思った。

 経緯を聞いた時には混乱したけど、僕は落ち着いて受け止めることにした。だってこれは僕の問題で、健ちゃんには関係がないことだ。健ちゃんが幸せならどうだっていい。
 その日は部活のある日だった。教室を出て行く健ちゃんの背中を見送った僕は、そのまま鞄を持った。一緒に帰る特権はもう僕のものじゃない。
 家に帰ると母が目を丸くした。
「あら蒼生、早いじゃない。今日健太くん部活お休みだったの?」
「ううん。たぶん今も部活中」
「珍しいわね、喧嘩でもした?」
「してないよ。……健ちゃん、彼女出来たんだって。だから彼女と帰ると思うよ」
「! 健太くんに! あらら、そう! もうそんな年頃なのねえ。蒼生はそういう話ないの?」
「ないよ。これからもないよ」
「さては健太くんに先越されて拗ねてるな~?」
 そういうことじゃない。はずだ。たぶん。だけどなにか胸の奥で燻っているのは確かだ。でなければ、仲良し隣家の息子の初彼女を僕が暴露するはずがない。言うべきじゃないのはわかってた。でもぶちまけたかった。なんかもう、机の上にあるものを全部叩き落としたい。片付けが面倒だからやらないけど。
 冷静、冷静だ。落ち着け、僕。たぶん人間の心が1週間で変わることに動揺してるだけだ。きっとそうだ。
「ごはん前に課題やっちゃうね」
「はい頑張ってらっしゃい」
 僕は意識して廊下をゆっくり進み、階段をゆっくり上った。ドアも静かに開けた。閉める音もとても静かだったと思う。ただ、持っていた鞄をベッドに叩きつけた。これくらいは許されるはずだ。
 深呼吸して教科書とノートを広げる。今日は数式で頭をいっぱいにしよう。そうしよう。

 課題にメドがついた頃。階段が軋む速度がいつもより早いな、と思っていると、すごい勢いでドアが開いた。
「蒼生っ!」
 振り向くより早く健ちゃんが飛び付いてきた。
「おかえり」
「ただいま……じゃない、なんで先帰ってんだよ! どっか具合でも悪かった!?」
「え? ううん」
「課題あるから!?」
「ううん」
「それじゃなんで!?」
 なんでって……。変なこと言うなあ。
「そりゃあ彼女が出来たんだから、登下校は彼女としたいんじゃないの?」
 僕はごく当然のことを言ったつもりだった。なのに、健ちゃんは怪訝な顔をする。彼女ってことは好きな人でしょ。そういう人とはずっと一緒にいたいものなんじゃない? 僕はよくわからないけど、本の中の恋人同士はそんな感じだからそういうものなんだと思う。
「登下校は彼女と……が自然?」
「そうだと思うけど」
「オレが蒼生を怒らせちゃったとか嫌われちゃったとかでは?」
「ないね」
 そっか、と健ちゃんが呟く。なんなんだろう、あんまり納得がいったような顔には見えなかった。健ちゃんもお付き合い初めてだから、まだ混乱してるのかも知れない。
 そういえば、さっきまでの訳のわからない苛立ちが、今はちょっと落ち着いてる。……僕も自分がよくわからない。なんなんだろう。


 それからの健ちゃんは、ほとんどの日をたぶん彼女と帰ったと思う。あえて探そうとは思わなかったので、詳しくは知らない。
 登下校が別になったくらいで教室にいる時は一緒だったし、家にも普通に遊びに来るし、極端に過ごす時間が減ったとかはないと思う。でもやっぱりどこかぎくしゃくしてるような気がする。
 それはもしかすると、僕が健ちゃんの話を真剣に聞かなくなったせいもあるのかな。だって健ちゃんの話が、まあ仕方ないんだけど、彼女の話題になることが多くなって。恋愛話自体が苦手な僕にはどうしてもしんどくなっていったからだ。
 ただ、あの、
「実はファーストキスしちゃった」
 という報告には大変申し訳なく思った。ごめん……本当の相手は僕……。本当に申し訳ない……。せめてこのまま知らないままでいてほしい。
 そしてテスト期間に入ってバタバタしたまま特に何事もなく夏休みに入った。とりあえず、僕に時間が出来たことは確かだ。家族旅行以外に予定がないんだから、これまでどれだけ健ちゃんと一緒に過ごしてたんだって話だよね。夏休みの宿題があってよかった。やることがあるのがこんなにありがたいとはなあ。
 それでも余った時間はボーナスタイムだ。好きなだけ本読んで過ごすことにする。だから逆にラッキーだったかもしれない。今まで読んでないジャンルにも手を出してやるんだ。僕は書斎の隅にある本棚の前にしゃがみ込む。このへんは古い雑学の本が埃をかぶったままで積んである。前に見た時にはさすがに難しかったんだけど、そろそろ平気じゃないかな。
 と、その近くに新しめの本が数冊あるのに気が付いた。入りきらなくなった本だろうか。手に取ると、少女探偵もの……? へえ、面白そう。シリーズで何冊か出てるんだ。これ読んでみよう。僕はそれをシリーズごと抜き取ると、部屋に持って帰った。
 表紙は油絵の風景画だったけど、読み始めると結構軽く読める文体だな。中学生の女の子が主役だからなのかも。最初は巻き込まれるだけで大騒ぎするのはこの前読んだシリーズに通じるところがある。こういうの好きだなあ。なるほど、メインはこの子だけど、助言してくれるお兄さんが重要な役割を果たしてるんだ。優しいお兄さんで、クラスメイトの男の子と恋人同士で……。
 ん?
 あー……、なるほど? そっか、そういうこともあるのか。今まで色々本は読んできたけど同性とお付き合いしてるキャラクターが出てきたのは初めてだったから、ちょっと面食らった。いや話には聞いたことあるけど、実際に会ったことはまだないし……。でもそういうの自由だもんね、うん。
 ちょっと思考が止まる。本当、下世話で申し訳ないんだけど。色々、手当たり次第、こう、本とか読んでると、その。どうしても耳年増になりましてね。年齢の割にはちゃんとした知識があるほうだと思うんですよ。僕が誰かとどうなることはないと思うんだけど、その、人体の仕組みだとか生命の誕生とかそれにまつわる色々? に、ついては、だいぶ理解してると思うんです。その上で、ちょっと考える。男の子同士のお付き合い?
 …………。
 …………。
 ……あー。そうか。そうか、うん。なるほど。
 できるか。うん、できるな。なるほどなるほどそういうことね。
 はー、そう……。
 …………。
 でもさ、ほら、そういうために出来てないでしょ? なんかしんどそうなだけな気がするんだけど、あれか、精神的な満足感とかそういう……こと? やばい。気になる。なんでこういう時に出てきちゃうんだよ、僕の好奇心……。
 落ち着いて、脳内の僕に話しかける。気になる僕と気にしないほうがいいんじゃないかって言う僕、一対一のサシの話し合いだ。
 そして協議の結果、「これから僕が誰とどうなるわけでもないのなら僕の体なんだから好きにしてみてもいいのではないか」という気になる僕の意見が通った。気にしないほうがいい僕からは何も異論が出なかった。
 ちょっとだけ。ちょっとだけならなんにも問題はない。
 掛け布団を足下のほうにまとめて山を作り、その陰にズボンとパンツを置いて、そのそばに座る。最悪布団をかぶってしまえる位置。壁に寄り掛かって、体育座りのように足を曲げる。それからそっと股間に手を伸ばした。
 ええ、耳年増で好奇心がそれなりにありますもので、こういうことは初めてじゃありません。でも、後ろに触るのはさすがに初めてだ。ちょっと勇気がいるから、前を触って勢いつけないと。
 手の中で、濡れた音がする。ふと、健ちゃんのことが頭をよぎった。長いことずっと一緒にいたなあ。ちっちゃい時からずっと一緒だったもん。でもこうやって少しずつ離れていくんだ。いたずら好きのする笑顔で僕を振り回してた健ちゃん。周りは僕たちのことをふたりで1セットみたいに扱った。健ちゃんはどう思うかわからないけど、僕はそれが嫌じゃなかった。2個イチの感覚で、僕も健ちゃんのことが大事だったのかな。健ちゃんは離れていく……でも僕はそれを見守るしか出来ないんだ。
 気付くと、指先がぬるぬるしていた。指同士をくっつけて離すと、粘って糸を引く。その濡れた中指を、後ろの、穴のところに滑らせる。皺の感じ。ぎゅっと口を閉じてるそこを、ちょっと撫でてみる。少しくすぐったいかな。……大丈夫かな。いいのかな。これ、本当に大丈夫かな。
 いや、誰に知られるわけじゃないし、いいや。僕は息を吐いて、指先に力を込めた。ぬる、とした感触で、意外にすんなりと指先が入った。親指で中指をさすると、たぶん第一関節まで入ったかな。んー。なるほど? 指先は軽い圧迫感。穴のほうは「なにかありますね」って感じ。ちょっとだけ指を動かしてみたけど、うーん? 体をよじると、力が入って指がぎゅっと締め付けられた。でもそのくらい。
 ……さすがにこれ以上は怖いな。うん、とりあえず指入れられるなってことがわかったから、今日はここまで。指は、入った時よりさらに簡単につるんと抜けた。
 なるほどと思ったけど、それだけなので、前は前で中途半端なのがしんどい。こっちは別途終わらせておこう。枕元から引き抜いたティッシュで指を拭き、改めて前に両手を添える。そろそろ夕方だ。夕飯の手伝いをしなきゃ。誰かが部屋に来ないとも限らない。怖いのは健ちゃんだ。すぐに僕の部屋に来るんだから。僕は廊下の、階段の音に耳を澄ます。ぎしりと音がした気がする、それは気のせいだ。健ちゃんが来たら困る。こんな僕の姿を見たらどう思うだろう。怖い。健ちゃんには知られちゃいけない。たぶん僕がこんなことしてるなんて、きっと健ちゃんは思わない。駄目。知られちゃ駄目。
 健ちゃんにはっ……。
「はあ…………」
 僕は再びティッシュを引き抜いた。

 夕飯の後、シャワーを浴びると僕はとっとと部屋に戻った。さっきの本の続きが気になってならなかったからだ。さっきはヨコシマな方向に脱線しちゃったけど、面白かったもんね。今日中に1冊目読み終えちゃいたい。それで内容を反芻しながら寝たい。
 お茶の入ったボトルを机に置き、その手前に本を広げる。とうとう事件解決の糸口が見え始めたぞ。1ページ、2ページと進めていく。盛り上がってきた。……まあ、物語でも何か起きるのはこういうタイミングなんだよね。
 きし、きし。足音。これは健ちゃんの足音だ。僕が振り向くのとドアが開くのはほぼ同時だった。
「蒼生~」
 あれ? 元気ないな。
「どしたの? 何かあった?」
 健ちゃんは力なく笑って、部屋の中にふらふらと入ってくる。真っ先に口を開かないなんてよっぽどのことがあったんだろうか。僕は立ち上がってカーペットの真ん中あたりで立ち止まった健ちゃんのところに歩み寄った。健ちゃんはすっと腕を上げると、真正面から抱きついてくる。なんだなんだ。
 様子がおかしいので、僕はあえて明るい声を出した。
「もう、健ちゃん。僕言ったでしょ、こういうことは彼女としなよって」
「別れた」
「え?」
「別れてきた」
 なんだって? 夏休みも半ばのこの時期に? えっ、だって付き合い始めたのってそんな前の話じゃないじゃん。
 はー。僕は心の中でだけ溜め息をついた。やっぱり世の中の恋愛感情なんてこんなもん? こんな簡単に終わっちゃうの? なんだよ。大騒ぎするだけばかみたいじゃないか。
「蒼生ぃ」
 肩口にぐりぐりと擦り寄る健ちゃん。
 うーん……。
 ……そうだよね、別れちゃったんだから、ショックだよね。初めてのお付き合いでうまくいかないこともあったんだろう。
 ぽんぽん、と背中を叩く。健ちゃんは腕にぎゅっと力を込めてきた。うん、淋しくなっちゃったのか。慰めてほしいんだな。
「大丈夫、そんな落ち込まないで」
「残りの夏休み、一緒に遊んでくれる?」
「うん、遊ぼうね」
「一緒に宿題やってくれる?」
「うん、僕もうほとんどやっちゃったけど」
「じゃあ教えて」
「いいよ。一緒にやろうね」
 よしよし、と背中をさする。顔は見えないけど、きっと悲しいんだよね。残りの夏休みは僕と一緒にいようね。
 僕は「4日だけお兄ちゃん」を実践しながら、心底今が夜でよかったと思った。ごめんね健ちゃん、昼間……あの時に健ちゃんが来なくて、本当によかったとか思ってる僕で本当にごめんね……! 僕の顔も見えない状態で、ほんと、助かった。
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