高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2023年07月03日 21:56    文字数:12,945

5こ目;僕は君の宝物 第5話

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蒼生、高校生になりました!
そして別れたりもめたり色々あったりして、とうとう覚める時が…!

さて、次回からちょっと健太の話を聞いてやってください。

↑当時のキャプション↑
2021/07/09公開。
ここで物語は1話の最初の時系列に戻ります。
次は健太視点のお話です。
1 / 1
 春休みの朝、僕は少しのんびりめに家を出た。本来何も予定がなかった日だったんだけど、昨日の夜に突然、森くんから一緒に昼食でも、と連絡があったんだ。休みの日に誰かと会うなんて面倒だからどうしようかな、と思った。でも森くんはもうすぐ地元を離れて柔道の強豪校へ進む。しばらく会えないわけだし、さすがに断るのは酷いと思って、なんとかこうして外に出た。
 駅の近く、待ち合わせ場所に着くと、森くんは既にそこに立っていてぼんやり車の流れでも見ているようだった。
「森くん、おはよう」
「あ、野木沢。おはよ」
 声をかけると、森くんはぱっと明るい笑顔になって僕に向かって手を振った。
「ごめんな、急に呼び出して。ここ離れる前に、もう1回野木沢に会いたくてさ」
 そういえば、僕だけなのか。笹原くんも一緒なのかと思ってた。笹原くんとはきっと別に送別会かなんかやったんだろう。森くんは交遊関係広いけど、特に笹原くんと仲よかったみたいだし。
 森くんは駅前のビルに入ると、上のほうにある洋食屋に僕を案内してくれた。小さい頃から大会に勝つたびにご褒美で連れて来てもらってた思い出のお店なんだそうだ。森くんのおすすめのメニューを頼んだけど、めちゃくちゃボリュームがあって、さすが柔道少年だなあって思った。それでなくとも僕は同年代に比べてあんまり食べないほうだし。でも味はすごく美味しかった。
 その間、森くんはこれから行く高校の話とか、新しいコーチの話とかをたくさんしてくれた。これからも真剣に頑張っていくんだなあ。一生懸命にその道に邁進するなんて僕にはできない。本当に尊敬する。
 ひとしきり食事が終わった頃、ずっと話をしていた森くんが急に押し黙る。
「……森くん?」
「俺さあ。この2年、すごく楽しかったんだ。それまではたまにゲーセン行くくらいで柔道一筋だったんだよ。でも野木沢に会ってからは、野木沢が何でも聞いてくれたから、たくさん好きなゲームの話ができたし、ただしゃべってるだけでも楽しかった。俺こんなにしゃべるタイプじゃないの。知ってた?」
「そうなの……?」
 森くんは優しい笑顔を浮かべる。
「……本当にありがとうな。最後にどうしても直接伝えたかったんだ」
「僕もずっと楽しかったよ」
「うん、ありがと。……笹原のこともよろしくな」
 ああ、そっか。森くんは笹原くんと離れちゃうから、笹原くんのことが心配なのか。だから一緒の高校に行く僕にそれを伝えておきたかったんだろう。僕は頷いてみせる。森くんは一度目を伏せて、笑った。
「それじゃ、この後、ゲーセン付き合ってくれる?」
「もちろんだよ」
 森くんは、最初に一緒に行った時みたいに、ひたすら上級プレイを披露した。僕もそれをずっと隣で見ていた。嬉しそうな森くんを見てると、ちょっと淋しくなってくる。この時間もこれが最後なんだなって。
 夕方になる頃、僕たちはゲームセンターの前で別れた。
「元気でな」
「森くんも。帰ってくる時には連絡してね」
「うん。最後、握手していい?」
 僕が手を差し出すと、森くんが両手でぎゅっと握る。痛いけどあったかくて大きい手。しばらく僕の目をじっと見ていた森くんは、にかっと白い歯を見せて笑った。
「よし、踏ん切りついた! じゃあな!」
 手を振る背中を、僕は見えなくなるまで見送った。やっぱ、さよならってすごく心に来るもんだ。



 4月に入るとすぐ入学式だ。なんか、どんな出会いしてもいずれ別れるんだよな、とか当たり前のことをぐずぐず考えてたんだけど、制服や鞄や教科書や諸々の準備に奔走してるうちにあっという間に時間が過ぎちゃった感じ。
 隣を歩く健ちゃんは、幼稚園と中学と数えて3度目の同じ制服。でもいつか……。……うう、とりあえず今は考えないようにしよう。
 入学式は朝発表されるクラスごとの自由席が体育館に準備されているらしい。受付で名前を言うとカードをくれて、そこにクラスが書かれてるんだって。
「見ずにもらって、せーので見せ合おうぜ」
「いいね」
 楽しそうな、健ちゃんらしい提案に乗る。あいうえおで受付は別になっていて、「な」行のところでカードをもらった。で、
「せーの」
 えい、でお互いのカードを差し出す。そこには同じアルファベットが書かれていた。その勢いで健ちゃんが飛び付いてくる。
「うわ。やった! 同じクラスじゃん!」
「ほんとだ……よかったぁ」
 心底ほっとする。それでなくとも地元から数駅離れて知ってる人がほぼいない中での新しい環境、緊張しないわけがない。健ちゃんがいてくれるなんて、本当によかった。
「受付の真ん前で何してるの」
 呆れたような声がして、健ちゃんがぱっと離れる。そこにはブレザー姿がやたら似合う笹原くんが立っていた。
「あ、おはよう笹原く」
「ん?」
 にっこり笑う。……ああー。そうだった。
 実は中学の卒業式で、いい加減お互い名字呼びから脱却しようって話になったのでした。緊張する……。
「お、はよ、と、冬矢」
「おはよう、蒼生」
 満足げに笑う顔。慣れない。なんかまだ全然慣れない。友達っぽい、と思ってつい承諾しちゃったけど、名前呼びって結構照れる……! 友達を名前で呼ぶの、健ちゃん以外で初めてだから。まさか笹、いや、と、冬矢、がそんなこと言い出すなんて思わなかったんだ。
「えと、冬矢はクラスどうだった?」
 気を取り直して、ついでに体勢を立て直して聞くと、冬矢はすっとカードを取り出した。
「蒼生と同じクラスだよ」
 えっ。うわ。ほんとだ。僕と健ちゃんとおんなじアルファベット。えっ。健ちゃんだけじゃなくて冬矢も一緒!? こんな心強いことってない! そうかぁ、一緒かあ!
 僕はとにかく嬉しくて、その後がどうなるかとか、全然考えてなかった。


 僕は無事、図書委員になった。
 煉瓦の柱が立派な入り口のドームから入って、左右に企画展示室、そこから吹き抜けになった受付スペース、奥に大きな階段、手前に非常階段みたいな細い螺旋階段、左手に向かって広がる広い書庫……。
 写真で見るよりかっこいい。規模が大きいから仕事は大変そうだけど、この空間にいるだけでテンションが上がっちゃう。主な仕事は司書さんがいるので、主にそのアシスタントみたいなのが業務らしい。することがない時には本読んでていいんだって。ありがたい……。
 授業は面白そうな先生がいっぱいいたし、図書館はすごいし、クラスもいい人多そうだし、なにより旧知の友人がいるし、高校生活最高!
 ……って思えたらなあ。
 僕は大きく息を吐いた。
 一番嬉しかったはずの、健ちゃんと冬矢がいるクラス。健ちゃんは僕と同じ学校に来てくれたし、冬矢は僕をここに誘ってくれた。僕といて少しでも楽しいと思ってくれてるのかなって、ちょっと思ってた。でも、僕は知ってたんだ。健ちゃんが何故か冬矢に当たりが強いこと。冬矢が健ちゃんと目を合わせないこと。だったら、その2人が一緒にいてうまく行くはずなんて最初からなかったんだよね。
 なんとなく3人でいるけど、健ちゃんは僕としかしゃべらない。冬矢も僕としかしゃべらない。昼休みなんて会話なしの3人とかどっちか片方しかいないとかでごはんが美味しくない……。なんか、日に日にしんどくなってくる。
 はあ。僕だけ舞い上がってたんだ。これじゃ健ちゃんにも冬矢にも申し訳ないや。僕がいないほうがよかったんじゃないかなあ……。いや、たぶん、そうなんだ。

 僕さえいなければ。そう思って、それからはできるだけ2人から離れることにした。
 ……んだけどなぁ……。
 どんなに離れても離れたとこから現れる。気が付くとすぐそばにいる。なんか僕、磁力かなんか持ってるのかな。僕は嬉しいけど、健ちゃんと冬矢はしんどくないの? 明らかに溝があるのに、結果だけ見ると2人もずっと一緒にいることになってるけど大丈夫?
 うーん。だけどお互いの関係だから、そこに僕が口を挟むのって完全にお門違いだよね。うーん……。
 2人は僕に「あいつとは気が合わない」と言う。でも僕は、実はそんなことないんじゃないかって思うんだ。今までろくに話してないんだから、合うも合わないもないんじゃないの? そもそも、なんで険悪なのかがわからない。
 首突っ込むのもどうかと思いつつ、お互いの関係についてそれぞれ話を聞く機会があった。
 冬矢は「妥協点は見つけられると思う」と言った。
 健ちゃんは「別に嫌いなわけじゃない」と言った。
 それから、2人して「きっかけがない」って言ってた。同じこと言ってるじゃん。どうせなら直接顔合わせてるとこで聞いてやればよかった。そしたら解決したんじゃない?
 僕が2人がいるほうが嬉しいというだけだから、完全に僕のわがままだ。でも僕が離れようとしても離れないのは2人のほうじゃん。なら、ちょっとくらい関係の改善を求めるのは当然の権利なのでは……!?
 なんか、急にそんな気がしてきた。


 なんとかしよう、と思い立つとこまではよかったんだけど、なんとかってどうしたらいいんだろう。なんか、こう、どっちも傷つけないようないい言い回しはないかな。でもそもそもが僕のわがままだしな。余計なお世話ってやつだしな。うー……。だけどなんとかしたいし……。
 って思ってたら数日あっという間に経った。わかってたけど僕って駄目すぎる……。
 机に突っ伏してああだこうだと考えていると、ぽん、と背中を叩かれた。目を上げると冬矢の穏やかな顔。あ、昼休み。チャイム鳴ったっけ?
「今日、学食行かない?」
 珍しい。普段はお弁当なのに。
 そう思ってはっとする。あ、これ、パスだ。そうか、うん、今か。今だ。うん。
 僕は椅子から立ち上がる。慌ててたせいかガタガタって思ってた以上に大きな音がした。
「い、行こう」
 答えて、2つ前の席に座ってた健ちゃんの腕をつかむ。
「けっ、健ちゃんも、行こう!」
 振り向いた健ちゃんは心底驚いた顔。
「え、オレは……。……うん、行こっか」
 ちょっと目が泳いでる。でもすぐに明るい笑顔になった。
 食堂があるのは知ってたけど、行ったことなかったんだよね。冬矢は何度かあるらしく、先に立って歩き出す。僕はとりあえずその後ろについていくことにした。実はここに至っても、いい案なんて何にも浮かんでない。ど、どうしよ。
 僕たちのいる新しい校舎から伸びた渡り廊下を過ぎると、少し広くなっていて、その奥に大きなガラスのドアが手前に向かって開かれていた。あったかくていい匂いが漂ってくる。
「へえ、結構広いんだなあ」
 中を見渡して、健ちゃんが感嘆の声を上げた。たしかに、体育館よりちょっと狭いかなくらいの広さがある。天井も高いし。テーブルもたくさん並んでるし。建物でいうとちょっと古めだったからあんまり期待はしてなかったんだけど、すごく綺麗だ。
「メニューこっちにあるよ」
 冬矢が笑って指をさす。どれどれ。壁にレギュラーメニューが大きく貼ってあって、その下にあるショーケースに日替わりランチのサンプルが置かれていた。メニューの中には14時以降限定の軽食なんかもあって、すごく充実してる。へえ、なかなかいいな。でもこれだけいろいろあると迷っちゃうな。どうしよう。別に何度だって来られるんだから迷う必要ないのはわかってるんだけど、初めて食べるのにどれが適当だろう。バランス取れたほうがいいんだろうけどパスタも……。よし、パスタにしよ。日替わりだって書いてあるし。
 それぞれ好きなのを買って、席に着く。柱に面した小さなテーブルに椅子が3つ。僕が柱の向かいに座ることで、左に健ちゃん、右に冬矢が座る。向かい合わせの2人。途端に空気がしんと冷える。
 あー。僕は膝の上で手を握る。
 何を言えばいい。
 どうしたらいいかな。
 と、とりあえず何か言わなくちゃ。
 えーと。
 ええい!
「……あ、の……。と、とりあえず名前で呼び合うとこから始めてみるのはどうだろうっ!?」
 ……は?
 え? 待って? 僕何言ってんの? いや、そりゃ、たしかに、冗談でそんなこと言ってみちゃおうかなって思ってたことではあって、場が和んだ頃に言うジョークのつもりだった。で、「何言ってるんだよあはは」ってなる予定のやつ! 何言ってんの? えええ。恥ずかしっ。ああ、言い繕わなきゃ、ええと、ええと……!
「わかった」
 は? え? 健ちゃんがやけに真剣な顔で僕を見てた。え? いいの? かなり突拍子もないこと言った自覚あるんだけど!?
「俺もそれでいいよ」
 冬矢もにこにこ笑ってる。ええー……。
 健ちゃんがぱんっと手を合わせる。
「それじゃ可決されたところで! メシが冷めちゃうぜ。いただきます!」
「いただきます」
 続いたのは冬矢だ。置いて行かれそうになって、僕も手を合わせた。
「あ、い、いただきます!」
 ……まさかこんなのが通っちゃうなんてなあ……。でも僕も冬矢と名前呼びになってちょっと距離が近くなった気がするし、これで2人が少しでも話せるようになるといいなあ。そうなったらいいのに。
 ちょっとのびちゃったけど、パスタはわりと美味しかった。うん。


 健ちゃんってすごいよなぁと思う。
「っと、この式は合ってんだよな。じゃなんでこれ違ってんの?」
「ここの二乗するの忘れてる」
「……あー、はいはい。なるほどなぁ」
 あれだけバチバチしてた冬矢と普通に話してるもんね。それに対して何事もなかったかのような冬矢もすごい。
 切り替えが早いのかな、すっかり仲良……。
「おまえって大体何か抜けるよな」
「あ? もう一回言ってみろや」
 仲良……くはないのか、な? うーん。
 自習時間に課されたプリントを、シャーペンの頭でぺちぺち叩く。やっぱり一緒にいたくないのに僕に気を遣ってるんだろうなあ。申し訳ない。
「蒼生、桁一個ずれてるよ」
「えっ。あ、ほんとだ、冬矢ありがと!」
「どういたしまして」
 まあ、関係の構築も修繕も時間かかるっていうから、見守るしかないんだろう。どっちも大事な友達だしなあ。
 でもよく考えたらそもそも僕とも一緒にいる必要ないんじゃない? ……なんて、これ、定期的に考えてるな、僕。だって本当にわからないんだ。健ちゃんはまだなんとか理解出来る気がする。長い間ずっと一緒にいたから、慣れっていうか惰性っていうか、離れるとなんか収まりが悪い感じがするんだと思う。冬矢だってそもそもは森くんの友達で、一緒に連れ回されてるうちにずるずると流されて、……やっぱり惰性なのかな。ただ僕のめんどくさいとこわかってるのに離れていかないのは、心底意味がわからない。
 やめた。それを考えてるのも面倒だし。今はいいや、よくわかんないけどなんか一緒にいてくれるなら、それで。後回しに考えていいことなんかないんだけど、どうせ考えたってわかんないんだから。
「もうすぐ夏休みかあ」
 健ちゃんが呟く。
「現実逃避か? その前に期末試験があるだろ」
「そ、それが終わったら休みだろって話だよ! 電車乗るのも慣れたし、ちょっと遠出したいよな、蒼生」
 急に話の矛先がこっちに来た。
「そうだねえ、グループ学習で色々調べ物もしなきゃいけないしね」
「じゃなくて、遊びに行こうって誘ってんの」
「遊びに? ああそっか、高校生になったし、遠出もありなんだ」
「やっぱ海とか」
「蒼生は室内のがいいんじゃないか」
「いやなんでおまえが決めんだ」
 あ、うん、出来れば室内がいいけどね。暑いから。
 それにしてもなぁ。会話を聞きながら思う。健ちゃんと冬矢って、気が合わないとか言うけど息は合うんじゃないかな。仲がいいかどうかは別として、会話のテンポとかやり取り自体、聞いてて面白いんだよね。
 このまま慣れていったら、僕よりも健ちゃんと冬矢のほうが仲良くなるんじゃないの? そうなったらちょっと複雑な感じがするけどね。複雑? なんでだろ。


 健ちゃんは色々遊びに行きたいみたいだけど、当の健ちゃんが部活で忙しい。なかなか予定の合う日がなくて、とりあえずグループ学習の調べ物に行くのを優先することにした。でも遊びに行くみたいで僕は嬉しいんだけど。
 最初に僕たちが行くことにしたのは学校の近くにある郷土博物館だった。たぶんここはどのグループも来るんだろうなって思ってはいた。でもまさか駅で他のグループに鉢合わせするとはなあ。改札でばったり会った5人組の女子グループと3人組の男子グループも別に待ち合わせたわけじゃないらしい。とはいえ同じクラスだし、男子のほうに健ちゃんと同じクラブで仲のいい人がいた。つまり、
「せっかくだから一緒に行こう」
 まあそうなるよね……。行くとこ同じなのに断るのも変だし。
 テーマは元々興味あったんだよね、だからゆっくり見たかったな。常に周りに人がいるの、ほんとしんどい。博物館の中では、なんかずっとついてくる女子がいて、急かされてるみたいだった。健ちゃんと冬矢と来られると思ってたから楽しみだったのに。
 お昼はみんなでファミレスで、ってことになった。お昼時だから混んでて、席は2つに分かれる。つまりどこかのグループが分割されるわけで、僕たちのテーブルには女子が2人入ってきた。ひとりはさっきからついてくる子で、兼城さん。もうひとりが篠崎さん。らしい。あんまり話したことないから曖昧だ。
 助かるのは、健ちゃんが会話のほとんどを請け負ってくれることだ。健ちゃんだってそんなに知らない子のはずなのに、普通に喋れるんだもんなあ。すごい。珍しく冬矢も対応してるし。僕はなんとなく間に挟まれてにこにこしてるだけで済んだ。ありがたい。

「笹原、悪い、さっき調べたとこでちょっと教えて」
 向こうの席から冬矢に呼び出しがかかる。ああ、冬矢が優秀なのバレてるもんね。冬矢は僕と向こうを何度か見比べて、微かに眉をしかめた。
「悪い、蒼生。ちょっと行ってくる」
 ん? 悪い?
 発言の真意を計りかねて歩いていく背中を見ていると、今度は兼城さんが席を立った。
「飲み物カラになっちゃった。ドリンクバー、ミアのも入れて来るね」
 篠崎さんはミアっていうのか、とぼんやり聞いていると、健ちゃんが立ち上がる。
「オレ行ってくるよ。2人とも烏龍茶だったよね。違うのにする?」
「え、ありがとう! そのままでいいよ」
「私も……」
「了解~」
 はー。そっか。そういえば健ちゃんってこういうタイプだったっけ。性別関係なく親切で、率先して動く。だから健ちゃんってみんなに人気あるんだよね。どうやらクラスの男子の大部分がもはや友達みたいな感じらしい。
 …………。待って。今、僕と女子2人だけなんだけど。
「寺田くんって優しいよね」
 兼城さんが急に僕のほうを向いて言った。来た。
「そうだね」
 兼城さんはずい、と距離を詰めて僕のすぐ近くに座った。うわ。近い。逃げたい。
「寺田くんと幼馴染みなんでしょ。やっぱりモテてた?」
「あ、うん。すごく人気あったよ。今は彼女はいないみたいだけど」
「そうなんだぁ。野木沢くんは?」
「僕なんか、全然」
「え、じゃどんな子がタイプ?」
「うーん……どんなっていうか……」
 やめて。ほんとやめて。ほんとそういう話僕に振らないで。嫌いなんだってば。詰めてこないで。
 反対から篠崎さんも僕のほうに寄ってくる。
「ね、あ、あの、笹原くんも彼女いない?」
「どうかな、詳しくは知らないけど、今はいないんじゃないかな」
 息苦しい。心臓がドクドクいって、気道を塞ぐみたいな感じがする。声が遠い。
「蒼生」
 それだけはっきり聞こえた。冬矢。はー……。知らず知らずに詰めてた息が肺から逃げていった。助かった。
 冬矢の顔を見て、篠崎さんが跳ねるように僕から離れる。僕はなんとか笑う。
「おかえり」
「……うん」
 冬矢は何か考えるように僕を見ていたけど、そこで言葉を途切れさせた。なんだろう? 僕に言いたいことがあるみたいだったけど……。

 ああ、なんか久し振りに心にズシンと来たな。
 高校入ってから、健ちゃんと冬矢といるのが嬉しくて、あんまりクラスメイトと交流してこなかったから忘れてた。僕も告白受けること最近減ってたし、そういうの頭から抜けてた。
 そうだよ、健ちゃんも冬矢もモテるんだよなぁ。彼女……今はいなくてもすぐに出来るんだろうな。今更僕がどうこう言うことでもないけど。
 こうやって、3人でいられて楽しいなんて、あとどれくらい言っていられるんだろうか。


 なんだか、モヤモヤがずーっと持続したまま夏休みが終わってしまった。一緒にいる時は楽しいんだよ、だけどふとした瞬間に胸の奥がざわざわする。冬矢は変わらず優しかったし、健ちゃんは僕を連れ出して遊んでくれる。なのに、僕はこんな……。
 もしかして、心のどこかで一歩引いてるのを気付かれちゃったのかな、と思うことがある。健ちゃんが、急に飛びついてこなくなったんだ。勢いよく来なくなったなっていうのは前々から気付いてたけど、ここにきてホントに急に。思い返せば、夏休みの半ばくらいからそんな感じだったような。つまり、女子グループと一緒になった後からなんだよね。もしかしてあの時、気の合う子とか見つけたんだろうか。僕の知らない夏休みのどこかで、その子とどこかに遊びに行ったりしたんだろうか。
 でも、健ちゃんはそういうの逐一報告してくるし!
 ……いや待てよ。僕にはもう報告する必要がないって思われたのかも。報告もしないし、飛び付きもしない。それって、あれ、本格的に僕なんていらないって思われてる……?
 そうだよね、そもそも僕たちはただの幼馴染みだし。いつか離れる日がくるのはわかってるんだ。何回もそれを思って、そのたびにまだ大丈夫って乗り越えて来たけど、くっついて来なくなったっていうのは決定打かもしれない。
 あー、駄目だ、思考が下を向く。
 やだやだ。
 もうどうせならこのままひとりになっちゃいたい。
 ……そしたら、冬矢はどう思うかな。引き留めてくれるかな。それとも、さすがに面倒見切れなくなる?
 そうなんだろうなあ……。僕自身がこんなに面倒に思ってるんだから、冬矢だって引くよね。
 もういっそのこと、2人とも誰かと付き合っちゃえばいいのに。そしたら諦めもつくんじゃないかな……。

 とりあえず僕は図書委員の仕事を増やした。用事で当番が出来ない人の代わりを積極的に引き受けた。
 ひとりになりたい時は本に囲まれるに限る。文字を追っていれば余計なこと考えなくて済むから。今日の図書館は人が少なくて、好きな本読み放題だ。なんだけど、頭の中がどろどろしすぎて、内容が入ってこない。何か仕事ないかな。
「すみません、何かやることありませんか」
 カウンターの後ろのドアを覗き込むと、司書さんが3年生の委員さんと一緒にカードの整理をやっていた。古いデータを新しいシステムに移行する作業らしい。
「ならそこのカードを本に戻すの手伝ってもらっていい?」
「わかりました」
 単純作業か、助かる。今あんまり頭使うことしたくなかったから。ナンバーとタイトルさえ間違わなければいいんだもんね。
 早速僕は、処理を終えたカードの束を手に、積み上がった本と向き合う。
「そういえば野木沢くんさぁ」
 手元から目を離さないまま、先輩が僕を呼ぶ。
「はい」
「学祭で本を使った謎解きイベントやりたいって言ってたよね」
「ええ、はい」
「あれ部長が面白いって言ってたよ。使う本は限られちゃうけど、もうちょっとブラッシュアップすればいけるかもって」
「わ、本当ですか!」
「次の会議で話し合おうって流れになってるから、野木沢くんも意見よろしくね」
「はい!」
 嬉しい。雑談のついでにほんのりした希望程度に話しただけだったのに。普段あんまり本に触れない人が触れるきっかけになりそうだし、純粋に面白いだろうなって思ったんだ。図書館ではいつも眠くなっちゃう健ちゃんだってきっと楽しめるだろうなって。冬矢なんかすぐにわかっちゃうよ、勘がいいから、たぶんすぐ仕掛けに気が付く。それでもたもたしてる健ちゃんに一言言って大騒ぎになるんだ。
 ……また健ちゃんと冬矢のこと考えてる。ああ、もう。

 当番の時間が終わった後も先輩と学祭でのイベントについて話し込んじゃった。季節的には全然明るい時間だけど、窓の外の光の量がだいぶ落ち着いてきたな。廊下なんてもう誰の姿もない。早く帰ろう。
 でも、今まで学祭なんて決まったことに頷くだけだったから、もしかしたら自分の企画が通るかもなんてドキドキすることがあるなんて思わなかったなあ。いや通らないかもしれないし、通らない可能性のが高いかもしれない。その時はその時でちゃんと納得できるように心づもりはしておかなくちゃ。
 教室の電気は落ちていて、誰も残って、
 …………え?
 僕はドアの前で立ち止まる。
 電気がついてないだけじゃない、教室は雰囲気ごと薄暗かった。
 人影はふたつ、……健ちゃんと、冬矢?
 え、健ちゃん部活でしょ? さっきそんな話したよ。あれ、でも、部活の人たちが帰ってくるのはもっと遅くなってからだよね?
 冬矢は学級委員の代理で会議に出てたはずだけど、他クラスの委員の人がさっき図書館に寄って帰っていった。つまりとっくに終わってたはず。
 何?
 空気が不穏過ぎる。
 怖い。
 この場からいったん離れたい、本能がそう告げて、一歩後退る。
 けど、それで気付かれた。
 健ちゃんと冬矢が同じタイミングで僕を見る。
「おかえり」
「……た、ただいま」
 どこにも棘はない、柔らかい口調。穏やかな目線。なのに、どこかぴりっとした空気。
「め、ずらしいね、2人で教室にいるなんて」
 なるべく明るい声が出るようにおなかに力を入れて、笑う。いや、笑えてるかな。
 冬矢がゆっくり立ち上がる。
「うん。蒼生を待ってた。……ちょっと聞いてほしい話があるんだけど……いいかな」
 どくん、心臓が握りつぶされたみたいに痛む。
「あ、うん……」
 なんとかそれだけを答える。
 話……ってなんだ。
 誰もいない放課後でしか話せない話?
 こんな僕にはもう付き合ってられないって話?
 怖い。
 もう近寄らないでくれとか。
 あっ彼女出来たよとか?
 何。
 何を言われるんだろう。
 でも、何を言われるにしても、ちゃんと聞かなきゃ駄目だ。受け入れなきゃ駄目なんだ。話を聞かなくちゃ。
 僕は教室の真ん中まで歩く。冬矢はそんな僕をじっと見ている。健ちゃんも席から立って、冬矢に並ぶようにして僕の前に立った。
 静かな教室。しんとする音が耳に痛い。
 僕は唇を噛んで、2人の言葉に身構える。
 息を吸う音。

「好きだ、蒼生」
「蒼生のことが好きだよ」

 …………えっ?


 長い走馬灯から覚める。
 えっ? 何? は? ちょっと……あれ……。
 待っ……。
 何? 僕が思ってたのと、違うこと言われた? それはまるきり反対の意味みたいで……。
 落ち着こう。
 いったん、落ち着こう。
 処理が追い付かない。
「……あの、えっと、ちょっと待って。ご、ごめんね、ほんと失礼なこと言うんだけど、いっこだけ確認させて? そ、それは、あの、……ほんとうのやつ?」
「ああ、本気のやつだ。付き合ってほしい」
「健ちゃんも……?」
「うん。ずっと好きだったよ」
 聞き間違いじゃ、ない、みたい……?
 好き……?
 僕を?
 健ちゃんが?
 冬矢が?
 え、それは友達としてじゃなくて? いや、冬矢が付き合って、って言った。じゃ違うんだ。そういう意味じゃないやつなんだ。いやいや、かえっておかしくない? 言ってる意味は、わかる、でも、わからない。
 想定外すぎて思考がついていかない。どうしたらいい? なんでこんな状況なの? しかもなんでふたりいっぺんに? 余計にわかんない。だってふたり気が合わないとか散々言ってたのに、ここで合わせてくるの? え、こういうのって1対1でやるもんなんじゃないっけ。少なくとも今まではそんなことなかったけど。集団で来るとかそういうのアリなの? いや集団ってほどじゃないけど、それにしたって、ふたりで? なんで?
 ……待てよ。
 たとえふたりで来ることが、まあ、普通のことだとしよう。だけど、応えるのはどっちか……ってことじゃないの? つまり、それってもうひとりを振るってことじゃない?
 振る……。そしたら、今までみたいに一緒にいられなくなるよね? 僕のそばからいなくなっちゃうってこと?
 やだ。
 健ちゃんも冬矢もいなくならないでほしい。
 じゃあ、どっちにもごめんなさいって言う?
 でもそれってふたりとも振るってことにならない?
 それでふたりともいなくなっちゃったらどうしよう。
 やだ。絶対やだ。
 どうしよう。どうしたらいい?
 でも答えないのは駄目だ。黙ってちゃ駄目だ。どうしよう。どう答えたらふたりはこのまま傍にいてくれる?
 時間だ、時間が欲しい。
 考える時間が欲しい。
「……っ。あの、僕、健ちゃんのことも、冬矢のことも、好きだよ。でも、付き合うとか……そんなふうに思ったことなくて……。だから、どっちかを選ぶとか、そんなの急に決められなくて……えっと、ちょっと時間が欲しいなって」
 僕が提示したのは、「保留」だ。
 だってそんなの、決められないもん。
 考えて結果が出るのかわかんないけど、でも、考えなくちゃいけないんだよね。
 と。
 突然、冬矢が僕の目の前にまで来る。
 え、何、近い。
「わかった。蒼生が今答えを出せないのは、俺たちのどちらかを選ばなくちゃいけないと思ってるからだな」
「あ、え、そういうこと……かな? だ、だって、そうだよね……?」
 ふたりで来たってことは、どっちか選べって言われた、んだよね? 違う?
「じゃあ、選ばなくていい」
「……えっ?」
 頭が一瞬にして真っ白になった。何だって?
 選ばなくていい?
 どういうこと?
 がたん、と机を押しのけるようにして、健ちゃんが僕に駆け寄る。
 健ちゃんも近い。
「オレたちふたりで蒼生のこと大切にする。だからオレたちのものになってほしい」
 冬矢が僕の目を覗き込む。
「俺たちと一緒にいてほしい」
 な、なんだか頭がぐちゃぐちゃだ。
 え?
 あれ、これ、二択?
 ふたりと一緒にいられるかいられないかの二択?
 よ、よくわかんない。
 ああもう考えが全然まとまらない。
 僕はふたりのことに関しては面倒だと思ったことないんだけど、さすがに今回ばかりはちょっと面倒になって来たのを許してほしい。
 …………うー。
 もうやめた、考えない。
 僕が頷けば僕は健ちゃんと冬矢とこれからも一緒にいられるってことだね? それは間違いないんだね? じゃあ、それが一番じゃないか。
「わかった。……うん、わかった。ふたりとお付き合いする。だ、だけど、考えながらでいい? 答えを出すのはそれからでもいい……?」
 我ながらズルい答えだなあ、と思う。
 でも、冬矢は優しい笑顔で頷いた。
「それでもいいよ。ありがとう」
 健ちゃんもようやく安心したように笑う。
「よかった。これからもずっと一緒だな!」
 う、うん。


 これでよかったんだろうか……?
 なんか、面倒を避けたように見えて、一番面倒な選択をしちゃったんじゃないか……?
 うーん。
 でも、まあ、……いいか……?
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    03月07日 00:00 〜 06月17日 23:50
5こ目;僕は君の宝物 第5話
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 春休みの朝、僕は少しのんびりめに家を出た。本来何も予定がなかった日だったんだけど、昨日の夜に突然、森くんから一緒に昼食でも、と連絡があったんだ。休みの日に誰かと会うなんて面倒だからどうしようかな、と思った。でも森くんはもうすぐ地元を離れて柔道の強豪校へ進む。しばらく会えないわけだし、さすがに断るのは酷いと思って、なんとかこうして外に出た。
 駅の近く、待ち合わせ場所に着くと、森くんは既にそこに立っていてぼんやり車の流れでも見ているようだった。
「森くん、おはよう」
「あ、野木沢。おはよ」
 声をかけると、森くんはぱっと明るい笑顔になって僕に向かって手を振った。
「ごめんな、急に呼び出して。ここ離れる前に、もう1回野木沢に会いたくてさ」
 そういえば、僕だけなのか。笹原くんも一緒なのかと思ってた。笹原くんとはきっと別に送別会かなんかやったんだろう。森くんは交遊関係広いけど、特に笹原くんと仲よかったみたいだし。
 森くんは駅前のビルに入ると、上のほうにある洋食屋に僕を案内してくれた。小さい頃から大会に勝つたびにご褒美で連れて来てもらってた思い出のお店なんだそうだ。森くんのおすすめのメニューを頼んだけど、めちゃくちゃボリュームがあって、さすが柔道少年だなあって思った。それでなくとも僕は同年代に比べてあんまり食べないほうだし。でも味はすごく美味しかった。
 その間、森くんはこれから行く高校の話とか、新しいコーチの話とかをたくさんしてくれた。これからも真剣に頑張っていくんだなあ。一生懸命にその道に邁進するなんて僕にはできない。本当に尊敬する。
 ひとしきり食事が終わった頃、ずっと話をしていた森くんが急に押し黙る。
「……森くん?」
「俺さあ。この2年、すごく楽しかったんだ。それまではたまにゲーセン行くくらいで柔道一筋だったんだよ。でも野木沢に会ってからは、野木沢が何でも聞いてくれたから、たくさん好きなゲームの話ができたし、ただしゃべってるだけでも楽しかった。俺こんなにしゃべるタイプじゃないの。知ってた?」
「そうなの……?」
 森くんは優しい笑顔を浮かべる。
「……本当にありがとうな。最後にどうしても直接伝えたかったんだ」
「僕もずっと楽しかったよ」
「うん、ありがと。……笹原のこともよろしくな」
 ああ、そっか。森くんは笹原くんと離れちゃうから、笹原くんのことが心配なのか。だから一緒の高校に行く僕にそれを伝えておきたかったんだろう。僕は頷いてみせる。森くんは一度目を伏せて、笑った。
「それじゃ、この後、ゲーセン付き合ってくれる?」
「もちろんだよ」
 森くんは、最初に一緒に行った時みたいに、ひたすら上級プレイを披露した。僕もそれをずっと隣で見ていた。嬉しそうな森くんを見てると、ちょっと淋しくなってくる。この時間もこれが最後なんだなって。
 夕方になる頃、僕たちはゲームセンターの前で別れた。
「元気でな」
「森くんも。帰ってくる時には連絡してね」
「うん。最後、握手していい?」
 僕が手を差し出すと、森くんが両手でぎゅっと握る。痛いけどあったかくて大きい手。しばらく僕の目をじっと見ていた森くんは、にかっと白い歯を見せて笑った。
「よし、踏ん切りついた! じゃあな!」
 手を振る背中を、僕は見えなくなるまで見送った。やっぱ、さよならってすごく心に来るもんだ。



 4月に入るとすぐ入学式だ。なんか、どんな出会いしてもいずれ別れるんだよな、とか当たり前のことをぐずぐず考えてたんだけど、制服や鞄や教科書や諸々の準備に奔走してるうちにあっという間に時間が過ぎちゃった感じ。
 隣を歩く健ちゃんは、幼稚園と中学と数えて3度目の同じ制服。でもいつか……。……うう、とりあえず今は考えないようにしよう。
 入学式は朝発表されるクラスごとの自由席が体育館に準備されているらしい。受付で名前を言うとカードをくれて、そこにクラスが書かれてるんだって。
「見ずにもらって、せーので見せ合おうぜ」
「いいね」
 楽しそうな、健ちゃんらしい提案に乗る。あいうえおで受付は別になっていて、「な」行のところでカードをもらった。で、
「せーの」
 えい、でお互いのカードを差し出す。そこには同じアルファベットが書かれていた。その勢いで健ちゃんが飛び付いてくる。
「うわ。やった! 同じクラスじゃん!」
「ほんとだ……よかったぁ」
 心底ほっとする。それでなくとも地元から数駅離れて知ってる人がほぼいない中での新しい環境、緊張しないわけがない。健ちゃんがいてくれるなんて、本当によかった。
「受付の真ん前で何してるの」
 呆れたような声がして、健ちゃんがぱっと離れる。そこにはブレザー姿がやたら似合う笹原くんが立っていた。
「あ、おはよう笹原く」
「ん?」
 にっこり笑う。……ああー。そうだった。
 実は中学の卒業式で、いい加減お互い名字呼びから脱却しようって話になったのでした。緊張する……。
「お、はよ、と、冬矢」
「おはよう、蒼生」
 満足げに笑う顔。慣れない。なんかまだ全然慣れない。友達っぽい、と思ってつい承諾しちゃったけど、名前呼びって結構照れる……! 友達を名前で呼ぶの、健ちゃん以外で初めてだから。まさか笹、いや、と、冬矢、がそんなこと言い出すなんて思わなかったんだ。
「えと、冬矢はクラスどうだった?」
 気を取り直して、ついでに体勢を立て直して聞くと、冬矢はすっとカードを取り出した。
「蒼生と同じクラスだよ」
 えっ。うわ。ほんとだ。僕と健ちゃんとおんなじアルファベット。えっ。健ちゃんだけじゃなくて冬矢も一緒!? こんな心強いことってない! そうかぁ、一緒かあ!
 僕はとにかく嬉しくて、その後がどうなるかとか、全然考えてなかった。


 僕は無事、図書委員になった。
 煉瓦の柱が立派な入り口のドームから入って、左右に企画展示室、そこから吹き抜けになった受付スペース、奥に大きな階段、手前に非常階段みたいな細い螺旋階段、左手に向かって広がる広い書庫……。
 写真で見るよりかっこいい。規模が大きいから仕事は大変そうだけど、この空間にいるだけでテンションが上がっちゃう。主な仕事は司書さんがいるので、主にそのアシスタントみたいなのが業務らしい。することがない時には本読んでていいんだって。ありがたい……。
 授業は面白そうな先生がいっぱいいたし、図書館はすごいし、クラスもいい人多そうだし、なにより旧知の友人がいるし、高校生活最高!
 ……って思えたらなあ。
 僕は大きく息を吐いた。
 一番嬉しかったはずの、健ちゃんと冬矢がいるクラス。健ちゃんは僕と同じ学校に来てくれたし、冬矢は僕をここに誘ってくれた。僕といて少しでも楽しいと思ってくれてるのかなって、ちょっと思ってた。でも、僕は知ってたんだ。健ちゃんが何故か冬矢に当たりが強いこと。冬矢が健ちゃんと目を合わせないこと。だったら、その2人が一緒にいてうまく行くはずなんて最初からなかったんだよね。
 なんとなく3人でいるけど、健ちゃんは僕としかしゃべらない。冬矢も僕としかしゃべらない。昼休みなんて会話なしの3人とかどっちか片方しかいないとかでごはんが美味しくない……。なんか、日に日にしんどくなってくる。
 はあ。僕だけ舞い上がってたんだ。これじゃ健ちゃんにも冬矢にも申し訳ないや。僕がいないほうがよかったんじゃないかなあ……。いや、たぶん、そうなんだ。

 僕さえいなければ。そう思って、それからはできるだけ2人から離れることにした。
 ……んだけどなぁ……。
 どんなに離れても離れたとこから現れる。気が付くとすぐそばにいる。なんか僕、磁力かなんか持ってるのかな。僕は嬉しいけど、健ちゃんと冬矢はしんどくないの? 明らかに溝があるのに、結果だけ見ると2人もずっと一緒にいることになってるけど大丈夫?
 うーん。だけどお互いの関係だから、そこに僕が口を挟むのって完全にお門違いだよね。うーん……。
 2人は僕に「あいつとは気が合わない」と言う。でも僕は、実はそんなことないんじゃないかって思うんだ。今までろくに話してないんだから、合うも合わないもないんじゃないの? そもそも、なんで険悪なのかがわからない。
 首突っ込むのもどうかと思いつつ、お互いの関係についてそれぞれ話を聞く機会があった。
 冬矢は「妥協点は見つけられると思う」と言った。
 健ちゃんは「別に嫌いなわけじゃない」と言った。
 それから、2人して「きっかけがない」って言ってた。同じこと言ってるじゃん。どうせなら直接顔合わせてるとこで聞いてやればよかった。そしたら解決したんじゃない?
 僕が2人がいるほうが嬉しいというだけだから、完全に僕のわがままだ。でも僕が離れようとしても離れないのは2人のほうじゃん。なら、ちょっとくらい関係の改善を求めるのは当然の権利なのでは……!?
 なんか、急にそんな気がしてきた。


 なんとかしよう、と思い立つとこまではよかったんだけど、なんとかってどうしたらいいんだろう。なんか、こう、どっちも傷つけないようないい言い回しはないかな。でもそもそもが僕のわがままだしな。余計なお世話ってやつだしな。うー……。だけどなんとかしたいし……。
 って思ってたら数日あっという間に経った。わかってたけど僕って駄目すぎる……。
 机に突っ伏してああだこうだと考えていると、ぽん、と背中を叩かれた。目を上げると冬矢の穏やかな顔。あ、昼休み。チャイム鳴ったっけ?
「今日、学食行かない?」
 珍しい。普段はお弁当なのに。
 そう思ってはっとする。あ、これ、パスだ。そうか、うん、今か。今だ。うん。
 僕は椅子から立ち上がる。慌ててたせいかガタガタって思ってた以上に大きな音がした。
「い、行こう」
 答えて、2つ前の席に座ってた健ちゃんの腕をつかむ。
「けっ、健ちゃんも、行こう!」
 振り向いた健ちゃんは心底驚いた顔。
「え、オレは……。……うん、行こっか」
 ちょっと目が泳いでる。でもすぐに明るい笑顔になった。
 食堂があるのは知ってたけど、行ったことなかったんだよね。冬矢は何度かあるらしく、先に立って歩き出す。僕はとりあえずその後ろについていくことにした。実はここに至っても、いい案なんて何にも浮かんでない。ど、どうしよ。
 僕たちのいる新しい校舎から伸びた渡り廊下を過ぎると、少し広くなっていて、その奥に大きなガラスのドアが手前に向かって開かれていた。あったかくていい匂いが漂ってくる。
「へえ、結構広いんだなあ」
 中を見渡して、健ちゃんが感嘆の声を上げた。たしかに、体育館よりちょっと狭いかなくらいの広さがある。天井も高いし。テーブルもたくさん並んでるし。建物でいうとちょっと古めだったからあんまり期待はしてなかったんだけど、すごく綺麗だ。
「メニューこっちにあるよ」
 冬矢が笑って指をさす。どれどれ。壁にレギュラーメニューが大きく貼ってあって、その下にあるショーケースに日替わりランチのサンプルが置かれていた。メニューの中には14時以降限定の軽食なんかもあって、すごく充実してる。へえ、なかなかいいな。でもこれだけいろいろあると迷っちゃうな。どうしよう。別に何度だって来られるんだから迷う必要ないのはわかってるんだけど、初めて食べるのにどれが適当だろう。バランス取れたほうがいいんだろうけどパスタも……。よし、パスタにしよ。日替わりだって書いてあるし。
 それぞれ好きなのを買って、席に着く。柱に面した小さなテーブルに椅子が3つ。僕が柱の向かいに座ることで、左に健ちゃん、右に冬矢が座る。向かい合わせの2人。途端に空気がしんと冷える。
 あー。僕は膝の上で手を握る。
 何を言えばいい。
 どうしたらいいかな。
 と、とりあえず何か言わなくちゃ。
 えーと。
 ええい!
「……あ、の……。と、とりあえず名前で呼び合うとこから始めてみるのはどうだろうっ!?」
 ……は?
 え? 待って? 僕何言ってんの? いや、そりゃ、たしかに、冗談でそんなこと言ってみちゃおうかなって思ってたことではあって、場が和んだ頃に言うジョークのつもりだった。で、「何言ってるんだよあはは」ってなる予定のやつ! 何言ってんの? えええ。恥ずかしっ。ああ、言い繕わなきゃ、ええと、ええと……!
「わかった」
 は? え? 健ちゃんがやけに真剣な顔で僕を見てた。え? いいの? かなり突拍子もないこと言った自覚あるんだけど!?
「俺もそれでいいよ」
 冬矢もにこにこ笑ってる。ええー……。
 健ちゃんがぱんっと手を合わせる。
「それじゃ可決されたところで! メシが冷めちゃうぜ。いただきます!」
「いただきます」
 続いたのは冬矢だ。置いて行かれそうになって、僕も手を合わせた。
「あ、い、いただきます!」
 ……まさかこんなのが通っちゃうなんてなあ……。でも僕も冬矢と名前呼びになってちょっと距離が近くなった気がするし、これで2人が少しでも話せるようになるといいなあ。そうなったらいいのに。
 ちょっとのびちゃったけど、パスタはわりと美味しかった。うん。


 健ちゃんってすごいよなぁと思う。
「っと、この式は合ってんだよな。じゃなんでこれ違ってんの?」
「ここの二乗するの忘れてる」
「……あー、はいはい。なるほどなぁ」
 あれだけバチバチしてた冬矢と普通に話してるもんね。それに対して何事もなかったかのような冬矢もすごい。
 切り替えが早いのかな、すっかり仲良……。
「おまえって大体何か抜けるよな」
「あ? もう一回言ってみろや」
 仲良……くはないのか、な? うーん。
 自習時間に課されたプリントを、シャーペンの頭でぺちぺち叩く。やっぱり一緒にいたくないのに僕に気を遣ってるんだろうなあ。申し訳ない。
「蒼生、桁一個ずれてるよ」
「えっ。あ、ほんとだ、冬矢ありがと!」
「どういたしまして」
 まあ、関係の構築も修繕も時間かかるっていうから、見守るしかないんだろう。どっちも大事な友達だしなあ。
 でもよく考えたらそもそも僕とも一緒にいる必要ないんじゃない? ……なんて、これ、定期的に考えてるな、僕。だって本当にわからないんだ。健ちゃんはまだなんとか理解出来る気がする。長い間ずっと一緒にいたから、慣れっていうか惰性っていうか、離れるとなんか収まりが悪い感じがするんだと思う。冬矢だってそもそもは森くんの友達で、一緒に連れ回されてるうちにずるずると流されて、……やっぱり惰性なのかな。ただ僕のめんどくさいとこわかってるのに離れていかないのは、心底意味がわからない。
 やめた。それを考えてるのも面倒だし。今はいいや、よくわかんないけどなんか一緒にいてくれるなら、それで。後回しに考えていいことなんかないんだけど、どうせ考えたってわかんないんだから。
「もうすぐ夏休みかあ」
 健ちゃんが呟く。
「現実逃避か? その前に期末試験があるだろ」
「そ、それが終わったら休みだろって話だよ! 電車乗るのも慣れたし、ちょっと遠出したいよな、蒼生」
 急に話の矛先がこっちに来た。
「そうだねえ、グループ学習で色々調べ物もしなきゃいけないしね」
「じゃなくて、遊びに行こうって誘ってんの」
「遊びに? ああそっか、高校生になったし、遠出もありなんだ」
「やっぱ海とか」
「蒼生は室内のがいいんじゃないか」
「いやなんでおまえが決めんだ」
 あ、うん、出来れば室内がいいけどね。暑いから。
 それにしてもなぁ。会話を聞きながら思う。健ちゃんと冬矢って、気が合わないとか言うけど息は合うんじゃないかな。仲がいいかどうかは別として、会話のテンポとかやり取り自体、聞いてて面白いんだよね。
 このまま慣れていったら、僕よりも健ちゃんと冬矢のほうが仲良くなるんじゃないの? そうなったらちょっと複雑な感じがするけどね。複雑? なんでだろ。


 健ちゃんは色々遊びに行きたいみたいだけど、当の健ちゃんが部活で忙しい。なかなか予定の合う日がなくて、とりあえずグループ学習の調べ物に行くのを優先することにした。でも遊びに行くみたいで僕は嬉しいんだけど。
 最初に僕たちが行くことにしたのは学校の近くにある郷土博物館だった。たぶんここはどのグループも来るんだろうなって思ってはいた。でもまさか駅で他のグループに鉢合わせするとはなあ。改札でばったり会った5人組の女子グループと3人組の男子グループも別に待ち合わせたわけじゃないらしい。とはいえ同じクラスだし、男子のほうに健ちゃんと同じクラブで仲のいい人がいた。つまり、
「せっかくだから一緒に行こう」
 まあそうなるよね……。行くとこ同じなのに断るのも変だし。
 テーマは元々興味あったんだよね、だからゆっくり見たかったな。常に周りに人がいるの、ほんとしんどい。博物館の中では、なんかずっとついてくる女子がいて、急かされてるみたいだった。健ちゃんと冬矢と来られると思ってたから楽しみだったのに。
 お昼はみんなでファミレスで、ってことになった。お昼時だから混んでて、席は2つに分かれる。つまりどこかのグループが分割されるわけで、僕たちのテーブルには女子が2人入ってきた。ひとりはさっきからついてくる子で、兼城さん。もうひとりが篠崎さん。らしい。あんまり話したことないから曖昧だ。
 助かるのは、健ちゃんが会話のほとんどを請け負ってくれることだ。健ちゃんだってそんなに知らない子のはずなのに、普通に喋れるんだもんなあ。すごい。珍しく冬矢も対応してるし。僕はなんとなく間に挟まれてにこにこしてるだけで済んだ。ありがたい。

「笹原、悪い、さっき調べたとこでちょっと教えて」
 向こうの席から冬矢に呼び出しがかかる。ああ、冬矢が優秀なのバレてるもんね。冬矢は僕と向こうを何度か見比べて、微かに眉をしかめた。
「悪い、蒼生。ちょっと行ってくる」
 ん? 悪い?
 発言の真意を計りかねて歩いていく背中を見ていると、今度は兼城さんが席を立った。
「飲み物カラになっちゃった。ドリンクバー、ミアのも入れて来るね」
 篠崎さんはミアっていうのか、とぼんやり聞いていると、健ちゃんが立ち上がる。
「オレ行ってくるよ。2人とも烏龍茶だったよね。違うのにする?」
「え、ありがとう! そのままでいいよ」
「私も……」
「了解~」
 はー。そっか。そういえば健ちゃんってこういうタイプだったっけ。性別関係なく親切で、率先して動く。だから健ちゃんってみんなに人気あるんだよね。どうやらクラスの男子の大部分がもはや友達みたいな感じらしい。
 …………。待って。今、僕と女子2人だけなんだけど。
「寺田くんって優しいよね」
 兼城さんが急に僕のほうを向いて言った。来た。
「そうだね」
 兼城さんはずい、と距離を詰めて僕のすぐ近くに座った。うわ。近い。逃げたい。
「寺田くんと幼馴染みなんでしょ。やっぱりモテてた?」
「あ、うん。すごく人気あったよ。今は彼女はいないみたいだけど」
「そうなんだぁ。野木沢くんは?」
「僕なんか、全然」
「え、じゃどんな子がタイプ?」
「うーん……どんなっていうか……」
 やめて。ほんとやめて。ほんとそういう話僕に振らないで。嫌いなんだってば。詰めてこないで。
 反対から篠崎さんも僕のほうに寄ってくる。
「ね、あ、あの、笹原くんも彼女いない?」
「どうかな、詳しくは知らないけど、今はいないんじゃないかな」
 息苦しい。心臓がドクドクいって、気道を塞ぐみたいな感じがする。声が遠い。
「蒼生」
 それだけはっきり聞こえた。冬矢。はー……。知らず知らずに詰めてた息が肺から逃げていった。助かった。
 冬矢の顔を見て、篠崎さんが跳ねるように僕から離れる。僕はなんとか笑う。
「おかえり」
「……うん」
 冬矢は何か考えるように僕を見ていたけど、そこで言葉を途切れさせた。なんだろう? 僕に言いたいことがあるみたいだったけど……。

 ああ、なんか久し振りに心にズシンと来たな。
 高校入ってから、健ちゃんと冬矢といるのが嬉しくて、あんまりクラスメイトと交流してこなかったから忘れてた。僕も告白受けること最近減ってたし、そういうの頭から抜けてた。
 そうだよ、健ちゃんも冬矢もモテるんだよなぁ。彼女……今はいなくてもすぐに出来るんだろうな。今更僕がどうこう言うことでもないけど。
 こうやって、3人でいられて楽しいなんて、あとどれくらい言っていられるんだろうか。


 なんだか、モヤモヤがずーっと持続したまま夏休みが終わってしまった。一緒にいる時は楽しいんだよ、だけどふとした瞬間に胸の奥がざわざわする。冬矢は変わらず優しかったし、健ちゃんは僕を連れ出して遊んでくれる。なのに、僕はこんな……。
 もしかして、心のどこかで一歩引いてるのを気付かれちゃったのかな、と思うことがある。健ちゃんが、急に飛びついてこなくなったんだ。勢いよく来なくなったなっていうのは前々から気付いてたけど、ここにきてホントに急に。思い返せば、夏休みの半ばくらいからそんな感じだったような。つまり、女子グループと一緒になった後からなんだよね。もしかしてあの時、気の合う子とか見つけたんだろうか。僕の知らない夏休みのどこかで、その子とどこかに遊びに行ったりしたんだろうか。
 でも、健ちゃんはそういうの逐一報告してくるし!
 ……いや待てよ。僕にはもう報告する必要がないって思われたのかも。報告もしないし、飛び付きもしない。それって、あれ、本格的に僕なんていらないって思われてる……?
 そうだよね、そもそも僕たちはただの幼馴染みだし。いつか離れる日がくるのはわかってるんだ。何回もそれを思って、そのたびにまだ大丈夫って乗り越えて来たけど、くっついて来なくなったっていうのは決定打かもしれない。
 あー、駄目だ、思考が下を向く。
 やだやだ。
 もうどうせならこのままひとりになっちゃいたい。
 ……そしたら、冬矢はどう思うかな。引き留めてくれるかな。それとも、さすがに面倒見切れなくなる?
 そうなんだろうなあ……。僕自身がこんなに面倒に思ってるんだから、冬矢だって引くよね。
 もういっそのこと、2人とも誰かと付き合っちゃえばいいのに。そしたら諦めもつくんじゃないかな……。

 とりあえず僕は図書委員の仕事を増やした。用事で当番が出来ない人の代わりを積極的に引き受けた。
 ひとりになりたい時は本に囲まれるに限る。文字を追っていれば余計なこと考えなくて済むから。今日の図書館は人が少なくて、好きな本読み放題だ。なんだけど、頭の中がどろどろしすぎて、内容が入ってこない。何か仕事ないかな。
「すみません、何かやることありませんか」
 カウンターの後ろのドアを覗き込むと、司書さんが3年生の委員さんと一緒にカードの整理をやっていた。古いデータを新しいシステムに移行する作業らしい。
「ならそこのカードを本に戻すの手伝ってもらっていい?」
「わかりました」
 単純作業か、助かる。今あんまり頭使うことしたくなかったから。ナンバーとタイトルさえ間違わなければいいんだもんね。
 早速僕は、処理を終えたカードの束を手に、積み上がった本と向き合う。
「そういえば野木沢くんさぁ」
 手元から目を離さないまま、先輩が僕を呼ぶ。
「はい」
「学祭で本を使った謎解きイベントやりたいって言ってたよね」
「ええ、はい」
「あれ部長が面白いって言ってたよ。使う本は限られちゃうけど、もうちょっとブラッシュアップすればいけるかもって」
「わ、本当ですか!」
「次の会議で話し合おうって流れになってるから、野木沢くんも意見よろしくね」
「はい!」
 嬉しい。雑談のついでにほんのりした希望程度に話しただけだったのに。普段あんまり本に触れない人が触れるきっかけになりそうだし、純粋に面白いだろうなって思ったんだ。図書館ではいつも眠くなっちゃう健ちゃんだってきっと楽しめるだろうなって。冬矢なんかすぐにわかっちゃうよ、勘がいいから、たぶんすぐ仕掛けに気が付く。それでもたもたしてる健ちゃんに一言言って大騒ぎになるんだ。
 ……また健ちゃんと冬矢のこと考えてる。ああ、もう。

 当番の時間が終わった後も先輩と学祭でのイベントについて話し込んじゃった。季節的には全然明るい時間だけど、窓の外の光の量がだいぶ落ち着いてきたな。廊下なんてもう誰の姿もない。早く帰ろう。
 でも、今まで学祭なんて決まったことに頷くだけだったから、もしかしたら自分の企画が通るかもなんてドキドキすることがあるなんて思わなかったなあ。いや通らないかもしれないし、通らない可能性のが高いかもしれない。その時はその時でちゃんと納得できるように心づもりはしておかなくちゃ。
 教室の電気は落ちていて、誰も残って、
 …………え?
 僕はドアの前で立ち止まる。
 電気がついてないだけじゃない、教室は雰囲気ごと薄暗かった。
 人影はふたつ、……健ちゃんと、冬矢?
 え、健ちゃん部活でしょ? さっきそんな話したよ。あれ、でも、部活の人たちが帰ってくるのはもっと遅くなってからだよね?
 冬矢は学級委員の代理で会議に出てたはずだけど、他クラスの委員の人がさっき図書館に寄って帰っていった。つまりとっくに終わってたはず。
 何?
 空気が不穏過ぎる。
 怖い。
 この場からいったん離れたい、本能がそう告げて、一歩後退る。
 けど、それで気付かれた。
 健ちゃんと冬矢が同じタイミングで僕を見る。
「おかえり」
「……た、ただいま」
 どこにも棘はない、柔らかい口調。穏やかな目線。なのに、どこかぴりっとした空気。
「め、ずらしいね、2人で教室にいるなんて」
 なるべく明るい声が出るようにおなかに力を入れて、笑う。いや、笑えてるかな。
 冬矢がゆっくり立ち上がる。
「うん。蒼生を待ってた。……ちょっと聞いてほしい話があるんだけど……いいかな」
 どくん、心臓が握りつぶされたみたいに痛む。
「あ、うん……」
 なんとかそれだけを答える。
 話……ってなんだ。
 誰もいない放課後でしか話せない話?
 こんな僕にはもう付き合ってられないって話?
 怖い。
 もう近寄らないでくれとか。
 あっ彼女出来たよとか?
 何。
 何を言われるんだろう。
 でも、何を言われるにしても、ちゃんと聞かなきゃ駄目だ。受け入れなきゃ駄目なんだ。話を聞かなくちゃ。
 僕は教室の真ん中まで歩く。冬矢はそんな僕をじっと見ている。健ちゃんも席から立って、冬矢に並ぶようにして僕の前に立った。
 静かな教室。しんとする音が耳に痛い。
 僕は唇を噛んで、2人の言葉に身構える。
 息を吸う音。

「好きだ、蒼生」
「蒼生のことが好きだよ」

 …………えっ?


 長い走馬灯から覚める。
 えっ? 何? は? ちょっと……あれ……。
 待っ……。
 何? 僕が思ってたのと、違うこと言われた? それはまるきり反対の意味みたいで……。
 落ち着こう。
 いったん、落ち着こう。
 処理が追い付かない。
「……あの、えっと、ちょっと待って。ご、ごめんね、ほんと失礼なこと言うんだけど、いっこだけ確認させて? そ、それは、あの、……ほんとうのやつ?」
「ああ、本気のやつだ。付き合ってほしい」
「健ちゃんも……?」
「うん。ずっと好きだったよ」
 聞き間違いじゃ、ない、みたい……?
 好き……?
 僕を?
 健ちゃんが?
 冬矢が?
 え、それは友達としてじゃなくて? いや、冬矢が付き合って、って言った。じゃ違うんだ。そういう意味じゃないやつなんだ。いやいや、かえっておかしくない? 言ってる意味は、わかる、でも、わからない。
 想定外すぎて思考がついていかない。どうしたらいい? なんでこんな状況なの? しかもなんでふたりいっぺんに? 余計にわかんない。だってふたり気が合わないとか散々言ってたのに、ここで合わせてくるの? え、こういうのって1対1でやるもんなんじゃないっけ。少なくとも今まではそんなことなかったけど。集団で来るとかそういうのアリなの? いや集団ってほどじゃないけど、それにしたって、ふたりで? なんで?
 ……待てよ。
 たとえふたりで来ることが、まあ、普通のことだとしよう。だけど、応えるのはどっちか……ってことじゃないの? つまり、それってもうひとりを振るってことじゃない?
 振る……。そしたら、今までみたいに一緒にいられなくなるよね? 僕のそばからいなくなっちゃうってこと?
 やだ。
 健ちゃんも冬矢もいなくならないでほしい。
 じゃあ、どっちにもごめんなさいって言う?
 でもそれってふたりとも振るってことにならない?
 それでふたりともいなくなっちゃったらどうしよう。
 やだ。絶対やだ。
 どうしよう。どうしたらいい?
 でも答えないのは駄目だ。黙ってちゃ駄目だ。どうしよう。どう答えたらふたりはこのまま傍にいてくれる?
 時間だ、時間が欲しい。
 考える時間が欲しい。
「……っ。あの、僕、健ちゃんのことも、冬矢のことも、好きだよ。でも、付き合うとか……そんなふうに思ったことなくて……。だから、どっちかを選ぶとか、そんなの急に決められなくて……えっと、ちょっと時間が欲しいなって」
 僕が提示したのは、「保留」だ。
 だってそんなの、決められないもん。
 考えて結果が出るのかわかんないけど、でも、考えなくちゃいけないんだよね。
 と。
 突然、冬矢が僕の目の前にまで来る。
 え、何、近い。
「わかった。蒼生が今答えを出せないのは、俺たちのどちらかを選ばなくちゃいけないと思ってるからだな」
「あ、え、そういうこと……かな? だ、だって、そうだよね……?」
 ふたりで来たってことは、どっちか選べって言われた、んだよね? 違う?
「じゃあ、選ばなくていい」
「……えっ?」
 頭が一瞬にして真っ白になった。何だって?
 選ばなくていい?
 どういうこと?
 がたん、と机を押しのけるようにして、健ちゃんが僕に駆け寄る。
 健ちゃんも近い。
「オレたちふたりで蒼生のこと大切にする。だからオレたちのものになってほしい」
 冬矢が僕の目を覗き込む。
「俺たちと一緒にいてほしい」
 な、なんだか頭がぐちゃぐちゃだ。
 え?
 あれ、これ、二択?
 ふたりと一緒にいられるかいられないかの二択?
 よ、よくわかんない。
 ああもう考えが全然まとまらない。
 僕はふたりのことに関しては面倒だと思ったことないんだけど、さすがに今回ばかりはちょっと面倒になって来たのを許してほしい。
 …………うー。
 もうやめた、考えない。
 僕が頷けば僕は健ちゃんと冬矢とこれからも一緒にいられるってことだね? それは間違いないんだね? じゃあ、それが一番じゃないか。
「わかった。……うん、わかった。ふたりとお付き合いする。だ、だけど、考えながらでいい? 答えを出すのはそれからでもいい……?」
 我ながらズルい答えだなあ、と思う。
 でも、冬矢は優しい笑顔で頷いた。
「それでもいいよ。ありがとう」
 健ちゃんもようやく安心したように笑う。
「よかった。これからもずっと一緒だな!」
 う、うん。


 これでよかったんだろうか……?
 なんか、面倒を避けたように見えて、一番面倒な選択をしちゃったんじゃないか……?
 うーん。
 でも、まあ、……いいか……?
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