高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

プロフィールタグ

投稿日:2023年07月10日 21:43    文字数:8,500

6こ目;君じゃなくちゃダメなんだ! 第1話

ステキ数:1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました
コメントはあなたと作品投稿者のみに名前と内容が表示されます
蒼生の生まれた時からの幼馴染み、寺田健太から見た世界のおはなし。
ふたりにとって思い出に残るシーンは同じだったり違ったりします。
微妙な温度差を感じていただければ……。

【今日の注意事項】女子とのおつきあいシーンがあります。この注意いるのかしら。

↑当時のキャプション↑
2021/07/16公開。
どストレートなタイトルは、健太ならではですね。
こちらのお話もよろしくお願いします。
1 / 1
 オレの記憶の最初は、広がる青い空と梯子の形のシルエットだ。
「健ちゃん、大丈夫?」
 慌てたような速度の、心配そうな声。たしか、大丈夫だと答えたはずだ。
「そっか……よかった」
 覗き込んできた優しい笑顔。空よりも眩しくて。オレはこのシーンを、一生忘れない。



 ランドセルを背負うと、友達がばんっとそれを叩いてきた。
「なあ、今日帰ったら公園で遊ばねえ?」
 オレはそれに答えず、まず視線を巡らせる。見慣れた姿が前のドアから出ようとしてるのが見える。
「わりぃ、今日はパス」
「そっかー」
 残念そうな声にもう一度ごめんな、と返し、ドアに向かって駆け出した。飛び出すと、ちょっと先に探していた背中を見つける。よかった、間に合った。
「蒼生ーっ!」
 声をかけると肩がぴくんと跳ねて足が止まる。ランドセル越しだから手が届かなくて、ギリギリ首の前のところで両手が組めた。くすりと笑う気配。
「健ちゃん、苦しいよ」
 首だけ振り向いて、ふんわりとした笑顔を見せてくれる。なんでだか、勝手に手に力が入った。
 オレは、寺田健太。小学校6年生。クラブはサッカーで、ポジションはFW。体育と技術が好きで、苦手なのは国語とか算数とか……とりあえず座ってする勉強。彼女はいません! なんかそういうのって大人になってからなのかなとか思ってたけど、高学年になってから急にみんな彼女だの彼氏だの言い出してて、好きな人とか作んなくちゃいけないのかなって思ってるんだけど、うーん。いつか好きな人って出来るのかな? よくわかんねえや。
 そう、それから、今オレの目の前にいるのが野木沢蒼生。生まれた時から一緒にいる幼馴染み。生まれたその日に出会ったんだとよく聞かされて育った。でもたぶんそんないきさつがなくても蒼生とはずっと一緒にいたと思う。穏やかで優しくて面倒見がよくて、いつもにこにこ笑ってる。オレは小さい時からその笑顔が嬉しくて、よく蒼生にひっついていた。少し長めの黒い前髪から覗く同じ色の目が細められる瞬間、なんかいつも喉のあたりがきゅっとする。いつも笑ってるけど、オレがこうやって飛びつくと、ちょっと違う笑い方になるんだ。なんていうのかな、いつものを「ふわっ」だとすると「ふんわり」って感じ。オレの記憶の底にあるのはこの笑顔だ。ずっと可愛いと思ってたけど、最近、綺麗だと思うようになった。もちろん可愛いのは変わんないんだけど。
「どこ行くの? 帰んないの?」
「昨日のクラブで読み終えられなかった本があるんだ。下校時間まではちょっとあるから、読んじゃおうかと思って」
「ふーん。じゃ、オレも行くわ」
 蒼生はクラブ選択で、読書クラブを選んだ。まあ本好きだもんな。家でもたくさん読んでるのにまだ足りないっていうんだから、そのへんは趣味としては合わない。だけど、本を読んでる時の蒼生はあんまり笑わないんだ。普段は見られないその顔を見るのは嫌いじゃなかった。
 親の話によると、オレは小さい頃も絵本すら読まなかったらしい。見かねた蒼生がよく隣に座って絵本を音読してくれていた。だけど、気が付くとオレは眠ってしまっていたそうだ。その話自体はよく覚えてないけど、蒼生の声が心地よかったことは覚えてるから、きっとそれで寝ちゃってたんだろう。
 唯一覚えてるのは、蒼生が好きだった絵本だ。何度も読んでくれたから大体覚えてる。なんか、ウサギが冒険するやつ。えーとなんだっけ、一緒に旅する2匹が、色々乗り越えて、それからもずっと一緒にいました的な。当時のオレはそれに感化されて、「そうか、ずっと一緒にいる2匹は最初からずっと一緒なんだ!」と思い込んで、どこに行くにも蒼生を引っ張って連れて行ってた。とにかく、見たいものとか触りたいものとか、蒼生と一緒じゃなくちゃ駄目だって思ってたんだよな。後で聞いたところによると、それでオレ、蒼生にケガさせることも多かったらしい。その点は今ではものすごく反省してる。うん。
「……健ちゃん? 健ちゃん、起きて」
 ん? 起きて? はっと顔を上げる。そこは図書室だった。隣の蒼生が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「えっオレ寝てた?」
「うん。いいんだよ、無理に僕に付き合わなくて」
「いやいやいや、無理にじゃねえよ」
 いつの間に寝てたんだろ。もうなあ、癖なんだよなあ……。隣で蒼生が本読んでると、あの頃みたいに気持ちよくなって寝ちゃうんだよ。あんなん幼稚園の頃の話なのに、未だにこうなっちゃうんだから困っちゃうよな。
「本、読み終わった?」
 聞くと、またあのふんわりの笑顔になる。
「うん。面白かった。ついててくれてありがとう」
 こちらこそ、と返しそうになった。なんだこちらこそって。


 別の日の放課後。校庭で少し遊んでから教室に戻ると、蒼生の姿がなかった。どっちかが休む日とかでもない限りいつも一緒に帰ってたから、どうしたんだろうと心配になる。後ろのロッカーにはランドセルがあるから、まだ帰ってないはずだけど。
 そこに、ばたばたとクラスメイトが走り込んできた。
「図書室の前で、金沢が野木沢に告白してる!」
 は?
 野木沢? って……蒼生に?
 は?
 教室に残っていたクラスメイトたちがわっと歓声を上げて教室を飛び出していく。一瞬遅れたオレは慌ててその後を追った。
 図書室の前には、噂の2人が立っていた。金沢が長い髪をたらすようにうつむいてて、蒼生はその前で困ったように笑っていた。オレたちが走ってきたことに気が付くと、ぱっと金沢がこっちを向いた。
 なんだ。蒼生はなんて言ったんだ。
 金沢も笑っていた。軽く走るようにオレたちのほうに来ると、金沢は大きく息を吐いて両手を肩の辺りで上に向け、よく外国人がやるようなポーズを作った。
「フラれちゃったぁ」
「ええーっ、そうなのぉ!?」
 女子たちが金沢を取り巻く。男子たちは興味深げにその輪をちらちらと見ていた。
 オレは、金沢がいた場所を見つめたままの蒼生の元に駆け寄った。蒼生はオレに気が付くと、困ったままの顔を少し和らげる。
「……ギャラリー多いね」
「……されたの?」
「ん?」
「告白」
「うん」
「……断ったんだ?」
「うん。お付き合いとか、まだ僕には早いよ」
「そっか……」
 肩から力が抜けた。
 そうだ。うん。蒼生に先越されるわけにはいかないもんな。オレと蒼生は幼馴染み。ライバルみたいなもんだ。蒼生に先に彼女が出来るなんて……うん、そんなの認めらんねえよ。



 家が隣同士のオレと蒼生は、当然同じ中学に進学した。ぱりっとした学ランに袖を通すと、なんだか急に大人になったような気がする。玄関脇の姿見でポーズなんかとってみたりしてな。
「ぷぷっ。なにやってんのぉ」
 リビングから顔を出した姉ちゃんがにやにや笑ってる。
「お兄ちゃんダッサ~」
 その下で妹の美野里まで笑ってる。……くっそ何見てんだよ!
「ええい散れ散れ! こっち見んな!」
 両手をばさばさ振ると、きゃっきゃ笑いながら2人してリビングに戻っていく。あー、くそ、そりゃあ背が伸びることを視野に入れたちょっと長めの袖とか、かっこわりぃよわかってるよ!
 肩で息をしていると、今度は洗面所から母さんがひょっこり顔を出した。
「健太、準備できたの? そろそろ出なきゃ入学式に遅刻しちゃう」
「もうそんな時間!?」
 まだほとんど中身の入っていない鞄を持ち、新品の革靴を履く。ずっと履きやすくて走りやすい靴ばっかり履いてたから、なんだか窮屈な感じだ。母さんは奥に父さんを呼びに行ったみたいだ。オレは勢いよく玄関を開けた。
 朝の眩しい光。玄関先にいた蒼生がぱっと顔を上げた。
「おはよう健ちゃん」
「おはよう、蒼生」
 真新しい制服の蒼生ははにかむように笑う。えっ可愛い。
 履き慣れない革靴の爪先を地面に叩きつけるように近寄ると、オレは蒼生の前髪に触れた。サラサラした手触り。
「髪切ったんだな」
「ちょっとさっぱりさせただけなんだけど、よくわかったね」
 そりゃ気付くさ。ぱっちりした瞼の二重がはっきり見えるもんな。
「いいじゃん、似合う」
「健ちゃんも制服似合ってるよ。カッコいい」
「でも袖が長いの姉ちゃんとみのりに笑われたんだぜ?」
「すぐに伸びるから大丈夫じゃないかな」
 蒼生ににこにこしながら言われると、なんかその通りだなって思える。蒼生に誉められるのは嬉しいし、なんか自信持てる気がするんだよな。
 ああ、同じ制服って嬉しいな。お揃いなんて幼稚園の園服以来だなって言うと、蒼生は「なにそれ」と目を細めて笑った。


 小学校でもやってたし、という理由でサッカー部に入った。我ながら下手ではないと思ってたから、最初から大活躍! のイメージだったんだけど、現実は違った。小学校のクラブって遊びの延長みたいなもんだったんだな。最初は走り込みだったりボール拾いだったり、体力を付けさせる系の運動ばっかだった。
「結構キツイなー!」
 朝練の着替えが終わると、カズキが大きな溜め息をつく。隣で頷くのはタクト。2人は小学校のクラスメイトで、同じサッカークラブだった。カズキとはクラスが別れたけど、また部活が一緒になったのでこうしてつるんでる。蒼生以外でいえば一番の仲良しトリオだと思う。
「早くボール追っかけたい」
「わかるわかる」
「でもちゃんと体力ついてきた気はするんだよなぁ」
「健太は元から体力あるほうだからだろ」
 んー、確かにスタミナは少し自信がある。小さい頃、蒼生の兄ちゃんや姉ちゃんたちに追い付きたくてひたすら走り回ってたからなあ。ふと気付いて振り向くと、親たちが話に夢中なその脇で笑ってる蒼生とよく目が合ったことも思い出す。年上と張り合おうと無茶して転ぶと、真っ先に飛んで来たのもいつも蒼生だった。
「……でもまあ、確かにボールは拾うんじゃなくて蹴りてぇな!」
「ホントそれだよな~」
 とりあえず朝イチで練習やってそこから授業ってのが一番慣れないかもしれない。腹は減るわ眠くなるわ、何一ついいことねえんだよな。そのうち慣れるのかな?

 3人でだらだらしゃべりながら教室に向かう。廊下は朝のショートホームルームが近いこともあってだいぶ人が増えてきていた。朝イチで静まり返った廊下とは雰囲気ががらっと違って騒がしい。このざわざわした感じはわりと好きだ。
 カズキのクラスに差し掛かった時、そのざわめきに紛れるように小さな声がした。
「辻くん」
 カズキのことだ。辻カズキ。ついでに、タクトの名字は花井っていう。
 3人して振り返ると、女の子が立っていた。肩につくくらいの髪をゆるく内側に巻いたおとなしそうな子だ。小首を傾げる仕草がちょっと可愛い。いや、結構可愛いな。
「辻くん、今日日直だよね? さっき先生が、朝配るプリント運ぶの手伝ってほしいから部活終わったら職員室に来てって言ってたよ」
「あ、マジ? ありがと」
「うん」
 その子は笑って頷くと、教室の中に戻って行った。カズキがオレの脇腹を肘でつつく。
「なんだよ」
「オレのクラスの遠藤オリエちゃん。可愛いだろ」
「可愛いな」
「お前、じっと見てるんだもんな。惚れちゃった?」
「は?」
 いやそういう意味で見てたわけじゃ……ない、か? どうなんだろう。たしかに可愛い子だった。
 あ、とタクトが声をあげる。
「仲介はいいけど、先生からの伝言どうすんの」
「やべっ。行かなきゃ!」
「おー、行ってこーい」
 早足で職員室に向かうカズキの背中を見送りながら、オレはさっきの台詞を頭の中で再生する。そんなにあの子、遠藤さんのこと、オレ見てたかな。可愛い、って好きってことなのかな。正直よくわからん。
 教室に入ると、蒼生の後ろ姿が見えた。あー。一晩ぶりの蒼生だ。席に座って鞄から教科書を出している蒼生に後ろから覆い被さる。
「おはよう蒼生ー」
 ああ、落ち着く。蒼生は振り向いてふんわり笑う。
「おはよう健ちゃん、お疲れさま。花井くんもおはよう」
「おはよー。いつものことながら野木沢、それ重くない?」
 それとはなんだ、それとは。
「重くないよ。もう慣れちゃった」
「そうだぞ、オレは蒼生を鍛えてるんだ」
「どのへんを?」
「……えーと……足腰?」
「適当じゃん!」
 タクトがつっこんで、蒼生が声をあげて笑った。なんだ、朝練の疲れがすっ飛んだ気がするな。


 その日から、オレはつい遠藤さんを目で追っていた。カズキのせいだ。意識してることに気付くとよけいに意識してしまう。隣の教室の前を通り過ぎる時とか、移動教室の時とか、ふと目に入ると「あ」と思う。これが「好き」?
 蒼生が急いで帰っちゃって教室に取り残されたオレは、机に突っ伏して考える。でも誰かを好きになったことないから、好きがどういうことなのかわからない。あまりにわからなすぎて、実は昨日の夜、蒼生の上の兄ちゃん……こう兄に聞いてみたんだ。こう兄っていつも女の子連れてるから。そしたら一言だ。
「付き合ってみたらわかるんじゃね?」
 そっち先か~。
 考えててもしょうがないし、オレは鞄を掴んだ。昇降口で自分の靴を掴むと、ちょっと寄り道して蒼生の下駄箱を確認する。これ、癖なんだよな。蒼生っていつもオレのこと待ってるから、間違えて帰っちゃわないように。うん、今日は靴ないな。
 そのまま外に出ようとすると、偶然タイミングが重なった人がいる。小柄なセーラー服姿。あっ。
「遠藤さん」
 やべ、声が出た。彼女は不思議そうに首を傾げる。
「寺田くん? 何?」
「あ、オレの名前……」
「辻くんの部活のお友達さんでしょ。いつもおしゃべりしてるの見てるから。それに……」
 それに? 彼女はその先は言わずに首を振った。表情を隠すように俯いて、すっと歩き出す。
「それじゃ、さよなら」
「待って」
 思わず引き留めてしまった。マジか。振り向いた顔はやっぱり不思議そうだ。可愛いと思う。ええい、こう兄、信じるからな!
「あの、オレと、付き合ってください!」
 言った。後戻り出来ないやつだこれ。
 ちょっとの間。驚いた表情でオレを見ていた遠藤さんは、小さく笑って頷いた。
「はい」
 ……うわ。初彼女じゃん……!

 とにかく誰かに言いたい。彼女出来ましたって。あー、テンション上がる。誰彼構わず言って回りたい! でも残念ながら放課後で、自慢したい相手は誰もいなかった。家族? いや、からかわれるに決まってる。こう兄に言うのもなんだか癪だ。とりあえず蒼生には言わなきゃな。
 ……蒼生。なんて言うかな。オレは蒼生より先に彼女作るんだって勝手に思ってたけど。蒼生もそう思ってたらどうしよう。そう思うと言いづらい。嫌な顔されねえかな。でも蒼生には言わなきゃ。
 並んで歩く朝の通学路。珍しく会話がない。蒼生が何か言ったらそれをきっかけに話しだそうと思ってたんだけど、この日に限って蒼生はずっと黙っていた。
 あー、行くしかねえな。
「オレ、彼女できた」
 なんとか決心して告げると、蒼生はすぐにパッと笑った。
「そうなんだ、おめでとう!」
 何を言われるかドキドキしてたけど、蒼生の声は明るかった。オレは胸を撫で下ろす。はあ、よかった。ホントに。
「はー。喜んでくれてよかった~」
「そりゃあ大事な幼馴染みだもん。喜ぶでしょ」
「いやオレのほうが先に彼女作っちゃうとか文句言われるかと思った」
「言わないよ、そんなの」
「だよな、蒼生はそんなこと言わないもんな!」
 そうだよ、蒼生はオレが喜ぶことを一緒に喜んでくれるやつだ。オレは何を心配してたんだろ。優しい蒼生がオレより先だの後だの小さなこと言うはずないもんな!
 よし、オレも蒼生に彼女が出来た時は真っ先に祝ってやろう。
 …………蒼生に彼女。蒼生に。
 いや、オレは蒼生の幼馴染みで親友なんだから。祝うのは当然だ。
「つ、次は蒼生の番だな」
「僕はいいよ」
 蒼生にしては珍しい、きっぱりとした口調。……あの小学生の時の告白みたいに、まだ早いって思ってるんだろうか。でも、それを聞いてほっとしている自分がいて、少し落ち込む。オレに彼女ができるのがよくて蒼生にできるのがダメなんて、そんなことあるはずないのに。


 この日を境に、何かがズレた気がする。
 最初のズレは早速放課後にやってきた。部活が終わって教室に帰ったオレは、そこがやけに静かなことに気が付く。
「ただいま。蒼生~」
 返事はない。それどころか姿もない。あれ?
「蒼生?」
 今日何か用事あるって言ってたか? 聞き逃した?
 とりあえず机の周りを見てみる。鞄がない。図書室にでも行ってるんだろうか。でも早足で行った図書室は、きっちり鍵が閉まっていた。しばらく廊下をうろうろして、最後に下駄箱を覗き込む。そこには、蒼生の上履きが置いてあった。
 なんで?
 もしかして調子悪かったのかな。携帯……今時学校に持って来ちゃいけませんってそんなんありかよ。もし、急に蒼生が具合悪くしたんだとしたら連絡出来ねぇじゃん! とにかく早く帰ろう。蒼生、大丈夫かな。
 気が気じゃなくて、オレは教室に残した鞄をひっつかんだ。

 学校から家までは走ればたいした距離じゃない。なんか途中で誰かに会った気がするけどそれどころじゃなかった。走って、走って、まっすぐに家の敷地に走り込む。もちろん野木沢家の敷地だ。そこではおばさんが玄関先の鉢植えの植え替えをしていた。
「あ、おばさん! 蒼生帰ってる!?」
「健太くんはどうしても私のことそう呼ぶわよね……。あ、健太くん聞いたわよ。彼女出来たんですって? 良かったわね」
「うん、そう。それより蒼生は?」
「いやぁね、照れちゃって。蒼生にもそろそろかしら」
「蒼生、具合とか悪くしてない?」
 おばさんはようやく目をぱちぱちとやって、土をいじる手を止めた。
「大丈夫だけど……。部屋で課題やってるわよ」
「ありがとうお邪魔します!!」
 玄関から中に飛び込むと、適当に鞄を放り投げ、靴を脱ぎ捨てて、ああでも一応ちゃんとしなくちゃ、オレ用のスリッパをラックから取って突っかけ、3階の蒼生の部屋を目指す。3階かよ、遠いな!
「蒼生っ!」
 ドアを開けながら呼ぶと、机に向かう蒼生の姿があった。いた。ちゃんといた。よかった。帰る途中に何かあったんじゃないかって走りながらどんどん嫌な想像しちゃってたんだ。よかった。
 ぎゅっと後ろからしがみつくと、あっけないくらい涼しい声がした。
「おかえり」
「ただいま……じゃない、なんで先帰ってんだよ! どっか具合でも悪かった?」
「え? ううん」
 蒼生の声は心底不思議そうだ。
「課題あるから!?」
「ううん」
「それじゃなんで!?」
 オレに何も言わずに帰るなんて、そんなこと今まで一度もなかったはずなのに。蒼生はオレの腕の中で小さく首を傾げた。
「そりゃあ彼女が出来たんだから、登下校は彼女としたいんじゃないの?」
 ……え?
 あ……そうか。そう……そういうもんだ。
 考えてみりゃ、友達とわいわい話し合った「彼女が出来たらしたいこと」の中に、一緒に帰る、とかそういうのあったな。何故かすっかり頭から抜けてた。
「登下校は彼女と……が自然?」
「そうだと思うけど」
「オレが蒼生を怒らせちゃったとか嫌われちゃったとかでは?」
「ないね」
「……そっか」
 蒼生はずっといつもの穏やかな口調だった。本当にそう思ってるんだ。
 そうだよな、恋人なんだからそうなるよな。でも、オレの中で、学校に行くのも帰るのも蒼生が隣にいるのが当然だった。そうか。もう違うのか。


「遠藤さん、一緒に帰ろ」
 隣のクラスを覗き込んで声をかけると、遠藤さんは嬉しそうに笑ってこっちに走ってくる。
「今日さ、授業で4回も当てられちゃったよ」
「もしかして出席番号と日付が合っちゃったの?」
「それが何の関係もないんだよなあ」
「ええ~、それは酷いねえ」
 実際、遠藤さんは可愛かった。オレが話しかけるとにこにこ笑ってくれる。小柄で、見上げてくる顔が可愛い。小さな声で楽しそうに笑うのがいいな、と思う。何か言うとすぐ返ってくるところも、会話が続く感じがすごく楽しかった。放課後の寄り道は駄目だって話だったけどバレなきゃいいわけで、こっそり2人でソフトクリームを買い食いなんかしちゃったりした。同じ制服が近付いてきて、慌てて物陰に隠れた時なんかめちゃくちゃ楽しかった。
 オレはずっと、楽しいことは蒼生と共有してきた。オレが楽しかったことを話すと、蒼生も笑ってくれた。なのに最近、蒼生はオレの話に曖昧に笑う。
 なんで? わからない。
 蒼生は教えてくれない。
1 / 1
コメントを送りました
ステキ!を送りました
ステキ!を取り消しました
ブックマークに登録しました
ブックマークから削除しました

コメント

ログインするとコメントを投稿できます

何をコメントすれば良いの?
『コメントって何を投稿したらいいの・・・」と思ったあなたへ。
コメントの文字制限は140文字までとなり、長いコメントを考える必要はございません。
「萌えた」「上手!」「次作品も楽しみ」などひとこと投稿でも大丈夫です。
コメントから交流が生まれ、pictBLandが更に楽しい場所になって頂ければ嬉しいです!

この作品に関連のあるpictSQUAREのイベント

    • 2026年06月30日 00:00〜23:50
      受付中
    全年齢創作BLオンリー「さわやかで、あまい。」
    一次創作 創作 BL 全年齢BL ソフトBL ブロマンス
     サークル参加受付期間
    10 / 24sp

    01月20日 17:30 〜 06月23日 00:00
    • 2026年06月13日 22:00〜翌21:00
      受付中
    恋のさいはて
    夢創作 ジューンブライド オールジャンル 二次創作 夢小説 夢漫画
     サークル参加受付期間
    35 / 50sp

    12月01日 00:00 〜 05月24日 00:00
6こ目;君じゃなくちゃダメなんだ! 第1話
1 / 1
 オレの記憶の最初は、広がる青い空と梯子の形のシルエットだ。
「健ちゃん、大丈夫?」
 慌てたような速度の、心配そうな声。たしか、大丈夫だと答えたはずだ。
「そっか……よかった」
 覗き込んできた優しい笑顔。空よりも眩しくて。オレはこのシーンを、一生忘れない。



 ランドセルを背負うと、友達がばんっとそれを叩いてきた。
「なあ、今日帰ったら公園で遊ばねえ?」
 オレはそれに答えず、まず視線を巡らせる。見慣れた姿が前のドアから出ようとしてるのが見える。
「わりぃ、今日はパス」
「そっかー」
 残念そうな声にもう一度ごめんな、と返し、ドアに向かって駆け出した。飛び出すと、ちょっと先に探していた背中を見つける。よかった、間に合った。
「蒼生ーっ!」
 声をかけると肩がぴくんと跳ねて足が止まる。ランドセル越しだから手が届かなくて、ギリギリ首の前のところで両手が組めた。くすりと笑う気配。
「健ちゃん、苦しいよ」
 首だけ振り向いて、ふんわりとした笑顔を見せてくれる。なんでだか、勝手に手に力が入った。
 オレは、寺田健太。小学校6年生。クラブはサッカーで、ポジションはFW。体育と技術が好きで、苦手なのは国語とか算数とか……とりあえず座ってする勉強。彼女はいません! なんかそういうのって大人になってからなのかなとか思ってたけど、高学年になってから急にみんな彼女だの彼氏だの言い出してて、好きな人とか作んなくちゃいけないのかなって思ってるんだけど、うーん。いつか好きな人って出来るのかな? よくわかんねえや。
 そう、それから、今オレの目の前にいるのが野木沢蒼生。生まれた時から一緒にいる幼馴染み。生まれたその日に出会ったんだとよく聞かされて育った。でもたぶんそんないきさつがなくても蒼生とはずっと一緒にいたと思う。穏やかで優しくて面倒見がよくて、いつもにこにこ笑ってる。オレは小さい時からその笑顔が嬉しくて、よく蒼生にひっついていた。少し長めの黒い前髪から覗く同じ色の目が細められる瞬間、なんかいつも喉のあたりがきゅっとする。いつも笑ってるけど、オレがこうやって飛びつくと、ちょっと違う笑い方になるんだ。なんていうのかな、いつものを「ふわっ」だとすると「ふんわり」って感じ。オレの記憶の底にあるのはこの笑顔だ。ずっと可愛いと思ってたけど、最近、綺麗だと思うようになった。もちろん可愛いのは変わんないんだけど。
「どこ行くの? 帰んないの?」
「昨日のクラブで読み終えられなかった本があるんだ。下校時間まではちょっとあるから、読んじゃおうかと思って」
「ふーん。じゃ、オレも行くわ」
 蒼生はクラブ選択で、読書クラブを選んだ。まあ本好きだもんな。家でもたくさん読んでるのにまだ足りないっていうんだから、そのへんは趣味としては合わない。だけど、本を読んでる時の蒼生はあんまり笑わないんだ。普段は見られないその顔を見るのは嫌いじゃなかった。
 親の話によると、オレは小さい頃も絵本すら読まなかったらしい。見かねた蒼生がよく隣に座って絵本を音読してくれていた。だけど、気が付くとオレは眠ってしまっていたそうだ。その話自体はよく覚えてないけど、蒼生の声が心地よかったことは覚えてるから、きっとそれで寝ちゃってたんだろう。
 唯一覚えてるのは、蒼生が好きだった絵本だ。何度も読んでくれたから大体覚えてる。なんか、ウサギが冒険するやつ。えーとなんだっけ、一緒に旅する2匹が、色々乗り越えて、それからもずっと一緒にいました的な。当時のオレはそれに感化されて、「そうか、ずっと一緒にいる2匹は最初からずっと一緒なんだ!」と思い込んで、どこに行くにも蒼生を引っ張って連れて行ってた。とにかく、見たいものとか触りたいものとか、蒼生と一緒じゃなくちゃ駄目だって思ってたんだよな。後で聞いたところによると、それでオレ、蒼生にケガさせることも多かったらしい。その点は今ではものすごく反省してる。うん。
「……健ちゃん? 健ちゃん、起きて」
 ん? 起きて? はっと顔を上げる。そこは図書室だった。隣の蒼生が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「えっオレ寝てた?」
「うん。いいんだよ、無理に僕に付き合わなくて」
「いやいやいや、無理にじゃねえよ」
 いつの間に寝てたんだろ。もうなあ、癖なんだよなあ……。隣で蒼生が本読んでると、あの頃みたいに気持ちよくなって寝ちゃうんだよ。あんなん幼稚園の頃の話なのに、未だにこうなっちゃうんだから困っちゃうよな。
「本、読み終わった?」
 聞くと、またあのふんわりの笑顔になる。
「うん。面白かった。ついててくれてありがとう」
 こちらこそ、と返しそうになった。なんだこちらこそって。


 別の日の放課後。校庭で少し遊んでから教室に戻ると、蒼生の姿がなかった。どっちかが休む日とかでもない限りいつも一緒に帰ってたから、どうしたんだろうと心配になる。後ろのロッカーにはランドセルがあるから、まだ帰ってないはずだけど。
 そこに、ばたばたとクラスメイトが走り込んできた。
「図書室の前で、金沢が野木沢に告白してる!」
 は?
 野木沢? って……蒼生に?
 は?
 教室に残っていたクラスメイトたちがわっと歓声を上げて教室を飛び出していく。一瞬遅れたオレは慌ててその後を追った。
 図書室の前には、噂の2人が立っていた。金沢が長い髪をたらすようにうつむいてて、蒼生はその前で困ったように笑っていた。オレたちが走ってきたことに気が付くと、ぱっと金沢がこっちを向いた。
 なんだ。蒼生はなんて言ったんだ。
 金沢も笑っていた。軽く走るようにオレたちのほうに来ると、金沢は大きく息を吐いて両手を肩の辺りで上に向け、よく外国人がやるようなポーズを作った。
「フラれちゃったぁ」
「ええーっ、そうなのぉ!?」
 女子たちが金沢を取り巻く。男子たちは興味深げにその輪をちらちらと見ていた。
 オレは、金沢がいた場所を見つめたままの蒼生の元に駆け寄った。蒼生はオレに気が付くと、困ったままの顔を少し和らげる。
「……ギャラリー多いね」
「……されたの?」
「ん?」
「告白」
「うん」
「……断ったんだ?」
「うん。お付き合いとか、まだ僕には早いよ」
「そっか……」
 肩から力が抜けた。
 そうだ。うん。蒼生に先越されるわけにはいかないもんな。オレと蒼生は幼馴染み。ライバルみたいなもんだ。蒼生に先に彼女が出来るなんて……うん、そんなの認めらんねえよ。



 家が隣同士のオレと蒼生は、当然同じ中学に進学した。ぱりっとした学ランに袖を通すと、なんだか急に大人になったような気がする。玄関脇の姿見でポーズなんかとってみたりしてな。
「ぷぷっ。なにやってんのぉ」
 リビングから顔を出した姉ちゃんがにやにや笑ってる。
「お兄ちゃんダッサ~」
 その下で妹の美野里まで笑ってる。……くっそ何見てんだよ!
「ええい散れ散れ! こっち見んな!」
 両手をばさばさ振ると、きゃっきゃ笑いながら2人してリビングに戻っていく。あー、くそ、そりゃあ背が伸びることを視野に入れたちょっと長めの袖とか、かっこわりぃよわかってるよ!
 肩で息をしていると、今度は洗面所から母さんがひょっこり顔を出した。
「健太、準備できたの? そろそろ出なきゃ入学式に遅刻しちゃう」
「もうそんな時間!?」
 まだほとんど中身の入っていない鞄を持ち、新品の革靴を履く。ずっと履きやすくて走りやすい靴ばっかり履いてたから、なんだか窮屈な感じだ。母さんは奥に父さんを呼びに行ったみたいだ。オレは勢いよく玄関を開けた。
 朝の眩しい光。玄関先にいた蒼生がぱっと顔を上げた。
「おはよう健ちゃん」
「おはよう、蒼生」
 真新しい制服の蒼生ははにかむように笑う。えっ可愛い。
 履き慣れない革靴の爪先を地面に叩きつけるように近寄ると、オレは蒼生の前髪に触れた。サラサラした手触り。
「髪切ったんだな」
「ちょっとさっぱりさせただけなんだけど、よくわかったね」
 そりゃ気付くさ。ぱっちりした瞼の二重がはっきり見えるもんな。
「いいじゃん、似合う」
「健ちゃんも制服似合ってるよ。カッコいい」
「でも袖が長いの姉ちゃんとみのりに笑われたんだぜ?」
「すぐに伸びるから大丈夫じゃないかな」
 蒼生ににこにこしながら言われると、なんかその通りだなって思える。蒼生に誉められるのは嬉しいし、なんか自信持てる気がするんだよな。
 ああ、同じ制服って嬉しいな。お揃いなんて幼稚園の園服以来だなって言うと、蒼生は「なにそれ」と目を細めて笑った。


 小学校でもやってたし、という理由でサッカー部に入った。我ながら下手ではないと思ってたから、最初から大活躍! のイメージだったんだけど、現実は違った。小学校のクラブって遊びの延長みたいなもんだったんだな。最初は走り込みだったりボール拾いだったり、体力を付けさせる系の運動ばっかだった。
「結構キツイなー!」
 朝練の着替えが終わると、カズキが大きな溜め息をつく。隣で頷くのはタクト。2人は小学校のクラスメイトで、同じサッカークラブだった。カズキとはクラスが別れたけど、また部活が一緒になったのでこうしてつるんでる。蒼生以外でいえば一番の仲良しトリオだと思う。
「早くボール追っかけたい」
「わかるわかる」
「でもちゃんと体力ついてきた気はするんだよなぁ」
「健太は元から体力あるほうだからだろ」
 んー、確かにスタミナは少し自信がある。小さい頃、蒼生の兄ちゃんや姉ちゃんたちに追い付きたくてひたすら走り回ってたからなあ。ふと気付いて振り向くと、親たちが話に夢中なその脇で笑ってる蒼生とよく目が合ったことも思い出す。年上と張り合おうと無茶して転ぶと、真っ先に飛んで来たのもいつも蒼生だった。
「……でもまあ、確かにボールは拾うんじゃなくて蹴りてぇな!」
「ホントそれだよな~」
 とりあえず朝イチで練習やってそこから授業ってのが一番慣れないかもしれない。腹は減るわ眠くなるわ、何一ついいことねえんだよな。そのうち慣れるのかな?

 3人でだらだらしゃべりながら教室に向かう。廊下は朝のショートホームルームが近いこともあってだいぶ人が増えてきていた。朝イチで静まり返った廊下とは雰囲気ががらっと違って騒がしい。このざわざわした感じはわりと好きだ。
 カズキのクラスに差し掛かった時、そのざわめきに紛れるように小さな声がした。
「辻くん」
 カズキのことだ。辻カズキ。ついでに、タクトの名字は花井っていう。
 3人して振り返ると、女の子が立っていた。肩につくくらいの髪をゆるく内側に巻いたおとなしそうな子だ。小首を傾げる仕草がちょっと可愛い。いや、結構可愛いな。
「辻くん、今日日直だよね? さっき先生が、朝配るプリント運ぶの手伝ってほしいから部活終わったら職員室に来てって言ってたよ」
「あ、マジ? ありがと」
「うん」
 その子は笑って頷くと、教室の中に戻って行った。カズキがオレの脇腹を肘でつつく。
「なんだよ」
「オレのクラスの遠藤オリエちゃん。可愛いだろ」
「可愛いな」
「お前、じっと見てるんだもんな。惚れちゃった?」
「は?」
 いやそういう意味で見てたわけじゃ……ない、か? どうなんだろう。たしかに可愛い子だった。
 あ、とタクトが声をあげる。
「仲介はいいけど、先生からの伝言どうすんの」
「やべっ。行かなきゃ!」
「おー、行ってこーい」
 早足で職員室に向かうカズキの背中を見送りながら、オレはさっきの台詞を頭の中で再生する。そんなにあの子、遠藤さんのこと、オレ見てたかな。可愛い、って好きってことなのかな。正直よくわからん。
 教室に入ると、蒼生の後ろ姿が見えた。あー。一晩ぶりの蒼生だ。席に座って鞄から教科書を出している蒼生に後ろから覆い被さる。
「おはよう蒼生ー」
 ああ、落ち着く。蒼生は振り向いてふんわり笑う。
「おはよう健ちゃん、お疲れさま。花井くんもおはよう」
「おはよー。いつものことながら野木沢、それ重くない?」
 それとはなんだ、それとは。
「重くないよ。もう慣れちゃった」
「そうだぞ、オレは蒼生を鍛えてるんだ」
「どのへんを?」
「……えーと……足腰?」
「適当じゃん!」
 タクトがつっこんで、蒼生が声をあげて笑った。なんだ、朝練の疲れがすっ飛んだ気がするな。


 その日から、オレはつい遠藤さんを目で追っていた。カズキのせいだ。意識してることに気付くとよけいに意識してしまう。隣の教室の前を通り過ぎる時とか、移動教室の時とか、ふと目に入ると「あ」と思う。これが「好き」?
 蒼生が急いで帰っちゃって教室に取り残されたオレは、机に突っ伏して考える。でも誰かを好きになったことないから、好きがどういうことなのかわからない。あまりにわからなすぎて、実は昨日の夜、蒼生の上の兄ちゃん……こう兄に聞いてみたんだ。こう兄っていつも女の子連れてるから。そしたら一言だ。
「付き合ってみたらわかるんじゃね?」
 そっち先か~。
 考えててもしょうがないし、オレは鞄を掴んだ。昇降口で自分の靴を掴むと、ちょっと寄り道して蒼生の下駄箱を確認する。これ、癖なんだよな。蒼生っていつもオレのこと待ってるから、間違えて帰っちゃわないように。うん、今日は靴ないな。
 そのまま外に出ようとすると、偶然タイミングが重なった人がいる。小柄なセーラー服姿。あっ。
「遠藤さん」
 やべ、声が出た。彼女は不思議そうに首を傾げる。
「寺田くん? 何?」
「あ、オレの名前……」
「辻くんの部活のお友達さんでしょ。いつもおしゃべりしてるの見てるから。それに……」
 それに? 彼女はその先は言わずに首を振った。表情を隠すように俯いて、すっと歩き出す。
「それじゃ、さよなら」
「待って」
 思わず引き留めてしまった。マジか。振り向いた顔はやっぱり不思議そうだ。可愛いと思う。ええい、こう兄、信じるからな!
「あの、オレと、付き合ってください!」
 言った。後戻り出来ないやつだこれ。
 ちょっとの間。驚いた表情でオレを見ていた遠藤さんは、小さく笑って頷いた。
「はい」
 ……うわ。初彼女じゃん……!

 とにかく誰かに言いたい。彼女出来ましたって。あー、テンション上がる。誰彼構わず言って回りたい! でも残念ながら放課後で、自慢したい相手は誰もいなかった。家族? いや、からかわれるに決まってる。こう兄に言うのもなんだか癪だ。とりあえず蒼生には言わなきゃな。
 ……蒼生。なんて言うかな。オレは蒼生より先に彼女作るんだって勝手に思ってたけど。蒼生もそう思ってたらどうしよう。そう思うと言いづらい。嫌な顔されねえかな。でも蒼生には言わなきゃ。
 並んで歩く朝の通学路。珍しく会話がない。蒼生が何か言ったらそれをきっかけに話しだそうと思ってたんだけど、この日に限って蒼生はずっと黙っていた。
 あー、行くしかねえな。
「オレ、彼女できた」
 なんとか決心して告げると、蒼生はすぐにパッと笑った。
「そうなんだ、おめでとう!」
 何を言われるかドキドキしてたけど、蒼生の声は明るかった。オレは胸を撫で下ろす。はあ、よかった。ホントに。
「はー。喜んでくれてよかった~」
「そりゃあ大事な幼馴染みだもん。喜ぶでしょ」
「いやオレのほうが先に彼女作っちゃうとか文句言われるかと思った」
「言わないよ、そんなの」
「だよな、蒼生はそんなこと言わないもんな!」
 そうだよ、蒼生はオレが喜ぶことを一緒に喜んでくれるやつだ。オレは何を心配してたんだろ。優しい蒼生がオレより先だの後だの小さなこと言うはずないもんな!
 よし、オレも蒼生に彼女が出来た時は真っ先に祝ってやろう。
 …………蒼生に彼女。蒼生に。
 いや、オレは蒼生の幼馴染みで親友なんだから。祝うのは当然だ。
「つ、次は蒼生の番だな」
「僕はいいよ」
 蒼生にしては珍しい、きっぱりとした口調。……あの小学生の時の告白みたいに、まだ早いって思ってるんだろうか。でも、それを聞いてほっとしている自分がいて、少し落ち込む。オレに彼女ができるのがよくて蒼生にできるのがダメなんて、そんなことあるはずないのに。


 この日を境に、何かがズレた気がする。
 最初のズレは早速放課後にやってきた。部活が終わって教室に帰ったオレは、そこがやけに静かなことに気が付く。
「ただいま。蒼生~」
 返事はない。それどころか姿もない。あれ?
「蒼生?」
 今日何か用事あるって言ってたか? 聞き逃した?
 とりあえず机の周りを見てみる。鞄がない。図書室にでも行ってるんだろうか。でも早足で行った図書室は、きっちり鍵が閉まっていた。しばらく廊下をうろうろして、最後に下駄箱を覗き込む。そこには、蒼生の上履きが置いてあった。
 なんで?
 もしかして調子悪かったのかな。携帯……今時学校に持って来ちゃいけませんってそんなんありかよ。もし、急に蒼生が具合悪くしたんだとしたら連絡出来ねぇじゃん! とにかく早く帰ろう。蒼生、大丈夫かな。
 気が気じゃなくて、オレは教室に残した鞄をひっつかんだ。

 学校から家までは走ればたいした距離じゃない。なんか途中で誰かに会った気がするけどそれどころじゃなかった。走って、走って、まっすぐに家の敷地に走り込む。もちろん野木沢家の敷地だ。そこではおばさんが玄関先の鉢植えの植え替えをしていた。
「あ、おばさん! 蒼生帰ってる!?」
「健太くんはどうしても私のことそう呼ぶわよね……。あ、健太くん聞いたわよ。彼女出来たんですって? 良かったわね」
「うん、そう。それより蒼生は?」
「いやぁね、照れちゃって。蒼生にもそろそろかしら」
「蒼生、具合とか悪くしてない?」
 おばさんはようやく目をぱちぱちとやって、土をいじる手を止めた。
「大丈夫だけど……。部屋で課題やってるわよ」
「ありがとうお邪魔します!!」
 玄関から中に飛び込むと、適当に鞄を放り投げ、靴を脱ぎ捨てて、ああでも一応ちゃんとしなくちゃ、オレ用のスリッパをラックから取って突っかけ、3階の蒼生の部屋を目指す。3階かよ、遠いな!
「蒼生っ!」
 ドアを開けながら呼ぶと、机に向かう蒼生の姿があった。いた。ちゃんといた。よかった。帰る途中に何かあったんじゃないかって走りながらどんどん嫌な想像しちゃってたんだ。よかった。
 ぎゅっと後ろからしがみつくと、あっけないくらい涼しい声がした。
「おかえり」
「ただいま……じゃない、なんで先帰ってんだよ! どっか具合でも悪かった?」
「え? ううん」
 蒼生の声は心底不思議そうだ。
「課題あるから!?」
「ううん」
「それじゃなんで!?」
 オレに何も言わずに帰るなんて、そんなこと今まで一度もなかったはずなのに。蒼生はオレの腕の中で小さく首を傾げた。
「そりゃあ彼女が出来たんだから、登下校は彼女としたいんじゃないの?」
 ……え?
 あ……そうか。そう……そういうもんだ。
 考えてみりゃ、友達とわいわい話し合った「彼女が出来たらしたいこと」の中に、一緒に帰る、とかそういうのあったな。何故かすっかり頭から抜けてた。
「登下校は彼女と……が自然?」
「そうだと思うけど」
「オレが蒼生を怒らせちゃったとか嫌われちゃったとかでは?」
「ないね」
「……そっか」
 蒼生はずっといつもの穏やかな口調だった。本当にそう思ってるんだ。
 そうだよな、恋人なんだからそうなるよな。でも、オレの中で、学校に行くのも帰るのも蒼生が隣にいるのが当然だった。そうか。もう違うのか。


「遠藤さん、一緒に帰ろ」
 隣のクラスを覗き込んで声をかけると、遠藤さんは嬉しそうに笑ってこっちに走ってくる。
「今日さ、授業で4回も当てられちゃったよ」
「もしかして出席番号と日付が合っちゃったの?」
「それが何の関係もないんだよなあ」
「ええ~、それは酷いねえ」
 実際、遠藤さんは可愛かった。オレが話しかけるとにこにこ笑ってくれる。小柄で、見上げてくる顔が可愛い。小さな声で楽しそうに笑うのがいいな、と思う。何か言うとすぐ返ってくるところも、会話が続く感じがすごく楽しかった。放課後の寄り道は駄目だって話だったけどバレなきゃいいわけで、こっそり2人でソフトクリームを買い食いなんかしちゃったりした。同じ制服が近付いてきて、慌てて物陰に隠れた時なんかめちゃくちゃ楽しかった。
 オレはずっと、楽しいことは蒼生と共有してきた。オレが楽しかったことを話すと、蒼生も笑ってくれた。なのに最近、蒼生はオレの話に曖昧に笑う。
 なんで? わからない。
 蒼生は教えてくれない。
1 / 1
ステキ!を送ってみましょう!
ステキ!を送ることで、作品への共感や作者様への敬意を伝えることができます。
また、そのステキ!が作者様の背中を押し、次の作品へと繋がっていくかもしれません。
ステキ!は匿名非公開で送ることもできますので、少しでもいいなと思ったら是非、ステキ!を送ってみましょう!

PAGE TOP