高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2023年07月17日 23:06    文字数:9,951

7こ目;君じゃなくちゃダメなんだ! 第2話

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健太、中1から中2にかけての思い出話。
蒼生の気持ちも自分の気持ちもわからないまま迷走してます。
そこに突然現れた、蒼生に近付く2つの影……。

↑当時のキャプション↑
2021/07/24公開。
月曜日に更新しよう…えっ今日月曜日(祝日)!?とびっくりしました。
次回も来週アップします。忘れないようにしないと…!
1 / 1

 先生に頼まれた掲示物の張り替えをしながら、ちらりと教室の真ん中に目をやる。
「まずこっちのカッコの中から整理していくとね」
 柔らかな蒼生の声。クラスメイトの机の隣に立って、課題の解説をやってる。それを聞こうと、机の前には別のやつ。わかる、蒼生に教えてもらうとなんかすんなり頭に入ってくる。教え方が上手なんだろう。オレも後で聞かせてほしい。
「えっ野木沢くん私たちも聞いていい?」
「もちろん」
 女子が2人その輪に加わった。
 蒼生は優しい。穏やかで真面目で頭がいい。女子の言葉を借りるなら、「キレイ系美人」なんだそうだ。よくわかる。その柔らかな笑顔を誰にでも見せるから、蒼生を嫌いになるやつなんか見たことなかった。逆に、蒼生のそばに行きたいと思うやつならたくさんいる。
 ……ん? 女子が腕に伸ばした手を、蒼生はするりと躱した。あれっと思ってよく見ていると、女子だけじゃない。男子が肩にかけようとした手も自然に避けて、一歩距離を置く。たぶん相手は避けられたって気付かないんじゃないかな。そういえば、蒼生って人から少し距離を置くような動きをすることがあるような気がする。
 だけど。
 最後の紙を掲示板に貼り付けて、オレはその輪を目指す。そして後ろから勢いよく蒼生の肩にしがみついた。課題のやつもちょうど終わったところのようだ。
「蒼生、終わった!」
 振り向いた蒼生はふんわり笑う。
「お疲れ様。時間かかったね。だから手伝うって言ったのに」
「蒼生じゃ届かねえだろ」
「僕そんなに小さくないんだけど」
 柔らかな口調の文句。
 蒼生、オレの手は振り払わないんだよな。
「なあ、オレも課題のやつ教えて」
「いいよ」
「家帰ってからやろうぜ」
「うん、わかった」
 途端に周りからブーイングが出る。
「えー、また寺田くん、野木沢くん持ってっちゃうのお!?」
「たまには野木沢くんともっとおしゃべりしたいんだけど!」
「また今度な、今度!」
「今度っていつだ!」
 蒼生はこんなやりとりを聞いているのかいないのか、にこにこしながら鞄に教科書をしまっていた。誘えばこうして一緒に帰ってくれる。なのに、最近の蒼生はどこか上の空なところがある。その理由がわからない。


 ……そんなこんなでモヤモヤしていたら、まあ学期末試験の結果がアレで。なんか笑えねえ数字が並んでた。いやもともと頭いいほうじゃねえけど、さすがにコレはねえよなあと思う。普段成績については何も言わない母さんも、順位表のペラ紙を見て困った顔をした。
「5月の時からずいぶん下がっちゃったわねぇ……。1学期の復習、ちゃんとやっておいたほうがいいんじゃない?」
 そう言って、ドリルみたいなやつを買ってくれた。まったくその通りだ、と思ったので、夏休みの宿題よりそっちを優先させて取り組むことにした。だからといって部活の練習も休めない。蒼生にも会えないまま、ドリルと部活とで夏休みがどんどん減っていく……。
 そんな時、1通のメッセージが届いた。
 ――課題、頑張ってますか? でもずっと会えないのさびしいな。1日くらい遊びに行きましょう
 遠藤さんだ。あー……そうだよな。忙しくてメッセージのひとつも送ってなかったことに気付く。悪いことしたな。うん、1日くらいいいよな。

 待ち合わせは遊園地の前にした。遊園地って言っても地元にある小さいやつだ。子供の頃、蒼生ん家と一緒によく来たっけ。どこかへ出かけるとなると大体家族ぐるみだったから、咄嗟に他の場所が浮かばなかったんだ。彼女と行くって言ったら姉ちゃんが白い眼を向けてきたけど、遠藤さんからはすぐOKをもらったから間違いはないはずだ。
「寺田くん、お待たせ!」
 小走りにこっちに向かってくる遠藤さんは、いつもと違うハーフアップの髪型をしていた。
「その髪型可愛いね」
「えっ」
「スカートじゃない姿もすっごく新鮮でいいなあ」
 遠藤さんは、ぽっと顔を赤くして俯く。よし、テンション上がってきた。今日は楽しもう。
「じゃ行こう。遠藤さんここ来たことある?」
「知ってはいたけど、来るのは初めて」
「それならオレが案内するね」
 どこに何があるかはよく知ってる。さんざん蒼生と歩いた場所だ。蒼生はオレがどこへ行こうとにこにこついてきた。ジェットコースターはいつも隣だった。コーヒーカップはいつも回しすぎるオレやこう兄を、みのりと一緒に止めてかかられたっけ。お化け屋敷は苦手なんだよな、そこだけは毎回うまく逃げられた。
「ちっちゃいけど楽しいね」
 遠藤さんが笑う。オレも笑う。慣れ親しんだ場所だけど、来る相手が違うとちょっと違うんだな。見逃してた小さな人形があったり、姉ちゃんやみのりが乗ってるのを蒼生と並んでただ眺めてるだけだったメリーゴーランドに一緒に乗ったり。すごく楽しい。こんな楽しみ方があったんだな。
 昼は小さな店が並ぶ、屋外のフードコートに行く。遊園地のこういう空気の中で食べる食事は、別にものすごく美味しいってわけじゃないけど、なんか好きだ。なんだろうな、非日常感? とかそういうやつ。焼きそばとかラーメンとか、女子にはどうなんだと出がけに姉ちゃんに言われたっけ。でも遠藤さんはかわいらしいプレートランチを選んでた。ほら、大丈夫じゃんか。
 あ。端っこにある店が変わってる。あそこはクレープ屋だったはずだけど、アイスと飲み物ばっかになってる。あの店、シンプルなクレープが結構あって、蒼生が気に入ってたんだけどな。知ったらがっかりするんじゃねえかな。
「寺田くん?」
 はっと目線を返すと、遠藤さんが怪訝な顔で首を傾げている。
「どうしたの? さっきから気が付くと遠く見てるけど。大丈夫? 熱中症とかじゃない?」
「え、あ、ごめん、なんでもないよ。午後はどこに行こうか!」
 やべ。ちゃんと楽しんでもらわなきゃいけないんだよな。しっかりしなきゃ。
 午後はまず、プレハブみたいな小さな建物の中にある縁日みたいなゲームコーナーで暑さをしのぐ。
「寺田くんこれやって!」
 遠藤さんが指したのはバスケのフリースローのゲーム。部活はサッカーだけど、球技全般得意だ。そもそも特別サッカーが好きだったわけじゃない。リズムよく投げたボールは数個外したくらいだからまあまあだな。1等とまではいかなかったものの、景品で小さなくまのぬいぐるみをもらった。手渡すと遠藤さんは嬉しそうに笑っていた。
 それから観覧車に乗った。やっぱりこれも小ぶりだ。だけど蒼生は絶対乗らない。夏の観覧車は日差しにさらされて、窓は少し開いてるもののめちゃくちゃ暑い。まるでサウナみたいだ。
 観覧車から降りるとすっかり汗だくだった。
「びっくりするほど暑かったね」
 ぱたぱたとハンカチで顔をあおぎながら遠藤さんがベンチに座り込む。
「あんな暑いんだなあ。オレ、何か飲み物買ってくるね」
「ありがとう」
 ええと、自販機が確かこの近くにあったはずだ。ちょっと裏手の方。木陰になっていて少しだけ涼しい。こっちにベンチがあればよかったのにな。コインを入れて、冷たいお茶のボタンを押す。がたごとん、と音がして、取り出し口にペットボトルが落ちた。
 オレは、その緑のボトルに目を落とす。……考えないようにしてるのに、蒼生のことばかり思い出す。夏休みに入ってから蒼生に会ってない。たぶんこんなに会わなかったことは初めてだと思う。
 遠藤さんといるのは楽しい。でも、もっと楽しかった、蒼生との思い出がそれを簡単に越えていく。彼女はすごく可愛いと思う、楽しい、満たされる、そう思うたびに蒼生の顔が浮かぶ。
 彼女といたほうがいい、それが自然だ。蒼生はそう言った。そうなのかな。この気持ちは、蒼生と離れなきゃいけないほどの気持ちなのか……?
 ペットボトルを取り出す。冷たいそれは、手のひらの熱を奪っていった。
「あのさ」
 彼女に手渡しながら、切り出す。
「後で、ちょっとオレの話を聞いてほしいんだ」

 ものすごく悪いことをした。罪悪感がのしかかる。重てぇ。押しつぶされそうだ。しばらく泣き顔が頭から離れないと思う。本当にごめんなさい。
 そう思うのと裏腹に、足は軽かった。とにかく早く帰りたい。玄関のドアを開け、荷物を放り投げる。
「ただいま! ちょっと行ってきます!」
 誰かの声が聞こえたな、でもまあいいや。庭に出て、置きっぱなしの脚立に足をかける。寺田家と野木沢家の間には背の高さよりちょっと高い生垣があるけど、ここに上るとリビングが見える。ちょうどリビングにはおばさんとこう兄とみど兄がいて、うまい具合に窓が開いていた。
「おばさん!」
 声をかけると、大して驚いた顔もせずおばさんが振り向いた。
「あら健太くん久し振り」
「蒼生いる!?」
「部屋にいるわよ。じゃ鍵開けとくね」
 いつものことなので話が早い。脚立から飛び降りて、向こうの玄関に向かう。ドアを開けたのは鍵が開くのとほぼ同じタイミングだったらしい、玄関の中でおばさんが笑っていた。
「お邪魔します!」
「はいはい、ごゆっくり」
 家の中で走るわけにはいかないので、1段1段きっかり上る。半月? もうそのくらい? 上っていなかった階段。3階へ続く階段と、その突き当り、ひとつきりのドア。その取っ手に手をかける。
「蒼生」
 ドアを開けながら名前を呼ぶ。その時には蒼生はもうオレを見ていた。蒼生。蒼生だ。笑った顔。ああ、安心する。
「どしたの? 何かあった?」
 蒼生は椅子から立ち上がって、オレの目の前まで来てくれた。蒼生。
 オレはそのまま、正面から蒼生に抱きついた。あー。落ち着く。
「もう、健ちゃん。僕言ったでしょ。こういうことは彼女としなよって」
 肩口でなだめるような声。
「別れた」
「え?」
「別れてきた」
 だってさっきあれだけ楽しく笑って遊んできたけど、今こうしている瞬間のほうが嬉しい。彼女には本当に申し訳ないことをしたと思ってる。でも、やっぱり、違う。
「蒼生ぃ」
 まだ自分には早いって言った蒼生。オレにもまだ早いのかもしれない。蒼生は小さく息を吐いて、オレの背中をぽんぽんと叩いた。
 …………。
 なんだ? 今……ぞくっとした。
 寒気じゃない。逆。胸の奥がガッと熱くなるような感覚。思わずしがみつく腕に力が入った。
「大丈夫、そんな落ち込まないで」
 大丈夫、オレは落ち込んでなんかいない。
「残りの夏休み、一緒に遊んでくれる?」
「うん、遊ぼうね」
「一緒に宿題やってくれる?」
「うん、僕もうほとんどやっちゃったけど」
「じゃあ教えて」
「いいよ。一緒にやろうね」
 背中を撫でる蒼生の手の感触。ぞくぞくが止まらない。残り、半分。蒼生といられる。嬉しい。オレの頭の中はそれでいっぱいだった。



 それからはいつも通り。やっぱりオレと蒼生は一緒がしっくりくるんだと思う。新しい彼女が出来たりしたけど、まあそれはそれ。ずっと一緒だ。
 ……と、思ってたのに。
 一体誰の陰謀なんだ。
「あれ……クラス別になっちゃったね」
 中2の始業式。クラス分けの掲示板を並んで眺めながら、オレたちは呆然と立ち尽くしていた。これまで1度たりともクラスが離れたことなんかないのに。えっ、マジ誰だ。名乗り出てほしい。話付けに行くから。
「でも隣のクラスだもん、たくさん離れなくてよかったね」
 蒼生はそう笑ってくれるけども。
「今まで通り、朝一緒に登校しような。帰りも一緒に帰れる日は一緒だぞ! オレのこと忘れんなよ!?」
「大げさだなあ……。今生の別れってわけじゃないんだから」
 いや、これは大事件の幕開けだと思う。そんな気がする。

 教室にはタクトがいた。他にも去年同じクラスだった奴とか、小学校が一緒だった奴とか、見知った顔が多い。
 なのに、蒼生がいない。冗談だろ……。
「なんだなんだ、寝不足かなんか? 酷い顔してんじゃん」
 タクトが呆れた声で話しかけてくる。
「蒼生がいない」
 ぼやくと、タクトはぷっと笑ってぽんぽん背中を叩いてくる。
「あはは、おまえらセットだもんなあ。ま、そのうち慣れるだろ」
 慣れる、か。慣れるかな。
 そうだよな、別に会えなくなるわけじゃないもんな。そうだそうだ。幼馴染みって関係が変わるわけじゃないんだ。

 けど。
 翌日、蒼生を誘って帰ろうと隣のクラスを覗くと、蒼生は前の席の奴としゃべっていた。誰だあのイケメン。……いやいや、蒼生にオレの知らない交遊関係があっても……不思議は……。オレの……知らない……。
 なんだ。なんだこれ。くっそ。
「蒼生っ」
 声をかけるとそいつと蒼生が同時に振り向いた。一瞬もやっとしたけど、ふんわり蒼生が笑う。あ、オレを待ってたんだな。
 座った蒼生にしがみつく。
「蒼生、帰ろうぜ」
「うん」
 頷くと、蒼生はオレの腕に触れて、そっと剥がす。え? 蒼生が? オレの手を?
 呆然とそれを見ていると、蒼生は手に持ったノートをそいつに差し出す。そいつは黙って受け取った。
 目が合った。前髪の間から覗く冷たい目。すべてに興味がなさそうな印象の奴だった。
 ……ものすごく嫌な予感がする。蒼生をこいつの近くに居させていいんだろうか。


 嫌な予感っていうのはよく当たるもんだ。1学期の間ずっと見てたけど、クラスの前を通りかかるたび蒼生は大体あの前の席のイケメンか後ろの席のガタイのいい奴と一緒にいた。座席表を見ると、あのイケメンが笹原、ガタイのいいのが森というらしい。森は柔道の小学生チャンピオンだそうで、言われてみればどこかで見たことがある気がする。
 いや、あいつらが何者かはどうでもいいんだ。オレが言いたいのは、「近すぎねえ?」ってことだ。朝も昼も体育も移動時間でも放課後でさえあいつらは蒼生のそばにいる。絶対おかしいだろ。なんなんだよ。特に笹原、あいつ涼しい顔して常に蒼生の隣を維持してる。ああいうのほど何を考えてるかわかったもんじゃない。
 そんでもって、張り出された1学期末試験の結果でオレはもっと衝撃を受けた。10位以内をキープする蒼生の名前、それより上に笹原の名前があったからだ。本当に、なんだあいつは!
「蒼生ーっ」
 オレは帰りがけの蒼生を見つけて飛びつく。
「さすがに暑いよ」
 言いながらも、蒼生は笑っている。
「どうしたの」
「んん、なんかモヤモヤした気分」
「? テストの結果?」
 いやそういうわけじゃないんだけど……まあな、たしかに蒼生よりだいぶ、んー、結構下のほうだったのは否定しない。てか出来ない。
「……夏休み一緒に勉強しよ」
「ふふっ。そうだね」
 よし。蒼生は夏休みオレといてくれる。あいつらは学校でしか蒼生といないけど、オレはそれ以外いつでも一緒だ。
 ただ夏休み中の行事がクラスごとなのが憎らしいけど。
「そうだ蒼生、週末に校外学習に持ってく服とか買いに行こうよ」
「特に買い足すものはないと思ったけど……うん、そうだね。どうせお母さんが買い物行くと思うし、一緒に行こう」
 せっかくの泊まり行事を一緒に楽しめないなら、せめて買い物くらいは行きたいよな。……ホント、なんでクラスごとなんだ。


 オレと蒼生の誕生日は、両家揃って旅行に行くことが多かった。でも、今年は校外学習に挟まれているせいでそれはおあずけになってしまった。せめてってことでちょっといいレストランでの食事になったけど、やっぱなんか物足りない。
「蒼生、何やってんの」
 部屋を覗き込むと、机に向かっていた蒼生が振り向いた。
「夏休みの課題。早めにやっておこうと思って」
「そっか」
 クラスが同じだったら全部課題も一緒なんだけどな。同じ教科担任ので同じやつはあるけど、全部じゃないからまるまる一緒には出来ない。それにまず、せっかくの休みなのに、課題に追われてばかりなんて面白くない。
「な、蒼生。課題は後でオレと一緒にやろ。外行こうよ」
「ええ、今の時間めちゃくちゃ暑いじゃない」
「たまにはいいじゃんか、かき氷でも食いに行こうぜ。ちょっと頭も冷えるって」
「……そっか。そうだね」
 公園の脇にある古い喫茶店では、夏の間かき氷を出す。オーナーのおじさんのこだわりで、わざわざ取り寄せた天然氷を使ってるやつだ。蒼生はあそこの氷が好きなんだけど、ひとりで行くにはハードルが高いって躊躇してるのを知ってる。限られた小遣いの中で食べるにはちょっと値段的にも敷居が高いから、1シーズン1回か、よくて2回食べられるかどうかのごちそうだ。オレはそのカードを切ったわけだ。

 蒼生と連れ立って外へ出る。じわじわとセミの声がやかましい。街路樹の影がくっきり見えるほど日差しも強かった。
「あつ……。健ちゃんて夏休み中も部活の練習あるんでしょ?」
「んー、7月中は校外学習との兼ね合いがあって休みだけど、8月入ったらお盆と土日除いて結構毎日あるなあ」
「言われてみれば、去年も午前中だけとか午後だけとかで行ってたっけ。大変だよね」
 そう。去年はせっかくの休みの7月を引きこもって1学期の復習やって過ごしたから。おかげで2学期以降はちょっと取り戻したけど、テストの結果は毎回真ん中あたりをうろうろする感じだ。
「課題もやんなきゃだしな。絶対課題やる気出ないから、毎日蒼生ん家行くわ」
「それでやる気出るの?」
「そりゃ出るさ」
「責任重大だなぁ……」
 そう言うけど、蒼生の声は笑ってる。
 並んでだらだら歩いていくと、壁にツタが伸びた喫茶店が見えてきた。窓から覗くと、よかった、混んではいないようだ。
 革張りの大きな椅子に座って、メニューを開く。間にはかき氷のメニューが挟まっていた。
「蒼生はどうする?」
「うーん……ええっと。どうしようかなあ」
「オレはこの今年から登場っていうブドウにしよ」
「あー……やっぱり苺にする」
 いつも蒼生は時間をかけて悩んで、結局一番好きな苺を選ぶ。新しいものに飛びつくオレとは反対だなあといつも思う。2つか3つくらいまでは絞れるけど、そこから選ぶのが難しいんだといつか蒼生は話していた。2つ選べたらいいのになって言ったら、食べきれないよって笑ってたっけ。
「明後日から校外学習かー」
 背伸びしながら言うと、蒼生が首を傾げる。
「そっか、健ちゃんのクラスまだだったよね」
「うん。蒼生のクラストップバッターだったけど、どうだった?」
「なんかオリエンテーリングが、アスレチックと……謎っていうか問題解くのの組み合わさったやつで、結構大変だったよ。アスレチックのほうはお任せして、僕はずっと問題解いてたんだけど、まあ割と複雑で」
 なるほど、それならオレはきっと体動かすほうになるだろうな。まあでも、役割分担でやることがあるんならよかった。ひたすら問題解くとかだと絶対班の足引っ張りそうだし。
「なんか楽しそうだな」
「そうだね、楽しかったよ」
 ……あれ。蒼生の反応が早い。何と比べて、とかそういうわけじゃないけど、そんな気がした。心臓のあたりがざわりとする。
「……蒼生の班って、森と笹原が一緒だったっけ」
「そう。だいぶ2人に助けられたなあ」
「んー。そっか。笹原ってぱっと見キツそうな感じだけど、そうでもないんだ?」
「いい人だよ。すごく優しいし」
 なんだろうな、これ。いいクラスメイトがいて、蒼生が楽しく過ごせてるんだったら、本当はそれが一番いいのに。蒼生は今こうしてオレと一緒にいるのに。どうも、あの2人が苦手だ。オレ、割と誰とでも仲良く出来る自信があったんだけどな。ほんと、なんなんだろう。
 しばらくして、蒼生の前には果実がごろごろしてる苺ジャムが乗ったやつ、オレの前には緑と紫のブドウが綺麗に並べられたやつが運ばれてきた。よし、今はこっちに集中しよう。
「健ちゃんのも綺麗だね」
 混ぜてピンクになった氷をほおばりながら、嬉しそうに蒼生が頷く。あんまり甘くなさそうだから選んだけど、さすが目玉商品だな、果物の食べごたえがすごい。あ、シロップもジュースなのか、すごく食べやすい。
「すっげぇさっぱりしてて美味しい。蒼生もほら、食べてみ」
 オレは緑のブドウごと氷をすくうと、蒼生にスプーンを差し出す。
「どれどれ」
 蒼生が身を乗り出して、それをぱくりと口に含んだ。
「ん。ほんとだ、すごく爽やかだ。ブドウがすっごく甘いね」
「蒼生、オレも」
「僕のはいつものだよ?」
「がっつり甘いの一口ちょうだい」
 そっか、と蒼生が笑う。そしてジャムがたくさん乗ったところをすくってオレのほうに手を伸ばした。うん、安心する味だ。すうっと口の中で甘さが溶けていく。


 細くて丸い木で作られた壁のような急斜面を、ロープを使って一気に上る。枝の切れた向こうに見える湖がきらきら光っている。ここは風が通って涼しいな。
「寺田ー。見えるかぁ? 数字いくつだ?」
「お、数字な」
 ええと。ちょうど覗き込める位置にある柵の中にスケッチブックが置かれていて、黒字で大きく数字があった。
「52だって」
「了解~」
 そのまま降りることも出来たけど、せっかくだから細い橋を反対側まで渡り、つるつるした木に掴まって滑り降りる。班のメンバーのもとに戻ると、タクトがぱっとこっちを見た。
「お疲れ! こっちもなんとか解けそうだよ」
「これでゴール出来そうだな」
 楽しい。もともとこういうアスレチックとか好きなんだよな。
 あー……。だけどやっぱりダメだ。慣れるどころか日に日に違和感ばっかり増えていく。どこを見ても蒼生がいない。早く帰りたい。
 全員でゴールに向かって歩き始めると、一番後ろを歩いていたオレの隣に女の子が並ぶ。同じ班の水野さんだ。
「さっきのアスレチック、寺田くんかっこよかったね」
「マジ? ありがと」
 水野さんは首の脇でひとつに結んだ髪を指にくるくると巻き付ける。
「今、寺田くんって付き合ってる子いる?」
「今はいない」
「じゃ、付き合ってくれない?」
「うん、いいよ」
「本当!? やった、ありがとう!」
 早速水野さんは腕に手を絡ませてくる。へえ、これはラッキーな展開だ。よし、今度こそ。

 宿に入ってしばらくすると、夕飯の準備をする時間になった。タクトと一緒に薪係になったので、宿の裏手にある薪置き場に向かう。その途中、タクトがオレの脇を肘でつついてきた。
「な、さっき聞こえちゃった。水野さんに告白されてただろ。付き合うの?」
「そういうことになった」
「はー、なんでおまえばっかり……。でも知らなかったよ、おまえ水野さんのこと好きだったんだ」
「いや……」
「?」
 正直、気にしたことはなかった。元気がよくて可愛い子だなとは思ってたけど。
「ほら、オレは向こうのことよく知らないじゃん? これから知っていく中で好きになってく感じなのかな」
「ふーん、そういうもん?」
 わからん。たぶんそうなんじゃないかと思うだけで、正解かどうかはまったくわからない……。なにせ「まず付き合ってみるべし」との教えは、こう兄に伝授されたもんだから。
 よく考えると、あの人とっかえひっかえだから、師匠としてはよろしくない例なんだよな。実は最近それに気が付いた。というのも、蒼生がオレに「友達より彼女優先」とか言ってたのが、実はこう兄がそうだったからってのがわかったからだ。そのせいでしばらく蒼生が会ってくれなかったんじゃん! つまりこう兄の言うこと鵜呑みにしてたら、オレと蒼生はお互い離れることになっちまう。
 そもそも、オレはこう兄みたいになりたいわけじゃなくて、出来ればひとりとずっと付き合っていたいんだよな。今のところ、残念ながらこう兄みたいにとっかえひっかえって思われても仕方ない感じになってる。あっ、こう兄はこう兄でいい人なんだけどな!
 まあ、付き合ってから色々知って好きになるのはそう大きく間違ってるわけでもなさそうだし、失敗を繰り返していくしかねえのかな。
 オレは積まれた薪の一番上の束を取り、タクトに渡す。それからオレの分でもうひと束。
「オレさあ、なんか、こう、長続きしねえんだ」
「そういえばしょっちゅう告白されてるってことは、しょっちゅう別れてるってことか」
 まあ、そういうことだ。薪を抱えて来た道を引き返す。
「すごく楽しいし、その子のこと好きだって思ってるのにさ、それが持続しねえの。ある日、急に、あれ? ってなっちゃって。それで、なんか違うってなって、別れたりフラれたり」
「はあ……よくわかんないけど、とりあえず羨ましい悩みだな」
「オレ、実は恋愛って向いてないのかも知れないなぁ」
「モテるのに一生童貞パターン?」
「マジか~。出来たらそれは避けたいパターンだわ~」
 茶化すように言うと、タクトに軽くどつかれた。
 いやでも割とそれが真実だったりするんじゃね?
 オレには恋愛は早いんじゃなくて向いてないのかも……。

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 ……ん? 女子が腕に伸ばした手を、蒼生はするりと躱した。あれっと思ってよく見ていると、女子だけじゃない。男子が肩にかけようとした手も自然に避けて、一歩距離を置く。たぶん相手は避けられたって気付かないんじゃないかな。そういえば、蒼生って人から少し距離を置くような動きをすることがあるような気がする。
 だけど。
 最後の紙を掲示板に貼り付けて、オレはその輪を目指す。そして後ろから勢いよく蒼生の肩にしがみついた。課題のやつもちょうど終わったところのようだ。
「蒼生、終わった!」
 振り向いた蒼生はふんわり笑う。
「お疲れ様。時間かかったね。だから手伝うって言ったのに」
「蒼生じゃ届かねえだろ」
「僕そんなに小さくないんだけど」
 柔らかな口調の文句。
 蒼生、オレの手は振り払わないんだよな。
「なあ、オレも課題のやつ教えて」
「いいよ」
「家帰ってからやろうぜ」
「うん、わかった」
 途端に周りからブーイングが出る。
「えー、また寺田くん、野木沢くん持ってっちゃうのお!?」
「たまには野木沢くんともっとおしゃべりしたいんだけど!」
「また今度な、今度!」
「今度っていつだ!」
 蒼生はこんなやりとりを聞いているのかいないのか、にこにこしながら鞄に教科書をしまっていた。誘えばこうして一緒に帰ってくれる。なのに、最近の蒼生はどこか上の空なところがある。その理由がわからない。


 ……そんなこんなでモヤモヤしていたら、まあ学期末試験の結果がアレで。なんか笑えねえ数字が並んでた。いやもともと頭いいほうじゃねえけど、さすがにコレはねえよなあと思う。普段成績については何も言わない母さんも、順位表のペラ紙を見て困った顔をした。
「5月の時からずいぶん下がっちゃったわねぇ……。1学期の復習、ちゃんとやっておいたほうがいいんじゃない?」
 そう言って、ドリルみたいなやつを買ってくれた。まったくその通りだ、と思ったので、夏休みの宿題よりそっちを優先させて取り組むことにした。だからといって部活の練習も休めない。蒼生にも会えないまま、ドリルと部活とで夏休みがどんどん減っていく……。
 そんな時、1通のメッセージが届いた。
 ――課題、頑張ってますか? でもずっと会えないのさびしいな。1日くらい遊びに行きましょう
 遠藤さんだ。あー……そうだよな。忙しくてメッセージのひとつも送ってなかったことに気付く。悪いことしたな。うん、1日くらいいいよな。

 待ち合わせは遊園地の前にした。遊園地って言っても地元にある小さいやつだ。子供の頃、蒼生ん家と一緒によく来たっけ。どこかへ出かけるとなると大体家族ぐるみだったから、咄嗟に他の場所が浮かばなかったんだ。彼女と行くって言ったら姉ちゃんが白い眼を向けてきたけど、遠藤さんからはすぐOKをもらったから間違いはないはずだ。
「寺田くん、お待たせ!」
 小走りにこっちに向かってくる遠藤さんは、いつもと違うハーフアップの髪型をしていた。
「その髪型可愛いね」
「えっ」
「スカートじゃない姿もすっごく新鮮でいいなあ」
 遠藤さんは、ぽっと顔を赤くして俯く。よし、テンション上がってきた。今日は楽しもう。
「じゃ行こう。遠藤さんここ来たことある?」
「知ってはいたけど、来るのは初めて」
「それならオレが案内するね」
 どこに何があるかはよく知ってる。さんざん蒼生と歩いた場所だ。蒼生はオレがどこへ行こうとにこにこついてきた。ジェットコースターはいつも隣だった。コーヒーカップはいつも回しすぎるオレやこう兄を、みのりと一緒に止めてかかられたっけ。お化け屋敷は苦手なんだよな、そこだけは毎回うまく逃げられた。
「ちっちゃいけど楽しいね」
 遠藤さんが笑う。オレも笑う。慣れ親しんだ場所だけど、来る相手が違うとちょっと違うんだな。見逃してた小さな人形があったり、姉ちゃんやみのりが乗ってるのを蒼生と並んでただ眺めてるだけだったメリーゴーランドに一緒に乗ったり。すごく楽しい。こんな楽しみ方があったんだな。
 昼は小さな店が並ぶ、屋外のフードコートに行く。遊園地のこういう空気の中で食べる食事は、別にものすごく美味しいってわけじゃないけど、なんか好きだ。なんだろうな、非日常感? とかそういうやつ。焼きそばとかラーメンとか、女子にはどうなんだと出がけに姉ちゃんに言われたっけ。でも遠藤さんはかわいらしいプレートランチを選んでた。ほら、大丈夫じゃんか。
 あ。端っこにある店が変わってる。あそこはクレープ屋だったはずだけど、アイスと飲み物ばっかになってる。あの店、シンプルなクレープが結構あって、蒼生が気に入ってたんだけどな。知ったらがっかりするんじゃねえかな。
「寺田くん?」
 はっと目線を返すと、遠藤さんが怪訝な顔で首を傾げている。
「どうしたの? さっきから気が付くと遠く見てるけど。大丈夫? 熱中症とかじゃない?」
「え、あ、ごめん、なんでもないよ。午後はどこに行こうか!」
 やべ。ちゃんと楽しんでもらわなきゃいけないんだよな。しっかりしなきゃ。
 午後はまず、プレハブみたいな小さな建物の中にある縁日みたいなゲームコーナーで暑さをしのぐ。
「寺田くんこれやって!」
 遠藤さんが指したのはバスケのフリースローのゲーム。部活はサッカーだけど、球技全般得意だ。そもそも特別サッカーが好きだったわけじゃない。リズムよく投げたボールは数個外したくらいだからまあまあだな。1等とまではいかなかったものの、景品で小さなくまのぬいぐるみをもらった。手渡すと遠藤さんは嬉しそうに笑っていた。
 それから観覧車に乗った。やっぱりこれも小ぶりだ。だけど蒼生は絶対乗らない。夏の観覧車は日差しにさらされて、窓は少し開いてるもののめちゃくちゃ暑い。まるでサウナみたいだ。
 観覧車から降りるとすっかり汗だくだった。
「びっくりするほど暑かったね」
 ぱたぱたとハンカチで顔をあおぎながら遠藤さんがベンチに座り込む。
「あんな暑いんだなあ。オレ、何か飲み物買ってくるね」
「ありがとう」
 ええと、自販機が確かこの近くにあったはずだ。ちょっと裏手の方。木陰になっていて少しだけ涼しい。こっちにベンチがあればよかったのにな。コインを入れて、冷たいお茶のボタンを押す。がたごとん、と音がして、取り出し口にペットボトルが落ちた。
 オレは、その緑のボトルに目を落とす。……考えないようにしてるのに、蒼生のことばかり思い出す。夏休みに入ってから蒼生に会ってない。たぶんこんなに会わなかったことは初めてだと思う。
 遠藤さんといるのは楽しい。でも、もっと楽しかった、蒼生との思い出がそれを簡単に越えていく。彼女はすごく可愛いと思う、楽しい、満たされる、そう思うたびに蒼生の顔が浮かぶ。
 彼女といたほうがいい、それが自然だ。蒼生はそう言った。そうなのかな。この気持ちは、蒼生と離れなきゃいけないほどの気持ちなのか……?
 ペットボトルを取り出す。冷たいそれは、手のひらの熱を奪っていった。
「あのさ」
 彼女に手渡しながら、切り出す。
「後で、ちょっとオレの話を聞いてほしいんだ」

 ものすごく悪いことをした。罪悪感がのしかかる。重てぇ。押しつぶされそうだ。しばらく泣き顔が頭から離れないと思う。本当にごめんなさい。
 そう思うのと裏腹に、足は軽かった。とにかく早く帰りたい。玄関のドアを開け、荷物を放り投げる。
「ただいま! ちょっと行ってきます!」
 誰かの声が聞こえたな、でもまあいいや。庭に出て、置きっぱなしの脚立に足をかける。寺田家と野木沢家の間には背の高さよりちょっと高い生垣があるけど、ここに上るとリビングが見える。ちょうどリビングにはおばさんとこう兄とみど兄がいて、うまい具合に窓が開いていた。
「おばさん!」
 声をかけると、大して驚いた顔もせずおばさんが振り向いた。
「あら健太くん久し振り」
「蒼生いる!?」
「部屋にいるわよ。じゃ鍵開けとくね」
 いつものことなので話が早い。脚立から飛び降りて、向こうの玄関に向かう。ドアを開けたのは鍵が開くのとほぼ同じタイミングだったらしい、玄関の中でおばさんが笑っていた。
「お邪魔します!」
「はいはい、ごゆっくり」
 家の中で走るわけにはいかないので、1段1段きっかり上る。半月? もうそのくらい? 上っていなかった階段。3階へ続く階段と、その突き当り、ひとつきりのドア。その取っ手に手をかける。
「蒼生」
 ドアを開けながら名前を呼ぶ。その時には蒼生はもうオレを見ていた。蒼生。蒼生だ。笑った顔。ああ、安心する。
「どしたの? 何かあった?」
 蒼生は椅子から立ち上がって、オレの目の前まで来てくれた。蒼生。
 オレはそのまま、正面から蒼生に抱きついた。あー。落ち着く。
「もう、健ちゃん。僕言ったでしょ。こういうことは彼女としなよって」
 肩口でなだめるような声。
「別れた」
「え?」
「別れてきた」
 だってさっきあれだけ楽しく笑って遊んできたけど、今こうしている瞬間のほうが嬉しい。彼女には本当に申し訳ないことをしたと思ってる。でも、やっぱり、違う。
「蒼生ぃ」
 まだ自分には早いって言った蒼生。オレにもまだ早いのかもしれない。蒼生は小さく息を吐いて、オレの背中をぽんぽんと叩いた。
 …………。
 なんだ? 今……ぞくっとした。
 寒気じゃない。逆。胸の奥がガッと熱くなるような感覚。思わずしがみつく腕に力が入った。
「大丈夫、そんな落ち込まないで」
 大丈夫、オレは落ち込んでなんかいない。
「残りの夏休み、一緒に遊んでくれる?」
「うん、遊ぼうね」
「一緒に宿題やってくれる?」
「うん、僕もうほとんどやっちゃったけど」
「じゃあ教えて」
「いいよ。一緒にやろうね」
 背中を撫でる蒼生の手の感触。ぞくぞくが止まらない。残り、半分。蒼生といられる。嬉しい。オレの頭の中はそれでいっぱいだった。



 それからはいつも通り。やっぱりオレと蒼生は一緒がしっくりくるんだと思う。新しい彼女が出来たりしたけど、まあそれはそれ。ずっと一緒だ。
 ……と、思ってたのに。
 一体誰の陰謀なんだ。
「あれ……クラス別になっちゃったね」
 中2の始業式。クラス分けの掲示板を並んで眺めながら、オレたちは呆然と立ち尽くしていた。これまで1度たりともクラスが離れたことなんかないのに。えっ、マジ誰だ。名乗り出てほしい。話付けに行くから。
「でも隣のクラスだもん、たくさん離れなくてよかったね」
 蒼生はそう笑ってくれるけども。
「今まで通り、朝一緒に登校しような。帰りも一緒に帰れる日は一緒だぞ! オレのこと忘れんなよ!?」
「大げさだなあ……。今生の別れってわけじゃないんだから」
 いや、これは大事件の幕開けだと思う。そんな気がする。

 教室にはタクトがいた。他にも去年同じクラスだった奴とか、小学校が一緒だった奴とか、見知った顔が多い。
 なのに、蒼生がいない。冗談だろ……。
「なんだなんだ、寝不足かなんか? 酷い顔してんじゃん」
 タクトが呆れた声で話しかけてくる。
「蒼生がいない」
 ぼやくと、タクトはぷっと笑ってぽんぽん背中を叩いてくる。
「あはは、おまえらセットだもんなあ。ま、そのうち慣れるだろ」
 慣れる、か。慣れるかな。
 そうだよな、別に会えなくなるわけじゃないもんな。そうだそうだ。幼馴染みって関係が変わるわけじゃないんだ。

 けど。
 翌日、蒼生を誘って帰ろうと隣のクラスを覗くと、蒼生は前の席の奴としゃべっていた。誰だあのイケメン。……いやいや、蒼生にオレの知らない交遊関係があっても……不思議は……。オレの……知らない……。
 なんだ。なんだこれ。くっそ。
「蒼生っ」
 声をかけるとそいつと蒼生が同時に振り向いた。一瞬もやっとしたけど、ふんわり蒼生が笑う。あ、オレを待ってたんだな。
 座った蒼生にしがみつく。
「蒼生、帰ろうぜ」
「うん」
 頷くと、蒼生はオレの腕に触れて、そっと剥がす。え? 蒼生が? オレの手を?
 呆然とそれを見ていると、蒼生は手に持ったノートをそいつに差し出す。そいつは黙って受け取った。
 目が合った。前髪の間から覗く冷たい目。すべてに興味がなさそうな印象の奴だった。
 ……ものすごく嫌な予感がする。蒼生をこいつの近くに居させていいんだろうか。


 嫌な予感っていうのはよく当たるもんだ。1学期の間ずっと見てたけど、クラスの前を通りかかるたび蒼生は大体あの前の席のイケメンか後ろの席のガタイのいい奴と一緒にいた。座席表を見ると、あのイケメンが笹原、ガタイのいいのが森というらしい。森は柔道の小学生チャンピオンだそうで、言われてみればどこかで見たことがある気がする。
 いや、あいつらが何者かはどうでもいいんだ。オレが言いたいのは、「近すぎねえ?」ってことだ。朝も昼も体育も移動時間でも放課後でさえあいつらは蒼生のそばにいる。絶対おかしいだろ。なんなんだよ。特に笹原、あいつ涼しい顔して常に蒼生の隣を維持してる。ああいうのほど何を考えてるかわかったもんじゃない。
 そんでもって、張り出された1学期末試験の結果でオレはもっと衝撃を受けた。10位以内をキープする蒼生の名前、それより上に笹原の名前があったからだ。本当に、なんだあいつは!
「蒼生ーっ」
 オレは帰りがけの蒼生を見つけて飛びつく。
「さすがに暑いよ」
 言いながらも、蒼生は笑っている。
「どうしたの」
「んん、なんかモヤモヤした気分」
「? テストの結果?」
 いやそういうわけじゃないんだけど……まあな、たしかに蒼生よりだいぶ、んー、結構下のほうだったのは否定しない。てか出来ない。
「……夏休み一緒に勉強しよ」
「ふふっ。そうだね」
 よし。蒼生は夏休みオレといてくれる。あいつらは学校でしか蒼生といないけど、オレはそれ以外いつでも一緒だ。
 ただ夏休み中の行事がクラスごとなのが憎らしいけど。
「そうだ蒼生、週末に校外学習に持ってく服とか買いに行こうよ」
「特に買い足すものはないと思ったけど……うん、そうだね。どうせお母さんが買い物行くと思うし、一緒に行こう」
 せっかくの泊まり行事を一緒に楽しめないなら、せめて買い物くらいは行きたいよな。……ホント、なんでクラスごとなんだ。


 オレと蒼生の誕生日は、両家揃って旅行に行くことが多かった。でも、今年は校外学習に挟まれているせいでそれはおあずけになってしまった。せめてってことでちょっといいレストランでの食事になったけど、やっぱなんか物足りない。
「蒼生、何やってんの」
 部屋を覗き込むと、机に向かっていた蒼生が振り向いた。
「夏休みの課題。早めにやっておこうと思って」
「そっか」
 クラスが同じだったら全部課題も一緒なんだけどな。同じ教科担任ので同じやつはあるけど、全部じゃないからまるまる一緒には出来ない。それにまず、せっかくの休みなのに、課題に追われてばかりなんて面白くない。
「な、蒼生。課題は後でオレと一緒にやろ。外行こうよ」
「ええ、今の時間めちゃくちゃ暑いじゃない」
「たまにはいいじゃんか、かき氷でも食いに行こうぜ。ちょっと頭も冷えるって」
「……そっか。そうだね」
 公園の脇にある古い喫茶店では、夏の間かき氷を出す。オーナーのおじさんのこだわりで、わざわざ取り寄せた天然氷を使ってるやつだ。蒼生はあそこの氷が好きなんだけど、ひとりで行くにはハードルが高いって躊躇してるのを知ってる。限られた小遣いの中で食べるにはちょっと値段的にも敷居が高いから、1シーズン1回か、よくて2回食べられるかどうかのごちそうだ。オレはそのカードを切ったわけだ。

 蒼生と連れ立って外へ出る。じわじわとセミの声がやかましい。街路樹の影がくっきり見えるほど日差しも強かった。
「あつ……。健ちゃんて夏休み中も部活の練習あるんでしょ?」
「んー、7月中は校外学習との兼ね合いがあって休みだけど、8月入ったらお盆と土日除いて結構毎日あるなあ」
「言われてみれば、去年も午前中だけとか午後だけとかで行ってたっけ。大変だよね」
 そう。去年はせっかくの休みの7月を引きこもって1学期の復習やって過ごしたから。おかげで2学期以降はちょっと取り戻したけど、テストの結果は毎回真ん中あたりをうろうろする感じだ。
「課題もやんなきゃだしな。絶対課題やる気出ないから、毎日蒼生ん家行くわ」
「それでやる気出るの?」
「そりゃ出るさ」
「責任重大だなぁ……」
 そう言うけど、蒼生の声は笑ってる。
 並んでだらだら歩いていくと、壁にツタが伸びた喫茶店が見えてきた。窓から覗くと、よかった、混んではいないようだ。
 革張りの大きな椅子に座って、メニューを開く。間にはかき氷のメニューが挟まっていた。
「蒼生はどうする?」
「うーん……ええっと。どうしようかなあ」
「オレはこの今年から登場っていうブドウにしよ」
「あー……やっぱり苺にする」
 いつも蒼生は時間をかけて悩んで、結局一番好きな苺を選ぶ。新しいものに飛びつくオレとは反対だなあといつも思う。2つか3つくらいまでは絞れるけど、そこから選ぶのが難しいんだといつか蒼生は話していた。2つ選べたらいいのになって言ったら、食べきれないよって笑ってたっけ。
「明後日から校外学習かー」
 背伸びしながら言うと、蒼生が首を傾げる。
「そっか、健ちゃんのクラスまだだったよね」
「うん。蒼生のクラストップバッターだったけど、どうだった?」
「なんかオリエンテーリングが、アスレチックと……謎っていうか問題解くのの組み合わさったやつで、結構大変だったよ。アスレチックのほうはお任せして、僕はずっと問題解いてたんだけど、まあ割と複雑で」
 なるほど、それならオレはきっと体動かすほうになるだろうな。まあでも、役割分担でやることがあるんならよかった。ひたすら問題解くとかだと絶対班の足引っ張りそうだし。
「なんか楽しそうだな」
「そうだね、楽しかったよ」
 ……あれ。蒼生の反応が早い。何と比べて、とかそういうわけじゃないけど、そんな気がした。心臓のあたりがざわりとする。
「……蒼生の班って、森と笹原が一緒だったっけ」
「そう。だいぶ2人に助けられたなあ」
「んー。そっか。笹原ってぱっと見キツそうな感じだけど、そうでもないんだ?」
「いい人だよ。すごく優しいし」
 なんだろうな、これ。いいクラスメイトがいて、蒼生が楽しく過ごせてるんだったら、本当はそれが一番いいのに。蒼生は今こうしてオレと一緒にいるのに。どうも、あの2人が苦手だ。オレ、割と誰とでも仲良く出来る自信があったんだけどな。ほんと、なんなんだろう。
 しばらくして、蒼生の前には果実がごろごろしてる苺ジャムが乗ったやつ、オレの前には緑と紫のブドウが綺麗に並べられたやつが運ばれてきた。よし、今はこっちに集中しよう。
「健ちゃんのも綺麗だね」
 混ぜてピンクになった氷をほおばりながら、嬉しそうに蒼生が頷く。あんまり甘くなさそうだから選んだけど、さすが目玉商品だな、果物の食べごたえがすごい。あ、シロップもジュースなのか、すごく食べやすい。
「すっげぇさっぱりしてて美味しい。蒼生もほら、食べてみ」
 オレは緑のブドウごと氷をすくうと、蒼生にスプーンを差し出す。
「どれどれ」
 蒼生が身を乗り出して、それをぱくりと口に含んだ。
「ん。ほんとだ、すごく爽やかだ。ブドウがすっごく甘いね」
「蒼生、オレも」
「僕のはいつものだよ?」
「がっつり甘いの一口ちょうだい」
 そっか、と蒼生が笑う。そしてジャムがたくさん乗ったところをすくってオレのほうに手を伸ばした。うん、安心する味だ。すうっと口の中で甘さが溶けていく。


 細くて丸い木で作られた壁のような急斜面を、ロープを使って一気に上る。枝の切れた向こうに見える湖がきらきら光っている。ここは風が通って涼しいな。
「寺田ー。見えるかぁ? 数字いくつだ?」
「お、数字な」
 ええと。ちょうど覗き込める位置にある柵の中にスケッチブックが置かれていて、黒字で大きく数字があった。
「52だって」
「了解~」
 そのまま降りることも出来たけど、せっかくだから細い橋を反対側まで渡り、つるつるした木に掴まって滑り降りる。班のメンバーのもとに戻ると、タクトがぱっとこっちを見た。
「お疲れ! こっちもなんとか解けそうだよ」
「これでゴール出来そうだな」
 楽しい。もともとこういうアスレチックとか好きなんだよな。
 あー……。だけどやっぱりダメだ。慣れるどころか日に日に違和感ばっかり増えていく。どこを見ても蒼生がいない。早く帰りたい。
 全員でゴールに向かって歩き始めると、一番後ろを歩いていたオレの隣に女の子が並ぶ。同じ班の水野さんだ。
「さっきのアスレチック、寺田くんかっこよかったね」
「マジ? ありがと」
 水野さんは首の脇でひとつに結んだ髪を指にくるくると巻き付ける。
「今、寺田くんって付き合ってる子いる?」
「今はいない」
「じゃ、付き合ってくれない?」
「うん、いいよ」
「本当!? やった、ありがとう!」
 早速水野さんは腕に手を絡ませてくる。へえ、これはラッキーな展開だ。よし、今度こそ。

 宿に入ってしばらくすると、夕飯の準備をする時間になった。タクトと一緒に薪係になったので、宿の裏手にある薪置き場に向かう。その途中、タクトがオレの脇を肘でつついてきた。
「な、さっき聞こえちゃった。水野さんに告白されてただろ。付き合うの?」
「そういうことになった」
「はー、なんでおまえばっかり……。でも知らなかったよ、おまえ水野さんのこと好きだったんだ」
「いや……」
「?」
 正直、気にしたことはなかった。元気がよくて可愛い子だなとは思ってたけど。
「ほら、オレは向こうのことよく知らないじゃん? これから知っていく中で好きになってく感じなのかな」
「ふーん、そういうもん?」
 わからん。たぶんそうなんじゃないかと思うだけで、正解かどうかはまったくわからない……。なにせ「まず付き合ってみるべし」との教えは、こう兄に伝授されたもんだから。
 よく考えると、あの人とっかえひっかえだから、師匠としてはよろしくない例なんだよな。実は最近それに気が付いた。というのも、蒼生がオレに「友達より彼女優先」とか言ってたのが、実はこう兄がそうだったからってのがわかったからだ。そのせいでしばらく蒼生が会ってくれなかったんじゃん! つまりこう兄の言うこと鵜呑みにしてたら、オレと蒼生はお互い離れることになっちまう。
 そもそも、オレはこう兄みたいになりたいわけじゃなくて、出来ればひとりとずっと付き合っていたいんだよな。今のところ、残念ながらこう兄みたいにとっかえひっかえって思われても仕方ない感じになってる。あっ、こう兄はこう兄でいい人なんだけどな!
 まあ、付き合ってから色々知って好きになるのはそう大きく間違ってるわけでもなさそうだし、失敗を繰り返していくしかねえのかな。
 オレは積まれた薪の一番上の束を取り、タクトに渡す。それからオレの分でもうひと束。
「オレさあ、なんか、こう、長続きしねえんだ」
「そういえばしょっちゅう告白されてるってことは、しょっちゅう別れてるってことか」
 まあ、そういうことだ。薪を抱えて来た道を引き返す。
「すごく楽しいし、その子のこと好きだって思ってるのにさ、それが持続しねえの。ある日、急に、あれ? ってなっちゃって。それで、なんか違うってなって、別れたりフラれたり」
「はあ……よくわかんないけど、とりあえず羨ましい悩みだな」
「オレ、実は恋愛って向いてないのかも知れないなぁ」
「モテるのに一生童貞パターン?」
「マジか~。出来たらそれは避けたいパターンだわ~」
 茶化すように言うと、タクトに軽くどつかれた。
 いやでも割とそれが真実だったりするんじゃね?
 オレには恋愛は早いんじゃなくて向いてないのかも……。

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