投稿日:2023年08月07日 22:08 文字数:13,106
10こ目;君じゃなくちゃダメなんだ! 第4話
ステキ数:2
健太、高校1年生になりました。
蒼生と同じクラスになったのも束の間、冬矢とのいざこざが蒼生を心配させて…。
そしてあの日を迎えることに。
こんな終わり方ですが、次回から冬矢の話も聞いてください!
↑公開当時のキャプション↑
2021/08/06公開
健太がいろんなことに気付く回です。
いろんな勢いが早いです。
次回、冬矢のシリーズに入りますのでよろしくお願いします!
蒼生と同じクラスになったのも束の間、冬矢とのいざこざが蒼生を心配させて…。
そしてあの日を迎えることに。
こんな終わり方ですが、次回から冬矢の話も聞いてください!
↑公開当時のキャプション↑
2021/08/06公開
健太がいろんなことに気付く回です。
いろんな勢いが早いです。
次回、冬矢のシリーズに入りますのでよろしくお願いします!
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新しい制服に袖を通す。なんか気持ちまでぴしっとするな。もちろん試着は何度もしてるし、ネクタイだってちゃんと結べるように練習した。とはいえ本番となるとまた違うもんだ。
リビングに行くと、まだ学校の始まらない姉ちゃんとみのりがパンをくわえたままこっちを見て「うわっ」とか言う。
「お兄ちゃんがちゃんとしてる……!」
「まさか健太がこの制服着るようになるなんて……。ほんと蒼生ちゃん様々よね」
言われようが酷いな! ただ蒼生の件についてはその通りなので言い返せない。オレは知らなかったんだけど、一応人に言ったら「えっ、あの!?」と言われるレベルの高校だったらしいんだわ。蒼生が行くなんて言わなきゃ目指さなかったし、一緒に勉強してなかったら絶対受かってなかった。
母さんがばたばた足音をさせてカメラを持ってくる。
「家の前で記念写真撮りましょ! 蒼生ちゃんとツーショットで!」
いや蒼生は関係……あるわなあ。めちゃくちゃ関係あるわ。
両親にはわりと迷惑かけた。突然上のレベルの高校受けるとか言い出したからな。
それから、あと、あれだ。自分で言うのちょっとあれなんだけど、世に言う反抗期? 的なもんがオレにもあって……。部活と学校じゃそんなんなかったんだけど、一時期家で一切口きかないとか食事呼ばれても行かないとかあってさ。そういう時どうなるかっていうと、家族の誰かが蒼生を呼びやんの。んで、え、ごはん食べないの、蒼生ちゃんいるのに? とかぬかすわけ。蒼生がいてオレ出てかないわけないじゃん。それでちゃんと毎回、蒼生、いるんだよ。にこにこしながらオレの席の隣で待ってるの。ごはん冷めちゃうよ、って笑ってんの。そんな可愛い顔見て申し訳なくならないわけないじゃん、なあ? んでなんでだか蒼生の隣に座りたがるみのりと一悶着起こすまでがワンセットで、やっぱり蒼生はそれをふわふわした笑顔で見てた。
そんなこんなで、オレが反抗期を無事乗り越えられたのも、有名校に進めたのも、我が家では蒼生のお陰ということになってる。てか、覆しようもない事実だ。
外に出ると、蒼生がオレを待っていた。また胸の真ん中あたりがズキッとする。かっわ……なにそれ……えっ制服めちゃくちゃ可愛いな!
「わ、健ちゃんブレザーかっこいいね」
「ありがと。蒼生も似合ってるよ」
あー……頑張ってよかった。
あと、電車最高。電車移動がこんなに楽しいとは思わなかった。声張れない空間で、ひそひそ話すのが、なんつーか、楽しい。ボリューム押さえた声が普段と違う感じで、すごく心地よかった。距離が近いせいで、相変わらず心臓が妙な跳ね方をしてたけど。
クラス分けは受付でもらうカードに書かれてるシステムらしい。これで入学式の席が分かれるんだそうだ。なんか、ゲームみたいだな。受付は頭文字ごとにいくつかに別れてる。どうせならその場で見ないほうが楽しそうだ。
「見ずにもらって、せーので見せ合おうぜ」
「いいね」
蒼生は即乗ってきた。
受付でもらったカードをさっと裏返し、胸元に隠す。さあ、どうなる。天国か地獄か。
「せーの」
同じようにカードを隠した蒼生と、同時にカードを裏返す。アルファベットだ。……同じ文字。
オレはその勢いで蒼生に抱きついた。
「うわ。やった! 同じクラスじゃん!」
「ほんとだ……よかったぁ」
よかった、本当によかった。2年も蒼生と離れてたんだ、正直限界だったからな!
「受付の真ん前で何してるの」
む。静かな声。
そうか、こいつがいたか。
笹原。突然現れて蒼生につきまとうようになった奴。別に嫌いってわけじゃねえけど、なんか苦手だ。
「お、はよ、と、冬矢」
「おはよう、蒼生」
は!?
オレは蒼生を見る。蒼生はなんかそわそわしたような態度だし、笹原は満足げだ。名前!? いつの間に!? しかもクラス一緒だって!?
気付くとオレは蒼生の前、笹原との間に肩を半分入れるような形で立っていた。苦手とかそんなん言ってる場合じゃねえ。なんでだか知らんけど、危機感って言葉が浮かぶ。こいつはダメだ。
笹原とは話ひとつ合う気がしねえ。それはすぐにわかった。基本的に共通の話題が見つからない。向こうもそう思ってるんだか知らねえが、まずオレに話しかけることをしない。そもそも蒼生にしか用がないみたいな態度を取る。
蒼生は笹原といるのが楽しいみたいだから仕方ないけど、いや気にくわないのは気にくわない、でも蒼生がいいならしょうがない、だけどオレだって蒼生といたいじゃん。でも蒼生といるとつまりあいつもいるんだよ。
わけがわからん。
それと、クラスの他の連中と話してる時、ちょっと離れて見てて気付いたんだけどさ。笹原の距離、近くね? オレみたいに抱きつくとかはしないけど、さりげなく肩くっつけたりとかしてるんだよな。それで、蒼生もそれを嫌がらないんだ。蒼生、他人に触られるの嫌いじゃん。誰かと触れそうになると避けてきてたじゃん。なんで笹原は平気なんだよ?
ああ、もう。なんなんだ。
ま、言っても笹原とは学校だけの付き合いだ。家に帰ればオレと蒼生は幼馴染みでお隣さんだ。そこが有利なのは変わんない。たとえメッセージのやり取りとかがあったとしても、すぐに顔見られるのはオレだ。
メッセージ……。やっぱそれもなんかモヤモヤしちまうな。
オレは机の上のプリントを叩く。ああ、ちっともわかんねえ。いや、文章が頭に入ってこねえんだ。ハイレベルなとこ入った以上頑張んなきゃいけねえのはわかってるんだけど、ずっと頭がスッキリしない。あー、もう、蒼生に聞こう。
部屋からリビングを通り、庭に出る。脚立に足をかけ野木沢家を覗き込むと、蒼生のすぐ上のみど兄がテレビを見ていた。
「みど兄~」
声をかけると、窓際に寄ってきて窓を開けてくれる。
「何か用事?」
「ちょっとプリントでわかんないとこあって聞きたいんだけど、蒼生いる?」
「蒼生? 友達のとこ泊まりに行ってるよ。日曜……明日の夕方には戻るんじゃないか」
は?
ちょっ……。嫌な予感しかしねぇんだけど。
「な、なんて友達?」
「うーん、なんて言ってたかな。笹原……だっけ」
「そっか、ありがとう」
……だろうな! 蒼生が今、誰かのとこ行くとしたら笹原のとこだろ。でも泊まり? 泊まりってなんだよ。オレを置いてひとりで? オレなんか蒼生の部屋に入るのすらまだ怖いのに! いやそれは完全に自分のせいだけどな。「あの夜」以来、自分がおかしくなったらどうしようって恐怖が抜けないんだ。
でもそれとこれとは話が別だ。
あー。家知ってたら押し掛けたい。でも知らねえし。メッセージ送るのもなんか……違う気がするし。
くそ。蒼生の顔が見たい。そしたらすぐ安心出来るのに。
それからずっとそわそわしてた。何度庭に出たかわからない。最終的には、
「そんなに気になるんならこっち来てなさい!」
っておばさんに言われるくらい。
オレは遠慮なく野木沢家に行くことにした。もうついでなので蒼生の部屋に乗り込む。いや、オレだって普段はちゃんと、蒼生がいない時に蒼生の部屋には行かないって決めてるんだ。でも今日は無理。
初めて入った誰もいない蒼生の部屋は、しんとして薄暗い。わかってるのに見渡して、ひとりなんだと実感する。はあ。ベッドに倒れ込むと、蒼生の匂い。あ、ヤバい。なんかどうしようもなくなって、布団を抱え込んだ。
何を考えるでもなくぼんやり窓を眺めていると、遠い足音が急ぐ速さで近付いてきた。勢いよく開いたドアから蒼生が飛び込んでくる。
「ごめんね、遅くなって。僕に用事だったんだよね。連絡くれればよかったのに」
言いながら、蒼生はベッドの脇に膝をつく。
「大丈夫? 具合悪い?」
子供にするみたいに、背中をぽんぽんと叩く手。置かれたとこから温度が伝わる。
「ううん。心配かけてごめん」
「それはいいんだけど……」
オレを覗く顔は心配そうで。急にすごく申し訳なくなってくる。もしかして、オレの態度、蒼生を不安にさせてるだけなのかも……?
抜けきってた力を戻して起き上がる。蒼生はその隣にぽすんと座った。肩を寄せたけど、避ける気配はない。
…………。
「笹原の家に泊まったんだろ。なんにもなかった?」
「? なんにも? って?」
「? いや……なんだろ?」
一番気になってたことが口をついて出たんだけど、聞いたオレ自身も何を聞いてるかわかんなかった。でも、なんか、危ないんじゃないかって。危ない? 何が? たぶんそんな遠くでもないのに?
「えっと……笹原の家ってよく行くのか?」
「よく、じゃないけどたまに」
蒼生は少し困ってるみたいだ。そうだよな。オレだって友達の家に遊びに行くし泊まりにだって行く。蒼生がどこに行ったっていいはずなんだ。なのに、どうして、笹原だけがダメなんだろうなぁ……。
「ね、健ちゃん」
「ん?」
「健ちゃんは、と……笹原くんのこと嫌い?」
「別に嫌いじゃねえんだよな。なんか、んー……言っていいのかコレ、んん……。なんかあいつ、蒼生に近くね?」
「健ちゃんだって近いじゃん」
「オレはいいんだよ」
「そっか」
「うん。……んー、オレもいろんな友達いたし……もしかしたらきっかけさえあれば少しは違うのかな……」
「きっかけ、か」
顎に手を当てて、蒼生は何か考えているようだ。
そうだよなぁ、蒼生のことを考えれば、こんな状況よくないよな。笹原と仲良くするつもりはねえけど、少し大人にならなくちゃいけない。もしかしたら笹原だって話せる奴なのかもしれないもんな。蒼生に近すぎなければ、の話だけど。
このまんまじゃダメだ、どうにかしなくちゃ。そう思ってはみたものの、オレがいきなり笹原にアクション起こすのってなんかちょっと不審なんだよな。実際、朝の挨拶とかしてみようとしたんだけど、すっげぇ棒読みになりそうなくらい抵抗があって、失敗すること数日。なんかうまい手はないもんかね?
おかげで気になって授業が身に入んねえや。チャイムだけがはっきり聞こえてやんの。あー、昼か。入学して以来なんか気まずくて、誰かが席外すか、蒼生自身がふらっとどっかに行っちゃうかでどうもうまくいかないんだよな。
ざわめきを増した教室の中、2つ後ろの蒼生の席近くで静かな声がした。
「今日、学食行かない?」
笹原の声か。今日は蒼生と学食行くんだ。そんなんあったっけ。校舎案内で見たことがあったようななかったような。へえ、蒼生もその気らしいな。そっか、じゃあオレは教室にいりゃいいや。
ガガッ、なんか大きな音がしたな、と思ったとたん、腕を強くつかまれた。なんだなんだ、誰だ? ……え、蒼生?
「けっ、健ちゃんも行こう!」
え?
「オレは……」
弁当があるし、と言いかけて、蒼生が切羽詰まった顔をしてるのに気付く。昼飯に誘う顔じゃない。
あ。そうか。
「……うん、行こっか」
そっか。蒼生が勇気を出してくれたんだ。なんもできないオレのかわりに。
よし、蒼生の言うこと、なんでも聞くぞ。「笹原と仲良くしてほしい」って言うんだったら、見てろよ、めちゃくちゃ仲良くしてやるからな!
連れられるままにあんまり通らない古い校舎に続く渡り廊下を歩いてると、開けたままの窓から気持ちのいい風が通ってくる。それを過ぎると、今度はいい匂いがしてきた。廊下を曲がってすぐのところに大きなドアがあって、そこからの匂いみたいだ。あんまり高校の学食ってイメージが頭になかったんだけど、入ってみると開放的で明るい。
「へえ、結構広いんだなあ」
思わずつぶやくと、隣で蒼生が頷く。
「初めて来たけど、綺麗だね」
だな。こんな感じのとこだったらたまに来るのもいいかもなあ。外食な感じがして気分転換にもなるし。
「メニューこっちにあるよ」
笹原が指さして歩き出す方向には、メニュー表とサンプルがある。へえ、定食に種類がある。しかも大盛りが出来るなんて、部活終わりとかにちょうどよさそうだな。肉あるのいいじゃん。待て、3倍盛りもあるのか。すげえな。弁当もあるし、今日は大盛りにしよ。とはいえずっしりくるトレーを気分よくテーブルに運ぶ。これ3倍だとどうなるんだろ。
と。あれ。オレが笹原と向き合う感じ? そうか、ま、そうだな。よし。来い。
ちょっと、間。
少しして、蒼生が口を開く。
「……あ、の……。と、とりあえず名前で呼び合うとこから始めてみるのはどうだろうっ!?」
……は?
なるほどー……そう来たか。意外なとこから攻めてきたな。名前か。
たしかに言われてみれば、去年までは時々こいつと言葉を交わすこともあったオレがこんなに警戒感を抱くようになったきっかけって、蒼生がこいつのことを名前で呼び始めてからかもしれない。それに蒼生が名前で呼んでてオレが名字で呼んでて、ていうのはぎこちないままになっちゃうかもしれないしな。
うん。蒼生の提案は受けると決めたんだ。やってやろうじゃないか。
「わかった」
蒼生がぱっと顔を上げた。びっくりしたような顔してる。オレから反対意見でも出ると思ってたんだろうか。
笹原も笑って頷く。
「俺もそれでいいよ」
よし、決まった。それで蒼生が気分よく過ごせるならなんだっていいんだ。
オレはぱん、と両手を合わせる。
「それじゃ可決されたところで! メシが冷めちゃうぜ。いただきます!」
「いただきます」
続いて言ったのは、笹原、いや、冬矢。蒼生は慌てたように手を合わせた。
「あ、い、いただきます!」
なんでだか、ちょっと戸惑ったような顔をして、蒼生がフォークを手に取った。
なんかやる気が出てきた。そうだ、今までは肩透かしくらったような感じだったんだもんな。これからはちゃんと同じフィールドで戦えるんだ。
改めて笹原冬矢という人間をじっくり見てみると、外見は派手なイケメンでチャラチャラしてそうだけど、意外に物静かで他人と関わりを持ちたがらない奴だとわかった。基本的には聞かれたら答えるけどあんまり自分からは動かないって感じ。あからさまに無視してくるなーとか思ってたんだけど、オレにだけそうだっていうわけじゃないみたいだった。
てか、蒼生に対してだけが特別なんだよな。話しかけるのも笑いかけるのも優しいのも蒼生にだけだ。なんでこんな仲良くなってんだろ。蒼生がそれを受け入れてるのもモヤモヤする。
だからたぶん、蒼生のことがなかったら別になんとも思わなかった。一応反応はするから悪い奴じゃない、くらいの印象だったと思う。クラスが一緒だったら名前くらいは覚えたかなってレベル。だけどオレが初めて見たのは蒼生の隣にいる冬矢だ。それだけで印象なんか最悪だった。
あと普通にイケメンなせいで常に女子が遠巻きに見てるのもムカつく。この前なんかさ、グループ学習で偶然他のグループと一緒になっちゃって、大人数で博物館に行ったんだけど。あいつの周り、常に女子がいたんだよな。それでもあいつ顔色一つ変えないんだぜ。どんだけ慣れてんだって話だ。
……んー。でも不思議だったのは、それ見て羨ましいとはあんまり思わなかったこと。そりゃあまりの慣れてる感が鼻につく感じがしたけどそれだけだ。受験頑張ろうってなってから彼女なんていねえから、以前のオレなら羨ましがるのが当然の反応だったと思うんだけど、スカした奴め、って思うくらいだった。しかも、それに気付いたのは後になってからだし。
まあな、その後3人だけで行った図書館のほうがよっぽど楽しかったからかもしれない。図書館で本に囲まれる蒼生は、本当に楽しそうで可愛い。結局オレは蒼生の横で眠くなっちゃって、蒼生に笑われた。冬矢には「気を抜きすぎなんじゃないか」とか言われた。あいつ、一言余計なんだよな。
でも、なんか慣れてきたかも。そりゃ蒼生に近いのはイラッとするし気にいらないけど、蒼生自身が楽しそうだしなあ。複数で遊ぶことだってこれまでも普通にあったじゃん? これでいいのかもな~。
夏休みもだいぶ佳境に入ってきた。グループ学習もほぼ仕上げの段階だ。オレはどうしても部活があるからなかなか集まれる機会がない。たぶん蒼生と冬矢が2人でやってたらとっくに終わってただろうな。だけど置いてきぼりは嫌だったから仕方ない。蒼生はゆっくりでいいって言ってくれたから、いいんだ。
さて、まとめに使う古い資料、と。古い写真がないかってことだったんだよな。古いの、古いの……たしかじーちゃんの若い頃のがあったはず。この地域らへんの顔利きだったらしいし、それっぽいのがあんじゃねぇかと思う。えっと、どこだっけ。家に今オレしかいないから場所わかんないのが問題だ。オレらのアルバムと同じとこにあったりするか?
たしか戸棚の中にアルバムが……あった。オレと姉ちゃんとみのりの3人分と家族の分。わざわざ現像して丁寧に貼り付けてあるのは、母さんの趣味みたいなもんだ。撮るのが好きな父さんと、アルバム作りたい母さんでバランスが取れてるんじゃないかな。しかも、趣味が高じて野木沢家のアルバムを作ってるのも母さんだ。
お、古いのもありそうだ。茶色くなった小さなアルバムを手に取ると、色褪せた写真が詰まっている。これだ。セピア色っていうんだっけ、雰囲気あってかっこいい感じがする。
そのアルバムを持って行こうとして、紙箱が立てて置いてあるのに気付く。なんだろ。開けて見ると、アルバムに貼りきれなかったらしい写真がたくさん入ってた。お、父さんと母さんわっか。……あれ、奥にも小ぶりの本があるな。白地に水玉模様で、ピンク、オレンジ、紫、赤、緑、青。それぞれの色が数冊ずつ。真ん中にある赤いのを出してみると、表紙が赤ちゃん? 誰だろ。ページをめくると今よりだいぶ若い蒼生んちのおじさんとおばさんがその赤ちゃんを抱いてる写真があった。ってことはこれ、こう兄か! へー。こう兄もこんな可愛い時期あったんだな。
あれ、じゃあこれオレたち1人ずつあんのか? つまり、この青いやつは……やっぱ蒼生のだ。わ、可愛い。生まれた瞬間から可愛い。え、天使かよ。改めてじっくり見ると、オレ、こんな可愛い天使とずっと一緒にいたのか。よく召されず今まで生きてこれたなあ。あー、全部のページが可愛い。それに、よくオレが写ってるな。そうだよ、蒼生の隣はずっとオレの場所だから。
そうだ、つまりオレの写真にも蒼生がいるんじゃないか? ピンクが姉ちゃん、じゃオレはこのオレンジか。どれどれ。お、1ページ目から2ショットじゃん。わー、すげえ量。
ん? このページ、連続写真になってる。選べなかったのかな? 何歳くらいだろ。2歳? いや、それより前かな。小さい蒼生とオレが仲良く並んでる。オレが全力の笑顔で両手を挙げて、そのまま蒼生に突進して、
あれ。
写真の下に文字がある。「健太のファーストキス 蒼生ちゃんと」。
へぇ……。そうだったんだ。え、知らなかった。あー……そう。そっか。いいな、小さい頃のオレ。オレも今の蒼生にちゅーしたいよ。それにしてもオレ、こんなちっちゃい頃から蒼生のこと好きだったんだな。
……………………。
待て。
今、オレ。
「蒼生のこと、好き」
言葉にした瞬間、全身の毛がぶわっと逆立った。
部屋に駆け込むと、後ろ手にドアを閉めた。めちゃくちゃうるせえ音がしたけど、どうせ家には誰もいないんだ、気にしたってしょうがない。それより、それよりだ。
落ち着かなくてうろうろして、ベッドに座ってみたり、壁際に立ってみたり、結局床に座り込む。それでもなんかそわそわして、膝を抱え込んだ。
オレは、蒼生が好きだ。それは幼馴染みとして、友達、いや、親友としてだ。そう思ってた。
「好き……」
改めて言葉にすると、めちゃくちゃしっくりくる。今まであったあれもこれも、なんか全部がそれで説明がつく。
ってぇか、オレ、蒼生のこと、抱きしめたいしキスしたいし舐めまわしたいとか、……あー、思ってたんだよな。そんなん、そういう「好き」に決まってんじゃん。なんで気付かねえんだよ。恋愛的な意味の「好き」に決まってんじゃん。それどころか、その、えーと、なんつーか、そのー……完全にそういう意味で好きなんじゃねえかよ……。
あー。
そっかー。
そういうことかー。
なんだ、そういうことじゃんかぁ。
蒼生が特別すぎて気付かなかった。蒼生を別格にして、残りの中からあの子が好き、この子が好き、なんてやってたからうまくいかなかったんだ。そうだよ、うまくいくはずねえじゃん。だってどんな子と付き合ってたって、オレが一番好きなのはずっと蒼生なんだから。
幼馴染みとか、家族とか、過ごしてきた時間の長さとか。そういういろんなものを全部取っ払って、世界中の人間を同じ高さの地面に並べて考えてみたら、「世界中の誰より蒼生が好き」。辿り着いた答えはものすごくシンプルだった。
あー、今まで付き合った皆様、本当にごめんなさいでした!
うう、こうなると急に蒼生に会いたい。
よし、行こ。
オレは勢いをつけて立ち上がった。
チャイムを鳴らすと、すぐにおばさんが鍵を開けてくれた。
「はいいらっしゃい」
「ねえ、なんでリビングの窓開いてないの」
「真夏でエアコンつけてるからに決まってるでしょ」
「なんかさー、垣根のとこ出入りしやすいようにドアつけようよ」
「それあんたしか使わないじゃない」
「蒼生にも使ってもらうもん。それか合い鍵ちょうだい」
「そのうちね」
ちぇっ。もうくれてもいいんじゃないかって思うんだけどな。
3階に上ってドアを開けた。机に向かう後ろ姿を見た瞬間、心臓が跳ねる。
「蒼生ー」
「なにー」
蒼生の部屋は、エアコンがよくきいててすごく涼しかった。後ろから抱き締めると、Tシャツから出た腕がひんやりと冷たい。さらさらで気持ちいい。
このまんまTシャツの裾をたくし上げたいな、直接触りたいな、と思ったけど、ちょっと急ぎすぎな気がしてなんとか我慢した。
「あ、もしかして古い写真見つかった?」
「うん。でも持ってくるの忘れちゃった」
「えー、何しに来たの」
「蒼生に会いに」
「そっか」
腕の中で蒼生が笑う。思わず手に力が入った。
それが勝手に動いて、蒼生の顎に触れる。少し手前に引くと、蒼生は何の抵抗もなくオレのほうを見た。きょとんとした顔。もう、これさ、ちゅーしちゃっていんじゃね? だってオレたち既にちっちゃい頃ちゅーしちゃってんだよ?
……いやいやいや、急ぎすぎ、よくない。蒼生がびっくりしちゃうからな。なんか、こう、オレももうちょっと落ち着いてからいい感じに伝えたい。や、別にビビってるわけじゃねえよ?
「どしたの?」
あー。かわい。
「あのさ、デ、いや、そうだ、天アルのコラボカフェ行かない?」
「健ちゃんが行きたがってたとこだね。うん、行こう。いつ?」
「明日」
蒼生は机の上のカレンダーに手を伸ばす。日付の右下に赤いばってんが散らばってるけど、明日にはついてない。
「部活お休みなんだ。じゃあ行こっか」
可愛いよなあ。オレが部活の日に×つけてるんだぜ。オレと遊べない日は×なの。あー。
「……健ちゃん、ちょっと腕きつい」
家を出ると、先に外にいた蒼生がオレに気が付いて手を振ってくる。くっ。なんかもう、射抜かれた感じ。
「結構人気で混んでるみたいだね」
「でも開店前に並べば入れないことはないでしょ」
とかなんとか言いながら、電車の端っこのさらに隅でふたりして携帯を覗く。電車移動って、すごく近くなっても不自然じゃないから、最高。なんか、蒼生と乗るたびに電車最高とか思ってるな、オレ。それから、そのたびにひそひそ声いいなって思ってたけど、今日はさらになんか可愛い気がする。
店に着くと、もう2人連れの女の子が3組並んでた。そっか、開店前だから外に並ぶのか。暑いよなあ。朝イチだってのにじんわり汗が浮かぶ。
「スポーツドリンク買ってくるわ」
「あ、お願い」
ちょうど角曲がったとこに自販機がある。オレはちょっと迷って、1本だけ買うことにした。
「はい、とりあえず1本な。足らなかったらまた買お」
「そうだね……冷たっ」
蒼生の頬にペットボトルを押し当てると、ぴょんと飛び跳ねてから笑う。
「でも気持ちいい」
……可愛い。
なんか前の組の子たちがちらちらこっちを見てる。うるさかったかな。すみません。
オレと蒼生はスポーツドリンクを半分こしながら、なんでもない話をひそひそして開店を待った。回し飲みなんて今までも普通にやってたけど、うわ、今更ながらすっげえドキドキする。蒼生から渡されたペットボトルの口の半透明な雫を見つめてたら蒼生に心配されちまった。
30分くらいだと思うけど、蒼生といると一瞬だよな。でもやっぱり中に入るとすごく涼しくて、暑い中にいたんだなあと実感する。蒼生、暑いの苦手なのに付き合ってくれるんだよな。オレとなら暑くても一緒に待ってくれる。嬉しい。
「こういうイベントって初めて来るけどさ、結構内装とかもそれっぽくしてるんだな」
「うん。宮殿のジオラマ、すごく細かいよね」
蒼生も楽しんでるみたいだ。珍しそうにあたりをきょろきょろ見回してる。それにしても、客層が偏ってるなあ。家族連れが一組と男同士のお客さんもいるけど、ほとんどが女の子だ。少年漫画だけど女の子のファンも多いのか。
へー、メニューも話の内容にちなんだ中身になってるんだ。決めるの早いオレでもさすがに悩むなあ。蒼生は決められるかな? ちらりと見ると、蒼生がふんわり笑った。
「僕迷っちゃって決められないから、健ちゃんが気になるの選んで。半分こしよ」
優しい。可愛い。可愛い。
食べ終わったあとは、街を適当にぶらぶらする。正直どこでもいいんだ、蒼生と一緒に歩けるならさ。めったに来ない場所だからそれだけでも楽しいし。
いろんな食べ物とか服とかの店がたくさんある。でも蒼生がぴくっと足を不自然に止めたのは案の定本屋の前だった。だよなー!
「すげえ、でかい本屋だな。寄ってこっか」
「でも」
「行きたいだろ?」
「う、うん」
「よし行こう!」
最初はオレに肩を押されておずおずと足を向けた蒼生は、本屋に一歩入るなり吸い寄せられるように特集コーナーに向かって行く。目の輝き方まで急に変わるんだから、本当に好きだよな。可愛い。
オレはそんなに本とか読まないので、今の感触を脳内再生していた。……あー、肩! 今オレ肩抱いた! うわー! なんか手のひらで肩包む感覚、何これ! 散々抱きついてはいたけど、また違う……。こ、この手が意思を持って蒼生の肩をっ……!
手ってさ、なんだっけ、一番動くんだっけ? 感覚が鋭いんだっけ? 昔聞いたことがあるんだけど忘れちゃったな。とにかく、手のひらも指も、オレの意思で自由に動く。それを使って相手に触れるって、なんかすごい気がするんだよ。
あー、いろんなとこに触れたい、とか思っちまう。
「ごめんね時間いっぱい使っちゃって」
振り向く蒼生の上目遣い。
「いーよ。オレ、蒼生が楽しそうに本選んでるの見るの好、……嬉しいし」
危ねぇ。
好きって言いかけた。いやこれはたぶんそういう意味には聞こえないやつだろ? わかってる。でも、……す、好き……は、取っておきたい。もうちょっと待って。満天の星空の下とか夕焼けの高台とか色々考えてるから!
蒼生は難しそうな本を数冊買ってほくほくしていた。嬉しそうだな。来てよかった。
「僕の行きたいとこ連れてきてもらったから、次は健ちゃんが行きたいとこ行こ」
ニヤニヤしそうになるのを必死で我慢して、オレは通りの向かいを指した。
「じゃ、ちょっと服見ていい?」
「うん」
とは言ったものの、結構混んでるわ。セール中のバナーがあちこちにかかってる。割引は嬉しいけど、ゆっくり見られなそうだ。
「何が欲しいの?」
「秋物のシャツとパンツ見たいんだけど、この混雑じゃ」
ふと。出ようかって提案しようとしてた頭の中に、いたずら心が顔を出した。
「……はぐれて迷子になるかもだからー、……手、繋ご」
「え?」
蒼生はびっくりしたようにオレを見る。それから、ふふっと笑う。
「健ちゃん、こどもみたい」
言って、オレが差し出した左手に、ぽすんと右手を重ねた。
あ~~~~~~~~~。
手~~~~~~~~~~~~~~!!
手のひらに柔らかい感触、手の甲にそっと指先がかかる感じ、指にさらさらの肌が触れて、え、手ぇ繋ぐってこんな気持ちいいの!?
ヤバい。好き。てかめっちゃ好き!
新学期、オレは久々の制服の蒼生にドキドキしていた。いや可愛いとは思っていたけどさ、好きって自覚すると、威力が違う。当社比50倍って感じ。はー、可愛い。
残りのグループ学習も楽しかったな。そりゃ蒼生と顔合わせていられるんだから楽しくないわけがない。ただ冬矢には腹立つこと言われたな、なんだっけ。
「テンション高くて気味が悪い」
……思い出しムカつきをしてしまった。やっぱオレにだけやたら辛辣じゃねえか?
そういえば、「手」を意識しちゃってから、なんとなく蒼生に抱きつきづらくなった。蒼生は不審に思ってなさそうだからいいんだけど。なんていうか、いろんなとこに触れたい、って思ったあれは、その、やましい気持ちがあるわけで。そういう気持ちで安易に触れていいのかなって逆に思うようになっちゃったんだよなー。
触れたいのと触れちゃダメだと思うのと、なんかちょっとぐちゃぐちゃしてきた。
朝練を終えて教室に戻ると、蒼生は席にいた。ドキッとする。笑ってて可愛い。
その笑顔の相手が冬矢ってとこが腹立つけど。自覚してから初めて2人きりのとこ見たから余計にイラつく。
ん。
あれ。
おかしい。
胸の奥がざわっとした。
冬矢の手が蒼生の肩に触れてて。蒼生が笑ってて。冬矢が他の奴に見せない優しい顔で笑ってて。
オレはね、蒼生が好きだよ。だからわかる。
その「手」は。
チャイムが鳴って、冬矢が蒼生から離れた。
蒼生の目が、一瞬冬矢の背中を追う。
知らない目だった。
その日、蒼生は図書委員の仕事で遅くなると言って教室を出て行った。冬矢は休んだ学級委員の代わりに会議に駆り出されて行った。オレは部活だったけど、体調不良って嘘言ってサボった。
人数の減った教室に残り、オレは自分の席に座ったまま外を見ていた。
オレは蒼生が好きだ。
冬矢の優しい視線……おまえも蒼生のことが好きなのか。
それから、蒼生も……?
はー。どうしたらいいんだろ。蒼生の気持ちを考えたら……。
いや、違う、考えちゃダメだ。蒼生の気持ちは蒼生のもんだ。蒼生に聞かなきゃわからない。蒼生に聞こう。それで、オレの気持ちも聞いてもらおう。その上で決めるのは蒼生だ。
同じことは冬矢にも言える。確かめないで決めつけちゃいけないよな。
机に突っ伏していると、いつの間にか教室には誰もいなくて、電気はついていなくて、外は夕方っぽい色になってきていた。寝てるとでも思われたんだろうな。
まず戻ってきたのは冬矢だった。冬矢はオレの姿を見ると首を傾げた。
「おまえまだいたのか。……部活じゃなかったっけ」
「サボった」
「ふーん」
冬矢はさほど興味なさそうに荷物をまとめ始める。オレは何故だかカッとなって、勢いよく椅子から立ち上がった。
怪訝な顔で冬矢がオレを見る。
オレは大きく息を吸った。
蒼生を取られたくない。
蒼生が誰かの……こいつのものになるなんて嫌だ。
「…………もしかして、おまえ……蒼生のことが好きなのか」
沈黙。
薄暗い部屋の中で、表情のない目がまっすぐにオレを見ていた。
リビングに行くと、まだ学校の始まらない姉ちゃんとみのりがパンをくわえたままこっちを見て「うわっ」とか言う。
「お兄ちゃんがちゃんとしてる……!」
「まさか健太がこの制服着るようになるなんて……。ほんと蒼生ちゃん様々よね」
言われようが酷いな! ただ蒼生の件についてはその通りなので言い返せない。オレは知らなかったんだけど、一応人に言ったら「えっ、あの!?」と言われるレベルの高校だったらしいんだわ。蒼生が行くなんて言わなきゃ目指さなかったし、一緒に勉強してなかったら絶対受かってなかった。
母さんがばたばた足音をさせてカメラを持ってくる。
「家の前で記念写真撮りましょ! 蒼生ちゃんとツーショットで!」
いや蒼生は関係……あるわなあ。めちゃくちゃ関係あるわ。
両親にはわりと迷惑かけた。突然上のレベルの高校受けるとか言い出したからな。
それから、あと、あれだ。自分で言うのちょっとあれなんだけど、世に言う反抗期? 的なもんがオレにもあって……。部活と学校じゃそんなんなかったんだけど、一時期家で一切口きかないとか食事呼ばれても行かないとかあってさ。そういう時どうなるかっていうと、家族の誰かが蒼生を呼びやんの。んで、え、ごはん食べないの、蒼生ちゃんいるのに? とかぬかすわけ。蒼生がいてオレ出てかないわけないじゃん。それでちゃんと毎回、蒼生、いるんだよ。にこにこしながらオレの席の隣で待ってるの。ごはん冷めちゃうよ、って笑ってんの。そんな可愛い顔見て申し訳なくならないわけないじゃん、なあ? んでなんでだか蒼生の隣に座りたがるみのりと一悶着起こすまでがワンセットで、やっぱり蒼生はそれをふわふわした笑顔で見てた。
そんなこんなで、オレが反抗期を無事乗り越えられたのも、有名校に進めたのも、我が家では蒼生のお陰ということになってる。てか、覆しようもない事実だ。
外に出ると、蒼生がオレを待っていた。また胸の真ん中あたりがズキッとする。かっわ……なにそれ……えっ制服めちゃくちゃ可愛いな!
「わ、健ちゃんブレザーかっこいいね」
「ありがと。蒼生も似合ってるよ」
あー……頑張ってよかった。
あと、電車最高。電車移動がこんなに楽しいとは思わなかった。声張れない空間で、ひそひそ話すのが、なんつーか、楽しい。ボリューム押さえた声が普段と違う感じで、すごく心地よかった。距離が近いせいで、相変わらず心臓が妙な跳ね方をしてたけど。
クラス分けは受付でもらうカードに書かれてるシステムらしい。これで入学式の席が分かれるんだそうだ。なんか、ゲームみたいだな。受付は頭文字ごとにいくつかに別れてる。どうせならその場で見ないほうが楽しそうだ。
「見ずにもらって、せーので見せ合おうぜ」
「いいね」
蒼生は即乗ってきた。
受付でもらったカードをさっと裏返し、胸元に隠す。さあ、どうなる。天国か地獄か。
「せーの」
同じようにカードを隠した蒼生と、同時にカードを裏返す。アルファベットだ。……同じ文字。
オレはその勢いで蒼生に抱きついた。
「うわ。やった! 同じクラスじゃん!」
「ほんとだ……よかったぁ」
よかった、本当によかった。2年も蒼生と離れてたんだ、正直限界だったからな!
「受付の真ん前で何してるの」
む。静かな声。
そうか、こいつがいたか。
笹原。突然現れて蒼生につきまとうようになった奴。別に嫌いってわけじゃねえけど、なんか苦手だ。
「お、はよ、と、冬矢」
「おはよう、蒼生」
は!?
オレは蒼生を見る。蒼生はなんかそわそわしたような態度だし、笹原は満足げだ。名前!? いつの間に!? しかもクラス一緒だって!?
気付くとオレは蒼生の前、笹原との間に肩を半分入れるような形で立っていた。苦手とかそんなん言ってる場合じゃねえ。なんでだか知らんけど、危機感って言葉が浮かぶ。こいつはダメだ。
笹原とは話ひとつ合う気がしねえ。それはすぐにわかった。基本的に共通の話題が見つからない。向こうもそう思ってるんだか知らねえが、まずオレに話しかけることをしない。そもそも蒼生にしか用がないみたいな態度を取る。
蒼生は笹原といるのが楽しいみたいだから仕方ないけど、いや気にくわないのは気にくわない、でも蒼生がいいならしょうがない、だけどオレだって蒼生といたいじゃん。でも蒼生といるとつまりあいつもいるんだよ。
わけがわからん。
それと、クラスの他の連中と話してる時、ちょっと離れて見てて気付いたんだけどさ。笹原の距離、近くね? オレみたいに抱きつくとかはしないけど、さりげなく肩くっつけたりとかしてるんだよな。それで、蒼生もそれを嫌がらないんだ。蒼生、他人に触られるの嫌いじゃん。誰かと触れそうになると避けてきてたじゃん。なんで笹原は平気なんだよ?
ああ、もう。なんなんだ。
ま、言っても笹原とは学校だけの付き合いだ。家に帰ればオレと蒼生は幼馴染みでお隣さんだ。そこが有利なのは変わんない。たとえメッセージのやり取りとかがあったとしても、すぐに顔見られるのはオレだ。
メッセージ……。やっぱそれもなんかモヤモヤしちまうな。
オレは机の上のプリントを叩く。ああ、ちっともわかんねえ。いや、文章が頭に入ってこねえんだ。ハイレベルなとこ入った以上頑張んなきゃいけねえのはわかってるんだけど、ずっと頭がスッキリしない。あー、もう、蒼生に聞こう。
部屋からリビングを通り、庭に出る。脚立に足をかけ野木沢家を覗き込むと、蒼生のすぐ上のみど兄がテレビを見ていた。
「みど兄~」
声をかけると、窓際に寄ってきて窓を開けてくれる。
「何か用事?」
「ちょっとプリントでわかんないとこあって聞きたいんだけど、蒼生いる?」
「蒼生? 友達のとこ泊まりに行ってるよ。日曜……明日の夕方には戻るんじゃないか」
は?
ちょっ……。嫌な予感しかしねぇんだけど。
「な、なんて友達?」
「うーん、なんて言ってたかな。笹原……だっけ」
「そっか、ありがとう」
……だろうな! 蒼生が今、誰かのとこ行くとしたら笹原のとこだろ。でも泊まり? 泊まりってなんだよ。オレを置いてひとりで? オレなんか蒼生の部屋に入るのすらまだ怖いのに! いやそれは完全に自分のせいだけどな。「あの夜」以来、自分がおかしくなったらどうしようって恐怖が抜けないんだ。
でもそれとこれとは話が別だ。
あー。家知ってたら押し掛けたい。でも知らねえし。メッセージ送るのもなんか……違う気がするし。
くそ。蒼生の顔が見たい。そしたらすぐ安心出来るのに。
それからずっとそわそわしてた。何度庭に出たかわからない。最終的には、
「そんなに気になるんならこっち来てなさい!」
っておばさんに言われるくらい。
オレは遠慮なく野木沢家に行くことにした。もうついでなので蒼生の部屋に乗り込む。いや、オレだって普段はちゃんと、蒼生がいない時に蒼生の部屋には行かないって決めてるんだ。でも今日は無理。
初めて入った誰もいない蒼生の部屋は、しんとして薄暗い。わかってるのに見渡して、ひとりなんだと実感する。はあ。ベッドに倒れ込むと、蒼生の匂い。あ、ヤバい。なんかどうしようもなくなって、布団を抱え込んだ。
何を考えるでもなくぼんやり窓を眺めていると、遠い足音が急ぐ速さで近付いてきた。勢いよく開いたドアから蒼生が飛び込んでくる。
「ごめんね、遅くなって。僕に用事だったんだよね。連絡くれればよかったのに」
言いながら、蒼生はベッドの脇に膝をつく。
「大丈夫? 具合悪い?」
子供にするみたいに、背中をぽんぽんと叩く手。置かれたとこから温度が伝わる。
「ううん。心配かけてごめん」
「それはいいんだけど……」
オレを覗く顔は心配そうで。急にすごく申し訳なくなってくる。もしかして、オレの態度、蒼生を不安にさせてるだけなのかも……?
抜けきってた力を戻して起き上がる。蒼生はその隣にぽすんと座った。肩を寄せたけど、避ける気配はない。
…………。
「笹原の家に泊まったんだろ。なんにもなかった?」
「? なんにも? って?」
「? いや……なんだろ?」
一番気になってたことが口をついて出たんだけど、聞いたオレ自身も何を聞いてるかわかんなかった。でも、なんか、危ないんじゃないかって。危ない? 何が? たぶんそんな遠くでもないのに?
「えっと……笹原の家ってよく行くのか?」
「よく、じゃないけどたまに」
蒼生は少し困ってるみたいだ。そうだよな。オレだって友達の家に遊びに行くし泊まりにだって行く。蒼生がどこに行ったっていいはずなんだ。なのに、どうして、笹原だけがダメなんだろうなぁ……。
「ね、健ちゃん」
「ん?」
「健ちゃんは、と……笹原くんのこと嫌い?」
「別に嫌いじゃねえんだよな。なんか、んー……言っていいのかコレ、んん……。なんかあいつ、蒼生に近くね?」
「健ちゃんだって近いじゃん」
「オレはいいんだよ」
「そっか」
「うん。……んー、オレもいろんな友達いたし……もしかしたらきっかけさえあれば少しは違うのかな……」
「きっかけ、か」
顎に手を当てて、蒼生は何か考えているようだ。
そうだよなぁ、蒼生のことを考えれば、こんな状況よくないよな。笹原と仲良くするつもりはねえけど、少し大人にならなくちゃいけない。もしかしたら笹原だって話せる奴なのかもしれないもんな。蒼生に近すぎなければ、の話だけど。
このまんまじゃダメだ、どうにかしなくちゃ。そう思ってはみたものの、オレがいきなり笹原にアクション起こすのってなんかちょっと不審なんだよな。実際、朝の挨拶とかしてみようとしたんだけど、すっげぇ棒読みになりそうなくらい抵抗があって、失敗すること数日。なんかうまい手はないもんかね?
おかげで気になって授業が身に入んねえや。チャイムだけがはっきり聞こえてやんの。あー、昼か。入学して以来なんか気まずくて、誰かが席外すか、蒼生自身がふらっとどっかに行っちゃうかでどうもうまくいかないんだよな。
ざわめきを増した教室の中、2つ後ろの蒼生の席近くで静かな声がした。
「今日、学食行かない?」
笹原の声か。今日は蒼生と学食行くんだ。そんなんあったっけ。校舎案内で見たことがあったようななかったような。へえ、蒼生もその気らしいな。そっか、じゃあオレは教室にいりゃいいや。
ガガッ、なんか大きな音がしたな、と思ったとたん、腕を強くつかまれた。なんだなんだ、誰だ? ……え、蒼生?
「けっ、健ちゃんも行こう!」
え?
「オレは……」
弁当があるし、と言いかけて、蒼生が切羽詰まった顔をしてるのに気付く。昼飯に誘う顔じゃない。
あ。そうか。
「……うん、行こっか」
そっか。蒼生が勇気を出してくれたんだ。なんもできないオレのかわりに。
よし、蒼生の言うこと、なんでも聞くぞ。「笹原と仲良くしてほしい」って言うんだったら、見てろよ、めちゃくちゃ仲良くしてやるからな!
連れられるままにあんまり通らない古い校舎に続く渡り廊下を歩いてると、開けたままの窓から気持ちのいい風が通ってくる。それを過ぎると、今度はいい匂いがしてきた。廊下を曲がってすぐのところに大きなドアがあって、そこからの匂いみたいだ。あんまり高校の学食ってイメージが頭になかったんだけど、入ってみると開放的で明るい。
「へえ、結構広いんだなあ」
思わずつぶやくと、隣で蒼生が頷く。
「初めて来たけど、綺麗だね」
だな。こんな感じのとこだったらたまに来るのもいいかもなあ。外食な感じがして気分転換にもなるし。
「メニューこっちにあるよ」
笹原が指さして歩き出す方向には、メニュー表とサンプルがある。へえ、定食に種類がある。しかも大盛りが出来るなんて、部活終わりとかにちょうどよさそうだな。肉あるのいいじゃん。待て、3倍盛りもあるのか。すげえな。弁当もあるし、今日は大盛りにしよ。とはいえずっしりくるトレーを気分よくテーブルに運ぶ。これ3倍だとどうなるんだろ。
と。あれ。オレが笹原と向き合う感じ? そうか、ま、そうだな。よし。来い。
ちょっと、間。
少しして、蒼生が口を開く。
「……あ、の……。と、とりあえず名前で呼び合うとこから始めてみるのはどうだろうっ!?」
……は?
なるほどー……そう来たか。意外なとこから攻めてきたな。名前か。
たしかに言われてみれば、去年までは時々こいつと言葉を交わすこともあったオレがこんなに警戒感を抱くようになったきっかけって、蒼生がこいつのことを名前で呼び始めてからかもしれない。それに蒼生が名前で呼んでてオレが名字で呼んでて、ていうのはぎこちないままになっちゃうかもしれないしな。
うん。蒼生の提案は受けると決めたんだ。やってやろうじゃないか。
「わかった」
蒼生がぱっと顔を上げた。びっくりしたような顔してる。オレから反対意見でも出ると思ってたんだろうか。
笹原も笑って頷く。
「俺もそれでいいよ」
よし、決まった。それで蒼生が気分よく過ごせるならなんだっていいんだ。
オレはぱん、と両手を合わせる。
「それじゃ可決されたところで! メシが冷めちゃうぜ。いただきます!」
「いただきます」
続いて言ったのは、笹原、いや、冬矢。蒼生は慌てたように手を合わせた。
「あ、い、いただきます!」
なんでだか、ちょっと戸惑ったような顔をして、蒼生がフォークを手に取った。
なんかやる気が出てきた。そうだ、今までは肩透かしくらったような感じだったんだもんな。これからはちゃんと同じフィールドで戦えるんだ。
改めて笹原冬矢という人間をじっくり見てみると、外見は派手なイケメンでチャラチャラしてそうだけど、意外に物静かで他人と関わりを持ちたがらない奴だとわかった。基本的には聞かれたら答えるけどあんまり自分からは動かないって感じ。あからさまに無視してくるなーとか思ってたんだけど、オレにだけそうだっていうわけじゃないみたいだった。
てか、蒼生に対してだけが特別なんだよな。話しかけるのも笑いかけるのも優しいのも蒼生にだけだ。なんでこんな仲良くなってんだろ。蒼生がそれを受け入れてるのもモヤモヤする。
だからたぶん、蒼生のことがなかったら別になんとも思わなかった。一応反応はするから悪い奴じゃない、くらいの印象だったと思う。クラスが一緒だったら名前くらいは覚えたかなってレベル。だけどオレが初めて見たのは蒼生の隣にいる冬矢だ。それだけで印象なんか最悪だった。
あと普通にイケメンなせいで常に女子が遠巻きに見てるのもムカつく。この前なんかさ、グループ学習で偶然他のグループと一緒になっちゃって、大人数で博物館に行ったんだけど。あいつの周り、常に女子がいたんだよな。それでもあいつ顔色一つ変えないんだぜ。どんだけ慣れてんだって話だ。
……んー。でも不思議だったのは、それ見て羨ましいとはあんまり思わなかったこと。そりゃあまりの慣れてる感が鼻につく感じがしたけどそれだけだ。受験頑張ろうってなってから彼女なんていねえから、以前のオレなら羨ましがるのが当然の反応だったと思うんだけど、スカした奴め、って思うくらいだった。しかも、それに気付いたのは後になってからだし。
まあな、その後3人だけで行った図書館のほうがよっぽど楽しかったからかもしれない。図書館で本に囲まれる蒼生は、本当に楽しそうで可愛い。結局オレは蒼生の横で眠くなっちゃって、蒼生に笑われた。冬矢には「気を抜きすぎなんじゃないか」とか言われた。あいつ、一言余計なんだよな。
でも、なんか慣れてきたかも。そりゃ蒼生に近いのはイラッとするし気にいらないけど、蒼生自身が楽しそうだしなあ。複数で遊ぶことだってこれまでも普通にあったじゃん? これでいいのかもな~。
夏休みもだいぶ佳境に入ってきた。グループ学習もほぼ仕上げの段階だ。オレはどうしても部活があるからなかなか集まれる機会がない。たぶん蒼生と冬矢が2人でやってたらとっくに終わってただろうな。だけど置いてきぼりは嫌だったから仕方ない。蒼生はゆっくりでいいって言ってくれたから、いいんだ。
さて、まとめに使う古い資料、と。古い写真がないかってことだったんだよな。古いの、古いの……たしかじーちゃんの若い頃のがあったはず。この地域らへんの顔利きだったらしいし、それっぽいのがあんじゃねぇかと思う。えっと、どこだっけ。家に今オレしかいないから場所わかんないのが問題だ。オレらのアルバムと同じとこにあったりするか?
たしか戸棚の中にアルバムが……あった。オレと姉ちゃんとみのりの3人分と家族の分。わざわざ現像して丁寧に貼り付けてあるのは、母さんの趣味みたいなもんだ。撮るのが好きな父さんと、アルバム作りたい母さんでバランスが取れてるんじゃないかな。しかも、趣味が高じて野木沢家のアルバムを作ってるのも母さんだ。
お、古いのもありそうだ。茶色くなった小さなアルバムを手に取ると、色褪せた写真が詰まっている。これだ。セピア色っていうんだっけ、雰囲気あってかっこいい感じがする。
そのアルバムを持って行こうとして、紙箱が立てて置いてあるのに気付く。なんだろ。開けて見ると、アルバムに貼りきれなかったらしい写真がたくさん入ってた。お、父さんと母さんわっか。……あれ、奥にも小ぶりの本があるな。白地に水玉模様で、ピンク、オレンジ、紫、赤、緑、青。それぞれの色が数冊ずつ。真ん中にある赤いのを出してみると、表紙が赤ちゃん? 誰だろ。ページをめくると今よりだいぶ若い蒼生んちのおじさんとおばさんがその赤ちゃんを抱いてる写真があった。ってことはこれ、こう兄か! へー。こう兄もこんな可愛い時期あったんだな。
あれ、じゃあこれオレたち1人ずつあんのか? つまり、この青いやつは……やっぱ蒼生のだ。わ、可愛い。生まれた瞬間から可愛い。え、天使かよ。改めてじっくり見ると、オレ、こんな可愛い天使とずっと一緒にいたのか。よく召されず今まで生きてこれたなあ。あー、全部のページが可愛い。それに、よくオレが写ってるな。そうだよ、蒼生の隣はずっとオレの場所だから。
そうだ、つまりオレの写真にも蒼生がいるんじゃないか? ピンクが姉ちゃん、じゃオレはこのオレンジか。どれどれ。お、1ページ目から2ショットじゃん。わー、すげえ量。
ん? このページ、連続写真になってる。選べなかったのかな? 何歳くらいだろ。2歳? いや、それより前かな。小さい蒼生とオレが仲良く並んでる。オレが全力の笑顔で両手を挙げて、そのまま蒼生に突進して、
あれ。
写真の下に文字がある。「健太のファーストキス 蒼生ちゃんと」。
へぇ……。そうだったんだ。え、知らなかった。あー……そう。そっか。いいな、小さい頃のオレ。オレも今の蒼生にちゅーしたいよ。それにしてもオレ、こんなちっちゃい頃から蒼生のこと好きだったんだな。
……………………。
待て。
今、オレ。
「蒼生のこと、好き」
言葉にした瞬間、全身の毛がぶわっと逆立った。
部屋に駆け込むと、後ろ手にドアを閉めた。めちゃくちゃうるせえ音がしたけど、どうせ家には誰もいないんだ、気にしたってしょうがない。それより、それよりだ。
落ち着かなくてうろうろして、ベッドに座ってみたり、壁際に立ってみたり、結局床に座り込む。それでもなんかそわそわして、膝を抱え込んだ。
オレは、蒼生が好きだ。それは幼馴染みとして、友達、いや、親友としてだ。そう思ってた。
「好き……」
改めて言葉にすると、めちゃくちゃしっくりくる。今まであったあれもこれも、なんか全部がそれで説明がつく。
ってぇか、オレ、蒼生のこと、抱きしめたいしキスしたいし舐めまわしたいとか、……あー、思ってたんだよな。そんなん、そういう「好き」に決まってんじゃん。なんで気付かねえんだよ。恋愛的な意味の「好き」に決まってんじゃん。それどころか、その、えーと、なんつーか、そのー……完全にそういう意味で好きなんじゃねえかよ……。
あー。
そっかー。
そういうことかー。
なんだ、そういうことじゃんかぁ。
蒼生が特別すぎて気付かなかった。蒼生を別格にして、残りの中からあの子が好き、この子が好き、なんてやってたからうまくいかなかったんだ。そうだよ、うまくいくはずねえじゃん。だってどんな子と付き合ってたって、オレが一番好きなのはずっと蒼生なんだから。
幼馴染みとか、家族とか、過ごしてきた時間の長さとか。そういういろんなものを全部取っ払って、世界中の人間を同じ高さの地面に並べて考えてみたら、「世界中の誰より蒼生が好き」。辿り着いた答えはものすごくシンプルだった。
あー、今まで付き合った皆様、本当にごめんなさいでした!
うう、こうなると急に蒼生に会いたい。
よし、行こ。
オレは勢いをつけて立ち上がった。
チャイムを鳴らすと、すぐにおばさんが鍵を開けてくれた。
「はいいらっしゃい」
「ねえ、なんでリビングの窓開いてないの」
「真夏でエアコンつけてるからに決まってるでしょ」
「なんかさー、垣根のとこ出入りしやすいようにドアつけようよ」
「それあんたしか使わないじゃない」
「蒼生にも使ってもらうもん。それか合い鍵ちょうだい」
「そのうちね」
ちぇっ。もうくれてもいいんじゃないかって思うんだけどな。
3階に上ってドアを開けた。机に向かう後ろ姿を見た瞬間、心臓が跳ねる。
「蒼生ー」
「なにー」
蒼生の部屋は、エアコンがよくきいててすごく涼しかった。後ろから抱き締めると、Tシャツから出た腕がひんやりと冷たい。さらさらで気持ちいい。
このまんまTシャツの裾をたくし上げたいな、直接触りたいな、と思ったけど、ちょっと急ぎすぎな気がしてなんとか我慢した。
「あ、もしかして古い写真見つかった?」
「うん。でも持ってくるの忘れちゃった」
「えー、何しに来たの」
「蒼生に会いに」
「そっか」
腕の中で蒼生が笑う。思わず手に力が入った。
それが勝手に動いて、蒼生の顎に触れる。少し手前に引くと、蒼生は何の抵抗もなくオレのほうを見た。きょとんとした顔。もう、これさ、ちゅーしちゃっていんじゃね? だってオレたち既にちっちゃい頃ちゅーしちゃってんだよ?
……いやいやいや、急ぎすぎ、よくない。蒼生がびっくりしちゃうからな。なんか、こう、オレももうちょっと落ち着いてからいい感じに伝えたい。や、別にビビってるわけじゃねえよ?
「どしたの?」
あー。かわい。
「あのさ、デ、いや、そうだ、天アルのコラボカフェ行かない?」
「健ちゃんが行きたがってたとこだね。うん、行こう。いつ?」
「明日」
蒼生は机の上のカレンダーに手を伸ばす。日付の右下に赤いばってんが散らばってるけど、明日にはついてない。
「部活お休みなんだ。じゃあ行こっか」
可愛いよなあ。オレが部活の日に×つけてるんだぜ。オレと遊べない日は×なの。あー。
「……健ちゃん、ちょっと腕きつい」
家を出ると、先に外にいた蒼生がオレに気が付いて手を振ってくる。くっ。なんかもう、射抜かれた感じ。
「結構人気で混んでるみたいだね」
「でも開店前に並べば入れないことはないでしょ」
とかなんとか言いながら、電車の端っこのさらに隅でふたりして携帯を覗く。電車移動って、すごく近くなっても不自然じゃないから、最高。なんか、蒼生と乗るたびに電車最高とか思ってるな、オレ。それから、そのたびにひそひそ声いいなって思ってたけど、今日はさらになんか可愛い気がする。
店に着くと、もう2人連れの女の子が3組並んでた。そっか、開店前だから外に並ぶのか。暑いよなあ。朝イチだってのにじんわり汗が浮かぶ。
「スポーツドリンク買ってくるわ」
「あ、お願い」
ちょうど角曲がったとこに自販機がある。オレはちょっと迷って、1本だけ買うことにした。
「はい、とりあえず1本な。足らなかったらまた買お」
「そうだね……冷たっ」
蒼生の頬にペットボトルを押し当てると、ぴょんと飛び跳ねてから笑う。
「でも気持ちいい」
……可愛い。
なんか前の組の子たちがちらちらこっちを見てる。うるさかったかな。すみません。
オレと蒼生はスポーツドリンクを半分こしながら、なんでもない話をひそひそして開店を待った。回し飲みなんて今までも普通にやってたけど、うわ、今更ながらすっげえドキドキする。蒼生から渡されたペットボトルの口の半透明な雫を見つめてたら蒼生に心配されちまった。
30分くらいだと思うけど、蒼生といると一瞬だよな。でもやっぱり中に入るとすごく涼しくて、暑い中にいたんだなあと実感する。蒼生、暑いの苦手なのに付き合ってくれるんだよな。オレとなら暑くても一緒に待ってくれる。嬉しい。
「こういうイベントって初めて来るけどさ、結構内装とかもそれっぽくしてるんだな」
「うん。宮殿のジオラマ、すごく細かいよね」
蒼生も楽しんでるみたいだ。珍しそうにあたりをきょろきょろ見回してる。それにしても、客層が偏ってるなあ。家族連れが一組と男同士のお客さんもいるけど、ほとんどが女の子だ。少年漫画だけど女の子のファンも多いのか。
へー、メニューも話の内容にちなんだ中身になってるんだ。決めるの早いオレでもさすがに悩むなあ。蒼生は決められるかな? ちらりと見ると、蒼生がふんわり笑った。
「僕迷っちゃって決められないから、健ちゃんが気になるの選んで。半分こしよ」
優しい。可愛い。可愛い。
食べ終わったあとは、街を適当にぶらぶらする。正直どこでもいいんだ、蒼生と一緒に歩けるならさ。めったに来ない場所だからそれだけでも楽しいし。
いろんな食べ物とか服とかの店がたくさんある。でも蒼生がぴくっと足を不自然に止めたのは案の定本屋の前だった。だよなー!
「すげえ、でかい本屋だな。寄ってこっか」
「でも」
「行きたいだろ?」
「う、うん」
「よし行こう!」
最初はオレに肩を押されておずおずと足を向けた蒼生は、本屋に一歩入るなり吸い寄せられるように特集コーナーに向かって行く。目の輝き方まで急に変わるんだから、本当に好きだよな。可愛い。
オレはそんなに本とか読まないので、今の感触を脳内再生していた。……あー、肩! 今オレ肩抱いた! うわー! なんか手のひらで肩包む感覚、何これ! 散々抱きついてはいたけど、また違う……。こ、この手が意思を持って蒼生の肩をっ……!
手ってさ、なんだっけ、一番動くんだっけ? 感覚が鋭いんだっけ? 昔聞いたことがあるんだけど忘れちゃったな。とにかく、手のひらも指も、オレの意思で自由に動く。それを使って相手に触れるって、なんかすごい気がするんだよ。
あー、いろんなとこに触れたい、とか思っちまう。
「ごめんね時間いっぱい使っちゃって」
振り向く蒼生の上目遣い。
「いーよ。オレ、蒼生が楽しそうに本選んでるの見るの好、……嬉しいし」
危ねぇ。
好きって言いかけた。いやこれはたぶんそういう意味には聞こえないやつだろ? わかってる。でも、……す、好き……は、取っておきたい。もうちょっと待って。満天の星空の下とか夕焼けの高台とか色々考えてるから!
蒼生は難しそうな本を数冊買ってほくほくしていた。嬉しそうだな。来てよかった。
「僕の行きたいとこ連れてきてもらったから、次は健ちゃんが行きたいとこ行こ」
ニヤニヤしそうになるのを必死で我慢して、オレは通りの向かいを指した。
「じゃ、ちょっと服見ていい?」
「うん」
とは言ったものの、結構混んでるわ。セール中のバナーがあちこちにかかってる。割引は嬉しいけど、ゆっくり見られなそうだ。
「何が欲しいの?」
「秋物のシャツとパンツ見たいんだけど、この混雑じゃ」
ふと。出ようかって提案しようとしてた頭の中に、いたずら心が顔を出した。
「……はぐれて迷子になるかもだからー、……手、繋ご」
「え?」
蒼生はびっくりしたようにオレを見る。それから、ふふっと笑う。
「健ちゃん、こどもみたい」
言って、オレが差し出した左手に、ぽすんと右手を重ねた。
あ~~~~~~~~~。
手~~~~~~~~~~~~~~!!
手のひらに柔らかい感触、手の甲にそっと指先がかかる感じ、指にさらさらの肌が触れて、え、手ぇ繋ぐってこんな気持ちいいの!?
ヤバい。好き。てかめっちゃ好き!
新学期、オレは久々の制服の蒼生にドキドキしていた。いや可愛いとは思っていたけどさ、好きって自覚すると、威力が違う。当社比50倍って感じ。はー、可愛い。
残りのグループ学習も楽しかったな。そりゃ蒼生と顔合わせていられるんだから楽しくないわけがない。ただ冬矢には腹立つこと言われたな、なんだっけ。
「テンション高くて気味が悪い」
……思い出しムカつきをしてしまった。やっぱオレにだけやたら辛辣じゃねえか?
そういえば、「手」を意識しちゃってから、なんとなく蒼生に抱きつきづらくなった。蒼生は不審に思ってなさそうだからいいんだけど。なんていうか、いろんなとこに触れたい、って思ったあれは、その、やましい気持ちがあるわけで。そういう気持ちで安易に触れていいのかなって逆に思うようになっちゃったんだよなー。
触れたいのと触れちゃダメだと思うのと、なんかちょっとぐちゃぐちゃしてきた。
朝練を終えて教室に戻ると、蒼生は席にいた。ドキッとする。笑ってて可愛い。
その笑顔の相手が冬矢ってとこが腹立つけど。自覚してから初めて2人きりのとこ見たから余計にイラつく。
ん。
あれ。
おかしい。
胸の奥がざわっとした。
冬矢の手が蒼生の肩に触れてて。蒼生が笑ってて。冬矢が他の奴に見せない優しい顔で笑ってて。
オレはね、蒼生が好きだよ。だからわかる。
その「手」は。
チャイムが鳴って、冬矢が蒼生から離れた。
蒼生の目が、一瞬冬矢の背中を追う。
知らない目だった。
その日、蒼生は図書委員の仕事で遅くなると言って教室を出て行った。冬矢は休んだ学級委員の代わりに会議に駆り出されて行った。オレは部活だったけど、体調不良って嘘言ってサボった。
人数の減った教室に残り、オレは自分の席に座ったまま外を見ていた。
オレは蒼生が好きだ。
冬矢の優しい視線……おまえも蒼生のことが好きなのか。
それから、蒼生も……?
はー。どうしたらいいんだろ。蒼生の気持ちを考えたら……。
いや、違う、考えちゃダメだ。蒼生の気持ちは蒼生のもんだ。蒼生に聞かなきゃわからない。蒼生に聞こう。それで、オレの気持ちも聞いてもらおう。その上で決めるのは蒼生だ。
同じことは冬矢にも言える。確かめないで決めつけちゃいけないよな。
机に突っ伏していると、いつの間にか教室には誰もいなくて、電気はついていなくて、外は夕方っぽい色になってきていた。寝てるとでも思われたんだろうな。
まず戻ってきたのは冬矢だった。冬矢はオレの姿を見ると首を傾げた。
「おまえまだいたのか。……部活じゃなかったっけ」
「サボった」
「ふーん」
冬矢はさほど興味なさそうに荷物をまとめ始める。オレは何故だかカッとなって、勢いよく椅子から立ち上がった。
怪訝な顔で冬矢がオレを見る。
オレは大きく息を吸った。
蒼生を取られたくない。
蒼生が誰かの……こいつのものになるなんて嫌だ。
「…………もしかして、おまえ……蒼生のことが好きなのか」
沈黙。
薄暗い部屋の中で、表情のない目がまっすぐにオレを見ていた。
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