高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2023年10月08日 22:12    文字数:9,167

11こ目;Powder Sugar Waltz 第1話

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あまり人に興味がわかず、ただ寄ってくるものを受け入れてきた少年、笹原冬矢。
彼が初めて蒼生に会ったときのおはなし。
その出会いは、とてつもなく大きな分岐点でありました。

↑初投稿時コメント↑
2021/8/13公開。
お久しぶりです。再掲を再開します。
冬矢回の初回です。
この話をアップした直後に例の騒動が起きて消えてしまった回でもあります。
あんなことがなければ、記念すべき冬矢の日(10月8日)は2年前と同じ20こ目をアップしていたはずだったのに…。
えー、改めまして今後ともよろしくお願いいたします!!
1 / 1
 それはもう聞き慣れた言葉だ。
 付き合ってほしい、と言ってくるのは常にあっちだ。俺は必ずこう聞く。
「俺は別に君のこと好きじゃないけど、それでもいい?」
 それでもいい、彼女たちは全員そう言った。だから付き合ったし、関係も持った。いろんな子がいた。でも最後はみんな一緒だ。
「私のこと、好きじゃないでしょう」
 最初にそう言ったじゃないか。



 家を一歩出ると、晴れているのにまだ肌寒い。上着を取りに戻ろうか一瞬悩んだが、結局やめた。どうせ今日は午前中で終わる。昼になれば少しはましになるだろう。
 マンションの敷地を出ると、後ろから声を掛けられる。
「笹原!」
 振り向けば、年齢の割にはがっしりした体格の男が片手をあげて笑っている。小学生の頃、学校は違っていたが放課後の児童館クラスで一緒だった奴だ。同じ中学に入ってクラスが一緒になったのがきっかけで、よく声をかけられるようになった。名前は森祐樹、幼い頃から柔道を習っているとかで、話を聞く限りでは相当強いらしい。ここのところ急に体格が良くなって成績はさらに上がっているんだそうだ。
 あまり人とつるむのは好きじゃないが、基本が穏やかな人柄の森は近くにいてもさほど邪魔には思わなかった。
「珍しいな、笹原とこの時間に会うなんて」
 森は心底意外そうにそう言った。
「始業式くらいはちゃんと早めに出るさ。普段だって早く出ようとする気持ちだけはあるんだけどな」
 いつも出かけたくない気持ちの方が勝つだけだ。
 学校の門を抜けると、講堂の脇の掲示板には人が群がっていた。少し家を出るのが遅かったようだ。この人ごみに紛れて自分の名前を探すのが嫌だったんだけどな。2学年が一緒になっているから混むのか。そりゃあ新入生の時のように掲示板をまるまる使うわけじゃないからこうなるわけだ。とりあえず背の低い一団が見上げるようにしているあたりを、後ろから確認する。名前はすぐに見つかった。
「あったか?」
 隣に来た森も同様に白い紙を眺める。
「お、あった。笹原は……笹原、笹原冬矢……あ、今年もクラス一緒だな。よろしく」
「ああ、よろしく」
 森は手を伸ばしてくる。変なところで礼儀正しい奴。俺も笑ってその手を握った。
 新しい教室は2階にある。階段からすぐ近くの部屋だ。休み時間に近くなるとやかましくなる場所だな。出来れば廊下に近い席は避けたいところだ。
 教室には既に半分くらいの人間が集まっていた。誰かとしゃべっているのは去年クラスメイトだった奴らだろう。ひとりで座っているのも何人かいた。見回すと、前のほうの入り口に近い掲示板、時間割の下に座席表と書かれた紙が貼ってあった。近くまで行ってその紙を覗く。
「五十音順じゃないみたいだな」
 名前の羅列を眺めてみるが、自分の名前が探しづらい。適当にシャッフルしたようにバラバラだ。
「去年のクラスメイトとかだと五十音近い奴の友達が多いだろうから、あえてランダムにしてるのかもな」
 新しい友達を作りましょう、ってことか? 余計な世話だと思うけどな。
「俺は……窓際の後ろから2番目か。笹原はその2つ前だな」
「ああ、ここか」
 森と俺の名前の間には、枠で囲まれた「野木沢」という文字がある。そっちに目をやると、ひとり座って本を読んでいる姿があった。
 席がわかったところで、俺たちはそいつが座る席に向かう。並んで歩いていた俺たちが自分の席を挟んで前後に別れるのに気付いたのだろう、そいつはぱっと顔をあげた。物静かでおとなしそうな雰囲気。整った綺麗な顔立ちはいかにも女子受けしそうだ。そいつはすぐににっこり笑って頭を下げる。俺はそれに会釈だけ返した。

 昼を過ぎてもなかなか気温は上がらなかった。けど上着が必要なほどではない。
「笹原、どうせひとりだろ。昼飯食って帰ろう」
「ああ。おまえ時間は大丈夫なのか?」
「今日は練習もないし、たまにはいいだろ。いつものバーガー屋でいい?」
「いいよ」
 俺の両親は滅多に家にいない。父は俺が転校するよりはと単身赴任を選び、母も仕事が忙しくて帰りが遅いことが多い上に出張もしょっちゅうでその上週末はよく父のもとに行く。家族が揃うのはまれだった。いっそのことひとり残してくれたほうが楽な気がするんだけどな。だが2人とも子煩悩というのだろうか、まだ一人暮らしは早いと主張するだけでなく、学校の行事にもきっかり顔を出す。今日も俺を送りだそうと画策していたらしいが、別に始業式なんて少し長い朝礼みたいなものだ。丁重にお断りさせていただいた。
 俺たちは住宅街に入る道路の角にある店に入った。頼むのはいつも同じメニューだ。店が冒険した商品をさほど出さないせいでもあるが、慣れた味のほうが安心感がある。
 注文を終え奥のテーブル席に座ると、森が突然切り出した。
「可愛いタイプの子だったね」
 俺は話の入り口がわからず首を傾げる。
「誰?」
「野木沢」
 野木沢……ああ、俺たちが席で挟むことになったあいつか。
「おまえあいつと知り合いだったっけ」
「いや。遠目に見たことがあるだけ。でも、いつも……寺田だっけ、あの目立つサッカー部の奴。あいつにいつもくっつかれてるからさ。もっとおどおどしてる感じなのかと思ったけど、そうでもなさそうだなって」
 ふぅん。そう言われてみれば、セット売りみたいな2人組を見たことがある気がする。ただ俺には何の関係もなかったので気にもとめなかった。
 森は笑う。
「おまえって男子は記憶に残らないのか?」
「そういうわけじゃないけどな」
 別に女子が記憶に残るわけでもない。近寄ってくる人間くらいは覚えるだけで、離れていけば忘れる。それだけのことだ。
「ちょっと話してみたいな」
「ふーん。いいんじゃないか。おまえいろんなタイプと友達になりたいんだろ」
 それでぽつんとしてた俺にも声をかけたわけだから。
「じゃ早速、明日昼飯一緒にって誘おう」
「……何、俺も含まれてるのかよ」
「そりゃそうさ」
 こいつは本当に人懐こいというかなんというか。面倒だ、出来れば俺を巻き込んでほしくないんだが。


 宣言通り、森は翌日の昼休み、野木沢に声をかけていた。野木沢は声をかけられると、自分から席を外そうとした。俺と森の間にいては申し訳ないと思ったのか。なるほど、悪い奴ではないらしい。
 特に話すこともないので黙って朝の残りのサラダとハムを挟んだだけのサンドイッチを口に放り込む。今朝は起きるのが遅かった。朝のショートホームルームが始まるまでに来ればいいから出来るだけギリギリに家を出るんだが、さすがに少し油断が過ぎたらしい。
 ちらと目を上げると、森が矢継ぎ早に野木沢に質問を投げかけている。森は詰め寄り方がえげつないからな。押しが強いと言えば聞こえはいいが。大体の奴はこれで引くんだ。悪気はまったくないから逆に質が悪い。野木沢はどうだろうかと視線を移すと、笑いながらいちいち返事をしている。しかも箸を下ろして森の顔をまっすぐに見ながら。
 ふーん。ずいぶん真面目な奴なんだ。
「そういえばさ、野木沢っていつも寺田と一緒だけど。ずいぶん仲いいよな」
 森がその話をした時だけ、野木沢は一瞬言葉を止めた。そしてわずかに目を細める。
「……幼馴染みなんだ。家が隣で、生まれた時から一緒だから、なんだろうな、ほとんど兄弟みたいな感じじゃないかな」
「よく抱きつかれてるの見るけど」
「たぶんぬいぐるみ扱いなんだと思うよ」
 ……ふぅん。
 それは細い細い刺だった。刺さっても気付かない程度の。
 俺は少しだけ興味を持った。なんでこいつ、自分を刺すんだろう。
「おい、森」
「何?」
「あんまり質問責めにするなよ。野木沢、弁当食べられてないだろ」
「あ。ごめんごめん、つい色々聞きたくて」
「え、あ、大丈夫だよ」
 顔の前で手を振って笑った野木沢は、それから俺を見て小さく頭を下げた。

 噂の寺田を初めて間近に見たのはその日の放課後だった。
 森は部活の打ち合わせだとかでとっくに教室を出て行っていた。俺もさっさと帰るか。立ち上がりながら机の脇の鞄を取ろうとして、金具が引っ掛かる。あ。机が軽く傾いで、中のノートが滑り落ちた。
 俺が動くより早く、野木沢が床に手を伸ばしていた。
「落ちたよ」
「……どうも」
 差し出すノートを受け取ろうとした時だ。教室のドアのあたりから声が響く。
「蒼生っ」
 同時にぱっとそっちを見ると、そいつは既に教室に駆け込んで来ていた。明るく笑い、座ったままの野木沢に後ろから覆い被さるように抱きつく。それで俺はこれが寺田なのだと知った。
「蒼生、帰ろうぜ」
「うん」
 野木沢が柔らかく笑う。そしてぱたぱたと寺田の腕を軽く叩いて外すと、改めて俺にノートを差し出した。それを受け取る瞬間、寺田と目が合った。
「笹原くん、じゃあね」
「ああ」
 2人は教室を出ていく。
 ぬいぐるみね……。寺田って奴、たしかにお気に入りのおもちゃを取り上げた時の子供みたいな態度だったな。子供にしちゃずいぶん激しい目だったけど。今にも噛みついて、食いちぎってきそうなほどの。


 何度か昼食を一緒にとっていると、初めは緊張した面持ちだった野木沢も森のノリに慣れてきたらしい。慣れた野木沢は森に輪をかけて穏やかだった。俺と森が話している時も静かに微笑みながら話を聞いている。なんというか、周りの空気ごと和ませてしまうような雰囲気があった。それを気に入ったのだろうか、最近の森のテンションは見たことがないくらい高い。普段のこいつはもっと物静かだ。
 相変わらず途切れない話の途中で、突然森のテンションメーターが振り切れた。
「あー! 知ってる? それ、最近続編がゲーセンに置いてあるの」
 森はレトロゲーム好きなんだが、どうやら野木沢が知っているゲームの名を挙げたらしい。俺にはよくわからないが、昔ゲーセンで流行ったゲームのようだ。
 野木沢がふっと顔を上げる。いつもの笑顔に、ほんの少し幼い色が混じった。すぐにすうっと引っ込んだが、一瞬、たしかに見えた。
「よし放課後行ってみよう。ちょうど今日は道場も休みだし。時間大丈夫だろ?」
「えっ」
 は? 野木沢が目をしばたたかせる。俺も驚いたよ。いつになく強引だな……。

 俺たちが向かったのは、駅前にあるチェーンのゲーセンではなく、表通りから少し裏に入ったところにある小さな店だ。流行り物も置いてはあるけど、他ではもう見られないような古いゲームが置かれているそうで、森は気に入ってよくここに来ている。俺も他に行くより客が少ないこっちのゲーセンに来るほうがまだ気楽だ。とはいえゲーセン自体別に来たい場所じゃない。シューティングとレースくらいしか興味がない上にやたらうるさいからだ。今日ついてきたのは森が有無を言わせなかったせい、あとは野木沢がこういう場所でどういう反応をするのか見てみたかったという単純な興味だ。
 家でやったことがあるというゲームのイラストを見た途端、野木沢は息を吐きながら何度か瞬きをした。目線を追うと、赤いのやら黄色いのやらデフォルメされた二頭身のキャラクターが並んでいる中で、隅にいる青いのをじっと見ている。
「対戦するか」
 森が楽しそうに台の前に座る。野木沢は操作パネルのボタンと説明書きを交互に見たあと、赤い丸椅子をちらりと見てようやく座る。
「俺は大地にしよう」
「あ、水の精霊で……」
 野木沢が選んだのは、さっきじっと見ていたやつだ。レバーの先の玉を下から握り、数色あるボタンを確かめるように撫でる。どうやら説明に書いてあるボタンの色を見比べているらしい。やり込んでいる森と違って、本当に触るのが初めてなんだろう。森もそれをわかっているのか、操作を時々止めながら野木沢の動きを待っている。野木沢はできるだけ画面を見るようにしながら、ちらちらと手元に目を落とす。口元が小さく動いているのは少し焦っているのだろうか。上半身が機械の方向に傾く。
 森が手を抜いているとはいえ、実力差は明白だ。最後は森がとどめを刺して終わった。野木沢は画面に負けの表示が映ると、ほっとしたように肩を落とした。それから目を和ませる。元の柔らかい雰囲気に戻って、すっと立ち上がったかと思うと森の隣に移動した。
「……画面見たいから、良かったら森くんのプレイを隣で見させてもらってもいい?」
「もちろん」
 そうか、世界観が好きって言ってたな。
 そこからの森のプレイは鮮やかだった。何をやっているのかよくわからなかったが、画面が次々と光ったり点滅したりしていたから綺麗に攻撃が決まっていたのだろう。明らかにさっきのが手抜きだとわかるが、野木沢はいちいち息を飲んだり手元を覗き込んだり頭を傾けて画面を眺めたり、それには気を留めていないようだ。画面が青色に染まると、嬉しそうに頷いていた。
 感心した様子で画面を見る野木沢に気をよくしたのか、森は得意なゲームを次々にプレイしていく。選ぶのはどれも森が好きそうなレトロなやつだったが、野木沢も飽きずにずっと見ていた。俺なら最初に森がプレイし始めたところで離れて自分が好きなゲームをやる。上級者ゆえに1プレイに時間がかかるから、そこまで付き合っていられない。それで時間が来たらどちらからともなく待ち合わせて帰るのがパターンだった。いつもそんな感じなのだから、ずっと隣でにこにこ見ている奴がいたら、調子に乗っても当然だ。
 その野木沢が、ふいに画面から目をそらした。小首を傾げると、視線が左右に2、3度床を薙ぐ。それから、ゆるやかにこっちを見た。
「笹原くんはやらないの?」
 ああ、なるほど。俺のことを心配していたらしい。何をするでもなくついて回っているだけだ、そりゃあ気になるだろう。
「得意じゃない。あと、見てるのも楽しいから気にするな」
 答えると、安心したように目を細める。
 そこに森がぐい、と割り込んできた。
「最後にレースゲームやろう。負けたらジュース奢りな。笹原もここは強制参加」
「ええ……」
 なんで俺まで。しかも森が歩いて行ったのは、俺がいつも暇すぎてやり込んでたレースゲームだ。おまえ、それ、俺が得意だって知ってるだろう。どのコースを選ぼうが、アクセルのタイミングもハンドルを切る角度も全部覚えている。何度やっても森に負けたことはない。わざわざこれにするってことは、確実に野木沢を負かす気だ。何を考えているんだか。
 だが一応勝負なので、負けるつもりはなかった。しかもコースはキャピタルコースか。簡単なの選んできたな。おまえこんなに性格悪かったっけ。
 タイミングに合わせて、ゆっくりアクセルを踏み込む。スタートの時点で、まずはトップに出る。後はそれをキープするだけだ。野木沢も決して下手じゃない、無駄に壁にぶつかるようなロスはなく、途中森と競るような場面もあった。最後は森がテクニックで押し切り、2位に飛び込んだ。
 俺と森にとっては、最初からわかっていた結果だ。おそらく野木沢もそれに気付いたはず。自分が不利だったこととそれを隠されていたのを知って、こいつはどんな反応をするだろう。
 野木沢を見ると、ほお、と息を吐いたところだった。わずかに上気した頬で俺を見る。
「……笹原くんすごい」
 そうか。そっちなのか。
「これは得意なんだ」
 素直な感想につい頬が緩む。すると野木沢は、ふわっとした笑顔にくすぐったそうな表情を乗せた。
「さらっとそんなこと出来ちゃうなんて、カッコいいね」
 呟くようにそう言うと、野木沢は楽しそうに笑う。

 野木沢とは店を出たところで別れた。森が「また明日」と手を挙げると、一瞬迷ったように斜め下を見てから小さく手を振った。
 さて、と森が歩き出す。
「すっかり遅くなっちゃったな。ごめんな、付き合わせちゃって」
「いや、別に」
 途中で帰ろうと思えば帰れたが、残ったのは俺だ。森はぐっと両腕を上に伸ばす。
「それにしても今日は楽しかったなあ。ロードロードで最高得点叩きだしたとこ見てただろ?」
「……そんなことあったか?」
「なんだ、珍しく人のプレイ見てたと思ったら、上の空だったのか」
 そういうわけでもないが……。ただ野木沢の反応を見るほうが楽しくて、森のプレイは正直どうでもよかっただけだ。ああ、それが上の空っていうのか。
「それにしても、初めて会うタイプだよな」
「そうだな」
「こっちが確実に勝つゲームでジュース奢らせる展開に持ってくイタズラ仕掛けたのに、今日はありがとう、ってジュース渡されると、なんだ、なんか気恥ずかしいな」
「……おまえ今日テンション高すぎないか」
 森は声を上げて笑う。様子のおかしい友人から、俺は一歩離れた。
「いや、寺田の気持ちがわかる気がするわ」
「は?」
「野木沢ってさ、場を和ませるというか……周囲に優しさ結界みたいの張ってる感じ、わかるか?」
「その表現はわからん」
「自分の周りにいる人間を全部癒しちゃうんだよな。少しくらいふざけたりしても全部許してくれる空気を生み出してる感じがする。だからついはしゃいじゃうんだ」
 なるほどな。だから子供みたいな反応するのか。こいつも。寺田も。
 確かにずっとにこにこ笑っていて、優しい空気にはしてくれる。だけど、それって野木沢自身は疲れないんだろうか。


 中間試験が終わってしばらくしても、俺と森は野木沢とつるんだままだった。どちらかというと森が野木沢に絡んで、それに俺が巻き込まれるような感じだったけど。
 森に「優しさ結界」とかいう妙な造語を聞かされて以来、俺はなんとなく野木沢の表情を意識するようになっていた。たしかに野木沢は真面目な顔と穏やかな笑顔だけを行き来しているような、常に柔らかな空気を纏っていた。だがそれは悪く言えば表情の変化に乏しいということだ。野木沢は、ずっとそれで本音を隠しているんじゃないのか。
 その日、昼休みに職員室に提出物を出しに行って教室に戻ると、野木沢の姿がなかった。自席で森が弁当をつついている。
「野木沢は?」
「用があるって出てったよ」
「昼の約束でもしてたか」
「弁当置いたままなんだよな」
 なるほど、袋に入ったままの弁当が机の脇にぶら下がっている。野木沢は図書委員だったな。そっちで急用でも出来たのだろうか。どうせすぐに帰ってくるだろうと俺も食べ始めたが、最後の一口を放り込んでも戻る気配はなかった。
 結局野木沢が教室に入ってきたのは、昼休みが終わる5分前だ。
「時間かかったな、昼飯大丈夫か?」
 森が声をかけると、なんでもないように笑う。
「放課後、食べてから帰るから大丈夫」
 そんなに忙しい用事だったのか。野木沢の目はいつもより小刻みに空間を泳いでいた。睫毛の落とす影も少し濃いように見える。かたんと椅子を引く音が大きい。何かあったんだろうか。

 ようやく授業もホームルームも終わり、道場へ向かう森が真っ先に出ていった。今日は数学で課題が出たんだよな。学校でやってくか。野木沢は立って鞄に教科書を詰め込んでいた。そしてそれを床に置き、弁当の袋に手を伸ばす。
 その時、教卓でプリントを纏めていた担任が声をかけてきた。
「あ、野木沢。ちょっと資料室まで荷物運ぶの手伝ってくれ」
 野木沢は下を向いたまま、ぴくりと眉を動かした。……すぅっと表情が消える。わずか一瞬。
 ぱっと顔を上げた時にはいつもの笑顔。
「はい」
 柔らかな声で応じると、野木沢は足早に教卓の前に向かった。
 俺が座っていなければ。俺が野木沢の様子を窺っていなければ。おそらく、誰も気付かなかった。
 そうか。
 そういうことか。

 教室から資料室の距離なんてたかが知れている。だが急に空が曇り雨が降りだしそうになったせいで、その短い間に教室からは俺以外誰もいなくなった。
 戻ってきた野木沢は、ほぼ空っぽの教室を見て首を傾げた。
「あれ……笹原くんだけ?」
「残ってた奴らも雨が降りそうだって急いで出てった」
「ああ、急に曇ったもんねぇ」
 野木沢は振り返って廊下の窓を見ながら言った。
「もう降り出すかもな。野木沢は傘あるのか?」
「一応折り畳みは持ってるから大丈夫。そう言う笹原くんは?」
「俺も置きっぱなしのがある」
 それならよかった、とふわふわした笑顔を浮かべる。その顔のまま、急ぐでもゆっくりでもなく、ただ俺の後ろの席まで戻ってきた。
「昼飯はどうするんだ」
 一瞬野木沢の動きが止まる。
「うーん、もういいかな。帰って夜ごはんにでもするよ」
 穏やかな声。
 優しい笑顔。
 じゃあ、そこに落ちた影はなんだ。
 俺は興味がある。
 これを言ったらおまえがどういう反応をするのか。
「野木沢」
「何?」
 怒る?
 それとも否定する?
「野木沢ってさ、実は全部面倒だって思ってるだろ」
「え」
「人に話しかけられることも、他に人がいるのに自分だけ用事言いつけられることも、誰も答えない時真っ先に手を挙げるのも、全部嫌いだよな。面倒だって思ってるけど、後で波風立つほうがめんどくさいって思ってるタイプ?」
 野木沢はぽかんとした表情を浮かべた。そしてすぐに困ったように笑う。それから俯いて、かたん、椅子を引いて座る。
 わずかな間。
 目を上げた時には、野木沢はほんのり頬を染めた、小さな子供のような顔をしていた。
「……バレたの、笹原くんが初めてだ」
 そうか。
 俺は……改めて野木沢のほうに体を向ける。
「……まあ、わかるよ。面倒なことが多すぎるんだ。俺は堂々と拒否してるけどな」
「ふふふ。それが出来れば僕ももう少し楽だったかな」
 頬杖をついた野木沢が眉をひそめたまま笑う。
 ふーん。
 そうか。
 そういう顔もするのか。
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 それはもう聞き慣れた言葉だ。
 付き合ってほしい、と言ってくるのは常にあっちだ。俺は必ずこう聞く。
「俺は別に君のこと好きじゃないけど、それでもいい?」
 それでもいい、彼女たちは全員そう言った。だから付き合ったし、関係も持った。いろんな子がいた。でも最後はみんな一緒だ。
「私のこと、好きじゃないでしょう」
 最初にそう言ったじゃないか。



 家を一歩出ると、晴れているのにまだ肌寒い。上着を取りに戻ろうか一瞬悩んだが、結局やめた。どうせ今日は午前中で終わる。昼になれば少しはましになるだろう。
 マンションの敷地を出ると、後ろから声を掛けられる。
「笹原!」
 振り向けば、年齢の割にはがっしりした体格の男が片手をあげて笑っている。小学生の頃、学校は違っていたが放課後の児童館クラスで一緒だった奴だ。同じ中学に入ってクラスが一緒になったのがきっかけで、よく声をかけられるようになった。名前は森祐樹、幼い頃から柔道を習っているとかで、話を聞く限りでは相当強いらしい。ここのところ急に体格が良くなって成績はさらに上がっているんだそうだ。
 あまり人とつるむのは好きじゃないが、基本が穏やかな人柄の森は近くにいてもさほど邪魔には思わなかった。
「珍しいな、笹原とこの時間に会うなんて」
 森は心底意外そうにそう言った。
「始業式くらいはちゃんと早めに出るさ。普段だって早く出ようとする気持ちだけはあるんだけどな」
 いつも出かけたくない気持ちの方が勝つだけだ。
 学校の門を抜けると、講堂の脇の掲示板には人が群がっていた。少し家を出るのが遅かったようだ。この人ごみに紛れて自分の名前を探すのが嫌だったんだけどな。2学年が一緒になっているから混むのか。そりゃあ新入生の時のように掲示板をまるまる使うわけじゃないからこうなるわけだ。とりあえず背の低い一団が見上げるようにしているあたりを、後ろから確認する。名前はすぐに見つかった。
「あったか?」
 隣に来た森も同様に白い紙を眺める。
「お、あった。笹原は……笹原、笹原冬矢……あ、今年もクラス一緒だな。よろしく」
「ああ、よろしく」
 森は手を伸ばしてくる。変なところで礼儀正しい奴。俺も笑ってその手を握った。
 新しい教室は2階にある。階段からすぐ近くの部屋だ。休み時間に近くなるとやかましくなる場所だな。出来れば廊下に近い席は避けたいところだ。
 教室には既に半分くらいの人間が集まっていた。誰かとしゃべっているのは去年クラスメイトだった奴らだろう。ひとりで座っているのも何人かいた。見回すと、前のほうの入り口に近い掲示板、時間割の下に座席表と書かれた紙が貼ってあった。近くまで行ってその紙を覗く。
「五十音順じゃないみたいだな」
 名前の羅列を眺めてみるが、自分の名前が探しづらい。適当にシャッフルしたようにバラバラだ。
「去年のクラスメイトとかだと五十音近い奴の友達が多いだろうから、あえてランダムにしてるのかもな」
 新しい友達を作りましょう、ってことか? 余計な世話だと思うけどな。
「俺は……窓際の後ろから2番目か。笹原はその2つ前だな」
「ああ、ここか」
 森と俺の名前の間には、枠で囲まれた「野木沢」という文字がある。そっちに目をやると、ひとり座って本を読んでいる姿があった。
 席がわかったところで、俺たちはそいつが座る席に向かう。並んで歩いていた俺たちが自分の席を挟んで前後に別れるのに気付いたのだろう、そいつはぱっと顔をあげた。物静かでおとなしそうな雰囲気。整った綺麗な顔立ちはいかにも女子受けしそうだ。そいつはすぐににっこり笑って頭を下げる。俺はそれに会釈だけ返した。

 昼を過ぎてもなかなか気温は上がらなかった。けど上着が必要なほどではない。
「笹原、どうせひとりだろ。昼飯食って帰ろう」
「ああ。おまえ時間は大丈夫なのか?」
「今日は練習もないし、たまにはいいだろ。いつものバーガー屋でいい?」
「いいよ」
 俺の両親は滅多に家にいない。父は俺が転校するよりはと単身赴任を選び、母も仕事が忙しくて帰りが遅いことが多い上に出張もしょっちゅうでその上週末はよく父のもとに行く。家族が揃うのはまれだった。いっそのことひとり残してくれたほうが楽な気がするんだけどな。だが2人とも子煩悩というのだろうか、まだ一人暮らしは早いと主張するだけでなく、学校の行事にもきっかり顔を出す。今日も俺を送りだそうと画策していたらしいが、別に始業式なんて少し長い朝礼みたいなものだ。丁重にお断りさせていただいた。
 俺たちは住宅街に入る道路の角にある店に入った。頼むのはいつも同じメニューだ。店が冒険した商品をさほど出さないせいでもあるが、慣れた味のほうが安心感がある。
 注文を終え奥のテーブル席に座ると、森が突然切り出した。
「可愛いタイプの子だったね」
 俺は話の入り口がわからず首を傾げる。
「誰?」
「野木沢」
 野木沢……ああ、俺たちが席で挟むことになったあいつか。
「おまえあいつと知り合いだったっけ」
「いや。遠目に見たことがあるだけ。でも、いつも……寺田だっけ、あの目立つサッカー部の奴。あいつにいつもくっつかれてるからさ。もっとおどおどしてる感じなのかと思ったけど、そうでもなさそうだなって」
 ふぅん。そう言われてみれば、セット売りみたいな2人組を見たことがある気がする。ただ俺には何の関係もなかったので気にもとめなかった。
 森は笑う。
「おまえって男子は記憶に残らないのか?」
「そういうわけじゃないけどな」
 別に女子が記憶に残るわけでもない。近寄ってくる人間くらいは覚えるだけで、離れていけば忘れる。それだけのことだ。
「ちょっと話してみたいな」
「ふーん。いいんじゃないか。おまえいろんなタイプと友達になりたいんだろ」
 それでぽつんとしてた俺にも声をかけたわけだから。
「じゃ早速、明日昼飯一緒にって誘おう」
「……何、俺も含まれてるのかよ」
「そりゃそうさ」
 こいつは本当に人懐こいというかなんというか。面倒だ、出来れば俺を巻き込んでほしくないんだが。


 宣言通り、森は翌日の昼休み、野木沢に声をかけていた。野木沢は声をかけられると、自分から席を外そうとした。俺と森の間にいては申し訳ないと思ったのか。なるほど、悪い奴ではないらしい。
 特に話すこともないので黙って朝の残りのサラダとハムを挟んだだけのサンドイッチを口に放り込む。今朝は起きるのが遅かった。朝のショートホームルームが始まるまでに来ればいいから出来るだけギリギリに家を出るんだが、さすがに少し油断が過ぎたらしい。
 ちらと目を上げると、森が矢継ぎ早に野木沢に質問を投げかけている。森は詰め寄り方がえげつないからな。押しが強いと言えば聞こえはいいが。大体の奴はこれで引くんだ。悪気はまったくないから逆に質が悪い。野木沢はどうだろうかと視線を移すと、笑いながらいちいち返事をしている。しかも箸を下ろして森の顔をまっすぐに見ながら。
 ふーん。ずいぶん真面目な奴なんだ。
「そういえばさ、野木沢っていつも寺田と一緒だけど。ずいぶん仲いいよな」
 森がその話をした時だけ、野木沢は一瞬言葉を止めた。そしてわずかに目を細める。
「……幼馴染みなんだ。家が隣で、生まれた時から一緒だから、なんだろうな、ほとんど兄弟みたいな感じじゃないかな」
「よく抱きつかれてるの見るけど」
「たぶんぬいぐるみ扱いなんだと思うよ」
 ……ふぅん。
 それは細い細い刺だった。刺さっても気付かない程度の。
 俺は少しだけ興味を持った。なんでこいつ、自分を刺すんだろう。
「おい、森」
「何?」
「あんまり質問責めにするなよ。野木沢、弁当食べられてないだろ」
「あ。ごめんごめん、つい色々聞きたくて」
「え、あ、大丈夫だよ」
 顔の前で手を振って笑った野木沢は、それから俺を見て小さく頭を下げた。

 噂の寺田を初めて間近に見たのはその日の放課後だった。
 森は部活の打ち合わせだとかでとっくに教室を出て行っていた。俺もさっさと帰るか。立ち上がりながら机の脇の鞄を取ろうとして、金具が引っ掛かる。あ。机が軽く傾いで、中のノートが滑り落ちた。
 俺が動くより早く、野木沢が床に手を伸ばしていた。
「落ちたよ」
「……どうも」
 差し出すノートを受け取ろうとした時だ。教室のドアのあたりから声が響く。
「蒼生っ」
 同時にぱっとそっちを見ると、そいつは既に教室に駆け込んで来ていた。明るく笑い、座ったままの野木沢に後ろから覆い被さるように抱きつく。それで俺はこれが寺田なのだと知った。
「蒼生、帰ろうぜ」
「うん」
 野木沢が柔らかく笑う。そしてぱたぱたと寺田の腕を軽く叩いて外すと、改めて俺にノートを差し出した。それを受け取る瞬間、寺田と目が合った。
「笹原くん、じゃあね」
「ああ」
 2人は教室を出ていく。
 ぬいぐるみね……。寺田って奴、たしかにお気に入りのおもちゃを取り上げた時の子供みたいな態度だったな。子供にしちゃずいぶん激しい目だったけど。今にも噛みついて、食いちぎってきそうなほどの。


 何度か昼食を一緒にとっていると、初めは緊張した面持ちだった野木沢も森のノリに慣れてきたらしい。慣れた野木沢は森に輪をかけて穏やかだった。俺と森が話している時も静かに微笑みながら話を聞いている。なんというか、周りの空気ごと和ませてしまうような雰囲気があった。それを気に入ったのだろうか、最近の森のテンションは見たことがないくらい高い。普段のこいつはもっと物静かだ。
 相変わらず途切れない話の途中で、突然森のテンションメーターが振り切れた。
「あー! 知ってる? それ、最近続編がゲーセンに置いてあるの」
 森はレトロゲーム好きなんだが、どうやら野木沢が知っているゲームの名を挙げたらしい。俺にはよくわからないが、昔ゲーセンで流行ったゲームのようだ。
 野木沢がふっと顔を上げる。いつもの笑顔に、ほんの少し幼い色が混じった。すぐにすうっと引っ込んだが、一瞬、たしかに見えた。
「よし放課後行ってみよう。ちょうど今日は道場も休みだし。時間大丈夫だろ?」
「えっ」
 は? 野木沢が目をしばたたかせる。俺も驚いたよ。いつになく強引だな……。

 俺たちが向かったのは、駅前にあるチェーンのゲーセンではなく、表通りから少し裏に入ったところにある小さな店だ。流行り物も置いてはあるけど、他ではもう見られないような古いゲームが置かれているそうで、森は気に入ってよくここに来ている。俺も他に行くより客が少ないこっちのゲーセンに来るほうがまだ気楽だ。とはいえゲーセン自体別に来たい場所じゃない。シューティングとレースくらいしか興味がない上にやたらうるさいからだ。今日ついてきたのは森が有無を言わせなかったせい、あとは野木沢がこういう場所でどういう反応をするのか見てみたかったという単純な興味だ。
 家でやったことがあるというゲームのイラストを見た途端、野木沢は息を吐きながら何度か瞬きをした。目線を追うと、赤いのやら黄色いのやらデフォルメされた二頭身のキャラクターが並んでいる中で、隅にいる青いのをじっと見ている。
「対戦するか」
 森が楽しそうに台の前に座る。野木沢は操作パネルのボタンと説明書きを交互に見たあと、赤い丸椅子をちらりと見てようやく座る。
「俺は大地にしよう」
「あ、水の精霊で……」
 野木沢が選んだのは、さっきじっと見ていたやつだ。レバーの先の玉を下から握り、数色あるボタンを確かめるように撫でる。どうやら説明に書いてあるボタンの色を見比べているらしい。やり込んでいる森と違って、本当に触るのが初めてなんだろう。森もそれをわかっているのか、操作を時々止めながら野木沢の動きを待っている。野木沢はできるだけ画面を見るようにしながら、ちらちらと手元に目を落とす。口元が小さく動いているのは少し焦っているのだろうか。上半身が機械の方向に傾く。
 森が手を抜いているとはいえ、実力差は明白だ。最後は森がとどめを刺して終わった。野木沢は画面に負けの表示が映ると、ほっとしたように肩を落とした。それから目を和ませる。元の柔らかい雰囲気に戻って、すっと立ち上がったかと思うと森の隣に移動した。
「……画面見たいから、良かったら森くんのプレイを隣で見させてもらってもいい?」
「もちろん」
 そうか、世界観が好きって言ってたな。
 そこからの森のプレイは鮮やかだった。何をやっているのかよくわからなかったが、画面が次々と光ったり点滅したりしていたから綺麗に攻撃が決まっていたのだろう。明らかにさっきのが手抜きだとわかるが、野木沢はいちいち息を飲んだり手元を覗き込んだり頭を傾けて画面を眺めたり、それには気を留めていないようだ。画面が青色に染まると、嬉しそうに頷いていた。
 感心した様子で画面を見る野木沢に気をよくしたのか、森は得意なゲームを次々にプレイしていく。選ぶのはどれも森が好きそうなレトロなやつだったが、野木沢も飽きずにずっと見ていた。俺なら最初に森がプレイし始めたところで離れて自分が好きなゲームをやる。上級者ゆえに1プレイに時間がかかるから、そこまで付き合っていられない。それで時間が来たらどちらからともなく待ち合わせて帰るのがパターンだった。いつもそんな感じなのだから、ずっと隣でにこにこ見ている奴がいたら、調子に乗っても当然だ。
 その野木沢が、ふいに画面から目をそらした。小首を傾げると、視線が左右に2、3度床を薙ぐ。それから、ゆるやかにこっちを見た。
「笹原くんはやらないの?」
 ああ、なるほど。俺のことを心配していたらしい。何をするでもなくついて回っているだけだ、そりゃあ気になるだろう。
「得意じゃない。あと、見てるのも楽しいから気にするな」
 答えると、安心したように目を細める。
 そこに森がぐい、と割り込んできた。
「最後にレースゲームやろう。負けたらジュース奢りな。笹原もここは強制参加」
「ええ……」
 なんで俺まで。しかも森が歩いて行ったのは、俺がいつも暇すぎてやり込んでたレースゲームだ。おまえ、それ、俺が得意だって知ってるだろう。どのコースを選ぼうが、アクセルのタイミングもハンドルを切る角度も全部覚えている。何度やっても森に負けたことはない。わざわざこれにするってことは、確実に野木沢を負かす気だ。何を考えているんだか。
 だが一応勝負なので、負けるつもりはなかった。しかもコースはキャピタルコースか。簡単なの選んできたな。おまえこんなに性格悪かったっけ。
 タイミングに合わせて、ゆっくりアクセルを踏み込む。スタートの時点で、まずはトップに出る。後はそれをキープするだけだ。野木沢も決して下手じゃない、無駄に壁にぶつかるようなロスはなく、途中森と競るような場面もあった。最後は森がテクニックで押し切り、2位に飛び込んだ。
 俺と森にとっては、最初からわかっていた結果だ。おそらく野木沢もそれに気付いたはず。自分が不利だったこととそれを隠されていたのを知って、こいつはどんな反応をするだろう。
 野木沢を見ると、ほお、と息を吐いたところだった。わずかに上気した頬で俺を見る。
「……笹原くんすごい」
 そうか。そっちなのか。
「これは得意なんだ」
 素直な感想につい頬が緩む。すると野木沢は、ふわっとした笑顔にくすぐったそうな表情を乗せた。
「さらっとそんなこと出来ちゃうなんて、カッコいいね」
 呟くようにそう言うと、野木沢は楽しそうに笑う。

 野木沢とは店を出たところで別れた。森が「また明日」と手を挙げると、一瞬迷ったように斜め下を見てから小さく手を振った。
 さて、と森が歩き出す。
「すっかり遅くなっちゃったな。ごめんな、付き合わせちゃって」
「いや、別に」
 途中で帰ろうと思えば帰れたが、残ったのは俺だ。森はぐっと両腕を上に伸ばす。
「それにしても今日は楽しかったなあ。ロードロードで最高得点叩きだしたとこ見てただろ?」
「……そんなことあったか?」
「なんだ、珍しく人のプレイ見てたと思ったら、上の空だったのか」
 そういうわけでもないが……。ただ野木沢の反応を見るほうが楽しくて、森のプレイは正直どうでもよかっただけだ。ああ、それが上の空っていうのか。
「それにしても、初めて会うタイプだよな」
「そうだな」
「こっちが確実に勝つゲームでジュース奢らせる展開に持ってくイタズラ仕掛けたのに、今日はありがとう、ってジュース渡されると、なんだ、なんか気恥ずかしいな」
「……おまえ今日テンション高すぎないか」
 森は声を上げて笑う。様子のおかしい友人から、俺は一歩離れた。
「いや、寺田の気持ちがわかる気がするわ」
「は?」
「野木沢ってさ、場を和ませるというか……周囲に優しさ結界みたいの張ってる感じ、わかるか?」
「その表現はわからん」
「自分の周りにいる人間を全部癒しちゃうんだよな。少しくらいふざけたりしても全部許してくれる空気を生み出してる感じがする。だからついはしゃいじゃうんだ」
 なるほどな。だから子供みたいな反応するのか。こいつも。寺田も。
 確かにずっとにこにこ笑っていて、優しい空気にはしてくれる。だけど、それって野木沢自身は疲れないんだろうか。


 中間試験が終わってしばらくしても、俺と森は野木沢とつるんだままだった。どちらかというと森が野木沢に絡んで、それに俺が巻き込まれるような感じだったけど。
 森に「優しさ結界」とかいう妙な造語を聞かされて以来、俺はなんとなく野木沢の表情を意識するようになっていた。たしかに野木沢は真面目な顔と穏やかな笑顔だけを行き来しているような、常に柔らかな空気を纏っていた。だがそれは悪く言えば表情の変化に乏しいということだ。野木沢は、ずっとそれで本音を隠しているんじゃないのか。
 その日、昼休みに職員室に提出物を出しに行って教室に戻ると、野木沢の姿がなかった。自席で森が弁当をつついている。
「野木沢は?」
「用があるって出てったよ」
「昼の約束でもしてたか」
「弁当置いたままなんだよな」
 なるほど、袋に入ったままの弁当が机の脇にぶら下がっている。野木沢は図書委員だったな。そっちで急用でも出来たのだろうか。どうせすぐに帰ってくるだろうと俺も食べ始めたが、最後の一口を放り込んでも戻る気配はなかった。
 結局野木沢が教室に入ってきたのは、昼休みが終わる5分前だ。
「時間かかったな、昼飯大丈夫か?」
 森が声をかけると、なんでもないように笑う。
「放課後、食べてから帰るから大丈夫」
 そんなに忙しい用事だったのか。野木沢の目はいつもより小刻みに空間を泳いでいた。睫毛の落とす影も少し濃いように見える。かたんと椅子を引く音が大きい。何かあったんだろうか。

 ようやく授業もホームルームも終わり、道場へ向かう森が真っ先に出ていった。今日は数学で課題が出たんだよな。学校でやってくか。野木沢は立って鞄に教科書を詰め込んでいた。そしてそれを床に置き、弁当の袋に手を伸ばす。
 その時、教卓でプリントを纏めていた担任が声をかけてきた。
「あ、野木沢。ちょっと資料室まで荷物運ぶの手伝ってくれ」
 野木沢は下を向いたまま、ぴくりと眉を動かした。……すぅっと表情が消える。わずか一瞬。
 ぱっと顔を上げた時にはいつもの笑顔。
「はい」
 柔らかな声で応じると、野木沢は足早に教卓の前に向かった。
 俺が座っていなければ。俺が野木沢の様子を窺っていなければ。おそらく、誰も気付かなかった。
 そうか。
 そういうことか。

 教室から資料室の距離なんてたかが知れている。だが急に空が曇り雨が降りだしそうになったせいで、その短い間に教室からは俺以外誰もいなくなった。
 戻ってきた野木沢は、ほぼ空っぽの教室を見て首を傾げた。
「あれ……笹原くんだけ?」
「残ってた奴らも雨が降りそうだって急いで出てった」
「ああ、急に曇ったもんねぇ」
 野木沢は振り返って廊下の窓を見ながら言った。
「もう降り出すかもな。野木沢は傘あるのか?」
「一応折り畳みは持ってるから大丈夫。そう言う笹原くんは?」
「俺も置きっぱなしのがある」
 それならよかった、とふわふわした笑顔を浮かべる。その顔のまま、急ぐでもゆっくりでもなく、ただ俺の後ろの席まで戻ってきた。
「昼飯はどうするんだ」
 一瞬野木沢の動きが止まる。
「うーん、もういいかな。帰って夜ごはんにでもするよ」
 穏やかな声。
 優しい笑顔。
 じゃあ、そこに落ちた影はなんだ。
 俺は興味がある。
 これを言ったらおまえがどういう反応をするのか。
「野木沢」
「何?」
 怒る?
 それとも否定する?
「野木沢ってさ、実は全部面倒だって思ってるだろ」
「え」
「人に話しかけられることも、他に人がいるのに自分だけ用事言いつけられることも、誰も答えない時真っ先に手を挙げるのも、全部嫌いだよな。面倒だって思ってるけど、後で波風立つほうがめんどくさいって思ってるタイプ?」
 野木沢はぽかんとした表情を浮かべた。そしてすぐに困ったように笑う。それから俯いて、かたん、椅子を引いて座る。
 わずかな間。
 目を上げた時には、野木沢はほんのり頬を染めた、小さな子供のような顔をしていた。
「……バレたの、笹原くんが初めてだ」
 そうか。
 俺は……改めて野木沢のほうに体を向ける。
「……まあ、わかるよ。面倒なことが多すぎるんだ。俺は堂々と拒否してるけどな」
「ふふふ。それが出来れば僕ももう少し楽だったかな」
 頬杖をついた野木沢が眉をひそめたまま笑う。
 ふーん。
 そうか。
 そういう顔もするのか。
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