高原 風音

ふんわりいちゃ甘な創作BL小説をメインで活動しています!
基本的にはハピエン厨というより、ハッピーに始まりハッピーに進んでハッピーに終わる、一言で言うと“始終ハッピー主義”。
主にPixivで作品を発表しており、こちらには順次再掲を行っております。現在執筆中のシリーズは3人組のゆるふわいちゃあまラブ『僕+君→Waltz!』(R-18あり)。完結済みのシリーズには、自由奔放な少年がハッピーエンドを迎えるまでのお話『初恋みたいなキスをして』(R-18)があります。
そのほか、ちまちまと短編BLを書いたりしています。
また、ここでは紹介しませんが、ファンタジー?ふうのシリーズ『碧色の軌跡』(完結済み・恋愛要素なし)やオリジナル短編などもあったりしますので、興味がありましたらぜひ。
二次創作もぼちぼちやっております。

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投稿日:2023年10月15日 17:38    文字数:9,305

12こ目;Powder Sugar Waltz 第2話

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まだ出会った当初の冬矢と蒼生。
蒼生の存在が彼の中で大きくなっていき、
やがて少しずつ価値観が変わって……。

↑初投稿時キャプション↑
2021/08/20掲載
『僕+君→Waltz!』12話。
ガンガン距離を詰めていく冬矢さんです。
1 / 1
 季節はすっかり夏になっていた。名前のせいではないと思うが、俺は夏が苦手だ。暑いし湿気が酷いし、とにかくまとわりついてくるような空気は人間の生存条件を満たしていないのではないかとすら思う。この学校のいいところは、冷暖房をきちんと整備してあるところだ。
「おはよう笹原くん」
 頭上から野木沢の涼やかな声が降る。
「おはよう」
「最近学校来るの早いね」
「早朝の少しでも気温が低いうちに移動したい」
「ああ、なるほど」
 野木沢は片手を口許に当ててくすくすと笑った。鞄を机にかけ、机に入れたままの下敷きを引っ張り出すと団扇がわりにしてあおぐ。
「たしかにそのほうが涼しいのかもね。でもクーラーの利いた家の中から出るのが難しくてどんどん遅くなっちゃう。しんどい季節が今年も来ちゃったなぁ」
「さらに期末試験もあるしなぁ」
「わー……」
 げんなりした顔で野木沢が机に突っ伏した。この時期はどうしても集中出来ないもんな。不快指数とかいう字面だけで既に不快な数字が無意味にのし掛かって来る。
 野木沢はのろのろと鞄に手を伸ばし、金具を外して中を探ると、教科書とノートを取り出した。
「笹原くん、数学の課題やった?」
「うん、昨日帰る前に終わらせた」
「やっぱり僕も一緒にやらせてもらえばよかったなあ。帰ってからすごく時間かかっちゃった」
 言いながら、ノートで半分顔を隠す。右手の人差し指がノートの背を小さく撫でた。その指ごしにちらりと俺を見る。
「あの、わかんないとこ……後で教えて」
 もちろん、いくらでも。
 俺が答えると、野木沢はぱっと笑った。


 放課後は残って試験勉強を始めることにした。誘ったわけではなかったが、野木沢と森も黙って机を寄せてきた。そのまま何も言わないのかと思いきや、森が突然片手を高く掲げて立ち上がる。
「お互いの苦手教科を補いあって! 頑張ろう!」
 うるさい。教室に残っていた何人かがぎょっとしたようにこちらを見た。野木沢はにこにこ森を見ていたが、俺と目が合うと少しだけ口を尖らせるようにして肩をすくめた。たぶん、注目を浴びてしまったのが恥ずかしいんだろう。
「座れって。ほら、始めるんだろ」
 声をかけると、森本人はまったく気にしていないらしく、驚くほど何事もなかったように座って教科書を開く。相変わらず野木沢の前ではテンションが高いんだよな……。
 対する野木沢は、数学の練習問題をじっと見つめ、時折ペンの頭を唇につけ考え込む。真面目な顔。野木沢は、あの日からいろんな顔を隠さないようになった。自然に笑うようになった。面倒そうな顔も、嫌そうな顔も、見せてくれるようになった。……俺にだけ。

 時々お互いに教えあいながらまとめを作ったり練習問題を解いていると、あっという間に時間が経ってしまう。教室には、部活終わりの連中がぱらぱらと戻ってきていた。
「笹原さぁ、そういえば今日彼女に呼び出されてなかった?」
「一昨日切れた」
「へー」
 野木沢の手が一瞬止まる。
「じゃ次はさすがにテスト後かな」
「知らん。こっちが選んでるわけでもないから。勝手に次が寄ってくるだけだ」
「だよな。……さぁて、そろそろおしまいにしようか」
 森が息をつきながら呟く。一応下校時間もあるからな。頷いたところで、教室に入ってくる姿があった。寺田だ。
「蒼生」
 何か考え込んでいたような野木沢がぱっと顔を上げた。
「部活終わったんだけど一緒に帰んねぇ?」
「うん」
 間を置かず、野木沢はふわっと笑って頷く。そして広げていたノートをぱたんと閉じた。
「寺田んとこはまだ部活あるんだな」
 笑いながら森が寺田に声をかける。びくりとした寺田は明らかに戸惑った顔をして、様子を窺うようにじわじわと近付いて来た。
「ぎりぎりまでやるんだってさ。柔道部って試験前は練習やんねえの?」
「文武両道ってイメージあるだろ。だから勉学にもしっかり励むべし、ってことで伝統的に他の部活より早いらしい。自主練はやるけどな」
「へえ。かえって大変そうじゃねえか」
「そうなんだよ」
 すごいな、森。素直に感心する。運動部同士っていうのもあるだろうが、緊張感をもって近付いてきた寺田が一言二言交わすうちに普通に話している。寺田の性格もあるんだろうけど。
 寺田はたびたびこのクラスの様子を窺っていた。自分のクラスにも友達は多いようで、男女問わずいつも誰かに囲まれているような奴だったから、ひとりの時間を持て余しているとかそういうことじゃない。理由なんて他にはない、こいつが気にしているのは野木沢のことだけだ。もっと具体的には、俺と森の存在だろう。自分以外の人間が野木沢の近くにいるのが気になって仕方がないといったところか。
 さすがに3か月近く経って、初めて見た時の噛みつきそうな目はしなくなっていたが、俺を見る目は警戒感に満ちたままだ。
 野木沢はぱたんと鞄を閉じる。
「健ちゃん、お待たせ」
「じゃ行こうか」
 ほっとしたように寺田が息を吐く。
「笹原くん、森くん、ありがとう。また明日ね」
 鞄を抱えると、野木沢はにこにこと胸の前で右手を振る。そして寺田と連れ立って教室を出ていった。
「俺たちも帰ろうぜ」
 森が立ち上がる。俺は野木沢たちが消えたドアの向こうを見ていた。
 寺田と一緒の野木沢はいつも笑っている。寺田には嫌そうな顔を見せない。俺はふたつの意味でそれを気にしていた。ひとつは、そういう顔を「一瞬も」見せないこと。もうひとつはそういう顔を「寺田には」見せないこと。相反するその意味を、俺は計りかねていた。


 期末試験が終わり、廊下に順位表が張り出された。あとは週が明けて終業式が終われば夏休みだ。どうせ彼女に連れ出されて暑い中でかけることになるんだろう。それに休みに入ってすぐ校外学習とかいう泊まりの学校行事がある。既にどちらも面倒だ。
 森は練習が再開されたらしく、振り返るとちょうど荷物を抱えたところだった。
「野木沢は?」
「帰ったんじゃないか。さっき寺田といるとこ見たし」
 …………。そうか。
「な、明日の土曜日、グラマ行こうぜ。あそこのゲーセンでレトロ筐体イベントやるんだってさ」
 グラマ……少し遠いあのショッピングセンターか。グランドマルシェとかそういう名前の。
「なんでわざわざ……」
「だからイベントやるから」
「そうじゃなくてなんで俺を連れてくんだよ」
「ゲーセンに付き合ってくれるの笹原か野木沢くらいだからな」
 つるむ相手はいくらでもいるはずだが、たしかに他の奴らはゲーセンにはついてこない。森のプレイスタイルを考えれば、どうせ一緒に行ったところで長時間放っておかれるのは明白だ。最初に付き合ってしまった俺の判断が間違っていたのだろう。

 翌日、俺はやむを得ずショッピングセンターの中にいた。商業施設の中らしく子供向けのゲームが並ぶ奥に、森の言うレトロゲームのコーナーがあった。ブームなんだろうか、そこには幅広い世代の客がわいわいとそれぞれの機械に群がっていた。俺も最初はなんとなくその輪を覗いたりしていたのだが、専門用語らしき言葉が飛び交う様について行けなくなり、途中で抜けることにした。
 エレベーター脇の自販機で飲み物を買い、吹き抜け近くのベンチに座る。どこの輪にいるかわからなくなった森にはメッセージを送っておいた。どうせ時間がかかるだろう。せっかく時間があるのなら問題集の1冊でも持ってくればよかった。
 なんとなく周りを見渡して、それから吹き抜けの下の階に目をやる。
 !
 思わず腰を浮かした。野木沢の姿が見えたからだ。何も不思議なことはない、ここはこのあたりで一番大きなショッピングセンターなのだから。俺は声をかけそうになって踏みとどまる。野木沢は両親らしき年上の男女と一緒にいた。母親から大きな袋を受け取り、その後ろをついて歩く。声をかけなかったのは、親と一緒だったからじゃない。
 野木沢は、いつもの穏やかな笑顔だった。


 終業式とホームルームが終わると、教室の中からはどんどん人が減っていった。このクラスの校外学習は明日からだから、別れを惜しむ必要はないというわけだ。
 部活連中は何かあるのだろうか、森はいないし寺田も来ない。俺の後ろにはひとり野木沢だけがいた。この前気が付いたんだが、俺は野木沢の連絡先を知らない。夏休みに入るし、一応聞いておきたかった。そう思っていることをなんとなくあの2人には知られたくなかったので、今がチャンスなのだと思う。
「夏休みの課題たくさん出たな」
 話しかけると、野木沢はまぶたをぴくりと動かし、虚ろな目をした。
「科目ごとにもいろいろあるのに、まさか最後に日記まで課されるとは思ってなかった……」
 たしかにあれは全員がクレームの声を上げていた。
「箇条書きとかならなんとかなりそうな気がするけど、どっちにしてもいちいち行動履歴を報告するのも面倒だな」
「だよね。1日に1ページなんて絶対多いって。このために何か行動しなきゃいけない気がしてきちゃうのも嫌だなあ。あー、昔から日記の類はほんと苦手」
 心底げんなりした顔でことりと首を傾げながら野木沢が呟く。その表情は拗ねた子供のようで、すごく微笑ましい。
「……あ、ごめん」
 慌てたような野木沢の声。ごめん? 今、何か謝られることあったか?
「何が?」
 聞くと、膝の上で手を擦り合わせて、申し訳なさそうに伏せた顔で目だけをこっちに向ける。
「いや、だから、こんなぐちぐち言っちゃってごめん、って。笹原くんと話してると楽で、つい気を抜いちゃう」
 ふーん。気付いてないのか。俺はそんな野木沢の態度が嬉しいのに。
「いや、素の野木沢と話してるの楽しいよ。こっちのほうが全然いい」
「本当? 笹原くんって本当に優しいよね」
 は?
 なんだって?
「……初めて言われた」
「そう? だっていつもさりげなく助けてくれるじゃん」
 野木沢には俺のこと、そう見えてるのか。今まで、冷たいだのキツイだのしか言われてこなかったから正直戸惑う。
「優しいから我慢してくれちゃうかもしれないけど、僕が嫌なこと言ったりとか調子に乗ったりしたらすぐに言ってね。僕、笹原くんとはずっと友達でいたいから」
「……うん」
 そうか。俺は野木沢にとって心を許せる「友人」なんだな。野木沢がそうであってほしいなら、俺はそうであろうと思う。他の誰でもなく、俺がいいんだとおまえが言うのなら。

 課題のプリントを鞄に放り込みながら、俺はもうひとつ気になっていたことを切り出した。
「そういえば土曜日、ショッピングセンターにいなかった?」
 野木沢はきょとんとした顔で手を止めた。
「いたよ。え、笹原くんもいたの? 声かけてくれればよかったのに」
「親と一緒だったみたいだから遠慮した」
 そっか、と小さく言って笑う。それは目元の優しい本当の笑顔のほう。
「なあ、野木沢ってさ」
「うん?」
「家族にもあんなふうに笑ってるんだな」
「……ああ」
 野木沢はすぐ俺が何を聞こうとしているのかに気付いたようだった。そして、今度は、はにかむように笑った。
「だから言ったでしょ、これがバレたの笹原くんが初めてだって」
 ああ。そうか。
 本当に俺だけなんだ。世界でただひとり。俺だけが、本当のおまえを。
 野木沢は急に照れたように頬を染めて鞄を掴んだ。
「でも笹原くんだってずいぶん優しく笑うようになったよね」
「え?」
「……無自覚なんだ」
 ……そうか。
 俺はそんな顔してたか。自分も野木沢にしか見せない顔があるのか。
 笑顔が嬉しいと思う。存在に安心する。こんなに心を許しあえる「友人」に巡り合えたことを、大切にしていきたいと思った。


 翌朝。目覚ましより早く目が覚めた俺は、枕元の携帯を引き寄せた。昨日登録したばかりのメッセージIDと電話番号とメールアドレス。IDを渡して家に帰ると、すぐにメッセージが入った。
「野木沢です。IDありがとう。せっかくなので電話番号とアドレスも送っておくね。明日もよろしくお願いします」
 野木沢らしい、丁寧なメッセージ。学校行事なんて面倒なだけだと昨日まで思っていたのに、この一言だけで気が軽くなったようだ。
 着替えてリビングに出ると、母が台所に立っていた。俺を見ると目を丸くする。
「あ、冬矢おはよう。えっ、もう準備できたの!? 珍しくやる気じゃない!」
 母はテレビのチャンネルを回して天気予報を確認する。失敬な。雨なんか降るか。

 荷物を持って外へ出る。早く出ると何故か時間の被る森と、結果待ち合わせたような格好で、俺たちは学校までやって来た。門の前には大型バスが停まっている。野木沢は……まだ来てないみたいだな。
 そこに3人組の女子グループが近付いてきた。俺たちと今回班になる子たちだ。班は男女それぞれ2~3人で自由に組み、それを組み合わせて5~6人になるように作られている。男女の組み合わせは担任が決めているのでどういう基準かわからないが、あまり話をしたことがない子たちだ。
 適当に挨拶を交わしていると、野木沢がブルーグレーの鞄を肩に提げ、小走りでやってきた。
「おはよう。遅くなってごめんね」
「遅くないよ、楽しみにしすぎた俺たちが気合い入れて早く来ちゃったんだからさ」
 おい森、それじゃ俺まで楽しみにしてたみたいじゃないか。野木沢が嬉しそうだから文句言わないでいてやるけど。
 気付くと俺たちの後ろにいた女子たちがなにやらひそひそやっている。なんだ、と思っていると、そのうちひとりが大きな声を出した。
「野木沢くん、おはよう!」
 野木沢は驚いたように3秒だけ止まって、ふわっと惚れ惚れするような綺麗な顔で笑った。
「おはよう。今日はよろしくね」
 女子たちがわっと盛り上がる。ふーん。そういうことな。無意識にそういうの振り撒く野木沢も野木沢だと思うぞ。
 班が揃ったところで担任に報告に行く。班長の森のあとに女子が続き、俺と野木沢はそれを追いかける形になる。
「体操着でここまで来て、さらにこのまま外に行くってなんだか嫌だよな」
 声をかけると、野木沢は口の端をわずかに下げた。
「ほんと。恥ずかしかったよ……」
「校外に行くなら私服がいい」
「わかる」
 やけに真剣な顔で頷くのが可笑しかった。
 バスの座席は大体班ごとで、隣同士は男女と決まっていた。話しかけられるのが億劫な俺は早々に狸寝入りを決め込んだが、後ろの席からはずっとボリュームを抑えた野木沢の声が聞こえていた。隣の女子が延々野木沢に話しかけていたからだ。定番の天気の話から始まって、学校の話が続いて、家族の話になる。最初はすぐに答えていたが、次第に答え方が曖昧になってくる。……野木沢、困ってるじゃないか。聞いてるだけでわかるのに話しててわからないのか?
 俺は座席に膝で立ち、後ろの席を覗く。
「ちょっと寝たいから静かにしてくれる?」
「あっ。ごめんなさい!」
 彼女が小声で頭を下げる。そのまま席に戻りながら野木沢を見ると、たぶんずっと俺を見ていたんだろう、目が合った。唇が「ありがと」と動く。
 うん。

 オリエンテーリングは、宿泊施設近くにあるアスレチック施設と林の中の散策路を使った、体力と頭脳で謎を解かせるイベントだった。全員強制参加なあたりが恨めしい。まあ、体力がいるやつは森が張り切っているから任せておけばいいだろう。
「あんな高いところまで上らなきゃいけないの!?」
「大丈夫、俺行ってくるわ」
 いつの間にか女子と仲良く話すようになっている森は、笑いながら木製のアーチにかけられたロープをするする上っていく。
「じゃあ森くんが頑張ってくれてる間にこっちの問題解いておこうか」
「はい!」
 野木沢もプリントを広げて意見をまとめ、積極的にイベントをこなそうとしている。ように見える。あれはだいぶ頑張ってる感じだ。こういう団体行動はどうも好きじゃないんだが、仕方ない。とりあえず輪の近くにいることにする。ただどうも輪の雰囲気が、野木沢に頼りきりな気がする。
「……野木沢、それ1枚貸して」
 つい口が出た。
 こんな小さなイベントでも背負い込むのか。危なっかしい。こいつ、目を離しちゃいけないタイプだ。
 全てのチェックポイントを通過して問題を解き、ゴールしたらオリエンテーリングは終了だ。ようやく宿泊施設に入れる。部屋は他の班の男子と一緒だ。比較的綺麗な和室で、端には布団と枕が3つずつ積まれたのが2組あった。どうやら相手の班はまだゴールしていないらしい。
 野木沢がほお、と息をつく。森がその顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「あ、ううん。ちょっと緊張して。家族以外との泊まりって初めてだから」
「え? 去年もクラス合宿あったし、小学校の時も修学旅行的なやつあるだろ」
「ずっと、け……寺田くんとクラス一緒だったから家族以外って感じしてなくて。家族旅行も寺田家といつも一緒だったし友達の家泊まりに行くのも寺田くんと一緒だったし」
「なんか改めて聞くとすごいなぁ!」
 …………。俺は荷物を部屋の隅に置き、その前に膝をつく。ファスナーを開けて中の袋を取り出す。
「森」
「うん?」
「部屋入ったら班長が報告に行くんじゃなかったか?」
「あっ。そうだ、忘れるとこだった、ありがとな! ちょっと行ってくる」
 森は鞄の中からしおりを無造作に掴み取ると、素早い動作で部屋から出て行った。野木沢のいってらっしゃい、という声に手を振ることを忘れずに。

 しんと静かになる。野木沢は俺の隣にやってくると、荷物を置いて中を探った。
「大丈夫?」
 声をかけるとその手が一瞬止まる。
「なに?」
「だいぶ張り切っちゃって、疲れてるだろ」
「あー……まあでも慣れっこだし」
 はは、と笑う声に力がない。精神的な体力がないくせに、どうして頑張り過ぎるんだろう。後々の面倒を回避するためとはいえ、立ち回りが下手すぎやしないか。もっと楽にすればいいのに。
「野木沢……もうおまえさ、ずっと俺の隣にいなよ」
「へ!?」
 裏返った声をあげて野木沢が勢いよく俺を見る。
「色々背負い込みすぎなんだよ。近くにいればフォローしてやれる。おまえだって楽だろ」
 黒い瞳が左右に泳ぎ、指先が鞄の縁を撫でた。
「でも楽ばっかしてちゃダメだと思うし、笹原くんに迷惑かけられないよ……」
「気を張り詰めてばかりで倒れられるよりマシだ。第一迷惑だと思ったらそもそも提案なんかしない」
 そっか、と野木沢は呟いた。それからおずおずと目線を合わせてくる。
「た……頼り過ぎたらちゃんと怒ってね」
「もちろん」
 笑ってやると、野木沢もつられたように微笑んだ。

 全班がオリエンテーリングを終え、夕飯の支度が始まった。俺たちの班は相当早くゴールしたようで、ずいぶん休憩時間があって助かった。当然だ、森の体力、野木沢と俺の頭脳があって他の班に負けるはずがなかった。
 夕飯はお決まりのカレーか。森は薪係、女子は揃って飯盒の準備をしに行った。残された俺たちが野菜の下準備だ。もちろん、そうなるように誘導したわけだが。
 野木沢は青のグラデーションのTシャツで、エプロンも濃紺だった。私服、初めて見たな。
「野木沢って青が好き?」
「え? ……あ、服? 別にそういうわけじゃないんだけど。僕、兄が2人いて、紅輝と緑って言うんだ。それで僕が蒼生でしょ。わかりやすいように兄弟で色分けされてるの」
「ふーん」
「でもまあ馴染むっていうのかな、ずっと青だったからいつの間にか好きな色になってた……あ、じゃあやっぱ青が好きで正解か」
 人参の皮を剥きながら野木沢は笑った。末っ子なのか。イメージで言えば末っ子は人に頼るのが得意そうだが、それとは正反対に見える。……そうか、世話を焼いてきた寺田がいたからか。
 …………。なにやら胸のあたりがざわつくが、それは目の前の玉葱にぶつけることにした。
「笹原くん、包丁すごく上手だね」
 突然野木沢がそんなことを言い出す。
「あぁ、俺、親が仕事でいないことが多くて、料理とか結構ひとりでやるから」
 野木沢は驚いたように人参を口元にやる。反対のピーラーを持った手のほうでなくて良かった。
「えっ。料理? 出来るの?」
「まあ……出来るほうじゃないかな」
「僕、手伝いがいいとこなのに……。すごいね、笹原くんかっこいいね」
 ぱちぱちと瞼が動く。下から覗き込んでくる眼差しには尊敬の念のようなものを感じる。
 そうか……。もう少し練習してバリエーション付けておくか……。


 夜中、ふと目が覚める。
 頭のほうには他の班の男子たち。俺の隣、廊下側には森。反対側には野木沢。
 障子からの薄い光が部屋の中に落ちている。野木沢は肩をすくめるような格好で、俺のほうを向いて小さな寝息をたてていた。睫毛に触れる前髪を、そっとどかしてやると、ほんの僅かな身動ぎ。
 本当の野木沢を知っているのは俺だけだ。
 そして、今野木沢の一番近くにいるのは寺田じゃない。
 俺だ。


 翌朝、最初に起きた俺がまずしたのは、野木沢を起こすことだった。野木沢は眠そうな目をこすると、ふわっと笑う。
「おはよう。早いね」
「おはよう。他の奴らが起きると洗面所混むから、先に使おう」
「あ、そうだねぇ」
 早く起こしたことに文句も言わず、ごそごそと鞄の中からタオルを取り出す。俺が先に顔を洗い始めると、まだ目が覚めきっていないような表情できちんと順番待ちをしている。場所を譲ると、頭だけをぺこりと下げた。
 冷たい水で顔を洗い、水をタオルで押さえる野木沢。俺はそっと肩を寄せる。
「野木沢」
「うん? 何?」
「誕生日おめでとう」
「!」
 野木沢は急に目が覚めたようにパッと顔を上げた。頬と、耳まで赤い。
「今日だろ」
「今日だけど……ふ、ふいうち! ふいうちはズルい!!」
 タオルで顔を隠して小声でわめく。小さい声じゃないと寝てる連中が起きるからな。
 ああ、
 ……可愛い。
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 季節はすっかり夏になっていた。名前のせいではないと思うが、俺は夏が苦手だ。暑いし湿気が酷いし、とにかくまとわりついてくるような空気は人間の生存条件を満たしていないのではないかとすら思う。この学校のいいところは、冷暖房をきちんと整備してあるところだ。
「おはよう笹原くん」
 頭上から野木沢の涼やかな声が降る。
「おはよう」
「最近学校来るの早いね」
「早朝の少しでも気温が低いうちに移動したい」
「ああ、なるほど」
 野木沢は片手を口許に当ててくすくすと笑った。鞄を机にかけ、机に入れたままの下敷きを引っ張り出すと団扇がわりにしてあおぐ。
「たしかにそのほうが涼しいのかもね。でもクーラーの利いた家の中から出るのが難しくてどんどん遅くなっちゃう。しんどい季節が今年も来ちゃったなぁ」
「さらに期末試験もあるしなぁ」
「わー……」
 げんなりした顔で野木沢が机に突っ伏した。この時期はどうしても集中出来ないもんな。不快指数とかいう字面だけで既に不快な数字が無意味にのし掛かって来る。
 野木沢はのろのろと鞄に手を伸ばし、金具を外して中を探ると、教科書とノートを取り出した。
「笹原くん、数学の課題やった?」
「うん、昨日帰る前に終わらせた」
「やっぱり僕も一緒にやらせてもらえばよかったなあ。帰ってからすごく時間かかっちゃった」
 言いながら、ノートで半分顔を隠す。右手の人差し指がノートの背を小さく撫でた。その指ごしにちらりと俺を見る。
「あの、わかんないとこ……後で教えて」
 もちろん、いくらでも。
 俺が答えると、野木沢はぱっと笑った。


 放課後は残って試験勉強を始めることにした。誘ったわけではなかったが、野木沢と森も黙って机を寄せてきた。そのまま何も言わないのかと思いきや、森が突然片手を高く掲げて立ち上がる。
「お互いの苦手教科を補いあって! 頑張ろう!」
 うるさい。教室に残っていた何人かがぎょっとしたようにこちらを見た。野木沢はにこにこ森を見ていたが、俺と目が合うと少しだけ口を尖らせるようにして肩をすくめた。たぶん、注目を浴びてしまったのが恥ずかしいんだろう。
「座れって。ほら、始めるんだろ」
 声をかけると、森本人はまったく気にしていないらしく、驚くほど何事もなかったように座って教科書を開く。相変わらず野木沢の前ではテンションが高いんだよな……。
 対する野木沢は、数学の練習問題をじっと見つめ、時折ペンの頭を唇につけ考え込む。真面目な顔。野木沢は、あの日からいろんな顔を隠さないようになった。自然に笑うようになった。面倒そうな顔も、嫌そうな顔も、見せてくれるようになった。……俺にだけ。

 時々お互いに教えあいながらまとめを作ったり練習問題を解いていると、あっという間に時間が経ってしまう。教室には、部活終わりの連中がぱらぱらと戻ってきていた。
「笹原さぁ、そういえば今日彼女に呼び出されてなかった?」
「一昨日切れた」
「へー」
 野木沢の手が一瞬止まる。
「じゃ次はさすがにテスト後かな」
「知らん。こっちが選んでるわけでもないから。勝手に次が寄ってくるだけだ」
「だよな。……さぁて、そろそろおしまいにしようか」
 森が息をつきながら呟く。一応下校時間もあるからな。頷いたところで、教室に入ってくる姿があった。寺田だ。
「蒼生」
 何か考え込んでいたような野木沢がぱっと顔を上げた。
「部活終わったんだけど一緒に帰んねぇ?」
「うん」
 間を置かず、野木沢はふわっと笑って頷く。そして広げていたノートをぱたんと閉じた。
「寺田んとこはまだ部活あるんだな」
 笑いながら森が寺田に声をかける。びくりとした寺田は明らかに戸惑った顔をして、様子を窺うようにじわじわと近付いて来た。
「ぎりぎりまでやるんだってさ。柔道部って試験前は練習やんねえの?」
「文武両道ってイメージあるだろ。だから勉学にもしっかり励むべし、ってことで伝統的に他の部活より早いらしい。自主練はやるけどな」
「へえ。かえって大変そうじゃねえか」
「そうなんだよ」
 すごいな、森。素直に感心する。運動部同士っていうのもあるだろうが、緊張感をもって近付いてきた寺田が一言二言交わすうちに普通に話している。寺田の性格もあるんだろうけど。
 寺田はたびたびこのクラスの様子を窺っていた。自分のクラスにも友達は多いようで、男女問わずいつも誰かに囲まれているような奴だったから、ひとりの時間を持て余しているとかそういうことじゃない。理由なんて他にはない、こいつが気にしているのは野木沢のことだけだ。もっと具体的には、俺と森の存在だろう。自分以外の人間が野木沢の近くにいるのが気になって仕方がないといったところか。
 さすがに3か月近く経って、初めて見た時の噛みつきそうな目はしなくなっていたが、俺を見る目は警戒感に満ちたままだ。
 野木沢はぱたんと鞄を閉じる。
「健ちゃん、お待たせ」
「じゃ行こうか」
 ほっとしたように寺田が息を吐く。
「笹原くん、森くん、ありがとう。また明日ね」
 鞄を抱えると、野木沢はにこにこと胸の前で右手を振る。そして寺田と連れ立って教室を出ていった。
「俺たちも帰ろうぜ」
 森が立ち上がる。俺は野木沢たちが消えたドアの向こうを見ていた。
 寺田と一緒の野木沢はいつも笑っている。寺田には嫌そうな顔を見せない。俺はふたつの意味でそれを気にしていた。ひとつは、そういう顔を「一瞬も」見せないこと。もうひとつはそういう顔を「寺田には」見せないこと。相反するその意味を、俺は計りかねていた。


 期末試験が終わり、廊下に順位表が張り出された。あとは週が明けて終業式が終われば夏休みだ。どうせ彼女に連れ出されて暑い中でかけることになるんだろう。それに休みに入ってすぐ校外学習とかいう泊まりの学校行事がある。既にどちらも面倒だ。
 森は練習が再開されたらしく、振り返るとちょうど荷物を抱えたところだった。
「野木沢は?」
「帰ったんじゃないか。さっき寺田といるとこ見たし」
 …………。そうか。
「な、明日の土曜日、グラマ行こうぜ。あそこのゲーセンでレトロ筐体イベントやるんだってさ」
 グラマ……少し遠いあのショッピングセンターか。グランドマルシェとかそういう名前の。
「なんでわざわざ……」
「だからイベントやるから」
「そうじゃなくてなんで俺を連れてくんだよ」
「ゲーセンに付き合ってくれるの笹原か野木沢くらいだからな」
 つるむ相手はいくらでもいるはずだが、たしかに他の奴らはゲーセンにはついてこない。森のプレイスタイルを考えれば、どうせ一緒に行ったところで長時間放っておかれるのは明白だ。最初に付き合ってしまった俺の判断が間違っていたのだろう。

 翌日、俺はやむを得ずショッピングセンターの中にいた。商業施設の中らしく子供向けのゲームが並ぶ奥に、森の言うレトロゲームのコーナーがあった。ブームなんだろうか、そこには幅広い世代の客がわいわいとそれぞれの機械に群がっていた。俺も最初はなんとなくその輪を覗いたりしていたのだが、専門用語らしき言葉が飛び交う様について行けなくなり、途中で抜けることにした。
 エレベーター脇の自販機で飲み物を買い、吹き抜け近くのベンチに座る。どこの輪にいるかわからなくなった森にはメッセージを送っておいた。どうせ時間がかかるだろう。せっかく時間があるのなら問題集の1冊でも持ってくればよかった。
 なんとなく周りを見渡して、それから吹き抜けの下の階に目をやる。
 !
 思わず腰を浮かした。野木沢の姿が見えたからだ。何も不思議なことはない、ここはこのあたりで一番大きなショッピングセンターなのだから。俺は声をかけそうになって踏みとどまる。野木沢は両親らしき年上の男女と一緒にいた。母親から大きな袋を受け取り、その後ろをついて歩く。声をかけなかったのは、親と一緒だったからじゃない。
 野木沢は、いつもの穏やかな笑顔だった。


 終業式とホームルームが終わると、教室の中からはどんどん人が減っていった。このクラスの校外学習は明日からだから、別れを惜しむ必要はないというわけだ。
 部活連中は何かあるのだろうか、森はいないし寺田も来ない。俺の後ろにはひとり野木沢だけがいた。この前気が付いたんだが、俺は野木沢の連絡先を知らない。夏休みに入るし、一応聞いておきたかった。そう思っていることをなんとなくあの2人には知られたくなかったので、今がチャンスなのだと思う。
「夏休みの課題たくさん出たな」
 話しかけると、野木沢はまぶたをぴくりと動かし、虚ろな目をした。
「科目ごとにもいろいろあるのに、まさか最後に日記まで課されるとは思ってなかった……」
 たしかにあれは全員がクレームの声を上げていた。
「箇条書きとかならなんとかなりそうな気がするけど、どっちにしてもいちいち行動履歴を報告するのも面倒だな」
「だよね。1日に1ページなんて絶対多いって。このために何か行動しなきゃいけない気がしてきちゃうのも嫌だなあ。あー、昔から日記の類はほんと苦手」
 心底げんなりした顔でことりと首を傾げながら野木沢が呟く。その表情は拗ねた子供のようで、すごく微笑ましい。
「……あ、ごめん」
 慌てたような野木沢の声。ごめん? 今、何か謝られることあったか?
「何が?」
 聞くと、膝の上で手を擦り合わせて、申し訳なさそうに伏せた顔で目だけをこっちに向ける。
「いや、だから、こんなぐちぐち言っちゃってごめん、って。笹原くんと話してると楽で、つい気を抜いちゃう」
 ふーん。気付いてないのか。俺はそんな野木沢の態度が嬉しいのに。
「いや、素の野木沢と話してるの楽しいよ。こっちのほうが全然いい」
「本当? 笹原くんって本当に優しいよね」
 は?
 なんだって?
「……初めて言われた」
「そう? だっていつもさりげなく助けてくれるじゃん」
 野木沢には俺のこと、そう見えてるのか。今まで、冷たいだのキツイだのしか言われてこなかったから正直戸惑う。
「優しいから我慢してくれちゃうかもしれないけど、僕が嫌なこと言ったりとか調子に乗ったりしたらすぐに言ってね。僕、笹原くんとはずっと友達でいたいから」
「……うん」
 そうか。俺は野木沢にとって心を許せる「友人」なんだな。野木沢がそうであってほしいなら、俺はそうであろうと思う。他の誰でもなく、俺がいいんだとおまえが言うのなら。

 課題のプリントを鞄に放り込みながら、俺はもうひとつ気になっていたことを切り出した。
「そういえば土曜日、ショッピングセンターにいなかった?」
 野木沢はきょとんとした顔で手を止めた。
「いたよ。え、笹原くんもいたの? 声かけてくれればよかったのに」
「親と一緒だったみたいだから遠慮した」
 そっか、と小さく言って笑う。それは目元の優しい本当の笑顔のほう。
「なあ、野木沢ってさ」
「うん?」
「家族にもあんなふうに笑ってるんだな」
「……ああ」
 野木沢はすぐ俺が何を聞こうとしているのかに気付いたようだった。そして、今度は、はにかむように笑った。
「だから言ったでしょ、これがバレたの笹原くんが初めてだって」
 ああ。そうか。
 本当に俺だけなんだ。世界でただひとり。俺だけが、本当のおまえを。
 野木沢は急に照れたように頬を染めて鞄を掴んだ。
「でも笹原くんだってずいぶん優しく笑うようになったよね」
「え?」
「……無自覚なんだ」
 ……そうか。
 俺はそんな顔してたか。自分も野木沢にしか見せない顔があるのか。
 笑顔が嬉しいと思う。存在に安心する。こんなに心を許しあえる「友人」に巡り合えたことを、大切にしていきたいと思った。


 翌朝。目覚ましより早く目が覚めた俺は、枕元の携帯を引き寄せた。昨日登録したばかりのメッセージIDと電話番号とメールアドレス。IDを渡して家に帰ると、すぐにメッセージが入った。
「野木沢です。IDありがとう。せっかくなので電話番号とアドレスも送っておくね。明日もよろしくお願いします」
 野木沢らしい、丁寧なメッセージ。学校行事なんて面倒なだけだと昨日まで思っていたのに、この一言だけで気が軽くなったようだ。
 着替えてリビングに出ると、母が台所に立っていた。俺を見ると目を丸くする。
「あ、冬矢おはよう。えっ、もう準備できたの!? 珍しくやる気じゃない!」
 母はテレビのチャンネルを回して天気予報を確認する。失敬な。雨なんか降るか。

 荷物を持って外へ出る。早く出ると何故か時間の被る森と、結果待ち合わせたような格好で、俺たちは学校までやって来た。門の前には大型バスが停まっている。野木沢は……まだ来てないみたいだな。
 そこに3人組の女子グループが近付いてきた。俺たちと今回班になる子たちだ。班は男女それぞれ2~3人で自由に組み、それを組み合わせて5~6人になるように作られている。男女の組み合わせは担任が決めているのでどういう基準かわからないが、あまり話をしたことがない子たちだ。
 適当に挨拶を交わしていると、野木沢がブルーグレーの鞄を肩に提げ、小走りでやってきた。
「おはよう。遅くなってごめんね」
「遅くないよ、楽しみにしすぎた俺たちが気合い入れて早く来ちゃったんだからさ」
 おい森、それじゃ俺まで楽しみにしてたみたいじゃないか。野木沢が嬉しそうだから文句言わないでいてやるけど。
 気付くと俺たちの後ろにいた女子たちがなにやらひそひそやっている。なんだ、と思っていると、そのうちひとりが大きな声を出した。
「野木沢くん、おはよう!」
 野木沢は驚いたように3秒だけ止まって、ふわっと惚れ惚れするような綺麗な顔で笑った。
「おはよう。今日はよろしくね」
 女子たちがわっと盛り上がる。ふーん。そういうことな。無意識にそういうの振り撒く野木沢も野木沢だと思うぞ。
 班が揃ったところで担任に報告に行く。班長の森のあとに女子が続き、俺と野木沢はそれを追いかける形になる。
「体操着でここまで来て、さらにこのまま外に行くってなんだか嫌だよな」
 声をかけると、野木沢は口の端をわずかに下げた。
「ほんと。恥ずかしかったよ……」
「校外に行くなら私服がいい」
「わかる」
 やけに真剣な顔で頷くのが可笑しかった。
 バスの座席は大体班ごとで、隣同士は男女と決まっていた。話しかけられるのが億劫な俺は早々に狸寝入りを決め込んだが、後ろの席からはずっとボリュームを抑えた野木沢の声が聞こえていた。隣の女子が延々野木沢に話しかけていたからだ。定番の天気の話から始まって、学校の話が続いて、家族の話になる。最初はすぐに答えていたが、次第に答え方が曖昧になってくる。……野木沢、困ってるじゃないか。聞いてるだけでわかるのに話しててわからないのか?
 俺は座席に膝で立ち、後ろの席を覗く。
「ちょっと寝たいから静かにしてくれる?」
「あっ。ごめんなさい!」
 彼女が小声で頭を下げる。そのまま席に戻りながら野木沢を見ると、たぶんずっと俺を見ていたんだろう、目が合った。唇が「ありがと」と動く。
 うん。

 オリエンテーリングは、宿泊施設近くにあるアスレチック施設と林の中の散策路を使った、体力と頭脳で謎を解かせるイベントだった。全員強制参加なあたりが恨めしい。まあ、体力がいるやつは森が張り切っているから任せておけばいいだろう。
「あんな高いところまで上らなきゃいけないの!?」
「大丈夫、俺行ってくるわ」
 いつの間にか女子と仲良く話すようになっている森は、笑いながら木製のアーチにかけられたロープをするする上っていく。
「じゃあ森くんが頑張ってくれてる間にこっちの問題解いておこうか」
「はい!」
 野木沢もプリントを広げて意見をまとめ、積極的にイベントをこなそうとしている。ように見える。あれはだいぶ頑張ってる感じだ。こういう団体行動はどうも好きじゃないんだが、仕方ない。とりあえず輪の近くにいることにする。ただどうも輪の雰囲気が、野木沢に頼りきりな気がする。
「……野木沢、それ1枚貸して」
 つい口が出た。
 こんな小さなイベントでも背負い込むのか。危なっかしい。こいつ、目を離しちゃいけないタイプだ。
 全てのチェックポイントを通過して問題を解き、ゴールしたらオリエンテーリングは終了だ。ようやく宿泊施設に入れる。部屋は他の班の男子と一緒だ。比較的綺麗な和室で、端には布団と枕が3つずつ積まれたのが2組あった。どうやら相手の班はまだゴールしていないらしい。
 野木沢がほお、と息をつく。森がその顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「あ、ううん。ちょっと緊張して。家族以外との泊まりって初めてだから」
「え? 去年もクラス合宿あったし、小学校の時も修学旅行的なやつあるだろ」
「ずっと、け……寺田くんとクラス一緒だったから家族以外って感じしてなくて。家族旅行も寺田家といつも一緒だったし友達の家泊まりに行くのも寺田くんと一緒だったし」
「なんか改めて聞くとすごいなぁ!」
 …………。俺は荷物を部屋の隅に置き、その前に膝をつく。ファスナーを開けて中の袋を取り出す。
「森」
「うん?」
「部屋入ったら班長が報告に行くんじゃなかったか?」
「あっ。そうだ、忘れるとこだった、ありがとな! ちょっと行ってくる」
 森は鞄の中からしおりを無造作に掴み取ると、素早い動作で部屋から出て行った。野木沢のいってらっしゃい、という声に手を振ることを忘れずに。

 しんと静かになる。野木沢は俺の隣にやってくると、荷物を置いて中を探った。
「大丈夫?」
 声をかけるとその手が一瞬止まる。
「なに?」
「だいぶ張り切っちゃって、疲れてるだろ」
「あー……まあでも慣れっこだし」
 はは、と笑う声に力がない。精神的な体力がないくせに、どうして頑張り過ぎるんだろう。後々の面倒を回避するためとはいえ、立ち回りが下手すぎやしないか。もっと楽にすればいいのに。
「野木沢……もうおまえさ、ずっと俺の隣にいなよ」
「へ!?」
 裏返った声をあげて野木沢が勢いよく俺を見る。
「色々背負い込みすぎなんだよ。近くにいればフォローしてやれる。おまえだって楽だろ」
 黒い瞳が左右に泳ぎ、指先が鞄の縁を撫でた。
「でも楽ばっかしてちゃダメだと思うし、笹原くんに迷惑かけられないよ……」
「気を張り詰めてばかりで倒れられるよりマシだ。第一迷惑だと思ったらそもそも提案なんかしない」
 そっか、と野木沢は呟いた。それからおずおずと目線を合わせてくる。
「た……頼り過ぎたらちゃんと怒ってね」
「もちろん」
 笑ってやると、野木沢もつられたように微笑んだ。

 全班がオリエンテーリングを終え、夕飯の支度が始まった。俺たちの班は相当早くゴールしたようで、ずいぶん休憩時間があって助かった。当然だ、森の体力、野木沢と俺の頭脳があって他の班に負けるはずがなかった。
 夕飯はお決まりのカレーか。森は薪係、女子は揃って飯盒の準備をしに行った。残された俺たちが野菜の下準備だ。もちろん、そうなるように誘導したわけだが。
 野木沢は青のグラデーションのTシャツで、エプロンも濃紺だった。私服、初めて見たな。
「野木沢って青が好き?」
「え? ……あ、服? 別にそういうわけじゃないんだけど。僕、兄が2人いて、紅輝と緑って言うんだ。それで僕が蒼生でしょ。わかりやすいように兄弟で色分けされてるの」
「ふーん」
「でもまあ馴染むっていうのかな、ずっと青だったからいつの間にか好きな色になってた……あ、じゃあやっぱ青が好きで正解か」
 人参の皮を剥きながら野木沢は笑った。末っ子なのか。イメージで言えば末っ子は人に頼るのが得意そうだが、それとは正反対に見える。……そうか、世話を焼いてきた寺田がいたからか。
 …………。なにやら胸のあたりがざわつくが、それは目の前の玉葱にぶつけることにした。
「笹原くん、包丁すごく上手だね」
 突然野木沢がそんなことを言い出す。
「あぁ、俺、親が仕事でいないことが多くて、料理とか結構ひとりでやるから」
 野木沢は驚いたように人参を口元にやる。反対のピーラーを持った手のほうでなくて良かった。
「えっ。料理? 出来るの?」
「まあ……出来るほうじゃないかな」
「僕、手伝いがいいとこなのに……。すごいね、笹原くんかっこいいね」
 ぱちぱちと瞼が動く。下から覗き込んでくる眼差しには尊敬の念のようなものを感じる。
 そうか……。もう少し練習してバリエーション付けておくか……。


 夜中、ふと目が覚める。
 頭のほうには他の班の男子たち。俺の隣、廊下側には森。反対側には野木沢。
 障子からの薄い光が部屋の中に落ちている。野木沢は肩をすくめるような格好で、俺のほうを向いて小さな寝息をたてていた。睫毛に触れる前髪を、そっとどかしてやると、ほんの僅かな身動ぎ。
 本当の野木沢を知っているのは俺だけだ。
 そして、今野木沢の一番近くにいるのは寺田じゃない。
 俺だ。


 翌朝、最初に起きた俺がまずしたのは、野木沢を起こすことだった。野木沢は眠そうな目をこすると、ふわっと笑う。
「おはよう。早いね」
「おはよう。他の奴らが起きると洗面所混むから、先に使おう」
「あ、そうだねぇ」
 早く起こしたことに文句も言わず、ごそごそと鞄の中からタオルを取り出す。俺が先に顔を洗い始めると、まだ目が覚めきっていないような表情できちんと順番待ちをしている。場所を譲ると、頭だけをぺこりと下げた。
 冷たい水で顔を洗い、水をタオルで押さえる野木沢。俺はそっと肩を寄せる。
「野木沢」
「うん? 何?」
「誕生日おめでとう」
「!」
 野木沢は急に目が覚めたようにパッと顔を上げた。頬と、耳まで赤い。
「今日だろ」
「今日だけど……ふ、ふいうち! ふいうちはズルい!!」
 タオルで顔を隠して小声でわめく。小さい声じゃないと寝てる連中が起きるからな。
 ああ、
 ……可愛い。
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